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2020-07-12

武士道批判序説(4)

朱子学批判しつつ、徳川武士朱子学を学んだことは無視する。キリスト教精神の混じった新渡戸稲造武士道を『取り戻せ』と言う。藤原正彦先生が、そうまでして武士道言いたい理由と言えば……」

鎌倉江戸……関東を『国家の品格』に一口乗せたいからやろなあ」

先生のおっしゃる品格』の柱は『情緒』と『形』。情緒は『もののあわれ』やから畿内のもの。ここで『形』に儒教を割り当ててしまうと、関東に出る幕がなくなる。儒教仏教で十分説明できる慈愛その他の倫理に、わざわざ武士道の看板を掛けようとするんは、そのせい」

「大体、騎士道現代に当てはめること自体喜劇的な扱い受けてるのに、何で武士道だけ免れられると思えるんやろ……?」

「『国家の品格』に必要なんは『情緒』だけで十分。真っ当な情緒があるなら、そこに慈愛も育たんとおかしい」

文藝春秋に載った論説やと、先生は『武士精神』と『ユーモア』を柱にしてはるけど?」

そこで今改めて見直したいのが「武士精神」です。〔……〕もう一つ、大切なのはユーモア」です。(日本韓国国家の品格」・文藝春秋2019年10月号)

ユーモアも大切やわ! 品格必要なんは『情緒』と『ユーモア』。武士道は必要ない」

先生が『情緒』外したんは、たぶん韓国対応やんな」

朝鮮民謡には哀しい歌が多いのです。

理由はともかく、ユーモアに注目してくれはったんは喜ばしい。ほんでも、藤原先生の実演するユーモアは失礼ながら……」

例えば清の時代の記録によると、李氏朝鮮は毎年、金を百両、銀を千両それから美女・馬・豚・牛などをそれぞれ三千ずつ貢がなければなりませんでした。美女差し出せなどと言う中国は本当にひどい国です。羨まし過ぎて絶対に許せません。

「これが何であかんか、ほんまにわからんのやろか……?」

2020-04-04

この増田ってさあ・・・

このエントリは一個一個がどうというより

全体がものすごく受身だよね。

一番どうかと思うのがここ。


1.姫並みの受身ぶり

・しっかり見極めて早めに告白

この段階で注意することはぶっちゃけこの1点のみ。あとは全部おまけと思ってもらっていい。

自分未来パートナーとしての素質があるかどうか、フィーリングが合うかどうかを判断しつつ、自分アピールしなくてはならない。

結婚相談所を使っている場合、初回のデートから付き合うまでのデート回数目安は約3回だそう。

初めましてがお茶だとして、1,2回目のデート仕事終わりに居酒屋ご飯

3回目のデート休日半日くらいのお外デート気持ちを伝える、みたいな感じ。

てめえからはいかないの?

増田個人としては初めて会ってから告白まで3週間以内がベスト

というのも、あまりちんたらしてると他の男性に取られちゃうから

これはお互い様だけど、婚活市場早い者勝ち

女性一般的に熱いうちに打たないとすーっと冷めちゃうよ。

なにこいつお姫様なの?



2.落下すんな

紳士的な振る舞い

エスカレーターでは男性が下(女性が落ちても支えられるように)、

こういうのホテルマン教育とかではあるんだけど

お前ほんとにエスカレーターで落下することあるわけ?

マジでそういう不安が有るなら靴が合ってないから柔らかいスニーカー履いていけや

デート中に落下しないっていうのはオシャレとかより人としてそれ以前のとこにあるから

身体不安があるのでこの靴です」って説明してそれで変な態度になる男は合わないってことで切ればいいよ。

落下してから人に支えてもらおうと思うんじゃねえよあぶねえよ。

エスカレーターすら落下せずに乗れないような人間自覚を持ってエレベーターに乗れ。

マジで脚悪い人とかはみんなそうしてるから



3.女性自立の敵

こういう奴に対して進歩派とかフェミニズムアングルでの抗議が入ってないのはがっかりちゃうよね。

カスでしょこういう奴。

男にお姫様扱いや落下した時のキャッチを求めるっていうのは

自分が一人前の人間として立つことを放棄してるってことなんだよ。

柔らかい椅子には尻が痛いほうが座ればいんだよ。

お前に強めの痔があるならソファはお前のものだし相手の男の痔のほうがすげえならソファは譲ってやれよ。

「そうじゃなくて一律ソファに座らせてもらえない女はかわいそうなの!」ってお前マナー講師かよ。


4.こいつほんとに男慣れしてるんだろうか?

香水はつけすぎなければどんなものでも良し。増田が好きなのはBLEU de CHANELとかカルバンクラインoneとか。

2ブロックもチャラついた印象を受けるので、この半年我慢だ…と思って普通を目指してほしい。

シャネル香水つけてる男なんてかなり少ないと思うけどそんなことは当然として求めておきながら

ツーブロックを「チャラついてる」ってなんなの一体。

ツーブロックは単に楽だし、日本人は頭の鉢が広がりがちだからまりがいいんだよ。

だって日本人なら側頭部のボリュームを抑える工夫のある髪型に切ってくれてると思うぞ。


こいつの周りにいる男がどんななのかまじめに疑問になるんだよな。

すっごいエスコート完璧香水つけてるけど1000円カットの男ってどういう人物なのかマジでからないのです。

少女漫画とか変な女性誌の記事を読み過ぎてるけどリアルの男と接した経験が少ない人の肥大した妄想のように見えるのですが。


私が出会った人たちはほとんど皆スマートエスコートしてくれたんだけど、これも知らないと出来ないものかと思うので、一応。

俺はお前の言ってるようなことは出来ないです。

いや出来るけど、それ全部やったら絶対「なにこいつ」って思われるだろうから恥ずかしくて出来ない。

普通の女は普通の男がそんなホテルマン少女小説王子様のような振る舞いしてきたら「なにこいつ」って思うと思うんだ。

それでいて頭が千円カットだろ?

いやー、わかんねーっす。


告白なんか高校生がするもの、と思うかもしれないけど、ステップアップしたい旨を明確に示すと女性も迷わないし、今後の心算ができるのでストレスフリーです。

2、3回目のデートの終盤、できればあんまりヤガヤしていない場所(公園のベンチとか、間接照明がいい感じのバーとか)がいいんじゃないですか。

増田おすすめ品川駅から港南口の方へまっすぐ行ったところにある高浜運河運河とは言え、ぱっと見は普通の川。

品川駅を背にして右手に進むとT.Y HARBORが見えて来るんだけど、ライトアップされていて綺麗。

桜の季節は運河沿いに桜が結構咲いてるので綺麗だし、海が近くて風がびゅんびゅん吹いてるからしれっと手を繋げるよ。

これとかさあ、

最近読んだヤングジャンプの「かぐや様は告らせたい」ってマンガ

クールな早坂さん(クールで有能だけど男女交際経験がなく少女趣味妄想が嵩じている)が立案したデートプランそのまんまなんだよね。

やたらディテール細かくて道やタイミング風向きまで指定してくる全てを机上で練った感満点のデートプラン

あの漫画を読んでないと伝わらないんだけど。

やっぱりこの増田ってさあ・・・

anond:20200402213732


追記

フェミニズムアングルでの抗議が入ってないのはがっかりちゃうよね。』怒りたきゃお前がお前の目線で怒れよ。フェミにキレてる場合があったら自分言葉で怒ればいいだろ。こっち見んな気持ち悪い。

いやいやいや

俺は俺の目線キッチリ怒っただろ。

何を読んでるねんきみは。

俺は別に俺の怒りをフェミニストの皆さんに代行させるような依頼心なんか一ミリもないですよ。

自分言葉キッチリ書きました。この通り。


かにネットには何故か「お前のミッションだろ」ってことを人にやらそうとしてくる奴がいてそういうのへのムカつきは俺も日頃持ってるけど

俺はちゃん自分目線自分言葉で詰めただろ。

何を読んでるんだマジで

そのうえでフェミニストはこういうのには動かないんですねーって言ったの。

当てこすりはしたけど依頼心なんか持ってねえだろ。


しろフェミニストの人達のほうがそうやって

てめえの問題意識オタク押し付けてくることあるんですよ?

https://anond.hatelabo.jp/20191130151346

とか俺が書いた奴だから読んでくれ。

「てめえでやれ」としか言いようがない案件


俺はアルテイシアさんとちがって自分目線の分、自分立場からの分は自分でやってるでしょ。

一緒にしないでくれ。

そのうえで、「フェミニストの人達の分があるんじゃないですか?」と疑問感じただけよ。

フェミニズム立場からいってもこんなお姫自意識女はしばいたほうがいいんじゃないのかねと。



追記

エスカレーターから落ちる、はそのままの意味じゃなくて、守ってる感を出すってことだろ。

それこそマナー講師やんけ。

「ハンコの傾きで上司への尊重表現しましょう」やんけ。

なにそのやってる感。


ていうか落下する予定がなくてあくまポーズの話って線で行くなら

しろ対等な付き合いや男女平等希求する現代においては

そういう「守る・守られるポーズ」は忌避していくべきものでは?


実際に筋力が必要な所では肉体的に強いほうが担当するとしても

そうじゃない場面でポーズとして「守ってる感」なんてむしろ時代に逆行するカフチョーセーでは?

これもどっちかってとフェミニスト姉貴に聞きたいことなんだよなあ。


個人的にはそんなもんどっちでもいいのであって骨惜しみや意地悪で言ってる訳じゃないのは理解して欲しい。

でも自分もある程度フェミニズムが行き渡る社会で生育したものとして、

そんな男女不平等時代騎士道的な振る舞いを現代にすることに抵抗があるんだ。

重いものを持つよっていうのは実利だから抵抗感はないんだけど

守ってる感を出すポーズって、すごい抵抗感あるんだが。ぶっちゃけ恥ずかしい。

落下しないタイプの女からしても「落下なんかしねーのにポーズでやってる感出してきてうぜーな」ってならんの?

2020-03-20

これぞ武士道

別件でぐぐっていた時に武士道の事が書かれてた。

武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」

「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候」

新渡戸稲造武士道騎士道であって武士道ではないと思っていたから、安心した。

でも、新渡戸の騎士道ベースにした漫画アニメが多くて、いかんせんモヤモヤつのるばかり。

2020-02-26

騎士道大原則一つ! 敵を知り、己を知れば百戦危うからず!

え?

中国のやつのパクリでは?

2020-01-27

anond:20200127123616

ポリコレがどうこうというより

もはやこの世に創作物を語るにおいて

ポリコレ(個を認める、束縛から解放とか)くらいに

誰もがうんうん頷ける共通認識が少なすぎるんじゃねえのか

 

例えば騎士道っぽい作品があったとして

「身を挺して主君に忠誠を誓うその姿、感動した!」って批評しても

ブラック企業やら性差別格差社会に疲れ切った現代人には

「そんな主従関係クソくらえ上級国民!」としか思えない訳で

まあ束縛なんてされたことのない、上級マジョリティ男さんには心地いいかもしれんが 

 

批評家がこういう独りよがり以外に

最低限褒めたたえられる箇所っつったら

ポリコレ尺度の要素しかねえだろ

2019-08-12

https://anond.hatelabo.jp/20190810170536

1)

いや、専門家批評・論評も、素人の「このアニメつまんね」の一言も、どちらも作品に対する評価だよね、というだけの話で。

もちろん議論していただくのは構いませんし、一方で別に議論しなければならないわけでもない、プリミティブな感想で済ますだってアリでしょう?と。



2)

teebeeteeさんは「手法」「技術」「様式」あるいは「文化」のような言葉妥当である様に仰いますが、「いつものやり方」といった意味を持たせたい場合、(「手法」ではなく)「風習」という語彙の選択は、それほど無茶苦茶な事でもないでしょう。また、例えば「慣習」であればteebeeteeさん的にOKだったのだろうか?という事も気になります辞書的には、あまり意味の差はないようですが。



それと、嫌韓の人たちが使っている言葉なので、「かの国」は問題のある言葉である…の様な考え方は、とても真っ当な思考だとは言えません。完全に順序が逆転しています

恐らく、貞本氏のツイートには『“かの国のプロパガンダ風習”っておかしいよね』の意味が含まれているとは思いますが、では例えば『A氏のスキップって変ちくりんだよね』と言った時、それはA氏という人物全てを否定した事になるのでしょうか?と。



敵愾心について。その内容、またはもたらす影響力の大きさによって、思想表現が「絶対悪」にされる事こそが「価値観自由競争市場)」に反する、正に「表現不自由」ですよね。『「表現」はどの様な「影響」を与えてもよい』というのは最早、前提レベルです。

teebeeteeさんがその様にお考えかどうかは分かりませんが、『「とある表現」は悪影響がある』みたいな考え方の時点で、思考が捻転してると気付くべきです。それを「悪」と設定するのも、「別のとある思想」以上のものではないのですから。せめて『私にとって都合が悪い影響がある』と言うべきでしょう。

もちろん、あくまでteebeeteeさんの中では「悪い事」だ、という限りにおいては、特に言う事はありませんが。同様に、人道なんてものも(ぶっちゃけ武士道だの騎士道だのみたいな存在ですし)、普遍的規範として掲げず、teebeeteeさん個人それとしているに留まるならば、やはり特にこちから言う事はありません。



3)

まず貞本氏の『現代アートに求められるのは、面白さ!美しさ!驚き!心地よさ!だ』という考え方があり、それに対してブコメで『貞本氏は現代アートへの理解が浅い』といった様な批判がある、というのを踏まえての話です。


まり(teebeeteeさんも貞本氏の「現代アートに求められる」の事をあまり一般的ではない、と仰っていたが)、『「もっとアートに親しんでほしい」的なイベント』としては、むしろ貞本氏の様な理解こそが本流であって、「不自由展」のようなものの方が異端ではないの?という話です(別に異端から即、展覧会から排除せよという話ではない…もちろん不人気ゆえに淘汰される事はあると思うが)。



4)

という事は、例えば「このアニメつまんね。もっとxxxな感じだったらよかったのに。」といったものは「独善」だ、という事ですか?だとしたら、それはやはり極々正当な「独善」ですよね。

先に述べた通り、貞本氏のツイートに「潰す(中止・撤回させる)」といった意味は見受けられません。また「運動」(抗議活動)によって中止・撤回させよう!…といったものでもありません(そもそも現時点でそれをする意味はないが)。


自分の興味や許容範囲芸術祭押し付けていいのは、正規専任された芸術監督だけ”というのもおかしいです。むしろ逆に、すべての人が正当な需要の発露として“押し付け”てよいはずです。


北海道物産展別に北海道じゃなくてもいいけど)のラインナップは、確かにバイヤーさんが「キュレーション」したものかもしれませんが、だからといって客や客予備軍が『あの店は良かったし、あの店はイマイチだった、もっとこんな感じの展になって欲しい』『この程度の品揃えでは行きたくならない、xxxとかあればいいのに』と、その需要を発露してはならないなんて事はないでしょう?まぁ、あれらの場合もっとダイレクトに売上が物語ってしまますけれども。

またそれが、店頭で、あるいはSNS等で「この店は相応しくない!閉店すべし!」といった抗議活動を行う事とも全く違う、という話も理解できますよね?



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後、納得したというより、やはり「風習」の解釈は考えすぎだと思うが、teebeeteeさんが「風習」という言葉にそのような意味見出したため、そう感じる事になったという事については、あくまでteebeeteeさんの内側の話であり、こちから文句を言う筋合いはない、teebeeteeさんの勝手である、という話ですね。

これは、最初ブコメから一貫してそうです。

一方で、これはteebeeteeさんに向かって言うわけではないのですが、感想が「事実化」する、という現象には気を付けたほうがよいでしょう。



例えば、『貞本義行差別主義者だ(と思う)』という自身の内側で熟成された感想しかなかったものが、https://b.hatena.ne.jp/entry/4672773449994362818では既にいくつかのコメントにおいて「事実化」しており、『差別主義者が言い訳している』という見方しか出来なくなっている様子が観測できます



また、

などは、もやは「ゲスパー」としか言い様がありません。




貞本義行氏の件のツイートのどこに悪意を感じるか

貞本さんのツイートBBC特集話題の「犬笛」表現に加え、女性蔑視ルッキズムやI have black friends論法も同時に使ってるので、差別主義者の典型表現がふんだんに詰まった文章になってるんですよね。2019/08/10 06:36

も紛うことなき「事実化」ですが、まずこの「犬笛」判定が「エスパー」と紙一重である事には注意された方がよいですし、また「犬笛」か「エスパーかに関わらず、記述されていないそれを責めるという事は、つまり内心への糾弾である…という事くらいは認識された方が賢明でしょう。

2019-06-04

希死念慮に対抗して

騎士念慮!

これから騎士道の時代じゃぞ若人よ!

ホーッホッホー!往けー!愛馬ロシナンテー!

2019-04-09

ドラゴンが火を吐きはじめたのっていつごろなの?

ギリシャ神話のテューポー

今日ギリシア神話として知られる神々と英雄たちの物語の始まりは、およそ紀元前15世紀頃に遡ると考えられている。物語は、その草創期においては、口承形式でうたわれ伝えられてきた。紀元前9世紀または8世紀頃に属すると考えられるホメーロスの二大叙事詩イーリアス』と『オデュッセイア』は、この口承形式神話の頂点に位置する傑作とされる。

巨体は星々と頭が摩するほどで、その腕は伸ばせば世界東西の涯にも達した。腿から上は人間と同じだが、腿から下は巨大な毒蛇がとぐろを巻いた形をしているという。底知れぬ力を持ち、その脚は決して疲れることがない。肩からは百の蛇の頭が生え、火のように輝く目を持ち、炎を吐いた。

半人半蛇だけど「炎を吐く邪悪な蛇」のイメージにはなっているかも。

ギリシャ神話怪物はだいたいテューポーの子孫だし。

ギリシャ神話ラードーン

ラードーン(古希: Λάδων, Lādōn)は、ギリシア神話に登場する、林檎園の黄金林檎を守っていた、100の頭を持つ茶色ドラゴン

(中略)

から炎を吐き、一説では顎の関節が尾にある為、体全体が口のようになっており、百の首を持つといわれている。

と、Wikipediaには書かれているが、ラードーンが火を吐くかどうかは定かでない。

何が出典なんだろ?

旧約聖書レヴィアタン

ヨブ記』(ヨブき、ヘブライ語:סֵפֶר אִיּוֹב)は、『旧約聖書』に収められている書物で、ユダヤ教では「諸書」の範疇の三番目に数えられている。ユダヤ教伝統では同書を執筆したのはモーセであったとされているが、実際の作者は不詳。高等批評に立つ者は、紀元前5世紀から紀元前3世紀ごろにパレスチナで成立した文献と見る。

ヨブ記』によれば、レヴィアタンはその巨大さゆえ海を泳ぐときには波が逆巻くほどで、口から炎を、鼻から煙を吹く。

(中略)

その姿は、伝統的には巨大な魚やクジラやワニなどの水陸両生の爬虫類で描かれるが、後世には海蛇や(それに近い形での)竜などといった形でも描かれている。

サラマンダー

プリニウス著作で唯一現存しているのが、自然芸術についての百科全書的な37巻の大著博物誌である自然界の歴史網羅する史上初の刊行物であった。

(中略)

最初10巻は77年に発表され、残りは彼の死後おそらく小プリニウスによって公刊された。

プリニウスの『博物誌10巻には、サラマンドラは斑点を持つ小さなトカゲで、雨が降ると現れるが晴れると姿を消し、体が冷たく火に遭うと溶けると記録されているが、これはサンショウウオに関する記述と考えられている。

また、『博物誌11巻にはピュラリスというキプロスの炉の炎の中でしか生きられない動物が登場しており、精霊サラマンダーこちらに近い。上記の通り、炎を操る特徴からファイアードレイクと同一視され、ドラゴンとして扱われることもある。

「ベーオウルフ」のドラゴン

『ベーオウルフ』が成立した時期は、作品内部にも外部の言及としても成立の時期を特定する記述存在しないため、必ずしも明らかではないが、8世紀から9世紀にかけての間に成ったと考えられている[3]。

第一部でベーオウルフは巨人ドラゴンとも言われている)グレンデルとその母親と戦い、第二部では炎を吐く竜と死闘をかわす。 なお、インパクトが強くかつ謎の多いグレンデルとその親に関しては言及されることが多いが、炎を吐く竜に関してのものは少ない傾向にある。だが、同時にいわゆる「ドラゴン約束事」(財宝を蓄え守っている、翼を持って空を飛ぶ、火を吐くなど)をほぼそろえている珍しいドラゴンでもある。

スラヴ神話のズメイ

スラヴ民族文字を持たなかったため、伝えられた神話民族独自に記録した資料存在しない。スラヴ神話存在した事を記す資料として、9世紀から12世紀の間に行われたキリスト教改宗弾圧の際の「キリスト教」の立場から記された断片的な異教信仰を示す内容の記述が残るのみであるスラヴ神話地方により様々なバリエーションがあったことが近年の研究により明らかになっている。

ズメイ・ゴルイニチ(「山の息子の竜」の意)の場合、3つ首以上、多ければ12体幹を持つと表現され、火や毒を噴くなど、歴然とした一般の「竜」のイメージで描かれる。

アングロサクソン年代記ファイアードレイク

アングロサクソン年代記』はアングロサクソン史を古英語で綴った年代記集大成である編纂9世紀後半のアルフレッド大王の治世に、恐らくはウェセックスにおいて行われた。

火の竜」を意味する名前の通り、炎をまとい、口からも炎を吐く。空を飛び、それが現れる時は辺り一面、昼のように照らされる。曇天の空に不思議な光が走る時はファイアードレイクが飛んでいるのだとされた。

隕石という説があるらしい。

獅子騎士イヴァン」のドラゴン

イヴァンまたは獅子騎士』(イヴァンまたはししのきし、Yvain, le Chevalier au Lion)は、1170年から1181年頃にかけてクレティアン・ド・トロワにより著作された散文騎士物語であり、アーサー王伝説主題にした5作品ひとつである

イヴァンは旅の途中で火を吐く大蛇獅子が戦っているところに出くわす。イヴァンは問答のすえ獅子に加勢し、大蛇を倒した。これに恩義を感じた獅子は、イヴァンと行動を共にするようになり、イヴァン獅子を連れた騎士とだけしか名乗らなくなる。

黄金伝説」のドラゴン

黄金伝説』(おうごんでんせつ、羅: Legenda aurea または Legenda sanctorum、レゲンダ・アウレア)は、ヤコブス・デ・ウォラギネ1230頃 – 98)によるキリスト教聖人伝集。1267年頃に完成した。

その時代エチオピアの町では一人の魔術師権力を持っていた。彼は常に恐ろしい二匹のドラゴンを連れていて、自分にはむかう者にけしかけていた。あまり大きなドラゴンではなかったが、口や鼻から火や燃える硫黄を噴出し、人や家を焼きつくしたので誰も魔術師に反抗できなかった。その噂を聞いたマタイ魔術師の元を訪れた。魔術師マタイドラゴンをけしかけたが、マタイが十字を切るとドラゴンは地面に倒れて眠り込んでしまう。

同じく「黄金伝説」に書かれている、有名な聖ゲオルギウスが退治したドラゴンは、毒を吐くが火は吐かない。

マルタが退治したタラスクは、「燃える糞を撒き散らす」と言われているけど、これ英語版では確認できなくない?

タラスクは、レヴィアタンボナコンの子なのだが、ボナコンの特徴である燃える糞」が、日本語訳されるとき混同されたのでは。

といったところから考えると、5世紀くらいまでは「火を吐くドラゴン概念は薄かったが、

8〜9世紀から伝承として語られはじめて、1012世紀頃にはすっかり定着していたという感じだろうか。

なぜ火を吐くようになったのか?

候補1:サラマンダーとの混同

サラマンダーは、火をより大きく燃え上がらせる能力があり、火山溶岩の中に住んでいるという伝承もある。

ズメイや、ヤコブドラゴンは、吐く息から硫黄臭いがするといい、火山連想させる。

候補2:雷や隕石などの自然現象に由来

ドラゴンには「地を這うドラゴン」と「空を飛ぶドラゴン」の二種類のイメージがあるが、

蛇や蜥蜴からは空を飛ぶイメージしづらいことを考えると、隕石から連想には説得力がある。

候補3:「身体が灼けるような猛毒から「火」に転じた

古典的ドラゴンはやはり「蛇」「毒」のイメージであり、

そこから火を吐くように変わっていったことを考えると、これも自然解釈に思われる。

うーん、わかんね。

anond:20190408143752

追記

というか最初、つまりギルガメシュ叙事詩(フンババ)の時点で『その口は火で、その息は死』と形容されてる。強力な怪物が火や死を吐くのは有史以前からの常識で、「最初から吐いてたが記録に残ってなかっただけ」では - cider_kondoのコメント / はてなブックマーク

フンババの咆哮は洪水であり、彼の口は火を意味し、吐息はまさに死である」というのは単なる比喩なのでは。

まあ比喩として記述されたものが、後に「そのもの」として受け取られるのは、この手の伝説ではよくあることだけれども。

仮にフンババが火を吐くとしてもそれだけで「もともと怪物は火を吐くのが常識」というのは飛躍ではないかと思う。

2019-03-12

anond:20190312123844

いや一般論個別具体的に否定されてもw

中世王宮ものやら騎士道ものに比べたら

実話(飛行機が川に着陸した奴とか)は現代が多いから安いって話よ

すべての実話が絶対コストいからとは誰も言ってないわ

2019-01-26

fate//ZEROとStayNightの矛盾点を指摘する人の気が知れない

HFが公開されたついでに、ZEROとSNを見直したりしていた。んで、snの人がわりとZEROを受け入れてないという話がちらほら聞かれるんだが、正直まったく共感できないので書き散らす。個人的に思うんだが、snとZEROをやたら違うといいたがる奴は、単にセイバーに対するキャラ萌えが足を引っ張ってるんじゃないかZEROでのセイバーの扱われ方が気に食わないか虚淵に噛み付いてるんじゃないか

セイバー騎士道馬鹿ではない

よくこういう反論を聞くんだが、これってそんなに重要ことなのか?ZERO騎士道馬鹿みたいな描かれ方をしていたことが気に食わなかった、としか読めないんだが。ZEROにおいてセイバー挫折切嗣との決定的な考え方の違いや齟齬を描く上で、彼女英雄としての立場と実際に救われる側の意識の違いは避けて通れないし、『祖国を救った救世主』が何故『民草の心が分からない人物』と評価を下されるに至ったかにおいて、十分説得力のあるデフォルメになっていたと思うけどな。ZEROでの出来事彼女に大きな影響を与え、SNでの行動になっている、という考え方を大きく嫌う理由も分からない。単に気に食わない、というだけにしか聞こえない。SNにおける士郎の謎な『女の子は守る』行動なんかよりもよっぽどZEROにおけるセイバー騎士道理念という行動基準は至極まっとうで納得できる設定に思える。それにSNでもセイバーは愚直で不器用少女として描かれていたと思う。そういう意味でも、騎士道を前面に押し出す選択が何故そこまで矛盾表現されるのかが分からない。さっぱり理解できない。

セイバーの願いが『選定のやり直し』から祖国の救済』に変わっている

これも反論としてよく効くんだが、これってそんなに(ry 実際ZEROの影響を受けてSNで変わったと考えてもまったく問題ないんじゃないの?『選定のやり直し』も本質的には祖国の救済であることに変わりはないだろう。どこに矛盾があるのか??というよりこの二つにそれほど大きな乖離があるとも思えない。ただセイバー自分自身がその役を辞すことを望んでいるというだけで、その理由も明確にZEROで示されているだろう。むしろZEROではセイバー挫折をしっかりと描いているわけで、これほど説得力のあるスピンオフもないと思うんだが。

イスカンダルギルガメッシュとの問答シーンでのセイバーの扱われ方が不満

ここはむしろZEROの良いところだと思うんだが。やっぱりセイバーに対するキャラ萌えが起こしている不満なんじゃないかセイバーの『人の心が分からない』理由は、『聖人である』ことが原因だ、という至極全うな指摘だろう。イスカンダルギルガメッシュが正しいとは言っているわけではないが、セイバーに欠けている資質をこれ以上ない仕方で言い表していたと思うぜ。実際よくあることなんじゃないか?人を大いに動かすのは夢を持つことであり、大成する人間はたいていそういうものちゃんと持っている。それは言い方を変えれば『欲望』だ。学校優等生だったからといって、世の中に出て大成するわけじゃない。優等生優等生的な生き方しかできないし、大抵そういう子は世の中に出て挫折経験してしまものだろう。重要なのは自分がどうなりたいのか、何をもってして幸福になるのかをきちんと考えることであり、いわばそれは『利己的になること』そのものだ。そこを見据えずに幸福のための『自己犠牲』と『優等生的な生き方』だけを追求してしまえば、やり方は間違っていなかったはずなのにどういうわけか息子や娘がグレてしまった親=国を救えなかった王、となってしまうことはさほど想像に苦しくないと思うし、SNのセイバー矛盾するとは思えない。

おそらくだが、イスカンダルギルガメッシュが正しい、みたいな描かれ方が気に食わなかったんじゃないか?それはあくまで作中での描写であって別にセイバーが間違っていると断罪したわけではなく、そういう受け取り方をしたのは「あくま視聴者」だろ。そしてそういう風に受けとれるような作品の作り方をしている。だってそういうコンセプトなんだもん。それを真に受けて「あんな書き方はないんじゃないかセイバーの扱いがあんまりだ」と反感を買うのは、ぶっちゃけ作者の思うツボであって、むしろそういう読者の反応を引き出すことが出来ている虚淵さんが上手いと俺は思うけどね。

セイバーエクスカリバーイスカンダルジャンプでよけたことが不満

これってそんなに(ry  こういう発言自体疑惑を抱かざるを得ない原因というか、、やっぱりsnとの矛盾点を指摘する奴らのセイバーに対するキャラ萌えから来る擁護愛がすべての根っこだと思えてならない。お前らそんなにセイバー好きかよ??

ZEROにおける『騎士の誇り』を否定する描き方が不満

これもやっぱり否定された、と思ったのは「視聴者」であって(ry 切嗣セイバーとの考え方の決定的な断絶を表す上ではこれ以上ないほどの表現であろう。セイバー切嗣は根幹は似ているけど、置かれている立場が決定的に異なるせいで、視座の違いからどうしても見解が相容れないものになってしまった。間違っているわけではないけど、結果的挫折に繋がってしまった決定的なセイバー視点の見逃をここまできっちり描いているスピンオフは明らかに原作リスペクトからくるものだし、正直この点はきのこ氏の描き方よりも虚淵氏の描き方の方がはっきり言って上手い。むしりSNも虚淵氏が書いた方が、士郎のキャラクターとしての説得力もっと増すんじゃないかとすら思う。そもそもZEROという作品は「騎士道批判している」わけではないし、別にセイバーが間違っていると断罪する作品というわけではない。ただセイバーの『実直で気品と正道を重んじる在り方』(それそのものは正しく、そしてそれがあるからこそ世界を成り立たせている非常に重要な要素)=優等生であるからこそ、彼女挫折した、という運命フェイト)についてきっちりした情報補完をしただけ( というか優等生ってのは挫折するって相場が決まってんだよぶっちゃけ。もうそれは運命みたいなもんだ。彼女別に失敗したわけではなくて、為政者としてあまり優等生であり正解を選び続けて成功し続けたからこそ、運命的にというか優等生宿命的に王として国が滅亡するという結果になったというか。そこに王としての自分のあり方はあったけど、もっとそうではない生き方についての考察がなかったというか)

なんでこういう感想(「セイバーの扱い方が不満」)になっちゃうのかというと、やっぱりキャラ愛のせいなんじゃない?「ボクのセイバーはこんな無能じゃない!!」みたいな?

切嗣セイバー関係原作SNと大きく矛盾している

これに関しては矛盾というか、印象論だと思うんだよな。だってSNであんまり切嗣の話しないじゃん。ほとんど語られていない内容に矛盾も糞もあんのかよ。

(1)三回しかしかけないなんて切嗣が幼稚すぎて、効率主義とは思えない

三回についてはSNの設定準拠だろ。というか、そもそも効率を考えるとコミュニケーション重要だ、という主張そのものが間違ってると思う。だってコミュニケーションを取れない奴って現実いるからね。コミュニケーションって言葉は基本「相手自分の言うことを分かってくれる」という思い込み押し付けから来る理想論であって、本質的に人と人は分かり合えないものだし、対立って本質的には決定的なもので落としどころを作って妥協するしかない代物だし。最終的には殺し殺される関係で結果だけがすべてを物語るという世界に生きて何よりもそれを重視してきた切嗣が、「正しさ」とか「語る」なんてまどろこっしいことするか?ぶっちゃければ軍隊みたいなもんだよ。「視聴者」として層が厚いだろうヲタクが一番大嫌いな体育会系世界理屈だよこれは。そりゃお前らには受けが悪いだろうけどさ、やっぱり問答無用じゃないと先に進まないことってあるぜ。それのどこが幼稚なのかさっぱり分からんアイリを間に噛ませることで精神的なケア軋轢をしっかりと回避しているあたりも、切嗣はしっかり妥協をしている。妥協できる奴っでのは子供じゃなくて大人代表だよ。そういう意味でも、切嗣の行動が幼稚だという指摘は受け取り手側の問題といわざるを得ない。

(2)切嗣が泣き言言い過ぎ

これって矛盾なのか???切嗣ロボットになりきれなった人間。これを見事に表現できていると思うんだが。

(3)切嗣セイバーペアが強かったと思える程の活躍をしていない

これに関しては表現問題しか言いようがない。が、別に矛盾でもないだろう。セイバーはもともと最優サーヴァントなわけで、そこにさらに「星の聖剣」を使える奴をセイバーとして召喚できたらそりゃ強いに決まってる。作品では内輪事情に踏み込んで表現されているからさほどそうは見えないが、相手からすりゃ十分脅威だったと思うし、結果的セイバー相手方のサーヴァントをきちんと切伏せているわけだからその名に恥じない活躍をしている。単に「扱われ方がセイバー推しには納得のいくものではなかった」っていうだけ。それにしたって、ZEROセイバー挫折を描くというコンセプトで作られているのだから、当たり前のことなはずだが。

(4)ケイネスを殺した後の、切嗣セイバーアイリをはさんでの会話=「英雄のせいで戦場悲惨さが覆い隠されている」という話が意味不明

なにが意味不明なのか分からない。切嗣言葉には説得力しかないと思うんだが。そもそもこの反論ってセイバー英雄馬鹿ではないとしたら成立しないのでは?彼女英雄馬鹿ではないのなら、切嗣のこの考え方に賛同してもおかしくはない。戦場地獄であり騎士道なんてもので誤魔化そうとも敗者は敗者でしかないし、そもそもいくら周りがなんといおうと本質的兵士英雄として死んでいくわけではない(※この辺は与謝野晶子でも読んどけって感じでいまさら語ることでもないだろ)このくだりを意味不明と扱うのは、やっぱりセイバー切嗣にけちょんけちょんに言われているという扱われ方不満なのであって、ストーリーの完成度というよりは単にキャラ萌え問題なんじゃないのか?

ていうかそんなにセイバーが好きか?

見ていて多分ここが決定的に違うと思うんだよな。増田別にセイバーきじゃないです。リビドーをぶつける対象ではあるけど、それ以上の目線特にないです。別に彼女のあり方とか考え方とかにはあまり興味もないし、snを通してセイバーが最終的に救われたとも特に思わない。そもそも士郎自体理解不能に描かれているので「士郎がどうにかしたいと思うセイバー」という存在にもあまり共感は出来ていないのがそもそもの原因だとは思う。ぶっちゃけセイバーENDよりもUBWエンドの方が好きだしな。。。士郎は何かとセイバー不憫に思ったり彼女を救いたいと思ったりしているけど、セイバーってそういう存在だっけ??という違和感がどうしても先行してしまう。もともとヒロイン枠で作られた存在ではなかったというだけあって、やっぱり攻略対象としてはちょっと異質なのが彼女なんじゃないかなぁ。。。

ZERO原作矛盾批判する人はやっぱりどこかsnセイバー好きな感じがあって、snセイバーものすごく神聖ものとして扱っている節があるんだけど、個人的にそれは癌だと思う。だってsnのセイバーってストーリー強度や設定で言えばかなりガバガバで無理がある存在なんだよ。あそこでキャラクター個性をFixしてしまうと、そりゃその後の作品が受け付けなくなるよな、と思う。キャラ萌えひとつ作品の楽しみ方ではあるけれど、もっと純粋ストーリーとしてのFate考察をするべきでは?

余談:snのセイバー好きの人はHFの桜とか嫌いなんじゃね?

これも結構あって、俺はわりと桜好きなんだよなー。Fate//EXTRA CCCとかのBBを見てると、桜はリビドー対象としてもヒロインとしても実に正統派だと思うんだけどどうなんだろう。HFルートはいいと思うよ、あれ。桜嫌いって言う人がわりといるんだけど、結構確率セイバー好きが混じってる気がする。そしてそういう奴に限ってsnセイバーに拘ったりする。まあ楽しみ方は人それぞれだし、別に俺はキャラ愛を誰かと共有したいとかそういう願望はないんだけど、あえてここに切り込みをいれると、おそらくこういう層の楽しみ方や考え方ってある種アイドルヲタに似てるんだよね。自分推しメンがいて、それを共有できるかできないか、みたいな思考回路なんだと思う。いいとか悪いとかではなくて、まあそういう思考回路なんだってことなんだけど。

問題なのはアイドル的な楽しみ方でFateを語るときに、そこにZEROとsnにおけるセイバーの扱われ方の確執という問題が起こっているに過ぎないのであって、決してZERO矛盾しているというわけではないということを俺は断言したい。そういう意味でもイスカンダル女体化ではなく渋い男として表現した虚淵ファインプレーと称えたいし、設定ガバガバで厨二前回の型月Fateシリーズの中で実に渋い出来栄えとなっているZEROを俺は推したい。ZEROという作品のおかげでFateキャラ萌えだけではない作品になっているし、切嗣代表とする厨二とはまた一線を画すキャラクターが織り成す絶望と儚く淡い幸福への渇望の描き方が非常に上手い、絶妙作品になっている。OPの曲もいいしね。

2018-11-06

アイドル増田ー書かせていただいてもよろしいでしょうか!?

こんにちはアイマスの話じゃないけどアイドル増田ー書かせていただきたく存じ上げます。では書きますね。

 

グラブルはいい加減フェードラッヘ4騎士優遇やめろ

いい加減にしてほしい。

顔がいいランスロットとパーシヴァル、人懐っこいヴェイン、渋くてかっこいいジークフリート

かに個人キャラとして好きだし、特にパーシヴァルはグラブルの中でも好きなキャラ上位に食い込む。パー様すき…。

 

でも、今回のイベントというか、フェードラッヘの4人ばかり深掘りするのをやめていただきたい。

周りのグラブルプレイヤー運営馬鹿にしてても、実装されるキャラシナリオイベントには罪がないといい肯定肯定を重ねている。

からなくもないが、流石にフェードラッヘ4騎士ばかり定期的に話を供給してくるのはくどくないか

「救国の忠騎士」「亡国の四騎士」「氷炎牆に鬩ぐ」「ふたり騎士道」「ビストロ・フェードラッヘ」ですでにこの4人だけで5イベントである

例えば同じような複数キャラクターが同じ国で活躍するイベントアイルスト組(ノイシュ・セルエル・ヘルエススカーサハ)は、4人いるのに未だに「英雄再起」ぐらいである。

 

フェードラッヘ四騎士が人気あるのは否定しない。自分の友だちはランスロットを見てグラブルを始めたし、自分もパーシヴァルが好きである

しかしながら、あまりにも優遇されている。しかも、一部では「流石に4騎士はもういいよ」という声も聞こえないこともない。

このまま四騎士優遇ばかりしてしまうといつかアンチに転ずる人もいるのではないか老婆心ながら心配している。

 

個人的にはもっと、ローアインみたいにR、SRキャラに焦点を当ててレアリティ昇格や最終上限解放を進めていって欲しい。

2018-09-12

anond:20180912170944

オタクオタク表現攻撃したいのならまだしも、腐女子だけはオールセーフにしてるあたりがいかにもチンポ騎士道って感じだわ

星新一日本沈没を書いたら一行で終わる気がする

anond:20180911234423

↑これ読んでて思ったのが、最近ラノベってつまらないというかテンプレ化が酷い気がするって事。(もうずっと言われてると思うけど)

何というか、ラノベは置いといて、小説なり、評論文なり、エッセイなり、文章って何か必ず根本に芯みたいなものがあると思ってる。その文章を書く上で、作者が1番伝えたいというか1番書きたい事が必ずあると思う。

もし仮にそれが同じだとしても人によって表現の仕方が違うから面白いんだと思う。

話が逸れるけど、

小松左京が書いた日本沈没ってあるじゃん。あれ同じ日本が沈むって題材で星新一が書いたらきっと、

「ある日日本沈没した」

みたいにすごく短くなると思う。(ふざけるなって思った人が居たらごめん)

これは決して星新一バカにしてるわけじゃなくて、星新一らしさというか星新一表現方法だとこんな感じだよねって事が言いたい。

まり何が言いたいかって、同じ日本が沈むって題材でも、1行で終わらせられる人もいるし、何ページも書く人がいて、それぞれにそれぞれの表現の良さがあるから面白いよねって事。

話が逸れたけど、どんな文章にも、読者に伝えたい事や、作者が書きたい事があると思ってる。だから作家に求められてるのは、書きたい事の面白さ、書くとき表現の仕方の2つだと思う。(当たり前って言えばそうなんだけどさ)

で、話をラノベに戻す。

昔のラノベって言うとなんだろうって考えると、自分ハルヒゼロ魔

とらドラ!がパッと出てきた。少しマイナーな所だと断章のグリム半月とか。

じゃあ最近ラノベって言うと?

SAO、さす兄、アスタリスク、リゼロ、このすば挙げていくとキリがない。

昔は今ほどラノベが無かったというのもあるが、どれもそんなに題材が被ってないと思う。(というか思いつかなかった)恋愛ものって括りにすると被っているものは沢山あるが、恋愛のシュチュエーションまで被っているものはそうないだろう。あったら教えて。

次に今のラノベは多い。まず出版社が多くなった。それに所謂なろう系があるため更に本が出ている。

から話が被るのは仕方がないよねとは思う。ただ、被る量が多すぎる。というより被らないもの、つまり全く新しい設定が出てくる事が減ったと思う。

なろうで異世界転生って調べて欲しい。多分想像以上にあるから

SAOやさす兄、アスタリスクキャバルディ、バハムートの頃はファンタジーで俺つえーもの流行っていたと思う。

それでもSAOゲーム、さす兄は魔法がある世界みたいに(アスタリスクキャバルディが同時にアニメやった時には笑ったが)、それぞれの主人公がオレツエーする世界観に違いを出していた。

ただ、最近のリゼロ、このすば、その他有象無象ラノベは、取り敢えずなんか異世界行って、地球というか元の世界知識でオレツエーしてハーレムって言う流れがお決まりだと思う。そこに死に戻りだの、ほのぼの日常系でバトルじゃなくて金儲けに元の世界知識使うだの色々変化を加えている。だか変化球とはいえ、どれもコースが一緒だと思う。お決まりの流れって言うコースは出ない。

SAOやさす兄とどう違うんだよって思う人が居ると思う。

違いを挙げていくと、1つ目はオレツエーする手段(SAOだとゲーム内、さす兄だと魔法使ったバトル)が元の世界知識って決まっている。

2つ目は理由SAOだとゲーム内にずっと閉じ込められていたからとか、さす兄だとなんか手術受けたとかそれぞれ一応ある。だが異世界ものは、元の世界からたから、で全て解決する。

3つ目は世界観。SAOゲーム内に入れる!って言う世界観を壊してない。さす兄は設定複雑すぎて分かりません。取り敢えず名前数字が入ってる人は偉い?と世界が設定されてて、その世界内でオレツエーする。だけど、異世界ものはせっかく異世界(何かしら元の世界より劣ってる)っていう設定を作っても、結局元の世界知識を使うから世界観を壊してる。

違いを例えるなら、

騎士道!とか言ってる中世で、ど田舎まれなのになぜか剣の才能があって、戦で活躍するのがSAOとか。

中世タイムマシンか何かでマシンガン持って行って、剣で戦ってるところにマシンガンで戦うのがリゼロ系。

さっきも言ってるけど世界観を壊してるか否かの違いだと思う。

しかも設定がモロ被りなうえ、そんなに表現力に差が無いからどれも似たような感じになってる。

最近ラノベは設定から話の流れまで殆ど同じで、表現力に差が無いか量産型なんて言われる。

レツエーするってだけでもごちそうさまなのに、話の流れまで殆ど同じって言われたら読む気失せる。

誰か転生オレツエー以外で面白いラノベ教えて

2018-08-05

anond:20180805050517

こういうイキり礼賛に対して、カビの生えたチンポ騎士道しか立ち向かえないあたりがブクマカ限界だよな

2018-06-29

anond:20180629124707

これがメジャーリーグプロレスなら糾弾されてしかるべきだと思う

ショーを見に来ているって暗黙の了解があるから

しかW杯はどうだろうな

オリンピックみたいな競い合う側面を見るものだよな

そこでルールを守って争った分には何も言えないのではないか

もし言えるとしたら、それを許してしまルールにした運営側問題

紳士的、騎士道的、侍的、そういったイズムが評価されるルールにすれば良かった

2018-06-13

anond:20180613035358

だいたい新幹線のあれみたいに、下手にチンポ騎士道で首突っ込んで死んだところでみんな口で持ち上げるだけだから

それで見ず知らずの無関係な奴に向かって助けてくれって無理があるわ

助けに入ることのリスクメリット釣り合ってないんだから、男女関係くそうなっても仕方ない

2018-04-27

anond:20180427084753

女の責任を問うのはセカンドレイプなのでバカのまま守らねばならぬ、というのがちんぽ騎士道なんだぞw

2018-04-24

anond:20180424145017

別に保守に限らず儒教だの騎士道だのイスラム教だのみんな同じようなもんだろ

あいうのはそもそも人権平等といった概念を前提としていない

格差存在肯定した上で、でもおまーら下のもんの面倒も見ーよ、という思想しかないんだから

2018-04-01

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.「ストーリーは死んだ」とよく言われますが、それ以外に死んだと言われ、今はほぼ言われなくなったものはありますか。

19世紀の頃いわれた「ロマンスは死んだ」とかが、それにあたるな。

ロマンスとは何かについて語っていてはキリがないので、ここでは「騎士道」などの「合理主義的ではない思想」程度の認識でいてくれ。

騎士のもの形骸化し、文学などで語られることのほうが多くなっていた時代から、そういった考えが出てくることは不自然じゃない。

この「ロマンスは死んだ」を誰が言っていたかまでは確証がないのだが、当時のイギリス思想家の本に「ロマンスは死んだと言う人がいる」と書かれている箇所がある。

しかし、その著者自身は「ロマンスは死んだ」という説に否定的な態度をとっているが。

現代騎士のものについて言えることはないが、騎士道についてどうかというのは、私が語るまでもないだろう。

「死んだ」と言われて、それでも生き残ったものは「死んだ」と言われなくなる、ということだ。

まあ、本当に死んだものは「死んだ」とすら言われない、言ったとして大衆の耳には届かないという可能性もあるが。

いずれにしろ、少なくとも今のところは、ストーリーはまだ死んでいないということになるな。

Q.ゲーム翻訳について憂いているエントリがありましたが、これは日本特有問題ですか。

しろ他の国のほうが、この手の問題には熱視線が向けられているかもな。

Windowsみたいなのが普及していない、まだ映像メディアVHSのころからファンサブってものがあったくらいだから

翻訳の良し悪し云々の前に、字幕をつけることすら個人では困難だった時代だ。

それでも、一部の熱狂的なオタクは金と時間をかけ機材を揃えて字幕を打ち込み、それが無理なら翻訳した小冊子をつけるという荒業まで使って、当時はまだ狭かったオタク村社会の中で作品を楽しんだり普及に努めたのだ。

非公式かつ違法であることを重々承知な上ではあったと思うが、当時は日本の多くの作品ローカライズされない、されたとしても大幅な改変をされることが多々あったからな。

どうしても見たい、或いはしっかりと楽しみたいならば、企業をアテにするのではなく自分たちでどうにかしたほうが良かったわけだ。

現代においては、(少なくとも昔よりは)公式ローカライズ積極的に行うようになった。

だが、その時代になってもファンサブは普及していた。

昔よりも容易く字幕を打ち込み、世界に発信することが可能になったからだ。

更に言えば、公式ローカライズは多くが“不甲斐なかった”というのもある。

近年の話だと、それなりに力を入れているとされるアトラスですら、「ペルソナ5」の翻訳は不評の声が多かったのが有名か(ゲーム内容そのものは好評だったが、それ故に不満が募るのだろうな)。

もちろん、そんなファンサブですら酷い翻訳は珍しくなかったし、ニュアンスの違いで意見割れることも多々あったが。

公式非公式わず、そういった翻訳ネタにされやすいのは世界共通なので、画像検索すればいくつか出てくると思うぞ。

英語をかじった程度の私ですら、明らかに変な英訳だって分かるレベルから安心したまえ。

このあたりの話を語っていたら、いくら文字数制限があっても足りないので、「どの時代翻訳オタクは面倒な存在」という雑な結論で締めくくらせて貰おう。

2018-03-26

anond:20180326153124

中世ファンタジーなら騎士道精神でいいのでは

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/騎士道

特に貴婦人への献身は多くの騎士道物語にも取上げられた。宮廷的愛(courtly love)とは騎士貴婦人を崇拝し、奉仕を行うことであった。相手貴婦人主君の妻など既婚者の場合もあり、肉体的な愛ではなく、精神的な結びつきが重要とされた。騎士側の非姦通的崇拝は騎士道的愛だが、一方、貴婦人からの導きを求めつつ崇拝するのが宮廷的至純愛である

騎士道西欧の社交術にも影響を与えた。例としてレディーファーストが挙げられる。

2018-02-18

かつて、痴漢オタクにとっての憧れだった

当然、自ら痴漢をするのが目的ではない

 

痴漢をする卑劣な男を成敗し

その女の子と仲良くなると言う

プチ騎士道ファンタジーが我々の憧れだった

 

今のオタクはどうだろう?

痴漢被害を訴える子がいれば

捏造だ!」「誘うような恰好が悪い!」と喧伝

群れるだけのファンネルどもをけしかけて

アカウント停止まで追い込む

 

なんと浅ましい

理想を失った連中の多いこと

2017-11-12

小春ちゃん回の次に騎咲レイ回やるの狙ってるよね?

すぐ身近にいる最高のスターの卵にどういう形で並び立つかっていうスタンスの違いが描かれてるよね。

小春ちゃんドレスを一緒に作ることでゆめちゃんをサポートし、時にはステージに共に立つことを選んだ。

対して、騎咲レイが選んだのは新たなブランドを立ち上げて、エルザが頂点を競える相手となることを選んだ。

今まで表舞台への最後の一歩を踏み出すのを避けていた状態からステージへと踏み出したという点では同じなんだけどその中身には大きな違いがある。

小春ちゃんが選んだ道は分かりやすい。

子供の頃からのお互いの夢を叶えること。

小春ちゃんはゆめちゃんが最高のアイドルになれることを信じていたし、ゆめちゃんも小春ちゃんなら一緒にアイドルになれることを信じていた。

その夢の1つの完成形としてのペアライブだ。

同じ夢を共有した2人のアイドルの卵が長い時間をかけて叶えてきた夢の1つのゴール地点だ。

これからも手を取り合って更に高みを目指すという願いがそこにはある。

対して騎咲レイアイカツもっとずっと激しい。

騎咲レイの夢とエルザの夢は一致しているが、その夢の中に騎咲レイの姿はない。

エルザだけがいる。

エルザが最高のアイドルとなる事がお互いの夢であり、騎咲レイはその計画の一部にすぎず代わりの効く歯車だ。

その夢のために騎咲レイステージに立つ。

それはファンのためではないと宣言するのは、エルザを頂点に立たせるという目的意識の強さの表明だ。

ファンのためにステージに立ってしまえば、ファンのために自分が頂点を目指すことになる。

そうではない。

エルザのために、頂点を目指すエルザが切磋琢磨するに相応しいライバルとなるために自分ステージに立つのだと己に言い聞かせているようですらあった。

そう、騎咲レイ宝石を磨くための宝石、最高のアイドルを作り出すための最高のライバルであり、犠牲なのだ

騎咲レイナイトである

ゆえにプリンセスにならない。

己がステージに立ってもエルザなら絶対に己を打ち負かして頂点に立つと確信している。

その頂の高さを少しでもエルザの求める場所に近づけるための、エルザと拮抗し続けエルザを高みへと導くための砥石としてのライバルとなる事を選んだのだ。

七倉小春と騎咲レイは同じ夢を見ている。

自分が夢を託した相手の中にかつて見出した最高の輝きを現実のモノとすること。

だがそれぞれが夢を託した相手が見ている夢の形が違う。

虹野ゆめは幼いころに夢を語り合った2人がアイドル界を盛り上げることを夢見た。

エルザフォルテはかつて望んだものを手に入れることが出来なかった自分が、今度こそ世界自分を認めさせる最高のアイドルとなることを夢見た。

そうしたゆめとエルザの夢のカタチの違いが、それぞれの相棒がその夢を実現させる形を返させたのだ。

どちらが正しいかではない。

どちらも尊い

満を持して小春ちゃんとゆめちゃんのペアライブはそれはそれは尊かった。

夢を叶え、夢の続きを歩み続けることの喜びがあった。

とても温かいライブだった。

対して、レイとエルザの関係は少しだけ寂しい。

それゆえに、それでもその道を突き進んでいくという姿に気高さがある。

騎咲レイという一振りの剣が嵐を切り裂きアイカツ世界に切り込むという騎士道物語がそこにあった。



ねっ、やっぱこの2つの回を続けてやるのって絶対狙ってやってたよね?

絶対狙ってるよねスタッフ

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