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2019-06-01

[] #74-5「ガクドー」

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学校とは違うといったが、運動会などの行事もあるにはあった。

他の学童の子供たちや保護者などが一同に介するため、ある意味では学校より盛り上がっていたかもしれない。

ハテナ学童カンくん、これは速い! 一輪走の関門、魔の直角コーナーを何なく曲がっていく!」

「ははん、当たり前田クリケットや! ワイほど一輪車をこいどる人間は、この世に誰一人おらん!」


あくま学童所での交流目的であるためか、競技性を重視しないものが多かった。

ブクマ学童のシオリ先生は、素手で瓦を一枚割れる。○か×か」

「そんなの知らんがな」

「まあ、でも一枚くらいなら割れるんじゃない?」

「じゃあ○の方に行こう」

○×クイズなどの運動必要としないものなどもあった。

「正解は……シオリ先生、実際にどうぞ!」

「せいっ!……痛い」

「というわけで正解は×の割れない! 全員、不正解です」

「ヒビすら入ってないじゃん」

なんや、この意味不明かつ、しょっぱいクイズは」


保護者が参加する、障害物盛りだくさんのパン食い競争なんてものもあった。

「マスダくんのお父さん、全身を紙テープと粉まみれにしながらも、堂々の1位でゴール!」

「ぜはっ、ぜえ……げほ……」

デスクワークのくせにやるじゃん、父さん」

子供の前だからって、パン食い競争で本気出し過ぎじゃないか?」

「はあっ……母さんがいれば、もう少し楽に勝てたんだろうがな……」

「父さん、そういうノリ、こっちも反応に困るからやめてくれよ」

「すまん……」

「湿っぽい雰囲気出すのもやめてくれって。変に含みのある言い方するから、周りには離婚したとか、母さんが死んだとか思われてんだよ」

「そうなのか……おえっ……ほら、餡パンだ」

「いらねえよ、歯形ついてんじゃん」

思い返してみると、この頃の父は少しテンションおかしかった気がする。

母が戻ってくるまでの間、最も辛い思いをしていたのは父だったのかもしれない。


長男マスダくん! 他の走者をどんどん引き離していく」

俺が参加したのはリレー

コマの回転は全くゆるまな~い!」

ただしバトンは使わず、代わりにコマを使う。

コマは回っている状態で、それを手の上で乗せて運ぶんだ。

まさか学童暇つぶしにやっていたコマ回しを、こんな風に活用させてくるとは思いもよらなかった。

「おい、何やってんだよタイナイ。ゴール近いんだから、そんな丁寧に巻かなくてもいいだろ」

「僕の腕じゃあ、中途半端に巻いての手乗りは無理なんだよ。どじょうすくいだってギリギリなんだから

まあ、結果としては3位だったが、タイナイが言うには2位だったらしい。

「今でもマスダは、この日のことを根に持ってるよね」と、よくタイナイは語る。

しろ根に持ってるのは、タイナイの方じゃないかと思う。


弟は缶ぽっくり競争に出場。

「おーっと、次男のマスダくん。これは速い、圧倒的だ!」

ハテナ学童内でもダントツだった弟の缶ぽっくりは、外でも変わることはなかった。

普通に走るのと大差ないスピードで、他を寄せ付けることなくゴールにたどり着いた。

「あれ、もう終わり? 短っ」

「さすがといったところだな、弟よ」

兄貴の作ってくれた缶ぽっくりのおかげさ!」

「いや、缶に穴を開けて、紐を通しただけだから誰でも作れるぞ」

所詮学童内での、内輪ノリ的な催しでしかない。

だが、あの時の俺たちは本気でやったし、その結果に一喜一憂することができた。

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2019-05-31

[] #74-4「ガクドー」

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妙な風習こそあるものの、学童での活動義務じゃない。

強制させられる事柄がないのは数少ない長所だ。

ただ、ここでいう“強制”って言葉は、任意の逆を意味しない。

何の意義があるか分からないまま、漫然とやっていたこともあった。


「お願いしま~す」

ある日、俺たちは署名運動をやることになった。

人通りの多い、遊楽地の信号前に待ち構え、そこで署名を募る。

何のためにそんなことをしていたのか。

答えは「さあ?」だ。

きっと何か大事目的があったのだろう。

わざわざそんなことをさせるんだから、俺たちにも関係のある事だったのかもしれない。

しかし、いずれにしろガキには分からないし、知ったこっちゃなかった。

それでも言えるのは、全くもって楽しくないってこと。

「お願いしま~す」

「……」

見知らぬ人にいきなり話しかけ、とにかく名前を書いてもらうよう頼み込む。

人と接するのがよほど好きだとかでもない限り、基本的ストレスが溜まる行為だ。

免疫細胞には大きな負荷がかかり、徐々に減っていく。

有り体に言って不愉快だった。

「お願いしま~す」

ちょっと邪魔だよ! どいてくれ」

無視してきたり、ぶっきらぼうに応対する人もいるから尚更である

いい気はしなかったが、その人たちに恨みはない。

だって、逆の立場だったら「鬱陶しい」と思う。

まり俺は、自分がされて嫌なことを赤の他人に対してやっていたわけだ。

しかも、目的を把握していないまま。

「ああ、ごくろうさん。ここに名前を書けばいいのかい?」

はい

それでも、なんだかんだで署名は集まった。

我ながら無愛想な態度だったが、書いてくれる人は意外にもいた。

子供効果ってやつなのか、書く側も大して考えていないのか。

なんとも不可解な出来事だ。

よく分からないまま名前を集める俺たちと、よく分からないまま名前を書く誰か。

そうして集まったこの紙の束に、一体どんな意味があるのだろう。

兄貴……」

弟はというと、その日はずっと申し訳なさそうにしていた。

署名運動を早々にリタイアしてしまたからだ。

「ゴメンよ、兄貴……俺、ああいうのどうしても無理……」

弟は当時、人見知りが激しかった。

そのせいで、対人用の免疫細胞簡単死滅してしまうんだ。

免疫細胞がなくなれば、人は泣き喚く以外の行動はできなくなる。

弟がそうなってしまったら、兄は毅然と振舞うしかない。

だって兄貴、俺の分まで……」

自分の分をやっただけだ。謝られる筋合いはない」

実際、ノルマがあるわけでもなかったので、俺は弟の分までやったとは思っていない。

サボりたかった気持ちを、長男の安っぽいプライド邪魔しただけだ。

何となくやっていた俺と、何となくやらなかった弟。

お互い誇れるようなことはしていないが、恥じるようなこともしていない。

「でもさあ……」

「それでも何か言いたいことがあるなら、謝るより感謝してくれ。どっちかっていうと、そっちの方がマシだ」

「あ……ありがとう兄貴

結局、あの署名にどのような効果があったのか、今になっても俺たちは知らない。

ただ、あの時やったことが何かに繋がっている、と願うしかなかった。

それがせめてもの慰めである

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2019-05-30

[] #74-3「ガクドー」

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学童小学生を預かる場所だが、色んな点で学校とは異なる。

なにせ下は1年、上は6年生までが小さな家屋に収まっている。

通っている学校や、性別だってバラバラだ。

そんな狭くて深い空間は、独特な文化社会を作り出す。

例えば、相手を名指しで呼ぶ時。

「マスダ、お前の番やで」

「あ、カンくん。サイコロ振って」

基本は呼び捨てであるが、学年が上の相手へは少しだけ気をつかって「くん」付け。

ちゃうやろ、マスダ弟ぉ」

「え?」

「ワイのことは“カン先輩”と呼べ。“カンくん”とか、むず痒くてかなわん」

または希望愛称で呼ぶよう決まっていた。

「先輩呼びだったら痒くないの?」

「あ~?……なんや、不服なんか? そこまでして“カンくん”って呼びたいんか?」

「う~ん……確かにカンくん”はちょっとキモいね」

「“カンくん”呼びやめろとは言うたけど、ディスってええわけちゃうぞ」

別にルールブックがあるわけじゃない。

ただなんとなく、各々の裁量雰囲気でそうなっていた。

から俺たちみたいに兄弟がいると、少々ややこしかった。

「ねえ、マスダ」

「ん? どっち」

「弟の方。マスダの兄さんじゃない」

俺だったら「マスダ(くん)」または「マスダの兄さん(ちゃん)」。

弟は「マスダ(くん)」または「マスダの弟(くん)」。

面倒くさがりな奴からは「マス兄」、「マス弟」とゾンザイに呼ばれていたこともある。

呼び方がまるで安定しないため、俺たちはしばらく混乱していた。


この独自呼称ルールは、学童所に唯一存在する大人である指導員にもあった。

「なあ、マスダ」

「どっちのこと言ってんの、ハリセン

学童所の指導員は、学校でいう先生みたいな立ち位置に近い。

だが先生はいわず、皆あだ名で呼んでいた。

名前にハリが含まれていたからハリ先生、略して「ハリセン」だ。

本名は知らない。

「ええと、長男の方ね……あ、もしかして次男だったり?」

見た目から来る印象も朧げだ。

よく不精髭をたくわえていたので中年だと思うが、剃った時の顔は20代のようにも見えた。

声は妙に甲高かった気がする。

「ほら、こういうことになるから、肩を叩くなりして呼べばいいって言ったじゃんか」

「ああ、すまん、すまん。どうも忘れっぽくてな」

学童はみんなタメ口で喋ったが、ハリセン咎めることもなくフランクに接した。

しばらく後になって知ったことだが、学童保育に就く人間は、学校教員とは色々と勝手が異なるらしい。

俺たちのあんな態度を気にも留めなかったのは、むしろそっちのほうが自然だったかなのだろう。

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2019-05-29

[] #74-2「ガクドー」

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そこでの生活学校ほどかしこまってはいないが、俺たちにとっては監獄も同然だった。

小国大国刑務所を比べることに、さして意味はないだろう。

だが、俺たちは悪いことをしたからそんな場所にいるわけじゃない。

償うものなどないし、前向きにやっていく権利がある。


さしあたっての問題は、退屈をどう紛らわすかであった。

現代の娯楽に慣れ親しんだ子供にとって、学童所の空間は何とも味気ない。

玩具けん玉コマ竹馬一輪車が主なラインナップ。

電子とは無縁である

いつからあるかは分からないが、どの玩具も使い込まれており、修理された箇所があった。

「もし、もし、カメよ、カメさんよ~」

「へえ、マスダ、糸なしでできるんだ」

「あったほうが邪魔なんだ、むしろ

まり興味はわかなかったが、何もしないよりはマシだった。

それぞれの玩具を、その時々の気分で遊んだ

「すごいなマスダ、もうコマを指のせできたのか」

「ああ、つなわたりも出来るぜ」

その中でも俺が比較的よく遊んだのは、けん玉コマだ。

学童所内には、それらの技表が壁に貼られており、難易度が設定されている。

誰がどういう基準で設けたのか知らない。

だが、とりあえず挑戦心はくすぐられたし、退屈しのぎとしては十分なスパイスだった。

「そういえば、弟くんはどこで何してるの?」

公園の外をグルグル回ってたよ」

「ふ~ん、まさか缶ぽっくりで?」

「ああ、缶コーヒー自己記録を越えるつもりらしい」

コーヒー!?

弟はというと、竹馬一輪車などの乗り物系に力を入れていた。

特に缶で作った下駄通称「缶ぽっくり」は足の一部のように動かせる程だ。


その他だと、少ないが本棚もあった。

ただ、あまり面白い本はなかった気がする。

「ん~? なんでこのキャラ死んでんだ?」

漫画もあるにはあったが巻数が揃っておらずバラバラで、読んでも話が分からない。

兄貴、見ろよコレ。おっぱいもチンチンも丸出し!」

「あのなあ、お前そういうのでハシャぐのやめ……なんでそいつ両方あるんだ?」

そもそも俺たち子供が読むことすら想定していない、ビミョーな内容のものも多くあった。

破れていたり、落書きされていてマトモに読めないものもあったので、あそこは放置に近い状態だったんだろう。


そんな感じで、退屈な環境ではあったが、そうならないようにする余地は多かった。

近くには小さいけれど公園があったし、自由に動ける範囲内には川原やら遊べる場所はたくさんあった。

やれることは、当時の目線から見ても前時代的な遊びばかりだったが、それでも子供たちが昔から親しんでいたモノだ。

俺たちが楽しめない道理はない。

それでも、いよいよ手持ち無沙汰になったら、最終手段

手持ち式の数取器を、ひたすらカチカチやる。

兄貴ぃ、いまどれ位?」

623……4だな」

「少なっ、こっちはもう1000いったよ」

別に勝負してるわけじゃねえから

「と言いつつ、いま横のツマミ回しただろ!」

そうして数取器のカチカチ音を聞いていれば、「何か別のことをやりたい」という意欲が湧いてくる。

9の数字が並んだことも一度や二度じゃない。

その頃の名残で、俺の親指は今でも歪な形をしている。

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2019-05-28

[] #74-1「ガクドー」

年号が変わる意味なんて分からないけれど、何事にも節目ってのはある。

まれて十数年しか経っていない俺だって、勿論そうだ。

身長は伸び、それに比例して体重も増えて、ついでに色んな所にも毛が生えた。

やりたいことも、やれることも、やらなきゃいけないことも両手に収まらない。

でも年号と同じく、時間は俺たちの気持ちとは関係なく流れ、距離はどんどん離されていく。

からこそ思いを馳せたがるのかもしれない。

俺が今よりもガキだった頃、ちょうど今の弟くらいだった時にまで記憶は遡る。


あの頃の俺と弟は、とても不自由な思いをしていた。

平日のスケジュールはこうだ。

まず午前7時に起床。

朝食を摂ったり、身支度を整えるのに1時間弱。

多少ズレても8時ちょっとには学校に着くようにする。

そこで数時間過ごして下校し、その足で真っ直ぐ学童所へ。

父親が迎えに来る午後6時過ぎまで、そこで過ごす。

買い物を済ませ、家に着いた頃には午後7時前後

そこから晩飯や入浴、睡眠もあることも踏まえれば、自由に過ごせる時間は皆無に等しい。

当然、夜遅いので友達の家に行って遊ぶだとかの選択肢存在しない。

俺たちは実質、1日の半分以上を自宅以外で過ごし、子供時代の豊かで自由時間を拘束されていたわけだ。

まあ、子供自由時間なんて、総体的に見れば無駄だとは思う。

だが、その無駄すら愛せない不自由感が問題だった。


その不自由感の象徴ともいえるのが、当時通っていた『ハテナ学童保育所』だ。

小学生向け保育園みたいな場所で、親が仕事を終えるまで子供たちが時間を潰す場所だった。

「マスダは何で学童に?」

「母さんが母さんでなくなっちゃったらしくて」

「え……」

この時、俺たちの町では『親免許制度』なるものが実地されていた。

体の9割が機械化していた母はこれに引っかかったんだ。

から特別試験仮免をとるまで離れ離れ。

仕事で家にいないことが多い父は、止むを得ず俺たちをここに預けたってわけ。

「マスダ、ほんとゴメン。ちょっと無神経だったよ」

別に謝るようなことでもないと思うが……」

あの時、理由を聞いてきた学童仲間がすごく気まずそうにしていたが、何だか誤解されていた気がする。


学童所での環境は、お世辞にも良好とは言えなかった。

ないよりマシ程度のボロ屋で、壁や柱には歴代学童たちの落書きと傷で溢れている。

まりのボロさに、映画舞台で使われたほどだ。

タイトルは覚えてないけど、多分しょうもない映画だと思う。

「……弟よ。口を開けたまま、天井をずっと見ているが、バカみたいだぞ」

兄貴自分の弟がバカであってほしいわけ?」

「いいや……じゃあ、なんだ? 学祭バカ役でもやるのか?」

「なんか、天井から水が落ちてくるから、どんな味かなあ~って」

「……!?……バカヤロっ、そんなの飲むんじゃねえ!」

雨漏りという現象を直で見たのも、その時だ。

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2019-05-14

[] #73-9「娯楽留年生」

≪ 前

娘が好きになりそうなものを、フォンさんは率先して好きになることで親子の絆を築いた。

時が経ち、なんのためにやっていたかフォンさん自身は忘れていたが、あの『キュークール』によってその習性が呼び起こされたらしい。

「好きなものを好きなように愛でる、お父様はそれをワタクシに教えてくれていた。その想いの強さを、大人になって改めて実感しました。涙がちょちょぎれましたわ……」

俺はさすがに涙は出てこないが、確かに悲しい話だと思う。

子供のために自分を捨てた人間が、今はただ自分を見失っている。

自分のためにやる趣味なのに、そこに自分がいないんだから虚しいのは当たり前だ。

当事者ともいえるジョウ先輩にとって、そんな父の姿は見るに堪えないだろう。

「……ですが、それでも、野暮を承知で、あえてワタクシはお父様に言わなければなりません」

ジョウ先輩は袖で涙やらその他もろもろの汁を拭う。

そして意を決し、慈悲に溢れた言葉をフォンさんに送った。

「お父様、今のあなたは……みっともないだけですわ!

「っっっ!?

俺たちが予想していた以上に鋭い言葉弾丸

それがフォンさんの脳天に打ち込まれた。

「がっ……は……」

「い、言いやがったぞ、あのドギツい格好した嬢ちゃん。オレたちが言わないことを、平然と」

社会的に自立した子が、親の趣味に物申すってのはよっぽどですよ」

「言うにしても、もう少し穏当な表現もあったでしょうに、まさかあそこまで……」

愛娘からモロに喰らった急所攻撃に、フォンさんは呼吸もままならない。

身内だからこそ出来る会心の一撃といえよう。

愚行権行使だとか、その是非だとかは俺には分からない。

だが愚かな真似をしていると思ったのなら、言ってやるべきだ。

少なくとも、互いを想い合っている親子ならば。

「み、みっともない……ワタシが……」

「好きなものを貫くということは、自分を貫くということです。今のお父様に、その高潔さはまるで感じられませんわ。自分の心に嘘をついて、半ば意地になってやっている。そうでしょう?」

こんなことを言っているが、ジョウ先輩も少し前までは趣味に対して大人気なかった。

俺の弟と新発売のカードを巡って小競り合いを起こしたこともある。

趣味自分自身の“心”がモノを言います。ですが自分の“心”さえ誤魔化していたら、それは趣味として不適切ですわ」

だけど、社会人を続けていく中で何か思うところでもあったのだろう。

はいくつになっても学べる。

その学びを、今度は自分の親に教えているのかもしれない。

「それに、お父様。ワタクシもう成人してましてよ? さすがにキュアキュアは卒業しましたわ。だから同じジャンルの『キュークール』も観ていませんの」

「ソツギョウ? 卒業ってなんだ。好きなもの卒業なんてものはないんだぞ」

「お父様の手前、今まで言いにくかったのですが……とうの昔に興味を失っていましたわ。大した理由もありません。蝶が蜜を吸うのと同じですわ」

「な、なに?」

「お父さまがいつも言っていたことですわ。『他人趣味ケチをつけるな』と。だからワタクシも言わないようにしていたのです。でも、未だに誘ってくるんですもの

お互いのことを想っていたのに、すれ違っていたんだな。

自分の子供が卒業したものを、親が未だ持てはやす

その肩身の狭さに耐えられるほど、フォンさんの『キュークール』に対する想いは強くない。

娘への想いがきっかけで始めたんだ、娘には勝てない。

「はは……ワタシは娘の卒業式を見そびれたというわけか」

「お父様……あなたの“趣味のもの”に文句を言うつもりは、今でも毛頭ありませんわ。いくつになっても、環境が変わろうとも、好きなものをを貫く姿は素晴らしいと思います。ですが、“趣味との付き合い方”まで同じであろうともがく、そのお姿は美しくありませんわ」

こうして十数年越しに、娘の手から、フォンさんへ卒業証書が渡されたのであった。

「感動的な親子シーンですね……」

そうかあ? どこぞの作品より安っぽいドラマじゃねえか?」


…………

それから数日後、フォンさんはまるで憑き物が落ちたかのように元に戻った。

本当にあの『キュークール』には変な魔力でもあったのだろうか。

「フォンさん、最近キュークール』の話をしませんね。少し前までは、隙あらば語っていたのに」

「ええ、年甲斐もなく、ちょっとハシャぎ過ぎましたからね。これから等身大の楽しみ方をしますよ」

フォンさんは、そう爽やかに答えた。

「“等身大”……ねえ」

しかし、スタッフたちの反応は懐疑的だった。

「あ、あれ、シューゴさん、どうしました?」

ふと周りを見渡すと、スタッフ全員がフォンさんに冷ややかな視線を向けていた。

その突き刺さる視線意味を、フォンさんは理解できない。

ただ、漂う倦怠感に沈黙し続けるしかなかった。

サンドオフロ・サイレン

歌:サーモン&シーファンネル

やあ 大きいお友達

そのサブカル

痛々しくて キモい

薄っぺらくて サムい

体と 景色は 

ずっと前に 通り過ぎた

けれど心は そこかい

(#73-おわり)

2019-05-13

[] #73-8「娯楽留年生」

≪ 前

「話は聞かせて貰いましたわ!

「じ、じょ、ジョウ? なぜここに? 話を聞いていたって、どこで、どうやって……」

フォンさんは娘の電撃来店に慌てふためく。

「え、は? 何? あんたらどういう関係?」

この場に居合わせているだけのタケモトさんやマスターは尚さら事態が飲み込めない。

独特な格好をした女性唐突な登場。

その女性と何かワケあり雰囲気ゲスト

まりにも情報が多すぎる。

「あー、えーっと、ですね……」

「お父様、ワタクシはここ最近不思議でしたの。お父様の『キュークール』に対する、病的なまでの活動。ただハマったというだけで納得するには、あまりにも異常でしたもの

センセイが順を追って説明しようとしているのに、ジョウ先輩はそれを遮って一方的に語り始めた。

自分述懐を優先させるところはフォンさんと似ていて、やっぱり親子って感じだ。

「あそこまで執着していたのは……ワタクシのためでしたのね、お父様」

そしてジョウ先輩の口から語られる真実

だが俺たちにはまるで理解できない。

どうして個人趣味が、子供のためだったという話になるんだ。

「な、なんのこっちゃ……誰か、誰か説明してくれよー!」

タケモトさんの悲痛な叫びが店内に木霊した。


…………

それから語られる、ジョウ先輩の断片的な思い出話。

それを俺なりに組み立てると、こんな感じだ。

ジョウ先輩は小さい頃、とても消極的子供だった。

自分の考えを表に出さず、行動も控えめで周りに言われたこしかやらない。

口調も普通だ。

それは親に対してもほぼ同じだった。

フォンさんは仕事で忙しく、家にほとんどいなかったため娘と会話すらマトモにできなかったんだ。

年頃の親子とは思えないほど、二人の関係には距離ができていた。

しかし、そんな状態を『キュアキュア』とかいう、当時やっていたアニメが救う。

ジョウ先輩はその映像に魅了され、時に親の忠告無視するほど熱中することもあった。

しかし、そんな困った状況をフォンさんは逆に喜んだ。

消極的だった娘に自我が芽生えたと感動したらしい。

から、その心を育むため、フォンさんは娘の趣味咎めなかった。

しろ自分自身が率先して『キュアキュア』に入れ込んだ。

娘が好きなものを好きなように愛せるよう、怖気づかせないように、その姿を見せ続けた。

親子の交流も図れて一石二鳥だ。


…………

何となくだが、ようやっと話が見えてきた。

フォンさんの『キュークール』に対する愛情表現は、その頃の“クセ”ってことか。

子供趣味を、子供のように大人が楽しむには、多少の羞恥心は気にしてられない。

一般社会における大人モラル二の次だ。

ひとまず、どっかそこらへんに置いておく必要がある。

多少やりすぎでも、娘がそれで自信を持ってくれれば、と。

だけど、フォンさんは置きっぱなしにしてしまった。

どこに置いておいたのか忘れてしまったんだ。

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2019-05-12

[] #73-7「娯楽留年生」

≪ 前

「『キュークール』も観ているんですか。キュアキュアを観ていたってことは、そういったジャンルはかなり長いんですねえ」

何が悪いんですか。子供の頃に持った趣味を、今もなお続けている。良いことじゃありませんか。悪い理由がない」

「いきなり、どうしたんですか。別に悪いだなんて言ってないでしょう」

フォンさんの拗らせ方は、些か厄介といえた。

「やはり子供がいると自分時間が徐々になくなって、以前のように趣味に没頭できなくなるでしょう」

子供言い訳に使う人は、所詮その程度だったんですよ。ワタシはキュアキュアを観ていました、子供と一緒に!」

「なぜ、そこまで“子供と一緒に”を強調する」

現在社会的生活を維持しつつ、趣味も維持する自分”というものに並々ならぬプライドがあるらしい。

趣味継続させる”って意識が、そもそもズレているような気もするが。

「この歳になっても最新の動向を追いつつ、長年続けていくのは趣味だとしても大変でしょう」

別に大変だと思ったことはありません。仮に大変だったとして何も問題はない」

「ふむ、確かに自分はこの年齢になってからアニメを熱心に観るようになりましたね。たまにちょっと疲れていて、観ている途中で寝てしまますが、ハハハ

「それは年寄りゲートボールやり始めるようなもんでしょ。若い頃に始めた趣味継続させられるかって話と、ワタシの話を同列で語らないでくれ」

「さっきから、なぜそんな喧嘩腰なんだ」

しかも、酷く敏感になっている。

マスター個人的エピソードにすら、まるで自分否定されているかのように噛みつく。

あなたたちはワタシの趣味を軽んじている。年寄りの冷や水だと思っているんでしょう! ワタシが飲んだら腹を下すと思っている!」

周りの言葉が全てネガティブに聞こえているようだ。

言葉解釈差異こそあれど、“そう聞こえてしまうこと”に過敏なのは“思うところがあるから”だ。

他人生き方自分と違っていても、それはイコール否定にはなりえない。

趣味人の在り方だって千差万別だ。

自分は上手くいっているからだとか、自分のやり方がそうだからってのは大した理屈じゃない。

なのにそう言って憚らず、他人もそうあるべきだ、でなければ趣味人としては落第だと言うのは間違っている。

「ワタシはアニメに関する仕事をしているし、そういったものにも理解がある。ワタシは子供向けだからだとか、色眼鏡で見たりしない。ワタシは『キュークール』の大ファンだ!」

にも関わらずフォンさんは、他人姿勢否定して、己を大きく見せてまで自尊心を保とうとする。

ネガティブ思考で「自分ポジティブ趣味に励んでいる」と捲くし立てる。

翻って、どこかに負い目があることへの拒否反応といえた。

「あの作品には自由、愛、平和多様性が溢れているのに、あなたたちにはそれが分からないのか!」

そう語るフォンさんが、そのアニメから何も吸収できていないのは皮肉な話だ。

まあ、アニメの影響力なんて良くも悪くも所詮そんなもんってことなのだろう。


フォンさんの趣味アピールは留まるところを知らない。

「ワタシは楽しんでいる! 有意義だ! 納得している! あなた達とは違うんです!」

センセイたちはウンザリするしかないだろう。

とどのつまり趣味は各々が好きな配分でやるものだ。

マトモに笑うこともできないまま、いきり立って「自分は楽しんでますよ」といっても説得力はない。

それは、もはや趣味領域を越えているだろう。

「だめだ、だめだ。あの『キュークール』の素晴らしさと先見性が分からないなんて! アニメオタクに未だこんなのがいるから、この国は前時代的な表現がのさばり続けるんだ!」

フォンさんのおかしさを、恐らくセンセイたちも感じ取っている。

言語化して、指摘することもできるだろう。

だが、言わない、言えない。

なにせ本人が「楽しんでいる」、「有意義だ」と言い張っているから。

どんなに社会通念上やりすぎに見えても、個人自由から

から見て、明らかに意固地になっていたとしても、本人が良いと言っているのだから

非合法でもない限り、他人趣味にとやかく言うべきじゃない、なんて言うまでもない。

だが、それでも、今のフォンさんにあえて投げかけるべきはそういった言葉だ。

しかし居直られては、もう放っておくしかない。

余計なお世話をしてやる義理はセンセイたちにはなかった。

もし、言える人間がいるとするならば……。

「お父様……ひょっとして」

ジョウ先輩が何かに気づいたようだ。

突如、ドレスを着込んでいるとは思えないほどのスピードで走り出す。

そしてフォンさんのいる、喫茶店の扉を勢いよく開けた。

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2019-05-11

[] #73-6「娯楽留年生」

≪ 前

しばらく歩くと喫茶店に着いた。

俺やセンセイの行きつけの店だ。

「ここでマスダのお父さんと、ジョウさんのお父さんが待ち合わせしている。マスダのお父さんはやや遅れてしまっているようだね」

なぜそれをセンセイが知っているのか。

まあ、恐らく俺の父を通じてフォンさんにこの喫茶店で待つよう連絡をよこした、とかだろう。

手回しが早いというか、回りくどいというか。

まさかあのアテもない徒歩の時間は、この場を調えるのも計算に入れていた、とか?

だとしたらセンセイには感嘆せざるを得ない。

もちろん、皮肉的な意味合いが強いが。

「とりあえず、私だけで話してみよう。君たちは離れた場所で、これを」

そう言ってセンセイは俺たちに録音機らしきものを渡した。

これで店内でのやり取りが聴こえるんだとか。

「センセイ、これ常備してるんですか?」

社会人の嗜みさ」

「ワタクシも社会人ですが、初耳ですわよ」

社会にも色々あるのだよ」

センセイにとっての“社会”とは、どういったものなのだろうか。

答えてくれるとも思えないし、もし答えてくれたとして逆にこっちが困りそうな気がする。

「では、行ってくる」


センセイはおもむろに店に入っていく。

「いらっしゃい」

「よお、センセイ」

店内にはマスターと、常連のタケモトさんもいた。

そして、センセイの言っていた通り、待ちぼうけをくらっているフォンさんも。

「おや、今日は珍しい客人がいるね」

センセイはあくまさりげなく、偶然の出会いを装う。

「ええ、仕事の打ち合わせで人を待っていまして」

「奇遇ですね。私もここで待ち合わせなんですよ。マスダっていう子なんですがね」

「……マスダ?」

「ん? 別に珍しい名前ではありませんが、何か気がかりでしたか。ひょっとして……あなたが待っているのもマスダだとか?」

「え、ええ、偶然ですね」

「まあ、彼は学生なので、あくま同姓同名ってだけでしょうけれど……もしかしたら親子なのかもしれませんね」

から聴いていて、なんとも白々しい、不自然なやり取りだ。

ともあれ、これで親と子の話をしつつ、フォンさんの趣味についても聞ける取っ掛かりは出来た。

「へえー、キュアキュア観てたんですか」

あくま子供と一緒に、ですけどね」

「まあ、きっかけが何であれ、大人でも好きな奴は結構いましたよ」

「そうそう、子供向けアニメだろうが作ってるのは大人なんだ。大人が観れるように出来てても不思議じゃない」

そこにマスターとタケモトさんも参加し、フォンさんの口も徐々に滑らかになっていく。

そうして会話を続けていくと、フォンさんがなぜ『キュークール』をあんな風に愛でるのか、その理由が徐々に見えてきた。

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2019-05-10

[] #73-5「娯楽留年生」

≪ 前

ジョウ先輩の話は予想以上に長く、結局バス目的地に着いても終わらなかった。

しかし、途中で中断するのも気持ちが悪いと、ジョウ先輩とセンセイの間で意見が一致した。

俺もセンセイの手前、「急ぎの用はないですが、早く家に帰りたい気分なんです」とは言えない。

ということで、三人で適当場所で降りて、どこへ向かうともなく歩きながら会話を始めた。

「……つまりあなたのお父さんが『キュークール』に熱を上げすぎていると」

ジョウ先輩の父とは、フォンさんのことだ。

俺の父と仕事仲間である

なので最近のフォンさんの動向は、俺もちょっとだけ聞いた覚えがあった。

だが、まさか自分の子供にそう思われているほどだとは。

「確かに、いたたまれないですね。中年の身内が流行りに乗っかる姿は、子にはキツい」

「いえ、それ自体は気にしていませんの。何か夢中になれるものがあるのは素晴らしいことですわ」

適当な相槌を打ってみたが、月並み意見で一蹴された。

では、何が問題だと思っているんだろうか。

「父は……些か無理をしているようですの。心と体の間に溝ができてしまっている」

ジョウ先輩が言うには、フォンさんの『キュークール』に対する振る舞いは、身の丈にあったものではないんだとか。

その“身の丈”がどんな形と大きさをしているかイマイチ要領を得ないが。

ジョウ先輩の服装言動は“その類”に入らないのだろうか。

まあ、話がこじれるだけなので口には出さないが。

「父は内心、『キュークール』をそこまで評価していないんですの。けれどアレを愛し、そんな己の姿を周りに誇示する。そうすることで父は“何か”を守っているようですわ」

「“何か”、とは?」

「それは分かりません。ただ、無理をして『キュークール』に“熱中しているフリ”をしている、それは確かですわ」

「子の勘、って奴ですか」

「確かな経験則です。ワタクシのこのスタイルは、元を辿ればアニメキャラクターきっかけ。それを自分の中で十数年かけて浸透させたんですの。そんなワタクシだからこそ断言できますわ。父は馴染んでいないし、これから馴染むこともない、と!」

そこまで言い切るからには、きっと“何か”あるのだろう。

壊れていない家電製品ゴミ置き場に放つが如く、フォンさんは恥や外聞を捨てている。

そこまで思い切るには、それなりの“理由”が必要だ。

オサカの奴も『キュークール』をやたらと語っていたが、あいつはブログレビュー記事を書いているので、そこからくる言動だってのが分かる。

ではフォンさんの場合はどうだろうか。

単に『キュークール』に滅茶苦茶ハマっている人……とするには、あまりにも目に余る。

ジョウ先輩の心配事はそこらしかった。

「それで、真相真意が分かったら……あなたはどうしたい?」

「父には己の自我と向き合い、思うまま受け入れ、相応に振舞って欲しいだけですわ。ワタクシがそうであるように」

何だか説得力があるような、ないような。

素直に納得するにはジョウ先輩のケースは特殊な気がする。

「そうか……では、私が君のお父さんに尋ねてみよう」

センセイが予想外のことを言い出す。

「……センセイ殿が、ですか?」

ジョウ先輩の話を随分と聞きたがると思っていたが、そこまで首を突っ込みたがるほど興味があったのか。

「ええっ、本気ですか。センセイって、そんなにお節介人間でしたっけ」

仕事柄、知らんぷりともいかなくてね。その『キュークール』ってのは、ラボハテの息がかかったアニメなんだろ?」

なるほど、だからセンセイは関心が強かったのか。

……いや、それがどう関係しているというんだ。

「センセイってラボハテ関係お仕事でしたっけ」

俺がそう訪ねると、センセイは「しまった」と言った顔をする。

「……まあ、そんなところ。相手が言いたがらないのに、あまり詮索するものではないよ、マスダ」

明らかに取り繕っているのは気になるが、俺は言われたとおり詮索しないことにした。

これ以上の面倒くさい展開は避けたい。

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2019-05-09

[] #73-4「娯楽留年生」

≪ 前

そんな状況に心を痛める者が一人いた。

知る由もない俺は、ひょんなことからその人物と邂逅する。

「あら、マスダ。奇遇ですわね」

ジョウ先輩だ。

「あ、どうも……」

バスの中で話しかけられたのでは知らんぷりもできない。

俺は気まずそうに会釈をした。

普段電車通勤じゃなかったでしたっけ」

今日のワタクシは有給ですわ」

とってつけたようなお嬢様言葉に、とってつけたようなお嬢様服。

見た目や言動が強烈なのも相まって、俺はこの人が苦手だ。

「へえ、マスダ。このような御令嬢と知り合いだったのかい。人脈が広いね

隣にいたセンセイが会話に入ってくる。

実際にはセンセイと俺の会話中にジョウ先輩が入ってきた、といった方が正しいが。

「いえ、センセイ。彼女が在学中に先輩後輩の関係だっただけですよ。この喋り方や服装彼女趣味なんです」

「え、じゃあ、それはただのキャラクター作りの一環というわけかい

センセイ、そこはあまり掘り下げなくてもいい。

大したものは出てこないから。

「おや、それは……気をつけていたつもりだったが、見た目や言葉遣いで安易に人を判断してしまったようだ。申し訳ない」

「むしろ安易判断してくれて結構ですわ。そのためにしているのですから

「ほう、そこまで割り切れるとは、達観した考えをお持ちのようだ。あなたにとってそれは、もはや体の一部なのですね」

「そう評価されると、さすがにちょっと照れますわね」

初対面なのに、センセイはよく落ち着いた対応ができるな。

居心地が悪いのは、二人に挟まれている俺だけのようだ。

「ただ……周りがどう思うかを気にしすぎないのも考えものですわね」

何やらジョウ先輩が通俗的なことを言っている。

いや、この人は普段から割と俗っぽいから、驚くには値しないが。

その日はいつになく感傷的だったので印象に残った。

だが、ここで興味本位に追求はしない。

明らかにジョウ先輩は話を聞いて欲しそうな素振りだったが、俺はこれ以上、話に花を咲かせたくなかった。

こっちはその養分を吸われるからな。

「……と、言いますと?」

まあ、俺にそのつもりがなくても、センセイが聞き出してしまうため無意味ではあったが。

「話してもよろしいですが……長くなりましてよ、少々」

「大歓迎さ。目的地に着くのはずっと先なのでね。君もそうだろ、マスダ?」

「……生憎、そうですね」

これだからバスは前時代的な乗り物に成り下がるんだ。

「では……そうですわね、まずはワタクシの父について、お話しましょう」

そうしてジョウ先輩は、初めからそのつもりだったのを証明するかのように淀みなく話し始めた。

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2019-05-08

[] #73-3「娯楽留年生」

≪ 前

キュークール』の話題は、弟のクラスで持ちきりだ。

「うちの両親がやたらと一緒に観たがってさ。僕はそこまで観たいと思ってないのに」

「あ、あた、おれもそんな感じ。『タメになる』とか、『あなたにとって、いいものから』とか何とか……」

しか物語だとかキャラクターについてだとか、アニメの内容に関することではなく、それを観ている親についての愚痴に近かった。

「まあ、あれって如何にも女子向けって感じだしな。俺たちが観るもんじゃない」

私、女だけどキュークール』は好きじゃないわ」

「あ、あれ……意外だね。タオナケは好きそうなのに」

「私、その言い方すごく引っかかるんだけど、どういう意味なのかしら? 女子の大半はああいうのが好きだと見くびってるわけ? それとも私個人に対するイメージ押し付け?」

「おいおい、ドッペルにそういう絡み方してやるなよ」

こんな調子で、本来想定されているであろう層への評判がイマイチという状態だった。

「私、うまく言えないんだけど……あのアニメって大人の顔色うかがいながら作ってる感じがするの。しかも……うちのママみたいな一部の大人の顔色」

明け透けにモノを言うタオナケが、なんとも歯切れの悪い言い方をしている。

自分の親が観ているからなのか、言葉を選んでいるようだった。

「な、なんか変な感じだね。子供よりも大人の方が熱中してるだなんて……」

「いや、むしろそのせいだろ。大人がマジになればなるほど、俺たち子供はヒくんだよ」

弟の指摘がどこまで的を射ているかはともかく、実際『キュークールの子供ウケはお世辞にもいいとはいえなかった。

しかし大抵の子供は、そういったリアクションを上手く伝える術を持たない。

親が観たがるので、子供は隣で黙って観るしかなかったわけだ。

俺も弟たちも、『キュークル』の面白さがイマイチ理解できないでいた。

観ている人がいるってのは分かるし、彼らが何に熱中しているかってのも表向きには分かるんだけど。

理解、納得、共感、それらの間に大きな溝があるように思えた。

こうして大人子供の間で意識が剥離していくなか、『キュークール』は“流行って”いった。


…………

父の周りでも、やや特殊な状況ながら『キュークール』の話題は盛んだった。

だけど、少し状況や認識が違う。

「『キュークール』の15話、ネットですごい話題のようですね」

「そうらしいな。オレは何が面白いか分からんので観ていないが」

シューゴさん、監督なんですから話題作品はチェックしといた方がいいですよ。そもそも、観なければ面白いかどうかも分からないでしょ」

理屈なんていらねえ。オレくらいになると、観なくても面白いかどうか分かるんだよ。オレが観たいと思えない作品イコール面白くない、これが名実。他の奴らがどう思うかなんて関係いね

「……まあ、個人自由なので結構ですが、それをインタビューとかで誇らしげに言うのはやめてくださいね。分かる気もないのに、分かってるようなことを言ったらまた火傷しますよ」

父の職場アニメスタジオなので、同業の話題には注目せざるを得なかった。

「あ、お二人方、おはようございます。『キュークール』の15話、すごかったですねえ。1話から出ていたモブキャラが満を持して変身を……と思いきや、まさか拒否。『誰でも魔法少女になれる』っていうコンセプトのアニメで、あの展開をやるなんて。個人自由意志を尊重しているというメッセージが、これでもかと押し寄せてきますね!」

だが、それを抜きにしても同僚のフォンさんは格別だった。

作品の動向をチェックしているというよりは、ただファンになっているようだった。

「ワタシ感動しちゃいましたね。とうとう子供向けアニメも、ここまで来たかと。感動のあまりキュークールクーラー』買っちゃいましたよ。ほら、魔法の力で、いつでもどこでもチョー涼しい! これでもワタシも魔法少女!」

「いや、それ携帯扇風機だろ……」

しかも、かなり重度のファンだ。

父とシューゴさんは、そのご執心っぷりに戸惑うしかなかった。

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2019-05-07

[] #73-2「娯楽留年生」

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ラボハテ』っていうロボットメーカーが、以前から力を入れている企画があった。

それが『魔法少女プロジェクト』とかいうヤツだ。

「誰でも魔法少女に変身して、素敵な力を使える」っていうふれ込みらしい。

プロモーションの一環で、俺の住む町にも魔法少女がいる。

時おり、町で自警活動やらアイドルの真似事をやっているのを見かけるが、そんなに大したもんじゃない。

やってることは大掛かりだが、実際にはキツい格好をした少女アンドロイド遠隔操作しているだけ。

使える魔法超能力の応用に過ぎない。

変身しているというよりは、ゲームキャラクター現実で動かしているようなものだ。

この町にいる魔法少女だってアラサー女性ボランティアでやっている。

ロクな企画じゃないし、企業としてもどうかと思う。

技術的にはすごいことをやっているのかもしれないが、夢のある話とは言いにくい。


ラボハテも手ごたえを感じていなかったのか、プロジェクト認知度をより上げるために新たなプロモーションを打ち出す。

そうして『キュークール』というアニメ放送された。

キュートでクール女の子たちが主役のアニメで、魔法少女に変身して様々な事件解決するのが主な内容だ。

主役以外にも、老若男女なゲストキャラも変身して「誰でも魔法少女に変身して、素敵な力を使える」ことを強く宣伝している。

ある種ノスタルジーを感じる作りと、現代的なテーマが一部の大人たちにウケて、にわか話題を集めているらしい。

バイト仲間のオサカが、そう言っていた。

子供向けじゃないねあれは。いや子供騙しって意味じゃなくて中々に侮れない作りって意味だけど。一昔前の女子向けアニメオマージュした演出が多くてでも話のテーマ現代社会問題を扱ってて話題性がある。あれは子供向けアニメの皮を被った大人向け作品だ」

こんな調子に、聞いてもないのに隙あらば語ってくる。

「お前がその作品を好きなのは十分伝わったから、その辺にしないか。その口を動かすエネルギーバイトのために温存しておこうぜ」

「いや別にキュークール』好きじゃないよ」

「えぇ?」

「まず基本子供向け作品だという視点で作られていない。エンターテイメント性が希薄子供が置いてけぼりだ。大人しかからないようなネタは昔のアニメにもあるが大筋は子供でも理解できて楽しめるように作られていることも多いのにそういった噛み砕きが『キュークール』には足りない。現代的なテーマ選びや話作りも説教臭くて陳腐だとすら言える。画一的ソーシャルアジェンダ推し進めようっていうエゴ押し売り感が酷い」

ほんと、こいつはどんな作品だろうがわざわざ観て、やたらと熱心に話したがるよな。

そうまでして語らせる、何らかの魔力でもあるのだろうか。

カタリノ夜

作詞:ナツニ 作曲DK.HONMA 歌:ポリティカルフィクション

大人のために作られた 子供向けなんかに

僕は簡単に 想いを重ねたりはしない

「善良デアレ」と責める この界の基本構造

イージジャスト! イージーダウト! イージードーン! 

想像していたよりも ずっと未来は堅実的だね

彼らもしばらく 普通になる予定はなさそうさ

 

そして今日ビート坂に乗り 無口な他人ネットで語るよね

からLOLI LOLI ダメから

虚構でも 許さな

暴力 暴力 エロだけは

オリジナル作品貫いて

あの意図だけ 心の清涼剤

忘れてるね

ドンミー ドンミー ツヨクヨワイ女性

ドッチ ドッチ カタルヒトリノ夜



「……つまり自分が言いたいのはそういうことさ」

「どういうことだ。なんだその歌」

「あれこの歌をご存じない? ジェネレーションギャップ

俺とタメのくせに、何を懐古ぶってんだコイツ

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2019-05-06

[] #73-1「娯楽留年生」

好きなものに対する拘りは人によって違う。

ある人は知識豊富だったり、ある人はモノを集めたり、ある人は独特なアプローチを図る。

同じものが好きであっても、理解度や有り様は全く異なるんだ。

それでも言えるとするならば、関心のない人よりも見えている景色が違うのは確かだってこと。

だけど“恋は盲目”って言葉があるように、好きであればあるほど物事は不鮮明に映りやすい。

その時、どういった姿勢が問われるか。

誰が、誰を、どのように問うのか。


…………

「卒業」って言葉を聞くと、俺たちみたいな生徒は学校のことを連想するだろう。

だけど、その他のシチュエーションで使われるケースだってある。

例えばアイドル

「はあ~」

カン先輩、溜め息をつくなら、せめてペースを落としてくれませんか」

「そりゃ、無理な相談やでマスダ。むしろ溜め息で済んでるのを感謝すべきや」

最近カン先輩は、バイト中いつもこんな調子だ。

応援していたアイドルが数週間前に卒業して、未だそのショックを引きずっている。

黙々と作業をしている時にふと思い出してしまい、それらが二酸化炭素として排出されるメカニズムらしい。

「ワイらのアメ子ちゃん卒業……普通女の子に戻ってもうた」

“ワイら”ってことは複数人の共有物なのか、“普通女の子”って何を基準に言ってるのか。

卒業”って言ってるが、要は“引退”の言い換えだとしか思えない。

俺がその界隈について詳しくないからかもしれないが、カン先輩の言動には疑問符が溢れ出てくる。

「気になったんですけど、なんでアイドルが辞めることを“卒業”って言うんです?」

「ああ?……そりゃあ、“辞める”とか言ったらバツが悪いからや」

「“卒業”って言えば、バツが良くなるんです?」

「……マスダ、その聞き方、めっちゃ腹立つわ」


こんな感じで、卒業ってのは学校のそれとは違い漠然としている。

学校における卒業は、様々なことを学んだ結果おとずれる。

次のスタートへ向かうために設けられている、定められた一つのゴールだ。

環境の変化に未練こそ感じても、基本的には前向きに進むものとして存在する。

後ろ向きのまま歩いたんじゃあ、危なっかしくて進めない。

そう認識している俺にとって、他のケースで使われる“卒業”という言葉はどうも計りかねた

趣味などをやめるのも卒業って呼ばれるが、あれも漠然としている。

卒業できる段階、時期がちゃんと決まってないからだ。

そのせいで人々はい卒業するのか、そもそもすべきなのかすら分からない。

不透明な姿で在り続ける留年生だ。

いや、そもそも卒業って表現が不適当なのだから留年生と呼ぶべきではないかもしれないが。

それでも、あえて“留年生”と呼ぶのなら、その人達はいつまで“趣味という名の学校”にいられるのだろうか。

とあるアニメが地上の波を漂う時、一人の留年生はその資質を問われることになる。

ちなみにカン先輩のことじゃない。

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2019-04-15

[] #72-3「僕は学んだ」

≪ 前

第四章でヴェノラにピンチがやってきます

敵がすごく長い槍を振り回すので、手も足も出せなかったのです。

この時に彼はとても悔しがりますが、それは攻撃が届かないからではなく、自分正義が届かないからだと思いました。

しかし、そんな彼に「ジャスト・コーズ」という独特な能力が宿ります

何でもできて便利な能力ですが、ヴェノラが「俺には正当な理由があります」と感じた時にしか使えません。

この上なく彼の正義感を表していると僕は思いました。

三章でも語られていますが、正義と力の使い方を工夫しているのでしょう。

特に五章でヴェノラが火と水の魔法を組み合わせて温かい水を作り出し、それを拳にエンチャントした場面はすごいと思います

そんな発想がなかったので、読んだときわず「なるほど」と声に出してしまいました。

正義の有り方だけではなく、色々なことを学ばせてくれる『ヴァリアブルオリジナル』はとても良い作品だと僕は思いました。




はい、読んだ時の感動がダイレクトに伝わってくるようでしたね。マスダくん、ありがとう~

教室内に拍手の音が響き渡る。

その音は俺に向けられたものですらなく、ただ手を叩いているだけのように聴こえた。

なぜそう聴こえたかというと、俺の読書感想文はあと半分くらい残っているかである

先生、まだ半分しか読めてないよ」

「たくさん書いてくれたのは結構ですが、原稿用紙5枚までに収めることも条件に出したでしょう。短いのもダメですが、だからといって長々と書けばいいというものでもありません」

先生理屈は分からなくもないけど、どうにも腑に落ちなかった。

頑張って書いてきた生徒に対して、ちょっと冷たい気がする。

「あと、本の種類を問わないとは言いましたが、マスダくんが読んだの……漫画じゃないですか?」

挙句、俺の読んだものにまでケチをつけはじめた。

こうなったら俺も簡単には引き下がれない。

漫画だって立派な読書だ。図書室にだって漫画はあるし、絵本だって漫画みたいなもんだ。だけど俺はそこから色々なものを学んでる。だから感想だってこんなに書いてきたんだ!」

「マスダくん、あなたがその場しのぎの詭弁ではなく、本当に有意義議論がしたくてそう言っているのなら放課後に話しましょう」

俺は流れるような動きで自分の席に戻った。

はい、じゃあ次はツクヒ君どうぞ」

先生の奴、扱いが慣れてやがる。

たぶん、俺みたいな生徒が毎年いるんだろうな。

「まあ、仕方ないよ。サブカルを基盤に人生社会を大真面目に語るのって結構キツいからね。よほど上手くやらないと、大抵は薄っぺら自分語りになっちゃう」

隣の席にいたブリー君が、俺にだけ聞こえるよう小声でそう言った。

嫌味にしか聞こえないが、彼なりにフォローしているつもりなのだろう。

(#72-おわり)

2019-04-14

[] #72-2「僕は学んだ」

≪ 前

彼の正義感異世界でも発揮され、凶暴なモンスターや悪い人間を倒して人々に慕われます

例えば第二章では海賊が山から下りてきて、近くの村を荒らしまくります

海賊たちは口が悪いし、暴力もふるうし、悪い事をするためだけに生まれてきたようなキャラです。

容赦する必要は全くない相手でした。

そんな奴に対してヴェノラは決めゼリフを言います

「俺がこらしめてやる。溜飲を下げさせてもらう」

そして「俺には正当な理由があります」と付け加えて悪党をあっという間に倒します。

このセリフがすごいのは、彼の正義感をこれ以上なく表現している点にあると思います

悪を見過ごせない心だけではなく、戦う理由も考えている。

しかも「こらしめてやる」と言うように、やりすぎるつもりもありません。

敵は悪者からちょっと位やりすぎてもいいと思うのですが、そこに正義はないからヴェノラはやらないんです。

情熱と冷静さが合わさった名セリフだと思います


第三章では、正義と力を持つ人間がどう振る舞うべきかが描かれました。

村の人々は宴を開き、ヴェノラの今までやってきた行いを評価して、彼の性格能力を褒め称えます

ヴェノラは謙遜しつつも否定しません。

自分自身客観的評価しているので、周りにもそうしてもらえるよう望んでいるからです。

僕は、これは現実にも言えることだなあと思いました。

必要以上に評価されて期待されることも嫌ですが、だからといって評価されないことも嫌です。

そのためには自分自分のことをどう思っているか考え、他人にもそう見てもらえるよう頑張ればいい。

だけどヴェノラは自分の力をひけらかして、その評価を得ようとはしません。

力は正義のために使うべきだと考えているからです。

二章で描かれた彼の正義感は三章になっても変わっていないんだなあ、と感心しました。

僕は正義のあり方を学ぶと同時に、村の人たちと一緒にヴェノラを褒め称えたい気持ちになりました。

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2019-04-13

[] #72-1「僕は学んだ」

僕はこの『ヴァリアブルオリジナル』を読んで、正義とは何か、愛や平和とは何かを学びました。

まず序章では主人公ヴェノラの、現世での日常生活が丁寧に描かれます

僕はこれを読んだとき、「あれ、冒険は?」と思いました。

そんな疑問も長くは続かず、主人公は5ページ目あたりで幼馴染をかばって大型の貨物自動車に轢かれます

そして、どっかの神様が彼の決死の行動に感動し、異世界で新たに生きるチャンスを与えて序章は終わります

異世界での冒険を早く読みたかった僕は、最初この話を余計だと感じていました。

異世界行くんだから現世の話を長くやる必要はないんじゃないかと思ったのです。

だけど後になって、この序章は主人公人格を早めに読者に印象付けつつ、彼が異世界へ行くことに説得力を持たせるためのものだと気づきました。

おかげで僕は自然とヴェノラのキャラクターに魅了され、彼が異世界冒険することに何も疑問を持たなくて済んだのです。


続く第一章では、主人公を通じて異世界がどのようなシステムかが描かれました。

異世界は彼が元いた世界とは違う世界であり、勿論そこで生きる人々や動物似て非なるものです。

ロールプレイングゲームのような魔法スキルもあって、まさに異世界なんだと伝わってきます

そんな世界の違いに戸惑うヴェノラの姿にはとてもリアリティがあり、僕は「外国ホームステイたらこんな感じなんだろうな」と思いました。

だけど、生きていくためにヴェノラは試行錯誤してシステムを学んでいきます

僕は読んでいて最初は「うわー、勉強イヤだなあ」と思いましたが、ゲームのような世界観のおかげで分かりやすくて、スラスラ読むことができました。

ヴェノラが魔法スキル理解するのと同じスピードで、読者である僕も世界観を感じていくので、何だか二人三脚で走っているような気分でした。

僕はこの第一章で、自ら進んで何かを学ぼうとする姿勢の大切さを知りました。

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2019-03-30

[] #71-8「市長市長であるために」

≪ 前

ウサク曰く「票が欲しけりゃ媚を売れ。媚びは売っても賄賂にならぬ」

東に単純な子供がいれば、行って芸を見せてやる。

西に意識の高い若者がいれば、行ってハッとさせてやる。

南に愚痴中年がいれば、行ってただ頷いてやる。

北に暇な老人がいれば、行って長話を聞いてやる。

そして、公約を掲げて期待を煽る。

役所要求される面倒な手続きシンプルに。ハンコなんていりません!」

所詮公約ってのは口約束みたいなものだ。

保証はできないので、信頼してもらうしかない。

から媚を売って、それを担保にして信頼を得るワケだ。

公約を守れなかったら当然その信頼を裏切ることになるが、その時はその時。

努力及ばず”、“結果及ばず”なんて、この世の中じゃあ日常茶飯事だからな。

名前を隠して市長投票!」

演説最後キャッチフレーズを入れて、自分投票せよと言うのも忘れない。

ダサいまり文句でも記憶に残ってくれれば上等だ。

そんな調子市長は様々な場所に顔を出し、有権者への評価を獲得していった。


そして投票日も間近に迫ったある日、事実上の決戦が始まった。

市長とフクマ討論会が開かれたのである

今まで対立しながらも邂逅すらなかった二人が、ここにきて初めて直接的な戦いを繰り広げたんだ。

市長は『クールビズ月間』というのをやったことがあるが、あれは明らかに電気供給を間違えた結果の苦肉の策だ」

クマはいつも通り、市長が考えたこれまでの政策を挙げて、その結果や過程がビミョーであることを指摘していく。

だけど、コレに対する対処法をウサクは伝授済みだ。

「フクマさん、あなた選挙運動一般市民から寄付という形で金を受け取っていたように、私はそこに致命的な問題があるように思えません」

「うん?……どういう意味?」

これがウサク直伝の戦法。

反論しにくい指摘に対しては、毅然とした態度で“反論している感じ”を出す。

分かりにくいことを言って煙に巻き、指摘する側の事情を絡めて理解を遅らせるんだ。

「では、次は私から質問です」

そして処理が追いつかない内に、こちらは質問をぶつけていく。

「フクマさんは様々な公約を掲げていますが、それらを実行するための具体的な予算の配分について教えてください」

しかも、ここで繰り出す質問は、曖昧な答えを許さな要求だ。

「配分?……えー……」

市長を引き摺り下ろすためだけに立候補した人間がそこまで考えているはずもなく、フクマ言葉を詰まらせる。

そうして言い淀んでいる間に、市長はどんどん質問攻め。

「先ほど電気供給の話をフクマさんはしましたが、我が市がどこの発電所から、どの程度の電気を頂いているかご存知ですか。我が市には風力発電もあり、理論上何パーセントを賄えているかを踏まえた上で足りなかった場合代替案も数種あるわけですが、フクマさんの案もお聞かせください」

「それは……」

市長は捲くし立て、フクマはそれに言葉を途切れ気味に挟むことしか出来ない。

ネットレスバトルをちょっと上品にしたレベルでいい。大衆雰囲気で世相を観てる』

討論会の前日、ウサクは市長に向けてそう言っていた。

まり、いま行われているやり取りは不毛に限りなく近い。

そんなことを市長選に関わるこの場面でやっているのだから世知辛いと思わずはいられない。

とはいえ事実市長が優勢な雰囲気を醸し出していたのは否定できなかった。

「私より有能で、町をより良くしたいと志す人間はきっとどこかにいるでしょう。ですが、それは少なくともあなたではない。今日討論会で良く分かりました」

最後市長はフクマに決定的な一言を放つ。

投票はまだだったが、決着は明らかと思える出来事だった。


…………

そして投票が終わり、結果が発表される。

市長78パーセント、フクマ22パーセント

めでたいかはともかく、市長の再当選と相成った。

実はフクマ支持者の半数は投票すらしていないという、締りの悪いオチもついたが。

「まあ、理由はどうあれ、よかったな市長

「我が知恵を出したのだから当前の結果だが、実行したのは貴様だ。その点は誇りに思え」

ありがとうございます皆さん。政治に長年関わってきて、ここまで市民の方々に応援していただいたのは初めてです」

俺たちは今回のことで考え方を、市長への評価見直した。

周りの力が大きくても、多少アレなところはあっても、市長には市長でいるだけの相応の理由があるのかもしれない。

弟も何か思うところがあったのか、嫌っていた市長に賛辞の言葉を述べた。

市長あんたはカレー味のウンコでも、ウンコ味のカレーでもない。美味しくないカレーだったんだな」

そう言って市長背中を叩いて、すぐさまどこかへ行ってしまった。

弟も随分と軟化したものだ。

「え……どういう意味ですか、今の」

あんたは立派な政治屋ってことだよ、市長

(#71-おわり)

2019-03-29

[] #71-7「市長市長であるために」

≪ 前

そうして数日が経った。

「技は覚えてきたか?」

エンドウタマゴ、シラスもどきは出来るようになりました。あと、月歩と無重力も一応」

「まあ、よかろう」

ウサク流選挙術を会得した市長は、実践がてら子供の多い集会場でその成果を試すことになった。

子供有権者じゃないが、支持を得ることは無駄じゃない。

子供の周りにいる大人たちには投票権があるし、将来的な話をすれば等しく有権者ともいえる。

まりこの演説目的は、チェーン店お子様ランチと同じ理屈なのだろう。

立派な選挙フィールドの一つだ。

「本当にこんな見せ掛けの方法で良い印象を与えられるでしょうか……」

問題ない。投票する人間の半分は政治ことなんてロクに分かってないからな」

特にガキは政治なんて分からないし、興味もない。

直情的で道理も分からない生物だ。

しかし、だからこそ評価は正直になりやすい。

ウサク直伝の技を試すには持ってこいってわけだ。

「ほら市長、早く行ってこいよ。子供子供から大人しく待てないぞ」

俺は市長背中物理的に押して、半ば無理やりステージに立たせた。

「むむ……よしっ、それ!」

意を決した市長は、押された勢いのまま高く飛び上がる。

そして空中で宙返りをして捻りも加えつつ、マイクのある場所で着地を決めた。

「おおっ、すげえー!」

本場の体操選手とは比ぶべくもない完成度ではあったが、ガキ共の視線を集めるには十分な出来だ。

会場からは感嘆に近いどよめきが漂った。

『お集まりの皆さん、こんにちは。この度は耳よりな情報をお届けに参りました』

注目してもらったところで、次は耳を傾けてもらう。

市長はまるでセールストークのような語り口調で演説を始めた。

勉強嫌いな子も、給食は楽しみの一つでしょう。でも、その給食で嫌いなものや、美味しくないものが出てきたら嫌ですよね? 食べたくありません。そのせいで栄養が足りなくて、元気が出ないまま午後の授業を過ごしてしまう。皆さんにとっても、それを作った人にとっても嬉しいことではありません』

「確かにー!」

喋りは一定テンポで、低く落ち着いた声でストレスなく耳に届きやすい。

そして子供共感してもらえるようなテーマで話を進めつつ、単純な表現を使って自身制作体制説明していく。

『そこで好き嫌いをせず食べようと言うだけなら簡単です。或いは栄養のある食べ物なんだよ~なんて説明をしたり。でも、そんなことで食べられるようになるわけもありません』

「いえてるー!」

演説最中オーバーな身振り手振りを忘れない。

ハツラツとしたら表情も崩さず、周りに朗らかな笑顔を向ける。

さしずめアイドルライブMCだ。

『皆が好きなものを食べても、栄養が足りていればいいんです!』

「そーだ、そーだ!」

しかし、効果はてき面。

市長演説陳腐だが分かりやすくはあり、徐々に子供たちの心を掴んでいく。

『私が市長ならば、皆さんの給食カレーハンバーグが週一でやってくるでしょう』

そして、ここで必殺の一撃、公約を炸裂させた。

「うおおー、いいぞー!」

市長! 市長!』

たちまち会場から歓声が湧きあがり、市長コールが巻き起こる。

俺は幕の陰から、その状況をヒき気味に眺めていた。

かなり懐疑的だったが、ここまでウサクの思惑にハマるものなのか。

「ウサク、お前将来は政治家にでもなるつもりか?」

「つまらん茶化しはよせ。宗教学者に『新興宗教でも始めるつもりか?』なんて質問はしないだろう」

なんだ、その例え。


…………

お疲れ様。手ごたえは感じられたようだな」

「ええ……少々、複雑な心境ですが」

ウサクは舞台から帰ってきた市長に労いの言葉をかけた。

「お前もお疲れ」

「うげえーっ、自分で言ってて吐きそうだったよ……」

そして俺は弟に労いの言葉をかける。

何を隠そう、先ほど客席からたびたび相槌を打っていたのは弟だ。

意見を先鋭させるため、盛り上げ役も用意していたんだ。

まあ、有り体に言えばサクラである

子供ウケを狙うのはアレだと思うが、実際その効果は明らかだった。

「よし、この調子明日は票集めの主戦場、老人の溜まり場に行くぞ」

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2019-03-28

[] #71-6「市長市長であるために」

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「……分かりました。話を聞かせてください」

「では移動しながら説明しよう」

こうしてウサク指導の下、市長の本格的な選挙活動が始まった。

「箱いっぱいの票のため」

歌:ウサク 作詞:リチャード、マジでシャーマン 作曲ロボットバーターちゃうやん


襟を正せ 背筋を伸ばせ

やれること やっていこう

まずは

服を少し変えるのだ 見る人の目も変わるだろ

服装が違うだけでも イメージ変わる

色はワンポイント 明るめに

トレードマークをつけろ

己が着るのは制服じゃない

笠に着ろ 金があれば

声の高さが違うだけで 言葉が耳に残るだろ

抑揚を少し変えるだけ イメージ変わる

喋りは短く 簡潔に言え

要点だけ覚えてもらう

普段祭事で声を使い分け

低く (低く)

高く (高く)

脳に擦り付けてやれ

振る舞いを細かく固めれば イメージも形作るさ

やれることからやり続ければ 票も集まるさ




選挙において、重要なのは印象だ。握手はしっかりと、目を見て話せ。真摯気持ち相手の触覚と視覚に焼き付けるように」

とにかく少しでも良い印象を与えるために、ウサクの指導は一挙手一投足に及んだ。

から説明を聞いていてなるほどと思えるものもあれば、エビデンスがあるか怪しい心理的方法論もあった。

「何か学生時代にやっていたこととか、今でも趣味程度にやっていることはあるか?」

「昔、体操をかじっていたので、その名残で運動するくらいですかね」

「よし、演説パフォーマンスのためにいくつか技を練習しておけ」

「ええ? それって関係のない、タダの見世物じゃないですか」

貴様まさか坦々と喋っているだけで人々が自分を気にかけてくれると思っていないか? 皆に良い印象をもってもらうなら、それくらいのことはやれ」

「わ、分かりましたよ……はあ、まさか市長でいるためにこんなことするハメになるとは」

しか市長は少しでも票に繋がるのならばと、訝しげに思いながらも技術を吸収していった。

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2019-03-27

[] #71-5「市長市長であるために」

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その日の夕方頃、俺とウサクは近所の居酒屋に赴いた。

「ここは市長がお忍びで利用する、行きつけの店だ」

「そういうのってマスメディア向けのリップサービスだろ?」

「あの市長はヘマや沈黙はしても、嘘はつかないのだよ」

そう言ってウサクは店内に入っていくので、俺も後ろをついていく。

店内を見渡すと、隅っこの席に本当にいた。

酒を舐めるように飲んでいたが、“舐める”と表現するべきか分からないほどペースが早い。

現状が現状だから、飲まずにはいられないだろう。

「あ、誰かと思えば市長じゃん」

「相席、失礼する」

俺たちはおもむろに市長に話しかけつつ、近くの席に座りこんだ。

未成年だけでわざわざ居酒屋に来る時点で不自然だし、セリフも些か白々しかったが、市長は酒が入っているようで気にも留めない。

まさか、こんな場末の店で市長がいるとは思わなかった」

「この店の接客サービスが好きでしてね。素っ気ない……と言えば聞こえは悪いですが、ほっといてくれるのは時に心地よいものです」

そう呟く市長の態度が何より素っ気ない。

遠回しに「話したい気分ではない」と言いたげだった。

まあ、プライベートでの過干渉なんて俺も嫌だが、そうもいかない。

まずはこちらに関心を持ってもらうため、何気ない雑談から始めよう。

「その酒は珍しい銘柄だな。お気に入りですかい?」

「……この酒を知らないのですか?」

生憎、酒は飲めないんで」

「なら知らないのも無理はないかもしれませんね」

ミニケーションのとっかかりは疑問をぶつけることだ。

そうすれば相手は答えざるを得ないため会話を繋げやすい。

「この『ドカシス月光』は作っている場所こそ違いますが、原材料は全てこの市が生産しているんです。カクテル料理に使われることの方が多い酒ですが、そのまま飲んでも美味しい。自慢の名産と言ってもいいでしょう」

「作ってるのは別の場所なんだ」

「本当は酒の製造も市でやりたいんです。でも原材料にすら税金がかかっているのに、酒そのものにも高い税金が発生するから地元じゃ誰も作りたがらないんですよ。だから酒税のない地域で作ってもらって、それを個人取り引きしたほうが安上がりなんです」

「なんだか脱法の密造酒みたいだな」

徐々に市長の喋りが滑らかになっている。

酒飲みの語りは老人の長話くらい聞くに堪えないものだが、今この状況においては都合がいい。


そうして十数分後、市長も酒が大分回ってきたようで、顔は明らかに紅潮していた。

「私にだって子供らしい夢はありましたよ。大統領になって、世界を愛と平和に満ちたものにするっていう……」

「この国、大統領制じゃないぞ」

「そうです、つまり私は生まれてくる国を間違えたんだー!」

言動も屈託のあるものになり、机に突っ伏して喚き始める。

深酒が過ぎたかもしれないな。

こっちも、無料のツマミだけで粘るのは限界に近い。

日を改めるべきか。

「……まあ、仮にそうだったとしても結果は同じでしょう。この町の市長であることが、私のこなせる精一杯の役割だった。だけど今はその役割すら失おうとしている」

しかし、ここでいよいよ市長自ら選挙の話を切り出してきた。

本題に入るなら今だ。

「おいおい、市長。期日にはまだ時間がある。結果が決まるまで、やれることはやったほうがいいんじゃないか?」

「だけどこちらの不利は明らかです。やれることもやりました」

「いや、俺たちから言わせれば、まだやれることはたくさんある」

市長貴様若造意見を取り入れる意欲があるのならば、我々の言葉に耳を傾けろ」

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2019-03-26

[] #71-4「市長市長であるために」

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市長が『外来生物保護法』を考えたのか?」

「え、どうしたの、兄貴

「忘れたのか。ウチで飼ってるキトゥンは外来種だぞ」

「……ああっ、そうだった!」

キトゥンはジパングという国で生まれた猫だ。

俺のいる国では希少なウナギ稚魚が好物であるため、一時期は害獣指定にされたこともある。

それを緩和させたのが『外来生物保護法』なのだが、“動物を愛でて護りたい市民団体”の間ですら賛否両論というビミョーな代物だった。

ただ、それのおかげでキトゥンをのびのびと飼えている側面もあり、個人的には助かっている法なのだ

しかし、まさかそれに市長が大きく絡んでいたとは。

「じゃあ、もし市長が代わったらキトゥンは飼えないの?」

「バレないよう、家でこっそり飼わなきゃいけなくなるな」

「マジかよ、もー! 役に立って欲しい時に限って役に立たねえなあ、あの市長!」

さすがにその怒り方は理不尽だと思うぞ弟よ。

「ともかく、こうなると他人事って顔をするわけにはいかないな」


こうして些か不本意ではあるものの、市長市長でい続けてもらう必要が出てきてしまった。

といっても政治にあまり関心のない俺がとれる選択肢は多くない。

クマみたいな目立つ行動はとりたくなかったし、それを自分がやって効果的だとも思えなかった。

それにこれは市長の戦いであり、俺が前面に出て干渉するべきものじゃない。

別のアプローチが求められる。

そしてこういうとき、頼りになりそうなのはウサクだ。

クラスの中でも特に政治関連の意識が強い奴だし、学部社会やら何やら専攻だから色々知っているだろう。

以前からウサクと遊ぶ約束をしていた俺は、その時にそれとなく尋ねてみたんだ。

「なあ、ウサク。市長選挙だけどさ、お前はどっちを支持してるのかっていうの、ある?」

我ながら何とも歯切れの悪い言い方である

こういう話はいつもウサクがほぼ一方的にしていたので、どう切り出せばいいかからなかったんだ。

貴様からそういう話を振ってくるとは珍しいな」

「まあ、市長が久々に代わるかもしれないからな。ちょっと気になって……」

「ふぅん……このままだとフクマが勝ちそうではあるが、あまり喜ばしくはないな。彼奴の保守的態度は歪で肌に合わん」

ウサクが猛烈なフクマ支持者だったらどうしようかとヒヤヒヤしていたが、口ぶりからしてそうじゃないようでひとまず安心だ。

「ウサクは現市長を支持しているのか?」

「そう言うと語弊があるがな。市長リベラリズム安易世論に流されて上澄みしか汲み取っていないのが難点だ。しかし少なくとも柔軟であろうという姿勢は買いたいし、政策をすぐさま実行に移せる迅速さも結果に繋がりにくい点を除けば評価に値する。市長を長年やってきたという実績も、普段業務は卒なくこなしているということだからバカにはできない」

何だか面倒くさいことを言ってるが、とりあえずフクマよりは支持しているってことらしい。

これなら協力を仰げそうだ。

「そうか……でもこのままだとフクマ勝利が濃厚なんだろ。市長がここからつのは無理じゃないか?」

「やり方次第だ。フクマ活動は決して優れているわけじゃないし、隙はいくらでもある」

「ええ~、じゃあ何か? ウサクがその気になれば、市長御輿に担ぐのなんて簡単なのか?」

ウサクは真っ向から頼み込んで応じてくれるタイプじゃない。

あえて挑発的な物言いをして、焚きつけてやらなければ。

「ふん、やろうと思えばできる。やらないだけだ」

「つまりウサクにはやる気がないと。実はフクマ支持者なんじゃないかあ?」

もちろん、市長の味方をしない=フクマの味方だって解釈無理筋だ。

だけど俺はあえてその詭弁を使い、ウサクの神経を逆撫でさせた。

「そんなことは言ってないだろ」

「じゃあ、やる気があるんだな。だったら善は急げだ」

「……何だか我が担がれているような気がするが、まあ今回は乗ってやろうではないか

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2019-03-25

[] #71-3「市長市長であるために」

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今回の選挙戦を冷めた目で見ていたのは俺だけじゃなかった。

例えば近所の喫茶店常連のタケモトさんやセンセイがそうだ。

二人はそれぞれ愛用の銘柄を吹かしながら、どちらに投票するかという雑談を交わしていた。

「センセイ、あんたはどっちに投票する? オレは『禁煙法』の件があるから現市長絶対イヤだが……」

「私も市長には投票したくないですね。あれのせいで余計な対立を生みましたし……でも、そうですねえ……」

市長は以前、『禁煙法』を作って市内のタバコ流通使用を止めたことがある。

結局、それは上手くいかなかったが、対立や重税などの遺恨を残した。

市長政策によって引っ掻き回されるのは今に始まったことではないが、喫煙である二人は特にこの一件を根に持っていたのである

だが、それにつけても歯切れの悪い言い方しかできない。

「ふぅむ、今の市長がアレなのは確かですが、ではフクマという人物市長であるべきかというと……」

それは喫茶店マスターも同じだった。

権威象徴がいれば、得てしてそれをやっつけようとする者も登場する。

これが冒険活劇モノならば権威象徴は分かりやすい悪役で、やっつけようとする者はヒーローだ。

しか現実はそう単純じゃないことをマスターたちは分かっていたのである

「そうなんだよなあ、フクマ演説は『今の市長ダメ』っていう批判ばっかで、『自分こそが市長にふさわしい』って内容じゃないからなあ」

市長が日々どのように働いているかなんて知らないし、何を考え、何を食べているかなんて知らない。

ただ、市民が実感できるような何かをやると、大抵は顔をしかめる人々で溢れるのは確かだ。

それを指摘するフクマの主張も尤もだろうが、だからといってフクマ投票するのが賢明判断だとも思えなかった。

さしずめウンコ味のカレーと、カレー味のウンコみたいものだ。

普通カレーが食いたいという、当然の前提が存在しない二択。

ある意味フィクションよりも残酷といえるかもしれない。


投票の期日は刻々と迫る。

後半に差し掛かっても市長の形勢不利は明らかだった。

現市長は地に足をつけずブラブラさせながら、綺麗な歌を口ずさむ。歌詞メロディのおかげで今まで気にならなかったけれど、実は音痴なんです』

クマ市長批判は、支持者を順調に増やしていっていった。

人は変化を恐れる生き物らしい。

変化で得られるメリットよりも、そのままでいるメリットを重く見る。

市長がこれまで市長でい続けられたのも、人々が変化を恐れていたからだろう。

逆にいえば、いま変化がおきようとしているのは、それだけ皆が市長ウンザリしてきていることの証明でもある。

市長はこれまでも変な政策を打ち出してきて、それはいずれも空回り。

クマはそのことを大衆に気づかせた。

その気づきによる快感のせいで、他にもある重要事柄を見逃していると気づかずに。

そして俺はその様子を冷笑気味に静観していた。

どうせ、どう転ぼうが、俺には大して関係がないと思っていたからだ。


…………

しかし、転機は不意に訪れる。

その日の俺は、部屋で弟とテレビを観ていた。

「ユーマ・フォーリング・ホーーーーーース!」

弟は飽きもせずアニメリバイバル放送で盛り上がっている。

俺は他に観るものもなかったため、キトゥンの世話をする合間に流し観していただけだ。

「これ前にも観てないか? よくそんなハシゃげるなあ」

「観てないよ。第2シーズンキャストで声を録り直してるし、作画の細かい修正もされてるんだから

「いや、つまり同じだろ」

そうしてダラダラと観ていたアニメも終わり、次の番組の間に挟まる地元日報ニュースが流れた。

『フクマ氏は、市長になった暁には現政策の全てを見直すことを語っています

内容は選挙戦についてであり、俺は「またこれか」と舌打ちした。

チャンネルを変えようとリモコンに手を伸ばしたその時、フクマ演説する映像、その音声が耳に入った。

市長の考えた外来生物保護法についても、大幅に作り直すか、まるごと廃止するつもりだ』

……『外来生物保護法』だって

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2019-03-24

[] #71-2「市長市長であるために」

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クマ存在市役所人間たちも知るところであったが、草の根から花が咲こうとしているのなら穏やかではいられない。

市長、近隣でフクマという人物が、演説をしているのはご存知ですね? 彼が、次の市長自分がなると宣言しました」

秘書市長に、フクマ立候補したことを伝えた。

「つまり選挙防衛戦』です」

「え? 何ですか、それ」

市長困惑した。

なにせ選挙戦というものを全く経験していないからだ。

学校委員会みたく「やりたいという人間がいるのだからそいつやらせよう」というノリで決まったのが今の市長なのである

他に市長をやりたがる者が誰一人いなかったため、これまで必然的になっていたに過ぎない。

「この町の掟らしいです。立候補者が出た以上、しっかり選挙戦をしなければなりません」

「それで……私は一体どうすればいいのでしょう?」

「……投票の期日までに、何かやれることをやりましょう」


こうして俺たちの町は、久々に市長選挙で決めることになったんだ。

前半戦は、フクマが大きく有利といえた。

現市長無能です。例えば『超絶平等』。社会における平等という概念拡大解釈し、無理やり人々の足並みを揃わせるという無意味政策でした』

「そうだ、そうだ!」

クマ演説は一貫しており、巧みだった。

今まで市長がやってきたヘマを挙げて、彼が如何に市のトップとして不適格かということを述べていくのである

やや悪意と脚色の混じる主張ではあったが大本事実なため、市長に対して不満のある人たちの心根をくすぐった。

対して、市長自身理念を語っていくが民衆から評価は芳しくなかった。

『人々が手を取り合い、差別のない社会を……』

「ざけんな! あんたの言ってる“差別のない社会”ってのは、普通に歩ける人間松葉杖をつかせることだろうが!」

演説の内容は彼が普段からやっていることの延長線上でしかなく、逆にフクマ市長批判裏付けものにすらなっていた。

更に市長には選挙戦のノウハウもなく、周りに適格なアドバイザー存在しないという状態

それはフクマも同様だったが、市長のこれまでのマイナスイメージが大きなハンディキャップとなっていたんだ。

市長側が選挙活動で何をすればいいか右往左往している間に、フクマはどんどんリードを奪っていった。

「むぅ、フクマという人物富裕層でもないのに何であそこまで活動資金があるんでしょう」

「どうやら支持者が彼に投げ銭しているようですね」

「そんな金あるなら、税金ちゃんと払ってくれればいいのに……」


そんな事態を一市民の俺はどう見ていたかというと、漫然と澄ました顔で見ていた。

明け透けに言うなら、政治のことがよく分からないのでどうでもよかったんだ。

この町の歴史の1ページに載るであろう出来事だとは思うんだが、選挙ってものイマイチ関心がもてない。

総体的に見て一人一人の一票や、それに対する意識大事というのを理屈の上では分かってるんだが、どうにもピンとこなかったんだ。

ちなみに投票権のない弟はというと、圧倒的にフクマ支持者だった。

だって市長の『親免許制度』のせいで、俺たち家族は数ヶ月間バラバラだったんだよ。市長投票なんて有り得ないね兄貴だってそうだろ?」

「まあ、それはそうなんだがな……」

クマの言うことには頷く部分も多いが、それが彼を支持する理由にはならない。

弟は政治理解度メロス並だったので、その分別ができないのだろう。

俺も似たようなものだったが、それでも単純な人間じゃない。

かに市長は嫌いだし、明確な理由もある。

だけどずっと感情的になっていても仕方がないだろう。

政治のことばかり考えていれば生きていけるわけじゃない。

市長が誰になったところで日々の勉強捗るわけでも、シーズン毎の休みが増えるわけでもない。

食べる飯の味は変わらないし、バイトは楽しくないままだ。

秤に乗せるまでもなく、俺の日常にそれを思考する余地はないといえる。

から俺はごく個人的かつ意識の低い理由で、投票する権利放棄するという権利行使するつもりだった。

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2019-03-23

[] #71-1「市長市長であるために」

特定役割というものは、特定の人たちから嫌われやすものだ。

弁護士編集警察(サツ)、教師……

俺の場合市長がそれにあたる。

市長は俺が物心ついた頃から同じ奴がやっていた。

長年その地位にいるのだから、さぞかし市民から支持されている有能な人物なのだろうと思われるかもしれないが、別にそんなことはない。

善良で思慮浅く、働き者で生産性がない。

市のトップとしては些か頼りないと言わざるを得ないだろう。

にも関わらず、市長市長であり続けている。

それはなぜなのか。

市長椅子が揺らされたある日、俺はその理由を知ることになる。


…………

同級生タイナイと帰り道を辿っていた時のことだ。

公共広場にさしかかるとマイクの音声が聴こえてきた。

市民の皆さん! 今のこの町、より具体的には今の市長に不満はないか?』

広場の方に目を向けると、誰かが演説をしているのが見えた。

彼はたった一人で、しか市役所から数十メートル離れた場所でそれをやっていた。

中々に剛胆な奴といえよう。

「あれ、見たことあると思ったら、あの人フクマじゃん」

「フクマ?」

タイナイが言うには、フクマ動画サイトSNSなどで政治をあれこれ語っている人物だとか。

そして、彼が最近ご執心なのがこの町のもろもろで、特に市長については批判的な言及をよくしていたらしい。

「だけど反響イマイチなかったみたい。たまにコメントで夕飯の献立が書き込まれる位で」

賛否以前に、そんな冷やかししかこないのか」

まり、あのフクマって奴はその現状にやきもきして、自分の主張をもっと轟かせられる場を求めにきたわけだ。

それだけこの町の政治について、或いは市長に対して強い情念があるのだろうな。

『今の市長市長でい続ける限り、この町は悪くなることはあっても良くなることは絶対にない!』

だけど俺たちは、その思いを感じ取れるほど強い関心をもてなかった。

何も思うところがないといったら嘘になるが、彼の演説を立ち止まって聞くほどじゃない。

「まあ、この世にああい草の根が未だ存在しているなら、民主主義もまだまだ形骸化してないと思えるね」

「ふーん……ん? タイナイ、それどういう意味だ」

「いや、僕もよく分かんない。なんか政治的なことを言ってみたくて」

俺たちはマイク音が耳から抜けるのを感じながら、スタスタと広場の横を通り過ぎる。

それは他の人たちも同じだった。


しかし、それが何日も続くと風向きが変わってきたんだ。

市長ちゃんと考えていないのです。いや、恐らく出来ないのでしょう』

「いいぞ、よく言った!」

「わしらも大体同じこと思っとった!」

クマ言葉に耳を貸す人たちが徐々に増えていった。

彼の声と波長の合う者が共鳴し、人が人を呼ぶ現象が発生。

1ヵ月後も経つ頃には、広場がフクマ目当ての人間たちで溢れていたんだ。

『そのことを市民である我々は気づいた。次は市長に気づかせる!』

「その通り!」

「大した代弁者だよ、あんたは!」

クママイク音と、集まった人達同調する声によって辺りはお祭り状態

『今の市長に期待をする時期はとうに過ぎた!』

「そうだー!」

以前から政治市長に不満を持っている人間は多くいたが、彼を媒介として露になった形だ。

そして誰かが何気なく、だけど決定的な号令を鳴らしたのだ。

「次の市長はフクマあんたに決まりだ!」

その号令は、市長椅子を揺らすほど響くものだった。

『え……』

「……ああ、確かに。それが一番いい!」

周りの支持者も、その号令に同調する。

必然、フクマ自身もその提案を快諾した。

『そ、そうだ! 自分が新しい市長となろう!』

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