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はてなキーワード: 少将とは

2018-05-23

anond:20180523154309

思えばエル・ファシルのアレは、見ようによってはヤン最初からリンチ少将を見殺しにするつもりで脱出計画を立ててたように感じる時点で駄目だった

2017-06-23

典型的はてな民

性別:男

年齢:40前後

学歴:2〜3流私大 or 地方公立大卒

思想中韓は嫌い。右翼も嫌い。民進党も嫌い。戦争も嫌い。自分中道だと思っている

家族独身

職業SIer下請けに勤務。 自分は周囲とは違って優秀だと思っている

趣味自己啓発ライフハック系のブログ巡り。携帯ゲームも少しするけど、あまり課金はしない

っていうのがボリュームゾーンかと思う。あなたはいくつ当てはまる??

★7 現人神、★6 元帥、 ★5 大将、 ★4 少将、 ★3 少佐、 ★2 兵長、 ★1 二等兵、 ★0 パーティガール

2017-05-19

ルジャンドルフランスウラン(Oullins)に生まれランス大学およびパリ大学に学んだ[1]。父親のJean-François Legendre-Héralは人物像を得意とした古典主義彫刻家エコール・デ・ボザールの教師[2]。24歳のときニューヨークの著名な弁護士の娘であったクララヴィクトリア・ミュロックブリュッセル結婚した。結婚後すぐに米国移住し、帰化した。

南北戦争[編集]

1861年に南北戦争が勃発すると、ルジャンドルは第51ニューヨーク志願兵歩兵連隊兵士募集に協力し、1861年10月29日に同連隊少佐に任官した。その後ノースカロライナでの戦闘従事し、1862年のロアノーク島の戦いにも参加した。しかしながら、1862年3月14日、ニューバーンの戦いで重傷を負った。

負傷にもかかわらず、ルジャンドルは軍を離れず、同年9月20日には中佐に進級。1863年には第9軍に配属され、多くの戦闘に参加した。1863年3月14日には大佐に進級。ヴァージニア荒野の戦いではユリシーズ・グラント将軍の指揮下にあったが、その最中の1864年5月6日ルジャンドルは再び重症を負った。今回は顔面を撃たれ、左目と鼻を失った。アナポリス病院入院したが、その間にも南軍最後攻撃から街を防衛するための準備を手伝った。その後ニューヨーク移送され、そこで第9軍の兵士募集を手伝った。1864年10月4日名誉除隊したが、1865年3月13日には准将名誉進級した。

中国[編集]

1866年7月13日ルジャンドル厦門米国領事に任命された。7月ニューヨークリバプールに向けて出港し、その後ヨーロッパアジア大陸旅行12月厦門に到着した。領事として、ルジャンドルは5つの条約港、すなわち厦門基隆台北、淡水および高雄責任を持った。そこでは、年季奉公人の不正取引抑制に尽力した。

1867年3月12日米国ローバー号が台湾遭難し、その乗員が台湾原住民殺害されるローバー事件(en)が発生した。ルジャンドルは福州へ赴き、台湾中国側当局問題解決圧力をけるように、福建・浙江総督を説得した。福建総督は自ら行動は起こさなかったが、ルジャンドル台湾に行く許可を与え、台湾知事が協力するように紹介状を書いた。

ルジャンドルは、遭難現場訪問のために米国船アシュロット号を雇い、台湾当局に行動させようとした(これは失敗した)。その後アメリカ合衆国海軍ヘンリーベル少将懲罰作戦実施したが、これも失敗した。さら情報を集めるため、ルジャンドルは再び台湾に出向いた(このときは、紹介状は無しであった)。

中国へ戻ったルジャンドルは、南台湾に軍隊派遣するよう福州の総督を説得し、ようやくこれに成功した。ルジャンドルは400〜500人の規模を希望したが、これよりはかなり小さな遠征隊が、1867年7月25日台湾に送られた。ルジャンドル砲艦派遣ベル提督要請したが、これは拒否された。このため、武装商船ボランティア号が雇われた。ルジャンドル9月4日台湾上陸したが、上司に対しては全くの傍観者として行動したと報告している。

ルジャンドル直ちに本来任務を開始した。南台湾の険しい山岳地帯を通りぬけ、原住民酋長と難破した欧米の船員の安全保証するための条約協議した。

1871年9月6日琉球宮古島)の船が台湾沖で遭難したが、ローバー事件と同様に、多数の船員が殺害された(宮古島島民遭難事件)[3]。1872年2月29日ルジャンドルは先に結んだ条約日本人船員にも適用するよう拡大するため、台湾に出向いた。任務は不成功に終わり、またルジャンドル北京駐在米国公使フレデリックロウ(en)とも不仲になってしまった。

日本[編集]

1872年厦門から米国へ戻る途中、ルジャンドル日本に立ち寄り、明治政府台湾問題武力解決提唱した。これは副島種臣外務卿意見とも一致しており、ルジャンドル米国領事の職を辞し、1872年12月12日外交および軍事顧問として明治政府雇用された[1]。1873年2月、副島は2年前に台湾で起きた宮古島殺害事件の処理交渉特命全権公使外務大臣として北京派遣されたが、ルジャンドルもこれに参加した。この交渉部分的には成功であったが、引き続きルジャンドル1874年台湾出兵の準備を手伝った。台湾問題に関して、ルジャンドル駐日米国公使チャールズ・デロングの支援を受けており、また個人資格でこの遠征に参加するつもりであった[4][5]。加えて、2名のアメリカ軍人が雇用された。ところが、デロングの後任の米国公使ジョン・ビンガムは、ルジャンドルを支持せず、1874年4月19日台湾出兵は一旦延期とされた。ルジャンドルらは長崎で出征準備を整えていたため、大久保利通長崎に向かった。結局遠征部隊5月18日長崎を出港したが、ルジャンドル大久保と共に東京に戻った。その後、ルジャンドル交渉のため福州に派遣されることとなったが、アメリカ総領事職場放棄の罪に問われ、短期間ではあるが上海収監されてしまったため、遠征には参加できなかった。1875年には日本政府から勲二等旭日重光章を授与されたが、これは外国人としては最初のものであった[1]。その年の末には顧問を辞任した。

ルジャンドル1890年まで日本滞在し、大隈重信個人的顧問を務めた。

韓国[編集]

1890年3月ルジャンドル日本を離れ、朝鮮王高宗顧問となった。1899年9月1日漢城(現 ソウル)で卒中により死亡するまで、その職を務めていた[6]。

2017-05-05

[] ブリガデイロ

ブリガデイロ(ポルトガル語: Brigadeiro、ポルトガル語准将(但し、ブラジル空軍では少将)を意味する。

ブラジル南部の一部地域ではネグリーニョ - negrinhoとも呼ばれることがある)はブラジルボンボン・ショコラである

  

ブリガデイロは1940年代頃に創作された菓子であり、菓子名はエドゥアルドゴメス空軍少将の頭部の形がトリュフチョコレート

連想させたことにあやかって名付けられている。ブリガデイロはブラジルポルトガルでは非常に人気のある菓子であり、

通常誕生日パーティーで供されるほか、デザートとしても一般的に食されている。

  

ブリガデイロは甘いコンデンスミルクココアパウダーを混ぜ込んで作る。混ぜ込んだ後、滑らかでいて粘りのある食感になるまで、

コンロの上においた鍋で加熱する。

加熱した後少し冷まし、バターを塗った手で球状に丸め、上部からチョコスプレーをまぶして完成させる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%AC%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%AD

2017-01-17

「(空襲から)逃げちゃダメだ!」

http://anond.hatelabo.jp/20170116162327

リンク先『婆ちゃんに戦争の話聞いてきた』で語られている「婆ちゃんの工場を襲った」空襲はおそらく、1945年8月1日深夜から2日未明にかけて行われた富山空襲のことだろう。

それ以前、7月にも市街地に対する比較的小規模な空襲は度々行われている(模擬原子爆弾、いわゆるパンプキン爆弾の投下も行われた)が、8月空襲市街地の実に99.5%を焼き尽くす大規模なもので、ブコメでも言われているように「空襲で全部なくなった」。燃え盛る炎が明々と夜空を照らしていたという証言ネットでも複数読める。

で、だ。問題

ものすごく暑かったので、多くの人は川に逃げたらしい。そんな人でごった返した川めがけて、空襲は襲った。川に逃げた人はみんな死んだ。

というくだりである。この「川」というのはおそらく、富山市街地を貫流する神通川を指す。皮肉にも、上空から夜目にも目立つ神通川と広大な河川敷のもの攻撃目標となって多くの犠牲者が出たといわれているが(富山空襲 浅田 高明|戦争記憶~寄せられた手記から~|NHK 戦争証言アーカイブス http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/kioku/31/ )、そのいっぽうでこんなことも行われていた。

神通川に掛かる連隊橋(今は富山大橋)を軍が封鎖し、逃げて来る市民に対し「戻って消火せよ!」などと馬鹿げた命令を出した

(あの戦争富山空襲」 : 勝手に言ってます http://yosirin.exblog.jp/21519632/

火たたき・バケツリレーなどによる「防火演習」がしばしば行われ、空襲の際には、避難する道路に、警防団警察憲兵などが立ち、「戻って火を消せ」、「非国民!」などと、避難を押し止めた

イントロダクション | 「富山空襲」のことを知って下さい! http://www.geocities.jp/toyamakushunokaii/introduction.html

逃げたらアカンかったわけである。何故か? これは日中戦争が始まる前に公布された「防空法」という法律に拠っている。直接的には、真珠湾攻撃の直前に行われた防空法第一改正、およびそれに基づく内務大臣通牒で、空襲時の退去の禁止罰則を伴う)と応急消火義務国民に課せられたことに由来する。この規定が、10万人の死者を出した東京大空襲のあともなお有効だったことは、まさに富山空襲でのエピソード物語っている。

富山空襲ではまず市街地の周縁部に焼夷弾を投下し、市民の逃げ道を断ったうえで存分に焼き払うという手法が用いられたが、地上でも軍や官憲によって逃げ道が断たれていたわけである。その結果が婆ちゃんの語った戦争の話、ということになろうか。

最後に、いち地方都市にこれほど大規模な空襲が行われた理由がふるっている。

「これ(=第13回の大挙出撃)は、陸軍航空部隊の第28回記念日にふさわしい祝賀であった。またカーチス・E・ルメイ少将に対するすばらしい餞別となった。同少将米国戦空軍参謀長となるため、第20航空軍司令官を辞任する前に、この攻撃を自ら計画し、かつ指揮したのであった。」 (1945年8月2日付ニューヨークタイムズ

陸軍空軍記念日である8月1日の攻撃は、持てる空力を駆使し、あらゆる努力を払うよう指示する。(米本陸軍戦略空軍司令部から、第20航空軍「現地」司令官への指示文書

富山空襲と母のこと: 壺中山紫庵 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2010/08/post-78e5.html

参考:防空法について

空襲は怖くない。逃げずに火を消せ」――戦時中の「防空法」と情報統制 / 大前治 / 弁護士 | SYNODOS -シノドス- http://synodos.jp/politics/13238

2015-10-23

http://anond.hatelabo.jp/20151023173618

これではどれが差別要件でどれが差別の結果かすら不明

10分で考えて増田に書き捨てたらしい妄想にそこまでの説明を求めるおまえが意味不明だわ。

実際にこの設定にもとづいて書かれた作品にそのあたりの説明がごっそり抜けてるなら分かるが。

設定のガバつきへの突っ込みに「想像力多寡」を持ち出したのはオマエ。

俺は純粋にお前の想像力のなさを馬鹿にしただけだよ。

大佐以上」って言っておいて大佐だと破綻するなら単に設定がアウトじゃねーか。

から地位が低い黒幕キャラなんてよくいるって言ってるだろ。おまえの主張のほうが破綻してるわ。

そんなラノベ読書暦みたいなもので誇られても笑っちゃうからやめてくれ。

確かにスターウォーズラノベみたいなもんですよねー(棒)

から、その大佐だか少将だかの謎がキモって書き方してねーだろ。

から元増田がそこが肝だと書いてる」なんて書いてねーだろ。

実際に作品を書くとしたら「なぜ暗殺でなかったのか」の説明絶対に入るし、

そこが敵の動機の中心になるのは明らかなんだから、現段階でツッコんでも仕方ないだろって言ってんの。

こういうゴミを「よくあるもの」として擁護したくなるレベルの界隈ってどこなのよ。

個人攻撃したくて必死だなw

http://anond.hatelabo.jp/20151023172206

魔法能力の有無が社会的地位資産の差に繋がっていることを説明したいんだろ。

出来てない。

>・“持つ者”(血筋・金銭・出身)

>・“持つ者”には特殊能力(魔法)がある。

これではどれが差別要件でどれが差別の結果かすら不明

こんなもんを書く奴も正当化しようと頑張る奴も要するに頭が悪い

おまえの想像力貧困だと指摘するのと、元増田想像力豊富だと主張するのとはノットイコール

設定のガバつきへの突っ込みに「想像力多寡」を持ち出したのはオマエ。

>以上と言うことは大佐でもいいはずだ。

言い訳になってねーぞ。

大佐以上」って言っておいて大佐だと破綻するなら単に設定がアウトじゃねーか。

何を開き直ってるんだバカ

実は皇帝操り人形で側近が真の黒幕とか、巨大組織を利用して力を得た敵とか、そういう物語類型を知らねえの?

から経験値が足りないって言われるんだよ。

そんなラノベ読書暦みたいなもので誇られても笑っちゃうからやめてくれ。

肩書き大佐だけど実質的独裁者っていうならいいんだよ。

からカダフィ大佐なのかって最初に聞いてんだろう。

けどそういう設定も何もない。ただ「ぐんのえらいひと」というだけのイメージ

ただのバカじゃんこれ。

そりゃ10分で考えたとかいう話でそこまで考えてるわけないだろ。

肝心のとこでそうやって逃げを打つぐらいなら最初から逃げてろよ。

だが実際に書くとしたらそこが肝になるのは自明であって、そんなところにツッコミ入れても仕方ないってんだよ。

から、その大佐だか少将だかの謎がキモって書き方してねーだろ。

主人公自己中性が書きたいってはっきりいってんじゃん。

大佐の設定がおかしいのは「何か最大のウエイトの設定を秘めてるから」じゃなくて

ラノベなりのリアリティすら構築出来ないって言うだけだろ。


で、質問を繰り返すけど

こういうゴミを「よくあるもの」として擁護したくなるレベルの界隈ってどこなのよ。

君が普段入り浸ってるコミュニティとかクラスタを知りたい。

http://anond.hatelabo.jp/20151023150352

血筋によって魔法を使えるかどうかが決まるとか鉄板設定だろ。そこは一体化してるんだよ。

ここも同じく、魔法を使えるから特権階級側とみなせるのだろう。

なら「魔法使い血筋」で説明終了じゃん。

>・“持つ者”(血筋・金銭・出身)

>・“持つ者”には特殊能力(魔法)がある。

っていうダラダラした余分の多い説明なんやねん。

ごく少数の貴族階級みたいなのを思い浮かべてるのか? イメージ貧困すぎ。

ガバガバ設定のクソをひりだすのは「イメージ豊か」といわない。

(大佐)じゃなく(大佐以上)だろ。

以上と言うことは大佐でもいいはずだ。

大佐であった時にこの設定はおかしい。別に少将でも中将でもおかしいけど。

それに、世界を左右する力を持ちつつ、それを隠して低い地位に留まる、というのもよくある設定。

そういうのをイメージしているんじゃないのか。

真面目に聞きたいが、そんなんが「よくある」界隈ってのはどこだ?

お前の生息域なんだろうけどどこかおしえてくれ。

昨今高い悪名を聞く「なろう」ってやつか?

「どうして暗殺するだけではダメだったのか?」というところが肝になるんだろ。

どーみてもそこに重要アイデアがある書き振りではないんだが。

元増田大佐の異常さに全然気付いてなくて、あくま主人公に夢中だ。

単に「都合いい舞台設定をそれなりに破綻なく設置すること」も出来ないってだけ。

2014-12-03

http://anond.hatelabo.jp/20141203104329

リオ・マリーニ軍曹ア・バオア・クーっていう従来の戦線からは離れていた後方の整備士だった、って事実無視してないか?

ジオングは敵基地とかに単騎で突撃させる用途で使うもんだよ。だから脚なんて無くてもいいんだよ!」って戦線が後退してもなお考えていたんだろうよ。

実際はジオングにも防衛部隊に加わってもらわなければいけない程に戦況は悪化していた。だからこそジオングにAMBACシステム必要と、キシリア・ザビ少将は考えていたわけだ。

そのことに気づけなかった、上官と部下との間での認識齟齬。それがあのセリフ「あんなものは飾りです」なんだよ。

ちゃんと練られてるよ、脚本とか。

2014-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20140423222223

開発でも、建造でも、欲しい物が出ないと、ストレスになるんだよ。

大型建造ともなれば、ほんとに大変だ。

俺のところには、大鳳大和ビスマルクいない。

いずれは手に入るんじゃないかなって感じで、たまーに大型建造してる感じなので、追い詰められない。

遠征も、効率とかあんまり考えずに、テキトーだし、キラ付けとかも、滅多にやらない。

まぁ、だから大佐まりで、滅多に少将にとかにならないのだけど。

ともかく艦これに限らず、ほかの趣味や好きなものでも、根を詰め過ぎると、精神的重荷にしかならないので、注意してくださいな。

2014-04-09

オブジェクト指向 v.s. 関数型プログラミング

近年、関数型プログラミング重要はいろんなところで叫ばれています

Javaの最新バージョン関数型プログラミングに関する新機能が加わりました。

Rubyも昨今、関数型プログラミングへのサポートが手厚くなってきています

プログラミング教科書大手オライリーからJavascript関数型プログラミングを行うための解説書が発行されました。

関数型プログラミングへの注目度は高まってきています

おそらく、みなさんは既にオブジェクト指向が何か、を知っています

でも関数型プログラミングとは何か、胸を張って語れる人は、周りに見当たらないかと思います

実際、オブジェクト指向によってプログラミングする方法は、わかりやすい解説があちこちにある一方で、

関数型プログラミングとは何か、何が良いのか、ということについての、よいまとめは見つけることはできませんでした。

この記事を読む方の中で、「関数型プログラミングを取り入れるか・取り入れないか」で切実に悩んでいる人は、おそらくいないでしょう。

この記事はあまりかいところに立ち入りません。関数型プログラミングを使う側の立場に立って、利点や向き・不向き、それが導くスタイルを書きました。

みなさんは鳥のように飛んで、高い空から関数型プログラミングとは何か、何が良いのか、を見渡してください。

ふたつのアプローチ比較

オブジェクト指向アプローチは、名前をつけてプログラムを整理する

関数型プログラミングアプローチは、汎用部品でなんとかする

オブジェクト指向アプローチ

Googleが近年リリースした言語、Goには、”継承”を直接サポートする仕組みが無いことが話題になりました。

また、Mac OSXの基幹ライブラリCore Foundationは、ライブラリ自体C言語で書かれているにもかかわらず、その設計方針は明確にオブジェクト指向です。

継承クラスは、オブジェクト指向必須条件ではありません。

オブジェクト指向本質とは、何でしょうか。

その本質とは"名前をつけて対象を識別し、それを扱うこと"、にあります

最もプリミティブなオブジェクト指向対象は、ファイルハンドラです。あるファイルを開いて、読み込んで、あるいは書き込んで、ファイルを閉じる。

これらの処理をまとめたら、わかりやすいですよね?

対象に関する処理を、対象の周りにまとめる。これがオブジェクト指向の基礎的な理念です。

識別することとイコール比較できることは、とても良く似ています

イコールによる比較は、オブジェクト指向では鬼門であることが知られています

PointクラスインスタンスとColoredPointクラスイコール演算をどう決めればいいかに、正解はありません(詳しくは"effective java"をご参照ください)。

また名前をつけて識別する対象は、フワフワしていてはいけません。

たとえば、"軍人階級"をオブジェクトにしたとしましょう。"大佐"クラスのある兵士名前フィールドや、性別フィールドを持っているでしょう。

ところで彼が昇格したときに何が起こるでしょうか。

新たに"少将"クラスインスタンスが作られます。"大佐"クラスを破棄する前に、名前性別、その他沢山のデータを引き継がなくてはいけません。フィールドを増やしたい場合はその都度コード修正を加える必要があります(*)。

なるべくイコール比較を避けたい。対象不安定なものはいけない。では何に名前をつけて、識別するか。そこにオブジェクト指向技術者の熟練度が現れるのです。

関数型プログラミングアプローチ

一方、関数型プログラミングでは、特定の何かに名前をつけるより、極力、汎用部品でなんとかしようとしま

さな関数を、集めて撚り合わせて、新しい関数を作る。

関数自体リストなどのデータ構造に詰めることもよく行われます

実は、関数型プログラミングというのは本質を表していません。

その真の名は、"値指向プログラミング"です。

関数をはじめとして、リスト・ツリーのようなコンテナ手続きを抽象化したもの、回路を抽象化したもの

あらゆる対象を値として、合成し、ときに分解し、新しい値を作ります

変数という概念必要ありません。

変数適用する処理を作りあげることが、とても簡単だからです。

四則演算定義されたデータを詰めたデータ構造もまた、四則演算可能だったり。

値をイコール比較することも、なんのそのです。

誤解を恐れずに言うと、オブジェクト指向トップダウンなのに対し、関数型プログラミングボトムアップです。

関数型プログラミングの利点

読みやすい・理解やす

関数型プログラミングサポートする言語には、沢山の汎用部品定義されています

このような構造インターフェイスとして、様々なライブラリが組まれているので、

たとえばモナドを知っていれば、30分程度でパーサー(解析機)を理解することができて、

パーサーを理解できれば、JSONパーサー・ XMLパーサー・markdownパーサー・C++パーサー ... などを理解するのはとても容易です。

理解やすいこと。これが関数型プログラミングの大きな利点です。

追記:

また、汎用部品と型のお陰で、ライブラリドキュメントが圧倒的にひきやすい、というメリットも有ります

Haskellな人がPythonにトライした結果 - Togetterまとめ

書きやす

関数型プログラミングは「厳密な事前設計必要とするため、簡単なことをやるのにも時間が掛かる」。

よく誤解されていますが、これはウソです。

スクラッチプログラムするのは、非常に手軽です。

>> map (*2) [1,2,3]
[2,4,6]

邪魔な”儀式”や、"おまじない"のコードが徹底的に撤廃されているためです。

関数型プログラミングコードは、潔癖かつ濃密です。

たとえばC言語でint hoge(int x,int y)が定義されているときhoge(3)はなんの意味も持ちませんが(コンパイルコケますが)、関数型プログラミングでは意味があり、実際に有用です。

上の例では、「掛け算をする」(*)関数は、二引数関数ですが、それに引数を渡して作られた「2を掛ける」関数(*2)は、一引数関数になります

関数型プログラミングでは、「簡単なことは簡単にでき、複雑なことは複雑にできる。ただし、間違ったことは殆どできないか、全くできない」。

多くのバグは、コンパイルエラーとして検出されます

また、静的型付けの力によって、コード補完は非常に強力になっていますインテリセンスの比ではないです。

たとえば、関数中のある表記の型を任意に表示できます(GHC/TypedHoles - HaskellWiki)。

やがてやってくる未来には、プログラムテキストエディタで書くことは時代遅れになっているでしょう。

統合環境サポートで、バグミスの少ない、スムーズプログラミングができます

そしてその環境で動くプログラミング言語は、関数型プログラミングサポートした言語なのです。

いつ関数型プログラミング

以下の様な兆候を感じたら、あなたはそのプログラム関数型プログラミングで書くべきです。

一般に、オブジェクト同士の相互作用が複雑になるほど、オブジェクト指向では手に負えなくなっていきます

そういうときは、オブジェクトを直接扱わず、替わりにその"相互作用"を扱うことで、複雑さを軽減するアプローチ有効です。

それこそが関数型プログラミングアプローチです。

オブジェクト指向の利点

初心者にとっては読みやすい・理解やす

特にオブジェクト指向有効なのはプログラミング初心者がそのコードをいじるかもしれないときです。

関数型プログラミングは、強固さと柔軟さの代償として、高い学習コストを伴います

そのため、初学者にとってはハードルが高いのです。

扱う対象があまり複雑でない時は、書きやす

オブジェクト間の相互作用が複雑でなく、着目している(名前をつけている)概念が安定しているとき

そして、プログラムをいじる人たちの間で共通理解が図れているならば、オブジェクト指向が有利です。

関数型プログラミングの得意分野はなにか

数値計算

遅延評価という機能によって、レガシー言語で扱えなかった、巨大な数を扱うことができます

分数を扱うことができます虚数もです。

関数型プログラミングで書かれたプログラムは、正確さが要求される、金融関連の業界で使われています

テキスト処理

手続きとしてパーサーを記述できるので、テキスト処理プログラムはより理解やすく、メンテナンスやすものになります

関数型プログラミングを知らない人は、「正規表現おk」と言いますが、

彼の書いた複雑な正規表現は、半年後には(書いた本人でさえ)理解できなくなっていることでしょう。

並行処理

手続き一般を扱うことができるので、途中で割り込みのある手続きの表現も容易です。

関数型プログラミングサポートしていない言語ではコルーチン(ファイバー)などをつかってなんとかするしかありません。

さもなくば、非並行処理では普通に関数として記述できるところを、並行処理のために、Builder,Strategy,Command,Interpreterパターンを駆使して書き直すことになります

Javascript使いの方は、Deferredなどの構造を使うでしょう(http://qiita.com/KDKTN/items/4c6986049d204f0645d8)。

C++使いの方はBoostで頑張りましょう。破滅的に解りにくいコンパイルエラーメッセージと格闘してください。

レシピ

もう少し簡単な例をあげます

あなたは、あるレシピにしたがって、自動的料理を行うマシン制御プログラムを書いているとしましょう。

料理レシピは、"手続き"ですよね?たとえば、カレー

1. まず玉ねぎを炒める。

2. 飴色になったら、肉を加えて炒める。

3. 野菜を加える。

4. 水を加えて煮る。

5. スパイスを加える。

しかあなたはこの手続きを関数として表現できるでしょうか。

…できませんよね?何故ならば、各ステップの"間に"、マシンのロボアームの位置や動きを調整する処理が必要からです。

これをオブジェクト指向でやろうとすると、各ステップ副作用として、それらの処理を行うことになります

そうすると、マシンが二機に増えた時などの変更量は、絶望的なものになります

あるいは関数として表現するのを諦め、手順全体をDSL記述できるようにします。

このアプローチ関数型プログラミング的です。しか関数型プログラミングサポートした言語の助けなしでは、そのDSL記述するために沢山のユーティリティコードを書かなくてはならないでしょう。

オブジェクト指向アプローチでこの問題をエレガントに解こうとすると、クラス化の粒度を上げる事になります

野菜クラスフライパンクラス、ボイルクラスフライクラス、焼き加減クラス、アームクラス野菜の大きさクラス、切り方クラス、焼き方クラス、"焦げたよ"クラスetc...

こうすると早晩レシピプログラムコードから消え去ることになります。上記のたった5行は、依存性注入のオブジェクトグラフを構築するコードに取って代わることになります。そこには沢山の挙動制御オプションとして付記されているのです。

カレーなど、ある種のレシピ限定することで、見た目の理解やすさを得ることができますが、一方それは表現力を損なうことを意味します。

C言語などではマクロを使うこともできますが、それは結局、関数型プログラミングアプローチ意味するところと同じになります。すなわち、補助のために沢山のコードを書くことになるでしょう。

GUI

iOSのAppstoreアプリは、"無料"と書かれたボタンを押すと、それが"インストール"ボタンに変わり、それをもう一度押すと、ダウンロードの進捗を表すインジケータに変わり、それを押すとダウンロードキャンセルできます

このように、位置は同じなのに、ステートに依って見た目と機能が変わるボタンは複雑です。

これをオブジェクト指向で実現しようとすると、

1. 三つの異なるボタンを同じ位置に置くか

2. 同じボタンが三つの異なる機能を持つか

という下らない問題にぶつかります

一方関数型では、"機能"、"見た目"、"状態"、を独立に扱って、それらを合成してボタンを作るので、迷うことはありません。

「同じ位置にあるUIオブジェクトは、コード上で(インスタンスとして)独立して、他から干渉を受けない」

この条件が満たされているうちは、オブジェクト指向GUIを実現することに無理はありません。

しかし、携帯端末のような小さい画面で、多くの機能を達成するためには、UI要素はコンテキスト依存的に複雑になりがちです。

近年、PCのディスプレイの大きさは、頭打ちになってきました。

画素数は増えているのですが、MacにおけるRetinaのように、複数ピクセルひとつドットを表すようになってきています

これは、ひとつの画面に置かれるボタンなどのUI要素の数は、これから先の未来で増えることはない、ということを意味します。

したがって、未来GUIプログラミングは、注意深く機能ピックアップして制限するというデザイナー努力を脇におけば、

関数型プログラミングの力を頼るしか無いでしょう。

はじめよう、関数型プログラミング

まり

Haskell さいこうなのおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! おしっこ漏れちゃうのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお(゜∀。)ワヒャヒャヒャヒャヒャヒャ

1. google:すごいHaskellたのしく学ぼう を注文する。

2. Download Haskell自分のPCに導入する。

3. コンソールghciと入力して、対話コンソールを立ち上げる。

4. 次の関数コンソールに打ち込んで、結果を見る。即値で書かれているところとかをいろいろ変更してみて、感動する。

take 4 $ map (*2) [1..]

5. ステップ1で買った教科書を読んで、学ぶ。


追記:

いかがでしたか

ちまたには、関数型プログラミングの利点は変数が無いことだ、とか、より安全から、とか、より速いから、などという妄言が満ち溢れています

オブジェクト指向関数型プログラミングは、水と油ではありません。プログラマ自分プログラムに最適なアプローチを選ぶことができます

一般にはあまり知られていないことですが、Haskellにもオブジェクト指向へのサポートがあるんです(Lensライブラリ、これを使用したサードパーティライブラリ最近増えてきています)。

この記事を読んだオブジェクト指向プログラマあなたが、少しでも関数型プログラミングに(そしてHaskell)興味を持ってくださって、ホームセンター大人用オシメのコーナーが大賑わいになれば幸いです。。

2013-08-11

艦これこんごうモザイク(ニコ動の)→きんいろモザイクに嵌る→のタイトルに反応する中学生ボウイ想像云々というツイートを流れで見つけて、

何となくモヤモヤ中。きんいろモザイクという言葉だけで予約したビデオを思い浮かべて一晩寝つけずにいた、

そして母より先に回収しなければいけなかったミッションへの緊張感を返せと今更ながら思う。

艦これで中破した女の子悲鳴と絵を見ても初見から何も反応しない...

浜辺のビーチでキャッキャ言ってる女の子らの一人がラッキースケベを起こしたら、

ポロリもするほど元気があっていいですねーと紳士と言う名の変態眼差しで穏やかに見つめてるような、

そんな気持ちのデジャヴをずっと繰り返してる。

ぎらついた目で百分の一秒を脳裏に焼き付けるのではなく、

あくまでも夏の風景の一つとして流れを留めてみられるような。

デートした後、流れでそうなっても、揺れるおっぱいから

補助席でシートベルトを掛けた昼間の服装と交わした会話を思い出して脈絡なく笑えるような。

この余裕は私が今まで築き上げて来たエロスがもたらしたものだ。それがひどく悲しい。

少将まりのまま変わらない提督の肩書きのように、めったなエロに素直な反応ができない。

夜戦を交えることを念じればまだまだ現役のはずだが、普段はまったりエロスだ。

百を超える女の子を脱がしておいて、

画面を二やついた顔を必死に押さえながら閉じたくなることも

後ろを振り返ってしまうこともなく、

エルゴノミクス椅子に踏ん反り返って、淡々マウスを動かしていく。

ブヒブヒ鳴くことも腰を動かすこともなく、黄昏波止場をかけてゆく姉妹ぼんやり眺めてる感じ。

気づかぬうちに、エロスへの閾値は随分上がってしまった。

艦これってエロい、心の底からそう思いたいが、今の私には言えぬ。

艦これって癒されるよね。それでいい。

ああ、でも一人くらいは毒牙にかけたいんだけどなぁ。

2013-04-07

妄想した上でさら差別が酷い

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20130406/1365233301

スマラン慰安所事件が例外的な事件でないことは、関係した将兵がほとんど処罰されていないことからも容易に推定できます

まり、もし日本軍の規律が厳正であったのならば、スマラン事件日本軍にとって看過できない大スキャンダルであり陸軍刑法に照らして軍法会議で厳罰に処したはずです。能崎清次少将の処置もどんなに軽くても予備役にされる程度にはなっていたでしょう。

しかし、陸軍中央日本軍による組織的な強制連行・強制売春が明るみに出た慰安所を閉鎖するだけで、関係者を厳罰に処することはありませんでした。このことはスマラン事件氷山の一角に過ぎなかったことを暗示する事実と言えます

こいつらの論調はいつもこう。

スマラン事件日本軍全体が酷い体質に違いない → だから(証拠はないけど)日本軍韓国人慰安婦にも(売春ではなく性奴隷として)酷いことをしたはず

個別の案件の印象で全体を語るのを差別という。

韓国人凶悪犯罪者がひとり居たら全員が凶悪だ」って差別するのと言ってることは同じなんだが、そんな差別が横行してもいいのかね?この手の連中って日本に対する差別には本当に無頓着だよな。慰安婦への補償をむしりとるため、日本人を貶めるためには差別偏見は厭わないという。結論ありきで理論武装しようとするからこういう歪が出てしまうのだろう。

差別偏見を産むだけなので、そろそろ妄想で話を進めるのはやめにしてくれないか

2012-03-30

派遣から正社員する法律なんか、つくんな

派遣から正社員になったって、どうせ元派遣かいう目でみられるんだろ。

んでもって、その正社員は、フツーの正社員とは違うルートがあって、出世もしないし、下手したら退職金もでねーだろ。

だいたい、元派遣正社員が、もともと正社員と同じルート出世したりするのも、なんか正社員にわりーし。

だったら、派遣の最低時給を2000円とか、2500円とかにしてくれ。

出世もいらんし、退職金もいらん。

今がひとまず、安定すれば、多少将来も、絵にかけるってもんだ。

そうすれば、正社員やーめた・・・って人も出てくるだろうし。

高い、雇いたくないという企業には、罰金だな。

正社員の何パーセントとかは、派遣を雇わなきゃダメですよ法案でも作れよ。

まぁ、こんなとこで、こんなこと言って、出来た試しはないわな。

派遣で雇われているオッサンのひとりごと

2012-03-10

南京事件初心者の疑問

これみた。

たかじんのそこまで言って委員会」の南京事件検証動画が秀逸すぎる。 | ねとうよ速報

http://netosoku.net/blog/others/takajin_nankin_kensyou/

南京事件否認論の恐怖。 - Something Orange

http://d.hatena.ne.jp/kaien/20120308/p1

捏造写真や被害誇張が多すぎるとか、中国が国をまとめるためのプロパガンダとか、でも戦争なんだから規模はともかくやってるに違いないだろとか、外国人が書いた一次証拠もあるだろとか、これを全部正しいとしても関東軍虐殺動機がよくわからない。たとえ数万人でも虐殺は軍の指示がなければ無理だ。関東軍は何か深い民族的恨みでもあったのか?

南京事件 (1937年) - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E4%BA%8B%E4%BB%B6_(1937%E5%B9%B4)

南京事件なんきんじけん)は、日中戦争支那事変)初期の1937年昭和12年)に日本軍中華民国首都南京市を占領した際(南京攻略戦)、約6週間から2ヶ月にわたって中国軍投降した便衣兵、一般市民などを殺した事件。



でも、この前に満州事変とかで国作ってるんだよね?

満州国 - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E6%B4%B2%E5%9B%BD

1932年から1945年の間、満州現在中国東北部)に存在した国家

満洲国は建国にあたって自らを満州民族漢民族モンゴル民族からなる「満洲人、満人」による民族自決の原則に基づく国民国家であるとし、建国理念として日本人漢人朝鮮人満洲人・蒙古人による「五族協和」を掲げた。




とすると、傀儡政権日本人優位とはい中国人(満州族)とも一緒に暮らしてたわけだ。その後国を運営しながら5年かけて南京まで領土を拡大。ならなおさら軍命令で虐殺する意味わからん南京の人とも一緒に暮らすだろうし国民国家労働力ではないのか?

と思ったら、詳しい解説サイトがあった。

南京事件 初歩の初歩

http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/shoho.html

まずよく誤解されるのですが、南京事件」というのは、例えば数万人なり数十万人なりを一箇所に集めて、まとめて機関銃なり銃剣なりで殺した、という事件ではありません。基本的には、数多くの中小規模の「事件」の集積です。

 また、民間人巻き込まれの責任便衣兵戦術をとった中国側にある」との暴論も見かけます。そもそも南京では「便衣兵戦術」の存在は確認されていないのですが、例え南京戦以前の上海戦での「便衣兵」を問題にするとしても、日本軍責任は免れません。日本軍は「民間人混入」のリスクは十分に承知していたはずです。殺害しなければならない切迫した事情もなかったのですから、そのまま生かして「捕虜」としておけばよかっただけの話でしょう。

秦 南京事件場合日本軍にもちゃんと法務官がいたのに、裁判をやらないで、捕虜を大量処刑したのがいけないんです。捕虜のなかに便衣隊、つまり平服のゲリラがいたといいますが、どれが便衣隊かという判定をきちんとやっていません。これが日本側の最大のウィークポイントなんです。

秦 捕虜資格あるかないかはこの際関係ありません。その人間が、銃殺するに値するかどうかを調べもせず、面倒臭いから区別せずにやってしまったのが問題なんです。

秦 捕虜としての権利がないか裁判抜きで殺していいということにはならない。自然法に照らしても不法でしょう。古代の暴君ならともかく、こいつは悪い奴だから、その場で処刑していいというのは、文明国がやることではない。捕虜の扱いはお互い様ですから、それなりに尊重し、労働をさせれば一定給与を与え、自国の兵士と同程度の食料を与えるのは交戦国の義務でした。


中村粲

武器を棄てて我軍の権内に入つた段階では捕虜なのであり、秩序や安全を脅かすことのない限り捕虜として遇すべきもので、重大な理由なく処断するのは戦時国際法違反になるであらう。

 軍司令官には無断で万余の捕虜銃剣刺殺された。それを「便衣の兵は交戦法規違反である」と強弁してはならず、率直に(それは)戦時国際法違反であり、何より武士道に悖る行為であったことを認めねばならぬ。

原剛氏

しかし、本来、捕虜ならば軍法会議で、捕虜でないとするならば軍律会議で処置を決定すべきものであって、第一線の部隊が勝手に判断して処断すべきものではない。

松本健一

捕虜でないからという理由で捕まえた敵国兵士戦場裁判にもかけずに勝手に処刑することは国際法からも容認されていないはずです。

北村稔氏

筆者の見るところ、「ハーグ陸戦法規」の条文とこの条文運用に関する当時の法解釈に基づく限り、日本軍による手続きなしの大量処刑を正当化する十分な論理は構成しがたいと思われる。


私見ですが、「安全区掃討」の是非は、「国際法」のややこしい議論に突入するまでもなく、「常識」で考えればいいことだと思いますもう戦闘は終了しているのに、戦闘意欲を失った元兵士を片っ端から引っ張り出し、そのまま何キロも歩かせてまとめて殺害する。しかもその中には誤認連行された民間人も大量に存在している。虐殺」だと感じれば、普通感覚でしょう。



南京事件 初歩の初歩、了解。

ひとつ思いついたけど、この国際法を守る「普通」の感覚があれば、中国軍世界を支配できる簡単な方法がある。10億人中の数十万人を各戦場投降させたらいい。そしたら敵軍はその「捕虜」を戦時中に食べさせて管理して働かせても、食料を作る時間的な差で補給がままならなくなり、暴動が起こらないような高度な管理にも相当な軍人を割かなければいけない。その間に本隊で攻撃をすれば勝てる。相手が国際法を守るなら。

当時の中国ちょっと普通」じゃないのは、ケタ違いの人口を誇るのに日本と比べて近代的な武器を持ってないこと。

満州事変 - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E5%A4%89

戦力

国民革命軍160000

大日本帝国陸軍30000 - 66000

16万の軍隊が、3万から6万6千の関東軍に負ける。ランチェスター戦略ではまずありえない。

捕虜」の感覚も「普通」だと人数の少ない軍隊が負けて、戦いに生き残った少数が「捕虜」になるという感覚なんだが中国相手だと

南京事件 初歩の初歩

http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/shoho.html

 「南京事件」中、最大規模の「捕虜殺害事件」として知られている事件です。

 十三師団山田支隊は、南京城北部を進軍中、大量の投降兵に遭遇しました。その数は、当時の公式発表に従えば一万四千人余りと伝えられます。この捕虜はいったん幕府山周辺の建物に収容された後、12月16日から17日にかけてほとんどが殺害されてしまいました。

12月13日、日本軍南京占領しました。逃げ場を失った中国軍兵士は、大挙として軍服を脱ぎ捨て、難民避難していた安全区に逃げ込みました。

 14日から16日にかけて、日本軍は、避難民の中から兵士とおぼしき人物を選別し、そのまま揚子江岸などに連行して殺害しました。歩兵第七連隊戦闘詳報によれば、その数は七千人弱、と伝えられます。その選別方法はアバウトなもので、その中には大量の民間人が混入していたものと見られます

 さらに17日の入城式後も、「安全区掃討」は続きます佐々木到一少将によれば、1月5日までに、さらに二千名が摘出されました。



結果、数万人虐殺してるんじゃないかという予測ですが、普通感覚なら戦時中はいえやはり全員ちゃんと食わせて、ひとりひとり裁判にかけて、きちんとした管理の中、この数万人を戦争が終わる8年間(1945)まで捕虜として扱うべきだったのでしょう。虐殺するほど軍人最低限のモラルもなくなるでしょうし。

たかじん動画でありますが、台湾攻撃した時は虐殺なんかしてない。満州事変ときも、満州族とその地域を一度に支配したのでその必要がなさそう。南京陥落のとき戦闘継続中の「中国軍」だったので一気に中国を支配できなければ投降は「捕虜」にするかその数万人を扱う余力がなければ虐殺するしかないということでしょうか? 日本軍には「投降」という概念がなさそうで、なおさら大量の捕虜を信用出来そうにもないという文化の違いもありそうですが。


南京事件の初歩の初歩までの理解ですが、右の言う捏造写真や被害誇張が多すぎるとか、中国が国をまとめるためのプロパガンダとか、動機がないとか、虐殺する弾薬や労力が無駄とか、左の言う、でも戦争なんだから規模はともかく心壊れてどこかでやってるに違いないだろとか、外国人が書いた一次証拠もたくさんあるだろとか、これは結局、関東軍が対人口比の極端に多い中国に勝ち進んだという「普通」じゃない状況が大量の「捕虜」を扱いきれず一般人も巻き込んで虐殺したことで、「普通」の時代の人から批判されまくってるという解釈で初歩の初歩はOKですかね?


あの当時、数十人の管理人でも数万人の「捕虜」が暴動起こさないような設備システムを作って、人権も守りながら低コストで、食料もすぐに自給自足管理させ、ひとりひとり裁判もできたら良かったんでしょうけどね。

2008-03-22

今週の短歌

鶯のなけどもいまだふる雪に杉の葉白き逢坂の山 (新古今集 後鳥羽上皇

春の苑くれなゐにほふ桃の花した照る道にいで立つ娘子 (万葉集 大伴家持

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして (古今集 在原業平

石ばしる垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも (万葉集 志貴皇子

吉野山去年のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねむ (新古今集 西行法師)

桜花命一杯咲くからに命をかけて我が眺めたり (岡本かの子

見渡せば柳桜をこき混ぜて都ぞ春の錦なりける (新古今集 素性法師

移りゆくはじめも果てもしら雲のあやしきものは心なりけり (大田垣蓮月)

なにごとを春のかたみに思はまし今日白河花見ざりせば (後拾遺和歌集 伊賀少将

山吹の咲きたる野辺のつぼすみれこの春の雨に盛りなりけり (万葉集  高田女王

風に散る花の行方は知らねども惜しむ心は身にとまりけり (西行

ちりぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ (細川ガラシャ

八雲立つ出雲八重垣妻籠に八重垣作るその八重垣を (古事記 スサノオノミコト)

数ならぬ心に身をば任せねど身に従うは心なりけり (紫式部

人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける (紀貫之

もの思へば沢の螢もわが身よりあくがれ出づる玉かとぞ見る (和泉式部

2007-06-18

http://anond.hatelabo.jp/20070618003529

そういうのは充分怖いんだけど、一応向こうもコミュニケーション

取ろうとしてるというか、好意を伝えようとしてるので、それを持って

まだ意思疎通の余地があるのだから、余裕をもって対応せよと言ってるのかな。

深草少将的であるとも言えるけど、おまえらのしつこい行動や言動を

どうしてこちらが何とかするよう求められなきゃなんないんだよ、とも思う。

何年も無言電話を繰り返したり(たまに留守電メッセージも)、

家の前に車を長時間停車させてじっと見上げてたり、

歩いている後ろに車をぴったりつけてゆっくり付いてきたり、

マンションエレベーターに一緒に乗り込んできたり

(何も話しかけず、私が目的階に着くとそのまま一階に降りていく)

こういう意図がわからなくて、

すでにコミュニケーションみたいなものが断絶してしまっている、

または意志の疎通が出来なさそうな人間に対しては一体どうしたらいいんだ。

 
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