2019-05-30

[] #74-3「ガクドー」

≪ 前

学童小学生を預かる場所だが、色んな点で学校とは異なる。

なにせ下は1年、上は6年生までが小さな家屋に収まっている。

通っている学校や、性別だってバラバラだ。

そんな狭くて深い空間は、独特な文化社会を作り出す。

例えば、相手を名指しで呼ぶ時。

「マスダ、お前の番やで」

「あ、カンくん。サイコロ振って」

基本は呼び捨てであるが、学年が上の相手へは少しだけ気をつかって「くん」付け。

ちゃうやろ、マスダ弟ぉ」

「え?」

「ワイのことは“カン先輩”と呼べ。“カンくん”とか、むず痒くてかなわん」

または希望愛称で呼ぶよう決まっていた。

「先輩呼びだったら痒くないの?」

「あ~?……なんや、不服なんか? そこまでして“カンくん”って呼びたいんか?」

「う~ん……確かにカンくん”はちょっとキモいね」

「“カンくん”呼びやめろとは言うたけど、ディスってええわけちゃうぞ」

別にルールブックがあるわけじゃない。

ただなんとなく、各々の裁量雰囲気でそうなっていた。

から俺たちみたいに兄弟がいると、少々ややこしかった。

「ねえ、マスダ」

「ん? どっち」

「弟の方。マスダの兄さんじゃない」

俺だったら「マスダ(くん)」または「マスダの兄さん(ちゃん)」。

弟は「マスダ(くん)」または「マスダの弟(くん)」。

面倒くさがりな奴からは「マス兄」、「マス弟」とゾンザイに呼ばれていたこともある。

呼び方がまるで安定しないため、俺たちはしばらく混乱していた。


この独自呼称ルールは、学童所に唯一存在する大人である指導員にもあった。

「なあ、マスダ」

「どっちのこと言ってんの、ハリセン

学童所の指導員は、学校でいう先生みたいな立ち位置に近い。

だが先生はいわず、皆あだ名で呼んでいた。

名前にハリが含まれていたからハリ先生、略して「ハリセン」だ。

本名は知らない。

「ええと、長男の方ね……あ、もしかして次男だったり?」

見た目から来る印象も朧げだ。

よく不精髭をたくわえていたので中年だと思うが、剃った時の顔は20代のようにも見えた。

声は妙に甲高かった気がする。

「ほら、こういうことになるから、肩を叩くなりして呼べばいいって言ったじゃんか」

「ああ、すまん、すまん。どうも忘れっぽくてな」

学童はみんなタメ口で喋ったが、ハリセン咎めることもなくフランクに接した。

しばらく後になって知ったことだが、学童保育に就く人間は、学校教員とは色々と勝手が異なるらしい。

俺たちのあんな態度を気にも留めなかったのは、むしろそっちのほうが自然だったかなのだろう。

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