はてなキーワード: 守備範囲とは
池上氏関連のホッテントリがここ数日あがってたので、自分の思うところを書いてみる。
自分は一応、新卒で池上氏と同じ業界に就職(といっても、自分は紙媒体)し、記者という肩書をもらっていた経験がある。
7年ほど現場にいて、体壊して、ちょっと内勤の管理部門にいさせてもらったのだが、なんか、内側から会社を見ているうちに
もともと、あんまり向いていなかったかな?と思っていた業界がさらに嫌になって転職して
10年ちょっとになる。
普通、あの業界では、最初の何年か地方で修行して、いずれ東京や大阪に戻ってくるパターンが多いが、
自分の就職先は、いわゆる経済紙で(ってもう社名明かしたようなもんだが)地方支局が貧弱な会社だった故、
新卒が地方支局に行くという制度がなく、入社から退社まで東京で過ごした。
池上氏の凄さは、なんといっても、情報を取捨選択してわかりやすく伝えるプレゼン能力と、守備範囲の広さだと思う。
で、あれだけのことを伝えられるには、背後に相当の知識があるのであろうと思われている。
その「相当」がどの程度なのか、というと、たぶん、世間一般の人が想像するよりは、かなり浅くて、
けっこうぎりぎりのラインでしゃべっているのではないか、という気がする。それでももちろん、かなりのレベルではあるだろうが。
いわゆる大手のメディア企業の記者にまず最初に求められるのは、
「昨日聞きかじったばかりのことを、あたかも以前から詳しく知っているかのようにしゃべったり書いたりする能力」である。
なにしろ、日々、いろんなことが起こるのだ。
なかなか深堀している暇などない。
そうこうして、キャリアを積んでいくうちに、それぞれの専門分野ができていくわけだが、
大半の人は、きちっと専門分野を確立する前に、デスクや管理職になったりして、だんだんと現場から離れていく。
記者職としてキャリアを全うする人(編集委員とか論説委員とか解説委員とか)は少数派だ。
池上氏の経歴を見ると、NHKで地方局や通信部を回った後、東京の社会部で気象庁や文部省、宮内庁などを担当した、とある。
東京では、悪名高き日本の「記者クラブ」に所属し、最優遇される立場で、役人から懇切丁寧なレクを受けて、
それをニュース原稿に仕上げるのが、まず最初の基本的な仕事だったと推測する。
NHKの記者は特に、「特ダネ」を取ってくることよりも、「報道されるべき情報を落とさない」ことをなにより求められるらしいので、
多分、想像以上に、定例記者会見に出席したり、資料をチェックしたり、他社の報道を確認したり、
思いのほかルーティーンワークが多いのではないかと推測される。
(なお、NHKスペシャルなどのドキュメンタリー番組は、主にディレクター職の人が担当しているので、
一つのテーマを深くじっくり追いかけるのは、あまり記者の仕事ではないらしい。
実は自分もNスぺ作りたくてディレクターを第一志望にしてNHK受けたのだが、見事に落ちた)
で、そんなに知識が深くなくても記者が務まるのかといえば、そこそこ務まる。
自分は、そのさして長くない記者のキャリアの大半を、メーカーを中心とした企業の取材で過ごしたのだが、
正直、最初は、「貸方」「借方」もよくわかってなかった。(大学は政治学選考だったし)
それでも、入門書片手に勉強しながら記事書いて何とかなっていたし、
そもそも「大手メディアの記者」が企業の広報部を訪ねると、結構いろいろ懇切丁寧に教えてくれるのである。
多分、NHKの記者というのも、それなりの対応を受けるはずである。
もちろん、伝えてほしいことは積極的かつ懇切丁寧に伝え、触れられたくないことは隠しながら、だが。
中には、「たいてい経験の浅い若手が担当する企業」というのがあって、そういう会社の古参の広報さんの中には
「今、編集委員の何々さんねえ、あの人が新人のころ、私がいろいろ教えてあげたものだよ、わっはっは」なんて言ってたりした。
もし、あなたの会社の広報部に、なんだか大学出たての記者ばっかりくるようだったら、
もちろん、教わってばっかりでは舐められるので、こっちも勉強していくわけだが、
相手はその会社一筋なわけで、知識の深さでは、敵わないのが通常だ。
知識を深めるのは、そこそこにしておいて、知らなくてもはったりかませる胆力をつけたほうが役に立つ。
そうこうしているうちに、正面から取材を申し込んだり、正規の記者会見に出席したり、
ニュースリリースを原稿に仕立て上げているばっかりでは通り一遍の記事しか書けず、
社内的にもマイナス点はつかないものの、プラス点がつけられることもないので、
独自に夜討ち朝駆け(アポなしで取材対象のところに押しかける)したり、独自ルート作ったりし始めるのである。
そんなことをしているうちに、自分のような、結局途中で業界を去ってしまうような木っ端記者でも、
ごくごくたまには、取材担当企業の株価をストップ安にしちゃうような記事を書くチャンスが巡ってくることもある。
まあでも、ぶっちゃけいえば、そこそこキャリアを積んでいる先輩の中でも
減価償却費が資金繰りにどういう影響を与えるのかよくわかっていないまま、
それでも企業の経営危機について記事を書いているような人はざらにいた。
(まあ、自分も経験積みながらようやくわかるようになったクチで、
当初はなんのことやらわからなかったのだから、偉そうなことは言えないが)
それでも、首にはなりはしない。
そういえば、思い出したことがある。
今の若い人にほ想像もつかないだろうが、その昔、世界のエレクトロニクス業界をリードし、
今でいえばappleと同じくらいのブランド力で各種製品を生み出していたSONYという会社があった(今もある)。
当時はまだまだ、かつての威光が残っていた。
自分は、そこのメイン担当になるほどの能力もキャリアもなかったが、
たまたま、SONYの会社が取り組んでいる内容が、自分の取材テーマに関わっていたことがあって
取材を申し込んだことがある。
いわゆるストレートニュースではなくて、連載コラムのような記事を書くためである。
で、SONYに行ってみて驚いた。
膨大でかつ、非常にわかりやすくまとまった資料をお持ち帰り用に用意していたのである。
なんかもう、取材しなくても、この資料テキトーにまとめたら記事書けちゃいそうな。
もちろん、そんな手抜き仕事をして相手の思うツボにはまってはいかんので、
きちんと担当者さんに話を聞いて、自分なりの記事を書いてみたのだが、
やっぱり資料に引きずられなかったかといえば、影響はあったわけで、
まあ、恐ろしい会社であった。
かつて「メイド・イン・ジャパン」の強さの象徴として流布されたSONY伝説は、
もちろん実力の部分もあったけれど、伝説を伝説たらしめようという広報戦略によって
かさを増されていた側面も多かったというのは、そこそこ業界で有名な話である。
なんだか、大分、話がそれた。
多分、池上氏は、NHKでそこそこの社会部記者だったのだろうと思われる。
そんな彼の経歴の中で異彩を放っているのは、そろそろ管理職か専門記者か、という分岐点にさしかかったあたりで
キャスターに転身し、その後10年以上にわたって「週刊こどもニュース」を担当していたことだろう。
(すごい優秀な記者と認められていたら、ここいらで、海外支局あたりで経験つんでいるはずである)
「衆議院と参議院って、どう違うのですか?」とか「比例代表制ってなんですか?」とか、
「どうして輸出が中心の企業は、円高ドル安になると困るんですか?」とか
あらためて、そういうレベルからニュースを解説する仕事を10年以上も続けたジャーナリストは、
少なくとも今の日本では皆無に等しいんではなかろうか?
普通、そこそこキャリアを積んだ記者は、あらためてそんな仕事をしたがらないし、
そもそも、そんなレベルことは、真っ当な社会人ならば学校で習っているはず、というのが日本社会の建前で、
読者や視聴者を、そんなこともわからないヤツらと想定して記事や番組を作っていたら、
ある意味、「お客様をバカにしている」ことにもなりかねない(と、みんな考えていたのだろうと思う)。
まあ実際、そのレベルで作ってみたら、予想以上に受けたわけだが。
「こども向け」の番組というフォーマットを得ることで、池上氏はそういう稀有な仕事を追及していった。
その結果、得たのが、あのたぐいまれなるプレゼン能力だと思うのだ。
多分、池上氏程度の知識や取材能力をもった記者は、NHKや全国紙にはゴロゴロしていると思う。
(自分のかつての勤め先でも、そこそこキャリアがあって、東京でそれなりに仕事している先輩は、皆さんそれなりに凄かった)
でも、その知識や取材結果を子供にわかるレベルでよどみなくしゃべれる人は、そうはいない。
池上氏のニュース解説番組をたまに拝見すると、自然災害のメカニズムから、最新の科学上の発見、日本の選挙から世界経済まで
だが、自分が見る限り、その解説は一般紙や新書本で得られる知見を超えるものはほとんど見ない。
「いや、それは、視聴者に分かりやすいレベルにしているからで、その背後には物凄い知識が・・・」という見方もあるが、
果たしてどうだろうか?
多分、毎日6紙読むという新聞をベースに、ひたすら横に広くいろいろな情報を取り入れておられるように見える。
海外取材などの映像を見ることもあるが、どうも、テレビ局とコーディネータによるセッティングが透けて見えてしょうがない。
多分、その経歴からいっても、海外取材に独自のルートなどはそんなにお持ちではなさそうだ。
やはり、「あまり深くないレベルで次々とあらゆる分野に取り組んでいく」ことがこの人の真骨頂だと思う。
それが悪い、ということではなくて、それがこなせる凄さがある、ということである。
著書を読んでも(といっても、ほんの数冊目を通しただけだが)、たとえば同じNHK出身の元ワシントン支局長の手島龍一氏とか、
あるいは日経の元スター記者で週刊ニュース新書の田勢康弘氏の著書のような、深い取材と鋭い洞察に支えられた
凄みのようなものは感じられない。
やはり、この人の存在価値は「広く入門レベルの知識を提供する」以上でも以下でもないのだろうと思う。
(なお、今、軽く検索してみたらどうやらニュース英語の本まで出されているようだが、
膨大な著書のどこまでご自分で書かれているのだろうか?という疑問は置いておく。
出版業界では、驚くほど「著者が適当にしゃべったことを編集者やライターがまとめた本」というのが、世間で思われている以上に多い。
あと、池上氏が英語を話しているところって、あんまり見たことないような。
NHKの採用試験を突破するくらいだから、読むことに関しては、そこそこのレベルと推察できるが)
さらに、分かりやすさの理由の一つとして、「子供のような素朴な疑問にも正面から取り組む」というのがあるように思う。
巷間よくいわれる、選挙特番の「池上無双」の象徴ともいわれる「創価学会の話題」についても、
タブーへの果敢な挑戦というより、素朴な疑問を追求していった結果なのかもしれない。
「どうして自民党は公明党と組んでいるんですか?」という質問は、大人はあんまりしない。
それは何となくタブーであると感じているせいでもあるが、一方で「そりゃ、理由はみんな知っている」からである。
ましてや、「政治記者歴何十年」を売りにするような政治ジャーナリスト諸氏は、
そんなことよりも、自分の掴んできた独自情報を話したくて仕方なかろう。
「それは、公明党には創価学会という支持母体があって、固定票が見込めるからですよ」と優しく語りかけるのだ。
で、「では、公明党と創価学会の本部がある信濃町に行ってみましょう!」と、女子アナを連れてツアーを組んだりする。
実際、やってみれば、放送しちゃいけないタブーというほどのこともない。
そりゃそうだ。
ある程度、日本の政治に関心を持っている人ならば、普通に知っていることなのだから。
公明党の側だって、連立与党として大臣まで出す立場になった以上、その程度の取材を拒否するはずもなく、
「創価学会の人たちが、選挙は功徳だなんていう仏教用語を使っていたりしますが、政教分離の観点からみて
「創価学会は、大切な支持団体ではありますが、創価学会と公明党は全く別個の組織です。
政教分離というのは、政府が宗教活動を行ったり、宗教活動に介入したり、宗教団体が政治に介入することを禁じておりますが
宗教団体が政党を支持することを禁じるものではなく、現在の公明党と創価学会の関係は問題と思っておりませんが云々」
「そうはおっしゃいますけれども、ここに創価学会の名誉会長が、公明党に指示した文書がありましてね・・・」
などと、爆弾情報でもぶっこんで来たら、それは多少「タブーに斬り込んだ」ことになるだろうが、
そこまでのことはしない。
多分、そこまでの取材もしていないと思う。そもそもが、そういう役割の人ではなくて、そこは、
「はい、そうですか、よくわかりました」と視線を投げかけるという、
「子供にも分かるように語ること」「子供の持つような素朴な疑問をゆるがせにしないこと」
を常に追求し実践してきた所にあるように思われる。
これは、なかなかに難しい。
多分、そこには、「相手(子供)が、何がわかって何がわからないのか」を推察する想像力や共感力と
「限られた言葉で複雑なことを説明する」ことを可能にする、優れた言語能力が必要なのではないかと思っている。
ただし、限られた言葉で語りえることは、やはり、ある程度、限られているわけで、
お前、銀英伝がいつの作品だか分かってんのか。82年の作品だぞ。それこそ島耕作がやりたい放題やってた時代だ。あの時代の意識が社会一般でそんな高いわけがないだろが。
古参の銀英伝おじさんは知らないかもしれないが、ゼロ年代初頭に徳間デュアル文庫というところから道原かつみ絵で銀英伝が復刊されてそこからオタクルートに引きずり込まれた人も大勢いるのぢゃ……そういう人にとってあれはゼロ年代の作品なのぢゃ……
(もちろん知識として知ってはいるよ、80年代の作品だって。でも自分が引き込まれたのは2000年代なんだよ。それに元増田も、「昔は楽しく観れていた小説やアニメや漫画を見直すと」って言ってんだから、そこで昔の作品が持ちだされるのは別におかしくないでしょ)
民主主義の理念が作品の書かれた80年代前半と大して変わってないのは描写で分かるだろ。フェミニズムの水準もそんなもんなんだろうよ。そもそも田中芳樹は52年生まれだぞ。銀英伝書いた時点で30歳だ。俺達の30年以上は前の社会の価値観で書いてんだよ。そこを考えろ。
うんだから前の社会の価値観が見ててつらいよねって話でしょ? 1962年生まれの森岡浩之は皇帝や艦隊司令官や名門貴族の頭領をバンバン女性が努めてる星間帝国を作ったけど。
そもそも、主戦論者の大物議員が女性じゃなかったか? 自由惑星同盟の議会が映った記憶があまりないが、女性議員はそれなりにいるんじゃないのか。
コーネリア・ウィンザーは小説版では「唯一の女性最高評議会評議員」(道原かつみの漫画版ではホアン・ルイも女性だっけ?)。議会の描写はないけど最高評議会は何度も描かれてて見事に男社会だよ。呼び方一人だけ「女史」だし。
あと、フレデリカは物語の開始時点で中尉、その後23歳で少佐まで行って、最終的に政治家に転身して、日本で言えば首相になってんだぞ。ポプランが最後に確か中佐だから、軍人時代でもそんな低い地位とも思えん。23歳なんて、シェーンコップだってまだ佐官じゃないんじゃないの。
ヤン・ウェンリーが29歳で准将閣下、みんな大好きアンドリュー・フォークが26歳で同じく准将閣下だから別に優秀な軍人としては普通なのでは(この人事システムは相当におかしいがそれはミリオタおじさんの守備範囲なのでそっちに任せる)。それより艦隊司令官のメンツが全員男なんですがそれは、という。ヤン艦隊首脳部の佐官以上の女性ってフレデリカ以外に出てきたっけ? ポプランやシェーンコップにコナかけられる役や痴情のもつれで騒動起こす以外の女性将校ってマジでフレデリカとカリン以外見覚えないんだけど。
超有名人の嫁さんが有名人の嫁ってだけの理由でトップに担がれるのは女性差別の解消でもなんでもないよねえ。だいたいイゼルローン何ちゃら政府ってマトモに選挙もやってないただの軍閥だし……
知らんかった。探してみるわさんきゅ。
男友達と久しぶりに飲んでて、飲みなおそうとか言われてラブホいった。
マジでかなりのデブなのでそういうことになるとは微塵も想像してなかったし警戒という概念すらなかった。
部屋に入ったら相手がお風呂にお湯溜めてた。まあ風呂でかいし入ってみたくなったのかな?って感じでスルー。
ベッドに座ってたら相手がソファーに座って、隣おいでよって言った。心広いなあこの人。
少し飲んだら相手が手を握ってきた。
その時も別にまあ酔ったらこんな感じになる人なのかなあ、くらいで特になんとも思わなかった。
でも少し会話してたらなんか勃起してんの。そこで初めて「!?」ってなった。びびった。一気に酔いが醒めた。あれ、なんかヤバイ?ってなった。手スリスリしてるし。
でもなんかシチュエーションに興奮して少し寝たふりして相手の肩に頭コツンってしてみた。何をやってんだろうな。
「眠くなっちゃった?お風呂いこっか。洗ってあげるよ」ってお風呂まで引っ張って行かれた。
守備範囲広いな~って先に思ったけど、正気に返ってめちゃくちゃ抵抗した。
なんとか回避できたけど、今度は体触ってくる。キスされそうになる。さすがにヤバい。抵抗する。ここでもなんか興奮して可愛い(と自分で思う)声を出してしまう。
まあなんかいろいろあって相手も眠くなって二人でベッドで寝た。
ベッドで体触られたりまたキスされそうになったけど少し唇が当たったくらいで回避できた。手はすごい固く繋がれてた。興奮した。でも寝たらやられると思ってなんかそこは怖くて相手より先に寝れない。相手が寝たのを確認して私も寝た。さすがに酔いが醒めたら相手も何もしないのではないか?という願いもあった。
4時間ぐらいしか寝られなくて、もう一回寝たら確実にヤられると確信して目を開けてた。さすがにこんな感じで処女捨てたくはなかった。
しばらくしたら相手が起きてきてキスされた。今度は回避できなかったし正直気持ちよかった。いつも口臭いんだけどこの日は奇跡的に臭くなくてよかったと思った。
そのまま何回もキスされた。口の中に指入れられてグチャグチャもされた。自分からしてみて、とか水口移しで飲ませあったりもした。興奮しっぱなしだった。
時系列は忘れたけど結局セックスは回避して相手のを手ですることになった。正直ほっとした。手でしてるときにギュッてされたのはすごいドキドキした。たくさん女の子扱いしてくれた。まんこ舐められたのにはびっくりした。途中でお風呂入ったとはいえメチャクチャ抵抗あったからなんとかやめてもらおうとしたけどすごい力だったし気持ち良くて力が抜けた。
終わっても変わらず女の子扱いしてくれて、なんだか好きになりそうだった。キスもされた。
でも私と付き合いたいわけじゃないんだよなーって思って悲しくなって、同時に興奮してしまった自分に嫌悪感を感じる。驚いたことに食欲もない。痩せたら可愛いよって言われたのを無意識に鵜呑みにしているのかもしれない。気持ち悪いね。
今現在相手から連絡が来ているがすべて無視している状況で、これをどうしたものかなーと思って書き込んだ。正直ほとんどの部分必要なかったね。糞みたいな文章だし。
そう、消防団だ。
おそらく増田の中に消防団活動に加わっている人は少ないだろう。
でも僕は参加している。
あまり人の知らない話しをたまにはしてみよう。
コンパニオンを呼んで税金で放蕩三昧みたいな話しをネットで見る。
僕は十年以上消防団に在籍しているが、そんな目に遭ったことはない。実際に聞いたことも見た事も無い。
しかし、そんな事があり得ないかと言われれば、断言はできない。
最近は自治体の財政改革に伴って、地区団は市町村消防団に統合されている。
僕の住む自治体では、消防団本部があって、その下に各地区団本部ある。
一般的に消防団活動と言うと更にこの下、単一から複数の行政区を守備範囲とする『消防分団』の活動のことを指す。
呼び名は『分団員』で、これが有機的に消防団を構成する細胞を言うのがわかりやすいか、ヤクザで言うところの三次団体構成員と言うのがわかりやすいか。
消防団は制度としては他分団や他消防団への移籍も認められているが、実際問題としてほとんどの人は最初に加入した分団以外に所属しない。
だから、隣の分団や上の地区本部等がナニをしているか、さっぱり解らないのが実情なのだ。
○○市消防団の××地区第△分団に所属する僕が語れるのはこの第△分団の中身だけだ。
各家庭の長男は原則的に消防団に入団を求められるのが現状である。
僕らはボランティアで年間を通じて消防活動に従事するんだけど、制度としては定額で年間1万6千円ちょっとが貰える。
年間で20日程は訓練や災害出動、夜警、機械整備で手を取られるんだけど、この金額は平団員の報酬である。
分団長など偉くなるともう少し報酬は増えるが、更に手を取られるので、出世は誰もしたくない。
ちなみに、出動すると出動手当が貰えるが、これは分団が受領して運営費に組み入れられるので僕らが貰うのは基本の報酬だけである。
所属する分団で機械班などになれば、休日に消防自動車でドライブを楽しむことができる。しかもガソリン代は消防本部持ちなので分団員に負担はない。
ただし、縄張りから遠く離れれば緊急時に対応できない為、十㎞ほどを行って帰ってくるだけである。当然、目立つために買い物などには行けない。
普段、まったく動かさないと消防車のバッテリーが上がってしまうし、ポンプや発電機などの機械も定期的にエンジンを掛けないと壊れてしまうのだ。またガソリンや機械油も残量チェックしておかないと、突然起こる火事場が長く続いたときに活動できない。
緊急出動時に消防車が動かなかったという他の分団の話しはたまに聞くが、人命が係る場面も多いために笑えない。
3.酒を飲ませてくれる
いよいよ、この辺に興味がある人も多いだろう。
活動費というものが分団ごとに支給され、たとえばヘルメットを買い換えたり、手袋を買ったりするのに使用される。
この一部が飲食費に利用されるのだけど、缶の発泡酒をのませてくれる。
たとえば分団会とか、訓練の後などで。
ただし、予算がないために、格納庫(消防車の車庫)の詰め所で、割り当ては一人三本くらいまでである。
つまみは乾き物で、一回当たり千円分くらいの駄菓子か柿ピーを十人程度で分けてたべる。
これが、飲食店で酒を飲むなどの話しになると、確かに楽だしおいしいのだけど予算の関係から手出しになるので、三年に一回、飲みに行くかどうかである。
最近は、飲酒運転の厳罰化から、飲酒自体をしない人も増えた。飲酒直後に運転は当然しないが、翌朝の検問で引っかかるのが恐ろしいのだ。
無理に酒を勧めることも減った。
ただし、皆が酒をすごく飲むときもある。
火事場で、燃える炎を見ると、自分か仲間の誰かが死ぬかも知れない危険に近づくと、神経が高ぶって落ち着かない。
うちの分団はまあ、だいたいこんな感じだ。
しかし、先に言ったように隣の分団でさえも活動の詳細は知らない。
毎月訓練をするところもあると聞くし、夜警をしないところもあるらしい。年間報酬を全額積立に回して、酒を豪勢に飲むところもあると言う。
また、何年か積み立てて皆で旅行に行くところもあるらしい。
うちは過疎の田舎だけど、繁華街を縄張りにしているところは商店会などからのカンパで活動資金が豊富ところもあるかもしれない。
だから、うちはピンクコンパニオンとは残念ながら無縁だけど、他は知らんとしか言えないのだけど、まあ、これを読んだ皆さんは今年も火元に気をつけて火事と無縁の年になるといいですね。
BOTとスパムは勘弁だが、時々でもコメント残してくれりゃそれでいい。
はてなプロフィールとTwitter連携、同じハンドルネームがないか検索する。
そんでもってその人の更新がなさそうなサイトでも定期チェックするし、
Twitterなら非公開リストに入れて堪能してる。はてブしかやってなかったらRSS。
以前フォローしまくった時期あったけど、こっちが何もしてないのに
中身が野郎なら、別に嫌いでも否定もしないが監視対象から外す。
ムズムズして困るのは決定打となる性別ツイートしない奴。あれは許されない。
アニメアイコンだけあって守備範囲が偏らない人は確定するのに時間消費するから。
普段、めったにお腹を壊すことなどないのに、今日は派手にやらかした。
昨晩からお腹のあたりが張って気持ち悪いなと思っていたら、水より水っぽい便が一気に出てきた。
こんなことは生まれて初めてだったのでしばらく便器に腰掛けて呆然としていた。
原因としては、昨日、3時間ほど登山して山頂で食べたキムチ鍋くらいしか思いつかない。
ザックに入れていた豚肉が駄目になっていたのか・・・。
ふと便器のほうに目をやると便座の裏までまっ茶色に汚れていた。
ケツ周りも結構悲惨なことになっている。ウォッシュレットの守備範囲外まで汚れちまっているじゃないか。
トイレットペーパーを幾重にも引き出し、なんとかキレイに整えたと思ったその時、
右手の壁、ちょうど肩の高さにあたる位置に、飛散したと思われる茶色い粒が付着していた。
え?
知らなかった。
エロゲが当時最先端だったかどうかは個人的には判断つきませんが、テキストが文学的とかそういう意味で目新しいことをやってる作品には出会った記憶はないかなぁ。
その媒体でしかできない表現をするという意味においては、ゲーム特有の「ゲームオーバーになれば繰り返しプレイする」という特性から、映画や小説ではやりにくいであろう「繰り返しプレイすることで、プレイヤーの視点で積み上がる記憶」というのを利用した作品は数多くあるので、そういうことを捉えて最先端と言っている方がいるのではないかと予想してみる(とくに10年前らへんはそういうのが流行ったように思う)
この手法の開祖的なものはおそらく「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO(1996)」らへんになってくるのかな(1997-2007位が守備範囲なので間違ってるかも)
葉鍵や型月が槍玉に上がりそうな話題と時代だけど、実際のところ売り上げと最先端だったかどうかとは関係ないと思うので。
Leafに関しては「痕(1996)」なんかで上記のゲーム特有のプレイヤー視点による演出をやってるので、そういう意味では新しかったのだけれど(でもそれってそれ以前に弟切草(1992)があるしなぁ)
その他にエロゲ特有の目新しい手法というと、あと記憶にあるのはLiarsoftのForest(2006)くらいのものかなぁ。
これはエロゲ特有のフォーマットである下部ウィンドウに表示される文章と、それに合わせて実際に再生される音声を異なるものにする事で、ある人物が実際にしゃべっている事と内心考えている事を同時に表現するというような手法だったり、ウィンドウ幅を意識して単語の途中で改行がかからないようにするといった手法だったり、エロゲのフォーマットを最大限使った表現を試みたものかと。
エロゲ(ビジュアルノベル)の枠というのは特殊なフォーマットで、映像と文章と音が存在していて、しかしながら字幕映画とも小説とも異なる(字幕映画にはない地の文があり、小説にない絵と音がある)という事を最大限に活かそうという、表現手法の発明への挑戦みたいな事じゃないかと。(あまり文章上手くないので僕の説明だといまいち伝わらないかも/だれかこの辺綺麗に説明できる人おらんか・・・)
一部では評価されたものの、それがメインストリームであったわけでもないし、また、エロゲ支持層がこのへんの作品を取り上げて「エロゲはオタクの最先端だった!」と言ってるわけでも無いと思うので、本論にはそぐわない話になってしまったかも。
テキストでエクストリーム試みたというよりは、エロゲ界隈のクリエイターの先鋭はエロゲのフォーマット自体を研究していたように思う。
300本だそうだ。
それで思ったんだけど、確かにギターには得手不得手がある。
元は同じ仲間でも、今や別物だ。
ストラトはシングルコイルピックアップ3つ積んでおり、繊細な音が出る。
レスポール(スタンダード)はハムバッキングピックアップを2つ積んでおり、
ストラトとは違った感じに繊細な音が出る。
つまりストラトとレスポールとアコギを持っていれば、コレクションは完成するのか。
いや、そうではない。
それは捕手と内野手と外野手が揃っていれば、守備範囲は完成するのかという問いに近い。
もっと細分化できる。内野手(レスポール)はスタンダードとスペシャルとジュニアとスタジオ、
外野手(ストラト)はヴィンテージタイプとモダンなタイプとハムバッキングを積んだやつとか。
さらにさらに、各ポジションに相当するギターをすべて揃えても個体差というものがあるのだ。
菊池はセンター前のあたりを取るのがうまいが、真ん中のゴロを後逸したりする。
二人が同時に守れば、穴はない。
実のところコレクションの世界では、野球は9人までという制限などない。
いくらでもプレイヤーを増やせるし、好きなだけ守備範囲を広くできる。
お金さえあれば。
300本だって。
いいなあ。
年齢は適当なので、つじつまあわないとこあるかも
はじめは普通に1軍の選手が好きだったけど、だんだん2軍の選手のファンになって、個人運営のサイト見たり、プロ野球ai、月刊ジャイアンツ読んだりしてた。地方在住だから、ジャイアンツ球場に行くのが憧れだった。結局行かなかったな。
手軽に行けるので、夏の甲子園は何度も見に行ってた。甲子園の星買ってた。今見るとおもしろいだろうな。あの頃の選手はちょうど30才でもうベテランかー。
大学生の時はたくさん映画見てたと思う。週1本は見てた気がする。
花男落ちの友達につられて、好きになって櫻井担。大野君もおんなじくらい好き。社会人になって、先立つものもある程度はあるので、遠征とかできるし楽しかった。あと、嵐だけじゃなくて、ジャニーズならなんでもコンサート行く!って時期もあった。正直、最近は冷めてる。ただ、コンサートはほんっと楽しいので、コンサートだけは今年もぜったい行きたい。あと、はじめはみんなでわちゃわちゃ仲良し感がものすごく好きだったけど、だんだん特定の2人を見てしまうようになった。オタクになって、腐った目で見ることを覚えてしまったからかな。まぁ、ジャイアンツ好きな頃から、選手同士、誰と誰が仲いいとかでテンション上がってた人間だからな。。。
・乙女ゲー(22才~26才くらい)4年間
ここからオタクになった。声優のイベントにも行ったかなー。アニメとかも見るようになった。銀魂、コードギアス、ガンダム00とかはハマった。
乙女ゲーとアイドル!両方わたしの守備範囲です!ということでハマった。ホモ同人誌とか買いだしたのもこのころから。他のジャンルも同人誌買うようになった。
若干腐った目で見てる。球場楽しー。ジャニーズみたいに年1回、多くて2回のツアーとかじゃなくて、シーズン中はテレビでもほぼ毎日見れるし、土日は球場へ行けば、生で見れる。これってすごい。
なんで日本の教育社会学者は筒井淳也順也の『仕事と家族』みたいな本を書いてくれないんだよ。
日本の高等教育について横軸(各国比較)と縦軸(歴史的経緯)についての各種データを参照しつつ、日本特有の「構造」を踏まえながら、人文系高等教育のあるべき「制度」について建設的に語ってくれよ!
財務省との戦いの最前線にいる文部省をdisる前に、文部省が闘うための武器(ロジックとエビデンス)をアカデミズム側の人間が配給できていないことに対して百万回反省的考察しやがれよ。
このままもし日本から人文系が消えたら教育社会学者のせいだからな。
1年以内に『仕事と家族』レベルの新書をだしてくれることに期待してるからな本当に頼むぜマジ
(*もう既に良い本が出てるという場合にはブコメでこっそり教えてください)
#追記:上記のような本を書くのは教育社会学者の守備範囲外だろ、とのブコメがありましたが、そうなの? 例えば『なぜ日本の公教育費は少ないのか: 教育の公的役割を問いなおす』の中澤渉って教育社会学者だよね? 外野の意見はそれとして教育社会学の中の人の自己認識を聞いてみたいので中の人がいたら教えてくれれば非常にありがたいです
結論からいうと、結局、あなたが現時点で一番魅力を感じているところに行くのが一番よいと思う。
というかはっきり言って、志望学科も志望動機も書かれていないこんな文章では、正直なところアドバイスといったってまともなことは何も書けないんだよね。あなたがどういう人で、なぜ阪大基礎工を志望するに至ったのかということがわからない以上、どこの大学があなたに合っているとも言いようがない。これでは誰も有効な助言はできないと思うよ。
仕方ないから適当に思いついたことを散漫に書き殴らせてもらう。なお、元増田の文章から立地に関する制約(有り体に言えば親御さんの懐具合とか、あるいは自宅通学圏内にせよとのお考え)はないものと判断させてもらった。もし東大・京大・阪大のうち実際には通学が叶わない大学があるなら、そこは除外して読んで欲しい(というかその場合はそもそも選択肢として提示すべきじゃない)。
まず、大学選びの基準という意味ではこれが王道と考えるのが普通だと思う。でも、これは誤り。はっきり言って工学部と言っても守備範囲は広いし、このレベルの大学になってくると研究レベルは研究室単位で違うので、どの大学が本当に実力があるかなんて判断はおそらく誰にもできない。
もし研究レベルありきで大学を選びたいのなら、それは学部入試じゃなくて大学院入試の段階にすべきだと思う。それも多分、実際にそれを判断できる能力が付くのは博士進学(もしするのならば)の頃だろう。というわけで、そんなことは気にしなくて良い。
ただ敢えて言うのならば、東大は研究室が多いので選択の幅が広いような気がする。ただそれは私の分野に限った印象だろうからなんとも言えない。
これについては私は京大しか行ったことがないので周囲の人を見ての不正確な印象論だけれども。
・東大は一番カリキュラムがしっかりしていて良くも悪くも強制的に勉強させられる。進振りがあるからテストの点も重視。
・京大はカリキュラムの縛りが緩い。自分で「何を学ぶか」をかなり自由に設計できるが、際限なく堕落することもできてしまう。
まあ、京大と阪大の比較は高校か塾の先輩にでも電話かけて訊いてみるのが一番早くて正確と思うよ。阪大志望するような人の周囲には大抵そんな先輩がいると思うけど。
実はこれが重要。大学時代というのは、特に独り暮らしをする場合、生活全てをどのように過ごすかによって大きく変わる。
・京大:観光都市の端っこ。良くも悪くも俗世間から隔離された空間。求道から堕落までお好きにどうぞ。
当然、京大に行けば世間に煩わされずに済む代わりに疎くなる。東大にいれば良くも悪くも世慣れする。阪大はその中間。
今のあなたにとってどれが合うか、だね。それは自分で判断するしかない。
あなたが関西人だと想定して言っておくけど、関西の外に出ると阪大ブランドは暴落するので注意すること。あなたは多分早稲田や慶応なんて阪大の滑り止めだと思ってるだろうし受験という観点ではそれは正しいのだけれど、ところが世間の認識はさにあらず、たとえば東京の人間は阪大なんて早稲田や慶応のずっと下だと思ってるからね。京大でもようやく早稲田や慶応と同格かちょっと下かっていう位置づけ。
この認識の差は、文系就職するのでない限り就職活動なんかで不利に働くことはないけれども(技術職の人は阪大の研究レベルの高さを熟知している)、あなたの性格によってはその後の人生で誇りを傷つけられることになるかもしれない。そのことをどれだけ重大に考えるかはあなた次第。
浪人は必ずしも悪いことではなくて、特にあなたが社会的成熟よりも知的成熟の方が先行したタイプなら、浪人という逆境を経験することは前者を後者に追いつかせる機会にもなり得る。そういう意味で、もしあなたが浪人を必要以上に怖がっているのなら、それは一面的な見方であるとは言っておく。
ただ、経済的には浪人の負担は意外なほど大きい。これは親御さんだけでなくてあなた自身にも言えることで、同い年の人よりもスタートが1年遅れるということは、将来的にリタイアするまでに稼げる年月が1年短くなるということになる。そして大抵の人はキャリアの晩年近くに収入のピークが来て、阪大卒だとおそらくその頃にはかなりの確率で年収1000万円ぐらいになっているから、浪人することは1000万円損することだとも言える。その辺をどう考えるかだね。
これについて私が個人的に問題を感じるのは、センター試験と模試の点数だけで合格できるかどうかを考えていること。
そうじゃなくて、実際に過去問を解いてみてその手応えで考えるべきなんじゃないの?センター試験と二次試験じゃ問題のレベルが余りにも違うし、合格点も違う。このレベルの大学は、センターの問題なんて朝飯前にこなせる人が受けるところ。模試なんて数ヶ月前の実力の目安にすぎないし問題も所詮は模造品にすぎない。
過去問をやってみることが一番大きな判断材料になるはずなのに、それをやらないでどうするの?
はっきり言って、目の前の課題に対する自分の客観的な実力を測ってみようという発想がないのはちょっと心配だよ。そういう問題解決能力はどこに行っても重要だよ。
うちの学科にはプログラミング演習という科目があるのだがprintfすら分かってくれない人が居てつらい。
その授業は前期と後期で分かれていて前期はその言語の文法と簡単なアルゴリズム(文字列操作とか素数判定等)の演習があった。
だから前期をちゃんと履修している人ならprintfの使い方で詰まるということは絶対にありえない。
なんでこんなことを言っているかというとプログラミングを教えてくれと言っている人たちがあまりにも単位を取ることに必死だからだ。いわゆる単位乞食かね。
前期に関しては、やはり全く未経験という事情も考えると、経験したことのある俺は教えてあげる義務が少しはあるな・・と思って分からないところは手伝った。
プログラムにバグがあったらまずprintデバッグしてみるといいよ、配列は0からsize-1までだから気をつけて、などなど俺が独学では学び取りにくいと思ったことはちゃんとアドバイスしたつもりだ。
だけど後期でこんな事を言ってくる奴がいてだ、
「代入って何?w」
というのはさすがにキレた。心のなかで。分かんないなら自分が考えた過程くらい示してほしいんだよなあ。前期で教えたことはどうなったんだ?
「これからはちゃんと勉強するから私のために時間取って教えてほしい!」と言ってくれた人(=Aさんとする)もいるけどそれは遅すぎた。
俺の時間を奪っといてそれはないだろw しかも周りには苦労して覚えようとしているのにもかかわらず前期いい成績を取っておいて、
サークル充までしておいて、その上なんのありがたみもなく剽窃などというそんな都合のいい話は応援したくない。
それ以降は、プログラミングを本当に知ろうという気のある人以外断るようにしている。
ところでAさんなのだが、その人の守備範囲は演劇やEXILEなど芸能が好きな人なので、そういう分野に疎い俺とは全く異種である。
この間、父親世代の方々と酒を交わしたのだが、多様な人とコミュニケーションを取ることは面白いし重要であることを諭されて、
実際に俺は将来的に他人と他人を結びつけてチーム開発的なことをしたいと思っているのでそれはすごく共感している。
これを踏まえるとAさんと仲良くなるという手を取るというのも考えられなくはないが先ほどの経緯から感覚的には受け入れられない。
これでいいよなあ。でもこうしたところで自分は異種の人と話せないのではないかという不安が募るばかりだ。
プログラミングの技術を上げて作品を世の中に送り出そうという情熱をもつ俺に対してこの間の飲みは、
本当にそれだけやっていれば満足ゆく作品を作れるのか、そしてもっと一般的には将来的に負け組にならないだろうかという疑問を残したのである。
好きなSF短編で打線組んだ(http://anond.hatelabo.jp/20140604175240)
が楽しそうだったので、便乗。短編に限らずに打線組んでみました。
フランチャイズ小国家、凄腕ハッカー、スケートボードに乗った運び屋、仮想空間上のAI人格等々、わかりやすいサイバーパンク的ガジェットを詰め込みつつも説明臭くはなく、スピード感ある展開で一気に読めるエンターテイメントSF。よくできたハリウッド映画みたいで素直に楽しい。粘り強いバッティングと走力に裏打ちされた出塁率の高さから、不動の先頭打者。
バチガルピは、個人的には長編だとちょっとダレる感があって、そういう意味ではこの短編集の方が好み。ねじまき少女の世界観濃縮版「カロリーマン」、文明がゆるやかに崩壊する恐怖「第六ポンプ」が好み。現代を代表する作家の一人に数えられますが、独特のディストピア・バイオパンクを突き詰める職人気質。2番ショートで起用。
現代と地続きの近未来からスタートして、加速度的に変容する社会と人類が技術的特異点を迎えるまでを描く大作。ストロスはコンピュータ関連のジャーナリストってこともあって、ギーク文化との親和性も高そうなディテールが満載で楽しい。抜群の守備範囲の広さ、打てば長打を量産する勝負強さで3番に定着。
イーガンは短編が無難と言われてますが、この「順列都市」は素直に面白いと思う。荒唐無稽なアイデアを、超力技で煙に巻かれてなんとなく納得されられてしまう快感。本書冒頭の、コンピュータ上でシミュレートされた人格のコピーが、目覚めて状況を把握してから辿る思考過程を描いたシークエンスが最高で、10回は読み返してる。イーガンほど投手にプレッシャーを与える打者はそういないでしょう。ネクストバッターズサークルにいるだけでも圧倒的存在感。
現代SF・ファンタジーの最右翼(本人は左翼だけど)。スキンヘッドにピアスのイカツイ兄ちゃんです。一見ありふれたハードボイルド警察小説?と見せかけて「重ね合わされる都市」というとんでもない舞台装置、どうやったらこんなもの思いつくのか。さらにそれを言語化できる力量もすごい。
ここまででお分かりの通り、増田は現代SF好きです。が、この「地球の長い午後」は入れざるを得ない。遠未来、自転が停止した地球。動物と植物の力関係が逆転した異常な世界で、食物連鎖の下層で右往左往する人類の、圧倒的無力感。ベテランならではの味わい深さと駆け引きの巧さ。
6番・オールディスの直接的な影響下にある、椎名誠のSF三部作。の中でも、この「武装島田倉庫」が一押し。奇妙な生き物が跋扈する文明崩壊後の世界を、さまよい、戦い、逃げ惑う人間たちの群像劇です。これも何度も読み返してるな。漬汁がなんか旨そう。
海外文学方面では、現代SFにおけるイーガン的大正義ポジションを占めておられますマッカーシー御大の手による、核戦争後と思しきポストアポカリプス世界をさまよう親子を描いたロードノベルです。沈黙の音が聞こえそうなくらいの静寂と、真綿で心臓を締め付けられるような絶望と哀しみ。大変地味ですが間違いなく大傑作。
ギブスンといえば「ニューロマンサー」でありそれに続くスプロールシリーズなんでしょうが、増田はどうにもこの「ヴァーチャル・ライト」が好きでして。何と言っても作中に出てくるベイブリッジ。閉鎖された橋をホームレスが選挙して好き勝手に増設を繰り返し、無計画・無軌道に成長してしまった構造物…すてきすぎる。
増田の中では「柔らかいイーガン」という位置づけにあるんですけどどうでしょうか。「実存」をメインテーマに据えながら、幻想的・宗教的な色彩の強い作品群。ワンアイデアをじっくり煮詰めて、これ以上ないくらい適切に料理した佳作集。死ぬほど寡作なのが玉に瑕。最近何してんの。
増田的には究極のSFはステープルドンになるんじゃなかろうかと思っています。20世紀から20億年後までを俯瞰する人類史。これほどのタイムスパンで書かれた作品は他にないんじゃなかろうか。しかもこれ1930年の作品ですよ。半端ない。