「屍姫」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 屍姫とは

2018-01-27

アニメ屍姫声優が酷かったというが

秋山奈々じゃなくて、羽染達也が駄目すぎたんだよ

そこははっきりしておきたい

あと、堀江由衣無意味な二役もクソ

2017-08-15

魔法少女劇中劇

未完

プリキュア

魔法少女

田村ゆかりリリカルなのは
クレヨンしんちゃん

参考になった過去のまとめ

2011-02-07

http://d.hatena.ne.jp/Siphon/20110205/1296924394

まず最初に。このきじ面白かった。ネタとしてはすごくいい。

その上でネタマジレスすると、

これを敏腕営業と呼ぶのは本当にネタであり、実生活では使えないよね、と。

なぜなら、この契約は無効であり取り消しうるからグレーゾーンですらない。

どっちかというと興味深いのは悪魔には悪魔側で独自に営業活動上の制約があること。

そもそも人間界の法による保護存在しない世界ならば、問答無用契約させてしまうのが一番いい。

契約した奴はしばらくしたら死ぬ。死人に口なしだから不正発覚のおそれもない。

乱獲しすぎると「寄生獣」よろしく人間様の反撃にあうが、

街1つにつき1人の犠牲程度なら見過ごされてしまうだろうから気にしなくても良い。

「無理強いしたら魔女狩りをやってくれない」という設定なら騙して契約させる必要性もあろうが、

まどマギ場合、一旦魔法少女になったら、魔女呪い云々でいやでも魔女狩りをしなければいけない設定だ。

などなどから営業活動は本来不要なものではないかしらん。

あえて言えば組織モラルを高く保ちたいからとかを考えたが、新キャラが見事にぶち壊してくれてるのでそれはないようだ。


というわけで必要性がないのにQBがあの手この手で営業をしようとするのは

単純にQBが営業活動するのが好きというか、人間を騙すのが好きなだけじゃないかと。

多分ゴリ押し営業する奴もいれば、スマートに営業したがる奴もいる。それだけの話だと思われ。

最後に。私はマミさんかなり好きだったので、屍姫でいいから復活させてくんないかなー。

2009-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20090527012124

主張自体はとりあえずさておいて、少なくとも屍姫は作画も十分糞だったと思うのだが…。

作画オタより声優オタが優れているたった1つの理由

もったいぶるのもバカバカしいので先に答えを出してしまうと

「作画は作品の良し悪しに直結しないけど、声優作品の良し悪しに直結する」

これに尽きる。実にシンプルかつ真理

いくら作画がよくても、キャラデザ前後の文脈とかけ離れたものであれば全くキャラクターの魅力に寄与しない。その点声優は、いい演技がそのままキャラクターの魅力になってくる。

ムントにしろ屍姫にしろ、神作画が糞声優で失敗作になった例は数え上げればきりがないけど、逆に神声優が糞作画で失敗作になった例はここ数年では見たことがない。全ての作品を確認したわけじゃないからひょっとしたら存在するのかもしれないが、少なくとも「探さなきゃない」レベルであることは確か。

つまり、いくら作画の良し悪しを議論しても、声優演技を議論しなきゃ意味がないってこと。そもそも作画オタなんてのは「いい作画」さえ見れればキャラデザなんて気にしないし、下手すればシナリオすら作画を見る集中力の妨げになるってんでスポイルする連中なわけで。

こういう奴らがオタクピラミッドの頂点に立ってるアニメ評論界隈は歪みまくってるよな。

2008-10-09

漫画の中二はダメだけど、ライトノベルの中二はいけるという話

漫画では死神忍者ライトノベルでは異能バトルが物語セオリーになりつつありますが、

これが行き過ぎた時に個人的になんとも言えない気持ち悪さを生むことがあります。

それを一般的に総じて中二病というわけですが、個人的には漫画はきついなぁと感じるもののライトノベル大丈夫なんですよね。

もやもやとしかわからないのだけれど、この違いはなんなのかと深夜に屍姫を見ていてふと感じたので書いてみます。

まずは、何故中二的な要素に嫌悪感を抱くのか。

理由の一部でしかないような気がしますが、

僕の中の言葉を寄せ集めてみると中二的な要素に陳腐だったり、地に足がついていない空想だと感じているからではないかと思います。

これが若さ溢れると感じる要因なのではないかと。

大人になるにつれて整合性を求めるというか、このふわふわとした感覚が許容できなくなるんですよね。

そう思うとライトノベルは辛うじて物語の体裁を保っていて、溢れんばかりの中二要素をうまくまとめてストーリーの主軸へと誘導しているのが特徴なのかなと思います。

話の整合性を保っていることで、思う存分中二的な妄想を展開することができて恥辱の泥沼に浸ることができる……これがライトノベルで中二的な要素を許容できる大きな特徴でしょう。

一方、漫画のほうは中二的な能力や設定に焦点がいきがちなのと、それをイラストで視覚化してしまうことで気恥ずかしさを感じてしまうのです。

あぁ、なんという羞恥プレイ。ボクの妄想が晒されているぅううううううう>< びくびくんっ!!

みたいな感じ。

読みながら脳内で繰り広げられる妄想が、目の前の紙面に投影されていることで辱められているような気になってきます。

して、こんなことを考えながら読んでいる自分をさらに俯瞰することで死にたくなってくるという無限ループ

あぁ、もうどうにでもしてぇえええええ!!!

さらに、設定ばかりが強調されていることでストーリーの地に足のつかなさが気恥ずかしさに拍車をかける。

……これが、漫画ライトノベルにおける決定的な違いなのではないかと。

まぁ要するに「中二は大好きなんだけど、おっさんには中二漫画はしんどい」

これに尽きるのかも。

もやもやと同じようなことを感じている人は結構多いんじゃないかな?

 
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