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はてなキーワード: 祭事とは

2018-07-20

anond:20180719182230

たい焼きたこ焼き屋台で売られていることが多い。

屋台を見かけるのは祭事神事、つまり正月と納涼祭りである

夏場は甘くこってりしたあんこが人気を得られないため、正月たい焼き売っているテキ屋の多くは夏になると何か別のものを売っているのではないか

故にたい焼きを目にする機会が年の瀬に集中して、たい焼きから冬を連想するのかもしれない。

2018-03-22

太鼓の音が苦手だ

祭事に行くのが辛い。幸いなことに聞いたら発狂することはなく不快感が残るだけなので何とか生活できている。

みんなの苦手な音を教えて欲しい。

ほとんどの人間が嫌いな黒板を爪で引っかく音ではなくちゃんと「音」として成り立っているものでお願い。

2018-02-02

GODIVA本命用なのか、義理用なのか、イージーなコンビニブランドなのか

ブランドについて理解が浅い人が多すぎる

カバン系のブランドで言えば、

本店販売品、デパート販売品(ブランド名が付いてるが製造は別会社)、アウトレット販売品の3段階がある(もっと多い場合もある)

知らない人から見れば、すべてAというブランドだが

ちょっと買ってる人からすると、品物を見てそのブランドの中でもどのクラスを持っているか一発で分かるわけだ

当然GODIVAも同様で

専用リーフレットが作られるGODIVAとしての本流ライン(年ごとに出る新製品

デパート支店祭事で売られる、パケだけ変えた中身は定番品のセカンドライン

コンビニ等で売られるサードラインがあるわけで

分かってない人から見れば全部GODIVAだが、

そりゃ分かる人にはどのラインだか分かるわけだ

 

 

そういう前提も分からない人が、

GODIVAなんてコンビニでも売ってる」とか言っちゃうのは

ちゃんちゃらおかしいんだよ

しかし、話が難しくなるのは、

チョコをもらう側がどこまで理解してるのかであって

GODIVA自身利益コンビニブランドとしてはほぼ出ていない

メインの利益セカンドラインだが、実際に売りたいのは本流。

味が分からないバカに渡されるのもほぼセカンドラインなので

味が分かる人だけに売りたいってのがGODIVAの言いたいことなんだろう

といっても、GODIVAチョコなんてほとんどが工場生産輸入品なんだけどな!!

 

 

味が分かる君たちは、パティシエールが作った

オンリーワン手作り品を買ってくれよな!!

2018-01-11

着物が着られなくなったのは単に機能性に劣るクソ服だからでしょ

やれ着物業界がどうの着物警察がどうの言ってるけどそんなの全く関係ないでしょ

普段着着物なんてまっすぐ切った布を縫い合わせるだけでできる服だから技術の低い時代に着られてただけであって

西洋から高い裁断や縫製の技術が入ってきて作る意味も着る意味もなくなった服。

一部高級品が伝統衣装として祭事に着られるようになったという流れは当たり前すぎるほど当たり前。

伝統衣装なんてどこの国でもそんなもんだよね。ジャングルに住む少数民族だって多少とも文明交流があれば

普通にTシャツズボン暮らしてるもん。

2017-10-01

古代[ソース編集]

日本における相撲の記録の最古は、『古事記』の葦原中国平定の件で、建御雷神(タケミカヅチ)の派遣に対して、出雲建御名方神タケミナカタ)が、「然欲爲力競」と言った後タケミカヅチの腕を摑んで投げようとした描写がある。その際タケミカヅチが手を氷柱へ、また氷柱から剣(つるぎ)に変えたため掴めなかった。逆にタケミカヅチタケミナカタの手を葦のように握り潰してしまい、勝負にならなかったとあり、これが相撲起源とされている。

人間同士の相撲で最古のものとして、垂仁天皇7年(紀元前23年)7月7日 (旧暦)にある野見宿禰と「當麻蹶速」(当麻蹴速)の「捔力」(「すまいとらしむ・スマヰ」または「すまい・スマヰ」と訓す)での戦いがある(これは柔道起源ともされている)。この中で「朕聞 當麻蹶速者天下之力士也」「各擧足相蹶則蹶折當麻蹶速之脇骨亦蹈折其腰而殺之」とあり、試合展開は主に蹴り技の応酬であり、最後宿禰が蹴速の脇骨を蹴り折り、更に倒れた蹴速に踏み付けで加撃して腰骨を踏み折り、絶命させたとされる。これらの記述から、当時の相撲は打撃を主とする格闘技であり、既に勝敗が決した相手トドメの一撃を加えて命までをも奪った上、しかもそれが賞賛される出来事であった事から見ても、少なくとも現代相撲とはルール意識も異なるもので、武芸武術であったことは明確である[2]。宿禰・蹶速は相撲の始祖として祭られている[3]。

さらに『古事記』の垂仁記には、

ここをもちて軍士の中の力士の軽く捷きを選り聚めて、宣りたまひしく、その御子を取らむ時、すなわちその母王をも掠取れ。髪にもあれ手にもあれ、取り穫む隨に、掬みて控き出すべし。とのりたまひき。ここにその后、かねてかその情を知らしめして、悉にその髪を剃り、髪もちてその頭を覆ひ、また玉の緒を腐して、三重に手に纏かし、また酒もちてその御衣を腐し、全き衣の如服しき。かく設け備へて、その御子を抱きて、城の外にさし出したまひき。ここにもの力士等、その御子を取りて、すなはちその御祖を握りき。ここにその御髪を握れば、御髪自ら落ち、その御手を握れば、玉の緒また絶え、その御衣を握れば、御衣すなはち破れつ。

とあり、初めて「力士」(ちからひと・すまひひと と訓す)の文字が現れる。以降の記紀六国史においても、相撲に関する記述散見される。

相撲節会」を参照

奈良時代から平安時代にかけて、宮中行事の一つとして相撲節会が毎年7月頃に行われるようになる。毎年40人ほどの強者近衛府により選抜され、宮中で天覧相撲をとった。最初の記録は天平6年(734年)のものであるが[4]、節会を統括する相撲司の初見養老3年(719年)であることから8世紀初頭に定着したものと思われる。相撲節会は当初は七夕宮中行事の余興としての位置づけであったが、後に健児の制が始まると宮中警護人の選抜意味を持つようになる[5]。時代が下るにしたがって相撲節会重要宮中行事となり、先例が積み重なるとともに華やかさを増した。然し同時に、健児選抜という本来趣旨は次第に忘れられていった。12世紀に入ると律令制の衰退、都の政情不安定とともに相撲節会は滞るようになり、承安4年(1174年)を最後に廃絶となる[6][7]。

神事相撲」を参照

一方、神社における祭事として相撲をとる風習が生まれた。これを神事相撲という。農作物の豊凶を占い、五穀豊穣を祈り、神々の加護感謝するための農耕儀礼であり、これは一貫して現代にまで続いている[8]。

中世[ソース編集]

武家相撲」を参照

相撲節会に求められていた実践的な意味での相撲は、組み打ちの鍛錬として、封建制を成立させた武士の下で広まった。これを武家相撲という。武士棟梁となった源頼朝特に相撲を好み、鎌倉を中心に相撲が盛んに行われた[9]。

日本礼儀と習慣のスケッチ』より、1867年

土地相撲」を参照

続く足利幕府は、相撲奨励には消極的であったが、戦国大名は熱心に相撲人の養成に力を注いだ。また、応仁の乱以降都落ちをした貴族とともに京都相撲文化地方に伝わり、民衆の間に相撲が定着、相撲生業とするものが現れる。これを土地相撲、または「草相撲」という。[10]。

近世[ソース編集]

「勧進相撲」を参照

江戸時代に入ると武家相撲はその存在意義を失い、土地相撲興行化して民衆一般に広がる。興行主はこれを神事相撲の「勧進」にことよせて勧進相撲と称し、また武家相撲力士大名の抱えとすることでその名残をとどめた[11]。

近代[ソース編集]

相撲を取る皇太子時代昭和天皇

大相撲」を参照

明治文明開化相撲をはじめとする伝統芸能は軒並み危機に陥るが、明治天皇の天覧相撲が繰り返されるなどによりその命脈を保つ。大正14年1925年)には幕内最高優勝者に授与される天皇賜杯が下賜され、また東京相撲大阪相撲合併することにより日本相撲協会誕生、勧進相撲大相撲に一本化された。

平成に入って、日本ビーチ相撲連盟というアマチュア組織が結成された。また、義務教育武道必修化の必修科目として、相撲剣道柔道の三種を基本として加味された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/相撲

兎に角臭そうなので相撲は撲滅するべき

殺人競技ルーツにする相撲人権違反で即刻廃止するべき

そう言う事を言いだしたらオリンピック競技殺人競技ルーツにする種目がたくさんあるのでオリンピックを即刻廃止するべき

2017-06-21

https://anond.hatelabo.jp/20170620212916

孝明天皇のころと天皇に持たせる意味あいが違うからそれは解決になってないような

孝明天皇のころの天皇シンボル新政府の旗印でそれ以上の意味はなかった

今の天皇宗教運用されてる

日本に日々信仰する宗教がないせいで他のイスラム教キリスト教流行って他国の影響が色濃く出ると困る

から神道である天皇教を無意識に植え付けるために「正統な血筋である天皇」えー、つまり元・神の子ですと暗に言っている

これをもってしてカリスマの源泉としたいというのが本音でしょう

祭事を執り行うだけならもう坊さんと大して変わらないでしょう

坊さんにカリスマは出ないよ

ローマ法王くらい選出するプロセスがあるならまだしも直系でなくともいいよってアピールするには

宗教色が強い活動をして母体としての神聖さを演出しておく必要がある

でも今の天皇家にそれができるとは思えないし内部自体がそれに一致団結してない以上不可能だと思う

信仰心じゃなくて血をもってして生まれながらにして神聖なのが天皇から

なのでこのままいくと男性女性どっちでも良くなるけど段々とカリスマ自体は失われていく

まり日本人が真の意味バラバラになれる前段階がくる

2017-04-15

不条理を教える異常(全部嘘)

 社会の苦しみというものを教える機会と言うもの実在するらしい。

 数少ないこのような機会を持つために、「伝統」「校風」を掲げることがある。某沿岸高校は長期の航海を通じて人格を育てたり、某県の多くの高校は新入生にバンカラ応援歌練習伝統に根ざした自己確立させたり、はたまた某都市進学校は新入生の合宿でその高校校風に染め上げるというように、「伝統」「校風」を盾にグレーゾーンを突っ走っていたりする。このようなある種の人間教育は、世界不条理さを伝える有用手段として存在するとは思うのだが、一方で宗教的性格自我崩壊危険性といった世間批判を浴びてもいる。それぞれの学校も、校風によって執り行われる祭事時代に合わせて少しづつ変化させているようだ。

 一方で、正式教育、すなわち行政機関が決定した教育方法では、人を教育する上で不条理さ・不便さを生徒に感じさせることを拒んでいる気がする。無駄が多い割に必要なことが省かれている「理系科目の教科書」や、出版社意志がそのまま内容を歪めかねない「文系科目の教科書」、著者の都合や時代の移り変わりによって無駄改定される「語学参考書」などの教育という観点から見たらあまり合理性に欠ける教材という不便さはある。しかしそういうものではなく、人間関係においてしばしば生ずる特定個人に対する「人格の完全否定」など精神的な問題出会うことはめったにない(ただしいじめを除く)。

 精神的な不条理さを解決して総て人間尊重できる社会を目指す礎を築かせるという点において、苦しみを体験することによる不条理世界理解というものは、地球規模化する社会リーダーとしての素質を育てるためには必要だ。ところが、その体験が、グローバルとはかけ離れた、「伝統」「校風」という宗教的性格を持ちかねないきわめて異常な手段しかなされない、という奇妙な問題があるように感じるのは、たぶん私だけだろう。

なんちゃって

2016-06-07

高須帝国の逆襲』の叙述トリック

http://vergil.hateblo.jp/entry/2016/06/05/084123

「この話をすると、サイバラは「なんてひどいことをするんだ。ものすごい差別じゃん!」って怒るんだけど」と続くらしい。西原さんにも祭事の場だという説明をしていないということだろうか。

だとすると、うっかり書き漏らしたんじゃなくて、祭事の場でのことだと明示しないで誤読させるという、叙述トリックによる釣りなのかな。

ちなみに該当部分は、差別的祖母が語った「差別してはいかん」と言う曽祖父の話を高須さんが語り西原さんが怒るという込み入った構造になっています

https://twitter.com/katsuyatakasu/status/739824533566152704

2015-08-29

そもそも「穢れ」ってのを分かってない連中が多すぎるだろ

http://anond.hatelabo.jp/20150829085753

「穢れ」は日常生活全般を指すもんであって、

誰かを攻撃したり排除するための言葉じゃないんだよ

飲んだり食べたり憎んだり愛したり、そういう人間の営みの中で

次第に貯まっていく「穢れ」を浄化するのが祭事であり神様

普通生活してる限り、お前らも俺も全員穢れてんの、本来

お前らにとってオリンピック神様に捧げる祭事も同然であり

「穢れ」を持ち込むのは許されないというのなら

その祭事にかかわるシンボルマークに、「選考の透明性」だの「俺の感覚的にダサい」だの

「お前」という日常性=「ケガレ」を持ち込むな

ただ粛々と畏れ敬い崇拝しろ

それが神様ってことでありハレってことだ

そうじゃない、オリンピック民主的に進行される人としての祭典だというなら

「穢れ」だなんて神様言葉を簡単に使うな

お前らが気に食わないだか世間が許さないだかしらんが「神様」に代弁さすな

糾弾するならば人間言葉糾弾しろ


日本人にとってケガレ重要概念で~」とかいうならば、それが何かくらい分かっとけ

自分の都合のいいように神様切り貼りして、あまつさえ神様のふりをして他人攻撃すんのが

お前の言う「古きよき日本人」かって話だよ

恥ずかしい、ほんとうに

2015-08-24

新規移住者田舎の村落で受け入れられるには

ちょっとした縁で田舎暮らしをして十年を超える。

就職するまでは都市部に住んでいたので、まあ、移住者だ。

さて、僕の住んでいる集落山村で、四十戸ほど、統計によれば百人ちょっと人口を有している。

幼児が二人、小学生が二人、中学生が二人、高校生が二人、二十代が二人とかそんな感じが男女を併せた若者の総数。

三十代は僕を含めて十人弱くらいいるかな。あとは世代が上がるほど人数が増えていく。

はっきり言えば大半が高齢者だ。

狭い集落人間関係は濃く、僕が住み始めた頃、馴染めずに浮いていた。

が、最近地区で頼りにされている。味方が増えてきた。

田舎というのはゆったり生活をするのにさっぱり向いていない。

空気はいいし、牧歌的風景は広がるが、何をするにも人手が足りないからだ。

都市部にいれば『誰かがする』で済む自治会活動も、ゴミ拾いも、消防団も、葬式の手伝いも、生活道の除草も、神社なんかの祭事も、PTAもぜんぶ『自分』でしなければならない。『誰か』がいないのだ。

から休みの日には早朝からお寺の掃除や、農道草刈りにかり出される。

大半は老人だから昼過ぎには体力が尽きて作業は終わるが、今度は酒宴が始まる。

自治会の総会に参加するのが面倒、とかそういう問題ではないのだ。とにかくいろいろな田舎イベントが開催されるが、これに当たり前の様に参加できるようになるまで僕も数年かかった。このまま、バックれ続けていると、何とも知れんやつという評価が下る。地区内ではいないものとして扱われてしまう。実際にそういう人間が僕の地区にも数名いる。

確かに休日はつぶれるが、それでもまだ呼ばれて参加するだけなら気楽な方だ。

これがやがて、自分で人を呼んで作業するようになると、煩雑なことやストレスが一気に増える。

しかし、同時に地区内での評価が一気に上がる。この辺から、何かあるとかばってくれる人が増え、多少無茶をしても話が通るようになる。

都市部小学生を呼んで草鞋編み体験でも開催したいと相談すれば、老人が集まってきて指導者を買って出てくれたりする。

作業が減ることはないが、何かやりたいと思えば増やすのは気分次第、ということだ。

そうして僕は休日のたびに何かやっている。平日より休日のほうがよほど疲れ、今の時期だとどんどん日に焼けて黒くなる。

これを老人になっても、死ぬまで続けていかなければならないが、地獄の様と捉えるかやりがい満点ととらえるかは人次第だけど、まあ僕は何とか楽しくやっている。

都会からやってきてうまくやれている人は、やはり何かをやりたい人ばかりで、ただゆっくり過ごしたい人は浮いてしまっている。

2014-03-25

仮想現実という幻想

直接を受けてはこれ。

http://fanfiction-novel.com/archives/544

仮想現実物のアニメラノベについての雑記

ただし、別に反論とかそーいう代物ではないです。

?B から REV さんの

http://lightnovel.g.hatena.ne.jp/REV/20100128/p2

ゲームの中が舞台ラノベ

も参考にしてます

 

web小説のVRMMORPG物とかが書籍でまであふれていて、いくつかのそういうラノベの状況への批評を読んで、そういうのに対してもにょもにょとした感覚を持ってたのだが、アウトプットしてないなと。で、アウトプットしたいなという感覚がとっても大きくなってしまったので落書いてます

で、自分領域だと ?D も ?H も Tw も読む人が皆無なので、自分のところよりは読む人が多いであろう増田借ります

結局のところ独りよがりチラシの裏なので、嫌いな方はページを閉じてください。

また、ねたばれを平気で入れます

 

よござんすか?

 

よござんすね?

 

そんじゃ、チラシの裏を徒然なるままに。

物語類型

一番最初に気になったのは、物語類型としての分類。

ぽすてぃぶさんが

仮想世界物の「SF」がSAO

仮想世界物の「異世界召喚物」がログ・ホラ

仮想世界物の「サスペンス」が.hackこうではないでしょうか?

としていたのですが、これの SAO を疑問に思いました。

SAO最初は、ゲーム仮想世界に閉じ込められて、命がけのデスゲームを行うというものです。

そこで、確かに世界の作り方は SF なのですが、では「物語世界」を考えると、これは「ファンタジー」の方が近いのではないかと考えています

ぽすてぃぶさんが持ち出した SAO の要素として

思考加速、人工知能ロボット、A.Iが住み管理する街、これだけ聞くと完全にSFです。

とあるのですが、作中でこれらのギミックが「SFとして」活用され始めるのは、少なくともアインクラッドを抜けた後になりますユイのボディを現実につくるためには?など。

そう考えたとき、少なくとも最初アインクラッドでは、彼らの世界ファンタジーと同一の代物でしかありません。行き過ぎた科学により魔法と見分けがつかない代物です。そして彼らにとっては、それだけが世界」です。

 

同様の構造クリス・クロスにも見られます

ダンジョンの中に閉じ込められ、クリアするまでログアウトできない。ゲーム中の死はそのまま本人の死につながる。

作中のスキル「ゲーム」という設定なので「SF」ではありますが、キャラクター世界にとらわれいることからゲームの中だけが知覚できる「世界」になっています。そしてその「世界」の中には SF ギミックは問題ではありません。

 

これらに比べてログホラで違うのは「キャラクターの死」が「プレーヤーの死」と直結していない、というルールが典型でしょうか。

しかし、作中キャラクターにとっての「世界」とは何か?を考えたとき、彼らの世界はもともとの現実と全くつながっていない、「世界はいま生きているそこだけ、という意味では、同じになります

 

その意味で、彼らの物語類型を考えた時に重要なのは

このように設定された「世界であるのではないかと考えています

 

となると、これらはすべて「貴種漂流譚」の系譜とみるべきではないかと最初に思いつきます

貴種漂流譚?

しかし貴種漂流譚とした場合物語類型としては明らかに違うものがあります

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B4%E7%A8%AE%E6%B5%81%E9%9B%A2%E8%AD%9A

VRMMORPGMMORPG場合主人公は貴種というわけではなく、また、多くの同様の他人と一緒に異界に漂流しています

これは明らかに貴種漂流譚とは違う特徴です。そもそも貴種漂流譚は神話類型で、英雄譚のいくつかにみられる特徴なので、そのまま当てはまるものではありません。

行きて帰りし物語

となると、他に近い分類を考えると、「行きて帰りし物語」というのが出てきます

http://hiki.cre.jp/write/?YukiteKaerisiMonogatari

これは乱暴な言い方ですが、貴種漂流から「貴種」の特徴をとっぱらったものといえます

結果残るもの

というパターンになります

多くの場合冒険に駆り出される理由は「日常からの欠落」が起き、「冒険の中でその欠落したもの、あるいは替わるものを見つけ」「日常に帰ってくる」というものです。スターウォーズなんかこれの典型ですね。

 

ここまで来ると、物語類型であり、一方で物語論として「読者に受ける物語とは何か」という話にもなってくるのですが、そちらの論は話の方向性微妙に違うので割愛

 

さて、では素直に「行きて帰りし物語」の類型としてまとまるでよいのでしょうか?

集団漂流というジャンル

ところがここでも問題が、行きて帰りし物語場合冒険に投げ出されるのは「主人公」とかその周辺がせいぜいです。

また、「日常に帰ってくる」というのも重要になりますログホラの場合ゲーム中に行われている冒険では「日常に帰ってくる」のですが、「現実世界」の意味では帰ってきていません。

 

では、さらに共通項をと考えた時に残ってくるのが「集団漂流物」というジャンルになります

これの古典で有名なのは十五少年漂流記(小説)ですね。

個人的に思い出すのは、空飛ぶ!竜峰学園(ラノベ)とか、勇者110番(NG97)とか、かなりマイナーどころになるわけですが。

類型とその違い

ということでもう一度元に戻り、SAOログホラ、.hack で考えてみた場合

という分類になるのではないか……と考えたのであります

なお SAO ですが、実際には細かく変わっていて

というのが物語類型での分類になると思われます

異界へのギミックや、異界で使う技術「ゲーム」ベースであるため、一見 SF なのですが、実際なところはあれらは「魔法」と物語上ほぼ変わらないものほとんどです。

となると、物語類型を見る場合にはもっと重要ギミックがあるのではないか?ということで、このような分類を夢想しています

ゲームという題材が特殊なのか?

ここで気になったのが、では「ゲームという題材が特殊なのか?」ということです。

で、最初の方に戻る。

web 小説や、そこから現実書籍になったものが、いろいろと「似通ってるな」という印象は、はたして「本当なのか?」。そして「似通ってるな」と思ったものは「何か?」。

個人的に多くなったなと感じているのに、確かに VRMMORPG に取り込まれるってのがあります。そして俺TUEEEEE。

しかし同様に、異界漂流物も多くなってるなとも思うわけです。ファンタジー世界で「生まれ変わる」とか「召喚された」とか。そして俺TUEEEE

で、これらを考えた時、ある意味昔っから変わってないのではないかと思うわけです。ファンタジー世界に行って無双っての。ゲートも戦国自衛隊ファンタジーにしただけだ、と乱暴に切り取ってみたり。

結局「無双の理由づけ」に何を使っているのかという部分で、VRMMORPG というのが身近になったのかなと。

 

そもそも「コンピュータを用いたゲーム的異世界」で冒険というのであれば、いろいろと話は出てきます

それこそ、最初は「ジャックイン」でしょうか。ニューロマンサー('84)。これのジャンルだと SFサイバーパンクですね。この場合マトリクス現実世界の裏にある(人工)異世界という視点で見れば、ファンタジーの一種とみることも不可能ではありません。

同じくサイバーパンク電脳世界があるもので、漫画で有名になったのがサイレントメビウス('88)でしょうか。

他、こちらはハビタットのような電脳街という感じの世界ですが、BOOMTOWN('92)という漫画もありますAI が住み、自己増殖する電脳世界に入り込み、バグ退治を行います表現SF 側です。

そして、ゲームといっても電源不要東京N◎VA('93)なんかが思い浮かびますサイバーパンクなTRPG

一方、完全にゲームの味付けでは、クリス・クロスが '94、クラインの壺だと'89ですね。

 

そしてこの「ゲームな味付け」で「異世界」となると、コンピュータを捨ててファンタジーにぐっと寄ったものとして思い出せるのが遥かなる異郷ガーディアン('90)。死亡無し、バイト感覚ファンタジー世界魔王を倒そう!という話です。あるいは、日帰りクエスト('93)なんかも近い代物でしょうか。これらは日常の延長として異世界ちょっと冒険してくる代物ですね。

これらと .hack が似てると思ってて、ギミックに「異世界」が絡む程度なんですよね。物語世界の構築法の話であって、物語としてはその異世界重要なのですが。

 

そして、完全にファンタジーに話を持って行ってしまえば、作品は一気に広がります

世界現実を行き来するってのでは、ナルニアとか。

個人的には魔法使いになる方法(ダイアン・デュアン著)を持ってきたいです。翻訳がまた止まった……。こちらは、現実世界の「裏」にある世界なので、ナルニアのように現実世界の「隣」にあるのとは違っていますが。

 

ここで VRMMO を題材に使っているのを考えてみますと。

VRMMO は現実世界の「隣」にしかなれません。アクセルワールドのように現実世界を模した世界であっても、現実世界に影響は与えていません。

その中で主人公プレーヤー集団が「命」であったり「記憶」であったり「思考」であったりの影響を受けるという、世界以外が対象になります

となるとこれは別にゲームではなくファンタジーであっても同じなので、ここの類型から考慮しないでも済みます

 

一方、魔法使いになる方法では、魔法使いだけに見える世界というのは、現実世界と表裏一体です。魔法世界で変化があれば、それは現実世界にも影響を及ぼします。

これは電脳世界を用いた場合でも同じギミックがあるように作ることもできます

N◎VAもそうですし、サイレントメビウスもそうですね。

 

このような違いを見るに、ようするに「VRMMO などに見えるゲーム世界・異世界」というのは「現実に影響を与えない箱庭」という概念でくくれるように見えます

世界漂流ファンタジーもその多くは「現実に影響を与えない箱庭」的世界です。

このように、完全に切り離されている異世界かどうかというのが重要ポイントなのかもしれません。

俺TUEEEの源泉

ちょっと話が散乱したので、少し戻します。

無双の理由づけ」です。

VRMMO 、あるいは「ゲームルールがある異世界」を用いた場合、「俺 TUEEEE」に対してこじつけが作りやすいのが、この分野が氾濫している理由なのかなと思ってみたりしてます

どういうことか?

 

多くの場合対象となる異世界は、技術文化水準が現代より低いです。

FPSSLベースにした場合は逆もありますが、氾濫しているのは多くが「ファンタジー世界」として「中世西洋」がベースです。

そこで俺TUEEEとして従来のファンタジー神話伝説英雄譚、ファンタジー小説などがとった手法が「貴種」です。

これは現実にも祭事が政であった時代に、「神の信託を授かる巫女」(卑弥呼など)とか「神(竜)の血統」(中国皇帝日本天皇)とか「神に認められた」(キリスト教や同影響下の国々の王など)が用いた手法で、何か特殊存在が力を認めているから「偉い」という考えから来ている物と思われます精霊信仰や祖霊信仰なども同様なので、世界中で行われた、あるいは現在進行形の考え方ですね。

 

そして、漫画アニメラノベでもこの手法はいくらでも使われています。作品は割愛。 

では、一般人ではダメなのかってところから始まったのが、異界に行った時に「異物」なので強くなったというものです。この場合だと貴種である必要性がなくなります

この場合重要になるのが、多くは「機転」や「思考」だったりします。その世界にない視点で物事を考えることで、打開するなどもありますね。

 

VRMMO の場合、この後者の考え方を用いて俺TUEEEをするというのが基本ですね。

ログホラがわかりやすいですが、異世界にはないけど現実世界にあったものを再現することで、異世界でのアドバンテージを得る。蒸気機関はこのギミック

この手の異世界で発想で先手を取るってのが、他だとアウトブレイク・カンパニーであったり。あるいはくじびき勇者さまを思い出してみる。他にも新書であったような記憶があるのに、題名全然出てこない。

まおゆうも「その世界になかった概念を持ち込む」事で「世界に影響を与える」という部分で、ログホラとそっくりなことを味付け変えてやってます

 

てなところで、俺TUEEEの源泉をあれこれいじってきてるのは増えてきてはいるなとは思った。

今までだと単純に戦闘つえー、魔法つえー、だからねぇ。

とめどなく

結局まとまらないので、適当なまま増田に投げつけて終了。

続きも別に考えてないで投げっぱなし。

2013-12-11

天皇陵造営は法規制時間との戦い

【1ヶ月前の自分ツイート転載

天皇陵の話題が出てる/

 雑誌「選択」によれば、天皇陵造営と言えども、都市計画法規上は「開発行為」に該当し、

 開発行為手続きを踏まなければならない。

★何でも宮中祭事関係で、「崩御後1ヶ月半の間に天皇陵を用意する必要がある」、

 つまり天皇陵造営に許される時間は1ヶ月半」だけらしいが、開発行為手続期間に日数取られてしまい、

 突貫工事で作らざるを得ない。昭和天皇陵の造営はギリギリだったらしい

昭和天皇大葬の際は、まだ宮大工が数多くいたから、突貫造営が可能だった。

 今では「崩御1ヶ月半後迄に開発手続き完了させて、陵の造営まで終了させるのは不可能」の声もある。宮大工がいなくなった

★私見だが、昭和天皇大葬時よりも、開発行為手続きが強化され、コンプライアンスもうるさくなった。

 「天皇陵造営に必要な開発行政手続」そのものが1ヶ月半以上かかってしまう可能性も

★例えば、昭和天皇陵の時なら「工事を間に合わせる為に、労働基準法違反残業させ」られたのが、

 今じゃコンプライアンス的にNGだったり、とか

★つまり天皇陵問題は、

 1.正規の開発手続きを破る(超法規措置)、

 2.宮中催事伝統を破る(1ヶ月半より後の完成の許容)、

 3.不敬ながら、「存命中天皇陵造営に着手する」、の3つしか選択肢がない。

 この流れは選択肢3か?

 
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