はてなキーワード: マーライオンとは
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あらかじめご理解いただきたいが、タイトルで承認欲求たっぷりにブラック企業と図々しく書いたが、これは読者を引き寄せるための所謂YouTuberのサムネ詐欺のようなものである。実際はブラック企業ではあるもののどちらかというとチャコールグレーに近い黒ではあったし、ネットの死海を彷徨っているともはや仙人の域ともいえる黒い賢人がおられることも承知しており、賢人たちには同じ黒魔法の使い手(見習い)として畏敬の念すら抱いている。ブラック企業の文字を見て頭に血が昇り始めた賢人たちはどうか落ち着いて、できるだけ部屋を明るくして離れて見てほしい。
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さて、本題に入る。
私は平成初期生まれのゆとり世代で、一応大手企業に勤めている。特定の分野での業界シェア率50%超、従業員1000人以上の上場企業と言えばなんとなくイメージがつくだろうか。前になんかの日本の企業ランキング50位以内に入っていた気がするが、ランク内がホワイト企業ばっかりで辟易したため覚えていない。給料は同世代の平均くらいといったところで可もなく不可もない。
勤務時間は平均するとだいたい8-21時。みなし残業はついているが基本的にサビ残だZE☆。休みは本当は週休2日だが休日出勤も多く、代休制度はあるがそんなもん取ったら業務がマーライオンのように溢れてくる。
仕事は自分の裁量で回せることがほとんどになってきたしやりがいも多少あるし、勤務時間に関しても別に慣れてしまったからあまり問題視していない。今から転職しようにもキャリアアップが望める業界ではないし、他業種で一からお世話になるのも正直面倒くさい。
私は妻と2人の子供がいるが、帰宅したらだいたいみんな寝ている。嫁からは「あなたが仕事の日はシングルだと思ってるから大丈夫」と素直に感謝していいのかわからない言葉を向けられている(素直に感謝している)。
家に帰ったら軽くご飯を食べ風呂に入りTwitterやネットの記事を少し読んだらあらまぁ大変もう0時。就寝して5時半に起きて子供たちを送り出してまた8時には出社している。
しかし時代の流れもありここ数年で会社の考え方が変わってきたらしく、残業に対して厳しくなってきた。
初めは何時まで働こうがおかまいなしだったが、退社目標時間が定められ、それが21時から20時になり、段階を経て今では目標時間を超えるとお叱りをいただくようになった。
もちろん勤務時間内に仕事が片付くはずもないのだが、それを書き始めるとただの愚痴の大運動会になってしまうのでやめておく。我々サラリーマンは常に会社と共に変化していかなくてはいけない生き物なのだ(白目)。
退社時間が早まり、帰宅して家族と過ごす時間が増えた。みんなでご飯を食べたり、お風呂に入ったり、テレビを観たり。娘とお風呂に入りながら、あと何年一緒に入ってくれるのかなんて考えたりもした。いやひょっとしたらあと何ヶ月とかかもしれない。なんだよこのシャワーの水、しょっぺぇな。
最初の頃は勤務時間内に捌けなかった仕事を家でやることも多かったが、徐々に捌けるようになったのか諦めるようになったのか、それも減ってきた。
それが数ヶ月続いた頃、ある悩みが生まれた。
「寝るまで何をしたらいいんだろう」
機械的に日課をこなしていた日々に空白の時間が降ってきたせいで、その空白の埋め方がわからない。
趣味はあるが広く浅く熱しやすく冷めやすいタイプでありそこそこケチなためどれも長続きしないし、新しい趣味を始めたとしても長続きするビジョンも視えない。加えて変な美学も持っている。例えば私はむかし音楽をやっていて今も家に楽器はあるが、音楽は複数人の魂を共鳴し合うアンサンブルなりグルーヴを楽しむものとかいうわけのわからない固定概念があり、一人でしかも自宅での演奏ではアッパシオナートな時間を過ごすことなど到底できない。
出かけようにもそこそこの田舎なので娯楽施設も限られているし、買い物もネットで充分。運動しようにも膝を痛めているし(病院行け)、ゲームするとクリアするまで廃人みたいな生活になるし、酒は好きだがあまり強くないし、酒そのものよりは酒の場が好きなので一人で飲んでもすぐ寝てしまう。新しいことを始めようにも何かにつけて難癖つけてしまい始められない。いつから私はこんなに消極的なオッサンになってしまったんだ。
そもそも目標がないと何にも熱量を持って取り組めない性格のようでとにかく何をやっても長続きしないし、一旦目標が生まれるとすべての心力をそれに注ぎ込んでしまうせいで、空白の2〜3時間で取り組めるようなちょうどいいものが見当たらない。
結果、ぼーっとテレビやYouTubeを観ながら寝落ちして朝を迎えている。
残業時間が減り帰宅時間が早まったことは本来なら喜ぶべきことである。
しかし私のように路頭に迷ってしまう哀れな社畜がいることも、どうか知ってほしい。
そして願わくば、2〜3時間で打ち込める何かを教えてください。
教えてくれても難癖つけて始められないと思うけど。
パンデミック前に体験したほんのり(と当時は思っていた)怖い話を残しておきたいと思います。
当方外資系の商社の営業部で働いている身なのですが、時折他国の支社に出張する機会があり、初めて上司を伴わずに一人で出張となったのが2018の事でした。行先はタイのバンコク。
数日間の忙しい仕事や打ち合わせを終え少し気も楽になった私は、一人であったこともあって独身男性の好奇心のままに夜の街に繰り出すことにしました。
ここでなぜか日本人特有のシャイさを発揮した私は、日本人の溢れる某エリアを避け、バンコク中心部から北東に離れた歓楽街に向かいました(念のためエリアの具体名は避けたいと思います)。有名歓楽街では女性を品定めして「買う」スタイルが主流であるのですが、当時彼女がいた私は海外とはいえそれも気が引け、そのバンコク北東エリアではセクシーな女性と一緒に飲んで楽しむというスタイルがメインとネットで見かけたのも私を後押ししました。
22時頃現地に到着すると、そこら中ネオンやサインで目がくらむというような感じでもなく、一目見て外国人と見受けられる男性陣もまばらです。予想以上のローカル感に少々面喰らいましたが、それらしきバーにとりあえず飛び込んでみました。
店内は50名程度はくつろげるであろうスペースのバーで、奥のステージでは5,6人のお姉さんがやる気のない感じで体を音楽に合わせて揺らせています。
稼ぎ時であろうと思われるのですが、店内には数名の地元客と思われる人たちしかおらず、外国人は私一人でした。今考えると繁盛店でなく、外国人もいない時点で危ない香りがするのですが、興奮と好奇心がMAXに達していた私にはそのことは全く気になりませんでした。
空いている席に着くと、小さめのドドリアのような小太りのおばさんがドリンクとフードのメニューを運んできます。地元密着型であるためか価格はとてもリーズナブルで、万が一の事を考えてかなりの額を両替してきた私の心配は杞憂に終わりました。一通り注文を終えると、ミニドドリアは「ガール?」と言います。どうやら席に女の子を付けたいか、という事のようです。満面の爽やかな(つもりでとても気持ちの悪い)笑みで「プリーズ!」と言うと、ミニドドリアが去って行った後に小柄の可愛い女の子が私のもとにやって来ました。
女の子はとても可愛い!某ダレ〇ガレさんを小柄にしたような彼女は、私のもとに来るなり隣の席ではなく私の太ももの上に座りました。片言の英語でコミュニケーションを取りつつ、私の手を彼女の体のあちらこちらに導く彼女に、この時点で私の興奮はマックスです。気持ちが大きくなるうえに彼女におねだりもされ、オーダーも進みます。ドリンクや追加注文をするたびに席で現金で払うシステムなのですが、現地の通貨になれていない私は正しい紙幣を探すのに苦心し、彼女に助けてもらう始末でした。今考えるとこれがいかに無警戒だったか…
さて、そんな形で楽しく30分ほど飲んでいた所なのですが、まだビールにカクテルを2杯ほど飲んだだけなのに、急に頭が朦朧としてきました。右手でダレノ〇レさんのお尻を撫でながら、楽しさでIQ2になった頭で必死に考えます。「これはもしや…何か盛られた!?」そうこうしている間にも、ますます頭が働かなくなってきます。横にいる女の子に私を心配する素振りが一切ないのも、ますます私の不安を煽りました。
(寝込みに財布の金を根こそぎ取られる…?痴態を撮影されて脅される…?まさか体を切り裂かれて臓器が…)と最悪のシナリオが頭によぎった私は、「今日は帰る」と女の子に告げ、もつれる足で何とか店の出口に向かいました。そばにいる店員は口々に「レスト!レスト!」と言ってきます。いよいよ危ない感じがしてきました。
ひどい千鳥足で出口までの道のりは永遠にも思えましたが、店のドアを開け、外で目に付いた最初のタクシーに飛び乗りました。
その後の一時間ほどの事は全く覚えていません。幸運だったのはタクシー運転手が超が付くほどの聖人だったことです。行先も告げずに気を失った私をとりあえず安全なバンコク中心部まで送り届け、そこで車を停めて起こしてくれました。彼の言うところによると、私の後を追って店員がタクシーのもとへやって来て、「この外国人は気分が悪いみたいだからうちで介抱する」と車から降ろすようにしきりに促していたようです。そこで車から降ろされ店に帰されていたら、果たして無事に帰国できたか分かりません。
ちなみにその後、混ぜ込まれた薬物の質が悪かったせいか、宿舎のベッドからほぼ動けない状態で上下の口からのマーライオンに2日間悩まされたのですが、理由が理由だけに同僚にも何も話せず、ただの体調不良を決め込んだのでした…
日本でもニュースなどで、女性をターゲットにした「デートレイプドラッグ」が報道されることがあります。しかし男性でも私のような形でターゲットになることがあるとは想像だにしておりませんでした。
ハルシオンやデパスのような即効性のある薬を、しかも店までグルになって仕込まれると、ほぼ対抗策がありません。私のような無鉄砲なエロ河童は少ないと思いますが、海外にお出かけの際にはくれぐれもお気を付けください。
まず注意いただきたい。
以上気をつけて欲しい。
そもそも推考をしていないただのゲロなので気分が悪くなったらそっとタブを閉じて欲しい。そこら辺は自衛してくれ。
ヒロアカの2作目の映画をみた雑多な感想: https://anond.hatelabo.jp/20191221053748
正直に言おう、ブルーレイは買わなかった。
どうしても公式との解釈の違いや、ドラゴンボールのような戦闘が多すぎる映画が苦手だった。
だがあえて言おう、3作目である今作もドラゴンボールであったと!
しかし、2作目よりアニメが進んだためか戦闘の幅が広がり、見ていて飽きがこなかった。
そもそもボンズのアニメファンである私には今作が刺さりすぎた。ボンズ愛してる。
戦闘シーンにハガレンを見ていた時の高揚はもちろん、登場人物の痛みも感じるような鬼気迫るものがあった。
(そもそも血みどろになっていたが、これPGついてない?もしかしてRいった?)とまで思ったほど私たちが大好きなボンズだった。
想像を絶するカメラワークでさまざまな画角から描かれる、多種多様なエフェクトの戦闘と、血みどろで、ダークな演出。
これらが、今作の映画 僕のヒーローアカデミア ワールドヒーローズミッションにはあった。
ありました。確かにそこに、ボンズがいました。ありがとうボンズ。
特にフレクト戦のデクやレヴィアタン戦の轟やサーベンターズ戦の爆豪から、我々視聴者は余すことなく吸収できた。
ヒロアカ知らない人にも見て欲しい、今作。どうやってお勧めするべきか悩んでいるところです。ありがとうございます。
原作者である堀越耕平先生がどこかで発言されていた(ような気がする)日本のアメコミを作りたい、が本映画に詰め込まれていた気がする。
潜入ミッションで今作オリジナル衣装のデク、ショート、爆豪が戦闘したのちのOPではDCコミックスのジャスティスリーグアニメーションを感じた。
私は生粋のDCファンであり、DCアニメを見て育ったので、そのシーンが流れた瞬間心の高鳴りが隣の座席の人に聞こえるのでは、うるさいと怒られるのではないだろうかと怒られてしまった。
とにかく、あのOPの演出と一枚絵には人を魅了する”なにか”があった。間違いない。劇場でもう一度見たい。
まずはじめにこれについては語っておかなければならない。ありがとう、吉沢亮。あなたの声質と演技は、神に祝福されて生まれてきた。ロディというキャラに本当の意味で命を吹き込んだ。
偏見だが、俳優がやる声優は大体はずれだと思ってしまう。しかし、今回に至っては全ての演技がハマっていた。
さて、声優の話はそこそこにこのキャラクターの重要性について話したい。
まず、ロディがスラム出身であることが私の中で非常に評価が高かった。その出自に関しては裕福な家庭であった(大きな屋敷で遊んでいた描写から推測)にもかかわらず、ヒューマライズに父親がさらわれた差別によりスラムまで追い込まれて正規の職にありつけず、幼い兄弟には明かせない盗んだ宝石の運び屋などの犯罪で食いつなぐしかない1少年出会ったことが、どれだけ私の心を惹きつけたか。
ヒロアカでスポットライトが当たる人物は基本的に生まれた瞬間から光り輝いており(轟は出自こそあれだが、能力は恵まれている部類に入るため光属性と私は考える)、橋の下の子(スラムなどの被差別部族)には縁がないと思っていた。
しかし今作では、ロディが「ヒーローは俺らの住んでるところまでは来ない。金にならないからな」と発言した(うろ覚え)。これは私の解釈と一致し、胸が締め付けられた。ヒーローは金にしか興味ないのかと思っていた、とも言っていた。もう私の胸は張り裂けそうだった。
幼い兄弟二人とともに少年である自分がどうやって食いつなぐのか、相当に頭を悩ませたに違いない。
このロディの存在こそが私がボンズファンたる由縁一つだと確信し、あの洞窟でロディの個性を打ち明けるシーンで”推し”確定となった瞬間だった。
余談だが、デクが胸に矢を射られたあと、しばらくして国境越え間近のシーンを見たらツナギの胸部分がパッチワークで別の布が縫い付けてあった。この瞬間「あ、これロディが縫ったな」と思ったのは私だけではないだろう。
そもそもロディの服がぼろぼろで下手くそなパッチワークだらけな服であったことは登場した瞬間誰もが気づいたであろう。その後デクの服がパッチワークされていたら、間違いなくロディがやったな!と、皆が思うわけだ。旅のシーンで心打ち解けるシーンも、音楽がなりながらであるがしっかり描写され、観客は「一夏の思い出か・・」と思ったりするわけだ。こんなキャラ、だれが嫌いになるのだ?
(そもそもインターン開始が冬であったが、時系列ではインターン後期とのことで・・とはいえ真冬に開催されたインターンからオセオンに渡ったとしても北半球だから冬のはずなのだが・・?と思ったのは私だけではないはず。まあ夏の映画だから夏にしたい製作陣の気持ちは大いにわかる。私も大人だ)
全然関係ないが、事前情報ゼロで劇場に足を運ぶのが趣味の私にはピノが林原めぐみだった時の嬉しさと言ったら・・。一緒に観に行った人と見合あったほどだった。
「今回もドラゴンボールか・・、どうせ気持ちとかそういうもので乗り越えるんだろう?」と思ったあなた。ある意味正解です。でも、戦闘アニメーションはそれを超えてきました。ボンズ様、本当にありがとうございました。
あなたが作ったアニメーションで、本当に飽きないし、どうしてその強さだったのかなどがきちんと説明され、負けそうな戦いでもボロボロになりながら最後には勝ったヒーローたちが、きちんとそこにデクや爆豪、轟たちが生きていました 。
すべての戦闘ごとに、どうやったら勝てるか、どうやったら被害を最小限にするか、どうやったら相手をkoろせるか。全ての思考がそこにあったようの思います。
そして、きちんと映画として成立するように、全ての戦争で新しい画角や技や、見せ場があって視聴者が飽きない工夫がありました。
ありがとう。ドラゴンボール風であってもこんな感じであるなら本当に、本当に、何度でも劇場に足を運びます。ありがとう、ブルーレイも買うね。
とはいえ、フレクト戦ラストのデクのユナイテッド ステイツ オブ スマッシュの演出については吹き出さずに入られないほどの演出があり、ゲームを見ているかのような最強の技であることが思いっきり表現されており、デクの腕が心配になったが、ラストを見て無事でよかったよ。
OPのジャスティスリーグみについてはもう語ったが、デクの黒鞭で警察から逃げるシーンについてもスパイダーマンのファー・フロム・フォームみについても感じただろう。他にも脚本を進めるためのイベントと戦闘とギャグとの"比率"についてもアメコミリスペクトを感じざるを得ない。ブルーレイがでたら正確に比率を出したいが、これも先頭に重きを置きつつ、話の店舗はアメコミのものであり、アメコミ育ちの私には大変見易かった。
2作目から比べると戦闘シーンは遥かに上がった。戦闘のテンポもアメコミだったのか本当によかった。強いていうのならラストのフレクトの"反射"の限界を超えてプルスウルトラを叫ぶシーンは予想がついていただろうが、そこが少しくどい感じはあった。でもそれも含めて少年ジャンプみを感じ、心地よく受け取ったのが今作だった。
心の中で一緒に「プルス、ウルトラ!!」と叫んだのは、私だけではないはずだ。
一つ、気がかりなのが「ヒロアカ、学徒動員しすぎじゃないか?」である。ヒーロ業界限界が過ぎない?私、不安だよ・・。
学徒動員って戦時中であってもかなり逼迫した状況であり、ましてやそれを海外派遣するなど、言語道断・・!と思うのである。どうして今回も海外までいかせたのかはちょっと想像に難しいが、そもそも冬から夏になっているのも謎である。
すまない、話がずれたが、各地に学生を派遣したはいいが、最前線で戦い過ぎなのだ。30巻あたりで死柄木弔と遣り合うあたりであっても学生は後方部隊だったはずだ。大丈夫か、世界!映画の舞台はもっと逼迫しているのか!世界!頑張ってくれ!!
シンガポールのマーライオンヒーローやエジプトの壁画っぽいヒーロー、映画1作目で登場したヒーロー再登場は最高だったせ!ありがとう。
それはそれで、各地の同級生ヒーローたちがピンチの際に、お茶子「デクくん・・!」や霧島の「爆豪・・!」はクるものがあったぜ。同級生は体が離れても、心は一緒なんだな・・。ありがとう公式。ありがとうボンズ。
オタクでは全くなかったが、留まることなく仕事の経歴と愚痴を吐き出し続けた。
きっと私の見た目がお眼鏡にかなわなかったのだろうなと、共通の友人の顔を立てて
一時間ほど経過したところで「ジムのご予約があると伺いました。お忙しいのでは?」と
水を向けたところ、ジムは来週からなのでとマジレスされ、似たような話を
その後2時間マーライオンのように提供し続けてくれた。大変な目に遭った。
見た目を綺麗にして話題の端々に港区的なもの、センスのよいアテクシ的なものをきらめかせる割に
友達の話題が一つも出てこない。自分には上昇意欲があり仕事と勉強が本当に忙しいのだと
散々聞かされたが、私の周囲のそういう者は週末の昼間の3時間をあまり興味のない男性相手に
延々と割くことはできない。つらいのだろうな、疲れているのだろう、友達がいないのだろうと思った。
こういうまくしたてるような話し方をする人は、大抵友達がおらず、さみしいのだ。
部屋で腰を下ろしたときに、腰に鈍痛を覚えた。座るときに知らずと無理な体制になって、
そこらの筋肉を捻ったか、今までにも何度も経験したことのある痛みだった。しばらくしたら治る。
しかしそのときは30分経っても痛いままだった。その間に身体を動かして筋肉をほぐそうとしたり、
手をぐーにしてどんどんどんと叩いてみたり、横になったり、立ってても痛いままだった。
痛みとゆうのは、時間が経てば痛みがひいたり、頭痛や歯痛みたいに「ずきんずきん」したり、
強弱があるものだけど、ずーっと背中の右側が痛い。それもだんだん痛みが強くなっている。
脂汗が出てきて気持ちも悪くなった。布団を丸めて抱き抱える体勢がいちばん楽だった。
1時間過ぎ、痛みの原因が分からないし、これだけ痛いなら救急車を呼んでもいいだろう、
と母に呼んでもらった。そのとき母が「119番って何番だっけ」と漫画みたいなことを言ったのを聞いた。
出入り口までは歩いて、担架の上にやっと横たわって、丸くなった。
救急隊員の人が声をかけててくれた。「痛がってもいいですよ」と聞こえたけど、
それだと何か話が通じないから別の内容かもしれない。
しかし実はこの時、何だかだんだんと痛みがひいてるときだった。
僕はそのまま救急外来のベッドに寝て、何人もの看護師さんや医者さんがてきぱきと僕を助けようとしてるのに感動してた。
最後に先生からの説明があって、撮ったCT画像を見るとちゃんと白い石が写ってた。
「腎臓から膀胱までの尿管に結石が見えるから。それでしょう。石はもう膀胱に落ちてるみたいですね」。
あと先生は「この痛いのは何度か経験すると、自分で分かって我慢できるようになるんですけどね」と言った。
確かにそう思う。と同時に、次は痛くても我慢しなさいよ。との牽制かとも思った。初めてだったから許してほしい。
結石を画像検索して見ると、棘棘してそれが刺さって痛い、と思い違いしてしまうけど、
違くて「結石が尿管を塞いで尿が流れず、尿管内圧が高まる」のが、痛い。
この痛みの強さは出産と同じか、経産婦で尿管結石にもなった人の話では「尿管結石の方が痛い」そう。
尿管結石の痛みを経験して、出産の痛みとの比較を知って、出産をイメージすることができた。
だけどここから話が違うこと書くけど、尿管結石はそんなに痛くなかった。
次なっても原因が分かってるから、我慢できる(それで違う病気で手遅れになりたくないけど)。
布団抱え込んでたとき「ひーん、ひーん」と1人で声出して呻ってたけど。
頭痛も痛いのは痛い(頭痛はバファリン飲む)。抜歯した後は痛くない。
箪笥の角にぶつけた小指も痛いけど、よそ見してて歩く速度で電柱にぶつかるのは目から星が出るほど痛い。
咳のし過ぎで喉と腹筋が痛くなるのも辛いけど、
いちばん辛いと思う痛みは「お腹が痛い」だ。お腹を下して下痢で痛い、ならいいけど、
僕が人生で3回ほど経験したのは、お腹がとにかくきりきりと腸が膨らまされてるように痛くて、
だからトイレの便座に座るけど、痛すぎて過呼吸か酸欠で失神しそうで嘔吐しそうで、
横に倒れたいけどうんちでるかもしれないから、浴室に行って倒れて失神。
あのお腹の痛さはどうしようもないから、ずっと神様に謝って反省してた。家の中で良かった。
それがあると、ノロウィルスの「上はマーライオン」と言われる下痢が、恐ろしい。
腸捻転も想像すると恐ろしい。例え腕を切断したとしてもその痛みはずっと続かず、
腕が無いけど痛みも無くなるように、どんなことにも慣れることができたらいいのにな!
子供を産んだら20年間365日24時間専用の施設に預けるルールにした方がましではないだろうか?
理由は以下だ。
・設備投資費
1.設備投資費
子供ができた家庭は、おもちゃや小さい滑り台やウレタンマットを購入する。また、机や箪笥の角には頭をぶつけても大丈夫なようにゴムを取り付けている。
子供ができたすべての家庭がこれらをそろえるのは無駄ではないか?
ちっちゃい子供が過ごす場所を社会として限定すれば、設備投資費が少なくて済む。
家賃問題もある。夫婦二人なら四畳半のボロアパートでつつましく暮らすことも可能だ。しかし、子供が騒ぐと近隣住民の迷惑になってしまう。だから、子供ができたらそれなりの防音設備のある部屋に引っ越さなければいけない。それが不可能だったら最初から子供を作ることをあきらめてしまう。残念だ。だったら、子供が暮らす部屋と両親が暮らす部屋を完全に分けた方が良いだろう。
地味な問題だが、自宅に救急箱をちゃんと用意していない家庭もあるだろう。子供が転んでけがをするたびにマキロン探しをしている親は多いはずだ。「最後にマキロン使ったやつ誰だ!」と。保育園はちゃんと備品管理をしているはずなのでそういうことは少ない。こういう些細なことでも、各家庭と育児専用施設の設備力の差が感じられる。もはや子供が両親の家に住む合理的な理由はないと思う。
率直に言って世の中の親の大半は育児が下手だと思っている。
知識や技術や体力や精神面でプロの保育士のレベルに達していない人が大半だと思う。
僕だって子供をまともに育てられる気がしない。こんなの素人には不可能だと思う。
僕は特別におかしなことを言っているとは思わない。自分の子供がプロ野球選手になれるかもしれないと思ったらリトルリーグに入れてコーチに野球を教えてもらうだろう。名門中学に入れるかもしれないと思ったら専用の塾に入れるだろう。であれば、自分は子育てが下手だと自覚している親がいたとして、その親が育児を一切放棄して専用の施設に預けたとして、それは正しい選択だと思う。親にとっても子にとってもそっちの方が良いはずだ。そして、ほとんどすべての親は子育てが下手だと思うのでそうすべきだ。
例えば「叱る」と「怒る」は違うとよく言う。しかし、口で言うほど簡単なことではないだろう。あまり表に出さないだけで、苦しんでいる親はたくさんいると思う。
ついカッとなって子供をキツく罵ってしまったり手を出してしまったりして後悔した経験がある親はたくさんいるはずである。
社会制度の方が変わっていかないといけない。親を支えないといけない。
ニュースを見ていると「こんな奴が子供を作るなよ」と思うことは多いだろう。しかし、それを言ったところで子供は救われない。また、そういうことを口に出す人が増えると「自分なんかが子供を作っていいのだろうか」と気後れしてしまう人が増える。それは不本意だ。
問題の本質は「子供を作った人が責任をもって子供を育てないといけない」というルールにある。「子供を作っても育てないでいい」というルールにするべきだ。
核家族はピークコントロールがしづらい。もし2人の親に2人の子供がいたとする。これならぎりぎり回る。しかし、突然片方の親が熱を出して寝込んでしまったとする。急に一人で二人の面倒を見ないといけなくなる。詰む。
これが保育施設であれば、(普段からゆとりを持った人員配置ができているなら)保育士さんが一人か二人寝込んだとして、何とか融通可能だろう。
また、夜泣きという問題もある。日中働いている両親が深夜に数時間おきに起きて授乳をして、睡眠不足なまま朝から会社に行くのは、不健康だし非効率だ。施設であればシフトを組んで夜勤を作れる。こっちの方が良い。
特に「家で資格試験などの勉強をできるか否か」が大きなポイントだ。これはいくら社会が子育て世代に受容的になったり経営者が寛容な制度を作ったって関係ない。
「日本は子育てしている人に冷たい社会だ」などという言説は(事実かもしれないが)本質を外している。
子供を作ると家で勉強する時間がほぼ取れなくなる。その時点で社会がどう変わろうと無理なものは無理なのだ。
だったら、子供を育てる専門の人とそれ以外の子供を育てない人に分けたほうが社会の効率が良くなる。
キャベツを作るのが得意な人とニンジンを作るのが得意な人が、それぞれ別々に5キロずつキャベツとニンジンを作るより
片方がキャベツを10キロ、もう片方がニンジンを10キロ作るほうが効率がいいだろうという理論だ。
親は子育てに時間を取られるよりも、子供を施設に預けて自分のキャリアのために時間を投資した方が社会全体が豊かになるに決まってる。
いくつか反論があると思うので先回りして答えておこう
1.子供がかわいそうだ
素人の親が子供を育てるほうがよっぽど子供にとってかわいそうだと思う。
小学生にもなってお箸が持てなかったり敬語が使えなかったり虫歯だらけだったりする子供を見たらかわいそうに思う。
有名国公立大学に入れる才能を持っていたのに高卒の両親が上手に伸ばしてあげられなかったりすることがある。残念だ。下層社会の再生産になってしまう。
補足として個人的な感情を言うなら僕は親が嫌いだ。こんな奴が子供作るなよと思っている。
2.親がかわいそう
子供は親のために生きてるのではありません。
少子化の観点でいうと「自分で育てれないなら子供を作らない人」と「自分で育てなくていいなら子供を作る人」の量を比べると、どちらも一定数いると思うが、後者の方が多そうだから子供が増えると思う。
親にとっても悪い話だけではないと思う。
親にも親の人生がある。
今の社会で子供を作ると人生のほとんどを子供に持っていかれる。
現代社会では子供を最優先にしない親に対する風当たりが強すぎる。変えていかないといけない。
あと、こう言う意見を言うと「自分にとっては子供が全てだ。自分は子供のために全てを捧げている。他の人もそうすべきだ」的なことを言う人が出てきそうだ。
多分そういうことを言うせいでみんな困ってるんだと思う。自覚して欲しい。
大体会社にいる「自分は仕事に全てを捧げています」系の人は仕事できてない人が多いので、そういうこと言っちゃう親は子育て下手な親だと思う。
それはそうだが、デメリットも大きい。
ジジババに子供を預けた時に「これはアレルギーだから食べさせないでください」といったら、ジジババが「好き嫌いはよくないから」と言って食べさせた結果マーライオンになった。というような話はよく聞く。
4.ポルポトがー!
それはポルポトが悪いのであって制度が悪いわけではないと思う。
5.今の保育園の現状分かってんのか
親のキャリアのところで触れたが、比較優位の法則で説明がつく。税金を減らして各家庭で親が育児にかかわる時間を増やすのと、税金を増やして親が育児にかかわる時間を減らすのでは、後者の方が生産性が高い。よって税金を増やせばいい。
殺人事件の加害者も児童に対する性的虐待の加害者も身内が一番多い。
知り合いの介護士も、他人の介護はできたが自分の親の介護はめちゃくちゃ辛かったといっていた。程よく他人じゃないと感情が入ってしまって逆に辛いんだろう。