はてなキーワード: 謝罪文とは
ネットの誹謗中傷問題で有名な唐澤貴洋弁護士は、日本テレビ「世界一受けたい授業」に出演した際
最近、企業や有名人がちょっとボヤが出ただけですぐ謝罪リリースを出す光景をよく目にする。これは誤った対処だ。
まず、謝罪したところで火を付けている人たちがおとなしくなることは絶対にない。
少なくとも俺が今までウォッチしてきた中で一度も見たことがない。
むしろ謝罪文をネタに、こいつは反省していない、などと更なる燃料にされてしまうだけだ。
さらに、謝罪によって炎上が既成事実化してしまう。既成事実化すると大手のニュースサイトや新聞社がこぞって記事をアップし始めるので、元々炎上を知らなかった人にまで拡散されてしまう。
炎上しているだけの段階では泡沫トレンドブログやバイラルメディアにしかほとんど取り上げられない。いくら騒がれていてもネット民の意見に乗っかるのは訴訟リスクがあるからだ。
しかし被炎上側が認めたとなればその心配はなくなる。謝罪は自殺行為だ。
大手AVメーカー。2019年3月ごろ、同社が使用していたクラウドストレージから修正前の画像や動画が大量に流出し、ネットの一部で祭りになった。
流出した画像の中には出演女性の面接資料があり、免許証などを含む個人情報が満載だった。
業界の健全化を謳う大手メーカーが、出演女性の人権やプライバシーにかかわる問題を起こしたということで何かリリースがあるだろうと期待されたが、何も発表はなく終わった。
この翌年、別件で同社が顧客情報を流出したことが報道されたが、この件に触れるメディアは皆無だった。
有名AV女優。2019年8月、平均棒(歩くリハビリで使われる棒2本のアレ)で身障者のマネをする動画をTwitterに投稿し批判を受けた。
ツイートは間もなく削除されたが、すぐに転載され拡散される。しかし当人は普段通りTwitterを更新し続け、3日後には非難のリプライは来なくなったのであった。
当時拡散していた彼らはとっくに忘れて彼女で抜いているのではなかろうか。
2018年9月、応募者を募集するポスターに「IT社長と結婚したい人!」「有名人と熱愛したい人!」などと書かれており、
女性が男のために音楽を志していると思っているのか、ということで女性蔑視と批判された。
ロケットニュースやしらべぇなどに取り上げられる程度には拡散されていたが、運営のワーナーミュージックからは特に何も反応はなく無事企画は終了。
この企画で結成されたバンド、コインロッカーズは現在も活動中。
当時怒っていた彼らはまた次から次へと企業広告の粗探しに夢中である。放っとけば消える台風のようなものだ。
そもそも炎上っつーのは被炎上側と炎上させる側の価値観の違いが原因なんだ。
だから被炎上側がどれだけ頭をヒネっても炎上させる側を納得させることなんてできないのよ。
アツギ「ラブタイツ」について謝罪。ほれ見たことか!目も当てられないリプライ欄だ。馬鹿だなあ。
https://twitter.com/ATSUGI_jp/status/1323598533778239489
謝罪の一時間後、待っていたかのように大手メディアに報道される(日テレNEWS24)。
https://news.livedoor.com/article/detail/19164489/
幡野さん、あなた謝っているけど、何が問題だったのか理解できてないですよね?おわりの二段落にあなたの本心が透けて見えるよ。相談者の方は誰に傷つけられたんですか?あなたですよね?そのあなたがまた話聞くよみたいなこと言っちゃうの、舐めてんのかっておもうよね。
それとね、本気でお金わたすつもりあるなら、連絡を待つんじゃなくて自分から口座番号教えてくださいって頼んで振り込むべきだとおもうよ。この相談者さんが援助してくださいって頼まないの分かってて言ってるよね。しかも読者に見える形で伝えてるの。こういうのを偽善っていうんだとおもいます。傷つけた上にこんなこと言うんだからたちが悪い。読者は見抜くからね。
あなた、謝罪パフォーマンスお父さんだよ。まだこの相談者さんに何かをあげられる立場にいると思っている。恩返しとか綺麗な言葉使ってるのは自分のしたことを認められてないからだよね?
本件とかもそうだが、にじさんじも何度も権利者関係でトラブル起こしてるのにホロライブと比べて権利者確認がしっかりしていて健全だ。なんて言われてるのははなはだ疑問だ
実際にはトラブルを起こしても内々のうちに対応したりこっそり非公開化して誤魔化したりで公式の謝罪文を出していないだけなのに。
・2020年10月(未遂) School Days L×H(※PS2版)
ただし過去にも複数回別のにじさんじライバーが配信したとの情報もあるがぬまきちは認知していなく限りなく怪しい模様
・2020年10月6日 Among us 日本語化Mod規約無視
非公開化 権利者確認してなかったように読み取れるライバーのツイート
・2020年6月 ニンテンドーDS用ソフトのキャプチャしてのライブ配信
DSのソフトはDS本体を改造orエミュでないと画面キャプチャできないので任天堂の許諾があっても違反の可能性大
作曲者が問題視した後に和解が成立して対象のライバーから謝罪は出ていたのが間違いなく無許諾
https://note.com/kukkurina/n/n80e3695aa799(この記事から事例をもらった)
はてなーが絶賛していたがここ最近だけでもこれだけ許諾の怪しい話が出てるのに、ネット上はほとんど表沙汰にならないままで済まされてるせいでクリーン扱いされてるのは納得いかん
いろいろ意見いっている人がいるがどうするのが良いのだろ?
最初の謝り方がミスったのは確かなのだが、いろいろ嘘情報がある中でどうすれば良いのだろう
を見ればわかるが
構成から考えておそらくホロライブ赤字経営の疑いがある。年億単位で赤なのでは……
おそらくホロライブ事業に関連してるのは30人ぐらいなのでは?
調べるとわかるが支社はほぼ作るの無理。現地法人は立てるのにすごい金がかかる。たった7億程度しか調達できない会社には無理
そもそも、Youtubeの放送を野良にかってにミラーされていてまずい事態だったので、現地の協力会社にミラーを集中してもらっているだけ
bilibiliのミラー禁止しろって言う人がいるが、それはYoutubeにいうべき。カバーに停止する事は無理。
「中国から撤退しろ」って言う人がいるが、進出してないので撤退できない。
bilibiliの投げ銭は中国国内の機関でしか受領できない。これは「現地協力会社」が受領している。ホロライブの子会社でもないのでこの金はほぼ取れないはずです。
bilibiliの手数料は「50%」です。おまけに税金高いのでほとんど受領できない。
「現地協力会社」はどうやらかなり小さな会社らしく、ミラーを現地のボランティアにたよっている状態。いちおう報酬はある可能性があるが、「現地協力会社」しか知らないのでは。
野良ミラーがまずいので協力会社に依頼しているだけで、別に中国に進出してないから……
最初にそれだけ言えば良いのに。
前提を基本として、どうすれば良いのだろう?
ホロライブの詳しい規約は知らんけどアナリクス開示が規約違反なら謹慎は正しいし
謝罪文にも「台湾を国扱いして中国人を不快にさせた~」なんて直接的に書いてあるわけじゃない
一部地域で炎上したなら「配慮に欠けた行動で謹慎」っていうのは筋が通る
そもそも中国で商売したいなら「中国共産党が正しいです」っていう他はないんだから
実際に被害者に会うなり、文書を送るなりして謝罪し、被害額を弁済した時点で初めて謝罪したことになる。
例え言葉で謝罪しても被害額が弁済されない限り、謝罪したとはいえない、強い謝罪が求められる状況。
例えば、既に原作者含む権利者が既に次回作に動き出していたものの、津田氏の言葉によって
萎縮したスポンサーが撤退し制作が不可能となり、一定の損害が出ていたのならば、
先の事例同様、それなりの謝罪文の公表と損害の弁償をもって初めて謝罪したと見なされるだろう。
今回の彼の謝罪文を見れば、
「謝罪したいと思う」と主張してたのは知ってるんだわ。
https://togetter.com/li/1592143
「謝罪したいと思う」
このセンテンスを分解していくけど
さすがにそこはブレないだろう。
これは文脈によっても受け手によっても解釈がブレる表現だと思うけど、
10人中7人はそう解釈するだろう。
これは「まだ思ってるだけ」の段階であって、
謝罪は実行してない段階だよ。
これを「きっちり謝罪した」とみなすのは10人中2人くらいだろ。少なくとも過半数は確実に割る。
例えば「土下座したいと思う」って言われただけの段階で「土下座を実行するのが完了した」とは見なさないだろ?
俺はこの学者さんは賢いと思っていて
それは火付け時も炎上中も撤退戦でも、ひたすら予防線を張り続けるその周到さね。
今回の上記の言い分も「まだ思ってる段階で謝罪を実行してない」言い回しなんだけど
なので認識の隔たりを埋めたいんだけど、
けど、俺は「謝らなくて良い」と思ってる。
勘違いされると嫌なので明言しておくけれど、「謝れ」と主張する気もない。
ただ単に、まだ謝ってないことを「既に謝った」ことにするのは違うんじゃねえの?
この書き込みは「謝罪って既にしたの?まだじゃねえの?」が主題で、それ以外は論点がブレるから余談に持ってきてるけど
派手に炎上した後、ほとぼりも冷めない段階で反省点などを分析してる点も賢いと思う。
元増田の言ってる
これね。これが出来た人はこれまで居たイメージが無い。
ただ今回の人って社会学者のカテゴライズで良いのかは疑問で、増田の上記の文章のその点は賛同できない。
あと、もちろんこれまでの炎上案件全部を俺が網羅できてるなんて自惚れちゃいないので
もし他にも社会学者が冷静に反省できてたポリコレ炎上案件があったらトラバでドシドシ情報くれよな!俺だって知りたい。
ほかにも、はてブで過去にホッテントリ化したことがあるこの学者さんの記事とかもちらほらあって
ポリコレ棒ぶん回しファイターに突如クラスチェンジして突撃となりのポリティカルコレクトネスをおっぱじめた
今回の件について今回の人には俺は相容れないってだけ。
彼の発言を以って「これだから社会学者は」といったリアクションが見られたが、今回の彼の謝罪文を見れば、むしろ社会学者を見直す者も出てくるのではないだろうか。
いやほんとこれ。自分は好き放題叩いておいて、自分が批判されると被害者しぐさを始める社会学者しか見てこなかったから、冷静に分析をしたうえで謝罪をしている津田氏は尊敬した。
むしろ一連の騒動で社会学のイメージがアップしたよ。もともとが低すぎるって点もあるけど。
彼は謝罪文で「ネット言論がある種のプレッシャーとして機能してしまう部分はある。「ネットで炎上してるけど、気にしなきゃ平気」というのはなかなか難しいのではないか(体験済み)」と今回の自身の体験を含めてネット言論の無視できなさ、プレッシャーを振り返っている。
そうそう、ここも重要で、「そんなもん1人の一意見以上に読み取れないから~」って無茶な津田氏擁護してる人に本人がこう言ってるんだけどって言ったら、
社会学者の津田氏による「リメイクが続くとしたら、男女役割分業の描き方は変更せざるをえない気がする。」というツイートを批判していたが、作者の田中芳樹先生も同意見であった事が分かり、梯子を外されてしまった批判側。
一方津田氏は9月13日、「今回の騒ぎで「作り手が無理に変更を強いられた」というような印象を一部のファンのあいだで作り出すのであれば、それは非常によろしくなかったし、謝罪したいと思う。」と謝意を示した。
興味深いのは津田氏が示した「同じ変更をするにしても「外から押し付けられた」か、「制作者が自発的に取り込んだ」かでその意味合いは全く変わってくる」という見解だ。
これは田中芳樹先生の意見が判明した後、批判側が食い下がっていた際の意見にかなり近い。田中芳樹先生やアニメ製作スタッフが自分の意志で変えるのと、外部が変えさせるのは違う、という事だ。
これにより「田中芳樹先生も津田氏と同じ意見じゃんw梯子外されてやんのw」と喜んでいた津田氏擁護側も津田氏本人により梯子を外された形になる。
津田氏の謝罪文は理知的に状況をとらえて振り返り、分析しているのでどちらの陣営も読んでみる価値があると思う。
例えば彼の発言について、「ネット上のただの発言を重く捉えすぎ」「影響力を大袈裟に考えすぎ」といった意見があったが、
彼は謝罪文で「ネット言論がある種のプレッシャーとして機能してしまう部分はある。「ネットで炎上してるけど、気にしなきゃ平気」というのはなかなか難しいのではないか(体験済み)」と今回の自身の体験を含めてネット言論の無視できなさ、プレッシャーを振り返っている。
制作者の自発性を尊重しようという態度はなるほどと思わされた。
彼の発言を以って「これだから社会学者は」といったリアクションが見られたが、今回の彼の謝罪文を見れば、むしろ社会学者を見直す者も出てくるのではないだろうか。
追記:
リンクを貼ってくれとコメントがあったが、ツイッターのリンクを直接貼っていいか分からなかったので(ツイッターの引用って面倒臭い規約があった気がしたが、記憶違いかもしれない)ツイートへのブクマのリンクを貼っておく。ここから辿ってくれ。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/brighthelmer/status/1305033407043231748
また、誤解がありそうなので追記しておくが、私は津田氏の当初の発言が「田中芳樹先生に対して修正を求めた」ものとは解釈していないし、その解釈は津田氏批判側の中でもマイナーだと思っている。
修正を求めているとしても明らかに対象は「リメイク(アニメ)」でありその製作スタッフだ。
そして彼の謝罪文は、そのアニメ製作スタッフに対して自分の発言が「「作り手が無理に変更を強いられた」というような印象を一部のファンのあいだで作り出すのであれば、それは非常によろしくなかった」という趣旨である。(加えて、その影響について「ネット言論がある種のプレッシャーとして機能してしまう部分はある」と影響力を軽く見ない事を宣言している)
一度作ったものではなくこれから作られるリメイクに対しても、「変更」は発生し得るし、その変更の受け止められ方に対する懸念と反省なのである。
前回はこちら
https://anond.hatelabo.jp/20200904203318
ビジネス本を根拠として、娯楽を健全と不健全に分けるのは余計なお世話とか、「人間」と「作者という存在」を同一視するのは不健康とか、コンテンツを精神的に健康/不健康で断ずる行為はよくないなどの意見をいただいた。
特に、「私自身が敵意を持って何かを貶めたい意図を持っているので、記事そのものが精神的に不健康である」という意見には唸らされた。
一般に販売されているゲームで、自分がクリアしたことのあるものに該当はなかった。
やはり倫理基準があるので、人権侵害をメインに扱ったゲームは審査を通りにくいし、そもそも売れないのだろう。
それに、私がここに書かなくても、「グロ 残虐 ゲーム」などの単語でググってもらうと、有志がそういうコンテンツを紹介しているページに易々と辿り着くことができる。
なので、今回はフリーゲームを取り上げたい。フリゲは主に個人が制作するものなので、その人の心の健康がありありと現れる。考察にはうってつけだ。
以下に紹介する。できるだけネタバレはしない。
見た目はほんわかしているが、中身はエログロ(特にグロ)。見た目はMOTHER2のような暖かい印象を受ける。
プレイを初めて1時間以内に、このゲームの異常性に気が付くことだろう。気持ちが悪いタイプの異常性ではなくて、続きが気になるタイプの異常性だ。
ネーミングセンスが独特であり、作中の随所に現れる。
どこが精神的に不健康なのかといえば、ストーリーの救いのなさだ。特に2。1と3は、グロ展開を挟みつつも笑えて感動できる物語なのだが、2はとにかく救いようがない。
特にラストステージ。人によっては恐怖で進めなくなる。ニコニコ動画の実況プレイ動画にも、「怖すぎて〇〇さんの動画に来ましたwww」といったコメントが並んでいる。
私自身も当時は震えた。深夜1時頃にクリアしたのだが、翌日にあった英語の演習でミスを繰り返したのを覚えている。
あの時の私は、恐怖を感じていたんだろうか?
違うと思う。あのラストステージというのは、ぱりぱりうめというキャラクターの抱える苦痛や嫉妬や絶望や愛や夢が、画面を通じてプレイヤーを殴りつけるとしか言いようのない展開だったのだけど、その感情に心を揺さぶられたのだ。だから涙が止まらなかったのだと今では思う。
大学生4人(男2女2)が旅行に行く。そのうちの一人が入巣(いりす)京子。旅行先で楽しんでいる途中、事件が起こって1人ずつ行方不明になっていく。
パズルゲームでの得点によって物語が分岐する。バッドエンドだと、いりすが友人を したのを示唆するEDになる。高得点を取ると、行方不明は友人たちによる仕込みであったことがわかる。サプライズな誕生日パーティーをしたかっただけなのだ。
プレイを続けていると、ゲームフォルダ内のデータが少しずつ置き換わっていることに気が付く。テキストファイルや画像データが現れたり消えたりする。
最後までプレイすると、いりすのキャラクター性や、旅行について考えていたことや、男側の主人公であるうーじの抱える闇が明らかになっていく。
いったいどこが精神的に不健康なのかというと、〇〇と見せかけて、実は〇〇でした!みたいな展開の連続であり、特にその裏側に残虐性(しつこいようだがネタバレはしない)が潜んでいる。
以前の作品である「愛と勇気とかしわもち」でもそうなのだが、プレイヤーを悪い意味でビビらせることに全力を注いでいる。
プレイヤーの心臓に冷たい何かが突き刺さって、心臓が凍り付いて、血管が破裂するような恐怖を味わわせることに作者は快感を覚えているのでは?と邪推せざるを得ないほどに、このゲームはプレイヤーを驚かせてくれる。
数あるフリーゲームの中でも最大級の――精神的に不健康な作品だ。
ゲーム冒頭の説明にあるように、精神疾患の人や未成年は絶対にプレイしてはいけない。一般の人にもおすすめできない。やっていいのは恐怖を快感に変換できる人だけだ。
体調がおかしいと思ったら、プレイしている最中でも中止すべきだ。例えば、2周目に入ったあたりで、「ここで止めたら負けだ」とか、「モニカ、てめーは絶対○す」などの感想を抱くかもしれないが、それでも途中でやめるという選択はありだ。
作者、特に2周目の恐怖演出を担当した人間の悪意が突き刺さってくる。どのような理由でも説明できないほどに悪趣味な演出だった。
「このゲームを作った人たちは、学生時代に苛めや虐待などのひどい目に遭って、社会に恨みを持つようになったんじゃないか? だから、こんな残酷なゲームを作って社会に復讐しようとしたんじゃないか?」
私はそう推測した。
「違う。このゲームは高い評価じゃないか」という意見もあると思うが、典型的な確証バイアスだ。別の言葉で言えば、コミットメントと一貫性。
プレイヤーは、恐怖と戦いながら数時間~数日をかけてゲームをクリアする。敵だと思っていた存在は、自分のことを(以下略)。ハッピーエンドではなかったけど、恐怖に打ち勝ってこのゲームをクリアできた。俺はチキンじゃない!
終わり良ければ総て良しという言葉がある。悪趣味な演出にどれだけイライラしたとして、最後までクリアしてしまった後で、このゲームをプレイした時間が無駄だったと認めることはできない。
そんなことをすると自分は愚か者だったことになる。だからこそ、個性的なゲームだったね、just monicaだったねと高い評価を与えることで、自分の考え方と行動に一貫性をもたせようとする。それがこのゲームが高く評価される理由のひとつだ。
今までにないタイプのゲームだったのは間違いない。ホラーゲームが好きな人にとっては珠玉の一品だったと思う。私も、このドキドキ文学部!に評価を投じた。★4つだったと記憶している。
名前だけは聞いたことがあると思う。エログロかと言われればそのとおりだ。
この作品は、上下巻の約700ページ(しかも行間がほとんどない)に渡って以下のような展開が続く。
①ジュリエット(とその仲間たち)が乱痴気騒ぎを起こして一般人を強姦したり殺したりする
②騒ぎの最中かその前後のパートで、ジュリエット(とその仲間たち)による哲学論議が行われる
③ジュリエット(とその仲間たち)が不仲になって仲間を殺す。あるいは新しい仲間を作る
エログロ小説と世間では見られているが、実は哲学小説だ。作者であるマルキ・ド・サドは貴族出身でありながら、変態行為が露わになって逮捕→投獄というパターンで小説を書き始めたタイプの人だ。
この小説が有名になった理由のひとつは、サド自身が社会に対して抱いていた恨み(今でいう反社会性障害?)から生じるエログロ描写の反面、その知性や教養から精緻に描かれる人間社会に対する哲学的な理解の鮮やかさが奇妙なほどマッチしていることによる。
哲学的な描写の例として以下の例を挙げる。主人公であるジュリエットの序盤の師匠であるデルベーヌ夫人の科白だ。この小説のキャラクターは喋りの量が半端ない。ドストエフスキー並みだ。
※一部のみを抜き出した。この場面の文字数は引用箇所の軽く数倍はある。
「まあ!」とあたしはデルベーヌ夫人に申しました、「それではあなたは、御自分の評判などどうなったってかまわないほど、無頓着でいられるというのですか?」
「そのとおりよ、あなた。本当のことを言うとね、あたしは自分の評判がわるいという確信をもてば、ますます内心で愉快を覚えるの。そして評判がよいと知れば、まあそんなことはないでしょうけれど、きっとがっかりするでしょうね。いいこと、ジュリエット、このことをよく覚えといてちょうだい、評判なんてものは、何の役にも立たない財産なのよ。あたしたちが評判のために、どんな犠牲を払っても、けっして償われはしないのよ。名声を得ようと躍起になっている者も、評判のことなど気にかけない者も、苦労の多い点ではどちらも同じよ。前者はこの貴重な財産が失われはすまいかといつもびくびくしているし、後者は自分の無関心をいつも気に病んでいるの。そんなわけで、もしも美徳の道に生えている茨が、悪徳の道に生えている茨と同じほどの量だとしたなら、いったいなぜこの二つの道の選択にあたしたちは頭を悩ますのでしょう、あたしたちは自然のままを、思いつくままを、そのまま素直に信用していればよかりそうなものじゃありませんか? P.16
今時の心理学の本に載っていそうな感じではある。アドラーの『嫌われる勇気』に通じるものがある。
悪徳の栄えで論じられている思想はニーチェやハイデガーに通じるものがある。この世に存在し続けるものに重きを置いている。
私にとっては面白い小説ではなかった。万人にお勧めできるものではない。というのも、哲学的な論考はあるものの、残虐な場面や、人間的に醜い描写が多く登場するからだ。
今のコンテンツでいえば、『ダイナー』が一番近い。ダイナーを哲学的な内容にすると現代版の悪徳の栄えになる。
私が読むのをやめようと思いかけた場面のひとつを挙げる。ジュリエットが、師匠の一人であるノアルスイユという金持ちに気持ちを打ち明けるところだ。
※上を含めて、引用箇所を探して打ち込むのに2時間半もかかってしまった…いずれにしても引用が多すぎる。これで最後にする。
「おお、 ジュリエット、おまえはまだ全部を知ってはいないからそう言うが……」
「なら全部すっかり話してください!」
「おまえの父御さんや母御さんのことだがな……」
「どうしたと言うんです?」
「生かしておいてはおれのために都合が悪かった……息の根を止めてしまう必要があったのだ。で、二人ともばたばたと死んでしまったのは、おれが彼らを自分の家に招いて、ある飲物を飲ませたからだ……」
ぞっとあたしの総身に冷たいものが走りました。だがすぐに、自然があたしの心の奥底に刻みつけた、極悪人にふさわしいあの無感動な冷静さで、あたしはノアルスイユを正面からじっと見据えながら、「人非人! 何度でもこの名を繰り返してやりたい」と叫んでおりました、「あなたは見るも怖ろしい男です、でもあたしは、そういうあなたをやっぱり愛しております」
「ああ、そんなことあたしに何の関係があるのでしょう? あたしはすべてを感動によって判断します。あなたの兇行の犠牲となったあたしの家族は、あたしに何の感動も生ぜしめてはくれませんでした。けれどあなたがあたしにしてくれたあの犯罪の告白は、あたしを熱狂させ、何とお伝えしていいか分らないほどな興奮の中へ、あたしを投げこんでくれました」 P.57~P.58
ノアルスイユはジュリエットの父母を殺している。そのせいで、裕福だったジュリエットは修道院に送られて貧しい生活を送り、やがては売春宿で働くことになった。
その原因を作った張本人であるノアルスイユに対してこのような言葉を出してくるところに、この悪徳の栄えの醜悪さを感じた。読者をダークサイドに送り込もうとしている。
物語の中で悪事を働く人間の基本になっている考え方のひとつに、「悪事をする人間は自然に有益である」というものがある。考え方自体はとんでもないのだが、文学者が翻訳を務めている関係でやたらと格調高い文章になっており、それが読者の心に響いてしまう。
年末年始を使って上下巻を読んだのを覚えている。今では読むべきではなかったと後悔している。
いわゆる鬱小説というやつだ。心が痛くなるコンテンツ。とにかく痛い。この本も読むんじゃなかった。アマゾンで高評価がついていたので出来心で買ってしまった。
この小説のいったいどこが精神的に不健康かといえば、「いたいけな少女をいたぶること」を主眼に置いているからだ。
アメリカの田舎町に暮らす主人公のデイヴィッド(12)。ある日、隣の家に住んでいるルースのところに、両親を亡くしたという快活な美少女メグ(13才以上)が妹のスーザンと一緒に引っ越してくる。デイヴィッドはメグに心を奪われる。ザリガニ釣りから始まって、次第に仲を深めて、お祭りの観覧車に一緒に乗る。花火が綺麗、みたいな描写だったのを覚えている。
という言葉が脳裏をよぎった。まだ未成年だった頃、某動画サイトにアップされていた『true tears』というアニメを見ていた。眞一郎と乃絵が仲睦まじくしている様子を見て、ほかのみんなが一斉にこのコメントを打ち込んでいたのを思い出した。
この小説は、読者に精神的な苦痛を与えることを目的として、メグに対してありとあらゆることをやってのける。
メグは何でもされる。肉体的な苦痛から精神的な苦痛まで、何でも揃っている。
巧妙なのは、このメグというのが優秀設定のキャラクターであることだ。
運動神経は抜群で頭がよく、そのうえ美少女ときている。いわゆる利発キャラ。例えば、虐待が始まってすぐの段階で地元の警察に相談に行っている。普通の子どもはこういう行動を取ることはできないだろう。
実際、一度はルースの家から脱出に成功しかけるのだが、障害持ちのスーザンを気に掛けるあまり失敗してしまう。
ルースやその子ども達からの虐待はさらに苛烈になるが、デイヴィッドはただ観ているだけだ。傍から虐待されるのを眺めるばかりで何もできない。親に相談しようとするも、恐ろしくてできない…
この小説を読んでいる間に心が相当削られた。品性下劣という感想を抱きながらも、最後まで読まないといけない気分になっていた。悔しいが作者の勝利だ。
今回の記事を書くにあたり、隣の家の少女について調べたところ、ネットフリックスに映画があるらしい。今度見てみることにする。
作者である上原善広の父を主人公に据えたノンフィクション小説。ということになっている。物語というよりは、作者が精神的に不健康な例だ。
あらすじとしては、牛の解体場で働く上原龍造が、自らの腕だけを頼りに食肉業界の経営者として成り上がっていくというもの。
昭和の時代の話なので、解放同盟や共産党や右翼にヤクザが出てくる。彼らと渡り合いながら、少年だった龍造は成長を遂げてゆく。
問題なのは、ノンフィクションと謳っておきながら創作であることだ。
作中では、実際に存在した人物の名前や経歴が書き換えられている(ex 作者の父の名前は龍造ではない)のみならず、解放同盟支部の結成年や支部名その他、多くの事実に誤りがある。
作者と新潮社は解放同盟から怒られた。出版元である新潮社はHPで謝罪文を出している。作者である上原氏もnoteで反省文を書いているが、はっきりいって反省していない。
巻末のところで実父に関連して、自分の来歴や、元嫁や兄について語っているのだが、なんというかもう、ツッコミどころが満載なのだ。本編を読む前にこれを読んでいたら、一生読むことはなかったと思う。
ミュージシャンのソウル・フラワー・ユニオンによるツイートが、日本で生活する重度精神障害者への差別を煽る投稿であるとして議論になっている。
5月23日、ソウル・フラワー・ユニオンは、「木村花さんの死が問いかける、ネット上の誹謗中傷の罪とプラットフォームの責任」という記事に言及する形で、数年前に「中川敬を殺す」という書き込みが続き、事務所が警察に被害届を出したことがあったと投稿した。
<滅入る。ネットの誹謗中傷による悲しい結末。数年前に「中川敬を殺す」という書き込みが続き、事務所が警察に被害届を出したことがある。結果警察が動き、犯人から謝罪文が来て終わらせた。重度精神障害で逆にこちらが気を揉むような状況だったが、やはりヘイト含め、SNS会社にはやるべきことがある。>
投稿によれば、ソウル・フラワー・ユニオンは被害届の提出後、犯人から謝罪文が来て終わらせたという。
ソウル・フラワー・ユニオンが述べていることが事実なのだとすれば、「中川敬を殺す」という書き込んだ犯人は罰せられるべきだし、被害に遭ったソウル・フラワー・ユニオンはお気の毒ではある。しかし、ここで「重度精神障害」という属性を敢えて書い他ことが、フォロワーの差別心を煽ったこともまた、否定できない事実だろう。
そもそも、もし現行犯で捕まえた犯人が健常者であったら、<逆にこちらが気を揉むような状況だったが>とツイートしただろうか? おそらくしないだろう。
もし重度精神障害が「中川敬を殺す」という書き込んだ犯人であったとしても、それをTwitterに書くことが、フォロワーのどういった反応を引き出してしまうか、ソウル・フラワー・ユニオンはもっと思慮深くなるべきだったはずだ。
「重度精神障害者に殺人予告をされた」ことが事実であるとして、その事実をそのまま伝えれば「日本で暮らす重度精神障害者全般」への人々の憎悪を煽りかねないことや、日本でマイノリティとして生活する一般の「重度精神障害」をどれだけ苦しめることになるかを、よく考え
てみてほしい。
現在、日本には排外主義的な考えが浸透してしまっている。「重度精神障害者の犯罪率は高い」「重度精神障害者が増えて街の治安が悪くなった」という意見を、さも事実であるかのように信じ込み、伝えようとする人も少なくはないようだ。
だが実際には、「重度精神障害者の犯罪率は高い」「重度精神障害者が増えて街の治安が悪くなった」という話はデマである。
犯罪白書によると、年間の精神障害者の犯罪検挙数は全検挙数の約0.6%であるとされている。精神障害者の数が全人口の約2%であることからすると、精神障害者の犯罪率はむしろ一般より低いといえる。しかもこの統計は、精神障害者に加えて、警察が「精神障害の疑いがある」と判断した数も含めているから、実際にはもっと少ないかもしれない。
こうした数字が出ているにもかかわらず、前述したような重度精神障害者への差別意識はなくならない。だからこそ、SNSを通じてネット上の誹謗中傷被害を訴える際には「重度精神障害」というレッテル貼りをすることに対して注意深くならなければならない。
歴史を振り返れば、約100年前の同じ9月、関東大震災の際に「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「朝鮮人が暴動を起こしている」というデマが飛び交い、多くの人が尊い命を奪われた。「犯罪」と「重度精神障害」を安易に結びつけることはこういった悲劇を再び生む危険性も孕んでいる。
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改変元:
https://wezz-y.com/archives/80942/2
https://twitter.com/soulflowerunion/status/1264103555264208898
http://www.kansatuhou.net/60_johonyushu/01_nyumon/02_Q&A6_10.html
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改変してみた理由
・「結構きわどいことを言ってるけど、特に炎上していない投稿」をあえて炎上したものとして改変することで、炎上する投稿と炎上しない投稿の何が違うのかをハッキリさせられるのかなと思った
改変してみた感想
「そのうえでつるの剛士はフォロワーからのコメントにリプライするかたちで、<一応目星がついていますので。畑近くの工場で働いてる外国人。もちろん次見つけたら通報します>とつぶやいた。
その後、こうした一連のツイートが外国人に対する差別を煽るかたちになっていると指摘を受けるとつるのは猛反論。
<日本人だろうが外国人でろうが農産物を盗む行為は歴とした犯罪。差別でもなんでもなく事実です>(原文ママ)
<日本人でも外国人でも農産物を盗む行為は歴とした犯罪!こちら100%被害者!差別??現行犯!事実!今回許してしまいましたが今後はこのような難癖つけられないよう次こそ必ず通報します!>」
「いま現在、つるの剛士のTwitterのリプライ欄には、今回の件に乗じたヘイトツイートを投稿しているアカウントが多数見られる。」
・「指摘されて強弁したこと」と「フォロワーの投稿内容」が炎上するかどうかのカギなのかもしれない。
・極端な思想に基づいてコメントしてくるフォロワーは、元の発言に肯定的な趣旨だったとしても全員ブロックするのが今後の処世術となるのかもしれない
・仮につるの剛士が「差別的に取られる可能性がありますよ」と指摘されたときに「不用意でしたね、当該投稿は削除します」と応じていれば特に問題にはならなかっただろうし、それが最適解だったのかなとも思う。
・個人的には、「つるの剛士、不用意な発言かもしれないけど、そこまでクソミソに叩かれるほどでもないな」という感想。
・同様にソウル・フラワー・ユニオンの投稿も、もちろん不用意な発言だとは思うが、クソミソに叩かれるほどのことではない(そして現実には誰も叩いていない)
・個人的には「いつもヤバイたまにダサいそん時はそん時でごめんなさいby呂布カルマ」の精神でありたい。
追記のこの箇所:
一人の人間に受け止めきれないほどの誹謗中傷と批判を浴びさせて、SNSや創作の界隈で本人が培ってきたであろう人間関係を全て捨てさせるほど追いつめたのはただの暴力であり私刑だ
本人は問題になったツイートのみを削除し、謝罪文のようなものを掲載しただけ。
垢を消したのはTwitter。おそらくは多数の通報を受け、規約に基づいて違反と判断し、凍結した。
本人は新垢を作り、人間関係を維持しようとしたが、新垢もTwitter運営に凍結された。
だと思う。
日本ヲタク界のこれぐらい平気じゃろ問題ないという雰囲気に馴染み過ぎ、児童の性的搾取表現に対しTwitterが抱く危機感への認識が甘過ぎたのではなかろうか
自分が川島瑞樹に出会ったのはちょうど4年近く前になるのかな?
好きだったなぁ川島瑞樹。全部、好きだった。雑コラのネタにされていたことも、初代総選挙10位ってとこも含めて。メタ視点で見ても好きな存在だった。
28歳の元アナウンサーで、優しくて、かっこよくて、可愛くて、茶目っ気があって。なにより、憧れの存在だった。
アイドルになりたての頃、不安でヤケになっていたのが嘘だったみたいに立派に成長して、若い子と正々堂々切磋琢磨して、ああ、夢を見始めるのに期限はないんだ、28歳からでも成長していいんだって勇気づけられた。こんな大人になれたら素敵だなって。
モバマスもポチポチ走って課金してスタドリ貯めてフリートレード駆使してカード集めも頑張ってたな。温泉アイプロは川島瑞樹がメンバーのみんなに尊敬されてて鼻が高かった。オトナのバレンタインの報酬SR、最近のイラストの中で1番好きだったな。
デレステもNocturneイベントは全力出した、3桁きれないような雑魚だったけど自分なりに頑張ったな。
2019年6月23日、SSRアドバンス・アバンチュールが実装された。かの有名な「水着マフラーの川島さん」だ。自分はその頃ちょうどインターネットというかTwitterに嫌気がさしてて情報遮断してたから実際にどういう燃え方?というか物議の醸され方?してたのかは詳しくないんだけど、賛否両論だったらしい。
キャラクターのことを好きになりすぎるとパブサができない。推しの悪口を言われてるの見るとムカついて、涙が出るから5ちゃんとかまとめサイトとかpixiv百科とか見れないタイプのオタクだったから、相まってその時のインターネットが怖かった。
とりあえず、出番が貰えてよかった気持ちもあってTwitterでは喜んだフリした。いやもう、正直、現実世界の自分は怒り心頭はらわた煮えくり返りまくりだったんだけど。冷静になって考えればTwitterで喜んだフリしたのも訳わからんよ。もっとキレて、喜んでる人達ブロックしまくったりすればよかった。同担の目が気になって本音が呟けなかった自分が情けない。まずもう死にたい。
セクハラとかモラハラとか、似合う似合わないとかの問題じゃない。「こんな衣装」で一枠潰されたのが川島瑞樹だけでなく、まだSSRの無いアイドル達にも申し訳なかった。
布は少ないし、マフラー浮くし、個人的な感想になるけど合うステージが少なすぎるし踊るの見てて不安になる。
そして、川島瑞樹が着る必要が無い。コミュを読んでも、親愛度セリフを読んでも、川島瑞樹だけがポジティブに物事を捉えて素敵な解釈を後付けているようで、自分は追いつけなかった。「28歳でデビューした事が奇異の目で見られる」という最初期の設定をわざわざ掘り返してまで水着マフラーを川島瑞樹に着せた意味もわからなかった。
自分がもっと上手に川島瑞樹をプロデュースして、人気が出てればこんな衣装貰わなかったのかと思うと悔しかった。死にたくなった。
その頃の自分は本当に馬鹿で、プロデューサーとして自分が川島瑞樹に何か出来る気がしていた。本当は何も出来ないのに。
あと、高垣楓。あそこまでセットとして高垣楓とくっつけたいなら川島瑞樹にもそれ相応の衣装渡せよ。高垣楓がドレス貰いまくってるんだから川島瑞樹がそれに見合う衣装貰えないのおかしいだろって、なんの罪もない高垣楓に八つ当たりしてしまった。ごめんな楓ちゃん。楓ちゃんは悪くない。あとその直後の月末三船美優のことはまだちょっと許せてない。ごめんな美優ちゃん。美優ちゃんは悪くない。
そこからどっぷりTwitterの「愚痴垢」関連のツイートを漁るようになってしまった。やれ、このアイドルの出番だの、このアイドルの衣装だの台詞だの、言い出せばキリがないのは勘づいていたけど実際に言葉にしている人たちを見るのは割と辛かった。特にデレステ4周年~モバマス8周年本田未央シンデレラガールお祝いムードの時が一番色々な人の愚痴を見てた気がする。
辛かったけど、そのころにはなんだか安心できた。同じような意見を持ってる人が居たりしたのが嬉しかった。表垢じゃ言えないから、と、愚痴垢を作った人もいるようで安心した。自分はROM専だったが。
あそこで水着マフラーを出されなければ自分は所謂「聖騎士」になっていたんだろうなってくらいどっぷりハマってたはずなのに、気づけば愚痴ヲチして安心するような人間になってた。
水着マフラーから暫くして、とあるきっかけがあって運営に初めてお手紙を出した。「SSR衣装は目立つし、そのアイドルのシンボルのひとつになるからちゃんと考えて作ってくれ」的なこと。今考えれば稚拙で感情任せな文章だったと思う。でも言いたいことを全部書いた。てかこれも随分と稚拙で感情任せな駄文なんだけど。
元々、ソシャゲが嫌いだった。ゲームは好きで買い切りの家庭用ゲームが好きな人間だ。
いつかサービス終了するゲームに本気になれないし、ガチャというシステムがどうも金目当て臭くて好きになれない。長く続くソシャゲはソシャゲでシステムが多すぎて取っ付き難いし、シナリオも好きになれないものが多かった。あとただ単に毎日ログインが面倒くさかった。
そんな自分がモバマス、デレステには結構な額課金した。貧乏学生なりにデレマスが生活の主軸になるような金の使い方をしていた。「ソシャゲに抗議文を送るなんてバカバカしい」って思ってたのに、感情任せのクソみたいな文章を運営に送ったのもデレステが最初で多分最後だ。川島瑞樹に狂ってたし、運営に振り回されてた。
LIVEで新曲披露からのフォーリンシーサイドイベント。2020年5月31日、ウェディングガシャのドレス姿SSRエターナル・マイラブ実装。5周年のアニバのメンバーに抜擢。
自分はそんな川島瑞樹の頑張る姿を素直に喜べなくなっていった。
フォーリンシーサイドのイベントは完走した。ドレスSSRは3枚取りした。アニバイベントも今、とぼとぼ歩いている。
でももう、昔、川島瑞樹に感じていたあのときめきは無くなっていた。
フォーリンシーサイドのイベントのコミュが昨今のコミュと比較してとても良いものだったのも、ドレスSSRも、アニバのメンバー抜擢も、全部。
思えばアドバンス・アバンチュールと同時に実装されたカバー楽曲も「カバー曲付けておくから衣装楽しみにしてた人はこれで許してね」と言われているようで実装当初から大嫌いだった。
どうでもいい事だけどHello Especiallyの歌詞、片桐早苗の方が合ってるだろ。
ドレスSSRが一番嫌だった。水着マフラーが実装された時「ドレスがよかった」という声が多くあがってるのを見て正直肩身が狭く感じた。
そりゃあ、水着マフラーよりドレスの方がいいけど、自分はずっと「永遠のプリンセス」の上位互換SSRが欲しかった。確かに、夜明けのディーヴァは自分も好きだ。水色のドレス姿で等身大の川島瑞樹として歌う姿は朝焼けを凌駕する美しさだと思う。だけど自分はそれより永遠のプリンセスが好きなんだ。
AngelBreezeを踊らせたときに、しっくりくる、可愛いけど甘すぎない、ふわふわだけど爽やかな衣装が欲しかった。はじめてのダメガで使ってるうちに愛着が湧いて、自分に川島瑞樹が好きになるきっかけをくれたカード。デレアニを見て尚更好きになった永遠のプリンセス衣装。SSR化はもう二度と叶わないんだろうな。
話を戻す。ドレスSSRの実装、嬉しさよりも「ほら、みんなが欲しがってたドレスだよ!これで許してね?」という運営の声が聞こえてきて、本当に、素直に喜べなかった。
ポニーテール続投も、明るすぎる花の色と暗い青のちぐはぐさ、光ったりするギミックも無くてなんの捻りも感じられない。シンプルで良かった、と、気に入ってる人には申し訳ないが、何も嬉しくなかった。
イラストも、同時に実装された黒埼ちとせと比べて手を抜かれたように感じられて、物凄く不快に感じた。ごめんなちとせ嬢。ちとせ嬢は悪くない。
奈央さんの演技くらいだな。個人的にこのSSRの良い所。ボイスの実装があって良かった。
とにかく、自分はこのSSRの実装が運営が「ドレス出せって言うから出したよ。水着マフラーで怒ってた人これで機嫌直してね」と言ってるようにしか思えなかった。
奈央さんの28歳に因んでる説があるらしいがそんなの知らん。中の人関連の色々ほんと無理。いや奈央さんの声と演技は大好き。ごめんな奈央さん。奈央さんは悪くない。
GoJustGoのアニメ観て全く感動できない自分がいて、一気に冷めてしまって今この文章書いてる。
川島瑞樹の出番に運営の「水着マフラー出してごめんね」の謝罪文が付いてまわっているようにしか思えなくなったのは、全部、自分が捻くれているせいなのはわかっている。
もともと被害妄想がひどくて、ネガティブで、後ろ向きで、落ち込みやすい性格だ。
だから、自分が素直になれなくなったのは、他でもない自分のせいだ。
自分が川島瑞樹をまっすぐ見つめることができなくなったのは、自分のせいでしかない。
川島瑞樹を追いかけられなくなったのも、全部全部、自業自得だった。
運営は微塵も「水着マフラー出してごめんね」なんて思ってないと思う。運営に「悪い事をした」という自覚があるなら、それはそれで恐ろしいから。どうかこれからも、悪気のないサイコパス運営であってくれ。
川島瑞樹のことは今でも好き。大好き。良い人だし、かわいい。曲はたまによく聴いてる。でもなんかもうなんか、わからない。あんなに好きだったのに、今でも好きなのに、公式の川島瑞樹を素直に飲み込めなくなっていた。もうあの頃の頭お花畑なしあわせプロデューサーには戻れない。自分は2019年6月22日以前の川島瑞樹のことしか素直な目で見れない。
アニバメンバー抜擢が良いきっかけになった。川島瑞樹のイベントで、ここまで気持ちが上がりも下がりもしないの初めてだ。
このイベント終わったらデレマス関連全部辞めようと思う。こんなネガティブ野郎に粘着されちゃあ、川島瑞樹に迷惑がかかってしまうだろうし。
自分が川島瑞樹に出会ったのはちょうど4年近く前になるのかな?
好きだったなぁ川島瑞樹。全部、好きだった。雑コラのネタにされていたことも、初代総選挙10位ってとこも含めて。メタ視点で見ても好きな存在だった。
28歳の元アナウンサーで、優しくて、かっこよくて、可愛くて、茶目っ気があって。なにより、憧れの存在だった。
アイドルになりたての頃、不安でヤケになっていたのが嘘だったみたいに立派に成長して、若い子と正々堂々切磋琢磨して、ああ、夢を見始めるのに期限はないんだ、28歳からでも成長していいんだって勇気づけられた。こんな大人になれたら素敵だなって。
モバマスもポチポチ走って課金してスタドリ貯めてフリートレード駆使してカード集めも頑張ってたな。温泉アイプロは川島瑞樹がメンバーのみんなに尊敬されてて鼻が高かった。オトナのバレンタインの報酬SR、最近のイラストの中で1番好きだったな。
デレステもNocturneイベントは全力出した、3桁きれないような雑魚だったけど自分なりに頑張ったな。
2019年6月23日、SSRアドバンス・アバンチュールが実装された。かの有名な「水着マフラーの川島さん」だ。自分はその頃ちょうどインターネットというかTwitterに嫌気がさしてて情報遮断してたから実際にどういう燃え方?というか物議の醸され方?してたのかは詳しくないんだけど、賛否両論だったらしい。
キャラクターのことを好きになりすぎるとパブサができない。推しの悪口を言われてるの見るとムカついて、涙が出るから5ちゃんとかまとめサイトとかpixiv百科とか見れないタイプのオタクだったから、相まってその時のインターネットが怖かった。
とりあえず、出番が貰えてよかった気持ちもあってTwitterでは喜んだフリした。いやもう、正直、現実世界の自分は怒り心頭はらわた煮えくり返りまくりだったんだけど。冷静になって考えればTwitterで喜んだフリしたのも訳わからんよ。もっとキレて、喜んでる人達ブロックしまくったりすればよかった。同担の目が気になって本音が呟けなかった自分が情けない。まずもう死にたい。
セクハラとかモラハラとか、似合う似合わないとかの問題じゃない。「こんな衣装」で一枠潰されたのが川島瑞樹だけでなく、まだSSRの無いアイドル達にも申し訳なかった。
布は少ないし、マフラー浮くし、個人的な感想になるけど合うステージが少なすぎるし踊るの見てて不安になる。
そして、川島瑞樹が着る必要が無い。コミュを読んでも、親愛度セリフを読んでも、川島瑞樹だけがポジティブに物事を捉えて素敵な解釈を後付けているようで、自分は追いつけなかった。「28歳でデビューした事が奇異の目で見られる」という最初期の設定をわざわざ掘り返してまで水着マフラーを川島瑞樹に着せた意味もわからなかった。
自分がもっと上手に川島瑞樹をプロデュースして、人気が出てればこんな衣装貰わなかったのかと思うと悔しかった。死にたくなった。
その頃の自分は本当に馬鹿で、プロデューサーとして自分が川島瑞樹に何か出来る気がしていた。本当は何も出来ないのに。
あと、高垣楓。あそこまでセットとして高垣楓とくっつけたいなら川島瑞樹にもそれ相応の衣装渡せよ。高垣楓がドレス貰いまくってるんだから川島瑞樹がそれに見合う衣装貰えないのおかしいだろって、なんの罪もない高垣楓に八つ当たりしてしまった。ごめんな楓ちゃん。楓ちゃんは悪くない。あとその直後の月末三船美優のことはまだちょっと許せてない。ごめんな美優ちゃん。美優ちゃんは悪くない。
そこからどっぷりTwitterの「愚痴垢」関連のツイートを漁るようになってしまった。やれ、このアイドルの出番だの、このアイドルの衣装だの台詞だの、言い出せばキリがないのは勘づいていたけど実際に言葉にしている人たちを見るのは割と辛かった。特にデレステ4周年~モバマス8周年本田未央シンデレラガールお祝いムードの時が一番色々な人の愚痴を見てた気がする。
辛かったけど、そのころにはなんだか安心できた。同じような意見を持ってる人が居たりしたのが嬉しかった。表垢じゃ言えないから、と、愚痴垢を作った人もいるようで安心した。自分はROM専だったが。
あそこで水着マフラーを出されなければ自分は所謂「聖騎士」になっていたんだろうなってくらいどっぷりハマってたはずなのに、気づけば愚痴ヲチして安心するような人間になってた。
水着マフラーから暫くして、とあるきっかけがあって運営に初めてお手紙を出した。「SSR衣装は目立つし、そのアイドルのシンボルのひとつになるからちゃんと考えて作ってくれ」的なこと。今考えれば稚拙で感情任せな文章だったと思う。でも言いたいことを全部書いた。てかこれも随分と稚拙で感情任せな駄文なんだけど。
元々、ソシャゲが嫌いだった。ゲームは好きで買い切りの家庭用ゲームが好きな人間だ。
いつかサービス終了するゲームに本気になれないし、ガチャというシステムがどうも金目当て臭くて好きになれない。長く続くソシャゲはソシャゲでシステムが多すぎて取っ付き難いし、シナリオも好きになれないものが多かった。あとただ単に毎日ログインが面倒くさかった。
そんな自分がモバマス、デレステには結構な額課金した。貧乏学生なりにデレマスが生活の主軸になるような金の使い方をしていた。「ソシャゲに抗議文を送るなんてバカバカしい」って思ってたのに、感情任せのクソみたいな文章を運営に送ったのもデレステが最初で多分最後だ。川島瑞樹に狂ってたし、運営に振り回されてた。
LIVEで新曲披露からのフォーリンシーサイドイベント。2020年5月31日、ウェディングガシャのドレス姿SSRエターナル・マイラブ実装。5周年のアニバのメンバーに抜擢。
自分はそんな川島瑞樹の頑張る姿を素直に喜べなくなっていった。
フォーリンシーサイドのイベントは完走した。ドレスSSRは3枚取りした。アニバイベントも今、とぼとぼ歩いている。
でももう、昔、川島瑞樹に感じていたあのときめきは無くなっていた。
フォーリンシーサイドのイベントのコミュが昨今のコミュと比較してとても良いものだったのも、ドレスSSRも、アニバのメンバー抜擢も、全部。
思えばアドバンス・アバンチュールと同時に実装されたカバー楽曲も「カバー曲付けておくから衣装楽しみにしてた人はこれで許してね」と言われているようで実装当初から大嫌いだった。
どうでもいい事だけどHello Especiallyの歌詞、片桐早苗の方が合ってるだろ。
ドレスSSRが一番嫌だった。水着マフラーが実装された時「ドレスがよかった」という声が多くあがってるのを見て正直肩身が狭く感じた。
そりゃあ、水着マフラーよりドレスの方がいいけど、自分はずっと「永遠のプリンセス」の上位互換SSRが欲しかった。確かに、夜明けのディーヴァは自分も好きだ。水色のドレス姿で等身大の川島瑞樹として歌う姿は朝焼けを凌駕する美しさだと思う。だけど自分はそれより永遠のプリンセスが好きなんだ。
AngelBreezeを踊らせたときに、しっくりくる、可愛いけど甘すぎない、ふわふわだけど爽やかな衣装が欲しかった。はじめてのダメガで使ってるうちに愛着が湧いて、自分に川島瑞樹が好きになるきっかけをくれたカード。デレアニを見て尚更好きになった永遠のプリンセス衣装。SSR化はもう二度と叶わないんだろうな。
話を戻す。ドレスSSRの実装、嬉しさよりも「ほら、みんなが欲しがってたドレスだよ!これで許してね?」という運営の声が聞こえてきて、本当に、素直に喜べなかった。
ポニーテール続投も、明るすぎる花の色と暗い青のちぐはぐさ、光ったりするギミックも無くてなんの捻りも感じられない。シンプルで良かった、と、気に入ってる人には申し訳ないが、何も嬉しくなかった。
イラストも、同時に実装された黒埼ちとせと比べて手を抜かれたように感じられて、物凄く不快に感じた。ごめんなちとせ嬢。ちとせ嬢は悪くない。
奈央さんの演技くらいだな。個人的にこのSSRの良い所。ボイスの実装があって良かった。
とにかく、自分はこのSSRの実装が運営が「ドレス出せって言うから出したよ。水着マフラーで怒ってた人これで機嫌直してね」と言ってるようにしか思えなかった。
奈央さんの28歳に因んでる説があるらしいがそんなの知らん。中の人関連の色々ほんと無理。いや奈央さんの声と演技は大好き。ごめんな奈央さん。奈央さんは悪くない。
GoJustGoのアニメ観て全く感動できない自分がいて、一気に冷めてしまって今この文章書いてる。
川島瑞樹の出番に運営の「水着マフラー出してごめんね」の謝罪文が付いてまわっているようにしか思えなくなったのは、全部、自分が捻くれているせいなのはわかっている。
もともと被害妄想がひどくて、ネガティブで、後ろ向きで、落ち込みやすい性格だ。
だから、自分が素直になれなくなったのは、他でもない自分のせいだ。
自分が川島瑞樹をまっすぐ見つめることができなくなったのは、自分のせいでしかない。
川島瑞樹を追いかけられなくなったのも、全部全部、自業自得だった。
運営は微塵も「水着マフラー出してごめんね」なんて思ってないと思う。運営に「悪い事をした」という自覚があるなら、それはそれで恐ろしいから。どうかこれからも、悪気のないサイコパス運営であってくれ。
川島瑞樹のことは今でも好き。大好き。良い人だし、かわいい。曲はたまによく聴いてる。でもなんかもうなんか、わからない。あんなに好きだったのに、今でも好きなのに、公式の川島瑞樹を素直に飲み込めなくなっていた。もうあの頃の頭お花畑なしあわせプロデューサーには戻れない。自分は2019年6月22日以前の川島瑞樹のことしか素直な目で見れない。
アニバメンバー抜擢が良いきっかけになった。川島瑞樹のイベントで、ここまで気持ちが上がりも下がりもしないの初めてだ。
このイベント終わったらデレマス関連全部辞めようと思う。こんなネガティブ野郎に粘着されちゃあ、川島瑞樹に迷惑がかかってしまうだろうし。
バーチャルYouTuber事務所大手のホロライブプロダクション(カバー株式会社)所属の魔乃アロエ氏が本日卒業した。
※魔乃アロエ本人の発言も全て運営の責とする(謝罪配信の台本がセルフ作成でない前提とする)
個人的に魔乃アロエの中身(以下演者)に付き合っているパートナがーがいるかどうかはどうでもいい問題ではある、のだが⋯⋯。
謝罪配信にて「(パートナーとされる方とは)デビューする以前より既に関係を断っている」と発表したのだが、このパートナー疑惑の方のSNSでの口がなかなか軽く、その方が自身を演者の彼氏だと思いこむ狂人でなければ中々真に迫った匂わせ暴露をする方なのである。
最終的に今日の卒業まで予言(と呼ぶのが適切かは知らないが)しており、報道発表の信頼性を著しく損ねている。
同社がコントロールできる立場にない人物に関する言及は控えるべきだった。
というかなんで言ったの?
あと疑惑の方の口から魔乃アロエの事情がペラペラと出るのは情報筒抜けで極めて好ましくないだろう。現在進行で情報漏えいなのでは?と訝しんだが今日は運営の話なのでこれ以上の言及は控える。
noteでブクマされている件にもあるが、謹慎の原因は演者のやらかしであり魔乃アロエのやらかしではない
※魔乃アロエのアカウントで疑惑の方と相互フォローしてしまった件は問題だが内規の問題に過ぎない
※演者のアカウントでデビュー前の魔乃アロエをファンに向けて公開した件は以下略
よって魔乃アロエの演者として謝罪すればよかったところが、魔乃アロエの口から演者と自身が同一人物であるというキャラクター設定ブレブレの謎謝罪配信を実施したことこそが大きなミスと言っても過言ではない。
先に書いた「演者のアカウントでデビュー前の魔乃アロエをファンに向けて公開した件」だが、謹慎時のリリースではマネージャー承認の下実施したと記載があった。
しかし卒業に際しマネージャーひいては運営としての責任問題に関する記載は一切ない。
Live2Dの機密情報漏洩(卒業リリース原文ママ)にカバー社員が関与しているにも関わらず、演者の卒業のみで総括している。
これをどう取るかは材料が無いので断定を控えるが、稚拙な嘘をついたかさもなくば演者の切り捨てに図ったと見られても仕方がない。
カフェマシンの部品を洗ったあと、マシンの表面をアルコール消毒していたらお客様に話しかけられた。
アドリブに激弱い私は、
「何回とは決まっていないですが、気がついたときにやっています」
と答えてドン引きされてしまった。実際この通りなんだが、たぶん「気が付かなければやらない」ということだと思われたんだろう。
「実際、大変そうな仕事だもんね」
とお客様は仰って、帰っていった。
以前、Twitterに「近所のコンビニはカフェマシンの掃除を全然やってないらしく、そこのコーヒーを飲んだ人みんなお腹を壊してる」と呟いている人がいた。へぇ、掃除を怠ったカフェマシンで淹れたコーヒー飲むとお腹をこわすのかぁ……と、カフェマシンの掃除を怠らない私は余裕綽々の気分で思った。そしてバイト仲間のAさんにそのことを話したら、
「それはそうですよ!」
とAさんは言った。それはそうだと思いながら、Aさんはベテランパートの人が辞めてから1ヶ月以上、カフェマシンの豆の入っている容器の部分を取り外して洗う作業を「オーナーがやれって言わないから」という理由でやらずに放置していたのか……。(その仕事は、誰もやってないことにある日気付いた私が引き継いだ)
ストーカー客はいつものように、私が一人で店番をしている時間を見計らって来店。ただひたすらこっちをじろじろ見てくることと「タバコください」の一言でいつもの銘柄を二箱出させるという地味な行動を相変わらず続けてくる。私は「この人はコンビニ店員に嫌われに来ているのだ」と思うことにした。
今日は調子がいいぞと思って仕事をしていたら、普段の私には信じられないタイプの失敗をしてしまう。どういう失敗なのかというと、ややこしくて説明するのが面倒臭いので書かない。らしくない失敗というのは謎に複雑系になる傾向があるような。少なくとも私の人生ではいつもそう。失敗の経緯を説明するのが面倒で、オーナー宛にただ損失額と謝罪文だけを書いたメモを事務所に残して帰ったけど、今のところ別にオーナーからどうしてそんな失敗をしたの? という電話はかかって来ない。
ZeebraはHIPHOPシーンを追いかける人間なら誰もが知るレジェンド中のレジェンドだ。
大してHIPHOPに詳しくない人でも「東京生まれ HIPHOP育ち 悪そうな奴は大体友達」というフレーズは聞いたことがあるはず。
これを歌っているのがZeebraだ。
Zeebraは謝罪文をTwitterで公表しそれには「頑張ってください!応援してます!」「外野がどうこう言う話じゃない!」等と擁護のリプライが並ぶ(見た感じ7割くらいは擁護)。
ため息が出た。
ラッパーというのは歌が上手ければいい訳じゃない。
歌っていることとその人の人となりがズレていればそれはフェイクだ。
HIPHOPシーンではフェイク野郎というのは他人をdisる時に使う定番のライムだ。
孫も生まれて娘も芸能界で徐々に人気が出てって状況で不倫で足を引っ張るのは誇り高き日本人がやる事なのか?
散々自分のカッコ良さを歌っておきながらやってる事は超ダサいじゃん。
これからは「孫や子どもや連れ子を含めて子どもを育ててくれた奥さん」と「下半身」を天秤にかけて「下半身」を取ったちんこZeebrabraと名乗ってくれ。