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はてなキーワード: 駅弁大学とは

2021-04-11

地方駅弁大学落ちても早稲田慶応は受かる

ソースは俺

だけど世間的な評価駅弁大学より早慶上智のほうが上のような雰囲気

金は多少多くかかるが、勉強量のコスパはいいよな。なお教育サービスとしては5流

2021-04-09

喪女プログラミングスクール行って彼女が出来た話など

すみません長過ぎて削れちゃったので再編集版です。

プログラミングスクールは良くないって話が多いので、人それぞれだよねっていうのと、何もやらないよりは何かしらあるんじゃないかなっていうお話です。

フィクションのつもりで聞いてください。


私は地方で育ち、地元女子中・女子高・駅弁大学卒業し、地元とあるテーマパーク就職しました。

比較的なんとなく生きてきたので、仕事って大変そうだからせめて面白そうな職場を選ぼう、くらいの気持ちでしたがすぐに辞めたくなりました。

toC接客、屋外での勤務、立ちっぱなし、友達休みが合わない、覚える事が多い、職場僻地ダンサーチームの揉め事仲裁契約社員組みから嫉妬大学生組の惚れた腫れた、田舎特有の異様なゲストの図々しさ・馴れ馴れしさ、どれも好きじゃないやつでした。

まあゲストイラつく事があっても、それはしょうがないと思ってます仕事から

でもスタッフも、とにかく感情で生きてる人間が多すぎます。私よりずっと大人なのに。

華やかな表舞台とは裏腹に仕事はそこそこハードで、給料の水準も高いとは言えない環境のため、人の出入りが激しく、トラブルを起こしたり、恨み辛みを吐きながら辞めて行く人が多いのもメンタルにきました。

最初に威勢のいい人ほどすぐ腹を立てて辞めていくので、個人的に警戒して距離をとるようにしていました。

理想現実ギャップが大きいからなのか、彼らの自己評価が高いからなのかわかりませんが、もしかしたら私のように、ドライ仕事しんどいものだと思ってる方が、色々受け入れられるのかもしれません。

そんなこんなで2年ほど勤めましたが、最後まで職場にも業務にも慣れる事もなく、花形着ぐるみポジションが空いた事によるダンサーチームの派閥争いの激化に伴って私の神経も擦り切れ、半ば衝動的に仕事を辞めてしまったのでした。


実家に住んでいたので、しばらくはニートしながら次に何をするか考える予定でした。

しかしそんな折、東京に住んでいる祖母怪我をしてしまい、介護を要する状態になってしまいました。

私は昔から祖母が大好きだったので、喜んで同居と介護の役目を担うことにしました。

祖母とは小学校低学年くらいまで同居していた期間があり、その頃から私の唯一の理解者でした。

私が真面目で、冷めていて、興味を惹かれると他のことが目に入らなくなって、

自分のペースで物事を進めたくて、少し融通が効かずに周りの子達と馴染めなかった頃、

その事に両親はお手上げで「みんなと同じように」「普通に」「お願いだから」としか言わなかった頃、

あなたちょっとだけ人より心が大人なんだよ。それでいいんだよ。賢くて真面目なあなたが好きだよ。

もも疲れたら、周りの子たちと同じくらいには、いい加減で、だらけて、失敗してもいいんだよ」

と、声をかけ、私が「もう大丈夫」と言うまで何十分でも抱っこしてくれた祖母

祖母のその言葉と、帰ったら祖母が家にいるという安心感で、私は少しずつクラスメイト達と打ち解け、誰かに心を許したり、自分が失敗することも他の人が失敗することも許せるようになっていったのでした。

東京には別の親戚もいたのですが、ペーパードライバーで頻繁に祖母病院に連れて行くのが難しかったり、仕事の都合だったりで他に候補者もいなかったので、私の立候補には関係者みな渡りに船という感じでした。

母に「おばあちゃんが好きってだけではできないよ。よくわかってないんじゃない?」とも言われたけど、私は祖母に関する事ならちゃん理解たかったし、自分想像が及んでいない事があるなら、それも知りたかった。

介護はまあ大変だったのですが、意外と祖母が元気で、怪我の経過も芳しく、家の中の生活においては一人で出来る事が多かったのもあり、私は徐々に暇になっていったのでした。

美術館博物館が昔から好きで、最初は狂ったように行っていたのですが、お金もそんなにないし、周りに友達もいないので、やや時間を持て余すようになってしまいました。

そこで、一念発起して、噂に名高いエンジニアとやらになろうと思いたち、プログラミングスクールを探し始めました。

テーマパークで働いていた私からしたら、エアコンの効いた部屋で座って作業できて、toC接客をしなくてよくて、給料が高い(らしい)なんて夢の職業だと思っていたのです。

東京での普段淡白ながら、楽しみ方の選択肢がとても多い生活も肌に合っていて、祖母介護を終えても田舎には帰りたくなかったので、こっちで就職して帰らなくていい理由を作りたかった、というのもありました。


色々調べて、とあるオンラインがメインのプログラミングスクールに決めました。

祖母の家が都内とはいえ西の方で、交通費も出ないのに電車都心に通うのは厳しかったのと、祖母用事が最優先なので時間の都合がつけやすいようにと、グループでやる課題とかがきっと向いてないだろうなと思ったからです。

(今になって思えば、git実践的な使い方に慣れられるし、どうせ働き始めたらチームでやるんだからグループ作業経験しておくのをおすすめしたい)

ニート期間が短かかったので貯金があまり減っておらずなんとか料金を捻出できたのですが、貯金はなくなりました。

プログラミングスクールでは、まず卒業後どういう職種や働き方を希望するかを聞かれ、それにはどんなスキル必要説明を受けながらカリキュラムを決めていきました。

授業は、エンジニア経験のある人とskypeを使ってマンツーマンで、テキストを進めたり、課題をチェックしてもらったり、デバッグを手伝ってもらったり、わからないところを教えてもらったり、実際の開発現場の話を聞いたりしました。

私はなにせ女子校育ちだし、喪女だしで、女性先生が良かったのですが、女性先生は数が少ない上にみなさん大変な人気でなかなか予約が入れられませんでした。

平日の日中に授業を受けられるので、働きながらの人よりはずいぶん有利な立場にはあったはずなのですが、できれば同じ先生にずっと見てもらいたいと考えると、なかなか厳しい状況でした。

ですが、一人だけ比較的予定が空いている先生がいました。そう、後の彼女である


彼女の予約が空いている理由は1回授業を受けたらすぐにわかりました。

早口だし、自分の言いたい事は最後まで言わないと気が済まないし、アイスブレイク下手くそだし、全然笑わないし、癖なのか10分に1回メガネを拭いてるし、説明が長いし、1回説明した事は完璧理解するはずだと思ってるし、なんか顔が怒ってるし、なんか厳しくて答えをなかなか教えてくれないし。

顔は結構美人なのに、性格きつい人だなあというのが無遠慮な私がもった第一印象でした。

まあでも予約を続けてとれる女性先生は他にいないし、私も生来かなり真面目な性分だし、授業が終わった時のやけに油断してホッとしてる顔がなんかちょっと可愛いし、実力をつけるには問題ないだろうという事で継続して予約を入れる事にしました。

しばらく授業を受ける事で、だんだん彼女の態度は軟化していきました。

プログラムも楽しかったし、彼女については保護猫をだんだんと慣らしていくような面白さもありました。

授業は丁寧だし、彼女フレームワークの細かい内部の挙動や、メソッドオプションなんかにもかなり詳しく、それらの点では優秀な先生だったので、私の心からはいしか懸念も不満も消えていました。

そんなある日、パソコンを買い換えたいと思っている話をしたら、意外にも彼女が付き合ってくれる事になりました。

(当時、なんか可愛いという理由で買った、やたらキーピッチのあるVAIOノートパソコン作業していたのですが、色々目が開いてきてMacに乗り換える事にしました)

買い物当日、MacWindowsの違いから丁寧に教えてくれた彼女私服はダサかったのですが、お礼も兼ねて新宿居酒屋に行く事になりました。

主に、Windowsで使ってたツール類のMacでの代替品を教えてもらうつもりだったのですが、いつのまにか梅酒2杯で饒舌になった彼女の身の上話を色々と聞かせてもらっていました。

ゲームが好きでプログラミングに興味をもったこと、

プログラミングが好きでシステムエンジニアになったこと、

新卒SES会社入社して働いていたこと、

同期の中で唯一の女性だったこと、

研修は同期の中で一番成績が良かったこと、

頑張って資格をいっぱいとったこと、

現場で役に立ちたくて色々な提案したこと

いい提案ができるように新しい技術を家でもたくさん勉強したこと

いいシステムを作る為にプロジェクトの良くない点はきちんと指摘したこと

それらを煙たがられて注意を受けたこと、

「女のくせに」って言われたこと、

空気をよめ」って毎日何回も何回も言われたこと、

自分が席を外したタイミングで夕会が行われるようになったこと、

プロパー+αの人だけの飲み会」にチームの中で自分だけ呼ばれてなかったこと、

契約期間を途中で切り上げて退場になったこと、

社内で待機している時、営業に「女でこんなに売れないのお前だけ」って言われたこと、

新卒もどんどん現場に出ていくのに自分は次のプロジェクトが決まらなかったこと、

「とにかく人が足りないから大歓迎です」って言われた案件でもチームの中で1番最初に退場になったこと、

同期で自分以外の全員が主任かPL以上になったこと、

飲み会で同期にそのことをイジられたこと、

男の人が怖くなってしまたこと、

円形脱毛症になってしまたこと、

声が出なくなってしまたこと、

病院に通ったこと、

会社を辞めたこと。

業界が向いてないのは身に染みてわかったけどプログラミングが好きで今の職についたこと、

スクール先生も向いてないのはわかっていること、

授業のリピート率の低さに会社からいつも小言をもらっていること、

SESが辛くて辞めたのに、多くの人が卒業SESに行くプログラミングスクール先生をしているということ、

自分のやってる事が人の為になっているのか信じきれていないこと、

本当はスクール先生じゃなくて開発がしたいこと、

SES以外の社内SEとかで転職を考えたけどどこにも受からないこと、

から人付き合いが苦手なこと、

親戚のおじさんに一人すごく嫌な人がいること、

成績は悪いが愛嬌のある弟ばかり親が可愛がること、

私が授業をリピートしてくれて、すごくすごく嬉しかたこと、

私となら雑談がうまくできて、すごくすごく嬉しかたこと、

私が授業以外で会ってくれて、すごくすごく嬉しかたこと。


「いや、まだそんな重い話を聞く関係じゃないですよw」って途中まではいつ言おうかタイミングを見計ってたけど、とうとう言えずに最後まで聞いてしまった。

気がついたら私は泣いていました。それは気持ちがわかってしまたから。

小学2年の春、誰かに一緒に帰ろうと誘われるまで教室で本を開いて待ち、みんな連れ立って帰ってしまいひとりぼっちになった後、仕方なく開いていた窓を閉め、カーテンを束ねていた、その風景を思い出してしまたから。

ああこの人は祖母出会わなかった私なんだな、と、どうしようもなく理解してしまたから。

私はこの不器用女の子を、放ってはおけなかった。


私が優秀だと彼女評価もあがるかもしれないと思って余計にがんばり、無事卒業を迎える事になりました。

プログラミングスクール卒業生の主な就職先はSESです。(今はわからないけど)

SESについて彼女に色々聞いていたので、客先企業に常駐して、多重下請け上等で、使い捨てで、人売りと呼ばれていて、残業が多くて、無理なスケジュール押し付けられて、仕様変更が頻発して、現場では肩身が狭くて、theITドカタっていうのは知っていました。(今はわからないけど)

でも私はなんでも知りたかった。彼女のことをもっと知る為に、SESについて身を以て知るつもりでした。

同じ時期に卒業を迎えた人の中には、断固SES拒否する人も何人かいました。

下請けじゃなくて上流工程ができて経営が安定していてまったり働ける社内SEか、自由先進的でフットワークが軽くて自社サービスのあるベンチャーがいいのだと。

いやいやいやと、社内SEがそんなにいいものなら、学業が優秀だった人か、SESで優秀だった人から順番に行くでしょうと、

ベンチャーがそんなにいいところなら、すごく優秀な人たちの少数精鋭なんでしょうと。

課題サンプルのプログラムをいくつか作っただけの私たちがどうしてそんなとこにいけるでしょうかと。

修行のつもりでありがたく、いろんな現場業界で実戦経験積めよと、1行でも多く実務でコード書けよと、色んなプロジェクトドキュメントとかプロジェクトマネジメント見て勉強しろよと、SESでもないと逆にそんな機会も無いぞと、そんなことを思っていました。

私の就職先は、2回面接をしただけで、スクール推薦のSES会社にあっさり決まりました。


祖母は、私が平日フルタイムで働いても差し支えない程度まで回復していました。

彼女とは頻繁に連絡をとったり、遊びにいく友人の間柄になりました。

彼女は私の職場についてすごく心配していました。

しかし、実際SESで働いてみると、覚悟していたような環境とは少し違いました。

基本的に自社のリーダーしかさない(プロパーが直接メンバーに指示を出すのはダメらしい)し、スケジュール変更や仕様変更もちょこちょこあるけど、その分の残業代もちゃんと出るし、なんだか全体的にいいところでした。(テーマパーク比較するとなおのこと)

彼女最初に働いた企業が、現場が、時代が、運が、悪かったのだとわかりました。

その事については奥歯が割れるくらい、悔しかった。

でも、「あなたのおかげでエンジニアになれて、人生が変わって、嬉しいよ」って、彼女に伝える事はできました。


数年はそのまま穏やかに、繁忙期には激しく、時が流れていきました。

祖母怪我は完治し、私はそこそこのスキルを身に付け、転職引越し検討し初めていた頃でした。

そんなある日彼女から東京を離れるつもりだという連絡が入りました。

彼女は私の卒業後もスクール先生をしていたのですが、それがあまりうまくいっておらず、だんだんと稼働が下がり、収入も下がり、公共料金生活費も滞納しかかっているような状況だったそうです。

そして、そのことが親御さんに伝わり、帰ってくるように言われたそうです。

私は彼女の唯一の理解者だったので、私が彼女幸せにしようと思いました。

彼女引越し先でのルームシェアと、当面の生活費の負担と、その代わり家事をしてもらう事を提案しました。

すったもんだの末彼女はなんとか承諾してくれました。

しか問題お金です。彼女お金がぜーんぜんないし、私も引越し料金(2人分)とルームシェアできる物件2LDK以上)の敷金礼金・初期費用を払うのは苦しい状況でした。(実家かに頼ると、生活できないならこっちに戻ってこいと言われてしまう)

そもそも転職先が決まらない事には物件を探す事もできません。

折り悪くコロナの影響が、転職市場や私の現職の稼働に影を落とし始め、「やっぱり私実家に帰るよ」などと彼女が言い出して、これはいよいよヤバイなと思い始めた頃、

事態は急転して、なんとお金問題転職問題唐突に片付きます

みなさまPayCareerさんをご存知でしょうか。企業面談するごとに3万円もらえる転職サイトです。

そこで数件のスカウトが届き、多額の臨時収入を得られ、トントン内定複数頂く事ができました。

みなさま是非PayCareerをお使いください。求職者に寄り添うお心をお持ちの採用担当者のみなさまも是非PayCareerをお使いください。

その後物件探しにも散々苦労するのですがなんとか新居が決まり私たちルームシェアを始めることができました。


ある土曜日の晩、ブラックスワンという映画がどんな内容かをよく知らずに、なんともなしに見ていた私と彼女関係は、日曜日未明に友人から恋人に変わりました。

彼女彼女になりました。

私は女子校だったので、女性同士でお付き合いしている人たちを長く近くで見ていた事、彼女過去経験から男性に恐怖心を抱いてしまうこと、ここ数年似たもの同士の2人がお互いを助けあって生きてきた事、要因はいくつもあったと思います

多分お互い、本当のところは男性の事が苦手ないしよくわかっていないだけで、もしかしたら男性と付き合おうと思えば付き合えるのかもしれませんが、この上なく安心できて、優しさを掛け値なしに注ぎあえるパートナーを得られた時、それは問題になりませんでした。

人の寝言って今まで聞く機会がなかったのですが、彼女はすごいはっきりと寝言で喋るので驚いています

私は転職する時に、自社サービスを持っていて、担当者裁量業務委託の採用発注ができる企業を探していました。

条件に該当する企業入社できたので、彼女は今、フリーランスプログラマーとして私と同じ職場で働いています

彼女はとても幸せそうで、私は大満足の日々です。

ということで、喪女プログラミングスクールに行って彼女ができた話などでした。

2021-02-07

anond:20210206075257

それなりの大学出た人が、子育てブランクがあって/もう若くないしという理由低賃金人間関係けが命綱みたいな一般事務しか就けないのはもったいないのは同意

ただ文系センター試験数学まで受けた国立大学受験者は世間の少数派でもある。

いや書いてる自分自身もその層に含まれるが、はてなは「最低でも駅弁大学ぐらいは出てるんでしょ?」という感覚の人が多い。実際は今の二十代でも四大進学率は5割程度。

もちろん最低限の数学への適性はいるけど、そもそもハロワ名ばかり正社員昇給ボーナスなし手取り13万ぐらいサビ残有り)みたいな求人ばっかりの中で、うちの求人過酷肉体労働もなく好条件のはずなのに事務職じゃないからか、女性の応募者はほぼゼロ。皆もっと応募すればいいのに。

2021-02-03

千田かい人知らないし、Twitter発言とか知るわけない

anond:20210131185208

について、「社会学者の〜氏のTwitter上での発言について社会学者批判していないことから社会学は〜」というようなコメントを多く目にしました。

私は社会学研究者ではありません。一般論として思ったことを書こうと思います

まず、「極めれば極めるほど分野が細分化して行く」学問ってのはそういう性質のものだと思います。で、自分の専門じゃない分野の学者名前などまず知りません。さらにはTwitterなんか知るわけないですよね。

「xさんのTwitter上の発言どう思いますか?」とか言われても「誰だよ」としか思えないわけです。

xさんが炎上した、それを批判しなかったーーそんなことで「同じ社会学者として」批判されてもどうしようもないでしょう。

Twitter炎上なんて普通いかけません。あれはジェンダーと、表現界隈の人の間で起きた小規模な出来事に過ぎません。社会学界の大事件にはなり得ません。Twitterにいる社会学者はごく一部です。社会学とはほとんど関係ありません。

T氏と研究テーマが近しい学者以外の、他の社会学者にとっては、同じ会社の全く知らない人ぐらいのものでしょう。

しわたしの専門分野に、同じように炎上して批判を浴びる人がいて、Twitterで分野内から批判が起きなかったという理由で専門分野全体を貶さられるようなことがあったら、正直馬鹿じゃないかと思います

自分の専攻を貶されて腹が立つだとか、悲しくなるだとか言うことはありません。ただ、無知で愚かな人間がこんなにもいるのかという理由で少し日本という国に失望はするかもしれません。

小保方氏の件は爆弾のような出来事でした。あれほどのことがあれば、学問全体が否定されるのも、まあわからなくはないでしょう。

Twitter炎上したT氏を理由にですよ、Twitterで誰かがT氏を批判しなかったことを理由にですよ。そんな理由で叩いてくる馬鹿がいるんだな。暇な馬鹿ネットじゃ声がでかいんだな。迷惑馬鹿だな。ーーーとしか思えません。

声の大きな馬鹿罵倒される社会学者には心から同情します。

Twitter医学系のアカウントは間違ったことを言う別のアカウント批判している。社会学者はなぜしないんだ。」という意見も見ました。アホかと。医者ってめちゃくちゃ多いんですよ。学者なんかよりよっぽど。医学部なんてほぼ全員医者になるとこですよ。定員もそこそこ多くて、殆ど駅弁大学に設置されてるとこですよ。そこから毎年ものすごい数の医者排出されてるんですよ。そりゃあ文系学部学生割合的には多いですが、アカポスものすごく少ないですからね。院進の割合理系に比べてとても低い。それなのに医学部と比べられても困るでしょう。

自殺幇助やらかし医者いるからって医学医学です。あのとき自殺幇助肯定する医者はそこそこいましたが、それが医学批判につながることはありませんでした。

Twitterにいる社会学者社会学者サンプルを取るられるとか、ほんと意味不明ですね。で、社会学者人格社会学を繋げて語られる。叩かれるならもう少しまともなたたかれかをしたいでしょう。社会学者、ご愁傷様です。

2020-11-15

氷河期世代にもいろいろある

40代かば団塊ジュニア就職氷河期世代男性

人口20万程度の衰退気味の地方都市で生まれ育ち、地域で3番手くらいの進学校を経由して地方国立大学(あまりレベルは高くない)を出て、地元市役所技師として採用され20年あまりが過ぎた。おかげで、ありがたいことに無難人生を過ごしている。

昔の同級生非正規労働者がいる。努力が報われなかったのであればやむを得ないこともあるだろう。だがこいつは名前を書けば入学できるような五流の私立高校卒業したあとバイト生活し、結果40過ぎても非正規労働者で、酒の席の話題と言えば「洋楽を聞いている俺すごいでしょwwww」という中学生みたいな自慢話くらいのもの。それだけならまだしも、その場にいた友人のアイドル趣味を「理解できねえ」とこき下ろしたり、自分よりも学歴の高い相手バカ扱いしてマウントを取ろうと必死な姿がムカつくを通り越して痛々しくすらある。他人を見下さないと自尊心が維持できないのだろう。こういう奴「闇金ウシジマくん」で見たような気がする。

自分もこいつにターゲットにされたことがあるが、出席者の中には駅弁大学はもちろん、旧帝大卒もうちの地元からじゃなかなか合格者が出ないような有名私大卒もいるのである国立とはいえ地方ケチ単科大学卒業者だけを目標にするあたり実に志が低い。おまけに「俺らの税金で食ってるんだから奢れ。還元しろときた。最近乞食は態度がでかいなあ。累進課税って知ってるか?どうせ知らないだろ。断言するけど、お前より俺のほうが多く税金払ってるよ。俺をバカにするくらい優秀なら、バカでも受かる大学を出てバカでも入れる役所に入りゃよかっただろうに、何故そうしなかった?お前はバカ以下か。

他の友人の証言によると、帰省したときにばったり出くわしてお決まり挨拶を交わしたあと「で、いま年収いくら?」久々に会った同級生に対する言葉がそれかよ。

あのなあ、こっちは(というか俺達は)今のポジションを獲得するためにそれなりの対価を払ったんだよ。お前が漫画読んだりゲームやったり大好きな洋楽聞いたり女と乳繰り合ってる間に、こっちは自分なりに努力して今の位置にいるんだ。

人は学歴じゃないって言うけど、お前のことじゃないよ。お前と同じくらいの成績で同じ高校卒業したあいつ、地元企業部長だってさ。お前と同じ町内で育ったあいつも、中卒で就職してから頑張って、専業主婦奥さん子供2人養いながら家のローン払うのきついって苦笑いしてたぞ。みんな俺よりずっと偉いよ。で、お前は何やってたんだ?

もし努力が報われなかったのなら同情してやらんこともないが、技術も才能もない奴がそれを補う努力もせずに総取りできるほど人生は甘くない。「トレインスポッティング」みたいな一発逆転なんて現実にはないんだよ。

ザッカーバーグなんて大したことねえよ。絶対おれのほうがすげえwww」んだったら、言っただけのことをやってみろ。

お前の貧乏は心の貧乏だよ。

中学の時は飄々としてクラスムードメーカーみたいな感じだったのに、本っ当につまらねえ男になっちまったなあ。

2020-10-13

社会から早々にドロップアウトして人生ヌルゲー状態

タイトルのとおりなんだけど

小学校サッカー部で先輩後輩なく楽しくやってたんだけど、中学校になってどうもおかしな気配を感じた。

普通公立中学校だったからなのか、サッカー部なんかド不良の集まりで、先輩は絶対みたいな雰囲気だった。

パシリとか当たり前で、体育会系でよくある理不尽命令みたいなのも普通にあった。

最初はみんなで「先輩怖いね~」みたいな話ししてたような気がするけど

なんか途中から同級生同士でも力関係みたいなのが発生して、クソ雑魚の僕はすぐにいじめみたいな感じになった。

こりゃいかんと思ってソッコーでサッカー部をやめた。

もともとサッカー特別好きではなかったし、はじめた理由もちょうどJリーグ開幕の年前後小学校に上がったからみたいな感じだったと思う。

未練はなかったし、

何より怖かったのが、先輩>同級生>僕 みたいな非常に明確な構図ができあがってしまっていた事、

さらに先輩の上には先輩がいてさらサッカー部顧問先生がいる。さらにその上に外部から監督が来てて

その監督見た目はジーコみたいなんだけど、キレたら頭のテッペンから声が出る狂犬みたいなヒステリーおっさんだった。


まあ何が言いたいかというと、順当に順位を上げるのはムリダナと思ったわけです。

まりに壁が高すぎる。とても正攻法では太刀打ちできない。と中1にして悟ったんですね。

くわえて以前から親父にも「お前は闘争心がない」とのご指摘を再三賜っていたので、その自覚はあったし特に悪いことだとも思わなかった。

幸いにしてそれほど頭は悪くなかったので、ぴゃーっと部活をやめて勉強シフトすることにした。


で難なく進学校に進んで、今度は好きなことしようと思って

マイナースポーツをはじめた。身バレ嫌なのでぼかすけども

マイナー故に男女が別れていないような運動部だ。

男女がいたからなのか、マイナースポーツゆえなのか、先輩後輩の関係もゆるく、待ち時間漫画読んだり、ゲームしたり、夏休みに生徒だけで勝手合宿したり、女の子に好きになられたり、そのまま仲良くなったり、楽しく過ごしました。

で、肝心のお勉強の方なんですけれども3年になると雲行きが怪しくなって来るんですね。1,2年時は強化クラスみたいなところにいたんですけれども、3年で普通クラスに落ちたんですね。

理系には有能男子学生が集まり、頭が悪くないくらいで勉強しない僕のような生徒が第一線張れるようなところではありませんでした。そういう環境では順当に行けば勉強頑張るか、となるんでしょうけれども、僕は戦いませんでした。そう文転です。

中学経験から逃げが身についているのか、僕はさらに逃げます。そう私大です。

センター併用とかなんとかでごまかして、有名私大文系学部にするりと合格してしまうわけですね。下手に頑張って駅弁大学いくよか随分良い選択をしたと我ながら思うね。

これはもはや弱者の戦略と言って良いでしょう。勝敗が決する前に別の戦場に移るという画期的な戦法を身に着けてしまったわけです。その姿は強い相手と対戦しないように減量する計量前のボクサーのような美しさがあります


でですね、大学でも難を避けて暮らして、今度は就活なんですけど、やっぱり理系企業に行きたいんですよね。ほんとはIT関連に行きたいんですよね。

無謀ですよね。競争ですよね。勉強してないのに。なのであきらめました。

じゃあどこいこうかなと思ったとき、僕が選んだのは女性活躍できる職場(男性が誰も入ってこないくらいのブラック企業)でした。当時はブラック企業情報などもあまり溢れていない環境だったかと思いますが、親兄弟からも反対されるほど名のしれたブラック企業でした。

なぜそこに入ったのか。おそらくそしか入れなかったのでしょう。規模が大きく、成長性があり、労働環境最悪―――というのは、なんとなく自分には向いてそう、という感覚がありました。実際その会社労働環境凄惨を極め、朝から夜まで働き詰めで1年めの年間休日は30日とかだったと思います。(もち全部サビ残だよ)

なんか書くの飽きてきたな。増田長編書くモチベってなんなの?

で何が言いたいかというと、女性が多い職場にうら若き男が入ると、めっちゃかわいがってくれるんですね。んでもって女性が多いからといって女性出世できるわけではないので、大卒男性なんて勝手出世するんですね。女の人って大変ですね。

しかも、もともとが時代遅れブラック企業なので、成功した他社のやり方持ってくるだけでポンポン成績が上がるわけです。面白かったですね。

そんなこんなで出世して20代のうちにちゃっちゃっと結婚して子どもまれて、まさにヌルゲー人生謳歌しているわけですけれども。ここでふと気づくわけですね。



自分がカラッカラのペランペランだということに。



なにか仕事ヤバいトラブルがあったとか、乗り越えられない壁があったとか、めっちゃすごい人物にあてられたとか、一切そういうことはなくて、ふと振り返ったとき自分の歩んできた道の軽薄さに恐怖するんですね。

今までは「戦略的撤退」だと言い聞かせてきたんだけど、今、退路を探してもどこにも見当たらないんですよ。スキルも積まず、努力もせず、社会盲点みたいなところ一点突破してきた自分が、出世だけして家族を背負い、綱渡りしている事に気付いてしまったんですよ。

手に職つけず。年だけ食って。もう35だよ。転職するにも公務員試験も受けられないよ。

退路がないと言ったけれども、僕、前進する方法も知らないんですよ。

正面切って正攻法努力する方法知らないんですよ。

どうしたらいいですか?

僕は何を恐れてるんだろうか?

どうしたらいいんだ。


こんなオチにするつもりで書いてたんじゃなかったのに。

「嫌なら逃げればいいじゃん」っていう軽い感じで書いてたはずなのに。

なんだこれ。最悪じゃん。


もう寝よ。最悪だ。

2020-01-09

anond:20200109160633

増田サジェスト通りに駅弁大学出て公務員になった30代はその年齢で住宅ローン組んでるなら正に借金2000万超になるだろ…

実家太くねえのに下っ端公務員貯金なんて碌に出来るわけなかろ…

2019-09-25

県外で就活するのむっちゃ面倒じゃないか

現在大学4年生。

大学の県外に就職が決まって、もうすぐ内定式があるんだけど、日帰り出来ないから泊まる事になる。だからスーツを持って帰らないといけない。それが面倒。

そもそも就活する時も面接受けるのに電車新幹線で数時間かけて行ったし、地方民が首都圏就活するのがキツいわ。

大学とかで地方から首都圏での就活サポートするのもあるけど、いくら安くても十数万はかかる。

県内就活したら交通費だけだし、コネも多くて楽。やっぱ駅弁大学県内就活するって前提なのかな。

受験の時に首都圏大学受ければ良かった。でも受験するのに交通費とかかかるよな。就活で何回も行くよりはマシか。

2019-09-22

anond:20190922010507

ちょっと厳しい言い方に聞こえるかもしれませんがご容赦を。

補足を読んだ限り、学問に対する心構えも職業に関する心構えも受験偏差値の枠でしか考えられていないように見えます

もちろんまだ高校生なのだから仕方ありませんが。

県内国立(悪い言い方をすれば駅弁大学)に受かるかどうか自信がないのにFランバカにしたり、同じくらいの成績の同級生早慶マーチレベル指定校推薦で行けるのはズルいと言ってみたり。

法学系を志望するということは、法曹裁判官検事弁護士)を目指すか公務員中央官僚地方公務員)を目指すかです。もちろん一般企業でも活躍の場はたくさんあります企業法務最初から目指す法学部生はあまりいないと思います

法曹を目指すのであれば、勉強を苦にしていては司法試験は受かりませんし、任官してからハードワークは受験勉強の方が楽なくらいです。

司法試験改革の失敗以降、低所得に甘んじる弁護士も多くなっています

中央官僚は、基本的東大京大早稲田慶応以上の世界です。駅弁大学出身厚生労働省次官になった村木さんという女性もいるので、駅弁大学もそう捨てたものではありませんが。

地方公務員になるのであれば、むしろ駅弁大学が最強です。

実は推薦入試入学した学生は、企業からの評判はあまりよくありません。基礎学力が劣るといわれているのです。早稲田で約1万人、慶応で約5千人も一学年にいるのですから早慶の中で上位にいかなければイージーモード就職は難しいです。私立大学入試偏差値一般入試の人数を調整することでなるべく高く出るように工夫している面もあるのです(昨年くらいから定員は厳しくなりました)。

から出て都会に進学したいという気持ちは痛いほどよくわかりますが、地縁血縁をぶった切って都会で一人で生きていくのは思った以上に大変ですよ。

2019-09-16

心がズベズベになった

ただでさえ蟻のうんこほどしかなかったが

医学部行ってて趣味小説書いててそこそこ評価ももらえてるらしい元同級生が今度は絵にも手を出し始めた

全然描けないって言うけどいや描けてるじゃん

普通に医学部も落ちて駅弁に入って3留してる俺が馬鹿しかないしおまけにその駅弁大学での同級生も3人程東大の院受かったらしく本当馬鹿

いったいいつになったら俺は動けるんだ?

息してるだけで辛い

2019-03-31

anond:20190331001916

商業分野で歴史的にいろいろ凄い小樽商科大学や、獣医を持つという独自性のある帯広畜産大学って「駅弁大学」なのか?

まあ偏差値的な意味でいわゆる駅弁とどうなのかとか知らんし、特色ある分野以外はそもそも学部がなさそうな両大学だけど。

でも駅弁大学本来的な意味を考えるとなあと

2019-03-14

anond:20190314211036

筑波大と茨城大のほうが先だろ

なお筑波大のほうが歴史古い

 

あと、駅弁大学という言葉でぐぐれ

2019-01-09

年齢=彼女いない歴の「彼女いそうって言われる」

当方都内在住28OL。二ヶ月前に彼氏と別れたのをきっかけに、マッチングアプリの利用を始めた。いいね数は一ヶ月で500くらい。都内の中ではそんなに多い方じゃないと思う。

そんな中、アプリである男性と知り合う。

下記、男性スペック特定を避けるためフェイク有り)

28男性

・年齢=彼女いない歴

駅弁大学院卒

公務員

アプリ内の自己紹介に「よく、周りから彼女いそうなのに、って言われます」「明るくてコミュニケーションには自信あります」といった文言

メッセージのやり取りが続いたところ、向こうからお茶に誘われた。

ま、いいかと軽い気持ちで会うことに。

会って気づいたことを記す。

・くさい。なんで真冬なのにこんな汗臭いんだ。仕事終わりという訳でも、スポーツした後という訳でもないらしい。勿論体質で致し方ない人もいると思うが、対策は講じていないのだろうか。講じててあれなんだったらごめん。

・食べ方が汚い。生クリームをチュパチュパ音を立てて食べる人を初めて見た。何吸うてるねん。生クリームおかんおっぱいちゃうねんど

学歴マウントとられる。「高校から学年一位でセンターで○割とって、××大卒業なんですよ〜。まあ勉強は出来る方ですw増田さんはどこ大出身ですか?あwでも女性学歴なくても全然大丈夫ですもんね!」と聞かれたので素直に答えたところ、向こうの最終学歴よりこっちの方が偏差値高い大学だったので気まずかった。そこからからさまに機嫌を損ねられる。学歴なくても全然大丈夫ってお前の頭こそ大丈夫か?なに勝手にヘソ曲げてんの。

・人の話全然聞いてない。あっちが9割話してこっちは1割程度しか話せてない。こっちが発言しても上から被せてくる。一生一人で喋ってろ。

・同じだけ飲食したなら割り勘で全く問題無い。お茶スイーツのお代わりをするのも全く問題無い。しかし、私お茶一杯飲んでプリン個食べただけなのになんできっちり一円単位で割り勘してくれとんじゃ。××大院卒なんだろ?算数くらい出来るだろ?割れよ。自分の分くらい自分で払えよ。

文章化するとこんな感じ。

もちろん、当方に至らない点があった可能性はある。もっと彼の理想通りの女性だったら、もっと話も聞いてくれたかもしれないし要らぬマウンティングもなかったかもしれない。思ったような女性じゃなくてごめん。

しかし、体臭きつくて、食べ方汚くて、学歴マウンティングをして、女性学歴を下に見て、支払いのスマートさに欠ける男性こちから願い下げです。そら彼女出来んわ、、って思ってしまった。

表題について考えてみる。

彼女いそうなのに」と他者から言われるのは、彼女の有無の話題になったためだろう。

彼女いたことないんですよ〜」と言われても、「なんでいないの?」「そりゃあお前じゃ彼女出来ないだろw」とは言えないし、「えー意外!」「彼女いそうなのに〜」ってボカすのが無難

その言葉を間に受けてプロフに書くのはちょっとなーと思う。

恋愛経験は無いけれど、彼女がいないのが不思議なくらい、マトモな人間です!」っていう主張のためにプロフに書いたのかな。でも、こっちからすると「彼女いそうなのに!って言葉を間に受けて、それをプロフに書くくらいには能天気です」って印象になったよ。

あーはやく彼氏つくろ。

2018-11-18

anond:20181118041941

こないだ東大WEB公開してる講義を見て、おもれーってなってんだけど、どうなのかね、ちなみに中退した駅弁大学講義は糞つまんなかった

まあ、まだ東大以外のWEB公開講義は見てないからなんとも言えないけど

2018-10-20

プログラマーになるなら駅弁大学くらいの学力は欲しい

例外は何人も知ってる

ただ平均を取ればそのくらいの学力無いときつい

(というか、例外の人たちはちゃん勉強すればそれなりの大学入れたが、何らかの理由勉強しなかったタイプだと思う)

 

なんだけど、ここらへん都合が悪いのか割と語られない

いや多分なろうと思えば今の時代なれちゃうんだけどひたすら苦しいと思う

そういう苦しんでる人と会うとこちらも苦しい、一緒に苦しい

 

例えば、医者になるならこのくらい、一級建築士になるならこのくらい、みたいなのって一般人でも何となくの最低ラインが見えると思うんだけど

PGはまあよくわかんないと思う

 

駅弁大学で若干きつい、地方旧帝大でちょうどいい、東工なら余裕、東大京大PGにはもったいない ※個人の印象です

アメリカPG地位が高すぎて東大京大クラスの人がPGやってるケース多いみたいだけど、完全にバブルだな。ちょっと前のメーカーみたいな感じ?)

2018-09-24

anond:20180924070356

駅弁大学理系はそんなに悪くないぞ。

ノーベル賞受賞の中村教授徳島大だし、梶田教授学部埼玉大だ。

鹿児島大卒の稲森さんみたいな高名な経営者もいる。

偏差値だけでみると負けてるかもしれんが、学問レベルマーチ理系より上だと思う。

コミュ障うんぬんは、自分の専門スキル他人から認められるレベルに達すると自然に治るから勉強なり仕事なりをがんばれ。

2018-08-06

教育環境差別

東京医大で点数が引かれていた件とか、女子大の意義とか、そういうのを見ながらしばらく前から思っていたこと。

女性のことというより教育機会の話。

念のため最初に書いておくけれどもこの増田でもって女性叩き、男性叩きを助長したいわけではない。

私の出身県(東日本、非首都圏)の高校以降進学率は男女でだいぶ違う。

大学等進学率、男性が42.9%で女性が52.8%。

これが「大学進学率」となると、男性40.9%、女性38.0%。

大学等」と「大学」の差は県内にある女子大存在の差が理由ひとつではないかと私は思っている(4年制1校、2年制4校。この理由裏付けは取ってない)。

単純に高卒後の学歴をつけるという意味だけで進学させようとしたときに、

①とにかく学校の種類は問わずに、進学させたい

②県外にやる金銭的余裕はない

③本人にとって県内に行きたい学部がない(県外にはある)

④本人にとって県内に興味のある学部はあっても行ける学力がない

という4条件が揃ったとき男子女子より不利になるという状況は、県内においてひとつ現実ではないだろうかと思う。

41%と38%の差は「ほぼないもの」という仮定で、もし県内に「男子短大」があったら、男性全体の進学率はどう変わるんだろうか。

④だけの場合勉強しろっていうそういう話でもいい。それはそれで現実だと思うから

で、③に②の条件がそろった場合なんとかクリアできるかもしれない状況って、男性の方が有利なのかとも思ってしまう。

でもそういう条件がより多くの男性クリアできるのだとしたら、県内出身男性大学等進学率はもっと上がっているのではないか

この差はどうやって埋めるべきなのか。埋めるべきものなのか。

これが性別逆だったら、それなりに問題になるのではないかと思ったりするのだ。

お茶女の学長の話は、全文ではないがかいつまんで読んだ。女子大必要性理解できるし、必要だと思った。

無条件に女性大学入試で点数を引かれていいとは間違っても思わない。

女性であっても男性であっても、浪人生からって点数を引かれていいとは間違っても思わない。

某九大にいる地元出身女性の一部が、本当は東大かに行けるレベルなのに外へ出させてもらえなかった、という話をtwitterで見た。

これを聞いて思ったのは、大学レベルは天地ほど違う私が行った駅弁大学地元出身生。この中での女性比率

たまたまかもしれないが、学科同期だけで見た場合地元出身者は女性の方が多かった。

彼女たちの進学理由に「地元から」というフィルターがどの程度あったのかはわからない。


どこをどう変えていけばいいのか現状わからない。

くどいようだけど、この増田でもって女性叩き、男性叩きを助長したいわけではない。

そもそも偏った見方しかできていないという思いもあるし、全体を見渡せた考え方をしているとは思えない。

女性差別に関わることと、地方教育環境教育機会のことを同時に考えてるから私の中でまとまらないのではとも思う。

まとまってはいないのだけれど、とにかく、考えている人・考えようとしている人の中に何かのとっかかりになればいいと思って書き残しておく。

追記コメントで指摘があったので。数字は今年度(2018年3月卒)の速報データです。指摘ありがとう。そうだよね、必要情報でした。私自身はそこと10年くらいの年齢差があります

2018-07-10

anond:20180710012322

統計学もつまるところ何も確実性を与えてくれるわけではない点がいやなんですよ もっといえばこの世に確実が存在しない点が嫌なんです 例えば駅弁大学以上に進学すれば結婚すれば幸せ未来約束されていたらしいあの頃のような

申し訳ないことにあなたとは気になるポイントが違ったみたいです 申し訳ない

2018-07-06

anond:20180706203644

中の下の顔なら理系駅弁大学ですでに複数回告白されてるだろ

その中からよりを戻せばいいと思うよ

相手がいないのお助けてえでええよ

2018-03-22

滑り止め底辺国立大しかからなかった人へ

前期試験第一志望の中堅国立大に落ちてしまい、

4月から地元駅弁大学に通うことになってしまった7年前の私へ。

公立偏差値表の下から数えた方が早い地元大学への入学を前にして

きっと今あなたは将来への不安に苛まれていることでしょう。

でも大丈夫

結論から言うとあなたは7年後、某有名大企業就職することになります

心配しなくてもあなたの選んだ電気電子工学科には、

就活シーズンになると色んな国内有名メーカー、電力会社などからの推薦依頼状がたくさん届きますよ。

やっぱり低偏差値大だから学生の数に対して大手の推薦状は少ないけれど

それでも私の体感では、学科の中で上位25%以内程度の成績を保てていれば、有名大企業の推薦枠の中から好きな会社を選べると思います

(そして、後期入試入学したあなたにとっては、実のところ上位25%というのは余裕の数字なのです。)

推薦を得たところで3割程度しか採用されない会社もありますし、勤務地を選ばなければ100%採用される会社もあります

しかし倍率の高い会社でも、ちゃん対策すれば大丈夫。この話はまた次の機会にしましょう。

から4月から安心してサークルに入り、友達をたくさん作ってください。

私が今後悔していることは、受験失敗をいつまでも引きずってしまい、大学生活そのものをあまり楽しめなかったことです。

就職してしまえば、尊敬できる人たちとの出会いもたくさんありますから、周りの環境を悲観して今から無理に3年次編入や院試の事を考えなくても良いんですよ。

決して大手企業に入るだけが人生ではありません。

しかし、受験に失敗して落ち込んでいる今のあなたにとっては、少しは心の救いになる情報なのではないでしょうか。

同じような状況で苦しんでいる人の心が、このエントリで少しでも軽くなれば幸いです。

2018-02-09

地方駅弁大学なんか行くなって話

マジで行かないほうがいいよ

もしマーチ受かったんだったら絶対にそっち行ったほうがいい

地方駅弁大学のやつらは意識が低い

卒業して地元企業で働ければそれでいいとしか思ってない

そういう学生ばっかりだから研究なんかもだいたいテキトー

情報専攻なのに一行もプログラム書かずに卒業研究したっていう人もいるくらい

どうしても地元で働きたいっていうならいいと思うけど、そうじゃないならやめとけ

学費が安いなんて理由で入ってはいけない

親に頭下げてでも、金借りてでも東京行ってこい

東京で色んな人と関わって、しっかり名のある大学で実りある研究したほうがいいよ

ま、俺は東京大学生じゃないから知らんけどな

2018-02-06

10年来の鬱とADHD傾向が改善した

 今年で28フリーター


 幼少期(小学校の低学年頃)に脳に疾患が見つかって、以来十年近く投薬治療をしていた。

 また、高校の頃からずっと鬱を患っていた。頭の中が鉛のようになって自由に動けなくなる。生活の上でそういうことが多々あった。


 ADHDも併発している。破壊的な過集中を経て朝まで眠れないことが多かった。

 バイトシフトにはちゃん遅刻せずに行く程度の社会性はあったけれど、やはりと言うべきかミスが多く、恐らく責任者も俺のことを発達障害者として認識していたみたいで、指示を出す時も俺にだけ妙に細かい明確な指示を出してくれたりした。それはそれでありがたかったのだけれど、時々ヒスを起こされることとなった。自分が主原因になっていることは分かっていたから、どちらかと言えば申し訳ない気持ちの方が強かったけれど。


 現役で地方駅弁大学入学して、卒業が近くなってから資格試験講座に通っていた。で、途中から引き篭もるようになる。

 一応何とか大学卒業できたけれど、定職に就くことはできなかった。


 自分は、根本的に人生ディシプリンというか一種の訓練期間だという固定観念を持っていて、それと同時に、より効率的自身を訓練できる人間がより優れた人間なのだという価値観を持っていた。だからと言うべきか、高校時代は朝5時に起きてジョギングを繰り返していた。恐らくその頃が、自分学力ピークになっていたと思う。

 確か当時の全国模試総合偏差値は70を超えていたはずである

 でも、そういう訓練が破綻を来たすのは思っていたよりも早かった。

 何年も日課にしていたジョギングが、高校生活半ばに突如として億劫になったのが始まりで、それ以来上手く眠ることができなくなったのだ。

 その頃から学力の減退も生じていて、自分自分コントロールできない感覚に苛まれるようになっていた。志望校ランクを一つ落として、何とか国立大学合格することはできたものの、今にして思えばあれが自分人生の最盛期だったのではないかと思う。


 大学に入ってからは、過密的な訓練期間と白痴のように生活崩壊する期間を繰り返すようになった。訓練期間には、暇があればジョギングに出かけ、膨大な量の学術書に当たった。また、複数語学習得を目指し大学ゼミを幾つも掛け持ちしていた。そして、大抵はそのような訓練期間は三ヶ月と持たずに破綻し、再び自分コントロールできずロクに睡眠も取れない白痴のような生活が始まるのだった。

 俺はそうやって訓練期間が破綻する度に、自分計画の建て方や訓練の方法に恐らくは問題があるのだと考えていた。実際、その考えにはある程度事実に沿う部分もあって、当時の俺はその自分が打ち立てた訓練方法の細部を限りなく修正し続ける作業に集中することとなった。そして、その細部を修正したトレーニング理論に基づく何ヶ月かの訓練タームを集中的に実施し、そしてその訓練タームの後には、訓練タームよりも更に長い破滅的な破綻の期間を迎えるということを繰り返していた。そのような生活大学卒業してからも戻らず、そんな具合に二十代の半ばを迎えた。


 何かが間違っていることには気付いていたけれど、何が間違っているのかはもはや分からなかった。考えつく限りの細部には工夫を凝らしてきたつもりで、主に食事における栄養バランスの調整には念入りという以上に念入りになった。卵、バナナ、木綿豆腐牛乳納豆青魚、葉野菜。こういうものバランスよく摂るようにしていた。でも、自分自分コントロールしているという感覚はついぞ訪れることはなく、相変わらず愚にもつかない趣味に熱中しては朝を迎え、疲弊しきった精神バイト先に行き、そして週末は48時間家に引き篭もって過ごすことも多くなっていた。


 いわば、この辺りが人生の暗黒期だったと言えるだろう。むしろ、そう言わずして何と呼べるのだろうか? もし他に呼び方があるとすれば誰か教えておくれ。


 さて。

 結論から言えば、この生活は現時点でかなり改善している。

 いわゆる躁鬱の躁期に入っただけの可能性も有ると言えば有るのだが、しか実証的に体系的に改善を目指した結果として、根本的に自己コントロールしているという感覚が数年ぶりに戻ってきたので、そこに関してはある種の信頼を置いている。


 原因というべき原因については既に見当がついていて、つまりそれは脳に対する血流の低下である身体におけるありとあらゆる不調や、自身コントロールを掌握できていない感覚殆ど場合、血流の低下に基づいているのであるADHDや鬱の改善に血流を効率よく増やす有酸素運動有効であることはとっくに知られていることで、つまり結局は脳の血流の有無が自己コントロール能力の有無へと繋がっているということなのだ。これを改善する為の様々な手段を講じ続けてきた結果、その中で極めて有効もののみが残ったので、それらについて以下に紹介していきたい。


 シンプルながら散歩ADHDや鬱の克服に大変役立つ行為である普段自転車原付で移動する距離を、例えば自転車原付を手で押しながら移動することで、とにかく歩く歩数を増やすことに集中した。iPhoneヘルスメーターも一応活用しており、実際に散歩した分の歩数が如実に数値として現れることにはかなりモチベーションを刺激されることとなった。


 腰の尾てい骨の下に柔らかいタオルを敷いた上での足の上げ下げなど、身体を横にして安定した状態にした上での筋トレは圧倒的に脳への血流を増やすことができる。これで週末の鬱傾向が随分と改善している。なお俺は心肺能力に二十代の半ばからかなり不安を抱えるようになったため、そこまで負荷を掛ける筋トレ実施していないが、自分の体調と相談しながら負荷を増やしていくことが肝要であるようだ。


 ドストエフスキー夏目漱石などといった純文学が望ましい。これらを読む際に脳に鋭い拒否感(としか呼びようのない感覚)が走る人間ほど、読書はうってつけの鬱・ADHD改善法となると俺は思っている。大抵の場合活字を読んだ際に訪れる決定的な拒否感は、脳に対する血流が急激に増えることに由来しているのである。そのように活字に対する拒否感が生じる際にはそっと目を閉じて、左前頭葉辺りに意識を集中してみると、はっきりと自分の脳への血流が増大している様子を感じることができると思う。特に、血流を増やす為には身体を横たえた状態でいることが望ましいのだけど、当然屋外や座った状態での読書も随分と効果を発揮する筈である。また、外国語の読解などもこの読書カテゴリーに加えておく。


  • 絵を描くこと(普段行わない趣味を行うこと)

 基本的に鬱の人間は、日々変化に欠ける生活を送っている場合が多い。

 同じパターンというか、悪い意味で安定しきった生活を送っていることが多いのである

 すると行動の多様性や、積極的な行動への意志が驚くほど抜け落ちていくという事態に遭遇した鬱持ち・ADHD持ちの人間は非常に多いのではなかろうか。というわけで俺はどちらかと言えば趣味としては読書文章を書くことに取り組むことが多く、空間的に物事を把握しそれを描写する絵などにはあまり集中力を払わないことが多かったのだけれど、これがどうやらいけなかったらしい。最近は、漫画イラストを模写したりだとか、積極的に絵を描く時間生活の中に設けるようにしている。ファミレスハンバーガーショップなどに行った時にサッと手帳を取り出して、軽く文章やそれに付する絵を描いたりすることも日課となっている。

 ここで言いたいのは、必ずしも絵を描くことが鬱やADHD改善に役立つといったことではなく、同じ行動パターンや同じ行動に固執することが如何に脳に悪影響であるかということなである。なので俺は最近文章を書き、絵を描き、詰将棋を解き、読書をし、と、とにかくやる事を一つに限定せずコロコロと変えることを意識して生活するようにしているのだ。

 鬱持ち・ADHD持ちにありがちな思考の切り替えや行動の切り替えが上手くいかない人間には、是非絵やその他普段行うことのない趣味を増やすことをオススメする。


 上で書いた通り、卵や牛乳青魚といったナチュラルフードが脳のパフォーマンスに影響することは学術的に証明されて久しい(と俺は思っている)。これはもう殆ど記述する必要性がない事実だが、しかし敢えてここに記述するからには、そこには当然ながらそれなりの理由がある。

 つまり、俺のような鬱・ADHDの併発した人間には、料理を行う際にとある事柄が圧倒的なハードルとして持ち掛かってくるということなである。つまりそれは、そう、料理煩雑さや億劫である

 基本的に鬱傾向やADHD傾向を持った人間はありとあらゆる行動に億劫さを感じるもので、よほどその行動に高い利益や見返りが見込めない限りは、その行動を行いたくないと思うものなのである。そういった面から言って、料理は味よりも栄養価と手間の少なさを重視するように俺は心がけている。準備や片付けの手間をできるだけ減らすために、単に塩焼きにしたり茹でるだけだとか、できるだけ工程の少ない料理(というか殆ど調理)で済ませられるようにしている。

 また、週末になれば殆ど外食で済ます

 脳に一定以上の煩雑さや負担押し付けないことが、ADHDや鬱改善の要点である。時にはサボることも非常に重要だ。


 追記。瞑想効果あると思う。瞑想時に、個人的には脳への血流が如実に感じられることが多く、恐らく脳に対してかなりポジティブ効果が起こっていると思われる。

 読書の後など、脳に負荷を掛けた際にその情報の整理や休憩の為に、短めのカジュアル瞑想を行うことがある。これもまたオススメ


 など


 こんなところだろうか。

 思い出し次第追記を行いたいと思う。


 今年に入って、文学小説の脳に対する効能が非常に大きいことに気付けたのは重要発見だったと思う。読書の際に襲ってくる倦厭感がむしろ血流の増大と関わっていることに気付けたのは、自分としては非常に大きな発見だったと思っている。というわけで、かなり重篤な症状持ちの人間としては、以上のような改善法を進める次第である

 上では書かなかったが、俺は重篤インターネット依存症持ちでもある。

 しかしその依存症もこの数ヶ月で劇的に改善した。俺という人間は、言うまでもなく長所よりは短所欠点の方が随分多く付きまとう人間であるからには、そんな人間にすら効果がある対処法は、恐らく全人類的に効果のある対処法となっていること請け合いである

 是非とも、皆さんにも実行してもらいたい。

 自身病癖を繰り返すようで悪いが、やはり疑いなく、「よい訓練こそが、よい人生なのだ


 それでは。

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