はてなキーワード: 対外的とは
増田は、大切な人を他人に紹介するときに、(辞書的に考えて)妙な言い方になることはないか?
例えば知り合いに、なんでも喋れる親友を「腐れ縁でして(笑)もう呼び捨てっすよ(笑)」と紹介したとする。
そこで「親しき中にも礼儀あり!!腐れ縁なんて言っちゃいけません!!呼び捨てで呼んじゃだめ!!」なんて言われたら
「は?」て思うだろ。
人の呼び方を字義通りにいちいち捉えて、運用するなんざ対外的なマナーくらいなもんだ。
そんないちいち想像広げなくて良いんだよ。
専業主婦って、家政婦やお手伝いさん扱いすると物凄くキレるんだよ。
本来気を休める場所(家)で、色々我慢して盆暮れ正月も働いてくれてんだよ。給料も発生しないのに。
お母さん自身も「同等もしくはそれ以上の働き」だと秘かに思いながら、自分で自分を褒めてやりながら毎日頑張ってんだよ。
それでも友達に「うちの旦那」とは言わず「主人」呼びを通すのは、対外的なマナーもあるが主婦としてのプライドもあるんじゃないかなぁ。
謙虚(と感謝)を込めて「主人」として夫をキッチリ立てるってのがお母さんの、妻としてのプライドなんだよ多分。(対等な者同士でも謙虚さと感謝は成り立つだろ?)
増田はそれをズタズタにしちゃったんだよ。お母さん、手塩にかけて育てた子供に言われて相当傷ついたと思うぞ。
まぁ自分は自分の母親しか知らんし、増田のお母さんになったことがないから憶測でしかないけどな。
とりあえず「ごめん」と言ったところで、お母さんの心には届かない。
普段、お母さんにありがとうって言ってるか?
はい、駄目です
「何か話し合っている」は「話しあうということをなすために」というニュアンスにもならない
あと徒党を組むはその集団が対外的なものを目的にしている時に使う言葉だと思う
→このへん、駄目と断定してるけど思うという言葉を使ってるのは明確な根拠が見当たらないから?
「人形というよりも」とあるのに人形と喩えた表現というのは無理があるw
個人的にはこの精緻にはあまり違和感を感じないけど、「精」「緻」という語から見ると、基本人の手によるものに使う言葉だという元増田の感覚が正しいだろうな
まあ絶対に駄目だとは思わないが、普通は使わないし不自然さしか無いので、そういう表現をする価値は無いと思う
→ 静かで落ち着いていること という意味らしいのでそちらの意味では使えない?
静かで落ち着いている(静謐な)鳥の声
→感じただけ?
調査のアルバイトでも無い限り、人の群れを枚挙しようとする奴なんていねえ
→つまり慣用句は 句の中で使われている言葉に基づいた使用法に限られるということ?
不自然
下手
→何を持ってして下手と言っている? 不自然→無理があること 何が無理がありそう?
うん無理
→ここは同意かな
例
志したA
○Aを志すという生きる意味を模索していた 理由)生きる意味の定義要素
×A志していたのに自殺した。 理由)生きる意味の定義要素の結果一例
×Aを志していたが故に自殺した。 理由)生きる意味の定義要素の結果一例
続けたB
○Bを継続するという生きる意味を模索していた 理由)生きる意味の定義要素
×Bを継続していたのに自殺した。 理由)生きる意味の定義要素の結果一例
×Bを継続していたが故に自殺した。 理由)生きる意味の定義要素の結果一例
成し遂げたC
○Cを成すという生きる意味の例を対外的に示した 理由)生きる意味の定義要素
×Cを成すという対外的事例があったのに自殺した。 理由)生きる意味の定義要素の結果一例
×Cという結果が故に自殺した。 理由)生きる意味の定義要素の結果一例
生きる意味の模索という定義でしか説明ができず「生きた結果死んだ。種別:自殺」のような形でしか表せないと思うんですけど。
生きる意味という定義をどこかにしぼるための要素のおまけでしかない死について意味が説明できるなら、ことさら自殺においても意味が説明できるならおしえてください。
簡潔にまとめてほしいので
この意味は何?
「どういう事情って前提がないと」は無し。
昔、ある出会いがあった。
おそらくは、一秒すらなかった光景。
されど。
その姿ならば、たとえ地獄に落ちようとも、鮮明に思い返すことができるだろう。
その先が地獄だとしても前に進むと決めた士郎と
その先が滅亡と知っていても王になると決意したセイバー
やっぱりこの二人は似たもの同士だと改めて思ったなあ
本編のアーチャーの詳細の中で「なんのペナルティもなく固有結界を使いこなし」という一文があったが、本当に消えかかった身でも発動可能なくらい消費が少なかったんだな
わりと初期の頃このペナルティがどれくらいのものなのかと議論されていたがまさかこんなところで結論が出ようとは
HAの『たとえ地獄に落ちようとも思い返すことのできる光景』をまさかUBWで見れようとはなぁ………
アーチャーが契約した“かつてのセイバー”に対する思い入れ、出会いの強さがしんみりと来たぜ
……だからこそ、歯痒いものを感じる
セイバーの聖杯に対する願望、そして自分の内にある鞘の存在を知るほどの関係に至っていたのに、なんで彼女を救えなかったんだ馬鹿野郎………!!
この世界の士郎は先にアーチャーを見たからこそ、アーチャーの様にはならないんだろうな。
守護者の立場が確定したアーチャーはもう抜け出せないけど、後悔だらけの自分とは違う道を示す自分を見たわけで。
本人にはもう救いはなくても、可能性を感じられるだけマシ、なのかなあ。
問おう、貴方が私のマスターか
のカットが入っててまたいいわ。あのシーンて確か本編士郎じゃなくて
本編アーチャーの過去編だったよね。
セイバーの表情もとても良かった。
そういえば士郎はよく「借り物の理想に執着してしまった愚かな男」って言われてるけど、どっかの誰かさんが言ったように「借り物の理想を持たない人間はいない」んだよな。そして自分も元だけど「借り物の理想」をもった人間に該当する。
何年か前、ある人の実況動画をみて、その実況者がプレイしたゲームの素晴らしさに憬れて、自分もそのゲームの製作者のように素晴らしい作品を造りたいと思うようになったのよ。
でもいつからだったか覚えてないんだけど、自分の抱いた理想が「そのゲームの製作者のように」ではなく「自分だけの、自分にしかできない作品を創りたい」という理想に変わったたんだ。
つまり何が言いたいかっていうと、全ての理想に対するanswerは「他人から受け継いだ借り物の理想を借り物の理想のままに終わらせるか」と「借り物の理想を自分だけの理想に変えられるか」という二つの結論に帰結するんじゃないかなといいたいんだ。
新規の人のコメントで「袖がないアーチャーの服は『涙を拭くことができない』ことを表していると思った。」っていうのを見てめちゃくちゃ納得した。
一晩たって落ち着いて考えてみると、この一番大事なシーンを時間の制限ついたアニメにしっかり合わせて分かりやすく構成してると感心するわぁ…
原作やったのがだいぶ昔でアーチャーの言葉にひたすら対抗して打ち合ってたイメージあったけど、ちゃんとその苦しみを理解してその上で対峙するって段階を丁寧に丁寧に描写してたのがほんとよかった、特に同情なんてしないけど心が欠けそうになるってシーン。
あと原作やった時は二人にしか目が行かなかったけどセイバーさんめっちゃ辛そうだな
挿入歌の「傷だらけの硝子の心が」の部分でボロボロの士郎が映って、「忘れかけた熱をともす」でアーチャーに切り替わってるんだよな
偶然かもしれないけど、なんか感じるところがあった
ある意味では士郎にとっても(桜関係や横暴なところを除けば)そういった持ち味を持った慎二も愛おしい日常の象徴だったんだな。だからこそHAでの殺し殺されるっていう緊迫した感じや魔術に対する毒気が抜けて、これから間桐家から出て一般人として再出発しようと語る慎二と士郎のやり取りは(セイバー&桜√で死んでることを考えると)胸にくるものがある。もしHAが映像化したらぜひ入れて欲しい。
理想に執着しているのであって助ける相手に執着していないと言っているのだと思う
衛宮士郎は幸福のために邁進する者ではなく、もっとあいまいなものを守ろうとしているに過ぎないと
だから誰を救うのかも定まらない
それは特定の誰かを助けるために必死になれる人間(たとえば士郎のために真剣に怒った凛など)に比べれば動機が弱い
自分の欲望ではなく願いのために戦うから薄っぺらいんだとエミヤは言いたいんだと思う
じっさいは薄っぺらいどころか士郎は折れる気配すらないと悟るんだけど
今思えばアヴァロンって必ず誰かを救ってくれる要なんだよね…士郎の命が切嗣によって救われただけじゃなく切嗣自身も士郎と出会い救われたし、SNでは後にセイバーが士郎と忘れられないあの夜に出会って彼女自身が救われるきっかけになったしさ。皆の架け橋のような存在だよね。
数ある宝具の中でも、特にアヴァロン(全て遠き理想郷)は尊いものに感じるな。
エミヤに「その先は地獄だぞ」と言われた後の士郎の微笑みが素晴らしかった。
自分の理想の根底にかつての自身の願いがあったことに思い至っての、自身の理想が空虚な借り物でなかったことへの安堵、かつての自分と同じようにたとえ未来の自分から進む先が地獄だと告げられてもその道を進むことをやめようと思わない「自分」と言う人間の性への苦笑、そしてこれからも理想を追い求めていくという決意、それらがあらわれた絶妙な表情だった。
「士郎は人間の振りをしたロボット」とよく言われていたけれど、実は士郎も自分自身のやりたいことを追い求めたれっきとした人間だったんだな。
士郎の始まりは切嗣との出会いでも「正義の味方」という借り物の理想ではなく大災害の地獄の中で願った「誰かを助けたい」という思いだった
今回の話は視聴するまで不覚にも自分ですら忘れていた事柄を士郎と一緒に再確認させられたエピソードだった
これまで士郎は「人間のフリをしたロボット」や「士郎が人間になれるのはHFだけ」っていう意見が多かったし、自分もそう思っていたところがあったけど
今回の回想を見て、改めて以前にきのこが語っていた「士郎という人間は大災害に遭わなくっても最初からああいう人間だった」や「士郎は成長しない主人公」という言葉通り、士郎は最初から士郎以外の何者でもないと改めて気付かされた
今回のUBWはアーチャーが忘れてしまった大切な事を思い出す物語であると同時に、視聴者が「衛宮士郎は衛宮士郎という一人の人間である」っていう原作をした時には分かっていたことを思い出す話じゃないのかな?
そういう風に思わせてくれるufoときのこの演出は本当にすごい
ある意味ではこれまでのfateの総決算ともいえるの名エピソードでした
Fate/stにおいては近くにアーサー王がいるとオートリジェネが入る便利装備
もう一つ便利機能があるがこれは別の話
アーサー王物語にて、策略でアーサー王と決闘させられたある騎士がすんでで相手の正体に気がつき
鞘をアーサーに返却、同時に鞘の加護が消滅してしまい、治癒しきっていなかった致命傷が元で死亡してしまった
と、本来なら死亡しているであろう傷でも命を繋ぎとめてしまう能力がある
もう一つの便利機能、害意判別といいアーサー王物語におけるエクスカリバーの本体はこっちなんじゃないかとの声も
忘れてしまったモノを思い出す為に記憶(うみ)に潜り、あの地獄、あの原初の光景の中にある大切なモノを手繰り寄せる。
Fateは偉大な英霊同士のバトルが目玉なのはよく分かるし、派手だから目に付きやすいし当然だと思う。
でもやっぱり、こういった『人間の想い』を丁寧に織り上げる物語こそが、Fateの真骨頂だとPC版をプレイした時からずっと感じてた。
次話の『answer』もだけど、これから終局まで続く怒涛の展開に期待!
ユニクロ士郎は前編通してやるともうこれしかねぇって感じになるからね、仕方ないね。
個人的に士郎のユニクロについては、端的に士郎の特徴を現してる気がする。
服装って現代では(昔からそうではあるが)自分をよりよく見せたいとか人と異なる服装をして自己の個性を出したい、または同じ服装をすることで一体感を味わいたいといった意味で使われると思う。でも、士郎にはそういった人より優れた自分を見せたいという“自己”には乏しい。士郎がユニクロ着てることからそういう風にも読み取れるんじゃないかなぁと自分は思ってます。
凛の「アイツはああでなくちゃいけないって、ああいうヤツがいてもいいんだって救われてる。」
20話視聴後の感想はまさにこの心境だった
衛宮士郎というキャラクターは創作物の中でも一番好きなキャラかもしれん
違うアーチャーも言ってただろ
「助けたいから助ける」そこに理由がないから偽善だって言ってる
普通の人は大切な人だからとか誰かを助けるに足る理由が存在する
でも士郎は見ず知らずの人すら命がけで助けてしまう
でその理由を挙げるなら死にそうな誰かを助けたいという理想しかないんだよ
間違ってない願いだけど人間として致命的に欠けている
「それを手にする前に、きちんと考えたほうがいい。それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ」
「おい、そこから先は地獄だぞ」
剣を抜くカットもそうだけど、この辺りもまた対比になってるなぁ
元から、「今、願ってる主体」が士郎以外の誰かだったことはないよ原作でも。
これ、普通の物語なら「始まりがなんだろうとこれは俺の心だー!」になるんだけど
そこで、「もう借物だとか自分の心だとか、理想が理想である前には超些細ですし」
までぶっとぶのがUBW。
「笑いたかっただけ」みたいな話は、普通のキャラにとっては深刻なんだけど
衛宮士郎二人にとっては、自分が偽善呼ばわりされるなんて大した話じゃないから
話さくさく流れて理想の話になっちゃうんだよね。
そこを凄い脳内で拡大してる人が出たりする。
それこそ、「士郎は切嗣の行動をなぞってるだけ」とか。
士郎は切嗣に「憧れた」わけだけど、
それはつまり、「ああいうものに憧れを抱く、善しとする価値観」を
士郎が元々持っていないと始まらない。
それを考えると、もうちょっと複雑なんだよねその辺り。
アーチャーの「幸せそうだったから憧れただけ」を真に受けるのはナシだしな。
「実は贖罪」もそうだけど、UBWであいつが殊更露悪ぶって口にする言葉を
それよりは
>「―――覚えてる。俺を覗き込む目とか、助かってくれと懇願する声を。
> その淵で思ったんだ。自分が助かった事じゃなくて、助けてくれるヤツがいる事は、なんて」
> 素晴らしい、奇蹟なんだって事を。
の辺りを読み込んだ方が未だヒントになりそうな。
→じゃぁもっと決定打になるものを見せてやろう
っていう意味じゃないか? UBW展開は。
「お前の辿り着く先はこの不毛の荒野だ」を文字通り目に物見せると。
あと、演出的には、Ufoはアーチャーと士郎を背負う空(特に雲)で表すそうだから
多分answerが凄いことになる。
UBWは心象世界だから、心象のぶつかりあいをビジュアル化する装置になりうるんだよ。
まさかここにきて、「アーチャーのUBW展開はローコスト」という設定が
演出上の最強のカードになろうとは。
某動画サイトでのコメントはアーチャーがセイバーを間接的にdisってるwwって解釈してるから違和感ある。
あそこのシーンのセイバーはアーチャーの言葉に傷ついてるわけじゃなくて自分と同じような道を歩んだ士郎の成れの果てのアーチャーを痛々しく思いながらも自分と似た願いを持つアーチャーを否定しきれない葛藤も持ちながら二人の問答の答えがどうなるか見守ってるんだと思う。
ホントそれ。そもそも願いが間違いなだけでセイバーの在り方自体はFateの全編を通して否定しえないものとして書かれてる。
SNから入った人はセイバー√で初めにそれを理解するんだけどそれをZeroで盛大に全否定したもんだから
そこから入った連中はセイバー=否定される、していいキャラとして認識してるから大問題。
虚淵のネームバリューもあって被害は甚大よ。
たまに絵に起こしてもらうと、ゲームのCGイベントは戦闘だし、
「いかにもうおおおおおとか言いそう」なとこが対外的には押されがちだったけど
基本「己と向き合い自分の心を形にする」人間だから
実は「動」だけじゃなくて「静」の面も強いんだよね。
その「静」に支えられるから熱さもあるって感じ?
今回の、内面でのアーチャーとの静かな対峙で
「静」の面が凄いクローズアップされたと思った。
自分はこれが見たかったんだよね。
とりあえず、「以前の記憶がない」は「ほほをつたう」と矛盾してると思う。
士郎、思い出に浸るのを自分に禁じただけで、普通に記憶はあるぞ。
> 何もなくなった場所にいって、有りもしない玄関を開けて、
> 誰もいない廊下を歩いて、姿のない母親に笑いかけた。
> ……あの日の前に戻れて。
> 何もかも悪い夢だったのだと、そう目が覚める日を待ち続けた。
士郎って割と元々ああよ。
衛宮士郎がアーチャーと士郎に分かれて真剣に自分の将来を模索するお話まじ熱い
アーチャーは自分が辿った選択ではろくな道筋にならないと力説する
士郎は自分が進む未来は「選べる道」ではなく「選びたい道」を進もうとする
幾度の面談を経て衛宮士郎は見つけづらい険しい道筋を見つけて答えとする
自分会議(物理)は死ぬほどストレスたまりそうだけどその分効率の良さが半端じゃないな
今回のエピソードは、アーチャーの月下の誓いに対する「呪い」という言葉が
あまりにそのまま伝わり過ぎていることに対する反論的な意味もあるのかな……と思った。
余人から見れば呪いととられかねない歪なものなのは確かだし、発言したのが未来の士郎と
いう点もあって、「信憑度が高い」と取られても仕方がない部分はある。
だが、そうじゃない。そんなものは、アーチャーのレトリックに過ぎない。
「月下の誓いに至るには、大火災のさなかで救いを求める自分がいて、生存者がいないと分かりながらも
助けようとした切嗣がいた。だからこそ、救われない人間をこそ救おうとするエミヤが生まれた。呪いなんて、忘れてしまったアーチャーの後付だ」というように。
ここら辺、原作やってても勘違いしちゃう人間がいるし。これをより説明的にしたことを指してデチューンと言ってたのかもね。
なんだかんだ分析してるが、初見じゃもうボロボロ涙でて凄かったよ。そうだよ!そうだよ!と絶叫しちまった。
価値観っていうと語弊があるのかもしれないが
とにもかくにも「心」はないと憧れも発生し得ないってところは
押さえておいてもいいのではと。憧れって心の働きなので。
災害中の描写から、衛宮士郎の連続性を断つ描写は作者したつもりないと思うんだよな-。
っていうか、原作の描写をそう読まれちゃったことを踏まえて再構成したのが
んー、言いたいことは分る。確かにもっともだ。
だが、「心が死んだ」「ゼロの状態で切嗣から新規に心を貰った」だと
極論すると、士郎以外の誰であっても
上記二条件を満たせば、士郎の如き人間になるってことだろう。
実際問題、それは非常に考えづらくないか?
なんで士郎がああまで凄まじい人間になっちゃったのかって言ったら
やっぱり元々「何もできないのに謝って楽になるのはだめだ」と
涙を呑んで歩き続けるような真っ当すぎて真っ直ぐすぎる子供だったからで、
そういう心をベースに憧れが発生したからだろう。
「心が死んだ」「ゼロの状態で切嗣から新規に心を貰った」
を強調し過ぎると、なんっかその辺拾えてない印象になる。
大事そうな話をよく読むとさっくり投げっぱなしにしつつ
「え、そこ?」ってとこに落ち着くのな。
よく考えたら何故その話が理想に落ち着く、みたいな。
読み甲斐があるといえばそうなんだけど、お陰で
「借物」が「心がない」と誤解されたり
「笑いたかっただけ」が一人歩きしたり、
今回、物凄い分かり易くバッサリまとめてきて、色々衝撃だった。
始まりは憧れ、でも根底に在るのは願い って、きのこだなぁおい
思い出したよ、くっそながい文章アホみたいにぶっ通しで昼夜読み続けてここの所で「なんて尊い大馬鹿野郎どもだ」ってボロボロ泣いたの。
今回は素晴らしかった。
なんというか、エミヤシロウというキャラクターの魅力を再確認できたよ
人間なら誰であれ死に絶えるような地獄の中で意味もなく切り捨てられる小さな命をこそ守りたいと願った少年が、その地獄の希望をくれた人から受け継いだ理想によって、その最も救いたかったものを切り捨てて大多数を救うものになってしまったんだからやるせないよなあ
士郎が本当に凡人なら、途中で折れるんだろうけど、地獄の道行を後悔なく駆け抜けることができてしまった心身の強さに物悲しくなる
一応補足しとくけど、兄貴とディルでは置かれた状況が全く違うからな
兄貴とディルを比べてディルをけなしている人はそこらへんを忘れているし、あえてどちらがより酷いかといえばディルの方が遥かにひどい状況だったんだよなぁ
そりゃ恨み節の一つも吐きたくなるだろって納得するくらいに
仮にディルが戦闘続行を持ってて、セイバーと切嗣を倒してケイネスたちを救えた後に消滅したなら恨み節は残さなかったろうし
もし兄貴がディルと同じ状況だったら、恨み節はともかくとしてやはり憤怒の形相で怒っていたんではなかろうか
それに主君に忠を尽くすってディルの願いも、強い奴と全力で戦いたいっていう兄貴の願いも自分本位な願いという意味では同じだからディルも兄貴同様、立派なケルトの英雄だと思うけどなぁ
士郎が人助けをしたいのに、元々法政志望してたことが昔から疑問だった。救急隊とか医者とか、もっとわかりやすく人助けできる仕事があるのに、と。
でも、きっと士郎はそんな自分の手の届く距離だけに留まるミクロの人助けではなく、社会の仕組み全体を変えるようなマクロの人助けをしたかったんだろうな。
そう思うと、世界と契約したのも、膨大な力で社会全体をよりよくできるという期待を持ってたのに、実際は何の権限もないただの末端の処刑人でしたっていうオチに涙せずにいられない。
なんて愚かで、なんて愛おしいんだろう。大人しくレスキュー隊にでもなっていれば良かったのに。でも身の程を超えて、それより上を、人類の幸福の根源を求めてしまう士郎だからこそ、愛せずにはいられない。
大河になってアーチャーを馬鹿馬鹿って言いながら思い出してくれるまで思いっきり抱きしめたい。
俺もそんな風に思っていたけどFateを深く考察するようになってちょっと考えが変わった
士郎が最も助けたいのは苦しみ足掻いてなお幸せになろうとする人なんだよね
だからもしかしたら罪を犯しても尚幸せになろうと苦しんでいる人をこそ助けたいと思っていたのかも
分かりやすい消防隊員や警察官を目指さないのは
だからあのゲリラの少年を始めとする人々はアーチャーにとっては助けたい相手だったんじゃないかって
指導者はともかく実際に戦っている人達は思想に関係なく自分や家族が食べていく為だったりするし
>>「(幼士郎の)この地獄を覆してほしいという願い」
>原作ではこう
>>自分では持ち得ないから、その尊さに涙した。
>>いけないのか。自分の気持ちではないから、それは偽物なのか。
それ、別に矛盾しなくない?
士郎は元々恐ろしく真っ当な子供で、「『誰か』この地獄を覆してほしい、みんな助かってほしい」
っていう願いを持ってた。
でもそれは、救いのない、誰も彼も死んでいく現実をつきつけられて
意味をなさなくなった(これを「心が死んだ」作中では表現する)
そして、その地獄にあって未だ生存者を探す、
「『自分で』地獄をどうにかしようとする」切嗣に会って、
士郎は、「助かりたい」「助かってほしい」という情動すらボロボロになった己の心では
抱けなくなってたその思いに涙したわけだろう。
SN切嗣では強すぎて物語にならないのは分かるけどだからといってケイネス一人に原作で語られた外道戦術使うのはちょっと弱体化させすぎやな(せめてもう一組くらい・・・)
会話の制約があったとはいえ、セイバーをあからさまな無能騎士道中にしたり、切嗣に明らかにおかしい戦争は英雄のせいだ論を抱かせるのもちょっとな(過去編から考えても切嗣が恨むようになるのは魔術師のはずだし、セイバーがあんなに騎士道大好きなはずもないから、明らかに話の都合のためにそうなったようにしか見えない)
これはもうちょっとやり様があったのじゃないかと思ってしまう
後やっぱりなぜ切嗣は火災の犯人になったのだろうか?
虚淵さんが言峰大好きだったから変えたんじゃないよな流石に
ナタリアとの別れによる正義への絶望や故郷での事件等の過去編がよかったから余計にそこらへんの矛盾や弱体化が気になってしまうな
横からだけど、「士郎は正義の心を元来から備えていた」と思われる描写は今回、原作、前回のアニメでも見えたりしてるよ。
・泣きながら災害のなかを歩いた。その時、周囲から「助けて」 と声が聞こえてきた。止めてくれ、オレにはそんな力はない。という感じの描写。
・そして今回の顔。泣いてはいるけど、泣き顔ではない。
「誰か助けて」ではなく、「助けられないのに助けを求められることに対して謝りながら、歩き続けた」
スマホからだと書きにくいな…
俺は
「たしかに、始まりは憧れだった」
「けど、根底にあったものは願なんだよ」
「(幼士郎の)この地獄を覆してほしいという願い」
「(切嗣)誰かの力になりたかったのに、結局、何もかも取りこぼした男の、果たされなかった願いだ」
って解釈した
根底にある願いは切嗣に会う前から持っていた
のコメントを見て思ったけど、確かに「こんな地獄を覆して欲しい」っていう表現は、今まであの手この手を尽くして地獄を覆すために努力してきた切嗣の願いとしては受動的すぎるかなって思うんだよね。だからこれはやっぱり地獄を前に何も出来なかった子供士郎の願いなんだと思う。
車の傍の死体
暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。
トンネルの中の死体
暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。
荒野の木の周りの死体
暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。
世界との契約
暗転[赤い画面に黒い文字で]――いずれ辿る、地獄(りそう)を見た。
という事?
そうじゃなくて、
地獄を見た。
地獄を見た。
地獄を見た。
――いずれ辿る、理想(地獄)を見た。
ってこと。
いや、原作ではとてもそうは見えなかったけどな。
実力的には1/10しか戦闘能力出せない状態でも圧倒的に士郎<アーチャー。
そして勝負のついた最後の一刀もアーチャーなら余裕で防げた。けれど防がずに士郎の攻撃を受け入れたってちゃんと理解出来る用になってる。
セイバーも「アーチャー…何故……」って疑問を口にしてた筈だし。
だからこそDEEN版でそこが分かりづらくて不満点になってるんだし。
セイバーが辛そうなのは士郎達が殺し合ってるのに見てる事しか出来ない辛さだと、思うけどな。
彼女はずっと士郎の生き方は危ういと言ってたし、実際に破滅したアーチャーが士郎を殺そうとしてるんだからそりゃ辛い。
士郎とセイバーは似たもの同士だから士郎やアーチャーの気持ちもセイバーは理解できるだろうしね。
挿入歌にあるSTARDUSTって星屑もそうだけど「夢を見るようなロマンチックな気持ち」という意味もあると知ってショックを受けたよ。星屑はまさに「願い」の記号だけどそれだけじゃなく、地獄と知っていても夢を掴みにいく士郎の熱い気持ちも表しているようでAimerさん、なんという言葉を選んでくれたんだ。ついでに、
Ashは色も熱も失った灰塵=アーチャー
Judasはエミヤシロウを最後には殺してしまう裏切り者=理想
として歌詞を見ると本当にアニメ映像とリンクしていてもうこの歌が大好きになってしまったよ。本当になんてすばらしい物をつくってくれたんだこの人たちは。
「愛撫されるイケメン」が18禁BL以外に存在しないからだと思う。
女性向けの男女物のR-18作品は「凡庸な女性が俺様なハイスペイケメンに愛撫される」だし、
男性向けの男性受のR-18作品は、男性がイケメンどころかハゲデブおじさんばかりだ。
あるいは「おねショタ」というジャンルになる。ショタは全く好みじゃない。
見た目年齢で青年のイケメンが愛撫されるR-18作品が欲しいとなると、18禁BLしか無い。
実はBLへのこだわりは無く、攻め手が若い女性でもOKだ。腐女子がBLを好む理由として、
「恋愛成就している女性キャラを見ると嫉妬するからだろう」と納得している男性が居るらしいが、
私の場合は、サッパリわからない。嫉妬??二次元キャラクターに??はぁ??という感じだ。
ただ、攻め手の女性も、気持ち悪いデブおばさんだったりすると嫌だと感じる。
攻め手も受け手もノリノリであることが必須だし、それを俯瞰で見る読者としては、美しいものを見たい。
年齢は近くて(双方10代後半~20代)、健康的な体型で、清潔感があることが望ましい。
でもそんな組み合わせ男女物で、女が男を攻めるものは、探しても全然無い。需要が無いのかもしれない。
BLにはプラトニックとエロがあり、プラトニックBLが好きな理由は結構対外的に語られてきたと思う。
男性と女性だと、スポーツ選手とマネージャーのような対等でない関係になりがちで、
男性と男性なら、同じチームの仲間であり切磋琢磨するライバルという対等な関係になれる、
対等な関係の延長線上にある恋愛が見たいからBLが好き、みたいなものだ。
2つの大企業(どちらも常時東証時価総額10位以内)に12年勤めた経験から、大企業で働くために必要なことを教えますよ!
まずこの大前提を抑えましょう。これを理解していない人がたくさんいます。皆、それぞれ与えられた仕事や大切な家庭があります。
加えて貴方の代わりはいくらでもいます。 貴方の未来の姿()、貴方が望む仕事()に興味ないのが当たり前です。
そんなに難しいアウトプットは求められるはずがありませんので無難にこなしましょう。難しくても、自分の頭で考えて、上司や先輩と相談しながら実行すれば良いです。ぶっきら棒に、「こんなのできません」「やり方教えてください」は×です。
上司にたてつかない、先輩、後輩、同僚とトラブルを起こさない。会社、家庭などの不平・不満・悪口は言わない。不倫とか横領とか問題外です。
トラブルを起こさないだけでは、ただの暗い人でもできますが、何もしないのではなく自分から周囲に好影響を与えることが重要です。何か主張するときは立てつくのではなく、波風立たないように提案という形で意見しましょう。
→ 評価はよくありません。それでもクビにはなりませんし、給与は少しずつ上がるので、
趣味や家庭を優先する、あなたのとんがった個性()を大事にするならそれでも問題ないでしょう。
→ 実践しようとしていること、が上司に伝わることが重要です。
これだけで出世時に抜擢はされませんが、順調に給料も上がり、出世はします。
生活態度も真面目で、人一倍仕事もでき、上司からも周囲からも頼られている人です。
これを10年以上続けられる人は抜擢されていくでしょう。相当な忍耐と努力が必要です。
上司に気にいられているかどうか(=派閥に入れるか)と年齢と残業時間で評価が決まります。
個人の能力の違いなんてほとんどないです。特に知識の量とか努力の量とか関係ないです。
上司もそんな違いはわかりません。関心もないです。
問題となるのは、上記"だけ"では40歳以上になった時に専門技能が身についていないことです。
なので、1~3をきちんと守ったうえ(←これが重要)で貴方が身に着けたい専門性、対外的な価値を高めましょう。
外国語の勉強はもちろん、経理、法務であれば該当する資格やIT資格などの取得、技術系であれば、特許や論文の執筆、学会参加・発表を行いましょう。
昨今リストラにあって、就職先が見つからない40歳以上の人たちというのは、1~3だけを忠実に守ってきたけど、技能を身につけてこなかった人達です。
追記を読んで、どうにもこれはマズイと思ったので、いくつか指摘いたします。
ブックマークありがとうございます。本当は、アンビバレント女々さんが直接読むとは思ってなくて、ここに書いたんです。あまり傷つけたくないんですけれど……。
増田とはいえインターネットですし、特に今回は、主要な登場人物がほとんど利用している「はてな」という会社のサービスの、
それも、火の粉が大きくなった原因のひとつでもあるような増田というwebサービスに書いておいてこんなカマトトぶったこと言うと、関係者かな?と思う人も出てきそうですが。
彼が最初に「ホテル代は自分が持つね」と言っても、そのあとネットで秘密にするべき行為を公開して彼を裏切ったのは、あなたでしょ? それを秘密にしてね。と言われていったん了承したくせに、それすら裏切ったのはあなたでしょ? お金払うと彼が最初に言ったのにそれを守らない、だから彼が悪いというのならば、あなただって一杯嘘ついているじゃないですか。それはスルーですか? あなたも裏切った以上、後は現実的な負担の話です。彼が支払った交通費、食事代、それとホテル代を相殺してください。
登場人物が少ないくせに、なんだかよく分からない絡まり方をしているので、混乱するのかもしれませんが、この件には、正確に言うと3人の加害者と3人の被害者つまり3組の利害相反者がいます。
1組目 加害者:メメ 被害者:otsune・・・・・これは、増田さんが仰るように「web上でのリベンジポルノ」にまさに該当すると思います。
2組目 加害者:otsune、被害者:メメ・・・・・これは、ホテル代を踏み倒された件ですね。
3組目 加害者:久谷女子およびotsune、被害者:メメ・・・・・これは、久谷女子9号の内容についてです。
更に言えば、「ヤリ捨て」を悪とするという立場に立つ人にとっては、4組目 加害者:otsune、被害者:メメ も成り立ちうるようです。
私は個人的には、この4組目は成人男女同士の色恋沙汰レベルだと思うので、被害加害関係は成り立ちにくいかなぁと思いますが。
なので、「メメはotsuneに酷いことをしたくせに棚に上げて」というのが成立するのは、ホテル代払ってない&やり逃げの道義的責任と相殺されるだけのことで
勝手に人の色恋沙汰に首を突っ込んだ久谷女子さんたちが、関係ない人の色恋沙汰に首を突っ込んで、晒し上げして、追いセクハラしているという構図になりますので、別件ですね。
リベンジポルノをした人は、別の件で石を投げられても文句を言うな、というのでしたら、それは現代社会においては割とまずいことになります。古代バビロニアであれば、或いはオッケーかもしれませんが。
久谷女子が、なぜ珍しくもない痴話喧嘩をフューチャーしたのか、その真意は知る由もありませんし、知りたいとも特に思いませんが、全く関係のない第三者が、石を投げても良い、という理由はありません。
そもそも、メメの行ったリベンジポルノは、正当な方法をもって取り下げをさせるべきだった。
法律家ではないので詳細な加害割合は分かりかねますが、リベンジポルノ(web)に、リベンジポルノ(同人誌)で返した時点で、すでに民事的には痛み分けの条件闘争にしかならないような気がしますが。
ホテル代も結局まだ返してないみたいだしねぇ…。
ええと一応、私の立場としては、メメのリベンジポルノは卑怯極まりなく、十分名誉棄損にあたるものだったと考えています。そういう感じのブコメをした記憶もあります。
あと、いい大人がみっともねーなーというか、というか、さすが(自粛)、見る目が無いな。という感想です。見る目が無いなと感じるのは、メメotsune双方に関して思います。
彼女か彼か、どちらかとリアルな友人であったら、「wwww不幸な出会いやったね、はよ忘れーや」ぐらいなもんです。
お相手がメンタルに問題を抱えていようがいまいが、男女のどちらが「捨てる」側だろうが、スマートにやり捨てをするには、テクニックや経験が必要なわけですが、双方、どうもそういうものをお持ちではなかった。
「メメちゃん悪くない!」とは1ミクロンも考えておりませんが、初動期にotsuneが会ってホテル代を返し、やり逃げしてごめんね、って謝り、その代わりその場でエントリを消させれば、ここまではいかなかったろうねとは思います。
これらはそれほど難しいことだとは思っていません。
本当だったら、相手からそっけなくされてから恋愛は勝負なのに、あなたはそれすらしてません。いきなりリベンジポルノしたりしないでください。
まぁその通りだと思います。でも、やり逃げされてフラれた赤の他人にかける言葉としては、割と辛辣だなとは思いますので
「本当はあなたを傷つけるつもりはなかったのよ」なんて、やっぱりお為ごかしがはなはだしくてケツ蹴り上げたくなります。
久谷女子のみなさんにも、ひょっとして、そんな風にマジで思ってた人でもいるんでしょうか。もしそうなら、凄惨なお花畑だなぁという感じです。
切りつけ合うなら、せめて、ケンカしてる体を保った方がさわやかだと個人的には思います。
「インターネット」「現実」「裁判」「出版」という4つのジャンルがあったとして、その境界を簡単に壊す人を、私は怖いと思います。現実の喧嘩をすぐにインターネットに公開する人とか、ちょっとした感情の行き違いをすぐに裁判沙汰にする人とか、ルール違反じゃありませんか?
これに関しても、やはり「関係者ですかね?」と訝しみたくなる、身びいきが過ぎる物言いだと思います。インターネットも、出版も(同人だろうが商業誌だろうが)同様に「現実」です。
社会的な規範や法律を超えた問題が発生すれば当然現実の法律で裁かれる、インターネットの中で起きた被害は、やはり現実の法律である程度は(ここが弱いのがインターネットの世界のとても良くないところですが)守られ裁かれるのと同様に、
「インターネットで晒される」ということも、残念ですが避けにくいことだと思います。本当に残念ですが。
インターネットは、社会の外にあるものではなく、社会の中のひとつの機能でしかありません。これは、久谷のみなさんやその他同人誌活動をしている方も勘違いしがちなのかもしれませんが、同人誌の世界も同じです。「社会の中」にある何かでしかないのです。
社会の中にある何かでしかない以上、社会で通用する法に準じるべきで、増田さんが考える「ルール違反」は、あまり一般性があるとは思えません。日本で法律に守ってもらいたいと思うのならなおさらです。ちょっと、世の中舐めてませんか?
ちょっと話は変わりますが、姑の人が関連エントリで、メメは社会弱者ではあるがネット喧嘩は強い、的に評していましたが、その辺は一部はあるんでしょう。
私は同意見ではありませんが一理はあるかなーと。インターネットがそういう「社会的弱者のための卑怯な武器」になってしまっているという側面は否定できませんしとても残念なことだと思いますが、だからといって窮鼠を追い詰めていいんか、という妙な正義感があるんで。
こういう人は、今度はネット上の怒りを、現実に持ちこむんじゃないかな。住所を知ったら、直接家の前に貼りこんで、子供の写真をアップしたり、ニコ生のように突撃取材を始めたり……そのあと「私メンヘラだから」と言って罪を逃れて……。だから、久谷女子の方々が住所を彼女に告げなかったのはとても正しかったと思います。淡路島で殺人事件もありました。自分の身を守るために住所を告げない彼女たちは、その点は正しかったと思います。
これは、メメが知り得た情報を元に「実際に危害を加えに行った」という事実が今のところはないようなので、美しいぐらいの名誉棄損だと思いますよ。撤回した方が良いかと思います。
淡路島での殺人事件は、容疑者が「報道できない病気」なのではと言われていますが、その信憑性も分からないし、増田さんは信憑性の不明な噂をもとに、メメは淡路島の容疑者みたいなもんだ、と言っているように受け取れます。
淡路島の一件に関する噂が、仮に真実であったと仮定して、更に、彼女は確かに精神的に健康ではないと自分のブログで告白しておられましたが、それも真実であると仮定した場合、病名は異なりますし、
両方の病名は、あくまでも一般的に、ですが、おおよそ対外的な病気の発露の傾向は180度ぐらいは違います。
これ、追加燃料を狙った釣り増田じゃないとしたら、割とまずいんじゃないかなぁ。追加燃料としては、中々の火力だと思いますが。
男の方がやる前に「付き合うかどうかやってから判断したい。合わなければ付き合わない」と明言してそれを女の方も同意してれば「やり捨て」なんて言い方はされないんじゃない。
独身のふりしたり妻とは別れるつもりだと誤魔化す不倫男と同じカテゴリでその不実さが非難されてるんだよ。
今回の場合事前にそういう話はしてないみたいだし。
むしろ事前には付き合いたいと思ってるみたいな話をしておいて(女側から見たらやらせてくれないと付き合わないと要求してるような言動をしといて)実際に事が終わったら何事もなかったかのようにFOしようとして、それを女に抗議されたら「本当は付き合おうと思ってたんだけどこういう形で抗議されたからその気がなくなった。対外的にはやったこともなかったことにしてくれる?」といけしゃあしゃあと言ってるところが鬼畜呼ばわりされてるんであって。
女の方は「付き合ってくれると約束してくれないとやりません」とか「既婚でないと証明しないと/奥さんと別れてからでないとやりません」と相手に要求することで身を守ることはできるけど、その自衛を女の方がやらなかったからといって男側の下衆さがチャラになる訳じゃない。
脳は14歳前後で深刻なセキュリティホールが発見され25歳前後でやっとパッチが配布される仕組みになってるから、
セキュリティリスクを抱えた状況で下手に動き回らないってのは、デジタルタトゥー全盛の現代において理にかなっても居るんだよ。
「ネカマ画像」辺りでググってみろ。未熟な脳味噌でとりあえず走ってみた(あるいは走らずには居られなかった)男子高校生の屍が見られるから。
「走らずには居られないほど衝動が強くなくて良かった」「パッチ配布後に動いて良かった」と思えるだろ。
はてな民が「ラッキーリア充死ね」と思いながら横目で見ているような連中は、人から羨まれるような人間関係を、思い出すだけで「ウッ……ウワァァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!!! ヒィィィィィィィイイイイイイイーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!」と七転八倒したくなるような記憶とトレードオフで得ているんだよ。
ただ対外的に語られるのはフィクションのように美化された話だけだから、ただただラッキーなばかりの連中に見える。そんなことは無いけどな!!!
あと非モテにとって女子高生はイケメンをチヤホヤしまくる存在に見えるかもしれないが、女子高生くらいの年齢は本当に理不尽に、意味不明な理由で冷めるから。
「女子高生は打算的ではない」と美化して語る奴らも居るが、打算的ではない分純粋に残酷で、「生理的に気持ち悪い、無理(笑)」を何のためらいもなく言い放つ。
彼氏であろうが、元彼氏であろうが、気持ち悪いと感じたら、即気持ち悪いしマジ無理だし消えてほしい。
それも未熟な脳だから仕方がないわけだが。非モテは女子高生の体だけ欲しがるが、そんなものはバーチャルにしか無い。傷つきたくない奴はバーチャルから出てこなくて結構だ。
複雑なんだなー今回の問題。国内や世界情勢の知識が色々備わってないと正確に把握できない。
あと、あらかじめ先に言っておくと、客観的に見て分かるように、右翼サイドも左翼サイドも悪い点があるということです。「どっちだけが一方的に悪い」ってほど簡単な問題ではなさそうです。
2. ISISがブチキレる。
・日本は(というか安倍政権)はアメリカとべったり路線なので、アメリカと関係が深いイスラエルも支援したかった。
・日本にある武器輸出三原則を変えてまでもやりたかった。それもそれで物議をかもす。
イスラエルというのはユダヤ人で構成されている。アメリカは優秀な少数のユダヤ人に掌握されてる面があって、じっさいアメリカの政治家や権力者にもユダヤ人が多い。なのでユダヤ人やイスラエルにあまり逆らえない。ちなみにアインシュタインもユダヤ人。
技術大国イスラエル 日本企業も熱視線:ワールドビジネスサテライト:テレビ東京 http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/wbs/newsl/post_82655/
ユダヤ教とイスラム教の聖地が両方ともその辺にあって、競合しちゃってるのが原因。しかもイスラエル軍が無駄にパレスチナ人を殺しすぎている。ひどい。でもアメリカはそれをあまり非難できない。イスラエルは中東らへんの周辺諸国に嫌われている。
・2001/9/11を発端とした、アメリカのテロとの戦いがある。
テロは悪いことなんだけど、それに対する報復戦争のやり方もマズかった。誤爆が多かったし。それがテロリストと無関係な穏健なイスラム教徒や中東の人からの印象も悪くさせた。報復と報復のいたちごっこになっている。
・少し話しそれるが、第二次世界大戦でアメリカがドイツでなく日本に原爆を落としたのは、民族的に近いほうだと抵抗感があったが、日本はそれがが少なかったから。という説がある。イエローモンキーだから。それと同じノリで「民族ちがうし抵抗感ないしテロむかつくしテキトーでいいんじゃね?」と誤爆しまくったんじゃないのかなぁ、と思っている。アメリカってあまり反省をしない気がする。ちなみにアインシュタインは大統領に原爆を進言したのを悔やんでいたそうです。
・そういうのもあって、昔(911前くらい?)までは中東からの日本への視線は同情的なものもあったらしい。なんだけども、「中東からの印象悪いアメリカ、イスラエル」に対して、日本がいままで以上に踏み込んでべったり路線になり、武器を売って支援しようと言うのだから。そりゃあその印象の悪さがそっくりそのまま日本にも適用される。同情の念も薄らいでしまう。
今、このタイミングでネタニアフと会う意味をまったく考えない安倍ちん - みんなどこか変わってるから大丈夫 http://d.hatena.ne.jp/mzponta/20150120/p4
2014/8月の時点ですでに捕まっていたらしい。日本政府は今まで何をやっていたのか?については、まだ調べてない。でも2番で挙げたような情勢を鑑みたら、そんな人質がいると把握している状況なのになぜそんなタイミングでイスラエルに武器輸出をすると言い出したのだろうか?そんなことしたら、こんなことになると予見できたのではずでは無いのか?
テロ組織に人質身代金払ったら、テロの勢力拡大に加担してしまうことになる。だから払えない。それは皮肉にも先述の「イスラエルに武器輸出したらどうなるか」と似ている。天唾ブーメランなのだ。
日本のマスメディアの「人命を救うためにお金を払え!払わない安倍政権は非人道的だ」という意見は全くの逆でしょう。人命を救うためにはテロ組織を拡大させないことが重要。wikipedia見るとわかるけど、いまもなおISISは周辺を侵略しまくって領土拡大しています。マスメディアがやりたいのはどんな手段を使ってでも安倍政権を叩きたいだけ。テロリストに加担してでも。政権叩きよりも他に優先してすることあるだろ?という状況でも。
身代金を出すなんてしたら、穏健派(非過激派)を怒らせてしまう。渋谷のモスクで人質解放の祈りを捧げてくださっているイスラム教徒たちも怒るレベル。
「ヨルダン人パイロット」とか、ISISが要求変更して捕まってる刑務所のテロリスト解放しろと言ってきたこととか、その辺はすみません把握できていません。
NHKスペシャル|追跡 「イスラム国」 http://www.nhk.or.jp/special/detail/2015/0201/
午後9時00分~9時49分
ふつうに客観的にみて選挙のシステムに色々問題点がある。低い投票率、パンダ議員、一票の格差、小選挙区と比例代表の問題点・・。
でもどんなにプロセスに問題があっても、建前上・対外的には、結果的に有権者が政党を選んだ・信任したことになります。
で、
このメディアリテラシーの低さや、世界への関心の低さで定評のある日本人のなかで、
この記事で調べてある程度まで把握できた上で考えたり発言をしている人は
一体どれだけいるのだろうか。という疑問。
ISISの声明は、日本国内の反政府組織や左翼に対して大義名分を与えている。それもあるけど、「言葉通りの意味」も一理あるのだと思う。つまり、国内でも色々あるけど結果的には「有権者が安倍政権を信任したことになる」わけだから、そんな政権を信任したような日本人(有権者)が悪いんだよ。と。安倍政権をおろせばすべてがうまくいく、とかそんな話でもないです。民主政権を思い出せばわかるでしょう。じゃあどうしたらいいんでしょうね。
平たく言えばこういうメッセージということ:
日本人の政治問題への無関心について自省的な態度で見ると、そう受け止めることができる。
いい歳した大人の有権者の日ごろの行いって、世界につながっているんだなぁと実感した次第。
※ほかにも、イスラム教のシーア派/スンニ派/アルカイダ/ISISの関係とか、過激派/穏健派とか、アメリカは石油を確保するために中東とそれなりに仲良くする必要もあったり、日本とアメリカの安全保障上の関係とか、集団的自衛権とか、いろいろ背景について調べるポイントはあります。
ユダヤ人といえばナチスに迫害されたことが有名ですが、ユダヤ人にも嫌われるだけの原因があったということです。だからといっても迫害は絶対悪ですが。
30~40代未婚者の多くは、
・人間や人間関係に絶望しており、誰とも仲良くしない「消極的コミュ障」
・粘着質で愚痴っぽく、人の話をまるで聞かない「積極的コミュ障」
に二分されるのではないかと感じている。
はてなには前者が多そうだが、はてな以外では不可視だ。現実でエンカウントするのは後者が多い。
「うちは鬼嫁で、小遣い制だから金がないんだ。だから飲みには参加できない、ごめんな」という理屈は、
そもそも、どうしてもそいつと飲みたければ、金くらい捻出できるのである。
本物の鬼嫁から経済的虐待を受けている既婚男性も存在するのだろうが、少数派だと思う。
既婚女性にも、後者からの誘いを回避するための方便が必要とされるシーンがある。
「ご飯作らなきゃいけないからごめんね」は、角が立たない断り文句として非常に使える。
今時の男性は一人暮らし経験もあるので、自分の飯も用意できないほどの無能は少ない。
もちろん本物の無能旦那も居るのだろうが、やはり少数派だと思う。
既婚者は角が立たない断り文句として、配偶者の悪口をよく使う。
それを真に受けるのはあまり賢くない。
クリスマスとは無関係に平日を過ごされている皆さん、お疲れ様です。
さて、ハイスコアガールから恋愛要素を完全に引いた形で青春を過ごし、
過去の殺伐とした記憶が上書きされるくらい身悶えするような甘ったるさを
完全に枯れたジジイの目で暖かく見守っていたファンも多かろうと思います。
「ああ、これ売れ残ったらオレが買わされるんだろうな……」と寒空の下、
声を張り上げるコンビニの売り子よりは幸せだと思う貴方に送る怪文書です。
末端価格は同じなのに、街の小さな本屋と、都市部の大型書店とで、卸値が違います。
カネとモノの流れは取次が超高効率で仕切ってますが、営業は出版と本屋でほそぼそと行います。
そして、膨大な作業量の割に、日本の商習慣が結晶したようなビジネス機構で動いています。
つまり、口約束が多く、事なかれ主義で、担当者の約束は会社のソレと一致しなかったりします。
(このあたり「真吼えろペン」が誇張や脚色も入って適度に生臭くてオススメです)
が、産業になるにつれて官僚的でビジネスライクになっていきます。
ローカライズや世界展開が早かったこともあり、まあ、普通になったと言って良いでしょう。
法律を守り契約書を作り、それなりにガチでやりあうこともある世界です。
任天堂の法務は世界一との評判も名高い、それなりに蓄積のある業界です。
引用を理解するには、ミッキーマウスを漫画に登場させるにはどうすべきか?を想像するのが早いでしょう。
例えば、夏目房之介さんは法律上認められた引用を漫画に対して行い批評をすることで有名ですが、
これが有名なのは、慣習的に絵の引用は相手の許諾をもらってから、という業界の風習に切り込んだからです。
また、逆に他からネタを持ってくることは「コピーしない」範囲内において普通に行われています。
水木しげるのようにうまく取り込むこともあれば、久米田康治のようにパロディーにすることもあります。
しかし、アイデアのパクリやトレースなどに対しては、自粛も含めて相当に敏感です。
ここでのポイントは、法律とは全く無関係の慣習で業界が動いていることです。
ジャニーズは異様に著作権管理にうるさいことで有名ですが、それはそれで正しい訳です。
また、過去のドラマシリーズの出演者に連絡がとれず、ソフト化出来ない、なんてのも良く聞きます。
一方で、アニメに関しても、「これぐらいなら良いだろう」という甘えが見える分野もあるにはあるわけです。
有名なところでは「ワクドナルド」でしょう。デニーズやロイヤルホストにそっくりな店舗も良く見ます。
(象徴的な「あの花」のインタビューを張っておきます。http://toyokeizai.net/articles/-/18789?page=2)
また、古くは企業戦士YAMAZAKI、最近でもへうげもの等に、実在の芸能人がそっくりな形で登場することがあります。
今のところ、闇のイージスにリュック・ベッソンがクレームを入れたとの報は入ってきておりません。
ただまあ、ムダヅモ無き改革もハリウッドで映画化されたら、意外に国際問題になるかもしれません。
さて、ゲーセンでカツアゲされた記憶のある人なら覚えはあるだろうSNKの筐体。
ハイスコアガールでもわりと重要なエピソードに絡んで登場します。
どっちがビッグサンダー・マウンテンに多く乗れるか勝負だ!みたいな使い方をしていれば、
第一生命やオリエンタルランドからクレームぐらいは付くかもしれません。
が、劇中に登場するのはSNKの対戦格闘ゲームで、残念ながらSNKは倒産しました。
そして、版権管理業務を行うプレイモアがSNK破産時に知財を取得し、SNKプレイモアに商号変更しました。
「NEO GEO X」でドライにライセンス契約を解除した件で記憶している人も多いでしょう。
つまり、牧歌的な時代を引き継いで緩い企業も多い中、ワリとガチな企業なわけです。
さて、今回ハイスコアガールに関して、刑事になったことに驚いたゲーム関係諸氏も多かろうと思います。
なぜなら、普通に考えてSNKプレイモアって企業は、取り扱い注意系の企業だと認識しているからです。
パチスロメーカーのアルゼとやりあった裁判は相当に有名で、1件は4億で和解しているものの、
現在もガチガチにやりあっている、いわば「あそこ怖いよね」という企業なわけです。
本事案、田中圭一が本宮ひろ志にぶちギレ金剛されたのとは違い、ビジネスライクな話です。
つまり、あまり言いたくは無いのですが、ルーズな出版業界が一般的な法律の世界に疎かったという話になります。
「は?普通にまず侵害をやめて頂いて、被害額の算出、それから著作権使用料の支払いと慰謝料ですよね?」
というのが、世間一般の日の当たる企業にお勤めの皆様の感覚なわけです。
菓子折り持って七重の膝を八重に折り、許諾頂ければお金の話は儲かってからで、みたいな感覚と違う世界ですね。
時系列で見てみましょう。
至る現在。と言う状況ですね。
9番の、連載停止差し止め回収からはちょっと厳しんでは、というのは、だいぶ感覚が毒されてます。
版権で食ってる会社の版権を勝手に使ってるので、まずは不快感を示されるわけですね。
ここはまだ法律的・金銭的にどうのではなく、商習慣として信義的にありえんでしょう、から始まってるわけです。
あと「聞いてくれるな、聞くのならば不許可」という会社も居ます。
商業誌でまんまジバニャンをバリバリ出してどこにも話し通してないとか、ちょっと想像つかないでしょう?
12番の部分ですが、この辺は「600円で累計100万部なら、ウチが半分で3億ですかね」の可能性も微レ存な状況です。
まあ、いずれにせよ「役員は把握していた」としないと、普通書類送検時に起訴相当と意見はつかないので。
18番のスクウェア・エニックス側が民事で「著作権を侵害していないことの確認」を大阪地裁に提訴したのは、
恐らく金額でケリをつけたいから、なんですよね。
チョット不可解に見えるかもしれませんが、この辺はロジカルなんです。
万が一、著作権侵害無しとされれば丸儲け。
よしんば著作権侵害有りとされても、どの部分が侵害していて、全体の何割、という具体例の把握になるわけです。
SNKプレイモアは、「著作権侵害なんかねーよ」と言われているので反論しないといけないわけです。
つまり、「このコマとこのコマとこの部分、全体で3割だね」みたいな形でスクウェア・エニックス側は敗訴するわけです。
すると、販売価格600円のうち、出版社利益が3割で、そのうち3割がSNKプレイモアの版権物のおかげになって、108円です、
100万部なんで、5千4百万円で手を売って下さい、みたいな形になるわけです。(+通常の著作権使用料。この辺は慣習が考慮される)
ここまでいけば、どのコマかは明確なので、修正&再販売&アニメ化にはいけるわけです。
そうガンガンとドル箱作品は生まれないので、これでも損益分岐点を割らないと踏んでの行動でしょう。
たらればいってもしかたがないんですが、本事案に発展するまでに、いくつも止められるタイミングがありました。
ご協力願えませんかと声をかけていって、OKでたところだけでやる。
「もやしもん」がビール会社との協賛してましたね。あれは金銭発生してないと思います。
(例えば脱衣麻雀を描くならスーパーリアル麻雀は外せないハズだが、作中には出てこない。セタ解散してるけど)
PCエンジンを描いた6-CREDITは、ほぼ改変せずに書き写しなので、これは民事にはならない(と判断する弁護士が多い)ハズ。
引用の要件を満たしていなくても実質的にカネが取れる民事訴訟は避けることが出来るというグレーで行けた。
あそこで、対外的な理由はなんとでもつけてよくて、「連載休止」「回収」「アニメ化は未定」にするだけでずいぶん違った。
日本の司法は実は「十分な反省」「真摯な態度」など、「情」を重視するので、誠意ある態度と見なせる行動を起こすだけで違ったはずです。
法人の著作権侵害は意外に重くて、刑事罰は最高3億です。ただし、刑事罰は故意の侵害時のみなので、
法廷戦略として「著作権侵害の認識はなかった。誰かが許可を取ってると思っていた」は徹底するよう弁護士から言われてるハズ。
おそらく刑事で「過失によるもので故意ではない」として刑事罰は無し。
平行して民事で侵害部分が特定されて、損害賠償と慰謝料で和解。
ハッピーケースで、著作権使用料を払って漫画は再開、再販売。アニメ化。
ベターケースで、SNK関連を削ってスト2を主軸に据えてアニメ化。漫画はリブート。
いずれにせよ、5,6回で結審、控訴せずに1年未満で決着、と言ったところではないでしょうか。
民事でケリをつけるべきなのに、刑事から入るの良くない、みたいな声明が出てますが、
版権持ちからとりあえず連載止めろと言われている時に、ド直球で「真サム」と「KOF95」を題材にして、
日高とハルオとの対戦を描けば、そりゃ刑事告訴もされるだろうよ、相当悪質だろうよ、とは思います。
(ただSNKプレイモアも嫌な裁判慣れをしているので、引っ張れるだけ引っ張るつもりかも知れませんが)
裁判では不利に働くであろう捜査期間中の連載を40-creditまで強行したのは、
社内の法務部門でも「許諾されない場合の再販売は難しいだろう」と判断されていたからでしょう。
逆に言えば、その態度(2014 vol.07まで連載継続)が家宅捜索にまで発展してしまったわけです。
単行本組は残念ですが、連載組はギリギリ、一応の区切りまでは観ることが出来ています。
ワタミなどの名だたるブラック企業に比べればまだまだぬるいが、俺がブラック企業に捕まってたときの話をしたい。
少し長い思い出話になるが、最後にちょっとした復讐の計画を載せてある。
出来れば読んでもらいたい。
俺は、どんなところでも住めば都と思い、特に会社を選ばず就活した。
その結果わずか五社目で内定が出て、あまり苦労しないまま就活は終わった。
会社から呼び出しの手紙が来たので会社へ行くと、社長からじきじきにこんな命を受けた。
内容を要約するとこうだ。
・君は来月から働くことになるが、その前に一つ仕事を頼まれて欲しい。
・その仕事は、ハローワークへ行ってわが社への紹介状を書いてもらうこと。
・君には半年前に内定を出しているが、それを隠してハローワークからの紹介で採用したことにすれば100万の補助金が出る。
今思えばこれは立派な補助金詐欺なのだが、その時の自分は社長を目の前にしていた緊張と、ここで断れば内定を取り消されるかもしれないという恐怖に駆られ、それを承諾し、そして実行してしまった。
それからこの会社はまんまと補助金を手に入れたそうだが、入社前の新人社員にこんな犯罪行為をさせる会社がまともであるはずはなく、月100h超のカツアゲ残業、勤務中の罵詈雑言、土曜出社の日にあえて仕事をさせず対外的には仕事が足りてないことにして補助金を騙しとるなどのブラックな行為が続いた。
最終的に俺は出社前にワンワン泣くようになり、無感動・味覚の欠如の症状を経て心療内科のお世話になり、処方されたジェイゾロフトとデパス合わせて20~30錠を就寝前に一気に服用して自殺を図った。
自殺はお分かりの通り未遂に終わったが、これをきっかけに休職してその後退職した。
その後、精神は徐々に回復し底辺の肉体労働者ながら何とか働けている。
それで、復讐の計画とは何なのかだけれど、最初に挙げたハローワークでの補助金の詐取を公にしようと思ってる。
俺も犯罪の片棒を担いでたわけだから警察に自首すべきか、それともまずはハローワークに告発することからか……
どうしたらいいと思う?
http://www.police.pref.okinawa.jp/johokokai/tokei/hanzaitokei/index.html
米軍人・軍属及びその家族による刑法犯検挙件数・検挙人員平成25年の確定値でも、凶悪犯は0件ね。家族も全部合わせて0件.
比べて、沖縄県の平成25年度「重要犯罪総数 認知件数・検挙件数・検挙人員」は149件。
本当に笑わせるよね。悪い事してるのは非米軍人ばっかりなんだから。
赤旗も戦後直後から統計に入れて水増ししてるけど、かれこれ30年くらい一ケタ前半が殆どだし。H.25なんか非米軍人の凶悪事件ばっかりなんだから。いい加減対外的に誇張ばっかりするの止めろと思うよ。
「全ての人間に共感できる人がコミュニケーション能力を持ってる人」????????????
※コミュ力 コミュニケーション能力 を拡大解釈するのはヤメましょう。 情報伝達以外の意味はありません。
※それ以上付け加えるならばコミュニケーション能力とは別の能力として主張すべき。
でググってみて下さい。
あと「コミュニケーション能力」でもググって下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/コミュニケーション能力
「同意することだけがコミュニケーション能力と勘違いしてる人」が多いようですが
批判がコミュニケーションでないならば、「はてなで批判をしている人間もコミュニケーション能力がない」ことになってしまいます。
つまり「イエスマン=コミュニケーション能力のある人間」という定義になってしまいます。
ましてや「どんな人間にも共感することをコミュニケーション能力とする」なんて、この世にそんな人間いますかね?
ちょっと例を挙げるとこの世界の全ての犯罪者に共感できる人間がいますか?
この世界の全ての悪意(日常を含む)に共感できる人間をコミュニケーション能力があると定義する非実効性。
そもそもの間違いは「コミュニケーション」に「力」という文字を付けたのが間違い。
またパオロ・マッツァリーノは、自己啓発書の売り上げを上げるために不安を煽り、彼らの都合のよい稼ぎ口として使われていること、も指摘しています。
以下は参考のための引用。
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パオロ・マッツァリーノの指摘
パオロ・マッツァリーノは『反社会学講座』収録の「ひきこもりのためのビジネスマナー講座」において、浜口恵俊の「日本語にはもともとコミュニケーションにあたる言葉がないため訳せない」という意見を取り上げ、近年、企業等においてコミュニケーションが本来の「意味を拡大解釈」して用いられているようだと指摘し、問題視している。
マッツァリーノによればコミュニケーションには本来、「情報(知識や感情も含む)をだれかに伝える・交換すること」という技術的な意味しかなく、そのため言葉の用法に従えば、上司や目上の人間へのある種の直接的な批判の類も立派なコミュニケーションとして成り立つことになると述べている。続けて「しかし、そうすることが日本の企業社会で奨励されているかというと、はなはだ疑問です」と言い、「日本人は古来、コミュニケーションなしで社会を成り立たせてきた」という事実を指摘し、安易にコミュニケーションという単語を用いる現代の風潮を皮肉混じりに批判している。
スーザンによれば、すべての人が同じコミュニケーションスタイルにおいて最良のパフォーマンスを発揮するというわけではなく、イントロバート(introvert)と呼ばれる『刺激に敏感で大量の刺激を本能的に避けるタイプの人間』と、エクストロバート(extrovert)と呼ばれる『刺激に鈍感で少量の刺激では必要量を満たせないために大量の刺激を必要とするタイプの人間』、二者それぞれの遺伝子レベルの性質を生かした二種類のコミュニケーションスタイルこそ、無理のない持続可能な方法であるとしている。
近代以降、資本を求め商品をいかに買わせるかが社会の関心事となった経緯を紹介し、深い思考は苦手だが口先が巧みなエクストロバートを量産し経済拡大に用いるというシステムが教育も含めて現代では日常化してしまっているという。この社会(エクストロバートワールド)では、イントロバートは欠陥品とされ(イデオロギーの定着のため病名まで発明された経緯もある)エクストロバートになることを強制される。しかしその性質は遺伝子レベルで50%以上固定されているために、対外的にはエクストロバートを「ふるまう」、無理の結果として心の病を併発したり出社拒否に陥るケースがあるという。
彼女によれば、どちらのタイプも社交的であるという。両方とも自身の性質に基づいた異なる社交性を備えており、イントロバートは多数の人間と社交を行うことは刺激が大量すぎる点で本質的に苦手だが、一対一または数人との社交においてエクストロバートを凌ぐ力があり、エクストロバートは刺激に鈍感であるがために多数の人間と社交を行うことができる。その反面、一対一または数人との社交において深い友人関係を築き長期にわたり維持することは苦手であるとされる。このため双方のコミュニケーションスタイルも必然的に異なる形となるのが自然であるが、現在の資本主義競争社会におけるバイアスのかかった社会においてエクストロバート型を唯一のコミュニケションスタイルと信じて疑わない状況がある。自分の話を聞かせたいエクストロバート、人の話を聞くことができるイントロバート、従来のリーダーの適任とされるのは前者とされてきたが、近年では後者の「引き出す力」に注目が集まり前者を凌ぐリーダーとしても可能性が示唆されている。多様なコミュニケーションスタイルは人間の多様性を認める社会であることが必須条件として、イントロバートの存在と可能性について全人民的に社会的認知を深める必要があるという。