ウサク曰く「票が欲しけりゃ媚を売れ。媚びは売っても賄賂にならぬ」
東に単純な子供がいれば、行って芸を見せてやる。
北に暇な老人がいれば、行って長話を聞いてやる。
そして、公約を掲げて期待を煽る。
「役所で要求される面倒な手続きはシンプルに。ハンコなんていりません!」
公約を守れなかったら当然その信頼を裏切ることになるが、その時はその時。
“努力及ばず”、“結果及ばず”なんて、この世の中じゃあ日常茶飯事だからな。
演説の最後にキャッチフレーズを入れて、自分に投票せよと言うのも忘れない。
そんな調子で市長は様々な場所に顔を出し、有権者への評価を獲得していった。
今まで対立しながらも邂逅すらなかった二人が、ここにきて初めて直接的な戦いを繰り広げたんだ。
「市長は『クールビズ月間』というのをやったことがあるが、あれは明らかに電気供給を間違えた結果の苦肉の策だ」
フクマはいつも通り、市長が考えたこれまでの政策を挙げて、その結果や過程がビミョーであることを指摘していく。
だけど、コレに対する対処法をウサクは伝授済みだ。
「フクマさん、あなたが選挙運動で一般市民から寄付という形で金を受け取っていたように、私はそこに致命的な問題があるように思えません」
「うん?……どういう意味?」
これがウサク直伝の戦法。
反論しにくい指摘に対しては、毅然とした態度で“反論している感じ”を出す。
分かりにくいことを言って煙に巻き、指摘する側の事情を絡めて理解を遅らせるんだ。
「フクマさんは様々な公約を掲げていますが、それらを実行するための具体的な予算の配分について教えてください」
「配分?……えー……」
市長を引き摺り下ろすためだけに立候補した人間がそこまで考えているはずもなく、フクマは言葉を詰まらせる。
「先ほど電気供給の話をフクマさんはしましたが、我が市がどこの発電所から、どの程度の電気を頂いているかご存知ですか。我が市には風力発電もあり、理論上何パーセントを賄えているかを踏まえた上で足りなかった場合の代替案も数種あるわけですが、フクマさんの案もお聞かせください」
「それは……」
市長は捲くし立て、フクマはそれに言葉を途切れ気味に挟むことしか出来ない。
『ネットのレスバトルをちょっと上品にしたレベルでいい。大衆は雰囲気で世相を観てる』
そんなことを市長選に関わるこの場面でやっているのだから、世知辛いと思わずにはいられない。
とはいえ事実、市長が優勢な雰囲気を醸し出していたのは否定できなかった。
「私より有能で、町をより良くしたいと志す人間はきっとどこかにいるでしょう。ですが、それは少なくともあなたではない。今日の討論会で良く分かりました」
そして投票が終わり、結果が発表される。
実はフクマ支持者の半数は投票すらしていないという、締りの悪いオチもついたが。
「我が知恵を出したのだから当前の結果だが、実行したのは貴様だ。その点は誇りに思え」
「ありがとうございます皆さん。政治に長年関わってきて、ここまで市民の方々に応援していただいたのは初めてです」
周りの力が大きくても、多少アレなところはあっても、市長には市長でいるだけの相応の理由があるのかもしれない。
弟も何か思うところがあったのか、嫌っていた市長に賛辞の言葉を述べた。
「市長、あんたはカレー味のウンコでも、ウンコ味のカレーでもない。美味しくないカレーだったんだな」
そう言って市長の背中を叩いて、すぐさまどこかへ行ってしまった。
弟も随分と軟化したものだ。
「え……どういう意味ですか、今の」
そうして数日が経った。 「技は覚えてきたか?」 「エンドウ、タマゴ、シラスもどきは出来るようになりました。あと、月歩と無重力も一応」 「まあ、よかろう」 ウサク流選挙術を...
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特定の役割というものは、特定の人たちから嫌われやすいものだ。 弁護士、編集、警察(サツ)、教師…… 俺の場合は市長がそれにあたる。 市長は俺が物心ついた頃から同じ奴がや...