はてなキーワード: 使用とは
実家にトゥルースリーパーのマットレスがあったので、それだけ敷いて寝たら思いのほかぐっすり寝れた。
帰ってきて同じのを買った。厚さ3.5cmの低反発のやつ。値段1万円。
使って一週間だけど、起床時の体力回復した感が半端ない。室温が下がってきてるから。ということも一因としてありそうだけど。
1万でこれならもっとはやく買っておけばよかったなぁと思った。
個人的にはトゥルースリーパーのマットレス高Tier(今まで3000円のマットレスのみ使用)なんだけど、
遠い雑貨屋行ってみたら、厚さ5cmが1万円で売っててキレそうになった。3.5cmと一緒の値段やんけ。
こいつも買って厚さ8.5cmだ!とかしてやろうか。
このバイトをする何年も前から自分には何らかの精神疾患があり、それでもなんとかだましだましやっていたのだが、人間関係の煩わしさ・増え続ける不毛な業務上の手続き・自分の頭のイカれ具合などいくつかの要素が重なった結果、糸が切れてしまった。
どの仕事ももって1年、はやくて一週間でやめていた自分にとってはこの仕事はよくがんばったほうである。
さて家族友人親戚その他諸々含め頼れる人間というものが自分にはいないので、仕事を辞めたからには新しく仕事を探さなければならない。働かなくては生きていけない。
しかし疲れた。如何せん、疲れた。何か生活を彩る娯楽が欲しい。この疲れを、胸の奥に居座り続けるどうしよもないこの澱みを、ひとときのあいだでも忘れさせてくれるような楽しみが欲しい。
そう思い、ニンテンドースイッチを買った。ソフトはゼルダの伝説ブレスオブザワイルド。
ずっとやりたかったのだが、自分にとってはそう簡単に手が出せる金額ではなく、そもそもその金があったら精神科行くなりカウンセリング行くなりしたほうがよいことはわかっている。しかしこの度判断力が薄らぎ、正確には誘惑に負け、秤がそちらに傾いてしまったので、購入を決意。アマゾンやメルカリを巡り正常な動作が可能な範囲で最低限の価格のものを探し出す。
中古の電子機器をましてインターネットで探すなどという行為は博打そのものなのであるが、ままよと思い、注文を確定。
届いたスイッチには画面になかなかの使用感が見られたがテレビに繋げば気にならないためひと安心。さあゼルダだ。
世間では今やティアーズオブザキングダムの時代らしいが、俺がずっとやりたかったのはブレスオブザワイルドだ。なんならブレワイをクリアした後でティアキンをやればいい。
そうして始めたゼルダの伝説ブレスオブザワイルド。自分には依存癖があり、今まで購入を渋っていた理由の一つもそこにある。1日2時間と決めたがしかし、日増しにプレイ時間が伸びていく。
あれほど楽しみにしていて、これほどのめり込んでいるこのゲーム、そんなに面白いかと問われると、俺はまだ面白いとは感じていない。
このゲームをプレイしているあいだ、俺はリンクだ。リンクとして真剣に、村人のお願いをきいたり、祠を攻略したり、崖をよじ登ったり、鉱石をハンマーで採掘したりしている。デスマウンテンの頂上からパラセールで悠々と滑空するのも、ボコブリンの巣の眼窩の穴からひたすらリモコンバクダンを投げ込み続けるのも、ミファーからの好意に喜びながら困ったりするのも、そのどれもが真剣なのだ。
例えば、生きることが面白いかと問われてもなんとも言い難いし、そもそもその問いがおかしいと思うだろう。これはそういうことだ。
そして購入してから一週間後、俺は気がつくとゼルダの伝説ブレスオブザワイルドを30時間ぶっ続けでプレイしていた。不思議と食欲や眠気、尿意や便意もあまりわかなかった。ただひたすら冒険をしていた。ただひたすらハイラルの大自然を駆け回り、飛び回っていた。
メインのストーリーに絡むクエストはガノン討伐を残すのみとなった。あんまりすぐクリアしてしまうのももったいないからちまちまやっていこうと思っていたのだが、もうそんなところまで来てしまった。
これからどうしようか。
そうだ、オルドラのうろこをまだ手に入れていないから、前に一度オルドラに出くわしたゲルド山脈の北にある祠のあたりで少し粘ってみるか。
ロジカルシンキングを学んでください。スキルとか資格の勉強する前にこれ。
下記読んでしっかり理解してください。
https://www.amazon.co.jp/dp/B084VK5BY5
難しそうな内容ですが、ゆっくりじっくり読めば、理解できるはず。
別の方法を参考ください。。
仕事ができない人=頑張っているつもりだが、周りに迷惑を掛けてしまう人
上記の定義で進めます。そもそも「やる気がない人」はどう周りが頑張っても、難しい場合が多いです。
なので、これは「本人」向けです。周囲や後輩育成にもある程度の効果は発揮すると思いますが、結局はその「本人」次第です。
念のため書いておきますが、いわゆる「サラリーマン」の人向けです。
また、「仕事ができる人」にはならないです。あくまで「普通に仕事がこなせるようになる」レベルです。勘違いしないでください。
ロジカルシンキングとは、一貫していて筋が通っている考え方、あるいは説明の仕方のことである。日本語訳として論理思考あるいは論理的思考と置き換えられることが多い。
では仕事に置き換えて考えてみましょう。
・その利益を生むために、サービスやプロダクトを生産し、販売します。
・サービスやプロダクトの生産→販売を円滑に行うために、部署やチーム単位に分割し役割を与えます。
・必要なタスクを実行するために、メンバーにタスクが割り当てられます。
そしてやっと、メンバーがタスクを遂行する、という流れになっています。
※当たり前ですが、この流れに沿わない職種や仕事も存在します。
そしてそれぞれの段階でゴールや目的、それらを設定した背景や意図が存在します。
雑に言うと、会社/部署/チームからは「この一貫の流れを汲み取りながらタスクを遂行すること」がメンバーには求められています。
さらには、タスクを遂行することで「設定したゴールや目的を達成すること」が求められています。
※もちろん一つのタスクで達成することはほぼなく、他のタスク(自分や他人、他部署/チームの含む)と複合して達成となる場合が多いです。
仕事ができない人は、この全てを意識していません。自分に振り当てられたタスクのみに集中し、それをこなすことだけに集中します。
もちろんタスクをこなすことは重要ですが、会社側が求めている水準に達していないことが、これまでの流れでわかると思います。
前段でロジカルシンキングの意味を書きましたが、ざっくり仕事に当てはめると「目的や背景、見えない意図等をしっかり理解/把握しながら、一貫性を持って仕事を進めていく」ことができれば、普通に働けるようになります。
・Bさんは集計ツールはある程度触れます(使い方のマニュアルも存在する)
・任された仕事については手順書等はありません
この後のBさんの行動によって、仕事ができる/できないに別れます。
仕事ができない人は、大きく下記2つの行動を取ることが多いです。
※「仕事ができない人」という言い方はとても嫌いですが、簡潔に説明するためにあえて使用させてください。
①自分がわかる範囲で、必要だと思うものを想像して資料を作成する
②Aさんに手順書を求める
仕事ができない人が絶対にやってはいけないことは、「想像して~する」ことです。
「あなたが必要だと思うもの」を集計するのではなく、「Aさんが必要なもの」を集計してください。そして「Aさんが必要なもの」を想像して取り掛かるのではなく、Aさんに確認して取り掛かってください。
確認するポイントは、よく使われる5W1Hで整理しますが、それだけでは不十分な場合も多いです。5W1Hを肉付けする情報が、前述の「目的や背景・意図」です。
以下例です。
・タスクの背景:商品のラインナップが流行に乗れていないと感じている
・タスクの意図:来期の取扱商品の方向性を、現在の売上を基に検討したい
・「売れ線商品を把握」するのが目的であれば、全商品の売上を集計しなくてもよいな
→・集計の幅としては売上TOP30くらいで良いかな?
→・自社の売上だけでなく、競合の情報もあると喜ばれるかも
・Aさんのその次のアクションが「検討」なのであれば、資料を作り込む必要まではないな
→・Excelベースで良さそうだが、ポイントの整理はしておこう
もちろん、集計の中身(何を集計するか)についても具体的に5W1Hで整理する必要はありますが、それだけでは見えてこない情報(背景など)が手に入ります。
何より、Aさんが求めていた「タスクの完了」状態について意識が揃うため、Bさん:完了→Aさん:ここ直して、のやり取りのボリュームや頻度が圧倒的に減ります。
仕事ができない人は、このやり取りのボリューム(修正の度合い)と頻度(完了→直しての回数)がとても多く、その間にAさんに「Bさんは仕事ができない」と思われてしまうのです。
整理すると
与えられたタスクに対して、「あなたが必要だと思うもの」を勝手に想像して取り掛かることは、絶対にしてはいけません。
「Aさんが必要なもの」を(目的や背景・意図を確認した上で、Aさんが必要だと思うことを想像し)Aさんに確認した上で、やっとタスクに取り掛かってください。
ちなみに、仕事ができる人が上記のようなことを毎回確認しないのは、MTG等ですでに確認している、もしくは会社/部署の目標とタスクがどう紐づいているか理解している(流れの一貫性を理解/把握している)からです。上からの一貫性を理解/把握するためには「目的や背景/意図」が必須となります。
この辺は慣れです。
※「この仕事やる意味があるのか…?」と疑問を持ち始め、中々手が進まない人も上記しっかり確認するようにしてください。「意味があるのか?」は適切な疑問ですが、”確認せずに手を止めてしまう”ことがダメです。
「Aさんに手順書を求める」とは、手順書が存在するのかという確認ではありません。その確認は何も間違っていません。
ここで言いたいのは、「手順書が無いと取り掛かれないので、用意して私にください」という意味です。
このような直球で伝えてくる人は少ないと思いますが、「具体的な指示が欲しい」と伝えてくる人は多いのではないでしょうか?
Aさんが曖昧な指示しか出さないのであれば、正当な要求です。ただその要求の度合いが「手順書」の範囲ではないか、注意が必要です。
Aさんに伝えるべきは、「具体的な指示が欲しい」ではなく、「作業に取り掛かるべく、必要な情報が欲しい」です。必要な情報は①に大きく関連しています。
「作業」とは、「ルーチンワークを言われた通りにこなすこと」です。 どんなに丁寧に、真面 目な態度であっても、上司に言われたことをそのまま形にしているだけでは「作業」の域を出ま せん。 「仕事」とは、上から指示されたことを完成させた上で、さらに「これでいいのか」と疑問を 持って、自分なりの⼯夫を施していくこと。
このような違いがあるそうですが、今回はもっと簡単に定義します。
※大きく仕事の中に作業も含まれることも多いですが、以降便宜上分けさせてください。
今回の「担当するECサイトの売上の集計」は仕事です。なぜなら手順書等が存在せず、作業ではないからです。
※手順書等があり、ルーチンワークであるのであれば、作業です。
つまり、「何を、どれだけ、どうやって」等のことを、自分で考て取り組む必要があります。仕事とはそこも含まれるのです。
整理すると
仕事は「何を、どれだけ、どうやって」等のことを、自分で考て取り組むものです。
「それらを考えるために必要な情報」をAさんに求める必要があり、決して「手順書」を求めてはいけません。
※「具体的な指示」も程度によっては「手順書」に近い意味になる/捉えられるので、注意が必要です。
特殊な職種(専門職や専門資格が必須等)、レベルが高すぎる職場、サラリーマン以外を除けば、ロジカルシンキングさえ出来ていれば、大抵のことは普通にこなせるようになります。簡単に言えば、なんとかなります。
仕事を進める上で困難が降り掛かっても、そのポイントを見抜けるようになります。ポイントが見えてくると、適切な対処も見えてきます。後は一人で抱え込まずに、上司や同僚をしっかり頼りましょう。
ただ要注意なのが、ブラック企業、ブラック上司、無能な上司です。
どんなに優秀でも、上がブラック/無能であれば、一声で仕事ができない人に成り下がります。絶対に避けてください。
思考がぐちゃぐちゃになり、自分が間違っているかも…と思い詰めてしまいます。ぐちゃぐちゃなのは、あなたの思考ではなく、上です。間違っているのは必ずしもBさんではなく、周りの環境である可能性もあります。
それらの見極めができるよう、ロジカルシンキングをしっかり身につけましょう。
長々書いた上にくどいようですが、ロジカルシンキングだけで「仕事ができる人」にはならないです。あくまで「普通に働けるようになる」レベルです。
ただ大手企業ですら、ロジカルシンキングをしっかり身につけている人は、個人的な観測上少ないです。しっかり身につけられれば、環境によってはそれだけで「仕事ができる人」と評価されることすらあります。ただ、それは相対的な評価であることに注意が必要です。
なので全サラリーマンはロジカルシンキングをしっかり学び、身につけるべきだと考えています。もちろん紹介した書籍を読むだけでは不十分で、その思考で仕事に取り組み続けることで身につき、さらに磨かれていきます。
仕事ができないから、スキルを磨いたり資格の勉強、とにかく経験を積むという選択肢を取る人も多いですが、個人的には間違っていると思います。
まず足りないものはロジカルシンキング、ということが非常に多いです。仕事の対応範囲を広げる、スピードを上げる、クオリティを上げるために、スキルや資格の勉強、経験を積むべきです。
「仕事ができるようになりたい」という解像度では、遠回りの選択をしてしまいます。自分に足りてないものを見極め、優先度をつけて実施するために、ロジカルシンキングをまずは身につけましょう。身につけた前後では、効率も全然違ってきます。
個人的には「仕事」における全ての土台だと思っています。備わってなければ苦労して当然です。まじで人生変わるので、騙されたと思って勉強してみてください。これに限っては損は一つもないです。
ロジカルシンキングなんて当然身についているよ、と思いながらここまで読み進めた人も多いと思います。ただ上述したように、大手企業でも(ベンチャーでも)しっかり身につけている人は少ない印象です。
「身についていると思っている」状態ではありませんか?
数時間の研修を受けただけで「身についている」「そんな当たり前のことわかってる」と思っていませんか?
その程度(時間)の研修の大抵が「当たり前のこと」+「フレームワーク」の紹介で終わります。全然足りないです。
自分も新人時代、ロジカルシンキングに関連する数時間の研修を複数回受けましたが、紹介した書籍の10%くらいの内容でした。残り90%にも大事な部分が含まれています。
わかった気になるのはもったいないです。
※ちなみにこの文章は書籍の1%の内容にも満たないと思います。
当時かっこいいという理由だけでバイトしていた、ベンチャー企業の事務(営業のサポート)が全くできませんでした。薄々自分が仕事できない側だとは気づいていましたが、これほどまでかと打ちのめされ、涙ぐみながら色々調べた結果この本と出会いました。
※バイト先の人はとても優秀で優しかったです。なので余計に自分の無能さが浮き彫りとなりました。
高校まではもちろん、大学の講義でも学んだことはなかったため、全てが目からウロコ状態でした。
何度も読み直し、しっかり頭に叩き込んだ上で、卒業までの1年間のアルバイト、新卒から現在までの仕事に取り組みました。なので幸いこれまで「仕事ができない」と自分自身思ったこと/評価されたことはありません。もちろん仕事ができるとも思ってないですが、普通に働けています。
ワット数と時間は実際に確認して推奨されるとして出された数字実証があった上での想定される効果にむけた指針
それに対して①ワット数を上げたら②時間は短くていいんじゃないか
②の仮想をのせて、同じ結果が得られると思っているのは
ふつうに自分を先に使わせろって言ってる並みに非論理的で横暴なので
むしろ先につかわせろと言ってあとからちゃんと規定の使用方法をさせたほうが利がおおきいでしょ
同じ非論理的な横暴な無茶を言うなら「先に使わせろ」って言えばいいのに、なぜ言わないの?
こっちとしては思いつかないけど、そうするほうがいいって理由があるなら良いのかもしれないけどどういう理由なんだろ
自分の横暴を相手が察して自発的に同調してくれることを、なんかそれっぽい数字の理由をねじ込めば期待できるとしたら
ほかの人が損するかどうかは知らないけど自分は得をした感が出るのがいいってこと?
無線LANとは、無線を使い電波を利用して通信を行うと、無線通信で構築されたネットワークのことをさします。 一方ワイファイ(Wi-Fi)は、無線LANのなかでも統一した規格を使用している技術や製品をさします。 つまりワイファイ(Wi-Fi)は、無線LANの通信方式の一種と考えて良いでしょう。
全ての無線LANがWi-Fiではないが、今市販されているほとんどの無線LANはWi-Fi規格ではあるので
なるほどつまり使用している時間帯よりもデバイスの大きさが問題だと。それは一理ある。
今週放送の水野真紀の魔法のレストランの世代別ランキングでコイケヤが昭和世代と平成世代で下位でフィニッシュする中
昔テレ朝系のランキング番組でもコイケヤポテトチップスがカルビーポテトチップスにボロ負けしてて何で10年以上経ってもカルビーポテトチップスに勝てないのか疑問なんだ
今でこそプライドポテトなどの新商品で以て国産のジャガイモを使用する事でブランド化に成功してポテトチップス界に革命を起こしてたけどそれでもカルビー一強なんだよね
カルビーのポテトチップスは年々分量が減ってて更に相次ぐ値上げでとても庶民の食べ物ではなくなったはずなのにコイケヤはたっぷり入ってあんまり値上げもしてなくて常にカルビーの10円引き位の価格で売られてるにも関わらずカルビーの方が売れてて認知度や人気度から見てもコイケヤが完敗してる
何でやろな
増田は会社員をしており、毎日9時半から18時半くらいまで働いている。
所属部署の責任者という立場なんだけど、うちの部署はできるだけ残業はしない、土日は仕事しない、有給休暇は自由に取得するという方針でやっており、毎日それほど忙しくもない。
先日よその部署から社外の人も参加する会議にオブザーバー参加して欲しいと頼まれた。その部署からは夜中の23時とかにメールが来るのでいつも忙しく働いているというイメージだった。
大きな案件かつ緊急ということで、会議を打診されたのが開催日の2日前だった。わたしはその日午前半休の予定だったんだけど、普段忙しくもないのに申し訳ないなと思ったので、私用をキャンセルして半休は諦めた。
会議を打診されたときに、場所はうちですか、先方ですか、ウェブですかと確認したところ、ちょっと間があってから、うちでやりますと言われた。引っかかったので、会議室はどこですかと聞いたら、まだ取っていないとのこと。
10人を超える参加者のいる会議ができる会議室はさほどないので、今すぐ確保した方がいいですよとその場で確認させたところ、案の定どこも空いていなかった。その場ではなんとかしますということで話が終わったんだけど、その後グループ会社の広めの会議室を借りることでなんとかなったっぽい。
会議で使う資料をレビューして欲しいと頼まれたので、結構な分量の初見の資料を確認してコメントを入れたが、わたしが会社にいる間にはなんのリアクションもなかったので、まあいいかと思い返信は待たずに帰宅した。
会議当日の朝に出勤してメールを確認したら、前日の23時過ぎに発信されたメールで担当者から今日の会議で投映する資料が届いていたんだけど、ファイルを開いて確認したら、一部の資料に社内宛コメントがバッチリ残っていた。これを投映するのは恥ずかしすぎるだろ!と思い、急いで確認しに行くと、その資料の担当者が会議直前まで別件で動けず、他に分かる人が誰もいないという。
仕方ないのでうちの部署で引き取って社内向けコメントを社外宛に調整したものを急ぎ作成してメールで共有した。
しかしこのメールループにも10人くらいいるのに、誰も会議用プレゼン資料のダブルチェックしてないんかい!
この会議大丈夫かなと思いつつ、念のため少し早めに会議室に行くと、若手の社員がおろおろしてて、聞くと普段使わない会議室なので資料の投影方法とかマイクの使用方法とかが分からないという。そんなこと事前に調べておけよと思ったけど、さすがに言えず、システム担当の人を呼んだりして、結局会議が始まったのは定刻を20分過ぎた頃合いだった。
他社の人も呼んでいるのに、このグダグダぶりは恥ずかし過ぎた。
会議が始まってからも、誰が会議を仕切るのか決めていなかったっぽく、司会や進め方を決めるのに一悶着、ウェブ参加の人もいるのに資料を事前共有していなかったとのことで急遽メールで送ったりしていた。
会議の目的は、プロジェクトの関係者が一堂に会して直接意見を述べあって調整することで、協議にかかる時間を短縮するというものだったんだけど、うちの担当者は意見を聞かれてもふんわりとした回答しかしておらず、これで本当に時間が短縮できるのか、ハラハラした。
会議は2時間かかった。わたしはオブザーバーなので、意見を聞かれたときにコメントするよう頼まれていたが、最後に「何かありますか?」と聞かれたのみで、わたしが関係する論点は協議対象にならず、実質的な発言はゼロだった。
うーん。このグダグダ進行とふんわり回答はうちの部署だったら絶対に許さない。他部署のことだから黙って参加してたけど、わたし半休諦める必要あったのか?
忙しい部署だからこんなにグダグダになってしまうのか、グダグダだから深夜残業せざるを得なくなっているのか。増田は後者で無駄な残業してるんじゃないかとちょっと疑っている。
いぼ痔かなぁ…という感じなので、医者に診てもらわないと。
簡単にググった感じ、長時間椅子に座りっぱなし(リモートなので家の普通の椅子を使用)、お尻の洗いすぎ(ウォシュレットを多用、ちょっと強めにし過ぎている?)、胃腸の調子が良くない(便が硬いケースが増えている)、などが原因としては当てはまりそうだ。
転記の話をしだしたらなにかよそに話しの話題は落ちていないか探してみたいものね。
自分を見失うってあるけど
ふと疑問に思いがちなんだけど、
なれないことをずーっとするのは精神衛生上あんまりよくないのかも知れないわ。
そもそもとして、
いざって時に危なくない?
そう思うのよね。
気持ちがしんどいのが一番しんどいマジックポイントの減少が堪えるわ。
ゲームとかでマジックポイントの概念が最近ないゲームとか多い気がして
強力な魔法も1度覚えたら
連発ってわけにはいかないけど、
時間が経てばまた使えるようになるし、
使用回数で示すやりかたもよく見るわよね。
ファイアーエムブレムエンゲージに関しては
魔法使い放題!
貴重につ買わないといけない無限に道具屋で買えるのなら別だけど
そもそもとしてゲームストーリー中に決まった回数しか登場しない
言わばエリクサー的な結局物語の最後まで使わないでもクリアできちゃうようなアイテムもあったりして、
となると、
そうよね。
そう思った次第よ。
そうそう
スプラトゥーン3も1周年で私は本当はこっちを盛り上げたいところだけど、
もうやけっぱちの今回はマンタローに投票してやけっぱちのマリアばりに
ただもうやけっぱちってだけの投票よ。
フェスもちょっと1年ぐらい経ってきてフェス疲れ出てきている夏の疲れも相まって、
いまいち私盛り上がれが足りないわ。
盛り上がりたいのに!
はぁ
私もマジックポイント大量回復アイテムをゲットして元気付けたいところよ!
だれか
焼き肉以外で食べたら元気出る食べ物教えてちょうだいって思うわ。
うふふ。
いつもこのサンドイッチは地元の何でもないパン屋さんが作っているサンドイッチシリーズなんだけど
いやに塩辛いと思うんだけど
塩効き過ぎでそれで飲み物も一緒に買って欲しい作戦なのかしら?
とにかく塩辛いすぎるのよね。
私だけ?
水だけをごくごく冷えているのが美味しい感じで
なにかこれやんないと水を冷やすのすら面倒になったら世も末よね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
実話怪談とは、四谷怪談のような古典怪談ではなく現代の怪談だ。というとトイレの花子さんのような都市伝説を思い浮かべる人もいるだろう。しかし、そのような出所不明の噂話とも違う。
まず大前提として「実際に不可解な体験をした人というのは、この世の中にいるんだ」というところから始まる。そして、それら体験者から聞き取ったものを語ったり、あるいは執筆という形で記録されたものが実話怪談である。
と、基本的な説明としてはこれで十分ではあるのだが、多くの人が疑問に思うことだろう「それが実際にあった話だとする根拠は?」と。
ここははっきりと申し上げておくが「そんなものはない!」である。
ないんスよ。というのも怪談は超自然的なもの、未知のものを扱う分野だからだ。最新の科学技術や物理知識を以てして証明できてしまったなら、その時点で、もはやそれは「怪談だったもの」となってしまうからだ。
うん、わかった。
もう少し突っ込んで説明しようか。
つまり、実話怪談とは「実際にあった話だとする根拠はないが、とにかく、本当に不可解な体験をしたと主張する人がいて、その人の実在を根拠とした話」のことだ。
そんな根拠の拠り所となる体験者は、実際に語られるさいには、諸般の事情により匿名として扱われることが多い。
…はい、お察しのとおりだ。実のところ、受け手側に実話であると判断する材料はほぼない。
ここまで読まれた皆様におかれましては「せめて、なにか実話を担保するものはないのか?」とお思いかと存じます。
まあ、その、あるにはあるんですよ。お気に召すかはわかりませんが。
というわけで、以下が令和最新版だ。
実話怪談とは「実際にあった話だとする根拠はないが、とにかく、本当に不可解な体験をしたと主張する人がいて、その人の実在を根拠とした話…としたいけど、事情により身元は明かせない以上、聞き取ってきた私という実在を仮の根拠とした話」のことである。
あきれちゃった人には申し訳ないが、こういった回りくどい手順を踏むことで、かろうじて実話と呼べるものになっているのが実情だ。ゆえに実話怪談はその性質上、二重の信用が必要となる。
つまり、怪談話者(著者)は、取材において体験者が事実を話していると信用し、受け手は話者(著者)が嘘を言っていないと信用したときに、初めて実話怪談を楽しむことができるのだ。
もはや新手のカルトのように聞こえるかもしれないが、事実そうなのだ。とはいえ実話怪談愛好家がなんでもかんでも受け入れているかというと、そんなわけではない。聞いていて、あるいは読んでいて「なんかこの話うさん臭いなぁ」と思うことは多々ある。
なぜなら、それぞれが自分なりの実話怪談観を持っており、常にそれをもとにこの話者(著者)を信用するかどうかを推し測っているからだ。また、これは怪談の取材時でも吟味される事柄である。(興味があるなら『忌み地 怪談社奇聞録』あたりを読もう)
こういった部分も含めてこのジャンルの楽しみ方となっている。
個人的に言えば、実話怪談とは少額の霊感商法だと思っている。騙されたとしても、実害は、文庫本なら数百円ていど、新書なら千円か二千円ていど、映像ならタダから数千円ていど。イベントもそれくらいのものだろう。
これは受け手側としての心持ちについて論じているが、同時に話者(著者)側にある程度の倫理観を求めるということでもある。
実在する人物を扱うこともそうだし、死を扱うという点においてもそうだ。タブーをかき分けた先に真の恐怖はある。根本的に不謹慎なジャンルなのだ。
だからこそ信用される優れた話者(著者)となるためには、細心の注意を払いつつもギリギリを攻めるという綱渡りを行わなければならない。
ともかく、信用を重視する点からわかる通り、実話怪談というジャンルは意外なほど属人的な性質を孕んでいる。そしてこの属人性こそが、昨今の実話怪談ブームの一因であるように思う。
分かりやすく言うと、怪談師と呼ばれる人々が出てきたことによって盛り上がったのだ。
実話怪談の始祖を『新耳袋』とするなら、最初の媒体は書籍であり文字媒体だった。(ちなみに稲川淳二御大の語る怪談を、実話怪談の枠に当てはめるのは無理があるので割愛)
まだ怪談師という言葉はなかったが、初期のころから属人的な気質は垣間見れた。とはいえ、この時代の実話怪談はエピソード至上主義であった。
私は00年代の初期からの愛好者だが、この時代は怪談にとって冬の時代だった。それでも『新耳袋』や『「超」怖い話』がシリーズとして刊行を続けてきたことが、今日の盛り上がりの土壌となっている。
「怪談師」という言葉が出だしたのは10年代の中頃だろうか。怪談師とは怪談話者のことだ。彼らの活動範囲は音声のみならず、映像やイベントなど大きく広がっていった。
そのため必然的に話者の存在が前に出ることとなったが、属人性の強い実話怪談と非常に相性がよかった。
昨今の怪談人気は、すなわち怪談師の人気と言って差し支えない。
さて、それに加えて、去年あたりから呪物が盛り上がりを見せている。
いわゆる呪物ブームだ。
事情を知らない人からするとマンガ『呪術廻戦』人気に乗っかったものだと思われるかもしれないが、それは半分くらいは正しい。マンガの影響はでかい。
とはいえ呪物コレクターと呼ばれる存在が昨日今日で誕生したわけではない。もっと言えば、呪物と呼ばれるものは大昔からあり、怪談好きに限らず、多くの人から認知されていたはずだ。
そもそも実話怪談においては、エピソードが重要視された。実話の「話」とはお話(エピソード)のことだから当然と言える。ゆえにエピソードの乏しいものは主流から外れていく。
怪談ジャンキーには「ここの木陰に恨めしそうな女の顔があります」だけではお話として弱く感じるのだ。
「出ると有名な廃墟を探索しました。すごく雰囲気があって怖かった」だけでは怪談欲は満たされないのだ。
呪物もその性質上エピソードに乏しい。「これが丑の刻参りで有名なご神木に刺さっていた藁人形です」だけでは情報不足も甚だしく、消化不良を起こしてしまう。
とはいえ、これらは実話怪談という評価基準において物足りないというだけで、それぞれに違った魅力があり、愛好する者が一定数いる。
また、怪談師という存在が実話怪談を発表するメディアを広げたことにより、別媒体として点在していたそれらが、集約されつつある。その中でもビジュアルに優れた呪物は、具体的なイメージに乏しい実話怪談を補佐する存在とも言える。
だが、それは本質ではない。
呪物ブームの最大の理由は、呪物コレクターの所有する呪物のエピソード性の高さだ。いつの間にか呪物はお話を手にいれ、怪談そのものとなっていたのである。
むろんこれにはカラクリがある。そして、それこそが先般の木札に関連した炎上事件の原因ともなっていると考えられる。
具体的な手口は単純で大したことではない。呪物の定義を限りなく押し広げた、それだけ。
一般的な「呪い」や「呪物」といったもののイメージは「恨みを持った人間が、儀式などの間接的な方法で怨念を晴らそうとする行為=呪い」であり「その儀式で使用される道具=呪物」ではなかろうか。すなわち丑の刻参りを行うことが「呪い」であり、そこで使用された藁人形が「呪物」であると。
・呪われるわけではないが曰くのあるもの
・心霊現象に関わる物品
・念のこもったもの
これらをまとめて呪物として扱ったのだ。
呪物という語にそれらを無理やりに詰め込んだ結果、呪物のミーム化といった現象がこの界隈で起こった。これによりエピソード性は強いが呪物と呼びがたい物すらもその範疇に納めることに成功する。
どこまで意図的に行われていたかは分からないが、そういった呪物コレクターの戦略が奏功し、折よくマンガの人気と合わさったことで、呪物ブームが巻き起こったのではなかろうか。
あくまで個人的な考察ではあるが、あながち的外れでもないかと思う。
というのも、今回の炎上には特徴的な温度差が見てとれる点からも、それらを裏付けているように感じたからだ。
今回の件はジャニーズ性加害問題と似ている。すなわち、内部においては問題意識がほとんどなく、外部の人間が指摘することで初めて問題化したという点だ。
そもそも木札のエピソードは2022年の時点ですでに紹介されており、それこそ祝祭の呪物展というイベントでは2年連続で展示されていた。しかし木札について問題視する声は(自分の観測範囲内では)なかった。
私自身はイベントに足を運んではいないが、動画にてその存在を知った一人である。だが、やはりその時はまったく問題意識はなかった。
事が明るみになったさいも、初めは事情の分かっていない人が騒いでいるだけだろうくらいに思っていた。しかし実際に内容を確認するにつれ、そういった次元の出来事でないことに気付き、心地よい夢から叩き起こされたような気分となった。
この件に関しては、はやせ氏に非があることは間違いない。
問題は複数あるが、やはり東日本大震災の被災者と関連のある物品を「呪物」というくくりに入れてしまったことに尽きる。呪物コレクターとしての戦略が裏目に出た形だ。
だが、本当に非があるのははやせ氏だけだろうか。
これは出自不明と説明された木札の出所が判明し、そのエピソード自体に疑問が持たれた今だからこそ言える話などではなく、最初の発表時からあった問題だ。
しかし自分も含め誰も指摘できなかった。受け手側も麻痺していた部分があったのだ。間違っても「はやせさんがあんなに謝ってるんだから、許してあげてください」なんて言える立場にない、どころか一緒にごめんなさいしなくてはいけない立場にあると言える。
…とはいえ、頭では理解できるものの、心の奥底では引っ掛かりを感じている。
それは結局のところ、不謹慎さも含めて楽しむというスタイルが染みついているせいだろう。
自分は高潔な人間などではない。心の奥底にドロドロとした薄汚いものを秘めた、しょうもない人間でしかない。
冒頭に戻るが、今、実話怪談が盛り上がってきている。
文字媒体くらいしか発表の場がなかった時代は終わり、怪談師の活躍により発表の場は増えていった。賞レースも盛んとなり、多くの怪談師と無数のファンを生み出した。
ちだいの動画は正直な所見る気しなくて文字起こしを雑に2分割してGPT3.5に要約して貰った文章だけ見て済ませてたわ
この文章は、選挙チャッチさんが放射能汚染水の海洋放出について語っている内容です。要約すると以下のようになります:
選挙チャッチさんは、放射能汚染水処理水について詳しい。政府などは薄めれば安全だと主張しているが、その薄める必要性に疑問を持っている。
彼は、海洋放出の仕組みを入浴剤を例に使って説明し、海水から薄めていくプロセスを紹介した。しかし、薄めること自体に疑問を抱いており、生物濃縮と海流の影響についても説明している。
また、彼は海洋放出が長期間にわたって行われており、総量が重要であることを強調しています。
この文章では、入浴剤を例にして、福島第一原発からの汚染水の海洋放出についての疑念を表現しています。要約すると以下のようになります:
選挙チャッチさんは、入浴剤を使って海洋放出について疑問を提起しています。彼は、入浴剤を大量に使用することで、その成分が濃くなり、安全でなくなる可能性を示唆しています。
彼は、汚染水の海洋放出において、海水の濃度が問題であり、薄めているからといって問題が解決するわけではないと指摘しています。また、海洋放出が続けられる限り、問題が残り続けることを強調しています。
さらに、彼は政府や東京電力の説明に対して疑念を抱き、安全だとされる海水の実際の状態を示唆しています。最終的には、彼はこの問題に対する疑念を持ちながらも、安全だと言われるからと言って、入浴剤のお風呂に入ることに対して皮肉を込めて言及しています。
その中で1番使用期間の少ない物を選んで
一日置いて返事が来て
まぁ忙しいんかな位の感覚でした。
とりあえず使ってみたかったので
お試しで購入してみる事に
発送の連絡も2日後とかで、少し違和感
そこで初めて評価を見てみると
悪い評価3も付いてる…
と思ってたんだけど届いてみると
また一日置いて、「画像の物が全てと書いてます。そんな部品知らない」と言われる
画像の物で動くと言っていたのに、電池が無いのはなんでですか?と聞くと
正直コイツ何歳やねんって思ったんですよ
誠実さならかけらも無いなぁと
「では質問時になぜ電池が無い旨をお知らせ頂けなかったのでしょうか?」と聞くと
そんなに細かく言うなら金貯めて新品買って下さい。こっちに非はないんで、どうぞ事務局へ」
これがフリマの闇か…
こっち(出品者)には非がないとの事だったので
するとすぐに返事が来て
との事で連絡が返って来た
すかさず出品者に連絡してしばらくすると
相手は
画像の物で〜と書いていた
そんな事伝える義務もない
そんなに言うなら新品買えよ
と言った具合です。
皆様はどう思われますか?
1980 年代、心理学者のリチャード E. ペティとジョン T. カシオッポは、説得がどのように機能するかを説明する「精緻化尤度モデル」を開発した。ここでの「精緻化」とは、その情報をどれだけ注意深く考えるかという意味である。人々に注意深く考える意欲と能力がある場合、「推敲の可能性」は高くなる。これは、人々が関連情報に注意を払い、メッセージの議論の利点に基づいて結論を導き出す可能性が高いことを意味する。
他人を説得するには少なくとも2つの方法がある。最初の方法は「中央」ルートと呼ばれ、聞くメッセージを注意深く熟考することから生まれる。中央ルートが関与している場合、提示された情報を積極的に評価し、それが真実かどうかを見極めようとする。一方で「周辺」ルートが関与している場合、実際の情報やメッセージの内容以外の手がかりにさらに注意を払う。たとえば、誰かのメッセージの実際のメリットを考慮せずに、その人の魅力や教育を受けた場所に基づいてその人の主張を評価する可能性がある。
周辺ルートを通じてメッセージを受け入れる場合、中央ルートを通じてメッセージを受け入れる場合よりも受動的になる傾向がある。
有名な心理学者のスーザン・フィスクとシェリー・テイラーは、人間を「認知的守銭奴」と特徴付けている。彼らは「人間の情報処理能力には限界があるため、できる限り近道をするのです。」と書いている。
動機や議論を処理する能力が低下するにつれて、説得には周辺的な手がかりがより重要になってくる。
議論(中心ルート)の実際の利点を比較検討して信念を更新すると、周辺処理を通じて信念を更新する場合と比較して、更新された信念は持続する傾向があり、反論に対してより堅牢になる。慎重かつ思慮深い検討を通じて何かを信じるようになると、その信念は変化しやすくなる。
つまり、周辺ルートを通じてより簡単に操作される可能性がある。周辺ルートを通じて何かを確信している場合、操作者は周辺ルートをもう一度使用して最初の信念を変えることに成功する。
心理学者のレオン・フェスティンガーは、社会的比較プロセスに関する影響力のある理論の中で、人は自分の意見を他人の意見と比較することによってその意見の「正しさ」を評価すると示唆した。他の人が自分と同じ信念を持っているのを見ると、その信念に対する自信が高まる。
これらの考えを総合すると、人間の心の中には何らかのメカニズムがあることが示唆される。たとえそれが真実であっても、自分の地位を下げるようなことを言わないようにする。そして、たとえそれが嘘であっても、自分の地位を高めるようなことを言うように彼らを駆り立てる。
さらに、自身の評判がどうなるかという考慮が私たちの信念を導き、私たちの社会的地位を維持または強化するための一般的な見解を採用するように導くこともよくある。暗黙のうちに「この信念を保持すること(または保持しないこと)が社会にどのような影響をもたらすだろうか?」と自問する。
説得の周辺ルートに戻ると、多くの人がそれを信じている場合だけでなく、その信念の提唱者が権威ある人物である場合にも、何かを信じるかどうかを決定する。
オックスフォードの心理学者セシリア・ヘイズは、著書『認知ガジェット』の中で次のように書いている。彼らは、同じ年齢と性別の同じくらい身近な人よりも、大人が社会的地位が高いと考えるモデル、たとえば学校の校長を模倣する可能性が高い。
それでも、私たちが高い地位を持つ他人を真似するのは、彼らを模倣することで自分の地位が向上することを期待しているからだけではない。権威ある人ほど有能であると信じがちであるが、プロミネンスはスキルのヒューリスティックである。
研究者のアンヘル・V・ヒメネス氏とアレックス・メソウディ氏は、威信に基づく社会学習に関する最近の論文で、能力を直接評価することは「騒がしくコストがかかる可能性がある」と書いている。代わりに、社会的学習者は、モデルの外観、性格、物質的な所有物などから推測することによって、ショートカットを使用できる。
ここで、次のような疑問が生じる。周辺的説得による操作の影響を最も受けやすいのは誰か? 教育を受けていない人々のほうが操作されやすいと信じるのは直感的に思えるかもしれないが、研究によると、これは真実ではない可能性がある。
心理学教授のキース・スタノビッチは、「マイサイド・バイアス」に関する自身の研究について論じ、次のように書いている。「あなたはそれに属しているのは、それらはあなたの気質と生来の心理的傾向に適合しているからです。」
一流大学の学生や卒業生は、自分側の偏見に陥りやすい。彼らは「自分自身の以前の信念、意見、態度に偏った方法で証拠を評価し、証拠を生成し、仮説を検証する」可能性が高くなる。
アメリカのジャーナリストであり、『第三帝国の興亡』の著者であるウィリアム・シャイラーは、ナチスドイツの従軍記者としての自身の経験をこう語った。シャイラーは次のように書いている。「ドイツの自宅やオフィスで、あるいは時にはレストラン、ビアホール、カフェで見知らぬ人と何気ない会話をしているときに、一見教養があり知性のある人たちの突飛な主張に出会うことがあった。彼らがラジオで聞いたり新聞で読んだりしたナンセンスをオウム返ししているのは明らかでした。時には同じことを言いたくなることもあったが、まるで全能者を冒涜しているかのような不信感を抱かれた。」
同様に、ソ連崩壊に関する研究では、大学教育を受けた人々は高卒者よりも共産党を支持する可能性が2〜3倍高いことが研究者らによって判明した。ホワイトカラーの専門労働者も同様に、肉体労働者に比べて共産主義イデオロギーを支持していた。
今日の米国内のパターンはそのような調査結果と一致している。政治アナリストのデビッド・ショールは、「高学歴の人々は、労働者階級の人々よりもイデオロギー的に一貫した極端な見解を持つ傾向がある」と述べている。これは、問題に関する世論調査やイデオロギー的な自己認識にも見られる。大卒の有権者は穏健派であると自認する可能性がはるかに低い。
この理由の 1 つは、時間や場所に関係なく、社会の富裕層の方が地位を維持したり、地位をさらに獲得したりするために正しいことを言う可能性が高いためであると考えられる。
カリフォルニア大学バークレー校のキャメロン・アンダーソンが主導した最近の一連の研究では、社会階級が社会的地位への欲求と積極的に関連していることが判明した。より多くの教育を受け、お金を持っている人は、「他人の意思決定に影響を与えることを楽しんでいます」や「名声や社会的地位を得られたら嬉しいです」などの発言に同意する可能性が高かった。
ケイトー研究所がYouGovと協力して行った調査では、全米を代表する2,000人のアメリカ人サンプルを対象に自己検閲についての質問を行った。
その結果、高校教育以下の学歴を持つ人の25%が、政治的見解のせいで解雇されたり、雇用の見通しが損なわれることを恐れているのに対し、大学院卒の学歴を持つ人の割合は44%であることが判明した。
政治学者のジェームズ・L・ギブソンとジョセフ・L・サザーランドによる「口を閉ざす:米国における自己検閲のスパイラル化」と題された最近の論文の結果は、Cato/YouGovの調査結果と一致している。彼らは、自己検閲が急増していることに気づいた。マッカーシズムの絶頂期だった1950年代には、アメリカ人の13.4パーセントが「以前よりも自分の意見を自由に言えなくなったと感じている」と報告した。2019年までに、アメリカ人の40%が自分の意見を気軽に言えないと回答。ギブソンとサザーランドは、「自分の意見を言うことを心配している民主党員の割合は、自己検閲を行う共和党員の割合とほぼ同じで、それぞれ39%と40%である」と報告している。
この増加は特に教育を受けた層の間で顕著である。研究者らは次のように報告している。「自己検閲に従事する人々が限られた政治的資源を持った人々ではないことも注目に値し、おそらく予想外である…自己検閲は最高レベルの教育を受けた人々の間で最も一般的である…この発見は、以下のことを示唆している。社会学習のプロセスであり、教育を受けた人ほど、自分の意見の表現を妨げる社会規範をよりよく認識している。」
興味深いことに、教育が自分の権力意識とマイナスに関連していることを示す示唆的な証拠がある。つまり、教育を受けていればいるほど、「自分が意見を表明しても、自分の意見はほとんど揺るがない」「自分の考えや意見は無視されることが多い」といった意見に同意する可能性が高くなる。
ミュンスター大学のリチャード・ラウ氏が率いる「他者の最良または最悪の見方:一般化された他者認識の尺度」というタイトルの論文を考えてみる。
研究者らは参加者に、ソーシャルメディアのプロフィールや動画に登場する人物を評価するよう依頼した。参加者は、「この人が好き」「この人は冷淡だ」などの発言にどの程度同意するかを尋ねた。その後、参加者は自分自身についてのさまざまな質問に答えた。
高等教育は一貫して、人々に対するあまり肯定的な見方に関係していなかった。この論文は、「人々の感情、行動、社会的関係を理解するには、彼らが他者に対してどのような一般的な見方を持っているかを知ることが非常に重要です…人々がより良い教育を受ければ受けるほど、他者に対する認識は肯定的ではなくなります。」と結論付けている。
したがって、裕福な人々はステータスを最も気にし、自分にはほとんど力がないと信じており、仕事や評判を失うことを恐れており、他人に対してあまり好意的な見方をしていない。
つまり、意見は、その真理値に関係なく、ステータスを与えることができる。そして、自分の地位を維持したり高めたりするために特定の意見を表明する可能性が最も高い人は、すでに社会のはしごの上位にいる人でもある。
はてブのみなさんのなかに複数、「記事の指摘内容」自体は正しいものと鵜呑みにされている人がいることにやや危機感を覚えたので、逐一検証していきます。
準拠する用字用語ルールブックは、記事内では残念ながら指定されていないので、現物を所持しているという点で増田に都合の良い、2016年3月24日発行の『記者ハンドブック 第13版第1刷』を使用します。
なお、2022年3月に「記者ハンドブック」は第14版が出ているのですが、スタイルガイドは別に新しいものが日本語として正しいといった性質のものではなく、またたかが6年で様変わりするようなものでもないので、気にしないことにします。
厳密な話をするなら、増刷のたびに微妙な改訂があったりしますしね。
なお敬語や文法等の指摘は、表記集である記者ハンドブックの範囲外だと思われるので無視します。
また、面倒なので「【誤字】_カテゴリ別」のシートのみを対象にします。
誤用第1位として挙げられていますが、1位になるのも当然で偽ルールです。記者ハンドブックでは「比喩表現には「例え」、仮定表現には「たとえ」、「喩え/譬え/仮令/縦令」は常用漢字表外のため使用禁止」です。
これは正しいルールですが一方で記者ハンドブックには「「まぜご飯」など書き分けが難しい場合には平仮名書き」とあります。必ずしも正誤判定を行えるルールではありません。
例えば
などは、「調べて区別を付ける」ことは可能だが、調べるまでは「混ざっていて区別のつかない」状態を描写しています。
判定は難しいですが、記者ハンドブックは「混じる」の用例に「異物が混じる」を挙げていることも踏まえると、誤りとは言えません。
書き分け基準は正しいですが、『亘る』は常用漢字表外なので『わたる』と平仮名で書きます。
同上。『穿く』は常用漢字表外なので『はく』と平仮名で書きます。
同上。『窺う』は常用漢字表外なので『うかがう』と平仮名で書きます。
記者ハンドブックには「「料理を皿にのせる」など使い分けに迷う場合は平仮名書き」とあります。用例を見ても「猫を膝に乗せる」/ 「家畜を列車に載せる」などは違いがわかりにくいです。
の2点が揃えば「乗る」、2点に反すれば「載る」、片方だけ満たせば書き分け困難として「のる」とするのが妥当に思えます。
そうすると、
は「載る」ではなく「のる」に校正するのが正しいでしょう。
「押さえる」は「物理的圧迫」だけでなく、「確保する」「つかむ」も含みます。そうしないと「要点を押さえる」などが説明できません。
また「物理的圧迫」でも例外として柔道用語では「抑え込み」です。
要約すれば、「抑圧・弾圧・柔道」が「抑える」、それ以外が「押さえる」とするのが正確でしょう。
また、
- 持って帰りたい気持ちを抑えて
は「抑制」なので間違っていません。
これも記者ハンドブックに「使い分けに迷う場合は平仮名書き」とあるようにはっきりとは分けられません。
ただし、少なくとも誤用指摘をされている
- エアコンの効いた
等に関しては記者ハンドブック中に「冷・暖房が効いている」があることから、誤用指摘のほうが間違っていると言えるでしょう。
「沁」は常用漢字表外であり使用禁止。すべて「染みる」で問題ないのが記者ハンドブックルールです。
記者ハンドブックルールでは「敵う」/「適う」を区別しませんが、そもそもどちらも常用漢字表内の読み方に「かなう」がありません。平仮名書きが正しいです。
記者ハンドブックルールでは「散りばめる」/「鏤める」はどちらも誤用ではありませんが、「鏤」は常用漢字外なので使用禁止です。
表記統一のルールとしてひらがなで「ちりばめる」と書くのが正しいルールになっています。
「牡蠣」/「柿」は同音異義語です。牡蠣を柿と書いたら誤りです。しかし「かく」ならば、絵に対しても書に対しても両方に使える、ただの多義語です。「書く」「描く」という2単語があるわけではありません。
多義語も書き分けを行うことで、意味確定が楽になり読みやすい文章にはなります。しかし、「絵を書く」と書いたところで日本語として間違いにはなりません。あくまでプラスワンの基準と考えるのが妥当でしょう。
また、「書く / 描く」の書き分けルールくらい、多くの現代日本人の共通認識になっていれば、強い理由がない限り逸脱しないほうが良いといえるでしょうが、
でも「湧く / 沸く」の違いならどうでしょうか。そんなもの日本人のほとんどは意識していませんし、言語感覚は人それぞれで多様です。何かしらの書き分けを行うことによる読みやすさの向上は、仮にあっても微々たるものでしかありません。
共同通信の配信文などはその性質上個性を抑えた画一の文体が好まれますから、ルールを極めて細かいところまで定めることに意味が出てきますが
一方でオモコロのような個性が売りの媒体では、時にはルールから逸脱することもあるライターの言語感覚を反映させて、自由に書き分けることの方がよっぽど重要です。
記事の冒頭、
にマジレスすると「メディアの違いを理解せよ」ってやつですね。
そして、フォーマルな画一文の校正として見ても、『オモコロを校正する』は、準拠するスタイルガイド・用字用語集・辞書・文法書が指定されていないこと、および常用漢字表外の漢字の使用について明らかに無頓着であることがかなり気にかかります。
記事の著者は「普段、仕事で小説を読んでいます」と主張していますが、この人に仕事で校正してほしくないな……というのが本音です。
ははーん、理解したぞ
トパーズ&カブは巡狩という運命の印象に引っ張られてアタッカーとして解釈……
してはいけない。アタッカーとして見た場合、炎上しそうな性能になっている。
ちょうど、持続ダメージ主体編成を可能にしたカフカと似た立ち位置だ。
ただ、1.4時点のキャラクターラインナップではおそらく最適な編成は成立しない。
トパーズは通常、初回行動時のみ戦闘スキルを使い、追加攻撃に対する特殊デバフを敵1体に付与する。
以後はこのデバフがカブの標的となり、デバフが敵死亡などで喪失した場合自動的にほかへ伝染する。
カブは神君のような挙動をし、味方が標的に追加攻撃をするたび行動順+50%もの加速が入ることで行動回数が増える。
カブが行動すると戦闘スキル相当の単体火力を出し、必殺後はその倍ほどの大火力を2回まで出せる強化状態になる。
必殺後は行動短縮条件に味方の通常・スキル・必殺が加わるため問題ない。
平時にカブの行動を加速させるために追加攻撃をばら撒ける味方と組ませることでシナジーを発揮する。
一応トパーズ本人でも通常・スキルが追加攻撃扱いになるので加速できるが、トパーズ一人では最低限といったところだろう。
現時点で1ターンで同一敵に2回以上の追加攻撃を放てるキャラはクラーラくらいなものだ(※強化カウンター前提)。
クラーラはカウンターが追加攻撃のトリガーとなっているので、速度は低く抑えたほうが効率が良い。
一方で、トパーズは炎属性であるため、炎バフと攻撃力バフを提供できる最適なサポーターはアスターになる。
彼女はパーティー全体の速度をブーストしてしまうので、クラーラとの相性がよくない。
だがトパーズ&カブとクラーラ両方をバフできる強みもあるので停雲や御空に代替される可能性は低い。
クラーラが受動的なタンクアタッカーであることがネックになっている。
なお、同時ピックアップされる予定の桂乃芬だが、残念ながらこれはカフカ・ルカの時のナイスコンビ同時ピックアップの再来とはならない。
桂乃芬は強力な持続ダメージを範囲散布できるキャラクターになる予定だ。
つまりカフカのパートナー候補であって、トパーズとは特別シナジーがない。同属性で微量のデバフを撒けるという程度だ。
追加攻撃要員をなるべく確保したい都合上、トパーズ/アスター/クラーラ+ヒーラーという編成が暫定のベスト編成だろう。
ヒーラー枠をなのかにしてカウンターを狙うという選択肢もなくはないが、高難度では安定性が下がると思われる。
ただ、クラーラの速度が上がってもヘイトを維持しやすくなる点では合理的だろう。
ロマン編成はトパーズ/ブローニャ(4凸)/クラーラ/なのかで、トパーズを再行動させることで追加攻撃祭りにできる。
豊穣・壊滅・存護あたりで追加攻撃をばら撒けるキャラの登場で評価が変わってくるだろう。
使用感としては、追加攻撃キャラを用意しておくことで敵を倒せなくても再行動できるゼーレのような感じになるだろう。
懸念点としては、要となる特殊デバフがwaveをまたぐと引き継げないため、waveごとに初動が遅くなることにある。
反面、タフな単体ボス相手には既存のアタッカーより上手く立ち回れる可能性がある。