2019-06-02

[] #74-6「ガクドー」

≪ 前

控えめに言っても、学童生活しみったれていた。

ただ、しみったれているなりに楽しみな時間もある。

その筆頭はオヤツの時間だ。

「ほーい、みんな皿持ってって~」

ハリセンが人数分の皿を用意し、その中に市販菓子を数種入れていく。

種類はその時々で違うが、基本的には甘いもの塩味のあるものが半々。

2~3時間後には自宅での夕食を控えている時間帯、ということもあり菓子の量は少ない。

それでもオヤツって時点で嬉しかった。

菓子が嫌いな子供なんていないだろう?

「ねえハリセン、このチョコってどこの? 明治?」

「いや、慶応

「なんだ、そのパチモンメーカー

「失敬な。慶応の方が明治より先なんだぞ」

「それは元号の話やろ」

業務スーパーとかで仕入れているのか、よく分からないメーカー菓子ばかりなのは気がかりだったが。

まあ味は悪くなかったし、ありがたいことにチョイスも普通だ。

ポテチチョコビスケット……

フレーバーも変に奇をてらっていない。

無難であるが、それで結構

憩いの一時に必要なのは安心感である

まあ、とはいっても、実際そこまで安心できる時間でもなかったが。

「マスダ、ワイの皿と交換や」

「え、なぜ?」

オヤツの時間は、みんなが楽しみにしている。

からこそ「最大限、可能な限り楽しみたい」と考える学童も多い。

まり皿の奪い合いである。

「そっちのほうが、でかいポテチが入っとるやろ」

「でも枚数的にはカン先輩の方が多いですよ。そんなに変わりませんって」

皿に入れられた菓子の量は、目分量ではあるもののほぼ同じだ。

しかし、その“ほぼ”が厄介だった。

「そんなに変わらないんやったら交換してくれや」

「そんなに変わらないんだったら交換しなくていいでしょ」

俺たちはその1グラムあるかないかという差に必死になった。

食べたところで、胃袋はその差を感じ取れないにも関わらず。

「マスダぁ、ワイが上級生の権限行使する前に、“大人しく”言うことを聞いとった方がええで~?」

「なら俺も下級生の権限行使しますよ。そうなったら、“大人しく”するのはそっちじゃないですか?」

「いつまでやってんだ、お前ら! さっさと『いただきますしろ!」

実際問題、違いがあったとして、食べた時の感覚は同じと言ってしまっていいだろう。

だけど菓子を目の前にした子供に、そんな理屈は大して意味がないんだ。

ちぃ……マスダ、次回の大判ポテチは渡さんからな」

「今回も渡されたわけじゃないんだが……」

「ねえ、兄貴

「ん? どうした?」

「俺の皿と交換して」

「おいおい、お前までカン先輩に触発されたのか? だから、どの皿も同じだっての」

「いや、そっちの皿の方が綺麗だもん」

「尚更どうでもいい」


まあ、なんだかんだいってオヤツの時間は楽しかった。

不味い菓子が出てきたこともないし、全体的に美味かったと思う。

だけど、“面白味”という意味で味気なかったのは否定できない。

オヤツだろうがなんだろうが、「決まった時間に、誰かが決めたものを食べる」という状況は、俺たちに多少の閉塞感を与えたからだ。

いや、もちろん分かってる。

我ながら細かい不平不満だ。

ただ、こんな細かい文句が出てくるのは“相対的評価”だからである

まりオヤツの時間よりも“楽しみな時間”があったってこと。

それは『オヤツ』の上位互換、『自由オヤツ』の日だ。

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