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はてなキーワード: アフリカ系アメリカ人とは

2019-08-13

日本の歴史家を支持する声明

下記に署名した日本研究者は、日本の多くの勇気ある歴史家が、アジアでの第二次世界大戦に対する正確で公正な歴史を求めていることに対し、心からの賛意を表明するものであります私たちの多くにとって、日本研究対象であるのみならず、第二の故郷でもありますこの声明は、日本東アジア歴史いか研究し、いか記憶していくべきなのかについて、われわれが共有する関心から発せられたものです。

また、この声明は戦後七〇年という重要な記念の年にあたり、日本とその隣国あいだに七〇年間守られてきた平和を祝うためのものでもあります戦後日本が守ってきた民主主義自衛隊への文民統制警察権節度ある運用と、政治的な寛容さは、日本科学に貢献し他国に寛大な援助を行ってきたことと合わせ、全てが世界の祝福に値するものです。

しかし、これらの成果が世界から祝福を受けるにあたっては、障害となるものがあることを認めざるをえません。それは歴史解釈の問題であります。その中でも、争いごとの原因となっている最も深刻な問題ひとつに、いわゆる「慰安婦制度問題があります。この問題は、日本だけでなく、韓国中国民族主義的な暴言によっても、あまりにゆがめられてきました。 そのために、政治家ジャーナリストのみならず、多くの研究者もまた、歴史学的な考察の究極の目的であるべき、人間社会を支える基本的な条件を理解し、その向上にたえず努めるということを見失ってしまっているかのようです。

元「慰安婦」の被害者としての苦しみがその国の民族主義的な目的のために 利用されるとすれば、それは問題国際的解決をより難しくするのみならず、 被害者自身尊厳さら侮辱することにもなりますしかし、同時に、彼 女たちの身に起こったことを否定したり、過小なものとして無視したりする ことも、また受け入れることはできません。二〇世紀に繰り広げられた数々 の戦時における性的暴力軍隊にまつわる売春のなかでも、「慰安婦制度 はその規模の大きさと、軍隊による組織的管理が行われたという点におい て、そして日本植民地占領から、貧しく弱い立場にいた若い女性を搾 取したという点において、特筆すべきものであります

「正しい歴史」への簡単な道はありません。日本帝国の軍関係資料のかなり の部分は破棄されましたし、各地から女性調達した業者の行動はそもそも 記録されていなかったかもしれません。しかし、女性移送と「慰安所」の 管理に対する日本軍の関与を明らかにする資料歴史家によって相当発掘さ れていますし、被害者証言にも重要証拠が含まれています。確かに彼女たちの証言はさまざまで、記憶もそれ自体一貫性をもっていません。しかしその証言は全体として心に訴えるものであり、また元兵士その他の証言だけでなく、公的資料によっても裏付けられています。 「慰安婦」の正確な数について、歴史家意見は分かれていますが、恐らく、 永久に正確な数字が確定されることはないでしょう。確かに、信用できる被害者数を見積もることも重要です。しかし、最終的に何万人であろうと何十万人であろうと、いかなる数にその判断が落ち着こうとも、日本帝国とその戦場となった地域において、女性たちがその尊厳を奪われたという歴史事実を変えることはできません。歴史家の中には、日本軍が直接関与していた度合いについて、女性が「強制的」に「慰安婦」になったのかどうかという問題について、異論を唱える方もいますしかし、大勢女性自己意思に反して拘束され、恐ろしい暴力さらされたことは、既に資料証言が明らかにしている通りです。特定用語に焦点をあてて狭い法律的議論を重ねることや、被害者証言反論するためにきわめて限定された資料にこだわることは、被害者が被った残忍な行為から目を背け、彼女たちを搾取した非人道的制度を取り巻く、より広い文脈無視することにほかなりません。

日本研究者・同僚と同じように、私たち過去のすべての痕跡を慎重に天秤に掛けて、歴史文脈の中でそれに評価を下すことのみが、公正な歴史を生むと信じています。この種の作業は、民族ジェンダーによる偏見に染められてはならず、政府による操作検閲、そして個人的脅迫から自由でなければなりません。私たち歴史研究自由を守ります。そして、すべての国の政府がそれを尊重するよう呼びかけます

多くの国にとって、過去不正義を認めるのは、未だに難しいことです。第二次世界大戦中に抑留されたアメリカ日系人に対して、アメリカ合衆国政府賠償を実行するまでに四〇年以上がかかりました。アフリカ系アメリカ人への平等奴隷制廃止によって約束されたにもかかわらず、それが実際の法律に反映されるまでには、さら一世紀を待たねばなりませんでした。人種差別問題は今もアメリカ社会に深く巣くっています米国ヨーロッパ諸国日本を含めた、十九・二〇世紀の帝国列強の中で、帝国にまつわる人種差別植民地主義と戦争、そしてそれらが世界中の無数の市民に与えた苦しみに対して、十分に取り組んだといえる国は、まだどこにもありません。

今日日本は、最も弱い立場の人を含め、あらゆる個人の命と権利価値あるものとして認めています。今の日本政府にとって、海外であれ国内であれ、 第二次世界大戦中の「慰安所」のように、制度として女性搾取するような ことは、許容されるはずがないでしょう。その当時においてさえ、政府の役 人の中には、倫理的理由からこれに抗議した人がいたことも事t実です。し かし、戦時体制のもとにあって、個人は国のために絶対的犠牲を捧げることが要求され、他のアジア諸国民のみならず日本自身も多大な苦しみを被 りました。だれも二度とそのような状況を経験するべきではありません。

今年は、日本政府言葉と行動において、過去植民地支配と戦時における侵略問題に立ち向かい、その指導力を見せる絶好の機会です。四月のアメリカ議会演説において、安倍首相は、人権という普遍的価値人間安全保障重要性、そして他国に与えた苦しみを直視する必要性について話しました。私たちはこうした気持ち賞賛し、その一つ一つに基づいて大胆に行動することを首相に期待してやみません。

過去の過ちを認めるプロセス民主主義社会を強化し、国と国のあいだの協力関係を養います。「慰安婦問題の中核には女性権利尊厳があり、その解決日本東アジア、そして世界における男女同権に向けた歴史的な一歩となることでしょう。

私たち教室では、日本韓国中国他の国から学生が、この難しい問題 について、互いに敬意を払いながら誠実に話し合っています。彼らの世代は、 私たちが残す過去の記録と歩むほかないよう運命づけられています。性暴力人身売買のない世界を彼らが築き上げるために、そしてアジアにおける平和と友好を進めるために、過去の過ちについて可能な限り全体的で、でき得 る限り偏見なき清算を、この時代の成果として共に残そうではありませんか。

(※署名者一覧省略。187人の在米歴史学者の署名

https://networks.h-net.org/system/files/contributed-files/japan-scholars-statement-2015.5.4-jpn_0.pdf

2019-07-28

おっさんヒップホップの話しねえか 1

おっす。後で呼んでくれよ。ところでヒップホップイメージってどうよ。多分あんま良くねえよな。

ドラム缶焚き火しているアフリカ系アメリカ人若者の集い、思い浮かべたりするよな。

90sってやつだ。おっさんはね、そういう野蛮さも大好きよ。でもね、今日はそうじゃない部分についてお知らせしたい。

 

でさ、最近ラッパーが歌うようになったわけよ。auto-tuneというピッチ補正エフェクト流行もそれを後押ししている。Childish GambinoやTyler the creatorなどの最近アルバムに触れるまでもなく、みんな歌ってる。

昔はhook(サビ)にシンガーを連れてきて歌わせていた。あるいはdrakeのように”誰かに書いてもらって”歌ってるやつもいた。こういったフロウ(うたい方)の変遷が、扱えるトピックの幅を広めた一面もある。しかめっ面でラップしてなければいけなかった昔と異なり、メンタルイシューだとか、センシティブな内容も歌われるようになった。加速度的にヒップホップは柔軟になりつつある。

 

Childish Gambino "Sober"

https://www.youtube.com/watch?v=jx96Twg-Aew

Tyler The Creator "Earfquake"

https://www.youtube.com/watch?v=HmAsUQEFYGI

ILOVEMAKONNEN "Tuesday" feat. Drake

https://www.youtube.com/watch?v=avFq9errZCk

Kyle "ShipTrip"

https://www.youtube.com/watch?v=9OBTg6FDLBQ

 

また、多分にホモフォビックだった90'sとは異なり、近年はLGBTプレイヤーも増えた。Kodie Shaneや、YOUNG M.A、Taylor Bennet(Chance The Rapperの実弟)など。こういった動きを牽引したのは、ゼロ年代後半に登場したOdd Futureである。後述する。

ああ、またkusorareというゲイYoutuberも人気である。有名曲パロディ投稿している。"cummo"とか"Dicko Mode"とか"Gaycon"とか、どこかで聞いたようなタイトルでググれば出てくる。

 

Kodie Shane "Sad"

https://www.youtube.com/watch?v=QGIDU7V3osQ

Chance The Rapper "Angels"

https://www.youtube.com/watch?v=Ace7tLKJoMU

Taylor Bennett "Streaming Services"

https://www.youtube.com/watch?v=IuStECxfOiI

Young M.a "OOOUUU"

https://www.youtube.com/watch?v=gVf_4Ns3qLU

 

今年一番売れたrap songはLil Nas X "Old Town Road"である。彼は最近ゲイであることを告白した。そのことについて、お友達ラッパーのyoung thugが”大丈夫?やな奴もおるでな”などと心配したりもした。

 

Lil Nas X "Old Town Road"

https://www.youtube.com/watch?v=w2Ov5jzm3j8



つづくよー。

anond:20190728122910

anond:20190728123147

2018-02-27

訪日外国人女性専用車両必要性理解してもらうには

女性専用車両ミソジニストが主張する様な男性差別ではなく、合理的制度だ。「許される差別」ではない(そもそも差別という物は許されない)。しかしこの事を日本国内だけでなく、世界中の人々にもきちんと理解してもらえるのかというと不安が残る。

丁度この女性専用車両トピックと同時期に、平昌五輪に関する様々なニュースが流れている。考えてみる良い機会だ。2年後の東京五輪の開催時、女性専用車両存在訪日外国人の方が戸惑う可能性はないだろうか。

東京周辺エリアでは、女性専用車両複数路線運行されている。そのエリア五輪が開催されるのだから外国人観光客にもこの車両必要性理解してもらい、スムーズ乗客を運ぶ必要性が出てくる。

そこで世界中のどの国の人々でも、必要性理解してもらえるような方法を考えてみた。

議論の前提(この問題現実的かどうか)

本題に入る前に、考える対象になっている問題現実に起こる事かどうかも考えておく必要がある。

訪日外国人女性専用車両必要性説明する場面自体が、現実的に起こりえない。」つまり倫理的判断を無理やり絡ませる非現実的問題について、考える事自体不適切という可能性もあるだろう。

例えば「トロッコ問題」を取り上げた以下のブログ議論では、非現実的問題を出題するサンデル教授本人を殴るのが正解という解決策が示されている。

http://vergil.hateblo.jp/entry/2017/08/06/105035

仮に、今回考察する問題トロッコ問題のように非現実的であれば、黙って私を殴るのが解決策となるかもしれない。

しかし本件は、現実でも十分起こりうる問題と思われる。

ネトウヨが散々大失敗大失敗と騒いでいた平昌五輪は、実際に国際情勢上の懸念事項や設営トラブルもあったが、結果的成功裏に終わった。世界各国から選手だけでなく、沢山の観光客も訪れた。次は平昌五輪地理的文化的な条件も、開催時期も近い東京での五輪だ。しかも、一般的冬季より夏季五輪の方が参加国が多くなる。そうなると平昌五輪と同じかそれ以上に、人数も多様性も上回る外国人が訪れると想定する事は現実的だろう。

更に、女性専用車両運行時間には、多数の外国人観光客電車都内を移動するだろう。そして、女性専用車両存在に不慣れな地域から来る人も多数含まれるだろう。事前にトラブル回避策を考えておく事は、十分現実的課題だ。

東京五輪計画自体頓挫させる事で、訪日外国人の数を抑制するという手段存在するだろうか?しかし、一度国際的合意をもって決定された五輪実施されるのが通例であり(懸念事項のあった平昌五輪も無事行われた)、この手段の方が寧ろ非現実的だろう。

また、女性専用車両必要になる背景事情として、東京人口の過密さを挙げる人もいる。しかし、残り2年間で人口分散させる現実的手段も思い浮かばない。

そこで、この問題現実的課題であるという認識については、ここで合意をとっておきたい。その上で、いくつかの予想される場合ごとに、理解してもらう方法を考える。

女性専用車両存在する国の人々

イスラム諸国を中心に、女性専用車両存在する国は他にもある。そうした国から来た人々には、「女性の権利を守るため」と伝えれば理解してもらえるだろう。

女性専用車両存在しない国の人々については?

既に述べた通り、女性専用車両の扱いに不慣れな人々、そうした車両制度として存在しない国も多い。しかしそうした国から来た観光客にも、必要性理解してもらわなければいけない。一方で、世界には多様な文化価値観があるため、全員に同じやり方で説明しても、理解してもらえるか怪しい。少しずつ条件を分け、できるだけその条件に沿った理解を促す事が必要だろう。

そこで有用だと考えられるのが、世界経済フォーラムジェンダーギャップ指数だ。

http://www.huffingtonpost.jp/2017/11/01/nippon_a_23263093/

各国の男女が置かれている状況を比較することができる、国際的指標だ。これをもとに、順位日本(2017年度は114位)より上の国々と下の国々に条件を分けて考えてみたい。

ジェンダーギャップ指数順位日本(114位)より下の国の人々

まず、順位日本より下の国から来た人々には、自国よりも順位が上の国(日本)で実際に行われている、有力なジェンダー平等制度の一つとして理解してもらうのが良いだろう。希望範囲だが、自国での採用検討してもらうのも良いかもしれない。

ジェンダーギャップ指数順位日本(114位)より上の国の人々

順位が上と一言で言っても、アイスランド(1位)、ルワンダ(4位)、フィリピン(10位)、イギリス(15位)、ボリビア(17位)、南アフリカ(19位)、アメリカ(49位)等、様々な文化圏の国が存在する。女性専用車両への強硬反対論が影響力を持っているイギリス、以前に陸上競技ジェンダー問題世論が揺れた南アフリカトランプ大統領を選出してしまったアメリカ等、個別不安要素も存在する。

しかし、共通理解の助けとなる国際指標として、ジェンダーギャップ指数日本順位は皆さんの国よりも低迷している事を伝える。また、日本では実際に性犯罪女性の被る不利益が深刻である事を合わせて伝え、この男女間の不均衡(権力勾配)を是正する措置として専用車両必要である事を理解してもらうのが良いだろう。

南アフリカアメリカ黒人男性

どうしても個別に考えなければいけないのは、南アフリカアメリカといった国々の黒人の方、中でも男性への説明だ。(「黒人」という表記には場合によって望ましくない含意がある事は私も理解しているが、「アフリカ系アメリカ人」と表記してしまうと南アフリカ人との混同が避けられない。また、両国表現を揃える場合は「アフリカ南アフリカ人」という論理的整合性のとれない表現を使わねばならない。したがって、やむをえず「黒人」を用いる)。

なぜ南アフリカ人あるいはアメリカ人全般ではなく、黒人限定しているか?彼らは「Whites only」といった看板を掲げる人種隔離政策がかつてとられていた国々で、隔離されていた側のマリノリティグループ人達だ。「Women only」といった女性専用車両表記を見て、特別感情を覚えてしま可能性があるからだ。

それでも黒人女性であれば、自分が乗車可能カテゴリーだと認識できるだろうが、黒人男性場合は通常は乗ることができない。そのため「差別を受けた」という彼らの誤解を招きかねず、特別理解を促す説明方法を考える必要がある。間違って専用車両に乗ってしまい、彼らが乗客に締め出されるような事態は何としても避けたいし、日本人が決して名誉白人ではない(差別などしていない)という姿勢も示さなければならない。

また、たびたびネトウヨミソジニストは、「女性専用車両白人専用車両と同じ差別」という雑な議論を展開する。両者が全く別の物である事を明確にするためにも女性専用車両について黒人男性理解してもらう方法を丁寧に議論する事は大切だ。

特に伝えるべきポイントは2つある。

(1)実際には女性専用車両には女性以外の弱者も乗れる事

Women only」とは書いてあるが、「Whites only」の様に(彼らの想像する様な)排他的な中身ではなく、障がい者高齢者幼児といった社会的弱者であれば、男性でも乗れる事を伝えるのが良いだろう。例えば世界的な有名人として、南アフリカにはパラリンピック陸上競技ピストリウス選手(両足が義足)がいる。彼の様な身体障がいがある男性も、女性専用車両には乗る事ができると伝えるのが分かりやすいだろう。

(2)アファーマティブアクションの様な制度である

特にアメリカ黒人の方には、アメリカの多くの大学入試基準採用されているアファーマティブアクション制度に例えて説明するのが良いだろう。アファーマティブアクション必要性、そしてマイノリティ地位向上に対する有効性については、既に社会的議論が尽くされており、比較スムーズに受け入れられるだろう。

現時点では私の知識不足により、アメリカパラリンピック選手南アフリカアファーマティブアクション制度等の具体例を思いつかなかった。実務的には各国の有名な事例を事前に調べておき、観光客出身国に合わせた例で説明するのが良いだろう。

最後に、男女別に分かれているトイレ風呂に例えて説明する方法もとれないか検討した。しかし、これは「なぜ車両は男女で半々になっていない?」「既に男性がいるトイレ風呂に後から入ってくる女性なんかいるか?」といった問いに答えにくくなるため、断念した。

他にも、理解を深めてもらう有効説明方法はないだろうか?

2018-02-01

anond:20180201033913

お待たせー!って待ってないか携帯電池切れちゃった。

さっきの読んできたよ。

なんか多様性を保つために、

わざと他の白人ヒスパニックアフリカ系アメリカ人より、アジア系アメリカ人ハードルを一番高くしたっていう話だった(よね?)。

そんで白人ヒスパニックアフリカ系アメリカ人の中にもそれぞれハードルの高低があるみたいに読めたけど、間違ってる…?

あんまり英語自信ない)

んーそうだね、まあやりたいことはわからないでもないけど、人種によって優秀な人がハーバード大学で学ぶ機会を損失するのはもったいないし、それもなんか変だよね。

そうだねー、まあみんなが平等になろうよっていうときに、思わぬ誰かが犠牲なっちゃうのはよくないね

私はそれでも差別はなくなるといいと思ってるけど、その裏で誰かが犠牲になるのかもしれないっていうことは常に念頭に置いて注意深くやらないといけないよね。

そこをゴリゴリ無理強いして犠牲者を厭わずっていうのは確かに偽善いね

そういうことはわかるなー。

追記)なんかでも、その後でこんな話もあって、

anond:20180201051150

ハーバード大学人種の話は、単純に差別どうこうっていう括りでも話せないんだなあって思いましたまる

2017-12-10

anond:20171209143501

まあ日本リベラル自称)は

自分利益とか個人的好き嫌いの為だけにやってるから

あれ程嫌われてるのも仕方ないんだけど、

逆にアメリカはなんでもかんでも言い過ぎの気がする

対象広げすぎて人間の脳の処理力やそれに費やす時間が足りなくなってる

 

かと言って日本アメリカ中間が良いってわけでもないので

時々、自分賛同する人だけでやれば良いんじゃ?と思ったりする

国県市単位じゃなくて、自分家族、あと賛同した友人の間だけに留めたり、

他の人間と話す時にも自分だけやるなどで。

 

例えば、左寄りでない人達と会話する時でも

話中でその人達差別とされてる表現("黒人"とか)を使うのも批難しないけど、

自分が口に出す時だけ別の表現("アフリカ系アメリカ人")って言葉を使ったり

2017-08-03

https://anond.hatelabo.jp/20170801152800増田だけど

白人ばかり優遇している映画は、非白人からしたら興味が持てなかったり不愉快になるから

4割の人間が見に行かない、つまりヒットしにくい、と言う事になる。

俺が言ってんのはさ

白人ばかり優遇している映画」の対局といえる

アジア人優遇した映画」ってアメリカで観る人全然いないんじゃない?

ってことだよ。

ついでいうとその4割の非白人からアフリカ系の人抜いたらどれくらい残るのよ。

アフリカ系アメリカ人活躍する映画はちゃんと確立されているし、

「とりあえずアフリカ俳優だしといたからいいでしょ?」っていう風潮は長いこと存在するよ?

そのせいでヒスパニックアジア人の不満は解消されないままだったのが、

ポリコレによるホワイトバッシングが今になって炸裂してる背景にあるとも思う。

デンゼルワシントンの主演映画渡辺謙の出演映画じゃポリコレ意味は違うと思うの。

アメリカ人が出る映画が好きでそういう映画をよく観に行く」と

黒人東洋人が好きでそれらが登場する映画をよく観に行く」と

黒人東洋人が出てさえいれば外国(非アメリカ映画でもいい」も

それぞれ意味が違うがな

そんなの承知の助。

から俺が言いたいのはさ、

「非白人が虐げられる映画」はバッシングされるけど、

からと言って「非白人特にアジア人優遇した映画」はウケない。

からアメリカポリコレ配慮して映画作るのって大変だよなってことよ。

「『非白人が虐げられる映画』は観たくない」心理

「『白人活躍する映画』が観たい」心理

「『非白人優遇され活躍する映画』が観たい」心理は別だし、

さらに言えばその非白人アフリカ系、非アフリカ系、アメリカ国民2世以降つまりネイティヴ)、非アメリカ国民と分けて考えなきゃいけない。

今でホワイトウォッシング抗議してるのは非アフリカ系のアメリカ国民で、

彼らがやってることは

「非白人で非アフリカ系のアメリカ国民を虐げるな、

白人で非アフリカ系のアメリカ国民活躍する映画を作れ。

実際観に行くかわからないけどそういう物を観る機会を作れ。」

ってことなんだと思うわけさ。

日本ポリコレホワイトウォッシング問題語る人でここら辺に無頓着な人多いよね。

https://anond.hatelabo.jp/20170801175037

2017-07-12

二重国籍許すまじ!と言ってる人は、ダルビッシュとか、酒井高徳かのことをどう考えてるんだろうか。いや彼らが二重国籍かどうか知らんけど。

国会議員ではないけれど名誉ある日本代表選手だよ。弥生DNAを持つ日本人じゃなきゃ代表選手にさすなばかもん!みたいな感じなの?

あと昨今の芸能界を席巻してるハーフタレントの皆さんとかさ。ローラとか水原希子とかゆるすまじなの?やっぱり。

アフリカ系アメリカ人ポーランド系アメリカ人、みたいな感じで、台湾系日本人イラン系日本人ドイツ系日本人ってだけでしょと思うんだけどな。

2017-02-02

中国とか韓国が嫌いな理由って何?

ネットでは中国韓国も、親の仇かそうでなければ南北戦争以前のアフリカ系アメリカ人のようにこき下ろされる。

日本スゲー!って言ってくれる外国人を紹介するテレビ番組でも、中国人韓国人はあまり見かけない。

私自身はどちらの国も別に好きでも嫌いでもないけど、ここまで「特ア擁護する奴は日本人に非ず」みたいな風潮が強いと

キムチ鍋うまいよね」の一言を発するのさえ気が引けてくる。むしろ嫌いだったかもという気さえしてくる。

そりゃー少女像を設置してみたりとか「またなんかやってるよ」と呆れることもあるけど

あそこまでの怒り?というかアレルギー反応みたいな感情に結びつくのが謎。

2016-11-08

ameba tvで2brokengirl見てるけど差別ってたのしいね

黒人に向かって「黒人ブラックって言っちゃいけないんだっけ、アフリカ系アメリカ人と呼ぶべきだよね」みたいなジョーク

底辺同士が自虐的差別下ネタジョークかましあいながら強く生きてる様がおもしろいと思ったけど貫洞消費かこれ

2016-10-21

マイノリティに対する侮辱発言が許されないのは"その場にいるかもしれない"からではない

ある人が発した同性愛者に対する侮辱発言を指摘したら

「たしかにそうですね.ここにいるかもしれませんもんね.配慮が足りなかったです」

と言われたんだけど,マイノリティに対するあからさまな侮辱発言が許されないのは,

その場にマイノリティが"いるかもしれないから"ですか?

その論理だと,例えばゲイがその場にいないことが明白であれば,

ゲイ侮辱する発言は OK ということになりますよね?

一方であなたは,アフリカ系アメリカ人がその場にいなかったとしても,

アフリカ系アメリカ人意味する言葉として,

ニガー,ニグロ,クロンボ

を使いませんよね?なぜですか?

世間的に使ってはいけないとされているからですか?

ではなぜ使ってはいけないとされているんでしょうか?

どうして使われなくなったのでしょうか?

なぜだと思いますか?

2015-12-24

[] 2015年増田現代ローザ・パークスを見た

博識な増田諸氏には改めて説明するまでもないが、ローザ・パークスバス運転手の命令に背いて白人に席を譲るのを拒み

人種分離法違反の容疑で逮捕され、アフリカ系アメリカ人黒人)による公民権運動の導火線となった女性だ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9

今年の12月ローザ・パークス逮捕から60年が過ぎ、増田のある人物を思い出した。

[京都ゴミ大学]でカテゴライズされている彼だ。

まれている者、妊婦に席を譲らないと宣言し、ホッテントリを叩き出す。

状況や周囲の人物関係は1:1に当て嵌まりはしないが、当たり前のように差別されていることに対して不満を表明し

人々の注目を浴びたという点に於いて両者は等しい。

ローザの言葉を借りれば、京都の彼もまた「屈服することに疲れていた」に違いない。

ローザの逮捕黒人によるバスボイコット運動から人種差別禁止する公民権法成立につながった。

京都の彼の宣言は何処につながっていくだろうか?

バス電車ボイコット

それとも恋愛市場ボイコット

いや、恋愛市場から排斥されているのは容姿の良くない者のほうだ。

どうすれば容姿差別禁止する法の成立に結びつくのか?

彼にそれを成し遂げてもらいたいところだが。

ローザが逮捕時に乗っていたバスは大切に保存され、ヘンリー・フォードミュージアムに展示されている。

何時か容姿差別を禁ずる世の中が実現した日には彼のエントリー

妊婦に優しくされない人間妊婦に優しくする筋合いなどない : http://anond.hatelabo.jp/20151018215156

web上に永久保存されるであろう。

2013-09-07

http://anond.hatelabo.jp/20130907005618

本当の意味でのブラック企業? 

それはさて置き、友人のアフリカ系アメリカ人日本では従業員を奴隷のように扱う企業会社ブラック企業っていうんだけど、

どう思う? って聞いたら、

ナニ?! フザケンナ ファッキンジャップ、 その企業ホワイト企業だろうが!

俺らブラックホワイトから奴隷扱いされてたんだぞ このクソ野郎!

から、そこで働いてるのがマイ・ブラザー ブラック社員だろyo

ブラックは虐げられてきたのに、いつの間にか悪いイメージすり替えやがって クソビッチめ!

って言ってた。

2013-07-29

http://anond.hatelabo.jp/20130729120956

在日朝鮮人っていう超面倒くさい代物は、どっちかというとアフリカ系アメリカ人の問題に近いでしょ。

2013-03-15

とりあえずよく読め

xevra 単にネアンデルタール人遺伝子の名残だろう。白人ネアンデルタール人との混血。白人歴史リードできたのもこの遺伝子のおかげだろう。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20130314/p1

カリフォルリア在住のアフリカ系アメリカ人Albert Perry氏の場合にはそうではなった。

http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20130314/p1

2011-05-16

[]公共施設特に鉄道)での黒人分離は人種差別に当たらない。

プレッシー対ファーガソン裁判 - Wikipedia

「分離すれど平等」の主義のもと、公共施設特に鉄道)での黒人分離は人種差別に当たらないとし、これを合憲としたアメリカ合衆国裁判

法学上、画期的アメリカ合衆国最高裁判所判決となった。

最高裁判決1896年5月18日に下された。

7対1の賛成多数によって判決は下された。

アメリカ市民になることを可能としない、私たちと非常に異なる人種がいる。

それに属する人は、わずかの例外をのぞけば、我が国から絶対に締め出される。

私はそれを、中国人黄色人種)と示唆する



Electronic Journal: ●人種差別を容認するプレッシー判決(EJ第2194号)

アフリカ系アメリカ人公民権運動 - Wikipedia

2011-03-04

アメリカ人は本当にタコが嫌い?/怖いという感情宗教は関係ある?

 

 「族長の初夏 : 日本人はなクトゥルーを怖がらないのか」

 http://umiurimasu.exblog.jp/12210453

 この記事のブクマhttp://b.hatena.ne.jp/entry/umiurimasu.exblog.jp/12210453/)が300を超えたので、逆張りというか、疑問に思った2点、『アメリカ人は本当にタコが嫌いなのか?』『「怖い」という感情に「一神教」と「多神教」は関係あるのか?』ということについて、考えてみる。

 ブログ主のumiurimasuさんに対する反論というよりかは、ブックマークコメントの傾向に対する反論である


 

 >>ちなみに、魚介類を食べるのがあたりまえな島国文化圏の人からすると、アメリカ人のタコ嫌いというのは、それこそ冒涜的なまでに理解を絶する感覚ですね。

 イタリアスペインポルトガルギリシャ韓国……などの国々は島国ではな半島だが、タコを食べる。中国でも食べる。

 また、アメリカには昔からイタリア系、スペイン系、ギリシャ系、中国系の移民は多かったし、ポルトガル系や韓国系も少なからずいた。彼らはアメリカでも昔からタコを食べる。

 しかも、いまでは寿司日本料理イタリア料理スペイン料理ギリシャ料理中国料理はすっかりアメリカ全土に定着した。だからイギリス系やアフリカ系のアメリカ人でもタコを食べる人は多い。

 なので、これは「アメリカ人のタコ嫌い」ではなく「ラヴクラフトのタコ嫌い」にするべきではないか

 

「昔のWASP白人アングロサクソンプロテスタント)のタコ嫌い」にしてもいいような気もするが、やはり、「食べない」からって「嫌い」には直結しない。

 タコが全面的に禁忌(「食べてはいけない」)とされているのはユダヤ教であり、キリスト教では一部の宗派のみ。

 

 そもそも、「アメリカ人(あるいは、欧米人)はタコを悪魔の使いとして忌み嫌っている(忌み嫌ってきた)」という説は日本に広く流布されているが、本当なのだろうか。

 この説の傍証は、タコは英語で「devil fish」と言われること、および、「クトゥルフ神話」や「宇宙戦争」などでタコが人間に敵対する悪役として描かれているから、ということである

 まず、「devil fishであるが、現代のアメリカでタコを示す言葉のうち、一般的に使用されるものは「octopus」である

「devil fish」でgoogle画像検索をすると、真っ先に表示されるのはエイ画像で、タコが出てくるのは10番目以降である

 さらに、「devil fish」だからといって「タコ=悪魔」だと思っているとは限らない。

 すくなくとも、エンゼルフィッシュ天使だと思っている人はいないだろう。

 クトゥルーにタコが出てくるのはラヴクラフトが(個人的に)タコが嫌いだったから。

宇宙戦争」の火星人がタコなのは原作者ウェルズがタコを怖がっているからではなく、「火星重力が少ないから頭が大きくなって手足が退化して、タコになる!」という疑似科学的な理論のため。

インデペンデンス・デイ」などの宇宙人映画でも宇宙人はタコとして描かれていることがあるが、それは「宇宙戦争」(と、もしかしたら「クトゥルー神話」)へのオマージュのためではないか

 というわけで、「アメリカ人のタコ嫌い」という言葉は、「伝統的なアメリカ人」と「最近アメリカ人」、「主流派(WASP)のアメリカ人」と「少数派のアメリカ人」のタコに対する態度の違いなどを考えたうえで使うべきであると思う。

 アメリカ人日本人に対して間違ったイメージ(「忍者ゲイシャ」「エコノミックアニマル」「イエローモンキー」)を抱いていることが多いが、それと同様に、日本人アメリカ人に対して抱いているイメージも、その多くは間違っている可能性がある。

 さらに、「アメリカ人」という言葉文化論において使われるときは、WASPを指すことが多く、黒人黄色人種アフリカ系アメリカ人や先住アメリカ人カソリックヨーロッパアメリカ人などを無視する場合が多い。

 たしかに、一面では、アメリカの主流文化WASP文化であるが、マイノリティ文化の一部が主流になることも多いしWASP文化マイノリティ文化が影響しあってできた新しい文化が主流になることもある。

 だから、「アメリカ人」という言葉をつかうときは、その言葉はいたい何を指し示しているのか、自覚的になるべきである

 このような問題(主流文化とは何なのか?「〜人」は何なのか?)は、移民国家であるアメリカ」を論ずるときには特に注意されるべきだと思うが、日本イタリア中国ブラジル南アフリカ共和国など、どこの国を論ずるときでも、注意したほうがいいことである



  ブログの記事内では、『ともあれ、そうした文化的理由でクトゥルー神話を本来あるべきように怖く感じられないのだとしたら、やはりちょっと残念ですアメリカ人はほんとうに、日本人よりも怖さを感じているのだろうか。それとも「いや別に、全然怖くねーよ」という感覚なのか。アメリカ人に直接聞いてみないことにはどうにも。』や『こういった反応、恐怖の感じ方がひどく違うことについて、どこまでが個人の感性でどこまでが文化の差異によるものか、きちんと切り分けができたら面白かろうなあ、と思いながら読んでいます。』と書かれていて、慎重な姿勢が保たれている。

 しかし、ブックマークコメントでは、「キリスト教文化圏では、何を考えるにも常にキリスト教の神を超越者・絶対的存在としていちばん上に置くというものの見方が根底にある」や「日本人場合、神も仏も混ぜこぜに、かつあいまいに信じていて、絶対的な何かを世界観のよりどころにしていないからでしょうか」という文章ばかり注目されている。

  そもそも、欧米文化芸術作品・物語が紹介されるときには、「キリスト教的」「一神教世界観」などのマジックワードを持ち出し、日本の「多神教世界観」と対比させて論ずることが多い(そして、往々にして、「多神教世界観」の方が寛容で複雑で高度なもの、と優劣をつける場合が多い)。

 しかし、例えば日本の文化芸術作品・物語についても、「神道的」「仏教的」「多神教世界観」だけでは論ずることはできないだろう。

 文化芸術作品の成立には、もちろん宗教世界観も大きく関わるが、それだけではなく、自然環境経済環境歴史政治・偶然など、様々な要素が関わっているはずである

 

 また、フィクションに対して「怖がる」という反応は、宗教よりも時代と個人的な経験に左右されるものである

 ホラー小説の「人を怖がらせる」技術は年月を重ねるにつれて蓄積されるものであり、現代のホラー小説過去ホラー小説より「怖い」、ということは一般論として言える。

 スティーヴン・キングの作品は、ラヴクラフトの作品と同じくアメリカ人作家によって書かれた、キリスト教世界観の影響の強い作品であるが、日本の読者でもスティーヴン・キングの作品を「怖い」と思う人は多い。

 「雨月物語」は過去日本人作家によって書かれた作品であるが、そこに収録されている「吉備津の釜」は江戸時代日本人が読んでも「怖い」と感じたであろうし、現代の日本人が読んでも「怖い」と感じる人は多い。

 しかし、現代の日本人である鈴木光司によって書かれた「リング」は、おそらく「雨月物語」よりも多くの日本人読者を怖がらせると思う。

 だがスティーヴン・キングの「シャイニング」や「クジョー」と鈴木光司「リング」のどれが一番「怖い」か、ということは、現代の日本人でも読者によってそれぞれ違う。

 さらに、「リング」アメリカ人が読んでも「怖い」という評価を得ている。

 ここにラヴクラフトを代入すれば、ラヴクラフトが「雨月物語」よりも怖いと思う日本人もいれば、「リング」ラヴクラフトよりも怖いと思うアメリカ人もいるだろう。

 彼らの「怖い」という感情には、多少は「一神教世界観」「多神教世界観」が関与しているかもしれないが、それよりも個人的な趣味感性(「ホラーに慣れているかどうか、じわじわとくる恐怖に弱いかびっくりさせるような恐怖に弱いか」「日常的な恐怖に弱いか、非日常的な恐怖に弱いか」などなど)の方が強く関与しているだろう。

 つまり、ホラー小説の話題で、「キリスト教世界観」「多神教世界観」にばかり注目するのは、適切ではない。

 

 また、ホラー小説の話題に限らず、欧米文化芸術作品・物語について考えるときに、「キリスト教」「一神教世界観」に還元させるのは適切ではない。キリスト教の影響はあるかもしれないないかもしれない。あったとしても、強いかもしれないし、弱いかもしれない。

 「一神教世界観」というマジックワードで説明されることで、安易に「理解した」と思いこむのではなく、宗教世界観以外の、他の側面からも考えることが必要である

 
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