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はてなキーワード: カテーテルとは

2019-11-28

まれて初めてピンサロに行った話

まれて初めて風俗へ行った。ピンサロというやつだ。

小学生の頃に不登校になって以来、ずっとひきこもりから同級生猥談した経験なんてない。だからヘルス」と「ピンサロ」と「ソープ」の違いがわからなくて、必死になってググった。

数少ない性知識から、「ソープって、FC2動画で見た『泡姫天使 高井桃』のやつだよな……」とあたりをつけ、長時間プレイ懸念して排除だって疲れそうじゃん。

残るはヘルスピンサロデリヘル? 実家暮らしから無理無理。ホテルを利用するつもりもない(けど、ラブホには一度入ってみたいかな……)。

最終的に、近所にあるコスプレ専門ピンサロへ行くことに。

電車を降りるまでは平気だったけど、入店する頃には身体中がガチガチ。割引料金を適用する合言葉すら忘れて、お相手選びへ。

小学校の一室みたいなスペースへ通されて、椅子に座らされる。

「あー、指名のための顔見せがあるのね」と思うじゃん。違うの。

出勤している女性たちが、変わりばんこに僕の足を跨いで、膝の上に座ってくれるの。

お尻や胸も下着の上からなら触り放題だって

そんなこと言われても、異性への接触セクハラだと教えられて育ち、看護師のボディタッチ一つでときめいてしま自分には何もできません……。

そしたら「こういうお店、初めてですか?」と跨ってきた女性指南してくれるの。

相手自称大学生。実際のところ、化粧のノリの悪い20代OLって感じ。普通に美人

吐息の当たる距離だし、恥ずかしいから抱きしめて視線を逸らしたら、「恥ずかしいよね」と抱きしめ返してくれる。「これが有償の愛ってやつなのか」と感動したよね。諸君、金で感動は買えます

そして指名のお時間

いかにもって感じの看板娘がいてさ、ドラマキッズウォー」で主演を務めた「井上真央」みたいな風貌なの。しかも一人は巨乳で、もう一人は巨尻(女の子の傾向を通して、店長の年齢が透けて見えるよね)。

正直びっくりした。なんで風俗で働いているの?アイドル目指さない?

場末ピンサロでこのレベルなら、飛田新地とかどうなってるの?AKBより容姿では上回っていたりすんの?デレステ声優より可愛かったりすんの?

熟考したうえで指名したのは、看板娘ではなく、一番愛想の良かったひと。ニコニコしながら、がんがん腰を押し付けてくるし、胸を押し付けてくる。もうこれ満員電車の比じゃないよ。ところてんの天突きだよ。

その後間仕切りされた小スペースにセガールみたいな仏教ズラで寝そべっていたら、お嬢の登場よ。

服を脱げってさ。

上も?下もですか?あ、ぱんつまで?僕がですか。洗う?ちんちんを?入院した時にされた陰部洗浄じゃないですか……勃起したら尿管に入っているカテーテルが動いて痛かったなぁ。

もうね、萎え萎え

触ってもいいと言われて胸を揉んでも、なんの情動も湧いてこない。

チェンソーマン 」のデンジ君がパワーの胸を揉んだ時も、きっとこんな感じだったんだろう。

dmmで買ったピジャ先生の新作を読みながら、自分磨きに勤しむ方が興奮したよね。ナイスバディのガングロギャルのやつ。

かたや面前にあるのは、風呂上りのお袋が見せ付けているシロモノよりも一回り小ぶりなおっぱい推定20代柔肌ぷるるん)。乳首にいたっては、小型犬のほうが大きいよ……。なんか現実って辛くない?

全然勃起しない僕に、「お金払って、疲れて、辛いよね?」と心配してくれるのは嬉しかったけど……。

男として生まれてきたことへの疑問と、それと同時に、愛に飢えていたのは勘違いなんだ、という気づき

ただの無い物ねだりに過ぎなくて、おもちゃを買ってもらった次の瞬間には興味を失っている子供のようだった。

「ところで吸っていいの」

「いいですよ」

「え、よかったの?」

おっぱい吸ったよね。キスもした。おふくろと弟以外とした、初めてのキスファーストキスなのか?

(粘膜を触れるのがOKなら、フェラもいけるのでは?……)

ということで、してもらった。

AVフェラじゃ「Real Street Angels わかば」が大好きで、いまでも時々見返す。この時ばかりは期待で胸が弾んだ。だがしかし、これが全然気持ちよくないの。

腰がぬける感覚がない。イラマチオをしたくなる感情の昂りもない。むしろ裏筋が痛い。なにこれ。

結局本番35分コースでは達せず……。30分追加して、キスしながら、おっぱいすいながら、お喋りしながら、フェラしてもらいながら胸を揉んだりと、ノルマを消化するような試行錯誤が続く。隣席の女性あんあん喘ぎ出したおかげで興奮して、最終的には達せたんだけど、帰宅後は白昼夢でも見たかのような感覚に襲われた。

賢者タイム?そんなものはなかった。あったのは虚無感と、喪失感女性を弄んだことに対する懺悔、そしてこんな体験に26000円(14000+9000+指名料2000+コスプレ1000)も払うのか、という後悔の念。

やったことのない事柄に対して、過剰な価値を見出す。ひきこもりにとっては、あるあるな失敗だった。

僕をピンサロへと衝動的に誘ったものとは、いったいなんだったんだろう……恥?憧れ?欠乏感?今となってはもうわからない。

入店するとき階段を登ったけど、大人階段を登れた気がしなかった。

2019-11-20

anond:20191120002550

そうなのか?そういうものなのか?

俺(元増田)はそれらのパーツを男に見られるのも触られるのも嫌だ。女になら例えば脱毛サロン病院等で見られたり触られたりは全く抵抗がない。

交通事故入院して女性看護士カテーテル挿入とかおむつ交換とかされたことがあるが、あれが仮に男性看護士だったならすげー嫌だ。

2019-11-09

anond:20191108201253

SNS児童ポルノとか違法情報監視する人

あと、商品開発の仕事で、直接消費者向けじゃないアイテム作ってる人。医療カテーテルとか農機具とか。

それからドモホルンリンクル工場しずくを眺めてる人

2019-08-10

銭湯行くとおばちゃんとおばあちゃんしかいないから恥ずかしい

入院するとおばちゃんとおばあちゃんしかいないから、点滴で着替え手伝ってもらうときとか尿道カテーテル抜かれるときとか恥ずかしい

同性なのになあ

2019-06-07

好きなエロワード5選

・淫紋

エロマンガで女の腹部に浮かび上がるあれのことをこう呼ぶらしい。断面図もそうだが、想像(創造)のみで存在する事象名前が付いて共有できるってすばらしい。

前立腺初期化

アナニー界のデファクトスタンダードエネマグラ。その説明書日本語誤訳からまれワード。実際にはバルーンカテーテルを用いて感覚リセットすることらしいけど、初期化ってとこらがなんともたまらん。俺も精通前に初期化されたい。

亀頭パンスト攻め

どっかの風俗サイトで読んだけど、亀頭を責める為の素材をいろいろ試した結果、最良だったのがパンストだったという奇跡

・コアガズム

筋トレしてる女性が全てエロく見える魔法言葉。コアガズムの半分は男の欲望でできています

あとなんかない?

2019-05-27

福生病院における透析中止は勇気ある英断

福生病院における透析中止は勇気ある英断

2019年3月公立福生病院における透析中止により、透析患者さんが亡くなった問題が、毎日新聞を発端として報道され、社会的に大きな問題になりました。

でも、これは「事件」ではありません。日常的にどこでも起こりうる事態で、おおげさにゴシップを躍らせたにすぎません。

報道によると、患者さん本人の「透析を中止したい」と言う意思表示があったものの、呼吸困難などが出始めてから「こんなに苦しいなら、透析をまたやろうかな」と

言う発言が見られたと言うことです。

しかし、患者さんの状態が悪く、長期留置カテーテルしか方法がないことを話されると、それは拒み、今現在の苦しみ、辛さを取り除いて欲しいと言う選択肢

とったと言うことでした。これはつまり透析はしたくないけれど、今現在の呼吸苦、尿毒症状の不快感をなんとかして欲しいと言う意味に当たります

まり尊厳死意味するもの”として解釈してよいと判断できます

長期留置カテーテル画像参照)=これは流石に私も拒みます

https://www.google.co.jp/search?q=%E9%95%B7%E6%9C%9F%E7%95%99%E7%BD%AE%E5%9E%8B%E3%82%AB%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%AB&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwii7ee28rniAhUhCqYKHf3KBo8Q_AUIDigB&biw=1608&bih=790

生きた心地がしませんし、日常生活もかなり制限されますものね…。

何より怖いです…。

〜もし、皆さんが、同じ立場であれば、どうしますか?よ〜く考えてみてください。

今回の件では、旦那さん同伴の元に同意書にサインしたのであるから病院側の落ち度はなかったことになります

また、病院側はそれ以前に、生体腎移植提案されており、患者さん本人も希望されていたとのことですが、こうした一連の経緯さえ報じていません。

毎日新聞をはじめとする又聞きで追随した新聞社、各種メディアも、 しっかりとした裏付けも取らず、いかに断片的な報道しかしていなかったと言うことなます

私自身も腎不全患者として直接、お話をじっくりお聞きしておりますが、新聞社偏向報道にはあきれ返りました。

病院側はしっかりと手順を踏んで、よくよく説明したうえで、同意書にサインしたにも関わらず、一部を切り取ったような記事により、社会的批判され、悪者扱いになってしまっていると言う内容に、個人的違和感を抱きました。

↓ 詳細は日経メディカルオンラインで読んでみてください。↓

https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t332/201904/560717.html

透析患者サイドから見ると、これはちゃん患者さんの意思尊重し、苦しみから解放して本人の意思としての「緩和ケア」を受け入れた病院側の大英断と私は思います

一部の無知な人たちが、この記事をいまだに「事件」として取り上げ、誹謗中傷している記事も見受けられます透析の「と」の字も知らない一般人でしょうね。

また、維持透析専門のクリニックでインタビューをしていたニュースもありました。

こうした都心のクリニックに通院される方々は大抵、労働者世代が多いです。

透析における恐ろしい合併症等がまだ出ていない透析導入して数年程度の方々でしょうね。

透析導入から数年は、威勢のいい声を張り上げることは可能ですが、10年、15年、20年と時を重ねるにつれ、様々な合併症が出てくると、、、、、

多分、何も言えなくなるでしょう。

中には、透析のおかげで健康になったとか、食事管理ができるようになったとか、都合のいいことばかり書いている患者ブログは読むに値しませんのでご注意を。

維持透析で、末期腎不全は決して良くなりません。あくま延命治療に過ぎないものであることを知っておいて下さね。

次回は「透析治療日常実態」を書いてゆきます

2019-04-25

anond:20190425190700

尿道カテーテルが入りっぱなしなんだろう。

まり、いつでもお漏らし状態

2019-03-04

ラリったはなし

むかしむかし、クスリでラリってやばくなったことがある。

といっても違法な薬ではなく、向精神薬ゾロフトという薬を個人輸入で大量に購入し、

酒を飲みながらミンティアのようにモグモグと食べたのであった。

適量はもう忘れた。食後に1錠とかだったのかな。

それを50錠だか60錠だかを、夜中に3時間くらいかけてモグモグ

そうすると段々と視界が歪んできて、チラチラと黒い影が見えるように。

飛蚊症みたいな感じ、目の前に虫がブンブン飛んでいるような。

そのうち体を起こしていられなくなってベッドに寝転ぶと、白い天井に何十匹もの虫がいるように見えて、

気持ち悪くてしょうがなくなり、目を瞑って眠れるよう尽力した。

だんだんと体が痛くなってきた。

最初筋肉痛のような感じ、しかし段々と体が硬直して動かなくなり、

肘や膝が曲がらなくなった。

そして喉が腫れた感じがして、息が苦しくなってきた。

ここで、

「あ、もしかして死にかけている?」

と感じた。

でもまあ、死にたくて薬を飲んでいたところもあるから、それはそれでいいか…と思ったけど、

身体は生きようとしていて、なんだか不思議だなあ、と思った。

とにかく痛くて苦しくてこれをどうにかしたくなってきて(死にたいのに)、

後日なんとか病院まで辿りつき。

見た目がメンヘラくさくなかったこともあって、

医者さんは「血液検査しますね~」と明るいノリ。

血を抜かれて、ぼーっと天井を眺めた。もう虫はいない。

検査の結果は明日ますので、午後に来院なさってくださいね

優しい看護師さんの声に少し癒されながらうまく動かない足を使って家に帰った。

食欲はないのでまたすぐに寝た。

薬は飲みたくて飲みたくて仕方なかったけれど、

なんとなく今飲んだら本当に死ぬんじゃないかって恐怖が優ってしまい(死にたいのに)、

飲まずに一晩を過ごした。

翌日、朝9時に病院から着信。

薬がないと眠れない体になっていた私はほとんど眠らずに一晩を過ごしていた。

午後から病院に行くのも億劫だったが、何事かと電話に出てみる。

そうすると、

「なるべく早急の対応必要となる結果が出てしまいました。午前中にご来院ください」

とのことだった。

マジか…と思いながらまたうまく動かない足をほぼほぼ引きずりながら病院に。

他に待っていた患者さんがいる中で、私はVIP待遇かのように最初に診察室に通されてしまった。

クレアチンキナーゼの量が異常値です。このままだと腎不全になります。大きな病院入院してください」

どうやら本当に結果がやばかったらしい。

クレアチンキナーゼというのは、筋肉に含まれていて、それが壊れた時に血中に出てしまうらしく、

それが平均値の300倍。

このまま放っておくとクレアチンキナーゼが腎臓に詰まって腎臓が壊れるので、

とにかくいっぱい水分を摂って血中濃度をなるべく下げて体外に尿で排出するしかない、と。

そして私が一歩歩くごとに筋肉はまた破壊され、クレアチンキナーゼが血中に流れ出てしまう。

そのため、絶対安静が必要。そのために入院してもらう、と。

大学病院へのタクシー移動を余儀なくされ、そこでも再度血液検査

結果は変わらず入院手続きをして病室へと連れて行ってもらう。

ぱっと見は大変健康そうな私であったが、車いすに乗せられ運ばされ、病室へ。

本当は尿道カテーテル必要だったが、若干20代前半の私を憐れんでか、トイレの近い病室にしてもらえた。

その日何リットル水を飲み、何度トイレにいったか、それを毎日記録し、担当看護師さんに伝えなければならない。

そして若さゆえに2週間は入院必要だと言われていたところを3日で退院することができた。

毎日水を大量に飲み、大量のおしっこをし、眠れないのでネットフリックス映画を観て。

自分中途半端死にたい欲でたくさんの人にご迷惑をかけてしまい、

結局死にきれず入院までして体を治そうとしていること、

本当に情けなくて落ち込んでしまメソメソ病室で泣く。

退院後、なんとなくだけど自分の中に「生きよう」とする気持ちがあることに気づいてしまったのか、

結局ODをすることはなくなった。

適量、ちゃんと処方された薬だけを飲んでよく寝るようにした。

そうすると精神的に健康になり、薬って適量だとちゃんと効くんだな!?(当たり前)と気づいたのだった。

とくにオチはないけど、そういうことがあったことを書きたかった。

いまわたし死にたいと思いながらもなんとなくまだ生きています

2019-03-01

anond:20190301221820

わかる

角度とか重要だよね

第97回

男性の導尿で、カテーテル挿入開始時の陰茎の下肢側からの角度はどれか。

1. 0度

2. 45度

3. 90度

4. 120度

https://www.kango-roo.com/kokushi/kako/detail/2552/1

解説

自然状態だと陰囊角部が曲がっているので導尿の際は通常90度(垂直)の状態にして15~20cm挿入し、陰茎の角度を60度くらいに戻してさらに挿入する

2018-09-19

看護婦さんにカテーテル入れられてるの気づいた時だけでも

恥ずかしさで死にそうだったのに

パンツも貸してもらえないVIO脱毛とか無理

意識バッチリある状態でま◯こ凝視されるとか無理

2018-09-13

だれか

父が肝臓がんの症状によって脳症になっていると診断された。

がんはもう手遅れ。高齢のため本人に告知もしていない。

って言うか、自宅で1人でフラフラになってトイレにいくにも困難な状態だったのに、病院に行くことを拒んだらしい。

なんとなく、自分で体調を把握していたのかも知れないと思ってたけど、入院して少しすると家に帰りたいと言い出す。

ちなみに、衰弱しており、酸素も、カテーテル?も手放せない。寝て自分で歩いたり起き上がることもできない。

こんな状態で、連れて帰ってくれと言われる。

まだ、本人がはっきりしているなら、少しは考えられる。

だけど、妄想のようなまざった出来事を話して、私と母に殺されると、言われてしまう。

つらい。

ここ数日は、連れて帰る気がないなら、殺してくれ。早く殺せと、小さな声で恨み言を言われる。

介護タクシーがあるとも聞いたが、家には起き上がりベッドもないし、家についたとたんに病院に帰るしかないように思う。

それでも、まともに考えられない状態になっている父の希望に答えるべきなのか。

冷静に病院で、このまま恨み言を言われたほうが良いのかな。誰だって、家で安らかに死にたいよね。わかってるけど、わかってるけど、肝性脳症ってこんなにもイライラ攻撃的になるのかな。

しんどい

追記

ありがとうございます。確かにメリットデメリットしか考えられていないですよね。

8月末に余命は数週間と、言われ介護認定にも間に合わないようなことを言われました。

改めて主治医に聞いたところ、口から栄養が取れないため退院も無理。今は車イスにも乗れずストレッチャーでの移動も体力的に厳しいため、本当なら一時外出も賛成とは言えない。と言われました。

またホスピスでも、今の病院でもターミナル期は過ごせると聞くことが出来ました。

ただ、本人の強い希望なら命の限界が来ても家に少しでも帰してあげたいと言う気持ちになりました。急いで家に電動ベッドをなんとか用意したいと思います

ありがとうございました。

2018-08-03

[]

オーバードーズから救急搬送入院退院してきたよウェーイ

しんどかった

最近の薬は多量摂取してもそうそうひどいことにはなんないって思ってたけどそれは市販薬に限った話か

処方されたものなら危険もの簡単に手に入っちゃうんだな

カテーテルで胃液抽出されたのは入れるのも出すのもいれてる間もずっとしんどかった

尿道カテーテルは出し入れするとききつくて入れてるときは割と平気だった

要注意患者ってことでナースステーション近くのベッドにいたけど、そばのジジババがボケててうるさくて全然寝れなかった

父方の祖父ナースコールオオカミ少年化して本当に大事ときに駆けつけてもらえなくて死んだらしいが、

隣のばーちゃん絶対そうなりそう

というか普通病院のはずなのに老人ホーム精神病院にいるみたいで発狂しそうだった

すでに精神病んでるはずなのに

入院はじめてしたけど病院食まっずい

唯一の楽しみだったのに一番おいしかったのはプライベートブランドのりたまふりかけ

保温しすぎた松屋朝定のごはん食ったときレベルのまずさだった

松屋ゆるさんもう二度といかんと誓ったあの日

オレソーセージエッグ食べるのっつーか朝定食べるのはじめてでワクワクもんだぁって思ってたのにその期待をあっさり裏切りやがって

医者会社ヘラヘラした人事に似てて原辰徳

点滴と尿カテでずっとベッドにいる

ひたすらipodマンガ読んでた

老人ホーム疑似体験スタッフ不足をありありと実感した

でもなんとなくみんな活力があっていきいきしてる気がした

死んだようにデスクワークしてたオレとは大違いだ

隣の芝生理論なんだろうけど

30分、下手すりゃ10分ごとにナースコールされたらたまったもんじゃないしな

隣できいててほんといたたまれなかったわ

さびしーんだろうなあ

おじーちゃんがきてるときはそれなりにしっかりしてるようにみえるし、毎日こなくていいのよなんていってるのに

さびしいのはわかるけどスタッフはずっと相手してるわけにはいかんしなあ

年取ったらどんどん赤ちゃん返りして1対1のコミュニケーションがまた必要とされるようになってる気がするわ

寂しくなったおばーちゃんがおじーちゃーん!って叫ぶのにたいして、そばのベッドのおばーちゃんがハーイ!って変死するのは少しフフっwてなったけど

でもナースコール無視されるようになったからって戸棚の引き出しや扉をバンバン開けしめするのはやめてくれよ

ほんと発狂しそうだったわ

それに味をしめて常習化する前に退院できたからよかったけど

なんか地獄垣間見た気がするわ

全然マシなんだろうけども

病院老人ホームの違いがわかんなくなる光景だった

とにかく退院してまたいろいろあってやっぱり死んだほうがよさそうだから片付けして死ななきゃ

やるなら絶対くびつり

オーバードーズによる自殺がきつすぎることは身にしみてわかったか

というか今回のオーバードーズはまったく死ぬつもりなかったからほんと失敗した

2018-07-19

アニメセクハラに耐えられなくなってきた

からアニメが好きで、季節ごとに全アニメ1話を見て、取捨選択して見ていた。

この数年、その熱意が消えてしまったので理由を書いてみる。

1. おっぱいアニメが多い

1話無駄おっぱいが出てきたら切ることにしている。

実は例外もあって、志倉千代丸の「オカルティック・ナイン」は、ヒロイン爆乳を通り越した奇乳や、「ぽよよーん(?)」などの無意味発言の多さで"おっぱいの大きなバカ女"のステレオタイプだったので一度は切った。

でも謎の部分が気になって見始めたら、グングン引き込まれて、ヒロインバカさも気にならないほどに。

(こういうのがあるので1話切りは損することもある。)

同じ理論男性キャラばかりのキャッキャウフフもの1話で切ることが多い。

害はないが特にもならないからだ。

2. 無駄に喘ぐ女性キャラ

シドニアの騎士」の1話だったか最初の方で、エヴァでいうところのプラグスーツ的なものに着替えるシーンがあった。

身体にかなり密着するというそスーツは、着替えると尿道カテーテルが挿入される設定だったと思う。

男子普通に着替えていたのに、女子カテーテルが挿入されると頬を赤らめて喘いでいた。

…ねーわ!!!

カテーテルで喘ぐとかないし、何度も着ているはずのスーツで毎回喘いでいるのかと気になった。

怒りと呆れで観るのを辞めた。

こんな理由アニメを切っていくと、殆ど観るものがなくなる。

1話確認するのすら面倒になった。

今見ることがあるとすれば、

1. 原作おもしろいと分かっているもの

2. 1期や2期でおもしろかったものの続き

3. SNS話題のもの

などのごく限られたものになった。

ちなみに、好きなアニメ攻殻機動隊SHIROBAKOシュタインズ・ゲート

2018-07-10

カテーテルの利用法

女の子尿道カテーテル挿入して排尿させたら楽しかった、みたいな話をしても意外と引かれない

2018-07-01

今年外科には誰も入局者がいなかった

嘘のような本当の話だ。

俺は呼吸器外科を専門にしていて今年で医者19年目になる。

昨日の人気エントリーに入っていた研修医2年目の子の話https://anond.hatelabo.jp/20180630150652を読んで俺も書こうと思った。これは俺個人意見から外科先生みんながそう思っているわけじゃない。だから批判するなら俺だけにしてほしい。

俺のころはまず初期臨床研修制度ってものがなかった。2年間いろんな科をローテーションするってやつがなかった。だから当時俺たちは卒後すぐに診療科を決めなくちゃいけなかった。俺は家が病院ってわけでもなかったから、何科に行くのも自由だった。だからこそ悩んだよ。だってまだ俺その時25才だぜ?25才で一生やってく仕事なんてそんな簡単に決められねーよ。学生時代に2週間ぽっち診療科グルグル見たってさ、たった2週間だぞ、そんなんで決められねーよ。

でさ、悩んだ挙句俺は呼吸器外科に入ったよ。入った理由はさ、バスケ部の先輩にグイグイ引っ張られてっていうただそれだけ。2個上の可愛がってくれた先輩が「外科はおもしれーぞ。俺んとこ来いよ」って飲み会の席で肩に手を回してきて「外科はいいぞ、毎日楽しい」って言うもんだから酒の力もあって俺は入局宣言した。でも別にこれは今でいうパワハラなんかじゃなかった。嫌ですって断ったらきっとすぐ解放してくれたろうし、何よりその外科を語る先輩がすごく楽しげだったんだよ。

入局してからはさ、毎日しかったよ。でも楽しかった。最初のころは丁稚奉公みたいな感じで上の先生アシスタントとしてちょこちょこ術野を動き回ってた。外科系は体育会系の熱いやつらが多くていっぱい叱られたよ。でも仕事が終わった後医局でたまに開かれる飲み会はいつもベロンベロンになっていた。みんな外科が好きで、いつもこの前ああ切った、あの時もっとああすればってのを酔っぱらいながら話すんだ。うちのとこは教授ガンガン術野に入った。雲の上の存在だと思ってた教授だったけど術野で隣にいると不思議距離が近いように感じたよ。教授大事にしている日本酒をこっそり講師先生が出してきて飲んだのもいい思い出だ。

外科のいいところは昨日出来なかったことが努力次第でできるようになるところだ。最初は教えられた外科結びを先輩に遅せぇなぁとからかわれながらやっていた。でもやればやるだけ少しずつ速くなる。今ではすっかり俺も教える側でからかう側だ。

術式もどんどん新しくなっていく。より侵襲が少なく、より速くに進化していくんだ。今は開胸よりも今は胸腔鏡手術が主要になってきた。胸腔鏡手術…VATSっていうのは胸に2,3cmくらいの穴あけてそこから細長い鉗子やカメラを突っ込んで、画面見ながら手術するんだよ。すげぇよな、胸開かなくていいんだぜ?俺も初めてやった時、すげぇな、本当に面白れぇなって思った。群馬大の腹腔鏡手術の件は医局でも結構話題になった。やっぱり腹腔鏡とか胸腔鏡ってのはすごく難しい。一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。俺のいる大学病院は週3回、大体一日2件手術があるけど、自分が入る手術はその半分くらいだ。それだけの手術じゃ上手くなりようがないか時間外にトレーニングルームに籠って練習する。でも努力した分今日やったことが明日もっと速く、正確に、できるようになる。だから俺は結構好きだし他のやつらも結構好きなんじゃないかと思う。

たださ、若いやつらはどうなんだろうな。外科系は肉体的にキツいってのは本当だからさ。俺の所属する呼吸器外科はまだ手術時間は短い方だと思う。大体3~4時間だ。胸膜癒着とかあれば6時間かになることもあるけれどそんなのはしたことじゃないさ。心臓血管外科脳神経外科なんて1日術野に籠りっぱなしだ。中には椅子がなくて座らずにサポートする先生もいる。昼食休憩や交代はあるところはある、ないところはない。だから外科先生基本的に痩せているよ、食う暇がないから。

実習生研修医はそれを見て外科に入りたいって思うのか、心配だった。俺のころとは随分違って彼ら彼女らは吟味する時間が十分に与えられている。外科を選ばなくていい理由なんか山ほどあるんだ。眼科耳鼻科皮膚科泌尿器科のようなマイナー科の誘い文句は「内科系の管理外科系の手術もうちの科は出来ますよ」だ。内科業務の合間にちょっとした手術もなんてまさにいいとこどりで魅力的な話だと俺も思う。眼科白内障の手術なんて30分ごとに患者交代で1日10件もやれる。

次に俺たちは思っている以上に開業が難しいってことだ。体力が落ちてきたら町医者開業って未来がない。いくらVATSが出来るようになっても医局や大病院を出てしまえばそんな手術できない、器具設備もオペ看もないからな。その点内科マイナー科は忙しい業務が辛くなれば辞めて開業して悠然と働けるじゃないか。賢いというか自分の将来を見据えている学生研修医ほど外科を選ばない時代がきているのだと思う。

俺の奥さんは専業主婦で家のことは全部やってくれている。俺はひたすら手術に打ち込んでて家事育児をそこまで手伝ってあげられなかった。それでもうちの奥さんは優しくて毎日アイロンの効いたシャツを渡してくれるし、息子は息子で部活のことをそこそこ話してくれる。家族に恵まれたと思う。本当に感謝しているよ。だから、もし俺がもう少し忙しくなかったら家族もっとしてあげられることがあったんじゃないか、と考えることがないわけじゃない。

成績順で上から決まってくアメリカと違って日本医師自分希望する診療科に就くことが出来る。だから一回「辛い、キツイ」って印象がついた科は敬遠される。敬遠された科は残された人の業務が増えますます「辛い、キツイ」の印象が強くなる。このまま外科に入局する研修医がいなかったら、外科世界はどんどん高齢化していく。農業伝統工業のように継承していく若者がいなかったらきっと衰退していく。内科が行う内視鏡カテーテルで診断はつきました、ただ切って治す人はいませんの時代が来るのかもしれないな。

「これ、いくらだと思う?」

術野に入る学生にはこうしてVATSの自動縫合器を見せるようにしている。一緒に入るオペ看や助手にはまたその話かって目で見られるけれど、この機械カートリッジだけでなく本体すら使い捨てで数万円~数十万だと言うと彼らは驚いた顔をする。その顔を見るのが好きだ。そうだ。俺たちはここで、最新式の機械で最新式の術式で最高の医療を届けているんだよ。こんな些細な会話が彼らの胸のどこかに刺さって、外科に興味を持ってくれたらいいと思う。俺も教授や先輩から教えられた技術経験もお前に教える、何よりさ

外科はおもしれーぞ。俺んとこ来いよ

2018-06-24

母の作ったからあげが食べたい

私の母は3年前にがんで亡くなった。まだ50代半ばだった。

ヘビースモーカーだった母が肺がんを患ったのは、まあ仕方ないことだったのかもしれないが、

驚くべきスピードでがんは進行し、病名告知からわずか1年も経たずに、母は逝ってしまった。

余談だが、母は病気がわかってから煙草を吸いたいと言っており(禁煙はしていたが)、

喫煙の習慣性、あるいは依存性は恐ろしいと思った覚えがある。

当時は正直あきれてしまった。

これは私が喫煙者でないから、彼女の心情はあまりからなかったのだろう。



病名告知の時点で、種々の抗がん剤が効かなければ、手術の適応にすらならないと言われていた。

がんだとわかった時点でもう左の肺はレントゲン上で真っ白、ほとんど機能していなかった。

この時から、本当は近い将来母が死ぬことはわかっていたのに、わたしはこのことについてきちんと考えることすらしなかった。

残された時間が短いことはわかりきっていたのに、5年後、10年後も母は生きていると信じていた。



亡くなる2か月前、母は治療してもらっていた病院退院し、自宅療養となった。

母が言うに「医者に見放された」ようだったが、これは現在のがん治療方針を考えるとしかるべき流れだったのだろう。

わたしとしても主治医に思うところがなかったわけではないが、それも仕方ないことだろうと納めていた。

とあるごとに、母はこのことについて主治医に恨み言のようなものを言っていたが、そうだね、としか返せなかった。

一人暮らしをしていたが、父や兄弟からヘルプがあり、仕事を辞め、実家に戻って母の介護をすることになった。

少し回復しては悪化し、またそれを繰り返し、だんだんと母はできることが少なくなっていった。

呼吸が乱れて大好きだったお風呂に入れなくなった。

歩けなくなった。立てなくなった。座れなくなった。

トイレにも行けなくなり、オムツになった。

スプーンすら持てず、自分では食べられなくなった。

オムツを変えて、体を拭いて、食事の介助をして、いつも母の隣にいた。

浮腫がひどく、水分出納バランスを見なくてはならないときにはバルーンカテーテルも入った。

私は看護師だが、所属が全く違うために寝たきりのバルーンはすぐ詰まることすら知らなかった。

母はバルーンが嫌で、少しでも違和感があると、流出問題なくてもカテーテルの交換をしてほしがった。

ほぼ1~2日おきだったと思う。

訪問看護師さんに頼んで、バルーンキットを何個か家に置いて行ってもらっていた。

母にバルーンを入れるなんて、看護師になった当初は想像もしなかった。

夜中は背中が痛むといって隣で寝ている私にさすってくれないかと頼んだ。一晩に何度も何度も。

さすがに私も眠くて、いら立って「もういい?」と言ってしまう夜もあった。

はいつも「ありがとうね」と言っていた。



でもそんなこと、何度だってしてあげればよかった。

死んでしまったらなにもできない。

母が好きだったもの、したかたこと、なんでも話せばよかった。

母の声はどんなだったかときどき思い出さないと忘れてしまうのが怖い。

母が何を好きだったのか、どんな夢があったのか、なんとなくしか知らない。

できないことが増えていく母がどんな思いだったのか、きちんと聞けばよかった。

あんなに一緒にいたのに、看護師なのに、

母に何もできなかった。

本当に親不孝な娘だ。



私は小さいこから母が作るからあげが大好きだった。

そのレシピは、地元スーパーにおいてあったチラシに書かれていたもので、

中濃ソース醤油ケチャップなどで味付けがしてあった。

一人暮らしをして以降、実家に帰ると必ず母はからあげを作ってくれた。

母が自宅療養となって、あるときこのからあげのレシピを教えてあげる、と言った。

自分はもう作ってあげられないだろうからと。

縁起でもないといって私は聞かなかった。

あのとき素直に聞いておけばよかった。

もう母はいない。

夢に出てくる母はいつも病気になる前の、元気で働き者の母の姿をしている。

病気になったのは夢だったんだな、よかった、と思ったところで起きる。

そして、もう母に会えないことを思い出す。

もう一度母が作ったからあげが食べたい。

時間が悲しみをいやすというが、あれは嘘だ。

いつまで経っても悲しいままだ。

2018-06-13

カフェイン30gと睡眠薬100錠を入れて死にかけたお話

1年以上経って落ち着いてきたので、いまなら書けるとおもう。

あれは忘れもしない去年の4月30日だった。

当時26歳の私は、大学課題卒論、日々の日雇い仕事性別違和精神疾患父親との不和、などさまざまな問題を抱えながら日々をやり過ごしてきた。

4月29日の夜、いつものように睡眠薬抗うつ剤抗不安剤女性ホルモン剤を入れて布団に入った。

眠れない。

仕方がないからしばらくネットサーフィン資格試験勉強などで時間を潰し、眠くなるのを待つことにした。

朝の6時になっても眠れない。

これはもう仕方がない、ひとまず眠れるまでは寂しいし誰かと通話しよう、そう思った私はSkypeで連絡を取れそうな人物と話をした。

大して内容のない話だったとおもう。本当にとりとめのないことを2時間半くらい話した。

そうしたら通話相手が、いまの私の現状に同情したのかなんなのかはわからないが、泣き出した。

泣いている人物と会話を話をするのはあまり得意ではないのでここらへんで通話はやめよう、そう思い、一応なだめて落ち着かせてから通話を切った。

通話後、自分なかには将来への不安感、絶望感、焦燥感、そういったものでいっぱいになってしまった。

そういえば、カフェインを大量に服用すれば死ねるということを聞いたことがあったのでインターネットで調べた。

私の体重カフェイン摂取致死量は15g。ならその2倍服用すればほぼ確実に死ねるだろう。

このあたりで私の頭の中は死ぬことでいっぱいになってしまった。

そして手元にあったカフェイン剤をきっちり30g分用意して、そしてそのまま眠って死ねたらいいなと思ってルネスタやらロヒプノールやらマイスリーやら合わせて100錠くらい準備した。

そして、一気に、手元にあった炭酸飲料で飲み干した。

カフェインの錠剤が大きかったため、何度かに分けて飲んだ。胃酸だろうか、せりあがってくる液体も無視してすべて飲み干した。

飲んでから20分くらいは特になにもちょっと変な感じかな、その程度の身体違和感しかなかった。

30分もすると強烈な吐き気がきて、ああこれはもう我慢出来ない、そう思いお手洗いで吐いた。ロヒプノールの色素のせいか青色の吐瀉物が出た。

何度かえづいていると、1階にいる母に大丈夫?と声をかけられた。大丈夫ではなかったので素直に大丈夫じゃないと言った。

なんせ強力な吐き気それからめまい身体が動かない、もう自殺したいだなんて思わないか身体を楽にしてくれ、そう思った。

母に水を飲まされ、何度も吐いた。母が救急車を呼んだらしく、部屋に救急男性が2人入ってきて、担架で救急車に乗せられた。

このあたり、正直なところあまり記憶がないため、細かいことを思い出せない。ただ、意識チェックなどを受けたことは覚えている。

それと、ごめんなさいごめんなさいと何度も謝っていた。

病院へ着くと、まず胃洗浄を行った。鼻にチューブを通され、洗浄水を入れたり、胃の中の悪い水分を抜いたり。

その後に、活性炭を投与された。胃洗浄は苦しいという話を聞いていたが、正直尿道カテーテルを通されるほうがしんどかった。

胃洗浄が終わると、病院着へ着替えさせられ、CTスキャンの部屋へ移動させられた。そこで強烈な吐き気

CTスキャンが黒い吐瀉物でまみれてしまった。ごめんなさいごめんなさい、ひたすらに謝る私。

その後で、病棟に入り、尿道カテーテルを通され、全身管だらけになっておむつもつけられて待機。

はずかしいはなしだが、何度も看護師さんにおむつを交換されてしまった。

それと尿道の管の違和感が苦しかったのでお医者さんに抜いてもらった。

深夜になると、とても苦しくて寂しくて、泣いてしまった。

一緒に病棟状態を見守ってくれた母がやさしく手を握ってくれたのを覚えている。

それから、こんな風になってしまってごめんなさい、と何度も謝った。

そして、明日には退院できるようにならなければ(その明後日に欠席不可の科目があったので)という気持ちが徐々に湧いてきた。

ODから1日経ちお昼になった。確かハヤシライスが振る舞われたと記憶している。

正直、食欲なんてまったくなかった。それでも、ご飯が食べられないと退院できないと聞いて、必死に食べた。

付け合せのレタストマト、デザートのバナナツナサラダ、そしてハヤシライス。軽いものから重いものへ順々に食べ、1時間近くかけてなんとか完食した。

その後はリハビリがてら、ちょっと歩いたりした。それは特に苦痛ではなかったのだが、最後に大きな問題が立ちはだかった。

自力排尿できなかったのである

いくら尿意を感じて力を入れても、1滴も尿がでない。尿が出ないと今日中に退院できないと聞いた私は数時間かけて排尿の練習をした。

そして、看護師さんに見守られながら、おしっこができたときは、すごく感動というか、開放感というか、達成感に近いものを感じたとおもう。

夕方になり、お医者さんに退院しても大丈夫との許可を受ける。

優しく接してくれた看護師医者さんの方々に深々とお礼を言って病院を去った。

そして実家に帰り、お風呂に入り、早めに寝て、次の日は大学だったのでまた普段日常に戻ったのでした。

今回の件で、絶対ODでの自殺企図はしないぞ、と固く心に決めたのでした。

・いまの現状

あれから精神は少しずつ落ち着き(結局大学卒業できなかったけれど)、念願の恋人との同棲も叶い、基本的には主婦としてやっています

たまに日雇い仕事を入れたり、電気系の国家資格勉強をしたりと、日々それなりに落ち着いた生活をおくれています

実家から離れることで、父親との不和も解消したし、精神が弱っているとき彼氏さんに支えてもらっています

たまに、彼氏さんと喧嘩したりすれ違ったりしているし、やっぱり将来への不安はあるけれど、いまは、しあわせです。

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