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はてなキーワード: エンジョイ勢とは

2020-09-05

anond:20180104142321

IQが高い奴らの中でもかなり偏った層の集まりだよね

まず試験の申込みが競争率高くてくっそ大変だからそこで篩にかけられる(首都圏争奪戦に勝ち抜くか、空いている地方で受けるか)

発達テストIQでも申請できるが、MENSA公式試験を受けて入るには相当なやる気が無いと無理

他の人も言ってるけど、知能検査の中でも知覚統合問題しか出ないから相当偏った優秀さの人間抽出するシステムになってるし

後どの組織でもそうだが運営に熱心な連中が内輪揉めとかやっててめんどくさい

そういうのに興味ないオフ会好きのエンジョイ勢もいるが、それ別にMENSAじゃなくてもいいよねって感じ

偏差値高い大学にある趣味サークルほとんど変わらん

しろ変な選民意識ある奴が混ざってる分厄介まである

2020-08-25


今年のお盆浮世絵ばかり見ていた気がする。一週間ほどの休みのうち、三日間浮世絵を見に行ったのだから美術エンジョイ勢の私にしてはかなりの頻度だと思うし、そのすべてが浮世絵というのも、今までになかった行動パターンだ。楽しかったので、ちょっと振り返ってみる。

最初に行ったのが六本木の「おいしい浮世絵展」だ。友人に誘われて行くことになったのだけれども、食をテーマにしていたため、浮世絵の細かい歴史を知らない自分でもかなり楽しめた。加えて、江戸の町や東海道沿いの名所は今でも残っていることが多く、そこに残る名店の様子を紹介する映像も流されていたため、食欲をそそられた。美術館ではあまり味わえない気分だ。江戸時代の食事レシピが載っている本や、当時醤油を詰めて輸出した磁器も展示してあった。

鑑賞後はお腹が空いたのと、美術館の意図したとおりに和風のものが食べたくなったので、私たちそば和菓子屋わらび餅をいただいた。そこには和風パフェもあって、抹茶好きの私としてはそれにも心惹かれたのだけれど、結局はわらび餅に落ち着いた。パフェはどう見ても夕食前に食べられる量でもなかったからだ。私たちはそこで友人の姪っ子の話だとか、仕事の苦労とかについて話した。もちろん、見たばかりの絵でどれが良かったかについてもたくさん語った。

私にとって面白かったのは、歌舞伎座舞台にした浮世絵だ。お客さんが桟敷で弁当を食べたり酒盛りをしたり好き勝手に楽しんでいる。中には花道を横切って弁当を届ける姿もあり、なんともおおらかな世界だったらしい。それと、そこにいたのが美男美女モブ顔の男性だけだったのが興味深かった。北斎なんかだと、いわゆる美人ではないけれども愛敬のあるおばちゃんが出てくる。なんでだろう。というか、北斎漫画、今でも普通に笑えるので好き。

次に行ったのが上野の「The UKIYO-E 2020 -日本三大浮世絵コレクション」だ。たっぷり二百点近くあるので、あっさり見ても三時間くらいかかってしまった。「おいしい浮世絵展」もそのくらいかかった気がするが、友人と一緒だったので多少は疲れが紛れた。だが、今回は一人だったので、より疲れた。私はジョギングが好きだし、友人と富士山に登ったこともあるので、体力はそこそこあるのだけれど、立ち止まっては進み、立ち止まっては進み、を繰り返す美術館では、結構ぐったりしてしまう。

とはいえ疲れた以上に収穫があった。おおよそ年代順に並んでいたので、浮世絵がどのようにして技法精緻にしていったのかがよくわかったし、歌舞伎俳優グラビアみたいな雰囲気から市井の人々も描くようになっていく様子も楽しめた。

でも、私はやっぱり北斎広重が一番好きみたいだ。この二人はどちらかといえば風景画家で、だから他の人に比べると人物が画面に占める大きさは小さい。当たり前といえば当たり前なのだけれど、私が北斎を見たときにそれっぽいと感じる理由の一つが言語化できたので、何となく気持ちが良くなった。

浮世絵には詳しくなくても、どういうわけか心に残る作品はあるもので、以前に世田谷かどこかで見た広重の「亀戸梅屋舗」と再会できたのはうれしかった。もちろん、浮世絵から一枚ごとに刷り具合が違うのだけれど、私が好きな雰囲気のもの出会えたので、なんだかうれしかった。企画展でよその美術館にあった作品と思いがけなく再会できると、やっぱりうれしい。

あと、驚いたのが歌麿の「娘日時計」という、女性の様子を時刻ごとに描いた作品集だ。やっていることが美人時計と全く同じではないか

あと、思わず笑ってしまったのがこんな事件寛政五年に幕府モデルとなった実在人物名を浮世絵に書くことを禁じたときに、浮世絵師が対抗して、人物名を簡単に解読できる判じ絵表記したらしい。たとえば、歯と手と菜っ葉の絵を描いて、「はてな」と読ませるみたいな感じだ。誰がモデルにした作品なのか簡単に読めるのだけれど、幕府としては人名を書いていないのでそれで良しとしたらしい。お役所出版社の腹の探り合いみたいだ。それか、ちょっとエッチなたとえだけれど、成人向け漫画修正しているんだかしていないんだかわからないアソコの黒線みたい。

ところで、何の関係もないけど、上野駅の公園改札の場所が変わって、信号を渡らずとも済むようになった。あそこは人が溜まっていて危なかったし、いい変化だ。そうそう、横浜駅にも中央南改札と南改札をつなぐ通路ができて、階段上り下りしてホームを経由しなくても移動できるようになったし、新しいエキナカのお店ができた。今度行ってみよう。

最後に行ったのが表参道の「月岡芳年 血と妖艶」。とてもよかった。女性図は、ちょっとしたしぐさからこの人はどんな性格なのかが伝わってくる。細かい動作どれ一つとして見逃せない。血みどろの絵もただ凄惨なだけではなく、今にも動き出しそうだ。たぶん、動き出す直前の瞬間をとらえているから、次にどうなるかが私に見えるのかもしれない。日本歴史歌舞伎取材した作品もよかった。歌舞伎は詳しくないけれど、太田記念美術館は概して解説が細やかなので、どの話のどんな場面かがよくわかる。歌舞伎は三回くらいしか見に行ったことがないけれど、またちょっと行きたくなった。それとも、著名な歌舞伎のあらすじを勉強するのが先かな。

ここでは作品一覧の紙がもらえたのはよかった。新型コロナウイルスのせいか、以前は配っていたのに前の二つの美術館は置いていなかったので、作品名前メモするのが大変だった。

なお、ここは前編と後編に別れていて、今月の終わりに展示替えをするらしい。時間があったらまた行ってみたい。上野のほうも展示替えがあるけれど、また三時間じっくり見るのはちょっと大変かな。

最後に、自分でも意外だったこと。はじめのうちは、美術館はふらりと行くのがいいのであって、予約するのは面倒だな、って考えていたんだけれども、慣れたらそうでもなかった。そういう意味では、三回連続して美術館に行ったのは正解だった。それに、浮世絵のことが前よりも好きになれたので、そういう意味でもよかった。

気が向いたら九月も浮世絵見に行くかもしれない。

ちなみに、今週の末には、横浜トリエンナーレ現代美術を見に行くのだけれど、それも楽しみだ。

2020-08-17

人生エンジョイ勢、増えたよな増田。。

そうかそうか、一年経って、ここも変わったのな。。ええこっちゃ。。

2020-04-28

対人ゲー

特定人間とやる協力ゲーが超絶苦手。

DbDとかPUBGとかパーティ組んで遊べるゲームがあるけど、ああいゲームって一緒にやる相手次第ではすっげーストレス溜まる。

彼女がDbDみたいなスマホゲーにハマってて俺も一緒にやってみたんだけどプレイ中の言葉遣いがひどすぎた。

初心者で動きが間違っているってのは理解しているんだけど「それすんな!」「それじゃねえ」「そこじゃねえ」みたいな否定

一戦終わった後にもう二度とやんね―と思ってアプリは消した。

家帰って中高からの付き合いの友人とバトロワゲームやったんだけどこっちは楽しかった。

ゲーム性の違いとかエンジョイ勢ガチ勢みたいな壁だとは思うんだけど、楽しくできなきゃゲームなんかつまらん。

2020-03-14

中華課金戦争ゲームをもう2年もやってる

基本無料だけど課金しないとほぼほぼ戦えないクソ仕様のやつ

人がバタバタ引退していって、どんどんチームが集約されていって、昨日の敵はなんとやら、いつのまにかサーバー上の日本人は1チームにまとまった

今いるチームの強課金メンバーの1人、たびたびブチ切れてチームを離れては戻ってくる、ということを繰り返している

彼はこのゲームへの思い入れがとても強いようだ

日本人みんなで強くなって王国を勝ち取る、という目標を長らく持っているようで、成長(課金プレッシャーがとても強い

が、その強い思いは周囲と温度差が激しく、軋轢もちらほら

ほかの強課金者に対して、イベント時にログインが遅いとかなりひどい口調で罵ったこともあった

イベント前に無言参加のエンジョイ勢無駄アイテムを使い込んだ時があり、その時もひどかった、チャットで喚き散らし相手を除名してなおグチグチと文句を言い続けた

今回、イベント中の回復アイテムを間違えて大量に使ったエンジョイ勢がいた

やはり彼はひどい剣幕で罵り、チームリーダーに当たり散らし、チャットで○すとかガチで行くとか喚き散らしていた

○○万のゲーム通貨で今回のイベント参加してるのにどうしてくれるんだ、と

ゲーム通貨として○○万なら、円換算ならホテルスイートに1泊して、食事も3食コースで、くらいの額と想像

月収注ぎ込むまではいかないが、特別な機会に大奮発として使う額としてはあり得る感じの

それがこのクソゲー戦争イベントだというのは納得しかねるが、価値は人それぞれだ

彼は頑張って日本人勧誘し、チーム内に集めていたが

彼の並み外れたゲームへの熱量とそこから来る他者への厳しい態度で内心疎ましく思う人も実は多かったんだろう

長らくチームにいた古参が抜けた

最近合併した日本人チームは結局皆が離脱することになった

チームリーダーまでも抜けてしまった

残るメンバーの中にも彼の熱量姿勢ちょっと…と言っていた人はい

彼はこんなにも頑張っているし課金で強いしゲーム会社にもいいお客さんなのに

から距離をおかれてしまってかわいそうだなあと思う

けどまあ自分も面倒くさい人だなあと思ってしま

2020-02-24

ゆるふわLGBT」とか「ファッションオタク」とか

同性愛者でもトランスでもないけど、異性装は好き」「仕草が異性的と言われると嬉しい」という人がいる。現代ではそれを"gender expression(=ふるまう性)"という概念で語るのだが、それには「そもそも"expression"とは何だろう?」という議論から始めなければならない。

それは自己実現であり、世間に対して決めるポーズであり、観客に見せる演技である。それはしばしば「ファッション」という言葉で(揶揄的に)語られる。「あいつはファッションで○○やってる(=本気でやってない。人生賭けてない)」という具合に。考えてみれば「fashion(=流行)」とはそういうものだろう。テレビでよく見る「オネエタレント」が昨今のLGBTブームに苦言を呈す、なんて記事も時々目にするが、「ガチ勢」が「エンジョイ勢」を恨みがましく睨みつけるのはいつの時代も変わらない。しかしまあ、排他的業界が衰退するのも世の常で、結局のところ大きな流れには身を任せるしかない。受け入れるしかない。それはとっくにみんな気付いてるだろう。

ところで「ファッション」といえば服装のことを指す文脈も多い。このようなメトニミーは、多くの人にとっての(前述の意味での)「ファッション」を実現する最も主要な手段服装設計であることに由来する。(語源の話をするならむしろなのだろうが。)しかし、インターネットの普及とともに、匿名コミュニケーションが発達した現代では、それ以外の形で「ファッション」を実現することが要求されるようになったのではないか

SNSアイコンや、bioにズラッと並べたアニメタイトルは、彼らにとっての「ファッションなのだ。もちろん「絵を描く」こともそう。さらには気に入った表現リツイートしたり、「いいね」したり、タイムラインや(公開の)お気に入り一覧を設計することも含めて、全てが彼らの「ファッションなのだ

オタク」のハードルも随分下がったな、と思う。かつては「ファッションオタク」と揶揄されていた層が、いつの間にやら主流になった。私はそれでいいと思う。それでこそ正しい潮流だと思う。LGBTしろ、「オタク」にしろ、「ガチ勢」はそれをアイデンティティの支えとしているからこそ「エンジョイ勢」を目の敵にするのだろう。その気持ちはわかるが、それ自体が「ガチ勢」も所詮は「ファッションであることの証左でもあるのではないか自己実現ハードルなんて低くていい。もっと肩の力を抜いて生きていこう。新しい仲間を受け入れていこう。難しいことは置いといて、みんなで楽しく笑えばそれでいいじゃん。

2020-02-13

anond:20200207185501

 今更だけれど思ったこと書くね。

 エンタメに飽きたら、世界史勉強をするのがいいんじゃないかな。

 この元増田の言っていることの全部が正しいとは思わないんだけれど(たとえば「海外ドラマはお子様向けを卒業した十二歳向け」みたいな表現ね)、娯楽をある程度摂取するとパターンが見えてきちゃうのは本当だと思うし、たくさんの作品を鑑賞していると、脚本術について詳しくなくても、「この場面で伏線を張っているな」とか、「今このキャラクター物語をたたみに向かってるな」とか、何とはなしに見えてきちゃうよね。

 それに、月9ドラマなんかだと作業しながらでもそれなりに理解できるようにストーリーを作っているので、まどろっこしく感じちゃうのもよくわかる。自分全然見ない。映画なんかも、友達と付き合いで行く以外は、こじらせ芸術映画をたまに見る程度。なんでかっていうと、アート映画脚本術に従っていない、従っていたとしてもあからさまじゃなくて、どういうストーリーになるかほとんど予測がつかない。そこが楽しいから

 で、この増田勉強することにしたみたいだけれど、なんだかんだ言って、教養を得ることに向かうってのは、いい考えなんじゃないかな。

 自分なんかは、世界史をざっくりと勉強してみると楽しかった。ちょっと古い本だけれど、中央公論社から出ている「世界歴史シリーズ全三十巻を、数年前に読んでみた。正確には、学生時代に流し読みをしたものの再読だ。

 世界史を知っておくメリットはいくつかある。ニュースを流し読みしても大体のことが頭に入ることだ。でも、それとは別にそもそもすごく楽しいってのがある。いろんなファンタジーとかゲームとかの元ネタを見つけるとわくわくするし、遠い国の人たちの暮らしを知って空想するだけでも、毎朝の通勤時間が豊かになる。

 それと、このシリーズは、歴史地域ごとに分かれて書かれているので、ある出来事複数の巻で重複して触れられることがある。たとえば、モンゴルによるバグダッド破壊なんかはイスラームの勃興期と遊牧民を扱った巻にそれぞれ出てくるし、トルキスタンで起こったムスリムの反乱は、近代イスラームの巻と清朝末期を扱った巻の両方に出てくる。

 それの何が面白いかっていうと、同じ出来事見方によって評価全然違うってこと。当たり前なんだけれど、ある国では救国の英雄だけれど、別の国では冷酷な侵略者になっていることなんてざらだし、時代が変化することで評価が逆転したり、忘れられていた人に急に光が当たったりする。チンギス・カンモンゴルではヒーローだけれどほかの国では災厄以外の何物でもないし、バッハフェルメールといった人物も、忘れられていた時代があった。この世界史シリーズも著者によってバイアスがかかっていて、そこがかえって読みごたえがあるんだけれど、モンゴル担当した人が個性が強くて、「遊牧民文化は定住民のせいで低く評価されすぎ!」みたいな本を出していて、おかげでモンゴル残酷行為が若干省かれちゃっているのが難点。

 これってまさに芥川龍之介の「藪の中」みたいな感じで、互いの証言矛盾しているから頭を使わないといけなくて、下手な娯楽よりもずっと面白い。いや、自分現在起こっている日本中国韓国との証言の食い違いは、あまりいい気持がしないんだけれど、それがたとえば何百年も昔のことだと、それがとてもロマンチックに感じられる。聖地奪還の情熱燃えていた十字軍も、アラブから見れば「なんか辺鄙なところから蛮族が来たぞ」みたいな印象しかない、みたいな話だ。

 話がそれてしまったけれど、自分が言いたかったのは、頭の中に複数物語を併存させておくことで、自然物事に対して客観的になれるメリットがある、ってこと。しょっちゅう増田表現の自由だとかセクハラだとかいろいろと炎上したりしているけれど、ある人の意見絶対視しなくて済むようになる。Aという視点ではこうだけれど、Bという観点からだとこういう意見が当然出てくるだろうな、ってのが読めてくる。読めてくると、「この人ならこういう反応をするだろうな、この専門家ならこういう発言をするに違いない」ってのがわかってきて、こっちも必要以上に感情的にならなくて済む。元増田は「悪化する大衆メンタリティ」という表現で、そういう荒れがちな場をちょっと下に見ている感じもないではないけれど、議論にすらなっていない議論から距離を取ることができるようになると、余計なストレスを感じなくて済むのは確かだ。

 それに、複数見方ができるようになると、例えばムスリムから世界史を見たらどう見えるだろう? 女性史の観点からならどうだろう? って、多くの人に受けいれられている歴史見方を疑ってかかれるようになるので、やっぱり楽しい

 他にもいろいろメリットがあって、基礎的な知識があると、ほかのことを勉強していてもすごく楽しい古典文学を読んでいてもすごく面白いし、百年前のあの憧れの人と同じ本を手に取っているって興奮できる。文豪たちと同じ詩を読んで感動するのはいものだ。科学医学歴史についてざっくりとでもいいので学ぶと、自分生活は先人のものすごい技術的蓄積の上に成り立ってるんだなって思うし、自然科学の基礎的な素養があると、ぽっと出のインチキ治療法には引っかからなくなる。哲学史について軽く触れるだけでも、学生時代にしたような哲学的思索は、ギリシアインドが二千年前にとっくに通過した場所だってわかってはっとする。女性地位がどう変化したかをたどってみると、「女性は『常に』被害者だった」みたいな極端な意見には大きな疑問符をつけることができる。

 それと、こうやって三十巻ざっと読んで思ったのは、自分歴史観はバイアスがかかっていたんだなってこと。たとえば、ギリシアローマ歴史は一巻にまとまっていて短すぎるって思ったし、中国歴史ももう少し細かいところに触れてほしいって思ったけれど、たとえばムハンマド時代からアッバース朝滅亡までが一巻ってのはちょうどいいって感じられて、これってつまり自分イスラームのことをまだまだ知らないってことだよね、って思えたりして、バランスが悪いなあって。自分の考えは、ちょっと偏っているかもしれないって、疑えるようになるってのもまた、勉強する楽しさの一つだ。

 あと、いろんな知識が増えると、いろんな人が自分よりも前に書かれた本について言及しているのをたくさん見つけることになるんだけれど、この世界がまるで巨大なシェアードワールドみたいな感じがして面白い自分古典を読むのが好きな一番の理由がそれかもしれない。さっき述べた、互いに矛盾するような証言でさえ、この世界がどれほど「作りこまれいるか」、いいかえると複雑なのかを教えてくれているみたいで、興奮する。

 自分通勤時間と昼休みしか読書をしないエンジョイ勢だけれど、こういう勉強ってのは一生やっても飽きない気がしている。娯楽を馬鹿にするわけじゃない。でも、「娯楽の場がぎすぎすして嫌だな」ってときには、ほかに楽しいと思える遊び場を持っておくのは、いいことなんじゃないかな。

https://anond.hatelabo.jp/20200212111557

これ、仕事の話にしてるからそもそも仕事はしたくないもの」みたいなバイアスかかりやすいけど、好きでやるゲームとかでも同じなんだよ。

から人間はいろんなのがいて、そこはどうやっても変えられないことで、それぞれのスタイルにあった集団ポジションについて住み分けするしかないと思う。

ゲームでも、成長したくない自称エンジョイ勢と上手くなったり強くなるのが楽しくてやってる他称ガチ勢対立対立煽ってるのは双方の一部でありほとんどはうまく住み分けしている)というのがありがち。

これも住み分けしろ結論

成長したくない人の集団にそうでない人が割り込んでいって「何故あれをしないのだ」「何故そんな装備なの」「その成績で満足してるの?」というのはどっちも不幸になる。何が楽しいのか何を求めているのかが違うんだから

逆に、これをクリアしよう練習するぞってやってるとこに「ゲームなのに本気でやって、努力とかして何が楽しいんですか?」と冷やかしたり「俺はゴミ装備で放置でいいや」と寄生したり、ここのムーブはああした方がよかったんでは?等とやりとりしてるところに「仲良くしてください!」(こういう人はディスカッション等を敵対的行為と思いがち)と勘違いで割り込むのもどっちも不幸になる。

生活必要ない個人自由でやってるはずのゲームでさえこうであり、それぞれのスタイルで満足しているならお互いの陣地を荒らさず住み分けしておくのが一番楽なのだ

仕事であれば、失敗してもいいからやるぜというプロジェクトに「どっかのパクリやって楽してたいです」って人きても双方がいい気分にならないだけだし、人命に関わる設計寄生根性で手抜き仕事する人いると会社の命運に関わるし(経験あり)何も考えず言われたことだけやる人を沢山集めたい所に無駄に頭まわる人がきても困る人間がいる。

まぁ、それはそうとして、改善することや上達することが楽しい人種からすると、進歩のない旧式の効率の悪い方法で延々とやり続けるようなスタイルは苦行のように見え、辛くないのか?と思うのはゲームでも仕事でも日常生活でさえもよくあることだ。

まぁ、そういう人間にとっては情報を集めたり学んだり文章を読んで理解したり新しいことをやるリソース生命力を費やすというのが重荷で辛いことで、または成功体験がなくそれによって見込める得が全くないと感じるために、天秤にかけると賽の河原で石を積み上げていた方が楽なのだと思う。

辛くないのか?と思う人間には賽の河原で石を積み上げる仕事苦痛なので棲み分けるのが双方ハッピーなのだ

とはいえ仕事場合社会全体を考えると少し話は面倒になる。

まりにも効率化されない会社は不当に仕事を水増し、労働の単価が下がる。えげつない言い方をすれば、能力の低い人間をある程度割り切って切り捨てないとブラック企業はなくならないみたいな感じ。まぁ、実際は賽の河原の石積みでいいという人向けにブラック企業はなくならないのかもしれない。ずっと未来までこうなのはあんまりなのでなんかいい感じになって欲しいけど、そう思ってるのも石を積みたくない人種だけかもだからなー。

2020-02-02

scanz、スキャンコレクション

anond:20200201113849

グラビアスキャン画像蒐集する趣味を楽しんでいた時期がある。

グラビアと言っても日本週刊誌アイドル雑誌グラビアではなく、主に海外ソフトコア雑誌セレブ誌のグラビアである

飽きてやめてしまうまでの数年間、日本人の同好の士とは出会えなかったので、たぶん日本人でそれをしていた人はごく少数だったんじゃないかと思う。

自分はただのエンジョイ勢だったのでそれほど深い知識があるわけじゃないけど、日本語の文献も見つからないようだし、思い出としてちょっと書き留めておこうと思う。

だいたい20年くらい前の昔話。

この趣味名称

よくわからないが、Online Scan Collection とか scanzwarezのノリ?)と呼ばれていたと思う。

概要

スキャナと呼ばれる職人が配布する画像ファイル(主にグラビア)をコレクターが集めたり、コレクター同士でトレードしたりする遊び。スキャナーはコレクターを兼ねていたりもするし、コレクタースキャナーとなって配布を始めたりもする。

スキャン

配布される画像スキャンと呼ばれる。紙媒体で売られている雑誌グラビアを高解像度フラットベッドスキャナで読み取り、もとが印刷物であったことなどわからいくら美麗にレタッチされたJPEG画像である。600dpiクラススキャナと高機能レタッチソフト(ほぼPhotoShop一択)がたぶん必須

題材は大半がセクシー女性グラビアで、ヌードでもPLAYBOYPENTHOUSEに載る程度のおだやかなもの水着下着姿のものも多い。が、たまに美しい風景シリーズがあったりもする。

画像の片隅にはそれを作ったスキャナーのシグネチャ(かっこいいアイコンなど)がウォーターマークとして付される。

あ、上で「日本人はごく少数」と書いたが、おそらく日本人だろうというスキャナはいた。中でも印象に残っているのは Kuni Scan という2万枚ほどのシリーズで、題材が日本グラビアだったし名前からして日本人だろう。Kuni Scan画像検索すると今でも彼の作品の一部を見ることができる。

一次配布

今でもそうだが印刷物スキャンして配布するのは明白にコピーライト違反であるし、ことに題材が肖像権にがっつり抵触していることもあって、一次配布はきわめて目立たないかたちで行われていた。

スキャナーたちが「新しいのできたよー」と最初の配布を行うのはおそらくIRCチャンネルだったと思う。自分外人たちと英語リアルタイムチャットをする自信がまったくなかったのでIRCにはほとんど近寄らなかった。なので一次配布の現場のことはよく知らない。

当時はimgurのような匿名画像アップロードサイトなどもなかったのでこのような個人間のやりとりで配布が行われていたのだろうと思う。

この時、スキャナーは画像とともにスキャンリストも一緒に配布するのであるが、それについては次で述べる。

シリーズスキャンリスト

スキャンは数十枚~100枚程度のテーマを持ったシリーズとしてリリースされる。テーマモデルであったり、雑誌であったり様々。

最新リリースには必ずそのシリーズに含まれファイルの一覧を記したCSVが添えられる。

このリストこそがコレクションキモになる。

リストに記されているのは [ ファイル名, ファイルサイズ, CRC32 ] の3項目(CRC32はファイル指紋のようなもので、データ同一性確認するのに用いられる通信技術)。

この3項目が一致していないとオリジナルデータと認められず、集めたことにならない。

たとえばWebで目当てのファイル名の画像を見つけたとしても、それが何者かの手によってリサイズされていたり再圧縮されていたりするとCSVと数値が一致せず、コレクションに加えることができない。

シリーズには継続中のシリーズとすでに完結したシリーズがあり、CSVファイルに[finished]といった名前がついているのが完結したシリーズである。これに載っているスキャンを全部集めたらコンプリート

CSVはこんな感じで今でも配っているのを見つけた。

http://www.scancollections.com/CSV/list_csv.php

(私がかつてひとつだけスキャナーとして配布したシリーズも含まれていた。なんだかうれしい)

蒐集

一次配布時にIRCを通じてスキャナから直接手に入れることのできなかったスキャンは別の手段で探すことになる。

Webにアップされているものを探したり、同好の士トレードしたり、alt.binaries(ニュースグループ)でも交換が行われていたように思う。

私は主にWebサイト経由で集めていたのだけれど、当時個人ホームページの割り当てボリュームは数MB程度がふつうだったので、スキャンをアップしてくれるサイトも古いものはどんどん消されてしまった。しかも1枚1枚がやたらでかい。今でこそ一辺が1000ピクセル以上あるような大きな画像でも表示は一瞬だけれど、DSLすらなかった時代の混み合うテレホーダイISDN回線では300KB程度のJPEGでも上からじわじわ表示されてくるのを待つ感じだった。

海外同好の士からトレードを持ちかけられることもあった。トレカの要領。ロシア台湾コレクターと、お互い非母国語英語でたどたどしく「おまえこれ持ってるか」「おれのこれやる」トレードのやり取りをするのである。基本は1:1で持ってないもの同士を交換というタテマエだけど、自分は持っているものは気前よく差し上げていた。ドイツコレクターとはたまたま音楽趣味が合ったのでしばらく文通してたな。

そうやって新しく手に入ったスキャンがあると、コレクションマネージャーみたいなソフトを使ってCSVと照合する。CSVと一致しないデータを取り除いてくれたり、リネームフォルダ分けを自動でやってくれたりするスキャンコレクションに特化した管理ソフトがあったのである

やめてしまった理由

自宅のネット回線FTTH常時接続に変えたとたんにコレクションがつまらなくなった。

どんなサイト画像もピュンピュン一瞬で表示されるし、コレクションがウン千枚詰まったZIPファイルですらたちまちダウンロードされて、「苦労して一生懸命集める」という手応えがなくなって、やりがい」がなくなってしまったである

DSL常時接続の普及にともなってネット上には高解像度データがあふれるようになり、スキャンしか見ることのできなかった美麗画像の希少性がどんどん下がっていったこともあると思う。

同好の士

「それ俺もやってた!」って人いますか?

2020-01-28

今日桐生ココ

マシュマロ1日だけ解禁

愛のないコメントNGとか言ってた割に「罵詈雑言を期待してた」とか訳のわからないこと言ってたけどマシュマロから弾かれるのでは

マシュマロ内容

「歌え」「Switch買え」「寝てる?」

歌に対する苦手意識分かる、音痴じゃなくても、カラオケ趣味にしないとレパートリーとか無いよな

でもたまには歌ってほしいのでスタッフフォローしてほしい

 

朝ココ濃密20分、14000人超えてた

同じ4期生のトワをギリギリラインでいじるが、いじってるようでフォローだなこれ

この良いボールは拾ってほしい

1ヶ月記念に配信20から配信

 

Tシャツは既に1000枚以上売れてるらしい

最低でも250万円、Vグッズってこんな儲かるの?びっくり

でも利益ほとんど出てないらしい、儲ける気がないサバサバしたところがエンジョイ勢っぽくておもしろ

てかTシャツ原価高すぎだろ、こんなもんなの?

2020-01-20

anond:20200120133022

横だが女のお一人さまエンジョイ勢のお陰で発達してる文化なり商売なりはかなりあるよな

しろ男の方がそういうのあんまなさそうだが

2020-01-14

バグエラー報告はアンチ認定

某人気タイトルの新作では、さまざまなバグエラーがある。

現在、そのバグエラーが発生したことTwitterで呟くとエンジョイ勢でもアンチ認定される異常な事態となっている。

以前からバグエラーに対しては「自分のTLで見かけないかアンチの嘘」「エラーアンチ捏造してる」「俺のSwitchエラー吐いてない。どうせ改造したんだろ」とさまざまな理由をつけ、バグエラーがないものとして考えている人たちはいたが、ついにエンジョイ勢ですらアンチ認定されるようになってしまった。

元はといえば信用度が低い某アフィリエイトサイトバグエラーについて取り上げたがために、「バグエラー報告はデマ!」というデマが広がってしまったのが原因なのだが、ただゲームを楽しんでいたらエラーが発生した人に対して突然アンチ認定をするのはどうなのか。

バグエラーが発生する確率は低くとも発生してしまった人がいることは事実である

自分ゲーム大丈夫だったとしても、だからといって他人ゲーム大丈夫だという確信はどこからきてるんだ。

デマだと言われぬように動画もあげていたが、その結果アンチ扱いされたらたまったもんじゃない。

アンチエラー報告をしていたら嘘だと疑いたくもなるが、ただのエンジョイ勢がただエラー報告をしていたところでアンチ認定するのはあまりにも短絡的なのでは?

アンチエラー報告していたら正直捏造してるんじゃないかと私は疑うが、ただ楽しんでいた人をアンチ扱いするのははっきり言って異常というか、信者と言われてもしょうがないわな、と思う。

そもそも動作に異常があった」と呟く=アンチだという認識はどこからきているのかよくわからないんだが、どういう思考でそうなっているのか。

Switch本体破壊については本当にゲームが原因なのかはわからない。

本体の方が寿命だったり当たりが悪いものを引いてしまったりした可能性があるのでなんとも言えないし、どうしてバグエラーが発生するのかもわからない。

しかし、ゲーム内でバグエラーがあることは事実でその被害にあった人も少ないながらもいる。

自分被害にあっていなくても、普通に楽しんでいた人の中にいる。

どの界隈にも「ポジティブなことしか呟いてはならない」というファン一定数いるが、あまりにもその思想過激だとnotアンチアンチ扱いするような危ない人がいるとわかれば新規は寄り付かなくなる。

そういう人たちはファンではなくもはや公式信者のような感じなのだが、自分たちは公式の「ファン」だと考えていて、本人に自覚がないのがこわい。

被害にあった人を追い詰めるようにアンチ認定するような人間になりたくないし、バグエラー信者が隠す界隈は不気味だし、公式はもう絶対不具合を認めないし、この先この界隈はどうなってしまうのか。

ゲーム自体は楽しみたいけれど、いつ不具合が起きるのか不安しょうがない。

2019-11-20

麻雀は廃れて当然だと思った

ただ絵を合わせて上がりたいだけっていう究極のエンジョイ勢

ゲームを最高につまらなくしてしまうというジレンマ

駆け引きとか牌効率かぶっちぎって麻雀を最もシンプルに楽しもうとすると

とんでもないクソゲーメーカーになってしまうっていう欠陥

順位が変わらないラスあがりとかされるとこいつアホなの?って思うけど

「上がりたかったんで」で済んでしま

大物手を安上がりで蹴るとか、トップ目が早い手で2着の親を蹴るとか戦術が絡んでるならいいけど

基本的勝利を目指すはずの競技なのに負け確定プレイができるっていうのヤバくね?

そら流行らんわ

2019-11-19

anond:20191119171837

アズールレーンは、そもそも課金しなくても良いランチがでてくるぞ。

メニュー1個ずつ揃えたい人は無課金

メニュー4個ずつ揃えたい人は有課金

みたいな雰囲気

戦闘力ランキング上位に入るには、全メニュー4個ずつ揃えるのが必要だけど、そこはガチ勢けが争う場で

エンジョイ勢は参加しない。

2019-11-05

anond:20191105115444

何のゲーム根本に置いて話してるのかわからないけど、エンジョイ勢ガチ勢って普通交わらなくないか

大抵のゲームにはレートやランクみたいなものでその人の強さが管理されている。それに基づいてマッチングもされる。

一般的ガチ勢ガチなんだからレートやランクは桁が違うわけだし、エンジョイ勢マッチする事なんかない。

それができないゲームならゲーム側の仕様がクソなだけ。

anond:20191105115444

対戦ゲームにおける自称エンジョイ勢」というのはただの負け惜しみから

勝てないから「俺は勝つためにやってないんですぅー!」っていい張ってちんけなプライドを守ってるだけ

エンジョイ勢は対戦ゲームにおいて害悪である

 まずエンジョイ勢とは何か。ゲームを勝ち負けによらず楽しむ者くらいの雑なニュアンスしかされていないが、自分が楽しむためにゲームをやっている者だろうか? 勝っても負けてもゲームを楽しむ。間違っていないはずだ。

 しかしこの解釈では基本的にはゲームをやっている者は皆エンジョイ勢になるはずだ。自分が楽しくないのにゲームをするはずがない。もしかしたら特殊事情があってやりたくもないゲームをしてる奴もいるのかもしれないが置いておく。

 対戦ゲームでよく聞くエンジョイ勢ガチ勢確執というのはこれでは表せない。しかしここでガチ勢と表される人もエンジョイ勢と呼ばれる人も自分が楽しむためにやっていることは間違いない。では何が違うのか。私はそれを目的だと考える。

 ガチ勢は『勝つこと』が目的である。勝つことがそのゲームにおいて自分楽しいことであってゲームをすること自体楽しいわけではない。だから勝つためには面白みがないような戦法や、強キャラなどを好んで使う。それが勝利の最短ルートから

 この対立でのエンジョイ勢目的は何か。『自分が楽しくなること』である。それだけだと何も悪くないように感じる。しかしここでいうエンジョイ勢ガチ勢ではない中立勢力目的を明らかにすると見方が変わる。彼らの目的は『ゲームを楽しむこと』だ。

 『ゲームを楽しむ』ということはそのゲームルールに従って遊ぶということと同義であるルールを守ってもつまらないゲームゲーム側が悪いので置いておく。ルールといっても複雑じゃない。格闘ゲームだったら敵のHPゼロしろだとか、FPSだったら敵を倒せだとか。それだけである。その他は自由だ。一人用ゲームなら目的は様々だろうが、ことPvEPvPに関しては敵に負けろ! とルールに書かれてることはない。なので基本的には勝つためにプレイすることになる。そこで知識量の差や腕前などが出てくることになり、勝敗がつく。しかし彼らは敵を倒せだとか拠点防衛しろだとか、そのゲームの根幹を為すシンプルルールに従い、結果的に勝ちを目指すことになる。それがゲームを楽しむということだからだ。試行錯誤によって人によってはわざと負けているように見えることもあるかもしれない。しかし本人がゲームルールに従って勝つためにプレイしているのならば問題ないはずだ。

 話を戻す。エンジョイ勢目的である自分が楽しくなること』はゲーム勝敗関係ない。一人でやっているゲームならば何の問題もない。そこには一人しか人間がいないからだ。しかし対人ゲームは違う。特にチームゲームならば味方に迷惑がかかる。なぜなら目的が一致していないためだ。ガチ勢中立層はゲームに勝つためにプレイするという点に置いて一致している。それが目的なのか結果なのかは違うものの、同じゲームにおいて勝利を目指すという点では変わりない。しかエンジョイ勢は違う。彼らは『楽しくなること』を最優先にしているのでゲームルールに囚われない。自分気持ちよくなるようにプレイしつづける。気持ちよくなることが勝敗に関与していた時、それが勝つために繋がるならば問題にはならないが、負けに繋がるような行為だった場合非難を喰らうことになる。他にはチート行為などが代表例だろう。気持ちよくなるためにルールをぶっ壊してニタニタ笑う。そんな行為が周りからどう思われるかは火を見るより明らかだが、しかしそんなとき彼らは言う。

たかゲームじゃんw」

「楽しむためにゲームしてんだから間違ってないだろw」

「対戦相手は勝てて嬉しいし何が問題なんだよ」

 例えるなら皆でサッカーをしている時に一人だけキックベースルールで遊んでいるようなものだ。基本的にはボールを蹴っているが突然ボールを手で持ち敵チームに投げ放つ。ポジション無視して走り回る。味方だったら最悪だし、敵だった場合も勝った気がしない。まさに害悪と呼べる。 

 対戦ゲームとは対戦が楽しいという前提があって成り立つものだ。相手が一人で遊んでいたら対戦は成り立たない。ゲーム体験自体が成り立たないので楽しさなどどこかに消えて行ってしまう。自分もそのエンジョイ勢ルールで遊べれば楽しめはする。しかサッカーをしに来ているのに突然キックベースに変わり、それを楽しめる人は少ない。その試合を、引いてはそのゲームの対人戦自体価値貶めることにも繋がる。

 もう一度言う。エンジョイ勢は対戦ゲームにおいて害悪である




 追記 

 昼前にこの記事エンジョイ勢批判をしたのだが、明確にタイトルをあげなかったこととガチ勢エンジョイ勢対立と書いたのはよくなかったと思う。例としてタイトルleague of legendcsgo代表されるようなチーム戦を想定する。そして実際のところ、本当に対立しているのはエンジョイ勢と真ん中のゲームを楽しんでいる層で、それはガチ勢と呼ばれる側も同じ構図であり、こちらは試行錯誤に対しての強制などにあるがそれはともかく。

 この対立ではエンジョイ勢ゲームを楽しんでいる層をガチ勢に仕立て上げる。

ゲームに何マジになってるの?w」

「人に強制すんなよ」

 など。挙げれば枚挙に暇がないが、こうした発言によりガチ勢エンジョイ勢対立という風に変えようとする。しかし本当に対立しているのはゲームを楽しんでいる層なのだ。そしてうやむやにされてしまう。

 この問題の悪いところは逃げ道が無数にあることだと思われる。例えばだが今までまじめにゲームをやっていた人間が、相手うまいプレイをされて死ぬ。差ができてしまい、もう逆転できないと思って敵に殺されに行くようなプレイをし、次の試合に行こうとする。彼はエンジョイ勢に変化してしまった。なぜなら自分気持ちよさを優先しているためだ。しかし本人にやめろと言っても俺はまじめにやっていると言われるとよっぽどプレイおかしくない限り、追及が難しい。人の心を覗き見ることはできないからだ。

 例以外にもゲームをやっていればわざと負けるためにやっているんじゃないかと思えるプレイヤーに必ず出くわす。これはレート帯に関係なく起こる話であり、そして彼らがエンジョイ勢かを完璧判別する方法がないということがこれを難しく、あやふやにしている

2019-10-26

同人女の苦悩。

同人活動、はじめてすぐは、「自分こっち側に来られた」という喜びにあふれていた。

自作同人誌を手に取ってもらえるだけでも最高に嬉しかったし、そもそもサークル参加できるだけでも嬉しかった。

それほどまでに、今まで、頒布する側になるまでは、サークル参加というものに強い憧れがあった。私は一生出す側に回らない側の人間だと思っていたし、早ければ学生時代から始めるであろう同人活動を、社会人になってから始めた、所謂遅咲きタイプ人間なのだ。遅くとも、こっち側になれただけでも、十二分に幸せだった。

しか人間、徐々に欲が出てくるもので、「もっと絵がうまくなりたい」「もっと実力がほしい、そしたらもっとたくさんの人に手に取ってもらえるのではなかろうか」

と欲目が出てくるのだ。すごく浅ましいな、とは思う。今現在、まだ同人活動初心者とはいえ頒布数は順調だと思う。

しかし、上達したいという気持ちや、自分よりもすごい人たちの上を見るとキリがなくって、もっともっと、と思ってしまう。

それがある程度、適度なら向上心や上達意欲となって自分の糧となるのだろう。

が、今まで私は向上心など持たずに絵を描いてきた。所謂、オン専の時だ。

それなりに描けてればいいや、まあ、描いてるうちに描きなれてくるよねえ、見れる絵ならいいや、趣味だし、自己満足だし、というのんびり具合だったのが、

本を出すようになって、途端にそういったエンジョイ勢感覚ではなく、「上を目指したい欲」が、ムクムクと大きくなってきてしまった。

もっとキャラの顔を可愛く描けたのではないだろうか」「まだまだ描き込めたのではないだろうか」「次はここを課題にしなくては」「もっとじっくり描いたら表情を豊かに描けた」

様々な感情が駆け巡るようになった。と、同時に自分の実力をもっと上げていきたいと思うようになったのだ。

今まで抱いたことのない感情であるので、正直すごく戸惑ってしまう。ある種の自分自身との戦いというのだろうか。

絵を描く人間本来は皆こんなに内なる炎を燃やしていたのか…と思ってしまう。

私が本を出すに至った経緯も、実は受動的なものだった。他人に出してほしいと言われて出したといった経緯だ。

その人は、「あなたがいたからこのCPにハマリました、このキャラに興味がなかったけど、あなたのおかげで好きになりました」と言ってくれた。

そう言ってくれた人に、報いたいという気持ちも強い。応援してくれたこの人に、応援してよかった人だったと思われたい、という気持ちだ。

ずっと同じ実力のままでいられない、少しでもうまくならなくては、という焦燥感

今までに持っていなかった激情がある。同人歴は1年にもまだ満たないが、今のところ、地元のイベと東京のイベ、自ジャンルイベントがあるイベントには皆勤に近くなりつつあり、

イベントごとに新刊をこさえている。本当の、一番最初に描いた原稿は今年の春先のものだ。その時に描いたキャラクターと、つい数日前に描いた原稿キャラクターを見比べてみる。やはり、描き手の贔屓目に見ても最近描いたキャラクターの方が手慣れていて、表情豊かに見える。本当に導入したばかりの漫画作成ソフトに少し慣れてきたこともあるのだろうけれど。自分だけしか気付かないかもしれない変化や成長。他人の目から見たら、少しも変わっていないように見えるかもしれない。でも、この経験、一つ一つが、いつか大きな力となって、実力とならんことを、そう思いながら今日も過ごしている。

2019-10-10

anond:20191010143531

100章前後までよみすすめればその後がわかるよ ただしマグナ3凸完成間近が最低閲覧条件なのでアニメエンジョイ勢には無理

2019-08-21

自分将棋オタクなんですwww

と、名乗るのに求められる知識量というか、棋力

アニメオタクの比じゃない

ちなみに拙者は24最高四段のエンジョイ勢でござるよwwwコポォwww

2019-07-28

ボドゲ屋で怒られた

あるボドゲ屋に半年くらい通ってる。

ぼっちの僕にも優しくしてくれるし、楽しいから行ってるんだけど先週、上手いプレイヤーさんから「〇〇考えてる?そんなんだからいつも勝てない。」と結構強めに怒られた。

基本エンジョイ勢だし、半年間でそれも理解されてたから、そんなに!?と思って萎縮してしまった。

対人の趣味向いてないのかなー。

遊びたいけど怒られる不安があってボドゲ できないよー。

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