はてなキーワード: スウェーデン語とは
デンマークはヨーロッパにおける生活水準の高い先進国の1国である。
北大西洋条約機構(NATO)、北欧理事会、経済協力開発機構(OECD)、欧州安全保障協力機構(OSCE)、国際連合(UN)の創設メンバーの1国で、シェンゲン圏の一部でもある。
デンマークは近隣のスカンジナビア諸国とは政治・文化・言語的に緊密な関係を維持しており、デンマーク語はノルウェー語とスウェーデン語の両方と部分的に相互理解が可能となっている。
ノルディックモデルの高福祉高負担国家であり、OECD各国中で最も個人所得税の高い国である。
市民の生活満足度は世界最高クラスで、2014年の国連世界幸福度報告では幸福度第1位であった。
様々な角度からのウェルビーイングは最高レベルであり、世界で最も社会的流動性が高く 、世界で最も腐敗が少なく、男女の賃金差はOECD中最小であった。
2023年の世界平和度指数では2位、積極的平和指数では3位にランクインしている。
元増田よ。英語の国名はあくまで「英語読み」に過ぎないのであって、日本語読みが現地語に寄せてるものまで英語でジャッジしようとするのはどうよ。
ウクライナ語ではУкраїнаと綴って「ウクライーナ」と読むので日本語読みは現地語に忠実です。何でもかんでも英語読みを基準にすんのやめろ。っていうか英語ならユークレインだろ。
スイスには4つの公用語があるけど、そのうちフランス語ではSuisseと呼ぶので日本語の「スイス」はむしろ現地語に近いぞ(4つの公用語のうち1つに基づく呼び方を採用しているのは中立的ではないのでは? という異論はあってよい。ちなみにスイスでは4言語で国名を併記するけど、切手とかで4言語を併記するスペースがないときにはラテン語の「ヘルウェティア」を使う。日本もヘルベチアって呼ぶべきなのかもだけど今更無理だよね……)。
ドイツ語だとDeutschlandと綴って「ドイチュラント」と読むので、「日本語読みは英語読みよりマシ」とドイツ人にも好評だったぞ(n=1)。
ロシア語のМоскваを綴りに忠実にカナ表記すると「モスクワ」になるんやで。まあ発音は「マスクヴァー」だけど(アクセントのない母音оはаのように読まれるから)。
いや、メヒコはスペイン語読みでメキシコが英語読みだからね!?
ついでにブコメにも。
モスカウってなんだったんや…
ドイツ語のMoskauでは。
北京(ペキン)はそのうちに、Beijing呼びになるかも。
東アジアの固有名詞については相互主義が取られている。韓国では日本語の固有名詞を日本語に即して発音するので我々も韓国の固有名詞は韓国語読みを取り入れているが、中国では日本語の漢字を中国語読みするので、日本でも中国の漢字は日本語で読んでいる。だから金大中は「キム・デジュン」だけど習近平は「しゅう・きんぺい」なのよ(中国語なら「シー・ジンピン」になる)。
ギリシャ→エリニキ
フィンランドではフィンランド語とスウェーデン語の2つが同格の公用語で(『ムーミン』を書いたのはスウェーデン語系フィンランド人の作家)、フィンランド語での呼称がSuomiでスウェーデン語の呼称がFinland。なので「フィンランドは現地語ではスオミ」と「フィンランドは現地語でもフィンランド」は両方正しい。
ギリシャの正式国名はΕλληνική Δημοκρατίαで、これは「エリニキ・ジモクラティア」と読むけども、「エリニキ」は「ギリシャ」という意味ではなくて「ギリシャの」という形容詞なんだよね(後ろにある「ジモクラティア=共和国」を修飾して「ギリシャ人の共和国」という意味)。なので「エリニキ」を単独で国名として使うことはできない。単独で使うときは「エラザ(Ελλάδα)」。
国名が形容詞になってる例としては、他にもチェコがある。正式名称はČeská republika「チェスカー・レプブリカ」で「チェコ人の共和国」。要するに、もともとギリシャやチェコという国があったわけではなくて、近代以降に民族主義が芽生えてギリシャ人やチェコ人が住んでるところを1つの国にしたという順序なのでこういう国名になっているのね。
同じ反ロシア仲間のウクライナではフルジヤ(Грузія)、ポーランドではグルジヤ(Gruzja)、リトアニア&ラトヴィアでもグルジヤ(Gruzija)なのに、日本語でわざわざ変える必要あったの? ってなるよね。ウクライナがフルジヤって呼んでるんだから日本でもグルジアのままでよくね?
(キリル文字のГはもともとガ行を表すんだけど、ウクライナ語とベラルーシ語ではハ行を表している。スラヴ語圏の真ん中に「gの音がhの音に変わったエリア」(チェコ・スロヴァキア・上ソルブ・ウクライナ・ベラルーシ・ルシン)があって、そのエリアでは本来ガ行だった音がハ行で読まれるんだよね。たとえばスロヴァキアにある世界遺産のスピシュ城はSpišský hrad「スピシュスキー・フラト」って綴るけど、後ろのhradは語源的にはgrad、つまりベオグラードとかスターリングラードとかと同じ。だからロシア語の「グルジヤ」をウクライナ語やベラルーシ語では「フルジヤ」って読むんやね)
ミュンヒェン、ワルシャワは英語読みよりも日本語の方が原音に近い事例。「アテネ」は結構面白い事例で、まず古典ギリシャ語ではἈθῆναι「アテーナイ」。ギリシャ語は長い歴史を経て発音が変わって、Ηの文字は古典語では「エー」を表す文字だけど近代語では「イ」に変わった。さらに、θの文字も、古典語だとタ行で表されることになってるけど、近代語では英語のthに近い音というか、要するにサ行で表すのが相応しい音になっている(Θεσσαλονίκη「セサロニキ」がキリスト教関係文献では「テッサロニケー」と表記されてるのは古典語読みだからなんだよね)。で、現在ギリシャで使われてるジモティキの語形はΑθήνα「アシナ」……あれ? 「アテネ」の最後の「ネ」ってどっから来たん? 現代ギリシャ語ではαιと綴って「アイ」ではなく「エ」と読むので、古典語(あるいはカサレヴサの)Ἀθῆναιを古典語と近代語のちゃんぽんで読むと「アテネ」になるのかな? それとも西欧人の読みをそのまんま取り入れたん?
(近代ギリシャ語には2つの正書法がある。1つ目が、現在広く使われている「ジモティキ/民衆語(Δημοτική)」で、もう1つが「カサレヴサ/純正語(Καθαρεύουσα)」。近代ギリシャ語の標準語を作り出すときに、古典ギリシャ語を参考にして古文っぽさを残して作られたのがカサレヴサで、20世紀前半までは公用語として用いられていたんだけど、話し言葉からかけ離れすぎててわかりづらいわ! ということで、より言文一致(当社比)したジモティキが作られて、現代のギリシャではこちらが「現代ギリシャ語」として流通している。まあ、明治時代の日本語と現代日本語の違いを想像してもらえれば)。
そもそもカタカナで表記できない発音があるのにそれを使って記載するのが間違っている。外国語教育がそもそも問題だろうけど日本語読みで役に立つ場面なんかほぼないよね。全部現地語で表記、現地読みすべきだと思うんだけどなぁ。
「საქართველოは、Україна侵攻後のРоссияに対する経済制裁には参加していません」っていうニュースを流すことが日本人のためになるとはまったく思えない。多少厳密さを欠いたとしても、「グルジアは、ウクライナ侵攻後のロシアに対する経済制裁には参加していません」って書いたほうが日本人の外国理解に資するんだから、日本語の媒体では基本的に日本語の文字を使って表記すべき(だいたい、英語圏の連中だってニュースで日本の固有名詞を漢字や仮名で表記せずにラテン・アルファベットで書いてるんだから、当然、我々も日本語のニュースでは英語圏の固有名詞をラテン・アルファベットではなく日本の文字で書いてよい。真に公平な世界というのはそういうものじゃないだろうか)。
BBCラジオを聴いていると非英語圏の人名をわざわざ英語読みしていてそのまま現地語読みすればいいのに…と思うことがよくある。
これはしゃーないと思う。我々にはカナという便利な文字があるから、Richardをリチャードとリシャールとリヒャルトに訳し分けることができるけど、英語母語話者はラテン文字しか知らないんだから、そりゃ英語読みしかできないよ。我々だって、たとえば「『マイケル』と綴って『まいこー』と読んでクダサーイ」って言われても困るっしょ? 「いや、『マイケル』って書かれたら『まいける』としか読めんだろ」って思うっしょ? Michaelをミヒャエルと読めと言われた英語母語話者の気持ちもそれと同じだと思う。だいたい、我々もDonald Trump「ダナー・トランプ」を「ドナルド・トランプ」と書いて恥じないわけで……
えー、我々だってMcDonald’sを「まくだーのーず」じゃなくて「まくどなるど」って発音してるんだから、英語母語話者がIKEAを「いけあ」じゃなくて「あいけあ」って発音しててもよくない? 悪いのは 「英語では『あいけあ』と読むんだから日本人の『いけあ』っていう発音は変!」みたいなデタラメな理屈を振りかざす英語かぶれの名誉白人どもであって、英語母語話者が身近なものを英語ふうに発音すること自体は何も悪くないよ。彼らが身につけた綴りの規則からはそう読む方が自然なんだから。
英語中心主義が悪いのであって英語自体が悪いわけじゃない、という精神でいきましょう。へぇ、ヨーロッパの隅っこにある島々で話されてるローカル言語には変わった発音の規則があるんだなぁ、面白いなぁ、程度の受け止め方をするのが一番適切な付き合い方だと思う。あのへん、デンマーク語とかアイルランド語みたいに発音と綴りの関係が複雑な言語が多いからね……
ドナウ川の語源はラテン語のDanubius「ダヌビウス」だから英語Danube「ダニューブ」の方がドイツ語Donau「ドナウ」よりも語源に忠実だよ! あんまり英語を馬鹿にするのはどうかと思うぞマジで。
ちなみに、チェコ語・スロヴァキア語・ポーランド語・上ソルブ語でドナウはDunaj「ドゥナイ」っていうんだけど(ウクライナ語でもДунай「ドゥナイ」だね)、スロヴェニア語のDunaj「ドゥナイ」はウィーンって意味なの面白いよね(ドナウはDonava「ドナヴァ」)。
ほぼ現地語読みを尊重してるのに「ドナウ川」だけ語源で語るのはブレでは。現地語読み>>慣習読み≒英語読み≒語源くらいのウエイトでよいような。
まるで英語が変わった呼び方をしているかのように書かれていたから、いやいや英語読みは語源に沿った呼び方であって変な呼び方というわけではないのよ、と書いたのであって、英語読みが現地語よりも尊重に値するとは書いてないっす。ところでドナウ川は国際河川なわけだけど、「現地語」ってどの言語のことだと思う?
ジョージア州はジョージ2世にちなんでつけられ両方現地言語読みだからOKと思えば、グルジアも由来の聖ゲオルギオスの現地読み風に読めば良いのでは。
いや、現地語の名称サカルトヴェロは「カルトヴェリ人の国」という意味であって聖ゲオルギオス何も関係ないんよ……素直にサカルトベロと書くべきだよねぇ、やっぱし。
それを言ったらそもそもはカナク人の土地をフランスが植民地化したんだからカナク語でKanaky「カナキ」って呼ぶべきじゃない? 英語もフランス語もどっちも侵略者の言語でしょ。
新カレドニア、いいと思う。アルバニア語のKaledonia e Re「カレドニア・エ・レ」とかトルコ語のYeni Kaledonya「イェニ・カレドンヤ」ももろに「新カレドニア」だし。ただ、そうすると、カナダのノヴァスコシア州は「新スコシア州」にするのかとか(ちなみにアルバニア語ではSkocia e Re「スコツィア・エ・レ」、トルコ語ではYeni İskoçya「イェニ・イスコチヤ」)、プリンスエドワードアイランド州は「エドワード王子島州」にするのかとか(アルバニア語Ishulli i Princit Eduard「イシュリ・イ・プリンツィト・エドゥアルド」、トルコ語Prens Edward Adası「プレンス・エドワルド・アダス」。なお中国語だと愛德華王子島省)、ニューファンドランド・ラブラドール州どうするんですかとか(トルコ語だとNewfoundland ve Labrador「ニューファンドランド・ヴェ・ラブラドール」って日和ってるけどアルバニア語はToka e Re dhe Labradori「トカ・エ・レ・ゼ・ラブラドリ」で「新しい土地とラブラドール」になってて強い。日本語化するなら「新疆・ラブラドール州」とか「新開地・ラブラドール州」は……駄目?)、色々と楽しいことになるので……
いいよねウェールズ語Seland Newydd「セランド・ネウィズ」とかエストニア語Uus-Meremaa「ウース=メレマー」とかソルブ語Nowoseelandska「ノウォセーランツカ」とかバスク語Zeelanda Berria「セーランダ・ベリア」とかハンガリー語Új-Zéland「ウーイ=ゼーランド」とかマダガスカル語Zelandy Vaovao「ゼレンディ・ヴァウヴァウ」とかラトヴィア語Jaunzēlande「ヤウンゼーランデ」とかとか……ところでニュージーランドは本来マオリ人の土地で英語は侵略者の言語なんだからマオリ語Aotearoa「アオテアロア」に統一で良くない?
節子それフランス語読みちゃう、単に自分らの言葉で「低地の国」って呼んでるだけや(英語でthe Nederlandsっていうふうに定冠詞+複数形になるのは、もともと「低地」っていう普通名詞だから。the United Statesと同じやね)。イタリア語Paesi Bassi「パエシ・バッシ」もカタルーニャ語Països Baixos「パイズス・バシュス」もスペイン語Países Bajos「パイセス・バホス」も全然フランス語Pays-Bas「ペイ=バ」とは違うじゃん?
ちな、ウェールズ語だとYr Iseldiroedd「イール・イセルディロイズ」、ギリシャ語だとΚάτω Χώρες「カト・ホレス」、クロアチア語・スロヴェニア語だとNizozemska「ニゾゼムスカ」、チェコ語だとNizozemsko「ニゾゼムスコ」な。どれも「低地の国」って意味。
なお、沖縄語の「ウランダ」は「西洋」という意味だったりする。沖縄語をしゃべるオランダ人の動画おもしろいから観て(「ウランダ出身だけど、国の方のウランダね」って断ってるの草)>https://www.youtube.com/watch?v=SB1x8iqqSto。
増田にしつもーん
・コートジボワールの象牙海岸表記をやめたような変更したほうがいいなと思う国名ある?例えば中央アフリカをサントラフリケーヌにするみたいな
クロアチアは別にクロアチアでよくね? ただ世界史の教科書とかで「クロアティア」って書いてるのは無駄に煩雑だから高校生のためにもやめてあげた方がいいと思う。現地語がCroatiaならそこにこだわるのもわかるけど、それ現地語でもなんでもないじゃん、ってなるので。現地語を尊重してフルヴァツカと書くか、大人しく慣用に従ってクロアチアと書いておけばいいんじゃ。
変えたほうがいい国名はまさに「ジョージア」だわw 既に日本語で定着した複数の固有名詞(アメリカの州、コーヒー)とバッティングしてややこしいことこの上ないので、「グルジア」に戻すか、先方がどうしてもロシア語読みは嫌というなら現地語を尊重して「サカルトベロ」にすべき。
大学を中退しフリーターをしていた高校の同級生がスウェーデンで暮らしている。彼は私の友人の彼氏だったため高校時代はよく話していたが、卒業して友人が別れてからは自動的に疎遠になっていた。たまたまInstagramでやり取りし始めて色々近況を話すようになった。
フリーターとしてふらふらしていた時にたまたまロイヤルコペンハーゲンを紹介する番組を見たのがきっかけだそうだ。
もちろん当初はデンマークに行く予定だったがたまたま情報収集のために見ていたデンマークを扱っていると思っていた雑誌がスウェーデンだったことからそのままスウェーデンに向かった。
旅行で訪れたスウェーデンを気に入り、その後留学した。入学したのは高校中退者などが大学に進学したり職業訓練を受けたりする学校。それとともにスウェーデン語と英語を学べる公的プログラムに参加しクルド人やベネズエラ人、シリア人たちと一緒に勉強していた。どちらも学費は無料。その上シリア人の友人とその家族に手伝ってもらい生活費の公的扶助まで貰ったそうだ。
いくつかの職業訓練プログラムを修了した彼は移民向け就労支援によって電気工事士として採用されビザも切り替えた。
スウェーデンでは学業のために仕事をセーブすることが権利として認められており、その分の生活費保障まで出るらしい。その制度を利用して電気技師として働きながら大学進学のための単位を揃え大学に進学。大学で計算機科学を専攻し在学中も生活費が行政から支給された。
大学を卒業し現在はノールボッテン県に移住しエンジニアとして働いている。イラン系ホームグラウンのスウェーデン人女性と結婚したそうだ。
スウェーデンに縁もゆかりもない日本人男性がこんな暮らし方できるって素直にスウェーデンすごいと思ってしまった。
面白い話があった。
電気技師として働きながら学校へ通っている時に彼は移民・難民の偏見をなくすための媒体の取材を受けた。市議会議員の一人がそれを読み、SNSで彼の制度利用歴と利用の仕方を調べ批判したらしい。彼は肝を冷やしたが、逆にその議員が他の議員や市民から猛批判され謝罪したそうだ。
すきなのを選べ
アラビア語: كلب (kalb) - カルブ
アルバニア語: qen - クェン
イタリア語: cane - カーネ
エストニア語: koer - コエル
ギリシャ語: σκύλος (skýlos) - スキュロス
コルシカ語: cane - カーネ
シンド語: کتو (kuto) - クト
スウェーデン語: hund - フンド
スペイン語: perro - ペロ
スワヒリ語: mbwa - ムブワ
タイ語: หมา (măa) - マー
デンマーク語: hund - フンド
トルコ語: köpek - ケペク
トンガ語: ʻulungū - ウルングー
ドイツ語: Hund - フント
ノルウェー語: hund - フンド
ハワイ語: ʻīlio - イーリオ
フランス語: chien - シャン
ブルガリア語: куче (kuche) - クチェ
ポーランド語: pies - ピェス
マケドニア語: куче (kuche) - クチェ
ルーマニア語: câine - カイ
中国語: 狗 (gǒu) - ゴウ
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しかし本論文は言語学だけではなく、分子生物学と考古学の視点からも考察を行っており、特に分子生物学の成果が大きい。
2010年代以降の考古遺伝学の発達はまさに革命といってもよい。2010年代以降と以前では別物と言っても過言ではない。(この発展については「交雑する人類」を読むと良い)
解析方法の発展と古代人骨の収集によるデータの発展が両輪となって、現代の考古遺伝学はほぼ数理科学となっておりこの論文でもデータセットとソースコードが公開されている。
そこには特に異論はないというか、専門外すぎて口出しできない(『交雑する人類』、日本語版が出た直後に読んだけど面白いよね)。「少なくとも言語学の側面からは」と書いたことからわかってもらえてると思うけど、分子生物学とかそのへんの研究成果について否定するつもりは毛頭ないのよ。
ただ、言語学の見地からは証拠が弱いけど、分子生物学とかで補強しまーす! って言われると、いやいやまずは言語学の見地で証明するのが先やろが、って話になっちゃう。ロベーツさんが自分の「トランスユーラシア大語族」仮説の脆弱さを分子生物学とかの虎の威を借りて誤魔化してるようにしか見えんのよ。
それは「日本人」の原郷であって「日本語」の原郷ではないやんけ。
遺伝的系統と言語的系統はまったく別よ。極端な例だけど、スウェーデンの白人とフィンランドの白人は遺伝的にアメリカの黒人より全然近いけど、言語的にはスウェーデンの白人(印欧語族ゲルマン語派スウェーデン語)とアメリカの黒人(印欧語族ゲルマン語派英語)の方が近くてスウェーデンの白人とフィンランドの白人(ウラル語族フィンランド語)はめちゃめちゃ遠いじゃん(スウェーデン語系フィンランド人とかオーランド諸島とかそういうのはひとまず忘れといてねw)。
もちろん古代の話だから、ヒトという乗り物に乗って言語も一緒にやってきた、と仮定するのが無理のない話だろうし、言語学的に想定された原郷と古人類学の観点から突き止められた原郷が一致するなら「なるほど原日本人=原日本語話者の原郷はここなんだな」という結論になるだろうけど、言語学的に穴だらけの仮説を補強するのに古人類学の成果を持ってくるのは話の順番が違うっしょ。
ちなみに言語学的な原郷が遼河流域という説自体は、個人的にはそれなりに「ありそう」だなと思ってる。大陸倭語の存在もあるから古代の朝鮮半島に日琉語が分布してたのは事実っぽいし、さらに、五十嵐(2021)は関東から東北にかけてを覆う「拡大東日本語派」と九州から沖縄まで連なる「南日本語派」がマトリョーシカ分布を示すことを指摘して、本州西部から四国あたりの地域に日本語の原郷を求めてるけど、仮に日本語の祖先が朝鮮半島から入ってきたとすると「なるほどそこから列島に入ってきたんだな」という感じで辻褄が合うんだよね。ただこれはなんの証明もできない妄想であって、もっとちゃんとした言語学的な証拠が必要だけど。
英語圏では、チェックマークは、その即時性とシンプルな構成から、利便性を示す肯定的なシンボルとして主流となっています。しかし、他の国では、このマークはもっと複雑です。
スウェーデンの学校では、答えが不正解であることを示すために✓が使われ、答えが正解であることを示すためにスウェーデン語のrätt(=「正しい」)に由来する「R」が使われるのが一般的です。
フィンランド語では、「✓」は「väärin(ヴァーリン)」の略で、斜めのV字に似ていることから、「間違っている」ことを表します。\斜めの縦線を2つの点で強調したものです。
日本と韓国では、チェックマークの代わりにOマークが使われ、間違っている場合にはXマークや✓マークが使われることが多い(問題があるが完全に間違っているわけではない場合には三角の△マークもある)。
オランダでは、「V」は物事が欠けていることを示すのに使われ、「krul」はセクションや合計を承認するのに使われます。
ブラジルでは、チェックの文字は「はい」の概念を示すのに使われます。例えば、「はい、チェックされました」や「はい、これが正解です」などです。
スウェーデンの夜を覚えている。2月のスウェーデン。坂道を歩く。サーブ、フォルクスワーゲン、トヨタ、表情豊かな車が路肩に並び、眠っている。不思議とどの車もくすんだ色になる。
北欧の夜には不思議な静寂がある。凍ったアスファルトが音を吸いとってしまうのかもしれない。街灯の光子も彫刻のように止まっている。
あの冬、仕事で北欧にいた。同業者と一緒に北欧を回る出張だった。みな、巡礼者のように、同じような黒のダウンジャケットに身をつつんでいる。凍った道に足を取られないよう、歩幅を狭くして、冷気で化粧した街を歩く。
「ペリカン」という名のレストランに入ったのは、北欧に着いてから何度目かの夜だった。タイル張りの床、チークの壁、スカンジナビア特有の、あのとろけたような飴色の照明。ビアホールスタイルのペリカンレストランはダンスフロアのように広く、笑い声とグラスを打ちつける音に溢れている。今までに見たどのレストランよりも薄暗いが、しかし、今まで見たどのレストランよりも客の顔が明るい。
僕らは4つのテーブルをくっつけた一角に座る大所帯で、めいめいが好きなビールを、あるいはワインを、ぶっきらぼうな英語で注文した。テーブルのろうそくが子熊のダンスのようにゆらめく。人の瞳を大きく見せる、不思議な炎だった。スウェーデンで覚えた「スコール!」の掛け声とともに、琥珀色の液体を冷えた胃に流し込む。
ざらざらとした紙のメニューは、スウェーデン語と英語の2つが印刷されていた。チーズ、魚、マッシュドポテト、そして子猫の頭ほどの大きさがあるミートボールがテーブルに並ぶ。肉厚な白磁の上で、てらてらと光る料理を見ていると、夢と現実の境界が曖昧になる。メニューに刻まれた”smaklig spis!”の文字が滲んでいく。
ふと隣のテーブルを見ると、やけに騒がしい。スウェーデンの若者が盛り上がっている。年の頃は20代。テーブルではしゃぐ8人全員が屈強な男たちだ。不思議なことに、全員が純白のナプキンを頭にかぶせている。ナプキンの四隅を結び、帽子のようにして。
水夫のようだ、と思った。彼らはだいだい色の髭と睫毛をろうそくの光に透かし、歌を歌い始めた。樽いっぱいの勇ましさに、ひとさじの寂しさを混ぜたような合唱。なぜかその歌と、その力強い瞳と拳とは、バイキングを思い出させた。
アルコールの助けもあるのだろう、バイキングのひとりが、僕らに話しかけてきた。君たちはどこから来たのか?トウキョウだと答える。すばらしい!乾杯!と男が叫ぶ。テーブルでできた国境は曖昧になって、アジアとスカンジナビアが溶け合った。トウキョウの明かりは闇を削る。北欧の光は、闇をぼかすようなやわらかさがあった。
日本の歌を聞かせてくれ!——スウェーデンの若者がテーブルの向かいから叫んだ。僕らは困り果ててしまった。この異国の地で、ここにいる日本人が詰まらず歌えて、しかも日本を代表するような歌……それは一体なんだろうか?
君が代。いや、堅すぎる。「翼をください」はどうだろう?しっくりこない。誰かが言った。「『ふるさと』だ」
そして僕らは、声を揃えて歌った。
兎追いしかの山……小鮒釣りしかの川……夢は今も巡りて……忘れ難き故郷……
北欧の地においても、当然ながら僕らは日本語でコミュニケーションをしていた。でもそれ以上に、「ふるさと」は日本語で話していることを意識づける歌だった。
8000キロ離れたスウェーデンの地で、この歌の持つ郷愁は凄まじいものがあった。僕らは住んだこともない日本の原風景を思い浮かべて、目頭を熱くした。バイキングの若者たちはその大きな手で拍手する。ペリカンレストランの客にとって、「兎」や「小鮒」から浮かぶイメージは、僕らのものと随分違っていただろうが、歌の持つなにかは伝わった。
そして彼らは返歌とばかりに、彼らの故郷の歌を歌った。いや、実際は故郷の歌ではなかったかもしれない。けれど、僕らが言葉とメロディで故郷を表現したことを、彼らは彼らなりに感じとって、故郷の歌を口ずさんだのではないかと思う。そう思いたいだけだ。独りよがりかもしれないけれど、ペリカンレストランの光は、そう思わせるに十分な魔力を持っていた。
歌の交換が終わり、場が落ち着いて、ひととおり肉と魚とアルコールを胃におさめた後、僕らは三本締めを派手に決めてやった。これもスウェーデンにはないものだ。隣のバイキングに威勢を張るため……あるいは、友好の意を示すため、僕らは目配せし合いながら手を掲げた。「イヨォーオ!」という掛け声とともに掌を打ち付ける。スウェーデンの若者がワッと歓声をあげる。「俺にもやらせてくれ!」誰かがスウェーデン語で叫んだ。「よし!」日本語が応える。片言の「イヨーオッ!」、それに呼応する柏手。そして都合3回の三本締めを終え、スウェーデンの夜はふけた。
あれは夢だった、と言われても信じてしまうくらい、全てが出来すぎた夜だった。
ホテルに戻り、ベッドに倒れ込む。
頭の中に、凍りついた道と、白い息と、温かなテーブルと、チョコレートのようなミートボール、人懐っこいスウェーデンの男のきらきらした眉毛がこびりついている。
スウェーデンのプリンセス・ソフィアが3日間の医療研修を経て、コロナとの戦いを支援すべく医療助手として働き始めるそうです。
スウェーデン語は読めないので、ソースはイギリス・デイリーメールの報道から。
プリンセスということは王女様という立場の方が、現在最も過酷と言えるであろう現場で、率先して貢献しようとしているのに驚いたのですが、Princessにも色々あるようで日本語Wikipediaには公爵夫人と書かれています。
国王の長男のヴェルムランド公爵カール・フィリップ王子の妃ということなので、日本で言うと皇太子妃のような立場の皇族の方と見ればよいのでしょうか。
ソフィア (ヴェルムランド公爵夫人) - Wikipedia
スウェーデンのCOVID-19蔓延状況ってそんなに悲惨なのかと思い調べてみると、昨日時点で日本と比べてみると以下の通り(ソースはEU Open Data Portalの値を集計)。
国 | 感染者数 | 国民1万人当たりの感染者数 | 死者数 | 感染者死亡率 |
---|---|---|---|---|
スウェーデン | 11927人 | 11.71人 | 1203人 | 10.09% |
日本 | 8582人 | 0.68人 | 136人 | 1.58% |
集計間違えていなければ、日本よりかなり酷い状況になっているようです。
感染者数は約1.4倍なのに死者数は8.8倍、死亡率は約6.3倍にもなります。
日本の検査が少ないと言われていることを加味すると、日本の現時点の死亡率はもっと低いであろうことも考えると死亡率の違いはもっと大きくなるでしょうし。
ネタバレレビューとか読んで適当に感じたことをパッチワークしてみました。ミッドサマー?見てない見てない。
誰かと心が通っていると、芯から実感した経験、あなたはありますか?
私は無いです。
同じ気持ちを分かち合えていると、実感できた瞬間なんて人生で一度もない。
どんなに楽しい瞬間でも、相手に無理をさせてないか不安が残る。
どんなに悲しい瞬間でも、誰かの顔色を窺っている。
だからまあ、人の様子ばかり気になるから、一つの感情に染まり切れないのが問題なんですよね。
だから、私は「誰かと同じ一つの感情を分かち合い、その感情に浸り切れる」そういう瞬間を夢見ているんです。
現代社会が失った、ハレの日という昂りを分かち合うための時間。
その光景の美しさを、鮮やかな花々で彩って私たちに見せたのです、アリアスターは。
姉妹の不安の受け皿となるしかなく、彼女自身は弱音を吐こうとも周りの目が気になってしまう。
そうして事件を迎え、全てを失い、頼りたい彼は素っ気なく、歓迎されることのない旅路。
寄る辺ないとはまさにこの事で、彼女は、彼女が属する社会から完璧に切り離されていました。
ああ、これ私だ。
ミッドサマーの評価が分かれるのは、ここにあるのではないでしょうか。ダニーを、自分のことと思えるかどうか。
ここで、ダニーに共感できる要素がなければ、ミッドサマーは、ただのホラーで終わり。
変なカルト宗教が若者を美しく殺していく…のだけれどもちょっとスリルにはかけるかな?という雰囲気なんだろうか。
ダニーを若干好意的に見てる、という人はまた少し話は違ってきて、おそらくエンディングは「高校の頃の友人がマルチ商法にハマってた…」みたいな絶妙な感覚になるんじゃなかろうか。
ダニーに、どこか自分の孤独感を重ねて見てしまった人。そういう私のような人が、一番この映画を楽しめて、そして一番この映画を見てはいけないのだと思う。
だから、あのエンディングの後に、きっとダニーも殺されるのでしょう。
メイクイーンとなった人々の写真の枚数の割に、かつてのメイクイーンが登場しないことを照らし合わせると、なんらかの形でメイクイーンを始末しているのでしょう。
ホルガが近親相姦を避けるために外部から人を招き入れていることを考えると、ホルガの血を引かないダニーに、下卑た末路を思い浮かべてしまうのは私だけでしょうか。
だから冷静に考えるとダニーはどこまでも悲惨なのです。側から見れば今まで生きた社会から切り離された挙句、薬漬けにされカルト宗教に堕ちてしまった女なのです彼女は。
でも、そうまとめたくは、ないじゃないですか。
あの弱音を吐くことも、自分の居場所を得ることも上手くできなかったダニーが、全てのしがらみを抜けていって、新たな世界で出会う人と心の底から楽しみ、歓び、そして泣き叫ぶ。
ありとあらゆる感情を迸らせようとも、それを奇異の目で見られることもなく、それどころか共に笑い、共に泣いてくれる人々がいる。
それは、やっぱり、私に取っては夢のような光景だったんですよ。
ダンスの最中、スウェーデン語を話せるようになった彼女の姿が、あまりにも眩しかった。
と喜び踊るあの姿は、本当に美しかった。
あのホルガという村は、何もかもが嘘だけれど、あの誰かと心を通わせようとする力強さだけは、本物だって信じたくなったんですよ。
どんな感情であろうとも率直にぶつけられる村。
どんなエゴであろうとも、それをむき出しにすることを許される村。
どうにも現代社会というのは、距離感を取りたがる文化らしく、感情をむき出しにするとおかしなものとして処理されるんですよね。
そういう小さな我慢たちを「理性」として持てはやすこの時代に、私は寂しさとか疲れを感じてしまった。
家族という強烈な繋がりを失い、
薬によって現代人としての理性を失い、
そうやって、現代社会との繋がりをひとつひとつ失って、まっさらになった彼女に、あの問いかけがやってきます。
どちらの世界で生きるかを決めたんだ。
そりゃ、たくさんの人が死にますよ。残虐に殺されていく。
でもいいじゃないですか。ダニーは確かに、救われてるんですから。
ダニーを、私を苦しめてきた粗暴な世界が緩やかに壊れていくだけのことで、そこには喜びしかない。
そうやって、彼女を押し込めてた世界がようやくほどけていく。それならば、かつて愛した彼であろうとも、犠牲にしたっていいだろう。
クリスチャンは村人とセックスをしたから、恨みで燃やされたわけじゃない。
今までの世界の名残、今までの私という汚点の象徴だからこそ殺したんだ。
やっぱり私は、ミッドサマーが大好きです。
もしあの後に殺されるのだとしても、いいじゃないか。
この居場所のない世界で心を殺しながら細々と生きながらえるよりも、あんな美しい世界で誰かと大いに心を通わせたという一瞬を得て、死んでいく方が大いにマシだ。
だからきっと私も、揺らめく火を見つめながらにっこりと笑えるだろう。
ヒンメリ(himmeli)はフィンランドの伝統的なヨウル(joulu)の装飾品である。
藁に糸を通し、多面体を構成したら、最後にそれらを繋ぎ合わせて吊るす。別名「光のモビール」。
himmeliの語源は、スウェーデン語のhimmel(天)から。
寒冷な気候のフィンランドでは、太陽神の誕生祭や農耕神への収穫祭を12月下旬のヨウルの祭として行っていた。
その後、スウェーデン領になってからキリスト教が広まり、クリスマス装飾の一つとしても活躍するようになる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%A1%E3%83%AA
http://d.hatena.ne.jp/LM-7/20090919/1253362856
これを見るとスウェーデン語、ノルウェー語、デンマーク語は[カテゴリーⅠ: 英語と密接に関連する言語]で23-24週(575-600時間の授業)で習得できる。
ここにも書かれているように、スウェーデン語やデンマーク語そのものが簡単なのではなく、『英語と密接に関連する』からこそ早く習得できるわけだ。
逆に日本語は[カテゴリーⅢ: 英語のネイティブスピーカーにとって極めて困難な言語]で、英語のネイティブスピーカーが習得するには2200時間程度必要だとされている。それは英語と比較した時に日本語というものは文法や発音などが極めて違いが大きい言語だからだ。
となると、この2200時間という数字は「日本語のネイティブスピーカーが、英語を習得するために必要な時間」の目安であるとも考えられる。一方で、日本で、中学から高校の6年間で週4時間英語を学習しても学習時間は840時間にすぎない。