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はてなキーワード: 朝練とは

2019-05-22

体罰肯定する生徒

ちょうど体罰全国的問題になっていた中学生の頃、弁論大会に向けたクラス内発表で体罰肯定した女子がいた。彼女の主張は「口で言ってもわからないこともあるから体罰は仕方がない。むしろ私はそれで成長できた。」という内容。国語先生苦笑い、生徒の中にも目配せし合うものもいた。

彼女所属していた女子運動部コーチはその作文の1年前に、体罰問題になって辞めさせられていた。

体罰の内容といえば、ボールが取れない女子生徒の顔に全力サーブ、不真面目な生徒(とコーチ判断した生徒)に体育館の端でずっと筋トレさせる、大会の結果が悪いとベリーショート強制、遅れてきた生徒にグラウンド12周、のようなもの

保護者の間でかなり問題視されていて、不登校が出たことで取り沙汰されて、そのコーチ部活を去った。教師でもなんでもない、近所のスーパー店長だった。

それなのに、元体罰部活動に所属しているクラスメイトがまさか体罰肯定発言。驚いた。名もない弱小校の運動部で、朝練夜練を強制され、いわれもなく怒鳴られ、ボールをぶつけられることが彼女にとって成長の糧だったのかと。競技の上達のために、怒鳴られたり、体罰を受けたり、塾をやめて夜遅くまで部活動に専念したりする事、滅私奉公部活動に生活を捧げる事、その結果競技が上達する事、それが成長なのか?

彼女最後の中総体は例年より少しだけ良い成績を収めた。体育の先生になりたいと言っていた彼女は、いつかキーキー下品に怒鳴る女体育教師みたいになるんだろう。

教育者といえば、ある程度の良識品位を持ち生徒を一人間として敬意をもって接して欲しいものだが、怒鳴ったり体罰を行う後進的かつ野蛮な教育がまかり通っているのが残念でならない。

叩かなきゃどうにもならないクソガキは確かにいるのだろうけど、叩いてわからせる主義の人はその区別をつけずに、対話という手段をすっ飛ばして叩く。自分は苦しんで成長したからと、人を苦しめることに正義を見出す。正義の人を止めることはもうできない。大人になって信条が変わることなほとんどない。そんな正義の人をもう生まないためにも、やはり体罰は良くないと思うのだけれど、体罰経験のまともにない苦労知らずの自分の話など彼女たちは聞いちゃくれないのだろう。

2019-04-24

部活を辞めたいあなたへ

労働疲れた新社会人へのメッセージはそこそこ集まってきた(だろう)から、ここでは部活動疲れた新大学生へのメッセージを送りたい。

前提として、大学部活動というのは結構ハードもので、現役3年間の80%を注ぎ込むことになる。友達はできるし飲み会もたまにあるが、それは「部活」のコミュニティのもので埋まると思った方がいい。

これはそういう部活に入ってしまった大学1年生に向けて書く。

まず、今すでに「部活きっかけで大学に通いたくなくなった人」「毎日部活行きたくないことで頭がいっぱいになっている人」「体調を崩し何らかの病院に行った人」は早急に退部の措置を取るべきである

まだ4月からもう少し頑張ろうとか、これから慣れるとか、自分で思ったり先輩に言われたりとあると思うが、これに絆されると上記の80%が失われるため、恐らく大学生活は楽しめない。

特に「体調を崩し何らかの病院に行った人」はいずれ辞めることになるか、単位を逃しまくるか(勉強を捨てる)の2択なのですぐに退部を考えた方が良い。

部活推薦という形で受験し、部活動前提で入学した自分は、入学式の少し前に1週間の「事前合宿」に参加した。所謂THE体育会系で、早朝5時起床で朝練習、寮用キッチンへと走り朝食準備、昼練習、寮用キッチンへと走り昼食準備、夜練習、寮用キッチンへと走り夕食準備、風呂支度、ミーティング自主練、12時就寝、というスケジュールを過ごし、正直そこで心をやられた。

新入社員研修合宿とかもこんな感じなのかなと思う。

この体験後に入学毎日部活に勤しむ日々が始まったわけだが、ここで上記の前提に気付き始める。終電で帰る先輩と終電が無くなり泊まり込んだ先輩のラップバトルは非常に参考になった。(退部決意の)

さて、結論から言うと1年生の5月末に退部するのだが、この間に内科メンタルクリニック学内カウンセリングへ通った。メンタルクリニックはろくに予約が取れず1回話しに行って終わったが、カウンセリングは何度か通った。(それでも空きはあまり無いようだった)

同時進行で「辞めたい」という話を先輩に持ち出した。体調不良で休むことも増え、部活に来なさいメールがバシバシ届き、この時点で円満退部は無理だった。「まだ早い、これから慣れる」「残りの同期の負担は考えないのか」など引き止められた。本格的に話をつけるときは2ヶ月間溜まりに溜まった鬱憤をぶつけられた。「お前に使った時間を返せ」「自分に甘い」「一生中途半端にして生きていけばいい」

退部した日の夜お寿司を食べた。

部活推薦だから退部できない…という人にも逃げ道になればと自分体験も書いた。(ちなみにほとんどの場合退部=退学にはならないが、母校から部活推薦は難しくなる。あなたが辞めたい部活に後輩を送り込みたくないと思うから、そこは考えないほうがいい)部活動に取り組む人を否定する気は無いが、大学卒業し働いている今も、退部が最良の選択だったと思う。自分には合わなかったというだけだった。

あなた部活を辞めたいのなら、まず「サポートをしてくれる大人」に相談する必要がある。上で言う「学内カウンセリング」とか、学生課(親身になってくれないかもしれないが…)とか、親でもいい、とにかく部内の人間でない大人

そして、先延ばしにしない。

答えを曖昧にしない。

間違っても「匿名ユーザーが勧めたから」なんて退部理由はやめるべきだ。あなた自身しんどいのならそれが理由だ。もう少し頑張りたいと思えるなら、それを止めたりしない。

あなたには大学生活を楽しむ権利があるよ。

良い思い出になるような4年間にしてね。

2019-03-29

テニスの才能が無かった

田舎中学軟式テニス部活をした。当時は内田良教授もいなかった頃、朝練、昼休み夕方、土日も当然、がっつり練習した。もともと運動が得意でない割に、練習量でカバーした分が功を奏したのか、中1のときに県でベスト4ぐらいには入った。

ある日、バスケ部主将運動得意)が遊びに来てテニスをしていた。全く未経験のくせに、球の弾道がやたらいい。よく観察すると、ボールラケット中央にしっかりミートしている。

改めて、自分ラケットをよく覗いてみた。すると、ボールの跡が見事に中央から左上、変なところにだけついていた。私は愕然とした。「これじゃボールを打っても気持ちよくないのでは。。」

そこから練習苦痛しかなくなった。自分でも矯正しようとしたが、どうしようもない。内田良教授問題提起をしてくれる時代でもなく、技術の無さを練習量でカバーしようとしていたのだろう。しかし、なにしろ練習すればするほどどんどん不快になっていく。

中3のころにはただひたすら苦痛しかなくなっていたが、田舎中学で途中でじゃあやめるという選択肢は思いもつかず、最後は県大会で1回戦負けとなった。周りのチームメイトは皆泣いていたが、私は悔しいとも思わず無駄な日々を過ごしたのではという虚無感に苛まれた。

あれから十数年たち、配偶者とその友人とテニスする機会があった。改めてうまくない。ボールが必ずラケットの左上にあたって、打てば打つほど苦痛であるあの日々を思い出した。

2018-11-06

体育会系部活社会の縮図だった

マーチングバンドをやっていた。

休むことは基本的に許されていない。

体調不良で休むのはありだ。

夏休みでも学校に行った。

土日休みで十分だった。

先生朝練をやると言えば、文句も言わずに行った。

そもそも部活は「やりたいから」やってた。

いじめを苦に亡くなったニュースを見た。

夏期休暇で皆が部活をしているとき

沖縄旅行に行っている」写真ツイッターに載せたようだ。

会社に言い換えるのは、やり過ぎな気もするけど

みんな忙しく仕事をしている中、慰労休暇をとり「沖縄旅行に行っている」と写真を載せたようなもんだ。

まぁ、ツイッターを見る方もバカ

ツイッターに載せる方もバカなんだが。

載せなくても良いものを、わざわざ全世界に見えるところに載せちゃうようなところをみると

普段から空気読めてなかったんじゃないかと思う。

まぁ、休んじゃいけないなんてないし、

休むひとを恨むのもおかしい話だけどね!

ほんと会社みたいだw

2018-09-21

BLが好きなんだけど二次創作が本当にだめ。少年誌で連載されてるスポ魂作品二次創作BLって本当に多いけど、やっぱりだめ。だって部活頑張ってる少年たちが毎晩部室でセックスするわけないだろって思っちゃう朝練ある前の晩にセックスするわけないだろ。恋愛してる暇なんてないくら部活に熱中してるじゃん。

BL商業ものでじゅうぶんなんだけどなあ。BLというと圧倒的に二次創作OK派が多くて嫌だなあ。てか二次創作ってなんだよやめろよ

2018-08-28

中三から引きこもってからもう8年になる

毎日のように遊び呆けていた小学生時代も終わり、中学生になった。

最初不安だったが1年の頃はそこそこ楽しかった。 新しい友達も増えた、部活楽しい小学生の時ほどではないが遊びにも行けていた。

2年生になり学習塾へ通い始めた、テスト順位が下がってきていたからだ。

思えば、この時から歯車が狂い始めていたのかも知れない。

学習塾に入ったことによって、元々少なくなっていた自分時間さらに狭まり、無いも同然になっていた。

4時に起床し、5時から朝練、8時から授業が始まり16時に終わる。そこから18時まで部活をして帰宅

だが19時から学習塾があるので、すぐに家を出て、家に帰れるのは21時過ぎ。ここに来てやっと自分時間が取れる。

かと思いきや、また明日朝練があるのでもう寝なくてはいけない。

ただでさえ1日に8時間睡眠を取りたい自分にとってはかなりキツいスケジュールだった。

そして運命中学3年、もう何もかもが苦痛だった。

まり続ける睡眠不足、疲労、ストレス、解消する術も無かった。

夏休みに入り、これで少しは休めるかと思ったがそうもいかなかった。

依然として部活はあったし、学習塾受験が控えているということもあり張り詰めていた。

そんな夏休みも終わり、始業式の日がやってきた。

その日は頭痛持ちだったこともあり、朝から酷く頭痛がして布団から出られずにいた。

「頭がすごく痛い」

そう母に言うと、自分の予想していたものとは違う言葉が返ってきた。

「それじゃあ休む?」

少し困惑した。てっきり「頭痛薬でも飲んでさっさと行ってこい」くらいは言われると思っていたからだ。

しばらく考えた後、こう答えた。

「休む」

甘えた。 間違いなく歯車が外れた瞬間だった。 引きこもり誕生だ。

それからはタガが外れたように休んだ。

最初今日も頭が痛いと仮病を使っていたが、1週間もすればなんの理由もなくただ家で寝ていた。

結局そのまま学校には一度も登校せず、卒業式にも行かなかった。

今思えばさっさと部活をやめていればこんなことにはならなかったと簡単に言えるが、この事に気づくのに2,3年は掛かった。

当時の俺はそんなことにも気付かないくらい切羽詰まっていて、ストレスで正常な判断が出来なくなっていた。

部活をやめれば内申点に傷が付くと思い込みストレスが溜まるのは自分が弱いからだと思い込んでいた。 実際そうだけれど。

部活をやめていれば、誰か周りの大人が言ってくれれば、家庭がもう少し裕福だったら、色々考えてみてももう遅い。

他人様に迷惑をかける前に早いとこ死なないとな

2018-07-21

学校エアコンがない話だけど

一体どこの地域学校の話なのだろうか。

高校大学は勿論、小、中学校も授業中はクーラーガンガンにつけっぱなし(連合運動会朝練や体育の後などは特に)だったから、ツイッターで騒いでる親御さんたちの発言を見ても全く現実味が湧かない。

仮に俺の地域が恵まれていただけで、多くの学校ではエアコンの設置すら許されていないのだったら、「私らのころはクーラーなんてなくてもやっていけた」世代がまた増えるだけなのでは?

今暑くて辛い思いをしたとしても、何十年も経てば過去は忘れたり美化されたりするし、辛かった記憶が残っていたとしても「私らは我慢できていたから」という理由で同じ苦痛を与えたいと思う人間はいるだろうし。

2018-06-06

 

どうにもやりきれなくて、もやもやを書き出してみる。

今日、息子の高校に行ってきた。

昨日の夕方携帯に息子の担任先生から連絡があった。

内容は

6限目の数Ⅱの小テスト中に、記述方法で息子が質問をしてきた。

質問禁止だったから他の生徒の迷惑になるので叱って机を廊下に出そうとした。

息子が抵抗したので息子の部活ラケットを鞄から出して取り上げようとしたら、それにも抵抗された。

息子が校長に訴えると怒鳴って校長室に行った。

校長出張中で不在のため、学年主任が代わりに話を聞いた。

私がはいはい、とただ返事をして聞いていると

そこで、学年主任電話が変わって、もう一度、今度は息子から聞いた内容を説明された。

息子はもともと、提出物を全く出さない、とか、質問で授業を止めるなど問題行動が多い。

正直、先生が大変手を焼いていることもわかっていて、特にこの担任先生とは相性が悪いか申し訳ないなと思っていた。

小学生のころから合わない先生担任になるとひどくこじれてしまう。

ただ部活動に関しては息子は本当に熱心に取り組んでいて、とてもストイックだ。

からラケットを取り上げようとする先生激怒したんだろうと思った。

学年主任には謝罪と、相性の良くない担任が1年から持ちあがてしまたことで関係ますます悪化することが心配だと告げて電話を切った。

夜、部活から帰ってきた息子は帰るなり、どうしようと泣きそうな顔をして言った。

部活停止になってしまうみたいだ。明日朝練は来るなと言われた。

部活停止についてはどちらの先生電話の報告にもなかったので、驚いていつ言われたのか聞くと

ラケットでもみ合った後だという。6限目の後、担任部活顧問のもとへいき、部活停止を告げた。

顧問担任の話だけでは分からないので、その上からの話を待って部活停止にするかは判断するので、とりあえず朝練は休めと言われた。

明日教頭主任担任との面談をする予定だ。これでは担任のいいようにされてしまう。

お父さんお母さん助けてと息子が言った。部活を辞めることになったら何のためにこの学校に来たのかわからない、と。

息子の態度が悪いこと、提出物を出さないこと(息子はテストの点だけ取ればいいんだといって中学からくその主張を変えない)問題がいっぱいあるのはわかっている。

部活を熱心にやってて友達も多くて学校は大好きなのに、どうしても担任と衝突し次々問題が起こってしまう。

息子の話を聞いて、そのほかに

息子ともみ合ったことで担任の小指が痛くなった。だからあすの留学生送別会は取りやめにするといわれ、クラスのみんなに申し訳ないことになってしまたことや

いつも自分質問には答えてくれない。休んだ時のプリントも取りに行っても絶対くれない、など色々語った。

息子はA4の紙に二枚、昨日の出来事と日々の担任のこと、部活を続けさせてほしいということを書いて、明日先生に渡すといって見せてくれた。

私たち夫婦は親として話を聞きに行こうか、と話し合い、仕事を休んで今朝学校へ行ってきた。

車で向かう途中、できれば部活停止を取り下げてほしいということ、あとは担任と息子がうまく関係が築けるようにバックアップをお願いしたいということを言おうと話した。

それが息子の高校に行くまでの経緯だ。

学校での対応教頭担任の二人だった。

担任は息子の日々の態度の悪さを語りつづけた。部活を盾にしないと言うことを聞かないんだと言った。

息子が日々つらい思いをしているんだと直に担任と話してみて、実感した。

担任対応はこれからも変わらないだろう、息子はどうやってこの一年を乗り切っていけばいいんだろう。

部活停止については話し合いますので決定までは参加してよいとのこと、ラケットを取り上げようとした行動については

担任より息子への謝罪するとの言葉を聞き、教頭に後をお願いし、帰ってきた。

息子の書いた紙は教頭が直接休み時間に受け取りに行き、担任には見せないと約束してくれた。

今日午前中不在だった学年主任担任教頭、それに息子を交えた4者面談放課後に行われる。

私たちが行ったことはよかったのだろうか。

息子が態度を改めることができればうまくいくんだろうけれど、こんなことを繰り返しながら高校生まできてしまった。

息子はかたくなだろうし、そして状況は悪化するだろう。

やりきれない。

長すぎだな―、改めて読む気がしないよ

anond:20180605141745

消されないように残しとこ

どうにもやりきれなくて、もやもやを書き出してみる。

今日、息子の高校に行ってきた。

昨日の夕方携帯に息子の担任先生から連絡があった。

内容は

6限目の数Ⅱの小テスト中に、記述方法で息子が質問をしてきた。

質問禁止だったから他の生徒の迷惑になるので叱って机を廊下に出そうとした。

息子が抵抗したので息子の部活ラケットを鞄から出して取り上げようとしたら、それにも抵抗された。

息子が校長に訴えると怒鳴って校長室に行った。

校長出張中で不在のため、学年主任が代わりに話を聞いた。

私がはいはい、とただ返事をして聞いていると

そこで、学年主任電話が変わって、もう一度、今度は息子から聞いた内容を説明された。

息子はもともと、提出物を全く出さない、とか、質問で授業を止めるなど問題行動が多い。

正直、先生が大変手を焼いていることもわかっていて、特にこの担任先生とは相性が悪いか申し訳ないなと思っていた。

小学生のころから合わない先生担任になるとひどくこじれてしまう。

ただ部活動に関しては息子は本当に熱心に取り組んでいて、とてもストイックだ。

からラケットを取り上げようとする先生激怒したんだろうと思った。

学年主任には謝罪と、相性の良くない担任が1年から持ちあがてしまたことで関係ますます悪化することが心配だと告げて電話を切った。

夜、部活から帰ってきた息子は帰るなり、どうしようと泣きそうな顔をして言った。

部活停止になってしまうみたいだ。明日朝練は来るなと言われた。

部活停止についてはどちらの先生電話の報告にもなかったので、驚いていつ言われたのか聞くと

ラケットでもみ合った後だという。6限目の後、担任部活顧問のもとへいき、部活停止を告げた。

顧問担任の話だけでは分からないので、その上からの話を待って部活停止にするかは判断するので、とりあえず朝練は休めと言われた。

明日教頭主任担任との面談をする予定だ。これでは担任のいいようにされてしまう。

お父さんお母さん助けてと息子が言った。部活を辞めることになったら何のためにこの学校に来たのかわからない、と。

息子の態度が悪いこと、提出物を出さないこと(息子はテストの点だけ取ればいいんだといって中学からくその主張を変えない)問題がいっぱいあるのはわかっている。

部活を熱心にやってて友達も多くて学校は大好きなのに、どうしても担任と衝突し次々問題が起こってしまう。

息子の話を聞いて、そのほかに

息子ともみ合ったことで担任の小指が痛くなった。だからあすの留学生送別会は取りやめにするといわれ、クラスのみんなに申し訳ないことになってしまたことや

いつも自分質問には答えてくれない。休んだ時のプリントも取りに行っても絶対くれない、など色々語った。

息子はA4の紙に二枚、昨日の出来事と日々の担任のこと、部活を続けさせてほしいということを書いて、明日先生に渡すといって見せてくれた。

私たち夫婦は親として話を聞きに行こうか、と話し合い、仕事を休んで今朝学校へ行ってきた。

車で向かう途中、できれば部活停止を取り下げてほしいということ、あとは担任と息子がうまく関係が築けるようにバックアップをお願いしたいということを言おうと話した。

それが息子の高校に行くまでの経緯だ。


学校での対応教頭担任の二人だった。

担任は息子の日々の態度の悪さを語りつづけた。部活を盾にしないと言うことを聞かないんだと言った。

息子が日々つらい思いをしているんだと直に担任と話してみて、実感した。

担任対応はこれからも変わらないだろう、息子はどうやってこの一年を乗り切っていけばいいんだろう。

部活停止については話し合いますので決定までは参加してよいとのこと、ラケットを取り上げようとした行動については

担任より息子への謝罪するとの言葉を聞き、教頭に後をお願いし、帰ってきた。

息子の書いた紙は教頭が直接休み時間に受け取りに行き、担任には見せないと約束してくれた。

今日午前中不在だった学年主任担任教頭、それに息子を交えた4者面談放課後に行われる。

私たちが行ったことはよかったのだろうか。

息子が態度を改めることができればうまくいくんだろうけれど、こんなことを繰り返しながら高校生まできてしまった。

息子はかたくなだろうし、そして状況は悪化するだろう。

やりきれない。

長すぎだな―、改めて読む気がしないよ

2018-06-01

anond:20180601115323

もう終わったんじゃないっけ。子供が出来て。

懐かしいなぁ。中学くらいのとき流行ってて15年以上前だわ。

朝練がなくなって教室入ったら女の子グループふたりエッチを貸し借りしてて

その中の一人に「内緒だよ」って言われて以降、二人で下校したり下ネタ話したりしてたな。

俺に勇気があればワンチャンあったかなぁ。「本物見せてやろうか」って。

書いててキモイわ。

2018-05-28

anond:20180528020329

運動会練習時期も親の休みに合わせて子供を休ませていいんだろうか。

うちの近くの公立保育園は、運動会の前は朝8時半登園になるらしい。何でそんな事の為に親の負担をでかくするのか不思議だ。

の子供は公立幼稚園に通っているのだが、朝練の為に登園時間が早まる事はない。鼓笛隊やらないから必要が無いのだろうが。

2018-05-24

anond:20180524194426

すべては社畜養成のために行われているんだよ。

朝練や土日の練習は、サービス残業のためのトレーニングだ。

不条理なほどの上下関係は、会社内におけるヒエラルキーに逆らわないようにするための予行演習なのさ。

2018-04-13

中学生の時3年間ラッパを吹いていた

全国大会まで出場した。うちはかなりの強豪だった。

しか自分ドレミファソラシド、これだけの範囲しか吹けなかった。成績が良かったのは・・・まぁ先輩が上手だったのだ。

せめてもう2つ、上のレとミまでは吹けないとマジでお話にならない。(ラッパ吹いてる人からしたらまだお話にならないと思うが)

飲み込みが良い人なら1週間で僕の実力には追いつける。

僕は初心者の1週間レベルの実力で3年間過ごしてきた。

もちろん、僕にやる気はなかった。1年目で辞めようと思っていた。

しかし、当時1年生は僕しかおらず、運の悪いことにその年から熱意のある顧問に変わっていたので、

半ば無理やり部を続けさせられたのである

はいえ、僕はほとんど部活をサボらず、朝練放課後、土日に朝から晩まで練習して、

夏休みほとんどは1日中ラッパを触って、森に囲まれ死ぬほど練習する合宿にも参加して、

吹いて吹いて吹いて吹いて吹きまくって・・・・・・

それでもドレミファソラシドだったのだ。

ラッパという楽器本来難しいのもある。唇の薄い自分には不向きだったのかも、と今では思ったりもする。

しかしあれだけ膨大な時間の中で、高音を出せないと鬼のように怒られることを知っていながら、

それでもドレミファソラシドというのは大変に貴重な体験なのではないだろうか。

人はやる気というものが無ければ、いくら時間をかけようと成果は全くのゼロなのだと。

僕はこの身をもって証明したのである

にしても3年間で上達のキッカケすら掴めなかったのはマジモンの馬鹿しか言いようがない。

2018-02-02

友達喧嘩別れするお話

突然ですが、私は友達喧嘩別れをよくします。

これの原因は、はっきり言って私にあります

それは分かっています。だけどずっと抱えていたものをここに書かせてください。

例えば、Aちゃんの話です。Aちゃんとは同じクラスで、最初はよそよそしかったのですが、同じ趣味があり、意気投合しました。人見知りだった私にはAちゃんは頼れる姉みたいな存在でした。

けれどAちゃんは、突然私に冷たくなりました。私は最初理由が分からなくて本人に問いかけました。ごめんなさいと謝りました。でも何も言ってくれないし、あっそ、と冷たい返事が返ってきました。

それ以来Aちゃんとは話していません。Aちゃんと私の共通友達にAちゃんが怒ってる理由を尋ねてみたりもしましたが、その友達からは、一言だけ、【私が何かしたらしく、それが気に入らなかったらしい】と言われました。

私は、どうしてそれを直接言ってくれないのだろう、私はエスパーじゃないから、相手が何を考えてるなんか分かるはずないのに。そう思いました。

結局Aちゃんとは学校卒業するまで仲直りは出来ませんでした。

卒業前にもう一度ごめんなさい、と伝えましたが、それがどう捉えられたのか、それは分かりません。

ただ、私はどうすれば良かったのか、今でも分かりません。

他には、Bちゃんの話です。

Bちゃんは、同じ運動部部活所属していました。趣味も似ていて、部活以外でも仲良くしていて、一時期は一緒に帰ったりもしていました。

の子は、部活引退の約2ヶ月前、私のせいで辞めてしまいました。

元々Bちゃんは部活に滅茶苦茶熱心な方ではなく、よく休みたい、とか呟いている子でした。

そして運動部メンバーの中でもあまり強い方ではありませんでした。

けれど本人は勝ち負けを気にしている素振りもなかったし、ズル休み等していたので特に本人に何も言いませんでした。

だけど、Bちゃんは突然部活を辞めると言い出しました。

ここで理由を聞かなければ良かったのですが、理由を聞いてしまったのが私の過ちです。

Bちゃんは、どれだけ努力しても強くならないから辞める、と言い出したのです。

私は頭に血がのぼるのが分かりました。

はっきり言って、その子はお世辞にも努力してるようには見えませんでした。朝練にも殆ど来ない、居残りもしない、休憩時間もずっと駄弁っていて、ズル休みもしていました。

私は朝練も行って、居残りも出来る時はして、ズル休みは一度もしたことがありませんでした。

から、余計に怒ったのだと思います

Bちゃんに、【上手くなりたいなら、もっと努力したら!!?】と感情的になって言ってしまいました。

結局Bちゃんは部活を辞めました。

後々考えれば、私にももっと言い方があったのではないかと思うのです。そうすれば、今も仲が悪いなんて状況にならなかったのではないかと思っています

後悔ばかりの人生です。

けどここで少し吐き出せて良かったです。

長文失礼しました。こんな私を許してください。

2018-01-16

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

2017-12-01

強豪校サッカーあるある

朝練が朝6時。

練習前の部室の空気が重い

・部室が汗や泥やらなんやかんやで、この世の匂いではない。

練習終盤の追い込みの走りをするかどうかでヒヤヒヤする。

遠征の飯が多すぎで残酷

部員数が多いため、監督コーチ名前を覚えてもらえない。

オフの日は週1しかないのに、掃除やら、なんや雑用させられてオフではない。

プロテイン

アンダーアーマー

レガースが臭すぎる。

2017-11-05

早朝にネズミ捕りはない

息子の朝練に付き添わないといけなくなったので週末なのに夜飲めない昼飲むしかない

我が小学校の通学路はバイパスへの抜け道として使われているようでスピードを出した車が朝6時台には何台も通り抜けている

あきらかに一発免停確実な速度であることは明確

危険だと思うが交通量が少ないとかで警察は取り締まらないらしい

交通調査バイトたことあるが昼間だけで早朝は調べてないだろバカ

2017-09-23

あさひなぐ』のモデルとなったのは私の母校の薙刀

■この記事テーマ:私の母校の薙刀部が漫画モデルになった事実を基に、運動部漫画現実運動部の違い、運動部光と影についてを書いた。

(文化部にも言えることとは思う)

その1:部員飲酒

その2:部活活動時間・日数(あくまでも一般論として親のサポート部活熱心な顧問実態についても書いた)

■書いた目的:小中高校生とその保護者に「部活選びは将来の進路のことも見据えて慎重に考えて欲しい」と伝えるため

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今年2017年舞台化、映画化された漫画あさひなぐ』の薙刀部のモデルとなったのは私の出身高校薙刀部だ。

私は『あさひなぐ』を読んでない(観てない)けど、ネットであらすじを読む限りは爽やかで熱い運動部漫画という印象を受けた。

野球にせよサッカーにせよ何にせよ運動部漫画は、運動部きれいな部分しか見せない。

飲酒について

時々ニュースになる先輩から後輩への暴力指導者から生徒への暴力(いわゆる体罰)、生徒の飲酒喫煙などはまず扱われない。

母校の薙刀部も例外ではない。

私は薙刀部ではなかったけど薙刀部員の知り合いはいた。

ちなみに私が通っていたのは2000年代である

先輩後輩間の暴力顧問OG体罰というのは聞いたことはないが、薙刀所属の生徒複数人高校生(未成年)のうちに飲酒していた(喫煙は聞いたことがないし見たこともないが)。

私が知っているのは学校行事打ち上げ(夕食会)のことであり部活関係飲酒があったかは知らない。

しかし時・所が部活とは関係なくても未成年飲酒犯罪だ(軽犯罪だが)。

私も含めて先生にちくる人が誰もいなかったか彼女達は退学や停学にもならないどころか部活引退まで続けていられた。

彼女達が飲酒していた証拠はない。少なくとも私は持っていない。

私は母校の薙刀部もしくは母校全般を貶めるためにこれを書いたのでは全くない。同様に『あさひなぐ』という作品とその関係者を貶める意図も全くない。

部活を頑張っている高校生(未成年)が裏で飲酒喫煙いじめや後輩への暴行をしているというのは、特定学校特定部活に限った話ではない」ということを言いたかたから書いたのだ。

部活活動時間活動日数について

部活活動時間の長さ、活動日数の多さについても、部活漫画で触れられることはほとんどないと思われる。

(ちゃんと調べたことはないが)

多くの教師Twitterなどで発言したり、マスコミ報道するようになって段々有名にはなってきたけど、今の部活活動時間はとにかく長いし、活動日数も多い。

私の在学中の薙刀部も例外ではなかった。

薙刀部はとにかくたくさん練習しているみたいだった。

平日4日~5日は普通に活動していたと思う。

土日も練習試合があったと思う。

土日のどちらか1日は休みだったのか、土日両日が部活だったのかまでは知らない。

夏休み冬休み春休み普通に部活があったと思う。

さすがにお盆正月休みはあったと思うけど。

先生にも親戚付き合いはあるだろうし。

正直なところ、大学進学を目指すならこういう部活勉強を両立させるのはすごく大変だ。

両立して、学年トップクラスの成績を維持するような生徒もいたが稀な存在だった。

薙刀部の部員ではなかったけど、同じぐらい忙しい部活に入っていて、勉強試験1週間前から慌てて始める生徒達も高校にいた。

そういう生徒はさほど珍しい存在ではなかった。

あさひなぐ』に限らず部活を扱った漫画等の影響でその部活をやりたがる小中高校生は多いだろう。

それ自体は悪いことではないけど、自分卒業後(または将来)どうしたいのか(具体的に言うとどんな職業に就きたいか高校受験大学受験場合はどんな学校に行きたいか)きちんと考えて、親ともよく相談して入部するか否かを決めて欲しい。

部活って、一度入ると辞めたくなっても辞めづらいので。

そうして悩んでいる間に勉強が疎かになって行きたい高校大学に受かりにくくなってしまったら、時間無駄なんじゃないかなと思う。

AO入試またはスポーツ推薦入学という手段もあるので、卒業さえすれば勉強できなくてもいいかもしれない(極論だが)。

私は今の入試のことは何も知らないので、入試のことも含めて親と相談してから入部を決めて欲しい。

■親のサポートについて

話は逸れるが親(ほとんどの場合母親)も子ども運動部に入ると、朝練や土日の練習に間に合うようにお弁当作ったり、ユニフォーム洗濯したり、部費を支払ったり、大会の送迎・応援に行ったりと、子ども部活関係仕事が増える。

(文化部でも吹奏楽部合唱部みたいな忙しい部活だと同上)

そういう意味でも生徒の皆さんは忙しい部活に入る場合は必ず親(ほとんどの場合母親)に相談して理解を得てから入部して欲しい。

母親が外で働いていようが専業主婦だろうが、母親にも母親人生がある。

大抵の親は子どものやりたい事をサポートしてくれるものだが、だからといって甘えないように(既に理解していたらお小言すみません)。

親にとって部活関係仕事が大きな負担で、やりたくてもできないケースもあるのだから

部活顧問について

どこの部活顧問かは書かないけど、部活教師という職業やりがいになっているかのような顧問は何人かいた。

そういう先生方は生徒・学生時代からその部活をしていて、部活顧問になりたくて教師になった様子だった。

うち2人は体育教師

母校に限らず、体育教師には部活顧問になりたくて教師になった(体育大学に入った)人が全国的に多いんじゃないかと思う。

近年ネットでもそういう体育教師がいるって話を読んだことがある。

いや、体育以外の教師にも特定部活顧問になりたくて教師になった方もいるようだが。

しかし、国語数学英語なら入試に関わるから生徒や保護者から分かりやすい授業や学力向上や進学実績を求められるけど、体育は違う。

体育大学の志望者以外には、受験指導も進学実績も関係ない。

母校で体育大学の志望者は珍しかった。

小学校ならまだしも、高校ともなれば生徒本人も運動ができない事を改善しようとしなくなるし(少なくとも私の目にはそう見えた)、保護者もそういう要望体育教師にはしない。

部活以外の生徒及び保護者からあれこれ言われないから、部活顧問に力を入れるなら教科は体育(もしくは音感技術家庭など実技全般)が適任なんだろう。

薙刀部以外にも薙刀部並に活動日数が多い部活は何個かあった。

母校以外の高校中学でもそういう部活は何個かあるだろう。

そういう部活顧問は、部活生き甲斐にするタイプであることが多いだろう。

(部活にあまり興味ないけど保護者や生徒の要望活動日数を増やしているケースもあるだろうが)

先生にとって部活生き甲斐なら土日や夏休み練習でも平気、それどころか嬉しいのだろうけど

活動日数や長時間練習負担になり苦悩する生徒もいるし、子ども部活サポートするのを負担に思う親もいる。

そういう生徒や保護者は珍しくはない。

私は『あさひなぐ』のモデルとなった薙刀部を(部員ではなかったが、同じ学校に在学して)知っている。

からこそ漫画で描かれる運動部と、現実運動部の違いを(運動部光と影と言ってもいいが)、小中高校生に知って欲しい。

母校の薙刀部に限らず、運動部文化部を問わず部活に入る前は活動日数や時間の長さ、先輩達が飲酒喫煙暴力に手を染めていないか先生パワハラ(体罰含む)を可能な限り調べて欲しい(生徒だけでなく保護者も)。

入部する前に親子でよく話し合って欲しい。

個人的には部活をする学校生活は良い物だと思うし、本人にやる気があって部活に打ち込む中高生を悪くは思わない。

しか卒業後の人生の方が長い。

部活勉強が疎かになり受験就職試験に落ちたら、その人にとって部活弊害だったと言わざるを得ない。

すぐには答えが出ないことだが、中高生のうちに「自分は将来何になりたいのか、どんな人生を送りたいのか」をよく考えて欲しい。

将来の目標卒業後の進路に、特定部活必要なのかよく考えて、親ともよく相談して欲しい。

部活でやった事を将来の仕事(スポーツ選手演奏家など)にできる人は少ない。

それでも部活をやる意味はあると個人的には思う。

しかし、部活をやることで勉強が疎かになったり、健康を損ねること(多すぎる練習飲酒喫煙などで)になるんだったら、その部活には入らない(続けない)方がいいと個人的には思う。

繰り返しになるが、私は母校の薙刀部もしくは母校全\般を貶めるためにこれを書いたのでは全くない。同様に『あさひなぐ』という作品とその関係者を貶める意図も全くない。

多くの漫画では描かれることがない「部活実態」を伝えることで、小中高校生とその保護者に後悔のない選択をして欲しいと思い書いた。

(『忙しい部活に入るな』って意味ではありません。プロ野球選手になりたい少年には野球部必要であるように、部活子どもの将来に必要なら是非入部して欲しいと個人的には思っています)

なお、母校の名前は書かないでおく。

今の薙刀部のことは全く知らないし、現役の生徒達がかわいそうなので。

都立校、とだけは明かしておく。

学校公式サイト薙刀部のページにも『あさひなぐ』の薙刀部のモデルはウチだという主旨のことが書かれているし、検索すればすぐに分かりますよ。

2017-07-03

学校教育について

最近部活問題だとか民営化しろだとか、教員多忙だとか、いろいろ話題になっているから、一教員として書いてみる。

自分東京都しか知らないので、東京都公立学校の話で。


まず大前提として

教員には、原則残業手当休日出勤手当とかはつきません。すべてサビ残、サビ出勤。

教員仕事は、家で教材研究したり、研修会に出たり、突然放課後生徒対応したりと、残業ってくくりで測れないからってのが理由

そのかわり教職調整額ってのが付くけど、残業代にしたら一日当たり20分足らずの額。

みなし残業20分と何ら変わらないのが現状。

まずここ押さえてくださいね

で、当然時間外勤務は義務じゃない、サービスから、「やらなくても良い」、もっというと「やりたい人が勝手に好きでやってる」という扱い。

土日祝日などの休日仕事も、勤務時間外の仕事も、すべて「その教員がやりたいか勝手にやってる」という扱いで、当然残業手当休日出勤手当もつかない。

(一応土日の部活は、特別勤務手当って名前で、4時間以上やれば4000円くらいもらえるようになってる。4時間未満だとゼロ。4時間以上なら8時間でも12時間でも4000円程度。交通費だけで足が出るから、時給換算するとコンビニバイトしてた方がマシw)


教員多忙か(部活問題からめて)

人によるし、学校による。

が、ほとんどの公立学校先生多忙。間違いない。

特別支援学校とか、一部の公立高校とか、年配教員は別。

問題は、多忙なことよりも、ブラック企業真っ青の勤務形態


まず、教員の勤務時間は、休憩込みで8時間半程度。

大体8時15分前後から16時45分前後くらい。


学生の人はわかると思うけど、先生たちが朝職員室で打ち合わせしてるでしょ?

その打ち合わせ開始時間が、勤務開始時間


はい、ここでまず一つ目の矛盾。勤務開始時間は8時15分とか8時半とかなのに、多くの教員はその前に出勤して登校立ち番とか補習とか朝練部活とかやってる。

これらは全て、「勤務時間外にその教員が、好きで勝手にやってること」という扱い。

当然お金は発生しない。

ある人は、「生徒のため」と使命感に燃えて、ある人は「みんなやってるから」と同町圧力に負け、ある人は「やって当たり前」と何の疑問も抱かず、今日搾取されていますうへぇ資本主義原則を身をもって教えてるんですね。さすが先生


はい、で、放課後

8時15分に朝の打ち合わせが始まる学校は、16時45分には勤務終了です。

8時半の学校なら、17時には勤務終了。


あれ? 放課後部活は?

当然そう思いますね。

あれは全て、「教員が勤務時間外に好きで勝手にやってる」という扱いです。

当然残業代も、部活の手当てもつきません。

だって好きで勝手学校設備借りてやってるんだもん。まぁ可哀そうだから事故とか怪我があったら学校保険適用内にはしてあげるよ、程度。


大抵の公立中学公立高校運動部は18時程度までは部活をやると思います。それは全て、教員サービス残業によるものですので、あしからず。勤務時間より後、教員部活をやる義務はありません。「その教員が好きで勝手にやってる」という扱いなんです。

これを読んでる公立学校中高生顧問先生は勤務時間後はボランティアで付き合ってくれてるわけで、練習日を増やせとか練習時間延ばせってのが、いかわがまま要求自覚しましょうね。


で、放課後部活があるせいで、授業の準備とか、担任だったらクラス事務作業とかは、部活が終わってからになる。

そう、自然と「勤務時間外」から仕事スタート

勤務時間がとっくに終わってから、ようやく仕事開始って、ナニコレ。


先生なんてそんな仕事あんのかよ。」って声が聞こえてきそうですが、近年どんどん増えてます保護者プリント一枚配るのでも、お役所的な書類作って、「これこれこういうプリントをいついつに出します」ってのを回覧して、許可とらなきゃいけない。

要はお偉方が責任取らないで済むように、何をやるにしても「事前に報告がきちんとなされていました」という事実を作るために、公務員っぽい書類を作らなきゃいけない。

学校によっては、授業一つやるにしても、その授業の案とか出さないといけないんだぜ?

正直、これら書類を勤務時間内に全部終わらせようとしたら、忙しくて授業なんてやってる暇がないってのが、教員ブラックジョーク


さらに、まじめで頑張る先生ほど、授業の準備とか、教材の準備とか、自分クラスのこととかに時間をかける。

部活終わってからこれらをやってると、23時なんてのもザラ。

当然サビ残です。


で、冒頭に「人によるし学校による」と書いたのは、人によっては「部活顧問なし」「授業準備一切しない(すべて去年使ったプリントをそのまま配るだけ。テストも去年使ったのをそのまま)」「担任してても自分クラスのために勤務時間外に時間使わない」って教員もいるし、それで成り立ってる学校もあるから

てか、教員が定時出勤定時退勤しようと本気で思ったら、このくらいしないと無理。

でも、ほとんどの先生はある程度の情熱を持って教員になってるので、人によりけりだけど、頑張っちゃう。だから多忙。勤務時間外になってようやく授業準備したり、テストの採点したり、家に持ち帰って頑張っちゃう

大体、定期テスト終わってその日に部活あって、いつ採点すんだよ。土日も部活で、家に持って帰ってやるしかねーわ、ってのが多くの教員の現状。

それが嫌なら、全部○×問題とかで、速攻で採点できるテストにするしかない。



実は民間経験者です

色々書いたけど、俺自身民間経験者。

教員民間経験者少ないから、世間知らずが多いってのは、本当。

から上記のような状況でも「それが当たり前」だと思ってる。

まして、「世間もっと厳しい」とか思ってる人までいる。


いやいや、俺から言わせればとんだブラック企業だよ?

ブラック度合いにかけては自信があるIT土方から転職だけど、それ以上にブラックよ?


なにより問題なのは、「頑張っても頑張らなくても給与は一緒」ってとこ。

ブラック企業に勤めてた頃は、一応歩合なり、成果報酬があった。

土日返上で働いて案件仕上げて、納品数多くすれば、その分歩合でお金貰えた。


公立学校教員は、基本的にクビにならない。それでいて、基本的に勤続年数に応じて給与が上がる。

から事件になるような問題起こさなければ、どんなに仕事サボってても、やる気なくても、給与が上がっていく。

逆に、どんなに頑張ってても、やる気で休日返上仕事してても、同期と給与一緒。


「生徒のため」を理由労働力搾取されちゃう人は、無限搾取されちゃうシステム。いやー、夢持って教員なっちゃったせいで、俺も順当に搾取されてますわ。


土日休みたいよ?

でも、生徒から部活もっとやりたいっす」「全国いきたいっす」とか言われたら「よーし、頑張るか」とかなっちゃうタイプ

受験近いんです」「先生の教え方がわかりやすいから、教えてください」とか言われたら、「よーし、放課後と土日、補講やるか」とかなっちゃうタイプ

予備校行けない生徒、家庭環境が悪くて家で勉強できない生徒のために、長期休業中も学校開放して自習&補習やる。

部活で全国まであとちょっとの連中のために、やりたいだけ練習やる。

あれ、気付いたら俺、去年10しか休んでないよ? 365日中だぜ?

なのに、土日祝日すべて休んで有給休暇全て消化した人と、同じ給料だぜ?


うーん、他に類を見ない、素敵な職業ですね。


ま、ここまでのは極端な例だとして

まぁ唐突だけど、民営化はまずいと思うんだよね。

部活制度是正されたり、勤務時間適正化とかは大賛成。

教員給与が高いってんなら、法外な時間外労働をなくすのと引き換えに、基本給引き下げもやむなし。


でもさ、「教育」って数値で出る結果だけが目標じゃないじゃん。

指導要領でも、教育目的って「人格形成」とかいう、わけわかんないのが目的にされちゃってるわけで。


大学進学率だとか、就職率だとか、そんなんじゃ教育成功たかどうかなんて測れねーのよ。

いやさ、じゃぁどうやって測るかって言われたら、そりゃ無理なんだけど。


というわけで、色んな奴が色んなように(人様に迷惑をかけない範囲内で)生きているのが面白い社会なんだから、そういう「色んな奴」を育むために「色んな教員」がいていいと思うし(いわゆる老害教員含め)、そういう「色んな大人がいる」ってのを身近に見られるってのが、学校教育の良いところの一つなんじゃないですかね、ええ。

から民営化して成果主義効率主義とかにならないためにも公教育ってのは必要なんじゃないかなー、と。


ただまぁ、生徒たちに「働き方」を見せる大人として、「サビ残当たり前」「滅私奉公」ってのを植え付けるのは、ちょっとなーと思うわけです。


教育にすべてをささげる熱血先生もいてもいいし、そういう人を必要としてる生徒もいると思うけど、のらりくらりの浮雲先生もまたどこかで必要とされてるんじゃないか、そういう人がほとんどいなくなっちゃったのは、物凄い損失なんじゃないか、と。


あー途中から支離滅裂の長文だが、伝わりますか?

2017-06-04

このまま終わりたくない

中学生の頃、半ば強制的駅伝部に招集された。

3km走るのがほんとに辛くて、夏が終わって大会に合わせて作られた駅伝部の活動が休止した時かなり嬉しかった。

中学1年の冬、何故か駅伝部の顧問に目をかけられていた僕は朝6時半に集合させられ30分ほど走るようになった。

辛かったけど先生が怖くて辞めたいと言い出せず言われるがまま走り続けた。

中学2年の夏になり、また駅伝部が設立され、当然のごとく僕は招集された。

1年生の頃はゴールした時「よくがんばったね」と教師陣に拍手されながら迎えられたドンケツの僕は、誰よりも速く3kmを走りきった。今度の拍手は心地よかった。

その年、一つ上の先輩と自分の力で県大会進出することができた。東北大会の出場も圏内だったが、6区最後を走った先輩が失速し4位。東北大会に進めるのは3位まで、僕らの夏は終わった。

また冬が来た。

去年と同じように指導者に流されるまま朝から30分校庭をジョギングした。

「凄く速い生徒がいるらしい」と今年の活躍口コミで広がっていたのか、ちらほら見学する生徒が現れていた。

真冬太陽も出ていないのになぜかサングラスを掛けている顧問は何人かに声をかけ朝練習に合流させた。

一人で走り込んでいた僕に仲間ができた。

巡って中学生最後の夏が来た。

冬場の合同練習の成果が出たのか市大会簡単突破できた。

大会に駒を進め、前年度の雪辱を果たす機会を得た。

僕が三区で襷を受け取った時順位は3位だった。

東北大会に進めるのは3位までの学校で、全国大会に進めるのは1位だけだ。残念ながら東北大会から全国にはつながらない。全国を目指すならこの県大会で優勝するしかない。

勾配の強い山道を駆け抜け、中間地点となる1.5kmを突破すると一気に下りとなる3区。

僕は前半2位との距離が極力開かないようにペースを抑えて走り、1.5kmを過ぎた時点で勝負をかけた。

ストライドを狭めて脚への負担が大きくならないよう気を付けながら、ピッチを上げてペースを速める。

2位を抜き、襷を受け取った時点で1分近い差のあった1位の後ろにつけて4区に襷を渡した。

そこからの流れは疲れ果てて休憩しているうちにレースが終わったので分からないが、僕らの学校は1位を取った。

設立から何十年と経つ学校だったか、特段スポーツに力を入れているわけではないので全国大会運動部が出場するのは初の快挙だった。

僕らは涙を流しながら抱き合った。

顧問は「当然だ」とだけ言い拠点を黙々と片付け始めた。いつもはこういった雑務をしない人なので多分照れ隠しなのかなと思う。

数ヶ月が経ち、東北大会でのレースを済ませた僕らは全国大会舞台に立った。

1区を出走することになった僕は、正直自信過剰だった。

実際3kmの持ちタイムは9分を切っていて、全国でも上位を争えるレベルだった。

全国大会当日、会場であった山口県は小雨の降る肌寒い日だった。

詳しくは知らないがまるでゴルフ場のような芝生とタータントラックのみのコースだったので7mmピンのスパイク大会に臨んだ。

だがこの判断が間違いだった。

ほとんどスパイクで走ったことのない僕はスパイクの引っかかりの強さが予想以上に強かったことに焦った。対応できなかった。

下りになるたびに引っかかりのせいで止まってしまい、体力を無駄に使った。

集団に揉まれながらゴールへとたどり着いた時には全校50近い内20位ぐらいだった。

僕が入賞圏内でタスキを渡し、後半逃げ切りという作戦を立てていた僕らはそのままズルズル順位を落とし入賞県外で終わった。

僕は泣きながら仲間たちに「ごめん」と謝った。

仲間たちは僕のおかげでここまで来れた、むしろ僕らがもっと速ければともらい泣き?していた。

自信に満ちていて、いつも問題があれば僕らを叱った顧問は「この結果はすべて俺の責任だ」といい腕を組みながら謝っていた。

同級生たちが受験勉強に明け暮れる中、僕は色んな所からきた特待生勧誘やらを前に迷っていた。

「これから先でも戦えるのだろうか」

全国大会天狗の鼻はボキボキに折れていて、地元友達皆が行く近場の学校入学しようと考えていた。

そんな話をどこから聞きつけたのか駅伝部の顧問が僕を放課後呼び出し、スポーツ科の存在する学校への入学を促してきた。

僕はなんだかんだ付き合いは長いけれど、まだ顧問のことが怖く、流されるままスポーツ科のある学校へと進学した。ただ迷っていたのもあったのでこの言葉は当時嬉しかったと思う。

県内同級生に噂は聞いていたが僕より速いやつがいた。

正直有名すぎるのでマニアにはバレるため詳細な情報は伏せるが全国大会3000mで異常な成績を残したとだけ書いておく。

そいつが僕と同じ学校入学するらしい。

僕は期待と不安を抱きながら、その高校入学した。

高校生活は人生の中で最もつらい時期だった。

教師は怖く、理不尽が人の形をしたような奴だった。

結果を出さなければ殴られ、結果を出しても褒めることはせずもっと行けただろと怒られる。自尊心ボロボロだ。

それでもなんだかんだタイムや実績を残してきた僕には優しい方だったが、やはり大分精神的に消耗していた。

ただ教師陣には恵まれなかったが仲間には恵まれた。

前述した僕より速いやつは相当に人間ができているやつだったし、他の部員たちも僕のことを知っていて仲良くしてくれた。

色々ありながら高校1年の夏を終え、雪が降る季節になった頃事件が起きた。

僕の身体は厳しすぎる練習に耐えきれず、股関節が剥離骨折した。

この事実教師に伝えた所、「お前は逃げるのか?迷惑から走れ」と練習強制された。

当時はつらすぎて逃げ出したかったがスポーツ科だったため、部活を辞めれば学校もやめなければいけない。

僕は言われたとおり痛み止めを投与しながら練習を続けた。

そして怪我はよりひどくなり最終的に歩けなくなった頃、「もう限界です、休ませてください」と伝えたところ毎日誰よりも早く来てグラウンド整備をすれば許可しようと言われた。

今思えばおかしい条件な気がするが、当時は「ありがとうございます!」と心から感謝していた気がする。頭がおかしい。

歩くのも痛かったが処方された痛み止めを飲めば我慢できたし、走るよりはマシだったので頑張って毎日グラウンド整備をしていた。

この剥離骨折は結局治るのに1年近くかかった。

1ヶ月ぐらい経つと教師に「もう治っただろ走れ」と言われるので走り、また悪化させるという繰り返しがこれだけ怪我を長期化させた原因だと思う。

ようやく治った頃にはもう高校3年生で同級生や後輩に大きく実力差を付けられていた。

それでもなんとか自分なりに練習を重ねた結果冬場の駅伝には出場できた。3kmの高校生にとって繋ぎ区間だったが。

少し時期は前後するが3年の夏頃、僕は進路を迷っていた。

怪我はなんとか治っていたがこれ以上走るのは明らかに限界だと感じていた。

それでもなんだかんだ高校1年生の頃に5kmを14分台では走れていたので、タイムだけで弱小校ならスポーツ推薦が可能な状況だった。

僕は迷った。

でも中学生の頃卒業文集にも書いた「箱根駅伝出場」を諦めきれずスポーツ推薦を選択した。

高校での陸上生活が終わり、大学へと進学した。

だけど僕の身体はもう限界だった。

1ヶ月以上練習継続できないのだ。

少し走れば足首が、膝が、股関節が、どこかに痛みが出てしま練習ができなくなる。

救いなのは大学はある程度自由トレーニングメニューを組めたので、怪我をすれば悪化する前に休息を取れたことだろう。

ただこんな練習頻度で化物揃いの大学陸上を勝ち抜くことはできず、関東インカレの出場はできたが成績はダメダメで、結果は出せなかったし、箱根駅伝メンバーに選出されることなど夢のまた夢だった。

僕は多分中学生の頃の栄光をまだ引きずってるんだと思う。

大会で全国出場を決めた時の高揚感、あれをもう一度でいいから味わいたいんだと思う。

大学4年生になり、実業団に進むか就職をするか悩んでいる。

正直箱根駅伝メンバーにもなれない人間実業団に進んだところで伸び悩み3年以内に首を切られるの分かってる。

でも頭ではわかっていても感情が走ることを求めてしまっている。

現実は厳しくて、身体が急に良くなって20km以上の距離を走っても壊れなくなるわけがないのに。

中学生の頃の栄光が、高揚感が、僕をこのまま終わりたくないと感じさせている。

2017-05-14

http://anond.hatelabo.jp/20170513222453

私の性犯罪被害記録

高校の時に朝練のため早朝に登校中、露出狂に遭遇。走って逃げて学校先生に報告した。

これだけなんだけど。

周りの人で聞いたことがあるのは、仕事帰りに突然後ろから抱きつかれたってやつ。

あなたあなたの周りの被害が多い気がするけど、まぁ地域差だろうね。

2017-04-06

やれたか委員会

中学の時、朝練が急きょなくなりいつもより早めに教室に入ったら、隣の席の女の子が何人かでエロ本を読んでいた。

「何やってんだよ・・・」ってクールな感じで切り抜けたけど、「絶対言わないでよ」って言われてから、その子からのボディタッチが日に日に多くなった。

ある日の帰り道、方向が一緒だったので一緒に帰っていたらエロ本の話になって「ウチくる?」って話になり生まれて初めて女の子の家に行くことになった。

部屋に入るまでは特に思わなかったけど二人きりになった途端、なんだか急に恥ずかしくなってドキドキして無口になった。

親は仕事でいないらしく童貞の俺でもこの状況はやれると確信できる空気だったのだけど、無言の空間に怖気付いて「用事思い出した」って言って帰った。

あれから席替えやらクラス替えがあったけど、あんまり話さず高校も別々になった。

そんなクラスメート女の子から突然Facebook友達申請メッセージが来て飲みに行くことになった。仕事上京しに来たらしい。

もう30近いし中学のころからさすがに老けてたけど、笑顔の素敵な巨乳女性に成長していた。

仕事の話、高校大学の話、どこかに旅行行った話など他愛もない話で盛り上がって楽しかった。

2件目を出てそろそろお開きかなと思い「品川駅まで送ってくよ」と言ったら「泊まっていい?」と言われて、あの日の思い出がよみがえった。

女の子の部屋の匂いキスしそうな空気の中で逃げ出したこと、置き去りにした俺の青春走馬灯のように脳裏を駆け巡った。俺はもう子供じゃない!

一呼吸置いて「おう、いいよ」と返事をしたら「増田はいくじなしだからやっぱやめとこ」って笑顔でそう言って、その子は本当に新幹線に乗って帰ってしまった。

これ、やれましたかね?

2017-03-28

もう部活って限界だよね

自分小学生の時は、部活といえば3年生から参加出来る1時間放課後クラブ活動か、保護者も一緒に参加するスポーツ少年団がメインだった。親が共働きだったので、スポ少には入れなかった。保護者は平日や土日に子供練習に参加してマネージャーのようなことをする必要があった。

放課後クラブでは卓球選択した。温泉旅館友達と打ち合うような感じですごく楽しかった。

中学に進学したら本格的な部活になった。

かっこいいからという理由剣道部に入った。

半年くらいで退部した。

理由

休みが月に1回しかない。

朝練時に顧問道場タバコを吸う。

楽しくなかった。

物理的に辛い。

くさい。

こんな感じ。

進学ちゃんとしたいので辞めますと言った。

顧問はアッサリ引いてくれた。

社会人経験した今だから思うけど、あの顧問どういう気持ち部活指導してたんだろう。

月一しか休みがないのは顧問もだ。

大会があれば遠征するし、ゴールデンウイーク練習だった。あそこの家庭崩壊してないか心配になる。

誰も幸せにならないんじゃないかなぁ。

2016-12-16

学生権利

労働者権利があるなら学生権利というのもあっていいだろう。

学生権利というのは軽視されすぎている気がする。

例えば大学生権利というのは非常に弱い。自分工学部卒なのでどうしても理系の話になってしまうが容赦してほしい。

実験をすっぽかしたりすると一発で留年実験に1回遅刻しただけで留年場合も。

・必修科目落とすと場合によっては1科目落としただけでも一発で留年確定。再試験が無い場合、ぶっつけ本番のテスト一定の点を取らないと一発で留年する。

・そこそこの病気になると留年学校休んで葬式行くのが許されるのは親など極限られた親族が死んだ時のみ。

選択科目は当然のように再試験がない。

実験拘束時間のぶんだけ単位がもらえない。

研究室ではこき使われる。アホみたいに拘束されて夏休みほとんどもない。

学費が高い。しかちょっと滞納するとすぐ除籍。

留年すると奨学金を打ち切られる。

特に奨学金を打ち切る指定暴力団学生支援機構が悪質だ。奨学金経済的に困窮している学生教育資金を援助(貸与)する仕組みだ。では、経済的に困窮している学生が、なんらかの事情でコロッと留年して、奨学金が打ち切られたらどうなるか?経済的に困窮している学生経済的に困窮しているから、当然大学をやめざるを得ない。経済的に困窮している学生だった無職は、高卒肩書と数百万円の借金を背負ったままどうやって生きていけばいいというのか。留年するやつが悪い、と思うかも知れないが、大学生というのはがんばっていても留年するときは本当にあっさりと留年するものなのだ理系なら学生の4割が留年する学科も珍しくない。

お金の話は置いておくとしても、アホみたいに課題を出してくるのも問題だ。課題が多すぎて土日はほとんど休めないという学生は少なくない。

高校生中学生権利の状況は更に悪いかもしれない。

・朝から晩まで馬車馬のように勉強させられる。課題も山ほど出る。

部活もある。朝早く出て朝練放課後は遅くまで練習部活強制かいう謎の制度を持つ学校も多い。

休日部活がある。

・それだけでなく、休日に授業がある。たまになら別にいかもしれないが、毎週土曜日に必ず補習がある学校地域存在するらしい。

教師主観評価を付けられる。中学校場合評価が悪いとろくなところに進学できない。

服装髪型規定が異常に厳しい。染めるのはもちろん、ちょっと髪が長いだけでアウト。中高生には基本的人権すら認められていないのか。

・なぜかバイト禁止

これでは中学生高校生は死んでしまう。冗談じゃない。日本ブラックなのは企業皇室だけではない。なんと学校までもがブラックなのだ

こんな調子では勉強部活以外のことができないではないかいくらなんでも学校の束縛が強すぎる。あれはするな、これはするなという調子私生活制限しまくった上で学校勉強ばかりさせているか大学生になった途端何していいのかわからなくなったり、「学校人生のすべて」みたいな固定観念ができて、ちょっといじめられたくらいで自殺してしま子供が出て来る。悲しいことだ。

アホみたいに勉強するのが尊いと思っている人は多いが、そんなことはない。学生もっと自由時間があれば、やりたいことや趣味や生きがいが見つかるかもしれないし、将来やりたいことが見えてくるかもしれない。その結果として、将来やりたいことを実現するために勉強するのは確かに尊いしか勉強しか知らないか勉強をするというのはただの思考停止だ。尊くもなんともない。

そもそも学校勉強特に中学高校勉強というのは進学先、就職先によっては本当に糞の役にもたたない。理系に行くなら古文漢文100パーセント無駄だ。教養大事とか言う奴は居るがそんなことはない。教養がなくても幸せに生きている人はいくらでもいる。教養があって良いことといえば少し悦に浸れるということくらいだ。クソつまらないし99パーセント受験以外で役にたたない古文漢文のために、最も頭脳が柔らかくて、最も体力があって、最も感受性が豊かな10代の後半に、死にそうになりながら学校と自宅を往復をすることに意味があるだろうか。しかしそれでも学生たちは古文漢文勉強しなければならない。なぜなら受験必要からだ。

最近でこそマシになってきたが、一昔前は、教師というただの小汚いそのへんのオッサンが、か弱い小学生中学生高校生をぶん殴るという異常事態が全国規模で発生していたし、それが当たり前のこととして受け入れられていたから周りも何も言わなかった。そのくらい学生というのは「勉強して当たり前」「親や教師の言うことを聞いて当然」という考え方に迫害されて生きている。我々はもっと学生権利を考えるべきではないか

2016-08-16

運動部ガチ勢エンジョイ勢という歪んだ現実

一般的ガチ勢に分類されるのは、

朝練夜練や休日練習学業私生活犠牲にして頑張って全国制覇を目指すような人達

のことを指す場合が多い。

 

それに対してエンジョイ勢

学業私生活犠牲にしないレベルで頑張る人達

・勝ち負けにこだわらず皆で楽しくやろうぜ的な人達

のことを指す場合が多い。

 

後者は兎も角として、前者もガチ勢からは怠け者扱いされているのが現実で、

ガチ勢試合すれば負けてしまい敗北感を味あわなくてはなりません。

しかしそれは間違っています

 

練習時間が倍以上違うのだから差がついて当たり前、でもそれは決して怠けているからではありません。

プロではないのだから学業私生活犠牲にしない程度に頑張っている方が普通健全なのです。

その健全な生徒たちがガチ勢に負けたからといって敗北感や劣等感を持つ必要は無いのです。

 

しか現実に全国レベルで良い成績を収めようと思えば、やっぱりガチ勢にならざるを得ません。

まり学業私生活犠牲にしなければチャンスを与えられないという奇形努力必要になります

これは教育機関として間違っています。生徒はプロではないのだから

 

別にガチ勢否定しているわけではありませんが、エンジョイ前者にも何らかの形でチャンスは与えられるべきでしょう。

学業私生活犠牲にしないレベルで頑張るというのは、人間生活を営む上で尊重されるべきです。

 

なので練習時間制限を付けた部のみが参加できる大会とかあれば良いと思います

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