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2020-11-03

心象風景

今日の帰り道、長い塀とその中にある高い木々に囲まれ屋敷を見かけました。随分昔からあるような雰囲気でした。大きな門のところにはぴかぴかの監視カメラがあって、そこだけちぐはぐな感じがしました。

私は散歩が好きで、気がつくと三時間くらい歩いていたりします。この街はくまなく歩き回ったと思っていたのですが、まだ知らない場所があったみたいです。こういうことがあると、物語の中に入ったようで少し楽しい気分になります。ここはそんなに大きな街ではないので、もう何ヶ月かしたらきっと、本当に行ったことがない場所などなくなってしまうでしょう。そう思うと少し残念でした。その時が訪れたら、人に迷惑にならない程度に少しばかり酒に酔って散歩するのも良いなと思いました。そうして、意識がはっきりしていない状態で歩き回ると、「猫町」に出てくるような遊びができるかもしれないと考えました。

小説といえば、昔に村上春樹小説を夢中になって読んでいたことがありました。近頃はあまり読まなくなってしまったのだけど、日常から日常へとシームレスに暗転していく感じが好きで、今でも地下鉄に乗っている時や、古いホテルの長い廊下を歩いている時などに小説の情景を思い出します。

どうして村上春樹のことが頭に浮かんだかというと、今横を歩いているこの立派な屋敷は「1Q84」に出てくる篤志家の老婦人が住む家の描写に似ていたからだと思います塀の中にはほうれん草が好きなドーベルマンや、隙なく鍛え上げられた肉体を持つガードマンタマル氏がいそうでした。思わず空を見上げましたが、月は一つしかありませんでした。

小説の内容は断片的にしか思い出せませんでした。ただ、タマル氏が語った木彫りのネズミを作る少年の話ははっきりと記憶しています。その少年タマル氏が育った児童養護施設にいて、ネズミを彫ることの他に何もしませんでした。少年ネズミを彫る情景は、何故かわからないが心に残っていて、それは自分にとって大切なもののように思える、というようなことをタマル氏は言っていました。それが彼の心象風景なのだと。

1Q84を初めて読んだときのことはよく覚えていますお金がなかったので本は買えず、図書館はずっと予約待ちでいつ読めるかわからず、でもどうしても読みたかったので、きっと責められるのでしょうが、隣町の図書館に行った帰りに本屋立ち読みをして少しずつ読み進めたものでした。

その当時の私は、失意のどん底にいました。大学受験に2回も失敗したのです。高校卒業して就職し、少し経って色々なことが見えてきて、大学に行きたくなって、仕事をしながら受験勉強しました。そして失敗しました。頑張って溜めたお金もどんどんなくなって、やっぱり自分馬鹿なんだ、甘かった、叶わない夢を見ていたのだと思い知らされて、本当に惨めでした。それでも諦められなくて、図書館自習室に通って勉強を続けていました。

そんな折にウッカリ病気になり、入院して手術を受けなくてはならなくなりました。高額医療なんとかという制度でかなりの額が戻ってきたのですが、それでもやはりお金は減るし、大部屋だったので周りの病人なんやかんや干渉されるし、古い病院なので暑くて臭いし、とにかく最悪でした。

私の心象風景は、そんな時期に起こったある一日の出来事です。

その日も最悪な気分でした。手術で受けた傷が痛みました。術後から数日間しか経っておらず、しばらくは風呂に入れないでいたので、自分臭いのがわかって辛かったものです。

気分転換でもと思って院内散歩しているうちに、見知らぬ病棟に入り込んでしまったようでした。エレベーターで一番上まで上がると、屋上に続くドアを見つけました。

屋上には誰もいませんでした。洗濯されたシーツがはためく耳障りな音と、やかましい蝉の声だけが聴こえました。季節は夏で、真っ青な空と真っ白な雲のコントラストが憎たらしいと思いました。しかしながら病院屋上というのはなかなか絵になるもので、まるで自分小説の中に入り込んだような心持ちがして少し気が晴れました。ですが、そんな雰囲気で柵に凭れたら、熱された金属が肌を焼いて飛び上がり、格好が付きませんでした。ため息をついてふと見下ろすと、ある病棟の窓から内部が見えて、目をこらすと病室から廊下に棺が運び出されているのが目に飛び込んできました。

私はますます憂鬱になりました。それで、とぼとぼと病室に戻ると、点滴を引きずりながら歩いたせいで血が逆流してしまったらしく、看護師さんに怒られました。

落ち込みながら、歩き回って汗をかいたので着替えて、脱いだTシャツを流しで洗濯していると、明らかに大掛かりな手術をしたと思われる包帯ぐるぐる巻きの人がやって来ました。その人は壺のようなものを重たそうに持ってよろよろと歩いていて、とても怪しい人物のように見えました。それを流し台に置いて居なくなったかと思うと、しばらくして綺麗な花束を持って戻ってきました。壺ではなく花瓶だったのかと私は思いました。

その人にとって、かがみこんで花を花瓶に入れることも、蛇口をひねることも、そしてその後に運ぶことも難しい状態に思えました。普段は、困っている人に親切な行為をするのに随分勇気が要るのですが、その時は反射的に声をかけることができました。

病室のテーブルに花瓶を置くと、その人は小さな板(何回でも書いて消すことができる子供用のお絵かきボードがありますが、それに似ているものです)のようなものを取り出し「ありがとう、とても助かりました」と書きました。そして、手術をしてもう喋ることができないのだと続けました。私はその時初めて、その人が今まで一言も発していなかったことに気が付きました。

私は何故かその瞬間、自分を恥じました。しかし、そう思ったこ自体もその人に失礼で、恥ずかしく思いました。

視線を落とすと美しい紫色の花が目に飛び込んできて、見たことがない花でした。とても綺麗な花ですねと私は言いました。

その人は花の名前を教えてくれました。名前は聞いたことがありましたが、こういう見た目の花ということは知りませんでした。

そう言うと、好きな花なんです。母が持ってきてくれた。と答えました。

それからもう10年が経ちました。あの夏を過ごした翌年に、私は何とか滑り止めの大学合格しました。その後、機会にめぐまれて、大学院にまで進学することもできました。いわゆるロンダリングです。恥を忍んで正直に言うと、大学に入るまで大学院を存在することを知らなかったので、それを初めて知った時はなんだか謎めいた機関のように思えました。周りに院を出ている人などいなかったし、そもそも大学を出ている人も多くはありませんでした。今では、本の奥付に書かれた著者のプロフィールにX大学大学院X課程修了などと書いているのが目に入るようになりました。昔から色々な本をたくさん読んでいたはずなのに、きっと見えていなかったのでしょう。

20代前半で初めて東京に出てきて、育った環境の違いに打ちのめされたものでした。中高一貫学校出身の人々に囲まれて、私が初めからこういう場所で育ったならどうなっていたかなと考えましたし、今でも考えます奨学金の残りの返済額に憂鬱になることもしょっちゅうで、そういう心配がない人はいいなと思います。進学してから変な経歴を笑われたこともありましたし、ロンダだと陰口を言われたこともあって、そうした時は悲しくなりました。

でも、いつからか、自分自分人生をある程度コントロールできているのだという充足感があって、これは昔にはなかったものでした。ただ、これは、大学受験を乗り越えて「分断」を渡った(かもしれない)ことだけが原因ではないように思えます

何かがあって落ち込んだり、何かなくてもふと悲しくなったとき、あるいはただ呆けているだけのときに、あの夏の病院出会った包帯の人との出来事が、鮮やかな紫色の美しい花のイメージとともに浮かび上がることがあります普段は忘れていて、そのとき見たもの匂いや状況などがトリガーになって出てくるのでしょう。この情景はとても印象的ではあるのですが、別に感動的ではないし、大きく感情を動かされることもなく、さして貴重な体験だったという訳でもないように思えます

ただ、思い出したとき何となく心が凪いで、これは私だけが持っているものだと言う気持ちになります。多分ですが、自分にとって大事ものであるような気がするのです。そう思うと、タマル氏が言っていたことが理解できるような気がしました。

「俺が言いたいことのひとつは、今でもよくそつのことを思い出すってことだよ」とタマルは言った。「もう一度会いたいとかそういうんじゃない。べつに会いたくなんかないさ。今さら会っても話すことなんてないしな。ただね、そいつが脇目わきめもふらずネズミを木の塊の中から『取り出している』光景は、俺の頭の中にまだとても鮮やかに残っていて、それは俺にとっての大事風景ひとつになっている。それは俺に何かを教えてくれる。あるいは何かを教えようとしてくれる。人が生きていくためにはそういうもの必要なんだ。言葉ではうまく説明はつかないが意味を持つ風景俺たちはその何かにうまく説明をつけるために生きているという節がある。俺はそう考える」

2020-10-12

毎朝の通勤時、満員といって差し支えない感じの地下鉄に乗ってるんだけど、

乗る時間車両が決まっているせいか、ほぼ毎日とある乗客と遭遇する。

その乗客はいつも座席に座ってるんだけども、普通に膝の上に乗せられる薄手のビジネスバッグを網棚に乗せ、足を他の乗客比で靴一個分前方に放り出している。

個人的には割と迷惑ムーブだと思っている。

そんなのと毎朝遭遇するたびに、「この年になるまでママ電車の乗り方を習ってこなかったのか?」

「お前常磐線でも同じムーブできるの?」などと心の中でdisってたんだけど、今朝、あることに気付いた。

こいつ、顔がイケハヤそっくりだと。

それ以来、ああ、東京で消耗してしまったんだなあとか勝手に思って楽しくなってしまったという、どうでもいい話。

2020-01-30

武漢発の新型肺炎に関する雑感

中国から団体旅行制限が発表される直前、都心ホテルアジア系の一行がN95マスクを着けて荷物を運び入れるのを見かけた。武漢から避難してきた家族かもしれないと思った。

武漢からやってきた人たちには、東京地下鉄に乗ってきてほしくない。ショッピングモール商店街にも来てほしくない。感染が怖い。

からといって、そんな思いを口に出したり、行動に表しては、たんなる人種差別とどこが違うのだろうか。

武漢からやってきた中国人も、上海人も、香港人も、台湾人も、私には見分けがつかない。

かりに武漢からやってきた人たちが東京でひっそりと避難生活を送っていたとしても、彼らは自分たちコントロールできない要因によって、もう十分に恐怖を味わい、苦しんだはずだ。差別されるいわれなど毛頭ない。

検診は受けてほしいし、症状が出た場合自発的医療機関受診してほしいと思うが、「あなた武漢から来たのですか。ところで検疫はお済みですか?」と尋ねるのは、差別とどこが違うのだろうか。

ウイルスが引き起こす感染症の実態がまだよくわかっていないために、感染者や感染地域出身者にたいして、魔女狩り的な恐怖と攻撃心が自分のうちにもあるなと思う。

いま武漢で起こっていることは、これから世界中のどこでも、日本でも起こりうるのではないか

これだけ国境を越えた人の往来が日常的になった時代には、逃げ場はないという前提で物を考えた方がよいのではないか

肺炎うつるから中国人は日本に来るな!」と思っている人は、東京発、大阪発の新型肺炎が発生した際に、差別されることを受け入れられるだろうか。

明日は我が身、もはや逃げ場はないという前提で、最悪の事態を想定して、感染しないようにするにはどうすればよいか、もし感染発症した場合は、どこに助けを求めればよいか、という知識を持っておく方がましではないだろうか。

異論は認める

大変な目に合っている人たちに一刻も早く支援が行き渡ること、知るべき正確な知識がしっかり得られることを願うばかりだ。

2019-12-29

anond:20191228225724

札幌西区民だよ

もうすでにたくさんの人が言及してるように住むなら絶対地下鉄沿線がいい

地下鉄東西線南北線東豊線三線があるが、それぞれの中心駅はさっぽろ駅大通駅地下街で繋がるすすきの駅も含む)で

この駅に近くなればなるほど基本的には家賃が上がると思っていい スーパー等の商品価格も同様である

中心駅から5つくらい離れていても地下鉄の速度ではそんなに問題にならないのでそのあたりで家賃が安くて多くの中・小規模スーパーが競合している辺りが住みよい

南北線大通さっぽろ両駅を通るので便利といえる 南平岸真駒内間は地下鉄に乗っていたと思ったらなぜか地上に出ていてちょっと面白い

沿線の駅も住宅地から繁華街まで便利なところが多く、麻生バスターミナルもある駅でそこそこの繁華街で大型スーパーも直結である

真駒内方面の街並みは古いが小さい店がたくさんあり住みよいと思う 真駒内からバスも多く発着している(はず) 

さっぽろから北24条あたりがだいたい北大生の生活エリアといった感じでカフェや盛りのいい定食屋レストラン等(各国)が点在している

さっぽろ駅北口北大の門近くの「ぱん吉」はおすすめ 反対側だけどやはり北大近くにひっそりとした六花亭店舗もあってとてもよい

24あたりからさっぽろへはよく歩く札幌民的には徒歩圏内かなと思う

東豊線のことは実はちょっとよくわからない 南北線東西線民は東豊線までの地下通路が未だによくわかってないし駅名で方面を把握できない人が自分観測範囲では未だ結構いるが

東豊線の通る東区豊平区は多くの人口を抱える住宅街も多いエリアで隠れ家的なカフェ飲食店スーパーも充実していて家賃もかなり手ごろだと思われる

思われる、というのは車移動をしない地下鉄をよく使う札幌市民はおおむねさっぽろ大通すすきのを中心地点として

それぞれの路線の東半分西半分、南半分北半分、東区豊平区側、という風によく使う生活エリアが分かれる感じて暮らしてる人が多いと思うので

自分手稲区の端っこから東西線の西半分(バスセンター辺りまでも含む)と南北線の真ん中らへん、それから市電大通側くらいのエリアの事しかよくしらないのである

生活感覚としては東西線西区あたりで暮らしてる感じと東区の似たような住宅街では概ね同じだろうって気がするんだけどそこのところの詳しいことは東区民の説明に任せたい

ただ散歩趣味なのであちこち歩きまわっていると意外と徒歩で行ける範囲の多いことに気づく

自転車があるなら秋口までは例えば西区を中心にすえれば手稲区北区東区の端(札幌ファクトリーを超えて東苗穂あたり)

あたりまでは余裕であちこち楽しみながら移動できると思う なんだったら海まで出れる 札幌はとても狭い町である南区は広い)

既出だが中心部以外で大きな繁華街を抱える駅は東西線の西エリアではやはり琴似だろう 琴似は少し家賃が高いかもしれないが大規模スーパーから小規模スーパー

飲み屋から昼間の飲食店、星のついた寿司屋フレンチスープカレー山の手よりだがGOPのアナグラおすすめ

そば店まで幅広く揃っていて大きな書店のあるJR琴似駅も近く山の側の住宅街側へのバスの発着、

また少し歩いた旧国道5号線には大通を経由してJR札幌駅まで210円で行くバスも走っているので交通に関してもとても便利なところでおすすめしたい 病院も多くある

東西線東側もだいたい同じような感じじゃないか想像してるがやっぱりよくわからない

白石区の南郷は西側発寒南駅~琴似から24軒駅と結構近い感じだと勝手に思ってるんだけど白石区民さんどうでしょう

南郷7丁目にはビーネマヤというすばらしいスイスドイツ菓子創作洋菓子の店があってその一点だけでも南郷7丁目に住みたいと思ったことがあるが

訪問するだけでもなかなか行く機会がないのでだいたいその程度には遠いかなっていう距離感覚だと思ってもらえればいい

東側終点新さっぽろという駅で ここもJR駅が近くフードコート充実の大きな商業施設さっぽろ青少年科学館とサンピアザ水族館があって古い駅だが楽しい

家賃もそんなに高くはないんではないかと思われる

飲食店は洋の東西を問わずやはりさっぽろすすきの大通辺りを中心にして外側に広がっているという感じだが

バスセンター駅・創成側エリアから市電通り、狸小路(7・8丁目の飲食店はとてもいいぞ)、西11丁目から西28丁目あたりのエリアには名店が多いという印象

特にフレンチイタリアンは西11から円山を含む西28丁目、宮森近辺には多くあちこち楽しめると思う パン屋ケーキ屋も同様

フランス菓子に特化した店は山側にあえて出店するところでなければ概ねこのあたりに名店が集中しているが、JR桑園駅にはスイートハーツナンポという名店がある

桑園も住むにはいい町でJRさっぽろまで一本(快速はとまらない)、歩いてもそう遠くはない 地下鉄東西線の西11から西18のちょうど真ん中くらいの位置なので

この辺りは徒歩圏内美術館植物園北大も近いので観光がてらぶらぶらするにはすごくいいところ ただ今は結構家賃が高いかもしれない

そばパン屋等は各区に名店が点在しており特に西区西野西区西町という地域は(発寒南駅最寄)

なぜかそば屋やパン屋等粉を扱う店が多く出店し激戦区の様相を呈している

それは南区もそうなんだけど菓子屋(エリソンはたいへんな名店)しか詳しくないので書けない 南区民に任せたい

宮の沢駅すぐ近くのアンチェインベーカリーはとてもすばらしいのですすめたい

なおここのごく近くに石屋製菓もあり、コンサドーレグラウンドもあり平日祝日わず観光客でにぎわっている 結構楽しい

宮の沢はそんな事情もあってかこの数年で病院施設がとても充実してきて落ち着いて飲み食いする飲食店にはやや乏しいもの

少し歩けば発寒イオン(柳月・もりもと・六花亭寿司のなごやか亭あり)もあり旧5号線にやはり中心部まで一本でゆくバスも通っていて(逆の小樽方面にも一本で行く)

方面へのバスセンターもあり、駅直結の西友の中には六花亭も入っていて結構おすすめだ ごく近くになごやか亭もあるぞ

六花亭、週末限定の豆のしっかりした「ご容赦どら焼き」がおいしいので試してみてほしい)

スーパーの過密具合でいえば発寒南駅周辺はかなりのものでこの近辺で暮らせば自炊する人ならかなり食費を抑えられるのでここもおすすめしたい

西友コープマックスバリュ魚屋系列北海市場、生鮮市場、激安店マンボウ等があり食品充実のツルハサツドラ他大型ドラッグストアも過密、

それぞれがバランスを保ちながら安価を競っていてかつ新鮮なものが手に入りやす

またそばの名店「たぐと」がこのすぐ近くにある 「普段生活の充実」という点では相当おすすめの駅である

なお西区中央区の一部も)はかなり山がちな地域であり西野6条・宮の丘あたりから福井方面にかけて地獄の勾配だが

そこから先の住宅街に今ではかなり多くの飲食店菓子店の名店がある

しかし一東西線西側沿線民としては円山である お金問題さえクリアできれば円山に一度は住んでみたいと思う的なエリアである

円山はいわゆるおしゃれエリアで山にも近く自然も豊かで円山公園は季節を問わずいつも美しく丸山動物園までの原生林をつっきる遊歩道も整備されておりとてもいいところ

歩くのにもサイクリングにもランニングにも魅力がある町でそこここの狭い道をいけばいつもなにかしらの発見があるし飲食店も山ほどあるのでよい

食生活外食中心でお金にあくせくしなくていいなら円山特にすすめる 隣駅の西28も便利で円山は徒歩圏だしなんなら北海道神宮は円山で降りるより近い

西28から円山周辺にはパスタの名店レヴァーロ、回転すしトリトンフランス菓子の名店パティスリーシイヤ等々がある 他数えきれないくらいある

かなり山側だが中華の名店宮の森れんげ堂もいい 最近台湾料理の店も増えてきてる

スーパーの類は少し少ない&高めかもしれないがドラッグストアも点在しているので工夫すればそれなりに安くあげられるかもしれない

駅直結のマルヤマクラスにはジュピターが入ってて便利だしスーパー部門マックスバリュ

日常商品はそこそこの値段のまま円山ならではのちょっと高級な品ぞろえ(道内の名店の商品等が置いてある)もあり楽しい

大通までも3駅しか離れてなくて地下鉄でも近いが、正直徒歩でもすぐの距離大通からつらなるこの通りは歩くのにめちゃくちゃいい所なので体験してほしい

大通13丁目の札幌資料館、隣の12丁目のガーデンののんびりした空気や夏から秋にかけてのバラの美しさは何度見ても飽きないし大好き

マルヤマクラスすぐ近くの六花亭本店喫茶はいつも混んでいるが生ケーキも置いてあって季節ごとの限定商品楽しいので行ってみてほしい

カフェ等も言わずもがな多く店のテイストコーヒー自家製メニューの味もそれぞれこだわりがあり自分好みの店を見つける楽しみに満ちてる地域である

というような地下鉄沿線地域ごとのおすすめがそれぞれの沿線民にもたくさんあるだろうと思うので増田じゃなくても住んでる自分も聞きたいわーと思って長く書いてしまった

それぞれの区民のおすすめ細かく知りたいなあ ここまでの認識おかしいとこ結構あると思うので容赦なく訂正したうえおすすめしてほしい

あと冬の大変さや住居選びについてはもっと詳しく書いてる人がいるので割愛するが、地下鉄入り口階段は冬めっちゃ滑るので気をつけろ

あとすすきの駅豊水すすきのは違う駅だからこれも気をつけろ

2019-07-29

婚活アプリ出会った犬食い最低男の話

増田でも、婚活出会った地雷案件投稿最近は増えた気がする。わたしも以前なかなかパンチの効いた案件を引いて、それを書いてみたら人気エントリに載った。婚活とは奇妙な男たちとの出会いの連続である

この前会った男はその中でも群を抜いて「やばい相手だった、今まで会った人たちはめちゃくちゃ「まし」なのでは?切り捨てなくて良いのでは?むしろ優良物件の宝庫では?と真顔になってしまう程度にその相手は「やばい」奴だった

まず、メッセのやり取りからし気持ち悪くて仕方なかった。彼からメッセージ付きいいねというものを受信して、それにいいねを返す形でやり取りが始まった。

そもそもメッセージ付きいいねというのは「きもいな」と思われるツールだと思う。それが自分好みの相手からだったら「嬉しい」けど、不細工から「気が合うと思う」などと書かれた日には無言ブロックから運営通報である。彼からメッセージ付きいいねも「きもいな」と感じたが、顔は比較的まし、都内一等地住みということで、生理的嫌悪感よりもスペックを選んでいいねを返した。

相手マッチングして浮かれてるような文章だった「こんにちは!」「〇〇といいます!」「〇〇なんですね!!」と全てに「!」がついていて「うるせぇな」と思った。こちらの返信がだるさのあまり遅れてくると、焦ってるのか早い段階でアポを取り付けてきた。その日は別の一軍男子とのディナーで都内に出る用事があったので「タダ飯すっかな」と了承した。

待ち合わせの場所時間を決める前に「では当日」と相手クローズに向かってブチ切れそうだった。「時間を決めませんか?」って聞いたら勝手半日拘束を指定してきて「んだコラ!?」ってなった。こっちはてめぇと違って暇じゃねぇから~。段取りの悪さを暗に指摘したら「すみません😰」である地獄に落ちて欲しい。

ここら辺で切ればよかったのだが、世の中にはどれだけ酷い人間がいるのか見たい。面を拝んでみたい。写真よりブスなのか?と好奇心が勝ってしまった。好奇心は人を殺すよ。

男性たちよ、ドタキャンされたくないなら1日一通でいいからやりとりを続けた方がいい。日がすぎるにつれやり取りしない相手記憶の彼方に飛ばされていく。前日までにリマインドがなければそのまますっぽかそうとしていたが、リマインドが来てしまった。ちゃっかりしてんなと思いつつ、まあディナーの用事は変わらないので「はい」「わかりました」とだけ冷たく返信した。

待ち合わせ当日、昼過ぎの待ち合わせにも関わらず朝7時頃に「今日はこんな服装です」と連絡が来た。早すぎだろ。気合い入っててきもいなと朝からテンションが下がる。「Tシャツ、半ズボンサンダル」というおよそ清潔感のない服装メッセに書かれていることにまた苛立った。わたしプロフ写真も、好きなブランド女子アナのような清楚系をチョイスしていたので「相手に合わせようとか、なんも考えてねぇんだろうな」と思った。

待ち合わせは某駅ビル指定した。日焼けと暑さが嫌だからである。「暑いので室内にしましょう」と気を利かせた感もだしておいた。なのに奴は駅ビル微妙に屋外に出てるクソ暑い場所にいたのである馬鹿か?ドタキャンもやむなしと待ち合わせ場所で偵察している時も落ち着きなくうろうろ歩き回っていて恥ずかしかった。なぜ直立して待てないのだろうか。小学生でも奴よりは落ち着いてると思う。何度も「どんな服装ですか?」とメッセ追撃がきて、観念して挨拶したが、目は一切合わせなかった。嫌悪感丸出しにも関わらず相手はにやにやと笑っていた。気色悪っ。

休日の昼間である、店はどこでも混んでいる。某駅ビルレストランもどこも満席だった。でもわたし駅ビルで買い物がしたかったので移動したくなかった。そんな時に奴は「気に入ってるカフェがあるので」と移動を提案してきた。どこに向かうのだろうと思っていたら、あろうことかわたしが来た方向に戻るような形で某チェーン店に向かい始めた。いや、先に言っとけよ!途中下車したわ!

途中暴風で、巻き髪も前髪も全て崩れてブチ切れ寸前だった。嫌味ったらしく「いつもは地下道なのでこんな暴風にはあいません」と言った。田舎者土地を知らなくて嫌いだ。こいつは生まれてこの方東京都民らしいが、わたしには田舎くせぇ芋にしか見えなかった。

メニューを決める時も人のスマホを覗いてきて気分が悪かった。「見ないでください」と伝えるが、罰が悪そうに笑うので余計に腹がった。いちいち人の地雷を踏み抜く男である。当てつけに他の男にメッセを返していたらわざとらしく視線を逸らして鼻歌なぞ歌い始めていた。落ち着きが無さすぎである餓鬼か。

そして、この後が最大にして最悪な地雷男の本領発揮である

奴は自分の前に置かれたパスタを、まるで犬のように顔を皿に近づけて食べ始めた。フォークで大量に掻き込む。顔を上げる。頬に入れた食材を大仰に噛み砕いている。口の中のものが無くなると、また、犬のように皿に顔を近づける。それをエンドレス。肘をついたり、片手しかテーブルに出ていない時も多く、およそマナー皆無な食べ方で不愉快しかなかった。わたしはその姿を見て食欲がなくなってしまった。

あちらが食べ終わると、あろうことか椅子の上に片膝を立てて、わたし食事を見つめてくる。ギブアップだった。すぐにトイレに駆け込み、吐き気を抑えながら歯磨きをして「出ましょうか」と伝えた。相手は「?」を浮かべていたが、わたしカバンを持ってか立ち上がったので慌ててついてきた。「今日ありがとうございました」と一息で言うと炎天下の中を駆け足で雑踏に逃げ込んだ。相手が追いかけてきてるのではと気が気ではなかった。地下鉄に乗って、数駅だけ逃げて、またディナーのためにターミナル駅に戻った。

LINEは交換してないかアプリは逃げ込んだ電車の中でブロックした。こんなにも酷い人間がいては困るなと思った。相手は無言ブロックされたこからなにか察してくれるのだろうか?わたしは犬と食事できるほど寛容ではない。

わたしも人のことをとやかく言えるほどマナー完璧人間ではないが、相手気持ちよく過ごせるようにできるだけ丁寧に気をつけてお茶を飲み、ご飯を食べている。婚活とは面接だ。まして初回など、緊張感を持って取り組むべきだと思う。思うし、わたしは緊張感を持って取り組もうとした。

彼の同僚や上司は、あの食べ方を見てなんとも思わないのだろうか?彼は実家暮らしだったはずだが、両親は何も思わないのか?無礼は悪だと痛感した日だった。

2019-07-20

好きな同級生アイドルだった

もう終わりにするつもりなので、今の気持ちを書き留めたくなったからここに書く。

私の好きな人アイドルだ。芸能系とかじゃない、普通科高校同級生だ。同じクラスになったのは一度だけだ。多分向こうからしたら顔すら曖昧認識だろうと思う。それは無理もなく、彼は明るい人間で、運動部活躍していたそうだから中等部の頃からとても目立っていた。かたや私は文化部で、部員の少ない部活だったから具体的な名前は避けるが、まあ、文芸部とか生物部とかあのへんだと思ってくれたら大体正解だ。彼がヒエラルキーの頂点なら私は最下層だ。彼の情報も大概は言伝のそのまた言伝を盗み聞きして得たようなもので、生きる世界が違いすぎる。まあそんなことこんなところでくだを巻いている時点でお察しだと思うが

好きな理由は色々ある。主にとても彼の身体が好きだった。手脚が長くて太いところと、骨盤位置が高いところが特に。正直私は(当時は)女みたいだった彼の顔をまったく美形とは感じていなかったが、アイドルになるくらいだしきっと美形なんだろう。入学して間もない頃に校内で歩いてる彼を見かけて好きになった。それからしばらくして、彼が教室のドアを音をたてないように閉めているところを見て本当に好きになった。我ながらわけがからないと思う。その頃から私は彼の周囲を嗅ぎまわり彼に関する情報をかき集めては妄執にとらわれるようになった。彼に絶対迷惑をかけないようにというのは念頭に置きつつ、あまりここで書きたくないようなこともした。人生で一番猿に近づいた時期だ。でもこの頃が一番幸せだった。

具体的な時期を書くのは避けるが、彼が芸能事務所に入ったことを知ったのは多分同級生のなかでも結構遅かった。同じ部活の後輩が自慢げにSNSに書いていたのを見て知った。その時は驚きこそしたが「まあまあ」と思った。どうでもいいとか思っていた。恥ずかしながら私は(今もだが)そういう芸能界みたいなのに疎くて、なんだかよく聞く読者モデルとかそういうものなんだろうと考えていたからだ。

そこから特にイベントも無く、たまに彼のクラスの前を通って窓の隙間から彼の姿を見ては満足することに終始した。それで結構幸せだった。だがいつからか彼が学校にあまり来なくなったあたりからその楽しみも失われた。ただでさえ少ない遭遇の機会が気付けばゼロに近い値になった。

私はネットが好きなくせに意識的アイドルとしての彼を調べることを避けていたが、そこで初めて彼の名前検索した。ショッキングだった。知らないことがたくさん書かれていた。あんなに知りたかった彼の身長血液型家族構成がすぐに判明した。それが誰でも読める状態であるというのが衝撃だった。ツイッター検索すると私と同じように彼のことが好きな人が把握しきれないくらい無数にいたのも胃液が口から飛び出そうになるくらいストレスだった。学校にあまりいなくなった理由は、多分彼のアイドル仕事が忙しくなったからだった。簡単なことだったし私はそんなことも知らなかった。でもネットで読めた彼の言葉を何日もかけて読み込んで、彼は私の認識していた通りの彼であることがわかり幻滅しなかった自分に心底ほっとした。何を言ってるかわからないと思うが涙が出る程嬉しかった。

それから私は偶然スマホを水没させて数日インターネットを絶ったのをきっかけに、私はもう彼のことを忘れるようと努力しはじめた。インターネットを介して彼を知るほどまた好きになってしまって、でももう私だけの彼じゃないと思うと酷く辛くて何も手につかなくなった。学校集会などでたまに彼を見かけることもあったが意識的に見ないようにした。この頃から受験勉強にも追われ、親しかった友人は内部進学を決めたので自然と外部受験の私とは疎遠になり、本当に孤独で、静かな場所に一人でいるとずっと彼のことを考えてしまうからなるべく雑音の多い場所勉強をして時間を潰すようになった。成績は上がった。親がとても喜んでいるのが複雑だった。そしてテスト順位が忙しい彼とたいして変わらないことをクラスメイトの会話を介して知ったときは暗い興奮を感じた。おかしな話、彼はすごい奴なのだと誇らしかった。

そういう期間が長くあって、それはそれで精神の安定した時期でもあったのだが、決定的なことがあって全てが終わった。いつのことかはぼかす。

きょうだいテレビを見ているそば勉強をしていたら、よく知った声が聴こえてきて、画面を見たら偶然彼が出演していた。文字にすればそれだけのことだった。でもそれが、今までで最大の耐え難いほどのショックだった。そのショックの出処はわからない。なんでこんなに悲しいんだろうと考えることすら悲しくて悲しくてやりきれない気持ちになった。

それから色々なことをとめどなく考えた。今まで思考を避けていたぶん苦しくて数日頭痛が止まらなかった。もし私が彼と同じクラスになることがたくさんあったら同じ部活に入っていれば何か変わっていただろうかと考えることもあったが、きっとどう運命が変わったって私と彼が交わることはなかったのだと自分にわからせるのはそれなりに時間を要した。

自分は、彼がもう恐ろしいほど遠い世界人間になってしまたことを、スマホの画面や私の視界のような小さく個人的ものではない、大きなテレビ画面に映っている彼を見て、初めてそこで自覚して動揺してしまったのだと、客観的に考えればわかる。だがあの時の私は錯乱状態でそんなことがわからずただ真っ暗な悲しみの中でどうすることもできなかった。

そしてある日学校帰りに街で彼の顔がプリントされたグッズ?をカバンに着けている同年代くらいの女を見かけて反射的にふらふら着いて行ってしまった。彼女地下鉄に降りていった。私はもしかしてと感じて彼の名前検索してしまって、彼の出演するライブが丁度その日あると知った。今思えばなんでそんなことをしたのかわからないが、私は気付いたら地下鉄に乗ってその会場に向かった。調べた最寄り駅で降りるとなんだかそれらしい女達がたくさんいて、私はそれだけでオドオドしてしまって早足で彼女らを追い抜くようにしてホームを出た。彼女らのざわざわした話し声の中に時々彼の名前が現れて心臓バクバクして背汗が止まらなかった。地上に出てからもっとたくさんの彼の、もしくは彼と同じグループの人のファンらしき人間がたくさんいて、それらは皆一様に同じ方向に歩いていて、あっちかあの方向に彼がいるのかだからみんなあっちに歩いているのだ、と私も突き動かされるようにそれに倣った。よく晴れていたからかなんなのか、汗が止まらなくてしょうがなかったことを鮮明に覚えている。

辿り着いた先は大きな建物だった。綺麗だけど変な匂いがするところだった。ぞろぞろとファンらしい女達がいて、たぶん入場待ちみたいなことなんだろうか。この全員が彼のことを好きなのだと思うと漠然とした恐怖に襲われ、あまり近づけず遠巻きにそれを見ていた。彼の顔がプリントされた様々なものが何度も視界を過った。巨大なモンスター対峙したような無力感に襲われて、私はここへ来て何をするつもりだったんだ?と自分自分を責めた。

すると、わりと近からず遠からずな場所に立っていた二人組の女達がちらりとこちらを見た。偶然かと思ったが次は力強く二度見されて、確実に私を見ていることがわかった。私は怖くなって俯き携帯を触っていると彼女らは何事かひそひそ話始めた。ほとんど聞き取れないような声量だったが「あの制服」と言っているのだけははっきりとわかった。

次の瞬間に私は来た道を引き返していた。話しかけてこようとしているような素振りもあったがそれでも走って逃げてしまった。奇異の目だった。あそこにいた彼女らの大半の容姿はとてもかわいい女の子といった風で、私はあの場で死ぬほど浮いていた。気付いてしまった。私が彼を好きでいるのはおかしくて迷惑ことなのだ。そうはっきりと自覚して、今まで何年間も彼のことが好きだった幸せ記憶フラッシュバックして、その幸せと同じ分の後悔が押し寄せてきて潰れてしまいそうになった。体力が無いのに全力で走ってしまたか息切れて、もう惨めで惨めで涙と塩辛い唾液が止まらなくて、駅のトイレで吐いた。

私はこの日の夜に、初めてはっきりと「もう好きでいることをやめる」と決めた。今まで彼への感情から逃げることはあっても「やめる」とは明言していなかった。そう決めてしまうと、急速に自分の中を占めていた彼の存在が萎んで、不思議なくらい気持ちは落ち着いた。

でもまだ自分の中に彼が残っていた。完全には消えなかった。こうやって彼とのことを物語的に書くことで自分の中で完結させて切り離そうと思った。それは私の勝手であるからどう責められても仕方ないと思う。彼が特定されるような記述はなるべく避けたつもりだし多少筋が曲がらない程度に嘘も交じっているが、別にもうどうなってもかまわないと感じているのも本音のところで、最後に彼に迷惑をかけてみたいと思っている自分がいる。でも一生私のことを知らないでいてほしいのも本当だ。一貫性がない。最悪だ。だいぶ長くなった。推敲とかもしてないから色々おかしいと思う。もう好きではないけど、彼を好きでいたこの数年間はたぶん一生忘れないと思う。

最後に。何かの間違いでここに辿り着いてしまった彼へ。これからも頑張ってください。応援は出来ないけど、あなた人生神様が後押ししてくれるようここから祈っていますあなたの全てが上手くいきますように。

2019-07-18

anond:20190718170026

もう終わりにするつもりなので、今の気持ちを書き留めたくなったからここに書く。

私の好きな人アイドルだ。芸能系とかじゃない、普通科高校同級生だ。同じクラスになったのは一度だけだ。多分向こうからしたら顔すら曖昧認識だろうと思う。それは無理もなく、彼は明るい人間で、運動部活躍していたそうだから中等部の頃からとても目立っていた。かたや私は文化部で、部員の少ない部活だったから具体的な名前は避けるが、まあ、文芸部とか生物部とかあのへんだと思ってくれたら大体正解だ。彼がヒエラルキーの頂点なら私は最下層だ。彼の情報も大概は言伝のそのまた言伝を盗み聞きして得たようなもので、生きる世界が違いすぎる。まあそんなことこんなところでくだを巻いている時点でお察しだと思うが

好きな理由は色々ある。主にとても彼の身体が好きだった。手脚が長くて太いところと、骨盤位置が高いところが特に。正直私は(当時は)女みたいだった彼の顔をまったく美形とは感じていなかったが、アイドルになるくらいだしきっと美形なんだろう。入学して間もない頃に校内で歩いてる彼を見かけて好きになった。それからしばらくして、彼が教室のドアを音をたてないように閉めているところを見て本当に好きになった。我ながらわけがからないと思う。その頃から私は彼の周囲を嗅ぎまわり彼に関する情報をかき集めては妄執にとらわれるようになった。彼に絶対迷惑をかけないようにというのは念頭に置きつつ、あまりここで書きたくないようなこともした。人生で一番猿に近づいた時期だ。でもこの頃が一番幸せだった。

具体的な時期を書くのは避けるが、彼が芸能事務所に入ったことを知ったのは多分同級生のなかでも結構遅かった。同じ部活の後輩が自慢げにSNSに書いていたのを見て知った。その時は驚きこそしたが「まあまあ」と思った。どうでもいいとか思っていた。恥ずかしながら私は(今もだが)そういう芸能界みたいなのに疎くて、なんだかよく聞く読者モデルとかそういうものなんだろうと考えていたからだ。

そこから特にイベントも無く、たまに彼のクラスの前を通って窓の隙間から彼の姿を見ては満足することに終始した。それで結構幸せだった。だがいつからか彼が学校にあまり来なくなったあたりからその楽しみも失われた。ただでさえ少ない遭遇の機会が気付けばゼロに近い値になった。

私はネットが好きなくせに意識的アイドルとしての彼を調べることを避けていたが、そこで初めて彼の名前検索した。ショッキングだった。知らないことがたくさん書かれていた。あんなに知りたかった彼の身長血液型家族構成がすぐに判明した。それが誰でも読める状態であるというのが衝撃だった。ツイッター検索すると私と同じように彼のことが好きな人が把握しきれないくらい無数にいたのも胃液が口から飛び出そうになるくらいストレスだった。学校にあまりいなくなった理由は、多分彼のアイドル仕事が忙しくなったからだった。簡単なことだったし私はそんなことも知らなかった。でもネットで読めた彼の言葉を何日もかけて読み込んで、彼は私の認識していた通りの彼であることがわかり幻滅しなかった自分に心底ほっとした。何を言ってるかわからないと思うが涙が出る程嬉しかった。

それから私は偶然スマホを水没させて数日インターネットを絶ったのをきっかけに、私はもう彼のことを忘れるようと努力しはじめた。インターネットを介して彼を知るほどまた好きになってしまって、でももう私だけの彼じゃないと思うと酷く辛くて何も手につかなくなった。学校集会などでたまに彼を見かけることもあったが意識的に見ないようにした。この頃から受験勉強にも追われ、親しかった友人は内部進学を決めたので自然と外部受験の私とは疎遠になり、本当に孤独で、静かな場所に一人でいるとずっと彼のことを考えてしまうからなるべく雑音の多い場所勉強をして時間を潰すようになった。成績は上がった。親がとても喜んでいるのが複雑だった。そしてテスト順位が忙しい彼とたいして変わらないことをクラスメイトの会話を介して知ったときは暗い興奮を感じた。おかしな話、彼はすごい奴なのだと誇らしかった。

そういう期間が長くあって、それはそれで精神の安定した時期でもあったのだが、決定的なことがあって全てが終わった。いつのことかはぼかす。

きょうだいテレビを見ているそば勉強をしていたら、よく知った声が聴こえてきて、画面を見たら偶然彼が出演していた。文字にすればそれだけのことだった。でもそれが、今までで最大の耐え難いほどのショックだった。そのショックの出処はわからない。なんでこんなに悲しいんだろうと考えることすら悲しくて悲しくてやりきれない気持ちになった。

それから色々なことをとめどなく考えた。今まで思考を避けていたぶん苦しくて数日頭痛が止まらなかった。もし私が彼と同じクラスになることがたくさんあったら同じ部活に入っていれば何か変わっていただろうかと考えることもあったが、きっとどう運命が変わったって私と彼が交わることはなかったのだと自分にわからせるのはそれなりに時間を要した。

自分は、彼がもう恐ろしいほど遠い世界人間になってしまたことを、スマホの画面や私の視界のような小さく個人的ものではない、大きなテレビ画面に映っている彼を見て、初めてそこで自覚して動揺してしまったのだと、客観的に考えればわかる。だがあの時の私は錯乱状態でそんなことがわからずただ真っ暗な悲しみの中でどうすることもできなかった。

そしてある日学校帰りに街で彼の顔がプリントされたグッズ?をカバンに着けている同年代くらいの女を見かけて反射的にふらふら着いて行ってしまった。彼女地下鉄に降りていった。私はもしかしてと感じて彼の名前検索してしまって、彼の出演するライブが丁度その日あると知った。今思えばなんでそんなことをしたのかわからないが、私は気付いたら地下鉄に乗ってその会場に向かった。調べた最寄り駅で降りるとなんだかそれらしい女達がたくさんいて、私はそれだけでオドオドしてしまって早足で彼女らを追い抜くようにしてホームを出た。彼女らのざわざわした話し声の中に時々彼の名前が現れて心臓バクバクして背汗が止まらなかった。地上に出てからもっとたくさんの彼の、もしくは彼と同じグループの人のファンらしき人間がたくさんいて、それらは皆一様に同じ方向に歩いていて、あっちかあの方向に彼がいるのかだからみんなあっちに歩いているのだ、と私も突き動かされるようにそれに倣った。よく晴れていたからかなんなのか、汗が止まらなくてしょうがなかったことを鮮明に覚えている。

辿り着いた先は大きな建物だった。綺麗だけど変な匂いがするところだった。ぞろぞろとファンらしい女達がいて、たぶん入場待ちみたいなことなんだろうか。この全員が彼のことを好きなのだと思うと漠然とした恐怖に襲われ、あまり近づけず遠巻きにそれを見ていた。彼の顔がプリントされた様々なものが何度も視界を過った。巨大なモンスター対峙したような無力感に襲われて、私はここへ来て何をするつもりだったんだ?と自分自分を責めた。

すると、わりと近からず遠からずな場所に立っていた二人組の女達がちらりとこちらを見た。偶然かと思ったが次は力強く二度見されて、確実に私を見ていることがわかった。私は怖くなって俯き携帯を触っていると彼女らは何事かひそひそ話始めた。ほとんど聞き取れないような声量だったが「あの制服」と言っているのだけははっきりとわかった。

次の瞬間に私は来た道を引き返していた。話しかけてこようとしているような素振りもあったがそれでも走って逃げてしまった。奇異の目だった。あそこにいた彼女らの大半の容姿はとてもかわいい女の子といった風で、私はあの場で死ぬほど浮いていた。気付いてしまった。私が彼を好きでいるのはおかしくて迷惑ことなのだ。そうはっきりと自覚して、今まで何年間も彼のことが好きだった幸せ記憶フラッシュバックして、その幸せと同じ分の後悔が押し寄せてきて潰れてしまいそうになった。体力が無いのに全力で走ってしまたか息切れて、もう惨めで惨めで涙と塩辛い唾液が止まらなくて、駅のトイレで吐いた。

私はこの日の夜に、初めてはっきりと「もう好きでいることをやめる」と決めた。今まで彼への感情から逃げることはあっても「やめる」とは明言していなかった。そう決めてしまうと、急速に自分の中を占めていた彼の存在が萎んで、不思議なくらい気持ちは落ち着いた。

でもまだ自分の中に彼が残っていた。完全には消えなかった。こうやって彼とのことを物語的に書くことで自分の中で完結させて切り離そうと思った。それは私の勝手であるからどう責められても仕方ないと思う。彼が特定されるような記述はなるべく避けたつもりだし多少筋が曲がらない程度に嘘も交じっているが、別にもうどうなってもかまわないと感じているのも本音のところで、最後に彼に迷惑をかけてみたいと思っている自分がいる。でも一生私のことを知らないでいてほしいのも本当だ。一貫性がない。最悪だ。だいぶ長くなった。推敲とかもしてないから色々おかしいと思う。もう好きではないけど、彼を好きでいたこの数年間はたぶん一生忘れないと思う。

最後に。何かの間違いでここに辿り着いてしまった彼へ。これからも頑張ってください。応援は出来ないけど、あなた人生神様が後押ししてくれるようここから祈っていますあなたの全てが上手くいきますように。

2019-05-06

[]【2】2019 春、韓国釜山・光州

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anond:20190506090011




2일



2日目

クルクルパーマと韓国女子


旅行初日はいつも眠れない。

疲れて深夜のチェックインになってもいつも通り眠りは浅かった。

チェックインしたばかりの釜山東横INN2だが、10:00にはチェックアウト予定。

初日釜山には1泊だけして、西部バスターミナルから、光州に向かうことになっていた。


近代化している韓国からなんとかなるだろう」と、ちょっと緊張感が薄いまま成田を発ったが、初日の予定外でやはり外国である事を思い出した。

今日はまず昨日手に入れることができなかったT-moneyカードを入手しないといけないし、西部バスターミナルに向かう前に、西面の両替所で両替しなくてはいけない。

ついでに西面でうどん風混ぜ麺、カルグクスで昼食をとろうと思ったが、予定通りに食事が取れるとも限らないので、いつもはスルーしがちなホテルの朝食をしっかりいただくことにした。

どこでも一緒の東横INNの朝食でもキムチがあるあたり、やはりここは韓国だ。


チェックアウトして釜山駅へ。

近代化している韓国」ではあるんのだが、朝9:30の釜山駅前には路上にゴザを引いて人参ナムルを売っているクルクルパーマのオバちゃんがいる。

昨日は気づかなかったが大気汚染もまあまあだし、そこかしこ工事中で、全体的な印象としては1980年代後半から90年代前半の日本という感じがした。

ネット環境K-popなど、一部は日本より先をいっている部分もあるものの、90年までは軍事政権だった国でもある。

社会経済もまだ発展の途上にあるんだろう。

絶賛工事中釜山駅のコンビニに入って、クルクルパーマのオバちゃんに声をかけると、昨日とは違いあっさりt-moneyカードを購入できた。

これで移動が便利になって一安心だ。

コンビニを出ると、迷彩服青年が歩いていた。

うそう、韓国名目上は今も戦争なのだった。


釜山駅で一休みした後、レートが良いと評判の西面、ナヨン両替所へ。

地下鉄は昨日のような匂いはしなかった。

路線時間帯によるのかもしれない。

西面で降り、繁華街路地裏にある両替所に向かうと、行列の奥ではクルクルパーマのオバちゃん作業服っぽいなりのオジちゃんの老夫婦が古びた紙幣カウンターと缶々を前に次々と客を捌いている。

路地裏の20㎡ないんじゃないかという店の夫婦2人が近代的な大銀行の向こうを張って大行列を作っている様はなかなか格好いい。


両替も済んだので、モウモウと湯気を上げている混ぜ麺の店、「キジャンソン カルグクス」で昼食。

カルグクスは刀削麺的な汁そばで、青菜ニンニクゴマトッピングされた麺が赤いスープに浮いている。

見た目ほど辛くはなく、塩味も薄め。

味の強い印象のある韓国料理も多くは辛味や酸味で、塩味は強くない。

良く韓国人が日本料理を「しょっぱい」というが、あれは多分本音だ。

韓国人がという問題ではなく、日本料理はアジア圏ではやはりかなりしょっぱい。

昼時ともあって客は引きを切らず、赤い麺は次々とサーブされ、店内では老若男女が麺をかっ込んでいた。


腹も満たされたので店内を出て西面の路地を歩くと、路地にはおでん屋台が軒を連ね、おでんを煮るクルクルパーマのオバちゃんの前で、お姉さんがおでんを食っていた。

屋台で出されたもの屋台の前ですぐ立ち食いする」という光景は其処彼処で見られ、それが小綺麗なお姉さんだったり、中高生だったりするのは面白い光景

社会を平すと1980-90年代あたりの日本」という印象はここでも感じるところで、「日本から見る韓国って、なんかある意味、変に期待値が高すぎるんじゃないかなぁ」と思った。


西面駅から地下鉄に乗って沙上駅で降り、最寄りの釜山西部バスターミナルで光州行きのチケットを買い求める。

メモを見せて買い求めると、指示されたバスの出発は10分後だった。

異国の地だというのに時間の余裕がなくて焦るが、なんとか乗車。

バスは直ぐに発進した。


窓の外に連なる緑の山々を見ながら、度々遭遇するオバちゃんクルクルパーマや韓国女子ファッションについて考える。

若い子たちは男も女も洗練はされているのだが、どうもテイストが一緒で、オバちゃんの高いクルクルパーマ率にしても、どうも社会の均質性が高いように感じられる。

よく聞くのは熾烈な受験戦争や、男がひたすらに目指し、自慢するという高スペック

この社会で、勝てる奴やハマれる奴は過ごしやすいのだろうが、そうでない奴にとって、韓国社会はキツそうだなぁ。



光州へ


3時間の乗車の後、バスは光州 バスターミナル U・SQUAREに到着した。

熱気と緊張感あふれる釜山と違って、降りた瞬間になんとなくユッタリとしたムードを感じる。

韓国第4の都市とは言っても、街の様子も釜山とはまあまあ差があるようで、バスターミナル最寄りの農城駅からホテルのある尚武駅まで地下鉄で向かうと、地下鉄も空いていて、街行く人もまばらなノンビリした地方都市という感じだ。

すれ違う人のファッションも違いがあり、釜山よりはリラックスしていて、素朴だが小綺麗なナリをしている。

自分のしたい格好を勝手にしているという意味ではこっちの方がオシャレなんじゃないかなぁ」と感じる。

そしておそらくは、だが、光州、全羅南道の人は、きっと釜山と血の意味で、人種ちょっと違う。

ことなく顔がより日本人に近かった。

かつて日本にやってきた渡来人は、この地方朝鮮人だという話を聞いたことがある。

日本ではあまり有名とは言えないこの地は、実際はより日本に近縁なのかもしれない。


ラブホと見まごうばかりにオシャレなデザイナーズホテル hotel stay 53にチェックイン

部屋もベッドも広くて清潔で、「この値段でいいのか」と思うほどリーズナブルだったが、オシャレすぎてアメニティがみつからなかったので、最寄りのロッテマートで買い出しに行き、ついでに市内散策


地下鉄で数駅移動して見て気づいたのだが、光州は夜が早く、大方の店は22:00には閉まってしまう。

夕食にあてにしていた店もラストオーダーに間に合いそうもなかった。

予定を変更し、バスターミナルのあった農城駅に引き返して徒歩15分ほどの場所にあるらしい24時間営業食べ放題の店に向かう。


地図を頼りに歩くが、沿道の小規模な店舗は尽く閉店しており、ほとんど人とすれ違わない。

「本当にここであってるのかな」と思った矢先に、ガソリンスタンド脇にその店があった。

オロジベッパンマン(ひたすら白飯のみ)」

どうも殆どタクシーちゃん地元の人しか来ないような店らしい。

席に座ると、自動的にオバちゃんご飯スープとデジカルビを持ってきてくれる。

あとは中央にあるお惣菜を自ら盛って食うシステム

何をいくら食べてもお値段一緒、6000ウォン

ビュッフェといういうにも素朴すぎるスタイルだし、店内もオッさんとオバちゃんしかいない学食といった雰囲気だが、食の都、光州の惣菜はどれも美味しく、食べ放題白飯が進んだ。

初めて訪れた街の夕食としては上出来だろう、会計を済ませて、レジのオジさんに覚えたての韓国語で感想を伝えた。

「マシッソッダ(美味しかった)」


【3】2019 春、韓国、釜山・光州  3日目|5月、1980 - 2019 へ >>

2019-04-27

anond:20190426165028

この問題を突き詰めると「弱者弱者らしく振る舞え。そうでないと弱者配慮する気が無くなる」ということだと思う。

池袋の例の老人が叩かれるのも、老人パスをもらっている弱者が率先してバス都営地下鉄を使わずに、嬉々として車に乗っていたことが癇に障るからではないか

老人は老人らしく、最初から都営バス地下鉄に乗っていればあの母娘は死なずに済んだ。

2018-07-10

東日本大震災半年後ぐらいの夏、大阪仕事で2週間ほど滞在した。東京から来たと言うと「大変やねぇ、食べ物とか水とかたくさん買って帰らんとー笑笑笑」みたいな反応だった。

東京帰ったら恐くて何も食べられへんやろ笑、買い占めて帰りー、玉出連れてったろか―?笑」とか「もう大阪におったらええやん」とか、割と悪いやつだと「まぁ天罰ちゃうんー」みたいなのまで言われた。

自分東京に住んでいたので生命にも財産にもありがたいことに何の被害はなかったが、地震の当日は地下鉄に乗っていて、幸いなことに30分ぐらいではあったが閉じ込められて怖い思いをしたし、家の中は揺れでそれなりにガッシャガシャになったし、福島原発事故のことも心にずっと引っかかっていたし、震災2週間後に仙台港あたりと名取閖上あたりに会社で行うボランティアどうするかの話をしに行ってひどい状況を見たこともあって、冗談で言っているんだろうけど、どうしようもなく憎らしいなと思った。

なので、今回の水害で「東京から見てるから初動が遅れてるんだ」みたいな言い方をされるのは、ちょっとあの時の言葉の数々を聞いた時の気持ちを思い出して腹が立つ。

もちろんすべての大阪の人が、当時そのように心無いことを考えていたとは思わない。はてブやれるぐらいの人に「これだから東京目線は」と腹を立てられてもなぁという気持ちもある。

寄付はする。災害を免れやす首都に住んでるメリット理解しているし負い目もあるし。でもあの時の腹が立った気持ちも思い出す。

しょせん、私もキミらもその程度のもんだ。その立場になってみないと痛切なもの理解できないものなのだ

2018-06-09

anond:20180609062147

そうなんだ、衣装着たまま地下鉄に乗って大騒ぎする踊り子と遭遇してイライラしてた

ごめんよ。週末楽しんでいってね。

2018-05-22

深センは楽しかったぞ😁

wechat payを成田の緑の端末でチャージしてGo😋

香港についたら地下鉄に乗って深センに向かう🙂

ここで香港空港で買ったsimカードを発動😎

このsimカード香港及び中国大陸Googleが使用できる効果を持つ!🧒く俺は歩く治外法権

香港労働者👷がひしめく謎の街もGooglemapで迷いレス 🌛くI see the future.

ここで義務教育で培った英語を発動!!

🇯🇵👨くHow can go shenzhen?

乗り換えも難なくクリア

地下鉄有象無象人民がひしめく👩‍🍳🧒👵👧👩‍💼👩‍⚖️👩👵👵👦👩‍🏭👩‍🏭👩‍⚕️👦👴

中国四千年の歴史Feel👩‍✈️

ついたらイミグレがある🧔

義務教育で培った右習えの文化を応用!

みんなについていったら難なくクリア👩‍🎤

ついに深センに...!

ここで営業で鍛えた足が火を噴く時が来た🔥🔥🔥🔥

タバコ屋を探す。

ここで片言英語で「Tabacco?」と質問

返事がない

タバコを指さしたら理解してくれた

そして支払いのとき

俺はスマホを取り出した🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣

そしてただこういった。

微信.」(ウェイシン

するとこいつ外人だなと言う目で見ていた推定40代のおばさんが目を見開いた。

こいつ...できる。

そうさ。ハオ。

俺はおもむろに出されたQRコードを読み込み決済を完了した。

キャッシュレス社会の申し子が今ここに誕生した。

そのあと、宿まで行くことに🤗

ここでもテクノロジーの申し子は火を吹いた🔥🔥

〜Mobike〜

中国フィールド上に存在するオレンジ自転車QRコードを読む。

人民自転車規定の料金に従い使うことができる。

料金を支払う限り永続的に使用ができる。

この自転車に乗りながら、ある時ふっと想ったんだ、一度も後ろを 振り向かずに僕は何処まで走れるかなって

もちろんGooglemapのおかげで止まることはあれと振り返ることはなかった👍🆗

宿までひとっとび🚲

ここでトラブルが発生

お金wechatpayにチャージできない😅

ここでも義務教育で培った教養が炸裂💥💥💥💥💥💥

🤔wechat payは個人間送金が可能ということは...?

😆💡ピカリン

😃くI money give, you 微信 charge ok?

💁くオッケー

俺はホテルフロントで800人民元をフィールド上に出し、引き換えにwechat payで800人民元を送金してもらった!

なんと結果的可愛いフロント女の子wechatまでゲットしてしまった

🎅くOne stone, two bard.

いえーーーい

🧝🤦🧝🙍🎅😥😯😥🤨🤨🤨💁😆😆😯😥😥😥😃😥😥😥😃😃😃😃😃🤨🤨🤨😁😎😊😎😉😍😊😍😂😎😊😎😂😎😂😍😊🤗😉😍😁😍😁😍😊🤗😊🤗😉😍

2018-01-26

地下鉄暖房っていらなくね?

東京大雪になった日、暖房のための電力が逼迫して東電節電を呼びかけたとかいう。

毎年真冬の一番寒い時期になると思うのだが、路線バス自家用車はともかく、地下鉄とかの暖房って、ひょっとして必要ないんじゃね?

(1)外から来る客はみんなオーバーとかコートとか着てる。あんまり暖房がきいてる車両だと脱ぐ必要が生じて荷物が増えて困るぐらいだ。以前、真冬地下鉄に乗ってたら乗客が汗をかいていた! 寒がりの人のためという面もあるだろうけど、そうでもない客にはい迷惑だよ。

(2)人がたくさんいる場所では、ひとりでに気温が上がる。

(3)とくに夏場と違って、弱暖房車みたいなのがなくて、暑がりの人が常に熱を出してる(そのせいで車内が暑すぎる)

夏の地下鉄冷房がなけりゃ困るが、冬の暖房なんて最低限でいいんじゃねえの

2018-01-17

大阪地下鉄に乗ってるんだけど

目の前に幼稚園児か小学生の低学年くらいの子たちがいてて、

「30秒で近鉄線に乗らなあかんで」

「そんなん無理やろ」

とか言ってて

こんな小さい子どもなのにもう関西弁を使いこなしてるのか・・・愕然とした

2017-12-02

ホモランドセルのせいで電車が遅れた

数日前、朝、混んだ地下鉄に乗っていて、駅で停車したときに、黒いホモランドセルを背負った大学生くらいの奴が、後ろ向きに入ってきて、入り口付近に立っている乗客ものすごく圧迫する形で収まって、電車が走り出した。

大学生の後ろには通勤途中らしい小柄な女性が立っていて、ちょうどこの人の顔のあたりを、ホモランドセルグリグリと押しつける格好になっていた。

その傍に立っていた年配の男性が状況に気づいて、「おい、ちょっと君、リュックを下ろしなさい」と注意したら、大学生が「ああ?」という感じでいきり立って、ちょっとした小競り合いになった。

次の駅で電車が止まって、大学生が年配の男性ににじりよるような形勢になったと思ったら、サラリーマン風の別の男性大学生を止めに入って、今度はその二人でもみ合うような感じになった。

もみ合いはだんだん勢いがついてきて、二人は入り口からホームに出て、大学生がつかみかかったと思ったら、男性が背負い投げ?のような技で大学生を地面にたたきつけたかと思うと、馬乗りになって、ブラジリアン柔術のような殴り方で顔をボコボコにしていた。

電車はしばらくとまって、顔を押し付けられていた女性も降りて、サラリーマン男性を助けようとしたのか、やってきた係員に状況の説明をしていた。

自分電車が動き出すまで乗りっぱなしだったけど、他の乗客はみな、ホモランドセルをすごく憎々し気な視線で見ていたのが印象的だった。

あのでかくてゴワゴワする、センスのない物体が出勤ラッシュ時間突入してきたら、本格的にヘイトを集めるのも無理はないよな、と思った。

その日、たぶん地下鉄電光掲示板では、お客様同士のトラブルとかなんとかで電車が止まったと表示されたはずだが、足止めを食ってイラついた人がいたら、ぜひホモランドセルを憎んでやってほしいと思う。

2017-04-27

痴漢冤罪に遭ったので死のうと思う

昨日、痴漢冤罪を食らった。

朝7時台にいつものように地下鉄に乗ってたら、某駅で突然女に腕を掴まれホームに引っ張り出された

突然の出来事唖然としてたらもう一人男が出てきて「お前痴漢してただろ」といきなり凄まれ

もちろん痴漢はしていない。そもそも腕を掴まれるまで、自分の近くにその女は居なかった。突然現れてきたのだ。

最近痴漢冤罪流行りなのでいろいろ対策は練っていたが、線路逃げをやろうにも地下鉄だったしホームドアもあったか逃げられない

弁護士電話番号をいくつか控えていたので咄嗟電話してみたが、朝早かったので誰も出なかった

そうこうしているうちに駅員もやってきて、あとは想像に任せるが、取り敢えず痴漢したことにされてしまった

この男女二人組は見るからグルなのだが、それを証明する手段はない。それどころか俺の氏名住所電話番号勤務先と言った個人情報が全て相手に知られてしまった。示談のためにという理由

もう人生詰んだ。死のうと思う

2017-03-05

地下鉄に乗って

土曜、地下鉄の車内、ワンカップ酒を飲んでいた。ほろ酔い気分になったのでカバンの中からピーッナツを取り出しほおばる。やがて天六駅に停まると見覚えのある女性が入ってきた。小さい子供を連れていた。20年前に付き合っていた女性だ。

むこうもこちらに気づいて笑顔会釈してくれた。地下鉄は隣駅の中崎町につき俺はそこで降りた。なので会話は交わしてない。ほんとうにむなしくなった。ピーッナツッを道に捨てた。ワンカップ酒を叩きつけその破片が顔にあたり思わずあうっと情け無い声を出してしまい寺笑いした。ほんとうにむなしい週末だった。

2017-01-28

[]1月28日

○朝食:名前がわからないな、カステラアンコを挟んだお菓子

○昼食:ラーメン餃子ライス

○夕食:ご飯、納豆(二つ)、減塩野菜たっぷり味噌汁フリーズドライ)、さつまいも、骨つきチキン

調子

はややー。

お仕事休みはややーなので、洗濯掃除! を済ませて、散歩

日の光を浴びるとセロトニンが云々というお医者さんがよく言う奴を、心底信じ切ってるので、セロトニンまれろーって念じながら散歩

が、さすがに、地元暮らし続けて30年近くになるので、徒歩範囲内は歩き飽きた。

なので、電車名古屋まで行って、そこから地下鉄に乗って適当なところでおりて、適当散歩する、という遊びをしてみた。

知らないところを歩くのは楽しくて、ちょっとハマりそうだ、明日はさすがにしんどいけど、来週もう一回やりたい。

あと、ラーメンはその散歩中にみつけた黒Tシャツタオル鉢巻腕組みしてるいかにもなところだったんだけど、

極めてスガキヤに近く、限りなくチャーシューだけは遠い、微妙ラーメンだった。

いや、美味しいんだよ、だってスガキヤの味だからね、美味しいんだけど、700円台のスガキヤはさすがにちょっと……

が、寒いのに歩き回ったせいか、咳が出るな。

うーむ、これで風邪ひいたらバカみたいだから、早く寝ます

DS

世界樹の迷宮

3Fを攻略中。

今日ほとんどプレイできてない、雑魚戦を三回ぐらいしただけ。

3DS

すれちがいMii広場

休日ビッグカメラなどで大量にすれ違ったけど、それでも20人ぐらいなので、言うほど進んで無い。

カートゾンビがそろそろ終わりそう。

バッジとれ〜るセンター

ログボのみ。

ポケとる

ログボのみ。

iPhone

ポケモンコマスター

ログボのみ。

2015-09-15

記憶がつながる

さな子供である自分は、入院している病院から一時帰宅することになった。暗くなった頃に病院を出て両親と歩道を歩く。嬉しくて仕方がない。途中ケーキ屋にも寄る。

街路樹が並ぶ道は、右側に大きな病院、左側はよくわからないけど普通に建物が立っている。少し先には路面電車が走る通りがあり、そこにケーキ屋もある。路面電車には乗らない。ケーキ屋をすぎてさらに少し歩くと地下鉄の駅があるので、そこから地下鉄に乗って家へ帰る。

こんな嘘の記憶が昔からある。実際には入院したことなんてないし、この記憶の中の両親は実際の両親とは違う人だ。たぶん子供の頃、映画ドラマ感情移入し、その中の子供の立場で嘘記憶として頭にこびりついているのだろう。

それでもなぜかこの記憶は大切に思え、2chスレでそういう話の流れになっていたとき、上記のことを大雑把に書き込んだこともあった。(ググってみたけど、どういう言葉で書き込んだかわからず見つけられない)

しかしある日ストリートビューで、これってあの記憶の中の場所じゃないか?というぐらい似ている場所を見つけた。その都市自体は好きで何度も行ったことがあるが、その場所観光客が行くような場所ではなく、もちろん近寄ったことがない。

大きな病院を出て、病院を右に見ながら移動すると、ケーキ屋ではないけどお菓子屋のある角で路面電車と合流する。それを少し過ぎて左に曲がると今度は地下鉄の駅。あの記憶ととても似ていて心がざわつく。

でも同じ地下鉄路線の別の駅のほうがはっきりと病院から近いので、普通お菓子屋に寄るにしても遠いほうの駅までは歩かないだろうなと思う。また、ストリートビューで見るそのお菓子屋は、外観の雰囲気こそ記憶イメージに近いが、ケーキ屋ではないようだ。

それでもなぜか少し泣けた。細かいことはどうでも良く思えた。

そして今日、その街に住んでいる人からたまたまストリートビューで見たお菓子屋の話を聞いた。あちらではそこそこ有名なチェーン店なので、そのチェーン店全体の話であって、該当店舗の話ではない。

そのお菓子屋は今でこそ和菓子中心だが、昔は必ずケーキを大々的に扱っており、そこのケーキが懐かしいという思い出の話だった。

まーだ繋がるのかという感じだ。

馬鹿馬鹿しいかも知れないが、一度そこへ行って歩いてみようかと思ってる。客観的に考えると、嘘記憶の元になった映画ドラマロケ地かも知れないが、そうだったとしても歩いてみる価値はあるだろう。

2015-08-04

まれて初めて働いた

まれて初めて働いた。

いや、正確には働いていないかもしれない。

父親の会社写真トリミングをしただけだ。

割とぼんやりとした時間が長かった。

万が一自分を酷い扱いしたら実質的雇用主の父親に何されるか分からないわけで、周りからめちゃくちゃな扱いを受けるわけではない。給料もしっかり払われる。

でも物凄く疲れた

会社で何をしていたのかほとんど記憶にない。

物凄く疲れた後に、10辛の味がよくわからないチキンカレーを流し込みながらダウナー系の自称高学歴で親が金持ち医者の文を読んだらさら疲れた

そもそも親の課金高学歴かいうなら数千万家庭教師やら塾に投資されて京都ゴミみたいな私大に通う自分は何者なんだよと。

その後、三省堂書店に向かう。

三省堂書店入り口の窓で自分容姿が映ったのだが酷いものだった。

顔と体のバランスが奇妙だ。

顔がとても大きい。そして自分の肌はみんなから羨ましがられないどす黒い色だ。

そして顔からは膿やら肉やら血やらが吹き出ていてドロドロでボコボコだ。

きったない容姿をみて社員はどう思っていたのだろうか。

いい印象は持ってないに違いない。

文庫本コーナをとりあえずうろうろしていたら、以前ここで見た酷い容姿女子高生を思い出した。

謎の親近感で「ひどく不細工だけど頑張って」と身勝手なことを思ったのをつよく覚えている。

コンフォートという喫茶店に突き当たった。

女子高生二人がアイスコーヒーを飲みながら会話している。

あぁ、顔も綺麗だ 制服も綺麗だ 美しい。

あの女子高生に勝てない。ルミネウエストで騒いでいる女子高生には勝てない気持ちと同時に「死ね」と思う。

しかし、三省堂書店コンフォートで会話しているあの女子高生にはただただ勝てないと感じた。

コンフォート女子高生は美しい。

そしてきったない容姿地下鉄に乗って家に帰った。

2015-07-18

中国地下鉄に乗っていたこ

ちゃんと整列乗車してた(ホーム整列乗車プラカード持った人が居たけど)

ケア必要な人にやさしい

ちゃんと降りる人を待ってた

深センでの話

最近東京電車よりよっぽど利用者上品だった。

文明人になろうっていう号令のもと、そういった立ち居振る舞いを洗練しようとする姿勢は見習うべきだと思った。

たぶん昔のオリンピック頃の日本もそうだったはずなんだろうけど

2014-09-10

地下鉄であった不可解なできごと

風邪気味の時に出勤しようと思って地下鉄に乗ったけど、途中の駅でやっぱこりゃ無理だなと思って地下鉄を降りて、逆方向の地下鉄に乗るべく歩いてホームを移動した。

で、移動してみると反対方向の地下鉄がちょうど止まっていたのでこれはタイミングがいいと思い乗ろうとしたら、駅員が私の進路を塞いで「乗っちゃダメですよ」みたいなことを言ってきた。

開いている乗り口には他の客の姿はなく(つまり私が列を割り込んで乗ろうとしたわけではない)、しかもドアを閉めることを知らせるベルはまだ鳴っていない(つまり私が駆け込み乗車をしようとしたわけでもない)のに何言ってんだこいつはと思いつつ、風邪で頭も重かったしさっさと帰りたかったので、一つ隣の乗り口へ移動しそこから普通に地下鉄に乗って帰ってきたわけだが、あの駅員の行動は一体何だったのだろう。

乗客への嫌がらせをするように教育されているんだろうか。

2014-08-19

サラリーマンのグチ

終電近くに友人と二人で地下鉄に乗っていたところ、50代後半(?)くらいのサラリーマン二人が大きな声で話をしていた。

誰それ(職場女性社員っぽい)の格好が仕事にあるまじき格好をしててしかもそこのマネージャーは注意もしないとか、

そこから話は広がりそもそも今のあい自身(おそらく女子社員上司)が身なりに気を使わないとか、

更に話は広がり部長クラスの顔ぶれが役員クラスの顔ぶれが、という感じにヒートアップされていた。

まあ、どんなギョーカイなのかどんな事情はあるのかなんてわからないし、仕事内容によっちゃ身なりに気を使わなきゃいけない場合もあるよねくらいに思って聞いていた(というか声がデカいので嫌でも耳に入ってくる)ところ、

友人がポツリと「あのおっさん出世できなかったんだな。今日みたいな真夏の糞暑い馬鹿正直にスーツネクタイをきちんと着用して何十年も一生懸命頑張ってきたのに」と言ってきたので、

憶測他人事情や心情を断定するのはいかがなものか、とたしなめた。

2013-12-06

無法地帯

地下鉄に乗っている。

平日昼間、人もまばらな電車だ。

椅子の端に座っている私の正面には赤と金髪のグラデーションをしたブスが揺れにも負けずつけまつげを装着中。

電車で化粧をする女は何故揃いも揃ってブスなのだろう。

そんな事を思う私の左には優先席がある。

ベビーカーの女が二人。赤子二人と3歳位の娘が二人。

お菓子を開けてボリボリ。娘たちは車内を走り回り、奇声をあげる。

金切り声だ。

ここはお前らの家じゃねえんだぞ。

クソが。

2013-01-29

溢れんばかりの愛を Girl's side

溢れんばかりの愛を

http://anond.hatelabo.jp/20130128222709

休みにこのエントリを読んで、いつの間にわたしは増田を書いたのだろか、と思った。一人称が違うことに気づき自分と同じように孤独に苛まれる人間がいることを知った。

いつだって、人とうまく関われなかった。人に関わろうとしては、行き違いを生み、人が離れていく。それを繰り返すうちに、人を避けて生きるようになった。人を避けていれば傷つくこともなく、傷つけることもない。最初からそういうものだと諦めてしまえば、独りでだって生きていけるだろう。そんな風に考えていた。

それは間違いだった。人と関わりたいという想いは簡単に諦められるものではなく、結局は孤独をこじらせるだけだった。

孤独は、いつだってそばにあって、予期しない瞬間に降りてくる。そのたびに叫びだしたくなる、走り出したくなる、どこかから飛び降りたくなる。積もり積もった行き場のない寂しさはマグマのように溢れ出して、そのたびに発狂しそうな自分を抑えこむのに必死だ。いや、こんなにも人とうまく関われないのに温もりを求めている時点で、もう発狂しているのかもしれない。寂しくて苦しくて、もう生きる意味なんて見えない。寂しい。寂しい。何度も繰り返す。寂しい。

その昔、高校時代彼氏と呼べる存在がいたことがある。その彼氏には2度浮気され終わった。その後もいくつか片想いはしたけど、どれも実ることはなかった。「どれだけ愛したって、愛される価値なんてない人間なんだ」。愛したって愛されない。愛されないから、正しい愛し方がわからない。

ただ、その最低な元彼との間にも楽しい思い出はあって、たとえば一緒にプラネタリウムを見てこっそりキスをしたり、図書館で隣の机で勉強する合間に付箋紙ラブレターを回したり、裸で同じ毛布にくるまって足と指を絡めながら他愛もない話をしたり、そんな温もりが逆に今のわたしの首を絞めている。

夜中にふと目を覚ましたとき、枕元のタブレットに手を伸ばして「レンタル彼氏」「出張ホスト」などという言葉検索をかけたことが何度かある。メールフォームタップしようとして、でもその指はいだって躊躇って止まるのだ。手取り14万の収入から費用を払うのが惜しいからではない。「そこにわたしの求める温もりはあるのか?」という疑問が浮かび上がったところで、指はメールフォームではなくブラウザの終了ボタンタップするのだ。とびだせ どうぶつの森きっかけに買った3DSでやるために中古ゲームを漁っていて、DSときめきメモリアル Girl's Sideを衝動買いしたけれど、一度も起動したことはない。「そこにわたしの求める温もりはあるのか?」という問いかけは、二次元に逃げこむことすら許してはくれない。

恋人がいたって寂しいものは寂しい」「求めてばかりでは何も得られない、与えないと」というアドバイスの類がどうしようもなく正論なのは解っている。だけど、恋人がいれば、自信もなく真っ暗な人生を俯いて歩いているわたしでも、前を向いてどうにか生きていけそうな気がしている。一度諦めてしまったことも、もう一度諦めずに取り組める気がする。人とだってうまく関われる気がする。何だってできる気がする。

与えるなんて正直わかんないよ、だって愛したかった人はいたのに、与えたかったのに、みんな拒絶したじゃん。わたしが愛していたことをいいことに甘えて、好き勝手やりたいことしたじゃん。誰もちゃんと向き合って愛してくれなかったじゃん。愛せるなら愛したいよ、だけど愛し方なんてわかんない。愛され方は、もっとわかんない。それとも、ネットの片隅ですら、愛されたいと嘆くことは許されないのだろうか。

わかんない。わかんないよ。だけど、寂しいよ。愛されたいよ。甘えたいよ。一方的で歪なのはわかってる。それでも、愛されたいよ。膨れ上がった寂しさとねじ曲がった自尊心とで、完全に出口が塞がってしまって見えないんだ。誰か、こんな醜いわたしの寂しさをかき分けて、心と身体に触れてくれないだろうか。

身体だけの温もりじゃない、上辺だけの温もりじゃない。心の通い合った温もりが欲しい。その場限りの温もりじゃ嫌だ。恋人と平凡な日常を共有することで、瞬間瞬間に宿る小さな温もりを丁寧に積み重ねて大きな明かりにして人生を照らし出していくから

これを書いている今も、寂しさで息が止まりそうに苦しい。こんなに寂しさでおかしくなりそうなのに、明日もまた地下鉄に乗って会社に行き、そつなく仕事だけをこなして、「お疲れさま」なんて言われることもなく愚痴ることもなく、おかしくなりそうな自分をどうにか毎日をやり過ごして生きていくんだろう。それが日常だというのなら、この先の人生はとてつもなく冷たく暗いものになるだろう。それが、わたしにはお似合いなのかもしれないけど。

元増田の求める温もりを与えられるかはわからない。ただ、一晩、元増田と語り明かしてみたい。

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