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2018-10-08

みんな日本語学術言語としての重要性を軽く評価しすぎ

この件.

https://togetter.com/li/1274544

査読論文持ってないひとが責められるのはまあわかる(査読なし論文でも優れた論文というのは有り得るし,そういうのも業績として認められるべきではあろうが,このご時世ではまあ査読論文は持っといた方がいいよな……).でも英語論文を持ってないことが責められる理由になるのは本当に理解できない.

何度も繰り返すけど,フランスでもドイツでもロシアでもスペインでも,そしてたぶん中国韓国でも,文系研究業績の大半は自国語だから

文系研究業績が自国語で積み上げられるのは,世界標準から

インドサハラ以南のアフリカ諸国のように長いこと西欧植民地になってたり言語の数が多すぎたりして大学教育英語でやっている国や,ツバルナウルみたいに小さすぎて自国語のアカデミアが成立しない国を除く.そういう国がうらやましいと言うならもう何も言えないけれど)

そりゃ英語論文を持ってたらすごいと思うよ.でも英語論文がないことが叩かれる理由になるのは本当に理解不能.

そもそも社会学には膨大な日本語研究蓄積がある.いくつもの査読誌があり,日本語査読を経た研究成果が積み上げられている.博論をもとにした出版も多く出ているし,入門書からから日本語で一通り揃うようになっている.

自国語で用が足りるんだから論文執筆言語自国語でいいだろ.繰り返すけど,それが世界標準です.

イギリスアメリカ学者英語で書き,フランス研究者がフランス語で投稿し,ドイツ博士ドイツ語で教授資格申請論文審査を受け,ロシア院生ロシア語で報告している中で,なんで日本教授日本語の業績しか持っていないのを責められなければならないのか皆目わからない.

これは社会学に限ったことじゃない.政治学だって歴史学だって文化人類学だって文学だってそうだ.だいたいどの分野でも有力な査読つき学術誌を持っているし,それらの雑誌日本語で書かれている.

そして日本語というのは,世界でも有数の学術言語だ.もちろん英語ほどの網羅性は持っていないかもしれないが,ドイツ語やロシア語ほどの重要性は持っていると思う.それは,先人たちが日本語で積み上げてきた研究業績の賜物だ.

世界でも有数の学術言語」というのもいろいろな尺度があると思うが,どれだけ広い分野で高度な研究を積み上げているか,というのをここでは述べたい.

もしこれを読んでいるあなたが,アフリカに興味を持って,アカデミックな本を読んでみたいと思ったとしよう.大学図書館で文化人類学の棚の前に立てば,数ダースの優れたアフリカ研究あなたの前に現れるだろう.その多くが,西欧学者と同じようにアフリカフィールドワークをし,日本語西欧語の先行研究を読みこなした上で書かれたものだ.

あるいは,ヨーロッパ歴史を知りたいと思ったとしよう.あなた造作もなく,フランスドイツイギリススペインロシアや,そしてチェコポーランドポルトガルボスニアについての研究書を見つけられるだろう.どれも現地語の史料や文献を消化した上で,日本歴史学の積み重ねてきた問題意識接続されている.

それとも,言語学に興味があるだろうか.心配はいらない.オセアニアの数百人しか話していない言語文法記述した本も,ヨーロッパ小国言語の音声を論じた本も,中東言語政策についての本も,あなたは探し出すことができる.政治学? 問題ない,EU制度アメリカ大統領選挙,韓国歴史認識ロシア愛国主義湾岸諸国君主制,どれも日本語最先端研究が読める.

こんなことは当たり前に思えるかもしれない.でもこれは決して当たり前のことじゃない.

とあるアジアの国に行ったとき書店に行ってみた.西洋史の棚に並んでいるのはどれもそのアジア言語で書かれた本だったが,著者はみな西欧人だった.それらはいずれも西欧から翻訳だったのだ.たまにそのアジアの国の著者が書いた本もあったが,イギリスとかフランスとかメジャーな国についての本ばかり.マイナーな国の歴史について扱った本を開いてみたら,参考文献はほとんど英語で,ちょこちょことドイツ語やフランス語が挟まる程度.要するにその本を書いた学者はそのマイナー国の言語を読めなかったのだ.日本には,そのマイナー言語を読める歴史学者が何人もいるのだが.

あるいは,ヨーロッパ小国書店.その国は小さいので国民の多くが英語を達者に話すのだが,本屋を覗くと,自国史や周辺諸国歴史についての本以外は英語の本がそのまま置かれていた.もしも遠いアジアの国に興味を持ってしまったら,その国の人は,自国語のペラペラ入門書の次は英語を読まなければならないのだ.日本語なら,遠いヨーロッパの国についても専門書が手に入るのだが.

たとえ外国語が読めないシロートだろうと,ある程度自国語で難しい本を読める力があれば,中世ヨーロッパアフリカ社会ラテンアメリカ先住民近世朝鮮史東南アジア政治についての最先端研究書が読める.そんな豊かなアカデミアを有している国,そんな潤沢な研究蓄積のある学術言語は,実はそんなに多くはない.

私の感覚だと,英語網羅性には劣るし,フランス語の豊かさには負ける気がしないでもないけれど,ドイツ語やロシア語並の水準に達してはいると思う.もちろん自国民ゆえのひいき目かもしれないし,カバーしている範囲微妙に違っている以上正確な判定は不可能なのだが.

カバーしている範囲が違う,というのはどういうことか.たとえば,上で英語網羅性に劣ると書いたが,英語よりも日本語のほうが研究蓄積の豊かな領域というものがある.当たり前だが,日本史については英語の文献よりも日本語の文献の方が圧倒的に豊富だし,日本史以外でも前近代中国史についてはまだまだ日本語の方が英語よりも網羅性が高いと思う.なので前近代中国史については,読者はともかく,歴史学者は中国語の他に日本語を読まなければいけない.その人がアメリカまれ英語ネイティブ白人であってもだ.ザマーミロ.

というか,実は文系分野に関しては英語網羅性は理系ほど高くない.そんなのは当たり前で,ロシア人はロシア史についてロシア語で書き,カタルーニャ人カタルーニャ言語政策についてカタルーニャ語で書き,チェコ人はチェコ文学についてチェコ語で書き,韓国人は韓国社会について韓国語で書いているのだから英語の文献を読むだけでそれら全ての情報が手に入るわけがなく,本格的に研究しようと思ったらそれらの言語で書かれた文献を読まなければ話にならない.日本事情について一番詳しく正確な研究が読めるのは,英語ではなくて日本語だ.

なので,上で挙げた主要な学術言語は,それぞれ積み重ねが豊富領域とそうでない領域がある.得手不得手というやつで,たとえばマグレブ西アフリカ地域研究ならフランス語で,東ヨーロッパ前近代研究ならドイツ語で,旧ソ連圏の研究ならロシア語で重要研究が蓄積されてきたので,江戸っ子だろうがロンドンっ子だろうが研究を志すのならそれらの言語を読まないといけない.中国近世史を専門にする者が日本語を読めなければいけないのと同じだ.これらの分野で英語で書かれた研究だけを読んで済ますことはできない.

この辺が,理系とは事情の違うところなのかもなぁと思う.理論物理学とか分子生物学とか再生医療とか深層学習とか,ほぼ全ての分野で英語さえ読めれば研究には用足りる(んだよね?).英語最先端研究のほぼ全てが流れ込み,あらゆる情報が蓄積される.しか文系では違う.英語には限られた情報しか流れ込まず,最先端研究の全てが英語提供されるわけではない.

なので文系では,英語理系ほど特権的地位を占めているわけではない.もちろん英語文献が読めるのは今や前提だし,重要な先行研究英語なら読んでいないと問題外だ.けれど,英語ではなく自国語の研究でも研究業績にカウントされるし,外国語での業績といっても英語に限られるわけではない.韓国語やトルコ語論文を書くほうが英語で書くよりも楽だ,と言う研究だっているし,日本語でも英語でもろくな業績がないがそのかわりロシア語で何本も論文を書いているという研究者もいる.

というわけで,文系研究者が英語論文を書いていなくとも,それが直ちに問題だとは思わない.査読論文にしても,そりゃゼロってのはちょっとどうなの,って思うけど,研究者が集まって作った本の一章として論文を発表するとか(いわゆる論集ってやつね),出版社が出してる研究者~教養人向けの雑誌に依頼を受けて研究成果を発表するとか(岩波書店の『思想』とか,青土社の『現代思想』みたいなやつね),査読されてないけど業績としてカウントされ得る論文の発表形態というのはいくつもあるので,査読論文以外にそれらも論文としてカウントしないとフェアじゃないと思う(ただ,私は査読がついていない媒体に出すのは怖いなと思ってしまうので,なるべく査読誌に出している).

別に理系のひとが査読つき英語論文のみを業績としてカウント和文論文勘定しないというローカルルールをお持ちなのは結構なのだが,そのローカルルール文系押し付けないでいただきたい.

私が危惧しているのは,上で書いたような日本語で積み上げられた先行研究が,日本人に真っ当に評価されていないことだ.

文化の豊かさというものを考えたときに,自国語で世界中の情報を知ることができるということが,どれだけ重要なことか.まして,日本コンテンツ産業が主要輸出品目のひとつだ.中世ヨーロッパアフリカ部族社会について日本語での研究が充実していることが,創作者が想像の翼を広げる上でどれだけ有利か.たとえば最近Cuvieという漫画家さんが『エルジェーベト』というオーストリアハンガリー舞台にした漫画を描いていたが,巻末の参考文献にはずらりと日本人が和文で書いた研究が並べられていた.

別に文化に限ったことではない.政治経済,そして人権についてもそうだ.ルワンダ虐殺スレブレニツァの虐殺について日本語で書かれた研究があるのとないのとで,どちらの方が日本人にとって国際情勢を理解やすくなるだろうか.外国で一旗揚げようと目論む商売人にとって,その地域専門家が書いた本や論文和文で手に入るのと入らないのとで,どちらが現地の文化や歴史理解する助けになるだろうか.欧米フェミニズムについて日本語研究を積み重ねる学者がいるのといないのとで,どちらが日本女性の権利の向上に資するだろうか.

すべての国が自国語でこれだけ充実したアカデミアを持てるわけではない.人口があまりに少ない国ではどうしたって物理的な限界があるし,人口が多くとも植民地支配の歴史が長く自国語の大学教育が充実していない国では歴史的遺産がその発展を阻む.

日本人は恵まれ研究蓄積にあまり無頓着なばかりか,その豊かさをみずから捨て去ろうとしている.それが私にはもったいなく思える.

英語は,世界の始まりから覇権言語だったわけではない.明治時代日本医師ドイツ語で論文を書き,外交官たちはフランス語で交渉していた.英語外交学術の分野で覇権を握ったのはせいぜい戦後のことで,それまではフランス語やドイツ語と同格の存在だった.今も文系ではprimus inter paresに過ぎない.ひょっとしたら将来,欧米物理学者たちが中国語で論文を書くことになるかもしれない(そのとき現在私たちが定冠詞や三単現のsに悩まされるように,欧米人が泣きながら漢字習得するのだろう.そう考えるとなんとも愉快な未来予想図だ).せいぜい百年単位覇権言語の移り変わりにあわせて,自国語の学術言語としての地位貶める必要はないと思う.それは私たち社会の豊かさを,長期的に損なうことなのだから

最後に.

どうせ和文論文しか持ってないやつの負け惜しみだろって思ったひとがいるかもしれないけど,和文論文だけじゃなく英語論文も書いたことあるし,英語以外の外国語での論文も持ってます.今それとは別の外国語での研究発表を準備中.私より多くの言語研究報告してきたひとにならともかく,たかが1言語か2言語しか論文書いてないガラパゴスの住人にだけは文句言われたくないですわ~~~~~~.

追記

英語論文が優れているとは言わんけど、査読なしの研究なんてゴミだし。

日本国内の、査読なし論文が実績になる分野の教授たちによって、査読された研究にも何らの価値も感じない。

anond:20181008221502

id:bocola 自分でも言ってるように査読しなの問題査読なしの論文なんて、読書感想文と変わらない程度の価値。やはり文系は無価値だと改めて思った。

arXivのない世界からやって来たのかな? グリゴリー・ペレルマンって聞いたことない? 査読なし論文が業績としてカウントされてるひとだけど.

事前の査読は,論文信頼性担保するための手続きひとつであって,それが欠けている「からダメ論文というわけでも無価値というわけでもない……というのはわかってくれるよね? 当たり前だけど論文価値は最終的には書かれている内容に依存するわけで,だからこそペレルマン査読なし論文であってもポアンカレ予想を解いたと認められたんだよね.

私も査読はないよりはあった方がいいと思うけど,査読がすべての論文につくわけではない分野のすべてをダメと論ずるのは不当すぎる.まあ最近文系査読重要になってきているし,若手は査読つき業績を増やしたがっているけれど,査読がつかないかダメとは限らない,ってだけの話.当たり前だけどダメダメ論文は後発の研究によってちゃん批判されるか鼻にもかけられず無視される.公募の際には論文を提出させたりするんだから査読なしダメ論文を量産していればそこで撥ねられるでしょ.理系ローカルルールで事前の査読必須なのはよくわかったけど,そのローカルルール文系敷衍されても困る.

id:zyzy まぁでもこの噛みつきは、もうすでに南京大虐殺の時に通った道だし、虐殺否定論者と同じ轍を踏み続けている以上、恐らくオタにこの説明が通ることはないんですよ。

私もオタクですが.

追記

続きは anond:20181009084352 anond:20181009213503 で.

2018-09-14

anond:20180914071139

日本人か」と言う問いが曖昧すぎる。

生物学日本人か」なら、ハーフからどうだろうね? と言う議論ができる。

「法的日本人か」なら、日本国籍がないか日本人じゃない、で終わる。

文化的日本人か」なら、本人の生い立ちを参考にして考えることができる。

言語学日本人か」なら、日本語が話せないか日本人じゃないね、と言うことができる。

日本となんの接点もないのになぜか日本に心酔して自分のことを日本人だと思い込んでいるようなワナビー日本人みたいなのもいる。

2018-08-20

anond:20180818230608

古本屋宇都宮大学過去の蔵書を何十冊か買ったことある

言語学系で300円ぐらいで投げ売りされてた

俺が買い続けると店主が段々と値上げしてきやがったから途中で辞めた

結局読まずにアマゾンで1冊1万円で投げ売りした(当時のアマゾン価格では5万円ぐらい高騰してたから買い手は簡単についた)

2018-08-09

anond:20180809184304

個人的には「していただけますでしょうか?」の方が丁寧だと思うけど

本来言葉として正しいのは「していただけますか?」で終わらせることだからな。

ただ文章で見るとどうもトゲのあるように見えてしまうのも素直な感想だ。

形式的な言い方に不快感を感じる人も世の中には一定いるから後から「でしょうか?」とつけなければいけない。

 

お疲れ様は目上で、ご苦労様は目下に使うべきなんてトンチキが広まり言語学者が正さない世の中に色々考えても仕方ない。

2018-08-07

anond:20180807220613

エンジニアリングは主に物理化学の制約の中で切った貼ったするものなので、暗号専門家はいていいが、エンジニアではないな。

数学言語学といった知見を使うのは別にいいけど、だからといって暗号専門家科学者になるかといえば、違う気がする。

まあ暗号が専門分野ってことは認めるわ。

anond:20180807220750

一応そっちの「自然界の法則」を推測したんだけど、、、

論理に従う人文社会自然科学数学は全てサイエンスだし学問だし暗号論は言語学数学論理から論じられる

君の言う、人間の営みであれば自然法則なのなら、暗号人間のものなので自然法則に従う

2018-06-03

近年,片仮名侮蔑意味を持つようになっている(追記あり

政治的,それもかなり下品言葉だけど,「なんでも安倍総理責任にする人」を一部のネット民が「アベノセイダース」と呼んだり,逆に「野党の答弁を盲目的に批難する人」を「ヤトウガー」と呼んだりするのを見かけるよね。彼らはどちらも対象卑下揶揄する目的で前述の言葉を使っている。今はこの言葉の真偽可否ではなく,〝片仮名にすると馬鹿にした印象になる〟という現象のものを知りたい。国語文法教科書Wikipediaを見ても,片仮名役割に“相手侮蔑する”なんていうのは載っていない。とするとあくま予測だが極めて新しい言い方なのではないか

そもそもなぜ片仮名文章が人を小馬鹿にした印象を与えるのだろう(っていうか与えてるよね。僕はそう感じるんだけども,僕の感性おかしいだけだったり……)。当て推量だし,なにより言語学には暗いので大いに錯誤しているかもしれないが,僕の持論はこうだ:

(1) 片仮名は,平仮名と列んで,漢字が読めない幼児知的障碍者や非日本語圏の人間に向けて漢字かな混じり文を平易にする目的で用いられることがある。そこから平仮名片仮名に対し〝子供じみている〟とか(これも非常に汚ない言葉だが)〝知恵遅れ〟といった印象が付随するようになった。例えば「いってることがよくりかいできない」なんていうブコメからは,「言ってることがよく理解できない」というブコメより揶揄の成分を強く感受する。

(2) もともと女性が使い始めた言葉だということを知ってか知らでか,平仮名には世間一般に〝柔らかい〟〝自然的〟といった好感が持たれている。その一方片仮名は〝冷たい〟〝人工的〟など,(どちらかというと)否定的文脈で用いられることが多い。例えば擬声語でも「頭をぽかぽか叩く」のと「頭をポカポカ叩く」のでは全射が素手で行為に及んでいるのに対して後者が何か道具(といっても軽そうな品ではあるが)を使っている印象を受ける。

(1), (2) の両論を併せると,片仮名記述された表現からは〝思考なく機械的に繰り返される幼稚で,取るに足りない文〟という印象を受けるのではないか

上述の理屈が正しいとして,新たに疑問が生まれるのだが,それは「なぜ最近までその表現が無かったのか」と言うことだ。(1)も(2)もずっと昔から片仮名に備わってきた性質であるのに,それらが複合しただけの表現が生成されなかったのはかなり不思議だ。もっと辞書には掲載されていないだけで昔からあるのかもしれないが。

追記

b:id:triggerhappysundaymorning​様,出典ありますでしょうか。当方では見付かりませんでした。(高慢ちきな言い草になりすいません。あとID名が長すぎてリンクが効きません)

追記2)

「アベ」や「フクシマ」はそれらが孕む確執が多すぎて荒れる原因になる(少なくとも僕は「フクシマ」に関して〝侮蔑〟の印象は受けない)と判断し例に挙げませんでした。が,もうすでに荒れ気味なので具体例に追加します。

追記3)

かなり昔(一部ブコメによれば江戸時代から)そういう用法はあるみたいですね。ただ素人が読める文献がなかなかないのでは。片仮名の持つその他の意味実体を把握しない憧れとか)について論じてる文章は見掛けるんだけどなァ……。

2018-05-29

「甘んじて」の件

個人的にはどうしても「しかたない」感、「ちっ、うっせーな」感が出てるように読めるんだけど、本当に「快く受け入れる」という意味でいいの? 辞書に「本来は」って書いてあるのは、今ではそういう用法が稀だからでしょう? なんで現在ほぼ通用していない用法謝罪文を書くのか意味がわからないんだけど。ちなみに明鏡国語辞典では「与えられたものが不十分であってもそのまま受け入れる。特にしかたのないものとして受け入れる。」とあるけど、これは間違ってるってこと?

あと、辞書定義絶対だと思い込んでるのはやばい言葉意味というのは辞書定義とは違う。こんなのは言語学の基本中の基本なんだけど。

それに本来的な意味を論じるのになんで現代国語辞典を例示してるんだろう。謎すぎる。

というか今度は「しかたない」「やむをえない」の意味がわからなくなってきた。「本当はそうしたくないのだけど、そうせざるを得ない」感を感じてしまう。自分が間違ってるのか? はてなブロガーがなんか言ってたけど。よくわからんなー。

2018-05-21

anond:20180519214814

2モーラそれぞれが同じ長さになるように変化してったってことでないの?

言語学正式勉強したわけじゃないか適当

あと日本皇族における女王は「じょおう」と読まない?

2018-05-04

18歳 無職

高校三年の夏 色々あって父親解雇された。母からは弟か私のどちらかしか大学に行かせてやれないと言われた。

弟はスポーツ推薦で高校入学勉強二の次スカウト入学スポーツテスト大学へ入る予定だった。私は全日から通信高校転入。それでも大学へ行くために実費で塾へ通っていた。

どうせ弟は国立になんか入れない。

悩まなかったかと言えば真っ赤な嘘になる。けれど、極力悩んでいないフリをして、母を支えるために、弟を大学へ行かせるように言った。当時は就職なんて考えていなくて、「大学が無理なら専門学校でもいいや」とさえ思っていた。しかし、父がもたらしたのは専門学校へ通うことも出来ない経済状況だった。

担任就職に変更することを届け出たのが秋。事情は全て伝えた、はずなのに。東京本校にある校内求人を求めても送って寄越してはくれなかった。地方の協力校へ通っていたのだが、「なぜ東京で働きたいのか」と責められた。親が納得してくれているのになぜ第三者から止められなければならないんだろう。

なんとか説得して希望したビューティアドバイザー職の会社見学に行けたのが冬の始め。華やかな店内。明らかに高級店。福利厚生も充実していて、絶対にここで働きたい、と思った。

面接が冬の終わり。他に面接に出向くほどのお金はなかったので、この会社一本で勝負していた。完璧な志望理由を書いた。こんなにも熱くビューティアドバイザーになりたいと願う学生あなたは落とすのか?と思わせるほどの熱量で書いた。簡単自己分析テストのようなものを終えた後、面接からこのような事を言われる。

「当店はエステ業務を主に行っております。志望理由にはビューティアドバイザーについての記述が多いようですが…。」

ちょっと待ってくれよ。HPにも求人にもビューティアドバイザー文字があった。なんならエステ業務なんて一言も書いてなかった。どういうことだよ。

その後も挽回出来ることなく、面接を終えた。ビューティアドバイザー仕事ならせめて綺麗にして行こう、と睫毛をビューラーカールさせて行ったら「当社ではマツエク禁止です」と言われた。ちげーよバカ

担任から当然の如く縁がなかった、と連絡が来た。この時期に内定落ちする生徒にはもう仕事を紹介出来ない、とも。周りは大学専門学校への進学が決定していて、なんなら進路が決まっていないのは私だけだった。好き好んでこの時期まで就活を引っ張ったわけじゃない。自力就活をしようとしたら、担任から学校を通せと言われた。矛盾している。そしてそのまま、卒業の日を迎えてしまった。

4月同級生達が新生活スタートを切る中、私は未だ地元にいた。申し訳ない気持ちは当然ありながらも3月中に母へ「先に物件を探しておきたい」と言うと、「仕事も決まってない人には住まわせられない」と言われた。「早く仕事を探して。あなた就職にするって言ったんでしょ?」とも。母が言うことは至極当然だが、そんな仕打ちはないのでは?と思ってしまった。いつ私が就職希望したのか。

そんなこんなで5月になってしまった。

私は今、イオンレジを打っている。将来の夢は天文学者言語学者だった。それがダメならビューティアドバイザー料理人だった。叶えたい夢はたくさんあった。本当に、抱えきれないほど。

父は私へ謝りもしなかった。

2018-04-22

anond:20180422182147

言語学をやっていた立場からするといろいろ突っ込みたい部分はあるけど

なかなか面白い感性の方ですね

汚職事件」と「お食事券」とか有名ですよ

anond:20180421135702

1991年以降は博士哲学)、博士史学)、博士心理学)、博士言語学)というようにちゃん学問分野別になりましたので

博士文学)で文学に詳しくない人はあんまり居ませんよ。

2018-04-09

文学部批判が出ているけど、言語学専攻だった自分としてはちょっと違和感がある。というのも、言語学専攻の連中は、「俺たちは科学をやっている。他の文系とは違う」という謎の選民思想を共有しているから。でも理系の人たちから見たら言語学もやはり科学的ではない、実用的ではないということになるんだろうな。

2018-03-14

パク・クネ元大統領のお蔭で仕事している

私は日本語以外に興味がなかった。もっと言えば日本語にも興味がなかった。

そんな時韓国大統領パク・クネになったというニュースが流れ、彼女韓国語で何かを言っていた。

言語に興味のない私は当然何を言っているかからないし、字幕に書かれている日本語発音が似ている言葉抽出してやっぱり中国語が元になっているんだなぁぐらいにしか思わなかった。

でも聴き続けていくと彼女言葉エロく聞こえた。本当なんだ。言ってしまえばちんこを刺激してきた。艶めかしい声だったのだ。

彼女が何を言っているのか知りたい。その思いで韓国語の勉強に取り掛かった。


言語学習をするのは中学校から強制的に始められた英語ぐらいしか経験がなく、どの様に扉を開けたのかわからなかった。なので本屋に行って0から始める韓国語(みたいな)という本を購入して、韓国語を勉強する方法を学んだ。

その本を理解してから韓国教室に通い始め、本についていたCDの口調と実際の先生が話す口調が違うことにびっくりして「実用的な韓国語はこの様にしゃべるのか」と思った。

韓国語入門の先生は「資格をとることも大事ですが、本格的に話したいなら韓国旅行するべきです。」と話していたので土日月休みがあれば韓国に出向いて韓国語で各地を回った。

そうすると2年ほどで日常生活では困らないようになり、契約書のような硬い文章を自らの能力勉強して解読できるようになった。


パク・クネ大統領の話すことが理解できるので履歴書韓国語が出来ると書いていろいろな企業を受けた。

韓国語が出来たところでねぇ・・・」とか「何故中国語じゃなかったの?」とか「英語はどうなの?」と聴かれることが多かったが、今勤めている企業は「韓国旅行者が増えてきているので喋れる人が欲しかった」と言われた。

パク・クネ大統領のお蔭で私は仕事にありつけ、ご飯を食べている。

残念ながら彼女汚職事件によって弾劾裁判が行われ、最終的には逮捕されることになった。

彼女のおかげで人生が狂った人も多いかもしれないが、私は彼女のおかげで人生が大きく変わった。

この場を借りてお礼が言いたい。ありがとうございます

2018-02-20

電子書籍通販によって街の本屋がなくなるとか言うけど

高校生とき電車を乗り継いで新幹線が止まる駅の本屋に行ったらびっくりした。

本屋というのは「中国人馬鹿」みたいな本とか「靴下を3枚重ねて履くと癌が治る」みたいな本が置いてある場所だと思ってたから。

私は言語学に興味があって、レトリックナラトロジーの本が好きだけど、そういうのはアマゾン図書館にのみ置いてあるものだと思っていた。

こういう本が置いてある本屋イメージして「街の本屋がなくなる」って焦ってる人たちに、そりゃ共感できないわけだ

2018-02-15

anond:20180215125456

誤用なんてない」は言語学者がよく言うことだが…

2018-02-02

日本語品詞分類をした

https://nihongotopics.wordpress.com/vocabulary/hinshi-bunnrui/

以前ローマ字について書いた人です。

日本語品詞分類をしました。

感想意見などが聞きたいので、日本語言語学に関心のある人に見ていただいて、ブクマトラバなどいただきたいです。よろしくお願いします。

2018-01-30

anond:20180130015015

外語大入りたかったけど脳が足りなくてモンゴル語科でモンゴル語4年学んだよ

就職先は地元市役所です、普通に同じくらいの偏差値横国とか千葉行っときゃ良かったです

マイナー言語学ぶのは趣味にとどめておけ

2018-01-28

センター試験ムーミン事件、現段階でのまとめ(+個人的感想

発端

センター試験地理Bで「ムーミン」「小さなバイキングビッケ」を題材にした出題→怒り狂った受験生ムーミン公式垢に突撃

https://twitter.com/kyodaiochitaaaa/status/952017609196621824

その後の展開

暫定的結論

地雷踏み抜きすぎワロタ

個人的に考えてること

思考力を問う問題を作りたい」という問題意識理解できるし、共感もする。

でも、その「思考」というのが、断片的な前提条件をもとにステレオタイプ再生産してしまう方向に向かうなら、かえって有害なのでは? とも思える。

別教科の新テストでも事故が起きてる(http://harutaseiro.blog89.fc2.com/blog-entry-1667.html)のを考えあわせると、やっぱこの方向性危ういよ。

下手の考え休むに似たり、思いて学ばざれば則ち殆し、っていうけどまさにその通りで、前提となる知識を欠いた思索って往々にして間違った結論に着地しちゃったりする。

素人の柔軟な思いつきがトンデモを生むのなんてあちこちでさんざん言われてるのに、「思考力重視」はそれと逆行しているように見える。

下手に考えさせた結果ステレオタイプを強化したり事実とは違う思い込みを閃いちゃったりするくらいなら、まだ正しい事実をたくさん暗記させた方がマシなんじゃね? そっちの方が、大学以降で「考える」ための基礎体力がつくんじゃね? 高校時代は基礎トレーニングに専念した方がいいんじゃね?

ただ、まだ過渡期だからこれから洗練されていくだろうという擁護論もあって、誰しも最初の頃は躓くものだしトライエラーで成長していくものだということを考えるならなるほど理屈は通っているし、学びて思わざれば則ち罔しというのだから思考することが必要なことは間違いない。

でもそのトライエラーには受験生の1年か下手すると人生がかかってるんだよね。そこでトライエラーを続けて何か得られる見込みがあるならいいけど、本当にそんな見込みなんてあるの? って思っちゃう。だったら従来のやり方を踏襲した方がマシだってことにもなるんじゃないのかなぁ(や、従来のやり方でもたくさんミスは出てるわけですけど)

2017-12-23

増田には様々な分野の専門家関係者降臨することが知られているが

最近言語学方面の人が常駐しているようだ

2017-12-12

anond:20171212004227

言語学にわかるように」がどういうことか説明しようとしたまで。

新しい用語必要なら使うのは仕方ないにしろ、だったらいちいちその用語定義して、誰にでもわかるように説明しなければならない。新しい分野ということだから既存の専門知識要求されないようにするべきだろう。その分ゼロから説明する必要があるから、丁寧で綿密な説明をすることになる。

そういう説明が見られないから「定義けが曖昧」と言った。

anond:20171212001335

例えば専門用語。ある分野の論文用語説明で溢れかえっていないのは、その分野で伝統的に使われてきた専門用語を使っているから。それとは違う意味で使う場合や、あまり使われない用語を用いる場合は、いちいち用語意味から説明する必要がある。

これまでの書き込みを見ていると、そういう言語学言葉で話をしていないように思える。

mediumの方も見て見たが、定義けが曖昧用語にあふれている。

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