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2017-12-26

報道しない自由」は問題ではない

 昨今のマスコミ批判において、頻繁に取沙汰される問題の一つに「報道しない自由」がある。

 この語は「報道の自由」に引っかけた単語であるが、要するに「メディア自分たちの主義・主張にとって都合の悪いことは報道しない」というものである最近の例では、加計学園獣医学部新設をめぐる一連の報道の中で、マスメディア前川文部科学省事務次官国会発言ばかり取り上げ、加戸前愛媛県知事の発言はごく短い時間しか取り上げないか、あるいは存在すらしなかったかのように無視たことが問題視された。「放送法順守を求める視聴者の会」がテレビ報道の在り方について新聞意見広告を出した他、主に右派系のネットメディアでも頻繁に取り上げられていた。同様の批判安保法制共謀罪に関する報道でも行われた他、日常事象においても「犯罪報道において犯人報道関係者だったら追及が甘い」など、「報道しない自由」の事例は枚挙に暇がない。

 この問題に対しては「マスメディア自分たちの都合の悪いことを隠蔽せずに報道しろ」という旨の批判がなされることがあるが、私はそれは不可能だと思う。何故なら、媒体を問わず偏向しないメディアなど存在しないかである

 ある事象において報道がなされる際、メディアが割ける報道資源には限りがある。テレビであれば一つの番組の中で数十秒~数十分。特番を組んだとしてもせいぜい2時間程度だろう。新聞であれば紙面の数%~全面、マックスでも広告欄を除いた全ページであるイラク戦争開戦の際に、新聞がほぼ紙面の全てをイラク戦争に割いていたのは、非常に印象的であった。

 一方で、報道の元となる一次ソースは、膨大な量となる。行政機関が発行する資料では、少ない物でもA4で1枚、多い物なら数百枚にものぼる。これらの内容を、テレビ新聞で一字一句逃さず報道するのは不可能であろう。ネットであれば可能かもしれないが、そんなに大量の情報に全て目を通す人はそう多くはない。これが事件報道になれば、事件の経緯、加害者の背景、被害者の背景、関係者証言、その他諸々…「事件に関わる全ての情報」を挙げていけば、際限が無くなってしまう。

 そもそも全ての人が一次ソースを参照するのであれば、報道など不要である一次ソースかいつまんで分かりやす説明したり、内容を解説して理解やすくすることが、報道に求められることであろう。それがいわゆる「編集」と呼ばれる作業である

 そして、編集過程において、どう頑張っても排除される情報というのは生じるものである。その事象にあまり関係のない情報、専門的過ぎたり限定的過ぎたりするために掲載しない方が理解やすくなる情報などは、むしろ省いた方が視聴しやすくなる。また、編者の意見に会わない情報は、意識的無意識かに関わらず、省かれてしまうこともあるだろう。すなわち、一次ソースをそのまま掲載しない限り、テレビだろうが新聞だろうがネットだろうが偏向は必ず生じるものなのである掲示板書き込み編集した「まとめサイト」などはその典型例で、記事の主旨とは異なる書込みは省かれるし、管理人主義主張に反する書き込みも、もしかしたら排除されているかもしれない。いくらメディアが「公平公正」を標榜していたとしても、それを100%成し遂げることは、到底不可能なのである

 だから私は「報道しない自由自体は全てのメディアが持っているものだと思うし、それ自体批判することは的外れであると考えている。その批判は容易にブーメランになり得るからであるテレビにおいては放送法第4条を根拠公平性を求められるケースもあるが、放送法自体問題が山積みの法律であるため、早急な改正必要と言える(テレビ局人間が「倫理規範からセーフ!」とか言ってる時点で機能してない)。

 では、マスメディアの持つ本当の問題点とは何か。当たり前すぎて今更語るまでもないことかもしれないが、今一度整理したみたい。

単一方向メディアである

 ネットとの比較という意味で、最も顕著なのはこの点だろう。テレビ新聞などの既存メディアは、発信者と受信者が固定されており、受信者が発信者に対して同じ立場で発言することができない。テレビ総務省許可が無ければそもそも放送できないし、新聞なら発行すること自体は誰でも可能かもしれないが、一般人大手メディアと同じ量の情報を発信するのは、現実的ではない。

 一方でネット上は、基本的に誰でも平等に発言することができる。もちろん、発言の影響力は立場によって異なるが、例えばツイッター上で批判されたら同じくツイッター上で反論することも可能だし、ブログ意見に対して別のブログ自分で立ち上げて反論することも可能であるグーグルなどのポータルサイトやSNSの運営会社が強い影響力を持つことは否めないが、利用者はそれらのサービスが気に入らなければ、容易に他のサービスに切り替えられる。また、例えば国が法律によってネット上の情報発信規制したとしても、法の及ばない海外サーバーを利用することだってできる。ネット上には絶対的情報発信強者存在しないのだ。

 これは利用者にとって、単一方向メディアにはない大きな利点である。今までは情報発信マスメディアが独占していたが、現在では個人が自由に発信者になれるのである。その一方で憶測捏造に基づいた情報を発信すれば、簡単に批判を受けてしまうというリスクも負っている。これまで独占的な情報発信者としてその恩恵を最大限に受けて来た既存メディアにとっては、到底受け入れがたいことだろう。だが残念ながら、どんなに望んでも時代が遡ることはない。

情報談合日常的に行われている

 いわゆる「記者クラブ」に関しての問題点であるマスメディア記者ほとんどは業界団体で作る「記者クラブ」という組織に属している。記者クラブには、行政組織大企業記者会見に優先して参加でき、クラブに属さなフリーランス記者などはそもそも会見に参加すらできないことが多い。すなわち、日本ではマスメディアによって、ジャーナリストに対する言論弾圧が行われているのである

 また、記者クラブの中で、異なる報道機関記者同士が取材した内容を互いに確認し合っているという問題も指摘されている。取材メモの内容を他の記者と「答え合わせ」し、内容に漏れや間違いがないか確認しているという。これは関係者が著書などにおいて発言した内容であるため、事実か否かを確認する術を私は落ち合わせていないが、もし事実であるとすれば、報道機関としていかがなものかと思う。扱うのが情報だという点を除けば、他業種における「談合」と何ら変わりない。

 記者クラブ存在別にするとしても、報道内容が画一的であるという点は批判されるべきだろう。特にテレビ報道においてその傾向は顕著で、芸能人スキャンダル政治問題相撲界の不祥事、どの事象においても、全てのチャンネルにおいて、まるでコピーペーストのように同じ論調しか報じていない。ワイドショーだけならまだしも、ニュースにおいても同様である。そして、同業他社であるマスコミ各社の不祥事については、どの報道機関も一斉に口を閉ざすのである。これではマスコミ同士の相互チェックは全く機能せず、業界全体が腐敗してしまう。

 さらに、冒頭に挙げた前川氏にまつわる報道では、読売新聞が「前川氏が未成年が働いている出会い系バーに出入りしていた」ことを報じ、他のマスメディアから一斉に批判がなされた。全く意味不明である読売新聞報道の自由に基づいて報じただけであるし、元文科省役人が、任期中に児童買春を行っていた疑いがあるのだとすれば、報道すべき大問題であろう。マスメディア各社の中で前川氏に関する報道姿勢について合意がなされており、それを読売が「抜け駆け」したことに対して怒っているのであろうことは、想像に難くない。前川自身は(苦しい言い訳をしながらも)出会い系バーに出入りしたいたこ自体は認めており、読売報道内容は事実であった。事実報道たことに対して批判をするのであれば、日本のマスメディア各社は報道機関として終わっているとしか言いようがない。

情報品質が低い

 もはや誰がありがたがっているかよくわからない年中行事の一つとして、自由国民社という一出版社が数人の選考委員会を集めて勝手に決めている「新語・流行語大賞」というものがある。最近では野球業界以外では全く流行っていない言葉や、日本に対するヘイトスピーチに当たる言葉流行語として選び、物議を醸している同賞だが、先日発表された2017年流行語トップテンの中に「フェイクニュース」という言葉が選ばれた。その定義は、新語・流行語大賞ホームページ引用すれば、「ネット上でいかにもニュース然として流布される嘘やでっち上げ。」だそうだ。

 このように、マスメディアネット批判を行う際の常套手段として、「ネット上には嘘や質の低い情報が多く含まれている」という主張がある。「それに対して新聞テレビは、社内で十分に内容を確認検証しているから、正しい情報である」と言いたい訳であるが、ちゃんちゃらおかしいとしか言いようがない。

 ネット上の情報に嘘が多いというのは事実であるし、そんなことは普段ネットを利用している人であれば十分承知の上である。一部の情報弱者が、良く調べもせずにその情報鵜呑みにしたり、タイトルだけ見て記事の内容を読まずに早合点したりして、騙されている訳であるネットを使っていれば関連する情報をその場ですぐに参照することは容易だし、先述した通り間違った内容であれば他者が指摘することも容易である

 対して新聞テレビは、偏向捏造があっても、個人が指摘して正すことはできない。サンゴグリコアジトや、椿事件慰安婦問題などは、捏造が明るみに出たため、謝罪、訂正した例であるが、間違いを指摘されても訂正・謝罪していない例もいくらでも存在する。そもそも先に挙げた「フェイクニュース」という単語自体、元々トランプ大統領が言い出した言葉で、「テレビなどの既存メディア捏造」を指す言葉であるが、マスメディアはこれを「ネット発の捏造誤報」という意味に「捏造」しようとしているのである

 近年、「若者テレビ新聞離れ」を憂う声がメディアから上がっているが、若者に原因があるのではなく、自分たちに原因があることを理解しているのだろうか。メディアにとっての商品は「情報である。その商品品質が低ければ、顧客が離れるのは当たり前だ。提供する料理がマズい店は、客足が遠のくのと同じである。これまでは情報のもの大手メディアにより独占されていたが、現在ネットの出現によってその独占状態も瓦解してしまった。既存メディアいくらネット情報玉石混淆だ!」と叫んでも、石しか扱っていない既存メディアは一笑に付されて終わりである

 徒然と書き殴ってしまったが、ひとまずここまでにしたい。他にも、視聴者が直接の顧客ではないこととか、テレビ局国民資源である電波を独占していることとか、新聞社企業買収から守られていることとか、メディア自体権力化していることとか、いろいろと問題はあるが、ともかく「既存メディアネットよりも優れている」というのはまやかししかない。「ネット情報ばかりでは偏る」という意見もあるが、それはテレビ新聞でも同じことであるメディア媒体わず、一つの報道だけを鵜呑みにせずに、様々な情報を加味して判断すべきなのだ。要は個人のメディアリテラシー問題しかないのである

 また、単一メディア情報だけを信じてしまう人の特徴として、「自分判断することを放棄している」という点が挙げられる。そういう人ほど誤報捏造報道があった時に、「騙された!」と叫ぶのである。もちろん、捏造したり、ちゃんと確認をせずに報道したりするメディアは悪であり、糾弾されなければならない。しか本来は、何が事実で何が嘘かは、情報受け手個人個人が、自分責任において判断しなければならない。それができない人間が「情報弱者」と呼ばれるのである

 メディアはその媒体を問わずに「報道しない自由」を有している。だからこそ受け手偏向誤報捏造に踊らされないように、一人一人がメディアリテラシーを身に着けることが重要なのではないだろうか。

2017-12-18

概念としての女子高生に関する考察

この記事女子高生 Advent Calendar 2017 18日目の記事です。

ダブルチーズバーガーチキンマックナゲットコーラセット。ちらっとカロリー計算する。ちょっと気になるけどハンバーガーコーラで飲まなければならない。ウォンテッドリーフィードを流し見していると番号が呼ばれた。ちょっと重くなってるトレイコーラが滑り落ちないように水平を保ちながらそろそろと2階へ登る。平日の3時半、人はまばらでシンクパッドでエクセルを打っているスーツ姿のおっさんパーカーを着てアズールレーンしてる若者ぐらい。目の前が一面ガラス張りになってる細長いテーブルには誰もいない。一番奥に陣取る。すっとトレイを置きメイのリュックをひざの斜め前にあるはずの空間に向けて押し込む。ブレザーを脱いで背もたれにかけ、下ろしていた髪をゴムポニーテールに結ぶ。状況開始。ストローを包む紙袋の端をちぎり、ドュゴォォォと音を立てながらコーラにぶっ刺す。そっとくちびるを当てちゅるちゅると吸いながら糖分が脳にまわっていく感覚を楽しむ、大麻吸うときよりは全然弱いけどまあまあいい感じ。チキンマックナゲットを一つバーベキューソースにつけて食べる(ここはバーベキューソースだと決まっている)。ダブルチーズバーガーの包装を少しずつ引き剥がしていくと、パンチーズチーズピクルスケチャップパンの順に重なったパラレルな縞模様がのぞく。いざ口に運びパンチーズチーズピクルスケチャップパンが一斉に味覚に襲いかかられているとふと、ある問いが頭にポッと持ち上がった。

女子高生ってなんや女子高生ってなんや??とりあえず個ではなく概念としての女子高生について考える。≒制服とする説もあるが、制服あくま女子高生を際立たせ識別やすくするためのわかりやす符号であり概念本質ではないだろう。思うに女子高生はいわば中途の期間であり体は大人ではあるが心など諸々は子供である。この未完成矛盾している状態女子高生に心が体をもてあそばせ、体が心にいらだつという状況を強制している。過ぎ去った時代に対する哀愁の説もあるが現役女子高生としてこの点についての判断は控える。ざっと抽象化するとこのように捉えることができるであろう。

アメリカンライフスタイルことアメリカ型大量消費社会グローバル化象徴であるがゆえにたびたび店舗襲撃なども発生したマクドナルド画一的イメージに閉じ込められた形而上学的な女子高生が同時に語られることがあるのは皮肉とも言えるだろうがわたしマック商品のものフォーカスして語ったように女子高生においても概念から解脱し個々にその内面に着目していくべきなのではないか。そんなことを考えながら街を見下ろした。

2017-12-13

anond:20171213114511

国際的競争力問題日本で作ったものが売れなくなっている。他に客(富)を奪われている

社会複雑化問題画一的商品サービスでは売れず労働生産性が低下している

失われた1020年(人により定義様々)問題人口ピークのラストチャンス世代再生体制に入れなかった

とかかなぁ。問題しかないという感じだし、これ実は日本だけじゃなくて先進国みんなかかってる病よね

2017-12-07

デザイン学力学歴

自治体ホームページってどれも画一的と思うんだけど、

フォーム入力と出力に自治体担当者レベル垣間見えるというか、

具体的に言うと県庁では目的情報にたどり着けるしわかりやすいのに対して

市のホームページ検索性が悪い辿り着いてもレイアウトが悪くて全然ダメだったりする、

このページは役に立ちましたか?で速攻でいいえをクリックしてしまレベル

県庁ではそんなに困らされることはない

制作会社ではなくクライアントが悪いんだろうなって思う

学歴レベルは明らかに県庁>市なので、ホームページ可視化されてると実感する

2017-11-28

anond:20171128035654

Good Luck★」が超キモい

そして実感が伴ってないどこかの創作から持ってきたような文章キモい

人並みに付き合ったり振った振られただの取った取られただのやってれば、男女関係画一的な分け方ができないことは自明

グラデーションの濃さは人に依るし、それに伴う快楽も苦しみもまた万別

変な創作物ばかり楽しんでないで、生身の、血の通ったコミュニケーション経験した方がいいよ

2017-11-27

https://anond.hatelabo.jp/20171127112640

それもわかるなあ

ホイホイ聞いてたら舐められて今後より厳しく理不尽外圧をかけられて自主規制させられるかもしれないっていう危機感があるってことだよね?

でもそれにしても歩み寄りすらしようとしない考えを持ってる人が多い感じがするんだよなぁ

しかしたら自主規制反対の意見を持ってる人は「そんなに言うならお前がアイデア考えてこいよ」って思ってるのかもしれないけど、それはあんまりお互いのためにならない気がするからちゃんと自分でも考えたほうがいいと思う

まあ政治に関わっていない人間が具体的なアイデア考えたって実現されるわけじゃないけどさ…

自分はいきなり全撤廃だとハードランディングすぎるから、例えば上の方の段にだけ陳列するとかそういうのもいいんじゃないかなって思うんだけど、でも私は出版社人間じゃないし自主規制反対派でもないから、結局のところ意見を出すことしかできないんだよ

自主規制である以上それを採用するしないの決定権は出版社(おそらく規制を避けたい側)にあるわけで、そして出版社は購買層(おそらく規制を避けたい側)の顔色も伺っているんだと思うんだけど、「規制には全て反対です!」って対応だともしかしたらそのうち上から画一的規制をされてしまうのでは…?みたいな危機感ちょっとあるんだよね

から規制には全て反対です!」ってせずに、尚且つ面子を立たせるためには規制反対派が率先してアイデアを出したらいいんじゃないかなって思うんだけど、

なんかあんまりそういう流れではないっぽいよね

コンビニエロ本もそうなんだけどああいうのってどこかのライン自主規制しないといけないってのはあると思うんだけどどうなんだろう

自主規制きちんとできないと上から規制される可能性もあるし危ない

コンビニエロい表紙見るのなんて嫌だ!」っていう意見に対して「合法から…」って感じで対応し続けないでいるとエロ本表紙嫌派がもし仮に大勢いた場合政治かに関わってる人が動いて何らかの規制がされちゃうかもしれない

そういう上の人のやる規制ってめちゃくちゃ画一的で現状を考えて無い非現実的ものが多いイメージ偏見)だからそれされるよりは自主規制なりなんなりしたほうがいいと思うんだけど

そうしないっていうことはエロ本表紙嫌派は少ない(と少なくとも表紙を作っている人は思ってる)っていうことなのかな

実際ネット上で大騒ぎされている=大多数ってわけじゃないし、少数派がめちゃくちゃでかい声で騒ぐのもいつものことだしなぁ

自分は自ら行動を起こすことはないけど誰かが率先してなんか案を出してくれるならそれに乗りたいっていう消極的自主規制賛成派だけど

どっちかっていうとエロ本表紙をきっかけに他の一般的な場でのエロい絵も少なくなっていってくれないかなあって望んでる

うちの最寄りの駅からすぐ見えるところにエロい絵が壁一面に描いてあるパチンコ会社があるんだけどそれを駅使うたびに見るのがちょっとしんどい

そりゃ性器丸出しにしてるわけじゃないしセックスしてるわけじゃないし法的に問題はないんだろうけどパース無視するくらいにおっきく描かれた尻を突き出すポーズをしてる女性の絵を見せられるのはちょっと辛いし悲しい

こんな閑散とした住宅街でさあ……秋葉原とかなら気にしないよ多分、行ったことないけど

こういうこと言うと一部の女オタクからも親の敵のように叩かれるけど、必要なのはやっぱ自主規制(=ゾーニング住み分け)だと思うんだよなぁ

別にエロいものは見えない場所駆逐されるべき!って言ってるわけじゃないんだよ

ただ何の覚悟も決まってないときにいきなりエロいっぽい感じの絵を見せられるとびっくりするしなんか悲しくなっちゃうんだよなぁ

でもコンビニエロ本の表紙は現状から規制されたらきっと売上が落ちるんだろうし、悲しいからとかいう非資本主義感情を持った人間が一人いたって現状は変わらないことはわかってるんだけど

それがまた悲しいよなぁ

まあでもエロ本が無くなったからって近所のコンビニもっと行くようになるのかって言われたら違うし発言権無いのもわかってるんだよなぁ

から消極的自主規制派なんだけど

2017-11-22

イラスト価格破壊とかブーブー言ってるけど

調子乗りすぎ。付加価値がつけようもないのに高い値段払えってさすが頭イラストレータだね。

他のプログラマーとか家電とかの界隈はすでに通ってきた道じゃないの?

そもそもイラスト画一的付加価値なんてあるはずないんだからそりゃクライアントは安いほうに頼むでしょ。

それとも何か付加価値があるのかわからないけど。もしあるなら教えてほしい。

ないならそれって必然的に起こる値下がりを価格破壊とか言ってるだけ。

まあとりあえず、かわいいイラスト無料提供してるいらすとやはすごいと思うけど

2017-10-31

anond:20171031181150

ぶっちゃけ、そういうマニュアル作りは無駄

何が無駄かって、発達障害っていうのは個性が強くて、ADHDにはこのマニュアルアスペルガーにはこのマニュアル、なんていう風に画一的にできないから。

増田もそうみたいだけど、ADHDアスペルガーブレンドもいるし、そのブレンド具合が違うとまた対応も変わってくる。

福祉施設に通ったことのない発達障害の人は自分と同じ障害の人のことよく知らないみたいだからそういう発想になるんだろうけれど。

企業精神障害者を採りたがらないのも、管理が激ムズだということを知っているから。離職率も高いし。

福祉施設支援員さんのようなプロでも、精神障害者に接する時にすごく気を使ったりしているのに、一般企業管理職にそれを期待するのはだいぶ辛い。

ましてや発達障害者取扱いマニュアルとか作れるわけがない。

その手の人を採った企業は、どの道時間をかけてその人の「研究」を必要とされるんだよ。でも、時間をかけているうちに本人が精神的に潰れてしまうのも珍しくはない。

中には2日3日くらいで潰れてしまう人もいる。

自分自身にも精神障害ができてしまたことがきっかけで、その手の障害持ちの人たちと接する機会が増えたけど、知れば知るほど難しさを実感する有様だった。

そんな中である程度悟ったのは、自分はこういう障害からこういう配慮をしてほしい、と正確に言える人はまだ社会に馴染みやすいということ。

もうちょっと正確に言うと、自分はこういうことが苦手でそれを克服するためにこういう努力をしたい、それを助けてほしい、とちゃんと主張実行できる人は会社でやっていける。

でもコミュニケーション自体に難がある人だとこれが本当に難しい。そもそも自分自身をちゃんと見つめて研究していていないと、自分の得意不得意を把握するということができない。

何が言いたいのかわかんなくなってきたけど、魔法取説は作るのが不可能、という話と、それを会社の側に期待しないで、自己理解を深めて自分サバイバルする姿勢をとらないと結局やっていけない、この2点が言いたい気がする。

ダメ出しを散々して説得力ないけど、頑張れ。私も自分環境で頑張る。

2017-10-29

まともなディベートの姿

https://anond.hatelabo.jp/20171029085625

ひどいディベートの授業の体験増田があったので、ディベート経験のある自分解説してみる。

ディベート経験は5年くらい。大学から始めて、高校生指導ディベート甲子園運営全国大会出場などをしてきた。

論題を決める

何について討論するのかを決めなくてはいけない。

元増田にあった、「ルーズソックスに賛成か?反対か?」ではディベートしづらい。中高生では基本的政策ディベートというものを論題にする。

例えば、「日本は生徒のルーズソックスの着用を禁止すべきである

という、行うことがはっきりしており、肯定否定に分かれる事ができるテーマが望ましい。

また、現状で肯定側と否定側の意見が戦えるほど現状の価値観が偏っていない論題が望ましい。

もしルーズソックス校則禁止されてる場合は、この論題をすべきではない。

今までディベート甲子園で行われた論題はここにある

http://nade.jp/koshien/proposition

ゆるい論題だと、「ドラえもん未来に帰るべきである」「日本学校制服廃止すべきである」などがある。

肯定側と否定側に分かれる

これは大前提。1チームは2~4人。というのも、スピーチをする機会というのは試合を通して4回しかいからだ。

自分の考えとは関係なく、機械的に決めたほうがよい。また複数回行い、肯定側・否定側を両方経験することが望ましい。

ディベート甲子園では、試合当日に肯定側か否定側のどちらになるのかが決まり複数回試合をする。

準備する

ディベートをするには、立論というものを最低限準備する必要がある。これは討論の土台となるものである

肯定側は、論題を肯定する政策の中身と、それを行ったときに発生するメリット説明する。

否定側は、その政策から生じるデメリット説明する。

この立論がディベート試合の中で土台となり、試合の一番最初スピーチする。そこから討論を行っていく。

逆に立論中に述べられなかった論点は後から出してはいけない。出してしまっても審判は、その発言無効と判定する。

なので言いたいことはできるだけ立論にいれる。中学生なら4分、高校生なら6分にまとまるよう原稿を用意する。

メリット構成

メリットは、「現状分析」「発生過程」「重要性」の3つから構成される。

ルーズソックス論題で例を挙げて説明する。

現状分析では、主にルーズソックス規制されていない状況で起きている問題について説明する。

できるだけ問題が大きいことを主張する。例えば、ルーズソックスを履いていることで犯罪に巻き込まれやすい、と設定する。

この問題を具体的に説明できるよう、資料を集める。例えば、高校生犯罪巻き込まれる率、ルーズソックスを履いている高校生への印象調査、声をかけやすいと言った定性的資料など。

発生過程では、ルーズソックス規制したときに、この問題解決されることを立証する。

現状では、ルーズソックス履く→下校時にそのまま遊びに行く→声を声をかけられる→トラブルになる であるが、

プランを実行すると、規制されるとルーズを履いてくると怒られるので履かない→下校時に遊びに行くが、声をかけられる率が減る→トラブル減少

というルートを立証する。

重要性では、このメリットが発生したときに、それがどれだけインパクトがあるのかを示す。

青少年トラブル精神に悪い影響を与え、学業を疎かにさせる。それは国全体の産業競争力に大きく影響してくる。

できるだけ大きいほうが良いが、大きくするとそれだけ立証が甘くなるので注意。

デメリット構成

デメリットは、「現状分析」「発生過程」「深刻性」で構成される。

メリットほとんど同じだが、簡単説明する。

現状分析では、現状で特に問題が起きていないことを述べる。現状サイコーという訳である

週5日も校則され時間の大部分を占める学校生活でみんなルーズソックスを履いていきて、おしゃれとして、自己表現として楽しんでいる。

発生過程では、立てるデメリットが起こる過程を立証する。デメリットを「多様性の低下」としてみる。

ルーズソックス規制される→学校に履いてこれなくなる→時間の大部分を占める学校生活自己表現ができなくなる→画一的人格形成される

とか。演繹的に論理の矢印を作ったら、主張を補強する資料を集める。

ルーズソックスは私を表現するもの」と言っている資料だったり、服装の厳しい学校卒業生クリエイティブ職業に就く割合が低いみたいな資料を探す。

深刻性では、デメリットが発生した場合にどれほど深刻なのかを述べる。

画一的人格形成によって、クリエイティブ思考が苦手で国際競争力が低下するとかかな。あまりよい深刻性が思い付かないが。

試合の流れ

ここまで準備して始めて試合ができる。

各側の発言機会は4回。スピーチ担当者以外は話してはいけない。(準備時間を除く)

中学生なら以下のフォーマット試合が進行する。

肯定側立論 4分

否定側質疑 2分 (肯定側立論にわからないことを質問する。反論NG)

否定側立論 4分

肯定側質疑 2分

否定第一反駁 3分 (肯定側立論に反論する)

肯定第一反駁 3分 (否定側立論に反論する + 否定第一反駁の反論に再反論する)

否定側第二反駁 3分 (肯定第一反駁に再反論する +議論をまとめる)

肯定側第二反駁 3分 (否定側第二反駁に再反論する + 議論をまとめる)

反論について

基本的に立論で主張されたメリットデメリットを削り合う。

メリットの大きさは  発生確率×重要

デメリットの大きさは 発生確率×深刻性

判断される。なので、反論するポイントは、

①発生過程を削る

重要性(深刻性)を削る

のいづれかになる。

発生過程というのは、A→B→C→Dのようにつながっているものうち、一箇所でも切れば、例えばB→Cを完全に切ると、全く発生しなくなる。

完全に切るのは難しいので、B→Cの半分を削る、という反論の仕方になってくる。

例えば、メリット現状分析の、ルーズソックス履く→下校時にそのまま遊びに行く→声を声をかけられる→トラブルになる、だと

1. 規制なくても全員履いてるわけじゃないよね

2. 全員が下校途中に遊びに行かないよね

3. ルーズソックス履いてるからといって声かける人の割合がわからないよね

みたいな反論になってくる

重要性への反駁だと、

1. もう既に日本競争力落ち始めてるし、影響ないのでは?

みたいな反論になる

判定について

ここまでやれたとして、ジャッジができる人間がいないと教育としてのディベート価値はない。

議論をまとめて、メリットデメリット、どちらが大きいか判定して、勝敗をつける。

ジャッジは、すべてのミクロ議論について、どういう反論があったか説明し、最終的にどちらが優勢で、なぜその判定をしたのかを話す。

その結果、立論におけるメリットデメリットが何%削れたのかを定量的に示す。

先程出てきた

メリットの大きさは  発生確率×重要

デメリットの大きさは 発生確率×深刻性

を元に、紙に丸を書いて、メリットデメリットの大きさを書いて判定するやり方が取られている。

決して主観でなんとなく判断していいものではない。

ディベートジャッジは通常ディベート熟練者が行う。つまり有効ディベート経験者がいないとまともに成立しない。

ディベートを身につけるには

ディベートをやるときは、1つの論題に対して数ヶ月かけてリサーチ、立論作成試合を繰り返し、議論熟成させていく。

この過程で、反論ポイントの探し方、強固な論理的思考力、頭の回転速度、スピーチ聞き取り及びメモ方法を学んでいく。

ディベートで一人前になるには2年くらいかかると思っている。授業で1回やったとか、企業研修で1日とかでは決して身につかない。

ディベートを始めたい場合は?

中学校高校場合は、地域ディベート甲子園事務局に連絡を取ろう。

http://nade.jp/about/contact

それか近くにディベートサークルがある大学を探そう。指導に来てもらえるかも。

大学生社会人場合は、サークルに入ろう。探せば色々出てくるよ。

とにかく指導者が付いて、じっくりやらないと身につかない。

試合を見てみよう

とりあえずディベートがどのようなものか、一度見てみよう

中高生ディベート甲子園は夏の時期に毎年行われている

http://nade.jp/koshien/index

全国大会

11/11-12に全国ディベート連盟秋季全国大会がある。

http://japan-debate-association.org/contest

論題は「日本難民認定基準を大幅に緩和すべきである

想像を絶するスピード論理資料の殴り合いが見られて、初見ではほとんど理解できないだろう。

本当に理解して議論が成立しているのか、と思うだろう。

だがこういう世界があるということを知っておくのも良いだろう。

全国大会決勝のトランスクリプト(書き起こし)はこちらのページに置いてある。

http://japan-debate-association.org/contest/history

anond:20171029145207

サッカー野球といったスポーツ世界でも。将棋などの競技でも。芸能でも、そうだよね。

プロアマチュア以上の差がつくのが、この年代画一的教育は、難しいんだろうな。

2017-10-28

学校直ちに試験による学生画一的評価を辞めるべきである

まれつき茶髪であることは許されて、生まれつき頭が悪いことはなぜ許されないのか

2017-10-21

Robomastersは結構楽しめるな

ここがクソ

・やや不自然な流れのあるシナリオ

ロボコン競技ルールの縛りが強く画一的な機体が多くなりそう

・撃ち合いがペシッペシッでいまいち盛り上がらぬ

試合中にプレイヤー側を画面に映している間はフィールドで何が起こっているのかが分かりにくい

・このルールだと偵察用ドローンがあちこち飛び回る意味が薄くそこを主人公担当してどうなるのかと

ここがいい

理系オタク特有メガネ率の高さを再現してる

BB弾の撃ち合いは見かけにはショボいが機体には優しいので合理的ではある

・今の所リアルでないと言い切れる部分がなく比較現実的でありこういうジャンルの中では新鮮

電子工作機械工学知識を羅列するのではなく実際に動いてる機体やキャラクターにより物語構成しようとする間口の広い作品作り

ヒロインサークラっぽさがリアル

2017-10-18

がっこーのせんせーです2

朝の日記に予想外にコメントがついていて驚きました。

個人の雑感に反応していただいてありがとうございます

拝見していていくつか気になった事を。

高校の少人数化について

現在高校進学率は100パーセントに近い状況ですが、

正直なところ、教員からしてみても高校の授業内容は万人に必要ものではありません。

しろ中学レベルのことがしっかりできていれば社会に出ても困らないと思います

しかし、現状では中学レベルのこともままならないまま高校に進学し、

高校の内容などとてもついていけないという状況が、下位校といわず中堅校でもままあります

個人的には中学留年制度を設けて、中卒認定統一試験を設ける方が

学力向上には効果的だと思っており、高校大学の進学率も今の半分でいいと思います

そうすれば、高校大学はおのずと淘汰され、そこに投下される予算

高校の少人数化や高等教育無償化などに回すことができるでしょう。

また、中卒で働くことが一般化すれば、労働力不足の解消にも寄与すると思います

ただ、そうなっていくと、戦前旧制高校のような超エリート養成コース

義務教育修了コースの間で格差が生じるので、その点、給与体系などに一考の余地があります

教員待遇について

冗談だとは思いますが一応(苦笑

修学旅行は言い方が悪いですが最も憂鬱行事の一つです。

もちろん、生徒たちにとっては最大の行事ですが、

それだけに教員の緊張感は並々ならぬものがあります

昨今はホテルの予約合戦も熾烈で、生徒の入学時には動き出さないと間に合いません。

業者見積もりをとり、行程を精査し、事前学習の準備だけでも重い負担です。

また、現地に行くにも教員の集合時間は早いので自腹で駅や空港に前泊することもあります

いざ現地に行けば、生徒の体調不良や負傷、他校や現地の方とのトラブルに神経をすり減らします。

私の学校の生徒は聞きわけが良くて手がかからない方ですが、

現地で他校の先生方を見ると大変苦労されているご様子です。

また、以前は夜の飲酒くらいは認められていたようですが、昨今は深夜の体調不良対応などもあり、

飲酒禁止です。24時間体制での勤務が4日、5日続いて本当に辛いです(苦笑

昔の感覚ですと楽そうな仕事ですが、昨今は一般企業出張よりも厳しいでしょう。

また、給与に関してですが、基本的残業代は発生しません。

休日の出勤には手当が出ることもありますが、1日勤務して2~3000円程度です。

以前、私よりも給与の高い管理職冗談半分で時給換算したら1カ月平均が時給300円ということもありました(苦笑

>授業の動画

これは簡単なことではありません。

最難関校から指導困難校まで同じ教科書を使っていても指導内容はまったく異なります

また、同じ学校の中でも習熟度が必要なくらい授業内容は異なってきます

そうなると、授業動画10段階や20段階の世界では無く相当細分化して制作する必要があります

例えば私は社会科教員ですが、私大志望者と国立志望者では授業内容を大幅に変えています

また、年度によって生徒のレベルにも差があるので、その都度、レベルを調整したり、

映像教材や演習、雑談比率まで変えてカリキュラムを組みます

それから指導要領が大幅に変わることは頻繁では無いですが、

教科書記述は思っている以上にコロコロ変わります

そうなってくると教科書会社統一動画と言うのはかなり非現実的になってきます

蛇足ですが教科書会社というのは大手でも本当に少人数でやっていますし、

執筆している大学教授の方はあくま研究者なので授業がうまいというわけではありません(苦笑

このあたりを踏まえると実現は難しいかもしれません。

また、これは現代日本ではあまり考えられませんが、

時の政権意向で全国の学校の授業内容をすべて統制できるというのは極めて危険です。

右でも左でも偏った考え方の授業が全国で画一的に行われるとしたらそれは民主主義国家の根幹にかかわると思います

長くなりましたがご意見を拝見した上で私見を述べさせていただきました。

もし、ご不明な点や指摘事項がございましたら是非拝見して、今後の仕事に生かしていきたいと思っております

長文失礼いたしました。

2017-09-23

https://anond.hatelabo.jp/20170923160723

レスありがとう

 

どちらかというと上手く言った際に、如何にその時点の従業員を納得させるかという問題

もう一つは、初期にやってもらう際の納得感

感情論が入ってくるから、たしか証券化すればいいという話でもないな

 

自分は信頼感・納得感を求めるときにはルールとか数字にして欲しいタイプだが

人によって納得する理由は違うわけで

そうなると画一的対応より、相手やチームによって柔軟な対応をする必要があるわけだな

何て手間なw

 

そこら辺の立ち上げ時のカオスコントロールの話

例えば創業メンバー同士の株の比率とかは調べると出てくるけど、

もっと広く、協力してもらった仲間に対しどうアプローチするべきかってのはあまりググっても出てこないな

酷い例は山ほど見つかるんだけど

2017-09-21

教育って、国なんかに任せるべきなの?

教育無償化しろ、とか、義務教育を拡充しろ、とか、、

そういう話をする人が沢山いるけど、素朴な疑問、教育って国なんかに任せるべきなの???

国に任せて、国に統制されるにまかせて、お役所が決めたことを教え込まれて……

それって危険なことだよね。

国の教育って、なんだかんだいっても効率が悪いし、いろんな意味で失敗してるよね。

教育内容にも無理があるし、

子供たちの多様性に大して画一的すぎるし、

からといって要求を全部押し込んでいって、、、先生たちの生活も破たんしてる。

学校だけじゃ足りないからと、塾にいくのが当たり前になってしまってる。

失敗してると分かってても、そこから離れることができない。一方的税金をとられて、国が教えてやると言ってダメ教育押し付ける。

どこを見ても、とってもおかしな話だよね。

本来なら、私たち自分教育を選べるべきだし、ダメな話があったらそれを避ける権利があるべきだよね。

文科省予算なんて廃止して、その分は納税者に返すべきだよね。

いじめられていてもその学校にいなければならないなんてのは変だし、

いじめ放置してる学校経営が成り立つなんてのも不思議だよね。

それもこれも、国が教育を独占しているから起きる話だよね。

教育って、本当に国に任せるべきなの?

違うくない!?

2017-09-19

anond:20170919161405

構わないっつうか、大企業の支社が一番でかい顔してて、地元企業はでかくなれば東京進出して全国区になって、って構図がある以上、地方が向かう先は東京コピー以外ないんだよね、望む望まないに関わらず

ロンドンコピー上海コピーリオデジャネイロコピーをその県だけで目指せるならともかく、そんなの無理だからねー

地方地方の魅力があるのは確かだけど、テレビ雑誌も全国画一的流行りの情報を流すわけで、地方民は東京同じもの自分の街でも買いたいと思っているもの

いい悪いの話じゃなく、日本が全体的にこのまま没落していかないためには、東京の持続的な発展に加えて、地方東京劣化コピー化は必須

2017-09-10

https://anond.hatelabo.jp/20170910134931

感情移入」といっても

「その女性に成り代わったかのように想像する」わけじゃなく、

傍らからその女性の心情を強く想像する、という感じだと思う。

で、そういう女性視点を強く想像する見方

NTRに限らず男性向けエロ話に対する割と普遍的な読み方だと思うのだけど、

これは別に女性立場になることを望んでいるということではない。

例えばエロではないけど、『カイジ』に出てくる

有名なビール焼き鳥のくだりが分かりやすい。

強制労働施設からいち早く出ないと命も縮めると悟ったカイジは、

受け取る金を貯金していくことを決意するが、

班長の甘言もあり結局ビール焼き鳥に散財してしまうというエピソード

脱出のために貯金するという強い決意が揺らいでいけばいくほど、

強制労働の疲労や質素食事による飢えの強さが想像され、

決意を反故にして食べた焼き鳥ビールのうまさもまた想像される。

これってエロマンガとかで女性が堕ちる話と類似構造なのだけど、

カイジの心情や食事のうまさを強く想像しながら読んだとしても、

それはカイジ立場に成り代わって読んでいるとか

カイジ立場になりたいということではない。

それと同じように、

女性側の心情を強く想像するという意味で「感情移入した」読み方をしても、

それは自分がその視点に立ちたいとかその役割をしたいということではない。

じゃあ何で想像する対象が男でなく女なのかというと、

男の性的興奮や性的快感

自身にとってよく分かっている上に不満足なものから

(強い性的興奮はピー前後のごく短い期間しか持続しない上に

ピークのあと急速に収まってしまう)

一方、女性の性欲関連のことは、男性から見ると、

ブラックボックスで不可解で多種多様に見える。

男性場合は興奮対象が多様なだけで、

興奮に至るプロセス画一的な感じがあるけど、

女性場合性的感覚欲求の強弱から指される範囲まで

個人差が大きいのか不可解な感じがある(男性から見ると)。

ブラックボックスで多様に見えるからこそ、強い性的な興奮や快感女性側にたくして

その強さを読み手想像させるように書く、というのが男性向けエロ典型手法で、

それを「女側に感情移入」でまとめてしまうと何かズレている感じがする。

2017-08-13

本屋ダサい、潰れても困らねぇ。

POPEYEの特集読んだ。「本屋がなくなるとこまる」的なやつ。

確かに潰れて困る本屋しか載ってなかった。

でも潰れそうな本屋ってあんなイケ感満載の、カルチャーでございみたいなやつじゃないじゃん。

もっと商店街の片隅にギリギリ存在してて、いつ入荷したかわかんないようなワンピースの途中の巻が日焼けて棚に刺さってる、みたいなやつじゃん?

「売れてる本しか並んでない、画一的書店が増えた」みたいなことを言う文化人いるけど、

それ以前の、透明な出口にすらなれない小売をバカにしてるような書店むっちゃあるよ。

2017-07-28

制限に複製できないようなものユーザーのことを考えていない

その都合の良い屁理屈音楽を壊してしまった。

(壊れてないとか言うやつは近年の音楽に注がれる様々なリソーススケールダウンを把握してない。スタジオは軒並み潰れて技術レベルは低下し人的リソース金銭リソースも激減、まったく儲からない世界に嫌気がさして才能が枯渇し新人発掘もままならずデビューするのはその先に“芸能人”になって地方営業で小銭を稼ぐようになる素養のある人間のみ、純粋音楽家バイト暮らしゲームアニメに嫌でも関わらないと生きていけない、ライブで物販が売れない音楽家には存在価値がないも同義多様性の失われた画一的BGM製造業界になってしまった現状を本当に望んでいたのか)

じゃあ映画界はゲーム界はユーザーのことを考えてないのか?DVDの複製を私的複製とは別の角度で封じている映画ゲーム界はユーザーのことを考えていないのか?

ユーザーのことを考えるというのは何も日常的な利便性の部分だけに拠るものではない。いかにしてその先の投資を見据え利益を確保し次の製作に生かすかまでを考えなくてはならない。毎日シャンパンを開ける為ではなく、次の作品、次の才能に最高級の技術を投入するために利益必要なんだ。それが文化を富でブーストするために築かれた効率的システムだった。より広い多様性を確保しつつ、より高い技術を注ぎこまれた高級な文化を目指すために先人たちが作り上げたシステムだった。

それが、自分製作もしない第三者オサレIT企業にぶち壊されてしまった。

おまえらマジコンはボロクソに叩くくせになんでiPodOKなんだ。マジコンが消えたのはゲームDVD利益を確保するために禁じている部分を無視しているからだ。それは当然の対策だろう。そこをガードしないと業界死ぬのは明らかだからだ。もちろん私的複製権というもの存在するが、それを重視するあまり製作のためにかけた投資無駄になるような構造が許される訳がない。

そのマジコンはボロクソに叩くクセにiPodに関しては手放しで喜んでいる姿が納得が行かない。マジコンiPodの違いは複製する際にその時点で違法操作が含まれていたか否かというだけだ。メディアに鍵がかかっていたかどうか、それをリッピングの際に解除する必要があるかどうかそれだけだ。ゲーム映画たまたまメディアに鍵をかけていたから無事だった。(とは言っても今でも常に複製とは闘ってはいるだろうが。映画館でみるあのダサいCMでも毎回流せば一定の効果はあるだろうしその努力をしている)

ほぼすべてのユーザーが法的な事など何も知らず結局はただただ「自分が得をできればよい」という理由iPod賞賛する。

かに音楽はその部分の対策が遅すぎた。法的に複製に制限をかけるための行動が遅すぎた。だからといって他人ビジネスをぶち壊しにするような夢のマシン(笑)を本当に作って売り始めるとは思っていなかったのだろう。どう考えても、それまでCDというメディアを“印刷”する事で成り立っていたビジネスの中では、こんなにデタラメ無限コピー可能デバイスが世に出回ったらすべてが壊れることくらい賢明人間ならすぐ気づくことだ。そして、アップルもそれを分かっていながら、しか自分の腹は痛まないのをいいことに詭弁詭弁を重ねて売り上げそしてのし上がった。

俺が気にくわないのはそのアップル詭弁っぷりだ。「音楽のために」などとうそぶいてすべての音楽家を騙し、その利便性の先には破滅しかないのを知った上で覚せい剤を売りさばく売人さながら、世の中に「便利は正義」という恐ろしい価値観を植え付けた。そのドラッグハイ音楽に留まらず、様々なコンテンツ無限に複製しデタラメ享受できて当たり前という価値観を世に定着させてしまった。複製を制限するとユーザーの事を考えない傍若無人なクソ企業であるなどという極めて愚かな意識が世に広く浸透してしまった。

文化は富によってブーストされる。

本当にユーザーのことを考えていないのは誰なのか。本当にこんな世界を望んでいたのかm

2017-06-20

未来チャレンジ内閣

最大のチャレンジとして働き方改革が挙げられ

1ヶ月後には電通過労死認定書類送検

春にはヤマトの昼食休憩確保、インターバル導入

今度は

みんなにチャンス!

画一的な発想にとらわれない人づくり革命

保守派総理革命を唱えるとは

から待ち遠しい

2017-06-16

精神障害者就労継続必要もの

私は統合失調症を患う精神3級の手帳持ち障害者だ。就労移行支援施設という障害者向けの就職支援してくれるところに2年ほど通って無事就職が決まり、今はなんの因果障害者指導する立場に立っている。

私が障害者就職支援してくれる施設に通って見聞きした話や、障害者指導する立場に立って思ったことを、精神障害者就労継続にピントを合わせて書こうと思う。

2018年には法定雇用率に精神障害者が算定されるようになることもあり、精神障害者就労についての社会の関心は高いと思われる。

実際、精神障害者就職数はここ数年右肩上がりだ。一方で、精神障害者職場定着率は他の障害者よりも低いと言われている。最近の詳しい統計が公開されているのをみたことはないが、2008年度という古いデータだと一年以上の定着率は約40%。6割近くが一年以内に辞めている。 http://www.nivr.jeed.or.jp/download/houkoku/houkoku117_summary.pdf

この精神障害者がなかなか職場に定着できない理由であるが、障害者本人も雇用側も共に精神障害のことをわかっていないのが一番大きな理由だと考えている。そのためにミスマッチが起こりやすいのだ。

企業側としては、障害制御できるものだと考えている。もう少し正直にいうと、制御できない障害人間は雇わない。

身体障害者は彼らの障害物理的なものであるために物理的に制御できる。知的障害者についても、彼らの特性はある程度型にはまっているし、彼らは幼い頃から支援機関につながりその特性が長い目で観察されているので具体的な配慮点が見えやすい。

そしてそれと同じように、精神障害者に対しても「合理的配慮」をするのが企業義務として課せられる法律が決まった。

だが、これは政策の失敗になるだろうと予想している。何故ならば、精神障害はその特性に型がないからだ。同じ病名であってもひとりひとり症状や対処法が違う。

もちろん病名をつけている医者から見れば、型が見えるのだろう。だが、それは大量の精神病患者と向き合う精神科医からこそできることだ。

私や多くの人のように、機会があって巡り合うことになった限られた精神病患者と、社会的個人的に付き合う人間にとっては、彼ら(というか私も含めて)はひとりひとり全く違った病態を持っているように見える。

私自身も統合失調症だと診断されているが、この病気も陽性期と陰性期では全く違った症状を見せる。陽性期だけをとってみても、妄想が出る人、幻聴が出る人、その両方が出る人といったように症状が違う(私は幻聴タイプだ)。

から精神科医以外の素人にとって、精神障害者に対して「この病名はこういう症状だからこう接するべき」みたいなものは見えないのが実情だと思う。患者個人を深く知れば知るほど、彼らが病名の型にはまった存在ではないということが分かってくる。

から企業身体障害者知的障害者と同じように、精神障害者にもこの病名の人はこういう障害からこうした配慮をすればいい、という合理的かも知れないが画一的配慮をしようとしても、失敗すると予想する。

では、どうやれば精神障害者を受け入れられるのか?そのためにはまず、障害者本人と、雇用する側と、そして精神障害者支援者の三者が絶対必要だと考える。

何故支援者必要なのか?それは、精神障害者自己認識についての難しい問題があるからだ。

身体障害者自分特性問題なく理解している。知的障害者には支援者が必ずいて、その人が本人の特性理解している。では、精神障害者は?精神障害者はその障害精神にある以上、自分障害特性客観的判断することが非常に難しい。私もこれができなかった。なので、支援者客観的自分障害特性を把握してもらう必要がある。それが職場へのマッチング就職後の雇用する側の対応策などに非常に効いてくるのだ。

こちらの資料 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/iken_koukankai/dai7/siryou2.pdf の16ページにあるように、支援者がいる場合精神障害者一年定着率は65.1%にまで跳ね上がる。

そしてこの支援者雇用する側には、精神障害者には病名による決まった型はなく、ひとりひとり特性が違い、それぞれに別個の配慮をする必要がある、という認識がなければならない。

自分精神障害を抱えているにもかかわらず、私自身この現実に気がつくまで時間がかかった。

なので、精神障害者雇用をする側には、例えば統合失調症の方を受け入れよう、というような姿勢ではなく、〇〇さんを受け入れよう、という姿勢を取っていただきたい。

それは非常にコストのかかる話だとは思う。けれども、精神障害者に働いてもらうつもりで雇用するのなら、そちらの方が長い目で見ると良いだろうとかなり確信を持って言える。

次に精神障害を持っている本人やその家族には、客観的障害特性を把握してくれる第三者支援者を持って欲しい。

プロ支援者は本人が気づかない障害特性にも気づいてくれる。そうした第三者いるかどうかで、雇う側も本人への対応のしやすさが非常に大きく変わる。雇う側も第三者相談することができるからだ。精神障害者本人と雇用側だけの二者しかいない関係はいろいろミスマッチが起こりやすい。本当に。

そして行政の方にも、精神障害者への配慮画一的にする方向の動きではなく、ひとりひとりに焦点を当てた雇用ができるようにする仕組みを作ってもらいたい。

精神障害者長期間就労継続やす社会を作るためにはこれらの動きが絶対必要だと思う。

2017-06-08

本当に日本が嫌いだわ

https://lineblog.me/mogikenichiro/archives/8340387.html

茂木さんが弁解がましくいろいろ書いてあるが、別に弁解なんてする必要はないだろう。

そもそも新卒一括採用なんて、世界日本くらいにしかない。

どこの国でも、採用面接にはパリッとした服装で望むだろうけど、日本の「リクルートスーツ」は画一的すぎる。

茂木さんのツィートを批判するツィート群を見て本当に暗い気分になった。

ああ、日本というのは本当にそういう国なんだな、と。

空気を読んで自分意志とか関係なく行動をいくらでも曲げられる人たちのあつまりなんだな、って。

本当に日本を出て行きたい気分になるよ。

私は日本まれ日本育ちだが、だからといって日本好きとは限らない。

どこの国でも一定割合自国と合わない人たちがいるんじゃないかと思う。

私はまさにそういう人間の一人だ。

2017-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20170522193139

画一的にでも強制しないと、法の穴を抜けてくる奴がいるから。

ソープだって設定上は「お風呂屋さんで若い娘と一目で恋に落ちて、お礼の気持ちお金を払ってるだけ」だから

ブラック企業だって「うちの社員はやりたくてサービス残業してくれてる」と言い訳されたら終わりだから

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