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2022-10-18

富士山バス横転事故の基礎知識

バスが急坂でブレーキが効かなくなって横転事故を起こした件で、個人バスを所有する変態さんが検証動画を出しているが、

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1959853

 

前提の知識全然共有されてないのが気になった。なので説明を書く事にするよ。

 

バスの2速=乗用車の1速

まず元記事バス個人所有氏は2速で下ってるんだが、バストラックというのは2速で発進する。1速は急勾配での坂道発進とかの緊急用で普通は使わないのだ。

乗用車オートマだと「PRND21」とレンジが分かれていて、2、1レンジではギアが固定される。峠の下りでは2速で下ると思う。1速に入れるって事は余り無いと思われる。その1速に入れてると思ってくれていい。普段じゃそんな運転する機会はないと思う。

因みに乗用車AT軽トラバン以外では4~5速あるよ。

 

バスは回転を上げて走行しない

動画では2速で下って回転数がレッドゾーンに入って警報が鳴っているが、これはデモンストレーションでやっている事で、普通バストラックではこういう運転はしない。

バストラックは大体100万キロ走って廃車になるのだが、そのディーゼルエンジンも精々オーバーホール一回程度でその距離を走り切る。乗用車と比べると非常に頑丈なエンジンなのだ

だが頑丈に作ってあるために作動部が重い。その為にオーバーレブ(回転数数オーバー)に大変弱いのだ。ガソリン乗用車のつもりでシフトアップを引っ張る走り方をしていると壊れてしまうのだな。

から彼の道路での実際の走り方は3速でリターダー動作(後述)か2速でオーバーレブしない速度って事になる。

 

バストラの下り急勾配での走り方

アクセルブレーキも踏まず、エンジンブレーキだけで抑速する。また、バストラには排気ブレーキとリターダーというエンブレの強力版が付いており、そのスイッチハンドル左手にある。車種によるがウインカーレバーを向こうに押すタイプと、ウインカー別に短いレバーが生えているのがある。動画でカチカチ言ってるやつだ。

これのスイッチを入れたり切ったりして速度を調節する。

ヘアピンではぐっと速度を落とす必要があるのでそこだけで足ブレーキを踏む。ブレーキ「ずっと踏みっぱなし」は絶対NGだ。というかそんな運転するのはちょっと考えられない。

 

ブレーキ異常にはフェードとヴェーパーロックがある

ブレーキを踏みっぱなしにして加熱させるとブレーキが効かなくなるが、その原因は2つある。

フェード

ブレーキライニング押し付けられる摩擦材)が熱で滑りやすくなる事。「段々効かなくなる」のが特徴。

フェードが起きると独特の匂いがする。東武東上線とか伊勢崎線の古い電車で駅に着いた時に床下とホームの隙間から香ばしい匂いががした事ないだろうか?実はこれがフェードの匂いなんですな。MT車クラッチを滑らした時とかも同じ匂いがするよ。

ブレーキシューレジンが灼ける匂いらしい。

電車ブレーキはどれも同じ構造なのに東武の旧型車だけがあの匂いするんですな、不思議である

あの匂いがしても東武電車普通に走れるが、車だともうダメ。冷えると効きは幾分戻るがシューが変質してしまっているので交換か灼けた表面を削らないと効きは元に戻らない。

ヴェーパーロック

ブレーキ油が沸騰して水泡が出来る事。「突然、全く効かなくなる」という恐ろしい特徴がある。

ブレーキペダルの踏力の伝達には分子量の高いアルコールなどの液体を使っている。液体は圧縮できないからそのまま力が伝わるが、これが沸騰して水泡が出来てしまうと体積が千倍にもなり、また気体は圧縮できるから踏力が気体の圧縮に使われてブレーキを押す力にならない。

 

この両者は相反するものじゃなくて連続して起こる事もある。フェードが起きるとブレーキが効きにくくなるのでより強く踏まないとならない。そうすると発生する熱量が増えてそれでヴェーパーロックが起きてしまう。

  

で、増田見立てだとこの事故の原因はヴェーパーロックだ。その理由には更にバス構造を知ってもらう必要がある。

 

バスホイールパークブレーキ

バスサイドブレーキは、乗用車のように手でギギギと絞り上げるようなものではなくて、運転席の小さいレバーを倒すと全力で掛かるようになっている。

元々、バストラもハンドル式だったが、掛かる場所が違った。サイドブレーキミッションについていたのだ。

昔のバス終点に着くと、「ユッサユッサ」と揺れていたのを覚えているだろうか?これは車輪ではなくてミッション軸にサイドブレーキが掛かっていたからで、そこと車輪の間にあるシャフトデファレンシャルギアの隙間、自在ジョイントのたわみのせいでユッサユッサしてたのだ。

だがこれはジャッキアップすた時などにデファレンシャルギアのせいでサイドブレーキが掛かっていない状態になり危ない。また急勾配で確実に止まっていられる事が車両法で定めらると、手で絞り上げる式では確実性と力が足りない。

なので、ブレーキのバネを普段は高圧空気で抑えておき、空気を抜くと強力なバネが全力でブレーキシュー押し付けるという方式に変更された。

画像を見たら一目瞭然だが、https://www.tbk-jp.com/products/brake_01.php

普段ブレーキブレーキシューは共用になっている。

 

さて、変態バス氏の動画を見返して欲しいが、4:40頃から事故車両ブレーキ痕が続いている。

これはサイドブレーキ作用して後タイヤロックしたって事である

サイドと足ブレーキシューが共用だ。もしフェードが原因だったらロックできないのではないか

だとすると消去法でヴェーパーロックという事になる。

 

バスブレーキ構造は、前がディスク、後ろがドラムというのが一般的だ。

見てもらうと一目瞭然だが、google:image:バスドラムブレーキ バスディスクブレーキ

ドラムというのは熱がこもりやすいがシュー摺動部とピストン距離がある上に接触部が狭いところがあるので熱が伝わりにくく、ヴェーパーロックは起こりにい。

一方、ディスク式は摺動部とピストンが近い上に接触面積も大きいので熱が伝わりやすい。故にこっちの方がヴェーパーロックはし易いのだ。

から後輪ドラムのフェードは大したことが無く、故にサイドブレーキは効いたが前輪のヴェーパーロックが来て全く減速できなくなったと考えるものである

 

サイドブレーキが効いても減速できなかった理由は、一つは荷重問題下りでは車体がつんのめっているか荷重は前に移動する。だから後輪はロックしてスリップするがグリップ力が足りず減速できない。

この荷重移動を利用したのがドリフト走行なのね。ブレーキで前に荷重が移動している時にハンドルを切ると普段より舵が効く。前輪を中心に車がスピンしようとするからそこでサイドブレーキを引くと後輪が滑りだすってわけだね。

もう一つはホイールパークブレーキのせい。レバー倒すと後輪に全力でブレーキが掛かるので走行ならいきなりロックする。スリップ状態タイヤ摩擦力が低くなるから減速力が足りないって事になる。

また後ろがスリップしているから操縦も難しくなる。

 

排気ブレーキ

よく出てくる排気ブレーキとは何かだが、エンジンブレーキを強力にする仕組みだ。

エンジンは2回転する間にピストンが2往復して1サイクルとなるが、爆発(燃焼)工程の前に空気圧縮せねばならない。ディーゼルでは断熱圧縮で熱くなった所に経由を噴霧して燃焼させる。この圧縮には力が居るのでエネルギーロスだ。

圧縮の後に燃焼がなければロスだけが存在する事になる。エンブレはこの圧縮のロスを抑速に使っている。

排気ブレーキはここで更に排気管を塞いでしまうのだ。エンジン圧縮ロスで虐められているのに更にペッと吐き出した息まで塞がれてしまう。とんだ意地悪だ。苦しいようやってられないよう、って事で更に速度が落ちてしまう。

排気ブレーキ作動中は「ドドドド」とエンジン音が野太くなって、解除時には「プシュ!」というのが特徴だ。

 

リターダー

リターダーにはオイル式などもあって、これはオイル抵抗エネルギーロスをさせようというもの。木の板でかき混ぜる草津温泉の湯もみは水の抵抗があって結構大変、汗が出ちゃう。これと同じ仕組みだから湯もみブレーキと覚えてもらって差支えない。

でも日本バス一般的なのは圧縮解放式ってやつで、これはエンブレの超々強力版である

エンブレは圧縮ロスを利用するものだが、ピストン圧縮された空気はその後どうなる?燃料が無くて燃焼されなくても、圧縮された空気はバネみたいにピストンを押し戻すのだ。

そこで圧縮解放式では意地悪して圧縮しきったところで排気バルブをちょっと開いてしまうのだ。すると圧縮空気は逃げてしまう。

更にまたすぐに閉じてしまう。すると今度は1気圧の所からピストンを引いていく事になるので真空ポンプの負荷が出来る。これで超強力なエンブレが出来るという訳だ。

新宿区牛込柳町交差点は急坂の底にあり、自転車で通る時に坂の上から一気に下りその勢いで向こう側の坂を上りたくなる。が、この交差点には信号があるのでそれをさせず停止状態からエッチラオッチラ上る羽目になる。

故に圧縮解放リターダーは柳町信号ブレーキと覚えてもらって差支えない。

圧縮開放式は空気圧縮されたところでバルブを開くので動作中は「ンババババ」と結構派手な音がする。

因みにVTECみたいな可変複数カムによって実現されている。バストラもハイテクなのだ

 

整備不良の可能性はないのか?

ある。

ブレーキ液には高分子アルコールを使うが、これは水を吸う。すると沸点が下がる。ブレーキは水が掛かる足回りにあって、そのピストンにはゴムのパッキンで水を防ぎ、ブレーキ液が漏出するのを防いでいる。

しかし窓をカッパギで拭いた時、水は残らないがなんかしっとりしているよね?あれが蓄積して水を吸い、200度以上ある沸点が150度くらいまで下がってしまう。この為に車検の度にブレーキ液は交換するのである

因みにレースではもっと沸点が高いシリコン系が使われるが、これは親水性が無いので混入した水が水のままで存在してしまう。するとピストンが100度になると容易に沸騰してヴェーパーロックを起こし危険である。だから公道での使用禁止されている。レースカーはレースごと、雨が降ったら走行ごとにブレーキ液を入れ換える。ブレーキ液にアルコール系を使うのはこのせいだ。

からもしも車検(1年)ごとにブレーキ液を交換していなかったら沸点が下がりヴェーパーロックはし易くなる。この辺は国交省調査を待つしか無いと思う。

また、少しではあるが、高山に上がって気圧が下がると沸点も下がる。

 

最後になるが、大型2種免許は他の免許取得後3年経たないと受験資格が無い。プロ中のプロドライバーで、フェードしたりヴェーパーロックさせたりする運転というのはちょっと考えにくいんだよね。急坂であれば排気やリターダーのオンオフだけで慎重に下り足ブレーキには頼らないものなのだ。だから増田ちょっと腑に落ちない事故なのだ

2020-09-07

3Dプリンターと銃

なんか自称技術者バカが暴れてたので書いておく。

3Dプリンターというと、すぐ銃が作れるという話をするバカがいる。なぜなら米国で銃を作ってる連中がいるからだ。が、現実的ではない。というのもこれはかなり政治的な側面があり、理解するには何でもかんでもとりあえず銃か爆発物を作って遊ぶ習性を持つ米国人についての知識必要だ。

米国は旧英国植民地で、独立戦争によってフランス支援英国軍を撃退して建国し、更に南北戦争というガチ内戦を経て革命的に成立した国家だ。誰でも知っているナポレオンの生涯と重なる時期である。『ナポレオン -獅子の時代-』などの高名な歴史書で知っている人も多いと思うがこの時代には既にバリバリ銃器存在する。つまりアメリカは、建国神話銃器を含むのだ。

よって、銃(特に軍用銃)というのは米国人にとって国民国家アメリカ合衆国の建国の神器に近い存在であり、主権者たる国民銃器を所持する権利を持つのは当然のことである天皇三種の神器を持つ権利があって当然ないわけがないのと同じである(主上に御謀反のない限り)。当然憲法でも権利として認められているし法律でも個人許可不要での銃器製造・所有・使用が色々と条件付きで許可されている。そして、「憲法で定められた権利行使しよう!」という「市民なら図書館に行こうキャンペーン」くらいの気軽さで権利向上運動として銃を作る・持つ運動がある。年中やってる「1・23絶対ゆるさない緊急行動」の同類である。その中で使われる銃は日本に訳せば「建国神話追体験」の要素があり必ずしも実用的な銃とは関係がない。神社に置いてある御神体の鏡の平滑度がそんなに高くないようなものである

そんなわけで神器としての銃を作るための3Dプリンターデータというのが存在する。これらは当然、儀式的な意味の強度しかない。俺は作ったことも見たこともないし作ろうとも思わないが、破損事例については知っている。確か1発~数発で寿命を迎えるという話だ。銃器信頼性第一からスケール的には構造模型の域だ。で、「数発で寿命を迎える」という話をすると、密造したがりは「では強度を上げるのだな。実際に樹脂活用銃器がある」と謎の反論をしてくる。これには銃器の樹脂化の歴史に関する知識必要になる。

銃器における樹脂活用歴史第二次世界大戦の終了直後くらいから始まる。その頃、夢の軽量新素材「プラスチック」が工業の各分野に登場し、「航空機アルミニウム」と並んで普及し始めたのだ。それまでは機械装置構造部品金属ハンドルや外装は真鍮(きわめて密度が高く重い金属である)金属が嫌なら木か革しか選択肢がなかった。当時の銃は構造部品鋼鉄で作り重い木の覆いを付けていた。1960年代に入るとアーマライトAR-10AR-15、のちのコルトモデル601、米軍呼称M16ライフルが登場し、「鉄砲鋼鉄と木で作るものだ。アルミプラスチックなんて信用ならねえ」と散々な評価を受けた。しかしその後AR-15/M16ライフル権利訴訟回避バージョンAR-18は、改良を経て、現在では米四軍のM4カービン英軍のL85(SA80)小銃ドイツG36小銃日本89式20小銃を含むほぼ全ての西側歩兵銃の基礎となっている。

銃身や主要部品鋼鉄、外装にアルミニウム、銃床に樹脂を使った小銃一般化する一方で、次なる手として主要部品アルミ化や樹脂化が模索された。1960年代末期になると世界初ポリマーフレーム拳銃としてHK VP70が登場してまず爆死、1970年代にはシュタイヤー社(余談だが自動車メーカーマグナ・シュタイアの類縁である)のAUG突撃銃が登場してこちらは採用1980年代に入ると樹脂製スコップ設計者が一念発起して設計し「プラ拳銃」として一世を風靡したグロック17が登場して一大ブームとなる。1990年代にもなればHK G36が登場し、冷間鍛造銃身基部を鋳込んだ樹脂製フレーム採用、その後端にモールドされた樹脂製マウントに樹脂製ハンドルを横から軽くネジ止めするという気の狂った設計のせいでハンドルを掴んで振り回すとそこに統合された大して見やすくもないヘンゾルト製高性能照準器の狙点がハンドルごと滑ってどんどんズレる、という問題を起こし、誰も気づかないままドイツ連邦軍採用され大量購入され2000年代のアフガン戦争で精鋭連邦軍人に戦死者を出してアフガン気候のせいでプラスチックの銃が根元から腐って兵が死んだとドイツ国会で炎上もするようになる。

一見すると、この半世紀で銃器は完全に樹脂化されてしまったように見える。なぜなら実際に外装はどんどん樹脂化され時代が下れば金属部分がほとんど露出することもなくなっているからだ。ここまで読んだ読者が、樹脂というのは3Dプリンターで出力できるのではなかったか? 3Dプリンターで作れるのではないか……と思っても不思議はない。

しかし、実際にはこれらの銃器では主要部品はすべて鋼鉄で作られている。新合金アルミニウムも新素材プラスチックも、鋼鉄を置き換えることはなかったのである。外装は木材からプラスチックに変わった。筐体は鋼鉄からアルミニウムプラスチックに変わった。しかし銃身、ボルト各部のピン、それどころかそれらを操作する把手は良くてアルミニウム、いまだに鋼鉄も珍しくない。VP70グロック17では、銃身とスライド(上半分だ)は鋼鉄で作られ、下半分には鋼鉄パーツを金型にセットしその上から樹脂をかける方法インナーフレームが鋳込まれている。シュタイヤーAUGでは画期的新機軸として内部機構の一部にプラカバーをかけることで潤滑の必要を減らしている。共通しているのは、圧力を支える主要部品摺動部はまず鋼鉄で作られるということだ。アルミニウムプラスチックは確かに使われているが、その役割は形を保つ以上の機能がない比較的柔らかい部品人間向けの外装または潤滑剤なのだ。実際にはプラスチック製の実用銃というのは未だに作られていない。

同時に、市販の家庭用3Dプリンター金属を出力するように進化するというのもあまり現実的ではない。樹脂は150~300度で溶けるが鉄を溶かすには1500度~が求められ、今の3Dプリンターとは原理的に異なる装置必要となるからだ。更に、銃の銃身は鍛造、切削と熱処理を経て作られるので、その設備必要になる。出力物を鍛造切削熱処理すればよいではないか……要求される設備3Dプリンターのものよりも大規模であり前提が荒唐無稽になる。工業地帯に数億円を投資して製造工場を建てれば機械装置が作れる。そんな主張は議論として価値がない。そんな資源があるなら電気自動車メーカーでも立ち上げる方がまだ理にかなう

3Dプリンターの特色は、複雑な形状を一点だけ製作できることだ。強度や製作速度ではない。容積10cm^3程度のプラスチック製品の射出成型にかかる時間は、概ね1個あたり0.3~1秒程度であろう。3Dプリンター場合は、累積移動距離によって変わるが45分から15時間程度である仏師の方が速い程度だ。

では、なぜプラスチック銃、そして3Dプリンターが度々取り上げられるのだろうか? 一つには、プラスチックアルミニウムは軽量なことが理由だ。鉄の銃は重いのである! もう一つは、最初にも述べたように、「銃を製造し、所持し、使うこと」は米国民の間では建国神話確認再現という神聖意味を持つ行為とされ、そして、その神聖さを信奉している者だけがネット英語記事を書き、日本コピペブログ機械翻訳で垂れ流すからだ。別に3Dプリンターから作れるというわけではないし、適しているわけでもない。全てはここ日本において全く関係ない話なのである

もしこれを読んだ誰かが3Dプリンターで銃を作る話やドラマ脚本をどうしても書きたいなら「3Dプリンターなら見た目は好きにできる。だが銃身が作れないはずだ。銃身をどこで入手したんだ?」という方向にでも捻ってみてはいかがだろうか、と付け加えて筆を置きたい。

2015-07-22

西伊豆感電事故の状況が多少分かったのでブコメに突っ込んでみる

http://anond.hatelabo.jp/20150720190643の続編。

電気屋的にはNHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20150722/k10010162021000.htmlでほぼ完結で特段疑問は残らないんだけど、ブコメ

http://b.hatena.ne.jp/entry/www3.nhk.or.jp/news/html/20150722/k10010162021000.htmlを見ると結構勘違いしている人が多いようなので多少フォローしてみる。

さらい・なんで人が死んだの?

電気さくではなかったからです。

法令定義されている電気さくではありませんでした。今回の事故の原因となったブツは「交流を流しっぱなしにしてある裸電線」です。

前回書いた平成21年淡路島で起きた死亡事故電気さくの事故でなく「100Vの電気が剥き身で流れている電線」の事故でした。

今回はさらにその上を行く「400Vの電気が抜き身で流れている電線」での事故です。

ツッコミその1:何アンペア電流だったのかって何か大事ことなの?

いいえ。ほとんど何も関係ありません。

前回も書いたとおり、人間感電死する場合、胸部を通過した電流が心筋を誤作動させて心臓を止める、というのが圧倒的1位です。

この時に必要電流値はというと0.1ミリアンペア程度です。理科実験で作ったレモン電池(いまでもやるのか?)程度の電気でも、体内の心臓のすぐそばに電極設置して流せば人は死にます

じゃあなんでレモン電池に触っても死なないかというと、電圧が低くて、それなりに電気抵抗の高い皮膚を突破して体の内部まで電気を流す力がない、というのが一番簡単な説明です。ですので、電流電流とうるさい人たちが批判している、電圧の方を気にした報道の方が、相当に理に適っていると言えます(最初に100Vが流れていたとか飛ばし記事書いたどこぞの新聞、オメーはアウトだ)。

市販の電気柵って4000V使ってるって聞いたけど、それは電流制御してるから安全なの?

いいえ。電気さくに触っても死なないのは電流制御とは別の方法です。というか電流値をそんな高度に制御できたら苦労はないというか次の開発機で頼みたいことあるから連絡よこしやがれ下さい。

報道でも何カ所かで説明されているとおり、市販の電気さくは

「0.9997秒ぐらい電気が流れてない時間→0.0003秒ぐらい4000Vの電気が流れる→0.9997秒ぐらい電気が流れない時間→……」

の繰り返しで動いています

前回貼った基礎資料https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1999/00268/contents/039.htm

最初に、『表4.1.2 電撃時間に対する危険接触電圧危険電流』が掲載されています

見ると分かるとおり、感電危険さは、電流値そのものだけでなく、電気が流れる時間にも大きく左右されるのが分かりますね。

市販の電気柵がショックだけで済む最大の理由は、電気がこんな短い時間しか流れてないからです。電流値とか関係ない。そりゃ4000Vだから、瞬間的には100mAとか1Aとかの、ずっと流れていたら人が死ぬぐらいの電気は流れますよ、そりゃ。普通に売ってる市販品で0.0003秒しか流れない電流値を制御するとか無理の無理無理です。

逆に言うと、今回の事故は「400Vの電気がずーっっと流しっぱなしになっていた」から起きた事故です。電流とか、さらに何一つ関係ない電力とかを気にしてるブコメ貴様の知ってる電流制御方法をよこしやがれ下さいお願いしますと言う感じです。

繰り返しますが、人が感電死ぬのは大火傷するような大電流が流れたような大事故でないかぎり、心臓近くに電気が通って心筋が誤作動してしまたからです。それを引き起こすのは大電力ではありませんし、大電流でもありません。そんな深いところまで電気を届けるだけの高電圧か、あるいは人体の電気抵抗の低下です。

今回は「400Vという高電圧」と「水場で体が濡れて電気抵抗が下がっていた」の合わせ技で起きた悲劇とみるのが普通です。

多少分かってる人向け、なんでブレーカー落ちなかったの?

今回のような感電事故では、普通ブレーカー(やヒューズ)は役に立ちません。普通ブレーカーの役目は大きく二つ、

電気の使いすぎの防止」と「短絡事故ショート)が起きたとき遮断」です。

電気の使いすぎ、というのはよくあるエアコン電子レンジを同時に入れるとブレーカーが落ちる、という奴ですね。電気電線で運ぶのですが、電線超伝導ではないので抵抗があり、電流を流すと発熱します。流れる電流が増えれば増えるだけ発熱し、最終的にはどっかで発火するか溶着するかします。

短絡もほぼ同じですね。コンセントの両極を金属(のような抵抗の低い物)で直結するととんでもない大電流が流れるので、遮断しないとさらに大変なこと(最悪、電柱の上のトランスが焼けるとか)になります

ブレーカーの動作電流は様々ですが、基本的には一般家庭向けの契約だと最小10Aなので、これだと人を何回も殺してお釣りが来ることになりますブレーカー感電事故を防ぐことは望み薄です。

感電事故を防ぐ上でもう少しアテになるのは漏電遮断器です。現状、新築の家であればホーム分電盤は大抵は漏電遮断器がついてて、30mAとか15mAの漏電が起きると止まることになっています

ですので、仮に報道の通り、100Vのコンセントに400Vに電圧上げるためのトランスが直結されていたとしても、本当なら30÷4や15÷4で7.5mAや3.75mAの漏電で作動する、はずです。このぐらいの電気ではなかなか人は死なない、はずです※。

パターンか考えられることはあります

  1. 漏電遮断器が付いてなかった:個人的には最有力候補。今でも漏電遮断器がついてない家はゴロゴロしています
  2. 漏電遮断器が付いていたが動いてなかった:個人的には次点。漏電遮断器というのは結構デリケート部品で、経年劣化します。で、劣化した場合に頻繁に誤作動する方向に行ってくれたらまだ「じゃあ取り替えようか」となるんですが、逆に「漏電してても全然作動しない方向」に劣化するのもよくある話です。
  3. 400Vに昇圧するためのトランスが絶縁トランスとして機能していた:これは「原理上は起きる」という話なんでたぶん関係ないと思ってます。一応説明すると…長いのでやっぱり止めます部分的に説明してるブログとかあるけど、本当は漏電遮断器の動作原理をきちんと説明する必要があるので長杉。

※なお漏電遮断器が本当に人命を守るための機器かというと微妙な部分もありますが、そこ書いてるとやっぱり長くなるので省きます

余談・一部ブコメにあるスライダックって何?

今回の事件にはまず関係ありません。終わり。

技術的に言うと単巻トランスの一種です。出力電圧連続的に変化させることが出来て、交流を使った実験をやるときにはとても便利です。うちにも何台かあります

で、「電圧を変えることが出来る」という文言だけ見て勘違いした人がいただけでしょう。普通スライダックは100V入力でも上限電圧はせいぜい130Vぐらいです。100V入力して400V出て来るとかそんなスライダックがあったら便利だからよこしやがれ下さい。

あの文言を見た電気屋が普通に連想するのは

「2次側(いや実は1次側かもですが)に複数の端子がついていて、どこに繋ぐかで出力電圧が変わる」というよくあるマルチタップトランスでしょう。

余談の余談ですが、スライダックというのは本当は(今話題の)東芝商品名だったんですが、現在は製造されてません。ですが、『出力電圧連続的に変化させられる摺動型単巻トランス』のことはみんながみんなスライダックと読んでて違う呼び方してる人に遭遇したことはないです。

 
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