はてなキーワード: 灰色とは
明治時代を思わせるレンガ+木造の庁舎でPC入力系の仕事をしている。オブラ・ディン号的、保険調査員のような。己はハンチングとツイード上下のレトロな洋装をしている。取り立てて何かの事件は起こっておらず、「問題無く正常」であることのチェックと入力。
場面転換。海沿い。通勤中だろうか?車線自体がない、あるとしたら片側3車線の計6車線分くらいの幅がある広いアスファルトの道路、地平線まで道が続いているようだ、そこをチャリで通っている。右手が海、上には青空。
目線の先、上空にぼんやりと虹が出ていた。やがてその虹は2つになり、3つになり、呆気に取られているうちに更に天頂に円形の虹が現れる。唖然としていると、虹の手前に、灰色という意味ではない、文字通りの真っ黒い雲で出来た分厚いアーチが、前触れもなく突如として次々に発生する。青空に3連の虹と円虹、そして重なった黒雲の弧、自分はその下を自転車で潜っていく。すると右手の洋上にいつの間にかオブラ・ディン号的巨大帆船が現れている、甲板では洋風のきらびやかな衣装を身に纏った人々が集う催し物が行われている模様、自分は理由も無くひとりの壮年将校に目線が向いており、彼の方を目掛けて速度を上げ猛烈なスピードで自転車を漕ぎ出し、岸からそのまま自転車ごと海へとジャンプして、夢だからだろう、船に飛び移って居る。将校と己の目線が合った次の瞬間、将校は撃たれ衝撃で甲板に倒れる。上がる悲鳴の中、駆け寄り出血箇所を布で抑え強く圧迫する、あたりで記憶は終わり。その後何が起こったのかは分からない。
大きい地震がちょいちょい来る地域だけど(今回は震源付近じゃないけど可也揺れた。震度6弱)
揺れてる時なんて何も出来ない。這いつくばって頭抱えたり出来るなら超優秀だと思う
グラッと来た初動は建物出口に向かっていけるけど、爆揺れ中はそっから動けなくて中腰になってる
(どっかに掴まっちゃう人は揺れの隙をついて逃走する際、掴まったものから手が離れなくなる場合があるから注意だなあ。特に老人)
ガチの震源地だった時は睡眠中だった為にベッドから落っこちて天井を見上げて「うあああ」とか言ってるだけだったぞ。一緒に寝てた猫も傍で固まってたほどだ
あの太刀打ちできない感、何回味わっても慣れることはない(でもその恐怖は直ぐ忘れる。そうじゃないと生きていけないからな。繊細な人はドキドキしっぱなしで辛いだろう。過敏になるし)
もーやだなー(今回の地震後、何が嫌って、この季節に「やたら晴れてる」ことだよ。異常だよ。毎年このくらいの時期は雨雪霰霙で空は常に灰色だぞ。冬の晴天なんて不気味過ぎるんだよ。フラグ立てんなよなあ)
「絶対潰れない家」が作れるならなあ。揺れで倒れる家具とかすっ飛んでくる物とか置かないで暮せば安心だよな
太陽光発電とオール電化導入しておけば地震直後でもほぼ通常の暮らしが出来るし(敷地内に井戸があると尚良し。飲料用じゃなくてもトイレや風呂に使える)
まあ…津波で根こそぎ流されたら、どうもこうもないけどな
小さい頃から自分の二面性というか、「どうしようもなくキレやすく、暴力を振るう時期」と「人生に対して完全に悲観的になってしまう時期」があることを自覚していた。
感情コントロールで非常に苦しんだ。安直に「どうにかしてこいつを殴りたい」と思ったことは数え切れない。もちろん行動には移さない。それくらいの社会性はある。
母親も祖母も「躁」のときはキレまくっていたし、散財しては父親に怒られていた。とにかく元気でハキハキと仕事をこなすのだが、一旦怒らせると自室のものを全て壊された。
「鬱」のときはまた別の地獄が家庭に漂った。料理も育児も全部放棄。家にいると陰鬱が移るから、友達のいるところへ逃げ込んだ。
自分は二人の様子を見て「こうはなるまい」と中学生時に決意した。以降、明確な人間関係のトラブルや、差し迫る危機などには縁がない。
が、薄氷を渡り続けている。イライラしたらオンラインショッピングで数十万円分の買い物をする。それがパートナーにキレる前のストッパーとして機能している。どうしようもなく鬱な場合、隙があればすぐに死んでしまうような気がして、救急外来のグロテスクな密着番組を見る。死は常に自分の隣に存在する。躁フェーズでは死は丁寧にマスキングされる。
ジェットコースターという例えは言い得て妙だ。「人生ってこんなに素晴らしい」と涙を流した数ヶ月後には「死にたい」という気持ちにどっぷりと浸かっている。自分の人生は忙しい。躁であれば数日徹夜で記事を書けるし、執筆後のフルタイム労働だって楽勝だ。鬱になると全然ダメだ。仕事が終わったらベッドに直行、そうしなければ死んでしまう。双極症の自殺リスクはうつ病のひとより結構高いらしい。それはそうだと思う。どちらに感情が揺れ動いていたとしても、自分にとって「死」は階段を一歩駆け上がるよりフランクな行為だ。ただ痛いのだけが嫌だから後回しにしている。
鬱から躁へ動く瞬間は天国にのぼるくらい気持ちいい。シャブをやったことはないが、それに似たような気持ちだと思う。躁から鬱は地獄だ。文字通り立ち上がれなくなる。まともに職業をやれているのは逆説的に「このレールを外れたら死ぬ」と思い込んでいるからだ。
先ほどちょうど躁転の瞬間があった。今日という今日まで人生というものに飽き飽きしており、いつどのように死ぬかを考え、遺書を3通したためていたが、今は何と、将来の輝かしい未来ばかりが脳内を駆け巡っている。だから慰みにこんな文章を書いている。
自分はおそらく長くは生きていられないだろう。一ヶ月前は全てが灰色がかって見えた。大切にしてくれる友人やパートナーや家族といった有機体を凌駕する「脳内物質に振り回される自分の滑稽さ」と「永遠に続く単振動の苦しみ」がそこにはあって、逃れる方法はただひとつだ。自分はきっと(多分ひとより短い)一生の大部分をこの病気に振り回されて終わるのだろう。ラピッドサイクラー型に有効な治療法は少ない。
だが、少しは粘ってみるのだ。
双極性障害は「双極症」に名前が変わった。だからどうということでもないが、毎日這いつくばって、延々と続く日常にしがみついて、双極症の世界を生きている自分にとって、少しだけありがたく思う。
リアルからネットに逃げていたが、いつの間にかネットも避難所ではなくなった。
毎日ネットで色んなことが話題になり、多くの人が言及し、多くは怒っているが、いつの間にか見るのが辛くなった。
グローバル時代だからか、毎日世界のどこかで起こっている悲惨なことをマスコミがニュースにするだけではなく、個人もSNSで発信し、ときに動画として集めてお金儲けとしている。
自分達に関係するからと政治に対して関心を向けるべきという意見がネットでは大勢だろうが、
ニュースにいくら怒りのコメントをつけようが、政治家のSNSに反応しようが、自分の身の回りは良くならない。
そういうことをしていても、自分で行動を起こしていないと言われて終わりだし、その指摘の通りだろう。
これだけやれば子育てなど多くの人が普通と考える生活ができるという道筋がない。
時代の変化が早いとか、◯◯はオワコンと、あっという間に移り変わっていって負債になるものばかりだ。
そうした灰色の世界の中、スマホを覗けば転売だとか、AIで学習させたら絵柄は似てても問題ないとか、そういった誘惑がゴロゴロ転がっている。
普通に努力して、そこそこ出来るようになってもネットでは誰も振り向かないしお金も稼げないが、
炎上させたり、誰かを晒したり、そういった手法は真似出来てしまうし、毎日起こっていて稼げているという誘惑がある。
リアルの知り合いのお店を宣伝しようとしても誰も振り向かないし、何かの拍子で広まっても一瞬だけで年単位の客にはならない。
今どきサイトがないと客は来ない、デザインもこだわる必要があると言われて金を出しても、結果は客は増えない。
毎日SNSで情報発信しないとと、こまめにしても誰も振り向かないし、客は増えない。
この絵のどこが凄いのかわかるだろうか?
それは・・・
昔の庶民は字が読めなかった。字が読めなければ当然聖書も読めない。
牧師さんたちは字の読めない人のため、教会の壁に聖書の名場面を描き始めた。宗教絵画の始まりである。
親方、師弟制度、そして職人ギルド。絵を描くことで金を稼ぐ専門家集団。彼らは芸術家ではなく職人であった。
彼らの稼ぎのもう一つは肖像画である。昔の金持ちはよく肖像画を描かせた。我々が写真館で証明写真や753の写真を撮るように、彼らは自分や家族の肖像画を描かせたのだ。当時の絵描きは写真屋の代わりであったと言える。
写真屋から出発した西洋美術がよりリアルに、より精密に、表現が発達していくのは歴史の必然であった。
長い時が流れ1866年、「笛を吹く少年」エドゥアール・マネはあえて背景を描くのをやめた。マネは絵をデザイン的に捉え、少年の赤い服を魅き立たせる補色を背景に置いたのだ。
マネは写実主義から印象派へと人々を導いた。「印象派の父」として知られる。
『あえて背景を描かない』
現在では手抜き絵と呼ばれる
父に帰省時に毎月ビールを一本買っていくのだが、私は食前酒も飲むと酔うような下戸のため、味見というものができない。
今まであげたものから父の反応を纏めたので、おすすめのビールを教えてもらえたら嬉しい。
市販のプレミアムモルツ、スーパードライ、キリンだとプレミアムモルツ派だがどれも飲む。昔はスーパードライがあまり好きでなかったようだが最近はたまに飲みたくなるらしい。
①富嶽爆縮
缶のデザインは灰色ベースで、東洲斎写楽の浮世絵が描かれている。シュヴァルツと同率1番美味しかったらしい。
缶のデザインは、フレンチネイル的な割合で上が白、下が赤。富士山のイラストがついている。スプリングバレーより美味しかったとのこと。
赤いボトル。プレミアムモルツとか、市販の美味しいビールよりさらに美味しかったらしい。
薄かったらしい。