はてなキーワード: 全面的とは
沖タイといい琉球新報といい、ウチナンチューは強請と集りの名人かよ(苦笑
ひょっとして本土の報道関係もこういうのがワラワラいるのかね?
要は自分の考えをちっとも改められない、自分を客観視できない、という人の話を聞いていると、自分を主語にするときは絶対に受動態、他人を主語にするときは絶対に能動態を使うというのをなんとなく見つけた。
駅で男にいきなりぶつかられた、というのか、駅で男をかわしきれずにぶつかってしまった、というのか
というのはかなり響きが違う。前者は「悪いのは男、自分が気をつけること、変わることなんか一切ない」というニュアンスを持つ。後者は「私にも落ち度はある、改善点はあるな」というニュアンスを持つ。
まぁ、前者については「自分にも避ける責任があるよね」という観点を欠いているのだから、もう手遅れかもしれない。
駅でいくら避けてもぶつかりに来る男がいるというポイントで反論をしてくるやつは変われないやつな。
論点がおかしくなったが、結局「自分はxxされた」という言葉には、当然それも真実だが、この発言の裏には「自分には落ち度はない、自分が変わる必要はない、やってきたあいつが変わるべきだ」というニュアンスがある。
以前「私は買われた」という売春をした少女の本があったが、「私は売ったの間違いだろ」とか言うのもおかしい。「xxであったがゆえに私は買われた」というのが正しい言い方だ。もうちょっと言うならば「xxであったがゆえに私は売らざるを得なかった」が最も正しい言い方だと思う。
「私は買われた」というのに無批判で全面同意できる人というのは、つまるところその少女と彼女を取り巻く一切になん関心もないことを態度で示しており、問題解決なんかどうでもいいとも言える。この少女は被害者!みんな全面的に同情スべき!と言いつつこの少女が売春をするに至った原因に全く興味がないのだ。
というように受動態が大好きな人というのはやはりなにか問題の根本を見ることができない人、ひいては変われない人なんではないか、というように思った。
はてなーの多くが(とは知らんけど)Gotoキャンペーンを嫌悪忌避している事が理解できない、上位コメはまず反対。
政府の目指すところは「感染を抑えて経済を回す」と僕は理解しているので、大都市圏と地方は対応が異なっても違和感は無いし、状況を見ながら修正も必要だと感じている。昨日と違うこと言っても全然不思議じゃない。
経済が傷むということは失業者が増え、非正規職は優先的に解雇され、個人事業主が廃業することだ。政府はそれを最大限に恐れている。もちろん税収のためだ。
税収が落ち込めば社会保障や地方交付を削らざるを得ず(まぁ公務員の人件費とかを削れるのかもしれないけど、それも不幸だよね)、社会不安に陥ると思う。
これが前提。
ところがはてなーは「Gotoは全反対」で、そのせいか状況が変化しての政策変更は「論理整合性が無い」ということになってる。要は雇用のこと全無視で論理最重視に見える。立憲党もそう主張している、関係ないけど。
はてなーがGotoに反対している表向きの理由が「医療資源(従事者含む)」と「老人の安全」を守る、あと「与党への反発感」も少しというところかしら。少なくとも経済への言及が無さすぎる。
僕の理解ははてなーは「経済の痛みに直結しない層」ということかしら、例えばメーカー勤務(IT系含む)、年金生活者、学生か。
サービス業・女性・非正規が殆ど居ないのではと思わざるを得ない。
経済が傷み失業者が増えると、失業者が増え、税収だけでなく、厚生年金や健康保険も減収するし、生活保護も増えるであろう。
論理の美しさの為にこのような状態に陥ることを理解しているのかという疑問がある。
伝統的に左派は高学歴が多く、旧来の左派は上記の点は理解していての主張だと僕は理解している。
だが最近の毎日新聞東京新聞の暴走にコメを多数付けるとか、全面的にGoto反対には知性に甚だ疑問がある。
(最近NHKを重視する非ハテサ層も多いようだけどその反発なのだと感じている)
愚痴でした。
お互いに0.5人分良ければぶつからずに済む。そうすればお互い少ないエネルギーで気持ちよく過ごせるんだ。
だから俺は避ける気無い相手には俺は容赦なく行く。(もちろん相手が避けられない状況の時はこっちが全面的避ける)
こういうときに必ず出てくるのが「お前が避ければいいだけ」「ぶつかっているということはお前も避けていない」
というしょうもない混ぜっ返しだ。
「お前が避ければいい」論者は「ぶつかった・ぶつからなかった」という結果論の話にしか興味がないが、まるで幼児である。
人混みを避けて歩くことは「コミュニケーション」の一種である。
人混みは「お互いに」避ける、ぶつからないというコミュニケーションでできている。
自分から避けない奴には理解できないのだろうが、「お互いに避ける」不断の努力なしには平和な人混みは生まれないのだ。
考えればわかることだが、誰も避けなければ皆ぶつかるのだ。
コミュニケーションの反対はコミュニケーションの拒否、つまりは「暴力」なのである。
人混みで「避けない」人間は積極的に「暴力をふるっている」のだ。
世の中には高齢だったり障害だったりベビーカーを押していたりで「避けられない」人はがいる。
それを察してこちらが全面的に「避ける」こともコミュニケーションである。
数々の証言が示すように、「避けない人間」は相手が高齢者だろうが障害者だろうが、構わず避けないのだ。
避けないで、ぶつかるのだ。
「暴力をふるっている」ということの意味を多少なりとも理解していただけただろうか。
暴力に対し反対を表明するなんて、当然すぎる事だろう。
「人混みにおける暴力」なんて、これはもう現代社会人なら反対して当然の低俗な行為である。
それをどうすべきかという話なのだ。
「お前が避ければいいだけ」論が無意味なのはここに理由がある。
はてなーの多くが(とは知らんけど)Gotoキャンペーンを嫌悪忌避している事が理解できない、上位コメはまず反対。
政府の目指すところは「感染を抑えて経済を回す」と僕は理解しているので、大都市圏と地方は対応が異なっても違和感は無いし、状況を見ながら修正も必要だと感じている。昨日と違うこと言っても全然不思議じゃない。
経済が傷むということは失業者が増え、非正規職は優先的に解雇され、個人事業主が廃業することだ。政府はそれを最大限に恐れている。もちろん税収のためだ。
税収が落ち込めば社会保障や地方交付を削らざるを得ず(まぁ公務員の人件費とかを削れるのかもしれないけど、それも不幸だよね)、社会不安に陥ると思う。
これが前提。
ところがはてなーは「Gotoは全反対」で、そのせいか状況が変化しての政策変更は「論理整合性が無い」ということになってる。要は雇用のこと全無視で論理最重視に見える。立憲党もそう主張している、関係ないけど。
はてなーがGotoに反対している表向きの理由が「医療資源(従事者含む)」と「老人の安全」を守る、あと「与党への反発感」も少しというところかしら。少なくとも経済への言及が無さすぎる。
僕の理解ははてなーは「経済の痛みに直結しない層」ということかしら、例えばメーカー勤務(IT系含む)、年金生活者、学生か。
サービス業・女性・非正規が殆ど居ないのではと思わざるを得ない。
経済が傷み失業者が増えると、失業者が増え、税収だけでなく、厚生年金や健康保険も減収するし、生活保護も増えるであろう。
論理の美しさの為にこのような状態に陥ることを理解しているのかという疑問がある。
伝統的に左派は高学歴が多く、旧来の左派は上記の点は理解していての主張だと僕は理解している。
だが最近の毎日新聞東京新聞の暴走にコメを多数付けるとか、全面的にGoto反対には知性に甚だ疑問がある。
(最近NHKを重視する非ハテサ層も多いようだけどその反発なのだと感じている)
愚痴でした。
メンヘラでオタサーの姫でサークラでバイでM女だった私が、一般男性と結婚するから一部始終を聞いてくれ。
最初に言っておきますがこのページは100%自分語りと惚気です。
相手:30代前半正社員、程よく筋肉質なイケメン、但し重度のオタク
ここまでで分かる通り、私は自己肯定感が皆無だ。他者肯定だけでなんとか生きてきたタイプのメンヘラだ。
家庭問題のアレソレで心身症を引き起こし、どことは言わないけど学校を中退して、向精神薬漬けになり。ド底辺メンヘラが家を出るために生計を立てられるまでに社会順応するには、平静を装うために精神衛生をある程度保たなきゃいけない。定職につくまでえらい時間がかかったし、努力も要ったし、パニック発作を抑圧するのがしんどすぎたし。選んだストレス発散方法が、セックスだった。
選んだというかそれしかなかったというか。
幸い男性に好まれやすい体型に恵まれていたのと、自分の言動に対して相手がどう思うかを考え続けて生きてきたのでモーションをかけるのは得意だったしで、相手に困るということはなかった。選ばなければヤりたいだけの男なんていくらでもいるんだから当たり前だが。また、男性側も恐らく相手を選んでいなかった。全てが希薄で、霞のようだった。
それに慣れてきたら、今度は関係性を築いて壊すのが快感になっていった。
好き好き言ってべったりくっついて、ずっと一緒にいようねとか言って、急に連絡をプツンと切る。付き合ってるわけではないのに激昂した相手にストーカー紛いのことをされたこともあったりしたが、脳が快楽物質を出すそれをやめられなかった。喪失感の擬似体験が好きだなんておかしかったよな、良く今まで刺されずに生きてきたなとも思う。
それにも飽きる頃、もしかしたら男が嫌いなのではないかと思い始めた。散々良いように使ってきたのにだ。試しに女性と付き合ってみたら最高だった、関係性を保ちたいと思えたし、セックスなんてしなくても心が潤ったし。お母さんに愛されるってこんな感じかなとか思ったりもしたし。ただレズは大体病んでるから。メンヘラ同士というものはなかなか安定しないものだ、問題ばかり起きて続けるのが苦しくなった。
SMを趣味にしている彼女がいた。縛られて、叩かれて、首を絞められて、頭を踏まれて、綺麗な顔で眉ひとつ動かさないでこちらを見下す彼女のことを見て、このひとに一生ついていくんだと思った。
呆気なく別れてからもそれが忘れられず、アングラの世界に飛び込んだ私を待っていたのは壮絶なS女争奪戦だった。絶対数が少ない彼女たちには多数の貢ぎM男性がいて、侍らせて楽しんでいて、とても貧困アルバイターの私が入り込める世界ではなかった。自然、そこにいるS男性と関係を持ち始めることになる。
私の人生、ノーマルセックスよりもSMの方が多く嗜んでいるかもしれない。サークルをクラッシュしたりなどして気まぐれに遊んでいた時期とは逆転し、まさに奴隷みたいな生活が続いた。金銭を差し上げることは出来なかったけど、呼ばれたら駆けつけて家事をしたり甲斐甲斐しく世話を焼いたりしてそれでやっとプレイをして貰える。ありがとうございますと咽び泣き、ストレスを昇華する。たまの気まぐれで推しの女王様に遊んで頂けたときなどはもう、そのまま死んでしまいたいくらいだった。
この辺りで晴れて就職して正社員になっているのだけど、それでもストレス発散の捌け口は必要で。普通に普通の社会で生きるって難しいね。
肉体的な性欲を発散させてくれるSはそう多くない。お預けにお預けを重ねたり、縄で縛って苦しめて終わりだったり。性欲だけを発散するのには自慰が必要だったんだけど、自己肯定感がないのでひとりでは気持ちよくなれない。行き着いたのがテレフォンセックス、エロイプだった。
互いに慰め合うのが心底苦手で(男の喘ぎ声なんか聞きたくもないし)、一方的に虐めてくれる人だけを探した。女性にしてもらった事もあるけどコンマ数%だ、ここでも取り合いなのかと辟易した。
ここでも色々やった、催眠だの脳イキだの耐久5時間だの...現実で慣れっこだったから、あまりハマらないタイプの相手だと思考を飛ばして次の食事のことなどを考えながら事に及んでいた。全てがインスタントだった。
大抵はそんな内容の相手を誘う書き込みなのに、たまに普通に接してくる変な人が混ざっている。そんな人達と話すのも結構好きで、友達になることも多かった。婚約者は、その中の1人だ。これを読んでいる人は驚くだろうか、私も驚いているけれど。
最初は普通を装って、ワンチャン1発ヤリたいだけの人かと思った。ら、キチンと付き合おう、結婚をしよう。なんて言い出して、いやいや信じませんからねと笑っていたものの、付き合って数年、双方の親の顔合わせまで済んで、会社への報告も済んで、籍を入れるだけになっている。年内には済ませてしまう予定だ。嘘だろ。苗字が変わるらしい。
ここまで書いたことを会う前からほぼ全て知っている上に、出会ったのは私の酷い書き込み、初めて会ったのはホテルで言わずもがなそのままシケこんでいて、そんなセフレルート一択の男がしかもドノーマルの男が、旦那になるらしい。
愛の言葉も何も信じないと言い切る私に、信じられるくらい一緒に居ればいいねとか宣い、挨拶代わりのキスとハグをくれて、毎日褒めてくれて、私の精神的な発作にも文句も言わず付き合ってくれて、それで精神が壊れなかった人は初めてで、強メンタルとはこのことか...となるなどしている。この話になると惚気しかなくて無理。
今でもふらっと、遊んでいた場所に行ってみることがあるけれど、婚約者を越える良い人が転がっているはずもなく全く楽しくない。それを認識して遊ばずに彼の元へ帰る。ずいぶん丸くなったもんだな。
ただ、今のこれも他者肯定に完全に頼っている自覚はある。少しでも嫌われたら、また舞い戻ることになるだろうと。全面的に肯定されることが初めてだから戸惑うけれど、この環境なら自己愛を育めるかもしれない...と淡い希望を抱いていたりはする。少なくとも状況証拠で彼が私を愛していることは間違いないし、私も彼を愛している。生涯を共にすることを誓ったから結婚するのだから、まぁそうなのだけれど。
最近気付いたのだけど、普通にモテそうな彼が私を選んだのは今までまともにセックスできる相手がいなかったから。その...サイズが...あの...規格外で...私は慣れてるから...未だに痛いこともあるけど...致せないほどではないから...
つまりほぼ童貞だった。可哀想。今色々仕込んでるし結果オーライ。神様奇跡をありがとう。
ちなみに私のどこが好きか聞くと、笑ってくれるとこだって答えてくる。ずるいぞ、いつも機嫌良くいたくなるだろ。
ばばばっと書いたのでアラが凄いけど明日の朝になったら躊躇って投下しなくなるかもしれないからエイヤと投げます。長すぎて誰も聞いてくれないぜこんな話。リアルの知り合いには絶対バレたくないしね!!!
でも例えば著しい精神的苦痛によってうつ病などを発祥させた場合、傷害罪が成立する場合もあるよね。(パワハラやストーカーなどでよくあるケース。)
ここで言う「精神的苦痛」と「不快にさせる」は全く別の概念なのよ。程度の問題とかじゃなくて、概念から違う。これは「怪我をさせる」のと「痛みを与える」のが違うのと似ている。
この意味での「精神的苦痛」を与える「表現」は、どうやら憲法学的には「表現とは見なされない」というのが定説らしい。(自分もにわかだから最近知ったし、上記のような説明はツッコミどころだらけだろうけど。言われてみれば「人を殴るのも表現だ」は通用しないよね。)
「精神的苦痛」による傷害の他には、名誉毀損とかも具体的な罪状なので、これもまた「不快にさせる」表現とは概念から異なるんだよね。
えっちな表現についてはまず立法的な議論も必要だとは思うけど。とりあえず人を「不快にさせる」表現というのは、はすみとしこみたいな「ヘイト」表現とは概念からして異なるのよ。
こういうことを言うと「えっちな表現でPTSDを発症する性暴力サバイバーもいるから、えっちな表現は許されない」みたいなことを言い出す人も出てきそうだけど、それは全然違うよね。どんな表現にもそれによってPTSDを発症する人は存在するので、その理屈を認めるとこの世に許される表現は無くなってしまう。
そもそも「えっちな表現を見てPTSDを発症した」という現象において、「えっちな表現」は原因であっても責任はないよね。これは事件と事故が違うのと同じ。ただまあ、「車が歩道を走っていて、誤って人をはねた」となれば責任の大きさはまた変わってくるが、それは表現で言えばゾーニングの議論になるだろうね。(「徹底的に隠せ」という主張も、「どんどん表に出せ」という主張も、どちらも極端すぎる。ゾーニングは「するかしないか」ではなく、「どのようにあるべきか」という話。)
また車と言っても三輪車とぶつかった程度で大騒ぎするのもアレだが、その辺の程度問題を語ろうとするとセクシュアリティ議論が必要になって論点が大きくズレるのでこの辺で終了。
うちも子供はお母さんが良いって言う
夫は育休も取ったし、子育ても家事も折半してるけど、それでも「お母さん」
お父さん拒否は辛いけど、小さいうちは仕方ないのかも
それは増田のせいではないよ
洗濯は奥さんは乾燥機にしたいんだから、それを自分の拘りで断るなら全面的に自分でやった方が良い
「できるだけ干す」じゃなくて干すのは当然、取り込むまで全部やる
出来ないなら乾燥機にさせてあげて
それか曜日を決めて分担にするとか
やったりやらなかったり、よりも決まった時にしてくれる方がありがたいかも知れない
他にも、寝落ちしてたらやる、みたいな言い方だと
「本当は奥さんの仕事だけど代わりにやってあげてる」感じがする
厳しいけど、「他人の家」に毎週行きたい人ってそうそういないと思うよ
実家に行くのはせめて奥さんが仕事の時だけにして、普段は家族で家で過ごすのはダメなの?
一時的にはお金がかかっても、便利家電とか家事代行サービスとか(もちろん増田のお母さんではない)
色々導入した方が良いかも
『ファン活動としての二次創作を許容しなければならない空気感と文化を破壊したい」(該当ブログ削除済み)を読んだうえで、同じく二次創作否定派からお気持ち表明したくて参上。
いうて、私自体は商業どころか同人作家でもなく、駄文を書くことはあるけど基本は消費者でしかないことご理解を。
あと該当ブログくんが炎上した後速やかに消えてしまったので、少し彼が本当に商業漫画家だったのか、web炎上させるの大好きマンくんではなかったのか怪しい空気になってしまったので悲しみ。
それでも、性善説を信じ、彼が本物だったと仮定して少し話させてほしい。まず二次創作擁護()派のみなさんに一言いいたい。
「本当に議論しないといけない部分」を無視して、主張の粗いところを責め立てて、論破()して「私たちの主張の勝ち、黙れ」って問題を放置したまま勝利宣言するのいい加減やめてくれません?
私、基本はアイドルマスターくんとかいうコンテンツでオタクやってるんすけど、そっちでも炎上案件があったときによくみられるし、多数派の意見をもっている人間がやりがちな行動なんだなぁとしみじみ。
根本的問題が何一つ解決されていない、臭い物に蓋をする戦法でしかありません。そのくせ、勝ったという実績だけ手に入れたと対外アピールする最低演出ですよ。
あと「国語力を鍛えろ」も今回は追加で。
ふとTwitterみてたら今回の話だと「こんなこと言う前に『読者を金づるだと思ってるから逃げられたくない!』『編集部から煙たがられて仕事回されなくなったらヤダ』って思ってるところを認めなさーい」みたいなツイートが流れてきて
……言ってたよね? 筆者、その部分認めてたよね? あれ、俺は同じ文章読んでそう読みとったけど、俺が深読みオタクくんしちゃった?? と脳内バグりました。
本文で言及していた「大前提」(そもこれが前提なのか審議)を書いてないからダメっていって意見そのものを否定するの卑怯にもほどがある。本文読んで読み取れなかったなら国語力なさすぎなので議論に参加しないでほしいし、
「わかって」やっていたならあんまりにも卑怯だよね。炎上案件なんて、いちいち全文目を通す人しかいないわけではない。そういう、見てない人に対して「あの主張はダメだよ!」っていうレッテルを貼って相手の意見反対派に第三者を誘導するの、まじで性格悪い。
では、該当部分について引用して、僕が深読みオタクか、先方が国語よわよわマンだったのか判断お願いしたいと思います。
「今、日本で創作を行っている個人クリエイターは、二次創作活動を認めることを強制されている。
それが、すごく嫌だ。
「何様だ」って思うだろう。「読者がいなきゃクリエイターは食っていけないんだぞ」って言われるだろう。「好きなことを表現して共有することの何がいけないの?」って感じるだろう。
その通りだ。私は、何様でもなくて、ただちょっと絵が描けて、漫画が描けるだけの人間で、とても弱い。
読者のみんなが、漫画を買ってくれなきゃ、あっという間に死んでしまう、本当に弱い存在だ。』
『でも、結局私は商業作家で、最終的にはお金のために作品を描かなきゃいけないから、読者のみんなに、どうしても媚びなきゃいけない。』
作家が読者に依存していることをここで言及している。「金づる」という言葉は使っていないけど、お金とファンが結びついているので、僕はそういうニュアンスだと理解しました。
その選択肢を、消したくない。
読者に嫌われるということは、選択肢を自分から消していくということだ。
編集者さんや出版社さんから「面倒な人物」と少しでも思われることは、自分の未来を潰すことだ。』
未来=作家人生=仕事 をつぶしたくない つまり、面倒な人物だと思われたくない。単純明快。
あと、「編集部にいえ」とか「ファンにいえ」みたいなことで怒っていた人たちはまじで何?
編集部に言ったら、自分の首を絞めることになる。ファンにいったら、ファンに離れられてしまうかもしれない。これらが実行した際に本当にそうなるかまでは確かではないが、
少なくとも筆者にとっては死活問題なんだと考えた。そう書いてあるのにいったい何を読んだら「これで反論してやったぜ」みたいな顔できるのかわからん。
実際問題、「二次創作を許容すると宣言する作者」と「二次創作を全面的に否定する作者」のどちらが心証がいいかなんて明らかだろう。許容派の作者さんのその旨のツイートがバズってたし、
みんなわかってるんだろ? そして、二次創作を許容する人が言うように二次創作が作品を盛り上げるうえで貢献する部分があるのだって事実でしょ? なら、企業として編集社はあやかりたいと思わない?
二次創作が許されている、つまり二次創作によって知名度があがる可能性がある作品と、二次創作を許されない作品。どちらも同程度に面白かった作品の場合、どちらを選びたい? 前者だよね。
その二次創作を許されなくても人気が出るくらい面白い作品を作れるなら、そういった意味も込めての「超大御所」という文章内での言葉だろう。それなら変わる、でもそこまで人気作家ではないと言っているんだから
もし、そういった反論が書きたいなら「編集部に言うことも、ファンにいうことも売り上げや今後の仕事の契約上、1mmも不利にならないこと」を論理的に証明してから言えよ。
その証明が通れば、彼の増田でのアプローチはおかしいと言えるだろう。
ここで一回区切るが、お気づきだろうか?
これらの反対意見、「増田に書くな」というご意見であり、本題である二次創作についてはなんも言及していないのだ。
これで「反対しました」とか「こういう雑な文章書かれると、本当の否定派も言いづらくなっちゃうよね~~」とか言ってくるのだ。
タチ悪いよねほんと、悪い癖にこんなガバガバ反証なんだからもっとやになっちゃう。
筆者は「二次創作を許容しろという空気感や文化が嫌い」と言いつつも、自身も「二次創作」をしたいと思う気持ちはあるという話をしている。
彼が本当に嫌っているのは何か。それは最後『むしろ「好き」を表現する手段として和気藹々と二次創作を行っている人達の方がはるかに『厄介』です。
自分達を善き人だと思い込んでいる人達に向けてこのメッセージを書いています』という言葉で語られる部分から考えていくことができる。
『だって、作品って私のもので、キャラクターもストーリーも、本当に、精魂を込めて、精神と魂を削って描いて放出しているものなんですよね。
それを好き勝手されると、嫌な気持ちになることがどうしてもある。
作品を1匹のぬいぐるみだとするなら、二次創作ってのは、そのぬいぐるみを分解して、紐解いて、目をくりぬいて、
とも書かれています。わかってきましたね?
そう、この人は「二次創作」そのものではなく、「二次創作と謳いながら作品を自分好みに魔改造する行為」に辟易としているのです。
そして、そんなクソみたいな行為を「肯定」するしかないことを嫌だって言っているんです。
だから、私たちが今回の炎上で本当に考えないといけないのは「二次創作って何をもって二次創作っていうんだろう」ということなのです。
僕は最初、二次創作否定派と言いましたが、一つ訂正します。僕は本当はそこらへんのオタクよりもよっぽど二次創作が大好きです。
でも、世間一般で「二次創作」として流れてくるほとんどのものが僕にとって二次創作とはいえない粗末なものばかりで、問題提起したくて
「二次創作否定」という強い言葉をつかわせてもらっているだけです。
ですので、彼の意見に賛同するものとして、君たちの「二次創作」が間違っているということをこれから話させていただきます。
このことについて、まず私たちのもっている違和感を感覚的に理解してもらいたいのでいくつかキャッチーな言葉を考えて来ました。
いくつかあげますが、これらが伝わりやすさを重視し、正確さは少し度外視しているのでこのコピーに関する反対はご遠慮ください。
①同人ゴロは「売れるものを売れるように描く」やつら、お前らは「好きなものを好きなように描く」やつら
②if設定で二次創作するとき、要素を変えすぎれば対照性が失われるから同一作品とは呼べなくない?
③それ創作じゃなくて、好きなキャラを好きなように動かして楽しんでいるだけのお人形遊び、いやもはやオナニーですよねそれ
④自分で1から設定を練る力も考えた設定で継続してかいていく力もないから、既存の設定に乗っかって、
愛とかいって自己アレンジくわえて原作無視してるだけなのに「創作」者気分味わうのは気分よさそうですね^^
⑤考察ではなく、願望によって展開されるものは二次創作ではなく妄想じゃない?
⑥そこにあるキャラを読み取るのが解釈なのであって、自分の妄想を押し付ける行為のどこに解釈の意味があるの?
⑦原作ではありえないシチュエーションと原作にありそうなシチュエーションを考えるのが二次創作であって、
原作ではありえないキャラの動きをさせるのは二次創作ではないのでは?
⑧ありえない事象、シチュエーションについて「俺の宇宙では音が鳴るんだよ」と名だたる人が言及したことをあげて反論する人がいるけど、あれは一時創作、
お前は二次創作、おわかり?
⑨キャラクターから話を考えるのではなく、エモい展開にキャラを無理やり当てはめて描くんだからそりゃあバズりますよ。
打線組んだことないからセオリーわからないけど、9つあるからなんか打線っぽくなったや。
まあ、伝えやすさ=過激さ重視なのであんまりいうと自分の足元掬われかねない言葉たちではあるんだけど、
一貫して言いたいことは「愛さえあれば何しても許されるわけないだろ」といったことだと思っていただければ。
「このキャラ好き、あのキャラも好き、その二人のカップリングが好きだし、公式でも絡みあったし、このキャラはあのキャラのことキチレベルで好きって設定にしよ!」
とか、「こういった恋愛関係が私性癖だから、私の好きな二人にそういった恋愛させよ」とか、もしくは「このキャラ好きだからエッチ絵描きます!」とか、
そうやってあなた達が描いたキャラは、あなたが好きだっていったキャラがとりうる行動なんですか? 本来のキャラなら取らないだろうなって思うなら、
それはそのキャラじゃないですよね。一次のキャラデザをパクり、性格を少し真似ただけの、貴方のオリジナルキャラクターじゃないですか?
オリジナルだから二次じゃないし、でもオリジナルというには既存のキャラといろんな要素が一致するので、二次創作じゃなくて「パクリ」てすね。
そのくせ、パクった張本人は「二次創作だ」とか「私、この作品大好きなんです!」とかのたまっているんだから一次創作者で切れる人がでてきても全然おかしくないですよ。
そりゃあ、自分の好みのキャラデザ、設定を自分の好きなように動かせるなら大好きにでもなりますよ。
二次創作を擁護する人達はいったい、どうしてこういった「妄想」や「パクリ」を擁護するのか教えていただきたいです。
彼らは善意で作品の雰囲気を壊す無邪気な子供みたいな邪悪さをもっているように思えます。
その、作品の雰囲気を壊すことが今の二次創作の大部分を占めているわけです。それで活発になるのは本当に原作にとって益なんですか?
作者にとって不本意な盛り上がり方になっている可能性は考えられませんか?
それとも、たとえどんな道であろうと、原作にたどり着いてもらえればそこで適宜消費者個人個人に修正してもらえばいいとかいう考えですか?
そして、何より、この妄想、パクリというものは二次創作といって差し支えのないものなのか、本当に「愛」ゆえの行動と言えるのか、この部分を中心に議論していければよいなと思っています。
まあ、こうして否定しましたが、表現の自由とか考えれば「あなた方が妄想すること」自体は否定するつもりはないんですよ。
ただ、それを自分一人で楽しむだけならともかく、他人に見せて自分の承認欲求にあてたり、金稼いだりするのが気にくわないし
何より、それを「受け入れている」消費者が一番許せないって思っているのが私です。結局、問題は同人ゴロと同じなんですよ。
彼らが存在するのは彼らを受容し、需要をもつ消費者がいるからです。誰も彼らの本を買わなければ、金稼ぎをしている彼らは描かなくなりますよね。
結局、こういう質の悪い「二次創作」、妄想でしかない「二次創作」がTwitterに出回り、同人イベントであふれかえるのもそんな
他人を誑かすためだけに作られた作品をまんまと求める馬鹿な消費者がいるからなんですよ。
ですから、私、二次創作否定派ですが作者側には今一度、在り方を見直してほしいとは思いつつも「変えろ」という気はありません。
変わっていただければ私があなたの消費者になるだけです。あなたの気持ちが変わらないなら変えようと思いもしませんでしょう。
あくまで、私はそれを消費する消費者に「それを二次創作だっていって受け入れていいのか」と問いたい。そして、二次創作と呼べない粗末なものなら触らない。
別に妄想を書きたいだけの人なら、他人に見られなくても描き続けますし、承認欲求で描いてる人は、質のいいものを描こうと努力してくれるはずです。
そう、変わらないものは変わらないし、変わるものは質が良くなります。少なくとも「悪くなる」ことはないのです。
あなたも、キャラクターが好きで二次創作を追うだけなら魔改造されたキャラ設定を「良い」っていう必要がないのわかるでしょ? もはや、魔改造されたほうを好むなら
https://twitter.com/sho_ya/status/1331253512223686663?s=20
大体この程度の話よな。
Simon_Sinのことは私も信用してる訳じゃないが、元ツイの誤謬は「専門家にとっての常識」であって、「少し調べればわかる」とかそういう話ではないよな。
専門家が非専門家にマウントとるのは、どの立場でもどの場面でもやっぱ見ていて気持ちのいいものではないよ。
まあ、元はと言えば専門外にドヤ顔で口出したSimon_Sinが全面的に悪いのだが、悪いからってどれだけ理不尽な叩かれ方も許されるわけじゃないよね。
言ってることには同意で笑いの幅は狭くなるだろうけど、増田が憂いているほど狭くはならないんじゃないかとみている
というのも属性への攻撃は厳しく取り締まられている一方で個人・個別攻撃は一向に止む気配がないから
テラハ騒動の時も誹謗中傷はよくないよね~位のふわっとしたところに着地して終わったし、
その後「テラハ騒動から何も学んでいない」的な言説が生まれるのは同じく相当行き過ぎた誹謗中傷がなされた時だけ
基本的にムカつくやつを叩くのはOKというのが世間的なコンセンサスになっている
そこが取り締まられないので当然個人・個別のものへのイジリ程度の言説はほとんど全面的に許容されていると思う
お笑いの話に戻すと去年のM1ではミルクボーイを「人を傷付けないお笑い」と称賛する層が一定数いたのを覚えているだろうか?ぺこぱではなく。
彼らのネタは何か微妙な立ち位置の人・物のビミョーさを徹底的に指摘するフォーマットでできており、当然バカにするニュアンスも相当含まれているが余裕のセーフだった
(余談だがぺこぱについても正しさの観点で言えば既存のお笑いの構図から脱せていないという指摘がちらほらあるが、こちらはさらに悠々のセーフだ)
逆から考えてみればいい。
つまるところ人間(生物)が持つ性質の大部分は自然淘汰に対して有利な物ばかりだ。
ここでデブ(バカ)向けに補足をすると、これらは「生き残ろうとする意思の結果」ではなくて「たまたまランダムに持った性質のうち生き残りやすいものが残った」というだけだ。
そうだな……君が無造作に粘土を捏ねて作った物体をお盆に並べてそれをグラグラと揺らしたとしよう……するとその中で球体に近いものや滑りやすいものは下に転がっていき、より摩擦を獲得しやすいものや傾きにくいものがグラグラに耐えてお盆の上に残るだろう。
しかし、それに対して、丸いものよりも角張った物が形として全面的に優れていると論じるのは暴論でしか無いことは肥満の人(頭悪い人)でもご理解頂けるだろう。
自然淘汰に対する耐久力を優劣として判断するのは、単なる物差しの一つでしかないのだ。
しかし、自然界においては子孫を残せなければそもそも存在できないので、いま地球にいる多くの生き物は、自然淘汰を乗り越えるような性質をいくつも"持ち合わせられてしまっている"のだ。
人間がカロリーが高いもの美味いと感じるのは、人類が子孫を残すのにおいて非常に有利な性質だ。
人間が甘いと感じる糖が多く含まれたものは栄養価の吸収効率が高く、それを積極的に求める生物はカロリー不足に陥って死ぬリスクが当然のように低くなる。
だが今度は逆にそういった食べ物によって肥満化しやすい連中が子孫を残すのが不利になるという逆転現象が起きている。
これもまたある種の淘汰によって獲得した性質だ。
必要以上のカロリー摂取は無意味な体重の増加という形で余計なカロリーの消費を生み出し、群れ全体にとっての餌場の効率(ナワバリの範囲と生活可能な日数の比率)を低下させることになる。
もう一度逆から考えてみよう。
つまり、人間が本能的にカロリーが高いものを美味いと感じることなど、「自然界で生き延びやすくなるにはどちらが有利なのか』という物差しを当てて考えれば、自明でしかないのだ。
私の母親世代は夫婦正社員共働きでも、母親が子供の学校行事等のために会社を休み、三者懇談も父親ではなく母親が参加するのが当たり前
たいてい父親の方が年収が高いので、母親が育児を全面的に担うことで父親は仕事に専念できる。育児が仕事に支障を来さないので出世もできる
令和の時代は母親が単身赴任して、父親がワンオペ育児という家庭もでてきた。専業主夫も当たり前。なんらおかしいことはない。
でもでも、そんな価値観はごく一部でまだ母親がメインで育児をして、父親は育児のサポート役という家庭はたくさんある。
うちなんて私が専業主婦をやっているものだから、育児のメインは私であり夫は子供の寝かしつけや歯みがきを当然のように拒否する
え?なんで当事者意識がないの?
父親なのにどうしてこどもの歯磨きをしないという選択肢があるの?
専業主婦だったら父親は子育てのサポート役になることが許されるのか?父親なんだからサポートではなく子育ての中心となり母親とてをとりやって育児していくんじゃないの?
とはいえ、専業主婦だからしょうがないのか???という気持ちがわいてくる。私がフルタイムで働いたらだんなと同じ立場になるので今までよりギャンギャン育児しろといいことができるが、たぶん変わらないんだろうなーだったら私はフルタイムではなくパートで小遣い稼ぎ程度に働くのが平等せいがあっていいのか?だって、フルタイムで働いてるのに旦那が私とおなじくらい育児しないという選択肢をとったら私のメンタルがぼこぼこにやられるから。だったら最初から仕事をセーブして逃げ道を作るか
前提
・二次創作とは不法行為である。あくまで二次創作は著作権法の性質により見逃されている。あくまでグレーゾーンである
真である。あくまで二次創作とは不法行為でしかない。だからどうあがいたって100%正しいとは言い切れないのである。
ならば二次創作は100%悪なのか?と聞かれればそれはまた違うのだ。
例えば二次創作が嫌いだとか、そういうのはいい。好き嫌いを制限するものはないのだから。
だけど全面的に禁止というのも、また法的には根拠に乏しいものになる。
著作権法では独自性というものが重要視される。これは盗作などを防ぐためだ。
なら、二次創作には独自性がまったくないのか? これもまた違う。
あくまで、二次創作に全く独自性がないのだとしたら、我々は海賊版をせっせとつくっていることになる。
我々が書いたものは海賊版などではない。全く同一のものではないのだから。
たとえば、ポケットモンスターで最初の相棒がピカチュウじゃなくてイーブイだったサトシを考えたことはないか?
自分が作中に登場して友情を築いたり激しいバトルを繰り広げるドラゴンボールを想像したことはないか?
クラナドで、もしも主人公と付き合わなければ悲惨な未来が待っているヒロインを認められたか?
すべてはifのお話から始まるし、そこに独自性がないとは言い切れないのである。
二次創作を一切みとめないとなると表現の自由もまた侵害されることになる。
また、その弊害として創作自体が萎縮しかねない。今でさえ訴えれば必ず勝てるのだ。それを赤の他人、非関係者から投げつけられれば作品の発表を行う前にまず弁護士への相談がいるだろう。それでは創作を行うための行為がリスキーなものになってしまう。
二次創作のすべてを認めるというのなら海賊版が横行する可能性はあるし、何より何らかの不利益があったとき原作者を守りきれない。
それによって筆を折る原作者がやまほど増えてしまう。利益もないのに創作を行うことはできるが、利益がなければ創作をし続けることはかなり難しい。
もうお気づきだろう。どちらかに100%の舵を切ることができる問題ではないのだ。
だからその塩梅を決めることができるのは原作者だけにしよう、という運用になる。
これは確かに完全ではない。完全ではないが最悪ではないのだ。
これより規制を厳しくするのはとても難しい。法的なしくみの問題もあるし、二次創作を許容も拒絶もできるようなしくみは結局親告罪として運用するほうが何かと都合がいいのだから。
二次創作はどうあがいたって白よりの灰色か、黒よりの灰色を歩くことしかできない。どこまでもグレーだし、それはつまりどちらかに振り切ってしまえば最終的に創作は萎縮してしまう。
嫌いなのはいい。好きなのもいい。でもそれを理由に規制や緩和を推し進めるのは、灰色の道にそぐわない。
もう少し冷静になろう。グレーなのだから調整が難しいのは前提だ。
※
もうかなーり前の話なんですけど、未だに夢にみたり思い出したりしてイライラモヤモヤするのでここに吐き出してみようかなと思いました。こういうものは初めて投稿するので、長いですし、書き方が変だったりしたらすみません。
あと、すごくくだらない内容かとも思いますが、当時の私にとってはすごく辛かった出来事なので、それを踏まえてお読みください。
あの頃、私は不登校でフリースクールに通っていました。学校に居場所がなかった時期、たまたま見つけただけだったフリースクールに、身も心も救われていました。
フリースクールというだけあっていろんな問題児が集まっていたのですが、そのフリースクールの長を務めてたMさんやスタッフの方々はいろんな子に目を配れる人が集まっていて、最初は雰囲気に馴染めていなかった私も次第に他の人と話せるようになり、イベントでも役割を任されるなどして、ここが第二の家だと思えるような場所になってました。両親が共働きというか、不仲だったので、みんなの仲が良いということも楽しめていた要因でした。
同じくらいの時期、とあるオンラインゲームで同じグループに所属していたHさんという人と知り合いました。和気藹々としたとても良いグループでHさんも穏やかそうな人だったので私自身とても仲良くさせてもらいました。フリースクールとはまた別に、そのゲームのグループも私の心の支えになっていました。
しかしグループに入って1.2年くらい経った頃、副グループ長的な存在だったSさんが突然、ゲーム内の個人チャットでさまざまなグルメンに「あなたのグループでの発言は、グループの風紀を乱している」的な連絡を取り始めてから、少しずつ状況が変わり始めました。
タイトルの「『そういう』人」というのはSさんではないのですが、私自身もそのような連絡を受けてからグループでの発言がし辛くなりました。○○さんへの返信だけ遅いという、もちろん心当たりのない(そもそも私はグループの中心的メンバーではなく、話を振られることも多くありませんでした)ことで何時間も個人チャットに拘束されたのがトラウマになっていました。
そこで唯一それが相談できたのが、先程のHさんです。HさんもSさんから謂れのない(または些細な)ことで長時間責められ続けていたようで、私がグループから抜けたことに心配し、親身になって愚痴を聞いてくれました。
それから数ヶ月後、そのゲームそのもののインフレが激しくなったことや、グループの人たちとフィールドですれ違う時の気まずさから、私はそのゲームを引退することにしました。そこで、特別に中のよかったHさんとLINEを交換することになりました。当時私はインターネットの向こうにいる人とLINEを交換したことがなかったのですが、この人は安心できる(不審者ではない、みたいな意味です)と思ったので、友達感覚で交換してしまいました。
長くなりましたが、ここからが本題です。
ゲームを引退してから数年、私とHさんは毎日LINEを送り合う仲になっていました。当時Twitterを知らなかった私にアカウントの作り方を教えてくれたりしました。他にも、共通の趣味もありましたし、時間をかけて信頼関係を作りながら、年齢が一つしか違わないこと(私より年上でした)、電車一本で会いに行けるくらいの距離に住んでいることが分かって、会ったことはありませんでしたが、こんなに色々話せる友達はいない!と思っていました。まさに、親友と呼べる存在でした。
そんな仲になってくると、次第に自分の悩みや愚痴を相談することはあり得ると思います。事実私はHさんに、学校に行けていないのだということを打ち明けていました。Hさんはそれに否定的な意見は持たず、むしろ自分も不登校になりたいと言ってきました。
どういうことかと思って聞いてみると、Hさんは有名な進学校に通っているらしいのですが、学校での居場所がどこにもなく、勉強にもついていけない、1日でいいから休ませてほしいが、親が厳しくて休ませてもらえないとの悩みを抱えていました。私は自分が不登校だったということもありますが、学校に無理に行くことが美徳だとは思いません。なので、引きずってでもHさんを学校に行かせるHさんの親のことが、すごく嫌な存在に思えました。
LINEの口調だけで、しかもただの学生だった私でも精神的な消耗が見て取れるHさんに、なんとか休みをとって欲しいと思いました。しかし夏休みにも毎日補講があるような学校で、それは容易ではありませんでした。
1年くらいLINEのやりとりをしながらも、なかなか解決の糸口は掴めず、Hさんが「もう死にたい」「たすけて」と言い出したり、私も私自身の学校へのストレスも相まって、もはや私の手に負えないことをようやく悟りました。
そこで私が頼ったのは、頼ってしまったのは、当時私が通っていたフリースクールの長・Mさんでした。Mさんはフリースクール経営とは別に、個人的にカウンセラーの仕事もしていました。フリースクールに通わないまでも、Mさんの元へカウンセリングに訪れる遠方の子供たちがいることは知っていたので、Hさんのことも救えるのではないかと思いました。
今考えればこれは最悪の一手だったのですが、その時はこれが最善の一手だと信じて疑いませんでした。
最初に、私のスマホを通してHさんとMさんが通話をしました。MさんもすぐにHさんの消耗に気付き、二人の間で一度会って話そうということがすぐに決まりました。私はMさんのカウンセリングの腕を知っていましたから、これでHさんは救われると思っていました。フリースクールが開いていない時に二人がカウンセリングをしたらしいので詳しくは分かりませんが、HさんはHさんの親にも(渋々)了承を取り、二週間だけフリースクールに通うことになりました。
私はこの時点では、まぁそうなるよな、と思いました。Hさんの消耗はしっていましたし、死にたいと本気で言っているHさんをMさんが放っておくわけがないとも分かっていたからです。だからMさんにそういうことになりそうだけど大丈夫?と言われた時も、二週間くらいなら、と思って、わかりました、と答えました。
しかしHさんは、二週間を過ぎてもフリースクールに通い続けていました。Mさんに聞いたところ、1ヶ月に伸びたそうです。Hさんの状況が改善しないから当然と言えば当然なのですが、私にとって、あれ?と思うようなことが出てきました。
私はフリースクールでは、みんながカードゲームなどをしているところを離れたところで眺めている、ぐらいの立ち位置でした。みんなでテレビゲームをする時には私もプレイできるのですが、当時のブームはカードゲームでした。私は家族のゲームに対する理解があまりなく、スマホの無料ゲームならまだしも、お金を払ってカードゲームを買うということは許されていませんでした。
しかしHさんはすぐに同じゲームのスターターパックのようなものを買って、みんなの輪に入っていきました。私は、厳しい家庭で育ち学校を休めず、死にたいとまで言っていたLINE上でのHさんと、フリースクールに通うことに抵抗のある両親からカードゲームを買い与えられ、みんなの輪の中で笑うHさんの姿がどうしても重なりませんでした。
もちろん、フリースクールで元気を取り戻し、親も辛い時には学校を休むことへの抵抗がなくなったということなら、なんら問題はありません。むしろそう願って私はMさんを紹介し、Mさんがフリースクールを紹介したのですから、私が口出しできることではありません。だから、二週間が1ヶ月に伸びたって、その1ヶ月が終われば、きっとこのフリースクールから卒業して、元の「ゲーム友達」に戻れると思っていました。
しかしHさんは、1ヶ月を年末までに伸ばし、さらにそれを学年末、来年末まで、とどんどん期間を伸ばしていきました。私はHさんとのLINEの中で、今通っているフリースクールが私にとってとても大切な場所だということに何度も触れていました。それをHさんも真摯に聞いてくれていたように思っていました。しかし、何年もフリースクールに在籍することになってもなお、Hさんから私に何か言葉があることはありませんでした。
むしろHさんがフリースクールに通い始めてから、まるで私は用済みとばかりに、今まで築いてきたものが嘘のように、話すことがめっきり減ったのです。
Hさんを助けられたという達成感もありましたが、その反面、寂しさや悲しさもありました。
利用されたように感じました。Hさんにとって、私はただ都合よく居心地の良い場所を教えてくれるだけの人だったのでは?と思いました。私にとってフリースクールは大切な場所でした。そんな大切な場所を教えた私が全面的に悪いのでしょうか?と今でも思います。Hさんは真摯で丁寧な人だと思っていましたが、そうではなかったのだと後悔しました。
フリースクールでHさんが救われていなかったなら、早くどこかに出て行って欲しかった。居心地が良いなら良いで、せめて「ここを紹介してくれてありがとう」とかなんとか、言ってくれたら私だって身を切ってまでHさんを助けた甲斐があったと思えるのに。
それからもやはりHさんは私に何かを言うでもなく、フリースクールの中にどんどん馴染んでいって、最終的には私と仲が良かった年下の子も、フリースクールのイベントにはHさんのほうを先に誘ったりしていました。
私はフリースクールで楽しく過ごしたかったので、もちろんMさんに相談もしましたが、「(私)さんはこのフリースクールの中心メンバーだから自信持って〜」などと言われるばかりで、Mさんの興味が私ではなくHさんにシフトしたことを悟りました。「Hさんは痩せてるから」「Hさんは親が厳しいから」そんな言葉でHさんを庇うばかりで、具体的に私がどうすれば良いのか教えてくれることは終ぞありませんでした。
私は完全にHさんに負けたと思いました。社交能力がHさんのほうが高かったと言うだけの話ですが、だとしてもせめて、私とあなたが膨大な時間を使って話しをしたことを忘れないで欲しかった。だけど、Hさんは私とは感性の違う人間だったから、早々に切り捨てられて、私の願いは叶わぬまま、私はフリースクールから足が遠のきました。
あれから何年経ったのかよく分かりませんが、そんなことがありました。Mさんにもっと立ち向かえばよかったのか、そもそもHさんを助けなければ良かったのか、未だに、Hさんとどうすれば良かったのかが分かりません。多分、ふとした瞬間に思い出すのは分からないままだからです。
既にHさんともフリースクールとも袂を分かっているので、解決をしようにもできません。ですが、感性の違う人間に振り回された時、泣き寝入りするしかないということに苛立って仕方がありませんでした。
こうしてことの顛末を全て書いたものが誰かの目に触れることで、スッキリできるといいなあ。
おわり
端的に言うと『電池交換』でキャリアの修理に出したら、スマホ壊されて返って来たっていう話です。
●そもそもの経緯
酷使したandroidが1台。電池容量50%以下の表示。常に充電コードに刺してないとすぐに電源が落ちる有り様。
という事で、オンライン修理で『電池交換してくれや』と依頼、キャリアに送付
↓
『お前の端末、見積もり取ったで!申告の症状は認められんかったけど、あちこちズタボロやから全部修理したら代金40kや!どないする?』
↓
文 鎮 の お 帰 り 。
……………………いや、大激怒してる気持ちを抑えようと、軽いテイストを心掛けて書いたんですけど、やっぱり納得出来ませんわ。
預けた時は電源は入っていたんですよ。少なくとも。
何で返ってきたら、電源反応しないの?おかしくない?
【悪化】通り越して【ご臨終】じゃん、これ!
●救済措置を求めて3000秒
私『すみません。修理見積から返って来たスマホが、壊れてるんですけど……』
私『は!!?!』
・お預かりした端末は、修理箇所のチェックの為に一度基盤を開けたりした
・その上で見積もりを出したが、お客様から修理不可の回答を貰ったので『出来る限り』元に戻して返却した
・預かった状態でお返しする事を約束していないので、返却された端末が余計壊れていても、責任を取りません
この2つ目に出て来る『出来る限り』というのがミソ、なんだそうです。
まぁ確かに、一度箱の蓋を開けてしまったら、二度と蓋を開ける前の箱には戻りません。そこは納得する。
だからそういう意味合いにおいては『預かった状態でお返しする事を約束していない』という台詞は、納得します。そこに異論はない。
だけど。だけどね?
そちらから返って来た『修理すべき箇所』の欄には、一言も『電源断を確認しました』って書いてないんです。
要するに、預けた時は電源入ってたって、自ら認めてんじゃね―――――――――――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
にも関わらず、返って来た端末は電源一切入らない訳です。再起動コマンド(因みにXperiaは【電源+音量↑ボタン】長押し)も一切受け付けない訳です。
どう考えたって!!!!壊したの!!!!君たちじゃん!!!!!!!!
なのに『でも規約なんで一切責任取りませーん!』って言われて、誰が『そっかー。規約だから仕方ないねー』って納得出来るか、って話なんですよ。
せめて『とりあえず電源入るかなー?』位は確認して返しません? えっ、そんな事もしない? 修理してないから動作保証もしないから? そっかぁ!
ふ ざ け ろ 。
とは言え、電話口のご担当の方に権限がある訳でないと知っていますし、責任を取るべき立場で無い方を怒鳴り散らす訳にもいかないんで、大人しく電話を切りました。
さようなら。Xperia。あと、実際の電話応対は大変スムーズで20分もかからなかったと思います。が、1200秒って書くとしっくり来ないんで盛りました。
●所感とただの愚痴
今まで、窓口のお姉さんとかに『修理代金、見積もりだけでも取りますか?』と気軽に聞かれた事はあったんですよ。
その時は、こんなリスク一度も説明された事はありませんでした。
とは言え、今回申し込んだ手段はオンラインなんで、『預かった状態でお返しする事を約束していない』という規約とか注意書きとか、あったんだと思います。
ただ、その『預かった状態でお返しする事を約束していない』が『場合によっては預けた状態よりも壊れて返って来る』状況を含むのであれば、そこはもうちょっと強調して欲しかった、というのが、1ユーザーとしての要望です。
先日歯医者で親知らず抜いた時も、物凄く丁寧にリスクをきちんと説明してくれました。その上で『抜いて良いですか? 良いなら同じ事此処に書いてるんで、読んでチェック入れた上で、署名お願いします』って。
そこまでされて『成程、そういうリスクを負った上で、自分は選択するんだ』って自覚する物じゃないですか。全然。キャリアのオンライン修理、全然そんな印象無かったですわ!
いやもう、今までケータイの契約に関しては一度も窓口のお姉さん困らせない様に、ちゃんと自分で勉強した上で機種変更してたし、契約とかもしてました。割と優良顧客だったと思います。
何なら『契約難しくて分かんない!』って文句言う層に『はぁ?テメェの不勉強を棚に上げてキャリア圧迫すな!』とか思ってましたけど、今日で宗旨替えしますわ。
キ ャ リ ア の 説 明 不 足 に 断 固 抗 議 す る 。
インフラを人質に取られてる気持ちってこういう感じなんだな、というのを、今更ながら体験しています。
●オチ
とりあえず、今まで全面的にドコモを信頼してたんですが、今後は一切信用しない、という方針転換が必要だと実感しました。
あと、今後お店で『良かったら修理見積もり取りますか?』って聞かれた方は『もしかしたら二度と電源入らなくなって返ってくるかもしれない』と覚悟をした上で送り出して下さい。
心構えあるのと無いので、ショックって全然違うので……。
あと、繰り返しになりますが『預かった状態でお返しする事を約束していない』が『場合によっては預けた状態よりも壊れて返って来る』状況を含むのであれば、そこはもうちょっと強調して欲しい、という要望は変わらないです。
ついでに、窓口のお姉さんに気軽に見積もり案内させるのもやめてあげて。見積もりキャンセルして返って来た端末が電源入らないとか、そのまま店頭で完全に揉めて店長謝罪コースじゃん。誰も幸せにならない。
そういう訳で、これを期に新古品をぼーっと眺めています。Xperia8をご利用中のユーザー様。是非、使用感教えて下さい。
以上。
とりあえず、沢山コメント貰ってしまって、今正直大変恐縮しております。
9割7分が『愚痴』、1割が『見積もり修理出す人は注意してね!』、1割が『注意書きもっと念押ししてくれ……』、1割が『Xperia8の使用感聞きたい』で書きなぐったチラシの裏だったので、皆様から沢山ご意見頂戴して、申し訳ない気持ちと有難い気持ちで一杯です。
(すいません。算数間違えました。素です。小学生から出直してきます。本来は9割7分と1分と1分と1分です。よ、読み流してくれ……)
OCNモバイルのご紹介下さった方と、XZsのご紹介下さった方、有難うございます。そちらもちょっと視野に入れてながら、今色々なサイトで端末を見比べている最中です。
交換補償の方。そういう手があったか……!と後で気付きました。次回以降、参考にしては駄目だと思いますが、参考にします。
こういう事もあるんです。覚えておいて下さい。願わくば、俺の屍を越えてゆけ……!
バックアップ、というかデータの心配して下さった方、有難うございます。自宅から預けたという事もあり、そこは完全抜かりなく取ってあります。優しい気持ちを有難うございます。
修理している側の方でしょうか?ご教示頂き大変助かりました。正直メーカーで開けて閉めるだけならそんなダメージ貰わないだろ、と完全に過信と誤解してました。自分の認識は修正しておきます。
減価償却の方。ちょっと図星でした。とは言えまだ電池変えればどうにかなるのでは、と下心を出したらこのざまです。とりあえずその認識の甘さを指さして笑ってやって下さい。
数年前働いてた方と、関連会社の方。仰る通り、本当に運だったんだと思います。とは言え、そこの予告なく『御臨終です』と言われたら『えっ、送り出した時は生きてましたやん!?』ってなるので、そういう重大な火種はもうちょっと説明して欲しかった…と……。
ヨドバシカメラの体験版御寄せ頂いた方。意図を汲んで下さって有難うございます。そういう説明があれば、此方も文鎮で帰って来ても『まぁ、仕方ないよね。よく頑張ったね、Xperia……』と言えたので、過剰でもそういう注意書きの同意をしてくれる方向になれば良いな、と思います。
革靴の方。辛い事を思い出させてしまったようですみません。少なくとも『現状よりも良くしよう』と思ってメーカーにお預けをした物が悪化して返って来た時の心中、お察しいたします。国産メーカーなら、大手キャリアなら、と自分もどこかで甘く考えていました。貧すれば鈍する、という言葉、自覚したいと思います。
シュレディンガーの方。分かって下さって有難うございます。とは言え、当方の箱は死亡で未来が確定してしまったので、瀕死には戻りませんでした……。
メーカーが、の方。大変鋭いですね。実はその趣旨の事を電話窓口の方に確認したのですが、回答は『申し訳ございません』でイエスともノーとも取れない上手な逃げ方をされました。そして、今度修理に出したら見積もり時よりも値段上がるかもしれない事に関しても『申し訳ございません』なので、見積もり修理のリスキーさを初めて実感致しました。
Sonyの他デバイスの情報下さった方。有難うございます。今回その『元には戻せないという説明』が若干足りないのでは……?という疑念が発端でありしこりなので、その説明の大切さを改めて実感しております。尚、事前説明があるなら別に嫌いにはならないです。PS5テンバイヤーは飢えろ。
お名前の方。安直ですが、今回ご臨終したのは『ぺリアちゃん(4代目)』ですが、回答として趣旨合ってますか?これは蛇足ですが、デスクトップパソコンには『本妻』(※常に家にいるから)、ノートパソコンには『愛人』(※外でしか遊ばないから)という名前を付けています。
なお、幾つかお声頂戴しておりますが、本件に関して『少額告訴』も『消費者センター』も考えておりません。
(『元には戻せないという説明』が『預けた状況よりも破損・破壊が進んだ状況』を含めるのかという疑義は残りますが、そこも包括出来る様に注意書きとして書かれている以上、完全に負けるんだろうなー、という所感です)
皆様のご期待に沿う事が出来ず、お詫び申し上げます。
とりあえず、当方のこの失敗(※失笑)により、300人以上の方に『預かり修理に出したら、場合によっては余計壊れて返ってくる事があるよ』という事が周知出来ただけで満足です。
あと、何回か述べましたが、結構今日まで『大手キャリア/メーカーだから大丈夫だろう』と甘く考えてた所が、完全に落ち度だと思っています。
そして百万遍でも同じ事言うけど、事前にリスクの提示してくれてたら、別にこんなにインターネットの片隅で手足ばたばたさせて野生動物の様に大暴れするつもりは無かったので、将来的にこの説明箇所がちゃんと分かり易く、記憶に残り易く、という手法に変わってくれることを願います。
とりあえず、これからは今まで以上に規約やら注意事項やら読む様に気を付けます。そういう意味では、先代Xperiaちゃんは自らを犠牲にして、今後の私の人生において有意義な置き土産を残して逝ってくれたのだと思います。
という訳で、皆も規約やら注意書きやら、読み飛ばさないように気を付けてな!俺の屍を越えてゆけ!!
(今度こそ)以上。
レアは全能力が高い。貴重なスキルを持ち、普通に強く、奇抜な戦いも可能。そもそもレアでないなら戦うこと自体が無謀。レアを持たないことはゲームを楽しめないことを意味する。
レア度が高いキャラも低いキャラも性能は同じ。外見だけが違う。
単純な性能、成果の平均値で言えば低レアこそが最強。しかし高レアは低レアでは出来ない飛び道具の数々により曲芸のようなプレイを可能にする。レア度は遊びの幅をもたらす。
レアも低レアもそれぞれに強いキャラ、弱いキャラが同じ程度にいる。レアを沢山引けばそれだけ選べる手札が増え、結果として強いパーティーが作りやすくなる。時にはボスへの決定打を持つキャラが最高レアに偶然あり、持ち物検査の異名を取る。
レアキャラは特攻を持ち、イベントにおいて有利になる。強さはイベント限定。時にはアイテムの収集数を強化する。終わりのなきインフレの波を起こす舞台装置か、はたまた安定と利益の折衝点か。
最終的な強さを見ればレア度に意味はないとすら言える。しかし、育てやすさが全く違う。育成の手間をガチャで買うのだ。
レアは存在しない。すべてが平等な運試し。一点狙いでもすべてが同じ確率なら希望はある?とはいえ結局、人気の差と性能差はあるんだなあ
真に平等なるガチャ。それでもなお君はガチャに何を思うか。クジを一文字変えればクソ?その意見を否定はせんよ。
ガチャなどない。直接欲しいキャラを選んで買うのだ。pvpだと割と多いスタイルではあるね。ソシャゲだと少ない?そもそもpvpがか?