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はてなキーワード: ポランスキーとは

2021-04-13

フィクションとの距離感

あのさ、「ラストタンゴ・イン・パリ」とか、ポルノとして興奮できる? スキャンダラス映画で、自分は昔見たときちょっと怖かった。

近年、実話的な事情や、あの女優の人がその後しんどかったのを知って、ますますただ性的に消費できる映画じゃないなーと思った。

このごろ、「ベニスに死す」も同じなんだなと、ビョルン・アンドレセン記事を読んで気がついた。

隠れもない名画で、ボカシを入れるようなことは何もないが、自分アンドレセンを絶世の美少年としてだけ見てた。そうとしか見てなかった。

ちなみにナスターシャ・キンスキーも絶世の美少女だったけど、そのあとがちがう。

ロマン・ポランスキーは小さな愛人を主役にして「テス」を撮り、彼女はそれをきっかけに大女優になっていった。

キンスキーもかなり苦労を抱えた人で、そこを受けとめてくれた相手ポランスキーのことを認識していて、metoo的な感覚はまったくないらしい。

映画フィクションとはいえ、そこに出演してるのは生身の人間で、その人のことが分かってくると、映画だけ見てひたすらエロく使うのとか自分にはむり。

あいろんなことを考えさせられるのが、映画見たりするののいいところだと思う。

これが小説やまんがのキャラクターだったらどうだろう?

エロチックだが、その原因として深刻なトラウマを抱えた登場人物を、ひたすらエロエロさせろ、それさえ読めればいいみたいな興奮し切った様子を見て引いた。

性欲べつに否定しないけど、それだけドバドバ出されると、ドン引きしない?

xxを性的に消費する、っていう場合、その主体は男であることが多いと思うけど、そしてそれは批判されるんだろうけど、環境さえあれば女も同じことするんだなーって。

2021-04-01

雑誌映画秘宝』の記憶(35)【※訂正あり】

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.11)

 性犯罪被害者に対する二次加害発言です。(過去投稿と重複しますが、未読の方への周知を図るために再度ここで引用します。)

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者:発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p113]

【※】カンヌグランプリロマン・ポランスキー監督作品戦場のピアニスト』もアカデミー賞の授与は無理だろうと云う話題から。(※訂正:songsfordrellaさんのご指摘のとおり、最初投稿では『海の上のピアニスト』と誤記していました。お恥ずかしい。お詫びすると共に訂正いたします。)

 町山:ロマン・ポランスキー十三歳の少女との淫行事件でやっぱり授賞式には来れないの?

 柳下保釈中に海外逃亡だから自動的逮捕されちゃうんですよ。逃亡期間中時効も停止してるし。

 町山:でも、ポランスキー少女レイプしたわけじゃないし。

 柳下合意のうえなのに相手未成年だったか強姦扱い。そもそもあの娘は札付きだったしね。

 町山:ポランスキー、ハメられたな。ハマったというか(笑)

 柳下ロブ・ロウと3Pして隠し撮りしたビデオを売った少女とか、みんなもういい年だと思うけど、何してるのかな?全員集めて同窓会やってほしいな。

 町山:この手の地雷女はいろんなところに隠れてるからな。あ、この場合地雷少女か。

 柳下地雷少女オタクアニメヒロインみたいッスね(笑)

【※】「(笑)」をまじえながら被害者を「札付き」、「地雷女」呼ばわりしています

【※】投稿(30)の引用で、過去性犯罪被害を訴え出た水沢アキ荻野目慶子のことを嘲笑バッシングしていた時と同じ「性犯罪被害を訴える人間厄介者扱いする」と云う町山智浩柳下毅一郎思考が、ここでも認められます

【※】「男尊女卑思想」の持ち主でなければ、このような非人道的発言は出ないと思います。要するに、町山智浩らは森喜朗佐々木宏同類であり、性犯罪被害を訴える女性町山智浩らにとって「弁えていない厄介者」なのです。

(初出『映画秘宝』03年vol.41)

感想

 この「そもそも被害者の方にも問題が有った」論法は、恫喝DM事件が発覚してから映画秘宝』関係者町山智浩高橋ヨシキの信奉者が用いていた―――と言うか、今でもネット上で被害者バッシングし続けている―――手法です。彼らの思考は変化していないことが分かります

 町山智浩らの女性蔑視的な言動は、決して『済んだ過去の話』ではなく『現在も続いている話』なのです。

この投稿は以上です。アーメン

追記】2021/04/01の午前十一時〜十二時ごろ5ちゃんねる上に「はてな匿名ダイアリーの新作が投稿された」と書き込みがされたようですが、その投稿は私ではありません。既に件の投稿はてな匿名ダイアリーから削除されたようですが、一応お断りしておきます

追記その2】以前の投稿に対して、なんJっぽい言葉かいで絡んで来た人間がいました。それと同一人物か否かは不明ですが、現在匿名掲示板ちゃんねるの『映画秘宝』関連スレでは、私の「―――」を使う文体を真似して書き込みを行う人間がいるようです。瑣末な話ですが、5ちゃんねるに私は一切の書き込みをしていないこともお断りしておきます

2021-03-13

雑誌映画秘宝』の記憶(9)

今回は、セクハラ性犯罪被害者に対するセカンドレイプについての話です。

以下に示すのは、町山智浩柳下毅一郎の共著『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』から引用です。引用文中の「ウェイン」が町山智浩の、「ガース」が柳下毅一郎の各々の発言です。以下の引用は、同書のp113からです。

引用ここから

ウェイン:ロマン・ポランスキー十三歳の少女との淫行事件でやっぱり授賞式には来れないの?

ガース:保釈中に海外逃亡だから自動的逮捕されちゃうんですよ。逃亡期間は時効も停止してるし。

ウェイン:でも、ポランスキー少女レイプしたわけじゃないし。

ガース:合意の上なのに相手未成年から強姦扱い。そもそもあの娘は札付きだったしね。

ウェイン:ポランスキー、ハメられたな。ハマったというか(笑)

ガース:ロブ・ロウと3Pして隠し撮りしたビデオを売った少女とか、みんなもういい年だと思うけど、何してるのかな?全員集めて同窓会をやってほしいな。

ウェイン:この手の地雷女はいろんなところに隠れてるからな。あ、この場合地雷少女か。

ガース:地雷少女オタクアニメヒロインみたいッスね(笑)

引用ここまで=

これを読んで、伊藤詩織さんが被害者となった事件に対して近年の町山智浩が行った批判的な言動比較してみると、随分と違いますね。しか果たして、その違いは年月の経過による考え方の変化だけが理由でしょうか?私は、そうではないと思います

そもそも現在の彼らの考え方(後述)そのものが、上に引用した発言の頃(雑誌映画秘宝』掲載2003年、本にまとめて出版したのが2004年)から変化してはいないのです。

松江哲明映画童貞プロデュース。』撮影現場で起こした性的強要事件が発覚した際、町山智浩ら『映画秘宝』がどのような態度を取ったのか、この文章をお読みになっている方々の中で御記憶の方もいらっしゃることでしょう。あの時、町山智浩は「被害者一方的証言だけでは判断できない」と言い、あたか客観的で冷静な態度を取るように見せかけて誤魔化そうとしました。しかし、被害者が「被害者である自分の話を、町山智浩が聞こうとした事は一度も無い」と暴露したことから町山智浩ら『映画秘宝』の欺瞞が明らかになったのです。

上の引用から見て取れる「町山智浩らの考え方」とは、どのようなものでしょうか?それは「偉大な『才能』を持つ人間、大きな『功績』を残した人間自分たち(=町山智浩ら)の『仲間側』の人間は、たとえ人道を踏み外す行為をしても見逃されるべきである」と云うものです。

伊藤詩織さんの事件加害者町山智浩らにとって『仲間側』ではないので、町山智浩らも心置き無く批判できます

しかし、松江哲明は『仲間側』だから町山智浩らも批判を控えます。一方で被害者は、町山智浩らの「仲間で楽しくやっている雰囲気を壊す『異人』」なので、『映画秘宝』に話を聞かれることも無く無視されて放置されます。あの後、町山智浩らが被害者証言を聞いて、何か具体的な行動を起こしたでしょうか?寡聞にして私は知りません。

ロマン・ポランスキーは、彼本人は町山智浩らの存在言動など知りもしないでしょうが映画好きにとっては当然「偉大な才能+大きな功績+仲間側」なので見逃され、その為に被害者悪者にされることになります。これは、被害者女性がおそらく日本語メディア町山智浩らに何を言われているかを知る由も無い、従って反論もできないでしょうから町山智浩から見て『弱そう(=力を持たない)』ように見える人間相手ならばヤンチャに振る舞う」と云う、既にお馴染みとなった『映画秘宝』の行動パターンにも当てはまります

高橋ヨシキ自分パートナー女性の胸を町山智浩に揉ませたのも、雑誌映画秘宝』内部での上下関係からすれば「当たり前」のことであり、「女性という『他者』」は『映画秘宝』内部のホモソーシャル集団における『仲間側』の人間ではないので、女性自身意志尊厳が顧みられることはありませんでした。女性ツイッタラーへの恫喝DM事件編集者奈良さんへのパワハラ事件も、この延長線上に起きたことです。

近年、ハリウッドの大物ハーヴェイ・ワインスタインが犯したセクハラ性的暴行事件が、勇気ある告発者たちの手によって明らかにされました。その後、ワインスタイン効果によって、他の大物たちの悪行も次々と明るみになりました。映画ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーシリーズ監督ジェームズ・ガンもその一人で、過去言動槍玉に挙がって一旦は同シリーズに関わる仕事から追われました。しかし程なくして、ジェームズ・ガンシリーズに復帰すると報道されました。洋の東西を問わず『仲間側』の人間には甘くなると云う傾向は、残念ながら大差が無いようです。ハーヴェイ・ワインスタインの悪行にしても、それが長年に渡って看過され続けてきたのはワインスタインが「米国民主党の大物支援者」と云う「ハリウッド映画人にとっての『仲間側』の人間」だったことが理由と言われています町山智浩ら『映画秘宝』もハリウッド映画を見ることで、海の向こうの遣り口を学んだのでしょうか?残念ながら町山智浩らは、海の向こうの勇気ある告発者とその支援者たちの姿勢は学ばなかったようです。

町山智浩らの盲目的な信奉者たちは、今もなお町山らの行動を模倣する振る舞いを続けています。「被害者にも問題が有る」「被害者胡散臭い」「パートナー男性から『町山さんに胸を揉ませろ』と言われた女性本人が、必ずしも嫌がっていたとは決めつけられない」「一方的証言だけではセクハラパワハラ判断できない。自分には詳しい事が分からないし部外者なので判断は保留にして、これ以上は何も言わない」といった有様です。彼らにとっては、これが「理性的」な振る舞いなのでしょう。

しかし、もしも「分からなくて判断できない」と言うのであれば、いっそ町山智浩らに直に質問してみては如何でしょうか?「吉田豪インタビューは実際に行われたものなのか?」「インタビューで語った行為を実際にしたのか?」と。あるいは自力で『映画秘宝』のバックナンバー過去著作で、彼らの言動を洗ってみるのも良いかも知れませんね。

私は「町山智浩らの考え方は、引用発言がなされた頃から変化していない」と記しました。近年の町山智浩らが盛んにポリコレ的な言動を発信していたのも、彼らのビジネス上の必要性から生じた単なる上辺だけのものに過ぎないと、私は考えています。今回の様に、いざという時に化けの皮が剥がれるのは、上辺だけのものからです。

映画ブレードランナー』の主人公デッカードが、レプリカント(人造人間)を見分ける為に行うフォークト=カンプフ・テストは「被験対象他者苦痛に『共感』する能力を持つか否か」を見極めるものでした。もしも、デッカードが、町山智浩高橋ヨシキや彼らの信奉者たちに「君のパートナーが目上の人間の機嫌を取るために『君の身体自由にさせろ』と言い出したら、君はどうする?」と質問したら、町山智浩らは上辺だけは「良くないことだ!許せない!」と答えるかも知れませんね。しかし、凄腕のブレードランナーであるデッカードならば、その反応が「単に『人間らしさ』を模倣したものに過ぎない」と判定するのではないでしょうか。タイレル社の会長人間であり高名な科学者でもありましたが、レプリカントロイたちの抱く苦悩に対して終に理解共感を示すことはありませんでした。

この文章を読んだ貴方にも、貴方自身に対してフォークト=カンプフ・テスト実施してみることを私は勧めます。「町山智浩高橋ヨシキしたことについて、君はどう思う?」と、貴方自身質問してみて下さい。

気が向いたら、また何か書きますね。アーメン

2021-01-15

anond:20210115075520

事件当時ロマン・ポランスキー監督は不在で(映画でもその通り)、犯人たちに襲われていない。

現在も存命で去年も作品を出している。(少し昔の作品だが、戦場のピアニストはかなり話題になった作品

殺されたのは妻で女優シャロン・テートと、友人。

しか殺人犯とは何ら関わりがなく、以前に引っ越した住人と勘違いされて彼女らは殺された。監督らの素性は事件関係がない。

この映画が救ってみせたのは監督ではなくその妻、シャロン・テートだ。

今でも語り継がれる悲劇女優だ。

劇中でも説明される通り、当時売り出し中の女優で、監督の子供を妊娠中だった。

この映画ではシャロン・テートの魅力的な姿が何度も描かれ、しかし最終的にディカプリオが彼女の家に招かれる場面ではインターホン越しでのみ会話し、ディカプリオと同じフレームには映らない。

とても誠実な描写だと思う。

この映画が憎んでいるのはマンソンファミリーだ。

実行犯殺害を指示したチャールズ・マンソンは額に鉤十字タトゥーを入れているが、タランティーノ過去イングロリアス・バスターズで憎きナチの額に鉤十字を刻んだ。(ちなみにこのナチ将校役の俳優ポランスキー監督映画おとなのけんかで主演してる)

そしてイングロリアスバスターズでは「映画を使って」ナチどもを焼き殺したように、この映画でもマンソンの手下を「映画小道具を使って」焼き殺す。

イングロリアスバスターズの隊長は、ブラッド・ピットだった。

1969年は「ロックが死んだ年」ともいわれ、アメリカにとって大きな節目だったことには違いがない。

しか監督タランティーノは「ハリウッド監督」ではないし(アメリカ映画ハリウッド映画ではないのがややこしい)、彼はハリウッドアメリカなどメインストリーム以外の映画も浴びるほど見ていて、それこそ中国香港日本などアジア映画に多大な影響を受けた人間である

デビュー作も香港映画オマージュなくらいだ。

キルビルが急遽テイストの違う二本立てになったのも、チャイニーズオデッセイという香港映画の影響である。(チャイニーズ~は一作目がコメディで、二作目が恋愛もの

(タラオールタイムベスト一位に挙げている続・夕陽のガンマンイタリア産マカロニウェスタンアメリカ映画ではない。ちなみに監督セルジオ・レオーネが撮ったワンスアポアタイムインアメリカも長いけど大変な名作。セルジオ・レオーネ監督の大ファンでもあるし、タイトルからもわかる通りタランティーノはかなり影響を受けている。~インアメリカについては、ラストデニーロの微笑みの解説を見ると、また味わいが増す)

ブルース・リーの話が出てきたが、タラキル・ビルでは死亡遊戯衣装を真似し(何の説明もなく出てくる「カトーマスク」も、グリーンホーネットブルース・リー演じるカトーがつけていたマスクのこと)、主人公ブライドの使う技はブルース・リーワンインチパンチで、必殺技は(ブルース・リーに影響を受けた)北斗の拳の技のようだ。オーレン石井へ敬意を示す闘いは、ドラゴンへの道のチャック・ノリス戦を思い起こさせる。

キルビルで描かれる復讐暴力の虚しさは、燃えよドラゴンブルース・リーが奇妙な泣き顔で表現したのと同じものだ。

そして敵役ビルには、ブルース・リードラマ企画を奪った俳優デヴィッド・キャラダインを配している。

キルビルはある種、ブルース・リーを主演に見立てているのだ。

タランティーノは、そういう監督なのである。ちなみにブルース・リーの主演が叶わなかったドラマ企画が、ちょうどワンス~の時代の頃の出来事でもある。

ちなみに、キルビル前後編になった元ネタチャイニーズオデッセイの主演はチャウ・シンチー少林サッカーが有名)であるが、彼もまたブルース・リーマニアだったりする。(ドラゴン怒りの鉄拳パロディや、少林サッカーカンフーハッスル等、ブルース・リーネタ多し)

少し脱線するが死亡遊戯という映画もまた、「ブルース・リーという俳優の死後に、彼が生きているかのように撮られた」特別作品で、その点がワンスアポン・ア・タイム・イン・ハリウッド共通している。

(すでに香港ではスターだったが)ブルース・リーハリウッドでの売り出し中にこの世を去った人なのだ。(ワンス~劇中でシャロン・テート自分映画を見るシーンがあるが、ブルース・リー燃えよドラゴンの公開やそのヒットを目にすることがなかった)

ちなみに作中で喧嘩していたブラピ本人もブルース・リーおたくである。楽しかっただろうなあ。(ファイトクラブでの物真似が彼のアイデアというのは有名)

あとワンス~作中のブルース・リー調子こいてるのは、実際の彼がああいキャラだったためでむしろファンとしては大喜びするポイント。(ブルース・リーの物真似をするときは、顎をしゃくって半目で相手文字通り見下したように眺める。服のセンスも、実際にああいチンピラのようなダサいファッション

何より、タランティーノは「超」がつく映画狂で、大げさではなく映画から人生のすべてを学んだような人間だ。

あらゆる映画を吸収し、現実にはモテないスーパーボンクラだったくせに、(映画から知識だけで)玄人好みの渋い「中年恋愛映画」すら物にしてしま監督である

落ち目だった俳優を「自分が好きだから」という理由で起用し、劇的にカムバックさせたりと、フィクションの力で現実を変えたこともある。

(※ネタバレ注意:この俳優とはジョン・トラボルタのことだが、タランティーノの好きな某映画ではヒロインを救えず、せめて「映画の中だけで生かす」ことを選ぶ。言うまでもなく、ワンス~を思い起こす)

(というよりもともと映画のものが、亡くなった俳優の生きている姿を見られるタイムマシンのような装置なのだろう。そういう評論はよく見る)

そして、前述のイングロリアスバスターズではユダヤ系の、ジャンゴではアフリカ系の観客の心を、荒唐無稽フィクションで熱く揺さぶった。

ヘイトフル・エイトでは差別主義者と黒人和解をそれこそ「フィクション」という小道具を介し、素晴らしい形で描いてみせた。

日本ではネタにされがちなキルビルも実に真面目な女性映画である。「五点掌爆心拳」などという冗談のような技で、男女の歪な恋愛関係を誠実に描いたのだ。この映画では男はみな弱くて使えず、女性は強く逞しい。

タランティーノは「強い女性」を描く監督としても有名だ。殺人鬼変態スタントマンが、女性スタントマンたちにボコボコにされる映画デス・プルーフも撮っている)

タランティーノフィクションの虚しさも当然知っているだろうが、同時にフィクションの力を強く信じている人間でもあるのだ。

虚構の無力さをただ嘆く監督ではないと思う。

(ちなみにデス・プルーフの主演であるゾーイ・ベルキルビルユマ・サーマンの「スタント」をしていた女性で、ワンス~にも出演。例の「ブルース・リーとの喧嘩」で車を壊されたひと。死亡遊戯キルビルワンス~と考えてみても面白い)

(ディカプリオについては、ある種かなり本人に近い役。若手時代から演技力が高かったのに、レヴェナントで受賞するまでアカデミー賞からは長年ずっと無視され、色んな人に揶揄されてきた。アカデミー無視されてきたのはタランティーノも同じ)

もちろんワンスアポン・ア・タイム・イン・ハリウッドは、ハリウッドやその他の「アメリカ黄金時代」への郷愁が詰まったお伽噺ではある。

しか元増田は表面的な考えで映画を語っていると思う。

歴史を描いた作品理解するには、ある程度の知識必要だ。

2020-07-19

anond:20200719035930

ロリン・ポランスキー

水の中のナイフチャイナタウンはみたが

その時はなんかそれほどノれなかったな

2018-02-01

ME TOOやTime's Upの流れは共和党の支持を増やすことになると思う

トランプが降りても共和党は安泰だ

それにしても最近の動きはレッドパージのようで、疑惑でも、過去の話でも許されない

ポランスキーは「逃げておいてよかった」と心から安心してるに違いない

2018-01-10

カトリーヌ・ドヌーヴの件

フランス人ならそのくらい言うかもと思って元の声明斜め読みしたら、どっちかってーと表現の自由関連の怪文書だった

Le Mondeのサイトに全文出てる)。

創作活動必然的に人を傷つけるのと同じように、女をくどいて嫌な思いをさせる自由人間にはあるぞ、と。

性的衝動はもともとオフェンシブな本能なんだからナンパや下手な口説きくらい許せや、レイプやらと混同せんといて、と。

あと一番わろたのここ。

une femme peut, dans la même journée, diriger une équipe professionnelle et jouir d’être l’objet sexuel d’un homme,

sans être une « salope » ni une vile complice du patriarcat.

女はプロフェッショナルのチームを率いたその同じ日に、男の性の対象として喜びを得ることもできる--

そのために<売女>になる必要もないし、家父長制の卑劣共犯者になる必要もない--って何そのエロ設定。

ちなみにドヌーヴはポランスキー擁護してるそうなので、まああれだ。

2016-01-25

キングオブコメディは解散しないとダメですか?

キングオブコメディは解散しなくていいと思う。

その理由一言でいえば、芸人だってアーティストなんだから逮捕されたからといって引退する必要はないと思うからだ。


そもそも、この事件世間お笑いファンが騒ぎ過ぎ、悲しみすぎなのではないか。


キングオブコメディメンバーである高橋健一逮捕されたから解散した。

お笑い芸人が現役として活動している間に女子高生制服を盗んで逮捕された事件だ。


俺もこのニュースを初めて聞いたときはショックだった。だが、時間をおいて考えるとそこまで騒ぐことなのか?と思うようになった。

この「お笑い芸人が/現役として活動している間に/女子高生制服を/盗んで/逮捕された」事件のどの部分がそこまでショックなのだろうか?


そもそもお笑い芸人って何だろう? トーク番組等に出て円滑に進行しつつ笑いを取るという側面もあるが、コントなど一つの作品を作るアーティストとしての側面もある。


キングオブコメディは「アーティストとしての芸人」の活動ならしても良いのではないか?

アーティストなら前科を持ってても良いのか、という人もいるかもしれないが、過去犯罪、それも性的犯罪を犯したが現在活躍しているアーティスト世界はいる。


戦場のピアニストアカデミー監督賞を受賞したロマンポランスキーは13歳の子モデル強姦アナルセックスをした容疑で有罪判決アメリカで受けたのち、 ヨーロッパに逃亡し映画監督を続けている。彼はそのあともゴーストライターおとなのけんかなどの良作を作り続けている。

その人の人格形成に影響しかねない悲劇経験したという意味でもポランスキー高橋は一緒だといえる(大小はあるけど、本人にとっては大事件だと思うから一緒にできると考えられる。)


ただ、どこまでを「作品」と捉えるかは難しい。自分の中ではコントひとつ作品漫才は物による、トークは流動的な部分が多いので作品ではないという線引き。

もちろん今までと同じことをやっても笑いを取れないかもしれないが、それはキンコメなら新しい方向で新たな作品を作ってくれると思う。

友人にこの様なことを話したら、表舞台に復帰が無理だとしてもせめて作家として復帰なら出来るのではないかと言っていた。確かに親交が深いバナナマンの座付き作家になるというのは幸せなのかもしれない。。


特殊性的嗜好を持った人間フラストレーションの発散として芸術活動をするのは健全なことだ。

粛々とすることだけが反省じゃない。自分の過ちを踏まえたものアーティストとして作るのも反省ひとつだ。


仕方ないのかもしれないけど、解雇しなくても良かったんじゃないですかね?人力舎さん…


ワイロをもらっている政治家がその後も活動を続けているのに、自分性的欲求を満たすために犯罪を犯したアーティストが表舞台から追放されているのはおかし倫理観ではないか?

キングオブコメディの復帰を求めるし応援している。 本人たちにその意思があればの話だが。。

2015-07-31

男だけど他人の「男らしい振る舞い」が嫌い

http://anond.hatelabo.jp/20150730230709

ってことなんじゃないか?ミソジニーと言うよりミサンドリー。 そうだとしたら俺も分かる。

友達がどの子可愛い、どの子がブスとか話してると「何様だこいつら?鏡見たことあるのか」って思うし、そういう気持ち悪い人間になりたくないから言わない。

でもブスと喋ってるとブスだなぁって思う。

セクハラの話とかを聞くと気持ち悪い。そういう奴らを見てると性的欲求があること、それを表に出す事自体気持ち悪いものだと思っちゃう

ロマンポランスキーの毛皮のヴィーナスって映画を見てみてほしい。

 
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