はてなキーワード: 本当にありがとうございましたとは
当時、通学で京王線を使っていて、そこで痴漢した。大人しそうな女子高生に、さりげなくスカートの上から尻を触った。撫でただけなので痴漢したって意識はなかった。駅2つぐらいしてから、急に手首を掴まれた。触った女子高生爪を立てて手首に食い込むくらい強く握られてた。人が乗り降りするタイミングで「痴漢しただろ」と。ギャップとあまりの迫力に逃げられず、そのまま駅員に引き渡された。
駅員にはバックヤードみたいなところに連れて行かれ、暫くしたら警察が来た。そこで痴漢を認めたので駅内の交番で取り調べをされた。交番では、どんな事をしたのか事実確認をしてからすぐ学校や親に連絡が行った。女子高生に捕まってからここまで30分位経ってたと思う。結構早かった。その場に女子高生は居なかったが、警察官の口振りからは同時進行で女子高生にも事実確認をしていたと思う。
たしか12時くらいには親も来てて、親の車でそのまま自宅に帰された。警察が親の身分証やら何か確認してたので親はもっと前に来てた。夕方には学校の担任に電話して説教された。大変な事したな、人生詰んだなと思う反面、犯罪を犯したのにこんなに簡単に家に帰されるのかと困惑したり、色んな事が交錯してた。
学校からは1か月の自宅謹慎を食らった。その後は何回か警察から電話があった。捕まった日からはずっと家でゲームしたりマンガ読んだりしていた。反省文みたいなのを書かされた記憶があるが学校のか裁判所のか忘れた。たしか2週間〜1か月ぐらいしてワイは不処分になった。高校には戻れることになったが1度も行かずに自主退学した。痴漢のこと知ってるのか分からんが友達は1人除いてみんな離れていった。
その後は3年ぐらいニートしてたが、親に勧められて大検とり普通に大学生やって就活も普通にして大企業に受かり社会人として今生きてる。大検以降は痴漢事件が無かったことになってて多分身内以外に知られていない。今、普通に生活出来ているのが不思議なぐらい何も不都合がない。ただ、京王線には気持ち的にもう乗れない。社会人になっても痴漢してれば大変なことになってたので、あの時ワイを捕まえてくれた女子高生には本当に感謝してます。本当にありがとうございました。
最近出た中公新書について、細かい誤りを見つけたんだけどどうすれば著者に届くかよくわかんなかったのでとりあえず増田に放流してみる。
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/04/102589.html
「ラテン語は、現代では使われていない古典死語であり、ギリシャ語、ゲルマン語などをはじめとした多くの語派を含有した西洋の古典語である」(24頁)というのは、ちょっと世界史や地理に詳しい人なら容易にツッコめると思う。これを校正さんが見逃したのは本当に謎。
ラテン語はギリシャ語やゲルマン語を含有してない。それらを含有してるのはインド・ヨーロッパ語族だ。つまり、こういうこと。
語族・語派・語ってのは目・科・属みたいなもんだと思ってもらえれば(めちゃくちゃ雑な説明。実際には他の言語との系統関係が証明されていないグループを「語族」というので、目というよりは門とか界とかの上位分類に近い)。こう整理すれば上の文のおかしさもわかってもらえると思う。動物の分類に関する本で言語の分類に関する大ポカをやらかすというのはなかなか批評性が高いけど、生物学が専門の人が言語の分類に明るくないのは仕方ないので、校正さんがきちんと拾ってあげるべきだったと思う。日本語でいくらでも情報が手に入る話なんだし。
「japonicusも「日本産の」の意味であるが、これはJapon(Japanのラテン語綴り)に“-icus”の接尾辞を加えたものである」(186頁)とあるけど、ラテン語で「日本」はIaponiaである。これはラテン語版Wikipediaを引いてみれば一発でわかる。IとJはもともと同じ文字なので、Japoniaということ。どうもこの著者さんは、形容詞形から語尾を引けばもとの名詞になる、あるいは、名詞の後ろに決まった語尾をつければ形容詞形ができると勘違いしているのではなかろうか(「中国」に関する説明からも、そう勘違いしていそうなことがうかがえる)。しかし、英語のFranceとFrenchの関係を見ればわかるように、印欧語では名詞のうしろに決まった語をつければ形容詞になるとは限らないのだ。
少なくとも、この本、ラテン語の部分はラテン語がわかるひとにチェックしてもらって大幅に書き直した方がいいと思う。著者さんが、「学名をつけるときの語尾のいじり方」については知っていても、「ラテン語文法」をわかっているようには見えないので(「こういう名前のときはこういう語尾をつける」というのは、経験知であって「文法パターン」[185頁]ではない)。学名をつける側のひとも、-iや-aeといった格変化のうしろにどんな文法規則が隠れているか知ることができたら面白いんじゃないかな。
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/06/102595.html
「フォカスという名の下士官将校」(35頁)ってあるけど少なくとも近代以降では下士官と将校(士官)ははっきり区別される別の身分である。日本語版Wikipediaでは「下士官」と書かれていて、英語版Wikipediaでは「下級士官(low-ranking officer)」と書かれているんだけど、要するにビザンツ帝国軍は近代的な軍組織ではないので、ある階級が士官か下士官か厳密には決められないってことだと思う(フォカスは百人隊長だったらしい。うーん……)。でも「下士官将校」はおかしい。「下士官」と書くか、「下級将校」と書くかのどちらかにすべき(個人的には、前近代でそのへんの厳密な区分はできないんだから、素直に「百人隊長」と書けばいいと思う。こう書けばどんな地位なのか一発でわかるし)。
「セルビア人の有力な領主コンスタンティン・ドラガシュ・デジャノヴィッチ」(275頁)って書いてあるけど、英語版Wikipediaを確認するとKonstantin Dejanovićなのでどう見ても「デヤノヴィッチ」です本当にありがとうございました。ロシア語の綴りはКонстантин Деяновичだけど、これを見れば「デジャノヴィッチ」ではありえないのが一発でわかる(セルビア語のja=ロシア語のя)。ひょっとしてギリシャ語だとデジャノヴィッチが正しいのかな? って思って現代ギリシャ語版Wikipedia見てみたけどΝτεγιάνοβιτςなので普通に「デヤノヴィッチ」ですね。著者さん、さては西欧語の文献だけチェックしてギリシャ語の綴りチェックしてないな?
最後になるけどどっちの本も面白かったです。すごい勉強になりました。上で挙げた点は非常に些細な間違いなので、本全体の価値を貶めはしないことを付け加えておきます。
書いた人です。こんなにたくさん反応いただいたのに、返信しようとしたまま1年が経ってしまった。ごめんなさい。
吐き出したくて、初めてこの気持ちを言語化したらぽつぽつコメントがついて、嬉しくて、丁寧に返信しようと思って返信のタイミングとか考えてて、そうしたら続々と増えてって、どうしたらいいかわからなくなりました。全部に反応したい気持ちが処理しきれなくなった。
この繰り返しでわたしは部屋を汚してきたんだと思う。
たぶんもう誰も見ていないけれど、反応してくれた方、本当にありがとうございました。
1年間無視しておいて嘘だろと思われるかもしれないけど、嘘じゃなく全部、何度も何度も読みました。
今も部屋は汚いです。
だけど、魔法の家事ノートDLしてみたり、家事代行調べたり、宅配の冷凍弁当調べたり、教えてもらったお掃除試したり、少しずつ自分にできることしてみてるつもり。
走り方すらも大学に入ったときに「踵は地面につけない」ってテレビで見てやっとわかったくらいだったり。
だからすごくコメントで理解できたことも多くて、たぶん本人が思ってる以上に助かりました。
生活を回すことも、人よりも遅くてもいいから残りの人生のなかで快適なやり方を見つけていきたいな。
万が一助けを求められることがあれば、「わたしも駄目だったけどこうしたんだよ」って言えるようになりたい。
皆さんの生活、言語で教えてくれたこと、とにかくすごく感謝してます。
後回し癖をなんとかしなくちゃなあ。
再びの反応、ありがとうございました。こちらのエントリで、私としては委細納得、すみずみまで全面的にうなずきました! 付け加えることも一切ありません。心置きなくcloseできます。
最初の同人文字書き男氏のテキスト全体から見ればごく一部分に関するやり取りではありましたが、ていねいにお付き合いいただけたことで、私のほうこそ学びがあったように感じています。あらためて、この貴重なコミュニケーションに心からのお礼を言わせてください。ありがとうございました。
それと、横からアンソロ主催について補足してくれた方にも、私からもありがとうございます。詳しく知らなかった内容もあって、たいへん貴重な知見でした。それ以外の方のトラバや、つけてくれたブコメもわりと読んでます! 好意的なコメントは特に心強かったです。増田らしからぬ感じのことをやってるかもな、という自覚もありましたので。
……と書いたところで、匿名ダイアリーであることを考えれば、本来ここで終わるべきなんだろうけど、とても素敵なやり取りをさせていただいたことに甘えて、もうちょっとだけ……
元増田のいう「感想」というキーワードに添った形で、もう一回だけ、ある意味メタ的なコメントをさせてもらっちゃおうかな、と思います。
今回、匿名ダイアリーを通して、元増田の文、同人男氏の文、私の文などを適宜参照しながら、解釈がどうだこうだ、ここに注目した、こういう想像をした、ということを互いに書き連ねあいましたね。私としてはこのやり取りはとても興味深く、楽しいものだったわけですが、この「テキストを参照しながらのコメントのキャッチボール」は、まさに元増田が言う(そして、もしかしたら元増田が強く「欲しい」と願っている?)「感想」ではないか、と思ったんですよね。
元増田の文について「感想」を交わし合い、その結果、ぼんやり見ていた景色はますますくっきりして、ああなるほど、と腑に落ちることもたくさん増えました(少なくとも私は)。記された言葉をたどり、自分が一読して感じた印象を自らあらためて見つめながら、率直に「感想」を伝え合い、認識をアップデートしたり、広げたり……というのは、やっぱりめちゃくちゃ楽しいことだ!と実感したというか。
私は「感想」を伝えることを責務だとまでは思わないし、自分自身も別に感想をもらわなくても平気、というタイプなんですが、それはそれとして、話し合える人同士で「感想」を言い合えること自体がとってもとっても貴重なことで、最高に楽しいんだ、と痛感しました。昨日から今日にかけてのこの往復が、匿名なせいで今後に繋げていけないであろうことを惜しく思ってしまうぐらい。もちろん、このコメントさえも同人文字書き男氏に対してのある種の「感想」、ファンレターと言って言えなくはない、という自覚もあります、はい。 ……もしもできるなら、もうちょっと広めの、汎用的なトピックでも試しに話してみたいんですよなあ…… 増田って連絡先とか書いちゃダメなんでしたっけ? 捨てメアドとかならいける??
これから数日は、エントリ全体をニマニマしながら読み直し、「楽しかったな~」とほくほくすることでしょう。これ以上は(楽しすぎて)無限ラリーになってしまいそうなので、いったん私からの返信は打ち止めにする予定です。本当に本当にありがとうございました!
あと、元増田のじりじり・モヤモヤな感情に比べ、レスに乗っかった私は非常にスッキリさわやか気分になってしまって、そこに関しては若干申し訳なく思わなくもないです。ごめんね、元増田! でも、責務云々はともかく、「感想」を伝え合うのは楽しい、という主張であれば、私は心から賛同します。
夫が悪いのではなくて、全ては長時間労働に原因があることを、頭では理解してます。夫のことが大好きなんです。
でも、拒否されると辛くて。
あなたの温かい言葉で涙が出ました。優しい言葉をいただけるとは思わなかったです。そして、子供を持つことへの希望を持てました。
みなさん、朝食は普通パンやごはんを食べられる方が多いのではないかと思いますが、
私はちょっと特殊で、毎日餅を焼いて食べています。真夏でも真冬でもです。
切り餅2kgのお徳用パックなんかを買って、大体毎朝4切れくらい食べているのですが、
磯辺焼きは本当に美味しくて、10年近く食べていますがまったく飽きる気がしないです。
ある朝、「こんなに美味しいものを毎日食べさせてもらっているのだから、
メーカーに感謝の気持ちを伝えなければ!」と唐突に思いたったので、
袋に印刷されているお客様相談センターに電話しました。応対は若い声の女性でした。
私「お忙しいところすみません。いつも御社の餅を食べさせてもらっています」
コ「ありがとうございます」
私「もう毎日のように美味しいお餅が食べられて、本当に感謝しています」
コ「(早く要件を言えよ、的な雰囲気で)こちらこそありがとうございます」
私「もう何年も食べ続けているんですが、これからも買い続けていきたいと思っています」
コ「お客様にそういっていただければ何よりです(そろそろ要件が来ると身構えている感じ)」
私「私の感謝の言葉を、どうか現場の方々にもお伝えください。お忙しいところありがとうございました」
コ「え…えっ!お客様、それだけですか!?」(本当にそういわれたw)
私「ええ、本当に美味しくて感謝しているので、その声をお伝えしたくて…」
コ「あ…ありがとうございます(完全な涙声)」
私「これからもよろしくお願いします(泣くとは思ってなかったからビビる)」
コ「あ、お客様!現場にお伝えしますので、どうかお名前を教えていただけないでしょうか?」
私「ええ、横浜に住む○○と申します。よろしくお伝えください」
コ「本当にありがとうございました。どうぞ今後ともごひいきにお願いします」
アンビバレントで女々しい人です。大学を卒業しました。お礼を言わせて下さい。
以前、アンビバレントで女々しい人…みたいな名前ではてなブログを書いていた増田です。
利用していない間にアカウントが無くなっていたので増田に書かせて頂きます。
受験勉強に関して無知な為はてなに登録し、はてなオフ会に参加させて頂いたり、お会いした事のないユーザーさん達にアドバイスを頂いたり、その節は大変お世話になりました。
30代で夜勤をしながら勉強するのは大変でしたが、充実した4年間でした。
大学とは関係ありませんが、3回生の時に結婚し、4回生の時に高齢出産しました。
卒業後の進路は「主婦」になってしまいましたが、産まれてきた子供の将来の可能性を広げてあげる事が、以前よりは出来るようになったのかなと思っています。
この度は、本当にありがとうございました。
この前のイベントに売り子で行ったんだけど、サークル主とか他のサークル参加者とかが色々ヤバかったのでフェイク入れながら書く。
1.サークル主がディスプレイにこだわりすぎて同人誌とお金の受け渡しが大変だった
スペース内で椅子に座ると目の前に超絶デカいボードが来る感じのディスプレイのせいで机の上の本が見えないし取れない。
自分がサークル主の時は万引きが怖くて(コミケのまんレポでもよくある死角を利用してサッと取ってくやつ)スペースの上の配置は絶対に目の届く範囲に本を置いてるので「見えない」のは辛かった。
あとボードがデカすぎてスペースに来てくれた人を視認できず、声をかけられてからやっと人が来たのがわかるって感じで来てくれた人に申し訳なさを感じた。
2.後ろのサークルが島中で追加椅子2つ&固定してないレンタル背面ポススタ立てて大変だった
敷布で隠されてるから通路からはわからないかもしれないけど、基本的に島中の机下は在庫の入ったダンボール等などで足が入るスペースはない。
島中はスペース出ようと思ったら誕席近くまで歩いて行かないと出られないんだけど、
↑みたいなサークルが内側通路を塞いじゃってるから毎回「すいません、通ります」って声をかけないといけない。
スタンド倒れて誰かが怪我しても嫌だなーと思って頑張って詰めても人一人がカニ歩きでやっと通れる感じ。
そんな極・奥のほそ道の横には養生テープや重い段ボールで固定してない背面ポスタースタンドが揺れてる。
最初は怖っ!と思ってなるべく前に詰めてたけど限度があるし、後ろのサークルは何人もの人が声をかけて通ってもそれらを片付ける様子はない。
塞いじゃ悪いと思って頑張ったけど最後の方はもう諦めた。
イベント後、赤豚さんに確認したら追加椅子は1SPにつき1つまでなので島中で追加椅子2つはダメとのこと。
色々と危ないのでサークル参加者も一般参加者も見かけたらこっそりとスタッフさんに言ってほしい。
3.クレヨンしんちゃんのヨシりんとミッチーみたいなオタクが隣スペで大変だった
行き過ぎた友情で友達を「彼ピ」とか「ダーリン」とか言う人達に遭遇したことはないだろうか。
以前、私にはそういうクレしんのヨシりんとミッチーみたいな知り合いが5人いた。
友達同士で「パパ」とか「お母さん」とか呼び合ってる人達で、知り合いだった頃は何も考えずに「そういう人たちなんだな」と思っていた。
いま考えると「は?」という感じだが、もう交流も途絶えて彼女達はどうしているかわからない。
私がかつて知り合いだった人達ではない。別の疑似カップルグループだ。
開催前に挨拶はしたが、特に知り合いでも何でもない人達の「そういう」会話は聞こえる度にとてもいたたまれなかった。正直言ってキツイ。
イベント中に諸々のストレスで、「ダーリンとかお父さんとか聞こえるけど、本当に家族なのかもしれないし…(?)」と、思って彼女らのツイッターを見たのだが、
アラサー(多分)で、それなりの教育を受け(多分大卒)ていて、税金も払っている社会人(これは確定)で、絶賛婚活中のオタク、ということがわかった。
そんな良い歳をした社会人がすぐ隣で「ダーリン一番くじ買った?」とか「お母さん○○×□□の本買いなよ~」という会話を繰り広げている。
ダメだった。そういう会話が聞こえてくるたびに「は?」という気持ちが湧いた。
イベントにそういう人がいても気にしないことが一番、というイマジナリーネット民の声が聞こえる。
私もそう思う。だが、過去にそういう人種と知り合いだったのである。
もともと「はわわ><系人間」を見ると引いてしまうのだが、今考えるとなぜ知り合いだったのか信じられない。
ヨシりんとミッチーは密閉空間であのやり取りをしてもキャラは立たない。人前でやるからキャラが立つ。
なのでイベント中に彼女らの声を聞くたび、家の中だけでやってほしいと切実に思った。
ちなみにツイッターを覗いた限りだが、彼女達はリアルだけでなくネットでも同様に「彼ピ」や「ダーリン」、「パパ」と呼び合うやり取りをしていた。
あと、彼女達はイベント中に1スペース内に4人でおしゃべりをしていて島中で人が多いのは危ないし邪魔なので他所でやるか2SP取ってくれ…という感じだった。
サークル主がディスプレイ用品は完璧に持ってきていたのに電卓も筆記用具もガムテープも持ってきてなかった。
ちなみに過去3回ほど売り子をしたことがあるが、こんなのは初めだった。
でも何とかなっていた気がするので原因を考えたのだが、過去3回とも私が設営道具を「念の為…」と持っていったからであった。
じゃあ今回も持っていけよって感じだけど、事前にサークル主からは「設営道具は何もいりません!準備は大丈夫です!」という連絡と、サークル主の設営力を信じたのである。
結果、会場到着時のサークル主の設営道具はボールペン1本(?)のみという事態になった。
普通に忘れたのかと思い、恐る恐る「カッターとか電卓とかあります?」って聞いたら「ないですけど、何か問題ありますか?」って言い返されて目眩がした。
ガムテでグルグルにされた既刊入り段ボール(サークル主が梱包したやつ)を解体している最中に爪と心が折れたので、
頭を下げて隣のサークルさん(3の人達は左隣、貸してもらったのは右隣)に色々貸してもらった。
あの時のサークルさん、事情も聞かずに貸してくださって本当にありがとうございました!
他にも色々あったけど特に大変だったのはこの4つ。
長文で申し訳ない。思いのままき書きなぐっているせいで修正も確認もできないけど、こんなこと勢いがないと書けない…。
運営に疑問を持ちすぎてジャンルに対して正気に返ってしまった人間が同人イベントに参加すると「愛」でカバーできていた面が全くできなくなる。
中国在住です。
私が務める会社も新型コロナウイルスの影響でしばらく休業していましたが、先週から稼働を開始して徐々に軌道に乗り始めています。
【基本】
中国は法治国家という体ですので、政府から出されるガイドラインを守らないと処罰を受けます。
今回の事態では会社と社員一人ひとりが公衆衛生のガイドラインを遵守しないと営業再開できないことになっています。
・外出はマスク着用
・バス/地下鉄への乗車時は体温検査を受ける必要があり、発熱しているなら帰宅する
・会社が通勤用のバスや車を用意する場合は、会社が毎日バスや車の消毒を行う
・バスや車内は換気をするために常にエアコンはオフにして窓を開ける
【会社】
・社内もマスク着用
・事務所では対面での業務は禁止のため、事務所内の机は一方向やジグザグ配置にする
・打ち合わせの機会や人数は必要最小限
・室内の換気をするため、事務所のエアコンはオフにして窓や扉を開放する
・ロッカーやエレベーターなどの換気が不十分なところは使用禁止
・食堂での食事は禁止、自席で食事する。食事中のマスクをしていない状態での会話は禁止。
社内で新型肺炎の人が一人でも発生した場合には、衛生当局からこのガイドラインと照らし合わせたチェックを受けます。
その場合は厳しいチェックを受けるので、高い確率で営業を停止し全員が自宅待機することになります。
今回の対応は大変で、まだ終わっていませんが協力してくれている中国の事業所のスタッフには超感謝です。
それとマスクを届けていただいた日本の方々、本当にありがとうございました。
書いた者です。コメントしてくださり本当にありがとうございます。ぐちゃぐちゃの文なのに読んでくださって本当にありがとうございます。受験者が1万人を超えているので隔離は無理かなと思い電話をすることに躊躇っています。すみませんアドバイスいただいたのにごめんなさい。本当にありがとうございます。電話をしたら対応してもらえるでしょうか…?
寒暖差は知りませんでした。明日試験前にすすっている人がいたら声かけたいと思います。本当にありがとうございました。浪人は家庭的に無理そうなので診断書についても就職の際など参考にさせて戴きます。本当にありがとうございます。
中国在住です。
私が務める会社も新型コロナウイルスの影響でしばらく休業していましたが、先週から稼働を開始して徐々に軌道に乗り始めています。
【基本】
中国は法治国家という体ですので、政府から出されるガイドラインを守らないと処罰を受けます。
今回の事態では会社と社員一人ひとりが公衆衛生のガイドラインを遵守しないと営業再開できないことになっています。
・外出はマスク着用
・バス/地下鉄への乗車時は体温検査を受ける必要があり、発熱しているなら帰宅する
・会社が通勤用のバスや車を用意する場合は、会社が毎日バスや車の消毒を行う
・バスや車内は換気をするために常にエアコンはオフにして窓を開ける
【会社】
・社内もマスク着用
・事務所では対面での業務は禁止のため、事務所内の机は一方向やジグザグ配置にする
・打ち合わせの機会や人数は必要最小限
・室内の換気をするため、事務所のエアコンはオフにして窓や扉を開放する
・ロッカーやエレベーターなどの換気が不十分なところは使用禁止
・食堂での食事は禁止、自席で食事する。食事中のマスクをしていない状態での会話は禁止。
社内で新型肺炎の人が一人でも発生した場合には、衛生当局からこのガイドラインと照らし合わせたチェックを受けます。
その場合は厳しいチェックを受けるので、高い確率で営業を停止し全員が自宅待機することになります。
今回の対応は大変で、まだ終わっていませんが協力してくれている中国の事業所のスタッフには超感謝です。
それとマスクを届けていただいた日本の方々、本当にありがとうございました。
それはあると思うw自分はアニメも全部見たけど、それでも漫画だと読み飛ばせる寒めのやりとり(小ネタ)とかが、アニメだとわりとしんどかったよ
一縷の望みをかけて映画も見に言ったけど、爆死しました。本当にありがとうございました…ってノリ
うたの☆プリンスさまっ♪が好きだった。
19歳の夏にドはまりして、もうすぐ8年目を迎えようとしている。計算が合っとるかは知らん。
別に後悔は無いけれど、楽しい楽しい大学生活の大半をうたプリのために費やした。
それはそれで最高に楽しかった。
うたプリを通じて友だちができた。今でもプライベートで遊ぶ人たちもいる。ただ、もううたプリの話はしないけれど。
シャイニング事務所は実在、と念じていた。プリツイがそれを高めてくれた。
イチオシのアイドルを自担と呼んで、同担拒否だった。ファンレターも書いた。
こんなに2次元(当時は3次元だと思い込みたくて、そう振舞っていたけれど)にはまったのは初めてだった。
一人暮らしをいいことに、部屋にもポスターを貼ったりフィギュアを飾ったり、腕枕クッションを買ったりした。
痛チョコを作った。ケーキも焼いた。自担の喜びそうな料理を覚えて、自炊を頑張るようになった。
自担がプリツイで紹介したものと同じものを買っては自己満足に浸っていた。
みんなの生まれ年を考察したツイートに感化されて、みんなはサザエさん方式ではなく毎年一緒に年齢を重ねていってくれているのだと信じていた。
自担の誕生日は特に豪勢にお祝いした。いろいろ作りました。いろいろやりました。
完全に黒歴史だけれど、コスプレもした。いやあれはダメです。見返すことのできない黒歴史。
どこに行くにもくまプリを連れて行った。写真もいっぱい撮った。自分の写真の数倍、くまの写真がある。
自担の白い衣装は汚れやすくて、何度も一緒にお風呂に入った。洗濯ネットに入って吊るされる姿は何とも言えずかわいかった。
汚れも落ちなくなってきて、くま本体もボロボロになってきて、今は部屋でゆっくり眠ってもらっている。お疲れさまでした。今まで、本当にありがとうございました。
自担の担当!って感じの服、イメージカラーとかモチーフとか、自分には似合わんのにいっぱい買ったな。
イベントがあれば頭の先から靴まで一式「それっぽい」のを探し回って揃えるのも楽しかった。
楽しかった。
最高だった。
ただ、公式に対して不満に思うことが多すぎた。
自担は、アイドルのみんなは悪くないのに、と葛藤することが日課だった。
プリツイでのキャラ崩壊もやめてほしかった。誰ですか。誰だったんですか、あれは。
飛行機距離の茶の間なりにたくさんのイベントにも行ったつもりだけど、物販何も無くてすごすご退散することも一回二回じゃなかったよ。
それは私が大人になったのかもしれない。
大人になったから、運営に対して「社会人としてこれは無いわ」とますます思うようになったのかもしれない。
大人になったから、周りの若い子たちの勢いについていけなくなったのかもしれない。
大人になったから、猫なんて抱えて持ち歩けないと思った。別にねこママたちをディスっているわけではないけれど、自分には無理だった。
ただ、大人になったから、「彼らのために割く時間がもったいない」とは一度も思ったことがない。
7thプリライが取れなかった。
マジLOVEキングダムは、とてもよかった。最高だった。あれが見たかったのだ、私は。
だから、7thも行きたかった。過去形じゃないですね。行きたい。
なんならもう交通も宿泊も押さえてる。地方の民だから馬鹿高いんだわ。それでもキャンセルしたくないんだよね、ハハ。
けれど、私は4thの雪がドサドサ降り積もる中立ち続けた前日物販地獄や、
5thの寒空の下7時間立ち続けて何も買えなかった物販地獄や、
カルライ1stの始発で行って並んでもやっぱり買えなかった物販地獄や、
6thの入場本人確認リストバンド地獄を経験している。退場も地獄だったけれど。
スタリファンミも入退場はそれなりに地獄だったけれど、熱が落ち着いていたのでそこまで何も思わなかった。
それらを思っても、行きたいと思ってた。
ただ、あの頃のような熱はもうないのだと気がついた。
昔なら、はらわたが煮えくり返るほどに怒っていた。
4万出したって行きたい、と思ってた。買わなかったけど。
だけど、最低3万5千くらいのそれらのチケットを見て、私は何も思わなかった。
この値段を出して行きたいな、と思えなかった。
いや行きたいんですけど。
ただ、あの値段を出してまで、高額転売から買ってまで、行きたいと思えなかった。
転売に対する怒りも、あの頃ほど湧かなかった。無だった。どうでもいい、と思った。
私の熱はそんなもんになっちゃったけど、今が楽しくて燃えてる人はたくさんいるんだと思う。
それはそれでいいと思います。楽しいもんね、うたプリ。楽しかったです。
うたプリ、今まで本当にありがとうね。たくさん感謝しています。
これからもよろしくって言いたいけれど、今の心境だとちょっと難しい。
でも7thは行きたいです。両日。
へりくつかもしれんけど、マジLOVEキングダムを経てのプリライ7thなので、このライブは個人的に「これまで」なので。
別にジャンルを完全に離れるつもりはないし離れられるとも思えないので、これは砂掛けじゃないです。
別にいいけど。
ひとまず以上。
いちゲーオタ中年男性のハートのど真ん中の最奥部に抜けないほど深く突き刺さった「テン年代ゲーム」10本をランキング形式で挙げていきます。お付き合いください。
のっけから「特別賞」から始めることをお許しあれ。ランキング発表後だと、1位よりもスペッシャルな空気を醸し出してしまいそうで。それを避けたかった。
でも、本作がとくべつな1本であるには違いない。だから悩んだ挙句の……「特別賞」。まんまでごめん。
個人的には『ノベルゲー」って昔からあんまやらないんです。ノベルゲーやる時間あったら小説を読むほうが(たいてい)有益だろう、という長年の思いこみ集積のせい。でも、『Doki Doki Liteature Club』は例外。ゲームらしいインタラクティブな要素があるわけじゃないのだけど、小説でもマンガでもアニメでもこの表現は絶対不可能。
本作の凄さについてはもはや語り尽くされている感があるし、強く深い思い入れを持っている方が世界中にいらっしゃることも存じておりますし、まだプレイしていない方のためにも、内容については何も言いたくない。
でも、これだけは言わせてほしい。
本作は「神は存在を愛している」ってことをギャルゲー/ノベルゲーのガワで見事に顕してみせた一大叙事詩である。ここには生があって、性があって、詩があって、死があって……愛がある。さらには現象学的「彼方」をも開示してみせる。
その(一見)破天荒、かつ強烈な内容に憤怒するかもしれない。ショックのあまりマウスを壁に叩きつけるかもしれない。号泣するかもしれない。戦慄するかもしれない。でも最後にはきっと宇宙大の愛に包まれる……絶対。
ああ、すっきり。
では、こっから心置きなく2010年代・心のベスト10を発表させて頂きます。
「……なんか妙に懐かしいな。子供の頃、お前と行った鵠沼海岸をまざまざと思い出したわ」
ゲームと本の山でとっ散らかった僕の部屋にやってきて、このゲームをしばらく遊んだ君は、いかにも重たいPSVRヘッドギアをつけたまま、そう呟いた。
僕はかなり潔癖症だから、君が顔じゅうに汗をたっぷりかいてることがひどく気になって、除菌ティッシュ片手にそれどころじゃなかった。
けどさ、あの頃君と一緒に見つめた空と海の青さに、まさかVRの新規アクションゲームの中で出会えるとは夢にも思わなかったよ。
ハタチん時、『スーパーマリオ64』を初めてプレイした時の驚きと、海辺で自分の子と君の子が一緒に遊んでいるのをぼんやり眺めてるような、そのうちに自分たちも同じくらい小さな子供に戻って、一緒に無邪気に冒険してるような……切なくて温くて微笑ましい気持ちがじわじわこみあげてきた。そのことに、僕は本当に心底驚いたんだよ。またいつでもやりに来てくれ。
「あー、なんかシャベル持ったナイトのやつでしょ。古き良きアクションゲームへのオマージュに溢れる良質なインディーゲーって感じだよね、え、あれってまだアップデートとかやってんの? なんかsteamセールん時に買って積んでんだけど、ま、そんな面白いならそのうちやるわー」
あなたが『ショベルナイト』をその程度のゲームだと思っているのなら、それは大きな大きな間違いだ。
プレイ済みの方はとっくにご承知と思うが、本作はレトロゲーもオマージュゲーもとっくに越えた、誰も登れない山頂に到達した類い稀な作品である。アイロニーと切り張りだけで作られた、この10年で数えきれないほど溢れ返った凡百のレトロ風ゲームとは、かけ離れた聖域に屹立してゐる。
そして3つの追加アプデ(大胆なアイデアに溢れた全く新規追加シナリオ。今月でようやく完結)によって、本作は10年代下半期にリリースされた『Celeste』や『ホロウナイト』の先駆けとなる、傑作2Dアクションとしてここに完成したのだった。さあ、ショベルを手に彼の地へ赴け。
このゲームの印象を喩えて言うなら、
久し振りに会って酒でも飲もうものなら、いちいち熱くてしつっこい口論になってしまう、共感と嫉妬と軽蔑と相いれなさのような感情を腑分けするのが難しいくらい綯い交ぜになっている面倒きわまりない幼なじみ、みたいな。
正直、ランキングにはあまり入れたくなかった。が、初プレイ時の衝撃をまざまざと思い出してみると、やっぱり入れないわけにはいかぬと悟った。
もし未プレイだったら、このゲームはできればPC(steam)でやってみてほしいとせつに願う。当方バリバリのコンシューマー勢なので、ゲームでPC版を薦めることは滅多にない。だが、コンシューマー機ではこのゲームの持つ「鋭利なナイフ」のような「最後の一撃」が半減してしまうだろう。
作者トビー・フォックス氏は、かつての堀井雄二や糸井重里の系譜に連なる倭人的王道シナリオ(コピー)ライターと感じる。
確認のために本作の或るルートを進めていた時、初期ドラクエと『MOTHER』と『moon』が携えていた「あの空気」が30年ぶりに匂い立ってくるのを感じて眩暈がした。会えば会うほど凄みを増す狂人のような作品だ。
2020年内に出る(であろう)2作め『DELTARUNE』において、トビー氏は堀井/糸井が書け(書か)なかった領域に確信犯的に踏み込んでくるにちがいない。それが半分楽しみで、半分怖くて仕方がない。
その山の森の奥には古い洋館があった。
庭は川と繋がっていて、澄んだ水が静かに流れていた。
君は川沿いにしゃがみこんで1輪の花を流していた。
俺は黙って君を見つめていた。
君は俺に気づかない。
俺は木に上ったり、柱の影から君を見守ったり、触れられない手で君の髪を撫でたりしているうちに……君の可愛がってたシェパード犬がこちらにひょこひょこやってきて、ワン、と小さく吠えた。
ああ、なんだかこのゲームやってると批評的目線がどんどんぼやけていくのを感じる。まるで透明な死者になってしまったような、奇妙で懐かしい感覚に否応なしに包みこまれるような……。
本作は「VRで描かれた古典的AVG(アドベンチャーゲーム)」であると言われている。個人的には、そんな持って回ったような言い回しはしたくない。
VRでしか描けない世界と情緒に対して、あまりに意識的な本作。その手腕はあざといくらいなんだけど、実際に本作をやってみるとあざといどころじゃない。泣くわ。胸の内に熱いものがこみあげてくるわ。
『Deracine』はプレイヤーの原風景をまざまざと蘇らせる。かつて失ってしまった友人を、失ってしまった動物を、失ってしまった思い出を、「ほら」とばかりに目の前に差し出してくる。そのやり口はほとんど暴力的でさえある。
もしVR対応しなかったら、知る人ぞ知る良作(怪作)止まりだったであろう本作。
かくいう俺もPS Storeで見つけて何となく買った時は、まさか2010年代ベストに入れることになるとは思わなかった。怪しい仮面被ったバレリナ少女がサイケ空間を飛び回ってんなあ……製作者はドラッグでもやってんのか?くらいの。
しかしPSVR対応した本作を再度プレイして驚愕した。怪作がまごうことなき傑作に生まれ変わっていたのだ。あるいはコンテンポラリーアート作品としての本質を露にしたとも言える。ああ、VRというハードではこんな事態が起こり得るのか……。
画を作っているサンタモニカ・スタジオ(ゴッド・オブ・ウォー、風ノ旅ビト他)の仕事はいつだって凄まじいクオリティでため息が漏れるのだが、VRとの相性は抜群だ。とりわけ今作での仕事は白眉と言える。
とにかく、思わず自分と少女の頬をつねりたくなるほど美しい。少女が、景色が、色彩が、確実に「もうひとつの世界」(夢、とは言いたくない)を現出させている。
そして本作は本質的な意味で——究極の恋愛ゲーでもある。誰も認めなくても、俺はそう強く感じる。あの少女と過ごした時間を、あの少女が内に秘めていた闇の部屋を、あの少女が戦っていた怪物を、そしてこの狂気と色彩にみちみちた世界を日常生活の中で思い出す時、この胸に去来するのは——それは「恋」としか言い様のない儚い感情だ。
書き始めるまで、本作がここまで自分内上位に食い込むとは思わなかった。
が、確認のために軽くプレイしてみたら、やっぱりとんでもなかった。
実験施設内部に、そして自分の内側(Inside)に展開するめくるめく不穏な景色。ディストピアの先にある、吐き気をもよおさせると同時に、穏やかな安寧に包まれるような、唯一無二のビジョン——を完璧に描ききった本作。
終盤の怒濤の展開と比類なき生命体描写のインパクトに心奪われるが、本作の真骨頂は木々や空や雲や雨、海などの自然情景(それが何者かによって造型されたものであれ)の美しさだと思う。荒んだ世界の中、思わず立ち止まって、天に祈りを捧げたくなるような敬虔な心持ちを強く喚起させる。
俺にとって『INSIDE』とは、自己の内面に深く潜るための潜水艦、あるいは哲学書のページを繰っても繰っても掴めない、自分と世界との乖離を自覚するための尖った注射針であり、神なき世界の宗教である。
灰色にけぶった空の下、雨降るトウモロコシ畑で無心で佇んでいた時のあの安寧と絶望感に、これから先もずっとつきまとわれるだろう。
人の生には「もっとも幸福な時期」というものがたしかに存在するようだ。そして、それは必ずしも幼少期だったり青年期だったりする必要はない。
俺にとっては、傍らに愛猫がいてくれて、WiiUと3DSが現役ハードで、仕事から帰ってくると毎日のように今作にあけくれていたこの頃が——生涯でもっとも幸福な時期だったと言いきってしまいたい。なぜなら、幼少期や青年期と違って、その記憶ははっきりと想起できるから。
そして後から振り返ってみて、その時期がどれほどありがたいものだったかを確認し、やるせない気持ちに包まれるのだ。「ああ、やっぱり」と。
総プレイ時間は生涯最長となったし、この作品を通じて(自分にしては珍しく)老若男女多くの「オンラインフレンズ」ができた。
が、続編『スプラトゥーン2』は発売日に購入したものの、ろくすっぽプレイしなかった(できなかった)。
その理由は(おおざっぱに書くと)3つ。
ひとつは『2』発売時、先に述べた、俺にとってもっとも幸福だった時代が過ぎ去っていたこと(ごく個人的な理由だ)。
ふたつめは、初代スプラトゥーンが持っていた、俺を夢中にさせるサムシングが『2』には欠けているように感じられたこと(批評記事ではないので、それについてここでは掘り下げない)。
3つめは、次に挙げる同じく任天堂開発の対戦ゲームの登場である。
それは35年前に夢見た未来の『パンチアウト!!』だった。そして20年前に夢みた『バーチャロン』と『カスタムロボ』の奇跡的融合であり、同時にそれらとは全く別次元に昇華された「理想的格ゲー」であった。
『スプラトゥーン』で「共闘」の愉しさを味わった俺に、本作は「見知らぬ相手とサシで戦う」ことの妙味と厳しさをばっちり思い出させてくれた。
そして画面内のキャラをこの手で操る——そんなあまりにも原初的な「ゲーム」の喜びが本作には隅々までみちていた。こればかりは「Just do it」(やるっきゃない)。
やがて俺は日々のオンライン対戦では飽き足らず、リアルの大会にまで足を運んだ(あっさり敗退してしまったが……)。そんなゲームは、おそらく生涯最初で最後だろう。
余談だが、Joy-con特性を生かした「いいね!持ち」による操作こそが本作の革新性であると信じているのだが、革新性よりも「合理性」と「勝率」を求める猛者たちには殆ど浸透しなかった。
「いいね!持ち」メリットをうまく調整できてさえいれば、本作は『e-sports』ゲーム初の従来型コントローラーから離れた(両腕全体を用いた)操作形態を実現していたはずで、それについては至極残念だが、現在開発中であろう『ARMS2』に期待したい。
2010年代下半期は、俺にとっては「VRに初めて触れた年代」としていつまでも記憶されることになるだろう。
2017年冬、とにかく『Rez infinite』をプレイしなければならない——そんな義務感でPSVRを勇んで購入した。配線がややこしい機器をPS4に繋げ、想像していたよりもさらに重たいヘッドセットを被り、本作をプレイすると——すぐに「ここには未来がある」と思った。いや、正確じゃないな。「未来に至る——今の時間と自分」をばっちり感じたと言うべきか。現在は可視化され、360度方位に顕在し、俺をユニバーサルに包みこんだ。
AreaXを初めてプレイした時の、重たい身体感覚から自由になり、魂だけが全宇宙に放りこまれたような未曾有の感覚は、ゲームなるものと関わってから過去30数年を振り返ってみても、5歳の時に生まれて初めて電子ゲームに触れた時の体験と並ぶ、あるいはそれを越えかねない、空前絶後の体験だった。
これだけ長いこと「ゲーム」なるものを続けてきて、ゲームからそのような感覚を初めて得られたことに深く感動し、ラストではほとんど泣いていたことがつい昨日のように思い出せる。
そして『Rez infinite』の「次の体験」を今か今かと待っている。
『Rez infinite』からのまさかの……自分に驚き、何度も自身に問うた。
あれだけ昔から『どうぶつの森』嫌いだったお前が。とび森を。テン年代1位に。据えるつもりか?
お前はそんなにぶつ森好きだったのか? ありがちな中年男性みたいに「しずえ萌え」になったのか? それとも親子くらい歳の離れたフレンドと時々会えるからか? おいおい、かあいこぶってんじゃねーぞ、と。
だが本作を1位にした決定的な理由——それは、テン年代初頭に放たれた今作から「仮想世界」における、人間存在の理想的な在り方の萌芽をひしと感じたからだ。
一発で脳内に凄まじいヴィジョンを注入した『Rez infinite』と比べると、まるでアリが餌塚に砂糖を運ぶようなゆったりとした足取りだが、本作は確実に世界中のゲームファンに「もうひとつの世界」をキュートな顔つきと口調(しずえ嬢のような……)でじわじわと浸透させ、人々の無意識をしれっと変容させ、もうひとつの生活を愉しませ、ネット接続により文字通り「飛び出させた」。
『どうぶつの森』は今年3月に発売する次作『あつまれ どうぶつの森』においてさらなる大きな広がりと変化を見せてくれるだろう。
が、俺は本作をとくべつに、個人的に、偏執的に、限定的に愛しているのだ。
それは故岩田社長が生み出した『3DS』というハードへの偏愛と、ゲーム機では3DSだけが備えた「裸眼立体視」——ARとVRを折り合いし、先取りした——唯一無二の機能によって『どうぶつの森』というクローズドな世界をまるで飛び出す絵本のごとく彩り、「夢の中で他者の森を訪ねる」という奇妙かつ魅惑的な通信世界を生み出し——
要は、全シリーズを振り返っても今作『とびだせ どうぶつの森』だけが持ち得た、この奇妙で牧歌的で神秘的なアトモスフィアに由るものだ。
カフカ『城』や村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』主人公のように、俺はある時、この森の中に、夢の中に、村の中に、これからも留まり続けることを選んでいた。
そういうわけで、本作を迷わずにテン年代1位に据えたいと思う。
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長々とお付き合いくださって本当にありがとうございました。
余談ですが、最初は「順不同」にしようと考えていたのです。これほど自分にとって大切なゲームたちに順位なんてつけるのは相当失礼な気がして。
でも、敢えてつけてみた。並べてみたら、なんとなく自分内重要度みたいなものがぼんやり浮かび上がってきたので。
異論提言はもちろん、よかったらあなたのテン年代ベスト(5本でも20本でも1本でも)教えて頂けると、いちゲームファンとしてめっぽう嬉しいです。
ネットで匿名中傷、被害者は泣き寝入り… 法整備を求める専門家が「モデル案」を策定
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/net-jinken
関連:人権擁護法案
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E6%A8%A9%E6%93%81%E8%AD%B7%E6%B3%95%E6%A1%88
https://t.co/RjiSeyU8qt "専門家によってつくられた独立した第三者機関「インターネット人権侵害情報委員会」を設けるという制度設計をしているのも特徴だ。" これ悪名高い人権擁護法まんまじゃないか?— 高村武義 #WalkAway (@tk_takamura) 2020年1月20日
今度はヘイトスピーチが問題になっていると言って、人権擁護法案の焼き回しを行おうって腹みたい。
しっかしこの手の人権屋は児童ポルノ禁止法や男女参画や都の会議とかでもそうだったけど、この手の人権を振り回して席を要求するのが本当に好きだよな。
それと自民の提出の時は奴ら反対していたけど、これに関しては元来野党の方が熱心だからな。
そもそも彼等の言うヘイトスピーチは自身への非難=自身への指摘そのものだからな、そして自身の他者への非難はOKと言うふざけた代物なのは自民が附則入れる前の川崎の条例を見ても判る事だしね。
こんなもん通った日には川崎の例を見てもおかしな事になるのは確実だと思う。
しかしこの様な人権を盾にしたネットの言論封じと言っても良い言論弾圧法案をまた出そうとしているのを見てもやはりリベラルは終わっているし、嫌われるのも当然だと思う。
存在自体は数年前から知っていた。いわゆるWUG、わぐちゃん。
2012年に開催された「avex×81produce Wake Up, Girls!AUDITION 第2回アニソン・ヴォーカルオーディション」の合格者7人により結成。以降、アイドル的な声優ユニットとして活動。またそれぞれが個別で声優としても活動している(Wikipediaより引用)
しかし私はBerryz工房やら、i⭐︎Risやら追うので手一杯だったため調べるまでに至らなかった。
今思うとなぜ迅速に調べなかったのか、と後悔ばかりではある。
--キリトリ--
隣に座ってる方超絶綺麗なお姉さんだなー、いやー今日はラッキー!程度に思っていたのにまさかの声優。
有難いことに雑談にも付き合って頂いた。
こちらのオタク話を聞いて頂き、私の主戦場であるアイドルの話にもなった。
その声優さんの口から出てきたのが『Wake Up, Girls!』である。
そこから数年越しではあるが、ようやく私は『Wake Up, Girls!』にたどり着いた。
--キリトリ--
2019年に入り、TWICEにお熱だった私は日本のアイドルへの情熱を蔑ろにしていた。
Twitterを徘徊してると『Wake Up, Girls!』の文字。
そういえばあの声優さんにも勧めてもらったけどWUGのライブ映像ってちゃんと見たことなかったな、とdアニメストアでアニメロサマーライブを漁った。
ん?ん?ん?え?凄い好きなんですけど?え?やば、解散してんじゃん?身長も見た目も声も個性あって、私からすると最高じゃん?は?現場行き損ねた!え?もったいねー!
みたいな感じになった。
そもそも田中さんと山下さんはi⭐︎Ris関係のプリパラで何度かお見受けしたことある!じゃん!!!!ね!!!ばか!!!!!
--キリトリ--
と、一気に熱が上がりYouTubeを徘徊したのが4月くらいまでの流れである。
その後は一旦落ち着き、YouTubeで適当に流してる曲の中にWUGちゃんが入り込むようになる。
TWICE→ユニゾンスクエアガーデン→Berryz工房→オーイシマサヨシ→WUG、エンドレスリピート
そしてWUGちゃんのライブ映像がdアニメストアで配信されていると知った12月。
見てしまった。
--キリトリ--
というわけで今はラストライブのブルーレイを自宅で見ています。
オタのコールが素晴らしすぎて、関係ないところで感極まっています。
Berryz工房もBuono!もだったが、ラストライブのオタクの熱量のあるコールが演出として泣けてしまう…ありがとうオタクの皆さん…
と、いうわけでお時間あればWake Up, Girls!をぐぐってみて下さい。よろしくお願いします。
--キリトリ--
民事訴訟ならば、山口氏は刑事告訴された犯罪者ではないという断定ですね本当にありがとうございました
初めまして。この記事を読んで強い衝撃を受けました。記事を読んでいてもたってもいられなくなり、返信するために先ほどはてなに登録してきました。この度、初めて増田へ投稿します。
私も彼女がいたことのない23才の男性です。お気持ちすごく分かります。自分の感じている苦しさを言語化されたようで、正直とても驚くとともに、このように感じている人が他にもいたことに少しほっとするような思いがしました。自己を省みて整理された形で文章にする明晰な思考力、自分の未熟さを反省し改善しようとする謙虚で真摯な態度など、到底私には及ばない優れたところのたくさんある魅力的な方だなと感じます。私が彼女になることはできませんが、身近にいらしたら是非友達になりたいなと思うほどです。
色々と厳しい意見も目につきますが、恋愛に多くを求めすぎないことなど、恋人がいらっしゃる方でも実践できていない人は多くいると思います。とはいえ、寄せられた意見、それに対する返信、どれも私にとっても大変参考になるものでしたし、大いに勇気付けられました。
記事を書いて公開してくださって、本当にありがとうございました。お互い頑張っていきましょう。
元増田です。
藝大デザイン科卒の大先輩からご回答をいただけまして大変嬉しいです!
まずは、私のような若輩者に対して、ここまで親身になっていただき、藝大受験における詳細な体験描写も交え基礎教養や広い視野の重要性を説いてくださったことに本当に感謝申し上げます。
隅から隅まで拝読致しました。一文一文が私の琴線を強く打ち、全身を稲妻が走るような興奮と感動を覚えました。ありがとうございます!
高校で得られる基礎教養につきまして、私が軽視していたことは否めない事実です。高校というのは現代においては退屈な義務教育の延長であり、その授業内容というのもまた中学の内容の延長であり、あくまで大学入試のために設けられたノルマとしての学科であるから真剣に学ぶ必要のないものと勝手に決めつけていました。しかし、実は高校で学ぶ教養というのは人生において後々実り、視野を広げる重要なものであると、多様な学びの礎となるものだということを、トラバ主様のご指摘に加え、他のトラバを書かれた方やブクマを書かれた方からも数多くのご指摘を受け、これは軽々しく切り捨てていいものではないと気付かされた次第であります。貴重な内省の機会をいただきました。ありがとうございます。
他のトラバの方のご回答で、一切高校進学をしないのではなく夜間高校や通信高校という選択があるのではないか?というご指摘を受けたのもハッとさせられるものでした。完全に盲点でした。お恥ずかしい話ですが、学校というものは昼間通うもの(全日制)という既成概念に縛られていました。確かに、昼間は美大予備校で学び、夜間になれば夜間高校なり通信高校で高校教科をしっかり学ぶ・高校教科の教養を得るという選択肢も充分有り得るものです。高校の一切を切り捨てるのではなく、かといって美大予備校での学びの時間を減らすこともない、ハイブリッドな形態には魅力を感じました。
このハイブリッドな勉強形態を採択することで、トラバ主様や、他のトラバ、ブコメの方のご指摘に沿い高校教科による幅広い教養を得られるならばそれも良いものと感じます。この方向で、前日の無謀・蛮勇な計画をいささか見直そうと検討しています。
藝大浪人時代、そして、藝大学生時代の体験談。そして、任天堂に入社した同窓の方のお話。いずれも胸を打たれました。
同窓の方がブコメで指摘されているようにゼルダの青沼さんであるということで、そんな青沼さんが学生時代は実に多様な趣味を持ち、世界の幅広いことに対してアンテナを張っていたという事実。これは、藝大受験と戦おうとすることで知らぬ間に視野狭窄に陥っていた、私元来の知的好奇心を充分に奮い起こさせるものでした。今後は、受験勉強の最中であっても心にどこか余裕を持ち、幅広いことに対して興味を持ち見識を積み、創作の際に必要となる引き出しを四次元ポケット並に拡充するため学びと遊びを硬軟織り交ぜて経験していきたく思います。
トラバ主様の今回の貴重な投稿は即座にブクマさせていただきました。
今後も、何かあるたびにこのトラバ主様の投稿を読み直し、心を奮い立たせていきます。