はてなキーワード: ストッとは
アメリカという大国のインフレは世界中の物価に影響があり日本も例外ではない
だがFRBの楽観的な見通しに反して物価はまだまだ前年比でプラスとなったまま上がり続けている
それは、トランプバイデンあわせて2兆ドル規模の返済義務のない補助金を紐無しマネーとしてばら蒔いたからに他ならない
このマネーは返済義務がないので、一旦市中に出回ると利上げでは直接回収できない
利上げで直接回収できるマネーは利下げで刷った、返済義務のある紐付きマネーであって、企業の債務維持コストが上がるため債務を減らそうと言う動きが増加し、そして返済されたマネーは信用創造の逆回転でバランスシートから消えてマネーの総量が減りマネーの希少価値が高まってインフレが抑えられていく
だから補助金で配ったマネーが莫大な場合、いくら利上げしてもインフレが収まらない
だけど大統領選を控えてるバイデンが増税を言うことなんてほぼ不可能なので増税をするのは2024年11月以降
つまり補助金マネーの回収が始まるのは少なくとも2025年以降
物価が下がり始めるのは早くて税金徴収実務が始まる2026年6月以降
それが、マイクロロボット的なものになるのか、直接脳に作用するAI的なものになるのかは知らないが、あくまでも思考実験として。
例えば、嫌なことがあって酒を大量に飲もうとする。
するとなぜか、途中でジョッキが持ち上げられなくなってしまう。
例えば、大量の仕事を押し付けられ、週末まで泊まり残業を続けようとする。
自身の意思とは別に、そういう自己防衛の機構を人体に組み込んだら、人類は幸せになるのだろうか。
ある人間が意識して、死に至るような行動をとったときに、それにストップをかける人工的な機構は、その人にとって嬉しいものなのだろうか。
もちろん、人が死ににくくなるのはその人にとっても、人類全体にとっても良いことだ。
しかし、自分の意思が、何かよくわからない機構によって妨げられることは怖い。
だったら、その機構が、行動だけでなく感情や意識にも作用したらどうなのだろう。つまり、
「あっ、スピード出すの怖いな」
「あっ、もう飲む気がしないな」
「あっ、なんかもう帰りたいな」
と、あくまでも自分の気持ちとして、その機構が働くのなら、それは案外良いんじゃないかというような気がしてしまう。
個人的な結論としては、もしもそのような機構を設けるのなら、自意識の方も合わせて調整してほしい。
つまり、自分の意思として、それ(死に至る行動の回避)を選択したような気分にさせてほしいなと思いました。
_____
最近はすっかりHUNTER×HUNTERが休載していることが日常になってきて、作者の体調不良の状態が明かされたことでネタとしてイジることもしにくくなって、いつ連載再開する?みたいな話題になることも減ったね。
前回の連載期間が2022年末から2023年始くらいだっけ。あの頃はジャンプ本誌にハンターが乗っていることが不思議な感じがしていた。
一時期バズっていた作者のTwitterでのつぶやきも、今年の3月を最後にまたストップしているようだ。これが動き出したら、次の連載再開が近づいてきたサインになるだろうか。
(追記)
ありがとう、助かる。
どっか落としてるだろうとは思ってたが、仕事終わりに自分の文章なんかマトモに読めねえんだよな。
句点イレル。そういや同じ現場だった校正者もよくやらかしてたな。元気してるだろうか。
「一番最後」はママで。副詞的用法だと「ぶっちぎり」みたいなニュアンスを感じるから、おっしゃる通り強調表現の範囲内として個人的には違和感ないかな。もちろん要指摘事項だが。
“?”の後ろに文章が続けばスペースあり、後ろが “」”の記号ならスペースなし、“これはいったい何年前の学説なんだ?って” と促音でもスペースなし、が校正ルールってことかなーと思いながら読んだ。
だいたいそう。最後の場合はスペース入れる表記ルールも多いけど、俺は一文としてつながりがあるならアキなしの方が好き。
校正って、文章の体裁を整えるだけじゃなくて、内容のチェックも求められるじゃん。
そこまで求めるのかって思うわ。
この前もゲームの歴史みたいな本が、事実と違うって炎上して回収騒ぎになって、校正は何をしてるんだって出版社が文句言われてたけど、こそまで調べられるなら著者に書かせないで出版社が自分で書くだろっていつも思うわ。
文章の体裁を整えるのは校正で、事実関係の確認や内容に踏み込んだ指摘をするのが校閲であり、それぞれ別の仕事である……ってのは大昔の話。
写植がなくなり、ネットが普及した今じゃどっちもやるのが当たり前になった。
校正しろって言われても最低限の事実確認はするし、校閲しろって言われても行頭二分アキ折り返し天ツキー、だ。
現代じゃ校正も校閲も業務自体はラクになったんだろうが、そのぶん求められることが増えた。どっちの方がマシなんだろうな。
ゲームの歴史も、あんだけミスがありゃ業界素人の校正者でも1個や2個ぐらいは事実との齟齬を見つけてたかもな。でも「校閲は何をしているのか」って増田にも書かれてるように、校閲者のひと声で進行がストップするなんてまずありえない。
「じゃあAIでいいじゃん」ってブコメがあったが、全くその通りだと思うぜ。
(本文)
なんか一瞬だけ校正が話題になったらしいがな、あんなんロクな仕事じゃねえ。
俺はこの業界に入った直後の飲み会で「この仕事、20年くらいで頭おかしくなって失踪しちゃう人多いから気をつけてね」って笑いながら言われたぞ。
俺はあと何年もつんだろうな。もう壊れてるかもな。
だいたい、どこのどいつがしょーもない誤字脱字を見つけられて感謝するんだ。
「いやいや、自分は感謝している」ってか? 嘘つけ、とんちんかんな指摘が来たら逆上してSNSにアップするんだろどうせ。指摘がとんちんかんかどうかも出版社や著者によって変わってくるんだからな、まったくやってられねえ。
ある案件で鉛筆を入れれば烈火のごとく怒られ、ある案件では鉛筆を入れなかったことにねちねち詰められた。
あの時の判断はどっちも間違ってなかったって、俺は今でも思ってるけどな。
一番クソなのは表記統一だな。あんなの気にする奴なんかいるか?
「つながる」だろーと「繋がる」だろーと、混在してようがどっちでもいいだろ。
一文中の漢字と仮名のバランスガーとかそんな高尚なもんじゃなく、単純に気にして読んでる奴なんて誰もいねえんだよ。
「繋」は俗字だから直せだと? うるせーな、てめえは校正者か?
今どき「繫」を使ってるメディアなんかねえだろ、たぶん。
著者をキレさせて、読者にそっぽを向いて、出版の奴らしか気にしないようなエセルールを厳守して満足してるわけだ。
ダーシや3点リーダがひとつだろうとふたつだろうと、どうでもいいんだよ。
誤脱拾わせるのなんてWordにでも任せとけ。
「非常に複雑な判断が求められるからAIには無理」とか言う奴も多いから聞かせてもらうけどよ、人間の脳みそって本当にAIより出来がいいのか?
俺にはとてもそうとは思えねえ。あと5年か10年もすりゃ余裕で超えるだろ。
うさんくせえアフィ記事の段落ひとつをまるまるコピペして、ちょろっと表現変えただけでファクトチェックは全部ぶん投げるクソライター。
専門分野より先に日本語を学べってレベルで主述関係がメチャクチャで、挙げ句の果てに自分とこの専門用語さえ間違えてるクソ学者。
そんなものにセコセコ鉛筆入れてるこの仕事も、ロクなもんじゃないに決まってる。
AIはファクトチェックができないって? なるほど、どうなんだろうな。
だが、専門家でもない俺らのファクトチェックなんざ、たかが知れてるだろ。
どうせパソコンかたかたやって、ネットのマトモっぽいサイト見つけて「うーん……これはたぶん公式!」って適当な認定して、そこから情報がきちんとコピペされてるかチラッと見る……やっぱもう5年か10年もありゃ、普通にAIでもできそうじゃねえか?
「××駅から徒歩10分!」とか書いといて、GoogleMap見たら30分はかかりやがる。
俺ら御用達のコトバンクだって、これはいったい何年前の学説なんだ?ってのがザラにあるじゃねえか。
だが校正ってのはとにかく時間がねえ。出版ルートにおける一番最後、要するに下水道だ。
著者がなかなか書きやがらねえ。編集がなかなか回してこねえ。そのくせ締め切りは動かねえ。ならどうするか? 校正の時間を削るんだよ。
つまり一番どうでもいい工程なんだってことは、出版業界の共通認識なんだろ?
ブルシット・ジョブよりタチが悪い。
若者の台詞なのに「これはら抜き! い抜き!」とか鉛筆入れてる初校を見ると「バカかテメェは?」とか言いたくなるんだよ。
そんときばかしは著者に同情するな。「あの校正者をクビにしろ!」とかクレーム電話の1本や2本入れるかもしれねえ。
仕方ねえから初校にフィードバックすると、すげえ不満そうな顔されんだよな。
正しい日本語ってなんだ? それは著者の表現したいものより大切なのか?
著者の頭の中にある世界を、誤字脱字なんか余計なノイズなしに、そのまま100%伝えるんだって。
気づけば俺は、「十年と一〇年で表記がユレてます」なんてクソどうでもいいことばかり憧れの作家に抜かしてるわけだ。
でも仕方ねえじゃねえか。
木っ葉校正者の地位なんてカスみたいなもんだから、身を守るには野暮な指摘を入れるしかねえんだよ。
「私はちゃんとここに気付いてますけど、あえてママにしているんですよね?」ってアピールをしとくんだ。
誰だって入れたくねえよ、こんな鉛筆。でもそうしなきゃ、いつ契約を切られるか分かりやしねえ。
正直な話、俺は小説より漫画が好きだからよ、いつもジャンプのことを考えてるんだ。
暗殺教室知ってるか。あれに有名な誤字があるんだ。
「転んだ」が「殺んだ」になってるってやつな。
俺は今でも、あの41話をチェックした人のことを思っている。
そんなクソ盛り上がるシーンなんだから、松井先生もそりゃお得意の言葉遊びをするだろうさ。
俺がもし「(念)この『殺んだ』は『転んだ』の誤表記ではありませんね?」なんてお伺いを立ててる奴を見かけたら、もう絶叫しちまうよ。
当たり前だろ。マジで冷めるから鉛筆だろうと死んでも入れるなよ、そんな指摘。
ところがどうだ、実際はマジの誤植で、編集部からお詫びまで出た。
いったいどうするのが正しかったんだろうな。
やっぱり指摘をしとけば、防げるミスだったんだろうよ。
でもな、答えを知っちまった今でも、俺はやっぱり「殺んだ」をスルーするのが一番だと思うんだ。
たとえ校正者として間違った態度だとしても。
「私はあなたとあなたの作品を信頼しています。だからこの表現には何も指摘を入れません」
そういう仕事をしてえよな。
ただまあ、もう一つだけ欲を言えば、俺が恐縮しながら入れた鉛筆が、作品の世界をちょっとだけ広げることにつなげられたなら……。
いいや、それは下心がありすぎだ。何様だよ、お前は。
だから俺は明日も結局、ホームページ代わりにインスタを使ってるオシャレ飯屋に悪態をついたり、聞いたこともねえ企業が前株なのか後株なのかを必死こいて調べたり、シャーペンの先っぽで一字一字ゲラの文字をぷちぷち押さえたりするだけなんだ。
誰にも求められてない仕事のためにな。
ああ、クソッタレ。
1946年5月21日、ロスアラモス研究所で、カナダ出身の物理学者ルイス・スローティンとその同僚らが、中性子反射体(ベリリウム)と核分裂性物質(デーモン・コア)を接近させて、臨界状態が発生する距離の測定実験を行っていた[12]。スローティンらは球体状にしたベリリウムを分割して二つの半球状にし、その中央にデーモン・コアを組み込んだ。そして、ベリリウムの半球の上半分と下半分との間にマイナスドライバーを挟み込み、ドライバーを動かして上半分の半球をコアに近づけたり離したりしながらシンチレーション検出器で相対的な比放射能を測定していた。挟みこんだドライバーが外れて二つの半球が完全に接触すると、デーモン・コアは即座に臨界に達し、大量の中性子線が放出してしまう大変危険な実験であった。小さなミスも許されない危険性から、リチャード・ファインマンが「ドラゴンの尻尾をくすぐるようなものだ」("tickling the dragon's tail")と批判し、他のほとんどの研究者は実験への参加を拒否したほどであった[13][14]。 しかし、功名心の強いスローティンは皆の先頭に立ってこの実験を実施し、エンリコ・フェルミも「そんな調子では年内に死ぬぞ」と忠告していたと言われる[15]。
そしてこの日、スローティンの手が滑り、挟みこんだドライバーが外れて二つの半球が完全にくっついてしまった。即座にデーモン・コアから青い光が放たれ、スローティンの体を熱波が貫いた。コアが臨界状態に達して大量の中性子線が放出されたことに気づいたスローティンは、あわてて半球の上半分を払いのけ、連鎖反応をストップさせ他の研究者たちの命を守ろうとした。反射体とコアの接触時間が比較的短かったため、最初の事故では反応度が15セント(英語版)[注 4]超過したのに対し、第二の事故では約10セントの超過だったと推定されている[8]。彼は文字通り皆の先頭に立って実験を行っていたため、他の研究者たちへの放射線をさえぎる形で大量の放射線を浴びてしまった。彼はわずか1秒の間に致死量(21シーベルト)の中性子線とガンマ線を浴び、放射線障害のために9日後に死亡した[8]。
JTC時代に、新入社員として、Bさんのような社員のサポートにつけられたことがある。
と自己紹介したBさんはホラン千秋に似た、いかにも海外営業といった容姿の独身女性であった。
「私も異動してきたばかりで何も分からないの」
と困ったように微笑むばかりであった。
どんなにつまらない社内向けの書類でも、OSのアップデートでも、Bさんは胸にメモを押し頂くようにして、別の社員に教えを請いにいった。
わたしは能力は人並み以下だが、危機察知能力の高さには自信がある。
初日、Bさんから一日半かかると聞いたパソコンのセットアップが1時間弱で完了した時、
(この人の言うことは本当に信用できるのか?)
という疑問が生まれた。
「開催はだいぶ先だから今することはないの。
何もすることがないのはつらいかもしれないけど、緩急のある仕事だから仕方ないわ」
ともっともらしい話を聞いていた。
しかし、念のため、わたし自身の予習を兼ねて過去のメールを読み返すことにした。
すると、Bさんが回答する必要があるメールが何通も月単位で放置されていることに気付いた。
JTC風にいうと、「ボールはこっちにある」というやつである。
プロジェクトはとっくに動き出していたのだが、Bさんが返信を怠ったせいで数か月ストップしてしまっていた。
相手方から数度にわたって催促のメールが届いているメールさえあった。
なぜ返信しないのか聞くと
と会話を打ち切られてしまった。
わたしは数日目にして、まずい状況に身を置いていることに気付いた。
そこでチームに「状況の」やばさをアピールしつつ、彼女の顔を立てながら、プロジェクトの遅れを取り戻そうと必死になった。
Bさんはとくに焦るでもなく、
「増田さんは配属されて一か月なのに、もう何年も働いているみたいね」
とまんざらでもなさそうだった。
わたしはBさんに仕事を教わっているという体であったので、成果物はすべて彼女の個人フォルダに保存することになっていた。
自動で保存される更新履歴を見るかぎり、彼女はもう自身のフォルダを開いていなかった。
おもな作業者はわたしを筆頭としたBさん「以外」の社員であり、作業の進捗を管理し、遅れや不足に気付くのもわたしたちだった。
Bさんは仕事に優先順位をつけることができないという点で、会社員として絶望的だった。
期日等は考えずに自分がこなせる単純な仕事だけ片付け、それ以外は放置して忘れてしまう癖があった。
わたしは彼女のタスクに気付くと、その背景と彼女がとるべきアクションを説明して、例えばメールならわたしが背後で文章を読み上げてタイプしてもらった。
わたしの時間がとれなくなると、メールの本文を代筆して送り、名前だけBさんのものに変えてもらった。
簡単なタスクを与えずに放っておくと、気まぐれに取引先のメールに
などと返信してしまうことがあった。
それに気づくたびに
「Bの部下の増田です。その日程は別件の立ち合いのため厳しいです。
×日、または△日でいかがでしょうか」
取引先の担当者たちは察しがよく、Bさんのメールに返信することをやめ、わたしと直接やりとりするようになった。
Bさんは「契約書」や「議事録」といった基本的なビジネス用語、また「アダプタ」や「URL」といったPC関連の固有名詞をまったく知らなかった。
「クラウド」や「AI」といった近年の技術をすべて「システム」と呼び、
「学校で習わなかった」
と不満そうにしていた。
と言うのでその通りにすると感謝されるが、知識やノウハウよりも、自身の向学心を表現することに満足してしまうようで、マニュアルは一度も開かれないままだった。
実際、目の前にあることに対する好奇心は強いかただったと思う。
会議などに出席する機会があると
などとうれしそうにしていた。
なお、わたしはその時、彼女の代わりに翌日提出予定の議事録や報告書を起草していた。
ある昼下がり、顧客との打ち合わせに向かう前に急ぎの仕事を片付けていると、彼女が言いにくそうに話しかけてきた。
「あのね、増田さん、気付いてるかもしれないけど、わたし、実は…」
(またわたしの知らない熟成案件が?まさか今から会う会社関連のなのか?)
「わたし、実はキティちゃんが好きなの!このポーチもキティちゃんだし、定期入れもキティちゃんなの!」
(え?今、その話するの?私、あと15分で打ち合わせに入るんだけど?というか、Bさんもですよね?)
彼女は放心状態のわたしに対して、キティちゃんとの出会いから、ご当地キティちゃんを追いかけて京都や沖縄を旅したことについて語ってくれた。
彼女のお気に入りの旅行先は南国で、「何もしないでぼうっとするのが好き」とのことであった。
わたしは何の医学的知識もないのに、彼女の口内炎の経過を毎日30分近く聞かされることになった。
口内炎が完治する頃には、チームの全員が彼女の口内炎について直接聞いて知っていた。
数分後に経営会議を控えた幹部を呼び止めてブリーフィングすることすらあった。
季節は真夏となり、わたしは名実ともにBさんの業務を代行していた。
その頃にはBさんは社内外で完全に孤立しており、話の長いBさんに話しかける人はいなくなっていた。
「みんなオトコだから若い女性が好きなのね。だからわたしに冷たいんだ」
「この会社は古いから、新しい仕事のやり方が受け入れられないんだ」
彼女とて社内外の担当者が彼女をスルーしていることに気付いていたはずで、無理やりでも責任転嫁することで自分のプライドを守っていたのだと思う。
同時期に私は驚くような事実を知った。
口癖のように「わたしも配属されたばかり」と言っていたBさんは、実は私に1年前に異動してきていた。
しかも、だいぶ若々しく見えるが、新卒入社して勤続30年近い管理職世代の社員だったのである。
当時、わたしがBさんに感じていたのは、自分が理解できない存在に対する本能的な恐怖であった。
私が英日ネイティブだという話をすると
「私の年も氷河期で一番入りたい企業に入れなかった友人がいたわ」
(わたしがBさんの英語能力を目にする機会はなかったし、彼女の同期(管理職)によれば彼女はバブル世代である。
しかし、わたしたちの間に横たわっていたのは、世代や学力の差といったレベルでは片付けられない、まったくの断絶であった。
彼女は瀟洒なスーツを着て滑らかな日本語を話す、かぎりなく会社員に近く、(わたしの考える)会社員ではないものだった。
わたしは早朝のランニングをやめて、仕事の整理をする時間を作った。
毎朝「今日自分がすること」と「今日Bさんにさせること」の二つのリストを作って、スマホでスキャンし、会社のメールアドレスに送信した。
趣味を楽しむ心の余裕はなくなっていた。
書店に行って本を選ぼうとしたが、何を選んだらよいのか分からなかった。
学生時代は図書館で借りるしかなかった学芸文庫だって買えるのに、何を手にとってもときめかなかった。
本を選ぶことができず、例のメモ用のフリクションペンを買った時、自分が変質してしまったように感じた。
会社の最寄り駅に近づくと、吐き気やめまいに悩まされるようになった。
「自分が同期の中でも期待されていないから、Bさんのお守りを押し付けられたのかもしれない」
という疑念を振り払うことができなかった。
わたしは同級生から海外の労働事情について聞いていたので、日本の終身雇用制について好意的にとらえていた。
しかし、何かの予算で1000万円という金額を見た時に、Bさんが
と不満げに漏らしたことがあった。
それを聞いた瞬間、数々の疑問が湧いてきた。
年功序列とはいえど、新卒一括採用という一発勝負で、何もできない社員に1000万円が現実的に思える額の給与を与えるのはどうなの?
子供のような年の社員にお世話係をさせてまで引き止める必要があるの?
それ宝くじとどう違うの?わたしのオポチュニティはどうなるの?
仕事が極端にできない社員には引導を渡して、パソコンも契約もない、指示が一行で完結するような仕事に就かせた方が本人も周囲も楽なんじゃないの?
とくに出来がいいわけでもないのに、そんなことを考えてしまう自分を嫌悪した。
結局、わたしは冬頃には会社に対する信頼を失っており、1年を待たずに外資系企業に転職した。
会社の育成計画的にはわたしも失敗作なので、その点に関して言い訳をする気はない。
しかし、Bさんは給与について文句を言いつつも、おそらく転職機会がないという消極的な理由から、今も会社に居残っている。
災厄のような社員を解雇できず、中途半端な高給を与えて飼い殺すシステムは疑問だし、そのつけを他の人に払わせるのはもっと疑問。
「あたり、しらみだね!」
ルーペをのぞと医者はうれしそうに言った。全身鳥肌がたち、頭が真っ白になった。
うちの娘にしらみ?
お風呂だって毎日入れてるし、なんならわたしが丁寧に頭皮を洗ってあげてる、そんな娘にしらみ?
「一緒に寝てる?じゃあお母さんも確認ね」
看護師さんがやってきて、私の髪を丁寧にすくいだす。
「先生、これ!」
「あたり!しらみだね」
おェェェェ、頭皮に虫が住んでてタマゴうんでるとか無理、交尾して増えてるとか絶対無理。
まとめると、
◯この地域のしらみは、薬剤耐性があって、普通の薬は効かない。効くのはアースしらみとりローション1種のみ。
◯現在、アメリカの薬が治験中。治験に参加すると謝礼金がでる。
◯でもプラセボの薬があたる可能性があって、それだと当然、薬を使ってもシラミはいなくならない!
とのこと。
「1人4〜5万円でるよ、家族全員15万だよ」
すごい!!15万円欲しい!!
でも、現在進行形で、私の頭で虫が増えてるとか絶対無理。DDT!!DDT!!
15万円だし、産卵だし、旅行???混乱してゲロ吐きそうになってたら、
治験には参加しなかった。無理。
この度、岩波文庫からアリエル・ドルフマン(昔は、英語風にドーフマン表記だった)の戯曲作品『死と乙女』が刊行された。90年代に一度、英語版から日本語に翻訳されたものが劇書房から刊行されたが、その後は長く絶版品切状態だった作品である。
「過去に読んだが岩波文庫から復刊したことは知らなかった」という人は、書店に急いで欲しい。
読んだことの無い人も、やはり書店に急いで欲しい。
もしかしたら、作品を読んだことは無くても、朴璐美や真木よう子などが主演した舞台を、日本国内で観たという人もいるかも知れない。または、ポランスキーによる映画作品を観た人もいるかもしれない。
ちなみに、これを書いている増田は、ど田舎生活の低所得者なので、演劇文化とは縁が無いことから、舞台を観たことはない。
今回の岩波文庫版は、著者の母語であるスペイン語で書かれたバージョンからの翻訳となる。翻訳者による詳細な解説があるので、作品執筆の背景となった70〜90年代のチリ内外の政治事情を知ることも出来ることから、一読者として有り難い。
これを目にしている貴方が、書店に赴いて『死と乙女』を入手して読んでくれるならば、もう以下の駄文を読む必要は無い。
この増田が読むことを勧めている『死と乙女』とは、どのような作品なのか、読んだことは無いが少しだけ興味が有るという人に向けて、以下を記す。
ただし『死と乙女』の結末に触れる部分があるので、未読で結末は自分で知りたいという人は、ここで一旦、この駄文を読むのをストップしてもらいたい。
また、直接的ではないものの、性暴力に言及する箇所もあるので、精神的な苦痛を喚び起こされる虞がある人は、ここで読むことを止めてもらいたい。
=======================
1970年、南米チリで、サルバドール・アジェンデを大統領とする政権が誕生した。俗に、史上初の民主主義選挙により誕生した社会主義政権とされる。
しかし、アジェンデ政権を皮切りに中南米地域で社会主義国がドミノ倒し的に増加することを怖れた米国ニクソン政権は、チリへの介入を決定する。かくして、米国の後ろ楯を得たピノチェトが起こした軍事クーデターによって、チリは独裁国家となる。
この独裁政権時代のチリでは、多くのチリ国民が政治犯として弾圧され、不当な身柄拘束、拷問、虐殺の対象となっている。
チリ国外に亡命した人間もいる(亡命はしたもののチリ国外で暗殺されたという人間もいる)。映画『イル・ポスティーノ』の主人公の詩人も、そのような逃亡者であったことを、記憶している人もいるかもしれない。或いはまた、ヨーロッパに亡命していたチリの映画監督ミゲル・リティンが、ピノチェト支配下のチリへ潜入して取材する姿を、コロンビア出身ノーベル文学賞受賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケスがルポルタージュ『戒厳令下チリ潜入記』(邦訳は岩波新書)として著したので、それを読んだ人もいるかもしれない。
本作『死と乙女』の著者アリエル・ドルフマンも、チリ国外に亡命した人間の一人である。
そして『死と乙女』の主人公パウリナ・サラスもまた、ピノチェト政権下で筆舌に尽くし難い苦痛を味わい、生還したチリ国民の一人である。
パウリナの夫ヘラルド・エスコバルは、ピノチェト政権下で、弾圧されている人々をチリ国外に亡命させる手助けをしていた。そのためにヘラルドは、ピノチェト政権当局から弾圧の対象とされた。
しかし、ヘラルドが当局の手を脱して逃亡したので、彼の居場所を吐かせるために秘密警察は、彼の妻であるパウリナの身柄を拘束し、彼女を拷問した。その時、拷問者は、目隠しされたパウリナをレイプしながら、シューベルト作品『死と乙女』をBGMに流したのである。
時が流れて90年代に入ると、チリは民主主義国家へと移行する。ヘラルドが逃亡する必要も、パウリナが夫の隠れ場所を吐かずに耐える必要も無くなり、二人は夫婦として、堂々と暮らせるようになった。しかし、パウリナの心には、拷問による拭いきれない大きな傷が残り、それが二人の暮らしに暗い影を落とし続けていた。
民主主義政権となったチリ政府は、ピノチェト独裁時代に行われた弾圧について、調査究明を行なうと国民に約束し、そのための調査委員会を任命する。今やパウリナの夫ヘラルドは、その調査委員会のメンバーの一人である。これが、物語の開始の時点で、主人公の置かれた状況である。
物語の冒頭、或る晩、ヘラルドは、パウリナの待つ自宅へと自動車で帰る途中、タイヤのパンクにより立往生していたところを、通りがかった医師ロベルト・ミランダに助けられる。ロベルト・ミランダの車で自宅に送り届けられたヘラルドは、夜も遅いし助けてくれたお礼にと言って、ロベルトに自宅へ泊まっていくことを勧める。
結局ロベルト・ミランダはヘラルドの申し出に甘えることにし、ヘラルドが寝室に居るパウリナに声を掛けて、彼女にも客人を泊まらせることを了承させる。
翌朝。
ロベルト・ミランダは、椅子に縛られている。パウリナが、彼にリボルバー拳銃を突き付けている。
それを見て驚く夫ヘラルドと、狼狽する医師ロベルト・ミランダに対して、主人公パウリナは告げる。
「昨夜、この男の声を聴いて気づいた。この男、ロベルト・ミランダこそが『死と乙女』をBGMとして流しながら、あたしを拷問し、レイプした人間だ」と。
ロベルト・ミランダに拳銃を突き付けて「洗い浚い罪を吐かせる」と主張する主人公パウリナに対して、夫ヘラルドは思い止まるように説得する。
チリがピノチェト独裁体制を脱して民主主義国家となったとはいえ、いまだピノチェトを支持するチリ国民も決して少ないとは言えない(現実世界の2023年現在でも、ピノチェト支持者が残っているのだから、民主政権に移行したばかりの90年代前半を時代設定としている物語の中では、尚更である)。独裁政権時代の弾圧活動に関与した人間たちの全てを、罪に問うて処罰しようとしたならば、親ピノチェト派の有権者からの反発を招き、まだ体制も盤石とは言い難い民主主義政権が倒れることになりかねない。最悪の場合、内戦が勃発して、更に血で血を洗う国民同士の殺し合いともなりかねない。
そのため、現実世界のチリで行われた調査も、調査対象事件を「被害者が殺害されたという重大なケース」に限定し、尚且つ、真実を綿密に明らかにした調査報告書を作成する代わりに、弾圧関与者の氏名公表や厳しい処罰を免除するという、謂わば折衷案の形をとらざるを得なかった。
処罰を免除するという条件を餌にした、一種の司法取引によって、ピノチェト独裁政権時代の弾圧に関与した人間に、己の罪を自発的に告白するように促したとも言える。
しかし、もしも調査委員の一人であるヘラルドの妻パウリナが、ロベルト・ミランダを殺害してしまったとしたら、いや、殺害せずとも、拳銃を突き付けてロベルト・ミランダに自白を強要したことが世間に知られたならば。
民主化した政権も、真相究明も、全てが水泡に帰すことになりかねない。
パウリナは、ロベルト・ミランダの命までは取らないことを条件にして、今ここにいるパウリナ、ヘラルド、ロベルト・ミランダの三人で"裁判"を行なうことを強引に承諾させる。かくして、現実のチリで行われた真相究明の動きを追体験するような、緊迫の一夜が、舞台上で演じられることとなる。
以下では、物語の結末に触れているので、未読の人は一旦ここで増田の駄文を読むのを切り上げて、まず『死と乙女』を読んでもらいたい。
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
ロベルト・ミランダに罪を告白させること(供述をテープレコーダーに録音した上で、ロベルト自身の手で文字起こしの原稿を書かせ、さらに「自発的に真実を語った」と宣誓する署名までさせること)が出来たミランダは、ロベルトを監禁する前に家から離れた場所へ移動させておいた彼の車を、返すために取りに行くようにと夫ヘラルドに頼む。
そして夫ヘラルドが家を出て二人きりになると、パウリナはロベルト・ミランダに銃口を向け直す。
「真実を告白すれば命を助けると言ったのに、約束が違う!」と抗議するロベルト・ミランダに、銃口を向けるパウリナ。
パウリナは、ロベルト・ミランダの語りを聞いて、心の底からの反省や悔悛が彼には見られないと判断したのだ。
ここで演出として、舞台には幕が降り始め、パウリナとロベルト・ミランダの姿を隠すとともに、その幕は鏡となっており、演劇『死と乙女』を観ている観客たち自身を映し出す手筈になっている。
再び幕が上がると、物語のラスト場面であり、パウリナとヘラルドは、二人で連れ立って、音楽演奏会に出掛けている。演奏の休憩時間では、他の観客と、調査委員会による調査の成果について、夫ヘラルドは語り合っている。
休憩が終わり、演奏が再開される。
すると、その演奏会の会場にロベルト・ミランダが入って来て、主人公夫婦から離れた、ずっと後方の客席に彼は座る。
夫ヘラルドは気づいていないが、パウリナはロベルト・ミランダの存在に気づいて、しばし後ろを振り返り、ロベルト・ミランダを見る。ロベルト・ミランダは、何も言葉を発すること無く、ただ、主人公パウリナに視線を向け続ける。やがてパウリナも、ロベルト・ミランダからは視線を外し、前方(演奏会の舞台があると設定されている方向)を向いて、物語は終わる。
=======================
この増田は、殺したと考えている。(続く)
仕事でPCを扱うことやスマホ、タブレットを見る時間が多い昨今いかがお過ごしでしょうか。
30歳後半くらいから生命力?の低下や疲労の蓄積から肩、首こり、眼精疲労~頭痛~倦怠感からのモチベーション低下で悩んでいました。
あれこれ試して少しづつ解消されてきたのですがメンテナンスタスクが増えてきたのが逆の悩みでもあります。
脳神経科に行くと若い子でも同じような症状があるようなので中年が多いと聞くはてな村民でも多いことでしょう。
民間療法よろしく、みんなが試した方法を出し合って情報ハブにしたい。
自分が試した結果は以下。
(個人差があるのは当たり前なので参考程度にね)
王道の対策だね。あんまり効果は実感しないけど同じ姿勢が長時間続くならやらないよりはマシだろう。
首を上下左右にゆっくり伸ばす、首をグルっと一回しする繰り返し運動や腕の上げ下げ、肩回しなど。
レンジで温めて使うアレだね。血行と筋緊張を和らげるのにいい。効果は上々。
眼と肩周りを温めるものを使ってる。両方とも一日3、4回は使っている。
少し前に流行ったアレだね。使わず嫌いだったけど、意を決して買ってみたけど手放せなくなったね。
自分の手でマッサージするやつ。腕が疲れるし、効果がイマイチ。
首肩には関係ないけど仕事中に足裏でコロコロするやつは使っている。
大筋群にはいいが、首肩の小さめの筋肉をやってくれる施術者に出会っていない。
ホットパックのが効く。
全身を温めるので良いんじゃないかな?
が、ついでにストレッチや軽い運動で全身の筋肉を動かせるので重要なんだろう。
重要なんだろうと言うか首肩だけでなく身体全体のメンテナンスを考えると必須。
ただ腹が減るようになるので、途中でタバタ式トレーニングを入れてカロリー消費を上げておくようにしている。
本当にめんどくさい。
最近試し始めて経過観察中。
中国が日本の海産物を全面的な禁輸措置を取った結果、これまで中国市場で設けていた日本の海産業者は大打撃を受けることになるだろう。
この構図について、今から4年前にも同じようなものを見た気がする。
2019年12月に中国でコロナウイルスが蔓延し始めて、中国人観光客による訪日が完全にストップした。
中国人のインバウンドに依存していた日本のホテルや観光地、繁華街などは大打撃を受けた。
日本人の一人として、ホタテやマグロやウニやイクラは大好きである。
なぜ今まで日本人に売らずに、中国市場に海産物を流してしまったのか未だに理解できていない。
いや、日本人の所得が減ってデフレ傾向が30年以上続いていて、その結果金を出さなくなったというのは判るよ。
100円ショップやユニクロが今の日本の成長産業である、というのが不健全であることもその通りだと思う。
日本国内ではもう成長が見込めないからといって、安易に中国に救いを求めるのもどうなんだろう。
今回の海産物にしろ、4年前のインバウンド産業にしろ、どちらも「中国に依存し過ぎると痛い目に遭う」というのが一つの教訓ではないか。
経済成長し切ってしまった日本と比べて、中国は人口も多く内陸部は未だ未開発で潜在的な経済成長が見込めるので、日本人であれば魅力的な場所に見える。
周りの人が、面白かった、と言っていたので観に行きたいとずっと思っていて、もうすぐ終了ということであわてて観に行った。
観た結果、面白かったし、観に行って良かったのだが、なんかめちゃくちゃダメージを受けている。心が弱っているのかな。
とにかく人生の苦しみのオンパレード。特に、発達障害、いじめ、虐待など学校関係や家庭環境にトラウマがある人にとっては大変つらい内容ではないかと思う。
・なんでもっと上手く立ち回れないんだ、お前も弁護士雇え、と思ったがこの人も発達障害なのか。
・母親視点の先生と、先生視点の先生が全然違ったが、正しい(客観的な)評価は母親視点の方なのか。
・明らかな落ち度は、クラスで湊が暴れた時によく事情を確認しないまま、湊に皆の前で謝らせたことだけど。にしても先生が酷い目に遭いすぎてつらい。
・クラスでアンケートとった時に、湊が暴れた時の状況とか依里がいじめられていることとか、本当のことを書く生徒はおらんのか。アンケートが記述式ではないからか。
・先生が、なんで自殺をストップしたのか分からなかったが、ネットの考察で、楽器の音が聞こえたから、とあった。そうなんだ。
依里
・発達障害、同性愛、暴力父、イジメをする馬鹿なクラスメイト、と不幸のオンパレード。え、しかも、最後死んだの?勘弁して。
・クラスでキスを強要されそうになるイジメを受けていたが、キスの相手がいじめっ子の男子で、ちょっと違和感があった。つまり、いじめる方も依里のことを可愛いと思っているんだろうなあ、と。
・家庭内で虐待を受けていて、そのために、学習に影響出ていて、ホントは発達障害ではないみたいな考察をしているものがネットであった。コミュニケーションや受け応え能力は高そうなのでそうかも。
・でも依里が同性愛者ということを周囲(父やクラスメイト)は分かっていそうで、その点を周囲にわかる形で出してしまっていることや、ビル放火に対する罪の意識が低いことから、設定年齢よりも子供っぽく見える。
・父親に虐待され風呂場に沈められていたところを湊が助けたシーン、「湊、警察通報しろ!」と思った。でも通報しても湊も住居侵入だし、なんで家にいるのか話せないだろうから無理か泣
・最後2人とも生きていて、依里の転校で離れ離れになっても(イジメや虐待の解決のためにも祖母のところへ転校した方がいいとは思う)、連絡はとり合っていて、お互い励まし合って、大人になって一緒に住めるようになる、そんな未来でありますように。
普通より若干成長が早くて、小学3年生くらいからニキビができはじめ毛深くなり脂肪がついて周りより背がデカくなった。醜さに拍車がかかって浮いていたし、ちょうどその頃の女の子が好きな「かわいいもの」が似合わなくなり、ピンク色の小物やスカートを異常なまでに避けるようになった。
結局成長が終わるのも周りより早くて、上記の性徴は中学3年生くらいには収まってきたが、身長は153cmで止まり顔つきも体つきも14~15歳くらいの感じでストップした。
20歳の今、お金を割と自由に使えるようになり、ピンクのハートがついた指輪やビーズブレスレット、魔法少女風の安っぽいネックレス、ファンシーキャラクターのTシャツやトートバッグを買うようになった。少女趣味なものを集めたい!という強い思いは特に無く、単純に今の私の感性がこれいいなあと思ったものを買っているだけなんだけど、きっと私は心のどこかで9歳から13歳の期間に失ったものを取り戻そうとしているんだと思う。
性徴が中学生あたりの正常な時期に始まった友達はみんな今、大人っぽい服装をして大人っぽいアクセサリーをつけている。その子たちは小学生の時に「かわいい」ができたからもう飽きたんだろう。それが”普通”なんだろう。ファンシーな「かわいい」を好むのは小学生で終わるはずなんだろう。
でも性徴に邪魔されて小学生の時に「かわいい」ができなかった私は、20歳にもなってピンクのハートがついたビーズネックレスをつけている。
私はこのスタイルが好きだし自分のアイデンティティだとも思っているから、まあいいんだけど、楽しいんだけど、ふと我に返って今の自分が少女趣味になった理由を考えてみたとき、苦しくなることがある。
製造業増田。評価部門に居る。本職はこれから本腰入れて開発する製品や技術の原理の評価だけど、人手不足もありライン開発もせざるを得ない。
会社組織なので、それ自体に文句を言う気はないが、いくらなんでも計画性や節度というものがなさすぎて辟易としてる。
本職は本職で進めないといけないから、あらかじめ「フルでこれをやると本職が全く進まない。本職の進行にはこれだけ必要」と提示した工数を無視した業務量を押し付けてくるのはまだかわいいのかもしれない。
ただ、最近は残業でもカバーできない形になりつつあり、いい加減にしろよポイントのひとつ。
そして、ここ最近は緊急対応と称して、作業量増し増しで来ることも残業のみでカバーが厳しくなってきてる原因が増えててストレスが溜まってる。
そこに、ここ数週間、とある海外拠点などが、まず対応無理だよね? というスケジュールを勝手に引いて押し通そうとすること。
さらに、その案件は数ヶ月以上前から危ないと言われているのに、根本対策検討を後回しにしてサボり、目の前のやりくりでなんとかしてたのが、ついにどうにもできなくなったから緊急対応とか吐かした、今まで何してたんだという話。こんなのが連続してる。
そもそも、いよいよどうにもならないようになってから話を持ってくるのも気に食わないが、なんでそのために半年も前から計画して楽しみにしてた計画休暇を移動して当然という態度をとるのか。何様だお前はという話。
そもそもその日は全休にしたかったけど、午後半休で済ませてる時点で譲ってんだけど?って話だし、さらに言えば、この件の対応によりその期間の本業まるまるストップも調整してんだけど?
もうずっと危機のアラートは上がってたのに、お前らが根本対策の検討をサボりにサボってたせいで。
そもそもライン開発の評価の後って製造になるからほぼ評価って遅れが許されないし、前の遅れの被害だけは一方的に受ける。
そんな無茶なスケジュールを、限界まで頑張ってこなし続けても、きちんと出来たものはできて当たり前で評価されない、何かやらかすとそれはダメと減点しかない。
そりゃ、こんな仕事の仕方をずっと強要されりゃ日野自動車みたいな案件も出かねないよねと思ったし、続けられやしないなと思った。
ライン評価から抜けるか、転職するかしかなくなってきたなと感じてる。原理評価が考慮されるところに行けるならさっさと行きたい。
転職して1ヶ月
フルリモート・給与やや増でラッキーと思ってたけどなかなかハズレだった
・前任者がお子さんの病気で急に長期休職、引き継ぎ0(勤怠打刻の方法すら3回くらいリマインドしてやっと教えてもらえた)
・上とは別で経験豊富なスタッフが辞めたらしく、納期遅延、ミス、クレームが大量発生
・フルリモートなのに上司はチャットのレスも電話の応対も激遅で業務進まず
・業務に必要なデータ閲覧の権限を付与されておらず、要求しても認められるまでにめちゃくちゃ時間がかかることが多く業務進まず
・情報共有の仕組みがないのでブラックボックス化してる部分が多数存在
・業務に必要なサービスが料金未納により使用不可になり、業務ストップ(単に経理のミスらしいけど全然復旧されない)
自分が頑張って職場を良くできればと思ってたけど、至る所に埋まってる地雷、タスクを振るだけ振って作業のための権限付与すらロクにしない上司、ギリギリになって炎上している案件に突っ込まれて客からのクレーム祭り
等々が嫌になってきた。まだ1ヶ月だけど