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はてなキーワード: 大日本帝国陸軍とは

2020-09-21

anond:20200920082420

軍隊専門家である大日本帝国陸軍海軍日本に何をしまたか

勇ましいことを口で言うのは誰でもできる

パレードのような派手なパフォーマンスは体力があればできる

でも危険な敵軍の前ではできなかった

自分死ぬかもしれない場面では破れかぶれに玉砕したり自爆しかできなくなった

死ぬかもしれないと思ったら冷静に秩序だって集団で戦えなくなって負けた

平和な時に日の丸マークを付けて国を守るとか言ってる人の言葉はぜんぶ嘘なんだろ

嘘をつくのが得意なだけ

戦車の下に地雷を持って飛び込む訓練で部外者ビビらせるけど実戦でできるわけない

集団計画的自爆できる国なら敗戦になってない

2019-12-15

anond:20191215184107

大日本帝国陸軍海軍大政翼賛会の後継団体を取り締まりしないと

そうしないとまた自爆戦闘機に乗せられてカミカゼアタックさせられる羽目になるよ

2019-09-12

旭日旗ハーケンクロイツの違い

旭日旗

「太陽」「晴れ」を意匠化したもの

元は縁起物として家紋などに使われてきた。

1870年大日本帝国陸軍軍旗採用された。

これは日章旗日の丸)と菊の御紋を組み合わせたもので、

一般的旭日旗の光線が十六条なのは、菊の御紋(十六葉八重表菊)に由来する。

1889年には大日本帝国海軍軍艦旗としても採用された。

戦後、軍の解体に伴って「軍旗としての旭日旗」の歴史は途切れたが、

1954年自衛隊が発足するにあたり、帝国軍旗を受け継ぐ形で自衛隊旗として採用された。

近年、「韓国旭日旗批判2011年以降に作られた新しいもの」との風説があるが、

韓国中国過去ニュースを見ても、それ以前から日本軍国主義を思い起こすもの」として、

旭日旗批判的に認知されてきたのは間違いない。

ただし韓国における「戦犯旗」という蔑称2012年頃につけられたものである

ハーケンクロイツ

鉤十字

ヒンズー教仏教など、古くからさまざまな宗教民間信仰で「幸運の印」などとして用いられてきた。

1900年から、「アーリア人」がヨーロッパ人共通祖先であるという思想アーリアン学説)のもと、

ドイツ国内でハーケンクロイツは「最も優秀なアーリア人であるドイツ人象徴」とみなされるようになり、

1919年設立されたナチスもそれを踏まえて1920年党旗ハーケンクロイツとした。

1933年ナチス政権を掌握するとハーケンクロイツ国旗に準ずるものとされ、

1935年にはハーケンクロイツ正式国旗となった。

終戦後、ハーケンクロイツナチズム象徴とみなされ、ドイツでは公の場での使用禁止された。

1990年東西ドイツ統一以降、ネオナチ活動顕在化するにつれて、

ハーケンクロイツへの警戒も強まっている。

イギリスヘンリー王子ナチス風の軍服を着ていたという2005年問題きっかけに、

ハーケンクロイツ使用EU全域で禁止する法案が提出されたが、

これはヒンズー教徒の反対などにより阻止されている。

考察

こうして見ると旭日旗ハーケンクロイツに大きな差はないように思われる。

特に「元は平和的な図案だったが悪質な政治に利用された」といった話は双方に共通する。

ただ、ハーケンクロイツが直接的に「(悪であるナチスシンボル」とみなされるのに対し、

旭日旗は「(悪である大日本帝国軍隊シンボルであるため、やや間接的な関係に思われる。

このあたりの印象の差があり、ハーケンクロイツほどには規制されなかったのだろう。

また近年のインターネットの普及によって、各国のナショナリズム的行動が可視化されたことで、

より大きく反発が起きるようになった面もあるのではないかと思われる。

旭日旗について言えば、

明治になってから軍旗として採用され、菊の御紋と重ね合わされる「十六条旭日旗」が、

皇国史観軍国主義と結び付けて見られるのは仕方ないのではないか

仮に旭日旗使用擁護するならば、「元は平和的な〜」や「奇誠庸が〜」などではなく、

「十六条旭日旗のみ」に問題限定したり(この場合海上自衛隊自衛艦旗は変更することになる)、

思想的なシンボルではなく軍旗にすぎない」ことを強調する(この場合自衛艦旗としての利用は擁護するが平和的な場では使用を控える)、

といった点を前面に出したほうが良いのではないかと考える。

2019-03-22

もしも、大日本帝国陸軍エクセルが導入されたら

だいたい今の社会になる。

2018-08-05

ブコメ比較予定地

痛いニュース(ノ∀`) : ラオス韓国製ダム決壊韓国設計図日本のもの決壊した部分は日本工事…と世論操作が始まる

b:id:gui1

(ノ∀`)ノ∀`)ノ∀`)ジェトストリームアチャー

b:id:brimley3

キタ━(゚∀゚)━! 人のせいにする安定の韓国

b:id:rig

きちんと否定しないと偽慰安婦みたいになるのね/韓国内では物証論理的な話も全部無視して感情論日本が悪いって話が進むんだろうなぁ

b:id:daruyanagi

日本設計図がないと作れないんすかwww」みたいなブーメラン、考えへんねやろか

b:id:shoot_c_na

セウォル号とおんなじこと言い出した。あれがその後どうなったか・・・

b:id:hinbass

向こうもネトウヨ狂ってんなw

b:id:mczkanako

朝鮮人思考回路理解しかねるな。国際的な信用も失ってるし、世界嫌われ者

b:id:bmz4

まだ事実かどうか分からないけど、過去のことを考えると、あり得る話なんだよなぁ。

b:id:ore_de_work

きっと大日本帝国陸軍が仕掛けたんだよ

b:id:racebyrace

幾らでも前例があるので、案外正しいかもしれませんね。強く否定しましょう。否定だけなら何も問題はありません。

b:id:yoiIT

ラオスには同時期に日本ダムを作ってるが、その日本ダムに対抗して無理して作ったからこうなったようだ。日本が有能だったためにラオス迷惑をかけてしまった。申し訳ない。 http://lite.blogos.com/article/314299/

b:id:asna

産業スパイ日本ダム設計図パクらせて中身抜いて作ったらそらそうなるわな

b:id:Gelsy

ネット上の噂については割り引いてもひどい話だ。

b:id:TakahashiMasaki

鮮   人

b:id:sbedit1234

浅人 賎人 朝 鮮 人

b:id:udonkokko

事あるごとに「民主党がアレした」ってアレと似通ったものがある。

b:id:tuzuraori

責任転嫁すんな!三豊百貨店崩壊からなんも変わってないな。

b:id:qawsklp

国家規模の芸人

2018-07-17

日本戦争アメリカに負けた遠因=公武合体の失敗

戦後レジームに至る日本の原因を分析してみた。

 

敗戦

1945年日本アメリカ戦争して負けた。

アメリカ日本へ2発の原子力爆弾を投下して、日本は無条件降伏した。

無条件降伏だったので、日本アメリカ植民地奴隷にされた。

 

鎖国から開国

江戸幕府鎖国政策を行っていたが、欧米はその間にも技術を発達させ、軍事力も増大させていた。

日本欧米列強に対抗すべく、開国へ向けてシフトし始めた。

江戸幕府は当初「公武合体」によって、新しい日本体制作りを目指した。

 

公武合体

公武合体(こうぶがったい)は、幕末1850年から1860年代)の日本において、朝廷(公)の伝統権威と、幕府及び諸藩(武)を結びつけて幕藩体制の再編強化をはかろうとした政策論、政治運動をいう。

公武合体策、公武合体論、公武合体運動、公武一和(こうぶいちわ)とも呼ばれる。対義語尊皇攘夷である

 

明治維新イギリスによる国家転覆

しかし、公武合体は失敗に終わり、薩長テロリストたちがクーデターを起こした。

イギリス支援された薩長同盟 VS フランス支援された江戸幕府

英仏の代理戦争日本国内で展開されて、イギリスフリーメーソン勝利した。

明治維新によって、天皇ワンマン体制日本樹立された。

 

増長

明治維新以降、日本日露戦争勝利する等、外国戦争して勝つことができた。

日本は、朝鮮中国支配下に置くことができた。

調子に乗ってアメリカにも戦争しかけたら(真珠湾奇襲攻撃)、逆にボコボコにやられてしまった。(原爆投下第二次世界大戦敗北)

 

ワンマン体制欠点

日本がWW2で開戦するとき、御前会議が開かれた。

天皇が「勝つ見込みはありますか?」と尋ねたら、軍部は「短期決戦で勝ってみせます」と応えた。それならOK戦争を開始した。

しかし、アメリカは粘って長期戦に持ち込んだ。

軍部は「アメリカから買っていた石油がなくなったので、これ以上戦争継続できない」と判断した。(そりゃ戦争やってる相手石油を売る馬鹿はおらんわなw)

 

松谷誠

松谷誠のように、早期講和検討した者もいたが、軍部に握りつぶされた。

日本が2年程度で戦争を止めていれば、満州を失うだけで済み、日本本土まで取られることはなかった。

結果的に、天皇軍部判断を誤り、早期の損切りができなかった。

松谷 誠(まつたに せい、1903年明治36年1月13日 - 1998年平成10年10月7日[1])は、大日本帝国陸軍軍人陸上自衛官

主戦派が主流の陸軍の中で、1943年3月陸軍参謀本部戦争指導課長となり、早期講和模索

鈴木貫太郎首相秘書官であった1945年4月、「終戦処理案」をまとめ、ソ連の和平仲介による早期講和を主張した。

 

天皇悲劇は、周りにイエスマンしかおらず、適切な判断材料となる反対意見を言う者がいなかったこと。

天皇一人が悪いのではなく、取り巻きの連中が使えなかった。)

 

もしも、松谷誠らが天皇に直接提案する機会があれば、完全敗北を避けることもできただろう。

歴史を振り返ると、ワンマンリーダー判断ミスすることによって、国が滅ぶ例が多々ある。

日本とて、例外ではなかった。

 

ターニングポイント

日本近代史を振り返ると、日本の岐路は、「公武合体」にあった。

もしも日本が、天皇将軍のツートップ体制だったら、どちらか一方が判断ミスをしても、リカバリーできる可能性があった。

しかし、ワンマン体制だと、一人のリーダー判断ミスすることによって、ドミノ式に全体がミスに巻き込まれる。

これが日本第二次世界大戦の完全敗北の原因だった。

 

公武合体成功していたら、日本は今とは違う歴史を歩んでいただろう。

負け惜しみで、明治維新賞賛する向きもあるが、敗戦の結果を見れば、明治維新天皇制は失敗だったことに気付く。

残念だ。

 

anond:20180717162244

2013-11-15

http://anond.hatelabo.jp/20131115095631

大日本帝国陸軍の信じられない話しの一つに、

結構無茶な命令が下されて、

「装備が足りませんよ。この現状で、どうしろっていうんです?」と質問したら

「よろしくやれ」で済まされるのがよくあることだ

ってのを読んだことがある。

山本七平は口頭の無茶な命令に対して

「書面にして下さい」と言い返すようにしたら、言ってくる上官が減ったと書いていたけど、

書面で命令を下し、結局出来るわけでも無く、上官に「あなたがやれって言ったんじゃないですか!」と詰め寄っても

「知らん」と責任から逃げた上官が結構いる、と書いた人もいた。

2012-03-10

南京事件初心者の疑問

これみた。

たかじんのそこまで言って委員会」の南京事件検証動画が秀逸すぎる。 | ねとうよ速報

http://netosoku.net/blog/others/takajin_nankin_kensyou/

南京事件否認論の恐怖。 - Something Orange

http://d.hatena.ne.jp/kaien/20120308/p1

捏造写真や被害誇張が多すぎるとか、中国が国をまとめるためのプロパガンダとか、でも戦争なんだから規模はともかくやってるに違いないだろとか、外国人が書いた一次証拠もあるだろとか、これを全部正しいとしても関東軍虐殺動機がよくわからない。たとえ数万人でも虐殺は軍の指示がなければ無理だ。関東軍は何か深い民族的恨みでもあったのか?

南京事件 (1937年) - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E4%BA%8B%E4%BB%B6_(1937%E5%B9%B4)

南京事件なんきんじけん)は、日中戦争支那事変)初期の1937年昭和12年)に日本軍中華民国首都南京市を占領した際(南京攻略戦)、約6週間から2ヶ月にわたって中国軍投降した便衣兵、一般市民などを殺した事件。



でも、この前に満州事変とかで国作ってるんだよね?

満州国 - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E6%B4%B2%E5%9B%BD

1932年から1945年の間、満州現在中国東北部)に存在した国家

満洲国は建国にあたって自らを満州民族漢民族モンゴル民族からなる「満洲人、満人」による民族自決の原則に基づく国民国家であるとし、建国理念として日本人漢人朝鮮人満洲人・蒙古人による「五族協和」を掲げた。




とすると、傀儡政権日本人優位とはい中国人(満州族)とも一緒に暮らしてたわけだ。その後国を運営しながら5年かけて南京まで領土を拡大。ならなおさら軍命令で虐殺する意味わからん南京の人とも一緒に暮らすだろうし国民国家労働力ではないのか?

と思ったら、詳しい解説サイトがあった。

南京事件 初歩の初歩

http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/shoho.html

まずよく誤解されるのですが、南京事件」というのは、例えば数万人なり数十万人なりを一箇所に集めて、まとめて機関銃なり銃剣なりで殺した、という事件ではありません。基本的には、数多くの中小規模の「事件」の集積です。

 また、民間人巻き込まれの責任便衣兵戦術をとった中国側にある」との暴論も見かけます。そもそも南京では「便衣兵戦術」の存在は確認されていないのですが、例え南京戦以前の上海戦での「便衣兵」を問題にするとしても、日本軍責任は免れません。日本軍は「民間人混入」のリスクは十分に承知していたはずです。殺害しなければならない切迫した事情もなかったのですから、そのまま生かして「捕虜」としておけばよかっただけの話でしょう。

秦 南京事件場合日本軍にもちゃんと法務官がいたのに、裁判をやらないで、捕虜を大量処刑したのがいけないんです。捕虜のなかに便衣隊、つまり平服のゲリラがいたといいますが、どれが便衣隊かという判定をきちんとやっていません。これが日本側の最大のウィークポイントなんです。

秦 捕虜資格あるかないかはこの際関係ありません。その人間が、銃殺するに値するかどうかを調べもせず、面倒臭いから区別せずにやってしまったのが問題なんです。

秦 捕虜としての権利がないか裁判抜きで殺していいということにはならない。自然法に照らしても不法でしょう。古代の暴君ならともかく、こいつは悪い奴だから、その場で処刑していいというのは、文明国がやることではない。捕虜の扱いはお互い様ですから、それなりに尊重し、労働をさせれば一定給与を与え、自国の兵士と同程度の食料を与えるのは交戦国の義務でした。


中村粲

武器を棄てて我軍の権内に入つた段階では捕虜なのであり、秩序や安全を脅かすことのない限り捕虜として遇すべきもので、重大な理由なく処断するのは戦時国際法違反になるであらう。

 軍司令官には無断で万余の捕虜銃剣刺殺された。それを「便衣の兵は交戦法規違反である」と強弁してはならず、率直に(それは)戦時国際法違反であり、何より武士道に悖る行為であったことを認めねばならぬ。

原剛氏

しかし、本来、捕虜ならば軍法会議で、捕虜でないとするならば軍律会議で処置を決定すべきものであって、第一線の部隊が勝手に判断して処断すべきものではない。

松本健一

捕虜でないからという理由で捕まえた敵国兵士戦場裁判にもかけずに勝手に処刑することは国際法からも容認されていないはずです。

北村稔氏

筆者の見るところ、「ハーグ陸戦法規」の条文とこの条文運用に関する当時の法解釈に基づく限り、日本軍による手続きなしの大量処刑を正当化する十分な論理は構成しがたいと思われる。


私見ですが、「安全区掃討」の是非は、「国際法」のややこしい議論に突入するまでもなく、「常識」で考えればいいことだと思いますもう戦闘は終了しているのに、戦闘意欲を失った元兵士を片っ端から引っ張り出し、そのまま何キロも歩かせてまとめて殺害する。しかもその中には誤認連行された民間人も大量に存在している。虐殺」だと感じれば、普通感覚でしょう。



南京事件 初歩の初歩、了解。

ひとつ思いついたけど、この国際法を守る「普通」の感覚があれば、中国軍世界を支配できる簡単な方法がある。10億人中の数十万人を各戦場投降させたらいい。そしたら敵軍はその「捕虜」を戦時中に食べさせて管理して働かせても、食料を作る時間的な差で補給がままならなくなり、暴動が起こらないような高度な管理にも相当な軍人を割かなければいけない。その間に本隊で攻撃をすれば勝てる。相手が国際法を守るなら。

当時の中国ちょっと普通」じゃないのは、ケタ違いの人口を誇るのに日本と比べて近代的な武器を持ってないこと。

満州事変 - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E5%A4%89

戦力

国民革命軍160000

大日本帝国陸軍30000 - 66000

16万の軍隊が、3万から6万6千の関東軍に負ける。ランチェスター戦略ではまずありえない。

捕虜」の感覚も「普通」だと人数の少ない軍隊が負けて、戦いに生き残った少数が「捕虜」になるという感覚なんだが中国相手だと

南京事件 初歩の初歩

http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/shoho.html

 「南京事件」中、最大規模の「捕虜殺害事件」として知られている事件です。

 十三師団山田支隊は、南京城北部を進軍中、大量の投降兵に遭遇しました。その数は、当時の公式発表に従えば一万四千人余りと伝えられます。この捕虜はいったん幕府山周辺の建物に収容された後、12月16日から17日にかけてほとんどが殺害されてしまいました。

12月13日、日本軍南京占領しました。逃げ場を失った中国軍兵士は、大挙として軍服を脱ぎ捨て、難民避難していた安全区に逃げ込みました。

 14日から16日にかけて、日本軍は、避難民の中から兵士とおぼしき人物を選別し、そのまま揚子江岸などに連行して殺害しました。歩兵第七連隊戦闘詳報によれば、その数は七千人弱、と伝えられます。その選別方法はアバウトなもので、その中には大量の民間人が混入していたものと見られます

 さらに17日の入城式後も、「安全区掃討」は続きます佐々木到一少将によれば、1月5日までに、さらに二千名が摘出されました。



結果、数万人虐殺してるんじゃないかという予測ですが、普通感覚なら戦時中はいえやはり全員ちゃんと食わせて、ひとりひとり裁判にかけて、きちんとした管理の中、この数万人を戦争が終わる8年間(1945)まで捕虜として扱うべきだったのでしょう。虐殺するほど軍人最低限のモラルもなくなるでしょうし。

たかじん動画でありますが、台湾攻撃した時は虐殺なんかしてない。満州事変ときも、満州族とその地域を一度に支配したのでその必要がなさそう。南京陥落のとき戦闘継続中の「中国軍」だったので一気に中国を支配できなければ投降は「捕虜」にするかその数万人を扱う余力がなければ虐殺するしかないということでしょうか? 日本軍には「投降」という概念がなさそうで、なおさら大量の捕虜を信用出来そうにもないという文化の違いもありそうですが。


南京事件の初歩の初歩までの理解ですが、右の言う捏造写真や被害誇張が多すぎるとか、中国が国をまとめるためのプロパガンダとか、動機がないとか、虐殺する弾薬や労力が無駄とか、左の言う、でも戦争なんだから規模はともかく心壊れてどこかでやってるに違いないだろとか、外国人が書いた一次証拠もたくさんあるだろとか、これは結局、関東軍が対人口比の極端に多い中国に勝ち進んだという「普通」じゃない状況が大量の「捕虜」を扱いきれず一般人も巻き込んで虐殺したことで、「普通」の時代の人から批判されまくってるという解釈で初歩の初歩はOKですかね?


あの当時、数十人の管理人でも数万人の「捕虜」が暴動起こさないような設備システムを作って、人権も守りながら低コストで、食料もすぐに自給自足管理させ、ひとりひとり裁判もできたら良かったんでしょうけどね。

2009-04-17

http://anond.hatelabo.jp/20090417110055

あんた反論下手だな。

算盤勘定(コスト感覚)が進歩した国では徴兵制は廃止されているよ。

イスラエル韓国コスト感覚が遅れてると?

廃止した国はもちろん色々算盤はじいて決めたんだろうが、「国民統合教育的意義がないからやめる」なのか「教育的意義はあるが戦闘力向上に比べて優先順位が低い」なのか「教育的意義はあるがもはや国民統合は完了した」なのかは個々のケースを調べないとわからない。

結局陸軍省とか海軍省の省益を優先する組織になったわけで。

「オラがクニの旦那」でなく「大日本帝国陸軍省」の省益を優先するようになったのだから十分に国民化されてる。

 
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