娘が好きになりそうなものを、フォンさんは率先して好きになることで親子の絆を築いた。
時が経ち、なんのためにやっていたかフォンさん自身は忘れていたが、あの『キュークール』によってその習性が呼び起こされたらしい。
「好きなものを好きなように愛でる、お父様はそれをワタクシに教えてくれていた。その想いの強さを、大人になって改めて実感しました。涙がちょちょぎれましたわ……」
俺はさすがに涙は出てこないが、確かに悲しい話だと思う。
子供のために自分を捨てた人間が、今はただ自分を見失っている。
自分のためにやる趣味なのに、そこに自分がいないんだから虚しいのは当たり前だ。
当事者ともいえるジョウ先輩にとって、そんな父の姿は見るに堪えないだろう。
「……ですが、それでも、野暮を承知で、あえてワタクシはお父様に言わなければなりません」
ジョウ先輩は袖で涙やらその他もろもろの汁を拭う。
そして意を決し、慈悲に溢れた言葉をフォンさんに送った。
「っっっ!?」
それがフォンさんの脳天に打ち込まれた。
「がっ……は……」
「い、言いやがったぞ、あのドギツい格好した嬢ちゃん。オレたちが言わないことを、平然と」
「社会的に自立した子が、親の趣味に物申すってのはよっぽどですよ」
「言うにしても、もう少し穏当な表現もあったでしょうに、まさかあそこまで……」
愛娘からモロに喰らった急所攻撃に、フォンさんは呼吸もままならない。
だが愚かな真似をしていると思ったのなら、言ってやるべきだ。
少なくとも、互いを想い合っている親子ならば。
「み、みっともない……ワタシが……」
「好きなものを貫くということは、自分を貫くということです。今のお父様に、その高潔さはまるで感じられませんわ。自分の心に嘘をついて、半ば意地になってやっている。そうでしょう?」
こんなことを言っているが、ジョウ先輩も少し前までは趣味に対して大人気なかった。
俺の弟と新発売のカードを巡って小競り合いを起こしたこともある。
「趣味は自分自身の“心”がモノを言います。ですが自分の“心”さえ誤魔化していたら、それは趣味として不適切ですわ」
だけど、社会人を続けていく中で何か思うところでもあったのだろう。
人はいくつになっても学べる。
その学びを、今度は自分の親に教えているのかもしれない。
「それに、お父様。ワタクシもう成人してましてよ? さすがにキュアキュアは卒業しましたわ。だから同じジャンルの『キュークール』も観ていませんの」
「ソツギョウ? 卒業ってなんだ。好きなものに卒業なんてものはないんだぞ」
「お父様の手前、今まで言いにくかったのですが……とうの昔に興味を失っていましたわ。大した理由もありません。蝶が蜜を吸うのと同じですわ」
「な、なに?」
「お父さまがいつも言っていたことですわ。『他人の趣味にケチをつけるな』と。だからワタクシも言わないようにしていたのです。でも、未だに誘ってくるんですもの」
お互いのことを想っていたのに、すれ違っていたんだな。
その肩身の狭さに耐えられるほど、フォンさんの『キュークール』に対する想いは強くない。
娘への想いがきっかけで始めたんだ、娘には勝てない。
「はは……ワタシは娘の卒業式を見そびれたというわけか」
「お父様……あなたの“趣味そのもの”に文句を言うつもりは、今でも毛頭ありませんわ。いくつになっても、環境が変わろうとも、好きなものをを貫く姿は素晴らしいと思います。ですが、“趣味との付き合い方”まで同じであろうともがく、そのお姿は美しくありませんわ」
こうして十数年越しに、娘の手から、フォンさんへ卒業証書が渡されたのであった。
「感動的な親子シーンですね……」
それから数日後、フォンさんはまるで憑き物が落ちたかのように元に戻った。
本当にあの『キュークール』には変な魔力でもあったのだろうか。
「フォンさん、最近『キュークール』の話をしませんね。少し前までは、隙あらば語っていたのに」
「ええ、年甲斐もなく、ちょっとハシャぎ過ぎましたからね。これからは等身大の楽しみ方をしますよ」
フォンさんは、そう爽やかに答えた。
「“等身大”……ねえ」
ふと周りを見渡すと、スタッフ全員がフォンさんに冷ややかな視線を向けていた。
やあ 大きいお友達
そのサブカル論
痛々しくて キモい
体と 景色は
ずっと前に 通り過ぎた
けれど心は そこかい
(おわり)だけ読んだ
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