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はてなキーワード: アメリカ文学とは

2020-06-18

ポリコレと共に去りぬ」でいいのか?

アメリカ文学の名作中の名作「風と共に去りぬ」が配信停止された件について思うことがある。

現在ポリコレ的にアウトであったとしても、1900年代奴隷制南部アメリカ価値観も「当たり前」の社会だったにすぎない。

そのうち喫煙シーンの出てくる映画もアウト、ホームドアの付いていない駅・鉄道の出てくる映画もアウトになるのかな。

もっと言えば19世紀までは「侵略戦争」の価値観も無かったので、戦争映画もアウトになるかもしれない。

2020-03-23

( ・3・) クラシック好きの上司ディランを聴きたいと言いだして 2

https://anond.hatelabo.jp/20200322025040

第二スタン


They walked along by the old canal

A little confused, I remember well

And stopped into a strange hotel

With a neon burnin’ bright

He felt the heat of the night

Hit him like a freight train

Moving with a simple twist of fate [2]


――では、第二スタンザに進みます。どうぞ。

( ・3・) ふたりは古い運河に沿って歩いた。少しまごついていたのをわたしはよく覚えている。そしてふたりネオンの輝く奇妙なホテルに入った。

――「奇妙なホテル」とは?

( ・3・) ホールフランク・ザッパ蝋人形でも飾ってあったんじゃないか? ああ、この strange というのは unfamiliar ということだな。――ネオンの輝く見知らぬホテルに入った。彼は夜の熱気に打たれるのを感じた。まるで運命のひとひねりと共に走る貨物列車がぶつかってきたようだった。

――はいどうでしょう

( ・3・) 夕暮れの公園にいたふたりが歩きだす。ネオンが光っているから、あたりはもうすっかり暗くなったんだろうな。「わたし」の記憶によると、少しまごついていたようだが……。

――「わたし」が出てきましたね。

( ・3・) ふたりの背後に忍びよる謎の人物……。落ち着かない心の内までお見通しとは、たいした観察力だ。

――……。

( ・3・) いや、分かってるよ。賢明なる読者諸氏ならば、「わたし」の正体は説明せずともお分かりになるはずだ、ってことだろ? 分からないとおかしい。ナボコフの『   』を読んで、「   」と「   」とが同一人物だと気づかないようなものだ。

――『   』は読んでいないのですが……。

( ・3・) だから少しは本を読めって。ただしまともな本だぞ。『死にたくなければラ・モンテ・ヤングを聴きなさい』みたいなのは読書カウントされないからな。

――話を元に戻しましょう。

( ・3・) 三人称物語だったはずなのに、一人称の「わたし」がぱっと現れて、さっと消える。聴き手は混乱するんだけど、何事もなかったかのように、彼と彼女との物語が続いていく。

――はい。人称の問題は後で見直すとして、脚韻についてはどうでしょう

( ・3・) 1行目と2行目、canal と well母音が合っていないんじゃないか

――子音しか合っていません。脚韻は、強勢の置かれた母音以降の音が一致しないといけないので、この箇所は韻を外していることになります。そのうえ、1行目と2行目とでは旋律も違います

( ・3・) 違ったっけ。

――違うんです。第一タンザでは、1行目・2行目・3行目はきれいに韻を踏んで、旋律も同じかたちでした。ところが、第二スタンザでは、1行目・2行目で母音が揃わず、canal は上昇する旋律、well は下降する旋律です。というか、"I remember well" のところは、はっきりした音程がありません。そこだけ語りのようになっています

( ・3・) 例の「わたし」が出てくるところだな。ひょっとしたら、わざと韻を外して、旋律も外して、「わたし」に対する違和感を際立たせようとしているんじゃないか

――わざとかどうかは分かりませんが、定型から逸脱することで、聴き手の注意を喚起する効果はあると思います

( ・3・) となると、韻を踏まないことにも意味がありうるわけだ――あれ、6行目と7行目、trainfate も韻を踏んでいないぞ。

――6行目は train ではなく freight train の freight が脚韻にあたります

( ・3・) まず列車概念があって、それからより具体的には貨物列車、という思考の流れではないんだな。まずフェイトという音の響きがあって、その響きが無意識言葉の渦からフレイトをひっぱり出してくる。それから列車概念フレイトにくっついてやってくる。意味が音を追いかけているみたいで面白いな。

第三スタン


A saxophone someplace far off played

As she was walkin’ by the arcade

As the light bust through a beat-up shade

Where he was wakin’ up

She dropped a coin into the cup

Of a blind man at the gate

And forgot about a simple twist of fate


( ・3・) どこか遠くでサックスを吹いている人がいた。――これは順番をひっくり返さないとうまくいかないな。――彼女がアーケイドを歩いていると、どこか遠くからサックスが聞こえてきた。くたびれた日よけから光が差し込み、彼は目を覚ました。

――まだ覚ましてはいません。

( ・3・) ――彼は目を覚ましつつあった。彼女は門のところで盲人のカップコインを入れた。そして運命のひとひねりのことは忘れてしまった。

――はいどうでしょう

( ・3・) 夜から朝になった。どこか遠くでサックスを吹いている人がいる。時を同じくして、彼女はどこかへ歩いていく。そしてまた時を同じくして、夢うつつで横になった彼の部屋に光が差す。一行ごとに場面が切り替わって、映画みたいだ。

――as が場面転換の役割果たしてます

( ・3・) どこかへ歩いていく彼女は、そのまま消えてしまう。盲人のカップコインを入れる、というのが何か象徴的な行為なんだな、きっと。運命、盲人、テイレシアス、と連想が働くせいでそう感じるのかもしれないが。

――何を象徴しているんですか?

( ・3・) 何かをだよ。メルヴィル白鯨は何を象徴しているんだ?

――何かをですね。

( ・3・) そう。ある行為対象が何を意味するのか一義的に定まらないとき、その行為対象象徴性を帯びるんだ。ひとつ賢くなったな。

――とはいえ、門のところの盲人は運命を告げるわけではなく――

( ・3・) それどころか、彼女運命のひとひねりなんて気にしてないんだな、ちっとも。

――強い。

( ・3・) 強い。運命抗う者は悲劇的な最期を遂げるが、運命に関わらない者はいつまでも幸せに暮らすんだ。――じゃあ、ありがたい教訓も得られたことだし、次に進もうか。

――その前にひとつだけ。わたし面白いと思うのは、彼女が去っていくのを誰も見ていない点なんです。まず、どこか遠くのサックス奏者は物語に関与しない。

( ・3・) 音だけの出演。

――部屋では彼はまだ寝ている。そして門のところの盲人には――

( ・3・) 彼女は見えない。なるほど、興味深い指摘だ。きみ、名前は?

――……。

( ・3・) 名前は?

――アルトゥーロ・ベネデッティミケランジェリです。

( ・3・) アルトゥーロ、ありがとう。そんなところにも彼女の強さというか、優位性が表れているのかもしれないな。

第四スタン


He woke up, the room was bare

He didn’t see her anywhere

He told himself he didn’t care

Pushed the window open wide

Felt an emptiness inside

To which he just could not relate

Brought on by a simple twist of fate


――ハーモニカの間奏を挟んで、ここからは後半です。彼と彼女とがいっしょにいる、あるいは少なくとも近くにいるのが前半でしたが、ディラン先生ハーモニカを聴いている間に、彼女のいた世界彼女のいなくなった世界に変わってしまいました。――では、どうぞ。

( ・3・) 彼が目を覚ますと、部屋は熊だった。

――クマ

( ・3・) 「かすみの間」「うぐいすの間」みたいに、「グリズリーの間」だったんだよ。泊まった部屋の名前が。

――真面目にやりましょう。

( ・3・) 彼が目を覚ますと、部屋は空っぽだった。彼女はどこにもいなかった。どうってことはないと自分に言い聞かせ、彼は窓を大きく押し開いた。心の内に虚しさを――

――虚しさを?

( ・3・) 虚しさを感じた。で、その虚しさというのは、彼がどうしてもリレイトできない――

――He just could not relate to an emptiness inside ということです。

( ・3・) どうしても関わることのできない虚しさ?

――辞書を引きますか?

( ・3・) おまえが引きたいというのなら。

――ランダムハウスにちょうどいい例文が載っています。I can’t relate to the new music of Miles Davis. マイルス・デイヴィスの新しい音楽わたしにはしっくりこない。――1972年に『オン・ザ・コーナー』を聴いた人はそう感じたかもしれません。そもそも1967年の『ソーサラーからして、もう調性は不

( ・3・) 自分自身の虚しさとうまくつきあっていけない、と考えればいいのか。――どうしてもなじむことのできない虚しさを感じた。運命のひとひねりによってもたらされた虚しさを。

――はいどうでしょう

( ・3・) さっき "he was wakin' up" のところで「まだ目を覚ましてはいない」って添削が入ったのは、このスタンザの "He woke up" が念頭にあったからなんだな。

――そうです。ここではっきりと目を覚ます

( ・3・) 彼女はいなくなっている。大丈夫だと自分に言い聞かせるってことは、大丈夫ではないわけだ。窓を開けたら心の内に虚しさを感じた、のくだりはなんだか分かる気がするな、感情の流れが。ぐっときたぜ。

――まず部屋が空っぽだという状況が語られる。でも本当に言わんとしているのは、彼の内面空っぽになったことです。開いた窓のところに立って外と内とを画定することで、内面という言葉自然に導かれています

( ・3・) きみ、名前は?

第五スタン


He hears the ticking of the clocks

And walks along with a parrot that talks

Hunts her down by the waterfront docks

Where the sailors all come in

Maybe shell pick him out again

How long must he wait

Once more for a simple twist of fate


( ・3・) 時計がチクタクいうのが聞こえる。言葉を話すオウムを連れて歩く。水夫たちがやってくる港で彼女を捜す。また彼女が彼を見つけてくれるかもしれない。どれだけ待たなければならないのか。もう一度、運命のひとひねりが生じるのを。

――はいどうでしょう

( ・3・) 時計の音が聞こえてくるのにあわせて、時制が現在形になった。ここからは彼にとってまだ過去出来事ではないんだな。

――彼女のいない現実が、一秒ごとに動かしがたいものになっていく。コンクリートが固まるみたいに。

( ・3・) 「言葉を話すオウムを連れて歩く」は何を意味するんだ? アメリカ文学で鳥がしゃべるといったら、ポウの「ザ・レイヴン」だな。死に別れた恋人天国で再会できるだろうかと訊くと、鳥は「二度とない」と予言するんだ。

――このオウム実在するんでしょうか? どこからともなく現れましたが。

( ・3・) そこを疑うの? 「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました」「エヴィデンスは?」みたいなものじゃないか

――いえ、そうではなく、おそらく肩の上、耳元でオウムが話しているわけですよね、彼女を捜して歩いている間ずっと。それは暗喩ではないかと思うのですが。

( ・3・) おじいさんは暗喩としての山へ暗喩としての柴刈りに行きました。

――「周囲の人たちの話が、オウム言葉のように空疎に聞こえてしまう」を暗喩的に言い換えると「言葉を話すオウムを連れて歩く」になりませんか?

( ・3・) 心ここにあらずだから、「よう、調子はどうだい?」と声をかけられても、「ヨウ、チョウシハドウダイ」と聞こえるわけか。まあ、そうかもしれないな。

――次は最後のスタンザです。

第六スタン


People tell me it’s a sin

To know and feel too much within

I still believe she was my twin

But I lost the ring

She was born in spring

But I was born too late

Blame it on a simple twist of fate


( ・3・) 内面を知りすぎてはいけない、感じすぎてはいけないと人は言う。わたしは今でも信じている。彼女わたし双子だったと。しかしわたしは指輪をなくしてしまった。彼女は春に生まれたが、わたしは生まれるのが遅すぎた。運命のひとひねりのせいで。

――はいどうでしょう

( ・3・) 「わたし」が出てきたな。二番目のスタンザでは存在をちらっと匂わせる程度だったが、ようやく正体を現した。

――もう自分が誰であるかを隠すことはない。

( ・3・) そう。三人称過去のかたちで物語が始まり彼女がいなくなって時計の秒針が意識に上ったときから三人称現在になる。そして今、一人称現在で「わたし」=「彼」が胸の内を明かしている。

――すべて過去形で書くこともできたし、すべて三人称、あるいは一人称で書くこともできたと思うんですが、どうしてそうしなかったんでしょう?

( ・3・) なんだか「学習の手引き」みたいになってきたな。時制が変わるのは、彼女の不在が彼にとって現在出来事でありつづけているから。人称が変わるのは――そうだな、最後のスタンザの心情は、客観的に、距離をおいて語れないんじゃないか。まだ傷が生々しくて。

――第四スタンザの「部屋は空っぽだった」から「窓を大きく押し開いた」のあたりはハードボイルド流儀で、あまり感傷的にはなるまいという抑制が働いているんですが、最後のスタンザになると――

( ・3・) 抑制が外れて、ついでに三人称仮面も外れる。他人物語であるかのように体裁を保っていたのが、保てなくなる。こういう効果を生むためには、人称の変化が必要だったんだな。

小休止

( ・3・) はっさく匂いは猫たちには不評だな。

2019-05-03

トマス・ピンチョン小説の『V.』の翻訳がひどい気がする

新潮社トマス・ピンチョン小説の『V.』を読み返していたら、ちょっと気になる箇所があって、これは原文ではどうなってんだろうと、図書館原書を借りてきてみました。そしたら、あれ、もしかしてこれ、この翻訳ひどい?

というわけで、原文と翻訳を照らし合わせたうちで、これはいくらなんでもという箇所を以下で検証していきます

第六章のⅡの最初の方にある段落です。

この段落ニューヨーク下水道に巣食うワニを狩るパトロール隊として雇われているプロフェインという男が第五章で書かれたワニ狩りのことを回想しているというところです。訳文とそれに対応する原文を引用していきます。訳文の引用は『V.』上巻の217,218から

 フェアリング神父教区を抜けてイースト・リヴァー近くまで、独りで追っていったワニのことを、プロフェインは振り返ってみた。

He thought back to the one he'd chased solo almost to the East River, through Fairing's Parish.

「抜けて」とありますが、第五章を読めばわかるようにプロフェインは教区を抜けていません。ここのthroughは「~の間を通って」の意でしょう。

ちなみにフェアリング神父下水道ネズミキリスト教布教しようとしていた人物です。

そいつは、みずから歩をゆるめて追いつかせ、自分から求めるように撃たれていった。なにか取り決めでもあったのか。プロフェインが酔っぱらってか欲情してか、頭がポワンとしていたとき、ワニの足跡だらけの泥の上で、契約を交わしたのか?

It had lagged, let him catch up. Had been looking for it. It occurred to him that somewhere--when he was drunk, too horny to think straight, tired--he'd signed a contract above the paw-prints of what were now alligator ghosts.

「なにか取り決めでもあったのか」という訳文に対応する箇所がない。

これに対応するらしき原文はこのあと出てくるのですが、なぜここに置かれているのかわかりません。それ以外にも問題がありますが、それは後述。

It occurred to him thatが訳されていない。

tiredが訳されてない。

of what were now alligator ghostsが訳されていない。

この段落ではこのalligator ghostsなるものがどういう存在なのか、このあと縷々綴られていくので、これを落としてしまうのはちょっと。ここは訳すなら「今や幽霊であるワニたちが、かつてそうであった存在の」となるのでしょうか。あまり自信はないですが。

プロフェインはワニに死を与える、ワニは彼に職を与える、それでイーヴン、恨みっこなしと。

Almost as if there had been this agreement, a covenant, Profane giving death, the alligators giving him employment: tit for tat.

Almost as if there had been this agreement, a covenantが訳されていない。

上に出てきた「なにか取り決めでもあったのか」が訳文なのかもしれないけど、this agreement, a covenantとわざわざ言い直して二回言っているのを「取り決め」の一語にまとめるのはどうなんですか。しかもcovenantなんて「(神との)聖約」という強い意味の語なのに。そんな語がワニ相手に使われているというのがこの文のミソだと思うのですが。うーん。

プロフェインにワニは必要だが、ワニはなぜプロフェインが必要だったのか。その原始的な脳の回路に、記憶理解が生じていたのか。子供のころ自分たちはただの消費財で、財布やハンドバッグになった両親や親戚のおじさん、おばさんたちと一緒に、世界中デパートで、あらゆるガラクタと一緒に陳列されていたことを覚えていたのか。

He needed them and if they needed him at all it was because in some prehistoric circuit of the alligator brain they knew that as babies they'd been only another consumer-object, along with the wallets and pocketbooks of what might have been parents or kin, and all the junk of the world's Macy's.

息の長い原文を切って日本語として不自然じゃないようにしているのでしょうが、かえって意味のつながりが見えにくくなっているような。

it was becauseが訳されてない。

おかげで分かりづらい。これでは「必要だったのか」「生じていたのか」「覚えていたのか」と三つの疑問文がただ並列されているように見える。せめて「生じていたのか」「覚えていたのか」を「生じていたからなのか」「覚えていたからなのか」にした方が良いのでは。

the world's Macy'sを「世界中デパート」としているのは明らかに誤訳です。メイシーズ基本的アメリカしか展開していないようですし、なによりもこの挿話の元になった都市伝説ニューヨークのメイシーズで、ペット用に売られた赤ちゃんワニがトイレに流されて下水道で成長していたというものだったわけです。なのでthe world'sはここでは「ここらの界隈の」みたいな意味ではないでしょうか。

あと英語仮定法を日本語疑問文で訳すというのは翻訳テクニックとしてアリなのでしょうか。いや、アリならアリで全然いいんですけど。ただの素人なのでよくわかりません。

トイレを通って、地下の世界に流れてきたのは緊張の中の束の間の平和に――いずれは子供の、見かけだけ動きのあるオモチャに戻っていくしかない、それまでの借り物の時間に――すぎなかったのだろうか?

引用者注・「動きのある」のところにルビで「アニメート」)

And the soul's passage down the toilet and into the underworld was only a temporary peace-in-tension, borrowed time till they would have to return to being falsely animated kids' toys.

the soul's passageが訳されていない。

トイレジャバーっと流されて下水道に流れ着くという事態を「魂の道行き」なんて大げさな言い方をしているのが、面白いところなのになんで訳されていないのか。あとダッシュをいれて「――いずれは子供の(中略)借り物の時間に――」と挿入するくらいなら原文の語順通りに訳したほうがわかりやすいように思えます

もちろん自分から望んでのことではない。望みは、もとの自分たちの暮らしにある。それを叶える完璧な形は死ぬことだ。死んで、ネズミ職人の歯によってロココ様式の死骸になることしかない。そしてそのまま、教区の聖なる水に浸食され、あの日、あのワニの墓場を明るく満たした光のような燐光を発する、アンティークな骨細工になっていくしかない。

Of course they wouldn't like it. Would want to go back to what they'd been; and the most perfect shape of that was dead--what else?--to be gnawed into exquisite rococo by rat-artisans, eroded to an antique bone-finish by the holy water of the Parish, tinted to phosphorescence by whatever had made that one alligator's sepulchre so bright that night.

to go back to what they'd beenが「もとの自分たちの暮らしにある」でいいんでしょうか。このあとに続く文に則して意味をとるなら「暮らし」では変では? それに原文はto go backなのに「帰る」という意味が訳文から感じとれないです。

さて、ここから先が問題です。ここは第六章の中で非常に重要段落の中でも、さら重要な一文だと思うのですが、まともに訳されていなくて頭をかかえました。

まず、ダッシュで囲まれたwhat else?が訳されていない。

しかない」という形で間接的に訳されていると言えるかもしれませんが、それでもこれを落とす理由にはなりません。

exquisiteが訳されていない。

tinted toが訳されていない。

by whatever以後の節を「燐光」にかけて訳していますが、これは英文解釈的に無理なのではないでしょうか。また、そのせいなのか原文の語順がぐちゃぐちゃにされてしまっています。なぜeroded to an antique bone-finishとひとまとまりなっているのを千切って「浸食され」と「アンティークな骨細工」をかけ離れたところに置いているのでしょうか。

原文を素直に読めば、ワニは死後、gnawed-齧られてrococo-ロココ彫刻になって、そのロココ彫刻がeroded-浸食されてan antique bone-finish-骨仕上げのアンティークになり(bone-finishというのは妙な言い方ですが、matte finish-つや消し仕上げをもじったような表現だととりました)、そのアンティークがtinted-染められてphosphorescence-燐光になると読めます

まりワニの死後、時間の経過によってワニがどのように変貌していくかの推移を追うことができるように読めるわけです。しか翻訳ではそのように読むことはほぼ不可能です。

さらにこの段落の一番最後に来るのは原文ではwhatever had made that one alligator's sepulchre so bright that nightなわけで、ここに意味上の大きな負荷がかかっていると思えるのですが翻訳では「燐光」の前に置かれて目立ちません。

これでは、4コママンガコマの順序を入れ替えてしまったために、オチ意味がわからなくなっているようなものです。

ここのところをわたしなりに試しに訳してみたので、ここに置いておきます

そして、その望みの最も完璧な形とは死ぬこと――他に何があろう?――であって、そうして工匠ネズミに齧られて精妙なるロココ彫刻とされ、教区の聖なる水に浸食されて骨仕上げのアンティークになり、何ものかに染められて澄んだ緑色燐光と化すのであり、そしてその何ものかこそ、あの晩、あのワニの地下埋葬所をあんなにも輝かしく光らせていたのだ。

(phosphorescenceという単語を見ていたら、どうしても『宝石の国』のフォスフォフィライトの顔がチラついてしまったので「澄んだ緑色燐光」としてしまいました)

とにかく第六章にはここ以外にも訳されていない語、節、文がたくさん出てきます。他にも誤訳誤訳とは言いにくいけどおかしい訳もままあります誤訳ではなくてもあまり使われない珍しい単語が使われていたり、凝った表現がされていたりするところが、平易な分かりやすい、いいかえれば、ありきたりでつまらない日本語になっていたりします。

いったいなんでこんなことになっているのでしょうか。ピンチョンが好きでこの『V.』も何度も繰り返し読んできたというのに、今まで読んできたものは何だったのかという気分で、ショックが大きいです。

訳者の一人、佐藤氏は何十年もピンチョン研究翻訳をされてきた人で、こんな訳をするとは思えないのですが。それとも、このころ『重力の虹』の翻訳に集中していて実は『V.』にはあまり関わっていなかったとか? しかしもうひとりの小山氏もイギリス大学院留学して英語著作もある人だそうですし。学生に下訳させて、ろくに直さずに出版したとか? まさか

ただ原文を横において検討したのは第六章だけなので他の章はちゃんとしている可能性はありますわたし英語力では全文チェックするなんてとうてい無理なので、誰か英語を読むのが苦ではなくて、現代アメリカ文学に詳しい人に『V.』全編の翻訳をチェックしてみてほしいです。

2019-04-23

会社の人と話せなくなってしまった

思い返せば学校生活から、人とうまくやるのが苦手だった。育った環境特に劣悪でもなく、23区のあまり裕福ではないほうで、いじめを受けながらも、それなりに義務教育を終えた。ただし、いじめを受けると、それなりに人付き合いが苦手になるが、現在そのことが影響を深く与えているとは考えにくい。

その後勉強のできる都立高校に進んだ。校則が一つもない学校で、当然服装やら髪型規則もない。しいて言えば、ちゃん学校にある程度来ることと、補導されないこと、それと校内では下履きに履き替えることくらい。友達とさぼって映画を見に行ったり、年齢制限をゆるく見てくれるお好み焼き屋に行ったり、近所の公園浪人生に逆ナンパされたりと、人生初のリフレッシュができた。図書館で山ほど本を読んで、週3回剣道をして、ようやく人生軌道に乗り始めた。

それほど頭は悪くなかったようで、そこそこの大学英文科に入ることができた。映画サークルに入り、何本か映画を撮ったり出演したり、地味だったがそれなりに楽しく生活できていた。

兄弟が4人もいたので、アルバイト高校生のころからちょくちょくしていた。多少を家計の足しに、それと自分物欲のために。高校生のころコンビニで2年弱、大学からファミレスで1年、塾講師で3年。

多分、今に至るきっかけはファミレスのころにうまくいかなかったことに起因している。そして大学生活にも一因がある。

ファミレスでは、厨房ドリンクデザートを出す仕事をしていた。厨房内では仲良く働いていたが、何となくエイターウエイトレスの人とうまく話ができないまま1年が経ち、そこから人と話すのが苦手になっていた。同じくらいの女性とどんな話題を共有すればよいのか、向こうも話しかけてはくれないし、こちらも話すきっかけがない。

厨房の人がとても優しかったのは今でもいい思い出だ。一緒にワカサギ釣り旅行に行ったのが懐かしい。釣ったワカサギを持って、お店で揚げて食べたのもいい思い出。

大学1年生の性欲やらが多感な時期に、自分の口下手と話題のなさが鬱屈を与えたのだろうか。

カート・ヴォネガット短編小説チャールズ・ブコウスキー、初めて英語で読めた小説の「クールミリオン」、高校生から好きで読み漁っていたアメリカ文学自分サークルで作った映画、鉄男や小沢健二Number GirlマイケルジャクソンクラブでかかっていたNirvanaStrokes軽自動車で行ったフジロック、そんなものは誰の興味にもならないと決め込んでしまった自分がよくなかったのだろう。

1年経って結局そのファミレスが潰れてしまったが、「あの人の日とか失敗、つまんないし」といったようなことをぼそっと聞こえるように言われたのが今でもフラッシュバックする。

その後、3年弱塾講師アルバイトをした。個人指導塾で、入って3日目に、「この研修に行くと5000円がもらえる」と言われて行った研修一言発言できなかったことを思い出す。

自分が抱える生徒の多くは、本指名から外れてきた子が多かった。成績もみんなそれほど良くなく、自分にも人を教えるスキルが足りなかった。結局浪人させてしまった生徒のことを時々思い出す。本当に悪いことをした。一人で赤本を解いて、わからないことを聞きに来るというスタンスを取らせればよかったのに、自分無駄に介入してしまたことが悔やまれる。

そのバイト先で覚えたのが、お酒に頼ることだった。安い居酒屋終電まで飲んで、げらげら時間を共有できる。それが社会人になってもコミュニケーションの核となってしまう。

文学部ながらも、BBS簡単アプリを作ることができたので、ソフトハウス就職できた。2年半いたが、デスマーチで体調を崩してうつになり、結局辞める。

新人研修のころやその後の付き合いもお酒が基本だった。キックオフ、とりあえずリリース、最終FIX、とかのタイミングでようやっと胸襟を開いた話ができる。それまでは、ほうれんそう以外の会話もなく、とにかくメールに頼るようになっていた。

時々生意気意見を言ったり、人のプログラム勝手リファクタリングしたこともあった。

記憶がないなか、帰巣本能で家に帰るのもよくあった。タクシー代を貯めていれば相当の金額になっていたのではないかと思う。

少し休んで、プログラマとして別会社に復帰した。総務と経理以外はほぼ男性会社で、よく飲んだ。

その会社でようやっとまともな生活を取り戻すことができ、結婚もできた。

3年ほどプログラマをしていたが、目の前に座っているおじさんプログラマの1/10しか生産性がないことがわかり、社内異動で説明書ライター転職する。

車好きやキャンプ好き、バイク好き、元ミュージシャンが異様に多い会社で、よく泊まりで出かけていた。自分よりも年上が多いから、みんな自分の事を話してくれる。お酒どうこうもなくその人を知ることができる、いい機会だった。ある人が定期購読していた、日経ソフトウェア数年分を借りてJava以外のスクリプト言語自分Python)を学ぶBoot Strapとして使わせてもらったり、ほんとうに幸せな日々を送ることができた。

その会社は、株式公開に伴う人員削減で、半数以上人がいなくなった。自分も窮屈なライターを続けるのが辛くなって辞めて、割増の退職金をもらった。以降半年近く、妻以外の人と話すことなく、引きこもりながら割増退職金に付随する給料をもらっていた。働かずに給料をもらえるのがこんなに苦痛だったのか。

いい加減引きこもりにも飽きて大会社転職するチャンスをもらった。その間に障碍者手帳をもらい、障碍者枠での就職活動をすることにした。

大会社大会社だった。エリートエリートで、二級以下の低級労働者自分は、その程度の扱いしか受けない。大学ランキングを引きずる社内で、

自分はまず

学歴劣る

・それまでの成果は劣る

健康状態劣る

白髪ばっかり目立つ

・とにかくあいつは劣る

という状態になった。

新卒指導をしても、まるで彼が改善しない。自分を責め続け、ぎっくり腰になった。みんなが、「彼はそうだから」と言ったが、彼をある程度に育てることができず、結局リリースした。リリースしたらとたんにぎっくり腰がよくなった自分無責任さにびっくりした。

あと、それほど多く飲み会がない。飲んでも自分のような飲み方は誰もしない。場をわきまえ、何となく優しくやっている。

一杯、二杯多めに人より頼んでしまたことを後悔する。

なんで、しらふで天気の話ができないんだろうとか、自分の好きなことを少しでも話せないんだろうとか、毎日悲しくなる。

行動をしないと、周囲も変わらない。一か月以上、挨拶仕事の最低限のやりとり以外はしていない。たかだか席替えでこんなに弱ってしまうとは。派遣の期限がきてしまう子がいなくなってしまうことにこんなに心が揺さぶられてしまうとは。

ごめん。こんな人間は、やまゆり園の加害者気持ちでは必要のない人間だったんだろうね。でも、家族と過ごす時々の時間を過ごしてもいいのかな。

義理の父はあまり長くないだろうし、せめて少しだけ社会荷物福祉必要人間は生きていていいのだろうか。

2018-03-29

蔦屋書店書店を名乗るなら、せめて在庫本は売って欲しい。

どうしても今日中に欲しい文庫本があり、片っ端から在庫検索すると近隣では唯一蔦屋書店にだけ在庫があった。

蔦屋書店に好ましい印象がなかったので、気は進まないもの在庫があるならと買いに行った。

  

蔦屋書店図書コードではなく、独自の分類を採用していることは知っていたので、店内を歩き回りなんとなくこの辺だろうとアメリカ文学のコーナーを探すも、見つからない。

仕方ないので検索機で書籍名を入れると、「アート」なるコーナーにあるらしい。

  

アートコーナーは、インバウンド需要意識しているのか、日本の伝統文化現代カルチャーに関する本がやけに高い棚めいっぱい使って陳列されている。

お目当ての本はゴリゴリアメリカ文学なのででかい棚のどこにあるのか見当もつかない。

  

レジに行き、店員に聞くと、探しに行ってくれた。

数分後、手ぶらで戻ってきた店員はやけに嬉しそうに、「すごいところにあるので取れないんですよ」と一言

よく分からないので詳しく理由を聞こうとするが、その本を取り出すことができないので売れないという以上の理由が出てこない。

  

本でオブジェでも組んでるのか、高い棚の一番上の位置にあるのだろうか。

おしゃれに本を陳列するのもほどほどにしてほしい、書店を名乗る以上、在庫ありの本は売ってくれよと思った。

  

ちなみに、近くに教文館があることを思い出し、寄ってみると、河出文庫のコーナーにあった。買えた。

普通書店最高。

2018-03-09

anond:20180309115359

アメリカ文学の影響は受けまくってると思うけど、気にならないんだよなあ

同じパターンでこの人の書いたものなら問題ないっていうのはある?

あと取り繕ったっていうのは、うわべだけの表面的なかんじってことだよね

おえってなったの、どの作品のどのあたり?正確でなくて良いので教えて欲しい

2017-11-14

anond:20171114030911

ロシア文学トルストイホラー小説のH・P・ラブクラフトアメリカ文学アーネスト・ヘミングウェイ

日本だと、北杜夫中島らもなんかが、双極性障害と言われていて、

躁状態とき作品バリバリ書いていたらしいので、一概に悪いこととは言えないと思うんだ。

でも、その反動として、鬱のときものすごく落ち込む人もいて、それが辛くて自殺してしまった人も少なからずいるのね。

取り返しのつかない事態になる前に病院にいってもらえると嬉しい。

2015-12-03

レジンキャストミルク (電撃文庫) 藤原

スペインユダヤ人 (世界史リブレット) 関 哲行

キリスト教歴史 (講談社学術文庫) 小田垣 雅也

帰ってきたヒトラーティムール ヴェルメシュ

社会福祉思想歴史魔女裁判から福祉国家の選択まで (MINERVA福祉ライブラリー) 朴 光駿

☆ザ・フェデラリスト (岩波文庫) A.ハミルトン

インフォメーション―情報技術人類史 ジェイムズ グリック

アメリカ文学史のキーワード (講談社現代新書) 巽 孝之

異端審問 (講談社現代新書) 渡辺 昌美

シルバー事件 アスキー

絶対に解けない受験世界史 (大学入試問題問題シリーズ) 稲田義智

筋と義理を通せば人生はうまくいく 高須 克弥

99歳ユダヤスーパー実業家が孫に伝えた 無一文から大きなお金成功を手に入れる習慣 矢吹 紘子

女子マネージャーの誕生とメディアスポーツ文化におけるジェンダー形成 高井 昌吏

世界一即戦力な男――引きこもり非モテ青年音速で優良企業から内定をゲットした話 菊池

愛についての感じ 海猫沢 めろん

借金底なし沼で知ったお金の味 25歳フリーター借金1億2千万円、利息24%から生還記 金森 重樹

猫背を伸ばして 新装版 (フレックスコミックス) 押切蓮介

こんな上司が部下を追いつめる―産業医ファイルから (文春文庫) 荒井 千暁

棟梁―技を伝え、人を育てる (文春文庫) 小川 三夫

石井直方筋肉まるわかり大事石井 直方

フルーツ果汁100% 第1巻 (白泉社文庫 お 3-1) 岡野 史佳

☆「個性」を煽られる子どもたち―親密圏の変容を考える (岩波ブックレット) 土井 隆義

読書の方法―なにを、どう読むか 吉本 隆明

予備校なんてぶっ潰そうぜ。 花房 孟胤

海洋堂創世記 樫原 辰郎

世界堂書店 (文春文庫) 米澤 穂信

コーディングを支える技術 ~成り立ちから学ぶプログラミング作法 (WEB+DB PRESS plus) 西尾 泰和

☆九月、東京路上1923年関東大震災ジェノサイド残響 加藤 直樹

大東亜戦争の実相 (PHP文庫) 瀬島 龍三

そこに僕らは居合わせた―― 語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶 グードルン・パウゼヴァン

クリスマス少女は還る (創元推理文庫) キャロル オコンネル

江戸のハローワーク (双葉新書) 山本 眞吾

Three Essays on the State of Economic Science Tjalling C. Koopmans

The Elements of Style, Fourth Edition William Strunk Jr.

ザ・フォール/落下の王国 特別版 [DVD] リー・ペイス

アメリカめっちゃスゴい女性たち 町山 智浩

☆船に乗れ!〈1〉合奏と協奏 藤谷 治

ちょー美女と野獣 (コバルト文庫) 野梨原 花南

11/22/63 上 スティーヴン キング

システム×デザイン思考世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」 前野隆司

追われ者―こうしてボクは上場企業社長の座を追い落とされた 松島

劣化国家 ニーアル ファーガソン

ブラック企業経営者本音 (扶桑社新書) 秋山 謙一郎

創価学会研究 (講談社現代新書) 玉野 和志

グロースハック 予算ゼロビジネスを急成長させるエンジン 梅木 雄平

女のカラダ、悩みの9割は眉唾 (講談社+α新書) 宋 美玄

To Repair the World: Paul Farmer Speaks to the Next Generation (California Series in Public Anthropology) Bill Clinton

社会心理学講義:〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉 (筑摩選書) 小坂井 敏晶

Making the Modern World: Materials and Dematerialization Vaclav Smil

高校教育アイデンティティー総合制と学校づくりの課題 (「教育」別冊 (9)) 小島 昌夫

☆名作はこのように始まる〈1〉 (ミネルヴァ評論叢書・文学の在り処) 千葉 一幹

グラミンフォンという奇跡 「つながり」から始まるグローバル経済の大転換 [DIPシリーズ] ニコラス サリバン

単純な脳、複雑な「私」 (ブルーバックス) 池谷 裕二

天涯武士幕臣小栗上野介 (1之巻) (SPコミックス時代劇画) 木村 直巳

秋葉原事件 加藤智大の軌跡 (朝日文庫) 中島岳志

ぐいぐいジョーはもういない (講談社BOX) 樺 薫

LEAN IN(リーン・イン) 女性仕事リーダーへの意欲 シェリル・サンドバーグ

鬼畜のススメ―世の中を下品のどん底に叩き堕とせ!! 村崎 百郎

男性学の新展開 (青弓社ライブラリー) 田中 俊之

闘争領域の拡大 ミシェル ウエルベック

実録 ドイツ決闘した日本人 (集英社新書) 菅野 瑞治

男性ECCE HOMO (文春新書 934) ヤマザキ マリ





正統と異端 - ヨーロッパ精神の底流 (中公文庫) 堀米 庸三

魔女狩り (「知の再発見」) ジャン・ミシェル サルマン

図説 魔女狩り (ふくろうの本/世界歴史) 黒川 正剛

魔女狩り (岩波新書) 森島 恒雄

異端審問 (文庫クセジュ) ギー・テスタス

剣豪将軍義輝〈上〉鳳雛太刀 (徳間文庫) 宮本 昌孝

2015-08-08

藤沢数希天狗ツイートまとめ

http://twilog.org/kazu_fujisawa

芥川賞受賞の火花に続き、『ぼく愛』が日本文学カテゴリー2位です。200%の恋愛小説で、日本文学会を盛り上げていきたい。

芸人芥川賞を取って、いろいろと批判もあるようだけど、これをきっかけにみんなが文学に興味を持ってくれると嬉しいなぁ。

エンジニアリングビジネス世界にいると、評価マーケットで決まるというのが身についているから、◯◯賞みたいなのって、子供相手に偉い先生がご褒美あげてるようなものしか見えないんだよな。学生ビジネスコンテストみたいな感じのやつ。

・そもそも自分世界で一番で、それを評価できるのはマーケットだけなんだから自分より偉い人がいるという上下関係みたいなものが前提の賞なんて、ダサいだろ。

・いや~、学会の賞とか、誰がこの村の偉いやつで、そいつがいろいろ決めるんだぞ、ということを知らしめるための儀式みたいなもんだったよ、マジで文学賞とか、知らんけど、どう考えても、構造的にクソな臭いがする。やっぱりフェアなのは金だよ。金。Show me the money!

Amazon日本文学カテゴリーでは1位だけど、文芸総合では、スティーブン・キングに抜かれて2位になってしまった…。ハァ。

・僕もはじめて文学作品を書くに当たって、文学勉強しようと思って、原著を読み始めたんだけど、文章がこなれてないし編集ダメで、くっそつまんなかったけど、このシリーズで、すげー短期間に文学勉強できたよ!> 金融日記 まんがで読破シリーズ

英文学教授とかインド哲学教授とかの年収なんて200万円ぐらいで十分。

小説を書くのに参考になると思って、夏名漱石かいろいろ読んでみたけど、読みにくい上に、みんな、くっそつまんなかったわ。

・まあ、僕のは文学ですけどね。 @tabbata 藤沢数希さんの小説って、なんだか、ロバート・キヨサキに似てるんだよね。

最近文学は、全く面白くない。理由は簡単で、もはや「IT」無しで成り立たない現代日常を誰も描いていないからITで繋がる、出合う、可能性と広がり、現代リアルに描くには、新しい文脈必要だった。遂に藤沢数希氏が開拓してしまった。(信者ツイートより)

・グレートギャッツビーは20世紀アメリカ文学代表作。

だが実は、強烈な非モテコミットストーリーです。非モテコミットした主人公が負けて、不倫してる奴がモテたまま終わる。極めて現実的ストーリー

20世紀恋愛工学小説がこれなら、21世紀は『ぼくは愛を証明しようと思う』だね (信者ツイートより)

藤沢数希氏の新著を読んだけど、この10年で最高の文学だ。この10年、誰も、IT自由に繋がり個人がコミュニケーションする現代を、描けなかった。個人が自由に繋がり、出会う可能性。一見チープに見える「恋愛工学」というフロント看板は、作者の照れだろう。芥川賞レベルを遥かに超えている。(信者ツイートより)

文豪村上春樹文章文学だと思っていると、文学ではないと思う人が居るかもしれない。だが凝った表現を使わないと文学ではないなんてことはない。100年後に読まれてるのは村上春樹じゃなくて藤沢数希かも。(信者ツイートより)

2014-02-06

ラノベ読書に入りますか?


子どものころから読書は好きだ。
決して人より読書量が多いとは言えないが、自分なりに読書の楽しみ方を体得はしてると思ってる。
現在好んで読むのは1920年代50年代位のアメリカ文学日本文学が中心、ミステリSFはいまいち不得手。
で、ラノベである
ラノベなんて読書といえない」のだろうか? それはどこまで真なのだろう?

なんでこんな事を聞くのかというと、子どもの頃の自分にとって、ライトノベル普通小説の差はなかったよな、と思うからだ。
現状のラノベ自分はよく知らない。
自分の知っているラノベは、小学生から中学生のころに読んでいたスレイヤーズくらいなものである

スレイヤーズの新刊が出たらそれを読み、リナが食べる宿屋ごはんの描写がおいしそうだとうっとりし、戦いの描写を頭で一生懸命思い描き、ほの暗い世界観が解き明かされるのに心を躍らせる。
読み終わったら図書館に行ってライ麦畑でつかまえてを借り、「苔の生えたような歯」の同室者に怖気をふるい、くるくるまわるフィービーの真っ青なコートを瞼の裏に描き、子ども時代が失われゆく感傷に、少し背伸びして浸ったりする。

少なくとも、本を読む楽しみにおいて、そこに差異はなかった。
から、今「ラノベ読書と呼ぶなんて」と盛大に眉を顰める人に出会うと、「別にいいんじゃないの?」と疑問を抱かざるを得ない。
それともラノベはそこまで変質したのだろうか?

「いい年してラノベなんて…」って年齢的な要素はなくもないんだろうが、「若い人に照準を合わせた本」を大人が読んではいけない法はないだろうと。
自分がこの歳になってもサリンジャーサガンを愛読してるのだって人によっちゃあ恥ずかしい奴! ってなるだろうしな。

2011-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20110107214632

ちょうど村上春樹インタビューを読んでいたので、引用してみたいと思う。

満員電車に乗って会社に行き激しく働くというのは喜ばしいことだ、とは彼らも思っていません。でも、そうしなければならないとは思っています。僕はそういった勤勉な日本人たちを愛しています。けれども同時に、もし彼らが戦争に行ったら、例えば中国に行ったら、たくさんの中国人を殺すでしょう。彼らはすごくすごく組織化されているかです。みんな勤勉なんですよ。

「彼らは危険だと?」

危険です。誰かが人を殺せと命令したら、彼らは殺すでしょう。僕はすごく彼らを愛してるんです。でも同時に恐い。それは……うん、ちょっとわかりません。まだわかりませんね。

「僕が役所や会社に勤めるのを拒んだとき、両親はすごくがっかりしました。急に僕が社会アウトサイダーになってしまたかです。そして当時アウトサイダーになるのはとても危険な、あやういことでした。そのころ日本経済はすごく強くて、システムの中にいさえすれば安全だったんです。誰もが、自分たちは一生安泰だと考えていました」。彼は笑う。「そしてもちろん、そんなことなかったと、いまでは誰もが知っています。

BMWや新しいコンピュータを手に入れれば幸せになれるし孤独でもなくなる、と今の日本人たちは教えられてきました。それは事実じゃありません。でも、このことについては真剣に語られないでました。だからみんな偽善と悲観に陥ってしまったんです。この新たな社会はあまりに大きく巨大に見えるので、どこから攻撃したらいいかもわからない、と言うのが問題なんです。けれども事態は動いていますけどね。

学校を出てそのままフリーターになる若者がたくさんいます。そのことにはいい面も悪い面もあるでしょうが、僕はいい面を見ています。それはまさに、自由になるチャンスなのです


都甲 幸治『偽アメリカ文学誕生』っていう本に書いてあるから興味があったら読んでみてね。

2010-12-20

ノルウェイの森を再読している。

http://anond.hatelabo.jp/20101219174222

 

クリスマスカラー単行本が世にあふれたころ、たしかわたしは理系女子大生で、

世はバブルで前髪がとびでた眉毛の太い、肩パット入りスーツきたお姉さんをよそ目に

毎日実験室と500mはなれたアパート

実験が毎日深夜に及ぶため家族をまたせたくなくて3万円弱のをようやく借りた)を

往復するしかなくて、

かなりネームバリューのある大学生からできるわりのいい家庭教師アルバイトさえ

土日のあい時間しかできなくて、ある意味なんだかサラリーマン生活の前借だった。

その私がノルウェイの森を読んで思ったことは、そうちょくちょく人に親切を施しては

セックスなりふれあいで回収できるほどヒマで金余りな大学生が世にいるんだなという呆れみたいなことでした

私にも統合失調やっちゃった親友がいたけれど、見舞いにさえいけず、

手紙電話で連絡しようとしたらその子の親にもう出してくれるなといわれた(病状のためにも、だったかも)。

たぶんそれを押して学業ほっぽりだしてたら?

電車代にも困っていたのに無理だとおもうけれど、もし借金する知恵でもあったら、

今度は自分の親にその子が悪役にされ、それはたしかにそのとおりだったろう。

それにわたしには上野ちづこさんふうにいうと1本あれば便利なチンコはついてなかったからそれを利用した慰め方も(壊し方も)できなかった。

 

で、私はその後めでたく結婚して生まれた娘も2歳のころから活字中毒で3-4歳からひらがなは完全黙読

(お友達いわく「**ちゃんさいしょは本いっぱい読んでくれたけど最近声ださなくてつまらない」)、

小学校に入る前に薬局の「薬」をみて「たのし!」と読んでいた。

その子が五年生の担任と日記愛読書告白しあうにいたる。子供文庫本の「しゃばけシリーズを挙げた。

こともあろうに担任はノルウェイの森をあげた。(この人アメリカ文学かぶれのイケメン50歳なんである

実家ももちろん文庫版のそれがころがっていて、子供青い鳥文庫といっしょに夏休みにもらってきた。

母こと私が気づいてすぐとりあげて139ページあたり読むともうこりゃダメだと。

短くはあるけれど直子と何したかそこまで正確?に描かなくてよろしい絶望

娘11歳の手に取るやいなやの読書は110ページあたりまでだったらしくてぎりぎりセーフ。

 

とりあげたついで最後までよんだけれど、ことさらセックスけが悪いんじゃない。

とにかくそのあともずっと周囲の人/間が自/殺しまくる話だと理解。

 

指折り数えていたがキヅキもナオコも遊び/人の先輩もその美/人の彼女も「自/殺した」。まるでよほど喪失をかかえたイケ/メン遊び/人主人公かまたはキヅキがそれほどうらやましいたいじゃないか、そんな主人公も今頃は、無駄な団/塊ジ/ュニア給料もらいすぎ、キャ/ンプいってダッ/チオー/ブンでも焦がしておけ、俺たちは車も買えないんだっていわれてるころじゃないか。なにがうらやましかろう。

なんというか、主人公は本質的によい人間なんだろうし、価値観は理解できるけど

今も昔も別にすすんで理解してあげたくない。

自分が完全に無駄な食い扶持であるという立場にきずつかない同世代の男は私をいらいらさせる。

まあ当時他にそういう小説がなかったというならそれはそのまま存在すればいいけれど。

 

私の旧友は紆余曲折あって結婚してネット書店をはじめていてくれた

文芸部ワープロうちもできなくて私にまかせていた子だし、今もネット勉強中だといっていたが)。

生きていてくれてありがとう。

追記 クソhatenaキーワードのせいで白字ネタバレ回避が利かなかった。

読んじゃった人ごめん

追記2 教職だった私の母は、「二十四の瞳」の大石先生お嬢さん教師ぶりが腹が立つといっていた。

そんなもんなんだろう。距離があれば美しくみえるものを近くから見た感想などは増田くらいでちょうどいい。

2010-06-26

http://anond.hatelabo.jp/20100626151109

よくわからんが、その進度の違いっていうのは、その後の業績に関係するの?

別に。早熟であることは能力が高いこととは違うからね。高校でゆとり生活を送るか大学ゆとり生活を送るかの違いだけ。

もっとも日本大学アメリカの高校も言われるほど楽なわけではないが。

たとえば、日本大学生のほうが、他国の学生よりも、(より高度なことを勉強してるわけだから)アメリカの一流の大学院に多く進学するとか。

なんでみんながアメリカ大学院を目指さなきゃいけないわけよ。あんたみたいな人って言っちゃ悪いけど、わけもわからずに東大東大と言ってる人と何も変わらないと思うよ。

大学院ってのは指導教官で選ぶべきものだし、そのために東大の学部から地方大の大学院に行くという選択肢だって普通にあるんだよ。就活で不利になるかもしれないというのだけがちょっと問題だけど。

もっとも、修士進学時点ではそこまで業界事情がわかっていることは非常に稀なので、米国大学院に行くことは、異文化体験や英語力の養成というメリットと、高い学費や語学ハンディによる留年・挫折リスクトレードオフだと考えればいい。アメリカ文学みたいに、アメリカにいること自体がメリットの分野なら別だけど。どっちにしてもこれは学部の早い段階からTOEFLの準備をしていないと難しいので、実質的にはアメリカ好き・語学好きな奴だけが取る選択。

というか分野にもよるけど旧帝大あたりの教官はだいたい世界レベルだから。米国大学教育が優れているのは、(優秀な指導教官の)質よりも量ではないかと思う。

ただし、化学生物実験系みたいに金やコネが強力にものを言う世界(有り体に言えば生臭い世界)では米国の方がいいという話も聞くね。そもそもネット内外で「日本大学ダメ米国に行け」と言っている人はその分野の人が多い。

2010-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20100419195816

俺もそれ思った。なんか現代アメリカ文学っぽい内容になっていくのかと期待した俺が馬鹿だった。

 
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