はてなキーワード: エントリーとは
まだ見てない人は飛ばしてくれ。
やはりみんな最後のしっぽが次のゴジラに!とか期待してるんだろうけど、きっとそんなことはしない。
東京湾に捨てられた核廃棄物が起源ならまた次のゴジラも自然発生するだろう。
そしてまたヤシオリ作戦、となったら同じ展開になるので違う打倒ゴジラのメソッドが必要になる。
ゴジラのカタチをした汎用決戦兵器、がメインになるに違いない、というか、なってくれ!
って考えてます。
もしくは6号機みたいな感じで直接アダムにエントリープラグ作っちゃったよなタイプ。
アフィで稼げるのはたまたま検索ビッグワードを持っている奴だけ
たまたまじゃなきゃ商品名をいっぱい書き込んだエントリーを毎日大量に公開しなきゃならない
いずれにしろ貧民の幻想を煽って元締めが一番儲けるビジネスモデル
それがわかってるならやってみればいい
某投資顧問業者に有料で推奨されたクソ株が大暴落で大損。向こうが提示してきた代替銘柄でも追い打ちを掛けるように損。更に提示してきた代替銘柄も推奨プランのエントリー価格を上回ることなく低迷中だが既に5ヶ月超も放置されっぱなし。
流石にこれは「サポート」になってねぇだろうとネチネチ文句をつけてたら、とうとう営業部長が出てきてもう完全にクレーマー扱い。
http://anond.hatelabo.jp/20160805000418
私の意見を要約すると。
・シン・ゴジラって3・11の震災と福島第一原発事故の政府対応に重ねてるよね。
・シン・ゴジラではイケメンエリート官僚や科学者がでてきてかっこよく科学的?に処理したけど
・つまりシンゴジラって福島第一原発事故処理に成功した日本政府のIFものだよね。
・これは「第二次大戦で米軍に勝利する日本軍」を書いちゃう、こっ恥ずかしい仮想戦記の類の何かだよね。
・しかもシンゴジラでは自衛隊がゴジラに冷却材(凝固剤)のホースを突っ込むために特攻して全滅しちゃうんだ。
・でも実際の福島第一原発事故では、よくも悪くも戦後民主主義で人命第一の日本政府はそんな事はさせなかったよね。
退避を繰り返し非正規労働者を大量に投入してゆっくりと泥臭く処理したね。
(状況が進捗しないし、かっこわるいね。でも現実はそういうものだよね。
そんなものを描いちゃったら政治的意思表示が必要なんじゃないの?
格好いいから描いたですまされないんじゃないの?
というところです。
「僕達の楽しいエンタメ作品であるシンゴジラ(虚構)」を(現実)フクイチに重ねるのはやめて下さい!!派
上記はつまり「こども(庵野)がウルトラマンごっこ、ゴジラごっこで遊んでるだけ」
なのに政治的意味合いを見出したり回答求めるのはヤメてよ!っていうことなんだろう。
エヴァなんかは「沖縄決戦」パクってごっこ遊びしてもなんでもいいけど。
震災から5年しかたってない2016年に、フクイチを取り扱って子供のふりして許されるわけがない。
逃げまわるつもりかもしれないが、なんらかの政治的意思表明が必要でしょう。
(はどうでもいいです)
シンゴジラでは泥沼感や絶望感や虚脱感がなかった。これを指摘するのは飽きるけどエリートばかりだった。
「軽トラから載せられた日雇い労働者がゴジラに特攻させられる描写」があったらば強烈な皮肉にはなっただろうなと思う。
これにはフクイチという重いテーマを扱ったのに、リアリティに寄せることがなかったことへの苛立ちがある。
とくにラスト。
次期大統領候補云々について、いちゃいちゃしながら喋ってる」
『ボロボロの感じで虚脱状態で「延々続く収束作業を無言で見守る」』みたいなエンドなら伝わったかもしれない。
もしくは、どこかのブコメに「あのまま核攻撃されて東京まるごと吹き飛ばされればよかったのに。」
ってのがあったけど、そうなったらホント庵野信者になったかもしれない。
だがしっくりくる。途中まではフクイチに寄せたが、最後はアニメ演出で完結させる。
「虚構でした!」「この映画はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません」
というオチで締める。
なんだろうかこれは。結構毎回やってるような感じがする。夢オチに限りなく近い何かみたいな。
これは「息の長い芸人・TVのコメディアン」のテクニックとか処世術とでもいうのかな。
ここ2日、創作者ってほんと大変だなと思った。
現実を切り取ってそれを虚構化して、針の穴を通すようにすりぬけて、
「ポリティカルコレクト」から上手く逃げ切る。
最後の感想はやっぱり「シンゴジラはいい、素晴らしい、シンゴジラはいいけど、でもね…。」
に戻るんだな。
ちょっと頭を整理したらまた見よう。
二回目のカキコ、ども。
前に「スタートアップ(笑)かぶれのゴミ求職者が多すぎて困るんだが」というエントリーを書いた。
思ったよりも拡散され、驚いた。
けんすう氏自体を批判したつもりは無いが、社員(けんすう信者)から「早く消してください早く」と急かされ、消してしまった。
消さないでもっと拡散させて欲しかったという意見もあり申し訳なかった。
さて、もう増田はやるまいと思っていたのだが、とんでもない記事を見てしまいまた書くことに至った。
もう社員に批判されても消さない鋼のメンタルを手に入れたのだ。
http://labs.skyland.vc/entry/2016/08/02/212935
知らない人の為に説明しよう。
このお方はエンジェル投資家(笑)と呼ばれる数百万から多くて1,500万円ほどの額を、まだビジネスも回せてないチームを中心に投資している方だ。
まぁ評判が〜とかリビングデット製造機とかは置いとこう。批判はしないと心に決めたのだ。
でも、ここの部分は黙っておけない。
そしてなんでこんなに上から目線なの?
スタートアップ(笑)かぶれもゴミなんだが、独立煽り虫も本当にアレだよな。
というかこういった輩がかぶれを生み出しているんだ。
見ている奴が影響されてどうなろうが知ったこっちゃないんだ。
それなのにそのポジションに影響され、素直に受け取ってしまう純朴な奴らも多いんだよ。
そいつらは見事にゴミサービスを生み出すし、結果ゴミ人材が世の中に流れるしロクなことがない。
負のサイクルだよ。浄化されるポイントがない汚物の食物連鎖だよ。
ちなみに、エンジェル投資家というと身銭を削って投資している人のように見えるが、こいつはそうじゃないっぽい。
俺はチョコボール買って金のエンジェルでも集めてたほうがいいや。
追記
やっぱりイケダハヤさんもリツイートしてた。
https://twitter.com/IHayato/status/760694681365807106
虫は虫を呼ぶのですね〜☆
http://anond.hatelabo.jp/20160804171358
自称「中二病を脱した23歳増田」に乗っかる感じでシンゴジラ批判エントリーを書きたくなったおっさんです。
(あたしも10年前の20代の頃はてなのサブカルおじさんが怖かったからねw)
シン・ゴジラは「日本の実写映画」にとってエポックメイキングになりうる最高に素晴らしい作品だと思うが
この大絶賛の嵐に怖くなってきました。左側からのまっとうな批判が見られない。
まずはじめに私の感想とすると「シン・ゴジラ」は素晴らしい映画なのは確かです。
「日本の実写アクションエンタメ映画」でまともな人間ドラマを描けるでしょうか?
民族やイデオロギー宗教対立のない日本。殺人を含む強烈なDISの激突による止揚や
「個人のエゴがイノベーションを起こす」ことを良しとしないし信じない日本社会では
欧米式の人間ドラマなどは描けないのです。大抵は「もののあはれ」みたいなものに落ち着きます。
そこで庵野監督です。庵野監督は人間ドラマが描けません。人間個人に興味が無いのです。
「電子回路、ニューロンのように情報が錯綜し、通電し、組織が機能する」という
(例えばオネアミスのロケット発射の「手続き」や、エヴァ発進の「手続き」、
さまざまな人間が連携して大きなことを成し遂げる瞬間のカタルシス、岡本喜八の沖縄決戦→ネルフ壊滅なら大組織の壮大な敗北
というものに執着している感じです。そして庵野監督はその演出で他を圧倒してきたのです。
通常は連携を2、3回で終わらせるところを、
7、8、9とどんどん数を増やし、しも連携のスピードを高速化する、
それが今回は最高に上手く行ったと思います。無駄な人間ドラマを省き、人の群れを
通常それでは作劇できませんが、ゴジラという巨大な災厄を扱うことによって可能になったのですね。
とまあ、褒めるのはこんな感じで。みんな褒めてるし。在来線爆弾最高です。
ここからは批判というか危惧を書いていきます。(ネタバレ含む)
「シン・ゴジラ」はゴジラを描くとともに、明らかに3・11の震災、
そして福島第一原発(フクイチ)のメルトダウンをなぞって描かれています。
原爆の子であることことからしてそれは避けられないことでありました。
・「想定外」という言葉が何度もでてくるシンゴジラとフクイチ(フクイチ)
・そしてその放射能を測定した市民から憶測が飛び交うシンゴジラとフクイチ
・自体の収集のため米軍が介入してくるシンゴジラ、事態の収集のため米軍が介入しようとするフクイチ
・シンゴジラにホースを突っ込んで冷却材を流すため特攻する自衛隊、
「自衛隊がゴジラを冷やすために特攻して死んでしまっている」ということなんです。
これは3・11の日本政府はやらなかった。フクイチに自衛隊を特攻させれば
「自衛隊員の命」と「福島の土地の数十年の汚染」を引き換えにはできないという判断です。
そこをシンゴジラはやった。映画的には、作劇的には正しいです。
自己犠牲の魅力に惹かれるところもあるんです。
正直「自衛隊がフクイチに特攻して冷却に成功していた」ら、私も絶賛したでしょう。
その特攻を庵野監督はやった。しかも恐ろしいことにあっさりと。
(1番隊が全滅したら「日本映画のよくあるパターンのように感傷にひたる」
ことなくあっさりと2番隊がすぐさま繰り出された。
おそろしいですよ。でもこれがかっこいいんですよ。/
この冷徹な決断力、かっこよさを恐ろしいと思わないとヤヴァイんですよ。
こんなことできるのはスターリンですよ。スターリンのかっこよさに酔うんですか?)
特攻した自衛隊のように、3、11のフクイチでも自衛隊を特攻させるべきだった。」
実際の日本政府はどうでしょうか?フクイチの凍結に成功してますでしょうか?
私からすると今回のシンゴジラ、演出のエポックメイキングであるとともに、
「3・11の災厄に勝利した日本」の「仮想戦記」にみえてしまうんです。
(昔よくあった「第2次大戦で日本軍が勝つシミュレーション小説」の3・11バージョンですね。)
このシンゴジラを見て「日本はまだやれるんだ」と思った人がたくさんいたと聞きます。
いや、やれてなかったでしょ。と言いたい。3・11で負けたでしょ。無残に。情けなく。
仮想戦記で「日本はまだやれる」って酔ってたらだめでしょ。反省しないと。
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↑というような批判が欲しかったのに全く無くて困ってたので自分で書いてみた。
実際庵野監督はどうなんでしょう。「政治的意志表明」と書きましたが
気が晴れない時におすすめです。
例えば
xevra 馬鹿か、叩いた方が面白いからみんなで叩いてるだけ。馬鹿で生意気な狸が火のついた薪を背負って登場したからみんなで油かけまくって遊んでいたんじゃないか。どんどん燃え上がるから楽しくて皆でもっとかけたんだよ
という感じで主張していきましょう。
3. それでも気が収まらないときは相手をうつにするテクニックを交えてコメントするといいでしょう。
例えばこんな感じです。
xevra 仕事ができない人はメンヘル。メンヘルを追い込んでも病状を悪化させるだけなので逆効果。仕事ができない人は病院へ送って心の在り方から丁寧に再構築させないと本人も周りも不幸になる。心の病気の人が多すぎる
xevra 悪口を言うような奴はメンヘル。批判するのであれば社会が良くなるための視点と代案が必須。それがなく単に溜飲を下げたいだけの罵声はメンヘルの症状。メンヘルの罵声はスルーするより他ない。
xevra ブラック社員はブラックの共犯者。労働力のダンピングで真面目な人や会社を追い込む犯罪者だという視点が欠けてる。迷惑だから即刻辞めろ、やめさせろ
xevra ホームレス、ニート、ブロガーは社会の三大底辺で人間のクズ。折角人間に生まれてきてなぜブロガーになどなるのか。恐ろしい恐ろしい
それに はてなスターが付けば自己顕示欲も満たされ「自分は正論を言った」と思い込める勘違いもできて一石二鳥です。
自分のコメントで人気になれば説得力も増します。はてなスターが貰いやすくなってさらに自己顕示欲や自信を満たせます。
ちなみにxevraという人は瞑想を薦めていることで有名で、
に対して はてなスターを付けて本人は「ホント」と答えていますが、
「メンヘルを追い込んでも病状を悪化させるだけ」とわかっていながら辛辣なコメントを当人にしたり、
「批判するのであれば社会が良くなるための視点と代案が必須」と言いながらレッテル貼りなコメントで終わったり、
わかってていてもやってないし。瞑想もたぶん口だけなんでしょうね。
イライラしてコメントを書き込むぐらいなら自分で推してる瞑想をして頭冷やせばいいのにと思います。
たぶんしてないでしょうね。
あとxevraっていう人は運動も推していましたが、運動というのはたぶんSEXのことなんだろうと思います。
あと瞑想と運動のほかに はてブコメントやブログでもそういうような考えを発信していて、
なんて言っていますが、
やらないで良いのにやるのは「余計」かつ「エゴ」だろうと思います。それならまだやらない方がマシです。迷惑です。
「周りの人から良く思われないのではないか?」と思われるかもしれませんが、
こうやればいいのです。
xevra ズィヴラ゛ と、読んでね(´ω`*)
こんな風にかわいい顔文字をたまに使うコメントをしていけば問題ありません。
xevraという人は時々顔文字を使いますが、あれは人当たりがいいと周りの人に思われるためで
「普段 はてブコメントで厳しいことを言ってるけど本当は優しい人なんだな」と、
ああやって人柄を誤魔化すことができます。
致死量の毒を混ぜてるんですけどね。
たまに はてブコメントで記事についてや書いた人を褒めたりしていますが、あれも似たようなようなことで
アメとムチとかツンデレというのは、
時折厳しくて、時折優しいというイメージがあるが、
19回厳しく接して、1回だけ優しいというパターンだという。
あとはずっとムチという状況が最もアクティブに動く。
しかし後ほど解剖をしてみると、
つまり、たまに優しくされる人程、
身体的ストレスがあるのに本人は幸せと思い込んでしまっているという。
https:www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=654918807858541&id=654870034530085
まあ、このことがバレなければ自分に付いて来る人が出てくるでしょう。
以上の書いた方法を実践して自分がメンヘルにならないようにしましょう。
それでも「瞑想のほうが効果ある」と反論意見がある方はまず自分が瞑想をやっていることがわかるように証明してから反論してください。
それ以外は反論を受け付けません。
あと、この記事に書いた方法をやり続けると将来はボケやすくなると言われていますけどね。
今回はとなりのヤングジャンプ
今までは嫌がらせレベルだったけれども、とうとう殺しにかかってきたか。
ただ、突き飛ばしがすり抜けて、そのまま幽霊が社畜の体にひっかかったみたいな状態に。
事実上、社畜が取り憑かれしまった形になってしまい、地縛霊が外に出てしまうと。
社畜は気の毒だが、話が広がってきたなあ。
隼人の言い分は、ある意味ではとても誠実なのだけれども、それに対してのプロデューサーらしき人からの答えは、「ファンに対する『愛してる』の信憑性が薄くなるから」と。
warpというアイドルグループは成熟しておらず、故にそのファンの多くも「愛してるよ。恋愛をしている彼女は君たちとは別にいるけどね」で納得できる状態ではない。
まあ、一理あるのかもしれないけれども、この回答は世俗を意識した話であって、滋郎はだったら彼女を選んでアイドルを辞めるという。
そもそも隼人が芸能界に入ったのは好きな人のためなのだから、そりゃあ恋愛禁止だってなんならそうせざるを得ないわな。
そして、4人中2人も抜けたら、もう続けるのは無理だとして解散の話に、というところで次回か。
メタ的にみて、多分このまま解散なんてことにはならないだろうけれど、これを存続するとなった場合、私の予想では陰鬱な展開にしかならなさそうで嫌だなあ。
今回は「技術の不足をファンタジーパワーで無理やり補ったらどうなるか」という話か。
需要のある属性を扱う術師になる人が増えて、結果買い叩かれやすくなったり、魔法よりも効率的な機械が導入されて術師が食いっぱぐれるという描写も、現代社会を意識している感じがするね。
結局、資本が人である以上、この問題はファンタジー世界でもありえる、ってことか。
また、恋愛系か。
ただ、こっちはメイン二人の関係性と、それに合わせた描写がメインだね。
後に判明する新事実によって関係性が変わり、そこから紡がれる二面構成は興味深くはある。
読者に衝撃を与えるならば、新事実のネタバラシは早いという気もするが、その分語り手の苦悩などのドラマも丁寧に描けたから、一長一短だな。
ただ、そこに注力して描いた結果、二人がなぜ好きだと思っているのかを読者に追体験させる、いわばキャラクターを魅力的に描く部分が薄くなってしまったきらいがあるね。
このあたり、No.2の方と対照的ながら、オチが似てしまったのが皮肉というかなんというか。
恐らく、どう風呂敷を広げて畳むのか考えあぐねたんだろうな。
投票するかは……う~ん。
ここまで感想書いておいてナンだが、結論としてはNo.2と同じで、「面白い連載を描ける実力を見極めるための作品」としては、適切ではない気がするんだよね。
ここまで大言壮語なタイトルってことは、よほど自信があるか、なにか仕掛けがあると踏んで私は読み続けている。
だが、22話にもなって、未だその期待に全く応えてくれていない。
話進まないなあ。
進まない上に、その中で描かれることがツマラナイってのがまた厳しい。
このエントリーを何回も読んだ。マウンティングや、独身者をバカにしているような雰囲気を受けなかった。ただ、幸福の只中に存在して、感謝と未来への展望でいっぱいなんだろう。彼女の世界には全ての異端は存在しえない。なにせ、独身者という大きな主語すらも、彼女にとっては理解しえないものなのだから。
善悪じゃないんだろう。彼女の無邪気は私を酷く傷つける。自分の事情を語るのは無粋だが、私は同性愛者だ。漠然とした自殺願望は機能不全家族に組み込まれていたときから存在するし、それは実行を伴わない形でこれから先50年以上、深夜に縄を持って首に挨拶しにくる。結婚はしないのか。前に付き合いがあった彼はどうなんだ。子供は2人は産め。女は教養は要らない。お前は何もできないんだから、なぜお兄ちゃんよりも勉強ができるの。女なんて要らなかったのにお前が勝手にできた。お前のせいで私は何も自分のことができなかった。数年前までどうしようもないほどの底辺でもがいていた。救ってくれたのは現在同棲している彼女だった。
彼女は私の生きがいだ。これから先、何があっても、どんなことがあろうと守って一緒に生きていく。貯蓄のこと、税金、老後、収入、法律、保険、里親になるかどうかのこと。たくさん話し合って、寄り添っている。
だが、結婚できない。
厳密にいえばこの国では。どんなに経済的に余裕があっても、愛し合っても幸せでも、婚姻の紙を受理してもらうことすらできない。
事情を知ってほしいわけじゃない。
だが、もしこれを読んで、なんでもいい、あなたが何か感じることがあれば幸いだ。
そして母子ともに健康で、お子さんが「異端」であったとしても、あなたの正義で傷つけないで欲しい。
no offence.
and with love.
そのアカウントを捨てまた別IPでサブアカウントフル動員でブックマーク。
すべてのブクマの新しい方を見てもらえばわかるが、
http://b.hatena.ne.jp/entry/spotlight-media.jp/article/304114885455366584
法則がわかるだろうか?
全員がそうとは言い切れないが、このタイプはアカウントを捨てず継続的にバレないよう少数ブクマするタイプである。
次にこのエントリー
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.youtube.com/watch?v=Ir8xLSoz8VI
6文字の人の名前+かぶらないように数字をどこかに入れる+あとで読むタグ
出現頻度が少ないが
http://b.hatena.ne.jp/entry/baito2ch.com/332
厄介なの2番のタイプで春過ぎからずっと運営は対処のしようがない状態が続いている。
私も報告はし運営もアカウント停止をしていたのだが、次から次へ湧いてきて私は諦めた。
そもそも2番のタイプは目立つ代わりにアカウントを維持する必要がない、そして対象をブーストできる。
ともあれわかることは個人で簡単に持ち上げれることだ。
気づいてから折れるまでアカウントをメモしながら運営にスパム報告してたが、
運営としても誤判定で事故になることは避けたいので停止にならないタイプはある。
1番目は一日のブックマークが少なく継続してるため基本停止にはならない
2番目は短期型かつタイミングも重複しやすいので停止にはなってるが意味が無い。
3番目はブックマーク数から捨て覚悟っぽいのだが、ブクマ時間ずらしと無関係タグ付けのおかげで停止にはなってない。
今回はとなりのヤングジャンプ
キャラのリアクションというか、表情とかノリとかにも、今までと違う何か違和感があるというか。
余談だけれども、息子がいるということは父親がいるということなのだろうけれども、ここまで全く触れられていないのが気になるなあ。
いや、別にそんな現代社会と照らし合わせた育児問題とか、大層なこと語りつもりはないけれどもさ、メタ的に見ればやっぱり描写しておかないと不自然じゃないか。
ああ、それともこの魔族の生態がほとんど語られていないから分からないが、もしかして無性生殖とか?
彼女の本心を悟らせないような描き方は、ヒロインの女優設定をちゃんと活かした構成でいいと思った。
まあ、メタ的に見れば、全くの演技でしたでは哀しいので読者的には丸分かりだが、それを分かった上でああいうアプローチの仕方をしていると思いながら読むと微笑ましい。
ただ、全体的な展開としては恋愛漫画とかにありがちな「甘酢さ優先」の描き方で、そこはヘキエキしたかな。
あと、これ自体は完全に読みきりの話だから、連載権をかけたシンマンとしては評価しにくいなあ。
シンマンは、なにより「面白い連載作品を描けるか」っていうところが評価点だと思っているので。
ああ、終わった……。
今週は私が読んでいるWEBコミックだけでも、3作は打ち切りなのだが。
何、そういう季節なん?
総括としては~、絵は悪くないと思うんだけどね、やや分かりにくい構図がたまにあったのが気になるくらいで。
難点は、一つの一つの要素、設定だとかは面白そうなものが詰まっているのに、それを活かすストーリーやドラマが盛り上がりに欠けたことかなあ。
「全14話のうち、どこが面白かった?」と聞かれたとき特に思いだせない。
番外編とかでもその傾向はあったが、ジュノスは面白ドッキリメカみたいになりつつあるな……。
これでジュノスがそれまで瞬殺した怪人と同じ災害レベル鬼とは。
まあ、このあたり相性とかもあれど、同じ災害レベルでも幅があるのは原作からだが。
格闘ゲームとかのキャラの強さをランク分けする際の細分化みたいなのがないからなあ。
後半はフブキ側の戦い。
サイタマが以前フブキに対して放った言葉がきいてくる描写がいいね。
部下が操られ、一人で戦ったほうがまだよかったんじゃないかという状況なのが、なおのこと皮肉というか。
極力ダメージを与えないように無力化しようとする部下思いな一面とか、リメイク版エピソードだけれども、キャラをちゃんと保管しているなあ。
余談だけれども、村田版ワンパンマンは私の定義的にはリメイクというより、リブートのほうが近いんじゃないかなあと最近思っているんだよね。
菅野完さんから性暴力被害を受けたというXさんからの依頼で、7月14日に「菅野完 noiehoie の性暴力」というエントリーを上げました。
http://c71.hatenablog.com/entry/2016/07/14/153922
これは自発的に書いたものではなく、一部の人の思惑に沿って書いた作為的なエントリーでした。善意からとはいえ係争中の案件を裏取りもせず、頼まれるまま無責任に書いてしまったことを関係者の方々、ならびに読者のみなさまにお詫びしたいと思います。
この件には私が知る限りでも週刊金曜日編集者の方、係争事件の弁護士の方、濁山ディグ太郎さん、中島岳志さん、山口智美さん、いとうせいこうさん、朝日で女性問題を多く取り上げている林美子記者始め多くの方が水面下で結束しています。私はこの繋がりが純粋に性暴力被害者を救済し、再発を防止するためものなのか、菅野完さんの日本会議批判と関係があるのか、疑問を持っています。
7月14日、Twitterフォロワーであるfさんから性暴力事件についてのエントリーを被害者を助けるために書いてほしいという連絡があり、被害者を名乗るXさんとグループチャットでお話しました。私は自分自身が性暴力被害者であるため、そこで聞いた話と発売前の週刊金曜日のキャプチャの内容に強い衝撃を受け、フラッシュバックで正常な判断力を失ってしまいました。Xさんとも菅野完さんとも面識がないにも関わらず、被害に遭ったというXさんとかつての自分が重なり、無条件で力にならなければならないと思い込んでしまったのです。
見ず知らずの方の係争中の案件に関わることは軽率なのではないか、発売前の雑誌の紙面を大きく掲載したキャプチャの使用が著作権の侵害に当たる場合、その責任は誰が取ることになるのか、そういったことについてさえ十分に話し合うことなく、とにかく発売までにエントリーをアップして拡散させなければと必死で記事を書きあげました。
パートナーは私が本業の準備、食事や持病のための休息時間も犠牲にし、フラッシュバックでふらふらになりながら、ひたすらテキストの加筆修正を繰り返す様子を見て、とても心配しました。彼は当初から先方がこれだけの依頼を出しておきながら、執筆料の申し出を一切しようとしないことにも疑問を持っていたようです。
長文のテキストであることに加え、Xさんと彼女の支援者を名乗る人たち、また弁護士や週刊金曜日編集部からの要望が後からいくつも追加され、私はその度に細かい修正に応じました。加筆修正の度、何度も何度もおぞましい性暴力のについて読み返すことで自分自身の性暴力被害が蘇り、吐き気と動悸と冷や汗でとても苦しかったです。でもそのときは「性暴力被害を許してはならない」「被害者に自責の念を持たせてはならない」ということしか考えられませんでした。
ようやくOKをもらったエントリーはXさんの支援者ではなく、紹介者のfさんを通じてリツイートしてほしいと頼まれました。私と同様事件と無関係のfさんがなぜ?と疑問思いましたが「被害者探しを避けるため」といわれ、「被害者を危険に晒す気ですか?」と脅されているように感じ、何も言えませんでした。
また「フェミのお仲間を通じてリツイートしてほしい」「互助会!互助会のノリで、お願いします!」という言葉には(フェミの仲間なんていません。一人一人が自分の考えで発言しているんです)(互助会なんてありません)と思わずにいられませんでしたが、言い返すだけの気力もなく、上手く言葉にすることができませんでした。
パートナーはXさん、濁山ディグ太郎さんらに新規はてなidを取得してブログを書いたり、増田を使って匿名エントリーを上げてみたりしてはどうかとすすめましたが、誰一人それに応じた人はいませんでした。憔悴している私を傍で見ていた彼は私一人が矢面に立たされることに強い憤りを感じており、それを見ているうちにようやく私も「これは何かおかしい」と自分の感覚の異常に気付くことが出来ました。
私は自己評価が低く、記事の作成を依頼されたときも「なぜ私が?」という思いがありました。そのことについてXさん、naeさんらから「自己評価が低いからこそ被害者によりそういい記事が書けた」といわれたとき、限界が来ました。私自身は自己評価の低さと戦うため、これまで命を削ってきたからです。個人差はあると思いますが、性暴力被害者が自分を無価値であると考えるのは謙虚さとは違います。この苦しさは「だからよかった」といえるものではありません。
記事を書いている間の緊張とエントリーの反響、そして休息や食事を後回しにしていたこと、何よりフラッシュバックで普通の状態でなかったことが重なり、私はXさんの支援者の皆さんに感情的な反応を返してしまいました。そのことはお詫びしたいと思います。
しかしようやく少しだけ判断力を取り戻したいま、パートナーをはじめ友人たちに話を聞いてもらい、この件を伏せておくことは良心的に出来ないという結論に達しました。私は知らずに政治的な駆け引きに加担し、証拠不十分な係争中の事件について、言われるままに一方的な宣伝をしてしまいました。裏で糸を引く大勢の人たちの思惑に従い、とても公正とはいえないやり方で日本会議批判を攻撃する立場に立っていました。
このような事情によってあのエントリーを書いたことを読者のみなさんに知っていただきたいと思います。このような結果になったのはひとえに私の迂闊さと甘さによるものと反省しています。今後は利用できそうな人間は誰彼かまわず利用する人の餌食として踊らされないよう健全な自尊心を持ち、自分と他人の心の境界、責任の所在を明確にしていきたいです。他人の回復の前に自分自身の安全を守ることが、私を大切に思うパートナーや友人たちへの愛情だということを忘れないでいたい。またXさん、菅野完さん、そして日本会議に対する思想や立場について、感情的な思い入れに流されない視点を持ちたい。都合よく踊らされるのはもうたくさんです。
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ついさっき、こんなエントリーを見かけた。
私は淫夢を憎んでいる - はてな匿名ダイアリー
これは1年半ほど前に書かれた文章で、当時はまだ淫夢コンテンツが隆盛の頃である。それが今更になってTwitterで密かな話題となっていた。この文章を見た瞬間に「俺も持論を展開したい!」と子供染みた高揚感に襲われたので、一つ、書いてみる事にした。
その持論とはパンクロックと淫夢が根底では同じ現象であるというものだ。ただ、それを解説する為には、まず淫夢というコンテンツそのものについて考えなければならない。
ここで指すところの“真夏の夜の淫夢(以下、淫夢と呼称)”とは、2001年にコートコーポレーションから発売された「BABYLON STAGE34 真夏の夜の淫夢」とその他関連したゲイポルノビデオの内容を大手インターネット動画サイト「ニコニコ動画」に転載した一連のコンテンツである。そもそもは、プロ野球選手の多田野数人氏がこのビデオに出演したとされるスキャンダルが2002年の夏頃に週刊誌やインターネット等で報じられ、それを面白がった2ちゃんねるのユーザーがこれを「ネタ」とした事に始まる。要するに、このコンテンツはかなり息の長いものであり、その歴史は14年にも及ぶ事になる。
一方で、淫夢が日本に於けるインターネット文化のメインストリームに飛び出してきたのはごく最近である。例えば、ニコニコ動画で流行を発生される端緒となったMAD動画である「霊夢 so クッキー☆」が投稿されたのが2010年10月30日のことだ。流行の原因はひとえに萌え文化に食い込んだ事にある。当時流行していた東方Projectに乗っかり、馬鹿にするような形で、淫夢は知名度を上げた。そしてこの動画で淫夢要素として登場したのが通称「野獣先輩(役名:田所浩二)」である。最初にこの動画を見ると恐怖と嫌悪感を覚えることだろう。最初はアニメキャラのMADなのに、動画後半でガタイの良い野性的な男が突然喘ぎだすのだ。インパクトは大きいが、初めてこの動画で淫夢に触れた人間は到底笑う事ができないだろう。
そう、冒頭のエントリーでも言われていたように、淫夢のコンテンツは「人を遠ざけること」を以て成立していた。そして、同時に人気のコンテンツに対して「喧嘩を売る」ことも淫夢を支える原動力となっていた。ところで、冒頭のエントリーでは「理解されることを嫌う」という部分に主軸が置かれていたが、「風評被害」などの全方位爆撃と言われるような無差別の迷惑行為が行われる原因には余り言及されていない。そもそも、意味もなく「風評被害」を撒き散らしてコンテンツを占領する事は、淫夢の大きな特徴の一つである。しかしこれを単に「定型文を楽しみたいがため」であると考えるのは早計である。このような無差別の破壊行為を行う危険分子には一つ記憶がある。それは1970年代後半のロンドンパンクである。
パンクロックと言われて皆さんは何を想像するだろうか。まずもってハードコアなロックを想像する人が大多数であると思う。次にセックスピストルズを連想する人が多いだろう。ここでイギー・ポップを想像された方は私と趣味が合うので、酒でも飲み交わしたいところだ。それはさておき、パンクロックというのは至極曖昧な分類である。結論を言えばハードでメタルなロックは特にパンクではない。パンクロックとは、超絶技巧に進化しすぎたロックに対する反骨として、若者たちが楽器を取って破壊的な演奏をしたことに始まる。パンクロックは常に若者と共にあった。その中でもロンドンパンクとセックスピストルズはパンクの代名詞的に語られる事が多い。そして、今回淫夢のムーブメントと対比して語るのも、ロンドンパンクであり、セックスピストルズである。
パンクロックの特徴の一つとして、演奏が適当で、歌も酷く、歌詞は過激、という部分がある。最早そこに芸術性などなく、ただ単調な破壊行為のみが残る。そういう音楽である。そして、ロンドンパンク全盛期(のみならずパンクの曲)の歌詞を聞けば分かるが、その内容は全方位爆撃という言葉に等しい。そしてそれが流行した背景には当時の社会情勢があった。1960年代以降のイギリスと言えば「英国病(もしくは"Sick man of Europe")」と呼ばれる長い停滞の時代にあった。特に1970年代後半は労組の賃上げ交渉のために社会機能が混乱に陥り、それが更に深刻な影響をイギリス全体に与えていた。
淫夢の流行の端緒となったのは「霊夢 so クッキー☆」であるとの持論を先程展開したが、それでも淫夢がアングラの文化である事に変わりは無かった。淫夢が一般的にも受け入れられるようになったのは2013年か2014年ごろの事である。2014年の冬には女子中高生の流行語として「微レ存」(“微粒子レベルで存在している”という内容の淫夢用語)が取り上げられているなど、ある程度社会に影響を及ぼす立場に淫夢というコンテンツが進展している事が分かる。
参考:「Ameba」が2014年「JCJK流行語ランキング」発表 流行語1位は「ダメよ~ダメダメ」、「かまちょ」「KS」など新しいJCJK語も上位に 流行っていたモノ・コト1位は「壁ドン」
https://www.cyberagent.co.jp/news/press/detail/id=9551&season=2014&category=ameba
さて、2010年から2014年の間に何があったかと言えば、2010年ごろから尖閣諸島の問題が表面化し、更にGDPでは日中の順位が逆転、対中関係は政治的にも国民感情的にも急激な悪化の一途を辿った。2011年には東日本大震災とそれに伴う原発事故が起こり、それ以来日本社会に大きな影を落とした。2011年から2012年に掛けては円高が続き、日本経済は大きな不況に陥った。そもそもバブル崩壊以後の日本経済は停滞を続け、災害リスク、政治不信など、社会情勢はとても良好とは言えなかった。要するに、日本は英国病と何ら変わらない状況に陥っていた。(もしくは今も陥っている。)
当たり前だが、人間はそういう状況で不満を溜め込むものである。淫夢はそういった不満の捌け口となる「パンク的」なコンテンツとして、この頃から急激に勢力を伸ばしていった。淫夢というコンテンツが「人を遠ざける」事を絶対の掟とするのは、この攻撃的な性質と表裏一体である。そして、今度は「攻撃する事」そのものが淫夢の価値として利用されるようになった。
ニコニコ動画に於ける淫夢というコンテンツの裏にはニコニコ動画の運営に対する反骨精神が常に見え隠れしている。例えば「ニコニコ本社爆破シリーズ」や「ニコファーレ」を淫夢動画で占領するなどといった行為にそれは顕著である。ニコニコ動画では卑猥な動画は削除されるようになっている。淫夢を題材にした動画もそういった理由で削除される事が多く、「ホモコースト」と呼称されている。ここでのニコニコ動画の運営はある意味既得権益層として扱われている。そして、淫夢というコンテンツに集った人間を抑制する「大人」として常に反骨の対象となっている。この構造はロンドンパンクでも同じだった。有名なセックスピストルズも契約を中途破棄した大手レコードレーベルのEMIに対して中傷を加えるような楽曲『EMI』を制作し発売している。
かつては純粋に同性愛者に対する侮蔑の意味から成り立っていたコンテンツも、近年では方向性が変わり、日本社会全体に対する皮肉や激しい中傷が込められたものとなっている。
ロンドンパンクは一瞬にして終焉を迎えた事で知られている。例えばセックスピストルズはアメリカツアー中に解散し、それからロンドンのパンクブームは急激に終息へと向かった。結局はバンドメンバーの喧嘩別れなのだが、一般的には「セックスピストルズが時代に果たした役割は終わっていたから」と解説される事が多い。これは何を示すのか。
淫夢に目を移してみよう。2010年頃、ニコニコ動画で淫夢が流行りだしたとき、流入してきたのは所謂「はぐれ者」のような人間だった。彼らは「人に理解されない」という事を自覚している。そこでそれを逆手に取って、「絶対に理解されないコンテンツ」で活動する事にしたのだ。淫夢が隆盛すると、淫夢という荒削りだったコンテンツにも多くの優秀なクリエイターが参入してきた。彼らもまた社会のはぐれ者だったが、その技術力によって淫夢というコンテンツはニコニコ動画の中で確実に育っていった。そしてすぐにも一般的な人間にも受け入れられるコンテンツへと淫夢は成長した。
近年のアニメ文化にも同じ現象が見られる。元々深夜帯のアニメは「はぐれ者」の為のコンテンツだった。しかし、深夜アニメのコンテンツとしての成長とともに、十分一般大衆に受け入れられるようになってきた。しかし一方でそれは“古参”のオタクと新たにアニメを視聴し始めた人間の間に溝を生む事になった。近頃では、社会的に弱者というよりは立場の強い者でもアニメを見るようになったので、そういった人間の行動がオタクの内輪で問題になる事も多くなってきた。(ラブライブに関する騒動など。)
淫夢でもこれと同じ事が、より急激なスピードで起こった。淫夢は大衆化が進み過ぎて、比較的容易に理解されるコンテンツとなってしまった。動画のコメントにも「掟」を破るようなものが出てくる。また、淫夢動画自体も攻撃する側からされる側へと変化していった。そうなると、過激な作品を作る意味もなくなっていく。淫夢に関連する動画を作っていたユーザーは更に先鋭化した動画へと転向するか、もしくは全く違うコンテンツに乗り換える事を余儀なくされた。もちろん、動画を作る人間が残されたユーザーに居なかった訳ではないが、理解しがたい価値感から生まれる笑いを作り上げる事は難しくなった。現在の淫夢では、無意味な誹謗中傷を繰り返すタイプのコンテンツと、「現場監督」などの更に理解しがたいコンテンツへと興味が進展している。一方でコアな視聴者層の流出も止まらず、最盛期にはニコニコランキングのその他カテゴリ10位以内を常に占拠していたが、今では半分にも満たないことが多くなった。
セックスピストルズの解散理由であるところの「役割が終わった」とは、言い換えれば過激な事をしても面白くなくなったということである。自分自身がメインストリームに近づいてしまった事により、メインストリームに対する攻撃を加える事が最早できなくなった時点で、ロンドンパンクや現在の淫夢というコンテンツが終焉や衰退へと向かう事は規定路線であったということである。
攻撃的で人間を遠ざけるようなコンテンツは何も淫夢だけではない。2ちゃんねるの「なんでも実況板J」発のコンテンツには類似した攻撃性、特殊性を持ったコンテンツが多く存在している。一つは野球選手を題材としたカッスレなどの誹謗中傷を行うコンテンツである。もう一つは聞いた人も多いと思うが唐澤貴洋弁護士に対する一連の誹謗中傷である。どちらも淫夢より更に先鋭的であり、社会に与える影響もコンテンツの規模に比して大きい。後者は特に爆破予告やGoogleMapの書き換え騒動などで、社会に対して影響を与え始めている。
そしていずれも淫夢のコンテンツに集っていた人間とユーザー層が被っているという事が重要である。そして、これから淫夢と同様に勃興していく可能性を秘めている。それはつまり、淫夢というコンテンツはもしかするとこれから起こる日本社会全体に対する反抗的なムーブメントの始まりに過ぎないかもしれないということだ。淫夢というコンテンツは「因縁を付けて他のコンテンツを占領する」という重要な特性を発現し、それが日本のアングラなインターネット文化に与えた影響は大きい。
パンクロックが「タブーを無視した過激な表現」という点で後の様々なコンテンツに影響を与えたように、もはや淫夢というコンテンツが日本の文化に与える影響は無視できないものとなっている。冒頭の記事で「ニコニコ動画を滅亡させるもの」として記述されていた淫夢は、果ては日本を一種の意味で「壊す」コンテンツとしての役割を担う可能性がある。淫夢はニコニコ動画であり、日本でもあるのだ。つまるところ、今起きている淫夢というコンテンツの拡散はこのコンテンツに特有の事象ではなく、もっと巨大な社会的情勢の要請から来るものであるという事だ。
では、我々は次に何をすべきか。社会を食い潰しながら、次々と勃興しては衰退する攻撃的なコンテンツを前に、それをどうするべきか。淫夢の風評被害を広める人間が悪い訳ではない。唐澤貴洋に殺害予告をする人間が悪い訳でもない。そしてパンクロックを演奏した人間が悪い訳でもなかった。彼らに対して批判を加える前に、彼らに対して何ができるのかを考えてみてほしい。
(このエントリは http://anond.hatelabo.jp/20160703171723 へのレスです)
2014年に元増田へのレスとしてこんなエントリーを書きました。
Re: 民主党支持者としての執行部のアベノミクス批判への愚痴 http://anond.hatelabo.jp/20141127162302
当時はコメントもらえなかったなー。
2014年の元エントリは「経済学的にみれば企業収益を良くするには失業率を下げるにはデフレ脱却が必要で、そのためには金融緩和しかない。だから安倍のやってることは正しいのに、民主党やマスコミや知識人がそんなことも理解できなくて残念」という内容だった。でも、2013年以降の経済成長の主因は金融緩和じゃなくて円安誘導政策だったよね。元増田が夢見るような、金融緩和→投資促進→市場創造というマクロ経済学的に美しい正帰還ループが廻ってたわけじゃない。なんでかといえば国内市場に底堅い実需がないから。だから今、外部環境要因で円高に振れたとたんに企業収益の悪化が確定してる(世界同時株安のなかでも、日本の株安は円高インパクトと国際市場の減速の両方が向かい風になってんだよね)。
さて、当時の金融緩和路線はさらに進んで、いまやマイナス金利政策まで飛び出したわけだけど、この一連のマネーサプライ促進は景気の好転にはほとんど資してこなかったと思う。おれも会社やってるけど、ほんと銀行が持ってくる長期金利はめちゃくちゃ下がった。メガバンクなんて一声で0.4%とか言ってくるからね。これって金利としちゃ事実上タダみたいなもんでさ、少しでも成長性がある国内市場が存在するなら、信用ある限り借り入れてそこに投資したほうが絶対得なわけ。でも実際そうなってないよね。理由は投資によって着実にリターンが得られるような潜在的ポテンシャルのある市場が国内から失われてるからだよ。だからダブついた投資余力の唯一の出口としてマンションとかの高額不動産を使った節税スキームにマネーが向かったわけだけど、これも実需を反映したものじゃなかったし、もうバブルははじけちゃった。
今回エントリでも「金融緩和の継続を」って言ってて、ということは元増田は金融緩和には景気回復効果が確かにあって、その効果は今も続いてるという認識みたいだけど、自分から見たら期待されたような効果は全くなかったよ(それ以前もマネーサプライは十分に潤沢だったんだから)。もし自分が経営者だったらと想像してみて、いま0.4とか0.5%の借入金利で資金調達して、確実に鞘取りできそうなビジネスを指折り挙げてみてよ。それがあなたから出てこないなら、他の人からも出ないよね。カネの使い道がなければ、金貸しがどんだけ気前いい金利オファーを出してきたところで、借りる意味はないんだよ。
その一方で、マイナス金利政策の煽りで、今期から金融機関の収益は確実に悪くなっていくだろうね。銀行の営業がみんな愚痴ってる。地銀や信金の統廃合も加速するだろうなー。