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2021-01-31

(一部修正)社会学者のすべてがおかしいわけじゃないって、それおかし

社会学者界隈が炎上している。

真面目に研究している人にとっては迷惑なことだと思う。

こんな状況で社会学研究しているのはつらいという気持ちはよく分かる。

思うが、同時に、それは社会学自業自得だとも言える。

だって、偽物が跳梁跋扈している現状は今に始まったことじゃない。

1990年から学問としてはボロボロだったわけでしょ?

それから20年経って、状況は改善たかと言ったら全くしてない。

2018年には、ナチスのわが闘争をもじったりしたバカ論文フェミニズム論文誌に送ったら7本も通ったって第2ソーカル事件が起きて、何一つ状況は改善してなかった。

それら状況をきちんと学問界隈として総括したかと言えば、何もしてない。

偽物は社会運動に耽溺し、アカデミズム看板社会運動うつつを抜かし、何一つ学問としての堕落改善されていない。

学問でございって顔して、なんの根拠もなく世界中他人悪人扱いしている学者集団がほかにいるか

こんなに素人バカにされてて、ネット素人に誰からも分かる形で論破されてる学問が他にあるか?

学問としてのソースを出せずに、根拠を問われて「私の気持ち」なんていう学問が他にあるのかよ。

積もりに積もった疑念があらゆる界隈から向けられてる。こういうときに「我々の社会学には純然たる研究に裏打ちされたがあり、こういう理由で我々の理論は正しいのだ」といえない時点で、学問としては敗北で、「まともな学者もいるんだって」なんていいわけみっともねえと思わねえのかな?

だって、そう言ってる人たちも、「偽物ばっかりの世界だ」って認めてるわけでしょ?

そレは偽物の研究で、俺たちの理論こそ本物だって駆逐たか? してねえだろ。

偽物の糞活動家みたいな学者連中と戦ってないでしょ。

全力で戦えよ。そのためならいくらでもエンパワーメントしてやるよ。

でも、そんな戦いすらせずに、「俺だけは別です」みたいな顔してるんじゃねえよ。

野放しにし続けてるだろ。学者としてのキャリアを賭けて戦いを挑めよ。

親の借銭背負うみたいな話で大変だと思うが、それでも戦えよ。偽物ばかりの世界真実で切り込まないで何が学者だよ。

とりあえず、「自分は正しい。自分たちは間違えてない」と思うのなら偽物に戦いを挑めよ。

とても状況を見るに、偽物と全力でぶつかってるとは思えない。

偽物ばかりの世界で、偽物が嘘をばらまいてるなら、その嘘と戦え。

医学感染症学会も、偽物のトンデモ医師が出てきたら戦ってる。社会学キャリアを賭けて戦え。

それが学者としての使命だろ。社会学者が信頼されてないということは偽物の跳梁跋扈を食い止められてないってことだ。

から戦え。

それが学者としての使命だろ。

2021-01-10

anond:20210109182629

いくつか内容の理解に役立ちそうな情報メモしておきます

1.そもそも日本医療提供赤字(=税金の投入)で成り立っている

https://toyokeizai.net/articles/-/208345?page=2

高齢化の進む先進国はどこでもそうじゃないか、と思われるかもしれませんが、そもそも健康保険というものが何のために存在するか(=国民による相互扶助)を考えると、税金をこれだけ投入しないと成り立たないというのはどこかオカシイ考える人が出てきても不思議ではありませんし、

実際高齢者への年金医療提供を多少減らしてでも、大学若者世代公的資金を投入すべきという考え方はありうると思います

https://kaz-ataka.hatenablog.com/entry/20180526/1527308271

また、例外的アメリカでは医療への公的資金投入は非常に少ないです。オバマケアそこをなんとかしようという政策自分理解していましたが。。。。

2.日本病院の数は世界一だが、病院当たりの医者の数は少なく、7割が民間(非公立)の病院である

ソースは上と同じ記事

前提として、医療機関は患者自分のところで対処できなくなると、より高次の医療機関へ搬送するという仕組みになっています

この、「高次の医療機関」とは、専門医設備がそろっていて、的確で集中的な治療ができる大病院日本場合、多くは公立病院になります

そして、公立病院は規模が大きく提供できる医療も高度ですが、絶対数が少ないのです。

まり、新型コロナウィルス感染重症になってしまうと、そもそもあてにできる病院は限られている、というのが正しい理解でしょう。

そして、その限られた「高度な医療機関」は、当然他の重病者(今すぐ治療しないと命にかかわる患者)も使いたいのです。

この部分の病院ヤバい、というのが、現状の都市圏における医療崩壊に対する正確な認識なのではと思います

軽中等症だけみて重症になったら大病院に送れば良いんだけど、大病院コロナ診療崩壊している首都圏重症になってもすぐにとってくれない可能性が高い。

元増田のこの記述は正確に現状をとらえているのではと思います

3.公立病院予算削減、病床削減の重圧を受け続けている

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72890

もともと厚生労働省(&財務省)は、1.に記した通り赤字医療体制を、なんとか変えたいと思っています

これが「地域医療構想」と呼ばれる改革プランで、小さい病院をつぶして集約したり、慢性期の病床を減らしましょう、というものです。

ただ、このターゲットになっているのは公立病院です。(民間病院には、国や都道府県は指示できない)

上記した通り公立病院こそがコロナ治療の要になっている現状に対して逆行しています

厚生労働省(&財務省)は、今後、公立病院を中心とした病床削減の政策は見直さざるを得ないでしょう。

この記事では保健所の弱体化にも触れており、まさに日本のやってきた医療政策が今回のコロナ禍で完全に裏目に出ていることが示されています

4.新型コロナ感染した患者治療必要な、ICU感染症病床は削減されている

ソース上記と同じ。

この記事では、どのような属性病院で削減されているのかまでは記述はありませんが、上記したような「高度な医療提供できる公立病院」の病床が削減されていることは想像に難くないでしょう。

5.民間病院には国や都道府県命令することはできないし、コロナ患者の受け入れも拒否できる。コロナ患者を受け入れないのが病院にとって合理的判断

https://news.yahoo.co.jp/articles/83dcfd661ebcd0b9b4fdbaa73401c41c9d818808

民間病院に対する指揮命令を、国や都道府県から行うことはできません。というか、できるという根拠となる法律がない、というのが正しい理解でしょうか。

緊急事態宣言があれば、指揮命令ができる、という特措法の解釈もありえますし、実際小池知事をはじめとした各知事の行動はそれも目的の一つだったのでは?と思います

 しかし、夏場に感染者が少ない段階でそのあたりを準備していなかったのは知事側も国側も同じで、Gotoなんぞにうつつを抜かしていた、という誹りは避けられないのではとおもいます

また、医師法にて、1・2類感染症(今回のコロナウィルス感染症)は、受け入れを拒否できるとされています

当然、コロナ患者を受け入れれば経営悪化するし、スタッフ院内感染するかもしれませんし、受け入れたくないというのが多くの病院経営者の本音でしょうね。

そんなのひどすぎる! とおっしゃる方、永寿総合病院院内感染が発生したとき、何をしている!と思いませんでしたか? コロナ患者を受け入れた病院看護士ボーナスが0になったのを見て、あんまりだ!と思いませんでしたか

当然、病院経営側もそんな事態を避けたいと思っています。だから、受け入れない。合理的判断だと思います

もちろん、善意からとか、医療者としての義務から、受け入れを行っている病院も多いでしょう。

ただし、それらの病院では効果的・効率的治療はできません。なぜなら、2.に書いた通り、各病院でそのような患者を診ることができる医師絶対数が少なく、設備も限られているからです。よって、最終的には高度医療機関へ搬送せざるを得ません。

再度引用になりますが、

軽中等症だけみて重症になったら大病院に送れば良いんだけど、大病院コロナ診療崩壊している首都圏重症になってもすぐにとってくれない可能性が高い。

治療もできない・送り先もない重症患者なんか診たい病院はない(私も嫌だ)。

からコロナ診療に参加する医療法人経営病院は少ないと思う。

結果として、元増田の書いたような事態になります

まり、、、、、、、

医療崩壊しそうだから医療提供体制をいまからどうこうするなんて(日本政府には)無理無理の無理なので、みなさん行動変容をよろしくお願いします。

じゃないと本当にアメリカみたいになるよ。

2020-12-20

ココロのスキマお埋めします

空いた時間に、お気に入りVTuber配信してればとりあえず開いて音を流しておく。ほかにやる事はあるんだけどな・・部屋掃除するとか。積ん読を消化するとか。バーチャル美少女うつつを抜かしている、そんなことやってる場合じゃないんだけどな・・・

手癖のように。手持ち無沙汰をなんとかするあためにハンドスピナーを回すような。

口寂しさを埋めるため、おしゃぶりをする、タバコを吸う、ガムを噛むみたいな。

何か足りないものを、埋め合わせするような。無意識

VTuberとか、マンガ映画を見るといった、他人の魅力的な人生を見てたり応援したりすることにリソースを使いすぎて、自分人生をやっていないことが多い。

a.k.a. 違う言い方をすると、自分人生と向き合うことから逃避するために他人人生観測したり応援したりしているのではないか?(自爆

コードギアスじゃないけど「カラッポだった僕の部屋に光がさした」

いや、自分で光れ。自発しろよ。って話なんだよな

2020-12-12

今度生まれ変わったら掛け時計時報付きに

インターネットに何時間うつつを抜かさないように

2020-12-06

Kに呪われている

夏目漱石こころ』のネタバレを含む。

最近自己肯定感を高めるメソッドなどを読んで自分の中で意識改革があったのだけれど人間は「ダメでもいい」のだ。

ダメでもいい」のだけれど「ダメでもいい」と思えるようになるのがわたしには難しかった。

そんな考え方になってしまったのは高校生とき国語教科書に載っていた、夏目漱石の『こころ』の登場人物Kの影響が大きい。

Kの生家は寺で、修行僧のようなストイックさを持ち勉学に励む青年だ。恋愛うつつを抜かして真面目な話に取り合わない「私」に対して「精神的に向上心のないもの馬鹿だ」と一刀両断する。

わたしはこの「精神的に向上心のないもの馬鹿だ」に非常に感銘を受けてしまった。

精神的に向上心を持たなければいけない。自分に至らぬところがあれば努力しなければならない。決して現状に満足してはいけない。そして努力の見られない他人を見下すようになってしまった。

(余談だが他人disることで自分より下がいると思い込みたいのか、自己肯定感の低い人ほど他人に対して攻撃的になってしまうらしい)

自己肯定感の低い人間がそれらの行動をとるとどうなるのかというと、結果としてわたし自己否定ループに陥ってしまった。

こうあらねばならないという理想けが高く努力を続けるが、結果を残せず「もっと頑張らねば」という感情けが残る。次第に「こんなに頑張っているのに結果を残せない自分とは……」「いつまで頑張らなければならないのか」「頑張っても結果を残せない自分精神的に向上心のない馬鹿だ」と思うようになった。自己肯定できない負のループだ。

自己肯定感を高めるメソッドに「小さな目標を立ててそれを達成し続けている」というものがある。だがそれは間違いだと思う。

間違いというより、成功体験を積み重ねることで自信がつくというのは理にかなっているが、高い自己肯定感というものは「ありのままのどんな自分でも肯定できる」ことだ。自信がある=自己肯定感が高いというのも間違いではないのだが、どんなに失敗しても、結果を残せなくても「それも自分だ。それも良い」と思えることこそが自己肯定感の高さなのだと思う。

最終的に「精神的に向上心のないもの馬鹿だ」の大ブーメランを受けて自死してしまうKの末路には目を伏せて、この言葉信仰していたわたしにはどうしてもダメ自分肯定することが難しかった。ダメ自分を受け入れているのは「精神的に向上心がない」。完全にKに呪われていた。

だが人間は「ダメでもいい」らしい。自分こころを守るために、失敗を重ねた自分を罰して傷つけないように「ダメでもいい」ことを受け入れられるよう考えてみた。「このままでもいい」と言い換えてもいいのかもしれない。今まで向上心をなくさないよう気を張りすぎていたのか、現状を肯定するよう努力してみたら、すとんと心が軽くなった。自己肯定感が低い人間は少しくらい図太く生きてみるのもいいことなのだろう。

身の丈にあった幸せや、すぐそばにある大切なものを慈しむことも自己肯定感を高めるために必要なのかもしれない。「ダメでもいい」とこころで唱えながら今日もKの呪いと戦っていく。

2020-12-01

オバマパウエルが貧しい黒人から努力成功したのを見ていると自分が責められているようで不快だ、ってさぁ、

パウエルは元国防長官パウエルさんのこと)

それって根本的になんか考え方が間違ってないか

その上、オバマ貧困層を助けようとしてくれるのが不快だ、って貧困層人達が叫ぶのは何か筋違いだと思うんだが

それって単なるコンプレックスなのではないか

障害者施設大量殺傷事件植松法廷でも被害者の遺族が、

あなたからコンプレックスをすごく感じるのですが、それが動機ではないのですか?

と言ってたのに頷くしかないというか、

植松座間白石も、あと京アニの青葉も、奇しくも同じ様にコンプレックスを感じる

いわゆる、「こじらせた」感じが凄いする

植松からは、図工教師父親漫画家母親との確執を感じる

法廷漫画を描いているのも、「俺の絵上手いでしょw」という拗らせたワナビーのような感じが凄いする

絵が上手かろうが能力があろうが、社会的評価がなければ意味がないというか、

どんなに絵が上手かろうが、無職フラフラしている人であれば社会的な風当たりは強い、それは当然だろう

自分能力が高いから許される、みたいな選民意識さえ感じる

しかし、一方では自分でもそれはみっともないことであり、社会的にも逆効果評価されるとはどこかで分かっているようにも見える

その自分の中の理想自分現実との落差に憤る、そりゃ当然だろう、理想が高すぎるから

あれは何なのだろうか

白石日産リーフの給電コネクトなどを開発した主要開発者の父にコンプレックスがあるのか、

それとも父親にも何か問題があるのか、そもそも母親と妹という女性陣だけ家を出てるというのも不可解だが、

白石父親へのコンプレックスを拗らせているのは確かだろう

植松白石共通しているのは、冗舌に話しているところに親の話をすると急に不機嫌になる、キレるというのがあると思う

そういう点で二人は似てさえいる気がする

なんか時代みたいなものでもあるのだろうか

青葉は父親へは家に金も入れずに女にうつつを抜かし自殺して逃げてしまったのだから恨んでしかいないだろうが、

青葉がコンプレックスを持っているのは、小説家として成功している人達というか、

自分のそういった人生のハンデを派手な功績で覆したいという欲が見え隠れする

もちろん、毒親だの育児放棄だの、そういった点で被害者と考えられなくないことも世の中多々あるわけだが、

そういう理不尽を飲み込めない、というのは、

どこかに社会は公平でなければならない、という奢りや錯覚があるとか、

正解がなければならない、正解があるはずだ、という傲慢さがある気がする。

宗教的には神という絶対的存在を置くことで、そういった理不尽を飲み込み、正解は神しか知らないのだから気にしない、

という考え方で心を安定させ、日々の生活を優先させることを考えるものである

しかし、宗教をやらなくても構わないが、心の中になんらかの芯がない人達理不尽脆弱なのではないだろうか

学校勉強には正解がある

でも、プログラミングだっていくつもの書き方がある

明らかに無駄な書き方もあるし、Aという環境では高速に動作するが、Bという環境では遅くなる、その逆もある、

みたいに解は複数あるし、どれが正解かというのもとき場合によるのである

そもそもコンピュータ場合は他にもプロセスがいくつも動いており、それぞれがリソースを奪い合っている

同じプログラムでも実行したタイミングによってパフォーマンスは異なる

それをゲームとかなら、どれだけフレームレートを一定にするかとかそういう話にもなってくる

正解はない

から模索し続けるしかない

2020-11-28

我慢の3連休」やら「我慢の3週間」やら

政治家先生は「アベガー」やら「桜ガー」ってどんちゃん騒ぎにうつつを抜かしてちっとも我慢してこなかったかもしれないが、一般国民はずーーっと我慢を強いられているんやで

2020-11-07

ゆるキャン△大垣城の思い出と堺屋太一世界観団塊の世代

 ドラマゆるキャン△2期の制作が決定したので、記念に大垣城の思い出を書く。ドラマ版の大垣があまりにもアニメ大垣そのままだったことに感動して、大垣関係するものを何かしてみようと思い、大垣観光しようと大垣城へ行った。今年の3月のことだった。

 岐阜県大垣市のJR大垣から歩いて10分で大垣城に到着した。当時は児童・生徒の入場はコロナ禍により制限されていたが、そうでない私は特に問題なく入場できた。大垣城関ヶ原古戦場に近く、最上階の天守閣から西の方を眺めると、南北山地で囲まれ関ヶ原琵琶湖方面への通り道のように見える。もちろん大垣城内の展示では関ヶ原の戦いを売りにしており、戦いの様子を表現したジオラマの展示、当時用いられていた当世具足の展示、武器を手に取って体験できるコーナー、ビデオコーナーがあった。

 私がその中でも気に入ったのはビデオコーナーであった。入口の立て札には「SEKIGAHARA」というタイトル劇画調の石田三成徳川家康の精悍な顔が描かれており、「関ヶ原の戦いはただの権力争いではなく、後世の武士価値観を決定するイデオロギー闘争であった」みたいな感じ(注:正確な文章は忘れた)の煽り文が異彩を放っていた。中を見ると、公立図書館の様な一人再生用の視聴ブースが5つほどあり、映像は全部で2時間説明文にあった。大垣城以外にも「奥の細道むすびの地記念館」など市内をいくつか観光するつもりだったので、10分ほど軽く見るつもりでヘッドホンを装着してDVD再生ボタンを押した。結論から言うととても面白くて、1時間ほど見てもまだ続きが見たかったけど、泣く泣く中断したほどだった。

 私は高校日本史を履修しておらず大河ドラマの類も見たことが無く、石田三成を見ても「誰だっけ?」と思ったほどである関ヶ原の戦いは豊臣と徳川の争いであるとは漠然とは知っていたが、関ヶ原の戦いの時には豊臣秀吉がすでに故人だったことも知らなかった。そんな私でもDVDに夢中になった。

 映像豊臣秀吉の死から始まる。秀吉を豊臣財閥筆頭株主社長に例えて、五大老秀吉にM&Aで吸収合併された競合他社の社長としていた。五大老は自社の株式の全てを秀吉に売り、代わりに秀吉会社から株式を譲り受けて豊臣財閥取締役になったという設定である五奉行執行役員部長秀吉生え抜き社員だという。それぞれの大名石高数は、豊臣財閥の持ち株数で表していた。

 秀吉の跡を息子秀頼が継いだもの未成年で実権がないので、成人するまでは取締役である五大老が秀頼を補佐するようにというのが秀吉遺言である遺言に反して株式保有第二位副社長徳川家康クーデターを企て、それを社長室長企画部長石田三成が阻止するというのが「SEKIGAHARA」の大きな流れだ。250万石もの大資本を持つ取締役副社長家康に対して、わずか18万石の部長に過ぎない三成がどのように対抗するのか。この会社組織で例えた設定がナレーションや図表でわかりやす解説されたので、歴史に詳しくない私でも現代ドラマを見るように楽しむことができた。

 時間がなかったので飛ばしながら見たが、それでも全部見終わることはできなかった。この「SEKIGAHARA」は「原作堺屋太一」とあったので、帰宅後に原作を読んで関ヶ原の戦いを調べることにした。原作小説の「大いなる企て」でも、五大老五奉行会社組織で例えており秀吉の死から物語が始まる。しかし、映像版と原作小説ではストーリー構成が大きく異なっていた。映像版では秀吉の死後に関ヶ原の戦いが始まり合戦の様子を三成と家康のそれぞれの視点で描くのがメインであった。それに対して上下構成になっている原作小説では、朝鮮出兵の和平交渉撤退に三成が中間管理職として苦労する描写に長尺が割かれている。朝鮮出兵から帰還した大名に対して三成が秀吉葬儀を取り仕切り、それがようやく一段落いたころには上巻が終わるという具合だった。関ヶ原の戦いはいつ始まるんだと思っていたが、残念ながら原作小説関ヶ原の戦いが始まる前に完結してしまう。

 原作小説は私の期待に反して関ヶ原の戦いは描かれなかったけれども面白かった。それにしても、原作では三成が中間管理職として苦労する地味なサラリーマン小説であるのに対して、映像ではドラマのようなエンタメに仕上がっているのはどういうことだろうか。気になって原作者を調べてみたが、堺屋太一がただの小説家ではないことが分かった。

 堺屋太一は元通産省官僚であり、大きな業績として大阪万博企画立案に携わったことがある。通産省を退官後は、小説家・博覧会プロデュースドラマなどテレビ番組プロデュース大臣学者政治運動マルチ活躍しており、どれをとっても大きな功績といえるだろう。「SEKIGAHARA」のプロデュース堺屋太一活動の一つだ。「SEKIGAHARA」では単に原作ストーリーをなぞることにこだわらず、大垣城の展示作品としても、エンタメとしても楽しめる物を意識してプロデュースしてきたことだろう。

 堺屋太一を知らない人でも、「団塊の世代」という言葉は知っているだろう。「団塊の世代」は元々堺屋太一小説タイトルで、当時「戦後っ子」と呼ばれた戦後まれ世代が、将来社会でどのような役割を担わされるのかを予想した近未来小説である。この小説も私は最近読了したので感想を述べてみる。

 1970年代中頃に連載した当作は80年代90年代バブル景気とその崩壊予測できなかったものの、団塊世代出世頭打ちになること、無駄役職者が高い人ばかりになり組織ピラミッドが歪になること、人余りの団塊世代関連企業へ出向されるなど、年功序列型の賃金上昇や終身雇用が維持できなくなる現在予測している。

 団塊世代は今でこそ巨悪と描かれることが多い。昨今話題になったドラマ半沢直樹もその一つだ。ドラマでは銀行マン無双というタイトルが似つかわしいほどの勧善懲悪痛快劇であるが、原作小説では「オレたちバブル入行組」のタイトルの通り、バブル世代である半沢直樹らが団塊世代復讐をする世代対立物語である。ただ、原作でも世代対立の色合いは作品を経る毎に薄くなり、三作目で「ロスジェネの逆襲」というタイトルで半沢らより下のロスジェネ世代人物を多く登場させながら、ロスジェネ世代バブル世代や団世代に逆襲をするというわけでもなくタイトルに反して半沢直樹無双となっている。四作目ではとうとう世代対立関係なく、その時話題になっていたJAL再生タスクフォース民主党事業仕分けネタにして半沢直樹無双をやるだけになってしまった。ドラマ2期で過剰な演技や顔芸ばかりが取りざたされることに批判もあるが、原作もこの様なものである

 閑話休題しかし、「団塊の世代」を連載した1970年代中頃では、団塊世代はまだ二十代の若造である。その頃から戦後っ子が老害へと変貌する未来予測したのは流石としかいえない。「団塊の世代」の4話では1999年舞台になっており作中では、団塊世代既得権益をむさぼりレジャーうつつを抜かして経済技術の発展を妨げた、と批判がなされている。大阪万博など一大レジャーを築いた堺屋太一自らがこのように評するのは痛快にして皮肉でもある。

 ちなみに、堺屋太一1935年まれ2019年に故人となっている。多くの業績を残したすごい人を亡くなって1年も経ってから私が知ることになるとは何て残念なことだろうと思ったが、それで堺屋太一小説面白さが色あせることもないので今も読んでいる。

 ゆるキャン△ドラマ2期決定を機に大垣城の思い出を述べてきたが、関係ない話が長くなってしまったので、この辺で筆を折ることにする。

2020-09-13

デジャヴがひどい

フラッシュバックに近いのかわからないけど、なんか夢うつつに見たことが土日3回くらい起きててそのたびにしんどい気持ちになっている

はてブテレビを見ていてデジャヴを感じる

寝た方がいいのだろうけど、これから最近休み気味のネトゲの定期イベントがあるから休みづらい

2020-08-30

[]登場・未登場人物

楠永玉秀(くすながたまひで):元居戸家家臣。ある意味主人公武威戦国トリックスター武威ノ本中の忍びから監視されている。

小鯨白姫(こくじらはくき):おほHoIおほHoIと外交をになう昇国の惣領兵科は槍折人。

馬場阿茶局(ばばあちゃのつぼね):昇国家老。居戸家家臣団の乳母役。

桜桃みやこ(おうとうみやこ):居戸家家臣。いつも三百人役(石高一万あたり兵三百を動員)で領民に優しい。

虫愛軽路(むしめづけいじ):居戸家家臣。釣り野伏の囮役が得意。

古田三目(ふるたさんもく):居戸家家臣。佩用する臑当てが左右で異なる。

鈴木神楽(すずきかぐら):居戸家家臣。トリガーハッピー鉄砲大将

地弥呼(ちみこ):幌生家足軽大将。東南の風を吹かせる。春画絵芝居を嗜む。

澪生狼(みぶろ):幌生家足軽大将トリックスターを楠永玉秀と争う。

凹田米国衛門(へこだこめくにえもん):幌生家足軽大将。兎耳形兜を着用する。

カルロス・某(かるろす):南蛮商人。楠永玉秀の乱後、幌生家の御用商人に収まる。

犬縣某(いぬあがた):楠永の家来。一説によれば一門衆とも。

愛宕縁(あたごえにし):最初戦国大名人外自称する。

蟐娥光圀(じょうがみつくに):為力家の副将軍二名の同僚を伴って諸国を漫遊する安国寺恵瓊武威ノ本における外交僧のこと)。飢饉に備え、領民雑草の食べ方を知らしめる。

深紅龍(しんくりゅう):元居戸家家臣。楠永と共に出奔したが、その後は距離を置いている。

蘇祝媛(そのほぎひめ):昇国組下大名。怪力の小兵。

留守麗(るすれい):幌生家足軽大将合戦時、床机の横に打つためのかまぼこ板を置くことから、板武将と呼ばれる。家中を強力に掌握している。

義原鰭(よしはらひれ):為力家の郎党。その胴間声は敵味方を震撼させる。

松杉衿(まつすぎえり):為力家奉公衆。火計を得意とする。

舞農庫(まいのうこ):為力家一領具足。火計を受けるのが得意。

天使香取(あまつかかとり):為力家陰陽師。「遅参つかまつった!」が口癖。

縷々美大(るるよしひろ):為力家先手大将。酒を注いだ盃に蜘蛛が落ちてきた際、鬼にその盃を干させた逸話を有する。

野良猫(のらねこ):為力家家猫。

用語

酸茶(すいティー):荘園などから兵に徴発させた兵糧のこと

 以前、馬場阿茶局を居戸家の家老と書き申したが間違いにて候🙇

楠永玉秀の謀略

https://anond.hatelabo.jp/20200823175138

株兎の屈辱

https://anond.hatelabo.jp/20200825185224

赤備えロンダリングゆめうつつ

https://anond.hatelabo.jp/20200830143411

この増田フィクションです。実在仮想人物団体などとは一切関係ありません。

[]赤備えロンダリングゆめうつつ

 武威ノ本の戦において軍勢の姿、備えは大事だ。最も大事と主張する者さえいる。

 ゆえに同じ備えを用いることで軍勢の強さすら引き継げると考える家が出てくる。これは近年の幌生家四天王や為力家の稲ヶ嶺五行衆のようなユニット化によって、個々の評価底上げする手法の延長線と言えなくもない。

 一方、最初に備えを用いた元祖こそが本物であり、それ以外は評価に値しないとする日ノ本戦甲斐国民のような原理主義者もいた。

 備えを受け継ぐ人物がその備えにふさわしい器量をもっていれば、しっかと強い軍勢を育てられるはずという意見もある。だが、それほどの人物ならば最初から新しい備えで軍勢を育てても成果を挙げられるのではないか

 もちろん、備えを整えるための賄いは莫大なものであり、善し悪しの議論一筋縄ではない。

 実例では、かつて家臣の国士無双により強盛を誇ったM家にて、お家騒動により家臣全員が出奔、その備えを新参の家臣が受け継いだものの精細を欠いた事例がある。

 あるいは最初戦国大名と言われる愛宕縁の備えを同時に四人が用いることで戦力を高い方に引っ張ろうとして逆さまの結果に陥ったこともあった。

 また、宝槍家が備えの正統使用者の座を数十人に競わせた催しは、分散して育んだ力を一点に集めていこうとした逆方向の試みと言える。

 かように備えの継承は難しいのだが、戦術レベル一時的に備えを交換する作戦は概して効果的であり、討ち取られる兵も多い。

 特に為力家の蟐娥光圀が行った備え替えは大規模なものとして音に聞こえている。

 備えは引き継いでいないながら、小鯨白姫の流れを汲みつつユニットの力も発揮した居戸家の十二星将こそが、この手で一番の成功例だったのかもしれない。


 なお、血縁者が備えを引き継げば話が変わってくるとも考えられるが、そこまで月日を経ると軍事技術更新されて備えを引き継ぐ意味も失われる可能性がある。

楠永玉秀の謀略

https://anond.hatelabo.jp/20200823175138

株兎の屈辱

https://anond.hatelabo.jp/20200825185224

この増田フィクションです。実在仮想人物団体などとは一切関係ありません。

2020-08-25

グレイト・バウム

 "揃いバウム" の噂を聞きつけた私はアメリカアリゾナ砂漠に飛んだ。揃わないバウムの幻影に惑わされながらいくつかの星の歌を聞き、昼はサボテンの花を汗に濡れた指でなぞった。バイオスフィアの跡地を蜃気楼の中で追いかけると、ナバホの居留地にたどり着いた。

 酋長はいった。その昔二つの対となったバウムが接触したことにより世界誕生した。南洋諸島に伝わる石器の硬貨はバウムの姿を形象化した力そのものだと。私は酋長にバウムの行方を聞いた。しか酋長は首を縦に振らなかった。

「遠い友人よ、あなたは今や文明人だ。どうして我々があなたを信じられようか」

 そこから私は臆病なサソリの友人を持つにいたり、彼に星々と共に語りかける様になった。どうすれば酋長は心をひらいてくれるだろうと私が打ち明けると、サソリは決まって恥ずかしがって去ってしまう。空の砂粒が眩しすぎるのだろう。たしかにここにいれば科学文明は遠く彼方に沈んだアトランティス記憶のように思えてしまものだ。

 酋長は数週間後に重たい口を開いた。ホピメサ(ホピの遺跡)にはグレイト・スピリッツ創造主から伝えられたバウムの手がかりがある。

 私はその言葉を頼りに再びサボテンの花挨拶するため、砂漠へと踏み込んだ。優しい生地に縫い込まれ裁縫のようなブリトルブッシュを抜け、どこから迷い込んだのかわからない動物の骨が転がる場所へと迷い込んだ。予め調べた砂漠光景とは違うように思える。酋長は出かける際にサボテン精霊で作られた粉を渡す、と述べた。それの効能なのだろうか。私の目の前にあの時より遥かに大きなサソリが現れ、声もなく背を向けた。サソリはまるで自分についてくることを期待しているように見える。

 私はサソリの導くままに再び歩き出した。砂漠に珍しく空は曇り始め、光ない雷鳴がサボテンたちを揺らす風を呼んだ。不思議と恐怖はなかった。もしかして私はすでに砂漠で倒れていて、別の世界にゆこうとしているのかも知れない。目の前はモノクロームで覆われ、美しいカワセミけが鮮やかな青色を輝かせながらゆったりと横切ってゆく。

遠くのサボテンの花が一斉に開花し始めた。花の色とカワセミけが眼に焼き付いて月の暈のように滲んだ。花の行列が私の横を通り過ぎてすっかり道を抜ける頃、雲間から啓示を思わせる光が射し込み始めた。ホピの信奉するオリオンが重大な真実を指し示しているかのように思える。事実それは目の前にあった。

 巨大なピラミッドが三つ、広大な距離をおいて存在している。その一つの正面にある最も巨大なピラミッド入り口を見せた。瞬間、入り口は大きく拡大してせり出してくる。私は入り口に飲み込まれるようにして中に入り、意識だけになった私の体はピラミッド通路を矢のように突き進んでいた。砂袋の宝物をひっくり返した、星空に映える流星群のようにだ。そうしてほんの数秒のち私は小さく厳かな石室へと導かれた。

 石室には光り輝く二つのリングが佇んでいた。リングはいくつもの層によって形成されており、この宇宙の成り立ちを示しているように見えた。私はこの出会い最中に悟った。これが "揃いバウム" だ。そうして、しかしと言うべきか、必然的にと言うべきなのか、私の中にある悪心が顔をのぞかせた。あらゆる神話の悪はこうして語り継がれたのかも知れない。左右台座の寸分たがわぬ位置に配置されたバウムを動かしたい、という強烈な衝動が私のみぞおちから喉元までさかのぼってくる。いけない、これは今の世界を滅ぼしかねないものなのだ。私は念じるようにつぶやこうとしたが、ついに唇は動かなかった。そして指先だと自分が思い込んでいるなにかの存在――霊体というべきか――がそれに触れると、二つのバウムはつなぎ合わされた。

 その瞬間石室の壁は光り輝いた。いや、石室が光でかき消された。ピラミッドは流砂に巻かれた動物のように消滅し、大地は底を失い、星空は渦を描き始めた。すべての星々がぶつかり合い、やがて全ては圧縮されて潰され、黒くなってゆく。その巨大な重さを持った黒い塊は爆発して私の体が消えるような熱量放出し始めた。黒いおもりにすべてが吹き飛ばされると、今度は急速に冷えた全体からいくつかの皿のようなものが見え始める。様々な皿の中には数多くの星々が連なり、やがて一つの岩石星へと私は吸い込まれた。

 この星は嵐の夜を通り過ぎて、真っ黒で揺らめくものを蓄えた。それが海だと知るのにそれほど時間はかからなかった。小さな数珠のようなものから進化し、大量にそれらが増えたかと思った瞬間、海には様々なクラゲや魚が舞い始めた。魚の中からいくつかの種類は陸上で餌を取るようになり、しっぽはなくなってゆく。彼らは棒を道具として使い、火を起こすことを覚え、洞窟の壁に絵を描いた。

 空の情景がいつか見た動画早送りのように色を遷移させる。青、橙、青、橙。

 彼らはやがて国を作り、王を決め、私の方へと向かって手を合わせたり祈りを捧げ始めた。火器が生まれると砲火が轟き、やがてきのこ雲が舞い上がった。大量の血を吸った大地から地響きのようなものが聞こえた。その音は何かを共振させるような、人を不安にさせる響きだった。それから人々はたくさんの船を用意して空へと漕いでいった。

 成田空港椅子で、うつむいていた私は背伸びをした。多分、場所が正しければここは成田空港のはずなのだ語学留学の娘が帰ってくる。父として私はここにいるのだ。そうしてほんの数秒だけ念を押すと私は夢うつから眼を冷ました。あと数分で娘は帰ってくるようだ。スマートフォンに娘のメッセージが入ってくる。彼女メッセージを見て私は今の自分があることを安堵した。私は決してアリゾナに渡ったわけでもないし、ナバホの長老に会いに行ったわけでもない。

 しかしその思いは砕かれた。ゲートをくぐって走ってくる娘の顔が浅黒い。日焼けしたと思い込もうとしたが、近づくたびに違いは克明となった。それは日焼けと言うより人種の違いに近い雰囲気を帯びていた。私の頭は整理のつかない混乱へと放り込まれた。自らがこの外人を娘だと認識しているのだ。この娘は私が知っている娘ではなく、しかし私が知っている娘に違いないことをだ。

娘らしき女性は私に飛びつくと軽く帰還の挨拶をした。彼女を迎える私の表情は彼女からしたら奇妙なものだったに違いない。

 彼女容姿東洋系ではあるものの鼻は大きく、日本人的とは言い難いものだった。それはインディオに似ていた。私は彼女の機嫌を損ねないようにいくつかの質問をすることにした。例えば誕生日のこと、父と娘しか知らないこと、学校友達彼女は少し不思議がりながらも、自分名前が何故か蠍から名付けられた蠍美(かつみであることを語った。

 血の気が引く私を前にして、娘は土産物と称して二つの硬いものを取り出した。それは二つのバウムであり、今某遺跡土産としてバウムを買うと幸運が訪れる、ということだった。

anond:20200825131124

anond:20200825152244

色々書こうと思ったが、お前らの言うフェミニストフェミニストじゃねえよで終わりだった。

そりゃ議論もかみあわねえわな。

ほんと、お互い様よな。

んであれだろ、都合の悪くなった奴は切断されるからフェミは完全な存在なんだろ


車に幼児放置して蒸し殺した親や

男にうつつを抜かして横領した女

援交したおっさんとかが

それまでどんだけ普通に過ごしてても、瞬間的に普通がはく奪されて、普通漂白されるのと一緒な

普通の人は犯罪とかしねぇからなw

2020-08-07

クーラーのついた快適な部屋で死にたいと泣いている

今年はコロナが多くのものに影響を及ぼした。私は今大学4年だが、未だに就職先が決まっていない。

全てがコロナのせいではないと思う。周りの友人も着々と就職活動を終わらせている。私はたいした努力もせず就活戦争に敗れ、今はベッドの上で壁と向き合っているか働くかの毎日を送っている。

卒論も書かなければいけない。でも私はほとんど書かずに、今は教授からも見放されていると思う。そもそも前期の単位を全く取れていないので留年確定している。両親にはまだそのことを打ち明けられていない。

6月末に祖母が亡くなった。私は遠距離彼氏に会うために大阪に出向いていたところで、その訃報を彼と一緒に寝ていたベッドの上で聞いた。私はそのことが恥ずかしくて、今すぐにでも大阪から実家に帰りたいと思った。2月ごろから祖母病気で在宅看護されているのも知っていたし、7月頭は会いに行こうと思っていた。でも私は祖母に会うことはできず、きっと祖母が亡くなった時、私は彼氏セックスをしていた。

祖母申し訳なかった。私は初孫で、祖父母にとって唯一の女の子の孫で、きっと他の子たちよりもほんの少しだけ大事にされていた。しっかり者で優しい女の子。そう評価されるのが嬉しかった。でも大事な時に私は彼氏うつつを抜かしていた。母親に「今どこにいるの」と聞かれた時居場所を伝えなければいけないのが苦痛だった。

から学校サボりがちだったが、祖母葬式以来授業に出れなかった。就職活動もここ1ヶ月していない。彼氏とは祖母が亡くなった1週間後別れてしまった。

こういう風に書くと私が祖母の死にショックを受けすぎてなにも手がつかなくなった風に思われるかもしれないがそうじゃないんだと思う。私にも説明がつかないが、死にたいと思うことが日に日に増えて、夜眠れなくなって、結果生活リズムが崩れて社会的な行動が取れなくなっただけ。

私はうつなんだろうか。わからない。死にたいと思うし消えたいとも思うけど、何も自殺に繋がる事はしていない。

でも死にたいと言う割にクーラーのついた部屋にいるし、仕事で高い焼肉を食っておっさん相手に「こんなの初めて食べました!」と笑いかけている。デリヘル嬢なんておっさんが連れてった飯屋で美味しそうに食べておっさん口臭のきつい口とキスしてちんこなめて同じベッドで寝るだけの仕事だ。ずっとニコニコして必要とあれば喘いで、祖父母と同じ年代男性に「父親だと思って」と言われて「ありがとうお父さん」なんて言ってちんこしごいて射精させる仕事。週に3回仕事して大体7万もらえる。それで生活している。

ツイッターでは死にたいとずっと言っている。唯一の相互リア友が「一緒に死のうか」と言ってくれる。その子心中することを考えると幸せになるから毎日そのことを考える。でもその子は今旦那さんとの子妊娠していて、きっと私と死んではくれないんだろうなとも思う。

はやく死にたい。はやくこの世から消えたい。どうして安楽死が許されないのか理解できない。

死にたいね、これを書きながら泣いているけど、どうせそのうちトイレに行ったりして、ちょっとウトウトして、携帯いじってるうちに1日が終わるんだと思う。どうせそのうち涙も止まってる。死にたいと強く思う気持ちが、本当なのかもうよくわからない。留年確定したこと就活ほとんどしてないことも彼氏と別れたこともデリヘル嬢だと言うことも全て隠して嘘をついてきた。私の嘘はそれだけじゃないし、自分でも誰にどの嘘をついたか、どんな嘘だったか全然覚えてない。

親がこんな私を知ったらどう思うだろう。この前LINEで「大好きだよ」と言ってくれた母親。「困ったことがあったら言いなさい」 と言ってくれた父親。私は周りに恵まれていて、とても大切にされている。それなのに死にたい友達女の子と手を繋いで早く死にたい

ごめんなさい、死にたいよ。

それだけの日記です。

2020-07-27

anond:20200727110200

そもそもストーリーの順序がプレイヤーの見る順番と話の中で起こった順番が違うこともあるのもあってか、

最果てのイマみたいに、なんかすでに起こったことを夢うつつで混雑した仕方で想起しているのでは、

とか思う。夢みたいなものなら仕方ないみたいな。

2020-07-26

anond:20200726065048

企業が保身化して内部留保をため込むようになったのは、メインバンク制が崩壊したのに、解雇規制があるために固定費となっている人件費ファイナンスするため。

解雇規制緩和のためには健全機能する労働組合必要だが、日本労働組合高度成長期を通じてイデオロギー政治闘争うつつをぬかしてやるべきことをやってこなかった。

ベガーとか原発ガーとか沖縄ガーとかの前にやることがいっぱいあるだろうが。

2020-07-22

うつつ

右の私は黒い背景に青い線画で左の理性のない色づいた私に 何かを訴えかけている だがそれは通じることなく色づいた左側の私はどこか遠くを見ている

2020-06-24

夫の通勤鞄にめちゃうすが大量に入ってた記事

やっすいゴム使ってヤりまくる目的程度の女と性欲落ち着くまでセ〇クスして機嫌よく家に帰ってきて完璧な夫としての役割を求めてくる妻や子供への家族サービスに務める夫とか偉過ぎるとしか思えないんだけどなあ…。妻を性欲のはけ口にすればそれはそれで文句を言う、よそで発散してくると浮気だと言う、結局こういう問題が露見した段階でとうの昔に妻と夫の関係が終わってるって事なんだろうね。

お前らを養う義務も意欲も失せたから別れるわサヨナラて言って家族を捨てると妻も子供も大喜びすんのかな?

変に追い詰めると離婚問題になるけど子供コンドーム写真見せてきた妻はそれ分かってんのかね。

浮気問題浮気問題って子供の事しか頭になくて旦那への何のサービス愛情表現もしなくなった女に女としての魅力なんかねえだろ。他の女のマ〇コにうつつ抜かされたくないんだったら自分がセ〇クスアピールしてみれば?それもしないで相手自分に盛って来ないのがおかしいとか思ってるなら鏡で自分客観的に見てみればいいと思うが。まあ何にせよ決定的な証拠も無いのに夫のコンドーム写真子供に見せるような女が妻だったら家に帰りたくも無いしよそで励む気持ちも分かりすぎるほど分かる。このツイッター記事がバレて離婚問題になるかもね。という事はツイッターにこの写真を上げた子供離婚の原因になるかもね。救いようが無い話。

2020-06-22

利己的な遺伝子」をちゃんと読んで

内容的には遺伝子の発生は分子コピー能力を獲得した瞬間に始まった、

そして現在のありとあらゆる生物はその習性から人類文化に至るまで遺伝子の延長線上にある、

遺伝子コピーされて増えることに有利に働くものけが淘汰されて残るというものだった。

 

 

買ったきっかけはインターネット・ミーム語源であるmemeの概念が気になったからだ。

 

 

この本の著者のリチャード・ドーキンス動物行動学の博士だ、最近話題になったダーウィン進化論の次の理論をこの「利己的な遺伝子」にまとめたといった感じである

動物行動学は文字通り動物の行動を研究する学問だ、自死利他的行為などを一見生きるのにマイナスに働く行動に理由をつけたりする学問でもある。

とは言っても遺伝子動物行動なんて身近な暮らしから結構かけ離れててよくわからんなーという人のために身近な例を出してみようと思う

 

 

A:「貴方は最新の文化であるVtuberが好きですか?」

B:「好きです。ホロライブ・・・

A:「そこまで、それは遺伝子がそうさせています。」

B:「え、いいところ説明させてよ・・・

A:「その必要性はありません、貴方の脳の報酬系若い女の子の声や仲良くしているところに生のフィードバックを与えてるだけですのでそれ以上以下でもありません。ついでに言うならVtuberの見た目は現実にいない見た目ですので麻薬的な反応、いわゆる超正常刺激というものです。カッコウなんかはこの効果で托卵を成功させますVtuberスパチャはとても托卵の仕組みに似ていますねw貴方必死に働いて稼いだお金気持ちよくVtuberに投げている時の脳はまさに遺伝子の言いなりの状態なんです!遺伝子が作った神経細胞への超正常刺激としてお金を投げてるのです。安心してくださいそういう遺伝子自分コピーを作る機会に恵まれ次世代に引き継がれません。案外日本少子化の原因はこの辺にあるのかもしれませんね。あとはコンテンツにハマるオスが増えれば他のオスは生殖の機会を多く得ることができますので案外Vtuberアイドル運営のオスはそういう部分を本能的に感じてコンテンツを作ってるのかもしれませんねw貴方アニメうつつをぬかしてる間に他のオスは正しく遺伝子の言いなりになって遺伝子コピーを作るために働いてますよ」

B:「・・・(人の説明遮るくせにめっちゃ喋るやん)」

 

 

身近な貴方の行動にも遺伝子性質を引き合いに出せば説明はついてしまうのである

 

 

宇崎ちゃんの乳の大きさになぜフェミニストが切れるのか?

賭け事でなぜ人は負けるのか?

子供がいる離婚調停勝手に長引いて財産を失うのはなぜか?

 

 

全ての答えが書いてありました。

 

 

生物から始まって人間社会経済活動人種差別コロナウィルス戦争などなど「銃 鉄 病原菌」なんて遥かに超える知己を与えてくれる本でした。

ただその身も蓋もない説得力のせいで今の人生って一体何なんだろう?鬱だ・・・みたいになりました。みんなも「利己的な遺伝子」を読んで鬱になろう!

 

 

月曜の朝から仕事かい遺伝子コピーを増やす為だけにロボットとして生かされてる人生意味はあるんかい

2020-05-28

anond:20200528192942

いい大人がみーんなバカ(テレビそのまま信じたり子供テレビ見たり)になったから、

しゃーない。

テレビなんかいつまでも見てないで勉強or家の手伝いしなさい!』もうそんな保護者はどこにも居らんのや・・・

そらSNSに現(うつつ)ぬかしてそん中で大人やのにイジメもするわいな。

2020-05-08

物語は腹を満たす

anond:20200507083808

出自粛の連休は、世間から切り離されてドラマアニメを見てひたすら物語で充足されていたので、全くお腹が空かなかった。

物語の切れ間には、半うつつなままランニングに出かけたりもするのだが、それでもやはりお腹が空くことはなく、無理やりうどんおかゆを腹に溜める毎日だった。

から、このゴールデンウィークには、「夢だけじゃ食べていけない」という言葉があるが、物語があればそもそも食べていかなくていいんだという教訓が得られた。

ちなみに、「霞を食う仙人」というのも、仙人とはおそらく、下界に居る人間物語を好きに漁れる(かつそれを好みの形に調整できる能力を持つ)存在なのだうから、霞でなく物語で腹を満たしているんだと思う。

隔離された生活という点では仙人みたいなゴールデンウィークを送った身としては、つくづく仙人という存在を羨ましく思った。

ただ仙人とは違い、食うために働く必要がある自分がつくづく嫌になった。ゴールデンウィークけが恐ろしい。

2020-04-16

オタク彼女に捨てられた話

同じコンテンツファン同士だったけど、自分積極的現場行く派で彼女はそうでもない派だった。

「私といるより現場行ってる時の方が楽しいでしょ?」だって

それを比べてどうすんだって思うけどあえてもう何も言わなかった。

かにそんな自分は大概クズだなとも思ったから。

とはいえ、そういう君が最近Youtuberうつつを抜かしてる事には黙っていてあげたのに。

オタク同士といえどその辺の温度差があると人付き合いは難しいね

2020-03-23

( ・3・) クラシック好きの上司ディランを聴きたいと言いだして 2

https://anond.hatelabo.jp/20200322025040

第二スタン


They walked along by the old canal

A little confused, I remember well

And stopped into a strange hotel

With a neon burnin’ bright

He felt the heat of the night

Hit him like a freight train

Moving with a simple twist of fate [2]


――では、第二スタンザに進みます。どうぞ。

( ・3・) ふたりは古い運河に沿って歩いた。少しまごついていたのをわたしはよく覚えている。そしてふたりネオンの輝く奇妙なホテルに入った。

――「奇妙なホテル」とは?

( ・3・) ホールフランク・ザッパ蝋人形でも飾ってあったんじゃないか? ああ、この strange というのは unfamiliar ということだな。――ネオンの輝く見知らぬホテルに入った。彼は夜の熱気に打たれるのを感じた。まるで運命のひとひねりと共に走る貨物列車がぶつかってきたようだった。

――はいどうでしょう

( ・3・) 夕暮れの公園にいたふたりが歩きだす。ネオンが光っているから、あたりはもうすっかり暗くなったんだろうな。「わたし」の記憶によると、少しまごついていたようだが……。

――「わたし」が出てきましたね。

( ・3・) ふたりの背後に忍びよる謎の人物……。落ち着かない心の内までお見通しとは、たいした観察力だ。

――……。

( ・3・) いや、分かってるよ。賢明なる読者諸氏ならば、「わたし」の正体は説明せずともお分かりになるはずだ、ってことだろ? 分からないとおかしい。ナボコフの『   』を読んで、「   」と「   」とが同一人物だと気づかないようなものだ。

――『   』は読んでいないのですが……。

( ・3・) だから少しは本を読めって。ただしまともな本だぞ。『死にたくなければラ・モンテ・ヤングを聴きなさい』みたいなのは読書カウントされないからな。

――話を元に戻しましょう。

( ・3・) 三人称物語だったはずなのに、一人称の「わたし」がぱっと現れて、さっと消える。聴き手は混乱するんだけど、何事もなかったかのように、彼と彼女との物語が続いていく。

――はい。人称の問題は後で見直すとして、脚韻についてはどうでしょう

( ・3・) 1行目と2行目、canal と well母音が合っていないんじゃないか

――子音しか合っていません。脚韻は、強勢の置かれた母音以降の音が一致しないといけないので、この箇所は韻を外していることになります。そのうえ、1行目と2行目とでは旋律も違います

( ・3・) 違ったっけ。

――違うんです。第一タンザでは、1行目・2行目・3行目はきれいに韻を踏んで、旋律も同じかたちでした。ところが、第二スタンザでは、1行目・2行目で母音が揃わず、canal は上昇する旋律、well は下降する旋律です。というか、"I remember well" のところは、はっきりした音程がありません。そこだけ語りのようになっています

( ・3・) 例の「わたし」が出てくるところだな。ひょっとしたら、わざと韻を外して、旋律も外して、「わたし」に対する違和感を際立たせようとしているんじゃないか

――わざとかどうかは分かりませんが、定型から逸脱することで、聴き手の注意を喚起する効果はあると思います

( ・3・) となると、韻を踏まないことにも意味がありうるわけだ――あれ、6行目と7行目、trainfate も韻を踏んでいないぞ。

――6行目は train ではなく freight train の freight が脚韻にあたります

( ・3・) まず列車概念があって、それからより具体的には貨物列車、という思考の流れではないんだな。まずフェイトという音の響きがあって、その響きが無意識言葉の渦からフレイトをひっぱり出してくる。それから列車概念フレイトにくっついてやってくる。意味が音を追いかけているみたいで面白いな。

第三スタン


A saxophone someplace far off played

As she was walkin’ by the arcade

As the light bust through a beat-up shade

Where he was wakin’ up

She dropped a coin into the cup

Of a blind man at the gate

And forgot about a simple twist of fate


( ・3・) どこか遠くでサックスを吹いている人がいた。――これは順番をひっくり返さないとうまくいかないな。――彼女がアーケイドを歩いていると、どこか遠くからサックスが聞こえてきた。くたびれた日よけから光が差し込み、彼は目を覚ました。

――まだ覚ましてはいません。

( ・3・) ――彼は目を覚ましつつあった。彼女は門のところで盲人のカップコインを入れた。そして運命のひとひねりのことは忘れてしまった。

――はいどうでしょう

( ・3・) 夜から朝になった。どこか遠くでサックスを吹いている人がいる。時を同じくして、彼女はどこかへ歩いていく。そしてまた時を同じくして、夢うつつで横になった彼の部屋に光が差す。一行ごとに場面が切り替わって、映画みたいだ。

――as が場面転換の役割果たしてます

( ・3・) どこかへ歩いていく彼女は、そのまま消えてしまう。盲人のカップコインを入れる、というのが何か象徴的な行為なんだな、きっと。運命、盲人、テイレシアス、と連想が働くせいでそう感じるのかもしれないが。

――何を象徴しているんですか?

( ・3・) 何かをだよ。メルヴィル白鯨は何を象徴しているんだ?

――何かをですね。

( ・3・) そう。ある行為対象が何を意味するのか一義的に定まらないとき、その行為対象象徴性を帯びるんだ。ひとつ賢くなったな。

――とはいえ、門のところの盲人は運命を告げるわけではなく――

( ・3・) それどころか、彼女運命のひとひねりなんて気にしてないんだな、ちっとも。

――強い。

( ・3・) 強い。運命抗う者は悲劇的な最期を遂げるが、運命に関わらない者はいつまでも幸せに暮らすんだ。――じゃあ、ありがたい教訓も得られたことだし、次に進もうか。

――その前にひとつだけ。わたし面白いと思うのは、彼女が去っていくのを誰も見ていない点なんです。まず、どこか遠くのサックス奏者は物語に関与しない。

( ・3・) 音だけの出演。

――部屋では彼はまだ寝ている。そして門のところの盲人には――

( ・3・) 彼女は見えない。なるほど、興味深い指摘だ。きみ、名前は?

――……。

( ・3・) 名前は?

――アルトゥーロ・ベネデッティミケランジェリです。

( ・3・) アルトゥーロ、ありがとう。そんなところにも彼女の強さというか、優位性が表れているのかもしれないな。

第四スタン


He woke up, the room was bare

He didn’t see her anywhere

He told himself he didn’t care

Pushed the window open wide

Felt an emptiness inside

To which he just could not relate

Brought on by a simple twist of fate


――ハーモニカの間奏を挟んで、ここからは後半です。彼と彼女とがいっしょにいる、あるいは少なくとも近くにいるのが前半でしたが、ディラン先生ハーモニカを聴いている間に、彼女のいた世界彼女のいなくなった世界に変わってしまいました。――では、どうぞ。

( ・3・) 彼が目を覚ますと、部屋は熊だった。

――クマ

( ・3・) 「かすみの間」「うぐいすの間」みたいに、「グリズリーの間」だったんだよ。泊まった部屋の名前が。

――真面目にやりましょう。

( ・3・) 彼が目を覚ますと、部屋は空っぽだった。彼女はどこにもいなかった。どうってことはないと自分に言い聞かせ、彼は窓を大きく押し開いた。心の内に虚しさを――

――虚しさを?

( ・3・) 虚しさを感じた。で、その虚しさというのは、彼がどうしてもリレイトできない――

――He just could not relate to an emptiness inside ということです。

( ・3・) どうしても関わることのできない虚しさ?

――辞書を引きますか?

( ・3・) おまえが引きたいというのなら。

――ランダムハウスにちょうどいい例文が載っています。I can’t relate to the new music of Miles Davis. マイルス・デイヴィスの新しい音楽わたしにはしっくりこない。――1972年に『オン・ザ・コーナー』を聴いた人はそう感じたかもしれません。そもそも1967年の『ソーサラーからして、もう調性は不

( ・3・) 自分自身の虚しさとうまくつきあっていけない、と考えればいいのか。――どうしてもなじむことのできない虚しさを感じた。運命のひとひねりによってもたらされた虚しさを。

――はいどうでしょう

( ・3・) さっき "he was wakin' up" のところで「まだ目を覚ましてはいない」って添削が入ったのは、このスタンザの "He woke up" が念頭にあったからなんだな。

――そうです。ここではっきりと目を覚ます

( ・3・) 彼女はいなくなっている。大丈夫だと自分に言い聞かせるってことは、大丈夫ではないわけだ。窓を開けたら心の内に虚しさを感じた、のくだりはなんだか分かる気がするな、感情の流れが。ぐっときたぜ。

――まず部屋が空っぽだという状況が語られる。でも本当に言わんとしているのは、彼の内面空っぽになったことです。開いた窓のところに立って外と内とを画定することで、内面という言葉自然に導かれています

( ・3・) きみ、名前は?

第五スタン


He hears the ticking of the clocks

And walks along with a parrot that talks

Hunts her down by the waterfront docks

Where the sailors all come in

Maybe shell pick him out again

How long must he wait

Once more for a simple twist of fate


( ・3・) 時計がチクタクいうのが聞こえる。言葉を話すオウムを連れて歩く。水夫たちがやってくる港で彼女を捜す。また彼女が彼を見つけてくれるかもしれない。どれだけ待たなければならないのか。もう一度、運命のひとひねりが生じるのを。

――はいどうでしょう

( ・3・) 時計の音が聞こえてくるのにあわせて、時制が現在形になった。ここからは彼にとってまだ過去出来事ではないんだな。

――彼女のいない現実が、一秒ごとに動かしがたいものになっていく。コンクリートが固まるみたいに。

( ・3・) 「言葉を話すオウムを連れて歩く」は何を意味するんだ? アメリカ文学で鳥がしゃべるといったら、ポウの「ザ・レイヴン」だな。死に別れた恋人天国で再会できるだろうかと訊くと、鳥は「二度とない」と予言するんだ。

――このオウム実在するんでしょうか? どこからともなく現れましたが。

( ・3・) そこを疑うの? 「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました」「エヴィデンスは?」みたいなものじゃないか

――いえ、そうではなく、おそらく肩の上、耳元でオウムが話しているわけですよね、彼女を捜して歩いている間ずっと。それは暗喩ではないかと思うのですが。

( ・3・) おじいさんは暗喩としての山へ暗喩としての柴刈りに行きました。

――「周囲の人たちの話が、オウム言葉のように空疎に聞こえてしまう」を暗喩的に言い換えると「言葉を話すオウムを連れて歩く」になりませんか?

( ・3・) 心ここにあらずだから、「よう、調子はどうだい?」と声をかけられても、「ヨウ、チョウシハドウダイ」と聞こえるわけか。まあ、そうかもしれないな。

――次は最後のスタンザです。

第六スタン


People tell me it’s a sin

To know and feel too much within

I still believe she was my twin

But I lost the ring

She was born in spring

But I was born too late

Blame it on a simple twist of fate


( ・3・) 内面を知りすぎてはいけない、感じすぎてはいけないと人は言う。わたしは今でも信じている。彼女わたし双子だったと。しかしわたしは指輪をなくしてしまった。彼女は春に生まれたが、わたしは生まれるのが遅すぎた。運命のひとひねりのせいで。

――はいどうでしょう

( ・3・) 「わたし」が出てきたな。二番目のスタンザでは存在をちらっと匂わせる程度だったが、ようやく正体を現した。

――もう自分が誰であるかを隠すことはない。

( ・3・) そう。三人称過去のかたちで物語が始まり彼女がいなくなって時計の秒針が意識に上ったときから三人称現在になる。そして今、一人称現在で「わたし」=「彼」が胸の内を明かしている。

――すべて過去形で書くこともできたし、すべて三人称、あるいは一人称で書くこともできたと思うんですが、どうしてそうしなかったんでしょう?

( ・3・) なんだか「学習の手引き」みたいになってきたな。時制が変わるのは、彼女の不在が彼にとって現在出来事でありつづけているから。人称が変わるのは――そうだな、最後のスタンザの心情は、客観的に、距離をおいて語れないんじゃないか。まだ傷が生々しくて。

――第四スタンザの「部屋は空っぽだった」から「窓を大きく押し開いた」のあたりはハードボイルド流儀で、あまり感傷的にはなるまいという抑制が働いているんですが、最後のスタンザになると――

( ・3・) 抑制が外れて、ついでに三人称仮面も外れる。他人物語であるかのように体裁を保っていたのが、保てなくなる。こういう効果を生むためには、人称の変化が必要だったんだな。

小休止

( ・3・) はっさく匂いは猫たちには不評だな。

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