ジョウ先輩の話は予想以上に長く、結局バスが目的地に着いても終わらなかった。
しかし、途中で中断するのも気持ちが悪いと、ジョウ先輩とセンセイの間で意見が一致した。
俺もセンセイの手前、「急ぎの用はないですが、早く家に帰りたい気分なんです」とは言えない。
ということで、三人で適当な場所で降りて、どこへ向かうともなく歩きながら会話を始めた。
「……つまり、あなたのお父さんが『キュークール』に熱を上げすぎていると」
ジョウ先輩の父とは、フォンさんのことだ。
なので最近のフォンさんの動向は、俺もちょっとだけ聞いた覚えがあった。
「確かに、いたたまれないですね。中年の身内が流行りに乗っかる姿は、子にはキツい」
「いえ、それ自体は気にしていませんの。何か夢中になれるものがあるのは素晴らしいことですわ」
では、何が問題だと思っているんだろうか。
「父は……些か無理をしているようですの。心と体の間に溝ができてしまっている」
ジョウ先輩が言うには、フォンさんの『キュークール』に対する振る舞いは、身の丈にあったものではないんだとか。
その“身の丈”がどんな形と大きさをしているかはイマイチ要領を得ないが。
まあ、話がこじれるだけなので口には出さないが。
「父は内心、『キュークール』をそこまで評価していないんですの。けれどアレを愛し、そんな己の姿を周りに誇示する。そうすることで父は“何か”を守っているようですわ」
「“何か”、とは?」
「それは分かりません。ただ、無理をして『キュークール』に“熱中しているフリ”をしている、それは確かですわ」
「子の勘、って奴ですか」
「確かな経験則です。ワタクシのこのスタイルは、元を辿ればアニメのキャラクターがきっかけ。それを自分の中で十数年かけて浸透させたんですの。そんなワタクシだからこそ断言できますわ。父は馴染んでいないし、これから馴染むこともない、と!」
そこまで言い切るからには、きっと“何か”あるのだろう。
壊れていない家電製品をゴミ置き場に放つが如く、フォンさんは恥や外聞を捨てている。
オサカの奴も『キュークール』をやたらと語っていたが、あいつはブログでレビュー記事を書いているので、そこからくる言動だってのが分かる。
ではフォンさんの場合はどうだろうか。
単に『キュークール』に滅茶苦茶ハマっている人……とするには、あまりにも目に余る。
「父には己の自我と向き合い、思うまま受け入れ、相応に振舞って欲しいだけですわ。ワタクシがそうであるように」
素直に納得するにはジョウ先輩のケースは特殊な気がする。
「そうか……では、私が君のお父さんに尋ねてみよう」
センセイが予想外のことを言い出す。
「……センセイ殿が、ですか?」
ジョウ先輩の話を随分と聞きたがると思っていたが、そこまで首を突っ込みたがるほど興味があったのか。
「ええっ、本気ですか。センセイって、そんなにお節介な人間でしたっけ」
「仕事柄、知らんぷりともいかなくてね。その『キュークール』ってのは、ラボハテの息がかかったアニメなんだろ?」
なるほど、だからセンセイは関心が強かったのか。
……いや、それがどう関係しているというんだ。
俺がそう訪ねると、センセイは「しまった」と言った顔をする。
「……まあ、そんなところ。相手が言いたがらないのに、あまり詮索するものではないよ、マスダ」
明らかに取り繕っているのは気になるが、俺は言われたとおり詮索しないことにした。
これ以上の面倒くさい展開は避けたい。
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