はてなキーワード: 修士号とは
本当は研究者になりたい.色々と理由をつけて目的からずれているだけなんじゃないかと思う.
生い立ちを書くと地方私大にかよってコンピュータサイエンスを専攻して卒論では自然言語処理で書いた.一応努力賞には表彰された.
元々大学院に進学するつもりで,二つの院を受けて二つの院とも落ちた.
それでも諦められずに今年大学院を受けて受かった.
それなのに入学金と授業料(授業料はバイトして稼ぐつもり)を親に借りるのが申し訳なくて就活して就職するつもりだ,ったのだが
今更になってやはり大学院にいってちゃんと基礎を学んで研究して,ちゃんとした論文を書けるようになりたいという思いが強くなった.
研究者になりたい,研究者になりたい,研究者になりたい.僕にはそれしか無いのだと思う.恋愛にも興味は無いし研究しか生きがいは無い.
奨学金を借りて,入学金の10万だけ親に借りて行くのが正解だろう.バイトしながら行けとか厳しいコメントでもいいので背中を押して欲しい.
修士号をとって博士号をとって機械学習,統計学の理論的な研究をしたい.数学も死ぬ気でやるつもりだ.
就活なんてしてる場合じゃなくてバイトして少しでも大学院のお金を稼ぐべきなのかも知れない.
キャリアも大変な事は分かってるでもそれでも挑戦したい.朝起きても寝ても研究したいということしかない.
企業に入りながらと考えたけどやはりそれは違うと思った.いま合格しているのに挑戦しないのは単なるバカなんじゃないかと.
どうか厳しいコメントを待っている.
M三年目。
修論が書けない。今年に入ってからはもう頭どころか指も足も動かない。
仕事はしている。運良く研究してたことを仕事にできた。分野のことは大好きだと思う。なのに研究ができてない。
それでも、この2年という時間とお金、先生方の厚意が勿体なくて申し訳なくて、何でもいいから修士号をとらなくちゃといやいや通ってたら、ついに胃からぶっ壊れた。
電車で倒れたりもした。
戻すわ寝られないわ、勝手に涙が出てくるわ。
みんなは書けるんだもんな。すごいな。
母にもう無理ですって言ってみた。
そしたら、逃げるんじゃんって。
お母さんははじめたこと途中で辞めたことないから、あんたの気持ちが分からないって。
(あんた結婚生活は二度も破綻させておいて、二人いる娘のうちひとりだけを連れて再婚しておいて、よく言うよなと思った)
お願いだからってなんだ。
なんのお願いだ。殉死か。
奨学金借りて、これ返していくのも、こんな適当な履歴を背負って生きていくのも、ぜんぶ私なんだけども。
私があきらめようとしている私を、あきらめてくれない人がいる。
だけどもう私の幸せはあきらめてほしい。
出来損なっちゃってごめんね。
別に産んでくれなくてもよかったのに。
なんでここまで来ちゃったかな。
間違えたな。
でも2年間、悪いばっかじゃなかったしな。
単純に勿体ないよな。私もそう思う。
先生ごめんなさい。
頭冷やそう。
2017/06/26
2016年12月20日、日本のテレビ東京系のテレビ番組「開運!なんでも探偵団」で「衝撃的なニュース」が報じられた。番組始まって以来最大の発見として、世界で4個目となる中国宋時代の陶器「曜変天目茶碗」が発見されたというのだ。番組の中で、日本の著名な美術鑑定家の中島誠之助氏は、「12~13世紀の中国南宋時代に福建省の建窯で焼かれた『曜変天目』に間違いない」と述べ、2500万円の価値があるとした。
「曜変天目茶碗」は中国の宋時代に作られ、その窯は建窯と呼ばれた(歴史的には建陽窯とも呼ばれる)。現在の福建省南平市建陽区水吉鎮にある。この茶碗は釉薬が焼成の過程で流れ落ちて厚く溜まり、一部は凝集して滴を作る。この滴の周囲で特殊な窯変反応が起き、七色に輝く光彩を生じる。その輝きはまるで夢幻かあるいは変化する気象のようで、色鮮やかな霞をまとっており、神秘の小宇宙に輝く星空のようだ。この種の茶碗が焼けるのは極めてまれな偶然によるもので、一説には窯変過程でこのような効果が生じるのは数百万個に一個ほどと言われる。現在世界に存在する完全な「曜変天目茶碗」はわずか3個で、東京の静嘉堂文庫、京都の大徳寺龍光院、大阪の藤田美術館が所蔵し、すべて日本の「国宝」に指定されている。中国には現在「曜変天目茶碗」の陶片が1点あるのみだ。
天目茶碗は宋代に制作され、その生産は元時代の初期まで続いたが、以後は二度と作られていない。中国では明や清の時代に曜変の再現が試みられたが成功しなかった。日本では江戸時代から再現が試みられており、美濃や瀬戸で「白天目」などは生産されたものの、「曜変天目茶碗」の再現には至らなかった。1974年、日本の化学者安藤堅は48歳で、それまで定収入が得られていた仕事を辞め、高級住宅も売却して「曜変天目茶碗」を再現するための研究を始めた。彼は貧困の中で困難な研究を続け、ついに1977年に古代の「曜変天目茶碗」に似た最初の作品を焼くことに成功した。安藤に続いて、日本の陶芸家の林恭助、桶谷寧、長江惣吉や中国の人間国宝(国家級非物質文化遺産建窯代表性伝承人)である孫建興らが曜変に似た作品を作っている。
番組の放送後、徳島県教育委員会はこの茶碗を県文化財に指定するための調査を計画した。
しかしここで、日本の陶芸家や専門の研究者から「曜変天目茶碗である」という番組の鑑定に対して疑問が投げかけられた。愛知県で古くからの窯が多い瀬戸市に住む陶芸家の長江惣吉氏は家業の陶工を継ぐ9代目で、父親の曜変天目研究を継承している。彼は父の業績を引き継ぎ、「曜変天目茶碗」の再現に一定の成功を収めた。1996年以来、中国を28回も訪れて建窯の研究を行っている。中国では中国科学院上海珪酸塩研究所と連携して陶磁器の国際研究会にも参加し、中国の陶磁専門家に友人も多い。中国古陶磁の再現についても意見交換を行っている。その長江氏が番組に異議を唱えたのだ。彼はインターネットで、福建省周辺で作られた「曜変天目茶碗」の複製品を購入し、これが番組の認定した「曜変天目」と出所が同じだと考えている。
「この茶碗には顔料(スピネル顔料)が使われています。この顔料はヨーロッパで18世紀に発明されたもので、曜変天目が作られた宋代(12~13世紀)には存在しません。ですから、こういった顔料が宋代の茶碗に使われることはありえません。この顔料の主な成分は、化学的に製造されたコバルト、クロム、セレン、カドミウムです。これらの元素が多く含まれていれば、例の茶碗を分析すれば各々の顔料部分からこれらを検出できるはずです。これらの元素は完全に天然原料から作られた当時の建盞には全く含まれません。仮にこれらの元素が天然原料に不純物として含まれていたとしても、その量は 0.01% 程度にしかなりません」
「曜変の光彩はオパールのように、見る角度が変わると光彩も変化します。非常に美しく、人を魅了するものです」
「いわゆる「曜変」という言葉の意味は、輝きが変化するということです。(長江氏がネットで購入した茶碗を示しながら)しかしこの茶碗は、単に青・緑・赤の顔料が発色しているだけです。この種の茶碗の場合、釉薬の成分(リン酸)の関係で、顔料釉と白濁釉にわずかな光彩が出るのみです。曜変の明るい光彩とは比べ物になりません。私がネットで買った茶碗を番組の茶碗と比べると、赤色の内側部分がよりはっきりしていて白い部分はありませんが、これは顔料で描くときの方法の違いや白濁釉と顔料の濃淡の違いによるもので、実際のところはどちらも同じですよね?」
長江さんは後で筆者に述べた。
「あの茶碗は中国の福建ではどこでも見られる商品です。「曜変天目茶碗」に似ていると言う人もいるかもしれませんが、これは偽物として作られた物ではなくただの商品で、非常に安い値段で売られています。番組の中でテレビ東京はあの茶碗を宋代に作られた「曜変天目茶碗」だと説明しましたが、これは「鹿を指して馬だと言う」ようなものでしかありません。」
中国陶磁史と中国陶磁考古学の分野で世界的な影響を持つ権威である沖縄県立芸術大学教授の森達也氏も、筆者の取材に対してこう述べた。
筆者がその理由を尋ねると、森達也氏は以下のように述べた。
「1. 日本国内には3個の「曜変天目茶碗」があります。私は杭州で出土した「曜変天目茶碗」の破片も手に取って見たことがあります。「曜変天目茶碗」の外側にはテレビ東京の番組の茶碗のようなはっきりした模様はありません。
2. テレビ東京の番組の茶碗に見られる模様は雲のようですが、これは曜変天目の模様とは全く異なります。本物の「曜変天目茶碗」の模様は白くて丸い斑紋で、その周囲には虹のような色鮮やかな光芒が出ています。
3. テレビ東京の番組で鑑定された「曜変天目茶碗」には、茶碗の底に「供御」という二文字があります。確かに建窯の窯跡では「供御」と書かれた陶片が見つかっていますが、割れていない完全な陶磁器でこの二文字が刻まれたものは世界中で一つも見つかっていません。模倣品でこの二文字を刻んだものは数多く存在します。テレビ東京の茶碗は本物の「曜変天目茶碗」とは全く異なるものですが、最近中国で流行している模倣品とは非常によく似ています。」
「テレビ番組としては劇場的な効果さえあればよく、科学的な研究は要らないのです。あの茶碗が日本の3点の国宝と同じであるなどというのはナンセンスな話ですが、陶磁器科学の研究を行っている人々からすればこれは非常に残念なことです。」
この論争は中国にも広がっている。中華陶磁芸術設計大師の資格を持ち、国家級非物質文化遺産建窯代表性伝承人(日本の人間国宝に相当する)でもある建窯陶磁研究所所長の孫建興氏は、「曜変天目茶碗」を再現し建窯を再び曜変の産地とする事業に40年にわたって取り組んでいる。彼はこれまでに黒釉の天目茶碗や黄(赤・青・金・銀)などの兎毫盞、異毫盞、虹彩(金縷、白点)、鷓鴣斑、鐵銹斑、毫変、国宝油滴、金(銀、虹彩)油滴、黄天目、蓼冷汁、灰被、玳瑁、柿紅、虹彩、金(銀)彩文字、木葉、窯変、曜変天目などの一連の作品を作ってきた。彼が長江惣吉氏に送ったメールで、彼は述べている。
「これは曜変の偽物で、現代に焼かれたものです」
筆者も電話で孫氏と長時間話をした。彼は筆者にこのように述べた。
「テレビ東京で放送された茶碗はせいぜい数年前に作られたものです。」
新聞や雑誌で真贋論争が過熱した後、この「曜変天目茶碗」の所有者は茶碗を奈良大学文学部文化財学科教授の魚島純一氏に渡し、分析を依頼した。魚島教授は蛍光X線装置を用いて茶碗表面の色の部分を分析した。
魚島教授は物質に含まれている元素を検出できる蛍光X線分析装置で、茶碗表面の各色にX線を照射して元素の種類と量を測定した。その結果、アルミニウムなど10種類の元素を検出したが、化学顔料に使われる元素については発色に影響しないほどわずかな量しか検出されなかった。
魚島教授は述べている。
「X線分析の結果、表面のどの色の部分かによらず、検出成分はほぼ同じであった。このことから、茶碗に使われている釉薬は1種類であると考えられ、この分析結果からは茶碗が偽物であることは断定できない。」(《德島新聞》,2017年2月28日)
一方、長江氏は筆者に対して次のように述べた。
「魚島教授は、釉薬の発色に影響するだけの量が検出されなかったため、判断ができないと言っている。であれば、魚島氏は最低限どれだけの量が含まれていれば発色に影響するのかを具体的に言った上で、分析の結果その最低量を下回っていたことを示さなければならない。しかし、魚島教授のデータには下限値の数値も書かれていないし、彼が分析で得た数値も書かれていない。よって彼の判断には根拠がない。」
日本の複数のメディアの報道によれば、その後、茶碗の所有者から茶碗についての資料が提供されないため、徳島県は文化財指定のための調査を中止した。
私自身、「開運!なんでも鑑定団」は好きな番組だ。自分も中国の古陶磁を蒐集しており、骨董の鑑定について10年近く独学で学んでいる。浅学ながら陶磁器の本や文章なども執筆してきた。私は中島誠之助さんの陶磁器鑑定、特に日本の陶磁器鑑定については相当の経験をお持ちで深い造詣を有していると思っている。
だが、中島さんと彼の鑑定についてはともかく一般論として、一人の鑑定士の鑑定範囲が日本だけでなく海外をもカバーして、なおかつ正確であることを求められるというのは、鑑定士にとっては間違いなく一種の冒険と言ってよい。陶磁器は全世界に存在し、最古の陶器は数万年以上の歴史を持っている。一人の鑑定家が古今東西全てについて完全に判定できて一度も間違えないなどということが可能だろうか? 一度間違えればその後も間違いの危険は存在するのだ。
「荘子」で述べられているように、「吾が生や涯(かぎり)有り、而(しか)も知や涯無し。涯有るを以て涯無きに随(したが)うは、殆(あやう)きのみ」(我々の人生は有限である。しかし人間の知は無限だ。有言の身で無限のことを追い求めるのは危うい)なのだ。
このことは、最も権威ある陶磁器研究者であっても忘れてしまうことがある。例えば、1959年、国際的に知られた陶磁研究の専門家で日本陶磁研究の第一人者でもあり、当時日本の文部省の技官として文化財専門審査会委員を務めた小山富士夫氏が、「永仁の壺」と呼ばれた陶器を日本の重要文化財に指定するよう強く推薦したことがあった。これを受けて同年6月27日、文部省は「永仁の壺」を鎌倉時代の古瀬戸作品であるとして重要文化財に指定した。
その後、日本の有名な陶芸家であった加藤唐九郎が海外に渡航した際に、唐九郎の息子である加藤嶺男が「いわゆる「永仁の壺」は自分が作った」と述べた。唐九郎の帰国後、彼はメディアが大騒動になっているのを目の当たりにした。1960年9月23日、唐九郎は「永仁の壺」は1937年に自分が作ったものであることを認めた。(真の作者が誰であったのかについては異なる見解がある。)「永仁の壺」が本物である証拠は、古瀬戸の「松留窯」で発見された陶片が「永仁の壺」の胎釉と一致するという点にあったが、実は「松留窯」自体が加藤唐九郎による捏造で、陶片も彼が偽造したものだった。
このようにして、「永仁の壺」を含む重要文化財3点が指定取り消しとなり、小山富士夫は委員会を辞職した。ゆえに、賢明な鑑定家は誰であれ、古物の鑑定には、異議の申し立てが容易に行えるように、議論の余地を残しておかねばならないのだ。
私は中島氏の鑑定が間違っていたと言っているのではない。第一に、私はこの分野の専門家ではない。この件で私が真贋を判断するのは無意味だ。第二に、厳密にいえば、文物の鑑定とは考古学、歴史学、美学、自然科学にわたる総合的な学問である。全面的に、かつ正確に古代の文物の年代を特定・鑑定する厳密な科学的方法は存在しない。言い換えれば、こういった議論で100%の是非を決める結論を得るのは難しい。
筆者は言いたい:このような重大な鑑定では、もっと広く意見を求めるべきだったのではないか?
確かにテレビ番組では、科学研究の場合のように「この品物が疑わしい」と言うのは難しいことだ。しかし、結論を出すのが難しい文物、特に「鑑定団史上最大の発見」といった結論や、「現存4個目の中国宋代の陶器「曜変天目茶碗」」のような鑑定については、中国建窯の専門家と日本の権威ある専門家の意見を求めるべきではないだろうか。筆者はテレビ東京の番組担当者に、この論争についての意見を求めて何度も電話をかけ、メールを送った。しかしこの原稿を執筆している時点では、彼らからの返答はない。「週刊ポスト」の報道によれば、この件についてのテレビ東京の見解は以下の通りだ。「鑑定は番組独自の見解であり、お答えすることはございません」(《週刊ポスト》,2017年6月23日,146頁)
だが、もしもっと広く意見を集めることができたら、例えば中国で初めて建窯の陶磁器の再現に成功した前述の孫建興氏のような専門家の意見を求めてはどうだろうか? 彼の「曜変天目」に関する研究と実験は非常に深いものだ。彼は考古学、鑑定、科学実験の各方面に非常に造詣が深い。こういった人々の意見には重みがあると言えないだろうか。もしテレビ東京がこのような人々にもっと意見を求めるようにすれば、論争は減るのではないか?
もう一つの問題は、文物の鑑定に自然科学が介入するという話だ。実際、今のところ文物を科学的に鑑定する完璧な方法というのは存在しない。多くの人が挙げる放射性炭素年代測定法は、自然界に存在する炭素14という同位元素を使ってもともと生きていた動植物の年齢を決める放射年代測定法だ。動植物が生きている間は生物の新陳代謝によって生体内の炭素14の量は一定に保たれる。生物が死ぬと体内の炭素14は崩壊して減り続ける。だが磁器・陶器・青銅器などは無機物だ。しかも時代の古い文物の場合、炭素14年代測定では年代の上下の誤差が大きい。一方で、1000年から2000年前という比較的新しい歴史的文物の場合、基本的には炭素14鑑定は使えない。
また、熱ルミネッセンス法と呼ばれる鑑定方法もある。陶磁器が焼かれるときに500℃以上に加熱されると、外部から吸収した輻射エネルギーが放出される。その後、焼成から年月が経つと、年月の長さに応じた量の輻射エネルギーを再吸収していく。熱ルミネッセンス法の原理は、古陶磁の内部に蓄えられているこの輻射エネルギーの量を計ることで年代を測定するものだ。誤差範囲は一般的に±20%程度で、相対的には正確な方だ。
しかしこのような報道もある。
「数年前、北京の二つの有名な博物館がそれぞれ六朝時代の陶器を古物市場で20万元で購入したが、後にそれらがすべて贋作であることが判明した。これらの品は河南省の某博物館の下で作られたアンティーク工芸品であったが、なぜこれらが北京の潘家園旧貨市場に流れたのかは分かっていない。ある古物の専門家が古物市場を訪れ、そこで売られている品物を熱ルミネッセンス法で調べると、約1600年前という測定結果が出た。そこで誰もがそこの品物を買った。買われたことが知られると、同じような品物が古物市場にどんどん出現した。そこで国家文物局がすぐに公安部に通報した。公安部の担当者は、「墓が荒らされて大量の遺物が盗まれる事件が発生している」と説明した。警察が現地に到着すると、地元の住民が自宅で贋作を作る作業をしているのを発見したという。彼らは六朝時代の墳墓から盗掘したレンガを削って粉にしていた。この粉を贋作に使えば、熱ルミネッセンス法にかけても墳墓の中で長年溜め込んだ輻射を出すので贋作を判別できなくなる。また彼らは、こうして作った粉で六朝陶器を偽造するための特別な装置も使っていた。このようにして、熱ルミネッセンス法での検査は失敗してしまうのだ。」 (《鑒定家VS造假者》,新華網,2005年03月15日)
魚島教授が蛍光X線分析を用いた点に関して、森達也教授は私に述べた。
筆者は魚島教授にも、蛍光X線検査について質問を行った。彼は言う。
「私はあくまでも顔料部分の元素を調べる目的でこの装置を用いました。私が調査結果を発表した際に、茶碗が偽物であると考える人たちから非難を受けましたが、私は真贋鑑定をしたわけではありません。」
筆者:
―― それはつまり、あなたの検証結果は、この茶碗には18世紀以降の顔料は使われていない、ということですよね。
魚島教授:
「それは新聞がいい加減に書いていることです。私は18世紀以降云々といったことは言っていません。私はただ、現代のものと考えられるような種類の顔料は検出されなかった、と言っているだけです。」
筆者:
―― 言い換えれば、18世紀以降に発明された化学顔料は使われていなかった、ということですよね?
魚島教授:
「これらの顔料が使われているから茶碗は偽物なのだと主張する人々もいますが、私はただ、そのような顔料は検出されなかった、と言っているだけです。私は陶磁器鑑定の専門家ではありません。あの茶碗が偽物だと主張する人々は、化学顔料の元素が茶碗に含まれているはずだ、と言っています。私は単に、その元素があの茶碗に本当にあるかないかだけを調べたのです。どの時代に作られたものか、という調査をしたのではありません。ただ、あなた方が言っているような元素はありませんでした、と言っただけです。」
筆者は質問した。
―― 例えば、もちろんこれは(例の茶碗のことではなく)仮定の話ですが、誰か現代の人間が、今回指摘されたような元素を含む現代の化学顔料ではなく、昔の顔料を使って茶碗を作ったとしたら、あなたの検証方法では今回と同じような結果が出ますか?
魚島教授:
「その可能性はあります。」
しかしながら、中国では古代の陶磁器を偽造または模造する際に化学釉薬を使うことは多くない。中国の多くの地方には陶磁器の偽造工房があり、こうした工房の多くには専門技術を持った人間がいるわけではない。地元の農民が、数千年間にわたって埋まっていた陶土を掘り出し、古代の方法で焼いているのだ。匿名で語ってくれた、中国で著名な建窯の研究家や考古学者、鑑定家たちが筆者に述べたところでは、現在中国には建窯産品のコピー品工房が1600以上存在する。その多くは偽造品を作りたいわけではなく、単にアンティーク風の品や旅行土産を製造するのが目的だ。もちろん中には偽造品の製造を目的とする人々もいるが、偽造品の製造方法はどこにでもあるような手法だ。科学的な鑑定が困難になるように、古い器の底の部分だけを新しい器に接合したり、古い胎土に新しい釉薬を使ったり、古い胎土に古い釉薬を使ったり、その他いろいろな方法を使っている。
このことは、古物鑑定が文化や歴史年代、改竄や継承といった問題と関わっていることを示している。加えて社会的な影響や国際的な影響も大きい。今回の鑑定やテレビ東京の件は別にしても、日本の博物館や歴史研究部門では、中国の文物を鑑定する際に同じような問題に直面しているはずだ。それゆえ、重大な結論に至るような場合には、我々は注意深くなる必要があり、広く意見を求めるべきなのだ。
張石 略歴:
1985年、中国東北師範大学外国語言文学系研究所卒業、修士号を取得。1988年から1992年まで、中国社会科学院日本研究所助手研究員、 Permalink | 記事への反応(0) | 00:35
ITとは無関係な分野で修士号を取ったが、今は中堅SIerにいる。
私としてはIT業界で生きていくべく就職したのだが、私の存在が修士時代の共同研究先に知られていたのが運のツキであった。
共同研究先は弊社に研究の仕事を発注した。もちろん弊社に当該分野の研究ができるのは私しかいないので、私は名指しで指名された。弊社はそれを引き受けた。
研究に舞い戻ることになってしまった私は、日に日に心を病んでいった。
元々は研究が好きなはずだった。博士号を取ろうか悩んだくらいだ。でも弊社で研究するのはひたすらに苦痛だった。
毎日、地獄のような徒労感を味わっていた。私の時間はどぶに捨てられていると思った。研究の進展とかどうでもよかった。何もかもが私にとって無意味だった。
ある日、お客様が論文を書くということで、私は共著者に誘われた。共著者とかすごくどうでもよかったのだが、そのときお客様が言ったのは、
だった。
正直、何を言っているんだこいつは、と思った。
IT関係の論文ならまだしも、こんな分野の論文を履歴書に書けるわけがない。というか書いてもいいのかもしれないけど何らのメリットがない。だって私はSEだから。
これが私の不毛感の原因だった。
私は研究者じゃない。研究者としてのキャリアを積んでも何一つメリットがない。どんなに頑張っても何も報われない。何本論文が出たって、研究成果が認められたって、すごい研究者だと誉められたって、SEである私にとっては無価値。
いや無価値どころか弊害さえある。私はこの地獄から逃れるためにまもなく転職するのだけれど、転職活動中は職務経歴書に何も書けなくて苦労した。私が過ごした研究の日々は、我々の業界では空白に等しいのだ。
生粋の研究者である人にはそんなことはわからないのだろう。無邪気に「履歴書に書ける」と信じているくらいだから、あの研究の日々が私にとっても価値あるものだと疑いもしないのだろう。
研究者でない者が研究をするという状況がどれくらいの頻度で起こるのかわからないが、本人に研究者になるつもりがないのなら間違いなく不幸だ。
SIerに入ったことが不幸の始まりな気もしないでもないが、ともかく20代の貴重な時間を無駄にしてしまったので、次の会社では挽回したい。
ごめんなさい、ちょっと飲みに行ってて遅くなりました
論文にアクセスできなかったので、「猥褻ドメイン」っていう言葉の意味が良く分かってなかったっぽいです
前文の段階で、有害情報の確認できるドメインとして2ch、pixivのふたつだけが例として並べられていて、その後その選定理由について触れられているわけでもありません。それ以外は注釈にハピメくらい。「なぜそこでpixiv?」と読んでるこちらが面食らいました。
おれは正直、pixivの「猥褻」とされるコンテンツの事情に詳しくないので、推測にしかなってないんですが、2ch、pixivは、両方、「独自の文化」を持ってるところが着目されちゃったんじゃないかという気はします
(ご指摘の通りで、それにしてもイントロでちゃんと書けや、とは思いますが)
それについてですが、おれが書こうと思ったら、別の増田さんが、情報系の内情について詳しく書いてくれてました
http://anond.hatelabo.jp/20170527185728
要するに、今回出た論文というのは、情報系ではぶっちゃけ、まともな論文とは見られないものです
学生さんが、国内の研究会で揉まれたり学外の人脈に触れたりすることで成長するように、或いは、修士号取得に必要な業績を稼げるようにくらいの意図で出したもので、
安倍昭恵さんという方は、森永の創業者一族の方であるにもかかわらず、
専門学校卒である。(ずっとのちに社会人入学で大学院修士課程を修了して修士号を受けているが)
出身校である聖心女子学院高等学校からは聖心女子大学はもちろん、
当時と今とでは事情が異なる部分もあるかもしれないが、
あの家柄で、かつ大学が併設されている名門中学・高校に通いながら、
率直にいって、それほど出来がよろしくなかったことは想像に難くない。
一方の安倍晋三さんであるが、こちらはさすがに大学は出ているが、
成蹊大学である。成蹊大学といえば偏差値的に低いとは言えないものの、
父も祖父も東京帝大卒であることを考えると、「残念な子」と思われていたのではないかと。
知育以外の部分、戦前の臣民教育的なものに力を入れていることに対して、
なんとなくだけど、このあたりの、学問に対するコンプレックスのようなものが
飛躍しすぎた考え方だろうか。
大学によると思うが、ウチの場合は修論を提出した段階で、博士後期課程への進学と学位発行がほぼ決まる。逆に提出した段階での差し戻しを食らう場合は、修士論文撤回の憂き目となる。教授も出せるように指導するし、学生も間に合うようについて行かなくてはならない。とりあえず提出できたので問題がなければ、このまま無事に修了、進学となる。良かった。
よくある適当な私大の阿呆学部を卒業したので、司法試験を受けるでもないのに卒論は書かなかった。留年もかました典型的マジメ系クズな学部生時代の禊ぎをすませることができ、うれしく思っている。ウェーイでもDQNでもオタクでもなかったあの頃の残念さ、大学を卒業してからの放浪にも似た十年を、期せずして総決算する機会となって良かった。
文系修士・博士は無意味だと騒がれて久しいが、そんなことないと思う。そもそも社会的に無意味・無効な誤差として処理される人間にとって何かしら一つをやり遂げた記念が、社会的に認証されることは自信を得る機会になる。もともと無意味な人間には、意味のあるものだ。
幼少期から思春期、青年期にかけて自信を育む機会を生かせなかった人間には辛いことが多い。自信の無さが生活態度、言動に現われるし、結果、多少の理不尽なり違和感を周囲に与えて暮らすことになるからだ。その齟齬が対人関係の軋轢となる。
もちろん修士号をもらったところで、身に染みついた挙動の滑稽さ、可笑しさが拭えるわけではない。聖痕のように残るものだろう。それでも、何かをやり遂げたという実感が、ありふれて大したことではない修士論文の提出という事柄に込められていて、少しだけ自信を得ることができた。
4月からは博士課程に進む。同時に研究分野の珍しさと新しさもあり、ある企業が研究員として雇ってくれることにもなった。学振は落ちたけれど、博論を書きながら、研究員という願ってもない形だ。
もう若者ではない。朝、鏡をみると、残念なおっさんが寝ぼけてくたびれている。老いつつある両親に会った際、母に結婚について聞かれたが、それはあきらめている。でも、覗いてみたい世界があり、その世界に研究員という形で足をつっこんで暮らしていけるのだ。悪くない。
21世紀も後半になる頃には、僕はこの世界からログアウトしているだろう。それでも、自分が残した浅薄で僅かな研究や記録が、後継の偉大な天才と俊英たちのいくらかの踏み台になり、また諸俗凡人の皆さんに少しでも益するならば、それでいいじゃないかと思っている。百年後に一度、次の誰かが少しだけショートカットできるための一行を書く仕事、それが僕の務めだ。
修士論文を書くということは、最低限、その分野の歴史の全体が見えており、研究史の中で自分の立ち位置を把握した上で、浅彫りの僅かながらも確実な成果を置いていくことを意味する。そうすることで、今までぼんやりと見えていた世界がくっきりと鮮明に見えてくる。ザルだった視点が、精細さをもってくる。それが世界と他者と自己の精彩さに変わってくる。分野によるし一概にも言えないかもしれないが、僕はそういう経験をした。
修論を出し終えて、本当にやって良かったと思っている。
そんな言葉を信じて調べる。
読んでみると
ということで、例えば、今から海外に働きに出ても変わらないような気がする。
を全てお金でもらえるとしたら
だいたいこれくらい?
600万円 + 12ヵ月 x (住宅補助 10万円 + 健康保険料・厚生年金保険企業負担分 10万円 x 50%)/税率80% = 825万円
- 消え行く福利厚生「住宅手当」の相場はいくら?|【Tech総研】
すると、これからアメリカで働くとして、年棒77,389ドルもらえればイーブンということになるのだろうか。
ところが日本とアメリカでは、このくらいの層では5%ほど税関連の負担が大きいらしい。
そのレベルの給与をもらうには、だいたい修士号持ちで10~15年、博士号持ちで5~9年の経験が必要だとか
The Engineering Income and Salary Survey:12ページ
いいところを探してみるともっともらえることもありそうだけど
Compare Employers: Senior Mechanical Engineer at General Electric Co (GE) Salary | PayScale (Senior Engineerってどのくらいの経験なんだろう)
うーん…
理由は簡単に言ってしまえば自分の目指すキャリアパスとのミスマッチ。
おそらく人事部の書類にも、今頃そんな感じのことが書かれているんだと思う。
なぜ好き好んでそんな会社に入社して、短期間で退職するはめになったのかを書こうと思う。
入社する前は大学の情報系学部に通い、大学院まで進学して専門分野の研究にそれなりに熱意をもって取り組んでいた。
それもあって、同じ分野の研究を企業として行なっている同社に入社しようと考えた。
内定の前後にいくつかの職種のマッチングを行う機会はあり、自分の希望についてはしっかりと主張したつもりだったけれど、
入社して1週間後に告げられた自分の配属先は、山奥の工場でメインフレームを主とするシステムの開発・保守を行う関連会社への出向だった。
当然この決定に対して人事に不服を申し立てたけれど、返ってくる答えはあらかじめ用意してあったような定型文と、「みんな我慢しているからお前も我慢しろ」というお説教だけ。
もちろん、規模の大きい会社だし、全員が希望通りの職種につけるとは思っていたわけではない。
でも、曲がりなりにも現代のIT企業に入社したつもりなのに、20代そこそこの新卒社員が化石みたいなプラットフォームの世話を押し付けられるなんて想像だにしていなかったし、
綺羅びやかな会社説明の資料の中にそんな説明を見た覚えもなかった。
もちろん決定は全く覆らなかったのだけど、その後も思いつくだけの人脈を辿って色々な人に相談して助言を貰い、
せめて担当業務はオープンプラットフォームにしてほしいとか、COBOLは嫌だとか、ついでに可能であれば山奥の工場に押し込まれるのも勘弁してほしいとか、
できる限り主張をしつつ、しばらくの間実際に働いてみてから身の振り方を決めることにした。
それからしばらくの間新入社員研修をこなし(富士通に限らず、いわゆる日本的な大企業は研修期間がやたらに長い)、
そろそろ本格的に業務に携わりたいと思っていた矢先、上司に告げられた自分の担当業務はほかでもない、あの20万人月案件だった。
例によって守秘義務があるので詳しくは書けないのだけれど、業務を行うツールはもちろんMicrosoft Excel。
自分の仕事は言われたとおりにExcelシートに入力し、マクロを実行して成果物となるファイルを吐き出すことだった。
このマクロの挙動はとても怪しいものだったのだけれど、どうやら自分はこのマクロの修正はおろか、ソースを見ることもできない身分らしい。
SIの現場で日々行なわれている業務内容については詳しく知っているわけではなかったけれど、自分のやっていることが著しく非効率的であることだけははっきりとわかった。
そもそも、具体的な配属先については希望とズレがあったにせよ、少なくとも自分は開発職として入社したはずで、SI業務がやりたくてこの会社に来たわけではない。
とどめに「君はオープンプラットフォームでの開発には多少覚えがあるらしいけど、メインフレームではそんなものは役に立たないから。」なんて台詞が飛んできた。
確かに、Excelシートへの入力作業に情報学の修士号なんていらないし、キャッシュコヒーレンシの話なんてオタクの気持ち悪い自分語りみたいなものでしょうね。
結局これが引き金になって、転職を決意した。
しばらくの間働いてみてそれから考えるなんて、とんでもなく愚かなことだとようやく気付いた。
ただ、短い期間ではあるけども世話になった上司と、開発職の社員をSI業務に割り当てざるを得ない状況については自分も一定の理解を示しているつもりだったので、
多少なりとも会社への影響を軽減できればと思い、転職するつもりである旨を早い段階で上司に明かした。結果としてこれが大きな間違いだった。
転職の旨を伝えた週の金曜日、自席に上司から電話があり、「働く気がないならすぐに辞めてもらう」といった調子で一方的に退職日を設定された。
流石にこれは法的にも問題がある行為だと思い、すぐに折り返し電話をかけて抗議し、翌週時間をとって直接話すことになった。
翌週直接話してみると、上司はケロッとした顔で「なんだ、働く気がないわけじゃないんだ、勘違いしてた。じゃあ退職日はいつにする?」なんて聞いてきた。
自分が抗議しなかったらどうするつもりだったんだろう。
幸い、書類上は見栄えのいい学歴と、知人からの紹介と、"多少覚えのある"スキルのおかげで転職には全く困らなかった。
そろそろ就職活動が本格的に始まる頃だけど、今の就活生には是非とも就職先は慎重に選んで、貴重な若い時間を無駄にすることがないようにしてもらいたい。
http://anond.hatelabo.jp/20160123172824
博士号歓迎で独自技術を持っている会社なんて海外にはごろごろあるよね。国際機関とか大学とか除いても。給料八百万円(7万ドル弱)なんて低すぎると思う。
例1 エンジニアより:
MathWorks(Matlab作っている会社)物理モデリングシニアエンジニア
条件:
ー 非線形で相互に接続されたシステムの定常状態および動的状態のモデリングおよび計算技術の経験
ー 工学、数学、コンピュータサイエンスの修士号もしくは博士号取得
例2 SAS institute(分析ソフトウェア世界1位 SASを作っている会社)
http://reviews.greatplacetowork.com/sas
ワークライフセンターには、正社員のソーシャルワーカーが複数在籍しており、さまざまな教育やサービスを従業員とその家族に提供している。図書館を併設。子供の教育、大学、介護、離婚、シングルマザーなどの状況をサポートする社員相互のメンターのネットワークを提供。
フィットネススタジオには、50メートルプール、エアロビスタジオ、マシーン、バスケットコート、ランニングトラック、ソフトボール場、サッカー場を含む運動施設がある。年に1500のスポーツプログラムを提供。マッサージサロン、美容室、ネイルケア、スキンケア、ジュエリー修理、靴修理、その他のサービスを割引価格で提供
例3 研究者より:
Mathematica政策研究所 国際研究者(International Researcher)
条件:
ー 様々な状況で技術的な話を明快に説明するための、極めて優れた英語でのスピーキングおよびライティング能力
私はどちらかというとデータアナリストで、SIの本流から外れるけど、SI本流でもそれこそシリコンバレーとかに技術を持った会社はうじゃうじゃあるんじゃありそう。IBMの研究所とかでもよいだろうし。
研究内容に似ているところがあるからと私を質問攻めにするのはやめていただきたい
もうほんと話してて思わず「知らんがな」って言いながら相手の股間を蹴りそうになる
そんなことも分からないのかと
ちゃんと調べられてないだけ、理解できてないだけで他人をすぐに頼ろうとする人はすごく嫌
私だけじゃなく周囲の人に、あまつさえ後輩にすら質問しまくって、みんな迷惑そうにしてるのに気づかないかな、気づかねえだろうなあ
アドバイスもらったらもらったで聞いてなかったりするし
先生はこの人に根気強く付き合ってる(付き合わなきゃいけない)と思うとマジで尊敬する
他の同期が言ってた「自分の頑張りとあの人の頑張りが同じ修士号として認められるのは納得行かない」ってまさにそれ
「これができないと留年と言われた」って後輩には申し訳ないけど正直すりゃいいと思ってるよ
あと体臭がきついよ
橋下徹と桜井誠の約7分にわたる「意見交換」へと感想はさまざまあるが、どれもしっくりこない。
【言論の自由】「橋下vs桜井」意見交換会を見て[桜H26/10/22]https://www.youtube.com/watch?v=vu0fpCZikIk&list=UU_39VhpzPZyOVrXUeWv04Zg
まずは「論外」という反応から見ていく。
この動画で言ってることは結局「橋下は桜井誠の「在日特権」についての主張を聞かなかった」ということにまとめられる。そもそも問題となっているのは「ヘイトスピーチ」についてである。在日韓国人・朝鮮人を侮辱して、憎悪を煽る言動についての意見交換なのであって、「在日特権」について意見交換をする場ではなかったということを確認する必要がある。よって、私はこの種の意見を「論外」であると評価している。
てか、もともとチャンネル桜は、桜井誠を世に出したメディアでもあるんだから(途中で喧嘩別れにしたにせよ)、その辺をちゃんと清算すべきだよね。水島総氏は「ヘイトスピーチは情報謀略戦において不利に働く」と様々なところで、さかしらに言っているけれども、ようは「保守がみんな在特会みたく見えるようにつくられてしまうからやめろ」って言ってるだけである。水島氏のこうした発言はヘイトスピーチへの本質的批判には程遠い。「自分に不利になるからやめろ」と言ってるだけだから。
あと、「在特会とアンチ在特会を平等に規制する法律をつくらなければアンフェア」だと動画で述べているが、この点に関しても詭弁があることを述べ添えておく。問題となっているのは「ヘイトスピーチ」である。「ヘイトスピーチ」とは、特定の人種・国籍に対して差別を煽るような憎悪表現である。アンチ在特会にそのような発言は、明示的には存在しないはずだ。(アンチ在特会も「ヘイト」だ、という意見をよく聞くけれども、ヘイトスピーチについての基本的知識がないのだな、とそのたびに私は思っている)
中道左派に多い意見だと思う。おそらく国民の多くは、桜井氏の下品さに嫌悪感をもよおし、橋下氏の「公人」としての振る舞いに疑問点を抱いたことだろう。
橋下氏の発言には、たしかに同意できない部分がある。例えば「本当に政治的主張を行いたいなら選挙に出ろ」といった類のことだ。これは彼が昔から言ってたことだが意味不明。デモ活動は立派な政治的活動であり、直接に法整備を行うわけではないにせよ、国民意識を変えていくことで、ひいては国会にも影響を与えうるものであるから、立派な政治的活動である。こんなことは、グラムシのヘゲモニー論を引用するまでもなく常識で考えれば分かることだ。
こうした疑問点は様々あるにせよ、今回の橋下の綿密な行動に私は驚嘆した、というのが感想であった。橋下氏自身も述べていることではあるが、彼の行動はきわめて計画的であったとリアルタイムで見ていて感じた。彼はなかなか感情的には流されない人間であり、冷徹な人間性を見せる。そもそも桜井氏の今回の言動くらいで激昂して理性をなくしてしまう男ではない。「帰れ帰れ」という言葉もおそらくはじめから用意したものであっただろう。というのも、在特会が常々言っていた「朝鮮人は半島に帰れ」という言葉を模倣して、桜井氏個人に突きつけるという手法を橋下氏はとっているのだと私は理解しているからである。それから、より政治的に言えば、「ヘイトスピーチ」を行う人間を公人が思いっきり面罵した、という点も評価できる。ヘイトスピーチを行うものはこのように扱われても仕方がない、と世に流布した功績は大きい。
他方、桜井氏の行動について。彼の「激昂」も半分以上は作為的・演技的であっただろう。そもそも彼の「激昂」それ自体が演技的であるのだから、当然と言えば当然なのだから仕方あるまい(この点については「ネットと愛国」における西村修平と桜井誠の出会いについての記述を参照いただきたい)。しかし、彼の「激昂」は、残念ながら、その容姿・恰好からしても、多くの国民の賛同を得られるものではない。クレーマーそのものである。多くの国民は彼の言動に不愉快を覚えたことだろう。
桜井は自著がAmazonで一位になったことを喜んでいるが、それはあくまで一過性のものだと私は考えている。動物園にいるチンパンジーを見たがる好奇心以上のものではない。二三年の視点から見れば、この会談が自分に大きな打撃を与えるだろうことから目を背けているに過ぎない。
なお、こうした人物評にまどわされずに、あの場にいて、どちらかに組せねばならぬ、という当事者視点から見れば、100人中99人は橋下につくのではないかと思う。第三者的視点だけではなく、こうした当事者意識を持ってみることは様々なコンフリクトを見つめてみる上ではきわめて重要なことだろう。
したがって、「どっちもどっち論」に対して私は違和感を覚えている。
外山恒一はツイッターで「やっぱり私は桜井誠より橋下徹の方がはるかに嫌いだ。」と述べている。
https://twitter.com/toyamakoichi/status/524541443637919745
https://twitter.com/toyamakoichi/status/524558184594173954
https://twitter.com/toyamakoichi/status/524577760044277760
言葉数が少ないのでその真意は測りかねるが、外山氏らしい発言だと私は受け取った。外山氏は、世の中でヘイトスピーチに批判的になってきたのを見計うかのように、反ヘイトスピーチを大上段から罵る「パフォーマンス」をおこなう橋下氏の「したたかさ」に不愉快を覚えるのだろう。私は全力で同意をしたいと思った。それにしても、「橋下徹か、桜井誠か」という二者択一を迫られるような事案が出てくるとは、やはり悲しい出来事であるだろう。
法的にヘイトスピーチについて見てみたい。まだ日本にはヘイトスピーチを規制する法律はなく、日本国憲法第21条における「表現の自由」に抵触しないかどうかという慎重論も上がっている。しかしながら、これは国内法だけではなく国際法にも目を向ける必要がある。日本も批准している人種差別撤廃条約だ。この条約は、「京都朝鮮学校公園占用抗議事件」の民事訴訟においても注目されたことで記憶に新しい。京都地裁は「我が国の裁判所に対し、人種差別撤廃条約2条1項及び6条から、同条約の定めに適合する法の解釈適用が義務づけられる」と述べ、大阪高裁も支持している。司法によって国際法の直接適応を受けるのには、立法府のだらしなさを私は思う所である。同条約4条1項では「人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で除伐すべき犯罪であることを宣言すること」を締約国に求めている。しかしながら、日本は1996年に正式に批准してからもう20年近く経とうとしているのに、いまだに「表現の自由」を盾にして足踏みしているのは情けない。憲法98条2項に基づき、早く法整備を行うべきである。
日本国において日本人以上に「特権」をもっている人は存在しない、というのが私の意見である。もし日本人以上の特権を在日の人が持っているのだとすれば、具体的に教えていただきたい。
なお、私的には、むしろ「竹田特権」を告発したい。竹田恒泰のことである。彼は慶應大学で憲法学の講師をしていたというが、通常ではありえない「特権」がなければ、とても彼は講師になれる人間ではない。彼は修士号も持っていないし、学部時代に憲法学をおさめていたわけでもない。学術論文も一つもない。なぜそのような人間が大学で「憲法」の講師をすることができたのだろうか。これは「特権」以外の何ものでもないだろう。「特権」という言葉はこのように使うのである。
NHK だけでなく、他のマスコミも以前から音声関係の事案についてはここへコメントを求めることが多い。
自分も上の指摘を読んで気になって、調べてみると怪しい点がいくつも出てきたのでまとめておく。
ここの元所長である鈴木松美氏についての Wikipedia 記事を見てみると、無料サイト作成サービスを利用した新しい妙なサイトへリンクが貼ってある。どうも有限会社日本音響研究所を辞めた後で、似たような名称の「音響研究所」なるものを独り立ち上げたらしい。
そして Wikipedia「鈴木松美」の変更履歴とノートを見てみると、最近の、実に味わい深い編集合戦の様子が見られる。
まず Master jal と名乗るアカウントが、2013-08-21に「2012年9月日本音響研究所を退社。」と、何のソースもなしに書き込む。この後、IP 118.6.184.30 の人と Master jal がお互いの記述を削除したり書き換えるという編集合戦が始まる。
Master jal に「元日本音響研究所所長」「日本音響研究所を退社」という記述を書き込まれるたびに、前者を「現在音響研究所所長」と書き換えて、かつ後者の記述を削除する行為を続けていた IP 118.6.184.30 の人は、なんと自らが鈴木松美氏本人だとここで明言しているのだが、その本人がアダム・スミス大学の記事にあった「ディプロマミル」へのリンクと、「ミシガン州による、公式ディプロマ・ミルリスト」へのリンクを削除しているのが分かる。履歴を見れば丸分かりなのだが、アダム・スミス大学がディプロマミル(学位を金で買える実体のない大学)だと知られたくないのだろうか。
この2者に加え、もう1つ MasterOnken と名乗るアカウントも編集合戦に加わっているが、このアカウントは前述した鈴木松美氏の新サイトのアドレスを何のソースもなく連絡先として唐突に書き込んでおり、加えて編集内容から察するに IP 118.6.184.30 と同一人物(=鈴木松美氏本人)ではないかと思われる。他にも同様の指摘をしている方がいた。
Master jal の正体は分からなかったが、この Wikipedia 編集合戦は2013年の9月から10月にかけて繰り広げられ、一時は記事が保護対象になっていたようだ。
さらに Web を検索してみると、2000 年代の2ちゃんねる無線板で「ファントム」という荒らしがたびたび鈴木松美氏を一方的に糾弾していたことが分かった。松美氏のアマチュア無線の行為(真偽不明)の非難と、肩書にあるアダム・スミス大学はディプロマミルだという指摘をしていたが、いかんせんこの人物は糾弾コピペをマルチポストしまくって荒らし報告されていたようなので、信頼性はマイナスである。なお、Wikipedia の編集合戦はこの当時からあったようで、経歴に書き込まれるディプロマミルについての記述を頻繁に削除していた IP アカウントが見られる(例えばこれとか)。
ちなみに音声分析・声紋鑑定の分野では、元科警研副所長の鈴木隆雄という方がいるらしい。同じ鈴木姓なので鈴木松美氏と混同されがちだが、まったくの別人である。鈴木隆雄氏の Wikipedia や Webサイトを見る限り、こちらは実にそれなりの経歴をもち、まともなメンバーと一緒に活動しているようだ。隆雄氏の鑑定実績と、松美氏が過去に分析したという事件・事故のリストを見ると色々と被っているが、公的に鑑定をしていたのは隆雄氏らしい。松美氏の Wikipedia 記事の履歴を見ると、鈴木隆雄氏の名前が記述されたことも何度かあるようだが、なぜかその後すべて削除されていた。
なお、これとはまた別の鈴木姓の音声科学専門家で鈴木誠史という方もおり、こちらは元郵政省通信総合研究所(現・情報通信研究機構 )所長を務めた人物なので、混同に注意。
昔の詳しいことは不明だが、以下のような映像が残っているということは、松美氏にも事件・事故時の音声分析はそれなりにできていたの……かな。
――と思ったのだが、アキノ暗殺事件については Wikipedia のこの版やこの版を見ると、結局正式な証拠としては採用されなかったのだろうか? という疑問が浮かぶ。誰か詳しい人、教えて下さい。
不思議なのが、現在の日本音響研究所サイトを見ると、退任したとはいえ松美氏の名前がどこにもないこと。サイトで紹介している著書などは松美氏の著作なのだが、そこには著者である松美氏の名が出ていない。何かあったのだろうか。2013年にこういう怪情報が出ているが、真偽は不明。
ちなみに松美氏の息子で現所長の鈴木創氏の経歴は、旧サイトのスタッフ紹介ページで見ることができる。こちらには現サイトには書かれていないアダム・スミス大学の名前がばっちりと載っている。
Adam Smith University 理学研究科 修士課程
スタッフの吉田靖氏も、同じく旧サイトの紹介ページにある経歴にアダム・スミス大学の名前が。すでに修士号を持っているのならそれで十分な気もするが。
小保方さんはコネ採用だった、は本当か? に関する参考資料(一部重複)
【笹井氏の会見詳報(2)】「ほとんど若山氏の…小保方氏をリーダー抜擢した理由は…京大に詫び、仲直り」(4/4ページ) - MSN産経west
笹井氏「2012年12月中旬、小保方さんの研究リーダー採用の審査は、他の研究リーダーの選考と同様に人事委員会において、本人の研究プロジェクトの計画と現在の研究のプレゼンテーションをお聞きし、さらに、委員が詳細な議論を行い、研究の独創性、挑戦性、研究の準備状況を中心に評価しました。これまでの小保方さんの指導者からの評価も参考にしました。通常の手続きと同様で一切偏りがなかったと考えています。私を始め多くの人事委員は、本人と会い、話をしたのは採用面接が初めてです」
【笹井氏の会見詳報(2)】「ほとんど若山氏の…小保方氏をリーダー抜擢した理由は…京大に詫び、仲直り」(2/4ページ) - MSN産経west
「具体的な参加時期は、2012年12月中旬の小保方ユニットリーダー選考面接のときに始まりました。この採用を決定した際に、それまでに小保方さんと、若山さんがまとめられた論文原稿について、研究の内容や発見の重要さに比して、論文原稿の文章の完成度が十分ではなく、単にデータの追加をしても採択されるのは難しいだろうという意見が、人事委員会でも出されました。そのため、竹市(雅俊)センター長が、この論文原稿についてネイチャー誌への投稿経験などが多い私が、若山さんと小保方さんの論文作成に協力するよう依頼を受けました。このSTAP現象という新しい原理はそのとき初めて聞きましたが、国際誌に発表するだけの科学的価値の大変高いものと認識し、私は協力を受けることにしました」
「具体的には2012年12月下旬より、論文原稿の書き直しの協力を開始し、約2カ月半後の3月に、小保方さんがユニットリーダーになりましたが、直後の3月10日に、ネイチャーに投稿しました。そのときまで書き上げの支援の協力を続けました。その間、若山さんは、山梨大への移転のため、忙殺されていました。そこで、若山さんの分も含めて積極的に協力しました。また投稿前の2月前後には、STAP現象の試験管内の評価に関する実験技術の指導も行いました。さらに論文の改訂作業、リバイスといいますが、2013年4月上旬から小保方ユニットリーダーを中心に行われましたが、追加実験や技術指導も参加しました」
1. How did the STAP stem cell collaboration begin between the Vacanti lab and your group? What made you decide to team up with them? Can you please tell us more about the beginnings of this research?
Teru: Dr. Kojima (Vacanti’s lab) contacted me by e-mail to help with chimera experiments. At that time, the project looks very much impossible. That’s why I accepted. I like such impossible experiments.
First time, Dr. Obokata brought strange cells, and there was no chimera after blastocyst injection. However, nearly 2 year later, Dr. Obokata found a very good method to generate STAP cell. Then, we could obtain good chimera.
http://connects.catalyst.harvard.edu/Profiles/display/Person/65733/Network/ResearchAreas]
神戸新聞NEXT|社会|小保方さん、理研入り転機は震災 STAP細胞作製
小保方(おぼかた)晴子さん(30)は2011年3月、不安を募らせていた。研究員として米ハーバード大に戻る予定が、東日本大震災の影響で米国での就労ビザがいつ手に入るか分からない。頼ったのは現在の所属先で、神戸市中央区にある再生医療の拠点、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターだった。
なお、研究のチェック機能が果たされなかったことについては、小保方氏が他 の機関で行った研究を若山研において客員研究員の身分で継続し、その後、自ら がリーダーを勤める研究室において発展させたという研究環境の変遷や、成果と りまとめに近づいた段階に入って笹井氏と丹羽氏というそれぞれ若山氏とは独立 した立場のシニア研究者がデータの補強や論文作成のために協力することになっ たなどの事情もあるのではないかとうかがえる面がある。
(中略)
Team Leader
(省略)
Research Scientist
(省略)
Visiting Scientist
(中略) Haruko OBOKATA (後略)
Visiting Scientist = 客員研究員
若手PIの積極採用
次世代の指導的研究者の育成に貢献するため、チームリーダー等の採用においては、広く国内外へ向けた公募を行い、積
Scientists at early to middle stages of their careers will be considered. The most important evaluation criteria in this recruitment are the novelty and creativity of the research plan; those seeking to undertake new research challenges are welcomed, irrespective of their scientific background or stage of career development.
【Application and required documents】
[Application Documents]
1) Curriculum vitae, including a brief summary of research experience
2) Proposal for a five-year research project
3) Name and contact information of three references
Please write all documents in English.
[Deadline]
Review of applications will begin December 1, 2012 and continue on a rolling basis until the positions are filled.
Handling of Personal Data: All private data sent to RIKEN in application for employment is handled in strict confidentiality, and such data is not utilized for any other purpose or disclosed to any third party.
【Selection process】
Screening of application documents, presentation seminar; interviews, etc
http://ai.2ch.net/test/read.cgi/life/1396778578/111
111 :名無しゲノムのクローンさん:2014/04/20(日) 03:36:53.36
ソース要
2002年04月 早稲田大学理工学部応用化学科入学、AO入試
http://www.waseda-oukakai.gr.jp/gakusei/shougakukin/2007message.html
2007年 再生医療に転向、女子医大の研修生で大和・岡野指導
2008年04月 学振研究員DC1獲得。3年間「月20万円奨励金+年60万円研究費」
https://kaken.nii.ac.jp/d/p/08J05089.ja.html
2011年03月 ハーバードメディカルスクールVacanti lab研究員
http://connects.catalyst.harvard.edu/Profiles/display/Person/65733/Network/ResearchAreas
2011年03月 小島からの連絡でハーバードと共同研究で理研CDB入り。若山ラボ「ゲノム・リプログラミング研究」所属
http://www.ipscell.com/2014/02/interview-with-dr-teru-wakayama-on-stap-stem-cells/
2005年(東京湾の微生物等を研究 ) のソースだけ見つけられなかった。
笹井副センター長
STAP細胞・私の見方:まだ20点、本質的な研究を 笹井芳樹、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長
小保方さんの採用を審査する人事委員会は12年冬。プレゼン(研究計画の発表)から気合や真剣さが伝わり、質疑応答でも議論が深まっていく印象があった。この人なら積み上げ型の研究をきちっとやっていける、挑戦させたいと感じた。
http://science.slashdot.jp/story/14/04/16/0742236/STAP細胞問題、笹井CDB副センター長が会見
Q. どれだけの分量の書き直しをさせた?
A. natureから返されて半年ぐらいした後で、小保方氏が直したものを見て指導した。論旨がジャンプしている箇所があったので、どういうロジックで書くべきか彼女と議論しながら指導した。
Q. 小保方さんの資質
A. ゆたかな発想力がある。そして実験を進める集中力がある。ただ、同時にトレーニングが足りなかったものがある。未熟という言葉はあまり使いたくはないが、科学者として早くに身につけるべきものが足りなかった。両極端の能力があった。シニアとして自戒するのは、彼女が強いところを出すのは伸ばせたと思うが、弱いところを強化してあげることができなかった。背伸びだけでなく足下をしっかりとさせることができなかったのは自分として足りなかった。
Q. 笹井先生が囲い込んだという話があるが?
A. 所内での発表が2月だったが、ちょうどその時に不正の話になった。それまで彼女が所内で話す機会はなかった。笹井研ではプレゼン機会はあって、議論はしている。バカルディ先生の同意なしで情報を広めることが難しいことがあった。私達の判断で自由に情報を発信することは難しい状況。
Q. 人事について
竹市センター長
Q 小保方さんは未熟と言うが、そういう人がなぜユニットリーダーになったのか。
竹市 私たちの研究室のヘッドとなる人は公募だ。書類審査と、どんな研究をし、今後何をしようとしているかのプレゼンで決める。STAPにインパクトを感じて採用したが、過去の調査が不十分だったことを非常に強く反省している。
----