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2018-09-12

anond:20180912170944

オタクオタク表現攻撃したいのならまだしも、腐女子だけはオールセーフにしてるあたりがいかにもチンポ騎士道って感じだわ

星新一日本沈没を書いたら一行で終わる気がする

anond:20180911234423

↑これ読んでて思ったのが、最近ラノベってつまらないというかテンプレ化が酷い気がするって事。(もうずっと言われてると思うけど)

何というか、ラノベは置いといて、小説なり、評論文なり、エッセイなり、文章って何か必ず根本に芯みたいなものがあると思ってる。その文章を書く上で、作者が1番伝えたいというか1番書きたい事が必ずあると思う。

もし仮にそれが同じだとしても人によって表現の仕方が違うから面白いんだと思う。

話が逸れるけど、

小松左京が書いた日本沈没ってあるじゃん。あれ同じ日本が沈むって題材で星新一が書いたらきっと、

「ある日日本沈没した」

みたいにすごく短くなると思う。(ふざけるなって思った人が居たらごめん)

これは決して星新一バカにしてるわけじゃなくて、星新一らしさというか星新一表現方法だとこんな感じだよねって事が言いたい。

まり何が言いたいかって、同じ日本が沈むって題材でも、1行で終わらせられる人もいるし、何ページも書く人がいて、それぞれにそれぞれの表現の良さがあるから面白いよねって事。

話が逸れたけど、どんな文章にも、読者に伝えたい事や、作者が書きたい事があると思ってる。だから作家に求められてるのは、書きたい事の面白さ、書くとき表現の仕方の2つだと思う。(当たり前って言えばそうなんだけどさ)

で、話をラノベに戻す。

昔のラノベって言うとなんだろうって考えると、自分ハルヒゼロ魔

とらドラ!がパッと出てきた。少しマイナーな所だと断章のグリム半月とか。

じゃあ最近ラノベって言うと?

SAO、さす兄、アスタリスク、リゼロ、このすば挙げていくとキリがない。

昔は今ほどラノベが無かったというのもあるが、どれもそんなに題材が被ってないと思う。(というか思いつかなかった)恋愛ものって括りにすると被っているものは沢山あるが、恋愛のシュチュエーションまで被っているものはそうないだろう。あったら教えて。

次に今のラノベは多い。まず出版社が多くなった。それに所謂なろう系があるため更に本が出ている。

から話が被るのは仕方がないよねとは思う。ただ、被る量が多すぎる。というより被らないもの、つまり全く新しい設定が出てくる事が減ったと思う。

なろうで異世界転生って調べて欲しい。多分想像以上にあるから

SAOやさす兄、アスタリスクキャバルディ、バハムートの頃はファンタジーで俺つえーもの流行っていたと思う。

それでもSAOゲーム、さす兄は魔法がある世界みたいに(アスタリスクキャバルディが同時にアニメやった時には笑ったが)、それぞれの主人公がオレツエーする世界観に違いを出していた。

ただ、最近のリゼロ、このすば、その他有象無象ラノベは、取り敢えずなんか異世界行って、地球というか元の世界知識でオレツエーしてハーレムって言う流れがお決まりだと思う。そこに死に戻りだの、ほのぼの日常系でバトルじゃなくて金儲けに元の世界知識使うだの色々変化を加えている。だか変化球とはいえ、どれもコースが一緒だと思う。お決まりの流れって言うコースは出ない。

SAOやさす兄とどう違うんだよって思う人が居ると思う。

違いを挙げていくと、1つ目はオレツエーする手段(SAOだとゲーム内、さす兄だと魔法使ったバトル)が元の世界知識って決まっている。

2つ目は理由SAOだとゲーム内にずっと閉じ込められていたからとか、さす兄だとなんか手術受けたとかそれぞれ一応ある。だが異世界ものは、元の世界からたから、で全て解決する。

3つ目は世界観。SAOゲーム内に入れる!って言う世界観を壊してない。さす兄は設定複雑すぎて分かりません。取り敢えず名前数字が入ってる人は偉い?と世界が設定されてて、その世界内でオレツエーする。だけど、異世界ものはせっかく異世界(何かしら元の世界より劣ってる)っていう設定を作っても、結局元の世界知識を使うから世界観を壊してる。

違いを例えるなら、

騎士道!とか言ってる中世で、ど田舎まれなのになぜか剣の才能があって、戦で活躍するのがSAOとか。

中世タイムマシンか何かでマシンガン持って行って、剣で戦ってるところにマシンガンで戦うのがリゼロ系。

さっきも言ってるけど世界観を壊してるか否かの違いだと思う。

しかも設定がモロ被りなうえ、そんなに表現力に差が無いからどれも似たような感じになってる。

最近ラノベは設定から話の流れまで殆ど同じで、表現力に差が無いか量産型なんて言われる。

レツエーするってだけでもごちそうさまなのに、話の流れまで殆ど同じって言われたら読む気失せる。

誰か転生オレツエー以外で面白いラノベ教えて

2018-08-05

anond:20180805050517

こういうイキり礼賛に対して、カビの生えたチンポ騎士道しか立ち向かえないあたりがブクマカ限界だよな

2018-06-29

anond:20180629124707

これがメジャーリーグプロレスなら糾弾されてしかるべきだと思う

ショーを見に来ているって暗黙の了解があるから

しかW杯はどうだろうな

オリンピックみたいな競い合う側面を見るものだよな

そこでルールを守って争った分には何も言えないのではないか

もし言えるとしたら、それを許してしまルールにした運営側問題

紳士的、騎士道的、侍的、そういったイズムが評価されるルールにすれば良かった

2018-06-13

anond:20180613035358

だいたい新幹線のあれみたいに、下手にチンポ騎士道で首突っ込んで死んだところでみんな口で持ち上げるだけだから

それで見ず知らずの無関係な奴に向かって助けてくれって無理があるわ

助けに入ることのリスクメリット釣り合ってないんだから、男女関係くそうなっても仕方ない

2018-04-27

anond:20180427084753

女の責任を問うのはセカンドレイプなのでバカのまま守らねばならぬ、というのがちんぽ騎士道なんだぞw

2018-04-24

anond:20180424145017

別に保守に限らず儒教だの騎士道だのイスラム教だのみんな同じようなもんだろ

あいうのはそもそも人権平等といった概念を前提としていない

格差存在肯定した上で、でもおまーら下のもんの面倒も見ーよ、という思想しかないんだから

2018-04-01

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.「ストーリーは死んだ」とよく言われますが、それ以外に死んだと言われ、今はほぼ言われなくなったものはありますか。

19世紀の頃いわれた「ロマンスは死んだ」とかが、それにあたるな。

ロマンスとは何かについて語っていてはキリがないので、ここでは「騎士道」などの「合理主義的ではない思想」程度の認識でいてくれ。

騎士のもの形骸化し、文学などで語られることのほうが多くなっていた時代から、そういった考えが出てくることは不自然じゃない。

この「ロマンスは死んだ」を誰が言っていたかまでは確証がないのだが、当時のイギリス思想家の本に「ロマンスは死んだと言う人がいる」と書かれている箇所がある。

しかし、その著者自身は「ロマンスは死んだ」という説に否定的な態度をとっているが。

現代騎士のものについて言えることはないが、騎士道についてどうかというのは、私が語るまでもないだろう。

「死んだ」と言われて、それでも生き残ったものは「死んだ」と言われなくなる、ということだ。

まあ、本当に死んだものは「死んだ」とすら言われない、言ったとして大衆の耳には届かないという可能性もあるが。

いずれにしろ、少なくとも今のところは、ストーリーはまだ死んでいないということになるな。

Q.ゲーム翻訳について憂いているエントリがありましたが、これは日本特有問題ですか。

しろ他の国のほうが、この手の問題には熱視線が向けられているかもな。

Windowsみたいなのが普及していない、まだ映像メディアVHSのころからファンサブってものがあったくらいだから

翻訳の良し悪し云々の前に、字幕をつけることすら個人では困難だった時代だ。

それでも、一部の熱狂的なオタクは金と時間をかけ機材を揃えて字幕を打ち込み、それが無理なら翻訳した小冊子をつけるという荒業まで使って、当時はまだ狭かったオタク村社会の中で作品を楽しんだり普及に努めたのだ。

非公式かつ違法であることを重々承知な上ではあったと思うが、当時は日本の多くの作品ローカライズされない、されたとしても大幅な改変をされることが多々あったからな。

どうしても見たい、或いはしっかりと楽しみたいならば、企業をアテにするのではなく自分たちでどうにかしたほうが良かったわけだ。

現代においては、(少なくとも昔よりは)公式ローカライズ積極的に行うようになった。

だが、その時代になってもファンサブは普及していた。

昔よりも容易く字幕を打ち込み、世界に発信することが可能になったからだ。

更に言えば、公式ローカライズは多くが“不甲斐なかった”というのもある。

近年の話だと、それなりに力を入れているとされるアトラスですら、「ペルソナ5」の翻訳は不評の声が多かったのが有名か(ゲーム内容そのものは好評だったが、それ故に不満が募るのだろうな)。

もちろん、そんなファンサブですら酷い翻訳は珍しくなかったし、ニュアンスの違いで意見割れることも多々あったが。

公式非公式わず、そういった翻訳ネタにされやすいのは世界共通なので、画像検索すればいくつか出てくると思うぞ。

英語をかじった程度の私ですら、明らかに変な英訳だって分かるレベルから安心したまえ。

このあたりの話を語っていたら、いくら文字数制限があっても足りないので、「どの時代翻訳オタクは面倒な存在」という雑な結論で締めくくらせて貰おう。

2018-03-26

anond:20180326153124

中世ファンタジーなら騎士道精神でいいのでは

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/騎士道

特に貴婦人への献身は多くの騎士道物語にも取上げられた。宮廷的愛(courtly love)とは騎士貴婦人を崇拝し、奉仕を行うことであった。相手貴婦人主君の妻など既婚者の場合もあり、肉体的な愛ではなく、精神的な結びつきが重要とされた。騎士側の非姦通的崇拝は騎士道的愛だが、一方、貴婦人からの導きを求めつつ崇拝するのが宮廷的至純愛である

騎士道西欧の社交術にも影響を与えた。例としてレディーファーストが挙げられる。

2018-02-18

かつて、痴漢オタクにとっての憧れだった

当然、自ら痴漢をするのが目的ではない

 

痴漢をする卑劣な男を成敗し

その女の子と仲良くなると言う

プチ騎士道ファンタジーが我々の憧れだった

 

今のオタクはどうだろう?

痴漢被害を訴える子がいれば

捏造だ!」「誘うような恰好が悪い!」と喧伝

群れるだけのファンネルどもをけしかけて

アカウント停止まで追い込む

 

なんと浅ましい

理想を失った連中の多いこと

2017-11-18

女尊男卑が人類を救う

男尊女卑」は生物学的には正しい言説(男の筋力が女より強いという点のみ)だけど、社会学で同列の扱いをするのは間違っている。なぜか?

女が男より劣等な存在だとすれば、その劣等な女からまれた男は劣化コピー=女と同等がそれ以下の存在ということになってしまう。このパラドックスに気付いていない男尊女卑主義者は、数学論理構築)の勉強をしたことがないのだろう。

社会学的な文脈で「男尊女卑」を唱える男がいたら、その男は「自分バカです」と自己紹介しているのと同じことだから気をつけたほうが良い。

 

逆に「女尊男卑」は正しいのか?

パプアニューギニア東部のオカパ(Okapa)地区女性たちが、1986年から20年来続く部族戦争を根絶しようと、男の子が生まれたらひそかに殺す習慣を10年前から行っていたことが明らかになった。豪ナショナルNational)紙が報じた。

女性人類管理したら戦争がなくなり平和になる。

これまでは男性しか入会できないフリーメイソン活躍して男性社会を構築してきたが、もう時代遅れしかない。

今後は、女性同士が一致団結して人類の発展を牽引して欲しい。

 

日本女性中心の社会形成して、平和で発展した未来を築こう。女性天皇必要です。

男はしっかり女性サポートするようにしていきましょう。レディーファースト騎士道はカッコイイよね?

2017-11-12

小春ちゃん回の次に騎咲レイ回やるの狙ってるよね?

すぐ身近にいる最高のスターの卵にどういう形で並び立つかっていうスタンスの違いが描かれてるよね。

小春ちゃんドレスを一緒に作ることでゆめちゃんをサポートし、時にはステージに共に立つことを選んだ。

対して、騎咲レイが選んだのは新たなブランドを立ち上げて、エルザが頂点を競える相手となることを選んだ。

今まで表舞台への最後の一歩を踏み出すのを避けていた状態からステージへと踏み出したという点では同じなんだけどその中身には大きな違いがある。

小春ちゃんが選んだ道は分かりやすい。

子供の頃からのお互いの夢を叶えること。

小春ちゃんはゆめちゃんが最高のアイドルになれることを信じていたし、ゆめちゃんも小春ちゃんなら一緒にアイドルになれることを信じていた。

その夢の1つの完成形としてのペアライブだ。

同じ夢を共有した2人のアイドルの卵が長い時間をかけて叶えてきた夢の1つのゴール地点だ。

これからも手を取り合って更に高みを目指すという願いがそこにはある。

対して騎咲レイアイカツもっとずっと激しい。

騎咲レイの夢とエルザの夢は一致しているが、その夢の中に騎咲レイの姿はない。

エルザだけがいる。

エルザが最高のアイドルとなる事がお互いの夢であり、騎咲レイはその計画の一部にすぎず代わりの効く歯車だ。

その夢のために騎咲レイステージに立つ。

それはファンのためではないと宣言するのは、エルザを頂点に立たせるという目的意識の強さの表明だ。

ファンのためにステージに立ってしまえば、ファンのために自分が頂点を目指すことになる。

そうではない。

エルザのために、頂点を目指すエルザが切磋琢磨するに相応しいライバルとなるために自分ステージに立つのだと己に言い聞かせているようですらあった。

そう、騎咲レイ宝石を磨くための宝石、最高のアイドルを作り出すための最高のライバルであり、犠牲なのだ

騎咲レイナイトである

ゆえにプリンセスにならない。

己がステージに立ってもエルザなら絶対に己を打ち負かして頂点に立つと確信している。

その頂の高さを少しでもエルザの求める場所に近づけるための、エルザと拮抗し続けエルザを高みへと導くための砥石としてのライバルとなる事を選んだのだ。

七倉小春と騎咲レイは同じ夢を見ている。

自分が夢を託した相手の中にかつて見出した最高の輝きを現実のモノとすること。

だがそれぞれが夢を託した相手が見ている夢の形が違う。

虹野ゆめは幼いころに夢を語り合った2人がアイドル界を盛り上げることを夢見た。

エルザフォルテはかつて望んだものを手に入れることが出来なかった自分が、今度こそ世界自分を認めさせる最高のアイドルとなることを夢見た。

そうしたゆめとエルザの夢のカタチの違いが、それぞれの相棒がその夢を実現させる形を返させたのだ。

どちらが正しいかではない。

どちらも尊い

満を持して小春ちゃんとゆめちゃんのペアライブはそれはそれは尊かった。

夢を叶え、夢の続きを歩み続けることの喜びがあった。

とても温かいライブだった。

対して、レイとエルザの関係は少しだけ寂しい。

それゆえに、それでもその道を突き進んでいくという姿に気高さがある。

騎咲レイという一振りの剣が嵐を切り裂きアイカツ世界に切り込むという騎士道物語がそこにあった。



ねっ、やっぱこの2つの回を続けてやるのって絶対狙ってやってたよね?

絶対狙ってるよねスタッフ

2017-09-12

日本人宗教あるじゃん

話ずれるけど日本人自分儒教を信じてることをもう少し客観的に見つめ直した方がいい

宗教がないとか寛容とか、真っ赤な嘘もいいところ

年上には無条件で敬語使わないと駄目とか思いっき儒教の影響受けてるけど普通とか自然で済まされるのは立派な洗脳だよ

合理的に考えればまるで必要がないどころか余計な語彙と無駄情報が増えるだけ

ここら辺を守らない外国人を、おもてでは「外人からしゃーなしw」みたいに平気なふうにするけど、

実際は心の中で見下してるのがほとんどでしょ

敬語できたら偉い偉い、これのどこが宗教じゃないんだか…

決まった方向と時刻に拝むのを馬鹿にするくせに

ここら辺を馬鹿にするとキレるのはまるっきり信者のそれ

目の色が攻撃色になってんぞ

 

誤解ないようにいっとくと宗教儒教としてこれら非合理性を認めて自覚してる上での行動はいいんだよ

合理的な側面も勿論あるんだから

武士道とか騎士道とか座禅とか礼とかおもてなしとか

ただ人間日本人として当然みたいな言い方すんなっつー話

それまるっきり儒教ベースから

 

日本平等自由の考え方が根付かないのも、元はと言えば儒教のせいでしょ

目上の人間社会ルールになってんだから歯向かえるけがない

キリスト教仏教イスラム教は神が世界を作ってる

けど儒教じゃ権力者が作ってるんだ

権力者じゃなければ天皇

平等自由を主張できるわけがない

2017-08-28

https://anond.hatelabo.jp/20170828173633

女性神聖視する男性一定数居るのはそういう教育があるからで、その教育があるのは女性価値の上昇教育をしないと、旧来の社会にあった「男性存在価値女性存在価値」って言う構造是正できなかったからだよ。

言っちゃうとその神聖さってただの設定で実態はない。人権上の見地から女性価値を引き上げたい社会と、もう奴隷扱いされるのは嫌な女性が合同で創作した虚構だと言える。

これはいわば、女性に対して架空ブランド価値をつけてその地位底上げしようという作業だ。ブランディングによって女性地位は上がった。

女性から男性に対する神聖視はなぜ逆より少ない(ほぼない)のかといえば、それは有史以来の歴史だと、男性強者であったからだよ。狩猟採集時代から封建制にいたるまで個人の肉体能力暴力性能)は地位を守る重要な(ときには唯一の)手段で、男性女性よりこの点で優位だった。その後歴史舞台組織的社会うつっても、男性は前の時代リードを守り続けてきた(男性優位の父権社会)。つまり男性底上げをしなくても十分にその地位保証されてたから、後付の神話必要なかったんだよ。

からといって、こういった女性へのブランディング戦略が、ベストに良いものだったかって言うと、それも違う。

本来であれば「女性がその能力を十全に示して、社会において女性男性と同じように有用だと証明する」ことによって社会における女性地位向上を図るのが王道だったんだけど、それは色んな理由で当時は難しかった。さっき言ったように男性社会においては、そもそも女性には最初のチャンスが与えられないので、結果を残すことも難しかたから、証明までたどり着かなかったんだわ。いまでも完璧な受入状況を社会が作っているとは言い難い。

そこで次善の策として採用されたのが「女性という存在は尊くて素晴らしい女神のようなものなので、男性はその身命と権利を守るべし」という架空ストーリー価値観)なんだよ。封建主義社会騎士道的な世界観とでも言うべきもの。これが現在童貞力の先祖になってる。

2017-06-06

難破船上の騎士道幻想

という研究結果が出た

物語でよくある難破船から救命ボート女子供を先に乗せて男は沈むあれ。

18隻の沈没船の15142人を調べた結果、生存率が男性の34.5%に対し、女性17.8%だった。

女性生存率が高かったのはタイタニックとバーケンヘッドの二件のみで、いずれも船長女子供を優先するように指示し船員が武装して男性を止めた結果らしい。

そら生死の境に居たら力が強い方が弱者を押しのけて生き延びようとするだろうが、何度もドラマ映画で見たシーンが幻想だったのは何かがっかりだ。

2017-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20170111144658

から日本は閉ざされた社会から、女に媚びることで女にモテる必要はなかったっつー話だけど?

外部の社会から評価される機会が多いほど、女からモテるかどうか?って点を意識せざるを得なくなる。

結局、騎士道武士道の違いは、社会が女を囲い込めたかどうかの違いが大きいだろうという話。

女を囲い込むことができたら、騎士道にレディファーストはなかっただろうし、

女が容易に日本という島から抜け出すことができたなら、武士道にもレディーファースト的な概念をもって女に媚びを売っていただろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170111131416

単純に、騎士道流行ったのは、それが女にモテそうな理屈だったからじゃね?

日本では、女は権力に付随してついてくるものだったので、女にモテそうな理屈流行らなかっただけ。

http://anond.hatelabo.jp/20170111130628

日本武士道男色が盛んで若き武士上司(男)と肉体的な繋がりを持つ事で結束を強めていたが

ヨーロッパ騎士道キリスト教的に男色禁止から

代わりに上司の妻と若い騎士との繋がりを強めることで結束を強めようとした

が、肉体的に繋がれちゃ困るので精神的繋がりこそ重要というのが規範とされた

と今考えついたが根拠はない

http://anond.hatelabo.jp/20170111130628

ズレているのはお前で、今は騎士道精神とやらが流通した理由、背景についての話をしてんの。

価値観というものはその社会において都合がいいか流通するのであり、

ヨーロッパ騎士道流通し、日本武士道流通し、両者の女の扱いに違いがあるのは、基本的に女の希少性の差だよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170111125924

騎士道がどういうものか、ってのは日本でもある程度は常識だと思ってたが…

騎士道の崇拝対象になる貴婦人ってのはその騎士より上流階級女性だし

上役の妻だったり既婚者である事も多い

精神的な繋がりが重要とされるもので股開かせる目的じゃねーっつの

上役の妻との肉体関係が推奨されるわけねーだろ

根本的にずれまくってるわ、お前

http://anond.hatelabo.jp/20170111124320

騎士道貴婦人に尽くすのが美徳

武士道=上役(男)に尽くすのが美徳

って時点で相当違うから

中世から続く伝統なのにここ数十年程度で変わるわけないわな

因みに騎士道における「貴婦人」は騎士より身分の高い女性(上役の妻である事も多い)だから「弱いもの」扱いでもないよ

2016-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20160211005121

要するにウィザードリー初代にあればいいんでしょ?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A3

ニンジャサムライ日本しか存在しない職業だ。他に一カ国にしか存在しない職業はない。それに、最強の刀としてムラサメソードがあることを考えると、ウィザードリー内での位置付けとしては、キリスト教中世騎士道、その次くらいに日本文化が来るよね。西洋で作られたゲームってことを考えると驚くべき位置だと思うよ。

2015-06-25

Fate SN UBW 20メモ でもにっしょん

昔、ある出会いがあった。

おそらくは、一秒すらなかった光景。

されど。

その姿ならば、たとえ地獄に落ちようとも、鮮明に思い返すことができるだろう。



その先が地獄だとしても前に進むと決めた士郎と

その先が滅亡と知っていても王になると決意したセイバー

やっぱりこの二人は似たもの同士だと改めて思ったなあ



本編のアーチャーの詳細の中で「なんのペナルティもなく固有結界を使いこなし」という一文があったが、本当に消えかかった身でも発動可能なくらい消費が少なかったんだな

わりと初期の頃このペナルティがどれくらいのものなのかと議論されていたがまさかこんなところで結論が出ようとは



HAの『たとえ地獄に落ちようとも思い返すことのできる光景』をまさかUBWで見れようとはなぁ………

アーチャーが契約した“かつてのセイバー”に対する思い入れ出会いの強さがしんみりと来たぜ

……だからこそ、歯痒いものを感じる

セイバーの聖杯に対する願望、そして自分の内にある鞘の存在を知るほどの関係に至っていたのに、なんで彼女を救えなかったんだ馬鹿野郎………!!



この世界の士郎は先にアーチャーを見たからこそ、アーチャーの様にはならないんだろうな。

守護者の立場が確定したアーチャーはもう抜け出せないけど、後悔だらけの自分とは違う道を示す自分を見たわけで。

本人にはもう救いはなくても、可能性を感じられるだけマシ、なのかなあ。



問おう、貴方が私のマスター

カットが入っててまたいいわ。あのシーンて確か本編士郎じゃなくて

本編アーチャーの過去編だったよね。

セイバーの表情もとても良かった。



そういえば士郎はよく「借り物の理想に執着してしまった愚かな男」って言われてるけど、どっかの誰かさんが言ったように「借り物の理想を持たない人間はいない」んだよな。そして自分も元だけど「借り物の理想」をもった人間に該当する。

何年か前、ある人の実況動画をみて、その実況者がプレイしたゲームの素晴らしさに憬れて、自分もそのゲーム製作者のように素晴らしい作品を造りたいと思うようになったのよ。

でもいつからだったか覚えてないんだけど、自分の抱いた理想が「そのゲーム製作者のように」ではなく「自分だけの、自分にしかできない作品を創りたい」という理想に変わったたんだ。

つまり何が言いたいかっていうと、全ての理想に対するanswerは「他人から受け継いだ借り物の理想を借り物の理想のままに終わらせるか」と「借り物の理想を自分だけの理想に変えられるか」という二つの結論に帰結するんじゃないかなといいたいんだ。



新規の人のコメントで「袖がないアーチャーの服は『涙を拭くことができない』ことを表していると思った。」っていうのを見てめちゃくちゃ納得した。



一晩たって落ち着いて考えてみると、この一番大事なシーンを時間の制限ついたアニメにしっかり合わせて分かりやすく構成してると感心するわぁ…

原作やったのがだいぶ昔でアーチャー言葉にひたすら対抗して打ち合ってたイメージあったけど、ちゃんとその苦しみを理解してその上で対峙するって段階を丁寧に丁寧に描写してたのがほんとよかった、特に同情なんてしないけど心が欠けそうになるってシーン。

あと原作やった時は二人にしか目が行かなかったけどセイバーさんめっちゃ辛そうだな



挿入歌の「傷だらけの硝子の心が」の部分でボロボロの士郎が映って、「忘れかけた熱をともす」でアーチャーに切り替わってるんだよな

偶然かもしれないけど、なんか感じるところがあった



ある意味では士郎にとっても(桜関係や横暴なところを除けば)そういった持ち味を持った慎二も愛おしい日常象徴だったんだな。だからこそHAでの殺し殺されるっていう緊迫した感じや魔術に対する毒気が抜けて、これから間桐家から出て一般人として再出発しようと語る慎二と士郎のやり取りは(セイバー&桜√で死んでることを考えると)胸にくるものがある。もしHAが映像化したらぜひ入れて欲しい。



理想に執着しているのであって助ける相手に執着していないと言っているのだと思う

衛宮士郎幸福のために邁進する者ではなく、もっとあいまいなものを守ろうとしているに過ぎないと

だから誰を救うのかも定まらない

それは特定の誰かを助けるために必死になれる人間(たとえば士郎のために真剣に怒った凛など)に比べれば動機が弱い

自分の欲望ではなく願いのために戦うから薄っぺらいんだとエミヤは言いたいんだと思う

じっさいは薄っぺらいどころか士郎は折れる気配すらないと悟るんだけど



今思えばアヴァロンって必ず誰かを救ってくれる要なんだよね…士郎の命が切嗣によって救われただけじゃなく切嗣自身も士郎と出会い救われたし、SNでは後にセイバーが士郎と忘れられないあの夜に出会って彼女自身が救われるきっかけになったしさ。皆の架け橋のような存在だよね。

数ある宝具の中でも、特にアヴァロン(全て遠き理想郷)は尊いものに感じるな。



エミヤに「その先は地獄だぞ」と言われた後の士郎の微笑みが素晴らしかった。

自分の理想の根底にかつての自身の願いがあったことに思い至っての、自身の理想が空虚な借り物でなかったことへの安堵、かつての自分と同じようにたとえ未来自分から進む先が地獄だと告げられてもその道を進むことをやめようと思わない「自分」と言う人間の性への苦笑、そしてこれからも理想を追い求めていくという決意、それらがあらわれた絶妙な表情だった。

「士郎は人間の振りをしたロボット」とよく言われていたけれど、実は士郎も自分自身のやりたいことを追い求めたれっきとした人間だったんだな。



士郎の始まりは切嗣との出会いでも「正義の味方」という借り物の理想ではなく大災害の地獄の中で願った「誰かを助けたい」という思いだった

今回の話は視聴するまで不覚にも自分ですら忘れていた事柄を士郎と一緒に再確認させられたエピソードだった

これまで士郎は「人間のフリをしたロボット」や「士郎が人間になれるのはHFだけ」っていう意見が多かったし、自分もそう思っていたところがあったけど

今回の回想を見て、改めて以前にきのこが語っていた「士郎という人間は大災害に遭わなくっても最初からああいう人間だった」や「士郎は成長しない主人公」という言葉通り、士郎は最初から士郎以外の何者でもないと改めて気付かされた

今回のUBWはアーチャーが忘れてしまった大切な事を思い出す物語であると同時に、視聴者が「衛宮士郎衛宮士郎という一人の人間である」っていう原作をした時には分かっていたことを思い出す話じゃないのかな?

そういう風に思わせてくれるufoときのこの演出は本当にすごい

ある意味ではこれまでのfateの総決算ともいえるの名エピソードでした 



Fate/stにおいては近くにアーサー王がいるとオートリジェネが入る便利装備

もう一つ便利機能があるがこれは別の話

アーサー王物語にて、策略でアーサー王決闘させられたある騎士がすんでで相手の正体に気がつき

鞘をアーサーに返却、同時に鞘の加護が消滅してしまい、治癒しきっていなかった致命傷が元で死亡してしまった

と、本来なら死亡しているであろう傷でも命を繋ぎとめてしまう能力がある

もう一つの便利機能、害意判別といいアーサー王物語におけるエクスカリバーの本体はこっちなんじゃないかとの声も



上手く言葉に出来ないけれど、ダイバーのようだった。

忘れてしまったモノを思い出す為に記憶(うみ)に潜り、あの地獄、あの原初の光景の中にある大切なモノを手繰り寄せる。

Fateは偉大な英霊同士のバトルが目玉なのはよく分かるし、派手だから目に付きやすいし当然だと思う。

でもやっぱり、こういった『人間の想い』を丁寧に織り上げる物語こそが、Fate真骨頂だとPC版をプレイした時からずっと感じてた。

次話の『answer』もだけど、これから終局まで続く怒涛の展開に期待!



ユニクロ士郎は前編通してやるともうこれしかねぇって感じになるからね、仕方ないね

個人的に士郎のユニクロについては、端的に士郎の特徴を現してる気がする。

服装って現代では(昔からそうではあるが)自分をよりよく見せたいとか人と異なる服装をして自己個性を出したい、または同じ服装をすることで一体感を味わいたいといった意味で使われると思う。でも、士郎にはそういった人より優れた自分を見せたいという“自己”には乏しい。士郎がユニクロ着てることからそういう風にも読み取れるんじゃないかなぁと自分は思ってます。



凛の「アイツはああでなくちゃいけないって、ああいうヤツがいてもいいんだって救われてる。」

20話視聴後の感想はまさにこの心境だった

衛宮士郎というキャラクター創作物の中でも一番好きなキャラかもしれん



違うアーチャーも言ってただろ

「助けたいから助ける」そこに理由がないから偽善だって言ってる

普通の人は大切な人だからとか誰かを助けるに足る理由存在する

でも士郎は見ず知らずの人すら命がけで助けてしまう

でその理由を挙げるなら死にそうな誰かを助けたいという理想しかないんだよ

間違ってない願いだけど人間として致命的に欠けている



総てを見通す魔術師は、選定の剣に手を掛ける少女に忠告した。

「それを手にする前に、きちんと考えたほうがいい。それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ」

地獄を見てきた男は、荒野を目指す少年忠告した。

「おい、そこから先は地獄だぞ」

剣を抜くカットもそうだけど、この辺りもまた対比になってるなぁ



元から、「今、願ってる主体」が士郎以外の誰かだったことはないよ原作でも。

切嗣への憧れから始まってるから「所以が」借物だってだけ。

これ、普通物語なら「始まりがなんだろうとこれは俺の心だー!」になるんだけど

そこで、「もう借物だとか自分の心だとか、理想が理想である前には超些細ですし」

までぶっとぶのがUBW。

「笑いたかっただけ」みたいな話は、普通キャラにとっては深刻なんだけど

衛宮士郎二人にとっては、自分が偽善呼ばわりされるなんて大した話じゃないから

話さくさく流れて理想の話になっちゃうんだよね。

「笑いたかっただけ」は作中である意味投げっぱなしだから

そこを凄い脳内で拡大してる人が出たりする。

それこそ、「士郎は切嗣の行動をなぞってるだけ」とか。

原作にそんな描写どこにもないんだけど。



士郎は切嗣に「憧れた」わけだけど、

それはつまり、「ああいうものに憧れを抱く、善しとする価値観」を

士郎が元々持っていないと始まらない。

それを考えると、もうちょっと複雑なんだよねその辺り。

アーチャーの「幸せそうだったから憧れただけ」を真に受けるのはナシだしな。

「実は贖罪」もそうだけど、UBWであいつが殊更露悪ぶって口にする言葉

鵜呑みにしたって始まらない。

それよりは

>「―――覚えてる。俺を覗き込む目とか、助かってくれと懇願する声を。

> その淵で思ったんだ。自分が助かった事じゃなくて、助けてくれるヤツがいる事は、なんて」

> 素晴らしい、奇蹟なんだって事を。

の辺りを読み込んだ方が未だヒントになりそうな。



UBWの荒野は、アーチャーが辿り着いたものの象徴だから

 どうやら相手は、自分の記憶を流し込まれているらしい

→じゃぁもっと決定打になるものを見せてやろう

っていう意味じゃないか? UBW展開は。

「お前の辿り着く先はこの不毛の荒野だ」を文字通り目に物見せると。

あと、演出的には、Ufoはアーチャーと士郎を背負う空(特に雲)で表すそうだから

多分answerが凄いことになる。

UBWは心象世界だから、心象のぶつかりあいをビジュアル化する装置になりうるんだよ。

まさかここにきて、「アーチャーのUBW展開はローコスト」という設定が

演出上の最強のカードになろうとは。



某動画サイトでのコメントアーチャーセイバーを間接的にdisってるwwって解釈してるから違和感ある。

あそこのシーンのセイバーアーチャー言葉に傷ついてるわけじゃなくて自分と同じような道を歩んだ士郎の成れの果てのアーチャーを痛々しく思いながらも自分と似た願いを持つアーチャーを否定しきれない葛藤も持ちながら二人の問答の答えがどうなるか見守ってるんだと思う。



ホントそれ。そもそも願いが間違いなだけでセイバーの在り方自体はFateの全編を通して否定しえないものとして書かれてる。

SNから入った人はセイバー√で初めにそれを理解するんだけどそれをZeroで盛大に全否定したもんだから

そこから入った連中はセイバー=否定される、していいキャラとして認識してるから大問題。

虚淵のネームバリューもあって被害は甚大よ。



士郎って、熱血少年ぽいパーツそろったデザインだし、

たまに絵に起こしてもらうと、ゲームのCGイベントは戦闘だし、

パッケージイラスト起用でも戦闘系だしで、

「いかにもうおおおおおとか言いそう」なとこが対外的には押されがちだったけど

基本「己と向き合い自分の心を形にする」人間だから

実は「動」だけじゃなくて「静」の面も強いんだよね。

しろ「静」が本質って気もする。

その「静」に支えられるから熱さもあるって感じ?

今回の、内面でのアーチャーとの静かな対峙で

「静」の面が凄いクローズアップされたと思った。

自分はこれが見たかったんだよね。



とりあえず、「以前の記憶がない」は「ほほをつたう」と矛盾してると思う。

士郎、思い出に浸るのを自分に禁じただけで、普通に記憶はあるぞ。

> 何もなくなった場所にいって、有りもしない玄関を開けて、

> 誰もいない廊下を歩いて、姿のない母親に笑いかけた。

> ……あの日の前に戻れて。

> 何もかも悪い夢だったのだと、そう目が覚める日を待ち続けた。

一度心が死んだってフレーズが印象的なんで、

マジで大火災が0才状態と思われてたりするけど。

士郎って割と元々ああよ。



衛宮士郎アーチャーと士郎に分かれて真剣に自分の将来を模索するお話まじ熱い

アーチャー自分が辿った選択ではろくな道筋にならないと力説する

士郎は自分が進む未来は「選べる道」ではなく「選びたい道」を進もうとする

幾度の面談を経て衛宮士郎は見つけづらい険しい道筋を見つけて答えとする

自分会議(物理)は死ぬほどストレスたまりそうだけどその分効率の良さが半端じゃないな



今回のエピソードは、アーチャーの月下の誓いに対する「呪い」という言葉

あまりにそのまま伝わり過ぎていることに対する反論的な意味もあるのかな……と思った。

余人から見れば呪いととられかねない歪なものなのは確かだし、発言したのが未来の士郎と

いう点もあって、「信憑度が高い」と取られても仕方がない部分はある。

だが、そうじゃない。そんなものは、アーチャーレトリックに過ぎない。

「月下の誓いに至るには、大火災のさなかで救いを求める自分がいて、生存者がいないと分かりながらも

助けようとした切嗣がいた。だからこそ、救われない人間をこそ救おうとするエミヤが生まれた。呪いなんて、忘れてしまったアーチャーの後付だ」というように。

ここら辺、原作やってても勘違いちゃう人間がいるし。これをより説明的にしたことを指してデチューンと言ってたのかもね。

なんだかんだ分析してるが、初見じゃもうボロボロ涙でて凄かったよ。そうだよ!そうだよ!と絶叫しちまった。



価値観っていうと語弊があるのかもしれないが

とにもかくにも「心」はないと憧れも発生し得ないってところは

押さえておいてもいいのではと。憧れって心の働きなので。

災害中の描写から、衛宮士郎連続性を断つ描写は作者したつもりないと思うんだよな-。

っていうか、原作描写をそう読まれちゃったことを踏まえて再構成したのが

今回アニメ描写って気もする。



んー、言いたいことは分る。確かにもっともだ。

だが、「心が死んだ」「ゼロの状態で切嗣から新規に心を貰った」だと

極論すると、士郎以外の誰であっても

上記二条件を満たせば、士郎の如き人間になるってことだろう。

実際問題、それは非常に考えづらくないか?

なんで士郎がああまで凄まじい人間になっちゃったのかって言ったら

やっぱり元々「何もできないのに謝って楽になるのはだめだ」と

涙を呑んで歩き続けるような真っ当すぎて真っ直ぐすぎる子供だったからで、

そういう心をベースに憧れが発生したからだろう。

「心が死んだ」「ゼロの状態で切嗣から新規に心を貰った」

を強調し過ぎると、なんっかその辺拾えてない印象になる。



VSって原作時からして情報量凄い上、

大事そうな話をよく読むとさっくり投げっぱなしにしつつ

「え、そこ?」ってとこに落ち着くのな。

よく考えたら何故その話が理想に落ち着く、みたいな。

読み甲斐があるといえばそうなんだけど、お陰で

「借物」が「心がない」と誤解されたり

「笑いたかっただけ」が一人歩きしたり、

ある意味衛宮士郎の誤解の発祥源でもあったわけだが

今回、物凄い分かり易くバッサリまとめてきて、色々衝撃だった。

始まりは憧れ、でも根底に在るのは願い って、きのこだなぁおい



思い出したよ、くっそながい文章アホみたいにぶっ通しで昼夜読み続けてここの所で「なんて尊い大馬鹿野郎どもだ」ってボロボロ泣いたの。

嗚呼、あの当時原作プレイした俺は幸福だった。



今回は素晴らしかった。

なんというか、エミヤシロウというキャラクターの魅力を再確認できたよ

人間なら誰であれ死に絶えるような地獄の中で意味もなく切り捨てられる小さな命をこそ守りたいと願った少年が、その地獄の希望をくれた人から受け継いだ理想によって、その最も救いたかったものを切り捨てて大多数を救うものになってしまったんだからやるせないよなあ

士郎が本当に凡人なら、途中で折れるんだろうけど、地獄の道行を後悔なく駆け抜けることができてしまった心身の強さに物悲しくなる



一応補足しとくけど、兄貴ディルでは置かれた状況が全く違うから

兄貴ディルを比べてディルをけなしている人はそこらへんを忘れているし、あえてどちらがより酷いかといえばディルの方が遥かにひどい状況だったんだよなぁ

そりゃ恨み節の一つも吐きたくなるだろって納得するくらいに

仮にディルが戦闘続行を持ってて、セイバーと切嗣を倒してケイネスたちを救えた後に消滅したなら恨み節は残さなかったろうし

もし兄貴ディルと同じ状況だったら、恨み節はともかくとしてやはり憤怒の形相で怒っていたんではなかろうか

それに主君に忠を尽くすってディルの願いも、強い奴と全力で戦いたいっていう兄貴の願いも自分本位な願いという意味では同じだからディル兄貴同様、立派なケルト英雄だと思うけどなぁ



士郎が人助けをしたいのに、元々法政志望してたことが昔から疑問だった。救急隊とか医者とか、もっとわかりやすく人助けできる仕事があるのに、と。

でも、きっと士郎はそんな自分の手の届く距離だけに留まるミクロ人助けではなく、社会の仕組み全体を変えるようなマクロ人助けをしたかったんだろうな。

そう思うと、世界と契約したのも、膨大な力で社会全体をよりよくできるという期待を持ってたのに、実際は何の権限もないただの末端の処刑人でしたっていうオチに涙せずにいられない。

なんて愚かで、なんて愛おしいんだろう。大人しくレスキュー隊にでもなっていれば良かったのに。でも身の程を超えて、それより上を、人類の幸福の根源を求めてしまう士郎だからこそ、愛せずにはいられない。

大河になってアーチャー馬鹿馬鹿って言いながら思い出してくれるまで思いっき抱きしめたい



俺もそんな風に思っていたけどFateを深く考察するようになってちょっと考えが変わった

士郎が最も助けたいのは苦しみ足掻いてなお幸せになろうとする人なんだよね

だからもしかしたら罪を犯しても尚幸せになろうと苦しんでいる人をこそ助けたいと思っていたのかも

分かりやすい消防隊員や警察官を目指さないのは

本人に自覚が無くても無意識にそう感じていたのかな?と思った

だからあのゲリラ少年を始めとする人々はアーチャーにとっては助けたい相手だったんじゃないかって

指導者はともかく実際に戦っている人達は思想に関係なく自分家族が食べていく為だったりするし



>>「(幼士郎の)この地獄を覆してほしいという願い」

>原作ではこう

>>自分では持ち得ないから、その尊さに涙した。

>>いけないのか。自分気持ちではないから、それは偽物なのか。

それ、別に矛盾しなくない? 

士郎は元々恐ろしく真っ当な子供で、「『誰か』この地獄を覆してほしい、みんな助かってほしい」

っていう願いを持ってた。

でもそれは、救いのない、誰も彼も死んでいく現実をつきつけられて

意味をなさなくなった(これを「心が死んだ」作中では表現する)

そして、その地獄にあって未だ生存者を探す、

「『自分で』地獄をどうにかしようとする」切嗣に会って、

士郎は、「助かりたい」「助かってほしい」という情動すらボロボロになった己の心では

抱けなくなってたその思いに涙したわけだろう。



SN切嗣では強すぎて物語にならないのは分かるけどだからといってケイネス一人に原作で語られた外道戦術使うのはちょっと弱体化させすぎやな(せめてもう一組くらい・・・

会話の制約があったとはいえ、セイバーをあからさまな無能騎士道中にしたり、切嗣に明らかにおかしい戦争は英雄のせいだ論を抱かせるのもちょっとな(過去編から考えても切嗣が恨むようになるのは魔術師のはずだし、セイバーがあんなに騎士道大好きなはずもないから、明らかに話の都合のためにそうなったようにしか見えない)

これはもうちょっとやり様があったのじゃないかと思ってしまう

後やっぱりなぜ切嗣は火災の犯人になったのだろうか?

虚淵さんが言峰大好きだったから変えたんじゃないよな流石に

ナタリアとの別れによる正義への絶望故郷での事件等の過去編がよかったから余計にそこらへんの矛盾や弱体化が気になってしまうな



横からだけど、「士郎は正義の心を元来から備えていた」と思われる描写は今回、原作、前回のアニメでも見えたりしてるよ。

・泣きながら災害のなかを歩いた。その時、周囲から「助けて」 と声が聞こえてきた。止めてくれ、オレにはそんな力はない。という感じの描写

・そして今回の顔。泣いてはいるけど、泣き顔ではない。

「誰か助けて」ではなく、「助けられないのに助けを求められることに対して謝りながら、歩き続けた」

スマホからだと書きにくいな…



俺は

「たしかに、始まりは憧れだった」

「けど、根底にあったものは願なんだよ」

「(幼士郎の)この地獄を覆してほしいという願い」

「(切嗣)誰かの力になりたかったのに、結局、何もかも取りこぼした男の、果たされなかった願いだ」

って解釈した

根底にある願いは切嗣に会う前から持っていた



コメントを見て思ったけど、確かに「こんな地獄を覆して欲しい」っていう表現は、今まであの手この手を尽くして地獄を覆すために努力してきた切嗣の願いとしては受動的すぎるかなって思うんだよね。だからこれはやっぱり地獄を前に何も出来なかった子供士郎の願いなんだと思う。



車の傍の死体

暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。

トンネルの中の死体

暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。

荒野の木の周りの死体

暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。

世界との契約

暗転[赤い画面に黒い文字で]――いずれ辿る、地獄(りそう)を見た。

という事?



そうじゃなくて、

地獄を見た。

地獄を見た。

地獄を見た。

――いずれ辿る、理想(地獄)を見た。

ってこと。



いや、原作ではとてもそうは見えなかったけどな。

実力的には1/10しか戦闘能力出せない状態でも圧倒的に士郎<アーチャー

そして勝負のついた最後の一刀もアーチャーなら余裕で防げた。けれど防がずに士郎の攻撃を受け入れたってちゃんと理解出来る用になってる。

セイバーも「アーチャー…何故……」って疑問を口にしてた筈だし。

だからこそDEEN版でそこが分かりづらくて不満点になってるんだし。




セイバーが辛そうなのは士郎達が殺し合ってるのに見てる事しか出来ない辛さだと、思うけどな。

彼女はずっと士郎の生き方は危ういと言ってたし、実際に破滅したアーチャーが士郎を殺そうとしてるんだからそりゃ辛い。

士郎とセイバーは似たもの同士だから士郎やアーチャー気持ちセイバーは理解できるだろうしね。



挿入歌にあるSTARDUSTって星屑もそうだけど「夢を見るようなロマンチック気持ち」という意味もあると知ってショックを受けたよ。星屑はまさに「願い」の記号だけどそれだけじゃなく、地獄と知っていても夢を掴みにいく士郎の熱い気持ちも表しているようでAimerさん、なんという言葉を選んでくれたんだ。ついでに、

Dustは赤く燃えるStardustから零れる欠片=士朗

Ashは色も熱も失った灰塵=アーチャー

Judasエミヤシロウを最後には殺してしまう裏切り者=理想

として歌詞を見ると本当にアニメ映像とリンクしていてもうこの歌が大好きになってしまったよ。本当になんてすばらしい物をつくってくれたんだこの人たちは。



士郎自身は無自覚だけど、彼の行動がひたすらトライアンドエラーを繰り返して道を探すやり方だからじゃないかな?

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