はてなキーワード: 交渉術とは
他国籍、他民族に対する暴力がもしも正当化されるのであれば、どうして他宗派に対する暴力が正当化できないだろうか?
ここらへんの基本的前提が全部すっ飛んでるよね
戦争がOKってことはムカつく奴をボコってもOKってことだし、結局そうなって困るのは当局だと思ってたんだけどなあ
戦争という名の暴力は交渉だというなら、テロリズムも交渉術の一つと言えてしまう
ここらへんの論理の整理が甘い連中が新興宗教にハマりやすいのは事実だろうな
既存宗教の神学者たちが整理してきた哲学を勉強してこなかったわけだから
結局愛国保守論壇の仮定は、「自分達は一方的に都合が悪い人間をボコれる」というイジメ容認の姿勢なんだよね
先日過労死ラインを超えた(残業 240時間/月)ので、日記を読み返しながら、当時感じたことを、出来事と共に書いておきます。
久しぶりにアニメHUNTER×HUNTER(日テレ版)のG.I編を見たらやっぱり面白かったのと、自分なりに発見があったから聞いてほしい。原作はもう20年も前にやったところだから、とっくに誰かが同じ趣旨のこと書いてると思う。細かく説明するの面倒だから、ストーリーやルールががわかってる前提で進める。
作中のビスケの言葉「順序よくゲームを進めていけば確実に強くなるようプログラムされている」を念頭に置いて見ていくと、製作者はプレイヤーがある程度強くなるまでは島外に出す気がないのが分かる。
生きたまま島の外に出る方法は3つ。
①の「離脱」はレアなカードで、入手するにはマサドラのカードショップでスペルカードガチャをする必要がある。つまり金が要る。②も書いたまんま、金が要る。
この世界で金を稼ぐのに最も手っ取り早い手段がモンスターを倒して得たカードを売ることだと考えられる。
プレイヤーが強くなればよりレアリティが高く高値で売れるモンスターを狩れるようになるだろう。頭を使いながら真面目に取り組めば金策を続けるうちにプレイヤーの戦闘力が上がっていくことが期待される。そうこうしている内に戦闘力が上がり金も溜まり、①や②で島を出られる。③も出来るかもしれない。
モンスターを狩る以外にも金策の方法はあるだろうが、このゲームの趣旨を考えるとやはり戦闘力アップか思考力アップにつながるような労働やクエストでも用意されているのではないかと思う。
とにかく、①②③のどの方法でも島を出られる頃にはそこそこ強くなっているはず。上で書いた「ある程度」の強さの最低ラインがおそらくここ。キルアは瞬殺していたが、通行チケットの入手難易度はBなのであの所長は多分ビノールト(ビスケ曰くランクD相当)より強い。そりゃ何年かけても島から出られないプレイヤーが多数いても不思議ではない。それにGIをプレイするのは生身の人間で経験値と共にレベルアップするものでもないから、己を鍛える気もなく何も考えずに諦めの気持ちでただ過ごしているプレイヤーが最低ラインまで強くなれるかは、火を見るより明らかである。
ちなみに交換で「離脱」を入手するという方法があるが、個人的には交換するに至ったコネ作りや交渉力もハンターとしての実力のひとつとして捉えてもいいと考えている。ゴン達一行と「離脱」交換できた人達は単なるラッキーかもしれないが。
島から出る方法ひとつ取ってもこんな調子なので、ゲームマスターの1人が直々に登場するイベントにはより大きな意味があるはず。
一坪の海岸線入手のためにクリアしなければならない「レイザーと14人の悪魔」では何が得られるのか?
このイベントの発生条件を見るに、このイベントは作中でゴン達が置かれたような状況を予見して設定されたのではないかと思った。
例えば弱いプレイヤーがいたとする。
弱いなりにこのゲームを真面目にプレイするなら、スペルについて学び、G.I編序盤に出てきたスペルカードを集めるハメ技組のように仲間を集めて徒党を組むだろうし、他のプレイヤーのクリア阻止のためにまだ誰も入手していないカードの情報を集め独占を目論むだろう。
そうしてカード化限度枚数が少なく独占しやすそうな「一坪の海岸線」がソウフラビにあることを調べてアカンパニーで移動してイベント発生……ここまでは作中の流れと大体一緒。
問題は作中でアスタが言っていたように、下手にカードを入手したら凶悪なプレイヤーに狙われる可能性が出てくることだ。圧倒的な実力者が相手だったら、たとえ15人で団結しても秒でカードを奪われるかもしれない。そこでレイザーの存在が鍵になる。
このイベントがクリアできるか否かはレイザーの匙加減一つで決まる。ではその匙加減の基準は何か?
私は、カードを奪いにきた凶悪なプレイヤーに襲われても凌げる程度の実力の有無ではないかと考えている。
もし実力がない者にカードを渡してしまえば、それはそのまま凶悪なプレイヤーに奪われることになり、わざわざイベントをこなす意味がなくなってしまう。弱いが故に徒党を組んでいたプレイヤーの場合、レイザーがこれなら大丈夫だろうと判断するまでクリア出来ないのではないだろうか。
スポーツ(=課題)は種類豊富、多少対策は立てられるし、メンバーを入れ替えさえすれば何回でも挑めるし、イベントとしても修行としても親切設計なので、鍛錬に適していると言える。挑戦者の1人がゴンでさえなければ。
戦闘力が上がり晴れてイベントをクリアしてもまだ問題があるのが「一坪の海岸線」の厄介なところ。15人縛りの割に3枚と少な過ぎるカード化限度枚数、ゴレイヌも「えげつねえな」とこぼすアレである。
最初はこのカード化限度枚数の意味が分からなかったが、これもハンターを育てるための課題と考えたら腑に落ちた。
おそらく、仲間割れの火種を抱えているこの状態を収めて仲間と協力できる交渉術・人身掌握術なんかのコミュ力を伸ばす訓練になるのではないか。
特に例にあげた弱さ故に徒党を組むことにしたプレイヤーほど、これらが重要になってくる。弱いなら弱いなりの生存戦略があるが、カード1種で仲間割れするようじゃ先が思いやられる。
戦闘力に劣る弱いプレイヤーを中心に話を進めたが、強い熟練プレイヤーでも求められることは同じだろう。ハンターやってたら仲間と協力しなければならない場面・報酬の山分けが難しい場面はいくらでも出てくるだろうし。実際、ゴン達もここでツェズゲラやゴレイヌと共闘したことがゲームクリアに繋がった。
ゴチャゴチャ書いたけど、簡単にまとめると
・武力に限らずハンターとして必要な能力を伸ばす課題が揃っている
・「レイザーと14人の悪魔」も例外ではなく、一定の戦闘力・仲間との協力が不可欠な課題になっている
今原作手元になくてしばらく読み返してないからほぼアニメの情報とWikipediaのカードリストから考察したけど、やっぱH×Hおもしろい。
反ワクチン系の人がパンチラインにしている「ワクチン打ったら何人死んだ」っていうの、
「そもそもワクチンやコロナと無関係の要因で確率的に人は死んでいて、高齢や持病の要因でそのリスクが増えます」という話を説明してあげればいいと思うんですけど。
それって医療というよりは統計学とか確率なんですよね。それを理解できないのって数学ができない人なんですかね?定量的思考ができない人?
国民全体の70%以上、12歳以上なら80%が接種してるんだからそりゃマクロ的に「ワクチン打ったら死んだ」ように見えるケースも増えるというだけで、疑似相関なんですが。
ビフォーコロナの時代から居ますけど、「インフルエンザワクチンを打ったのに罹った!もう打たない!」って人。こういう系の数学出来ない人が反ワクチン界隈に入るのかなー。
問題の解決や被害軽減に尽力したがそれを抑えきれず被害が出たとき、それ尽力した人や物事に仇をなすの、因果を把握する脳があまりに弱すぎて。唖然とする。人間は愚か。
いうなれば津波を軽減してくれた防波堤を「守ってくれなかった!」といって取り壊すようなもの。
反ワク界隈に突撃して説得を試みる人を見かけることも減って来ていて、クラスタの断絶・エコーチェンバーが進行しているように見えます。なんかTwitter側もbot作って定型文リプでも送ればいいんじゃないかな。
ああいった手合いへの説得って、数学という正論パンチでなく、交渉術・心理学が必要なんでしょうけど。
安楽死の話題でも感じる違和感なんですけど、なぜか「自分は死なない」という前提でモノを考えてるように見える人が世の中には居るみたいなんですけど、それが不思議なんですよね。
どう考えても「いつか死ぬ」枠に自分も入ってるのに、それを認めたがらないんですかね。「自分はどう死ぬか」という、その先を思考停止してる人が安楽死反対派に多いように見えるような。なんか、身近な人の死を看取った経験がないんですかね?
そして自然にしていたらラクな死に方できない確率は結構高いわけで。健康寿命が尽きた後そんな苦しい思いして過ごすのって誰得なんだろう。自分も、周りも、誰か得するんだろうか・・。
現代版・生類憐みの令みたいな話題ってちょくちょくありますけど、国内外問わず。ああいう風に動植物への苦痛の軽減に躍起になる前に、人間への苦痛の軽減をしてほしいものですが・・・。
反対意見とか煽りとかマウンティングとかじゃないよ(読まない人のため一応)
わたしは祟りって言葉のひびきでとらえ方ちがうかもっておもった(三行は読む人用)
具体的に直接防御がしにくい影響が比較的遠方(距離じゃなくて因果関係が)からくるものかなと思うのだけど
例として
①八百万の健康の神様たち的な何かに対する不敬(という自己ケア不足)
自分をケアするのは面倒だけれども人のためにしないといけないという要素に変えることで
②不敬がたまって神様がお怒りなので、罰を与える(神罰執行形態になると人の力では防げない攻撃が来る)
すると人間側はなにかの犠牲をはらって中和しないといけない(儀式や生贄や代償という交渉術)
③交渉がもはや不可能な状態や交渉ができない(言葉が通じない相手や呪いなど)はそれを受けることで中和したり
この①の関与方法が直接的じゃない(神と人など)と仲介を挟む量で煩雑さがますため、効率化を目的としたときに因果が堆積し
②の崩壊がきたとき、それに対応しうる手段が人にないため祟りじゃってなると思うのだけど③みたいに交渉不可能で犠牲不可避だと
呪いになって手を触れないように①の時点でなんらかの効率化や利益を得るための関係性を築くなということになるんじゃないかな
これが祟りだとしたら、判定スパンや状況によっては人の意思で仕組まれた事以外はだいたい祟りで表現できるんじゃない?
そういう意味ではむしろ「祟り」って言う人は因果関係の視野が広くて関係性を見出すんじゃない?
たとえば、太陽光発電で地崩れがあったのを「祟り」という定義でいうなら、一番短いスパンで「山の神様の祟り(構造上まもるべき定義がありその禁忌を侵した結果)」とか
長いと「その土地を変化させた、保持してきた一族には常に影響が発露していて、今回その一端として地崩れがあった」とかあればいうのでは
逆にいえばそれらがない場合「祟り」というカテゴリには入れないのでは。だとへんな因果関係でいちゃもんつける方法としては「祟り」の呼称や方法というのはなさそうな
原発や農薬もその直接的な物質やそれを利用する人間について直接的に言及するのに「祟り」は使わないとおもうんだけどどうかな
前提条件として原発をつかうなら、農薬というものは、それらの情報について取り扱い方法があり、守るべきだったり手をだすべきでないという定義があって
それを侵し続けた結果、堆積した纏め払いが一気に噴出するプロセスが「祟り」だとおもうのだけど、唐突に因果関係なく強い影響力を示すものも「祟り」って分類します?
みんながやめろやめろ、つかうといけない使い続けると災いがおきるといっていたものに触れたり使い続けて、結果問題が発生したときに「祟り」と呼ぶ気がするのだけどどうかな ちがう感じかな?
私なりの「祟り」の定義でいうと、「たたりとかいってる人」(いたとしたら/いってたとしたら)なにかしら積み重なる前提条件ありと因果関係を思慮しているのではないかと思う
因果関係無視する人は、因果関係無視といっておいて因果関係という言葉にはなるのだけど、起因する条件が近い、崩れるのは木を切ったからとかその原因としてあげたものを排除すれば片付く問題だといってそう
ちょっと現代で祟りっていってる人がまわりにいないので、言うならばこうかな、言わない人ってのはどうなのかな、と考えた感想でした
根本的に解決する方法を思考せずに脊髄反射で状況と原因をセットにする、そういう人がいたりそういう事のそれの名前が「現代の祟り」って言い方だったとしたらそのとおりかなと
「昔ながらの祟り」を無視してしまうってことは言葉を大切に紡いでこなかった原因が堆積した「祟り」なのだとしたら その言っている意味そのままかな、とも思いました
3.日本政府は、今も本気で五輪を開催するつもりなのか、責任を押し付けられずに中止するための方便か、どっち?
俺がぱっと思いつくだけでも、金と、国民の満足感と、国際社会に存在感をアピールできること、あたりは間違いない。
だが、それぞれどれくらいなんだ?
経済波及効果は試算が発表されているが、これに異を唱える意見も沢山あり、信憑性がよく分からない。
https://www.2020games.metro.tokyo.lg.jp/taikaijyunbi/torikumi/keizaihakyuukouka/index.html
だいたいにおいて、賛成派と反対派で試算が違いすぎる。どうしてそうなるんだ。
それもどれくらいなんだ?
試算や見積もりはどんどん変更する上にコロナ要素を入れると、分析された数字が全然出てこない。
そしてこれも賛成派と反対派でリスク評価に振れ幅がデカすぎる、なんでそうなるんだ。
首相や大臣が「五輪は開催したい」みたいなことを言っているが、あれはどこまで本気なんだ?
本当に開催しようとしてるって解説もあれば、実際はもうやる気はないんだがIOCやスポンサーとの政治勝負で有利になるように自分から辞めたいと言うことを避けてる交渉術だ、という解説もある。
実際は政府はどういう考えでいるんですか?
ある種の衝動的な思考であり書き留めないと経験として正しく蓄積できなさそうなのと、人の目に触れさせることで将来子供の役に立つかもしれないのとで、ここに記す。
先に断っておくが、誰が悪いという話ではなく、自己分析のようなものである。
直接のきっかけはパートナーがこちらの譲歩を引き出す交渉条件として「離婚する?」「そんなこと言ったら離婚するしか無いじゃない」といった物言いを2-3ヶ月に1度するようになったこと。2度までは「離婚の前に取れる段階はないのか」「離婚したらどういった生活が待っているのか」「子供や親はどうなるのか」など真摯に話していたが、何度も終わった話を蒸し返すので「そんなに言うなら離婚しよう」ということになった。相手の本気度はまだ読めない、まだ交渉材料として出しているだけかもしれない。
また結婚してしばらくは必要だと思って相手に限りなく譲歩していたのだが、このとき理不尽な要求だと私に見えるものを無理して飲んだことで、結局私の中に「この人は私のあり方を見ていない」「空想のパートナー像を押し付けている」「都合が悪くなれば私をいじめる」という理解が醸成されてしまい、私が離婚に逃げる口実を増やす結果になった。譲歩の期間そのものは相手が友人と相談した結果、私に過度な期待しなくなったことで終わったのだが、私の中にはこうしたしこりが長く残ることになった。数年後にもグチグチ言うほどとは、自分でも驚いている。譲歩自体はふたつの家・価値観がひとつになる過程でどうしても必要なのだが、譲歩しすぎたのが良くなかった。
家をひとつにするというのは非常に難しいことで、私と相手の親、相手と私の親は結局険悪なままだった。文化や常識を共有しないので、あちらも私に共感できないし、こちらも子供を見る上での労働力としてしか勘定しなくなった。互いに自らの親を担当することで表面上は事なきを得ていたが、より高齢になり介護をする日が来たら致命的になっていた可能性は高い。
最後に相手の無防備な姿を見すぎて性的魅力を感じなくなったこと、相手の魅力的に感じていた性格が失われたことが大きい。魅力があれば自分の非を認めて、あるいは傾聴を通じて相手を深く理解しようという思いも出るが、結婚した相手であるという義務感だけでは関係を維持するのは難しかった。お互いに歳を重ねたことも無関係ではないだろう。
核家族で子供を育てることはとても難しい。体の悪い親に頼るのは限界がある。親や家政婦、ベビーシッターは保護者ではないので、真の代わりにはなれない。例えば最近雇っていた家政婦は、不要だと言っても必ず子供が夕食を食べるのを手伝ってしまう。自分で食べさせろと何度言っても、手伝ったほうが仕事が楽なので、そちらを選ぶ。おもちゃの片付けもそう。家庭での教育は、親にしかできない。
そして親であることは24時間営業なので、休めない。パートナーが出張だったり休日出勤だったりすると自分の休める時間が無くなって詰む。つらい。自分の親が普通にやっていたこと、周りの家庭で当たり前のように行われていることが、ここまで辛いものだとは想像していなかった。片親の家庭はいったいどうしているんだ。
私もパートナーも子供が嫌いなのではなく、むしろ好きなのだが、言葉が通じる年になり力が付きワガママを暴力で通そうとする歳になると一気にストレスになる。1日中張り付いて自分の時間がなくなる。教育上重要な期間であるという知識がより重荷になる。ドラえもんのようにスイッチを切ることができたら良いのに、子供も他人なのだから自分の人生こそを大切にするべきなのではと、毎週のように思っている。
私が「自分の時間」の枯渇を強烈に忌避する存在だとは思っていなかった。
私が親の義務・責任に耐えられないほど我儘な存在だとは思っていなかった。
私が子供の戯言を笑って流すことのできない狭量な大人だとは思っていなかった。
私が家族がいることでキャリアの幅が狭まることを嘆くような頓珍漢だとは思っていなかった。
教育や家族との交流を、家族サービスを飛び越えて自己犠牲だと受け止めてしまう。優しい家庭で育った自分がこうした発想に至るとは、思っていなかった。
相手が離婚というワードを使うようになったきっかけはわかっていない。不倫ドラマの見すぎではないかという気はしているが、知性的な相手なのでそれだけではないだろう。
想像ではあるが、相手の親が離婚経験者なので、離婚が選択肢として常に無意識の中にあるのだと思う。私は離婚というものは選択肢どころか存在として頭にないので、こういうワードを出してくる相手に驚き、憤り、呆れてしまう。結婚式での誓いは何だったのかと。この相手の「親が離婚した」という経験を、もっと紐解いて解消することができるならば、それが一番だったかもしれない。
今でも、結婚した判断は誤っていなかったと思う。年齢的にもキャリア形成上でも、あれがベストのタイミングだったし相手だった。魅力も自分との相性も十二分な相手に巡り会えた。子供を授かったことも嬉しかったし、今でも誇りに思っている。ではどうすれば良かったのか。
恋愛経験を積む。それにより事前に知ることができたであろう自分の癖や交渉術は、ある程度存在する。可能かどうかは別として、もっと人との関わりを学ぶことに時間を投資すべきだった。
子育てを感じる。比較的晩婚だったので、同年代からも子育てのリアルを聞くことは十分可能だっただろう。他にも託児所や学童でバイトするとか、年下の兄弟の言動を見ておくとか、やりようはいくらでもあったと思う。子供の可愛さばかり見ていて、その裏の複雑さを見ていなかった。
適度に自分の都合を通す。今回は最初に相手を優先して、堪忍袋の緒が切れてから我を貫くようになったので、落差が大きすぎ最適な譲る量を見極められなかった。相手からしたら、普段は静かだが急に怒り出し我儘になる人間に見える。「それはちょっと嫌だな」「こういう風にはできない?」といった軽い表明を小出しにしていくべきだったのだろう。
ワンルームに住むのをやめる。ワンルームは相手の無防備な姿を見るきっかけを増やす。相手に性的魅力を感じなくなっていく。セックスレスになる、そのことを当然だと思うようになる。自分の時間を増やすために交流を減らすことを厭わなくなる。自分の部屋を持つこと、相手の部屋を作ること、共有エリアでは家族相手といえど節度ある服装でいることを家族内でルールとする方が良い。自分の魅力を保つために、食事や運動や学習に継続的に投資することも必要だ。
魅力魅力とバカのひとつ覚えのように書いたが、これが一番重要だと真面目に思っている。互いに魅力を感じる仲を保ちさえすれば、困難を乗り越える家庭になったのではないか。魅力がなくなり義務感だけでつながるようになると、思い出も色褪せるもので、自分に不利な契約をしてしまったビジネスパートナーとやりとりしているような気分にさせられる。自分の時間がなくなることと合わさって、自分は一体何をしているのだという虚無感に苛まれる。つらい。
現代の会社員はその気になれば、あるいはちょっとしたチャンス、タイミングで転職することはあると思う。
先輩からはいつだって飛び立てる準備をしておけ、と言われている。
良い機会だから、いまの自分の役割やスタンスを後輩の誰かに引き渡すときに伝える内容を纏めた。
・今持ってる事業は全部で6サービス。事業ごとにP/Lがあるので、バランスは見つつも全体での達成を目論む。
・年度目標は基本は1つだけ(利益目標)、サービスKPIや個人目標はなんら評価にならない。
・実質的に本部長が不在なので、場合によっては本部長的な役割を演じる必要がある。
・評価観点でいうと減点主義。どんな事でもやって当たり前、やれてないのは準備不足。加点されることはまずない。
・フィードバック的なものはないので、自分で考え、自分で決めて行動する。批判されても折れないメンタルは絶対に必要。
・スキルセットは、企画力、プロマネ経験、ロジカルさ、牽引力、機動力、アウトプット力。特に重要なのはロジカルにものを考え、アウトプットできること。
・対外的なコミュニケーション。交渉、折衝で負けない、誘導すること。ボトムラインを意識した交渉術。
・ある程度の「地頭の良さ」は必要だが部下が優秀であればなんとかなる(自分はそこまで地頭は良くない)
・スペシャリストだと苦しむ。ゼネラリスト(企画、開発、クリエイティブ、セールス、バックオフィス、人事)で、あらゆる職種でも偏差値55-60位は必要。
・個人としてやりたいこと、やりたくないこと、会社から求められてること、求められてないことの4象限で考える。
早い段階で相手の些細な落度を見つけて厳しく糾弾し、その後のやりとりを優位に運ぼうとする人たちが未だに居る
「最初にマウント取ってそれで相手が下手に出てくれればラッキー 駄目でも別に損は無い」とでも考えているのだろうか
「俺はこうやっていつも価格下げさせてるよ」なんて自慢気に話して、これを交渉術の一つだと勘違いしている馬鹿社長も居た
私は常にリスクとリターンは見合っていなければならないと考えているので、このように高圧的に出てくる相手に対しては必ずペナルティを与えるようにしている
勿論表立ってやってはまずいので、相手に絶対に気付かれない程度に「相手に知らせてもいい情報を知らせない」「自分の判断で条件優遇や値下げ出来る場合でも絶対にしない」
「相手先のライバル会社を利するような行為を陰で積極的にやる」「取引先の机や椅子に鼻くそをなすりつけて帰る」といったことをやるようにしている
みんながこういった小さなことをコツコツと積み上げることでマウントを取るメリットを無くしていけば、もっと世の中はよくなるはずなのではてなのみんなも是非取り組んで欲しい
フェミ達は宇崎ちゃん騒動でヤクザの交渉術を使ってる。DV加害者のそれと同じ。
https://togetter.com/li/1463425
手口自体は今までの児童ポルノや青少年、男女平等や性差別、人権等を悪用して、規制に利用していた頃と何ら変わりはないのだけど、今回に関しては命の関わる問題で同じ手法を用いてしまったものだから、フェミリベラル左翼の手口にボロが出てしまった格好。
ようはクレーマーの因縁のつける手口と何ら変わらないし、弱者を盾にしている分だけ、よりこいつらの方が悪質だったって事だね。
宇崎ちゃん×献血コラボ第2弾が好評。太田啓子弁護士「いい方向になったんだな、赤十字社がはじめからこういう企画でやっていたらよかったですね、と思います」
https://togetter.com/li/1463136
『献血ポスター』1回目と2回目の絵を比較して、何が1回目で問題だったのかを考えて欲しい?
https://togetter.com/li/1463285
https://togetter.com/li/1463276
こんちは増田です。2019秋アニメもいよいよ終盤、みなさんの今期の覇権はどれになるんでしょうか。
私はなんと転籍が決まっていきなり4日後に研修ねって言われて、関西からはるか遠くの某所に缶詰になってしまいました。その関係で11月4週目以降の作品が未視聴となっています。録画はしてありますが、今期アニメを全て消化できるのは1月中旬くらいになるかな?
2019年秋アニメ
https://anond.hatelabo.jp/20191015132817
私の中では今期の覇権予定。異世界ケモナープロレスがここまで楽しい作品になるなんて想像もつかなかった。個性あるキャラクターも魅力的。唯一欠点としては、何度も登場する尻姫のケツ、これはさすがに引く。尻姫が可愛そう。(あれ?名前何だっけ?) さて、最終話どう持ってくるのかで覇権かどうか決まるぞ。
最初は本なんて作れるのか?大丈夫か?と、不安しかなかった作品。しかし、回を重ねるうちに家族やルッツとの関係性、ベンノさんなどの大人との交渉術、身食いには耐えられるの?とか、いつの間にか作品に引き込まれてしまっていた。マイン、なんて恐ろしい子! 名作劇場の血を引く作品ですね。2期(というか分割2クール?)も見ますよ。
毎回理珠りんを応援するためうどんを食べながら見るのですが、今期あまり活躍してないんじゃないですか? 不満です。まあ、どのエピソードも一定の面白さとクオリティがあるので全体的には満足ですが。あと、毎回全部を持っていく真冬センセは鬼か?鬼なのか? 主役を食うなよ。うどんでも食っとけ。
最初はまた鴨川デルタかよとか悪態をついておりましたが、ストーリー展開はお見事。ボードゲームを通じて人物に焦点を当てていき、その中にある弱さや葛藤をクローズアップする。それをみんな乗り越えていくんだよね。登場人物も適材適所でスキがない。やさしい世界にありながらも自分に厳しく接するキャラ。いい作品に出会いました。
Eテレのアニメってだけで敬遠していたんですが、見ておいてよかった。ギャグやテンポ、どれも秀逸。八話のクララにメロメロとか、久しぶりに腹抱えて笑ったよ〜。
わっほーわっほー。OPが楽しいアニメはいいアニメ。しかし、このアニメにシリアス展開は必要か問題が浮上。よかったとまあまあの間にいたのはこのシリアス問題があったから。私は話の構成に必要ならばあってもいいと思うのよ。けれど、今回はそうなってないのでお気楽展開だけでいい気がする。さらにこのアニメ、マイルの年齢詐称問題もあるよねw
2期決定おめでとう。ここまで来ると司ちゃんとの全面対決を見たいと思うよね。序盤のクソつまんねー展開とか悪態ついていたのに、毎回放送を楽しみにしている自分に変われるのが2クール作品のいいところ。ジャンプ作品だから信念を曲げない。多分そこに魅力を感じたんだと思う。2期楽しみにしています。
序盤にべた褒めしていたにもかかわらずこのあたりです。ま、2クール前半はこんなもん。最初に各探偵さんをクローズアップしていくんだと思っていたのに予想が外れた。切り裂きジャックが出てきたのでいよいよ話が盛り上がってくる(と思う)
序盤勝手に動いていたキャラクターが、進展するにつれて濃密に重なってきてすごい展開。さすがっす。ただ、私の中で獣人って「コメディ」なんだよな。だから、このキャラで真面目な話をされてもあまり入ってこない。草食と肉食の葛藤って話は、男女間や国家間とかに話を置き換え出来るのでそれならなあ。八話以降未視聴。見るかどうかは……
刑事物だからそこそこは楽しめると書いたものの、なんだか物足りなさが。エルフやバンパイアがいる世界なんだから、もうちょっと話を膨らませると思うんだけどなあ。私は毎回ベルちゃんに救われていますね。だって忍者ですから〜
なるほど。「つうかあ」でしたね。ジェットレース部分もゲームが発売されるのでルールが明確だし、そのあたりも楽しめた。正直おっぱいはなくても成立するので、無理矢理お風呂シーン入れるくらいなら無くてもいいんじゃないかと。中盤のジェットやってない場面での絡み方とか百合展開がちょっとくどいかなって思う。
ここまで来たら完走を目指します。
演出上のいいところはいっぱいあった。けれど、やはり話の複雑さについていけませんでした。すいません。あと、それに追随して話の世界観に没頭できないのでおいてけぼり感が半端ない。話を簡素にして削ったエピソードをスピンオフにしたり別の物語に……ってそれも無理っぽいか。
「かわいかった」しかない。ショートにそれ以上求めるのは無理なのか。
三話までは完璧だった。修羅場に続く修羅場。よく作者はこんな鬼畜展開考えつくなって思ったよ。思った。けど、その後が何だよう。三話でひととおり話が終わると四話丸々使って人間関係を完全修復するとかもったいなさすぎるよ。次のエピソードに移るための準備だとは思うけど、そこから評価は駄々下がりでした。
ダメな方のきらら作品って感じ。(きららではない。こいつは集英社) 全国大会出場はデフォルトとして、友情とかライバルとか、そのあたりをもうちょっと盛り上げてくれればまだ救いはあったけど。ただ、そういう作品でもないしね。正直盛り上げ方に苦労したんだろうなあって想像出来る。高橋龍也さんお疲れさまでした。
七話切り。1話目ラストに出てきた親父は一体何なんだ?そのあとの話は青春群像劇に傾倒していったのでむっちゃイライラする。物語の中で何を言いたいのか中心がブレているように感じたので申し訳ないが切った。部活の話だって試合して勝った負けただけで「それで?」って思った。内容がないよう。
予定通り三話切りしました。笑いのツボが私とまったく違ったのが原因。これはしょうがない。
昨年秋アニメはゾンビランドサガ・青ブタ・色づく世界の明日からなどの名作を輩出させましたが、今期はそこまでの大作はなかったものの、小粒でしっかりしたストーリーものが多かったような気がします。問題は万策尽きるものが非常に多かったこと。製作サイドは体制の見直し、経営者側は収益構造の向上を目指して欲しいですね。
2020冬は久しぶりに新作が40作品程度しかないんですよね。一時期60作品オーバーも公開されていた時と比べればかなり絞られました。またその時も増田で書ければいいかな
特にバスケやサッカーなどをさせる。陸上や水泳など一匹狼系の種目と違って、バスケやサッカーなどができるほかの子と友情を育み、逆にできない子に対して優位なマウントをとることができる。
(もちろん、持久力も重要で、体力テストなどでマウントは取れるが、バスケやサッカーをしていれば自然とつくのでコスパが良い)
小さいころから子どもと遊ぼう。ただし、親のどちらかができなければ、大した効果は得られないので、きちんと結婚相手を考えるべきだった。
最低限の喧嘩に対して防御の意味でつける。殴られても落ちなければ、いじめられてもそのうちいじめられなくなるだろう。
喧嘩になった場合に備えて、喧嘩のしかたを学ばせる。相手に重篤なけがをさせない範囲で、歯向かう気をなくす程度の強さを習得させる。空手、柔道、ボクシング、合気道は有効。
これは生まれてからはどうにもできないが、高いほうがよく、まずは結婚する人から考えるべきだった。
勉強でマウントをとることもできるが、まずはスポーツを優先すべきだ。スポーツでマウントがとれており、勉強が極度にできないのでなければやる必要はない。
逆に、上位5%程度をキープできれば、いじめなどに合う確率は低くなるが、「がり勉」とされて体育系でマウントをとっている人たちの輪に入るのは難しい。
幼少期からきちんと自分で考えさせる教育をすべきだろう。また、結婚相手を考えるべきだった。
子どもが給食のデザートを入手したりするのに有用。逆に、防御にもなる。
バカにされても逆に笑いをとったりすることができる。逆にダメージを返すこともできる。
発表などの際、内容が伴っていなくてもごまかすことができる。
声の小ささはいじめに直結するので、声は太く大きく発声できるようにボイストレーニングする。
マナーはスクールカーストには全く無関係で、むしろ逆の相関すらあるので、教えなくてよい。
とくに口のきき方は悪いほうが良い。
ゴシップなどは話のタネになるので、積極的に週刊誌などを読ませる。
子ども自身ではないが、ほかの子や親に対してマウントを取る意味では高級なほど良い。
家は広さと庭が重要。ほかの子を呼んだときに、噂を通じてマウントをとることが可能。
団地は論外。アパートよりはマンション、マンションよりは一軒家が良い。
外車とまではいかなくてよいが、最低でも3000ccクラスの高級ラインから選ぶこと。
毎週洗車すること。
ヒビが入ったらすぐに修理すること。
最低限妊娠する・されると困るので、その程度の知識はつけておく。
経験は早いほうが良いことを教えておく。後々中学・高校でのマウントがとりやすくなる。
子どもは取り入れた知識をひけらかすので、できるだけ子どもたちにとってインパクトのある表現や、事例を取り入れて話の輪の中央に位置できるようにネタを提供する。