はてなキーワード: 交換留学生とは
2023年5月から2024年4月末までカナダに交換留学生として現地の大学に在籍してるんだけど帰国を目前に控えて思ったことをツラツラと書こうかな。
授業内でのプレゼン、討論とか日常会話も慣れて出来るようになった。けど、英語力自体は出国前のレベルに毛が生えた程度で、めっちゃスラスラ話せるかっていうとそういう訳じゃなくて文法ミスるし、語彙力全然、発音まだまだ、聞き取れないこともあるしって感じ。ただ俯瞰して考えたら母語でさえ義務教育フルで使って学んだんだから1年じゃ無理ぽよって感じ。
小さい成長ではあるんだけど、元々国内外問わず政治への関心薄かった自分が留学して色んな国の人と出会って、政治への関心が爆上げした。例えば、戦争の影響でウクライナから難民として来てる人とか、中国政府の影響で中国本土、香港、台湾から来てる人とかここに来たくなくても来ざるを得なかった人とかに出会って視野広がった気がする。まあ日本では聞けないような体験聞いて、いかに日本が平和な場所が改めて実感。
電車バスの中で通話してる人がめちゃくちゃいて声量デカいしすごいなとか思ってたけど、気づいたら自分も電車バスに乗りながら電話するようになってた。
あと、基本的に知らない人同士が挨拶したり会話したりすることが普通で他人との距離感めちゃくちゃ近い。
食に関しても、日本食レストランに行って最初は違和感だった味も、今やもうそれが当たり前になってるし、お寿司も生魚じゃなくてカリフォルニアロールにハマってる。
大型犬がめちゃくちゃ多い。土地が広いせいか郊外に行けば行くほど大型犬がめちゃくちゃいる。愛犬家が多いのか、番犬用に飼っているのかよく分からないけど犬はめちゃくちゃ多い。日本であんま見ない種類とかデカ犬ばっかで目の保養。
同じ大学から交換留学行く人が何人かいて、寮に入る人もいればホームステイする人も私含めて何人かいた。でも中には言われていた条件と違って他に留学生が何人もいたり、ご飯が毎日冷凍食品っていう家もあったりで、当たり外れがやっぱりある。明らかにビジネスとかお金目的な家族は扱い雑で、最低限の寝食を保証する感じ。私の身近で当たりだなって人は家(多分別荘?)をまるごと与えられて全て自由に使えるらしい。リッチすぎ。
賃金の違いもあるんだけど、それでもカナダに比べたら日本は物価も安くて、家賃も遥かに安い、そしてほとんどの地域が安全で綺麗。
英語を学ぶために留学したけど、やっぱり英語を使って何かを学ぶっていう経験が楽しくて、色んな人生の背景がある人達にも出会って、まだ抽象的だけど将来の夢が出来たよ。
思ったこととりあえず書いたけど、振り返ったらほんとに1年間あっという間で、自分は怪我も病気もなく、良いホストファミリーと1年間過ごせて楽しい留学生活だった。日本の家族も友達もご飯も恋しいけど、いざ帰国直前になるとカナダにまだ残っていたくなる。
こいつも人生ベリーイージーモードの上級国民やんけ。もうこういうのいいよ
東京都大田区出身。1992年(平成6年)、青山学院高等部に進学。高校時代はフェンシングに没頭し、東京都私立高等学校フェンシング大会2年女子の部で準優勝した[2]。
1995年(平成7年)4月、青山学院大学国際政治経済学部に入学。在学中、仲間とともにスタディツアーでフィリピンに渡航。訪れたスモーキー・マウンテンで貧困問題に直面し、以来国連に関心を持つようになる[3]。3年時に、正規交換留学生として、ワシントン州立大学に留学した[2]。
大学卒業後、新日本監査法人に就職。2003年(平成15年)6月、退職し、人道支援団体「日本緊急救援NGOグループ」(現・特定非営利活動法人ジェン)に転職。イラク難民支援プロジェクトの会計を担当した。2005年(平成17年)6月、オックスフォード大学大学院修士課程修了。
2006年(平成18年)1月、 国連世界食糧計画に勤務。ラオス、アルメニア、エジプト、南アフリカ共和国などに赴く。最後の勤務地となった南アフリカでは、管轄12カ国で行われていた全人道支援プロジェクトを対象に、SDGsの効果測定を主導した[2]。
パーカー、Tシャツ、ジーンズ、バックパック。 これは思い出しやすい大学生のイメージです。
しかし、白いシャツ、黒いズボン、スカートを持って学校に通う生徒もいます。 彼らはタイの大学生です。
タイの街を歩くと、大学生が制服を着ているのをよく見かけます。 制服は学校の特性を表してみせる傾向があり、学校によって異なることが多いですが、タイではそうではありません。 ネクタイ、バッジ、ベルトに刻まれたマークのみが異なります。
タイが位置する東南アジア諸国は共産党の支配下にありましたが、現在、社会主義の名残があるベトナム、ラオス、カンボジアは義務的な学校制服政策を実施しています。 北朝鮮は、東南アジア諸国を除いて、そのような政策を持っている唯一の国です。 民主主義国の中でタイの大学生は、制服が義務化されている唯一の学生です。
タイの人々は、制服を着ると誰もが平等であると信じています。 彼らは学校に行くときはいつでも差別から抜け出すことができ、シャネルやグッチのような高級品を着たり、とんでもない高級車を運転していても、学校の制服を着ています。 しかし、同時に、制服は「幸運の象徴」です。
タイでは、「ユニフォーム」は人々のアイデンティティと地位を明らかにします。 制服を着ている人のほとんどは収入と教育レベルが高く、学生の制服も例外ではありません。 彼らにとって、ユニフォームは「平等」を保証し、同時に「見張り」の意味を受け入れます。
マナーや規範を高く評価するタイの文化は、タイの大学生に制服を着させるもう一つの理由です。 彼らの将来の社会における多くの規範と基準に従うために、彼らは最初にユニフォームを着るという単純な規則を守るべきです。 また、タイ人は制服を着ることで、若者は他人を尊重し、感謝する方法を学ぶと考えています。
タイ調査研究機関によると、バンコクの学生の94%が学校の制服が必要であると回答しました。 さらに、彼らの71%は、授業の当日は制服を着るべきだと答えました。
FHNWの交換留学生であるNuii Patrapan Sangsongsuk氏は、「私は個人的にはユニフォームコンセプトが本当に好きです。すべての学生を同じ見た目にしてくれますから」と語ります。「学生が富裕層の生まれなのか貧困層の生まれなのかにかかわらず、みんな同じ制服を着ます。また、破れたジーンズなどように不敬を象徴するような、学校では不要なファッションを防ぐための優れたシステムです。
しかし、誰もがそれに同意したわけではありません。 2009年と2013年に、チェラロンコン大学とタマサート大学の学生は、制服に反対する動きを巻き起こしました。 彼らは強制的な学校制服政策に反抗し、自治と人権の侵害だと主張しましたが、結局は失敗に終わりました。
https://web.fhnw.ch/plattformen/blogs/journalism/2017/02/03/uniforms-in-university/ より機械翻訳+修正
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190119-00000030-asahi-spo
勉強目的でない留学生についてヤフコメでも批判的な意見が強いように見えるので、もうちょっと冷静に見ようねというスタンスで書いてみる。
まず部活動について、学校の宣伝活動になっているとの批判があるが、
学校において部活動以外のどんな活動もすべて宣伝になりうる活動だ。
進学実績は?修学旅行先は?
「最低限」を超えたサービスはすべてそうだ。
この学校では交換留学生をやってるよ、というのも宣伝材料の1つだろう。
日本から海外に留学していく学生だって、本当に向こうの高校で数学を修得したのか?
南北戦争について十分に学んで帰ってきたのか?
次に生徒や保護者について、勉学を目的として高校に来る生徒がどれだけいるというのか。
「本気で部活をやりたいから」も勉強を主目的とする人と同程度いるはずだ。
「大学進学のため」だって部活の反対側に位置しているだけで、本来は怪しい立ち位置だ。
部活動の改革が叫ばれ始めて久しいが、結局のところ部活動は大きなニーズであることは変えられない事実だ。
部活動が感動を呼ぶ側面は否定できないし、今テレビをつけたら「スポーツ王」だってやっている。皆スポーツが好きなんだ。
大成しなくとも、部活動に打ち込んだ高校生活を子どもに送らせたい保護者はたくさんいる。
それならば公的な予算を減らして、代わりに大会の入場料を取ることを認めるなどして半営利化をすることで、
どうせ金のかかる部活はこれまで通り部費が多くかかるし、多くの並の選手からは多く金をとって
実力のある選手には部費免除、学費免除、謝礼金給付などで還元するだけだ。
各自治体や学校法人の財政状況は少し好転するし、クラブチームとして戦う気の無い学校は「楽しくスポーツ」に移行していくだろう。
生徒や保護者の利益にも繋がるし、部活にしか興味のない体育教師や社会科教師は初めからクラブチームの指導者に職を求め、
教科指導を純粋に追及する教師が増えて学習体制は充実していく。
学校と切り離してクラブチーム化、という意見はよく見るんだけど、
学校に所属したまま営利活動としてクラブチームを運営していくというスタンスはあまり見ないので
結構いい案を考え付いたと自負しているのだけど、どうだろうか。