このバイトをする何年も前から自分には何らかの精神疾患があり、それでもなんとかだましだましやっていたのだが、人間関係の煩わしさ・増え続ける不毛な業務上の手続き・自分の頭のイカれ具合などいくつかの要素が重なった結果、糸が切れてしまった。
どの仕事ももって1年、はやくて一週間でやめていた自分にとってはこの仕事はよくがんばったほうである。
さて家族友人親戚その他諸々含め頼れる人間というものが自分にはいないので、仕事を辞めたからには新しく仕事を探さなければならない。働かなくては生きていけない。
しかし疲れた。如何せん、疲れた。何か生活を彩る娯楽が欲しい。この疲れを、胸の奥に居座り続けるどうしよもないこの澱みを、ひとときのあいだでも忘れさせてくれるような楽しみが欲しい。
そう思い、ニンテンドースイッチを買った。ソフトはゼルダの伝説ブレスオブザワイルド。
ずっとやりたかったのだが、自分にとってはそう簡単に手が出せる金額ではなく、そもそもその金があったら精神科行くなりカウンセリング行くなりしたほうがよいことはわかっている。しかしこの度判断力が薄らぎ、正確には誘惑に負け、秤がそちらに傾いてしまったので、購入を決意。アマゾンやメルカリを巡り正常な動作が可能な範囲で最低限の価格のものを探し出す。
中古の電子機器をましてインターネットで探すなどという行為は博打そのものなのであるが、ままよと思い、注文を確定。
届いたスイッチには画面になかなかの使用感が見られたがテレビに繋げば気にならないためひと安心。さあゼルダだ。
世間では今やティアーズオブザキングダムの時代らしいが、俺がずっとやりたかったのはブレスオブザワイルドだ。なんならブレワイをクリアした後でティアキンをやればいい。
そうして始めたゼルダの伝説ブレスオブザワイルド。自分には依存癖があり、今まで購入を渋っていた理由の一つもそこにある。1日2時間と決めたがしかし、日増しにプレイ時間が伸びていく。
あれほど楽しみにしていて、これほどのめり込んでいるこのゲーム、そんなに面白いかと問われると、俺はまだ面白いとは感じていない。
このゲームをプレイしているあいだ、俺はリンクだ。リンクとして真剣に、村人のお願いをきいたり、祠を攻略したり、崖をよじ登ったり、鉱石をハンマーで採掘したりしている。デスマウンテンの頂上からパラセールで悠々と滑空するのも、ボコブリンの巣の眼窩の穴からひたすらリモコンバクダンを投げ込み続けるのも、ミファーからの好意に喜びながら困ったりするのも、そのどれもが真剣なのだ。
例えば、生きることが面白いかと問われてもなんとも言い難いし、そもそもその問いがおかしいと思うだろう。これはそういうことだ。
そして購入してから一週間後、俺は気がつくとゼルダの伝説ブレスオブザワイルドを30時間ぶっ続けでプレイしていた。不思議と食欲や眠気、尿意や便意もあまりわかなかった。ただひたすら冒険をしていた。ただひたすらハイラルの大自然を駆け回り、飛び回っていた。
メインのストーリーに絡むクエストはガノン討伐を残すのみとなった。あんまりすぐクリアしてしまうのももったいないからちまちまやっていこうと思っていたのだが、もうそんなところまで来てしまった。
これからどうしようか。
そうだ、オルドラのうろこをまだ手に入れていないから、前に一度オルドラに出くわしたゲルド山脈の北にある祠のあたりで少し粘ってみるか。