「萌えおこし」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 萌えおこしとは

2020-11-11

anond:20201111081304

横だが、昔から水準は高かったし(エロゲブームの頃も萌えエロゲが大量に作られたけど、そのうちヒットしたものはごく僅かだったしな)

萌えおこし系も殆どは大してヒットしてないし

から若者萌えキャラが人気」と言うお年寄りの誤解も取れて廃れたんだと思うが

2020-11-10

ところで

「お年寄り若者萌えキャラが人気であると考えて萌えおこし企画すること」

「実際に若者萌えキャラが人気であること」

混同してる勢力はなんなの?

例えば「情報商材を売ろうとするブログ」が沢山あることは「情報商材が人々に人気であること」を意味しないが?

2020-11-06

anond:20201106110129

フェミが燃やしにきても地元で親しまれてたらそんなに燃えないよ。

京都だと、叡山電車は年中きららコラボして萌え絵ラッピング電車が走ってるし、京阪京アニ関係コラボが多いけど特に騒ぎにならない。

内心苦々しく思ってるフェミもいるんだとは思うけど、それを友達の女に言うと「へぇ、XXちゃん権利意識が高くてすごいなー、尊敬するわー」(標準語に訳すと「そんなんいちいち気にしてるの神経質すぎでしょ」)みたいな反応になると思う。

もっと萌えおこし的な僻地ご当地キャラは、どっちかというとフェミより地元年寄りに嫌われないかどうかがポイントなんだよね。おばあちゃんが「へえ、かわいい女の子の絵だね」って受け入れれば問題ない。年寄から見て目のやり場にこまるような絵柄で、なおかつ厄介オタクが押し寄せると嫌われる。

2020-11-05

anond:20201105200844

フェミの人はもともと女子高生ってだけでNGとか萌え絵だけでNGとか言う活動をずっとやってきてるから今回もその一環だね。

けど、そういうのの多くは「一部の神経質な人の意見」という扱いだよね。

たとえば、京都市地下鉄乗って「女子高生!こんなところに性搾取!」みたいに言ってる人いたけど、別にそうだそうだって乗っかる人もいなかった。地元地下鉄ユーザーには普通に認知されていたから。

一方、同じ地下鉄キャラ駅乃みちか炎上したけど、あれも最初から萌え絵だったら「そういうのもいるね」って感じだったんじゃないかと思う。

しかし、地下鉄使って通勤してる女から見ると、あの人形沿線の素敵スポットを教えてくれる子で、好印象で認知されてるとこにいきなり困り顔もじもじ萌え絵になった+スケスカート表現だったのが延焼の原因だと思う。要は「解釈違い」。

ラブライブみかん。あれも嘆いているラブライバー女が多かった。かわいい立ち絵もいっぱいあるのに、なんでよりによってあれを使うのか。農協キャンペーンスクールアイドルが駆り出されたという体なら日頃は短いスカートも少し伸ばして出るだろ。なんなら農協ジャンパーとか販促用のハッピとか着るだろ……

「まんさん」とか「女さん」ぐらい雑な認知しかできないと理解は難しいかもだけど、炎上しない多くのコラボ案件では、制作側がすごい考えて計算してやってるんだよ。各地の萌えおこしはわりと成功してる事例おおいし、全部がダメというわけではない。一部フェミはそういうもの萌え絵ってだけで怒って悪目立ちしてるけど。

2020-11-02

anond:20201102124245

F1層無視、つまり男性向けに大ヒットというとエロを売るしかいからな

大学課題としては出せんよな

観光地側も大々的に宣伝せず裏でコソコソ売るもんだし

大々的に出来るのはエロフィルターかけた萌えおこし程度だけどそれも時代遅れ

2020-07-01

anond:20200701191004

昔はゲーム業界に居場所のあったアニメ絵を描いてた人たちが居場所を失って萌えおこしかに活路を見出しているというような背景はありそう。

2020-02-17

個人的に、あの手の萌えおこし自体がもう時代遅れ感あって痛々しい

地方観光地で、全然人気なさそうでグッズなんかも売られてなくて絵柄も微妙に古くなってて

でも新しいの作る金もいからそのまま使ってます感あるの見かけたりすると…

あいうのって、あのまま何十年も放置されるんだろうな

ゆるキャラも古臭くてダサいのあるけど、ゆるキャラより元々流行り廃りが激しい分余計に劣化が早い

2019-10-18

anond:20191018131310

萌え絵公共の場に出すの許さなマンって何でどいつもこいつも萌え絵についての理解ガバガバなの?

そして、そのディフォルメの目的は明らかに身体を魅力的に描くことであり、さらには、それを見る人の目を楽しませ、性的な興奮を呼び起こさせることである

ほら、こうやって考えるまでもなくわかるデタラメを書く。

萌え絵の中に性的ものがある」ことはまったく否定しないけれど、「萌え絵がすべて性的ニュアンスを帯びた絵である」かのような断言はおかしいだろ。

たとえば、萌えおこし代表例としてよく知られている『らき☆すた』のキャラデザ泉こなた柊かがみイラスト性的な含みがどこにある? やたらと胸が強調されてるとかあるか?

長門有希はどうだ? 伊原摩耶花は? シャナは? ルイズフランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは? 公共空間に出せないほどのエロスを纏っているか

つーか、なんでか『はたらく細胞』のコラボはセーフだったみたいなこと言ってるやつが大勢いるけど、あれも様式的には萌え絵やんけ。

あいったもの文化史的に萌え絵じゃないなんてありえないよね。この時点でこのガバガバ定義破綻してるんだよ。

一部の性的な要素をやたらと強調した萌え絵性的すぎるって叩かれてたのは事実だけど、一方で特に性的要素を強調していない萌え絵がある、ということはつまり単に「萌え絵にはエロいものエロくないものもやたらと性的要素をデフォルメしたものもそうでないもの存在する」ってだけじゃん。

萌え絵のすべてが性的興奮を呼び起こすものであるかのような前提をさらっと紛れ込ませるのはただの詐術でしょ。

それとも、目がぱっちりと大きくてかわいい少女が描かれてるから性的な興奮を呼び起こすものだと主張する? そんならジャニーズも『あんさんぶるスターズ!』もペ・ヨンジュン性的な興奮を呼び起こさせるのが目的存在だってことでいい? 女性アイライン引いたり男性がたくましい二の腕露出させたりする行為はみんな性的な興奮を呼び起こすための行為だってことでOK? それらは公的空間にはふさわしくないっていう理解で本当にいいのかな?

まり、ここで伝わってしまう恐れのある、発信者意図しない、隠れたメッセージとは、

女性の体は、目で見て楽しむためのものである」というメッセージである

さんざんイケメンがたくさん出てくる作品とのコラボもしてたよって指摘されてなおこの言い分を振りかざすの? バカじゃないの?

じゃあ『刀剣乱舞』とのコラボもやってるから男性の体は、目で見て楽しむためのものである」という隠しメッセージもあるってことでいいの?

ここまで言っといて自分立ち位置を明示しないのはずるいと思うから言っておくと、実在するそのへんの女性にじろじろ見られない権利存在することは肯うとして、じろじろ見られるのを能動的に仕事で選んだ人(アイドルとか俳優とか)が仕事場(ファンイベントの会場とかステージの上とか)にいるときにはじろじろ見て性的消費してよいのだから、「人を性的消費してはいけない」なんていう一般論が成立するわけはないし(そういう権利確立したければ限定を付してね)、実在する人じゃなくて架空の人に関してはそもそも人権存在しないよね。

架空の人をじろじろ見ることが実在女性権利を脅かすという理屈理解できない。仮に前者が後者を導くんなら、それは二次元三次元混同するその人の問題。そういう人に向けて存分にお説教してください。非実在青少年人権論には付き合っていられません。絵の中の美少女はお前じゃない。俺がジャニーズタレントじゃないのと同じ。

つーか、まず前提となってる定義イミフだよな。

萌え絵」とは、エロゲーをルーツに持ち、人間身体的な特徴をディフォルメし、大げさに描くことで、独特の雰囲気を持つイラスト、とここでは定義する。

人間身体的な特徴をデフォルメし、大げさに描くことで、独特の雰囲気を持つ」って、そんなの少女漫画もニューズウィーク風刺画も『あたしんち』もそうじゃん。

ジャパニーズ少女漫画もパッと見ただけで「これ少女漫画だ」ってわかるくらい独特の雰囲気を帯びてるし、色んな風刺画並べられてても愛読者ならニューズウィークのはひと目で見分けつくよね。あんな顔の人間現実はいないけどでもまあ「おばちゃん」の特徴のデフォルメだよな『あたしんち』って。

まあだからエロゲーをルーツに持ち」って限定を付して少女漫画や風刺画や『あたしんち』を排除してるんだろうけど、それを措いておいたとしてもこの定義ってよくわからんよね。

いや、学術定義をするならわかるんよ。様式史を遡っていったところにエロゲの文脈があるのは、まあ、否定はしない(というか様式史について真面目に検討したことがないんでよくわからん)。なので萌え絵文化史卒業論文書きます! というならこの定義でいいのかもしれない(いや卒論ならもっと厳密に定義しないとまずいか)。

で、それは社会におけるイラスト立ち位置を考える上で必要定義ですか?

萌え絵イラストレータの全員がエロゲに携わっていたわけでもなく、萌え絵を楽しむ若いファンの多くはエロゲなんてやったこともないだろう(おっさん世代エロ経験者率は知らない)。ルーツ定義してなんか意味あります

まあ、萌え絵ルーツ探究したいっていうなら頑張ってね。止めないよ。

2017-04-23

謝罪なしに世の中がオタクに歩み寄ってきても許せない

時代が進むにつれて、オタク的なコンテンツ一般社会肯定的に扱われることが増えてきている。

往年の電車男最近では紅白などのNHKや各種民放芸能人ならGacktTMR小林幸子叶姉妹萌えマスコット萌えおこし、最大手なのがクールジャパン

あいうのに対して、いい顔をしないオタクもいるじゃないですか。

否定派の感覚にも色々ありますね。

見ててイタ恥ずかしいからやめろとか、石の裏の虫を太陽さらすなとか、リア充流入してほしくないとか。

私としては、その中でも「オタクに媚びやがって」、って反感が強い。


でも考えてみれば、媚びられて何が悪いのか。

あんまりにも持ち上げられるといつかハシゴ外された時がキツい、というリスクはあるものの、ある程度までなら、オタクが世の中に受け入れられて地位が向上するのは、オタクが生きやすくなることに繋がる。

地位が上がらなくたっていい、そっとしておいてくれれば」なんて言う人もいるけど、その「そっとしておいてもらう」ためにも一定地位必要なんだよ。そうじゃないと叩かれる。

たとえビジネスに利用されてるだけだとしても、利用価値があると思われてる方がオタに一定配慮をしてもらえるようになるわけで、隠遁オタクでも生きやすくなる。(今はまだまだだが今後に期待)

金も回ってきやすくなるしコンテンツも更に充実する。(今はまだまだだが今後に期待)


……っていう、オタク社会に受け入れられるのは双方にとってwin-winだって理屈はわかるけど、やっぱムカつくんすよ。

なんでかってのを言語化すると、一般社会オタクに歩み寄ってこようというなら、その前にこれまでオタク馬鹿にして叩いてきた過去を、非オタ全員がキッチリガッチリ謝罪して清算してほしいわけ。

オタクにも実利があるでしょ、ってんでなあなあで仲直りさせられるのは大変腹が立つ。侮辱の追い打ちだとすら感じる。

人は実利がなけりゃ動かないけれど、実利だけで感情的わだかまり解決することもできないんだよ。

たとえばなにか事件被害を受けた時に慰謝料払われたとして、「払いたくねえなあ~、しゃあねえなあ、この守銭奴がよ」って態度で払われたら許せないでしょ。

誠心誠意の土下座と共に払えと。加害者全員ゲザれと。その上で払うもん払えと。そしたら和解してもいいよと。

オタク一般社会についてもそれが言える。


はあ~、でも一般社会が全員でしっかりごめんなさいすることなんて未来永劫ないんだろうなあ~。

一般社会」というのが捉えどころがないものだってのを差し引いても、大きな集団がみんな謝るなんてありえない。

しかしたら、オタクバッシング報道をしてきたテレビ局の偉い人、政府自治体の偉い人、みたいな代表者反省の弁を述べることはありえなくもない。

でもその周囲とか下部には「上の人は頭下げてるけど自分は悪いと思ってないんで、オタクなんて有害なんで」って雰囲気を出す奴が絶対いるだろう。

そんなんじゃこちとらちっとも許せませんよ。頭下げてる人の隣でお尻ぺんぺんされてるんだから

から、今、私のような一般社会からオタクに対する歩み寄りに反感を持ってる人の一定割合は、その悪感情をずっと抱き続けるはずだ。

我々が死に絶えるころには、もうオタク一般社会に対する恨みなんて持ってないのかもしれないけど。

或いは、若いオタク一般社会から迫害歴史を語り継ぐことで、恨みの遺産を残すことができるかもしれない。

まあとりあえず私は一般社会からもらえるもんはもらうけど謝られない限りは舌打ちをし続けていきます

書いてて思ったけどこれ日韓対立みたいな歴史問題国家問題にも似たようなこと言えそうっすね。


オタク一般社会キッパリ分かれた二項対立として書くのは単純すぎるって言ってくる人いそうだけど知らん。

2015-12-28

表現規制反対とか言うなら萌えおこしなんてやめちまえ】に思う事

http://unrealmusicstudies.blogspot.jp/2015/12/blog-post_26.html


こういうサブカル勢の、理解者の振りした規制意見って、反吐が出るよね。

んで、こんな事いっちゃうの。

ポリティカル・コレクトネスを問い直すってのも必要だし、それこそが本来サブカル仕事かと思ってます

それは「ぼくのかんがえたさぶかる」の仕事で、消費する側でも、主催する側でもねぇよ。

現在進行形大成功どころか、超成功してるガルパン批判しておきながら、「際どいところに踏み込むには思慮深さを持っておかないと成功しないんじゃないかなぁ」とか、アホか。


こういう言説に共通する心理は、「僕はお前たちとは違う」だよね。

僕は理解がある、僕は女性の味方、僕はキモオタじゃない、何でもいいけれどさ。

切断処理してる訳よ。

自身保全のために。

こういう輩の言葉は、全部ポジショントークから、まったく響かんよね。


この論の一番の破綻は、主催してる側は、まったく表現規制反対なんて叫んでない事。

批判されて引っ込めたところもあるが、そこは表現規制に逆らって、表現の自由を錦の御旗にしていたか

なのに、【「税金使ってちょっとケン表現をする」なんてムリがある】とか、ドヤ顔で書いちゃうわけよ。

多分、共産党の流れを汲んだ人だろうから行政批判せずにいられないんだろうけれど、本当に意味不明な主張になってる。

2015-12-03

美濃加茂市碧志摩メグに足りなかったのは、配慮ではない

一連の萌えキャラ騒動を見ていて思ったことをつらつら書く。

炎上したのは『萌えキャラ』『アニメキャラ』だから

こういった問題になるとまず間違いなく「オタクカルチャー差別されてるから叩かれている」という言説が飛び出す。

また、例の楽器男根と言い出した人の例を引くまでもなく、萌えキャラアニメキャラを嫌う人というのは存在する。

しかし、そういう人は決して多数派ではない。もしそうだとしたら、各地にいる無数の萌えキャラはすべて大なり小なりの炎上をしているはずだろう。

実際にはそうはなっていないのだから炎上したキャラには「ほかのキャラにはない(問題)点」が確かにあったと考えるほうが妥当である


性的描写」のOK・NG境界線はどこなのか

美濃加茂市の『のうりん』良田胡蝶、志摩市碧志摩メグは共通して、そのイラスト性的アピールが過剰であるという意見が多く見られた。

自治体、それに準じる第三セクター(=ここでは「お役所」とする)の表現にふさわしくない、公共の場に掲示していいものではない、一般人羞恥を呼び起こすセクハラである

それらに対する反論も噴出している。

客観的基準が示せない、個人の「不快である」という感情の言い換えに過ぎない、ファンに向けたイベントなのだから問題ない。

そのどちらも決して間違いとは言い切れない。

理論上は、R-18に相当する表現がなければ、子供が見ようが女性が見ようが問題はないはずだ。

だが実際には女性乳房や肢体を強調するのは「公共の場にふさわしくない」し「お役所らしくない」。

まり、我々はいつの間にか、暗黙のうちに、お役所にふさわしい「表現範囲」を定めていたのだろうか。

それを逸脱したことが今回の問題の核心であり、今後、その「範囲」を明確化して、その中に納まる表現けが認められるのだろうか?

しかし、である。すでに珍しくなくなったか麻痺しているが、

そもそもお役所アニメコラボしたり萌えキャラをつくること自体、今までの「表現範囲から脱却しようとする動きではなかったか

無難で、地味で、つまらないお役所イメージから飛び出そうとするからこそ、オタクカルチャーを取り込もうとしたのではなかったか

その意味で、じつはこれは「お役所表現範囲」のなかにはそもそも収まらない問題なのではないだろうか。



絶対叩かれない」表現なんてこの世にない

この関連の論争を眺めていると、「じゃあ○○もだめになるな」という言葉散見される。

家族の楽しげな写真は、ぼっち配慮がないよ。猫が嫌いだから子猫写真精神的苦痛を受けるんだけど。

それに対し、「それとこれとは違うだろう」と思う向きは多いだろうと思う。

しかし、実際、そうなのだ

「誰にも絶対不快じゃない」表現なんてありえない。

あたりまえのことだ。

単なる個人であったとしても、ブログを書くたび、一言ツイートするたび、一言喋るたび、視線を誰かにぶつけるたび、

しかしたら誰かを不快にするかもしれないし、「不快になった誰か」が多数になれば叩かれるかもしれない。

ゼロリスク表現などありえない。リスクの高低があるだけだ。

今までの「お役所らしさ」は、そのリスクを最小限にしていた。だから無難」だった。

しかし、いくつかの町が萌えというカンフル剤を手に入れ、そして成功した。


萌えキャラアニメキャラ戦略は「無難」にはなりえない

各地が我も我もと続き、ご当地アニメという言葉が生まれ萌えキャラが量産された。

今やどこでも見るメジャー戦略になったから、一部のお役所の皆さんは忘れているのではないか、と思う。

そもそも萌えキャラは「無難」ではないのだ。

無難」にほんわかしたイラストは、目に留まりにくい代わり、どんな層にも受け入れられやすい。

対して、萌えキャラというのはそもそも、ごく一部のオタクに対してのアピールに特化してできている。

そこには女性に対する性的視線が織り込まれている。既存アニメならば、アニメ視聴者しか知りえない文脈が隠れている。

オタク以外には不快かもしれないし、ついてこれないかもしれない。でも確実に『一部』は喜ぶ。

萌えキャラ採用とはそもそもそういう戦略だ。

無難」ではなく、リスクが高い代わり、リターンが見込めるからやるはずのものなのだ



足りなかったのは、配慮ではなく「ディレクション」と「覚悟」だ

無難じゃダメだ。攻めよう。

そう思ったとき表現する側に必要なのはディレクション」だ。

それはポスターをどういうデザインにするか、だけではない。

ターゲットは誰か。ターゲットリーチするために、どんな方法を取るか。

どこに張り出し、どこでアナウンスし、どういう戦略を取るか。

そして、もちろん、苦情が出ないかどうか。苦情が出るリスクが高い部分は、先んじて対策を取る。

リスクが高くとも、コンセプトとして譲れない部分はどこかを見極める。

苦情が出たときには、どう対応するかを考える。

「攻めた」表現をする人たち――広告出版放送にかかわる人たち――は、当然それを考えて動く。

それが適切でなかったとしても、責任自分たちが負う。


今回、美濃加茂市観光協会は、苦情が出たことに「困惑した」という。

支給された素材を順番に使っただけだ」と。

はっきり言うと、つまり、考えが足りなかったのだ。

苦情を言うほうが悪いのではない。苦情が出ることを想定できないほうが悪い。

そして、苦情に対し「これこれこういう理由でこの表現適当です」と、きちんと説明できないのが悪い。



萌えおこしに頼らざるをえないような田舎観光協会に、そんなことを求めるのは酷だろうか。

でも、そうするしかない。覚悟するしかないと思う。

それが「無難ではない」道を選ぶということだからだ。

苦情が出るかもしれない、それでもこの表現必要だ。

苦情がきたらそのときにはこう対応し、こう説明しよう。

わかってもらえないとしても、それでも、この戦略は間違ってない。

そういう覚悟の元にやるしかないのではないか。

そうやって万全に考えても想定外のことが起こるときは起こる。

楽器男根とかね。

でも、仕事ってそんなもんではないだろうか?



不愉快の表明」は悪くない。でも礼儀はある、のでは?

全体的に「のうりんポスター碧志摩メグ肯定する書き方になったが、

私個人としては、やはりあれは「性的アピールが行きすぎで、TPOを弁えておらず不愉快だ」と感じているし、

いくつかの場でそれを表明してきた。また、そう感じている人が少ないとは思わない。


だがしかし、今回の二つのバッシングに、一切問題がなかったか、と言われると、それも首肯しかねる。

ツイッターで似たような意見をまとめ、センセーショナル見出しをつける。

同じ意見の人がたくさん見えるから自分意見が「常識」「良識」の側であると信じる。

からそれをかさにきて叩く。

ネットでは非常にありがちな光景だけれど、しかし、これが正しい状態だと私は思わない。

私は「個人の不愉快」を表明することを擁護するし、「常識」が結局は多数決の結果であることを否定しない。

しかし同時に、他者が「多数」「常識」に従わない自由を、いつも頭の片隅に置かなければならない。

いかに自分が「多数派」で「常識」で「正しい」と信じようが、法に反さない限り、何を採用するかの決定権は相手にある。

それを尊重する態度を忘れてはならない。

叩きはネットの華だ。きっと今後もなくならない。

けど、「叩き方にも礼儀必要」と最近考えている。それがどういうものか、まだ私にはうまく言葉にできないのだけど。

なぜ私が美濃加茂市ポスター嫌悪感を抱くか

 批判の前に、私の立場を記しておく。

 20歳女性バイセクシュアル男性とも女性とも交際したことがある。

 萌えアニメ男性向けAVを含め、基本的男性向けの性コンテンツを消費している。自己の性認識女性

 また、美濃加茂市萌えおこしものうりんという作品の詳細も、失礼ながら存じ上げない。

 以上の立場自分は、今回の美濃加茂市ポスター嫌悪感があったこととその理由を書き記したい。

 嫌悪感……と、いうより、正直、しっくりこなかった。

 アニメによるポルノとしての女性の性の消費はよくある話。

 聖痕のクェイサーという作品を例に挙げる。

 これは女性母乳摂取することで男性が力を得て戦う作品である

 誰かが「スタイリッシュ授乳」と称したように、授乳がこの作品の一つのキーワードである

 女性乳首乳房がこれほどにまでに作品内部で強調される作品はあまり知らない(知ってたら教えてほしい。見たい)。

 クェイサーという作品炎上しなかった理由は、(SNSの普及という観点は今回はさておくとして)以下二つと考える。

 1 決してアニメ漫画という作品の枠から出てこない

 →つまり、「嫌なら見るな」がある程度コントロール可能な作品である。深夜帯のアニメ本屋に置かれる漫画

  『老若男女』、不特定多数の目に付く場所に『多数』配置されているわけではない。悪意(≒反論の意)を持って拡散されることが予期されるわけでもない。

  また、責任製作委員会・作者・出版社にあり、『地方自治体』や『国家』が負うものでない。

 2 下着や乳房等、性的イメージに繋がる部位の露出及び性的行動に意味がある

 →性の使用意味がある。授乳をしないと戦えないのである

 とはいえ、クェイサー以外のアニメ作品を考えると、2に関して、無意味露出が昨今量産されている。

 フェミニストポルノとして消費される二次元女の子がどうしても気に食わないのだろうが、それへの批判割愛する。

 話を戻す。

 今回の美濃加茂市ポスターに関しては、両方の観点からして外れている。

アニメ(ラノベ)という枠から出ている

 →まちおこし萌えおこしという観点からこれは「逆に出した」と言える。しかし、こちらの行為批判しているのはおかしいと考える。

 アニメ地方活性化コラボレーションは新しい話ではない。地方住民の受け入れ度合いの高低を問わず、広く用いられる手段である

 単純に「のうりん」と「美濃加茂市」がコラボレーションしていた時にはこうした炎上まで発生する程の批判はなかった。

 しかし、この枠から出ていることによって、「嫌なら観るな」がコントロールできなくなっている現状は、受け止めるべきである

 なぜなら責任出版社だけに留まらず、現状、『美濃加茂市という市町村地方自治体』にも負わされているためだ。

 TwitterFacebookによる拡散でこのポスター不特定多数の目に触れることは予想内である(予想外だとしたらさすがに認識が甘いとしか言わざるをえない)。

 そして現に批判を受けている現状も受け止めるべきである

露出された乳房意味がない

 →私はこの部分に最も違和感を覚える。

 ポスターイラストで、彼女乳房を出す必要はあったのか?

 不特定多数の目に触れる部分でそのイラストを選ぶ必要があったのか?

 乳房女性の身体の露出がふさわしいタイミング――例えば海水浴場萌えおこしだとすれば、露出必要性存在する。

 それなのにどうして「農業林業」の萌えおこしイメージキャラクターポスターに上記の『不特定多数』が不快と示すレベル露出必要なのか。

 海水浴場を例に挙げる。

 水着女性ポスターを設置することで、海辺女性喚起するのは当然だ。

 これは『三次元に置き換えても』同様である

 海辺ポスターグラビアアイドル画像使用する。なんら問題ないと考える。

 それすら「女性を性コンテンツとして扱っている」とフェミニスト批判するなら、じゃあお前だけ勝手スク水着てろと言わせてもらいたい。

 男性えっちな目で女性を見る者が多い、と俗に言われているし、正直、バイである私はえっちな目で女性を見ている。

 豊かな胸の水着姿の女性を見たい気持ちは非常に大きい。ポスターであれ、実際のビーチであれ、だ。

 では、海水浴場という過疎地を、ガンダム00(クェイサーに続き、少し古いアニメ申し訳ない)で萌えおこしをするとしよう。

 それなら、ボインボインのスメラギさんがポスターを飾ればよい。

 スメラギさんがえっちすぎて問題がありそうなら、横の海に真顔の刹那でも泳がせておけば良いのだ。

 

 いくらたわわにあらわになったとしても、あのポスターイラストよりも更に肌色が多くても、そこに露出の『意味』があれば納得する人は増える。

 しかのうりん彼女場合、それが通常コスチュームであったとしても(どうか知らないが)、前提条件を知らない『不特定多数』には、露出意味が感じられない。

 そうした意味のない露出が「単なるセックスアピールのみの変態イラスト」と捉えられてしまったと考える。

 ただし、そこからアニメ萌えイラスト批判に転じることが必ずしも正しいとは思わない。

 萌えおこし成功している例も多々ある。アニメ萌えボーイズラブ日本コンテンツ産業を支えているのは確かだ。

 長々と綴ったが、以上のことから、私はアニメファン・および地方自治体萌えおこし担当者に対して「これが三次元なら許されたのか?」という観点物事を見ることを提案したい。

 アニメから許されないこともある不平等に関しては今後また議論されるべきだが、そもそも三次元でも許されないことはアニメでも許されない。

 乳をさらけ出したアイドル女性市町村地方自治体ポスターになっているのは褒められることなのだろうか?

 ――もちろんこれは、不特定多数の目につくもの、という前提。

 ともかく使用する画像のチョイスが軽率だったとしか思えない。

 こんないい乳をしている女性キャラもっと他のところで出会いたかったのに。

2015-12-02

萌えおこしがいろいろ揉めてるけど

その点桜柚波ってスゲーよな役場用に露出度の低いバリエーションがあるんだぜ

http://ameblo.jp/sugu0617/entry-11799949716.html

追記

スパッツを履いてサラシを巻いてるんです

2014-01-15

人工知能学会表紙問題で萎縮する人の泣き言

私は公共セクター広報に関わる仕事をしています。数年前から、いわゆる萌えキャラクター活用した広報をやっています

萌えキャラクター活用した広報は、うちの仕事では今までにないぐらいの話題性が出ていて継続的にやりたいというところです。

また、今までの心積もりとしては、男性向けと女性向けを交互に展開する方向ですすめてきました。

確かに、スプツニ子さんの指摘のとおり、人工知能学会紀要の表紙は差別的であると非難されてしまう要素はありました。また海外活躍されているスプツニ子さんやメイロマさんのご指摘のとおり、海外からの指摘として、ああいった日本的なサブカルチャーに依拠したものは理解され難く、非難の対象になることも、おっしゃる通りです。

特にメイロマさんの指摘の通り、リスクマネジメント観点から言えば、公共性のある舞台では避けるべきというのはもっともな見解であると思います

さて、どうしてもオタクカルチャーの文脈は異性を性的に見る視線脱臭できません。それは、その出自からも明らかなことです。宮崎駿ですら、その少女を描く視線オタクあるいはロリコン、あるいはマザコンとしてのリビドーが見受けられるでしょう。

しかし、いや、だからこそというべきでしょうか。そのようなリビドーファインアートの反対としての技巧主義的な姿勢に裏打ちされ、同時に作家性(=ファインアート性)を抱き込みながら、大衆向けポップカルチャーとしての地位を築く原動力となりました。

もう第4四半期です。予算執行も迫っています。私はイラストレーターデザイナーを選定しなければなりません。

しかし、ここで下手を打てば。つまりスプツニ子さんやメイロマさんなどに批判的に取り上げられ、ネット賛否両論が話題になれば、この方向性は二度と日の目を見ないでしょう。

最近は、コンテンツツーリズム萌えおこしといった文脈で同業他社さんからの問い合わせもあります

ここで、私がコケれば、公共セクターサブカルチャー活用した広報事業を行うことに、大きな影響ではないでしょうが問題が生じるでしょう。少なくとも、私の所属する組織では日の目を見ることは無くなります。育てたキャラクター倉庫の奥に仕舞われ、死に至るでしょう。そして、これは今まで、後ろ暗い趣味であったオタクを世に認めさせてきた諸先輩の顔に泥を塗ることにもなります

しかし、冒険を嫌い、安全な道を選び続けてきた公共セクターは、とてもつまらないものしか生み出せず、時代社会にそぐわない「誰も文句を言わないが、誰も得をしない」事業ばかりやるようになっています。いや、現実もっと悪くて、過去の経緯から利益誘導に堕しているものが多くあります

しかし、それが組織はもとより、個人のリスクマネジメント観点から妥当なのでしょう。私はそれが嫌で嫌でたまりませんが、しかし、ここで私が怒られ、出世の目がなくなるぐらいで済むならいざしらず、新しいことをやろうとする多くの仲間に水を差すことになるのは避けなければならないと考えてしまます

正直言えば、私はスプツニ子さんに恐怖を抱いています。この私の泣き言だって、要するに彼女の顔色を窺っている、あるいは畏れ多くも内心を忖度しているにすぎません。

私はどうすればいいんでしょう。今まであったような、ありがちで文句を言われない、でも誰の記憶にも残らないような広報をすべきなのでしょうか? それとも、リスクを甘受して、新しいものを目指せばいいんでしょうか?

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家に帰ってみたら、すごい勢いで言及されていてびっくり。とりあえず、はじめてtwitterアカウント作ってみました。

https://twitter.com/b_masuda

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いろいろと言及されたので主要な論点に対して見解を示します。

1 釣りじゃないの?

釣りではありません。

2 萌え絵が否定されているのではなくて、差別的モチーフが批判されているのでは?

確かに一義的には、ステロタイプ女性像が描かれたことによって、差別的であると判断された、ということが問題であるというのは認識しています

しかしながら、フェミニズム観点から検討すれば、それだけではない問題が明らかになると思います

そもそも、ある性別特定ジェンダーロールに縛られるという過程においては「まなざし視線)」と「客体化」ということが問題になります女性ジェンダーロールに縛られてきた過程においては、女性が客体、選ばれる性として扱われてきたということがあります女性主体化せずに配偶者に付き従う、といったようなステロタイプ見方は客体化という作業なしには存在しえません。また、その客体化はまなざし視線)によって形成されるものです。

翻って「萌え」というカルチャーを見れば、ササキバラゴウ引用するまでもなく、少女を消費することによって成立してきました。

仮にジェンダーロールに反旗を翻すキャラクターを想起しましょう。古典的リボンの騎士でも考えてみてください。さて、今、あなたpixivで「女騎士」というタグ検索すればどういう絵を見ることができるでしょうか?

まりまなざし」や「客体化」というプリミティブな作業を経由すれば、ジェンダーロールに従っているかどうかに関係なく、私たち少女性を食らい尽くすことができます。そして、萌え絵というのは、まさにそのようなカルチャーに根差しているということを指摘しなければならないでしょう。

3 公共セクター萌えキャラとか今更じゃないか?

やりようはいくらでもありますネタの絡ませ方や、出し方一つでおもしろ方法はいくらでも考えられます

少なくない作家が今の時代オリジナルはないというような事を言っていますが、逆に言えばエピゴーネンの組み合わせというのはまだまだ余地のある分野です。

4 コンサル入れたら? めいろまさんやスプツニ子!さんに頼んだら?

そんなにお金がありません(笑)

5 追記

仕事上はこんな突っ込んだ話なんかできないし、差別問題への深い理解を求めるというのも難しいのが現実です。そのために、公式見解的なものは、木で鼻を括ったようなものになりがちです。

から、この問題が公共セクター業界真剣に扱われ、前向きな解決策が出るなんて思わない方が良いでしょう。

奇しくもめいろまさんがこの件についてマニュアルコンサルティングによるリスクアセスメント価値を論じましたが、まさにそういった形で外部有識者という免罪符を買うか、あるいはマニュアル化された手法で乗り切るしか組織においてはできません。

非常に残念ですが、現実はそのようなところです。

 
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