はてなキーワード: 二次性徴とは
二次性徴が始まった直後から今日までのオカズのほぼ全てがカワイイ絵だった。
学校の授業で出てきたマスターベイションという言葉が分からず父親のパソコンで検索した。
早速試しみようと思ったが、エロ動画を軽い気持ちで検索するとウィルスに感染したダイヤルQ2に接続されて後日高額の請求が来ると言う話を思い出して一度は諦めた。
次の日丸一日考えて、素人が趣味でやっているお絵かきサイトのエロイラストだったら流石にウィルスは仕込まれていないだろうと考えた。
試しに検索すると簡単にそういうサイトは見つかったが、18歳未満が入っちゃ駄目だとどこも書かれている。
こんなものに何の意味もないということを知らなかった当時の自分は、未成年がここで身分を偽るとあとで捕まると思っていた。
だから、サイト名のURLで検索をかけ、直接エロ画像が貼ってあるページに飛び、そこでページ内の「トップに戻る」を押して18禁イラストが貼ってあるページのトップへとアクセスしていたものだ。
そうやって表の「18歳以上」のボタンを押さないことに何の意味があったのかを聞かれても当時はまだ小学生だったから世の中のシステムってのを色々誤解してたんだとしか言えねえ。
そうして俺は小学生ながらにしてイラストでシコる人生を歩み始めた。
同級生がどうやってシコっていたのかは知らないが、中学の頃に友人が「モザ消し装置を使ったビデオが手に入ったから無修正のエロ動画が見れるぞ」と誘ってきた事を考えるに、きっと皆は生身の人間のエロビデオでシコっていたんだと思う。
ネットのイラストでシコると言っても劇画風のケバイ絵柄は小学生がオナニーするオカズにするのは無理があった。
自然に自分と同い年ぐらいのキャラクターでシコろうとし、それらはアニメ塗りだったり内山亜紀風の絵だったりした。
単に同級生でシコろうとしていただけだったのに、自分はロリコンアートでシコる人間として教育されていったわけだ。
中学・高校に上がってからもその傾向は変わらず、18歳未満のキャラクターのエッチなイラストでシコっていた。
18歳未満のリアルなエロ画像は児童ポルノ的にアウトだという知識がネット経由で少しずつ見に付けていった影響もある。
今でこそTiktokや配信サイトを探せばいくらでも子供のポルノは見つかるらしいが、自分の時代はもっと危険なアングラサイトに潜らなければならず、それこそ本当にウィルスや法外な請求のリスクと引き換えにする必要があったと聞く。
まあ全部風の噂でしか知らないのだが、だってイラストでオナニーする分には児童ポルノなんて関係ないんだもの。
生身の女性の体を見ても興奮をしないし、その生々しさに気持ち悪さしか感じられない。
代わりにカワイイらしいキャラクターの絵に何でもかんでも興奮するようになっていた。
無数のロリコンアートを見てきて、その過程で3等身でも抜けるようになったし多少のショタならセーフだしケモでも抜けるようになったりとカワイイ絵なら何でもありになった。
たとえば出張や旅行で地方に行くと今はどこにでもゆるキャラがいるだろ?
アレを見ると「なるほどこの街にはこれをオカズにしているロリコンやケモナーがいるのだろうな」とまず最初に感じるのだ。
正確には「Rule #34 There is porn of it. No exceptions.」、直訳すると「ポルノは存在する。何者にも例外なく」ということになる。
実際、あらゆるものに人は性的興奮を覚えるわけだが、少なくとも可愛らしいアニメ風のキャラクターであれば実際にその例外は限りなく0であると言っていい。
確かに実際には知名度が低いキャラクターにポルノ画像が存在しないことはある。
だがそれは他のキャラクターのポルノ画像を作ることが優先されてしまい無限の順番待ちをしているだけであって、それのポルノが生まれうるポテンシャルが0であったことは意味されていない。
つまり、俺の中には「ルール34'カワイイものは誰かがオカズにしている。例外はない」という強烈な認識が存在するのだ。
カワイイということは、オカズにできるということと同義なのだ。
町中やインターネットノ中で設定年齢0~20歳程度のイメージキャラクターを見かける度に「これはオカズに使えるポテンシャルがある」といちいち感じてしまうのは本当にどうかと思う。
もちろん公式の絵柄がそういう方向に寄せられまくっているものは仕方がない。
COOL CHOICEの君野イマ 君野ミライなんかは、露骨に男に媚びようという意志があるからあれでオナニーされてしまうのはもう仕方がない事なんだと割り切れる(せっかくだからこの場を借りて言っておきたいんだが、君野ミライよりも君野イマの方がターゲットであるオタクに受けそうなのはコンセプトが崩壊している気がするんだよな。ソックス・制服・カチューシャより、方っぽ靴下生足+萌え袖+ボサボサ髪の方がオタクの受けはいいだろ。これではCOOL CHOICEをすることでより良いミライへというメッセージがちゃんと伝わらないんじゃないのか。それともクールなミライというのは、そういった女性のだらしなさや幼さに対して興奮するような気持ちの悪い性癖の連中が全員死滅した先の世界にこそあるのだという裏のメッセージが込められているのだろうか。ミライの眼がちょっとレイプ目っぽくて洗脳されている感じがあるのはちょっと興奮するけど総合的にはイマの圧勝だと俺は思う)。
でも子供向けに作られたようなキャラクター、たとえばサンリオのキキララで「この兄妹もエッチな関係だったりするのかな」っていちいち考えてチンコがちょっと固くなったりすることがあるのは人間として何かが終わっていると思うんだよ。
ロリコン漫画の権威である吾妻ひでおは著作の中で「ぬか漬けのきゅうりが元のきゅうりには戻れないように、アル中は元の脳には戻れない」と語っていたが、同じように一度学習された性癖を脳から取り除くことは難しいのだろうか。
でも俺はこんな自分に嫌気が指してきた。
幸い生身の児童に興奮してしまうことはないが、児童をイメージしたイラストとなるとそこにはエロの文脈を何の脈絡さえ無く読み取ろうとする自分がいる。
下手にイラストという縛りを取り除けば、生身の女児に興奮する危険な生き物になりかねないのだろうか。
生き方を間違えた。
小学生の時、無理にでも自分の倍以上の年齢の大人の生身の人間でオナニーをするべきだったんだ。
ダイヤルQ2の請求を恐れず、海外のエロサイトにアクセスして金髪のケバイ売女達の身体こそが性欲を向かわせるべき正しい方向だと自分の脳や海綿体に覚えさせなければいけなかったのだ。
たらればに意味はない。
これからどうすればいいのか。
はてなには日本中の最低野郎(ボトムズ)が集まっていると聞いた。
お前らならなにか知っているんじゃないのか?
タイトルの通りだ
まず、大前提として、第二次性徴、生理、精通などの男女の身体の違い、妊娠のプロセス、出産やらの知識的を説明することに関しては別に何とも思わない
むしろ全人類最低限身に付けておかねばならないとさえ考えている
私が気持ち悪さを感じるのは女子(男子に行われているのは稀であるように感じる)に対して
私自身その教育を受けたのが10年以上前になる上に、昨今はあちらこちらでその議論が行われているので、ひょっとしたらもう既にそういった教育はしていないかもしれない
正直、自分の体に対して、良いものであろうがなかろうが勝手に価値をつけられるのが気持ち悪くて仕方がなかった
けれど、綺麗事であろうが、勝手にお前が私の身体の価値を決めるな押し付けるなとしか思わない
しかも、それが女性の身体だからという理由がついてくることがあるのもタチが悪い
女性は男性と違う点として、性病の進行に気付きにくかったり、自分の意思に関係なく妊娠させられかねないなど負の側面を多く持っているのは否定できない
うるせえ、気持ち悪りい
失礼、取り乱しました
それと、先に列挙した「セックスは愛する人同士でのコミュニケーションです」についてだ
望まぬ妊娠や性病の蔓延を防ぐ為に不特定多数と性行為をしてはいけませんと言いたいのはわかるし、それは正しい
都合の合う人間同士で合意して安全に気持ちよくなっちゃダメなのかよ
また、個人的な話にはなるが、私自身性的サービスを提供しており、それを否定されているようで不愉快極まりない
もちろん性病などのリスクは伴うし、魅力ある若いうちしか稼げないから決して良い仕事とはいえない
だが、自分の身体と技術を使ってお客様を悦ばせるこの仕事をそれなりにプライド持ってやっているんだこっちは
つまり、ここまで何が言いたいかって、自分の身を守らせる為に価値観を植え付ける教育は気持ち悪いぞって事
追加
ロリコンなんすよ。
まあ街で外人の子供にすれ違うと「あっ……本能にめっちゃダイレクトに何かが来る」って感覚と共にズボンに引っかかったアレが元気すぎて前かがみになったりするけど。
それでもパンチラ動画とかも見ないようにしてるんすよそういうのにアクセス数稼がせちゃ駄目だから。
最近は来るところまできて幼稚園児設定のエロ漫画も読むようになった。
でもどこかで「いくら漫画でも性についての知識がない子供相手というのは気がひけるところはあるよね」とは感じる。
まあ時折そういった抑制が外れて「たまには無知シチュもいいよね(^)」と読み漁ってしまうこともあるが。
基本的には大人の女性でかつ身体は子供っていうのが一番刺さる。
ブルアカのハーヴィンとかFFのララフェルとか、あとは単にロリババァって呼ばれるようなジャンルとか。
これは同好の士向けの豆知識だが、海外サイトでLoLのヨードルみたいのを探したい時はmidget(小人)で検索すると日本で知名度が低い小人キャラのエロが次々見つかって世界が広がるぜ。
まあ単に子供のキャラデザに設定上だけ年齢を増したとある魔術の禁書目録の小萌先生(まあもう俺のほうが年上だが)みたいな合法ロリもいいね。
セックスというものがどういうものか知らない子供相手に「初潮前 今なら中に 出し放題」ってするのは正直どうかなと思うわけだよ。
むしろ初潮が来てない方がいつ突然危険日が来るかわからない危険性があるし、セックスによってホルモンが崩れれば二次性徴が予想より早まる可能性はあるわけで。
実際にギネス記録だと4歳で妊娠して5歳で出産した子もいるっていうしさ。
そういうわけで合法なロリを求めてしまうわけなんだが、現実にいる本当にただ身長が小さいだけの大人女には全く興味がわかないんだよ。
「中学生はババァ」みたいな歪んだ価値観を持ってるわけじゃないが、チンコは反応しないんだよな。
本来の意味でのロリコンラインとされるニンフェットの年齢さえも、俺にとってはもうストライクゾーンの上にある気がする。
じゃあ自分の性欲を満たすために売春してる小学生を探すとか、近所の小学生と上手い具合に仲良くなってやっちまうかとかは考えない。
犯罪行為がバレることに怯えながらセックスするぐらいなら、のんびりと二次元で合法のオナニーをしていたほうが幸福度が高いし、単純に他人を傷つけてまで満たすほどの価値を性欲に感じないんだよな。
俺は正直性欲が弱くてさ、オナニーも1度に1回、週に2回で十分すぎるんだよ。
中学高校の全盛期でも半日のインターバルを開けて2回目の射精をした日はなんか頭痛がしたし、一週間の射精回数の最高値も4回か5回ぐらいで、毎日2回オナニーしてたみたいな人がいるのが信じられねえんだ。
大して強くもない性欲で、しかも性癖がロリコンで、んでまあセックスや妊娠に対しての理解が浅い人間相手のセックスは好まないと来ると、もう三次元を相手にする気はなくなるわけだよ。
まあ実際俺はモテたことが全くないし、相手が小学生だろうとモテるために必要な努力はかなりのものだろうなとは感じるから、それが小学生を恋人にしないための足かせとして機能している節はあると思う。
ただこの話で言いたいのは、それで妥協して性欲が燃え上がらないような相手とそれでもいいから恋愛したり結婚したいって気持ちが湧いてこないことだ。
とにかく誰でもいいから結婚したいとかにはならないんだな人間って。
本能的に妊娠させたくなるような相手とじゃないと、どう義務的に取り繕っても結婚なんてしようって気にはなかなかならんらしい。
もしも俺の性癖が熟女マニアだったら、多分相手がブサイクでもとにかく穴があるなら入れられるしいいだろうって割り切れたんじゃないかってことだ。
でも俺は熟女の穴に入れる気はないし、それこそAV女優の中で最若手の人間であっても「肌きたねえな……」って感じて萎えてしまうんだよ。
若ければ若いほどエロイみたいな歪んだ価値観ってわけじゃないが、若くなさに大して異常に萎えてしまうことによって結果的にそれが幼稚園児モノのエロ漫画で抜くような現状を生んでいるとは思う。
つうか俺が一番恐れているのは、万一結婚して子供を産んでしまって、それが親に似ないで可愛かった時、手を出さない自信がないことなんじゃねえかな。
二次元ポルノとはいえ、毛が一切生えてないスジマンの光を吸い込み真っ黒く閉じたクレバスを見ると、ブラックホールのような引力を感じて吸い込まれるような感覚があって、その吸い上げる力がチンコにも作用してチンコが持ち上がってくるフィールを得てしまうんだ。
生まれたばかりの娘のおむつ替えをしてる時に、それがビビってやってきたら人間として自分をすごく嫌いになりそうなんだよな。
んでまあもうちょい大きくなって一緒に風呂とか入ったときに、人生で後何回見れるかわからない娘のスジマンを必死に目に焼き付けようとしてしまったのを、娘が気づいてしまったら、それは相手の精神に深い傷を残すんじゃないかって不安なんだ。
俺が最も恐れているのはそこなのかもな。
とにかく、性欲なんかのために人を傷つけたくないんだよ。
そう思うのは、俺が性欲由来のルッキズムの負の側面によってさんざん傷つけられて生きてきた過去があるからなのかも知れない。
性欲由来の何かを持って人を傷つけるやつに強い憎しみを抱くんだ。
そして、自分がそれにならない人生を送っていることに、密かなホコリを感じるんだな。
こういう話を実際にしたら、「風俗に来ておいて会話だけをして帰る自分を優しいと感じているヤバイ人」とかと同じカテゴリに入れられそうだから人に話したことはない。
ましてロリコンすぎて娘がもし出来たら手を出しかねないし、少なくともスジマンは目に焼き付けるだろうなんて口にしたことは一度もない。
こんな俺でもいつかの拍子に「突然誰でもいいから恋愛したくなった」「突然子供が欲しくなった」「子供が出来たら性欲とか別に掻き立てられなかった」で普通に子育てしたりする未来があるのかね。
ロリコンの話も性欲への嫌悪も周りに話してないからなんだろうけど、周囲は時折俺にそういうことを求めているというか、そういう未来が待っていると自信ありげに予言してくるんだよな。
実際どうなんだ?
俺にはこういうのよくわからんのだが、詳しいやつはおらんか?
当方、30代後半になる。会社員男だ。現場の仕事で疲れた時、帰りに自分好みの居酒屋に寄ることがある。約一年前に、そこで珍しい体験をした。あんな気分になったのは初めてだった。懐かしいし、嬉しいけど、でもちょっと怖い。ツキがありすぎて、逆にツイてないんじゃないかと思った。
実をいうと、中学生の時に柔道合宿で知り合いになった女性と再会した。二度と会えないと思っていた。思い出が記憶の水槽に残っていたのを自覚した。
それは、居酒屋のカウンターに座った瞬間だった。どちらからともなく「昔会ったことあるよね」「増田君だよね」「Yさんだよね」という流れになって、しばらく話し込んだ。
少しばかり、昔のことを綴ってみたい。2000年代前半のことだ。
中二の夏休みだった。当時、広島県の海の見える田舎で柔道をやっていた。普段は中学校単位で練習しているが、隣の市にある工業高校で柔道合宿があるらしい。顧問の先生が是非とも参加したいと主張していた。それは6泊7日の長期合宿で、うちの中学は途中日程で二泊三日だけお邪魔させてもらうことになった。
当時は弱い方だった。黒帯には遠く及ばず、公式戦でも黒星が多かった。白星が増えつつはあったけど。不安だったのを覚えている。高校生にボコボコにされると思った。でも柔道は好きだったから、ちょっと期待もあった。
朝八時くらいに工業高校に到着したのだが、柔道場に入ると、すでに数十人の高校生と、県大会で活躍するレベルの男子中学生が畳の上でぐったりしていた(ランニングウェアで)。朝6時からの朝練で相当しぼられたらしい。
朝9時半に柔道の練習が始まったのだが、背丈が185、体重が90くらいある高校生が、「これから、午前の練習を、始めるッ!!」みたいに野太い声で開始を宣言した。今でも覚えている、とても高校生には見えなかった。『テニスの王子様』で、すごいおっさんの高校生が出てくるだろ。そんな感じだった。
準備体操や受け身の練習を終えて、中学生だった自分達は、いよいよ投げ技の打ち込み(二人組になって技に入る直前までやる。20本で交代で、組み合わせが順番にグルグル回る)に入った。高校生と組むことが多かったのだが、レベルの差がありすぎて向こうの練習になってなかった。こちらは、綺麗に受けてくれるお陰で練習になっていたが。
柔道場には女子が何人もいた。別に珍しくはない。工業高校があるのは大きい市だったから、柔道をやってる女子はたくさんいる。うちの地区には女子は数えるほどしかいない。
その中で、打ち込み練習で自分の前に立った女子(Yさん)は、ほかの女子とは違う気がした。体型は大きめで、上半身が丸っこい感じがしたのを覚えてる。
めっちゃ気が強そうだった。目の鋭さが違う、子どもって感じがしない。実際にそうだった。打ち込みで自分と組み合ったと思うと、真っ先に大外刈り(※技の解説はあまりしない。適当にググってほしい)に入り始めた。女子と打ち込みをしたのは、その時が初めてだった。なんか、男子と明らかに感じが違う。柔らかくて繊細で、リズムがあった。
残念ながら、リズムが良すぎて技の受けが噛み合わなかった。「んん~!!」という不機嫌そうな声とともに、Yさんは20本目を終えた。Yさんと交代して自分は、おそるおそる大外刈りの打ち込みに入った。
……やっぱり、男子とは明らかに違う。振りかぶった足で相手を刈る技なんだが、大外刈りは相手と胸を密着させる必要がある。男子だと問題なくできるのだが、どうしても胸が合わなかった。こちらの胸板をぶつけると、反動とともに弾き返される。何度もぶつけようとするが、うまくいかない。Yさんの方から、「チッ!」みたいな舌打ちが聞こえた。正直ビビっていた。
自分はナメられやすい見た目だった。あなたの周りにも、40代ほどで小太りで、中肉中背のマッタリとした雰囲気のおじさんがいないだろうか。その予備軍みたいな中学生だった。今の妻にも「おじさんみたいじゃん」「お腹触らせて~」などと言われることがある。※けっこうな頻度でぜい肉を握られる。
打ち込みでは、その子以外の女子とも組んだ。背負い投げは背丈の関係で入りにくそうだったので、全員大外刈りにした。でも、Yさんほど入りにくくはなかった。みんな、スッと胸を合わせて密着することができた。
そんなこんなで投げ技の乱取りが始まった。ここからは男女別に分かれた。男子は40人以上いて、女子は6~8人だったかな。女子は柔道場の端っこの方で乱取りをこなしていた。黒帯も白帯も一緒だった。やはりYちゃんは圧倒的な強さのようで、福山市では中二にして57kg級で優勝していた。
ところで、当時の日記には「強くなれる機会だ。でも、高校生に投げられたらめちゃ痛そう」と書いていた。実際そんなことはなかった。というのも、白帯は白帯だけのグループでの乱取りだった。黒帯のグループを見ると、自分がいる市で一番強い体重90kgほどの男子が、細身の高校生にボロ雑巾のように背負いで投げ飛ばされていた。
その時、見てしまった。その男子が体格を活かして大外刈りに入った――と認識した時、一瞬で空中二回転半する勢いで、その高校生のしゃがみ込む背負いで畳の上に叩きつけられていた。いや、あれはもう畳にめり込んでいた。「バァーーーンッ!!」という音がしたのを覚えてる。でも不思議かな、そんな勢いで強い人に投げられてもぜんぜん痛くない。
当時の自分は、柔道が強くなりかけていた。黒帯にはほど遠かったけど。黒帯の乱取りグループに入れてもらいたかった。だから、頑張って、頑張って、ひたすらに白帯の中学生や高校生を投げ続けた。そしたら、あっちのグループに入れてもらえるかなと思った。そんな気配はなかった。
午後は、寝技の稽古だった。初めの方は先生が模範の攻めパターンを見せてくれて、二人組を作って互いに掛け合う流れだった。やがて、小休憩を挟んで寝技の乱取りがスタートした。自分はやはり黒帯のグループに行きたかったので、必死で相手を抑え込んでいた。
それで、寝技の乱取りの三本目か四本目の終わりに「ビイイイイッッ!!」と電子タイマーのブザーが鳴ると、工業高校の先生と、もうひとりの先生(Yさんの顧問)に呼ばれた。ほかの白帯も二人ほど一緒だった。
「おみゃーらは、次はこっちに入ってもらうけえ。君らの先生に許可はもらっとる」
※標準的な備後弁(名古屋弁×広島弁みたいな感じ)だ。特に乱暴な口調ではない。
その時また、電子タイマーのブザーが鳴って――目の前にはYさんがいた。この時が、人生で一番驚いた。黒帯のグループを夢見ていたのに、反対に女子のグループに入ってしまった。
「お願いしまーす!!」
「……」
礼儀正しい方がYさんだ。自分は無言だった。「なんで、なんで」と心の中で思っていた。当時の感情は覚えてる。ウダウダしていて情けなかった。
Yさんや、ほかの女子との寝技の乱取りを回想してみる。当時の乱取りは確か、互いに両ひざをついた姿勢でスタートだ。Yさんはフツーに力が強かった。筋肉がある。男子と比べても劣らない。
で、ぐいぐいと畳に引き込まれて、コロッと転がされた。脇の下にサッと手を入れられて、そのまま横四方固めになった。こんなにあっさり決められたのは、言い訳になるがショックを受けていたからだ。
Yさんの身体越しに真上を見ると、さっきの工業高校の先生がこちらを観ていた。恥ずかしい気分になった。黒帯のグループに入りたかったのに、とまだ未練がましく思っていた。先生が「Y。ええぞ、逃がすな」と言っていた。
その瞬間、自分は空いていた右手でYさんの黒帯の後ろを掴んだ。左手の肘を同じく太ももに押し当てて、ブリッジをした。すると、Yさんの体がきれいにひっくり返って、そのまま横四方固めをやり返す格好になった。
「あぁーーーーーもーーーーーッ!!!!」
今でも覚えてる。Yさんは本当に叫んだのだ。横四方で抑え込まれたまま、わっせわっせと両手を互いの身体の間に挟んで、腹ばいに転がろうとするのだが、当時の自分の体重は65kgあった。女子の力で動かすのは困難だった。
しかし、女子を横四方固めで抑えると、両者の身体の間に空間ができることがある。Yさんの場合は特にそうだった。Yさんの顧問の先生も、ずっとこっちを見ていた。
先生の声が聞こえてきた。
Yさんの抵抗が激しくなって、指先を顔にぶつけてきて痛かった。人差し指が唇にぶつかって、「いてっ」と叫んだところで、ぐるりと転がって脱出された。
また、寝姿勢のまま組み合ったところで、Yさんが自ら背中をついて(いわゆるグラウンドポジション)、こっちを引き込もうとして、もちろん抵抗して――終了のブザーが鳴った。
「うん。次はこっちじゃ」
連れて行かれた先には、ほかの女子がいた。今度は白帯の子だ。小柄だった。自分と同じ市の中学一年生だった。
電子ブザーが鳴ると、両ひざを立てて組み合ったのだが、Yさんに比べると力がない。組んだ感じだと、その子の体重は40~45kgだった。指先をひねるくらいの勢いで押すと、真横にコロンと転がった。よいしょっと上に乗って、丁寧に上四方固めになった。
今度は余裕があったから、「両手をお腹のところに入れて」「押して押して、空間を作って回転して~」みたいに教えていた。教えるのはおこがましいかもしれなかったが、でも、その子の練習にならないから……と思っていた。
あと、一人か二人の女子と寝技の乱取りをした。Yさんと同じくらい力のある子はいたけど、本気でやると自分が勝った。男子と女子には体力差があるのだ……。その後、白帯のグループに帰された。
それからも立ち技や寝技の乱取りの最中に、たまに先生方に呼ばれて女子の練習相手をした。Yさんという例外を除いて自分が勝つので、ずっと相手の実力に合わせるみたいに柔道をしていた。周りの先生が、その女子にリアルタイムで指導をするのを聞きながら。
当時は、女子と組まされて悔しい!! と感じたけど、感覚としては間違ってない。今の自分は、柔道を教える人としては約十年目なのだが、あの先生方の気持ちは理解できる。あの時、あの場所ではこういう情況があった。
1.強い女子(Yさん)の練習になる相手がいない。男子と手合わせさせたい。
②Yさんと同じくらいの体格
3.白帯のグループから2.の傾向がある子を抜いて練習相手にする
こんなところか。要するところ、あの先生方からはこういう視線で見られていた。
・増田はほどほどに弱い
・体格がそこまで大きくない(164cm,65kg)
※Yさんは当時おそらく163cm,55kg前後
今では納得している。実際、2.の③④は特に重要だったりする(女子の保護者から言われるのだ……)。
よくない人間だと、指導とみせかけて女子選手の身体を触るとか、嫌な気分にさせるとか、そういうことが実際にある。一般的な寝技の練習風景だと、男子と女子が寝技の乱取りをすることになった場合、女子の仲間が数人単位で乱取りの様子をずっと見ているのが基本だ。「セクハラは見ています」というメッセージを暗に伝えている。
また、練習環境によっては、女子選手が自ら男子選手を捕まえて乱取りをせねばならないことがあるが、女子が捕まえる男子は、概ね2.の条件を満たしている(女子選手も人間なので、特定の男子が大人気で順番待ちということもある)。
合宿のすべての日で、Yさんと乱取りをすることになった。寝技の方はだいぶ慣れた。抑えたり抑え込まれたり、実力は拮抗していた。
立ち技が難しかった。はっきりってYさんの方が強かった。体力では勝っているが、Yさんの方がセンスがある。組み手争い(上手く組めると優位に立てる)について、Yさんは特にこだわるタイプだった。うまく組めなかった場合だと、「ああ、もおっ!!」みたいに怒り出してしまう。男性ホルモンが強いタイプの女子だった。
ところでYさんは、合宿所に自転車で来れるくらいの学校に通っていた。漫画やアニメに出てきてもおかしくない学校名だったのを覚えている。それで毎朝早朝、自転車で工業高校にやってくる。
当校にとっての合宿最終日の朝、柔道場がある体育棟の軒先でYさんと出くわすことがあって、「おはようございます」と言った。Yさんも「おはよ」と言って、ほかの女子数人と着替えに行った。
三日目もこれまでと同様、白帯グループと女子グループの間を行ったり来たりだった。だが、この日の最後にはなんと、黒帯のグループに入ることができた。もちろんコテンパンにされたけど、いい経験になった。
それで、最終日の夕方の部のことだった。この日は、ベテランの講師陣によるストレッチ講座があった。この日だけは、ほかの中学の女子は帰らずに参加していた。
講師が二人いて、ほかの生徒らはラフな格好で畳に座って開始を待っていたのだが、そこにYさんが黒いTシャツと、下はジャージ姿で現れた。入口のスノコが踏まれた時の音を覚えている。
あの光景は、当時男としては相当初心だった自分でも察せる状況だった。ほかの男子は皆、畳の上を颯爽と歩くYさんを観ていた。一応、いろんな人が読んでる場なのでサクッというけど、物凄い大きさだった。その膨らみが、真っ黒のシャツの中で踊っていた。自分は知っていたけど、柔道着なしのTシャツ越しだとさらに目立っていた。
しかし、当時の自分は関心がなかった。大きいなぁとは思ったが、すぐにどうでもよくなった。畳に視線をやって、ジャンプ漫画のジョジョ(第6部・ストーンオーシャン)のことを考えていた。
性の目覚めが遅いタイプだった。『いちご100%』を読んでも何が面白いのかわからない少年だった。初めて人を好きになったのは21の時だ。遅すぎる。
それで、ストレッチ教室の講師が説明を始めて、いろいろ体を動かして、いろんな部位がグキグキッとなって、1時間も経つ頃には終わって……うちの中学は解散ということになった。顧問の先生と一緒に、最後に工業高校の柔道部員みんなに礼をして、さあ帰ろうかというタイミングだった。
柔道場入口のスノコの前まで行ったところで、Yさんやほかの中学の女子が屯していた。Yさんがこっちを見ていた。声をかけようか迷ったけど、けっきょく声をかけた。あまり知らない異性に声をかけたのは、おそらくこの時が初めてだ。
「お、これはYさんではないですか。お疲れ様です!!」
「お疲れさま」
「修業になってよかったね」
「うち、今日で終わりじゃないよ。最終日まで。あと二日あるんよ」
「Yさんは近所の学校なん?」
「うん」
「俺は尾道」
「うん。知ってる」
「うん」
「絶対だぞ」
「……頑張る」
「多分もう会えんよ」
「うん、そうかも」
「どうやって帰るん?先生の車?」
「うちも歩くんよ。福山駅まで」
この日の夜、家族が泊まってる親戚の家に合流することになっていた。家族が柔道合宿に合わせてくれたんだと今では思ってる。親戚の家の最寄り駅まで、誰かが迎えにくる予定だった。
この時、Yさんに「じゃあ一緒に帰ろうよ」と提案した。
同じ中学の柔道部員は外に出ていたが、顧問の先生はこちらを見ていた。「ほかのみんなは先生の車じゃけえ。暗いから気を付けるように」と言って、スノコを踏んで体育棟の出口に歩いて行った。それから自分も、Yさんと一緒に工業高校を出た。
Yさんと駅まで一緒に帰る途中、いろいろ話はしたけど内容はよく覚えてない。柔道の話ばかりだったのは覚えてる。冗談で、Yさんにお腹のぜい肉を触られたっけ。最後にメアドを交換する話になったが、当時は携帯電話を持ってなかった。
あっという間に福山駅に着いて、Yさんと手を振って別れて(またね、とお互いに言ってた)、福塩線の電車に乗って、親戚の家の近くの駅で降りると、叔父さんと叔母さんが迎えに来ていた。
それから、Yさんと話すことはなかった。県大会の会場でも、中国大会の会場でも、お互いに姿を認めることはあったけど、別に話をすることはなかった。目は何度も合ったのだけど、こっちは試合前でピリピリしてるし、Yさんもそうだと思うと話しかけづらかった。
それで、高校になるとYさんを見かけることはなくなった。Yさんとの思い出は終わったのだ。
冒頭に戻る。
偶然、Yさんと居酒屋で再会して話が盛り上がった。確か、こんな感じのことを話した。
・お互いに1回離婚をしていること
・お互いにあまり変わっていないこと
・二人とも同じ市内に住んでいること
最後に電話番号を交換した。Yさんと話ができて一番よかったのは、当時の感情が脳裏に浮かんできたことだ。中学二年生の時の思い出が蘇るって、あんなにしみじみとした気分になるんだな。
アイマスのPが「Pとアイドルが付き合っていてHなことをしている」という妄想を盛んにしているのと同じ様な感覚なんじゃないかな?
そりゃまあどこの馬の骨とも知らない新人マネージャーが推しに手を出していたらブチ切れるけどさ、ジャニーはそういうのとは全く別のもっと怪物じみたなにかじゃん。
「とある奇習の残る村において巫女が毎晩御神体によって触手レイプされている」みたいな感じかな……穢れではあるんだろうけど人間由来の穢れとは違うもっと名状しがたい物だから一周回ってセーフというか逆に神々しささえあるわけよ。
防衛大学で理不尽な仕打ちに耐えさせる訓練が行われた結果として無敵の軍人さんが育つみたいに、権力を傘に来た狒々爺のセクハラに耐えることでどんな時でも笑顔を絶やさない無敵のアイドルが生まれるようなイニシエーションとしての側面があるんじゃないかなと。
そもそもの話として、自分の体が異性や同性愛者によって性的に消費される対象であるってことを知らないアイドル、その性的消費の程度を学生レベルのちょっとエッチなノリで止まっているアイドルが許されるのって年齢一桁までだと思うんだわ。
小学校高学年ぐらいになったらさ、どうしても身体も二次性徴を始めるわけで、そこにおいて半端な性知識だけを持っていると、恥じらいの出し入れを正しく行うことも出来ない半端なアイドルになるんじゃないだろうか。
でもその時期になると食べ頃だなとジャニーが尻の処女を奪っていくわけ。
するとそれまであって性に対する変な憧れだとか、逆に性の持つある種の魔力に対する無知だとかが無くなり、そこに対していい意味で冷え切った距離感を持てるようになる。
アイドルは作り物の愛を売る商売だからさ、そこに自分なりの温度を込めた愛を持ち込むべきじゃない。
少なくともグループで活動してるアイドルは、プロデュースされたままの愛を送り届けるためにも、自分個人の感情としては性や愛に対しては否定的でさえあるべきなんだよ。
ジャニーっていう汚らしい老人のシワまみれのチンコによって性や愛への幻想を叩き壊されているというのは、ジャニーズの強さの源泉なんじゃないだろうか。
俺はそう思っているよ。
そういったイニシエーションを通ってきたから、一般人には出せない特別なもの、非人間的な偶像としての姿を届けてきているんだと。
この物語性まで含めて、「ジャニーズは凄い頑張っていて、普通じゃなくて、本当にカッコイイ」と感じるわけなんだよなあ。
なんか今更になってそこを誤魔化しているファンは不誠実だなと思う。
同時にさ、ジャニーがいなくなったあとのジャニーズはそういった強みを失っていくわけで、この仮説が実は間違っていたのかあっていたのか、それがこれから明らかになると思うとそれはそれで楽しみだし不安だなあって感じるわけね。
なんか凄いな。一周回って江戸時代みたいになってきてんじゃねえか?
婚活もしないで童貞のまま死ぬやつも凄いけど、本当に童貞と処女で結婚まで行くやつがいるのも凄い。
自由恋愛という概念を捨て去りながらも自由結婚の文化だけを生きているってことか。
お試しのセックスや恋愛というのがなく、結婚を前提とした婚活という超ストレートな一発勝負だけで三大欲求に従うのか。
これが周囲からのお仕着せなら統一協会やイスラム教かよって話だが、むしろ周囲は自由恋愛を奨励している中で恋愛を飛び越えて結婚ひとっ飛びか。
本人たちからすればバイト経験なく大学卒業して人生初労働が正社員っていうのと同じぐらいの感覚なんだろうか。
まあ確かに現代にはAVもあるしジョークグッズもあるし漫画もあってゲームもあって動画なら無料で道具もぷっちょやこんにゃくを使えば良いわけだからわざわざ恋愛するのはコスパが悪いという感覚も根付くのだろうか。
逆に昭和や平成のフリーセックスごっこが異常だったという意見もあるわけだが、それが異常で今が正常だって言うなら、むしろあの時代はどれだけ異常だったんだとなるな。
まあ昔は二次性徴の真っ最中に結婚して初潮前の嫁を相手に精通するような感じだったのやも知れぬしなあ。このへんは気になるから後でGPTにでも聞くか
その理由は以下の通りだ。
だが幸運であったのは、私は比較的若い両親のもとに生まれ、現在もなお子供部屋おじさんまたはおばさんでいられるということである。
一応は定職につきなんとか働けている。
友人も数名だけだが居る。
両親も友人も良識があり優しく慈悲深く、たまにこちらの話をまともに聞いてくれない以外は親切だ。
私は頭の出来が良くないので、まともに取り合って貰えないのも仕方のないことだとは思う。
現状は、という言葉が頭につくが。
親は子より早く死ぬものだし、友人は人生に寄り添ってくれる訳ではない。
結婚だとかパートナーシップだとかに対しては正直に言うと、憧れはある。
しかし、まるで出来る気がしない。
私の恋愛対象は、過去に好きになった相手の統計からすると、男女の比率としてちょうど半々ぐらいである。
頭が軽いので短絡的が故に、好きになったら無策のままに即告白を繰り返してきたのだが、残念ながら全ての恋は実らず片思いに終わってしまった。
愚かなので、高望みし過ぎているのだろう。
私は他人から好意を向けられたことはないが、性的な興味を向けられたことはある。
当時の私は男子学生として生活していた。髪をツンツン逆立つほど短くして学生服を着て通学していた。
だが、男子の制服を着ていても見知らぬ男性サラリーマンと思しき人物にナンパされたり、仲良くなった筈の同級生男子から俺の女扱いをされたり、友達の友達ぐらいの浅い関係の女子生徒によりトイレに連れ込まれてズボンを脱がされそうになり死に物狂いで脱出したりしていた。見知らぬOLっぽい女性にいきなり家に来ないかと誘われたり、電車に乗っていたらキツいパーマのおばちゃんに痴漢行為を働かれたりもした。
当時は自覚などなかったが、何故周囲からそのように性的な対象として一方的に扱われるのかという答えを無意識にわかっていたのだろう。
己の肉体から逃れることは誰にも出来ない。
故に、自分の、現状女である肉体から一時的に逃れて、憧れである恋愛を無責任に無我の境地で、荒唐無稽な美しい夢のエンタメを楽しむこと、その欲求を満たしてくれるのがBL二次創作だったのだ。
加えて、追加するのであれば私の身近に居る腐女子は軒並み常識人であり、善良で、精神的にも肉体的にも理由なく他人を加害しない人ばかりだったというのも大きいだろう。
さて、ここでまた話が逸れるが、よく小説や漫画やアニメなどで「精神的ショックから嘔吐する」という描写がある。
1回目は二次性徴を迎えた時、風呂場の鏡に映った自分の姿が気持ち悪くて吐いた。
2回目は数年前にひとまわり年下の仲良しの従兄弟からセックスさせてくれと頼まれた時だ。
今でもまだ引きずっている。
私はそれまでずっと普通に暮らしていたし、従兄弟とはごく稀に顔を合わせる程度であり、会えばソシャゲの話をするぐらいの関係性だった。
呑気かつ平和に「殺生院キアラで爆死した俺を笑えよ」などと気安く話し「それよりメルトリリスが来ねえんだが?」というような返しをするような距離感である。
青天の霹靂だった。
加えて、全く根拠がないというのに、当時三十路をやっと迎えた私は「これでやっと他人の性愛対象ではなくなった」と考えていたし、老いて若さを失うか醜くなるかすれば誰からも路傍の石ころの如き扱いしか受けなくなると信じていた。
私は従兄弟に対して動揺しつつも「金ないならあげるからさっさとソープでもなんでも行きなさい」と凶悪なまでにクソなことを言ったのだが、従兄弟はそれでも引き下がらず途方に暮れた。のみならず、私が学生の頃から好きだったとかふざけたことを言った。
私が学生時代、短く髪を整えて学ランを纏い、ヤンキーの男子生徒に喧嘩を売られれば嫌でもなんでもタイマンに持ち込んで殴ったり殴られたり時にはボディにいいのを喰らってゲロを吐いたりなどして頑張ってきた、男性として必要だと判断して払ってきたコストはまるで無駄だったのだ。
なんだかメンヘラの気配がしたのでそれなりに話は聞いていたのだが、精神的に削れてしまってギブアップした。その後、暫くの間従兄弟は半ばネットストーカーのようになってしまい、私は思った。
「男って気持ち悪いな」
「私の頑張りは無駄だったんだな」
「同じ生き物になりたくないから男になるのやめよう」
と。
そのような体験を経て、二次元であればどれだけえげつないエロだろうが大丈夫だが、現実の性的接触に対して死ぬほど嫌悪感を覚える人間が爆誕してしまった。
阿呆なので、極端から極端に走るが故に、髪を伸ばして赤い口紅を引き派手な化粧をして、ナベシャツを捨ててブラを付けた。
気の強そうな女の姿の方が残念ながら適性があったらしく、他人から面倒な絡まれ方をしなかったので、そのままそうやって暮らすことを覚えた。
驚くべきことに、そうしているだけで頼んでもいないのに見知らぬ若い男を紹介して来ようとする気持ちの悪いお節介既婚者女性もついでに激減した。
遺憾ながら便利なので、以来ド派手なアイシャドウを塗って出勤している。
毎日会社と家の往復をして給料を貰い、帰宅してはTwitterを眺めゲームをして漫画を読み、ごくたまに友人と交流するだけだ。
転機が訪れたのは昨年の秋だ。
何が起きたのか自分でもわからなかった。催眠術だとか超スピードだとか諸々ナントカそういったチャチな外的要因であればまだ納得して呑み込み受け入れられたのだろうが、自分の中にしか要因がないので余計に受け入れ難かった。
今でもまだ受け止め切れていない。
たまたまフォロワーの紹介で教わったジャンルの、とあるキャラクターの夢豚に、なってしまったのだ。
動転しつつもpixivの夢小説用のアカウントを作り、人生初となる夢小説をン万文字書き、震えて怯えながら投稿した。
内容としてはその推しキャラと自己投影した理想の自分がご飯を作って食べたり並んでお昼寝したりするだけのものなのだが、それは紛れもない疑似恋愛だった。
自分自身がどういった存在にどうやって何をして貰いたいのか、自分の欲しい愛情とは何かを探っていくのはとても新鮮な自己分析で、驚きの連続だった。
そして探ってゆくうちに、私は自分が普通の枠に収まりたい、普通に求めたり求められたりしたい、即ち、セックスがもし自分に出来るのなら、やりたいのかも知れないと思い至り、成人向けを書き始めて、手を止めた。
書き始めたところで、決定的な過ちを犯したことに気が付いてしまった。
「私は好きなキャラクターを加害している」
「どうして私は自分がされたくないことを好きなキャラクターにしているんだろう」
しかし、自己投影した夢小説の主人公を推しと性的に絡ませることに、喩えようもないおぞましさを感じた。
BLなら客体であるからと逃避できていた部分が、夢小説となると途端に襲ってきた。
世間の現実に存在するカップルや、仲の良い友人夫婦、加えて、他の夢小説を嗜む友人を見て話を聞いても何も嫌悪感などない。
なるほど、それは確かにさぞかし良いものなのだろうなぁと思うだけだ。
異常であるのは分かっている。
ただ、異常であることは嘆きの対象にはならない。私は基本的に社会のマジョリティになれないという意味において常に異常だったからだ。
理解していた筈のことだが、空想の中ですら不可能であるという事実が、どのような形であれ伴侶を得ることの出来ない欠陥品であることを再認識させた。
自分の中には、
男の体で女を抱きたい願望と、
男の体で男を抱きたい願望と、
男の体で男に抱かれたい願望と、
女の体で男を抱きたい願望と、
女の体で女を抱きたい願望と、
女の体で女に抱かれたい願望、全てがあることを知った。
要するに性欲は厳然として存在しており、己のその性欲の全てが、気持ちの悪い加害行為でしかないと認識している。
唯一の安息の地である二次元が失われて、もうきっと二度と戻ってはこないだろう。
いつになれば人生が終わるんだろうと考えている。
「Lolita Complex」が入る余地が今後無いじゃないか。
Pedophiliaとは違うんだよ。
Nymphet maniaみたいな造語でも新たにでっち上げるか?
でもそれやるとNecrophiliaが入る余地が今度は消えるわけだ。
あーうぜーちょーイライラすんぜ……。
そもそも同性愛者はHomosexualの一言で終わりでいいだろ……なんで男性女性で分けて枠取ってんだよ調子こきすぎだろ。
ソレ言うとこっちも男女で分けてんだよなあ……。
そもそも小児性愛に関する単語が少なく過ぎるっつーか「出生~第二次性徴前」「第二次性徴後~法的結婚可能年齢」の所で単語2つ無いとおかしいはずなんだよ。
教育の進歩だかなんだか知らんが昔は12歳とかで結婚が当たり前だから、二次成長前に手を出す≒小児性愛で終わりだったのに、いつの間にかそこから5歳ぐらい上乗せされるからややこしくなる。
本当にムカツク~~~~。
こっちは初潮や精通も終わってねえ年代のガキには興味ねえんだよ。
ランドセルに射精する社会性の変態じゃなくて、セーラー服に包まれた若い体に興奮する正常な本能なの!
あーマジクソだわ本当世の中ってのは作りが雑すぎてイライラする。
そもそも異常性欲者は二次元でオナニーしてればいいだけなんだからイチイチ表に出てくんなよ。
別にこれ同性愛とかロリコンとかの話じゃなくて痴漢や浮気も一緒だからな。
浮気は一般性癖みたいなキショイ風潮いい加減なくせよマジでキモイんだよ。
二股しといて純愛ですとか抜かしてるドラマは放送禁止にしろや。
はーまじキモキキモキモキモキモキモいぜ結婚適齢期にちょうど欲情するだけの異性愛者と言うだけで大手を振って絶対正義ぶって風俗ではSMや赤ちゃんプレイ浮気相手にゃアナルセックスしてるようなド変態どもが僕たち真人間と言い張る姿ほどキモイものはねえ。
もし社会の価値観が、「内心の性よりも、外面の性を重視」するならば、
スカートを履こうとも女装したオッサンにしか見えない女性は、まわりの女性をビックリさせないために軽々しく女子トイレに入るべきではない——…のようなモラルが成立してしまう。
フェミニストで「お兄ちゃんはおしまい」は原作で読んでいる派です。
あなたの提示した問題点は、現在の社会が、少なくともはてなブックマークが、私が、受け入れられる限界ポイントを凌駕しているので、何も軽々には応えられない、という結論になってしまいました。
今のところの考察では、「女性は安全よりも安心を求めている、だから二次性徴前の性欲がないはずの男児さえ女子風呂で忌避される」「レズビアンを女子風呂に入れるな、という声はゼロ」「女性VTuber同士で乳房を揉んだりセクハラしたりイチャイチャしてもリスナーは問題視しないのに、男性VTuberが絡むと嫉妬する。レズビアンやトランスジェンダーの可能性を考慮しないで、男女接触にだけ嫉妬するVTuberリスナーは最新のモラル感覚を持ってるはずの若者さえ、数百万人レベルでLGBTフォビア」——…のような多岐に渡る問題に接続していて、頭がグシャグシャです。
二次元美少女絵って乳首が透き通るようなサーモンピンクやミルキーなピンク色で、なんか水風船みたいなツルツル感と光沢があるから、
あれに興奮するように刷り込まれてると三次元だと不能になり、子孫を残せないと思う。
黄色人種の三次元の女性だと第二次性徴迎えて女性ホルモンが増えると乳輪が黒くなりだして、更年期を過ぎて女性ホルモンが減少するまではカフェラテ色に戻らないし、
モントゴメリー腺があってボコボコしていたりもして、二次元美少女絵みたいなツルツル水風船?夏の涼しげな和菓子?とは似ても似つかない。
つか第二次性徴前の幼女も二次元美少女絵みたいなベビーピンクの乳首ではない…。黄色人種なのでカフェラテ色。
見た目がかなり別物だから不能になりそうだなって思う。浮世絵チンポ見慣れてたらリアルチンポが全部短小に見えるような、相当なギャップがあるよ乳首作画って。
3 この法律において「児童ポルノ」とは、写真、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって、次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。
一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態
https://togetter.com/li/2007424
とか
とか書き散らかしててゲンナリ。
『児童ポルノを「性欲を興奮させ又は刺激するもの」と定義』したのは
「表現の自由を守るため」だよ。
おまえら表現の自由が大事だと常日頃から主張してる立場じゃねーのかよ。
まず、なんで「児童を守る」のに買春とポルノの規制から入ったかって、そりゃ当時の日本が児童買春・児童ポルノ大国だったからだろ。
単純に規模がでかくて根が深かったからそこから始める必要があっただけ。
この神崎ゆきという人間の年齢を知らないが、多分まったく当時の日本を知らないんじゃないの?
1998年当時の日本じゃ、ブルセラとか援交とか盗撮とかの名前のついた中高生のポルノビデオは簡単に購入できた(※1)し、中高生を一部被写体とする写真誌(いわゆるエロ本)やら盗撮写真集やら(※2)が普通にコンビニ売りされてたんだぜ。
さすがにローティーン以下はマイナーだったけど、その手の書店に行けば普通に並んでた。大学の近くの古書店にも大量にあったな。
もちろん中にはスナッフビデオ(虐待記録物)もあったんだろうけど、そんなニッチなところより、まず被害がでかい児童買春(援交)と、市場が成立してて識別も容易なポルノから取り締まろう、というのは普通の感覚だと思うけどな。
次に、なんでこんな限定(「性欲を興奮させ又は刺激するもの」)を付けたかって言えば、既存の表現を萎縮させないため。
もともと公衆浴場や家族風呂の文化のある日本では子どもの裸への許容度が高くて、当時は二次性徴前の低学年くらいの子どもであれば、テレビのニュース映像に出てくることも普通にあったんだよ。感覚も緩かったから、ティーンエイジャーでも作品内で必然性があれば裸や半裸の子が出てくることは珍しくなかった。(※3)
だから、多くの表現者、作家、ライター、写真家、ジャーナリストは反対の声を上げたし、こういう制約つけたわけだよ。
ただ「子どもの肌が出てた」ってだけで既存作品が廃版になったり、報道が出来なくなったら困るからね。
※『性的虐待記録物という表現にしてたらポルノも取り締まれたんじゃないの?」という声については、これは個人の感想だけど、当時の感覚ではブルセラとかを「性虐待」で定義するのは難しかったと思う。
ちなみにそれだけじゃまだ限定が足りないと言うことで、2014年改正では単純所持禁止と引換に、以下の限定が追加されてる。
これも「表現の自由」を訴えた運動の成果であって、絶対に「ポルノを眼の敵にする矯風会の仕業」じゃない。
三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部、臀でん部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するもの
既にインターネットの片隅以外の児童ポルノ市場は消え去った今、スナッフビデオもターゲットにしてこーぜ、という議論をするのは良いと思うよ。
たださ、歴史改変はやめるべきだし、識者を任じてる人間が乗っかって騒ぐのはあまりにも恥ずかしいし見苦しいだろ。
※1 トラバで突っ込まれてたので補足。さすがに援交ビデオとかの一般店頭売りはなかった。ただ、チラシ通販やそこらの中古屋なんかで簡単に買えた(と聞く)。自分は購入していないのでここは伝聞で申し訳ない。
なお、販売業者の摘発はあったと思うが、買う側が捕まったという話は記憶にない。
※2 トラバで言及されてる「乳首なし」は英知出版等のお菓子系の話かと思うけど、少年出版社のとかは普通にヌードやモロの投稿写真あったと思うぞ。
※3 トラバにもあるように芸術写真路線での少女ヌード写真集は「性欲を興奮させ又は刺激するもの」の文言がなければ間違いなく即回収コースだったはず