「ヴィーガニズム」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ヴィーガニズムとは

2018-05-12

反差別界隈でヴィーガン話題になっていた



普段道徳的優位性でマウンティングしてる連中が逆にマウンティングされた模様

2018-02-01

anond:20180131155044

微生ブチアンの俺からみれば、ヴィーガニズムの連中なんて大差別野郎だよ。微生物生命を脅かして自分生命を保とうなんざ5億年早えわ。俺なんか微生物生命を守る呼吸すらやめてるぞ! このクソ馬鹿

anond:20180131155044

自分が感じるヴィーガニズムの違和の正体がなんとなくわかった

人間動物の線引は否定するのに動物植物の間は線引してるから

もちろんどこで差別するかは増田の言うとおり正しいだの正しくないだの言う話だけじゃないし、植物可哀想!なんていいだすとまじで霞や埃くらいしか食べられなくなるから全くもって現実的じゃないけど

でもその境目を決めきれないか人間人間以外の動物植物もまとめて生物のくくりと捉えて差別なくなんでも食べるよ、なんて発想を受け入れる余地があってもいいのに受け入れられなさそうに見えるから違和感なんだろうなあ

ヴィーガンは悪でもないし間違ってもない、同意できるかどうかに関わらず主張は否定しない

けどおそらく正解のない中で自分が正しい!ほかは間違ってる!と声高に主張する人が目立ちやすいから争いになるのかなって思った

anond:20180131185201

人間は肉を食べないバランスの悪い食事をすると結石死ぬようにできているし、農耕を開発して植物奴隷化して以来は野生の動植物で生きていく能力も捨てている

ヴィーガニズムなんて聞きかじりの仏教思想アブラハム信仰啓蒙思想マゾヒズム悪魔合体したもんだろ、だから乳幼児栄養失調に追い込むような残虐行為ができるんじゃないのか

https://anond.hatelabo.jp/20180131155044

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20180131155044

人間動物は違うし、白人黒人も違うし、男と女も違うだろ!

もちろん、人間動物は違うし、白人黒人は違うし、男と女は違うし、わたしあなたは別人です。では、わたしあなた差別してもいいのでしょうか? もちろんよくないですね。違っていることは差別理由にはなりません……という話です。

1)他でもいっているが人間中心主義的なフェミニズムは十分にありえる 2)倫理的ヴィーガニズムは、「苦しみを感じる能力」を基盤とした能力差別主義といいえる 3)利己遺伝子論の取扱 あたりをどう考えるか

人間中心的なフェミニズムはありえない」って誰も言ってなくないです? 「人間には動物支配搾取する権利がある、なぜなら人間動物は違うからだ」と「男には女を支配搾取する権利がある、なぜなら男と女は違うからだ」って論理的にまるっきり同じですよね? その理屈を無邪気に肯定していいんですか? っていうのが大元の問いでは。

人間動物も同じであるというのは「生物学的正しさ」ではあるが「政治的正しさ」ではないだろう。この2つの正しさを直結するのは危険な気がする。

生物学的に男女は同種だけど女は政治に向かないか選挙権は男だけでいいよね」っていうのが政治的正しさだった時代もあったんですよ……

それでもいきなりマンコ呼ばわりされる日常を生きてる(生きてた)人間にはただの混ぜっかえしに見える。

権利を持つべ存在が日々虐待され殺され店に並び、多くの人が喜びながらそれを消費し、彼らの権利を守ろうとする主張が反差別運動をやっている人からも冷笑・嘲笑される状況って、そりゃ実際の性暴力性差別被害とは比べ物にならないとは思いますが、「混ぜっ返し」といわれるほど軽いものじゃないと思いますよ。それを軽いといわれたら、性暴力被害とは縁遠いけど性暴力被害者の話を聞いてなんて酷いんだって憤ってる人の義憤には立つ瀬がないです。

他人価値観に寛容なら、そいつ価値観には寛容でありたい。それだけ。正しさなんてクソ食らえだよ。

どこに線を引くかなんて個々人が勝手にやればいいのだ。信心自由

「僕は人種差別に反対だから黒人奴隷は使わないけど、君が黒人奴隷を使ってる分には構わないよ」なんてニコニコしながら言う「寛容な」人がいたら頭おかしいと思うでしょ? 「おれが肉を食うのは自由だろ?」って言われた時のヴィーガン気持ちがそれだと思うんですよ。

その対象とわかり合えるかどうかでしょ。知性と対話をもって。動物は結局何考えてるかわからいからな。

その理屈だと重度の知的障害者差別してもいいってことになっちゃうのでは……? あと、「アフリカ人奴隷は何考えてるかわからん」って言ってる南部人たくさんいましたよね。

面白いし似たようなことを考えてもいた。でもね、どんな崇高な思想であっても、他人との差異を認められない人や思想他人押し付ける人が主張してるかぎりはどうでもいいもんなんですよ。

黒人奴隷にしていい」「女は好きに犯していい」という思想って、考え方の違いで認められるんですか? 「僕は女性に性暴力をふるうのは反対だけど、君がふるうのを尊重するよ。個人自由からね。僕の思想押し付けることはしない」って言ってるやつかなりサイコパスみがありません? 賛同しろって言ってるんじゃなくて、ヴィーガンにとってはそれくらい切実な問題だって理解したらどうだ、って話です。

どうしてそうすぐに正しいだの敵だの言い切ってしまうのだろう。グレーでいいじゃないの、心に留めて無言でいてもいいじゃないの、日和見主義でいいじゃないの。

こんなのヴィーガニズムへの最大の侮辱ですよ。奴隷にされている黒人奴隷主のあいだに立って、戦闘奴隷解放論者は極端だなあ、日和見主義でいいじゃない、なんて言うのは奴隷制肯定にほかならないでしょう。ヴィーガン問題意識ちょっとでも想像たらこんな無神経なこと言えないですよ。正々堂々と、あなたたちはわれわれの敵だ、と言明するべきなんですよ。

その理屈に乗ると男性優位社会の信奉者が女性差別するのもOKって話なわけで、まあ事実その主張って根絶できないわけだが、ええんかいなではある。

せめて「おれは男性優位主義者であり女は男と対等ではないと信じているので確信を持って女性差別する。この差別は正しい」と堂々といえよっていう話ですね。そっちのほうが、別に差別じゃないしwwwwwとか苦しい言い訳をして差別とそれによる敵対隠蔽しようとするより遥かに誠実な態度でしょう。

ブコメに応答

権利社会を形作るもので、その社会という人間が無法から身を守るツールと、その外と内をどう分けるのかが、等価に思えてしまう人がこんなに多いのはなんでだろうか。そんなに引っかかることか?

その「人間社会」の内外をどう区分するか、って、自明じゃないですよね。アボリジニ人間以下だから追い散らしてハンティングしてやるぜ! アフリカ人貨物から船に詰め込むし伝染病流行りそうになったら生きたまま海に放り込むぜ! っていう時代があって、その頃は「人間キリスト教徒白人」だったわけで、そういう時代には「あいつら『人間』じゃないか差別して搾取してよくね?」っていうのが「社会」を維持することだったんですよ。「社会構成員」の権利を守るためにアボリジニ虐殺インディアン強制移住させアフリカ人誘拐してきた歴史があるわけですよ。で、「ホモ・サピエンスのみに権利を与え、他の種は差別搾取対象としてもよい」というのはあくま現在社会におけるコンセンサスであって、自明でも自然でもないですよね? 未来にはその内外の線引きが動く可能性があって、ヴィーガンはそれを積極的に外に動かそうとしてるわけです。……これ、そんな引っかかることですかね。わたしには極めて明瞭な論理だと思うんですが。

https://anond.hatelabo.jp/20180131155044

ヒューマニズムは種で線を引いた「同じ人間なのに」が根本発想だと思うけど、

ヴィーガニズム根本発想はおそらく「同じ世界の仲間なのに」というふうに空間的な線引きなんだよな。ヴィーガニズムの人本人がその認識が薄くて動物だけを引き合いに出してるのが話をややこしくしてる。

どこまでが「同じ世界の仲間」なのかがヴィーガニズム的には重要なんだと思う。

2018-01-31

anond:20180131155044

ヴィーガニズムがなにかよく分からんが、件のTwitter主は動物安易擬人化しすぎてるのが問題だ。

まだ「イルカは知能が高いか人間範疇」とか言ってるイルカ保護活動家の方が筋が通ってる。

https://anond.hatelabo.jp/20180131155044

フェミニスト男女差別性犯罪真剣に怒っているように、ヴィーガンは牛や豚に対する酷い扱いに本気で怒っているんだ」

って、そんなに理解するのが難しいことかねぇ。

私は肉うめぇって思うし、カエルが生贄でもいいじゃんと思うし、私が肉食うのに口出しすんじゃねーよって感じるけど、彼らが怒っていることはわかるよ。

真剣に怒る人を茶化して遊ぶの、さんざんフェミニストが苦しめられてきたことだと思うんだけど、なんでヴィーガニズムに対して同じことをできるのかがわからない。

ヴィーガニズムは一部の過激思想じゃないかって? 婦人参政権だって、昔は過激思想だったのに!

せめて差別者としての顔をしようぜ。あ、なるほど、そう考えると茶化してる人たちはちゃんと差別者しぐさをしているともいえるわけか。女性差別してる連中とやってること同じだもんなぁ。

anond:20180131155044

カロリーベース栄養ベースでの環境負荷から言えばヴィーガニズムは圧倒的に正しいんだから

空虚に叫ぶんじゃなくてちゃんと主張しろ

ヴィーガニズムは正しい。正しいがゆえにそれは人類社会の敵である

フェミニスト乳製品を摂ることは矛盾か、という議論が喧しい。

https://togetter.com/li/1194767

http://sutaro.hatenablog.jp/entry/2018/01/29/162209

http://davitrice.hatenadiary.jp/entry/2018/01/30/152800

はじめに言っておくと、わたしヴィーガニズムアニマルライツには明白に反対であるしかし、それらを一部のバカによる寝言だとは思わない。むしろヴィーガニズムは正しいと思っている。いや、より正確に言うならば、ヴィーガニズムは正しすぎるがゆえに問題なのだ

ヴィーガニズムへの反対に理屈をつけようとすると、かなり高い精度でブーメランとなって戻ってくる。人間動物は違う! 白人黒人男と女を代入して同じことが言えるだろうか? 人間は他の動物より賢い! 男が力強いことを男性優越していることにしたい性差別主義者は、古今東西どこにでもいる。人間動物と違うのは社会常識だ! アメリカ南部奴隷主たちも、同じことを思っていただろう。

10年ほど前、はてなで「本当の本当に大切なことには、理由があってはいけない」というフレーズ話題になった。まったくその通りだ。「同じ人間差別してはいけない」にも理由はない。理由はないが、道徳律とはそういうものだ。差別はいけない、なぜならそれは差別からだ、という主張は空虚だが、しかしその正しさを疑う人はいないだろう。差別は正しくない、これは自明です。

ところで、「同じ動物差別してはいけない」という主張は、「同じ人間差別してはいけない」と論理的に同型である空虚である空虚であるが、ではそれゆえに正しくないと主張することは可能だろうか?

人類平等への闘いは、「同じ○○」の範囲を広げてゆくことだった。「同じキリスト教徒差別してはいけない」という議論に対して異教徒が声を上げることは必要だった。「同じ成人男性差別してはいけない」という主張では、無産階級男性のことは救えても婦人参政権は実現できなかった。ようやく今、人種差別性差別が「同じ人間差別してはいけない」として斥けられる時代になったのだ。

しかし牛や豚からすれば、その「人間平等」は、「白人のなかでの平等」や「男性あいだでの平等」と寸毫変わらぬであろう。

それがヴィーガンアニマルライツの訴えの核心である。これを安易に「人間動物は違うんです。以上」で切り捨てることは、安易に「だって男と女は違うじゃん」と切り捨てることと、いったいどこが違うというのだろうか? このふたつの主張をまったく別物だと切り分けること、それ自体が彼らの批判する種差別なのだ

何でフェミニストにばかりそういう要求や追及がなされるのか? と疑問を呈する人もいる。断言するが、それは最悪の戦略である

第一に、ヴィーガン界隈を見ればわかるが、彼らは一般人に対しても肉を食ってさえいれば無差別にマサカリを投げつけている。それが今回たまたま件のフェミニスト氏に向けられただけであり、構図としてはセクシー萌えキャラの出てくるポスターフェミニストから批判されたオタクが「何でオタクばっかり叩くんだ?」と過去女性運動の蓄積も知らずに愚痴っているのと寸分違わない。やめておいたほうがいい。

第二に、差別に反対する運動の中で別の差別が行われていたとき、それを厳しく追及してきたのはフェミニストたちだったではないか人種差別に反対する運動の中で性差別が起きたとき人種差別だけでなく性差別にも反対すべきだ、そうでなければ真の反差別はいえない、という主張はそれなりの説得力をもって受容されてきたように記憶している。であるとすれば、性差別だけではなく種差別にも、という主張が向けられることは自然な話であろう。

まり既存反差別運動の側は、迂闊にヴィーガニズム揶揄しているとブーメランが帰ってくるわけだ。反差別、正確には、反人種差別および反性差別を支持する者として、味方がブーメランに撃ち抜かれて斃れていくのを見るのはやるせない。

ではどうするか? わたしはまず、敵対関係認識すべきだと主張したい。

フェミニスト男性優位社会の敵である奴隷解放論者は南部社会の敵であり公民権運動の闘士は白人中心主義社会の敵である。それと同様に、ヴィーガン人類社会の敵である

このことは、現在ヴィーガニズムの支持者が全員人類であることと何ら矛盾しない.家父長制と闘う人びとの中には男もいた。奴隷を逃がしたり黒人とともに座り込みに参加した白人もいた。そして彼らは、男でありながら男性中心主義の敵であり、白人でありながら白人至上主義の敵だった。ゆえにヴィーガンが、人類でありながら人類社会敵対するのは何ら矛盾ではない。

わたしたちにはふたつの選択肢がある。ひとつめの選択肢は、敵が提示する平等テーゼを受け入れることであり、つまりジャイナ教徒のように虫の一匹も殺さぬようマスクをし箒で道を掃きながら歩く生活を選び取ることだ。もうひとつが、平等敵対することである。種差別何が悪い人間動物とは違うんだ、人間の都合で動物搾取することは当然だ、と傲然と言い放つことである

最悪なのは、この敵対性に対して目を瞑ることだ。敵を「なんか頭のおかしい人たち」として片付けることだ。そうではない。彼らは正しいのだ。彼らは正当な抗議者として、つまりはわれわれの敵として扱われるべきなのだ

この敵対性を隠蔽してしまったら、他の敵対性が隠蔽されることに抗えなくなる。それは平等への闘いの自滅だ。敵対性がそこにあることを明るみに出すことは、常に闘いの出発点なのであるから

なのでわたし宣言する。うめぇこれはヴィーガニズム提示する平等への敵対だ。朕はたらふく食ってるぞ、汝畜生食われてろ。数百年後、あの世代は動物差別動物虐殺を何とも思っていなかった民度の低い連中だ、人類進歩を阻害してきた、と糾弾されるかもしれない。それでもわたしは、種差別を正しいと信じる。人間動物とは違っており、この差別は当然だと主張する。未来の子供は、わたしのこの言明を醜悪なスピーシストの声明として読むかもしれない。ユダヤ人は劣等だと言い放ったちょび髭の指導者や、女は男よりも劣った生き物なのだ公言してきた家父長たちが扱われるように、動物を殺して恥じなかった我々現代人も扱われるかもしれない。ひょっとすると数十年後に革命が起きて、人道に対する罪で訴追されるかもしれない。自己批判強要されるかもしれない。それでもわたしヴィーガニズム敵対する。この差別は正しい差別からだ。

さあ、みんなもそう叫ぼうじゃないか。種差別必要だ! 種差別は正しい! 今ここで種差別を! 明日も種差別を! 永遠に差別を!

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん