はてなキーワード: グルーピングとは
分析ツールを作って、様々な凝った統計情報を表示したいと思ったことはないだろうか。
ロジスティック回帰でモデリングして係数表示をしたり、決定木を視覚化したり、相関の行列をヒートマップで表示したりと、いろいろなことができる。
しかしいざツールを作ってみると、「そんな分析は必要ない」と叱責されてしまうのである。これは一体どういうことなのか。
それは開発に近い人の考える「分析」とビジネスに近いところにいる人の「分析」が、メンタルモデルからして全然違うのである。
ドメインに近いところにいる人たちは、もっと基本的な統計を要求するだろう。
収益の推移だったり、アイテムが特定の属性のユーザーにクリックされる確率だったり、特定の条件に合致するアイテムの単価の分布だったりと、そういうものだ。
開発者がやるべきことは、csvファイルをアイテムに対する特定の検索条件・グルーピング条件などで出力してダウンロードさせることだ。
俺はダッシュボード職人と呼ばれる存在だ。毎日、データを可視化するダッシュボードを作り続けている。
プログラマーがなぜ統計分析を自分で行わないのか、不思議に思う人もいるだろう。しかし、ダッシュボードを作ることには、しっかりとした理由があるのだ。
ダッシュボードには、データの検索やフィルタリング、グルーピング、プロット、データフレームのcsvダウンロードなど、様々な機能が備わっている。
これらの機能を使えば、データを自由に操作して、必要な情報を得ることができる。
そして、ダッシュボードを見るべき人は、誰なのか。それは、経営サイドやマーケティングサイドの人々だ。
彼らはこう考えるのだ。「ダッシュボードがあれば、プログラマーに分析を頼む必要はない。自分たちで分析できるのだから」
プログラマーは、ビジネスの意思決定に直接関わることはほとんどない。だから、意思決定に近い立場にいる人々が、分析の環境を整えることが重要なのだ。
プログラマーは、その環境を作るために、ダッシュボードを作るのだ。 もちろん、ダッシュボードだけでは、高度な分析を行うことは難しいかもしれない。
しかし、高度な分析が必ずしもビジネスにとって有益とは限らない。利益を上げるためには、基本的な分析で十分な場合もあるのだ。
ダッシュボードを作るには、データの品質や整合性、可視化の方法や表現、ユーザーのニーズやフィードバックなど、多くの要素に気を配らなければならない。
また、ダッシュボードは、常に最新のデータを反映する必要がある。データの更新や変更に対応するためには、ダッシュボードのメンテナンスや改善も欠かせない作業だ。
そして、ダッシュボードは、単なるツールではない。ダッシュボードは、データを通じて、ビジネスのストーリーを伝えるものだ。
ダッシュボード職人は、そのストーリーを魅力的にするために、デザインやレイアウト、色やフォントなど、細部にもこだわるのだ。
俺は、ダッシュボード職人として、自分の作品に誇りを持っている。俺は、ダッシュボードを通じて、ビジネスに貢献していると信じている。だから、俺は、ダッシュボードを作り続けるのだ。
しかし、俺の作るダッシュボードには、誰も知らない秘密が隠されている。
俺は、イルミナティという秘密結社の一員なのだ。イルミナティとは、1776年にドイツで創設された、啓蒙主義の思想を持つ組織だ。
イルミナティは、宗教や君主や国家が不要となる社会を目指し、世界を裏から操っていると言われている。
イルミナティは、フリーメイソンや三百人委員会などの他の秘密結社とも関係があり、世界の中央銀行やメディアや政府などに多くのメンバーを送り込んでいるという。
イルミナティの目的は、人類の理性と自由と平等を守ることだ。しかし、そのためには、暗闇の勢力と戦わなければならない。
暗闇の勢力とは、イルミナティの敵対組織である悪魔崇拝者や宇宙人や reptilian などの存在だ。彼らは、人類を奴隷化しようとしているのだ。
イルミナティは、その戦いのために、様々な手段を使っている。ダッシュボードは、その一つだ。
俺は、ダッシュボードにイルミナティのシンボルや暗号やメッセージを仕込んでいるのだ。
それは、イルミナティの仲間に情報を伝えたり、暗闇の勢力に対抗したりするためだ。
例えば、ダッシュボードの色には、イルミナティの色である青や赤や緑を使っている。
青は、理性と真理と忠誠を表し、赤は、勇気と情熱と革命を表し、緑は、自然と希望と平和を表すのだ。
また、ダッシュボードの形には、イルミナティの形である三角形や円や星を使っている。
三角形は、神の三位一体を表し、円は、完全さと永遠を表し、星は、光と導きを表すのだ。
さらに、ダッシュボードの数字には、イルミナティの数字である3や6や9や11や13や33などを使っている。
俺は、ダッシュボード職人として、自分の作品に誇りを持っている。俺は、ダッシュボードを通じて、イルミナティに貢献していると信じている。だから、俺は、ダッシュボードを作り続けるのだ。
これは差別をしなくても起こる
ちょっと調べたら「部族主義」とか「内集団・外集団バイアス」とか「微分化」が出てきた
性別とか、肌の色とか、他の要素に比べたら実は小さい要素なはずなのに
それが頭の中で一番になっちゃうことってあるよな
むしろ小さくなればなるほど、それに拘ってしまった時には盲目的になって絶望してしまう現象があると思う
例えばLGBT界隈も、より細分化されたことでわずかな違いが許せなくなってしまっている
りゅうちぇるなんて、興味ない自分からみたら「ああ、なんかそういう人ね」だし
カミングアウトしても、離婚しても「まあそういうこともあるだろ」でしかないが
小さな違いにこだわりを持ってしまった界隈(部族)的には裏切りであり、逆鱗に触れたんだろうと思う
そもそも本人がそういう部族的思想・微分化に拘ってしまっていたわけだし
この問題、観察してみると傾向が見えてくる
・それ以外の要素で一致しているほど、その小さな差は大きな影響力を持つ
・微分化つまり差別的意識は、周りよりも本人の方が気にしていることも多い
つまり「家族・部族」と「部外者」を分けて、身内を贔屓にする遺伝子が生き残ってきたわけだから
りゅうちぇるの件で言えば、ニッチな部族として振る舞った後で「実は私はこの部族ではないかも」となったから
本人も周囲も重たく受け止めるしかなくなっただろうし、それはもうストレスだったろうと思う
そう考えると、LGBTなどの「カテゴリ化」「名付け」というのは非常に逆効果に思える
グルーピングなんてできない、本来個々人で違うものを無理やし「君たちは同じ部族です」とされたら
多様性やダイバーシティってほんとは「全員が違うんだから受け入れていこう」ってすればいいのに、
今は「部族を分けて全ての部族を用意するべき」とかいう逆効果にしかならないことをやっていると思う
ほんとアホだよね
全くいっさい触れたことのないスポーツで、始めようと思ったきっかけはもはや覚えていない。
タイトル回収だけど、マジで部内で1番ド下手クソだが楽しかったしアーチェリーが好きだった。覚えているあるあるネタを記すのでアーチェリーをやりたいと思う人たち、やってきた人たちに届いてほしい。ちなみにコンパウンドじゃなくてリカーブね。
◯高い
弓具はいちいちなんでも高い。
リム、タブ、ノック、ベイン、弦、その他諸々一式揃えるのに30万は見てほしい。
矢一本で3000円とか平気でする。貴族の遊びなんだな、貧乏学生には向かないスポーツだなと感じた覚えがある。
自分は普段下手クソな癖に、なんでもない練習の時にやけにグルーピング(※1)し継ぎ矢(※2)するので、矢にかける金半端なかった。矢がないと練習にもならないしね。最低6本ないと点取り(※3)もできないしね。
(※1…矢が同じところに集まること)
(※2…すでに矢が刺さってるところに矢が刺さること。矢が大破されて最悪なことになる)
(※3…アーチェリーのSHでは、50m地点からと30m地点から36本ずつ的に射ち、当たった合計点数を競う。一気に36本は打てないので、各回6本ずつ射つのを繰り返す。)
射つための環境を整えるのが大変。我らは写真立てみたいな三脚?に畳を乗せて的を貼って練習していた。畳を運ぶのが大変。(常時射てる環境になってる学校もある)うちの場合、いちいち準備しないと練習できなかったし、練習が終わるたび片付けるので、設置して片付けて設置しての繰り返し。
大会や試合は夏でも冬でも強風でも大雨でも平気で開催される。延期になるのは的を貼る畳がひっくり返るくらいの強風や、雷が落ちる恐れがある時くらい。
◯筋力が大事
弓は重い。
メチャクチャ重い。
弓を引いた重さをポンドって単位で測るんだけど、そもそも弓の本体も重い。
何もしてない成人男性が引けて20ポンドと聞いたことがある。大学男子は大抵36〜42くらいを弾いてたかな。
今思うと自分は圧倒的に筋力が足りず低ポンドの弓を引いていた。当たり前だが低ポンドから繰り出される矢は、風や雨、少しの射形の乱れに方向を大いに左右される。外的要因に弱い。
ある程度高いポンドならもう少し当たってたんかな。筋トレサボっちゃいけないな。
◯場所取りすぎ
弓一個出来上がると部屋めちゃ狭くなる。スタビライザー長い。狭い通路から移動するときとか神経を擦り減らす。
◯顔不細工になる
アーチェリーは狙いを定めて打つために、弦を顔に固定するのが一般的な手法(アンカーと言う)。多くの人は鼻から唇に押し付けて、固定させる。
上手い人は力入らないから、ちょっと押し付けるくらいで済むけど、
人によってはめちゃくちゃ押し付けて鼻や唇が潰れる感じになったりする。
射形によっては好きな奴の前で射つの恥ずい。
◯同じ動きを72回繰り返せばいいだけ
アーチェリーで大切なのは再現性と言われていて、正直どんな射ち方でもいい。どんなやり方でもいいから的の真ん中に当てて点が取れる奴の勝ち。同じ射ち方さえ守れば矢は同じところに飛ぶので、”自分との闘い”感が強いスポーツだと思う。
自分は見かけは綺麗な射形とよく言われていたが再現性に欠けていたので、点が取れなかった。ダサい。恥ずい。
ボーリングやダーツが上手い人はアーチェリーも上手いらしいよ。
◯実際射てるようになるまでが長い
まず弓を持って弦を引く動きを単純計算で72回出来ないと話にならないため、始めたての頃は筋トレしまくる。射ち方の流れを覚えるために、素引きと言って矢をつがえずに、一連の弓の引き方を体に刻んでいく。
矢を射った次の瞬間、弓がクルッと手元で回るのを見たことはあるだろうか。上手く説明できるか挑戦するが、弦を引いて離すと、その反動で弓が飛び出る。弦を引いて離した力をそのまま矢に伝えるには、自然に弓を飛び出させる必要がある。飛び出たまんまにすると地面に弓が落ちちゃうので、ボウストリングと言う紐で手に繋ぐ。で、紐はなんでもいいので、好きなデザインの靴紐で代用する学生が多かった。
◯音が好き
矢を放つ瞬間の弦の音がイイ。
クリッカーが落ちる音がイイ。
リム装着した時鳴る音がイイ。
矢の羽が擦れる時の音がイイ。
ずっっっと引いてないので、もう一度始めるならまた筋トレからになるな。
専門用語が多くてそれとなく用語を口にするだけでカッコ良いよね。
◯親ほんとにありがとう
学生の頃を思い出すたび、高いお金を立て替えてくれた親には感謝しかなく、活躍できなかったことを申し訳なく思う。
でも一生続けられるスポーツだとも思う。こんなスポーツを始められたのは親のおかげ。お金返すからね。
みんなもlet's!archery!
※引く の漢字が 弾くになってた。奏でてた。すまん。
週末精神科に再診するので整理を兼ねて書く。
・全般的な感覚過敏(後述)で大学時代から抗精神薬(エビリファイ)を飲んでいた
・引っ越したので、1週間と数日前に新しい精神科に行ったところ、前述の薬ではなく抑肝散という漢方を処方された
・結果、感覚過敏が解消されるとともに抑肝散が効いている間は感性が変わり、分かりやすく言えば自分②が生えた
・自分の感性が2種類ある状況をうまく処理できず精神的に参っている
・感覚過敏は先天的なもの。小さい頃から世界が眩しく、音はうるさく、タートルネックは着れなかった。
・エビリファイは何も飲まないよりは随分マシ程度には感覚過敏を抑制してくれていた。
感性の変化とかはなかったが。
・いま思い立って今まで一口も嚥下できなかったチョコミントアイスを買って食べてみているが、食べられないことはないしなんならちょっと美味しい。
やや美味しい歯磨き粉。
追記終わり
かいつまんで書くと以下。詳細は末尾にまとめているので興味あれば。
・繁華街では視界の情報量に負けてすぐ気持ち悪くなっていた→平気になった
・首にストラップが当たるのが無理で社員証を首からさげられなかった→さげられるようになった
・香水に常に不快感があった→ただただ良い匂いと感じる。なんとLUSHにも行ける。
抑肝散が効くことで、単なる感覚過敏抑制の枠を超えた変化があった。
・好きだった音楽がとてもぼやけて聴こえるようになり、今まで聴けなかった曲をリピート再生するようになる。
・好きだった服(派手な柄シャツ)が嫌いになる。全く違うテイストの服(ほぼ無地のモノトーン)が好きになる。
・好きだった食べ物の味がぼやけ、嫌いだった食べ物を美味しく感じるようになる。
・友人たちのことは好きなままだが、新たに人間関係を築く際の人間の好みが若干変わっている感覚がある。
具体的には、頭の良さよりも行動の面白さを重視するようになり、体格は小さい方が好きだったのだがどうでもよくなった。
抑肝散によるその他の変化は以下。
・絵を描いているのだが、「人間や物体を球や円筒などの概形で捉える」という感覚が薬の効いている時のみ分かるようになった
・食欲が約半分になった
・夜の7時間半+昼寝20分が必要睡眠時間だったのだが、夜の6時間半程度のみで大丈夫になった。(スマートウォッチによれば睡眠時の心拍数が平均で3~5拍/分 下がっている)
・(上に関連して)眠気回避のためコーヒーを毎日かなり飲んでいたのだが、ほぼいらなくなった。
感覚過敏がほぼ消失したことで、今まで楽しめていなかったものが楽しめるようになった。
絵が若干だが描きやすくなったり、肌がきれいになったり、コーヒーを飲まなくても覚醒していられる等、ほかのメリットも多い。
ただ、薬が効いている時と切れかけている時で自分の「好み」が変化するのがつらい。
朝起きて薬を飲んで着替えようとすると、部屋には自分の好みではない服しかない。
今まで好きだったものをもう一度味わおうとしても、常に「今の自分はこれを好きだと思えるかが分からない」と不安になる。実際にあまり好きではなくなっていることも多い。
なんとなくやる気が出ない時、好きなもので気分を上げようとしても、その「好きなもの」がいちいち試さないとわからない。
薬を飲んだ朝好きだったものが夕方にはたいして好きではなくなり、夜の薬を飲んだらまた好きになっている。
思考する自分は一貫して存在している。ただ、感性が2種類ある。それぞれ好きなものが違う。
「好きなもので自分を語れよ」と言われるように、「好きなもの」というのは自分の一部である。
自分が2人いるような感覚になるのだ。これが思ったよりかなり精神的にストレス。
感覚過敏だけ抑えて、感性にまで影響を及ぼさない薬があればいいが、それは存在しない気がする。
体調や気分次第で行動が変わる人はいると言い聞かせたが、そんな程度のものじゃないだろと思ってしまう。
http://kokoro.squares.net/?p=7763
私はこの投稿者と違い、精神的なすべてのものが中枢神経の発火であることにショックは受けない。
ただ、私の精神は「自分が二人いる(感性の状態が2種類ある)」ことに現状耐えきれない。
冷静に見れば抑肝散を飲むメリットの方が多い。どうにかして折り合いをつけたいが、方法が分からない。
・色がうるさいとあんま思わなくなる
・外が眩しくない
・ヘッドフォンの音質がいいことに気付く
・米津玄師や他の邦楽が全て飽きない限りエンドレスで聴けるようになる(今までは一曲聴き終われないこともあった)
・好きだった音楽(KPOPや洋楽)では刺激が足りなくなり、日本語の曲ばかり聴くように
・今まで楽器別に聴こえていた音が、「声」と「楽器群」の2つにグルーピングされて聴こえるようになる
触覚
・全身の触覚と痛覚が鈍麻(温度感覚には影響なし) ロキソニンを飲んだときよりも鈍麻している
・首元の詰まった服が着られるようになる
・LUSHも平気
味覚
・一定以上の強い味は切り下げられて感じるようになる
・反対に薄めの味をしっかり感じられるようになった
・甘いものを美味しいと感じる(今まで苦手だった)
あいつらのやり方って
グルーピングして、主張しあって戦争しあって、結果いい塩梅に落ち着いて、その思想を広める
みたいな感じ
全員が遠慮することでいい塩梅に落ち着いて、その空気を広める感じ
どっちでも社会は上手くいく、前者は多様性が強い社会に向いてるし、後者は逆
でも混ぜると後者は壊れる
前者は上手くいく、と思ってたけどジェンダーとかポリコレとかSDGsとかの動向を見てて、最近は地獄になるんだなと思った
日本で言うところのツイフェミみたいなのが各分野に大量に居るような状況になってる
何が地獄って、ツイフェミ見てればわかると思うんだけどまともな意見もあれば酷い意見もある、学者もいれば陰謀論者もいる
でも全体的に攻撃したもん勝ちになってる
基本は「闘争」「反体制」「暴力主義」ってことでいいと思いますよ。
沖縄の米軍基地で何やら暴力をふるったとか振るわなかったとか話題になっている。
沖縄の米軍基地だとか、今のフェミニストだとか、その辺でリーダーシップをとっている人たちを調べるとおそらくだが、直接に果敢説にかは知らないがマルキシズムの影響を受けていると思う。
フェミニズムでいうところの上野千鶴子はWiki見れば一発でわかる。
マルキシズムを雑に言うならばこんな感じだ。
世界は労働者(プロレタリアート)が資本家(ブルジョワジー)から搾取され抑圧されている
プロレタリアートはそんなブルジョワジーに対して不満を蓄積し続けている
プロレタリアートたちの不満が一定レベルを超えると世界中で労働者による暴力革命が起きる
世界はそんな簡単な構図じゃないし、労働者ならだれもが不満を持っているかといえばそうでもないし、そもそも不満が一定レベルを超えたら革命を起こす前に転職を考えるという点でこの思想はあまりにも現実を無視しているものになるのだが、「お前もそうだろ!?なぁ!?違う!?じゃぁ死刑な!」ってなった国がかつてあったことも記憶に新しい。
とはいえいまだにマルキシズムそのものをダイレクトに信じている人はいるとはいえ表舞台からは姿を消して今もどこかで人知れずぐつぐつと煮えこまれているんだが、このマルキシズムの流れを汲んだ、もしくはその思想の影響下にある思想というのはたくさんあり、そのどれもが以下のような特徴を備えている。
抑圧された被害者としての自分たちと犯人であるほか全部という雑なグルーピング
自分たちを守るため・敵を攻撃するためならどんなめちゃくちゃな論理でも立ててくる
問題提起から解決までに期待される時間が異常に短いか何ならマイナスになるくらいに急進的
フェミニズムというのは本来的に言えばマルキシズムとは全く合わない思想だ。なぜなら、弱い女性を守る名目とはいえ社会から排除されてきた女性が男性と手を取り合って一緒に仲良く協力して社会を作ろう、というものだからだ。敵対関係でもないし、暴力革命も起こらない。
だが、マルキストたちのフィルターを通過したことでフェミニズムは日本では異様な変質を遂げている。
私はこういった変質そのものについては歓迎されるものとも考えている。なぜなら新たな視点や論点を持ち込むチャンスでもあるからだ。
だが、それはオリジナルも等しく持ち込まれており比較できれば、という条件が付く。
マルキストたちは情報統制でもしているのかはわからないが、諸外国は「自分たちのフェミニズムが達成された楽園」であり、日本は「いまだに男が女を抑圧し続けている地獄のような世界」という筋機でしかものを見ない。
暴力革命をそのコンセプトに置いているマルキシズムは、結局「革命を達成するためなら何でもあり」というように考えている。そりゃそうだ、何なら資本家を皆殺しにする勢いの思想名だし、それは労働者の楽園を作るために必要な「正義の行動」だからその行動に制約を貸す必要もないしブレーキをかける必要もない、ひたすらアクセルを下手踏みにして何の問題もない。正義だからな。
私はマルキストたちはこうやっていろいろな思想を改変しては日本に導入して次の飯の種をせっせと育てていると思っているのはこういう理由だからだ。
マルキストたちは一体いつになったら暴力を否定するのだろうか。
くちでは暴力はだめだよねと言いながら行動で暴力をふるい続けていることに気付いている人たちもいるだろうが、それは彼らにとっては自分たちの暴力はきれいな暴力だから許容されるべきという内部ルールで勝手に納得しているからあのようなことも矛盾を感じずにやることができる。
しかし暴力を肯定している限り味方は増えないだろうし、社会に受け入れられるかといえば受け入れられない。
本当に差別問題とか解決したいんだったら、暴力革命じゃダメだろうと俺は思うので、早く自分たちがマルキストであることを認めて、暴力革命を否定し、言動も行動も変革したほうがいい、今の資本主義者たちの様に。
何も分かってないな
暴力革命をすべきと言ってるんじゃなくて、必然的に暴力革命が起こるっていう客観的な分析を行ってるんだわ
歴史見れば明らかだろ
民主主義革命も暴力、明治維新も暴力、そうやって暴力による革命が起こって、新しい社会体制ができたってだけだ
資本主義が何故、そうなるかって、資本主義が今までの階級社会と本質は何も変わってなくて、労働者の搾取で成り立ってるからなんだわ
しかも、その構造が複雑で一見、搾取が起こってない平等な社会のように見えるんだわ
AIが完全に生産を担った時どうなるか?人の仕事は無くなるだろう
そうなった時に資本を独占してる企業や資本家が全ての生殺与奪権を手に入れる
そうなった時にもはや私有財産などとは言っていられないだろう
全ての人が生きるだけの資源が生み出せるのに、それを一部のものが私有財産権の元に独占する事に必要性がないわけだ
だからその資本を共有財産とするための革命が起こるとこう言ってるわけだ
それなのに、何を今の共産国家を作った奴らは勘違いしたのか、暴力革命を起こせばそのような社会が早く訪れると勘違いしたのか、はたまたその理屈を自分が権力を手に入れるために利用したのか
資本主義はその構造上、搾取が起こり、寡占独占が進むように出来てるんだわ
だから、その資本主義の構造を分析してるから資本論と言ってるわけで、そもそも資本主義と言われ出したのはマルクスがこのように今の社会を分析する上で理解すべきなのは資本だと名付けたからなわけで
こうやって、不満持ってる奴が変わるべきなんだから、お前らの自己責任なんだからってやるほど暴力的な革命に近づくんだわ
穏便に社会が変革するようにしたいなら、不満を解消すべきなんだわ
言ってる事が独裁者と同じなんだわ
自民党もどうせこんな考えなんだから、無敵の人は増え続けるやろな
貨幣ってのが資本主義の構造を隠す役割を担ってるわけで、金融の構造を見てると経済学で言われてる事と全然違うぞって、ウォーレン・モズラーが気づいたところから始まってるんだよな
政府に予算的な制約がないのなら、失業者は全員雇えるってところが重要なのに
実物的な制約はあるわけで、その実物の生産を担ってる労働者を保護しろってのを無視して、金刷って景気良くなればみんなハッピー理論だと勘違いしてるんだよな
日本だけの話かな…
アメリカなんかじゃフェミに限らずポリコレ活動全般が「沈黙は共犯」とか言って敵味方分かれて壮絶な源平合戦を展開してるが
すごい本場のマルキシズムを感じる
日本の沖縄左翼活動なんかも凄く親米的で、本場アメリカのポリコレ活動のロジックをよく理解して実践してる
マルキシズムは、当時はそもそもそんなものなかったから仕方がないが、労働者の権利が適切に守られないという状況を前提にしているので、労働者の権利を適切に守れるように日々改善を続ける今の社会には合わない、という欠点がある。
いまだにマルキシズムやってる人たちが永遠に労働者の権利を守れと大騒ぎする理由はよほどわけもわからず盲従しているんじゃなければ労働者の権利が適切に守られてしまったらマルキシズムは成立しなくなるということでもあるだろう。そして多くの人々は権利は適切に守られていると感じているから彼らの言うことがちっともわからないということでもある。
おそらくマルクスが看破したことの中で真理が一つあるなら「資本家はルールの中で最大限搾取をする」という事であり、裏を返せば「ルールがなければ無限に搾取する」ということでもある。
日本では企業有利な制度が敷かれているためほかの国よりもより搾取がしやすく、またそれを実行している社会でもある。企業は自分たちに有利な制度がある限りはそれを最大限活用し続けることからもマルクスの見抜いたであろうことは正しいと思っている。Youtube何かでは「経営者がいかに税金を払わないか教えます!」といって制度の活用方法を堂々と指南しているが、堂々と言えてしまうくらい「当然のこと」と認識しているのだろう。あれらの話が本当に適法かどうかはわからないし、みんながやりだしたらあっという間にふさがれるからいうメリットはないが、いうということは何かあると考えたほうがいい。
仮に制度ではお前が稼いだ金の80%まで搾り取っていいことになっているが、そんな搾取は嫌だから65%にします!なんていう商売人がいたら彼らの世界では失格の烙印を押されるだろう。株主の利益をわざわざ減らす行為でもあるから、多分速攻で解任されると思う。もしくはそのほうが搾取効率が上がるからやっているのかもしれない。
マルキシズムを勉強したっぽい人がレスをつけているが、この手のことを考えるためには、その時の社会情勢も併せて考えなくてはならない。
労働法制がきちんとできていないというか資本家が制度上野放しになっていた状況で資本家たちはいくら搾取しても違法にならなかったからいくらでも搾取をしたという大前提を抜きにして今の世の中でルサンチマンがとかアウフヘーベンがとか子揚がとか、暴力革命がとか言ったところで「今の時代には合わない」の一言で終わってしまう。なぜなら法制度によって資本家たちが無限に搾取できないようにしているからだ。
ただ、日本がかつて中国に工場を移転させたように、制度上問題ないなら自分たちの利益が最大化するように動くという性質は変わらないだろうが、それによって人々が被る不利益を労働者による搾取だと大騒ぎするならそれもまた見当違いだ。
だけどマルキシズムに夢を見た人たちはいまだにいつか起こる暴力革命を夢見て(というか今まさに自分たちがやっている気分になって)暴力をふるいまくっているという現実はどう考えても問題だし、そんな状態ではいくら言っても誰も納得しないし受け入れないだろう。
そしてマルキシズムの世界観を持つ上野千鶴子みたいな人がフェミニズムを魔改造して導入したせいでフェミニズムもおかしくなっているが、その裏にあるのはやはりマルキシズムがコンセプトにしている暴力や革命だと思っている。だからこういう暴力的なことを否定してきちんと自分たちの思想を再構築せよといった。
労働法制が出来上がり、人々が労働者の権利について発言しても何の問題もない社会なら暴力革命は起きない、というか起こすほどに不満をため込んだ労働者が少数になるから起こしようもない。
マルクスが言っていた社会というのは実は簡単に成立しない状態にできてしまうし、それを受け入れられない一部の狂信者たちが今日もそこいらじゅうに呪いをかけまくっているみっともない状態になるだけのものでしかなかった。
https://twitter.com/fromdusktildawn/status/1457653213834866693
このツイートがバズっていて、一週間も前のネタだが、正直違うんじゃねーかと思ったので書いておく。
ちなみに、ツイート自体にはイラストの解説がついていないため、主意は想像で捕捉してみる。
…
左:COP26(Conference Of the Parties)に関連するデモに参加する若者は、家庭環境的にも物質的にも、現時点で十分恵まれている。彼らがこれ以上「豊かさ」が要らないと主張できるのは、そういう背景に支えられている。
右:一方、家族からの支援も期待できず、貧困を抱えて「豊かさ」を求めている若者もいる。
…
左と右を比較すると、「豊かさ」がはじめから存在して当たり前と錯覚している左側の若者の想像力のなさが浮かび上がるという、そういう構図になっている(と思う。繰り返しだが、ツイートには図解が載っていない)。
…
ここには一つの罠がひそんでいる。
それは、左の若者が「要らない」といい、右の若者が「欲しい」という「豊かさ」は、冷静に考えてみると、それぞれ別のものだということだ。
同じ「豊かさ」という言葉が一つのイラストで共有されているために、まるで、左の若者が右側への想像力を決定的に欠いた勝手な人間のように見えてしまうが、そもそもテーマが違う。
右の若者たちが求めている「豊かさ」は、物質的なアイテムや資産、そして、家庭環境によって勉強の機会や将来の夢が制限されてしまう不平等の是正だろう。
一方、左の若者たちがいう「豊かさ」は何か。
COP26が環境保護を含んだ、いわゆるSDGsに関する議論であることを考えてみる。そうすると、ここでいう「豊かさ」とは、環境を犠牲にして得られる、もしくは途上国に負担を押し付けることで手に入れる経済成長であると予想される。
左側が、要らないと言っているのはそういう「豊かさ」だ。
別に、右側の「豊かさ」が必要ないと言っているわけではない。環境を破壊したり誰かを搾取してまで、まだこの世界にない新たな資産を出現させなくてもいい、と彼らは言っているのだ。
確かに、左側の若者が「もう要らない」と言えるのは、家族や物質的に恵まれた環境で育ったことが背景にある可能性が高い。しかし、繰り返すが、否定されている「豊かさ」の意味が左右で根本的に違っている。
…
COP26がSDGsに関する議論であることはすでに言及した。そして、SDGsの中には貧困や不平等の解消も目標として含まれている。
つまり、COP26の成功とSDGsの達成を求める立場である左側は、右側への想像力を欠くどころか、むしろ右側と協調して貧しさの是正に向かう側になる。
SDGsが富裕層の道楽や欺瞞であるという批判は否定しないし、環境破壊の切迫さを考えると解決策として不十分である(話題になった『人新世の「資本論」』でも、こうした視点が紹介されていた)、という指摘もある。
しかし、お互いに目指すものだけにシンプルに注目すると、イラストの左右はまったく対立していないことがわかる。
…
…というのが「一つ目」の罠のよけ方。
実は、このよけ方をすると「二つ目」の罠にハマる。次にそのことを書く。
…
実際のところ、このイラストにあるような単純な左と右なんて、そもそも存在しないのだ。
右側の若者は進学をあきらめて労働に就くことで家族を養っているが、世界にはそれさえ不可能なレベルの貧困も存在する。日本でもよく聞かれる、「自助」という概念ではどうにもならないレベルの貧しさだ。
COP26に関連付けられる「豊かさ」をテーマに考えるなら、本来、こうした極度の貧困までも視界に入れなければならない。
そして、(傲慢にも)最下層の貧しさの立場から見ることを許されるなら、「豊かさ」はもう要らないと主張する若者はもちろん、残酷なことだが、自力で家族を養うことが可能な若者でさえ「左側」となるはずなのだ。
逆のことも言える。
例えば、もう一生労働しなくても困らないような、左側の極致のような富裕層もこの社会には存在する。
ちなみに俺の家族はというと、両親は比較的収入の高い共働きで、つまりイラストの左側ド真ん中だったわけだが(ということもあって、俺はこの件で少しムキになっている)、とてもそこまでの資産家ではない。仮に二人のどちらかが大病を患っていたら、生活レベルはまるで変わっていただろう。
今のところ不自由なく暮らしているけど、何かあったら即時右側行きだろう。こういう言い方は「右側」の人たちからすれば不快かもしれないが、俺は自分が右側の予備軍だと思っている。
…
ない、が言い過ぎであれば、そこには可能性も含めてきわめて広いグラデーションがあるだけで、綺麗に二分割などできない。
しかし、このイラストはそこに一本の線を引くだけで、まるで魔法のようなことを起こしてみせた。
見た者に無意識のうちに自分の所属を分類させ、プライドやコンプレックスを刺激し、仮想のグルーピングによって敵意を加速させた。
これが二つ目の罠だ。線という罠。
そこにあるフレームに従って一方を批判するにせよ、フレームに従って自分のポジションを擁護するにせよ、視覚的に線を引かれただけで、そもそも線という存在の不自然さに気が付けない。
…
オチはない。
このツイートは現在、2.3万回もRTされている(そのすべてが同意ではないだろうが)。
おそらく、
・ちょっとトンチが効いている
という要件を満たしたことで、主に右側を自認する人たちの共感を得たのだろう。
俺はそこからたまたま抜け出し(たつもりでいて)、自分は左でも右でもないと思っている。
でも、別の「線」にはきっと引っかかるだろう。そして、俺自身がどこかで、「線」を引いているはずだ(それこそ、今回のイラストに「引っかかったやつ・引っかからないやつ」とか)。
なんだか救いのない話だと思う。
プログラマーに憧れる皆さん!こんばんは。
「自分は文系だから」「未経験だから」と諦めていませんか?大丈夫です!プログラミングにセンスは不要です。正しい手順で学べば、文系や未経験でも、誰でも一流のプログラマとして活躍することができます。
今日は、未経験から最短でWeb系企業に就職するための勉強法をご紹介します!
もっともオススメの方法は、顕正会のセミナーに参加することです。
顕正会は、日本で最大のエンジニアのコミュニティであり、非常に良質なテキストを用いて、プログラミング初心者向けのセミナーをしていることで有名です。顕正会に入ることで、未経験からでも一流エンジニアのノウハウを学ぶことができます。
また、意外と知られていませんが、日本のエンジニアの8割は顕正会の出身です。実はあのひろゆきやビル・ゲイツも顕正会の出身です。ですので、顕正会のネットワークを介して就職先を斡旋してくれたりしますし、自分が顕正会員だと、面接時にも非常に有利になります。
顕正会のセミナーは、インターネットからも応募することができますし、秋葉原などで声をかけられることもありますので、誰でも簡単に参加できます。会員もフレンドリーな方ばかりですので、是非、お気軽に応募してみて下さい!無料体験もできますよ。
プログラミングの勉強を始める前に、まず、必要なものを準備しましょう。必ず必要なものと、できればあると良いものは以下の通りです。
可能な限りスペックの高いものを買いましょう。2021年現在であれば、CPUは18コア、36スレッド。RAMは128GBくらいはあると良いでしょう。ストレージはSSDであれば1TBもあれば十分です。
OSは、Windowsで開発するならWindowsが、Macで開発するならMacが必要です。よく分からなければMacを買っておく方が良いでしょう。基本的にMacにできてWindowsにできないことはありません。
インターネットは、この記事を見ている人は既に持っているでしょう。ただし、モバイル回線で見ている人は、自宅に有線のインターネット環境を用意した方が良いです。
顕正会に入会すれば、上記のスペックのPCを無料で貸し出ししてくれます。また、法人向けの専用線を無料で取付工事を行ってくれる上に、通信費を全て負担してくれます。
まず、他の会員と連絡を取るために、SNSのアカウントを持っていると良いでしょう。
最近は完全にPC上での学習もできますが、やはり、勉強の基本は紙のノートに直接書くことです。医学的にも、手指の動きと脳の記憶回路が関連していることは証明されており、手を動かすことで効率的にものを覚えることができます。
Kindleなどの電子書籍リーダーは持っておいた方が良いです。紙の本は時代遅れです。いやしくもITのプロを目指そうという人間が、このような最先端のデバイスを使っていないのは恥だと思うべきです。紙の本を買わないことは、環境を守ることにも繋がります。現金も持つのはやめましょう。
せっかくセミナーに参加しても、受身で聴くだけでは、プログラミングを習得することは難しいです。ここでは、自宅でどのような勉強をすればよいのか、ご紹介します。
まずは、教科書や参考書を写経することから始めましょう。教科書や参考書の本文を一字一句正確に書き写すのです。
よく、「写経は理屈を学べないからだめだ」と批判されますが、まずは正しい「型」を体に覚え込ませるのが先です。野球や水泳などでも、細かい理屈よりも先にフォームを固めるのと同じです。書き写している内に理屈は自然と身に付きます。
また、写経のメリットは「飛ばし読み」を防げるところです。一字一句正確に写経をすれば、細かい部分を「分かったつもり」になって飛ばしてしまうことを防げます。たとえば、比較演算子の等号は=ではなくて、==です。プログラミングはこういうところに注意して学ばなければいけません。
教科書のサンプルコードをノートに書き写したら、それを今度は自力でフローチャート(UML)に変換してみましょう。そうすることで、自分が本当にそのコードを理解しているのか、確かめることができます。
フローチャートやUMLが素早く正確に描けることは、プログラマーとして働く上で非常に重要なスキルです。それらはソフトウェア設計の基礎となりますし、ソースコードを読めない営業や顧客にとっては貴重な資料となるからです。プロのエンジニアは、COBOLのソースコード10万行を1週間でフローチャートにして、Excelに転載することができます。
ここで一つ注意すべきことがあります。フローチャートを描くときは、必ず専用の定規を用いて描いて下さい。フリーハンドで描いたものは業務ではフローチャートとは認められません。これはまともな企業に就職すれば研修などで必ず習うことですから、今の内に覚えておきましょう。
エンジニアを目指すのであれば、プログラミングだけではなく、Excelの使い方も学びましょう。Excelはエンジニアにとっての万能プラットフォームです。エンジニアはあらゆる作業をExcelで行います。セル結合や罫線を用いて、見栄えの良い資料を作る技術は、エンジニアにとって必須です。
プログラミング学習中であれば、たとえば以下のような題材の資料を作ってみると良いでしょう。
尤も、以上の資料は、ツールを使うことで自動で作成することもできます。たとえば、ソースコードの更新履歴はGitなどのバージョン管理システムを使うことでも管理できます。しかし、それらの資料としてのクオリティは非常に低いため、アマチュアしか使うことはありません。プロを目指す皆さんは、必ずExcelを使いこなせるようになりましょう!VBAの習得も必須です。
以上、プログラミングの勉強法について解説しました。ここからは、実際にソースコードを書くときのコツを紹介していきます。他のプログラマと差をつけることができる技術ですので、意識するようにして下さい。
理想は、aやxなどの一文字です。ただし、これだけだと26文字しか使えないので、a1, a2, ...のように連番でグルーピングすると良いです。
また、変数の宣言と使用箇所が離れた場合に、変数の型がすぐに分かるように、たとえばint型であればi1, i2, ...、string型であればs1, s2, ...のように命名すると、読む人に親切で自分もミスしにくくなります。
変数名を長くするのは、以下のデメリットがあるため、絶対にやめましょう。
多くのプログラミング言語には、クラスや関数といった機能がありますが、これらは基本的にライブラリ提供者などが使う想定の機能であり、一般のプログラマが使うのは好ましくありません。したがって、クラスや関数はなるべく使わないようにして下さい。
不要な関数を作らないためのテクニックには、以下のようなものがあります。
まず、関数の引数に「フラグ」を渡し、関数内部で処理を切り替えれば、1つの関数で複数の処理をすることができます。
function f(i) { switch(i) { case 1: // i = 1のときの処理 break; case 2: // i = 2のときの処理 break; case 3: // i = 3のときの処理 break; // ... } }
この方法は、以下に述べる「変数の寿命を伸ばす」効果もあります。つまり、この関数内で宣言された変数は、すべての処理で共通して使用することができます。
クラスに不要な関数を作らないようにするには、「継承」を用います。複数のクラスで用いる関数を定義したクラスを1つ作っておき、そのクラスを継承すれば、新しいクラスに関数を定義する必要はありません。
理想的には、プログラム内のすべての関数を同一のクラスに定義し、それを継承するべきです。そのようなクラスは俗に「神」と呼ばれ、プログラマからはこの上なく尊ばれています。
class God { f1() { // 関数1 } f2() { // 関数2 } // ... } class C1 extends God { // 何も書かなくても上の関数が使える! } class C2 extends God { // 何も書かなくても上の関数が使える! } // ...
変数は宣言する場所によって、ソースコードのどの範囲から参照できるかが決まっています。この範囲が広いことを、「変数の寿命が長い」と言います。
たとえば、以下のコードのaは、関数定義の外側からは参照することができません。
function f() { var a = 1; return a; }
一方、以下のコードのaは関数の内外どちらからでも参照することができます。
var a = 1; function f() { a = 2; return a; }
せっかく作った変数がすぐに死んでしまうのは、非常にもったいないです。ソースコードの表面には現れませんが、変数を作ったり捨てたりするのには、計算コストがかかります。したがって、寿命の短い変数を作りすぎてしまうと、プログラムが遅くなってしまいます。
また、変数の寿命が長いということは、変数をたくさん作らなくても、1つの変数を色々なところで利用できるということであり、とても便利です。たとえば、上記の前者のコードでは、関数の外部からaの値を参照したくなっても、参照することができません。後者のように書いておけば、プログラムのどの箇所からでも、aの値を参照したり、更新することができます。したがって、変数の寿命を長くするとプログラムを変更しやすくなります。つまり、保守性が上がります。
例外とは、プログラムが予期しない処理をしようとした場合に、プログラムの実行を停止し、呼び出し元にエラーを通知する機能です。たとえば、「test.txt」というファイルを開こうとしても、そのファイルが存在しない場合は、例外となります。
例外が発生すると、プログラムが停止してしまうため、非常に困ります。したがって、プログラマは例外をきちんと処理しなければなりません。
ほとんどのプログラミング言語には、例外処理のための機構があります。たとえば、以下のような構文です。
try { // 例外が発生し得る処理 // ex. ファイルを開く } catch (e) { // 例外が発生したときに、実行する処理 }
例外への対処は実はとても簡単です。是非ここで覚えて下さい。上記のような機構のある言語であれば、catch節の中身を何も書かなければ、例外が発生しても、何事もなくプログラムは動作を続けます。
try { // 例外が発生し得る処理 } catch () {}
全ての例外を潰せば、決して不慮の動作で停止することのないプログラムを作ることができます。ですから、例外が発生し得るコードは、積極的に上記のtry-catch構文を用いて、例外を潰すようにしましょう。
変数や構文などのプログラミングの基礎は覚えた人向けに、ソースコードを書くときのコツを紹介していきます。どれも今日から実践できるものばかりです。他のプログラマと差をつけることができる技術ですので、ぜひ意識するようにして下さい。良い子はまねしないで下さい。
理想は、aやxなどの一文字です。ただし、これだけだと26文字しか使えないので、a1, a2, ...のように連番でグルーピングすると良いです。
また、変数の宣言と使用箇所が離れた場合に、変数の型がすぐに分かるように、たとえばint型であればi1, i2, ...、string型であればs1, s2, ...のように命名すると、読む人に親切で自分もミスしにくくなります。
変数名を長くするのは、以下のデメリットがあるため、絶対にやめましょう。
多くのプログラミング言語には、クラスや関数といった機能がありますが、これらは基本的にライブラリ提供者などが使う想定の機能であり、一般のプログラマが使うのは好ましくありません。したがって、クラスや関数はなるべく使わないようにして下さい。
不要な関数を作らないためのテクニックには、以下のようなものがあります。
まず、関数の引数に「フラグ」を渡し、関数内部で処理を切り替えれば、1つの関数で複数の処理をすることができます。
function f(i) { switch(i) { case 1: // i = 1のときの処理 break; case 2: // i = 2のときの処理 break; case 3: // i = 3のときの処理 break; // ... } }
この方法は、以下に述べる「変数の寿命を伸ばす」効果もあります。つまり、この関数内で宣言された変数は、すべての処理で共通して使用することができます。
クラスに不要な関数を作らないようにするには、「継承」を用います。複数のクラスで用いる関数を定義したクラスを1つ作っておき、そのクラスを継承すれば、新しいクラスに関数を定義する必要はありません。
理想的には、プログラム内のすべての関数を同一のクラスに定義し、それを継承するべきです。そのようなクラスは俗に「神」と呼ばれ、その利便性からプログラマからはこの上なく尊ばれています。
class God { f1() { // 関数1 } f2() { // 関数2 } // ... } class C1 extends God { // 何も書かなくても上の関数が使える! } class C2 extends God { // 何も書かなくても上の関数が使える! } // ...
変数は宣言する場所によって、ソースコードのどの範囲から参照できるかが決まっています。この範囲が広いことを、「変数の寿命が長い」と言います。
たとえば、以下のコードのaは、関数定義の外側からは参照することができません。
function f() { var a = 1; return a; }
一方、以下のコードのaは関数の内外どちらからでも参照することができます。
var a = 1; function f() { a = 2; return a; }
せっかく作った変数がすぐに死んでしまうのは、非常にもったいないです。ソースコードの表面には現れませんが、変数を作ったり捨てたりするのには、計算コストがかかります。したがって、寿命の短い変数を作りすぎてしまうと、プログラムが遅くなってしまいます。
また、変数の寿命が長いということは、変数をたくさん作らなくても、1つの変数を色々なところで利用できるということであり、とても便利です。たとえば、上記の前者のコードでは、関数の外部からaの値を参照したくなっても、参照することができません。後者のように書いておけば、プログラムのどの箇所からでも、aの値を参照したり、更新することができます。したがって、変数の寿命を長くするとプログラムを変更しやすくなります。つまり、保守性が上がります。
例外とは、プログラムが予期しない処理をしようとした場合に、プログラムの実行を停止し、呼び出し元にエラーを通知する機能です。たとえば、「test.txt」というファイルを開こうとしても、そのファイルが存在しない場合は、例外となります。
例外が発生すると、プログラムが停止してしまうため、非常に困ります。したがって、プログラマは例外をきちんと処理しなければなりません。
ほとんどのプログラミング言語には、例外処理のための機構があります。たとえば、以下のような構文です。
try { // 例外が発生し得る処理 // ex. ファイルを開く } catch (e) { // 例外が発生したときに、実行する処理 }
例外への対処は実はとても簡単です。是非ここで覚えて下さい。上記のような機構のある言語であれば、catch節の中身を何も書かなければ、例外が発生しても、何事もなくプログラムは動作を続けます。
try { // 例外が発生し得る処理 } catch () {}
全ての例外を潰せば、決して不慮の動作で停止することのないプログラムを作ることができます。ですから、例外が発生し得るコードは、積極的に上記のtry-catch構文を用いて、例外を潰すようにしましょう。
2021/06/07
二か月ぶりにアラガネの子公式webコメント欄を見ると相変わらずアンチに占領されててワロリン
このうち識別できるものを登場人物としてグルーピング化していきたい
6人ぐらいカウントできるが複数スマホ使って書き込んでる感じがする
3292 俺
3293 5ch粘着女(糖質。5chから公式に引っ越してきた)
3295 ファン?
3296 間違った正義男(糖質。自レス削除の恨みから公式米欄に粘着)
3297 ファン?
3298 削除
3299 削除
3300 削除
3301 アンチ
3302 ファン?
3304 妄想アンチ(自称ファンとはどこにも書いてないコピペから何を読み取ったのか。3293糖質女に似てる)
・数年前からあの弁当屋はローカルでは有名。テレビニュースも見らんのか
・少なくとも5chの民ではなさげ(先日ランキングでパートスレが立ったニュースでもある)
( 3304 )食べログとかは見てから店に入るかを決めるけど、漫画の場合は無料で読める本編より先にコメント欄見て読むか否か決める奴なんて普通いないんだから、批判を営業妨害みたいに言うのは筋違い。まして批判読んで単行本買うの止める奴なんてどのみち買う気無いだろ。優良顧客ってのは誰がどう言おうと自分の良いと思ったモノには金を出し、黙々と布教する人。作者を守ってるつもりで暴走して敵を増やす迷惑行為してる3292みたいな自称ファンとは別物。
1
2021/06/07
( 3303 )別に上客じゃなくていいんで批判はするよ 批判するところなくなったら客になるわ、それまでファンのみんなと優良顧客だなんだとやかましいやつで頑張って支えてやってくれ
3
2021/06/07
( 3302 )公告は話数ごとの最後に入ってる。毎日コメ欄しか見ないアンチは広告収入の益にならん。ダウトだ。
0
2021/06/07
( 3301 )閲覧数に応じて広告料が入るらしいから、こまめに見てくれるクレーマーはある意味上客では?
1
2021/06/07
( 3297 )>>3294 金さえ払えば何してもいいわけではないけどな。つかオマエはコミックス買ったの?オマエの言い分じゃ買ってないなら客じゃなくクレーマーなんだろw
1
2021/06/07
( 3296 )灰が岩を登った理由を説明できる読者が一人でもいるか?
8
2021/06/07
( 3295 )単行本買いました応援してます!ってコメすらここでは消されるからね…
4
2021/06/07
( 3294 )クレーマーは客じゃねぇけど、めんどくさい人は客だよwww何なら金出してたら全部客だわ働いた事ないんかwニッチな太客だけで成立するならともかく、マンガなんて薄利多売の商売だろうに、3分の2の暫定購買者(?)から突っ込まれて短所改善する気ないとしたら悪い意味ですげぇなと思うわ。信者は、支える気があるなら最低1刊10冊ずつ買おうか。
5
2021/06/07
( 3293 )批判を読んで優良顧客じゃなくなる人は、ガバガバ設定をいつまでも読むような人じゃないでしょ 設定に納得して応援したいなら本買ってリアルで布教すれば?
3
2021/06/07
( 3292 )クレーマーや面倒くさい人は客じゃない。放っておいたら優良顧客が逃げてしまう。
0
2021/06/07
いい加減、本当に今夏の五輪はやめなければならない。この記事を見て改めて思いました。
https://mainichi.jp/articles/20210603/k00/00m/010/182000c
ただ、私は権限も時間も金もない一般人なので何もできることはありません。
それでもできることを考えた結果、五輪スポンサーのものは今日から買わない、使わないことにしました。
五輪を中止もしくは延期することに賛同する方は、一緒に不買運動をお願いしたいです。拡散も是非に。
ハッシュタグはすでにあるようなので #五輪スポンサー不買運動 でお願いします。
一番下にスポンサー企業の方への、私なりの思いも書いておきました。
https://www.joc.or.jp/about/partners/
不買運動の難易度を独断で考えてグルーピングし、簡単そうな順に並べました。
多すぎて煩雑になったので、オフィシャルサポーターは記載していません。
こうして改めて一覧してみて、普段から使っている好きなものの多さに改めて驚きました。
これまで努力してブランドを築いてきた結果として、私のような一市民が愛しているブランドになっているのだと思います。
ですが、そのブランド価値が、少なくとも私にとっては大きく毀損しようとしています。
もしこのまま五輪が開催された場合、私は死ぬまで二度と、五輪スポンサーの商品やサービスを利用しません。
絶対に転職もしませんし、子供が就職するときも、可能ならば入らないよう勧めます。
それは、最終的には、顧客のことよりもしがらみや目先の損得を追う企業であるというイメージが、私の中に固着してしまうからです。
スポンサーを降りることでおそらく多額の違約金が発生するのでしょう。しがらみもとても多いのでしょう。サンクコストは途方もないものだと思います。
それでも、今スポンサーを降りるという判断をした企業に、我々多くの国民が救われるはずです。
本当に優先すべき顧客は我々国民へのブランド力であると、思ってはいただけないでしょうか。
一社目が鍵だと考えています。一社降りていただければ、他の企業も追随しやすくなるはずです。
私は、一番初めにスポンサーを降りてくれた企業のことを一生忘れません。
最後に、スポンサーである新聞社が出している世論調査を貼っておきます。
https://mainichi.jp/articles/20210522/k00/00m/010/128000c
https://www.asahi.com/articles/ASP5J6F6SP5FUZPS003.html
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA27DMA0X20C21A5000000/
https://www.yomiuri.co.jp/election/yoron-chosa/20210509-OYT1T50173/