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2024-11-18

民主主義を虚無に捧げないために――印象批評の試み

 これからお目にかける雑文は、データにもエビデンスにも専門知にも基づいたものではない。

 

 むしろ市井の人間の有限(どころか乏しい)観察と未熟な想念、そして「何か書かなければならない」という衝迫のみを支えとしている。昔風に言えば標題のとおり印象批評だし、現代風に言えば単なるお気持ちである

 それでも、虚言や流言罵詈雑言猖獗を極めるクソッタレインターネットへ供する一服の清涼剤たらんという意志を持って草した文であり、そのように読まれることを希う次第である

 

 以下に続く文章は、主語デカすぎるだの、事実認識がお粗末だの、構成がなってないだの様々な批判に晒されるであろうことは最初から織り込み済みである。いずれも筆者の能力の至らなさに起因するので「ごめん!」としか言いようがない。

 もっとよりよい認識や知見の給源は他にあると思うので、それらに接するのが一番いいと思う。そのような批判を恐れずにあえて書く理由は、まさに標題で仄めかした「民主主義を虚無に捧げてはいけない」という信念を擁護するために自分でできることをしようと思った、ただそれだけである

 この文を書こうと思った直接のきっかけは昨日の兵庫県知事選挙である

 つい1週間ほど前に太平洋の向こう側でトランプ当選し、「MAGAくんさぁ……」という軽侮の念を抱きつつも、どこか他人事の如く受け止めていた自分がいた。

 しかし、メディアネットパワハラ野郎だの私利私欲を極めたゴミだのサイコパスだのさんざん叩かれた斎藤元彦がメイク・ヒョーゴ・グレート・アゲインした途端、愚かな民衆なる集合は爆弾ゲームよろしく我々にヒョイと手渡されたというわけだ。

 

 尤も、自分最初認識そもそも間違っていたというのは認めるにやぶさかでない。要は愚かな民衆も、賢明民衆もどこまでいっても抽象概念で、そのような概念で語れる事柄には限界があるという単純な原則をしばし忘れて物を考えがちというだけのことだ。

 このような間違った考えで一喜一憂しているのは筆者だけはないらしい。

 選挙結果が出てから兵庫県知事選立花某にハックされたということや、あるいはネット真偽不明の奇々怪々なフェイクニュースを浴びせられて正常な判断ができなくなった結果だとして、SNS選挙の結びつきを否定的に見ている向きがある。

 もちろん、我々はアメリカ大統領選ロシアイランが介入しようとしたという事例を知っている。ならず者国家裏工作を挙げるのが極端だとすれば、ケンブリッジアナティカのような倫理観の欠片もない連中がいることも知っているはずだ。

 しかし、現段階の情報でもって、兵庫県民は騙されたのだという前提で話を進めるのは問題だろう。それをもってしても社会の底が抜けたとか、もはや民主主義は終わりだという悲観的で短絡的な発想に至りがちということを見ても、この種の作業仮説は民主主義有益どころか有害であることは明らかだ。そういう人たちがエピストラシーを実現するのか、リベラル思考をもった等質的市民たちによる思想ゲーテッド・コミュニティを作るのかは知らないが、それはきっと非民主主義的な操作で行われるものではないか。筆者はリベラル嫌いだが、それでも自分たちの理念に後ろ足で砂をかけるような彼ら・彼女らは見たくないというのが嘘偽らざる思いだ。

 

 各種報道を見る限りでは、兵庫県民は普通民主主義国家における市民と同じくらいの能力感覚を持ち、それなりに各候補者比較考量した上で投票に臨んだと考える方が現実に近い、と筆者は考えている。

 ここでは斎藤や稲村の政策についてどっちがいいとかいうことは考慮埒外に置くが、少なくとも「何かいじめられててかわいそうだから!」とか「メディアの一辺倒な報道気持ちいから!」だけで110万票も取れるんだとしたら、残念ながら民主主義以外の選択肢有効性も検討すべき時期が来ているのかもしれない。もちろん、実際のところそうではないのではないか、というのが筆者の見立てだ。

 何が斎藤元彦に再び県庁の敷居を跨ぐことを許したのか。それを考えるために補助線を引きたい。もちろん、論理的必然性をもった操作ではない。何故ならこれは印象批評にすぎないので。

 少し前に国民民主党の玉木代表不倫問題が報じられた。不倫責任の取り方は様々だろうが、代表を続投しこれからも頑張っていくということが比較的多くの人に受け入れられているように思った。

 その方策の是非はともあれ、手取りを増やそうというストレートな訴えが若者を中心に多くの支持を広げていて、それに水を差すような報道を苦々しく思っている、あるいはある程度「相対化」可能事柄だとして脇に追いやってもいいという雰囲気があるように筆者の目には写った。

 筆者個人はこの種の思潮には到底賛同できない。不倫するような人間に増やしてもらう手取りなんぞはこちから願い下げである議員辞職するまでではないとしても、代表を辞任し一兵卒として政策の実現に邁進するということだって責任の取り方としてありえたのではないかと思っている。

 どれだけ政策を懸命に訴えても、政策を進める当事者の「人品」というのは、決しておざなりにしていいものではない、と個人的には思う。実際、自民党政治資金収支報告書記載問題に端を発する「裏金」逆風はそのような考えからまれたわけだし、与野党伯仲という結果に実を結んだと考えれば、個人的かつ奇異な考えではないとも思う。であれば、妻子ある男性が別の女性懸想することを問題視しなくていいのだろうか(妻子にとっては経験しなくていい嫌な出来事であるし、相手方女性が公党の代表者と不倫したことがバレればその社会的地位をも脅かしかねないという帰結を予想できなかったのであれば、政治家どころか責任ある社会人としても御しがたいレベル不見識なのではないか。)。

 

 とはいえ、上の筆者の考えは少数派に属するものだと思う。不倫家族当事者の間で解決されるべきでダメだったら家庭裁判所へどぞ、というような私的な話で、こんなことのために俺たちの手取り台無しになってたまるか、玉木はきっちり反省してその後頑張れという意見大勢を占めているのではないか

 そしてこれは、斎藤公益通報制度度外視して告発者を袋小路に追い込んだことや、トランプが弄する信じがたい人種差別的・性差別言動によって当事者が傷つけられることを等閑視するメンタリティ相通ずるものがあるのではないか

 もちろん、そういった非倫理的な行いに諸手を挙げて賛成するダークトライアドガチ勢のような人間ばかりではないだろう。しかし、それはそれとして、というような相対的態度をとらざるを得ないのは、言い換えれば自分たちにとって焦眉問題別にあるということにほかならない。

 このような相対化を導くに至る根源的な不満の存在それ自体は目新しい指摘でもなんでもない。ラストベルトの労働者も、閉塞感を感じてきた兵庫県民も、手取りが増えない若者のいずれも「古くて新しい問題」であり続けている。目新しいことでもないのに、定期的にこの種の話が出てくるのは、解決が困難なことの証であるそもそも解決可能な話なのか? 全てのステークホルダーに満足を与えられるほどのリソースがあるのか? 自分たちの満足のために誰かにふるわれる不正義もやむなしとする世界で、オメラスから立ち去る勇気を持つ者たちが果たしてどれだけいるのか? 我々はずっとこの問いかけの中に閉じ込められているし、この困難さを抱きしめることが民主主義要諦なのかもしれない。

 この文では、貧しくあってもせめて人並みの倫理ぐらいは持てよバーカ、とか、人民の悲しいまでの想像力の欠如を嘆かん、という倫理的説教や慨嘆を述べ立てるつもりは毛ほどもない(そういうリベラルへの嫌悪感を筆者は多くの人と共有するものである。)。政治家自分たちの方を向いてほしい、助けてほしいというのは当然だし、その願いが届くのが民主主義のいいところではないだろうか。

 だが、その時、もしかしたら誰かを犠牲にしているのかもしれないという一抹の不安は感じてほしいなとは思っている。それが望蜀に属する話だとしたら、民主主義の皮を被った椅子取りゲームを続けるべく、我々はいつ鳴りやむか分からない音楽に耳をそばだて、減り続ける椅子を横目に生きていくのだろう。これがいいとは、筆者は決して思えないが。

 

  「あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。」

 大人になってからのび太結婚前夜』を改めて見た時に、「なんて当たり前のことを言ってんだ。よっぽど褒める言葉が見つからない時用の言葉って感じだ。」という冷笑的な感想を持った。しかし、今ならのび太が全くもって稀有人間であったと痛感せざるを得ない。

 立花が言うように元県民局長がどんなに酷いことをしていても(逆にどんなにいいことをしていても)、斎藤拙速かつ強引な統治手法(このことは必ずしも立証されていないが、その後の百条委に至るまでの対応を見ればそう思わざるを得ない)に問題意識を感じて声を上げたこと、そして斎藤がそれをこれまた拙速かつ強引に対峙し、県政停滞のハードランディングに至ったのとは別の問題である。その対応に関する法的な問題などはこの際措くとしても、百条委で問われた道義的責任を「わからない」と述べた斎藤が、再選で得た民意を盾にこの問題を「相対化」しようとする危険性がないとは決して言えないだろう(当選後、記者団に対して「知事部局として一緒にやっていくのは公務員としての責務」と述べたのは、県職員に対して「俺は民意を得たんだからお前らがついてくるのは当然だよな?」と釘を刺した形とも言えるし、先行きは不透明だ。)。

 斎藤投票した人は、せめてそういう状況が棚上げになったままであることを認識した上で、自分たちの居心地の悪さに素直に向き合ってほしいと思う。(元県民局長が死んだのは別の理由であるという卑劣矮小化をするのではなく、)たとえ拙速で強引でも斎藤自分たちにとっていい兵庫県を作ってくれると信じて投票したのだとすれば、その結果誰かが痛い目を見ることになるかもしれず、それはひょっとすると顔見知りかもしれない。その時、その人の不幸を悲しみ、その人の幸せのために何かできるだろうか。そういった考えを頭の片隅に置き続けることが、民主主義レジリエンスを形作る重要な要素だと筆者は考える。清廉潔白完全無欠な政治家存在しない世界で、民主主義を選び取った全ての清廉潔白完全無欠でない我々にとって、「それがいちばん人間にとってだいじなこと」ではないだろうか。

 日々の生活に汲々として自分人生にやりきれなさを感じながら 「人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむ」というのはそうそうできることではない。とはいえ、できていないなと思うだけでも、「あの時できなかったから次こそは」という思いにつなげられるかもしれない。

 

 この文は、「あの時できなかった」筆者が「次こそは」という気持ちを奮い立たせるために書いたものである

最近現実があまりにも世知辛すぎて、異世界生モノ現代知識をフル活用して順調に事が運んでいるのを見ると「いくら知識あってもこうはならんよな…」って冷めるようになってしまった…

好きだったんだけどなあ。正しい知識と正しい行いが必ずしも良い結果に繋がるとは限らないんだよな…現実は…

anond:20241118212053

便所の落書きを真に受けるガイジにはちゃんガイジって言ってあげないといか

これから時代特に

現代ガイジに優しくしすぎた

anond:20241118120334

 概ね増田意見に相違はない気がする。

 その上で何点か諦観を込めて補足したい。

 ここでは増田の言う局長不倫に対して立花反論できていないという指摘は、若干ズレている気がするが結論は間違っていないと思う。

 具体的には、そもそもこの百条委員会において最初パソコンの中身を示させようとしていたとされるのは斎藤知事側だったはずで、結果として不倫が原因で自死を選んだとすれば、その流れはどちらかと言えば不倫百条委員会で示させようとしたことそれ自体で、その流れはパワハラが原因であるというよりは、パワハラの内容を告発しようとした結果その不倫の内容を明らかにさせられそうになったことが理由である、という流れになるような気がする。

 とはいえ、じゃあ不倫に対して各インフルエンサーが何も言えなかったのはなぜかと言えばそんなの簡単で、ある意味現代価値観から言えば不倫と今回の問題は『関連がない』と非常に訓練された目で見てしまうからだろうね。増田が言う通り、他の有権者から見れば十分に着目するべき視点だったにもかかわらず、それについて調べるということが『関連がなく』『問題本質から逸れていて』『価値観として言及するべきでない』という価値判断から、触れることができなかった。価値観的にはそこを突けるのは一種バグ技というか、リベラルが負け続けているのもだいたいこのあたりの脆弱性理由だと思う。

 まぁ今回の場合リベラルがどう、とかいう話は若干ズレちゃってて(実際不信任決議は全員からされてるし、普通に古巣自民維新とかからも責められてる訳で)、本質マスコミ問題だよね。

 左派リベラルとか、既得権益かいろいろな呼ばれ方をして結局対抗馬が錯綜していた中で、誰が間違いなく愚かな味方だったのかと言えばまずはマスコミだったろうと思う。

 公益通報にかかる部分とか(これも厳密には責めきれない要素があるということは3月ごろから言われていたが)については、後援していた維新側の橋下氏さえ否定継続している。

 にも関わらず、明らかに根拠不足な、少なくとも不信任決議に至るレベルとまで言えるかは疑義の残るパワハラなどの、いわば耳目を集めやす話題に逃げて、ワイワイと騒ぎ倒した。

 これはもう、ずっと前から言われ続けてきた問題点だったんだけど、今回はそれに相対することが出来るまでに育っていたソーシャルメディアがあり、そしてそれに相対してしまうまでに弱っていた既存メディアがあった。

 この騒ぎと力関係が、立花氏がナラティブを見出す絶好の土壌に成り果てた訳で。

 んで、増田も認めている(と判断させていただくが)『B.そんな斎藤知事が気に食わない勢力県庁内外におり、問題のK局長斎藤知事の悪い情報を収拾し、怪文書メディアに発信した。 』という点は、ナラティブとして見た場合かなり重要度が高い要素で、実際中田敦彦氏の動画なんかは結構再生されてる様子だし。また、ここを着目して陰謀論であるという主張をする人たちもやはりいるし、この言及理由に色々と起きてるよね。

 これなんか、もうXとか大騒ぎで、立花氏を心から応援しているポストが溢れかえってる。結構ナラティブとして、クーデターだったっていう組み立てって筋を通すためにめちゃくちゃ重要だったと思うんだ。

 でも、それを招いたのはマスコミの愚かさだからなぁ。マスコミ意図的にやったとは思ってないし思うべきでもないというか、ハンロンの剃刀というか。

 ある程度リテラシーがある場合、その愚かさの中からある程度の情報を取捨選択しつつ判断を下すわけだけど、それなら別にソーシャルメディアからそれを行ったことも十分考えられるだろう、という話は全くその通り。結局のところエコーチェンバーというか。

 一概に立花氏を悪魔化したり、兵庫県民を愚民であると言ったり、それこそ『民主主義の敗北』だなんて喧伝するのは、本当にそちらのほうが愚かだよね。

 まぁ、これからどれくらい立花氏が躍進するかどうかはちゃんと見ておかないといけないんじゃないかとは思うけど、でももし本当にこのBすら事実だったらどうしようかな、って感じちゃうくらいには、世の中の風向きが変わってしまったなとは思うよ。

 あああと、多分もう地方自治体公益通報制度はそうそ機能しねえだろうなって諦観もあるか。

現代社会奴隷労働を超えてる。

奴隷だって拘束時間12時間でも、昼休憩2時間夕方休憩1時間で実労働時間が9時間とかだろ。

現代人のdoor to doorでの拘束時間はそれを超えてる。

だいたい、バスとか電車かいう、シートベルトどころか着座すらできない輸送機器にタコ詰めにされて移動しなくちゃいけない。

暖房が完備されてるから昔の奴隷と違って体への負担が少ないっていうだけだ。

共働きじゃないと生活費が足りない。

仕事をしながら家事完璧にするのは無理で、掃除や、大きなもの洗濯は週末にまとめて行わざるを得ない。

趣味なんか持てない。

辛すぎる。

兵庫県知事選に見る現代人の歪さ

それは潔癖であろうとする(たぶん県民じゃない外野も含めた)人々の心にある。

俺も知事の実績は見て、いろいろと県民にとって公益となる施策を実現してきた人物なのはよく分かった。

からパワハラ疑惑はあれど清濁併せ呑んだ結果として知事に入れた、でも俺は別にいいと思うんだ。パワハラ自体問題ではあるが、県民として実績のある人物投票するというのは選択肢としてあって然るべきだ。

でも現実はそうなっていない部分があり、ネットを見ればやれ「正義」だの「真実」だのメディア終焉だの、自分らは清廉潔白、正しい立場にあることを確かめ合うような書き込みが目につく。

この影響でパワハラ捏造みたいな言説は出るし、自殺者には問題があったかのような言説も出ている。だから余計に事態曖昧になっている。

特にメディアに叩かれていた知事擁護するためとはいえ亡くなった職員のアレコレを喧伝して回るのは単にメディアがやっていたことがネット再生産されているだけのように見えるがなぁ。みんなそんなに正しくありたいんか?

anond:20241118161339

しろ3は凄い多いだろ。

擦られ続けてるけど、スペイン闘牛古代ギリシャコロシアム現代プロレスボクシング

人が苦しむ様を見たい性癖は、かなりメジャーもので、

から「人の不幸は蜜の味」とも言うわけで。

理不尽ボロボロにされて壊れてゆく人間を見たい!なんて普通欲求だぞ。

リョナまで行かなくても。

からイジメは無くならないし(娯楽だから

そりゃ期待も高まるってもんよ

anond:20241118130805

他人の言いたくなさそうなことを根掘り葉掘り聞かないのは現代においては当たり前の礼儀なのよ

喋りたいなら自分から行くべきでそういう関係性の構築で相手にも踏み込んでいいラインが見えてくるわけ

初手で濁したら他人は踏み込まないし、踏み込んでこいよってのは甘え

anond:20241118115001

それを一般歴史と言うんだと思うが

現代だと失敗学とか言った方が通るかも

昔の人は賢いから「悪貨は良貨を駆逐する」と現代情報市場を見抜いてたのね

貨幣の額面価値と実質価値乖離が生じた場合、より実質価値の高い貨幣流通過程から駆逐され、より実質価値の低い貨幣流通する

ネット広告によってpvお金になるからとにかく刺激的な情報粗製濫造すれば、有料の情報駆逐されていくと

anond:20241118100348

あ~、分かる分かる!『昔のドラクエの方が良かった』とか言う人たちね、結局『こんな理不尽ゲームクリアした俺スゴい』って言いたいだけなんだよね。あの頃のゲームの不便さを『味がある』とか言って美化してるけど、ただの不便だっただけじゃん。

正直、今のゲームの方が親切で遊びやすいのに、わざわざ昔の理不尽さを持ち上げてるの、なんていうか…あれだよね、古い携帯電話ドヤ顔で『このデザインが良いんだよ』って自慢してるみたいなもん。現代ゲーム楽しめない自分正当化してるだけにしか見えないんだよな~。

anond:20241118095736

いや~、おじさん、皇室のこと気にしてくれて偉いね!でもさ、正直、皇室なんて税金で飼ってるペットみたいなもんでしょ?男だろうが女だろうが、どっちが天皇になったって、国民から見たら大して生活変わらないよね!むしろさ、男系だの女系だのにこだわる暇があるなら、せめてもっとコスパ良くしてほしいよね~。

婿入りとか嫁入りとか議論してるけど、結局どっちも国民ご飯食べさせてあげてるわけでしょ?なのに『血筋がどうの』とか言われても、現代からしたらピンとこないんだよなぁ。そんなにルールにこだわるなら、皇室現代っぽくクラウドファンディング運営したら?『この婿入りプランに賛成の方はこちら!』みたいにさ!

斉藤の再選によせて または パワハラって減ってんだなあ

パワーハラスメント報道がたくさんされていたが、これを現実味を持って実感出来る人が減ってる気がする。

それだけ世の中からパワーハラスメントが減ってるって事じゃないかなって思った。良い時代です。これは素直によいことです。ただ、これによってパワハラって事の具体的なイメージが無くなって来ている、実感として悪い事だという事がイメージしづらくなってるんじゃないかな。

これは、他の同種のうねり(繰り返す波)に、戦争関係のれきしがある。戦争のものも、そして、戦争を直接知っている世代と接したことがない世代も増えて、戦争が起きないようにすると言う施策活動が力を失っている事がある。これが振り戻しが実際に現れたわかりやすい例だと思う。


中国の台頭とか、アメリカ第一トランプ政権から圧力などに直面する前。

日本防衛費無茶苦茶削られてて、GDP1%と言う枠の中で、港湾の整備費や飛行場修繕費など、それって防衛費じゃないよねみたいな金まで支出されてカツカツだった。

実はアメリカですら、9.11を迎えてしまう前はそうだった。これは、戦争現実の脅威と考えられなくなっていたからだ。

逆方向には、草の根平和活動とか、そういったものバカにされる風潮もそれだったと思う。戦争反対ってなんだよ、戦争なんて起きるわけないだろ、みたいな。

その状態ヨーロッパなどでも起きていたし、彼らにとってアフガニスタンとか中東系の戦争は違う世界戦争だったわけだけど、その状態を付いたのがウクライナ危機であり、ウクライナ危機は同じヨーロッパ人が侵害されたと言う事で一気に動いた。

日本台湾情勢に、スプラトリー諸島問題などで現実問題として認識されたわけだ。

ただ、これはそのまま防衛意識が高いままで警戒がされていたら、中国ロシアなどの暴発など、こういったことが起きていただろうか?と言う議論がある。


一方で今回のモラハラパワハラ斉藤が再選した件も、それなのではないか

まり、世の中からパワハラが大きく減っていて、それに晒されている人が少なくなったから、実感を得られていないのではないか

たかつて石原慎太郎らが仕掛けた怪文書などによる選挙工作昭和選挙ファンタジー扱いされつつあり、実際に痛い目に遭ったことがある人、あるいは痛い目にあった事のある人から情報を見聞きする事が少なくなったのではないか

その結果、それらを問題視する人の声をリアリティ持って受け止める事ができず、問題への支持が広がらず。

一方で「不倫問題」のような、現代でより身近に現れて、インスタントに分かりやすく「経験」と結びつきやすい、実感を得やすものが登場し、共感を得やす問題によって印象が上書きされたことによって、ご覧の有様になったのではなかろうか。


愚者経験に学び、賢者歴史に学ぶ」と言う言葉ある。これは元々ドイツ人ビスマルク格言だが、この「経験」は意訳で、実際には「失敗」という言葉が宛てられている。どうやらそちらの方が原文の意図に近いらしい。

愚者は失敗に学び、賢者歴史に学ぶ

そして、私も含めてほとんどの人が「歴史に学ぶ」事のできる領域は、恐らく自分の専門分野のみなのだ

それ以外では愚者なので、今回のようなことは無数に引きおこされて、歴史は繰り返してしまうのだと思う。

喉元過ぎれば熱さを忘れる。しかし、忘れて熱湯を飲んで死ぬようなことになったら致命的だ。

大事な事は、できるだけ小さな失敗に留めて、そこから多くの事を学べるようにすることぐらいしかない。

各自衝撃に備えねばならない。

個人情報を対価に便利そうなサービスを導入するのためらう

宅配しないのに住所を聞くとかSMS認証しないのに電話番号を聞くとかに抵抗がある

現代適応してる人は漏洩前提でそれで何が困るの?って感じで

そうあるべきなんだろうと思いつつうまく折り合いが付けられない

だいたい過去にどこかから漏れてないわけはないのはそうで

悪用されたときにもそれなりに対処があったりするという理屈は知っているけど

軽率に身軽に何か新しいものを試してみたりというのがどうにもできないまま置いていかれる

anond:20241117180109

原神や崩壊シリーズ、鳴潮やパニグレ等を日本企業が作れなかったという事実が全てを物語っている

現代人は幼い時から電波を浴びて育ってるから日本から革新的作品発明品が出てくることはもう二度とない

2024-11-17

現代レコメンドエンジン選挙と相性が悪すぎる

斉藤知事投票した10代、20代に比べて中年はてなー時代錯誤wwみたいな言説があるが、断絶があるのはその通り

俺たち中年ネットに比べて、10代、20代が使うyoutubeSNSレコメンドエンジンえぐいんよ

youtube立花でもトランプでもなんでもいいが、ちょっとそっち系動画視聴したらもうレコメンドが先鋭化するだろ。そっちの方が動画を見るからだが。

中年の俺たちは無意識バックエンドの振る舞いを理解して、レコメンドを散らそうとして行動を変えるんだが、

そんなことレコメンドネイティブ若い連中がやるわけない(賢いやつはやるかもだが)

たまに上がる再生数二桁の謎の啓発動画とか俺たちは秒で避けるけど、たぶん避けずに巻き込まれるやつもいるんだよ

もう言うまでもないが、数打てば当たる戦略に飲まれる程度には一般民衆ネットが染みこんでしまった

今の俺たちはイーロンやgoogleやその他ビッグテックAIエンジンに飲まれてて、ダイレクト政治ダメージがあるのが困る

あいつらが理性を持って多様性を持つレコメンドエンジンを開発しないのがマジで悪いのだが、

多分自分らが世の中を動かしているという自尊心に抗えないのだろう、科学を扱えなかった20世紀と同じなんだよこれ

もう老人やサヨやマスメディアスクラム組むと逆効果とはっきりしたでしょ

1 流れが読めぬ老人たち

おれ兵庫の件は全然知らんし興味薄い

趣味の場で週2回会う同年代高卒自営業(彼は斎藤立花支持)から情報だけなんだけどさあ

  

まず

20くらいの市の市長が連名で斎藤に反対の声明だしたって聞いて

うわーそれはマジで不味いと思ったんだよな

 

だってそんなことは市長に口出されることじゃないぜ?

有権者からすりゃ「指図された」ってなるに決まってる

市長が言ってるから従おうなんてなるべきじゃないし、ならんよ

異様な印象を刻み付けるだけ

 

で、たいして親しみのないどっかの市長20人と

斎藤さん」「立花さん」の解像度になってる親しみのある人物像と

明確な対立構造なんか作られたらどっち味方すると思う?

 

こんなの本当にガキでもわかることだぞ

市長の連名声明やろうなんて言い出したバカ

斎藤再戦の功労者だぞ

スパイか超無能かどっちかだぞ

 

「指図された」になるのはまだいいほうで

陰謀論強度高い有権者は「やはり何かある」と確信を深めるよな

高卒自営業も多いに不信感を持ってたよ

斎藤陣営のノリを見ててそういう効果予想できなかった?

無能すぎるだろ

  

2 嫌われてるのを自覚したがらない左翼たち

それで有田ヨシフとかしばき隊とかが兵庫入りしたのもダメすぎた

俺は立花有田しばき隊区別なく同レベルのアレだと思ってるけど

立花は機を見るに敏というか変なカリスマ性はあるのにたいして

有田しばき隊なんて本当にただただ鼻つまみもん嫌われもん

参戦することにマイナス効果しかないだろ

 

この間の選挙でもそういう行儀悪いオール左翼候補応援体は総崩れだったんだから

世間はもうあの手の人たちにたいして明確にマイナス好感度だってわかったろ

  

から稲村を勝たせたいなら家でじっとしておくべきだったのに

現場応援に行ったりするから頭を抱えるんだよな

彼等の参戦を狂喜して拡散したのは稲村応援側じゃなく斎藤応援側だったよ

「あれが敵陣営ならやっぱり我々は正しい」ってなもんよ  

  

3 説得力で負けるメディア

メディア説明が負けてるのよ

立花の語りの方が有権者の頭に入ってくる

なのにメディアは公正中立と行かずに

はっきり方向性を感じさせちゃうじゃん?

 

有権者脳内ではメディアから方向性感じた時点で

メディア立花は同レベルなっちゃうのよ

どっちも方向性のある人たち

 

そしたらより人間味を感じさせて

より解像度の高い語り口の方に親しみ持つに決まってんじゃん

まりメディア無能な上に不偏不党ですらないか

そういう「信頼」を毀損されきってて

口のうまさや距離の近さ対決になってるわけ

 

そしたら立花には勝てないよな、

だってメディアの中の奴らは大体あのトップチンピラより無能だもん

気迫胆力場馴れ口の上手さ顔の近さ

メディア立花に勝てないね

 

 

別に立花がはじめて現れた英傑とかじゃなくて

扇動者ってのは人類社会には繰り返し現れてきたけど

近代社会健全ジャーナリズムってものがそれを封じ込める筈だった

 

でも実際にはマスメディアって全部クソだろ?

現代メディア中の人間一人一人の知能や人格に触れられてしま

社会の木鐸でもなんでもない、

頭が悪いのに思い上がった老人がだらしない人格で片寄ったこと書いてる落書き帳だとバレた

  

既存メディア権威信頼性を自ら毀損たか

これからはもう立花みたいなのに対抗する手段がないの

これは陰謀論じゃなくてただの人気勝負だよ

 

老人世代のサヨとマスメディア

やってはいけないことをやりつづけた

そのせいで立花みたいなのと平場で腕力勝負する羽目になってる

立花は人品卑しいけど奸雄的な能力には優れてて

なんの能力もないサヨやメディア腕力勝負で勝てやしない

  

 

もう老人やサヨやメディアスクラムしても

誰もそこに権威や信頼を感じなくなってしまった

当人たちの傲慢無能と長年のズルのため

スクラムするほど逆効果にすらなるようになったってこと

  

老人にとってこの先の社会はずっと悪夢だと思うから

はよ死んだ方がいいよ

それか端末閉じて田舎晴耕雨読の余生を送るのがいい

  

  

ブコメ

akutsu-koumi

結果が出てからあれが勝因だ、これが敗因だと理屈を付けて解説するのは誰でもできる。なのでこの記事にもパーを出した相手に後からチョキを出して勝った人を見かけた程度の気持ちしかならない。なんの啓発もない。

2024/11/18

もう一人も個性のない同じことかいてるけど要するに

「お前の書いてることは事前にわからなかったことだー!」

だってw

   

さすがに負け惜しみがすぎるでしょ

都知事選では蓮舫石丸にも負けて落選

衆議院選では有田萩生田にも負けて落選

兵庫県知事選でまた斎藤に負けて落選

 

いずれも不祥事直後でメディアに物凄い叩かれてる奴に

必勝の構えで挑んで負けてんだよな  

まりパヨパヨした中高年が結集した選挙

勝てなきゃおかしいだろみたいなとこでも落としてるの連続

  

こう同じパターンと同じ結果を繰り返してるのに

予測不能だった!」「後知恵だ!」「偶然だ!」

そんなこと言い張ってなんになるの

オジジもオババももう向き合おうよ、現実

  

 

石丸に勝った後任はここにある負けパターンあんまやってない

プレーンで真面目でちゃん仕事できます、だけ

小池百合子乱闘には全く乗ってこなかった

相手瑕疵があるんだからそれが当然の正解なのに

わざわざボルテージあげて人気対決にして負けてんだよ

 

そう、好感度対決にしちゃって負けてんの何度も

からもう自分たちが嫌われもんなことくらい自覚して作戦たてりゃいいのに

しろ人気者やスターぐらいの立ち居振舞いするよな

   

社民党党首が来てくれました!」 

有田さんが来てくれました!」

しばき隊が来てくれました!」

これで一般有権者から歓声上がると思ってるのマジどうかしてる

間内で誉めあったりしてるから感覚バグるんだと思うぞ

世間からずれきった白髪頭ども

  

あーだから

負け惜しみだろ」とは書いちゃったけど

こいつらマジで事前にこれが見えてないのかもな

  

何がどういう風に自分達の不利に働いてるのか、

どういう負けパターンになってるのか、

ってことが 

  

ブコメ2

ireire

逆効果だと思ってるなら、泳がせればいいと思うんだけど、なんで書くんだろ

2024/11/18

彼等には修正能力なんかないので

こんな話してもキーッて怒るだけだよ。

彼等は目的のためじゃなくて自己実現のためにやってるから

  

俺は彼等に邪悪目的があるとかは少しも思ってなくて

ひたすら低能なんだと思ってるの。

からもし俺のこの話聞いて反省して修正できたなら

それはもう俺の嫌悪するサヨではないのよ。

出来ないけどね彼等には。  

  

「壺はどうなんだ」みたいなブコメあるけど

あいつらは老人サヨに比べりゃ極めて正気だぞ。

あいつらの内部には「人類最高のお母様韓鶴子マンセー」みたいなノリがある筈だけど

選挙応援するときにそんなことおくびにも出さねーだろ。

ひたすら裏方の労働力に徹してる。

 

統一教会信者キチガイでも

指導部は極めて正常な認知能力があるんだよ。

「ウチとソト」を使い分けてる。

自分達が外部の一般から見ればキモいだけとわかってる。

内部の感情論理では素晴らしいスター級の人物でも

一般有権者から歓声もらうことなんかないと理解してる。

 

その程度の認知判断すら出来てないんだぜ老人サヨや旧来メディアは。

壺よりはるか能力劣るわけ。

anond:20241117151929

男性が家庭に従事したがらないから、女性労働規制しているのが正しい認識ですね

それ故に起こったのが不正入試事件であり、共働き世代家事育児分担が進んでいない原因です

現代男性は稼がない上に家事育児をやらないという甲斐性無しに成り下がっています

その上、女性さらに働けという厚顔無恥ぶりが少子化を促進しているんですね

犯罪者男性ばかりなのも頷ける結果です

日本男性を甘やかすのをやめない限り衰退し続けるでしょう

タイムスリッパネタバレ感想

たまたま時間合ったから見に行ったんだけど、年齢層がクソ高いというか老夫婦しかいねぇ!70~80代。こんなの初めて…一応時代劇からだろうか。

君の色もやってて、突発的にうわ観てぇ!ってなったけど、儂って部活モノ駄目なんだよね~。人間関係トラブルが駄目。ラブコメはいいけど、三角関係かになるともうツラい。スクイズくらいドロドロだと逆に好き。

で、映画会津藩ってのが絶妙よね。戊辰戦争…ポポポでひでー目にあって、そこ触れてくれたのはよかった。

ヒロイン女性助監督ってことで、セクハラ問題とかそういうの出てきたら嫌だなと思ったが描写なく、皆紳士であった(現実として東映とかではやってたわけだし、問題提起として描写すべきというのも分かるが、でも創作内で解決してめでたしめでたしにもならんし、ストレス展開で終わっちゃいがちじゃん?ねぇ)

タイムスリップつーことで、展開でどう辻褄合わせるかって気にしちゃうが、ケガで記憶喪失ってのはベタだけどまあアリ。

ギャグベタだけどまあ面白い。あーまた過去に行く展開ね、と思わせてハズしたり、忘れたころに出てくる大御所俳優がアイツとか、タイムスリップ展開として結構よくできてる。個人的メタ展開とタイムスリップ展開は好きで、前者は特撮の白倉P、後者小林靖子がメチャ上手いんだよね~

いい人しか出てこない、基本的ストレスフリー展開(クソガキは出てくるがまぁ侍にも非はあるし)なのはすずめの戸締まりっぽい。そっちでネコを酷い目にあわせるなんて!って感想がわりとあって、を繊細すぎだろ…って呆れて見てたんだけど、いつのまにかワイもギスギス展開ムリになっちゃってたんだなーって。

真剣勝負について、あらかじめ逃げ道塞いでるから、どうやって誤魔化すねん…このまま動かないオチ?丸顔乱入?と思ってたら斬ってマジかと思ったら虚構オチであった。まあテーマ的にもスジは通ってるが。

最初はそうでもなかったが、見てるうちに侍のオッサン愛着湧いてくるのと、マゲやめたら普通オッサンに見えるな…いや元々は現代普通役者オッサンなんだよな…ってのがメタ構造ぽくて面白かった。

美味いと評判の店に行ったら普通に美味い定食が出てきて満足、みたいな感じ

ネタバレにならない程度にレビューちらっと見たら、恋愛要素もちょうどいい感じ、って書かれてたが、実際色んな要素がちょうどいいんだよね~

つか、キスシーンない映画ってかなり久しぶりに観たかも(すずめでもキスはしてたし。そのシーン自体めっちゃ好きやが)

ドラクエ3のゲーム性についてのブコメの反応があまりにもひどい

俺は元増田意見には同意しないが、それはゲーム性に対する考え方が違うからだ。

選ばなければ良い、というブコメなど楽しみ方や仕様マウンティングブコメなどあまりにもひどい。

なので、簡潔に何がひどいのか、実際のところドラクエ3のかんたんモードゲーム中では"楽ちんプレイ")はゲーム性を損ねていないのかを書きなぐる。

元増田の"かんたんモードによるゲーム性の棄損"とはなにか

死なない、負けないというのはゲーム破壊する行為に当たる。

https://anond.hatelabo.jp/20241116222007

冗長なので読み取れない人が居るのは仕方がない。

元増田はきちんと「勝ち負けの無いゲームがあるのはわかる」「ゲームシナリオが楽しめれば良いとは思わない」「開発者ゲームのもの破壊するゲームモードを組み込むのは違う」という話をしている。

から、選ばなければ良いというのは違うし(組み込まれていることそのもの問題視している)、楽しめれば良いというのも違う(シナリオゲーム部分の没入ありきという前提がある)、マウンティングも違う(私は、と自分の話をしている)

まりnot for meという話も芯をとらえていない。

突き詰めれば元増田にとって「ドラクエ3はそういうゲームじゃない」のを破壊された、という話をしているので。

これは、少し卑近な例になるが、ニチアサのような女児男児向けアニメ実写作品で、公式が成人アダルトすれすれグッズを出した時の拒否反応に近いと思う。

not for meではないし、選ばなければ良いという問題でも無いのだ。

公式がそんなことをするなんて、存在生理的に受け付けない、という感覚に近いと思う。だから気持ちはわかる。

ドラクエ3の楽ちんプレイによってゲーム性は棄損されていない、という反論

ここまで元増田の肩を持っておいてなんだが、俺は楽ちんプレイゲーム性を棄損していないと思っている。

最初に言っておくと、ドラクエロールプレイングゲームは、単一の「こういったものだ」というものでは無いと思っている。

ロールプレイ(なりきり)も重要な要素だが、セーブもできないようなダンジョン深くでのヒリついた攻防や、道具とMPとをにらめっこしながら渋い管理を強いられることや、誰から防具を揃えて武器をどうするかなど、それぞれに思い入れがあると思う。

あとで書き添えるが、そもそもドラクエ3のゲーム性の話をするのであれば、今作でもっと触れるところがあるだろうとは思う(元増田ライン越えの話をしているので、まあ蛇足なんだが)。

「「敗北条件の消失」は、ドラクエ3のゲーム性の根幹では無い

ドラクエ3は、そもそもで言うとキャラをロストしない。蘇生からの失敗で灰になったり、仲間を永遠に失うことは無い。

ドラクエ3では、戦闘不能は明確に死亡として描写されるが、蘇生は確実に行える。

ただ、これでもってRPGとしてのゲーム性ウィザードリィより劣るとは言えない。ゲームシステムの違いだからだ。

そして、ドラクエでは伝統的に全滅を利用したゲーム攻略があったことも忘れてはならない。デスルーラを筆頭とする、全滅時に戻される仕様はあまたの勇者たちに長く愛用されてきた。

どんな高難易度ダンジョンの奥深くで全滅しようが、装備もアイテムも失うことなく、ゴールドを減らすのみでほぼノーペナルティで復活できた。

全滅後にセーブポイントまで戻されるシステムは利用(許容)しておいて、いまさら戦闘時に死亡しなくなる点のみを論点にするのは違うと思う。

ドラクエ3には敗北条件など初めからなかったのだ。

楽ちんプレイでの戦闘不能にならず全滅しないというのは、言い方を変えれば、全滅した後にまた同じ戦闘まで戻す作業スキップした、ということだ。

戦闘で全滅して街からまた戦闘まで戻す作業中の悔しさこそがドラクエ3でそれが根幹だ、というのは、ちょっといくら何でも偏っている)

防具の価値とは、ステータス能力だけでは無い

戦闘不能にならないのであれば防具は不要だろうか?

ではなぜあまたのプレイヤーが あぶないみずぎ について言及するのだろうか。

ドラクエの防具が、頭防具+1、鎧+5などでないのはなぜだろうか。

ターバン や くろしょうぞく である理由がそこにないと言えるだろうか。

もちろん、慣れて周回するとそれが単なるデータであり専用装備のフレーバーテキスト雰囲気のための記載)に過ぎないことも理解できるようになる。

ただドラクエドラクエたるゲーム性は、そのフレーバーにこそ宿っていると思う。

死なないことは、武器価値を下げない

防具ではあえて触れなかったが、そもそも戦闘不能にならないからと言ってずっと真っ赤なHP1のままゴリ押しするプレイヤーはほとんどいないだろう。

なぜならばクッソ面倒くさいからだ。

単位時間当たりのダメージ量(DPS)を気にしなくなると言うが、それはゲームに多大な時間をつぎ込める人間だけだ。

そりゃ、ダメージ量が上がり、ボス自動回復が無くなれば、1ダメージの積み重ねでもいつかは倒せる。それは事実だろう。

でも、現実世界プレイヤーには時間の制約があり、そんな苦行みたいなことはしたくないのだ。

そうすると、ちゃんとそのボスに見合った、周りのモンスターを倒すのに見合った装備品を身につけることになり、きちんと武器には意味生まれる。

ゴールドや宝箱の存在価値は下がらない(ただし店の価値は下がる)

このあたりから、「ドラクエリメイクの話するならそこじゃなくね」という話になる。

そもそも、今作では序盤からアイテム結構拾える。つぼや宝箱を丁寧に確認していくと、結構備品が揃う。

セオリーを教えてくれる町民もいるにはいるが、古い防具を売っては買い足してとか、ちまちまと金策をする意義は薄い。

備品の付け替えから、各種ステータス異常を含めても、今作はとても遊びやすい。

とはいえ、店売りの武器防具の性能を見れば、今の装備品に比べて楽になるな程度の想像はつき、全滅しないのであればより試しやすくもなっている。

昔ほど必死になって金策をしては武器防具を下取りに出して新しい装備品にして、という手間はなくなったが、それはゲーム性本質的なところでは無い(と思う)。

職業選択肢事実上広がる

さて、全滅しないことでどんなことが起こるだろうか。

ドラクエ3ぐらいになると、シャレで選べよと忠告される遊び人を何故か連れていきたがる勇者もいるが、基本仲間の職業なんか堅めにそろえるしかない。

殴ってくれる戦士、打撃が効かない相手への魔法使い回復してくれる僧侶

でも、今作ではキャラメイクで髪色が選べるし、仲間の見た目もある程度は選べる。

初心者がうっかり、戦士武闘家魔物使いにしてしまっても、ほぼ詰まることなく遊べる。

これはテンプレ構成押し付けことなく、自由に遊んでもらいながら、(そのプレイヤーから見た)理不尽な死を回避できる良い方法だと思う。

まとめ

全滅したらセーブデータを消して最初からやり直していたものけが石を投げよ。

ボス戦で、無駄行動や良い乱数を引いてギリギリで勝てたという経験で興奮したプレイヤーも多いはずだ。

それは裏を返せば、運が悪ければ全滅してまたその戦闘まで戻す、もしくはレベル上げして再挑戦するという作業を強いられていたとも言える。

元増田が、新しい土地に踏み込んで知らないモンスター出会って全滅したときに、黙ってセーブデータを消して最初からやり直すタイプであれば謝罪しよう。ゲーム性を棄損するという非難には正当性がある。

しかし、うっかり全滅してセーブポイントまで戻されて再挑戦したり、道具を大量に使ってなお負けたのでリセットした経験があるのであれば、そのやり直しのタイミング戦闘中に限定された、という考え方にすることはできないだろうか。

ちょっとしたミスで膨大な時間無駄になるという経験を無くすのが、楽ちんプレイ目的なのであれば、理にかなっている。

それはプレイヤーに寄り添う形にゲーム性がかわっただけであり、ゲーム性の棄損でもなければゲーム破壊でもない。

俺はドラクエのようにダンジョンの最奥から魔法一つでお手軽に帰ってこられるRPGダンジョンを題材にしたゲームとして劣っているとは思わないし、死力を尽くして良い乱数を引く戦闘"だけ"がドラクエ醍醐味では無いと信じている。

(遊び方次第だが、全員真っ赤のHP1で戦闘を終えた後、ここは早かったなとキメラのつばさを使って街に戻るのであれば、ほぼ全滅時にゴールドを失わない程度の意味しかない)

蛇足

ドラクエリメイクゲーム性の話をするならさ、レベルアップ時にHPMPとが全快する仕様について疑義を呈してくれよ。

キメラのつばさルーラ(MP0)が天井があっても使えるようになったという点とかさ、ミニマップが右上に常に出てるとかさ、アイテムがもりもり拾える点とかさ。

難易度を いばらの道だぜ にしてても、この辺の仕様変更ってゲーム性を大きく変えてる(損なったとは思わないが)。

全体的に、現代ドラクエ3をリメイクして、ほとんど内容を変えずにお出しする際に遊びやすさがすごく考えられて調整されていると思う。装備変更するときも楽だし。

でも、手持ちのやくそうが尽きて、絶望的な気持ちで いのりのゆびわ を使って、リレミトルーラで戻ってくるみたいなロールプレイはもうできなくなったと思うと少し寂しい気持ちもある。

が、じゃあマップノートに書いてメモを大量にとってと言う体験を後の世代にこれこそがドラクエなり!とお出しして良いかと言われると、いやもう時代じゃないしな、という気持ちになる。

からというわけじゃないが、時代に沿ったゲーム性の変更は許容すべきだと思うんだよね。

それは破壊じゃない、ゲームが苦手でもエンディングにたどり着く人を一人でも増やす救済なんだよ。

というわけで、めっちゃ良くできてるから食わず嫌いしてる人は買って遊ぶと良いよ!

ドラゴンクエストIII そして伝説へ… Nintendo Switch / PS5 / Xbox / Steam で絶賛発売中!

少し早めに家の大掃除してたら梅田望夫ウェブ進化論」出てきた

2006年刊行

時代的にネット未来についてはポジティブな予想が多い。

序盤にネット世界にはリアル世界の違いとして「三大法則がある」と書かれていて、これは現在どうなったかと言うと

(1)(企業に膨大な顧客データが集まることにより)神の視点を獲得できる

 → その後、ビッグデータ活用とかデータサイエンスの話になって現在進化中。

   ただし神の視点を獲得するのは人というよりAIになった。

(2)リアル仕事をしている間もネット上に作った分身で金を稼げる

  → アフィリエイトブログを経て現代ではYoutuberになった。

    しかYoutuber同士の競争が激しく、結局はみなリアルで体を張っており、お気楽副業というよりは専業職と化しつつある。

(3)(≒無限大)×(≒0)= something (塵も積もればなんか新しい価値が見つかる。「「一億人から3秒ずつの時間を集めてなんかやる」的発想)

 → この方向性ニッチな分野での活用に留まったように思われる。

   00年代には「数十万人の個人PCの余った計算資源白血病ゲノム解析を!」みたいなプロジェクトがあり(名前忘れた)、参加者も多かった。

   しか計算資源の確保というジャンルでは結局データセンターで集中的にやる方が効率的という世の中になった。

   他には大人数でGoogleEarthの衛星写真から遭難者を探せ、とかもあったな。

   現代でも、散歩してる人にそのへんの電柱撮影してもらい写真保全チェックに使う、というタイププロジェクトはあるが、そこまでメジャーではない。

その他に触れられているケースとして、OSSの拡大と学習高速道路だけは順調に発展したと言えそう。

しかし当時の人達が夢見たWisdom of crowdsという言葉には諸行無常の響きがある・・・

エンタメ運営されている国は存在する

work996 今時どこの国の誰々に気に入られただのはエンタメしかなく、安倍ちゃんも仲良くして得るものあったかと言われれば別に無い。そんな個人的でくだらない些事で現代国家運営されてない。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.ntv.co.jp/category/politics/bb2ef09a197143239c366b8f2b80016d

これは違う。

そのエンタメ政治のあるべき姿として国民に受け入れられている国は存在する。

そう、日本である

日本にはその友達ごっこを「本物の外交」として評価してしま有権者一定数、いや多数存在する。

まりトランプ友達ごっこする事の外交上の意味は無いが、彼らへのアピールという政権維持意味では効果的で、石破もその為にトランプと会おうとしている。

よって日本は間接的にエンタメ運営されていると言って良い。

安倍が得たものもそれだ。現に「安倍を失ったのは痛い」「どこかのテロリスト安倍氏を殺害しなければ」とかいエンタメ脳なブコメであふれている。これはいわばまさに友達ごっこの成果であります

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