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2019-05-09

[] #73-4「娯楽留年生」

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そんな状況に心を痛める者が一人いた。

知る由もない俺は、ひょんなことからその人物と邂逅する。

「あら、マスダ。奇遇ですわね」

ジョウ先輩だ。

「あ、どうも……」

バスの中で話しかけられたのでは知らんぷりもできない。

俺は気まずそうに会釈をした。

普段電車通勤じゃなかったでしたっけ」

今日のワタクシは有給ですわ」

とってつけたようなお嬢様言葉に、とってつけたようなお嬢様服。

見た目や言動が強烈なのも相まって、俺はこの人が苦手だ。

「へえ、マスダ。このような御令嬢と知り合いだったのかい。人脈が広いね

隣にいたセンセイが会話に入ってくる。

実際にはセンセイと俺の会話中にジョウ先輩が入ってきた、といった方が正しいが。

「いえ、センセイ。彼女が在学中に先輩後輩の関係だっただけですよ。この喋り方や服装彼女趣味なんです」

「え、じゃあ、それはただのキャラクター作りの一環というわけかい

センセイ、そこはあまり掘り下げなくてもいい。

大したものは出てこないから。

「おや、それは……気をつけていたつもりだったが、見た目や言葉遣いで安易に人を判断してしまったようだ。申し訳ない」

「むしろ安易判断してくれて結構ですわ。そのためにしているのですから

「ほう、そこまで割り切れるとは、達観した考えをお持ちのようだ。あなたにとってそれは、もはや体の一部なのですね」

「そう評価されると、さすがにちょっと照れますわね」

初対面なのに、センセイはよく落ち着いた対応ができるな。

居心地が悪いのは、二人に挟まれている俺だけのようだ。

「ただ……周りがどう思うかを気にしすぎないのも考えものですわね」

何やらジョウ先輩が通俗的なことを言っている。

いや、この人は普段から割と俗っぽいから、驚くには値しないが。

その日はいつになく感傷的だったので印象に残った。

だが、ここで興味本位に追求はしない。

明らかにジョウ先輩は話を聞いて欲しそうな素振りだったが、俺はこれ以上、話に花を咲かせたくなかった。

こっちはその養分を吸われるからな。

「……と、言いますと?」

まあ、俺にそのつもりがなくても、センセイが聞き出してしまうため無意味ではあったが。

「話してもよろしいですが……長くなりましてよ、少々」

「大歓迎さ。目的地に着くのはずっと先なのでね。君もそうだろ、マスダ?」

「……生憎、そうですね」

これだからバスは前時代的な乗り物に成り下がるんだ。

「では……そうですわね、まずはワタクシの父について、お話しましょう」

そうしてジョウ先輩は、初めからそのつもりだったのを証明するかのように淀みなく話し始めた。

次 ≫

2018-09-16

anond:20180915111053

追記

基本的自分は「ポルノとしての性的消費」と「芸術表現としての性描写」には質的差異があるという立場を取っている。

ラノベBLなどのポルノ対象人格リスペクトするだけのものがなく、都合のいい世界の中でお人形遊びしている(そこに暴力性、差別性などがある)。芸術表現として許容される性描写は深い人間理解と同時に理解不十分というせめぎ合いの中で生まれる(個々人の人格のアンビヴァレンツ、曖昧さ、捉えきれない無限性。もちろん古典では雑な性描写もあるが、今回は女性人権が拡大した現代の話)。

ラノベBLによくある都合のいい男性描写女性描写自体他者尊厳に対する暴力であり(テンプレキャラクター化とでもいうか)、それを象徴するかのような下手で誇張された表紙は刺激の強いグロテスク表現だ。ただし、これはポルノ商品に限らず通俗的な「物語全般に常に含まれ問題でもある。今回ラノベBLが取り上げられているのは、ポルノ商品はこういった暴力がより際立ちやすいという性質を持っているため。行き過ぎたポルノ商品芸術表現としては到底擁護不可能であり、全年齢向けで平積みするのは不適切だと考え、適切なゾーニングを求める。

ポルノ商品社会には需要があるので表現出版自体規制することは権力暴走でもあり絶対に許されるものではない。しかし行き過ぎた暴力自由として認めることは同時に他の誰かの自由侵害することにもなり、そこに闘争状態が生じる。だから適切なゾーニングをして被害を受ける人の数を減らすよう努力し、穏やかに棲み分けられるようにしようという話をしている。ゾーニングされてもポルノ商品を求める人は問題なく購入できるし、同時にポルノ商品求めない人たちはポルノ商品によって無差別暴力を受けることをゾーニングによって回避することができる。デメリット購入者にほんの一手間余計な手続きのれんをくぐるなど)を要求するということがある。想像力の豊かな人はゾーニング表現規制の引き金になってしまうと危惧するが、それは権力監視することによって回避するしかないだろう(そういった監視が面倒だという議論はあってもいいが、個人的にはまったく感心しない)。

また、「ポルノとしての性的消費」と「芸術表現としての性描写」を明確に区別することが困難であるという議論はあるだろう。まず間違いなくパラドックスが生じる。完全な境界線を引くことはできない。グレーゾーンは常にある。しかし完全な区別ができないからといって、不完全な区別まで不可能というわけではない。その辺りは政治問題になってくる。全か無かの話ではなく、程度問題になる。だから冷静で建設的な議論必要だ。

オタクが「こいつ話にならないな」と思うのは勝手だが、こういう考えの人間もいるということだし、社会の一員として生きて行くということは、こういう考えの人間とも折りあっていかなければならないということだ。フェミニストの言い分が100%通ることもないだろうし、オタクの言い分が100%通ることもないだろう。完全に論破して終わりではなく、妥協点をどこに見つけるかという議論必要だと思われる。

2018-06-24

anond:20180623212941

残念ながら、相手竹中平蔵場合に限らず

今の日本では暗殺のようなテロはそうそうウケない

下手をすっとテロられたほうが「可哀相な被害者」扱いされて

同情されて悲劇英雄のごとく祭り上げられる

2003年に「建国義勇軍 国賊征伐隊事件」ってあったやん?

当時から拉致問題あんだけ北朝鮮が憎まれてたにも関わらず

朝鮮総連に爆発物仕掛けたらネット民は誉めたたえず

脊髄反射で「総連自作自演乙」決めつけとる始末

被害者の方が笑い物にされたりコケにされる犯罪はないのか?

俺の頭でさんざん考えて思いついた物は2つしかない

うんこテロ

ホモレイプ

おいお前、笑っただろ? そう、この2つは笑い物にしかならん

女性レイプされると可哀相な被害者と見なされるが

通俗的性別観では男はヤる側、女はヤられる側と思われてるから

男が掘られると「男のくせに掘られてやんのw」とバカにされ

ひどい場合は「掘られてホモに目覚めたw」とはやし立てられる

もし俺がデスノートを持っていたら、竹中平蔵を死後もずっと

笑い物にしかされない、絶対に同情も英雄視もされない

究極の処刑方法として以下のように書いてやる

竹中平蔵渋谷駅前の路上ワタミ渡邉美樹を呼び出し

衆人環視の中で全裸になって渡邉美樹を白昼堂々ホモレイプ!!

渡邉美樹が「アッー!!」と叫ぶ中、竹中平蔵はイきながら心臓発作で死亡

間違いなく死後も竹中に同情する奴は絶対いねえぞwww

同性愛差別云々でマスコミ報道を控えるだろうが

目撃者証言などが広まれば、間違いなく淫夢厨の玩具決定www

しか渡邉美樹まで道連れだwww

あーあ、その辺にデスノート落ちてないかな、1ページ分だけでいいか

2018-05-03

オタク文化における「とりあえず読め・見ろ」に通底する心理について

いわゆる、通俗的に、最も一般的な例えである所の「ガルパンはいいぞ」についての話

実は、これについてはもうそんなに語ることがない

「ああ、それは百聞は一見に如かずだよ」と言えば良いだけの話だ

いつも思う

私が解説したこと相手がその作品に触れるのであれば

それは「私の読書感想文が上手だった」という事に過ぎない

本当に素晴らしい作品であれば、語り手の巧緻に関わらずその作品に触れるだろう


私は、私と相手との個人的信頼感をほんの少しのエッセンスとした「布教活動」をしているに過ぎない

相手がその作品を知る、あるいは触れる「機会」を提供するという形でしかそれを薦められない

それはもはや、「祈り」である

ゲシュタルトの祈り

私は私のために生き、あなたあなたのために生きる。

私はあなたの期待に応えて行動するためにこの世に在るのではない。

そしてあなたも、私の期待に応えて行動するためにこの世に在るのではない。

もしも縁があって、私たち出会えたのならそれは素晴らしいこと。

たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。


結論:鳩羽つぐはいいぞ

2018-03-12

感動ポルノエンタメ好きなやつらはオタクであり結局のところネトウヨ

はてな民インテリ設定にもかかわらず幼稚な感動ポルノエンタメまりアニメ漫画ラノベエロゲ好きな人間が多い。こういった幼稚な感動ポルノエンタメを好むことからして根っこの部分がネトウヨ感性だということは明白なのにもかかわらず、わかりもしない専門書などを斜め読みして理解した気になって、俺はリベラルだなどとほざいている。通俗的エンターテインメントと縁を切らない限り、彼らはこれからネトウヨ感性に引きずられ続けるだろう。どんなに理論武装しても彼らの本質は今までもこれからもずっとネトウヨなのだ

2017-10-07

村上春樹ノーベル文学賞を受賞すると思う理由

自分はこれまで村上春樹ノーベル文学賞受賞はないものだろうと考えていた。

なぜなら村上春樹の源流にある英文学作家ほとんどはノーベル文学賞を獲ってないからだ。

J・D・サリンジャーカート・ヴォネガットジョン・アーヴィングリチャード・ブローティガンレイモンド・カーヴァーレイモンド・チャンドラーも獲っていない賞を何故村上春樹が獲れるのか?という話だ。

上記に示したような20世紀後半世代英文学作家ノーベル賞を獲りにくい傾向にある。

おそらくこれはニューレフト以降の人文世界では「脱欧米中心主義」の考えが支配的であり、

文学世界でも例外ではなく、マイノリティポストコロニアル(被植民地)的視点、非欧米的な価値観評価されやすいからだろう。

例えば同じ20世紀文学の新潮流でも、リョサマルケスのようなラテンアメリカ文学作家は獲っているが同世代英米ビートジェネレーション作家(ジャック・ケルアックアレン・ギンズバーグリチャード・ブローティガン等)やポストモダン作家(トマス・ピンチョンドン・デリーロフィリップ・ロス等)は誰一人受賞していない。

まり欧米的な村上は、日本人作家でありながら上記のような英文学系譜として評価されており

それ故に世界中で読まれ、それ故にノーベル賞の受賞は難しいだろうと思っていた。

だが去年のボブ・ディランの受賞で大きく流れが変わった

ボブ・ディランの受賞理由歌手としてではなくビートジェネレーション代表した文学としての評価

まるでこれまで無視してきた英文学作家特定世代をあわてて補填するかのような受賞である

僕はこのボブディランの受賞で数年以内に村上春樹が獲るのではと予想した。

もしボブ・ディランジャック・ケルアックアレン・ギンズバーグリチャード・ブローティガンといった受賞しなかったビートニク作家補填するものだとしたら

サリンジャーヴォネガットといった受賞しなかった英文学作家達を補填するのに一番ちょうどいい作家村上春樹からだ(もしくはジョン・アーヴィング?)

そして今年のカズオ・イシグロの受賞である

これは結構驚いた。イシグロが受賞するにしてもまずは村上春樹が先に受賞するだろうと思っていたからだ。

この受賞で同じ日本(日系)人の受賞で不利になるのではいう声は多い。

自分はむしろこれで村上春樹の受賞が近くなったのではと思う。

カズオ・イシグロ村上春樹共通点は多い。

英文学系譜であり、良く言えば世界的な人気作家だが、悪く言えばマスであり通俗的作家である

これらの共通点はこれまでの村上春樹が受賞しないと思われていた理由であった。

しかし今回のカズオ・イシグロの受賞はそれが全て覆った。

密室での選考であるためあくまで推測にすぎない。

なぜ村上ではなくイシグロなのかもわからない。

個人的な推測だと村上の過剰な性描写がセクシズムを理由に外された?)

はいえ無根拠に騒いでいたこれまでよりかは村上春樹が受賞に近くなったといえるだろう。

カズオ・イシグロが受賞する文学賞選考過程村上春樹名前が上がらないはずがない。

このボブディランからカズオ・イシグロという流れは驚いた人も多いと思う。

ノーベル文学賞を含めた学術的な場での世界文学評価が大きなパラダイムシフトを迎えてるのは間違いない。

そしてこの傾向は村上春樹の受賞に極めて有利な状況だろう。

というか長々と話したが簡単なことだ。

J・D・サリンジャーカート・ヴォネガットジョン・アーヴィングリチャード・ブローティガンレイモンド・カーヴァーレイモンド・チャンドラーも獲っていない賞を村上春樹が獲ることはありえないが

ボブ・ディランカズオ・イシグロが受賞した賞なら村上春樹が受賞する可能性は十分にありえるということだ。

追記

https://anond.hatelabo.jp/20171006224419

上記を受けての記事です。

 
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