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はてなキーワード: 「道」とは

2023-01-16

バスケやっていて活躍している人が少ない問題

企業に入り成功している人の出身を聞くと、

アメフト

野球部

特に多い。まぁこれは大学レベルまでやる人間になるとある程度レベルの高い人間が集まるのと、

アメフト野球部がある大学学歴が高い、というのもあるだろう。

あとはアメフト野球部はとにかくスキルを磨いて、チームプレイを重視しながら

後は気合で乗り切るという部分が金が集まる企業では重要なんだと思う。スキルガッツ

そして意外と

弓道部アーチェリー

活躍している人間が多い。何か一点に集中して目的を達成する姿勢というのは、企業でうまくやっていくには重要なんだろうなと思う。

弓道アーチェリーは的に矢を充てるだけの単細胞スポーツだと思われがちだけれど、意外と仕事というのはシンプルからな。OODAの思考サイクルも鍛えられるし、弓道特に老人の理不尽「道」押し付けにも我慢できる忍耐強さがある。


マラソン

は意外と活躍してない。よく仕事マラソンに例えられるけれど、現代ではだらだらとペースを守って仕事したり

地道な努力なんてしている暇はないからな。あと個人競技だし。

あとは朝にランニングして酸欠で仕事してるから仕事で頭が動かないんだと思う。


ただあれだ、野球部アメフトと似ていて(サッカー部底辺しかやってないから除外するとして)

バスケってなんで活躍している人が少ないんだろうなという疑問がある。

意外とバスケ部って豆腐メンタルな人が多い。身長高いだけの人がやるスポーツから平均身長の低い日本では優秀な人が集まらないのか、

それともそもそも向上心がある人間メジャーな顔したマイナースポーツは気に留めないからだろうか?


体操

まず人口が少ないからあれだけど、謙虚礼儀正しいように見せかけて

なんかすごい動きして褒めてもらおうとする欲がある陰キャばっかだから

結局研究職でシコシコしてなろうアニメ見つつ、いつか活躍する夢を見て実行に移せない人が多そう。

いい年になって体操はいって女子からキャーキャー言われたいという欲を持ちつつ、

いい年した女はバク転しても引くだけってことに気づけないコミュ障から

研究しか向いてない、縁の下の力持ちしかなれないよな。

それか一発逆転で何も考えず飛び込んで、手痛く失敗して小さくなってるやつとかしかいない。

2022-12-17

anond:20221215114744

ほんとそれな。日本人ってなんで何をやっても「道」を見つけてしまうんだろうな?これをするからおもてなし値」は爆上がりするんだけど経済的合理性は著しく低くなる。結果として生産性も低くなる。

2022-12-02

anond:20221202083200

「歩かせないUI」は難しいけど、「歩きにくくなるようなUI」ならできると思う。

ステップLED表示を埋め込んで、歩行震動を検知したら「STOP」と警告するとか、

1段飛びで乗るように、1段おきに「×」を表示するといった形で、ユーザー

「歩かず乗る」「1段おきに乗る」という行為誘導する(ナッジ)。

そういうサイネージでの視覚誘導によって、「エスカレーターの設置者は明らかに

こういう乗り方をさせようとしているんだな、それがあるべき乗り方なんだな」

ということが利用者に伝わると、多くの利用者安心して止まって乗れるようになる。

そういう利用者が多ければ、右列に「道」が開けなくなり、せっかちさんでも

駆け上がるのは難しくなる。

輸送量が下がる」という話については、片側1列立ちの習慣が渋滞を招き、

本来あるべき「2列1段あけ停止」よりも輸送量を低下させている、という研究があるよ。

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO34667070Y8A820C1000000/

2022-11-04

anond:20221104120834

なぜエルデンリングは「俺の好きなゲーム」として失敗したのか

エルデンリングは優れたアクションゲームであるが、俺の好きなゲームとしては完全に失敗している。

どこが失敗しているのか、なぜ失敗しているのかを以下に述べる。

俺の好きなゲームにとって最も重要問題は「壁に登れるかどうか」である

この「壁」とは、建物の壁だけに限らず、崖、岩、草木、あるいは「見えない壁」まで、あらゆる障害物を指している。

「ここは通ってほしくないから壁を置いておこう」

こちらに進んでほしいから他の道は行き止まりにしておこう」

そうしてゲームクリエイターがプレイヤーコントロールしようとして設置されるものが「壁」である

俺の好きな「どこまでも自由に行けるゲーム」とはまったく正反対性質のものであることがわかるだろう。

しかしその「壁」を登ることができるならば、障害物だった「壁」は、すべてが立体的な「道」へと変貌する。

たとえるなら、

お化け屋敷です、決められたルートを決まった順番に進んでください、

運営がそのルートに沿っていろんな怖い演出を用意しています、というのがリニア(一本道)なゲームだとしたら、

肝試しです、どの道を進んでも、あるいは道から外れても、崖を登っても、空を飛んでもいいので、

とにかく山の頂上の神社にある御札をとってきましょう、というのが俺の好きなゲームなのである

どちらのほうがより良いとか正しいとかいうわけではないが、この二つを両立することは難しい。

エルデンリングは、俺の好きな仕組みを導入しながらも、リニアゲームから脱却することができなかった。

見た目は俺の好きなゲームでありながら、ゲームデザインは極めてリニアである、というアンバランス作品だった。

たとえばストームヴィル城などはなかなか立体的な構造だが、

屋根にのぼって高所から敵を倒すとか、城の裏手から侵入して敵の手薄なところを探すとか、そういった自由度はない。

あるとしてもそれは開発者があらかじめ用意しておいた「ルート」の一つでしかなく、

自由な移動を保証した俺の好きなゲーム化の結果として可能になったものではない。

またエルデンリングでは、マップ上に点在する特定ポイントしかスポーンできない。

非常に死にやすいにもかかわらず、「死んだところだけやりなおす」ことができず、「最初からまた順番にやりなおせ」と強制される。

これは単体の戦闘ではなく、リスポーンポイントから始まる「ルート」をゲーム体験の最小単位として意図しているからだろう。

まさにリニアゲームデザインである

スポーン地点から遠く離れるほど、死んで元の地点に戻されたときの徒労感は大きくなる。

死んだときに落としたルーンは、リスポーン地点から離れているほどそれを回収するのが難しくなる。

というかフィールドは広くてもイベントクエストスカスカだし敵を倒してもロクなアイテムを落とさない。

まりどう考えてもフィールドを探索させる気がない。

「あちこち適当ボスだけ置いたんで、寄り道して倒しにいってもいいですよ。それって俺の好きなゲームっぽいですよね?」

くらいにしか考えていないのだろう。

まあ開発陣はなんとなく流行りに乗っただけなんだろうが、

脳みそが完全にリニアゲームに特化していると思われるので次回作では無理する必要はないと思う。

じゃあ俺はゴッサムナイツをやってくるね。

なぜエルデンリングは「オープンワールド」として失敗したのか

エルデンリングは優れたアクションゲームであるが、オープンワールドゲームとしては完全に失敗している。

どこが失敗しているのか、なぜ失敗しているのかを以下に述べる。

オープンワールドゲームにとって最も重要問題は「壁に登れるかどうか」である

この「壁」とは、建物の壁だけに限らず、崖、岩、草木、あるいは「見えない壁」まで、あらゆる障害物を指している。

「ここは通ってほしくないから壁を置いておこう」

こちらに進んでほしいから他の道は行き止まりにしておこう」

そうしてゲームクリエイターがプレイヤーコントロールしようとして設置されるものが「壁」である

オープンワールドという「どこまでも自由に行けるゲーム」とはまったく正反対性質のものであることがわかるだろう。

しかしその「壁」を登ることができるならば、障害物だった「壁」は、すべてが立体的な「道」へと変貌する。

たとえるなら、

お化け屋敷です、決められたルートを決まった順番に進んでください、

運営がそのルートに沿っていろんな怖い演出を用意しています、というのがリニア(一本道)なゲームだとしたら、

肝試しです、どの道を進んでも、あるいは道から外れても、崖を登っても、空を飛んでもいいので、

とにかく山の頂上の神社にある御札をとってきましょう、というのがオープンワールドなのである

どちらのほうが「より良い」とか「正しい」とかいうわけではないが、この二つを両立することは難しい。

エルデンリングは、オープンワールドという仕組みを導入しながらも、リニアゲームから脱却することができなかった。

見た目はオープンワールドでありながら、ゲームデザインは極めてリニアである、というアンバランス作品だった。

たとえばストームヴィル城などはなかなか立体的な構造だが、

屋根にのぼって高所から敵を倒すとか、城の裏手から侵入して敵の手薄なところを探すとか、そういった自由度はない。

あるとしてもそれは開発者があらかじめ用意しておいた「ルート」の一つでしかなく、

自由な移動を保証したオープンワールド化の結果として可能になったものではない。

またエルデンリングでは、マップ上に点在する特定ポイントしかスポーンできない。

非常に死にやすいにもかかわらず、「死んだところだけやりなおす」ことができず、「最初からまた順番にやりなおせ」と強制される。

これは単体の戦闘ではなく、リスポーンポイントから始まる「ルート」をゲーム体験の最小単位として意図しているからだろう。

まさにリニアゲームデザインである

スポーン地点から遠く離れるほど、死んで元の地点に戻されたときの徒労感は大きくなる。

死んだときに落としたルーンは、リスポーン地点から離れているほどそれを回収するのが難しくなる。

というかフィールドは広くてもイベントクエストスカスカだし敵を倒してもロクなアイテムを落とさない。

まりどう考えてもフィールドを探索させる気がない。

「あちこち適当ボスだけ置いたんで、寄り道して倒しにいってもいいですよ。それってオープンワールドっぽいですよね?」

くらいにしか考えていないのだろう。

まあ開発陣はなんとなく流行りに乗っただけなんだろうが、

脳が完全にリニアゲームに特化していると思われるので、

次回作では無理せずリニアゲームにしたほうがいいと思う。

じゃあ俺はゴッサムナイツをやってくるね。



『ELDEN RING』ディレクターの宮崎英高氏にインタビュー! 著名な作家とのコラボレーションなどについて語っていただきました! – PlayStation.Blog 日本語

寂寞とした「狭間の地」を舞台としたオープンワールドでは、プレイヤー縦横無尽の旅へと導きます

宮崎氏:プレイヤーには主に、今回私たちが注力した自由度の重要さを感じてほしいと思っていますゲームプレイヤーそれぞれの方法で楽しんでもらい、自分のペースで探索できるこの新しいオープンワールド解放感を味わってほしいと思っています

宮崎氏:はい、これは意図的なものですが、必ずしもゲームを明るくするためではありません。『ELDEN RING』では、広大なオープンワールドを探索することを考えると、鮮やかな色使いが必要でした。

フロム・ソフトウェアの宮崎英高氏が語る『ELDEN RING』開発の秘密 - Xbox Wire Japan

フロム作品としては初となるオープンワールドは美しく広大で、さまざまな探索を楽しめるようになっているのも特徴です。

オープンワールドデザインは、これまでの作品創作プロセスにおいてどのような違いがあったでしょうか。

宮崎氏:ゲーム全体のデザインで言えば、『DARK SOULS』などから変わらぬテーマである達成感に加え、未知と脅威に満ちた広大な世界に、自由に挑む「冒険感」を重視したことが大きかったと思います

また、他オープンワールドゲームインスパイアされた点はありますか?

宮崎氏:特定ゲーム特にインスパイアされた、ということはありませんが、ユーザーとしても、名作と呼ばれるオープンワールドゲームを多くプレイし、それぞれから素晴らしい刺激を受けました。

単なるゲームメディアではなくPS/Xbox公式ブログにおいてもオープンワールドだと喧伝され、ディレクターもとい宮崎社長オープンワールドだと言っているのに、「エルデンリングオープンフィールドからオープンワールドじゃない!プレイヤー勝手勘違いしただけ!」というのはさすがに詭弁ですね。

2022-10-31

フルで聞きたいCMソング

この前、ずっと探してた「道」(楠木勇有行 旭化成CMソング)のセルフカバーYouTubeに上がっているのをブクマカに教えてもらい、とてもありがたかった。https://m.youtube.com/watch?v=SjWrdLZetDI

私の中ではネスタリゾート神戸テーマkris roche)と双璧をなすぐらい好きなCMソング(残念ながらフルコーラスセルフカバーは削除済、ショートバージョンhttps://m.youtube.com/watch?v=x67780sUQMsなのだが、増田ブクマカの心に残るCMソングフルバージョンで聴けるリンクがあったら併せて教えてほしいです。

店内ミュージックもいい。例えばMIZNAの「LAMU」https://m.youtube.com/watch?v=i1SbmMPKhc8とか

個人的に衝撃だったのはナカヌキヤ(旧中川ムセン)の店内曲だったが、どこにも上がっていなくて、覚えている人いるだろうか。「(中間マージンを)抜いて(客に売買価格の面で)奉仕する」とかい歌詞なのだ字面だけ見るとすごく卑猥なことになってた。

2022-10-10

anond:20221010071035

なんか勘違いしたのか長々書いてるけど、道に犬のフン落ちてたわ、って言っただけの話ですよ

その「道」たまたま男だっただけ、「犬のフン落ちてたわ」がたまたまやることやってくれないだっただけ

逆にとある男性が、自分部署女性陣になにか性質問題を感じていたらそのとおり言えばいいんだよ

「うちの部署女性陣は〇〇なんだよね困ったな」って

それが愚痴範囲でも、公的に議題に上げるのでも、どっちでも構わない

あなたがやろうとしてることは差別の名を借りた、マウント欲求の発露ですよ

2022-03-30

ウクライナ侵攻が暴いたガルパンの嘘

戦車に通れない道はありません」

ウクライナの雪解け泥濘地形は無理でした。逃げだして舗装道路から外れたら擱座でした。「道」ではないから嘘じゃないのか。

2022-03-28

スポーツが抱える問題はたった一つに集約されている

スポーツ人格形成が成される」という強者のための詭弁である

どんなにスポーツで強くなってもそこに人格形成余地はない。

自分の肉体的な弱さを認められても精神的な弱さは認められない。

スポーツで結果を出すためのルーティーンをどれだけ磨いても私生活においては過剰なアドレナリンを抑えられない。

強ければ正しい世界に染まれ自分欲望だけを満たそうとすることを批判されても聞く耳を持たない

これはね。

証明されたばかりなんですよ。

プーチンをみなさいよ。

ブラックベルトの持ち主でそれはそれは柔道がお強い人だ。

「柔」の「道」をひたむきに鍛え上げた人だ。

だがどう見ても彼には柔らかい物腰など身についてないし、人としての道なんて踏み外しきってる。

これを「彼個人が異常なんですよ」というのは簡単だろう。

でもそれは「スポーツをやれば人格形成が出来る」ということへの否定でもある。

心根のネジ曲がった輩はいくらスポーツをしても人格が歪みきったままだと言うなら、心根の立派なスポーツマンはスポーツなんてしてなくても立派な人だったということではないだろうか?

スポーツ人格形成の役に立たない。

これはもう証明完了なんだよ。

どうしても言い張りたいならウクライナの方に向かって「プーチンさんは立派な人格者だ!だって彼は黒帯から!」と何万回でも叫んでみなさい。

何回積み上げても嘘が嘘であることを塗り替えられないような虚しいまでの嘘っぱちが存在することを思い知ることでしょう。

スポーツ世界はいい加減この誇大妄想じみた看板卒業するべきだ。

人格形成が出来るのかどうかは知らんがとにかくスポーツをするとスポーツが出来てスポーツが上手くなるかも知れないぞ」だけで勝負しなさい。

嘘を平気でつくような人達が「先生」と呼ばれてニタニタ顔でパワハラセクハラを繰り返し続ける限り、スポーツなんてものは真っ当にはならんよ

2022-02-07

進撃の巨人に見る「読者に解釈選択させる技法

ネタバレアニメ化範囲
















ヒストリアが「女の子らしくってなに?」とフリーダ質問したときフリーダは始祖ユミルを指して「この子みたいな女の子のことかな」と言った。

ところで始祖ユミルは、弱小集落出身奴隷であり、豚を逃したという罪で奴隷身分から追放され、畜生の様に「狩り」の獲物として追われる中、たまさか巨人の力を手に入れた後、王専属奴隷となった。王の奴隷として工事戦争にいいように使われ、王から「子種をくれてやる」と言われ子どもを産み、王を暗殺危機から身を挺して庇っても心配されず、絶望してそのまま死んだら自分遺体を娘に食われ、死んだ後も「道」で言われるがまま巨人の力を王家に与える、彼女は、根っから奴隷に見える。

ここから読み取れるのは「女の子らしく生きる=奴隷根性に従って生きる」という

強烈な皮肉を持ったメッセージである

(少なくとも 現時点の アニメ化範囲において)

こう言ったメッセージを受け取るとき、2種類の見方がある。

「女は奴隷らしく生きろということか」

または

女の子らしさなんてものに囚われるなということか」

の2択だ。

このように単一描写メッセージから全く逆の解釈を呼び起こすような術が進撃の巨人ではよく使われるよねえって昨日の放送でおもいますた

2022-01-12

進撃の巨人のどうしても納得できないこと

増田は完結後3周して今4周目読んでるくらい進撃の巨人が好きなんだけど、信者の贔屓目で最大限甘く判定してもどうしても納得できない箇所が一つある。

最終話までのネタバレ注意




















なんで最終盤、エレンミカサ記憶改竄ができたの?

あの山小屋暮らしは、139話でのミカサアルミンの会話から、船の道中にエレン「道」ミカサを呼んで繰り広げたもの(そしてユミルミカサの頭に干渉して一足早く思い出させたもの)であろうが、どうしてミカサはそれを忘れていたのか。というか、そもそもなんで見せることができたのか。

アッカーマンは始祖の巨人の力で記憶改竄ができない、というのは作中何度も語られている設定である。即ちアッカーマン東洋人のハーフであるミカサ記憶に始祖の巨人が入り込む余地なんて存在しないはずなのである

最終回直後は、「アッカーマン記憶改竄できないというのはウソで、分家をシガンシナ飛ばしミカサ誕生させる為にエレンが人々の記憶を弄ってそういうことにした」説を考えてみたりもしたが、ウーリがケニーを操作できないんだからアッカーマン干渉できないのは本当なんだろう。

あとはユミルの未練あたりは最重要事項なんだから読者に委ねてないでもうちょっと描いてくれとか、ジークアルミンに堕ちるのがあっさりしすぎてるとか、色々細かい不満はあるんだけど、まあいっかなで済ませられる範囲

ミカサ記憶だけはマジで納得できないので良い考察思いついた人がいたら教えてくれ

2021-05-15

しょうもないダジャレを吐き出させてくれ

 この前、友達散歩してた時にボロボロだった道路が若干マシになってるのに気付いたんだよね。車道歩道区別がない感じの道なんだけど、荒れてガッタガタだったのが多少歩きやすくなったみたいな。

その時は「おー、よくなってんじゃん」みたいな感じで流したんだけど、どうしても言えないことがあったんだよね。

 さっきも言った通り、車道歩道区別はないから単に「道」だし、そもそも母音が合ってるってだけで語感的にはだいぶ無理があるし。……でも言わせてくれ。

歩道が、ほどほど(う)に舗装(ほどう)されてる!!!!」

2021-04-08

進撃の巨人最終話(139話)の予想 ※最新話138話までの記載あり

タイトル予想】

「代償」「贖罪「鳥」「鳥籠」「あの景色」「この世界残酷で美しい」




ストーリー予想】




※ ※ ※ 138話までのネタバレあり ※ ※ ※




エレンの首が落とされたので、始祖・進撃・戦鎚が継承待機状態出産されるユミルの民待ち)。

始祖ユミル笑顔だったのは「道」での奴隷業をエレンと交代できるフラグが立った為。

 

ミカサエレンの居場所を知ったのは多分「道」エレンと過ごした際に知ったから。

「道」の中の歴代の知性巨人と同様、首切られたエレン「道」にまだ存在する。

 

「道」エレン&始祖ユミルアルミンが交差。

アルミン、大ピンチの仲間を救う為、無知巨人の動きを止めるよう要求

エレンユミル拒否、団結してアルミンを攻撃・・・と見せかけて、エレンが「自由だ」とユミル奴隷解放宣言。ユミル対立

 

アルミンの頭脳戦やらなんやかやあって、光るムカデが敗北。ユミル無力化。

エレン完全死亡(死亡直前にアルミンと共に「未知の世界」を見たり、ヒストリアの赤子を抱き上げる)。

全ての巨人能力消滅し、13年の呪いが解ける。知性巨人巨人化した104期生も助かる。

座標と「道」は閉ざされる。進撃を含めた全ての巨人継承されない。

 

巨人消滅後、一度は手を取ろうとしたマーレ人たち非エルディア人はPTSD。エルディア人達巨人能力は失れてもトラウマは残る。戦争は続く。

この世界残酷で美しい。

2021-02-14

anond:20210214004511

ダルマという言葉には「法」という意味「道」という意味がある。

流動性パラフィンを水と混ぜると(混ざらないが)割と簡単に出来る。

2020-11-18

恥と日本トラブル

今日クレーム対応をしていたことを思い出し、あとコロナ直前の出来事もあってぐるぐる考えてたら行き着いたことについて。

日本人マナーや心構えは「恥」に立脚した文化のように思える。

美しく手順に従った所作などは外向きと言うよりも内向き、自らを律する(いわゆる「道」の類に多い)決め事がほとんどである。つまりは掟破りが「自分にとって恥ずかしいこと」ということだ。

まあ、そういう習性クラスタがいる。一方で自ら恥をかくという感覚が搭載されておらず「恥はかかされるもの」という習性クラスタがいる。日本のとくに都市圏ではこの2つのクラスタが住処を分けられずに混ざってしまう。そのうち「かかされる」クラスタがかなり厄介である

上に述べたクレームもそうだが、かかされるクラスタの行動動機で考えうるうちの2つの例がある。「相手に恥をかかせれば自分利益がある」と「恥をかかされた仕返しで相手により恥をかかせる」というものだ。

近頃では「クレームはよくよく聞けば『特別に便宜をはかれ』という主張に収束する」という考えがインターネットを通して共有されているが、そのよくよく聞かされている部分は「いかあなたが恥ずかしい行動をしていたか」を手を変え品を変え説得、もとい洗脳しようとしているに過ぎない。商売としてどうなんだ、人間としておかしくないかなどという言葉は結局「恥ずかしいだろ?」ということを糖衣コーティングしただけだ。対外的には反省を促す言葉に見えて、ただ誠意をもとめている(その「誠意」の意味も歪んで認識している)。

しかしどうして、わざわざ恥をかかせにくるか。まあ、単にかかされるクラスタ喧嘩文化圏に生息しているから、といえばそうなのだが、もうひとつある。

「恥をかいたことを反省するらしい」というのは学習できたらしい。

相手は恥をかいたとすれば改めて自分を律し自らを罰する、その隙につけ込めるという「得」は覚えられてしまったのだ。

流石に21世期に入って新世代は「恥ベース」と「規律ベース」を分けて考えるものだが、ひと昔前の、それこそ団塊ジュニアくらいまではまだ恥と規律が混ざり合っていた。だからそこに気づいた(気づいてなくてもうっかり使いこなせた)人や利用することを考えた国にああだこうだ言われてきたんだろう。

いまは過渡期だ。確かに恥をかかされて怒ること、かかされたから便宜をはかれ!というのは通じるかもしれない。あと、誠意を見せないならと行政に介入を求めたり、地域住民に知らせて回るのも構わない。なんなら追い出しだって通じる。おそらくは現代が失ったえた・ひにんの矛先がたまたまそこに向いているだけ、という言われ方もするかもね。

しかし、そのひとつを追い出したとして、同じような店は来るか?また住人は増えるか?どうでしょうね。

2020-09-29

anond:20200928204927

別に呼んだって構わないが

山陽道北陸道などの「道」道路のことではなくて地方区画のこと。街道も同じ名前なのでややこしい。

「道」を略して山陽北陸などと呼ぶことは昔からあったけど、

北海道明治時代に出来たのでそういう習慣がないだけでは?

なお街道中山道江戸時代に出来たのもので、中山道が通ってる地域東山道東山はあまり使われない。

ついでに東海地方東海東海道の一部だけ。地方区画東海道だと千葉茨城東海

2020-09-12

anond:20200912070620

無思想の対として浮かんでくるのがネトウヨネトフェミなのか?それはドン引きだわ。

普通コミュニタリアニズムだとか、リバタリアニズムだとか、リベラリズムだとか、功利主義だとか、老荘思想儒教思想、禅――そういうのを学者名前や著書の内容と共に思い出すもんだよ。

それらをみな、自分なりに噛み砕いて、現代身の回り環境に合うよう変形させた上で持っているもんだよ。自覚していないし、言葉にしないだけで。

君が思想だと思っているネトウヨネトフェミなどという集団は、カルト宗教原理的に同じで、思想体現ではない。

不満を鬱積させる市民のうち無学な人たちが、思想めいたものにかこつけて一体感と規模の力を得るための寄り集まったものしかない。

思想哲学のように、政治経済と繋がってより良い「道」を追求・研究することを主眼にしているわけではない。いわば対案を持たないデモ行進のようなものだ。

もしそういうのを「思想」だと思って、そんなのになるくらいなら無思想の方がいいとなる人がいるとしたら、そうやって特段悪い部分だけ見ることで考えを改めないようにする思考の癖を直すべきだと俺は思う。

まとめサイトを見る」とかもそういう癖を染み付かせてしまう悪い行動だ。

2018-09-26

anond:20180926114919

動詞「回る」は五段活用だが、名詞「道」にくっついて「回り道」という一つの名詞になる

同じように「イキる」が「オタク」にくっついて「イキりオタク」になることには何の問題もないのではないか

2018-08-16

アニパロコスプレもただの楽しいお遊びだったのに、「道」的なものにする人が出てきていらんお作法が出て来てるんだな

単純にクソ

2018-06-12

anond:20180612032633

機能移転とか「道」とかガバガバ設定増えてきたと思うがな

あと最近の評判の良さは完全にでんでん現象

2018-06-11

日本に入るとどんなもの「道」になるというんだから

ロックロック道になったり、アニメアニメ道になったり、保守保守道になったり、リベラルリベラル道になってたりするのかな

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