はてなキーワード: デジタルとは
https://anond.hatelabo.jp/20220115230648
昔からそうだけどPanasonicってデジタルモノに無茶苦茶弱いよね。
テレビとか冷蔵庫とか代替のモノがある場合は避けようがあるんだけど
純正カーナビとか住宅設備とか避けられないものにPanasonicが入ってくると途端にQoLが下がる。
これまで遭遇したのはスバルの純正カーナビがPanasonicだった。
純正じゃないとデザインが統一されなかったり機能が制限されるから泣く泣くPanasonicに。
結果は最悪。
エンジンスタートしてカーナビ起動、地図を触れるようになるのは普通のカーナビぐらいの早さなんだけど
っていうメッセージが出てきて消えてくれない。
「ETCカードがささっていません」
っていうのが3秒ほど出てくる。
さっさと操作したいのに非常にウザい。
例えば行き先検索で「イオンモール」って入れるとイオンモール一覧が出てくるんだけど
最初は50音順で表示される。
必ず先頭はイオンモール秋田になっていて、申し訳ないけれどそんなとこに行くわけが無い。
距離順のボタンを押すと距離順になるんだけど、こんなの距離順に決まってるだろアホかよ。
ちなみに先頭一致なので「〇〇イオンモール」とかはヒットしない。
もう本当にイライラして、スバル車は良かったのにすごい残念だった。
引っ越した先の電灯系が全部PanasonicでIoT家電!って感じだった。
スマホで操作できるし、スマートスピーカーからも操作可能!みたいな感じだったんだけど
結果からいうとスマートスピーカーから操作するにはスマートスピーカーの他に専用のアダプタが必要で、それが3万ぐらいする。
アホらしいのでスマホからだけ操作するようにしたんだけど、アプリがもう終わってる。
しばらく待つとようやく消える。
電気を消そうとスマホを取り出してから数えると15秒ぐらい待ってる。スイッチまで歩いて行った方が早い。
例えば調光可能なLEDのタイマー機能を使おうとするとON/OFFしか選べなくて調光でタイマーできない。
ただ、よくよく調べると「シーン機能」を使うと調光でタイマーONができる。分かるかそんなん。
デジタルじゃ無くなるけど、Panasonicの洗濯機も最悪だった。
SANYOの洗濯機が壊れてしまって買い換えたんだけどSANYOが無くなってしまったので買収先のPanasonicに。
技術継承されてるだろうと思ったらSANYOはAQUAになったことを後で知る。
デジタル系は信じていなかったから最上位機種のスマホ連携とかは全く興味なく、普通のドラム式を購入。
ところがこれが滅茶苦茶揺れる。
苦情がくるんじゃないかってぐらい揺れる。冗談抜きで震度2ぐらいは感じる。
調べてみると脱水のときにドラムが回転するんだけど、洗濯物が偏ってると回転数を上げていくどこかで建物の固有振動数と一致してしまって揺れるんだとか。
とはいえ他の洗濯機ではそんなことないからPanasonicだけなんじゃないかな。
メーカーの人にも来て貰っていろいろ対策してもらったけど全然直らず。
価格.comでも揺れることで有名になってた。3台ぐらいビルの屋上に設置してスマホから遠隔操作したら地震起こせそうな気がする。マジで。
実家にあったPanasonicのテレビは画面はでかいんだけど番組表の文字が荒かったり
Panasonicの作ったコンデジは確認画面の液晶が荒すぎてどんな写真撮っても微妙な写真にしか見えなかったり(PCに取り込むと普通)
Vtuberリスナーはよくテンプレ批判に対してアイドルを引き合いに出して反論しているが、そもそもアイドルに金を貢ぐ行為からしてよく分からないのは自分だけだろうか。思うに、「バチャ豚」の蔑称を用いて批判を繰り返すような人間は私みたいにそういう人間の心理が理解できないのだろうと推測する。
まず、グッズをコレクションしたり、メンバーシップの恩恵を受けたりなど単なる体験ではなく「実物が手に残る」ということに対してお金を使う例。これは全く問題なく理解出来る。特に、ゲームなどでコレクター気質の自分からするとグッズなんかを(実際に買い集めたことはないが)集めたくなる気持ちは実によく分かる。メンバーシップの限定動画や配信なども繰り返し視聴可能という点で実物が手に残ると言って差し支えないだろう。問題は「実物が手に残らない体験」についてである。アーティストのライブのように多額の費用を投じて行われる一大イベントならまだしも、基本的に無料で視聴可能なゲームや雑談の配信に対してであるのだから尚更である。もちろん全ての投げ銭が煩悩に支配されている訳ではなく、純粋に「応援したい」「感謝を伝えたい」といった心持ちで投げ銭する人がいることは分かっている。その上で、本当に、理解が出来ない。
Vtuberというのは、デジタルのガワを被ったただの配信者である。たかだか一人の異性との写真、たかだか一個人のゲームプレイ映像。たかだか一人の異性との握手、たかだか一個人の雑談。たかだか一人の異性との二言程度の会話、たかだか一個人からの感謝の言葉。これはただの個人の感想でしかないのだが、これらに金銭を使うぐらいならば美味い飯でも食った方が余程幸せなんじゃないのかと思ってしまう。金銭を虚空に消し去り手元に何も残らないことに虚無感は感じないのだろうか。私も出来心でソーシャルゲームに少額課金してみたことがある。最高レアのキャラクターを入手し束の間の喜びを感じたものの、その快楽が過ぎ去った後に残るのは虚無感だけであった。恐らく私がスパチャを投げようもんなら恐ろしい程の虚無感に襲われ、たちまち泡を吹いて死に至る。
分からないなりに考察すると、彼らは決して自分を裏切らないVtuberを、決して自分を裏切らないルックスを持つアイドルを、心の拠り所にしているのではないだろうか。これらに共通するのは強い信頼感である。身近な人間と比べても、自分の望まない行為や結果を起こす可能性はかなり小さい。
では、他人がそうしている間私は何を心の拠り所にしているかというと、何も無い。自分が何を欲しているのか、何をしたいのか、分からない。投げ銭を連投するリスナーをカオナシとはよく言ったものだが、何を隠そう我々こそが真のカオナシだったという訳である。しかし、動いて喋る二次元のキャラを見ても、優れたルックスであざとく振る舞う人間を見ても、何も心は動かない。それは心の拠り所にはならない。その結果が、「バチャ豚煽り」なのだろう。理解できない人々の反対側に自らを置くことで、居場所を無理やりねじ込んでいる。彼らの出来上がる過程としては同性愛差別主義者などと同じで、理解できないことに対する根源的恐怖が彼らを狂わせているのである。
Vtuberリスナーはよくテンプレ批判に対してアイドルを引き合いに出して反論しているが、そもそもアイドルに金を貢ぐ行為からしてよく分からないのは自分だけだろうか。思うに、「バチャ豚」の蔑称を用いて批判を繰り返すような人間は私みたいにそういう人間の心理が理解できないのだろうと推測する。
まず、グッズをコレクションしたり、メンバーシップの恩恵を受けたりなど単なる体験ではなく「実物が手に残る」ということに対してお金を使う例。これは全く問題なく理解出来る。特に、ゲームなどでコレクター気質の自分からするとグッズなんかを(実際に買い集めたことはないが)集めたくなる気持ちは実によく分かる。メンバーシップの限定動画や配信なども繰り返し視聴可能という点で実物が手に残ると言って差し支えないだろう。問題は「実物が手に残らない体験」についてである。アーティストのライブのように多額の費用を投じて行われる一大イベントならまだしも、基本的に無料で視聴可能なゲームや雑談の配信に対してであるのだから尚更である。もちろん全ての投げ銭が煩悩に支配されている訳ではなく、純粋に「応援したい」「感謝を伝えたい」といった心持ちで投げ銭する人がいることは分かっている。その上で、本当に、理解が出来ない。
Vtuberというのは、デジタルのガワを被ったただの配信者である。たかだか一人の異性との写真、たかだか一個人のゲームプレイ映像。たかだか一人の異性との握手、たかだか一個人の雑談。たかだか一人の異性との二言程度の会話、たかだか一個人からの感謝の言葉。これはただの個人の感想でしかないのだが、これらに金銭を使うぐらいならば美味い飯でも食った方が余程幸せなんじゃないのかと思ってしまう。金銭を虚空に消し去り手元に何も残らないことに虚無感は感じないのだろうか。私も出来心でソーシャルゲームに少額課金してみたことがある。最高レアのキャラクターを入手し束の間の喜びを感じたものの、その快楽が過ぎ去った後に残るのは虚無感だけであった。恐らく私がスパチャを投げようもんなら恐ろしい程の虚無感に襲われ、たちまち泡を吹いて死に至る。
分からないなりに考察すると、彼らは決して自分を裏切らないVtuberを、決して自分を裏切らないルックスを持つアイドルを、心の拠り所にしているのではないだろうか。これらに共通するのは強い信頼感である。身近な人間と比べても、自分の望まない行為や結果を起こす可能性はかなり小さい。
では、他人がそうしている間私は何を心の拠り所にしているかというと、何も無い。自分が何を欲しているのか、何をしたいのか、分からない。投げ銭を連投するリスナーをカオナシとはよく言ったものだが、何を隠そう我々こそが真のカオナシだったという訳である。しかし、動いて喋る二次元のキャラを見ても、優れたルックスであざとく振る舞う人間を見ても、何も心は動かない。それは心の拠り所にはならない。その結果が、「バチャ豚煽り」なのだろう。理解できない人々の反対側に自らを置くことで、居場所を無理やりねじ込んでいる。彼らの出来上がる過程としては同性愛差別主義者などと同じで、理解できないことに対する根源的恐怖が彼らを狂わせているのである。
ワイくんが気になっている大学院
ありがたい数々のお言葉をくださる教授がいる慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 は、
お笑いコンビ「ロンドンブーツ1号2号」の田村淳さんが「これからも学び続けます!」と慶應大学院修了を報告をしたことで有名ですね
田村淳さんの修士論文はまだ見れないけど見れるようになるといいですね見れるようになっていました ↓
⭐️なお、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授で(内閣府)規制改革推進会議議長でデジタル庁有識者メンバーの夏野氏ありがたいお言葉の数々 ↓
夏野氏
「あと、言いにくいが、税金払ってない人の2倍の投票権を税金払っている人に与えていいと思う。どちらにしろ東京の人の票の重さは鳥取の半分以下だし。最高裁も2倍までいいと言ってたらしいしね。」
「国民に高いコストを払わせてお世話になっているくせに当然の権利のようにTPP反対デモしている農民を見ると、事実上倒産しているくせに解雇に反対するJALの組合とかぶる。どちらも既得権益を守ろうとしているだけで、決して弱者ではないことに注意」
「30年くらい先を見越すと、都会か地方か、ではなく、人口減少下のニッポンである一定の人口密度以下の場所に住むということはそこの公共サービスを維持するために莫大な税金が必要となり、ものすごく贅沢なことになるという認識を持たざるを得なくなる。」
↓
「人口密度の高い地域の電気や水道水、食料はどこの地域からのものでしょう?どれだけの恩恵を人口密度の低い地域に頼ってますか?
利用者が少ないからとせっかく築きあげてた鉄道は廃線になり、どこの地域にもあった学校も統廃合でスクールバス通学、最低賃金格差、人口減少に向かわせた政策です。」
「他人より稼げているのは社会システムによる富の分配の偏りの恩恵で、能力より役割ですよね。所得が少ない人は税金払ってないというのなら法治国家そのものが崩壊しますよ。教授は食料作り出せないでしょ。低収入農家をバカにしないで。」
↓
夏野氏「はあ。」
夏野氏「竹中さんに大いに期待する。竹中さんの明確すぎる論に反発する感情的な人たちが日本のガンなのだ。 / 英雄?悪玉?竹中氏に再び脚光 戦略特区メンバーの有力候補浮上」
夏野氏「今年選挙があるからだと思います。公平感?そんなクソなピアノの発表会なんかどうでもいいでしょ、オリンピックに比べれば。一緒にするアホな国民感情に今年選挙があるから乗らざるを得ない」
(「オリンピックで羽田の侵入経路が緩和されて五反田の上に(飛行機が)通るんだって。これに反対してる(人たちがいる)わけ」)
↓
夏野氏「その航路を開くときに、取り合えずB-2爆撃機でそのへん、絨毯爆撃したらいいよ。そいつら全員殺せ。いらねえよ」
成長している時は、安くて良いものが提供されるけど、ある程度勝負ついちゃうと、
他社買収しちゃって他に選択肢はなくなるわ、機能追加はされずにメンテ状態になるわ、
価格が上がっていくわ、
DXやらデジタルツインが叫ばれるが、業務に関係するソフトって揃ってるだろうか。
テレワークとかコラボツールなんてのは多くあるが、CAEといった数値シミュレーションとなると全然足りてない。
プロジェクト管理にしても、アジャイルが盛り上がっているのはわかるが、やっぱりソフト開発フローを前提としていて、昔ながらのウォーターフロー方式しか合わない場合がある。
そうなるとプロジェクト管理用ソフトが古いものの方が機能が多いとか、最新のだと見た目は綺麗が機能が足りてないとかが起こる。
画像の処理についても、マクベス カラーチェッカーとの差分が大事で、色んなシチュエーションで撮影するのでカラーチェッカーが画像内の色んな所に置かれているので、
工場のラインだとLEDが赤だったり、光の当て方が違っていたり、偏光を使ったり、不良を出さないために色々やっていると思うが、
なかなか弾けない場合、画像処理アルゴリズムに頭を悩ますことになるが、その時の開発にソフトが足りてないと感じる。(ググっても出てこないし)
他にも時系列のデータを扱うときにピコ秒が対応してない、といったことが発生する。
結局、MSOfficeくらいでなんとかするとか、処理データは大きくなるのにGPUとの相性が悪く活用できないとか、
オープンソースはそもそもないとか、ソフトはあっても年々高くなるライセンス料についていけないとか、
色々あってソフトが足りないとなる。
片手間で開発するのにVisualStudioのライセンスがもらえるわけでもない。
正論は、だったらもっと金だせや、なんだが、数千円とかのレベルではないし、数百万出したからといって十分な物でもなかったりする。
1/12(水) 13:09
今年秋に開催される第20回党大会で習近平の三期目が決まるが、建国以来の中国の動きから見れば異例ではなく、むしろ鄧小平個人の指名による江沢民政権と胡錦涛政権だけが異例だった。鄧小平神話が中国の真相を見抜く目を曇らせている。
1949年に中国(中華人民共和国)を誕生させた毛沢東は、事実上、1976年9月に逝去するまで実権を握っていた。途中で国家主席の座から降ろされてしまった時期があったが、それでも中共中央委員会主席(現在の中共中央総書記)と中央軍事委員会主席のポジションだけは維持し続けたので、27年間にわたって実権は毛沢東の手の中にあった。
鄧小平は最終的には1977年7月に開催された第10回党大会三中全会から復権し、職位としては中共中央副主席、国務院常務委員会副総理、中央軍事委員会副主席と、「副」でしかなかったが、1981年中共中央軍事員会主席、83年からは国家中央軍事員会主席になるなどして「軍」だけはトップの職位を要求している。
職位が何であろうと、実権を握っていたのは鄧小平で、鄧小平の一言は「神の声」として恐れられていた。
1994年に健康を害して政治の舞台から退いたが、それまでの17年間は、実際上の実権を握った最高指導者として君臨していた。
恐るべきは、鄧小平の一存で天安門事件後の中国を統率する指導者を江沢民とすると決めてしまい、その期限を10年と定めて、江沢民の次の代の指導者を胡錦涛として決めてしまったことだ。
こうして江沢民政権を基本10年間、胡錦涛政権を基本10年間と、鄧小平の「神の声」が決めてしまったのである。
もっとも、江沢民の場合は、1989年6月4日の天安門事件があったために指名しているので、1992年10月に開催された党大会まで3年間余分に中共中央総書記をしており、国家主席になったのは1993年である。
したがって江沢民は中共中央総書記のポストに「13年間」就いており、国家主席だけ1993年から2003年まで「10年間」就いている。
その意味で、中共中央総書記および国家主席の就任期間「10年間」を正確に守ったのは、中国建国以来、「胡錦涛一人だけ」だったということが言える。
中央軍事委員会に関しても1982年末の憲法改正により国家中央軍事委員会が設立され83年からは「中共中央軍事員会と国家軍事委員会」が一つになり「中央軍事委員会」となったが、江沢民はこの中央軍事委員会主席を1989年(全人代では1990年)から2004年(全人代では2005年)まで「15年間」も務めている。
というのも、中共中央総書記にも中央軍事委員会主席にも任期期間に関する制限がないことを利用して、2002年に胡錦涛が中共中央総書記になったというのに、江沢民は中央軍事委員会主席の座を胡錦涛に譲らず、「駄々をこねて」降りようとしなかったからだ。
しかし反対者が多く、中共中央委員会では2004年に、全人代では2005年にようやく中央軍事委員会主席の座を胡錦涛に明け渡したのである。
その意味で、中央軍事委員会主席に関しては、誰一人「10年間」という期限を守っていない。胡錦涛は江沢民が任期内に食い込んできたために、二期で合計「8年間」しか主席でいることができなかった。
その意味では、鄧小平によって指名されるという異様な事態を、「元に戻した」だけであるとも言えよう。
毛沢東の「鶴の一声」が法律となるというほど人治国家であったことは、今さら言うまでもないだろう。
しかし、毛沢東はたった一人の国家主席(劉少奇)を、その座から引きずり下ろすために、わざわざ文化大革命(1966年~1976年)を引き起こすということまでして、引きずり下ろす正当性を求めようとした点は注目すべきだ。
それに比べて鄧小平はどうだろうか?
いったい何名の国家主席あるいは総書記(当時は中共中央委員会主席)を、鄧小平の一存で引きずり降ろしたか、それをしっかり認識している人は少ない。
拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』に書いたように、建国後、鄧小平が、毛沢東生存中は陰謀により、毛沢東死後は一存により、失脚に追い込んだ国家指導層あるいはその予定者は数知れない。その名前と時期を以下に列挙してみよう。
1954年:毛沢東が後継者に考えていた高崗を、事実捏造により自殺に追い込んだ。
1962年:毛沢東が周恩来の後継者として大事にしていた習仲勲を、冤罪により失脚させた(16年間、軟禁・投獄・監視)。
1981年:華国鋒(中共中央主席、軍事委員会主席辞任)を失脚へ追い込んだ。
1981年:華国鋒の代わりに自分の思い通りに動く胡耀邦を中共中央主席に就任させる(但し、1982年9月で中央主席制度を廃止し中共中央総書記制度に)。
1986年:胡耀邦(中共中央総書記)を「気に入らない」として失脚させ、趙紫陽を後任に就ける。
1989年:天安門事件のときの言動が気に入らないとして、趙紫陽(中共中央総書記)を失脚に追い込んだ。
1989年:趙紫陽の代わりに、江沢民を鄧小平の一存で中共中央総書記・中央軍事委員会主席に指名した。
いずれも中共中央委員会常務委員会多数決議決制度がある中での出来事だ。この制度は毛沢東時代からあった。そのような中での鄧小平の独裁ぶりは群を抜いている。
だというのに、鄧小平の老獪(ろうかい)な言動に騙されて鄧小平を神格化した日本政府は、「中国を孤立させてはならない」として天安門事件後の対中経済封鎖を積極的に解除させ、鄧小平を応援して今日の中国経済の繁栄と大国化を招いている。
何度も同じ図を持ち出して申し訳ないが、中国の中央行政省庁の一つである商務部が『中国外資統計公報 2021』というのを出していて、その中に「対中投資企業数と外資実行額の変遷(1982-2020)」という図がある。
それを日本語に訳して文字調整などをしたのが以下の図表1である。
図表1:対中投資企業数と外資実行額の変遷(1982年-2020年)
日本が1989年の天安門事件発生後の対中経済封鎖解除に動き、1992年には天皇訪中迄実現させた成果が、赤線で示した中国投資に参入した新規企業者数で如実に表れている(2018年の赤線ピークは香港関連)。
恐るべきは、2017年にはトランプ政権が中国に制裁を加え始め、バイデン政権になってからも、あれだけ対中制裁を叫びながら、何のことはない、投資額は年々増えているではないか。コロナにもめげず増えている。
いや、アメリカや日本はそんなことはしてないはずだと言う人のために、念のために2020年における国・地域別の対中投資企業数と金額を見てみよう。
上記公報にある当該図表を新規企業数の多い順に並び変え、日本語に訳したのが以下の図表2だ。
図表2:対中投資新規企業数と実行額の国・地域別トップ15(2020年)
ご覧の通り、アメリカも日本も、キチンと対中新規投資をし続けているのである。ここでは引用しないが、2019年も同じだ。
これは鄧小平を神格化し、その姿勢で習慣づいてしまった対中投資が、どんなにアメリカが制裁を叫び、日本が「アメリカと一体である」かのごときポーズを取ってみたところで、減少することはないのを如実に示したデータである。
ちなみに、香港マカオは「中華人民共和国特別行政区」なので新規企業数が多いのは仕方ないとしても、あれだけ日米に寄り添おうとしている台湾が、香港に次いで多いことも注目される(台湾に関しては別の機会に論じる)。
◆「習近平三期目は異例」より注目すべきは「鄧小平神話」の罪悪
習近平は三期目以降を目指すため憲法改正まで行っているので、中国流ではあるものの、一応、憲法を重視しているということは言える。逆に憲法を改正するところまで持って行っているので、三期目以降は既定路線と考えていいだろう。
若者をはじめ中国の庶民は、「中華民族の偉大なる復興」を政権スローガンとして経済的にアメリカに追いつこうとしている中国共産党政権を、悪くは思っていない。むしろ「強い中国経済」に自尊心を刺激され愛国主義が行き過ぎて、ネット・ナショナリズムに向けて燃えている若者に習近平は手を焼いているくらいだ。
しかし日本は「習近平、異例の三期目」、「習近平の独裁強化」、「習近平の権力闘争と路線対立」あるいは「中国経済は今度こそ崩壊する」といった類のセンセーショナルな報道に飛びついて「安堵する」傾向にある。
気持ちは分からないではないが、現実とかけ離れた情報に喜び虚実空間に酔いしれている間に、世界の投資先は間断なく中国に向けて注がれており、中国共産党の一党支配体制を強靭にすることに貢献しているのである。
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。
【衝撃の事実】日本軽視の転売商材PS5、謎の山積み イケブクログ
ソフト売上など気にしない普通のユーザーは知らないかもしれませんが、昨今日本のコンシューマー業界ではPSの市場が急激に減少しています。
https://s.famitsu.com/ranking/game-sales/
上記のファミ通ランキングはあくまで協力店舗の集計でありAmazonなどは含まれないとはいえ、集計外の大型量販店や通販のみで特定タイトルが売れまくるとも思えないので実際に売れてるタイトルと大差はないでしょう。
見ての通りSwitch一色で、この週が特別なわけではなくPSタイトルのランク入りは0から多くても2〜3本程度が常態化しています。なぜなのか?
ゲーム機には商売的な寿命があり、サイクルが長くなりつつあるとはいえ6〜7年もするとソフトが売れなくなりリリースタイトルも減っていきます。
2013年発売のPS4は長く現役でしたがとうに全盛期は過ぎており、本体の事実上の販売終了やソフト売上の低下は自然な流れといえます。今頃はPS5へと緩やかに移行していたはずなのです。本来なら。
PS5は数字だけでいえば国内100万台以上を出荷していますが、『売ってるの見たことねえ』という人も多いでしょう、事実発売から一年以上経っても店頭に並ぶことは少なく転売が横行しています。
中国で販売されている正規のPS5は定価が日本より高いうえに海外アカウント作成が不可(一応抜け道はある)のためDLCに制限があり、並行輸入品を買うのが半ば常識となっています。
誤解している人も多いですが日本のコンシューマー市場は国別では世界2位、EUをひとまとめで計算しても世界3位の大きさです。日本の購買力が低いというより北米が桁違いなのです。
しかしここ数年日本のSIEJAは権限が縮小され続け開発スタジオも解散しました。日本の数分の1しか市場規模のないイギリスでのPS5出荷が60万台もあり、意図的な日本軽視は明らかです。
性能的にライバルに当たるXbox Seriesとの競争を優先していて、Xbox Seriesが雑魚すぎる日本市場はほっといてもエエじゃろと判断されているという説もあります。
昨年末、PS5の週販が5千台を切ったと話題になりました。Switch発売直前のWiiUで2千〜5千台売れていたといえば少なさがわかるでしょうか? しかし次の週に記録を更新、販売台数は1133台でした。同じ週にSwitchは20万台を販売しています。
この数字は事実上の出荷停止で、売れた数は店舗の取り置きや流通の余りでしかありません。北米のブラックフライデーを優先したといわれていますが、よりによってハードの売れる年末に出荷停止したことで日本軽視が鮮明になりました。
ソフト販売不振でよくいわれるのが「今どきディスクとか買わない」との声です。PS5はディスクドライブ無しDL専用のPS5デジタルエディションもあり、実数が不明なDL版の売上が議論の的でした。
しかし最近、PSストアのDL版販売数は相当少ないのでは? と言われています。
PS5DE版本体を見たことのある人はいるでしょうか? DE版は週販100台前後の超希少種で、そもそも売れ行きを考慮に入れる必要のないレア機体です。
期間内にストアカード購入2万件達成で500円分をプレゼントというキャンペーンが最終総応募数19573件でまさかの不成立。
キャンペーン事務局の想定外だったらしく、期間終了後のサイトには『2万件達成!』の文字が表示されてしまったが後日取り消されました。
DL版の具体的な販売数は伏されているが推測できる材料はあります、PSストアとSwitchのe-shopのDLランキングと制作者の販売報告です。
PS・Switch・Steamなどのマルチ展開ソフトの場合、作者がTwitterで「どの機種が一番売れた」と報告することが多々あり、たいていSwitchがトップです。
PSストアで1位、e-shopで5位くらいのソフトでも「Switch版が大きく売れた」との報告が相次ぎ、PSストア1位って実はそんなに売れてないのでは? と疑問が持たれていました。
レトロアーケードゲームの移植シリーズであるアーケードアーカイブスで発売されたタイトーの功里金団(くりきんとん)がPSストアランキングで上位に入ってしまいました。
特にエポックメイキングでもないマイナーなレトロゲーですら発売日にはトップに躍り出るPSストアランキングはどんだけ過疎なんだと話題になりました。
CC2の松山洋氏が公演で、DL版の比率は「PSのタイトルだと70%を越えることもあります」と発言。ニュアンスとしては「DL版はこんなに売れるようになったよ!」と前向きな意味合いだが、この発言でパッケージの売上からDL版の最大値を予測できるようになる。
結果、パッケージ実売数が少なすぎるPS5ソフトはDLで数倍売れているというファンタジーが否定され、DL版を含めても微増でしかないという事実が確定しました。
PS5自体はスペックを考えれば大変コスパの良いゲーム機……になるはずでしたが、入手の困難を考えると微妙な立場になってしまいました。
そしてメーカーとしてもユーザーの少ないPS5に全ツッパするわけにもいかずPS4へのマルチが前提なのですが、そのせいで「PS5じゃなきゃ駄目」という空気がいつまでたっても形成されません。
「俺はPS5持ってるしめちゃくちゃDL版買ってんよ!」という貴方。自分では気がつかないでしょうが、貴方は日本のPSユーザーの上位数%に位置するエリートです。しかし、一部の精鋭の存在は大局になんら影響を与えないのも事実なのです。
現在の日本のPSはワンダースワンやドリームキャストレベルのプラットフォームです。なんとかするには本体を欲しい人がいつでも買える状況を作るしかありませんが、世界的な半導体不足の影響で見通しは良くありません。
どう考えても100万人のユーザーはいないPS5ですが、2月発売のエルデンリングの売上で現在の本体普及率が大体明らかになるかもしれませんね。
2割がチャラ男風オタク。2割がオタクじゃなかったのに染まった一般人。オタクに染まれなかった一般人のうち半分は退学いたしますですはい。
受験同期は「ソニーで偉くなってPS7辺りで俺が指揮を取る」「荷電粒子砲を搭載したロボットを作る」「カチャカチャターンで世界を制する」「コミュ障でも理系なら仕事があると聞いて」「メイドロボを嫁にしたい」「やっぱデジタルって業績いいんでしょ」みたいな感じでござるね。もちろん上から順に。
ぶっちゃけビビるぐらいオタクだらけで候。高校時代にクラスの上位5%に入るスーパーキモいオタクがここだと上位40%ぐらいの範囲に入り、未知の世界から来た未知のオタクがそのさらに上とはコレ以下に。さすがの拙者もヤバイオタクが多すぎて漫研とSF研は回避したほどゆえ。
なんだかんだオタクは遊びに飢えていますから成績は悪いのが多かったと思われ。成績上位は勉強という現実の中でオタクだらけの現実を逃避する矛盾回路を形成した一般人の者共なり。奴らが気まぐれにエロゲを欲しがった時に割れを流してやることでノートを借りて皆で写すこれ勝利の方程式なり。
先程述べたとおりにオタクに囲まれた世界を狂気と位置づけ勉強という現実に逃げ込んで正気を維持したガリ勉パンピーが成績上位常連なわけで、それがそのまま学校側に唆されて助教にまでなってしまうわけですな。そのまま気づいた頃には教授になって、死ぬまで幼児性に満ちたオタク共を二十歳超えてるやつしかない幼稚園で介護して一生を終える道を選ぶのですから人生とは恐ろしい恐ろしい。
教授のテンプレといえば無自覚アスペでごじゃりまして、こちらは説明するまでもなく一般社会への適応能力がマイナス200%2回生まれ変わっても魂の穢が酷すぎて社会適応100%負荷な確率が100%の超天然物スーパーアスペであるからして象牙の塔に骨を埋めるわけですな。世の中にはその職業の存在そのものが社会保障と言われる所謂公務員だの用務員だのと言った仕事がありまするがIQが過剰に高く社会に適当出来ないアルジャーノンを最高なベクトルで拗らせたような輩の墓場が教授という仕事なわけで。
残りは大体がアニメやゲームでなく物理学のオタクでして、クルマやでんちゃが大好きな人が多いのですよ。ブーブーの業界は最近ではプログラミングを売りつけて共同開発できるチャンスがバリバリ多いですしお金も持っていますので生き残りやすいのかも知れませぬ。鉄の者につきましても業界規模の大きさゆえに割と強いですな。はぇ^~ゲイは身を助けるんすねぇ~見とけよ見とけよ~。
えっ、イメージどおり?
こんなのオープンキャンパス行ったら分かる?
せ・や・な
誰でもできるもんじゃない、それはマッチョイズムに近いと言われたが、やはり誰でもできると思うからみんなもやってみてほしい。
まずは最終的に有りたい姿を設定する。
パワプロならサクセス終了時点でどんな基礎能力、特殊能力なのかを想像するのと同じ。
30歳時点で会計ファームに入って年収1,000万超えるくらいで結婚してて子供はいない。子供の誕生にあわせてタワマン購入することを検討してる、とか、35歳時点でFire達成後に自分の好きな沖縄に移住して本でも書いて暮らす、とかでもいいんだけど、できるだけ具体的に言語化するのをオススメする。この後の工程に効いてくる。
もちろん長期を考えるのは難しいなら、期間を短くすればいい。高校1年だったら、とりあえず東大に入って2年生時点で彼女がいて就活に取り組み始める段階とかでもいい。
次に、ゴールまでの過程においてキーとなるポイントで、どの程度のステータスで在るべきかを決める。
いきなりゴールは目指せないから、段階を区切るんだ。パワプロなら2年秋時点で球速は目標を達成してるとか、1年夏時点で甲子園で優勝しておくとか色々あるはず。
これを自分に適用すればいい。30歳でFire目指すなら新卒1年目で給与水準が高い会社に就職しておくとか、大学在学中に投資運用ナレッジを身につけておいて30歳までの道のり定量的に具体化できている状態に至っているとか、色々と設定できる。大事なことはやはりステップ。無理することはないから積み上げで行けばいいし、どの時点でどういう状態に在ればゴールにたどり着くのかがわからなければ、ナレッジ不足だから、「ゴールまでの道のりが具体化できている状態」がまずはじめのステップになるだろう。ここでも大切なことは具体的な言語化だ。
最後に、設定した次のポイントに至るには、いま時点で自分に足りない箇所全ての洗い出しと、リカバリに向けたプランニングを行う。
ホームラン打者を育成したいサクセスなら、1年夏に弾道を3、パワーDを目指しているとして、そのために必要な練習は何かをリスクとともに洗い出して、すべて勘案の上スケジュールに落とし込む。これを自分に適用する。
新卒で給料がいい会社に就職したいなら、そんな会社の要求してるスキルセットをインストールするために何が必要かを具体化。同じくリスク勘案の上スケジュールに落とす。東大に入りたいなら、受験で必要な教科を調べて傾向を把握。自分に足りないところを洗い出した上でいつまでにどの程度まで出来るようにするのかを具体化する。
あとは、やるだけ。 パワプロ5で言えば「男はデジタルじゃ!やるか、やらないか!」やるんだったら徹底的にやる。ダメそうなら計画を見直す。サクセスとは違って時限はそこまで厳しくない。これで大抵のゴールは達成できるはずだ。
一時所得説が強そうだけど、ある程度資金あったら、業としても成り立つ気もするし(倍々に賭けてくやつとか、必勝ではないけど)
勝ったり負けたり繰り返してても、毎日やってたら凄いことになりそうなのだが、なんで今まで大騒ぎになってないのだろうか
競馬の例で行くと、外れ馬券は経費にならないで納得は行かないが、まあそういうもんだなとは思うことはギリギリできる
3連単BOXで60点買って、80倍で8000円になったら7900円が利益なのはやっぱり納得いかないが
最近ではネットで馬券も舟券も車券も買えるから、毎週競馬やってる人は、一日1万ぐらいは払い戻しあるだろうし、結構な割合で50万だか70万超えてると思うのだけど、そこに税務署が突っ込まないのは面倒だからなのだろうか。
年で3兆とかのお金が動いてるから、人海戦術でがつっと調べまくれば凄く税金取れる気がするのだが
まあそんなことしたら公営ギャンブルが破綻しそうでもあるし、法改正とかの動きが出てくる気もする
で、まあ競馬はまだよいのだ。よくはないけど
基本現金でのやりとりだから、税務署もツッコミようがないのだろうけど、そのうちデジタル化されていく
これはお目こぼしいただいてるって考えてよいのだろうか。業界が強いからアンタッチャブルなのだろうか
パチンコとかパチスロってプロも居て、きちんと税金払ってる人は払ってるんだろうけど、競馬の例でいくと、当たりを引かなかった玉やメダルは経費にならない
四万突っ込んで四万返ってきても、経費的なのは4円とか20円になってしまう。トントンなのに、ほぼ4万に課税される
パチンコの大当たり以外の払い出しとかはさすがに記録できないので、やっぱり一日に使ったお金が経費になるんだろうか。それで許してくれるんだろうか?
一旦プラスになってから、最後に未練打ち(多分誤用)とかして、勝ちを減らしてしまった分とかは、交換後に行ってたら経費にならないんだろうか
気になることが多すぎるから、ギャンブルはせめて一日単位の収支でプラった分だけ課税とかに統一して欲しい
欲を言えば月単位、いや数年単位で損失繰り越せて、税率一律20%とかにして欲しい
競馬は公営だから税金先取りしてもいいと思う。銀行馬券が1倍切ったりするだろうから色々考えないと混乱するだろうけど
長々書いてしまったのは、今年オンラインカジノが調子よくて、スロットで何十万の当たりを数回引いたから
さすがに確定申告するレベルになったので、潔く税金を納めようとは思うのだが、
1回転毎に、負けた回転は無視、多少なりとも勝った回転は経費&利益計上方式でやるのは現実的ではないし、1日単位での収支にしても、追い金繰り返してる時には、最後の追い金だけが経費になるのか、1日分として足してもよいのかがわからない
厳密にいえば台を変えたり、休憩挟んだりしたらリセットされるのかどうかとか。オートプレイで100回転とかだと100回転毎が1セットになるのだろうか? とか
一か月勝ったり負けたり繰り返してただけで、数百万とか余裕で動くのがオンラインカジノのスロットだからどっちに転ぶかがめちゃくちゃ気になる
そもそもスロットなんて競馬とは違って1回転ごとに勝った負けたってゲームじゃなくて、確率の薄い大当たりを引くためにはそれなりの回転数を回さなければならないので、1日単位、せめて大当たり毎でのカウントになるって早いうちに判例出るなり(もうあったら教えて)法整備してほしい
希望は、一応国に認められてるパチンコとスロットも同じシステムだということだろうか
繰り返しになるが、この先、デジタル化が進んで、プレイ毎の記録とかも残せるようになるかもしれない。(っていうか残せる機種というかアプリと連携させられるのとっくにあるし)
そこで大当たりの1回転へ使った玉(メダル)以外は経費じゃないとなると、誰もパチンコ打たなくなる。
4万使って5万出て、1万勝っても、5万に20%課税されたら、とんとんになるのだから
パチンコ滅べって意見も多そうだけど、1パチ打ってるおじいちゃんおばあちゃんが可哀そうだ
あれかて、一時間に6000発ぐらい打てるらしいから、4時間打ったら、24,000発。つまり24000円使ってることになる。
スタートチャッカーだけでも20発に1発は払い出しがあったりするから、細かく考えると、当たらなくても、1時間で6000玉の1/20の300玉について3玉出てくるのだから、200玉勝ってることになる
大当たりを一切しなくても、課税対象になる50万に到達する時間を考えると、2500時間(計算してみたがよほどの中毒者じゃないと到達しなさそうなのでこれは考えなくてよかったみたいだ)
ただ定期的に大当たりして等倍返しがあるとすると(実際の還元率は約80~85%らしい。スロットの機械割のほうが美味しい)、
500000÷6000で、83時間だ(実際には還元率も考えないといけないし、多少引ける経費があるからそれよりは多くなるのだろうけど)
ってか、今だって、年間の勝ち(負けは差し引かない)が50万こえてる人なんてゴロゴロいるだろう
月に2万勝ちを2回するだけなんだから
久しぶりに頭使ってしまった
なんせ今年中にどうにか方向性をはっきりさせて欲しい
って書いて、パチスロどうなんだろう? って思ったらやっぱりちゃんと税金払ってる人は居て、負けた日の分が経費にならないだけでなんとかなってそうなので、そこまで心配することでもなかったかも
政府は学習履歴など個人の教育データについて、2025年ごろまでにデジタル化して一元化する仕組みを構築することになりました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220107/k10013419481000.html
昨年末に放送されたNHK紅白歌合戦の世帯視聴率が34.3%で、過去最低となったことを各スポーツ紙がセンセーショナルに報じている。
記事の内容や、記事に対するコメントを読んでみると、演歌歌手が同じ曲ばかり歌うから駄目だとか、紅組司会、白組司会を廃止したのが駄目だとか、
ほとんどは紅白歌合戦の出演者、司会者、番組の質に目を向けたもので、
録画環境の普及、動画配信の普及など、メディア環境の急速な変化に目を向けているものは少ないように思われる。
昨年NHK放送文化研究所が発表したデータによると、10代20代が「1日に15分以上テレビを見る」と答えた割合はおよそ半分で、
5年前と比較しても急激に「テレビ離れ」(地上波テレビ放送離れ)が起こっていることが示唆されている。
もはや「視聴率」という指標は、サブスク、ストリーミング時代におけるCDの売上と同じくらい意味のない指標になりつつある。
正確に言うと、意味はあるが、それを昭和時代と単純に比較したり、番組の質と紐付けることは誤りである。
バブル崩壊後も「良いものを作れば売れる」という神話で高機能化に邁進し、衰退した日本の家電業界のようだ。
日本のインターネットニュースサイトでは、デイリースポーツ、スポニチ、東スポなど、スポーツ新聞が大きな影響力を持っているが、
これらのメディアが新聞やテレビと同じオールドメディアであることを意識している人は少ないように思う。
昨今、日本のデジタル化の遅れが叫ばれているが、日本人に本当に足りないものはデジタル化ではなく
はてブをはじめSNSにネットニュース、YouTubeまであらゆるコンテンツや情報に時間と精神を蝕まれている。
見逃したくない気持ち(FOMO)や好奇心、または心の隙間がそうさせるのだろうけど、
あらゆる企業と個人が可処分時間とアテンションを取りに行く死にものぐるいの競争をしているので、
抗えないといえば抗えないのだろうけど、それにしても見事に振り回されていていて情けない。
取捨選択、節度ある付き合い方ができればいいのだけれど、なかなかうまくいかず、強迫観念と不安にかられている。
当然、友達も恋人もいないので、自分が死んだ後は何も残らないだろうし、それでせいせいすると思っている。
しかし、それと同時に自分が死んだ後に何も残らないというのはなんともつまらない話だなという矛盾した感情もある。
なので、おととしのコロナ禍という歴史的出来事もあったので、2020年からノートに日記を書く事にした。今の時代は紙に個人的記録を書く事がほぼないので、後世になってから今の時代の個人的記録はかなり希少な存在になるのではと思っている。だからノートに日記を書く事は後世の歴史家にとって多少は有難い事になるのではないか。(ブログなどのデジタル媒体はいつまでサービスが続くかわからないので)
ある種、自分の人生を献体として使われたらいいかなと考えている。よく死んだ後に自分の日記が見られるのが恥ずかしいとあるが、死んだら恥ずかしいと思う存在が無くなるのだから、あまり意味のない考えだと思ってる。
内容は自分の日記としての記録、印象に残った誰かが喋っていた事、Twitterなどのネットで気になった文章や画像、行った店や光景などの画像なんかを記載していったりしている。いずれ酒井伴四郎の日記みたいに歴史家や好事家の酒の肴にでもなればいいんじゃないだろうか。
そんなこんなで、2年ほど日記を書き続けているが、最大の関門が自分の死後どうやって第三者に引き渡すかだ。
東京に手帳類図書室という施設があるので、自分の終活間近に20年くらい公開禁止と伝えて(50年公開禁止と伝えて引き渡したりしてるみたい)譲渡するのが、現状一番理想ではあるが、この施設がそんな先まで存在しているかどうかはわからない。
まぁ将来的に契約したら自分の死後に色々と作業をしてくれるサービスが出来るのかもしれない。
なんにしても、自分が書いた日記がいつまで存在するかはわからない。明日ダメになるかもしれないし、10年後ダメになるかもしれないし、100年後にダメになるかもしれない。
100年後にまで残っていたら史料的にはけっこう面白いものになりそうだから、運よくその時まで残っていて欲しいものだ。仮に100年後に残っていたとしてもそもそも人類はいるのか、いたとしてもこんな史料を読み込むくらいにゆとりある社会なのかもわからんが。
製造業でもソフト産業でもいいんだけど、世界的にスケールする分野でトライ&エラーを繰り返せばいいけど、日本国内で競争しちゃってるんだよね。
これって日本で炎上しないのが食だけだってのがあると思うんだよね。
ヨウ生産を千葉が世界シェア24%あるから他の資源はないけど高付加価値化の後押ししなきゃとか、そういう話ないじゃん。
食以外だと、日本製品・サービスってもう叩いておもちゃにしていいって状態になっている。
もちろん次の開発につながればいいんだけど、そうはならんし。
食に関しては炎上させるのはNGなのか、地域性を確保するのが暗黙的に許されているのか、OKとなる。
デジタル化で小さい個人店舗でもApple Payなど全部対応しろとか、誰も乗らないようなところでもUber対応しろって言ってる人でも、食については地域性を認めている。
食が、地方で立ち上げていい感じだったら東京の物産展で展開して終わり。
いくら日本国土が南北に広くても、似たような農作物での勝負になる。