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2022-11-30

人と暮らすのはしんどおもろい*追記

結婚して一か月。

付き合ってるときは「まあ神経質な人だけど許容範囲だろう」と思っていたけど、住み始めたら想像以上に神経質でしんどい。まあ、自分がずぼらなんだろうけど…。

相手は今は閑散期らしく(逆に自分は出社マストの超繁忙期、今日は忙しすぎて折れそうだったので有休とってカフェ増田愚痴ってる)、在宅でたっぷり時間をかけて細かすぎる一個一個の動作完了しつつ、自分家事のやり方に対してしょうもない嫌味をタラタラ言うのでイライラする。あと水回りに関しては同じ人間とは思えないほど地獄のように汚すぎてその矛盾にもムカつく(どうせなら全部細かくきれいであれ~!)

自分相手一人暮らしが長く、自分のやり方が身につきすぎて頑固で相手に合わせることがこんなにしんどいとは思わなかった。若い時に結婚しろって、妊娠やすいとか体力のことばかり考えてたけど、まだ自我確立しておらずスポンジのような人間としてやわらかい時期に人と暮らし始めたほうが適応力が高いよってことなんだね。若いころは仕事に夢中で一生懸命すぎて知らなかった。

でもまあ自分がぶっ倒れたら「しばらくの間悪いけど生活ヨロ…」って頼める相手がいるのは少~しだけ心強い。自分実家と折り合いが悪く独身時代はずっと心からは頼れる相手がいなくて一人でカイジの綱渡りやってるような感覚(ああこれでメンタル壊れたら詰むなって感じ)から体育館の中の平均台の上を歩いてるぐらいまでにはなった。グラグラには変わりないけど。

自分もずぼらが少しは治って、相手も神経質が少しは緩んで、お互い丸くなったらいいな。

PS

書きなぐっただけの増田だけど見てくれてた人がいてありがとう

少しでものろけ書いたら増田だと手斧の集中砲火になると思ったから書くのやめたけど、楽しい部分ももちろんあるんだ

くたくたのしおしおで帰ってきたときやらなきゃいけない家事が半分なのはシンプルに助かるし、

二人で今やってるドラマごっこやったり、プロレス技掛け合ったり、掻けない所の背中を書いてもらったり、

意味からない寝言を聞いたり、今までまったく見なかったワールドカップ日本戦以外をみたりと発見やすらぎもあるよ

でも喧嘩ほやほやだからイライラする部分ももちろんある

うまく日常にしていきたいよ 結婚生活うまくやっている全人類尊敬する

2022-08-30

悲報はてなーカス親を意味不明擁護してしま

フォークリフトブランコに 8歳女児が死亡 群馬前橋TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/e82c5f92a7bcd74532d39d5b370fedc62487d40f

https://i.imgur.com/6umJh5U.jpg



このニュースで「子供と遊んであげてた優しい父親が起こしてしまった不幸な事故なんだ😭」ってブコメトップなの頭おかしすぎんか

そもそもリフトで上げた重量物の真下に入るとか禁止行為だと知ってる知らんとか以前に本能危険を感じて怖い

落ちてきたら死ぬものが固定もされずに頭の上にあるんだぞ

そんなところに入れる奴は頭の線が何本か切れてるとしか思えないし、自分の子供にやらせるとか純粋キチガイ行為

まだ事故に見せかけて子供を殺そうとしてましたって方が納得できるよ

例えば「マンションの高層階のベランダの柵の上で平均台遊びをさせてたら落ちて死にました」とかなら擁護はつかないだろうに

このニュース擁護論調が優勢なのマジで意味不明過ぎて怖い

逆張りのし過ぎで頭がおかしくなってしまったのか?

2022-05-01

20220501[アタック25]2022年5月1日60代大会2022-05-01結果

BSジャパネクストで日曜昼に放送

 

今日の答え ・01 [隠し絵][建物]エンパイアステートビル

・02 ちまき

・03 サッチャー

・04 デニール

・05 デイゴ

・06 [すべて]跳馬 ゆか 平均台 段違い平行棒

・07 北川景子 きたがわけいこ

・08 [択]海援(隊

・09 布袋寅泰 ほていともやす

10 [近似値]139

11 エナメル(質

12 愛媛(県

・13 [記憶]2(番

・14 キンパ

・15 白鵬

・16 まごい

17 [横浜市と]仙台(市

・18 金田一)一 きんだいち)はじめ

・19 [ご当地]有明(海

20 [ムッシュ]かまやつひろし

・21 承久(の変/乱

・22 ピグレット

23 12

24 あしたば

・25 『コーラスライン

・26 [ペア]3番と8番

・27 ほや

28 [AC]花とゆめ

・29 ティファニーで朝食を

・30 [3択]20 50(年

31 東野圭吾 ひがしのけいご

・32 [楽器]ビオラ

・33e 国土交通(省

・xx [あるとしの名前]長久手

2021-07-03

ヒプマイを見ようと思ったけど無理過ぎたので1話切りして「体操ザムライ」というのを見る。

これは見れそう。

リアルスポーツ(競技)に全く興味は無いが、アニメで見ると面白い

スポーツもの面白いよなー。漫画でもアニメでも。

なんでリアルは見る気にならんのだろう。スポーツニュースを見るのすら鬱陶しい。

運動なんて一人でその辺とぼとぼ走ったり家で自重筋トレしたりチャリ漕いだり踏み台昇降上り下りしたりで十分だ。

競う必要性を全く感じないし、人に教わったりするのも嫌

(大抵教えるの下手だから巧く出来なくて、その運動に対してマイナスイメージが付いてしまう。というか「出来ない」ことが人生に於ける瑕疵となる)

体育なんてもんは「生涯体を柔軟に動かし続ける習慣を付けさせる(それも自分が出来る範囲で。強制的に1.5km走らせるとか無し!)」でいいと思うんだわ。

球技?遊びとしてならやってもいいわ。水泳?溺れない程度に好きな泳法で適当にやってくれ。100mとか泳がすな。ましてやタイムとか測るなクソが。

鉄棒?床運動?跳び箱?平均台?馬鹿じゃねーか。怪我したらどうしてくれるんだ。そんな運動必要な場面がねえよ。バランス感覚ってんなら体幹でも鍛えた方がマシ。

兎に角そんなもんを無理強いするんじゃあねえよ。

やりたい奴だけやればいい。そしてこちらはその競い合いを見ることはない。

そんな風に思っているけれども二次元スポーツものは良い。

このアニメ不思議な始まり方だけど期待出来そう。

あと、OP面白い上海ハニー久しぶりに聴いた。

3話のなんちゃってDANGER ZONEも笑った。

2021-06-28

自転車安全車道走行することは可能か?確かめてみた

道路交通法において、自転車車両であるから車道を通行しなければならないとされつつ、路側帯歩道の通行を条件付きで許可されている。

路側帯を通行できる条件は、歩行者の通行を著しく妨げないとき(第十七条の二)。つまり空いてる時はだいたい無条件にOK

歩道を通行できる条件は、①標識で認められている時②幼児児童などが運転者の時③車道の状況に照らして安全を確保するためには歩道通行がやむを得ない時(第六十三条の四)。

いずれも、安全な速度と方法での運転義務となっている(当たり前だ)。

ここで今、話題にしたいのが「車道が危なくてとても安全には通行できねーよ!」って時には歩道通行が法的に許されているという点だ。

ブクマカ諸氏などは杓子定規に、「自転車車道!」と切って捨てているところもよく見るが、この点についてよく考慮のうえだろうか。

まりその車道安全に走れること確認して言っているのだろうか。

言ってばかりでは頭でっかちになるので、ここしばらく実際に車道自転車で走って確かめた。

ごく一般的自転車で、もちろん安全運転だ。

結論から言うと、安全に走れる車道などほとんどなく、その帰結として多くの歩道は法的に通行できることがわかった。

国道

車の速度がやばい。走っている自分からそれほど遠くない位置を、60キロとかでビュンビュン抜けてくる。

何度かは普通に命の危険を感じたし、この実践を始めたことを後悔した。

特にトラックはおそろしい。高速移動する巨体との至近距離での並走。小石とかにつまづいてブレたら死ぬよね、これ。

普通に安全運転してて命の危機を感じる状況を「歩道通行せずに安全を確保できる」と言えるだろうか?いや言えない。

県道とかそれくらいの道

国道ほどじゃないがやっぱり車はビュンビュン飛ばすね。

でも一車線だからか、国道より道幅に余裕がある気がした。自転車レーンもしばしばあり。

しかしここで問題となるのが路駐

路駐車がいると途端に車道安全度は下がる。

述べたように走行車の速度は十分あるので、車道側に完全にはみ出るように回避する勇気は出しづらい。

(一度だけがんばって車道側に避けてみたが走行車が全く配慮してくれずめっちゃエンジン音吹かされた)

となると一時的歩道に入るしかない。

車道側に避けたら轢かれる危険性がある状況で歩道に上がるのは安全の確保のための通行と言えるだろう。

なお、この時段差等があったりしてすぐに歩道に上がれるとは限らないので、前々から上がっておかなければ積む羽目になる。

都市民度によっては、路駐の間隔が狭くて結局ずっと歩道を行くこともある。

市道とかそれくらいの道

ここも基本的車道通行できるとしばらくは感じたが、やはり路駐があるのと、あと交差点前のムーブやばい

小さめの普通自動車に、信号差しかるというところでグイッと左側に寄ってこられた。

しかもそんな場所に限って左はガードレール。避け場がない。

心臓がドキッとしたよ。ブレーキかけなかったら轢かれたんじゃないかと思う。

大きい道と比べるとこの辺りの小さい道はそもそも幅が狭く、車と併走する自体がなかなか安全とは言い難い。

自転車レーンがあっても、曲芸師かと言いたくなるような平均台みたいな幅で、意味をなしていない。

そんなわけで小さい道でもやはり安全確保のために歩道に上がる理由はある。

もっと小さい道

そもそも歩道がない。

歩道がない場合は、歩行者路側帯自転車路側帯通行。上述の通り著しく歩行者妨害しなければ無条件で通行が許される。

歩道がある場合は、それに幅をとられて車道が狭い場合が多い。車と併走できる幅がなければ、歩道に上がらざるを得ない。

だが稀に歩道があって車道も広くて、路駐も少ない夢のような道がある。このような場合車道安全だ。

安全確保のために歩道通行が必要とは言えないため、法にしたがってここだけは粛々と車道を通行せねばなるまい。

2021-06-22

幼少期の呪い

小さい頃からずっと運動が苦手であった。

記憶がある限りもっとも古い記憶幼稚園まで遡る。幼稚園から苦手だったので、きっとこれは持って生まれ性質だろう。

バブル経済崩壊するかしないかぐらいの頃に生まれ幼稚園児の頃からヨッシーのクッキー』で製菓業を営み、日々の『おかあさんといっしょ』と『カクレンジャー』を生き甲斐としてきたもの運動が苦手だった幼稚園の頃の自分は、その頃から体操教室やら何やらに通わされていた。

理由としては幼稚園に入って早速いじめに遭って陰キャ+ADHD+オタク君の片鱗を見せていたこともあるが、一番の要因は小学校受験を見据えていたことだ。

小学校受験では学校によっては体操もあるからだろうか、幼稚園の頃からマット運動鉄棒や跳び箱やらをやらされていたし、小学校に上がってからは従来の体操教室に併せ更にスイミングスクール、高学年になれば更にアイスホッケー日曜日になればいつも父親キャッチボールに誘われ、近所の校庭開放されている区立の小学校へしぶしぶついていき、キャッチボールさせられていた。

とにかく、親は、とにかく子供の将来を願い、その家の経済的、立地的な『太さ』を100%活かして子供への投資を惜しまない親だった。

しかしながら、運動が苦手だった自分がそこに通うことでできなかったことができるようになるかというとそう甘くはいかず、マットは前転後転が精一杯、三点倒立だのブリッジだの側転だのは全くできなかった。多分今もできないと思う。走り回ればあらゆるところで頭をぶつけ尻もちをつき、跳び箱はもはや何段飛べたかなんて覚えていないが、とにかくある程度高さが出てくるとジャンプからいっきり頭をぶつけていた覚えしか無い。

まともに運動ができないどころか、口を開けばトンチンカンなことしか喋らず、他の子と違うことをしだしたり、体育館の隅っこに居た蟻を眺めてたり、当時からすでに「悪目立ち」してADHDの片鱗を見せていた。

そういう感じに「恥」となるようなことがあると、別室で見守っていた母親は帰りの車で常に自分を「みっともない」と怒っていたので、とにかくこの体操教室苦痛しかなかった。自分にとっては怒られに行くようなものだった。

ただ、この体操教室で最も苦痛だったことがある。

毎回後半になると、3,4人ぐらいで横並びでスタートし、体育館の中で走ってマットで前転したり側転したりした後に跳び箱を飛んだり、平均台を渡ったりしてゴールを目指す実践パートのようなものがあった。要は競争である

このパート自分は決まって最下位であった。

さて、このパート最下位の子供に対しては皆で応援を行う。

大抵、最下位の子は跳び箱やら平均台やらで詰まっている間に大差をつけられて取り残されているのだが、この時先生が主導して全員で応援する。

「頑張れチャチャチャっ!頑張れチャチャチャっ!頑張れチャチャチャっ!」という掛け声と拍手をするのだ。

これは先生側は全くそのような意図はしていなかっただろうが、自分にとってはこれが本当に苦痛だった。

この応援、常に

「お前は劣っている、劣っているか最下位だ」と言われているように聞こえたのだ。

それ故に、途中で泣き出してそのままリタイアすることもあった。周りは不思議に思っていた。(もちろん、それも悪目立ちして怒られた)

体操教室で毎回、

「お前は劣っている」という呪いをかけられていた自分は、将来あらゆることを諦めるようになった。

幼稚園や後の小学校では「どうせ取れない」とサッカーボールドッジボールを奪いに行く姿勢を一切見せなかったし、クラスから浮きたくないから無理やり参加している感が強かった。(とっくに浮いてたけど)

体操教室に対しても熱心に取り組もうとする姿勢は見えてこなくなり、できない中でも比較的マシだった水泳もそんな感じになた。小学校高学年のときにやってたアイスホッケー最初こそ好奇心真剣にやっていたが、練習試合になると「どうせパックの奪い合いにに勝てない」と考え、試合放棄してゴール裏で氷を引っ掻いて雪集めに興じるようになった。

当然、莫大な投資をしてきた親からしてみれば激怒し、失望するのは当然で、あらゆる習い事は終了し、中学受験を見据えたサピックスのみになった。

サピックスでは毎回算数の授業の頭で10分間のテストをするが、全く無気力白紙で提出、常に0点だった。

両親はそういった無気力さに対して親としての無力さを大いに嘆きながら、いつからか「みっともない」は「お金をドブに捨てた」という言葉に変わっていった。

そういうわけで、幼稚園で常にかけっこすれば最下位体操教室でも最下位、小中高で運動会やら体育祭やらで短距離走を走っても最下位マラソンで流石に最下位はなかったが後ろから数えて何番目だった自分は、常にその後も「最下位」という劣等感がついてまわってしまい、競争に参加することができなくなってしまった。

自分トップにはなれない、真ん中にもなれない。最下位であることを常に運命づけられている」と潜在的意識に刷り込まれしまった自分は、幼少期から今に至るまであらゆることを途中で投げ出すようになってしまった。大学は「卒業しないと死ぬ」と危機感を持っていたので、大学を出るだけはできたが。

同時に、莫大な投資をしてきた結果今の自分が出来上がってしまたことに対して、毎日のように両親に対して申し訳無さを感じる。若干リソースのかけかたを間違えていたんじゃないだろうかと思ってはいるし、自分幼稚園児や小学生だったら「親が悪い」と言えばなんとかなるが、流石に30近い今になって親のせいにするのはあまりに情けなさすぎる。

この間、あるネット対戦eスポーツ系の対戦ゲームを買った。

eスポーツ、楽しそうじゃん。そう思って気軽に買って始めてみたものの、当然不慣れ故にネット対戦最下位

いくらやっても最下位。前方と比べてダブルスコア最下位

徐々に、幼少期の記憶が掘り起こされてきて、ゲーム苦痛になってきてしまった。

そうだった、自分は人と争って勝てたことがないから、人と争うゲームが本当に苦痛だったんだった。

FPSでもレースゲームでも、自分最下位で大幅に負けていると、脳内で「頑張れチャチャチャっ!頑張れチャチャチャっ!」がフラッシュバックし、それに「お前は劣っている」と同時通訳されて耳に入ってくる。

ああ、そうか。勝つための努力必要だし、必ずしもそれでも勝てないのはわかっている、だがその勝つための努力自分経験則時間をかける効果が見込めないので、勝つための努力をする気が起きないんだった。

大した努力をせずに勝てる最弱設定のCPUこちらのルール一方的ボコボコにすることでしか楽しめないんだった。

そう考えながら、幼稚園児の頃の記憶を思い返しながら、自分今日試合を初っ端でリタイアした。

オンリーワンではなくナンバーワンになりたい。二番手や隙間産業ではなく、競り勝って一番になりたい。

何かの分野でナンバーワンになることはできるんだろうか。

きっといつまでも最下位なんだろう。

実際は最下位ではないことは多いが、それより何かで一番を取りたい。ゲームでも、仕事でも、なんでもいい。でもその努力苦痛だ。もう頑張れない。

幼少期の期待とその投資効率の悪さに今も苦しめられている。どうすりゃいいんだろうか。

2021-03-29

anond:20210329104513

平均台渡るときみたいに、

エア手すりしてるよ

地震とか、誰かの突撃があったとかあれば

手をしたにすれば(というか転んでいる最中に)手すり持てる

2020-09-21

anond:20200920164453

あやとりコマ回し、ビー玉、ゴムとび

あと鉄棒とか跳び箱とかマット運動とか平均台あたりも昭和小学生にとってまず楽しくあそべてさらに体力がつくから設置してあったもの

運良く体育科目採用してもらえたから生き残ってるけど令和の小学生にとっては意味のわからない苦行でしかないのでは

みんなリングフィットアドベンチャーとかぽけご散歩したほうがいいとおもいます

2020-08-28

非常に深刻な報告

本日起床時、ベッドから起き上がろうと布団を避けて、足をひょいとあげて腹筋の要領で上体を起こそうとした瞬間、体の中心部から枯れた枝をひねるような、割り箸をまとめて踏んづけたような、なんともいい難い音というか感触が響きました。

声も出ないほどの激痛が腰にあり、身体が動きません。正確に言えば動くのですが、身体を動かそうとすると、それが例えばスマホを取り出す程度の動きであれ、腰に響いて激痛がぶり返すので動けないのです。

ははは。これが世間でいうところのギックリってやつかしら。ほんとに動けないでやんの。ははは。

半分上体を起こしたギャグみたいなポーズで、彫像のように固まりながら、そんなことを考えていました。忍者の使う影縛りの術の原理は、意図的ぎっくり腰を誘発させることだと思います。笑いに逃避するしかないわたしを許してください。

30分ほど身体を静止したあと、息を詰めるようにトイレに行きました。優先度がクライマックスだったので。便器に座るのに5分とかかかるんですね。脂汗が出てくるのでびっくりです。

時間を掛けてベッドに戻り、あちこち電話をしてしばらくの休養をもぎ取りました。今は仰向けのトドのような体制でねています。この角度以外に身体をひねると痛いので。角度を変えることができないのです。

ベッドに寝てるのに平均台の上で横になってるようなスリルがあります。その一本線から外れることは腰の死を意味するからですね。

以上、増田諸賢に対する、本日の非常に深刻な報告を終えます

2020-05-20

[] #85-7「幻の10話」

≪ 前

世に跋扈するアニメの多くは、その製作の全てを一つの会社が行っているわけではない。

クレジットを見れば誰にだって分かる(俺は一度もマトモに見たことはないが)。

背景美術音楽、一部の作画エトセトラエトセトラ……

それらを専門のスタジオや、他業種の人間たちに依頼している。

声優だって他社の事務所からやってくるし、自社で仕事をしているスタッフさえ一時的契約している者が多い。

その内訳を見ると、実際にスタジオが携わった作業は半分以下ってこともある。

餅は餅屋というわけだ。

だが当然、餅屋だって暇じゃない。

餅を食いたがる人間が他にいるなら尚更である

美味しい餅を大量に作ってもらうには相応の人手がいるし、お金時間だって必要だ。

この時、ハテアニスジオはいずれも不足していた。

そのため製作は、ほぼ自社で行うしかない。

外注が当たり前の彼らにとって、それは未知数の試みだった。

暗雲立ち込める中、平均台の上を自転車で走り続ける必要がある。


まず求められたのは役職シンプルにさせることだった。

アニメ製作は、その気になれば細かく作業を分担させるが、それだけ人手もいる。

支障が起きないよう、ホウレンソウも徹底しなければならない。

そんなことを悠長にやって、作業を止める余裕なんて残っていなかった。

ならば兼任するしかない。

シューゴさん、チェックお願いします」

「そこに置いとけ。先に2話の絵コンテを終わらせたい。あとオレが描いた奴は出来てるから持ってけ」

「早いですね」

「急いでるだけじゃい」

特にシューゴさんの負担は凄まじかった。

演出作監ストーリー、音声。

監督が出来そうなことはほとんど一人でやり、少しでも手が空けば他のことまでやった。

“やれることはやろう”と言ったのは嘘ではなく、自らが体現し、主導で行ったんだ。

それを物理的に可能にするため、必要そうな工程まで削るなんてこともあった。

「そういえば、脚本はどこです?」

「ねえよ、そんなもん。ストーリー絵コンテの段階で考えるんだよ」

「ええ!? 脚本書かないんですか?」

原画マンあがりのオレに、そんなもん求めんな。それに脚本なんて書いてる時間はねえよ」

脚本もその内のひとつだった。

次 ≫

2020-03-23

鉄腕アトムブルマーと。

幼いころからブルマーが大好きで、それは一貫しており今でも変わっていない。

ただし、ブルマーを盗むような真似をしたことはなく、単純にお尻が好きらしい。ブルマー単体にはそこまで興味はない。お尻の部分に色がついていてふとももは素肌のまま、その色の対比に対するフェティシズムだ。

そうしたわけで、競泳水着レオタードも好きだし、パイロットスーツも色分けされていれば許容範囲だ。バニーガールかわいい

逆に、お腹の見えるビキニはそこまで好きではない。おっぱいとお尻を隠すだけの扇情的な姿よりも、上半身パーカー羽織ったビキニ姿のほうが興奮する。上半身をしっかりと覆いながらも下半身露出しているのが好きだ。だから上半身ジャージ下半身ブルマー、いわゆるジャーブルは最高だ。同じ理屈ミニスカートパンチラ防止のブルマーも素敵だ。もちろん、チアアンスコも好物だ。ショートパンツ女子もいい。ただ、なぜかストパンにはそこまで食指が動かない。白い下着は紺色のブルマーほど好きではないからだろう。臙脂や緑のブルマーかわいいが、紺色にはかなわない。でも、陸上女子レーシングショーツは、ブルマーに似ているからかへそ出しでも興奮する。腹筋もかっこいい。

それはさておき、これには何か原体験があるのだろうか。確かにYMCA体操教室で、優しいブルマー姿のお姉さんが、といっても自分は低学年で相手はせいぜい高学年くらいなのだけれど、よく構ってくれたから、そういう好印象があったのかもしれない。それに、跳び箱や鉄棒平均台やマット運動をするために並んでいると、必然的に後ろからブルマーを見ることになるから、それでお尻が大好きになったのではないか。あるいはプールの授業の女子スクール水着に何か思うところがあったのか。

そういう風に説明できれば、さぞわかりやすいことだろう。しかし、自分にはそれよりもさかのぼ記憶がある。鉄腕アトムだ。子供のころ、白黒時代アニメを紹介している番組で見たのが、アトムとのファーストコンタクトだ。

鉄腕アトム少年の姿をしているが、なぜかパンツ一丁で空を飛ぶ。その姿を、自分はなぜかかっこいいと思っていた。どうしてパンツ一丁がかっこいいと思ったのか、その理屈はわからない。でも、小学校に上る以前に青のパンツ一丁でポーズを決めてみたいという願望があった。持っていたパンツは白だけだったのに。今にして思えば、それは性器と直結する以前の性欲だったのかもしれない。おちんちんよりもお尻のほうがエッチだと思っていた覚えがあるのだが、これはフロイトのいう肛門期性欲なのだろうか。

やがてその原=性欲が対象少年から女性へと移し、ブルマーフェチに変わっていったのではないか。今でもレオタード競泳水着も、青や紺が一番かわいいと思っている。

それにしても、こういう風に自分の性欲というかフェティシズム起源を、はっきり覚えている増田はどれくらいいるんだろう?

2019-12-05

anond:20191205175614

逆上がりって腕力体重の兼ね合いでしかないじゃん

一時期流行ったルービックキューブみたいな知育玩具も廃れるのが自然なのに

なぜか逆上がりけが場所をとらないとかい理由で体育だけで更新されず生き残っちゃった感ある

筋トレストレッチバランス感覚平均台だけでいいんじゃないかなあ

2019-07-25

大人が使える雲梯、平均台、肋木があるところ

スポーツジムみたいなマシンがあるところじゃなくて、

体育館的なノリで使えるところないですか?

2019-07-16

出勤するときに通る公園鉄棒撤去しているところだった

子供怪我をするたびに外されていってるけど

もう平均台砂場しか残ってないよ

2019-06-27

anond:20190627164858

通勤通学路に平均台とか網とか吊るされたパンとか跳び箱とかあったら嫌だろ、少なくとも良くはないだろ。

2018-10-08

ワンダーウーマンを見たミソジニー男が思うポリコレシナリオ限界

無差別ポリコレ差し込みはクソだと強く思っている

ポスターやらVTuberとき性的目線がどうのこうのとギャーギャー言ってるのなんて馬鹿みたいだし

乳袋云々、恥ずかしげな表情が云々、そんなもん個人主観だろう

あれが不快これが不快と言い出したらキリがない


つい最近思い付きで鑑賞したワンダーウーマンはその思いをより強くさせてくれたので、

増田感想を放り投げておく


ざっくりとあらすじを説明すると、神が作った孤島(女しかいない楽園)で生まれ

アマゾネスプリンセス世界を救うために旅立ち、人間の男と出会い、愛に目覚めて悪を倒す話である


この作品レビューを眺めてみると、以下のような内容が大半になる

ガル・ガトットが美しい」「つまらん」

シナリオ王道的で~とか台詞が~だとかふんわりと褒めるものもあるが、少数派でしかない


何でこのようなことになっているのかを理解するための材料として、

劇中で判明したワンダーウーマン個性を挙げてみようと思う


勉強より武術の鍛錬が好き

結婚という概念を知らない

子供のでき方も知らない

 ※子供粘土からできると思っている。母もそう説明している

  自分ゼウスと母の間で作られた子供だと知るとショックを受けるシーンまである

・ただし数百の言語精通している

 ※複数シーンで言及されるし、それによって事態が打開される場面がある

・肉体的快楽論(全12巻)を読破しているので快楽については詳しい

・男は生殖必要だが快楽はいらないと言う

赤ちゃんかわいいと思う


一言で表すとしっちゃかめっちゃか

どの事実をどうつなげても整合性が取れない

彼女がどのような時の流れを生きていたにしても、

結婚や子作りの概念回避しつつ数百の言語習得できたのはどういったからくりなのだろう

生殖知識があるのにこどもの出来かたは知らないだと?


ワンダーウーマンカマトトぶっているという線は薄い

ロンドンについた彼女は剣を順手に持って街を歩く程度に世間知らずで、

作中で男に嘘をついて戸惑わせるような小悪魔的な素振りを見せることは決してないからだ


何とか理屈をつけようとするより、以下のように解釈した方が妥当だろう

少女性と女性性、母性を全て兼ね備えようとしたらこうなった」のだ


ポリコレ配慮八方美人を目指した結果、

全編通して平均台を歩いているようなせせこましいストーリーテリング上の綱引きが繰り返される


結婚を知らない(結婚に拘らない女アピール

子供のでき方を知らない(処女アピール

→肉体的快楽論を12巻(13巻ではない)読破している(女性快楽を求めること自体肯定しておく)

→男は生殖にいるが快楽はいらないと言い出す(ただし男に都合のいい女ではないアピール

→そんなことはないと反論されたら寝入ってかわす(めんどくさくない女アピール


狭い船の上で男と寝るという些細なイベントでここまで事細かな配慮必要なのだからもはや同情するしかない

こんな有様では本筋で大胆な話を展開するなど絶対に無理だろう


序盤で


ゼウス人間をつくる→アレス(今作のラスボス)がそそのかして人間が争いだす

ゼウスに作られたアマゾネスが愛で包んで解決アマゾネスが反乱を起こす

ゼウス達が加勢する→アレスを倒す→アレスの復活を予期してゼウスアマゾネスを島に保護神殺しの剣を渡す


という説明が為されるが、この時点ですでに意味不明

アマゾネスは誰に反乱を起こしたのか、まったく語られない

話の流れからすると人間が起こした争いの平定のためだけに生み出されたアマゾネス

ゼウスに」反逆するのならわかるが、ゼウスアマゾネスに加勢している、何故?


ここも無理に話のつじつまを求めず

ゼウス父性 アマゾネスフェミニスト

人間市井の人々 アレスマッチョ

と置き換えるとすんなり話が通る


強引だ、と思う向きもあるかもしれない

しかし、ワンダーウーマンでは本作における戦争の決戦兵器であるマスタードガスの開発者

顔に瑕のあるサイコパスの女科学者に置換されている

彼女貪欲に勝ちを求めるドイツ将軍に加担して毒ガスを作り出し、

謎の肉体強化ガスまで将軍提供していた

この女科学者も「名誉男性」のメタファーなんだと考えれば非常にわかやす


無辜の人々が死んだ根源である彼女を殺せ、とアレスワンダーウーマンに迫るが、

ワンダーウーマンは愛に目覚めていたので結局彼女を殺さなかった


ご丁寧なことに、一見ラスボスに見えたドイツ将軍は島の塔(意味深)に眠っていた

ゴッドキラー(剣)で貫かれて息絶えるが、アレスはその剣をあっさりと無力化した

女が握る仮初の「剣」では真の悪は倒せないのである

ワンダーウーマンヒーロー自己犠牲(愛)で己の力に目覚め、

最終的にアレス自らが放った真っ白い光を跳ね返して、アレスを倒す


フェミニズムに徹底するかと見せかけて、最終的に古来よりヒロインに受け継がれた

由緒正しいイヤボーンラスボスを倒して見せたワンダーウーマン

家事仕事の両立を迫られる現代女性の困難をそのまま示しているようにさえ見えた


要するに、ワンダーウーマン

旧来のかたくななフェミニズムから脱出して理解のある男と触れあい

愛に目覚めた新世フェミニスト少女性と女性性と母性を全部託されてマッチョから世界を救う話なんだろう



こんな馬鹿馬鹿しいことになったのはひとえにポリコレ価値観による要求のせいだとしか思えない


小難しい綱渡りを求められた挙句に「つまらん」で切って捨てられるのだから

本当にやっかいな世の中だ


少なくとも作劇においてポリコレ害悪しかない

ある程度の偏りを容認しなければ面白さはどんどん犠牲になる

名誉男性作の大量破壊兵器心中したヒーロー主人公に「父の形見時計」を渡したが、

超人であるワンダーウーマンと違い一般人

時計(おそらく作中の流れからするに世代を超えて受け継がれる揺るぎない信念のメタファーなんだろうが)と愛だけでは生きていけない


そろそろ、何にでも苦情を申し立てて暴れまわるポリコレモンスターから市民を守るヒーローが登場してもいいんじゃなかろうか

2018-02-09

金的で悶える男性欲情する

アラサー女性

これまで誰にも同感してもらえなかったけど、金的を食らって悶絶する男性欲情する。

ガールズトークでも理解されないし、旦那にも言ったことはない。けど、小さいこからずっと欲情していた。

ネット検索したら金的攻撃萌えるスレっていうのがあったけど同性愛男性向けだった。

そうじゃなくて女性男性金的萌えることはないのか、確認したい。

思えば小さいこからだった。

男子に「ここ蹴ってみ」と言われ、言われた通りに蹴ってみたら、男子は「おふう、あは、ふうっ」とうめきながら地面でのたうち回るのだ。

普段偉そうな男子のその姿に、軽蔑より疑問より、わたし欲情を覚えた。

アニメを見ていても男子キャラが股間を打って悶絶するシーンには常にムラムラしていた。

どんなに強いキャラでも、金的さえ打ってしまえばみんななりふりかまわず悶絶して呻き声をあげてプライドもかなぐり捨てて痛がっている。

そんなみじめな姿にわたしは笑いと同等以上の欲情を覚えていた。

体育の時間は楽しみだった。

鉄棒に玉を打ったり、ドッジボールで股間でボールキャッチしたり、跳び箱で股間を打ったり、水泳で間違えて男子のあそこを蹴り飛ばししまったり。

男子が悶絶する姿を見るのが楽しみだった。

いつも何かのアクシデントで股間を打つ男子がいるので、それを見るのが楽しみだった。

大縄跳びで股間を打つ男子綱引きで股間を挟まれたまま引っ張られる男子平均台から落ちて金的に直撃する男子、そしてそのたびに聞こえる苦悶悲鳴

「お〇ん〇ん打ったーーー!!」という叫び体育館に響き渡り、私の視線はすばやくその姿に向かった。

内股であそこを押さえて涙目になっている男子。いつもはあんなに偉そうなのに。体も大きくてクラスリーダー存在なのに。

あわれとも言うべきその姿に、私の目はくぎ付けになっていた。

体育の授業のたび、誰かしらの男子は股間を強打していた。その姿にひそかにから欲情していた。

学年が進むにつれてそういったアクシデントが減っていくのが残念で仕方なかった。

ネットが使えるようになってから世界金的動画を探した。

日本より海外の方が金的バリエーションリアクションも多かった。

しか日本男子の歯を食いしばって痛みに耐える反応も捨てがたいものがあった。

高校球児が股間に球を食らって苦しみながらもプレーを継続する姿なんて最高だ。

念を押すが私は金的攻撃は「やってくれ」と頼まれときしかしていない。

命にかかわる内臓であることは理解しているし、これから自主的金的攻撃はしないつもりだ。

しかしここで言いたいのは私は小さいこから金的萌え萌えて仕方がないのであり

まれてこの方同様の嗜好を持つ女性出会たことが無いということだ。

自分より体の大きな男性が、こんな小さな「股間」を打たれるだけでくの字に身をくねらせて、「ああ、おう、うう」と呻き声を漏らして

足元にのたうち回る。

こんなみっともない姿に欲情して仕方がないのだ。

同じような好みを持つ女性がいたらぜひコメントが欲しい。

あとおすすめ金的動画がありましたら教えてください。

2017-12-07

anond:20171207145023

その緩さは、ベンチャー破綻などでもなんとかなるという実経験必要で、普通のサラリマンはそのような経験をしていない。

いってみれば、サラリマンは平均台を落ちたことがなく、ひたすら歩きつづけているのである

自営族は平均台から落ちては登りしているのでただの平均台ではないかと思っているが、サラリマンにとっては、奈落の底に落ちることのように怖いのだ。

2016-05-13

幼稚園友達がなかなかできない

http://anond.hatelabo.jp/20141112152000

たぶんこのときの「某私立」に子供が受かって転園(from保育園)した。2年保育のみ。

そんな子供の保育中の様子を見る機会があった。


ひとりで遊んでいた。

入園したとき、もともと知っている子が一人だけいて最初はよくその子と一緒にいたけど、

の子は社交性が高くて、ほかの子にも積極的に声をかけて遊んでいる。


娘はなかなか声をかけられないタイプだ。

雲梯に座って、ほかの子たちがきゃいきゃいと遊んでいるところをぼんやりとみている。

雲梯につかまってぶらぶらしたり、横の平均台を渡ったり。

同じところで遊んでいる子はほかにもいるけど、その子達と会話する様子はない。


たくさんいるなかで、一人。


あの状況、よくわかる。声をかけようか、でもなんとなく声をかけられない。

一人でも遊べるけど、できればほかの子と一緒に遊びたい。

変なところが親に似てしまった。


本人も、「幼稚園友達いないの」という。

さて、どうしてあげたらいいのだろう。

自分で殻を破らないといけないと思うのだけど、親はどうやってそれをサポートしてあげたらいいだろう。

2015-09-11

はいかに天然の無邪気さを捨て邪気を身につけたか

http://sololife.jp/article/1141

これを読んで思ったこと、思い出したこと。

僕は完璧な無邪気さの記憶を持っている。僕が邪気を身につけたのは5歳くらいの頃。

それまでの僕は序列という概念を欠いていて、他者自分比較することを知らず、自分の位置づけを把握することも知らなかった。

しかしたら他者自分区別すら怪しいということになるだろうか。そういう無邪気の源泉、無垢さだったと思う。

当時の幼稚園ではウルトラマンごっこが流行していた。

おそらく大抵の場合では、5人子どもがいれば5人ともウルトラマンになりたがるもので、

それでは成立しないから誰かが怪獣役になるわけだけど、僕はそこに対して何の違和感を感じることな怪獣役をやっていたらしい。

怪獣役をやらされたとか、本当はウルトラマンになりたかったという記憶は全くないので、おそらく怪獣役が惨めであってウルトラマンが偉い等とは思わなかったんだろう。

きっと自分立ち位置を思う視点に欠いていて、ウルトラマンごっこをウルトラマンごっことして楽しんでいたんだと思う。

皆がやりたがらない怪獣役をやった(またはやらされた)僕という立ち位置を把握したのは、そこから数年後のこと。

幼稚園の途中で地方引っ越した時に皆が書いてくれた寄せ書きを読み返した時のことだ。

幼稚園児の汚い文字で「ウルトラマンごっこでかいじゆうになってくれてありがとう」と書かれていたものを読んでからだ。

これを読んだ時に初めて「そうか僕は怪獣役をやっていたんだっけか」と思った。

別な話。

同じ幼稚園運動会で、網をくぐって平均台の上を走るだけの障害競争に出た時の話。

最初の網の下で皆がモタモタと絡まっている中、僕は軽快に網をくぐってぶっちぎりの一位で平均台にさしかかった。

ふと振り返ると、一緒にくるはずの皆が来ない。

「止まっちゃダメ!はやくはやく!」などと観客の声は聞いた。しかし皆が来ないのになぜ僕だけが走り去らなきゃならないのかと思った。

競争意味をまったく理解しておらず、皆が来るのを待ち、次々と平均台の上を走る園児全員を見送って最後平均台を渡った。

ゴールにたどり着く順序がそんなに重大なものであるとはつゆとも思わなかった。

運動会の後、母親に「せっかく一番だったのにどうして止まっちゃったの?」と聞かれたが、何を聞かれているのかすら

全く理解が出来なかった。失策をしたらしいが、何が悪かったのか、その時は見当もつかなかった。

そのあたりの無垢さを失ったのは、地方引っ越した先で入った幼稚園でのこと。

方言のきつい地域だったせいで、まず同じ園児が何を言っているか半分くらいしか理解できなかった。

同じ言葉を話せないことで僕は明らかに異質な存在として浮いてしまった。

僕が話す言葉はいちいち面白がって笑われたりもした。

他者自分比較する視点を獲得した瞬間がたぶんこのあたり。

自分他人が違うことを思い知らされた。

たぶんからかわれたことも悲しかったのだけど、それよりも人と人には違いや優劣があって、しか

自分が劣っているということを認識したことで、僕は泣いた。

あの時なぜ泣いたか、今ならこうやって表現出来るのだけど、あの時は自分がなぜ泣いているのかも

良くわからず、その事が特にショックだった気がする。

僕の邪気の起源を思い返すことでこういう話にたどり着いた。

きっと邪気の源泉には他人との比較があるんだね。

他人との比較を知らないような、そんな無垢さを失うことは仕方のない事で、

大人になった今となっては無垢な部分など残っていてはむしろ邪魔であるとすら思う。

以下、飛躍したまとめ。

僕は他人の邪気をいたずらに刺激すること、そしてそこに無自覚でいることだけは避けたいと思っている。

そこに無邪気であってはいけないよね。そんな邪悪ことない。

2015-08-28

柳に雪折れなし

25年前のおれよ。お前はよく頑張った。

お前のその経験は、お前の心を豊かにして、お前を優しい大人に育ててくれた。あの時よくそこで踏みとどまった。他の誰も知らないことだけど、おれが一番良く知っている。

からおれが誰よりも褒めてやる。

お前はもう少しで一つの言葉出会う。

から一歩も家を出ず辞書を読むのが好きだったお前だからできたことだ。それが「柳に雪折れなし」という言葉だ。

この言葉が、世の中に負けまいとがむしゃらに理論武装してますます自分を追い込んでしまったお前を救ってくる。

流れに流されるでもなく流れを押し返すでもなく、受け入れて受け流す。柔軟なもののほうが剛直なものより耐える力があるということを知るんだ。

逆を返せば、剛直なものがいつ割れるかもわからない危うい存在であることも知る。いじめる側の人間も、実は弱い人間だということを知るんだ。

その後しばらくして、もう一つの言葉、「水は高きより低きに流れ」という言葉にも出会う。上善如水といったほうが馴染みがあるかもしれない。

物事は全て下へ下へと流れてくる。低きにいることは決して悪いことではないのだ。高くに上り詰めることに疑問をもっていたお前に、それが間違いではなかったことを気づかせてくれた言葉だ。

水はすごいぞ。

どんな姿にも形を変え、人の生活を豊かにする。その実、一度暴れ始めれば人の力ではどうすることもできないほどの力を持っている。

固く閉じこもる必要はない。そのことがむしろ自らを危うい存在に追い込んでいるとしたら、お前はもっといい加減でいいんだ。

それでもお前は、そのあともいやというほどの苦労をする。

あの頃のお前は選んでいるようで流される生き方をして後悔をしていた。良からぬ方向に知らず知らずのうちに進んでいたんだ。

でも心配するな。それがあったからこそ、お前は「中道」という言葉意味を正しく理解することができる。「中道」とは、何事も偏りがないことが理想だということだ。あの頃のお前は、生まれ環境が特異だったせいで、この言葉を信じ普通でいよう努力していたはずだ。

ところで、平均台の上を歩くことを想像してみてほしい。両の手を閉じて歩くのと、広げて歩くのとではどちらがバランスを取りやすいだろうか。

当然手を広げたほうがバランスは取りやすいのだ。つまりは、狭い見識や経験ではバランスよく歩くことは難しいということだ。

極端な考えや生き方は悪いものではない。極端だと感じたら戻ってくればいいのだ。そうして極端な考えや生き方をしたもののみが、両の手を広く広げるかのように安定したバランスを養うことができるのだ。

誰に遠慮する必要もない。お前はもっと大胆に、もっといい加減に生きていいんだ。

他人自分の都合に合わせて人を褒めてくるから気をつけろ。褒められなくても気にするな。褒められても喜ぶのはほどほどでいい。

まら衝動で人を傷つけてしまうだろう。それを許してもらえなくても気にするな。最善を尽くしたなら、あとは相手に事情があるんだ。

疲れたら休め。少しくらい逃げでもいい。それで力がたまったらまた頑張ればいい。

そうして頑張ったなら他でもないおれが褒めてやる。

大丈夫だ。諦めずに探していればいつか必ず見つけられる。

努力全てが実るとは限らないが、今のおれは少なくともお前の努力の結果でここに立っている。

心配するな。あの時のお前は今のおれにこれほどまでに愛されている。

2014-01-31

「要は何でもバランスだろ」って言う奴いるけど

どこに平均台があるのか見えねーんだよ

そう言うと必ず言われるのが「見えないお前の目が悪い」って

クソみたいな人生という暗闇で生きてきたか視力が発達してないんですわ

まり死ねってことか

2013-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20130522100414

地面の上で平均台メートルをなんなく渡れる奴がいるとする。

それが簡単なら同じ事ですね、と地上15メートルのところを渡した平均台、君は渡れるか?

何かあったとき訴訟リスクってそういうことだぞ。

 
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