「犯罪被害者」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 犯罪被害者とは

2017-07-18

b.hatena.ne.jp/entry/https://anond.hatelabo.jp/20170717145213

ところで字画判断追跡調査ってどこかで行われてたりしないのかな。

新聞に載った事故死者とか犯罪被害者とかのお名前を山ほど集めれば「不運な人名DB」ができるよね。新聞に載るほどなのでクソ不運な標本群(笑)

これを一般的名前標本群と比較して「字画が悪い名前」の含有率に差がないかを見るわけよ。もし何か差が出たら面白いよね。出ないだろうけど出たらびっくり。

でここまで考えて思ったんだけど、仮にだよ、もし仮に日本人が全員字画判断のとりこになって世の中に「字画のいい名前しかいなかった場合事故に遭うのも詐欺に遭うのも、病気になるのも没落するのも、不幸なメに遭うのはみんな字画のいい人々ってことになるよねえ。

んー。

2017-06-15

犯罪被害者を利用する人が多すぎないか

インパクトのある犯罪がおきると、普段だったら叩かれることを恐れてなかなかいえないような差別偏見にまみれた自説を

嬉々として展開する連中が必ず現れるよな。そういう連中のまってました感が本当にキツイ

被害者のことを考えろ、と言っているリベラルwww

被害者のことを考えるなら、むやみに「再発防止」の話をしないでほしい。


それは被害者のためじゃなくて、社会治安を守るためだよね?

「同じような事件をなくしてほしい」と考える被害者もいるだろうけど、そこは個人によって違うから、せめて当人気持ち確認してからにするべき。


あと、「被告人権利を守れ」とか「受刑者の更生」とか、ましてや「死刑廃止」とは言うなよ?

言うまでもなく、警察は法にのっとった捜査をしないといけないし、裁判所も公正でなくちゃならないけど、そういうのは被害者関係ない話だから

リベラル思想は、とき犯罪被害者気持ちと衝突せざるをえなくて、残酷ものだよ。その場合思想にもゾーニング必要になるかもしれん。


クジラックス案件と、はてなブックマークの反応を見て、そんなことを考えた。

オタクのことを「被害者のことよりエロマンガを守ることに一生懸命w」と評しているリベラルもいるけど、目糞鼻糞じゃん。

お前らも個々の被害者のことより、自分主義主張を優先しとるがな。


https://anond.hatelabo.jp/20170615120201

https://anond.hatelabo.jp/20170615192938

試しに規制してみて結果幼女レイプが増えました、となってからじゃ遅いからね

現実世界の重大犯罪被害者は、少なければ少ないほど良い

表現の自由信者の救いがたい傲慢

クジラックスマンガの件で過去の例に漏れず「表現の自由信者ネットであふれかえっていて本当にうんざりしてる。

あいった事件の後でなおも迷わずに「表現の自由を守れ」と声高々に主張する方々に聞きたいのだが、君たちはその発言が「表現の自由を守るためには、多少の公益子供安全を損なう結果になっても仕方ないと思ってます」と言っていると同義だとちゃんと理解しているのだろうか?別にコレについては批判するわけじゃない。権利を守るというのは時としてそういうモノだ。たとえば凶悪事件犯罪者人権を過度に守ろうとするとその犯罪被害者人権侵害することが多々あるし、音楽書籍などコンテンツ著作者権利利益を過度に守ると、今度は消費者不利益をこうむることなど多々ある。すべての権利平等尊重するのは不可能で、片方の権利を過度に守ろうとするとそれに相対する別の権利侵害することになるからだ。だからそういう意識があって「表現の自由」を訴えているならいいのだが、どうもネット書き込みの大半からはこういう葛藤など一切感じられず、純粋に「表現の自由を守ることが絶対正義」と信じて疑わないような連中が多すぎるんじゃないか?と思ってしまう。

しかに「表現の自由」というのは近代社会の中では守られるべき価値観の上位にあがるものである。なぜなら「表現の自由」は往々にして「権力監視」「権力から自由」に密接に関係してくるから国家権力暴走を防ぐには必要不可欠である。ただ「表現の自由」の名の下になんでも表現していいというわけではない。たとえば欧米では表現の自由」のなかに児童ポルノレイシズムを煽るような表現には厳しい制限がかかる。児童ポルノコンテンツ欧米人には子供しか見えないアニメ顔のエロコンテンツは所有しただけで逮捕される国も珍しくないし、ヒトラーの「我が闘争」は発禁扱い。ヘイトスピーチデモ表現の自由には認められない。少なくてもクジラックスマンガをこれらの国で自主出版でもしたら確実に逮捕事案である。これを「表現の自由なんていって欺瞞じゃないか!」と批判するのはお門違い。だって表現の自由」は絶対的ではないんだよ。

ここまで書くと「それじゃ殺人レイプ描写がある小説ドラマ映画規制しろよ」などと反論してくる連中がでてくるだろう。まったく馬鹿げた反論だ。一口に「殺人シーン」といっても、その作品内の背景とかストーリー上の設定などで意味合いがまったく変わってくるからだ。たとえば同じ惨殺シーンでも「羊たちの沈黙」のように主要登場人物の異常性・神秘性を演出するために使われたり、戦争映画のように人間が虫けらのように殺される描写戦争凄惨さ、残酷さを演出したり、または復讐ジャンル映画では家族を殺された主人公がどれほど強い動機相手復讐していくか演出するなど様々である小説ドラマ映画殺人レイプシーンが許容されているのは、人間のコアな部分を演出するには、時には人間の暗黒面をちゃんと見せることも重要からである。それにこういった作品でもどのように陰惨に殺害されたか、激しくレイプされたかなんて長い尺をつかって表現するコンテンツなんてごく一部だ。(「食人族」とか)

もちろんその殺人シーンやレイプシーンが「ストーリー上それは必要不可欠なのか」「ただの過剰演出ではないか」という疑問は常につきないものだが、今回のマンガの件ではその議論以前の問題である概要を読むだけであれは「未成年女の子大人が騙してレイプする行為を楽しむコンテンツ」以外に何者でもないことが明白だからだ。だからもしあの作品を他の実写映画でたとえるなら女性女の子もつ親御さんにとっては「ストーリーなど特になく、哀れな被害者凶悪殺人魔に追い詰められジワジワと惨殺されていく映像を延々と見せられるだけ」な内容と同義である。君たちが「表現の自由」の名の下に守ろうとしているコンテンツとはそういったモノなのだよ。

ただああいった作品が実際に性犯罪を誘発しているか?という疑問はさすがにわからないとしかいえない。もちろんゼロはいえないだろうが、それ以上の事は調査する人のバイアス価値観によってどちらにも転ぶ内容だと思う。これについては結論はでないだろうから議論するのは無駄だと思う。ただああいった作品自主出版はいえその気になれば個人で入手できる状態だという事実の一つ一つが日本性風俗文化を少しずつ形成しているのは間違いない。

児童ポルノ児童買春について絶対的に厳しい価値観欧米(かといって厳しくすればするほどその禁忌を破ろうとする人間がでてくるのも悩ましい)にとって、先進国でありながら日本性風俗のゆるさはやはり衝撃的だろう。風俗禁止法というものがありながらソープみたいなサービスが当たり前のように存在し、AKBみたいな大半が子供しか見ないような女性グループが下着がもろに見えるダンスをしながらテレビで踊っている。これらから彼らが感じることは「法律上では児童ポルノって駄目だけどさ、本音では若い子のほうがいいっしょ?20代30代のおばさんより10代の女の子のほうが興奮するよね」という空気ではないだろうか?欧米知識人日本性風俗文化軽蔑するのも無理はないと思う。

さてここまで長々と書いても、大半の「表現の自由信者には俺はただの欺瞞者で権力者側の規制賛成論者にしか見えないのだろう。別にそれはどうでもいい。ただ最後忠告するのは、これからも「表現の自由」で何やっても許されるのが当然だと思っていたら、最後にしっぺ返しを食らうのは君らだということだ。今回のような事件は単発であって欲しいと願ってはいるが、もし何かの間違いで1年の間に何回も立て続けのように起こったら、それこそ日本世論の大半は一気に「あん児童レイプ助長するようなマンガを許すな!国はちゃんと規制しろ!」に傾くだろう。そのときネット住民や一部の知識人馬鹿の一つ覚えにように「表現の自由重要さ」だけを訴えたところで大半の世論からは「ただのロリコン似非リベラル」のレッテルしか貼られないだろう。そもそも児童ポルノ関係では日本よりはるかに厳しい欧米のほうがちゃんとメディアによる権力チェックができてるんだから、「エロコンテンツ規制を認めたら権力暴走を招く」論はまったく理屈が通ってないのである

もし俺の予想するような最悪なシナリオがおきて日本性風俗に関する規制が厳しくなったとき、おそらく君らは日本人不寛容さ、無教養を嘆くんだろう。違うから。君たちの救いがたい傲慢さが原因だよ。もし今後も欧米よりもゆるい日本独自性風俗表現を守っていきたいと思うなら、むしろ君たちこそが行き過ぎた表現にはちゃんと警告をだして業界内で自浄作用が起こるように注意しなきゃならない。「こりゃ論理的やばいだろ」ってコンテンツ見つけたら乙武張りに「超えちゃいけないライン考えろ?」って冷や水ぶっかけ努力を続けないとならないんだよ。

ま、たぶん無理だろうけどね。

ロリエロ表現の自由で守られていいのか

BBCで何故日本児童ポルノ禁止しないのか特集が組まれた。

http://www.bbc.com/news/magazine-30698640

世界から見て日本の状況はかなり奇異にうつるらしく、児童ポルノを禁じで所持も罰するように度々国連などから外圧を受けている。

パソコン日本同人誌を入れていたか逮捕され有罪となった例も数多い。

https://www.j-cast.com/2011/06/30100075.html?p=all

マストドン日本隔離されたのも、見ているのを見つかったり画像を所持しただけで逮捕レベルペドポルノを垂れ流して来る日本人海外にとって脅威だったからだ。

エロ表現の自由で何でもしていい訳ではない、国際的には児童ポルノ存在を許されていないし、日本が垂れ流しているのは奇異でよくない物として見られている。

二次元だけではなくジュニアアイドルなど現実の子供も犠牲になり、度々海外での児童買春逮捕者も出し、ペド国として見られている。

禁止されていれば少なくとも実際の犯罪被害者を踏みにじるような児童ポルノは作られず、それで拡散された手法を真似る犯罪者もでなかった。

国のイメージをここまで損ねてまでガラパゴス状態児童ポルノを守る意味はあるのだろうか。

2017-06-14

犯罪被害警察相談したら別件で脅される羽目に」

https://anond.hatelabo.jp/20170614181528

これ、著作権侵害という、犯罪被害相談したら

それがために表現の自由を実質制限されるような要求警察にされたってことになっちゃうじゃん。

それって犯罪被害者権利とかそういうの的に大丈夫なのか?

2017-05-23

憲法被害者の声を!肉球新党改憲派

日本国憲法には犯罪者である刑事被告人権利については大量に書かれているが犯罪被害者については一切かかれていない。

犯罪者人権蹂躙された被害者はどうやって権利回復すればよいのだ!

被害者人権救済を新しい日本国憲法記載すべきなのだ

現在憲法国家権力個人対立でのみで考えられている19世紀時代遅れ憲法なのだフランス人権宣言啓蒙主義のまま進化していない!

先進諸国憲法が細かく改正されているのは個人個人問題にも憲法規定しているかなのだ

日本21世紀にふさわしい日本国憲法に変えるべき時に来ているのだ!

日本時代遅れ憲法学者の言うことなんて聞かなくていい。意味がない。新しい時代にふさわしい憲法日本人の手で作るだ!

肉球新党改憲派】は訴える!憲法改正し、日本国憲法被害者の声を!

2017-03-01

痛ましい事件を引き合いに一般論を書く事の不用意さ

泥棒に入られたらという事件を聞いて、一般の人が出来る事は戸締りをきちんとするとか生活態度に気を配って注意深く生きるとか、泥棒自体にどうこうする事は出来ないから、それが不十分であってもその方法しか無いのでそう考える癖が付いているような気がする。「人の物を盗む泥棒が悪い」というのは自明であるからあえて言及する必要が無く、犯罪被害者(予備軍)の側にしか注意がいかないのだと。

これが通り魔事件であるとか、性暴力事件の話でも同じ風に考えてついうっかり発言してしまうのは、不用意ではあると思うが多少は理解が出来る。彼らも被害者の落ち度をもって犯罪者を完全に免罪する気は無いのだと。でも、やっぱり不用意ではあると思う。犯罪天災か何かだと思っているのだろう。その考えも全く間違ってはいない。意識的に変えられる対策が打てるのは犯罪被害者(予備軍)側だけなのだから

犯罪者を生まない社会を作ろう」みたいに飛躍出来れば、全く雲を掴むような話で実効性は無いが、少なくとも批判される事は少ないだろう。

2017-01-21

詐欺にあった人をお前が騙されたのが悪いと説教する正義の味方様は、自分がだまされないとなぜ言い切れるのだろうか。

もし自分が騙されたらどうするのだろうか。

犯罪被害者だたきやってる人ってこのあたりどう合理化してるのか気になる。

被害者の方をむしろ犯罪者扱いしてるような人間って、ほんと自分思考の埒外みたいな感じで理解が難しい。

2017-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20170114184813

店員にきれる男も、パートナーにキレる女も共通点は、相手が弱い立場であるということなんですね。

そして、犯罪被害者人口の1%にも満たないのに、女にキレられたことのある男は人口の半数近くが経験しているわけで、

圧倒的に数が違うんですよ。

2017-01-13

暴力という言葉暴力性には無自覚なのか

元増田犯罪者を呪う気持ち自分には湧かなかった」

増 田「そういう事実美談にするやつがいて苦しむ被害者もいるんだよ」

 俺 「そもそも『美談』じゃなく、実際相手の不幸を願っても何の意味もないでしょ」

増 田「そういう風に考えろ、というのは暴力だ」

…とこういう流れだよね。若干誤解があると思うんだが、俺は「こういう風に考えろ」と言ってるんじゃなく、「こういう風に考えても苦しいだけだ」という事実の話をしている。そうせよ、とは言っていないが、少なくとも今あるのとは違う選択肢を示している。

それに対して増田は「この人は相手を呪わなかった、あの人は呪った。それでいい」と言う。でもそれって苦しんでいる被害者を目の前にして結局「何もしない」のとどう違うのか。

それとも、増田は「苦しんでいる、呪ってしま被害者に私は赦しを与えているのだ」とでも言うつもりか。それこそどんな不遜な考え方だよ。「それでいい」って、何で何がいいかいか増田に決める権利があるのか。ものっそい高見から見た物言いをするな。おい。

俺には、結局、増田は苦しんでいる被害者に対して形だけ同情する風をしながらその実何の当事者意識ももってなくて、そこからそういう台詞が出てきてるだけなんじゃないかと思えるんだがどうだね。増田の考える『ミンナチガッテミンナイイ』的一般論とかじゃなく、人として自分がどうあるかどうありたいかという話をしようや。増田被害者になったら呪いたいのか呪いたくないのか。それはなぜなのか。

そしてもう一つ。犯罪被害者である元増田に口を閉ざせといい、横から口を挟む俺にも口を閉ざせと言う。犯罪被害者に寄り添うこともなく、被害の受け止め方を考えようという提言拒否せよとは、それこそどんな権利があって言っているのか。確かに「言論」は時に暴力的である。だが、一般論による「言論封殺」が、まさか暴力ではないとでも言うつもりか。暴力だと人をののしる言葉暴力性には、まさか無自覚なのか。

近代法は、被害者から報復権利を奪った。それは社会に不幸を増やさないための知恵だと俺は思う。厳しいことを言うが、不幸な人が周囲に新たな不幸を撒き散らすことがある、というのも人生重要事実の一つだ。「被害者の救済」は重要だが、「救済」のために新たな不幸を増やしては意味がない。

http://anond.hatelabo.jp/20161225113823

2016-12-15

殺人犯は全員死刑でいいと思う

2016年1月千葉県柏市で当時17歳だった男性が川に落とされて死亡した事件加害者の2人に2016年12月15日懲役8年の判決が言い渡された。

人を殺してたったの8年。

この加害者死刑になるべきだと思う方はこの記事拡散してください。

面白がって人を橋の欄干から落としてスマホゲームで遊びながら笑っていたそうです。その人間が8年したら社会に復帰します。

復帰を望まない方はこの記事拡散してください。

8年我慢すれば人殺しても良いんだと思える社会を変えたいと思う方はこの記事拡散してください。

フィリピンドゥテルテ大統領麻薬撲滅の為に麻薬取引者や使用者を片っ端から殺害しています。今年の7月以来5,900人以上が死亡しているとのこと。

フィリピン麻薬取引者はきっと震え上がっていることでしょう。自分麻薬取引に関わったことを心から後悔しているでしょう、命があるうちは。

日本どうでしょうASKA執行猶予間中に再逮捕逮捕されたところでどうせ保釈金支払って釈放ですか。そしてまた繰り返すのか。フィリピンではありませんから殺されることはありませんし、お金は有り余っているでしょうから

殺人を犯して逮捕されたら必ず死刑になるとしたら殺人事件は減るでしょうか。減ると思う方はこの記事拡散してください。

SMAPの存続なんてくだらないことに署名するよりも犯罪被害者を守る気持ちがある方は拡散お願いします。

まずはこの千葉事件裁判のやり直しを望みます

人を殺してたったの8年。

これは絶対おかしい。

殺人犯基本的死刑

飲酒運転死亡事故ひき逃げ死亡事故死刑

虐待死させた親も死刑

今の日本裁判おかしいって。みんなで変えましょうよ。

おかしいよこんなの。テレビで見てるだけはもうおしまい、全員がおかしいって言ったら変わるでしょ。

未来殺人事件を減らす為に。

2016-11-04

イスラエル人権侵害をもってホロコースト擁護する人たち

イスラエル所業批判するならば、当然のごとくホロコーストをも批判することになるはずだ。

イスラエルパレスチナに対してやってきたことは、実に残酷で許されざる行為であるが、それと比べてさえホロコーストはあまりに恐ろしい。

パレスチナ人虐殺批判する人は、ホロコーストについても同様の理路でもって批判できるはずなのだ

しかし、イスラエルによる弾圧でもってホロコーストの罪が相殺されるとでも言いたげな人が存在する。

いったいぜんたい、彼らはどういう考え方をしているのだろう?

仮に、ある事件犯罪被害者になった人間が後に犯罪者となった場合最初事件加害者の罪は相殺されるとでもいうのだろうか?

いや、それ以前に、イスラエルユダヤ人だ。この例えは成り立たない。

じゃあいったい?考えてみよう。

わかった。相対化。

まりあいつもやってるじゃないか!」というやつだ。

罪の軽重に何ら影響することもない行為なのではあるが、古今東西よく使われる詭弁

たいていの場合自分の為した何らかの悪行を擁護するために用いられるが、今回は己の行為ではなく他者行為に対してだ。

しかし、擁護する?ホロコーストを?歴史上の非人道的事件において最も擁護余地が無いこれを?

擁護のしようがないからこそ相対化するって話もあるが、どちらにしろそんなことを考えるのはネオナチ歴史修正主義者くらいであろう。

となると、相対化でもないのか?

もしかして、単にイスラエルむかつくからあてこすり適当なこと言ってるだけだったり?

なるほどしっくりくる。考えなしな発言に考え方もくそもない。

イラときてパパっと書く。坊主憎けりゃの要領で主語も大きくしちゃう。敵の敵は味方メソッドナチ擁護しちゃったりもする。

まあネットコメントなんてそんなもんだよね。書き捨て書き捨て。

2016-10-24

男尊女卑過ぎるよなぁ

周りの家や車も巻き込んで放火をして、祭りの日を狙って爆弾に釘やビー玉を仕込んで周囲の人達殺意満々の自爆テロを起こしてんのに可哀想だとか出来るだけ周囲に被害を与えたくなかったんだろうなとかこの人がDVするわけがないとか擁護されるんだから男ってイージーモードだなぁ

女はこないだの監禁にしても高畑強姦にしても子供が惨殺された母親にしても、犯罪被害者加害者男性自白してても陰謀論やらなんやらでネット報道でぶん殴られまくるのに

2016-10-10

犯罪被害者プライバシー晒す報道があるとネットではフルボッコだけど、既にネット上にあったプライバシーを皆で覗き見するのはいいらしい。

既に2ちゃんだと過去発言を掘って叩く状況になってんだからさっさとアカウント非公開にして正解なんだよ。

2016-10-09

死刑冤罪補償について

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/touch/20161008/1475969676

全体的に意味がよく分からないけれど、最もよく分からないのは「補償」という言葉の使い方である

補償」とは、例えば「損失を補って、つぐなうこと。特に損害賠償として、財産健康上の損失を金銭でつぐなうこと。」と定義される。

http://dictionary.goo.ne.jp/jn/203982/meaning/m0u/

冤罪に関して「補償」という言葉が出てくる場面としては、憲法40条に定められた刑事補償請求権がある。

これも、結局は、上記の定義のような用法である

件の記事における、死刑反対派が冤罪を持ち出す理由として補償不可能性をあげている、という趣旨文章の「補償」も、上記の意味で捉えて意味は通る。

しかし、「たいていの死刑反対派は、犯罪被害者への補償を軽視しているつもりはない。むしろ、必ずしも被害者加害者への重罰を求めないのに補償として成立するのか、といったことを考える。社会的補償が不充分ではないか被害者の応報感情を満足させるという単純な方法で逃げていないか、といった主張すらされる。」あたりから意味が分からなくなってくる。

加害者が重罰を受けるか否かは、被害者への上記の意味での補償とは関係がないし、社会的補償というのも意味が分からない。

善解すると、罪を償うというようなことが言いたいのだろうか。

死刑囚冤罪が判明した時、判決をくだした裁判官らはもちろん、死刑賛成派が死刑になる」ことは、死刑になった冤罪者への補償になる、というのも、上記の一般的な「補償」の意味だと考えると、意味不明である

そもそも、補償不可能になるのは、死刑だけではない。

お金をあげるから20〜30年刑務所に入ってね、と言われて承諾する人は、そう多くはないように、懲役特に長期のもの)に対して金銭で償いきれるものではない。

金額が非常に高ければ解決できる可能性はあるが、冤罪による懲役刑を受け、(受刑中又は受刑後に)本人が死亡し、その後に冤罪だと判明した場合補償不可能である

この場合記事中の論理だと、判決を下した裁判官らはもちろん、懲役刑賛成派を懲役にしなければいけないのではないだろうか?

一般的意味での補償不可能、ということが言いたいのであれば、単にそう言えば良いのに、独自定義で「補償」を使っているのでいたずらに議論を混乱させているだけのように見える。

死刑廃止派にとっても、無能な働き者的な活動になってないだろうか?

2016-10-02

免許更新で配られる教本の、交通犯罪被害者の手記がアツい

「今の社会はまちがっている。保護されるのは、被害者の方。今の社会保護されているのは、加害者の方。事件が起きると生い立ち、家庭環境が論じられるが、被害者はかやの外。精神鑑定をして、クロと認められれば、罪に問えない。

 人を殺しても、運転免許を再挑戦すれば、取得することができる。こんな社会、どう考えてもおかしい。」

これは紛れもなく運転免許試験場の講習で配布される、「わかる、身につく運転教本」という全日本交通安全協会発行の本の40ページに記載されている内容だ。

酔っぱらい運転でノーブレーキの車に子供が轢かれ、

加害者救命措置もせず救急車も呼ばずのうのうとタバコを吸い、パトカーに載せられても両手でVサイン

法廷でも一言も謝らず頭も下げないという正真正銘の人間のクズという事例。

本当にこんな人間のクズ懲役5年とかありえなさすぎる。

全く、一生刑務所に入れるか、死刑にしても飽き足らない極悪人だ。

こういう害悪系のクズは、やっぱ精神鑑定なんか無駄だと思うね。

こんなやつの人権なんて、守る必要ないよ。

他人人権を毛ほども守ることが出来ないクズ人間なんだから

いやしかし、こんなアツイ内容の本をおおやけの警察が配布するとは思わなかった。

やるな警察

2016-06-25

報道の自由って

最近報道の自由とやらを濫用しているマスコミさん多くない?

本来、これは「政治」だとか「重大な危険人物」だとか、そういう市民生活を脅かしかねないものたちに対して、知識による防衛をするための自由でしょう?

少なくとも、好奇心を無制限に満たすための自由ではないでしょう?

犯罪被害者とか遺族とか癌患者とかを好き勝手に嗅ぎ回って「報道の自由ですから!」と開き直る報道関係者は、ちょっと己を省みた方がいい。

2016-04-08

この国で働くということ

犯罪加害者になるか

犯罪被害者になるか

そのどちらかでしかない

分別ある人間同士の対等な関係など期待するべくもない

2016-02-20

負の感情を抱くもの規制して良いのか

http://anond.hatelabo.jp/touch/20160219013645

まとめサイトで取り上げられたこともあって多くの意見が寄せられているこの話題だが、このエントリーの筆者(以下筆者)の考えはおよそ普通女性(筆者が本当に女性かは、そもそも釣りかもしれないとかキリがないのでさておき)が陵辱という言葉に対して抱くであろう普通の考え方だと思う。

さて事の発端は女子差別撤廃条約の定例報告会が2月16日に行われたが、この条約批准状況を検討する同条約委員会から今回の報告会のテーマの一つ(しかまとめサイト見出しにあるような筆頭扱いではなく実際の質疑項目としては7番目)として女性に対する性的暴力を伴うビデオゲーム漫画販売を「禁止」することを求めたものが波紋を呼んだことだ。

まず念頭に置きたいのは、この委員会には安保理決議国連総会のような権限は無く数多ある国連関連機関のひとつに過ぎないことと、国際的批判だとかの重々しい話ではなく委員会を構成するのは各国から選ばれた弁護士など専門家であって国家代弁者が集う場ではないということだ。

また定例報告会とあるように日本けが特別に呼びだされて叱咤されたのではなく、直近ではアイスランドスウェーデンを含めた数か国が同様に報告会を行っている。

そして日本においてはゲームマンガの話だけでなく雇用年金での男女格差など複数の議題があったものだ。

この委員会がどういうところに突っ込むかを言えば、アイスランドに対しては最高裁判事が男性しかいない点や強姦事件での有罪の少なさを指摘する。スウェーデンに対しては割礼と強制結婚の防止に関するデータの提出を求めるなど、一見してかなり細かい。つまり女子差別と見なせるものは手当たり次第とも言えよう。

話を戻そう。政治的には無視できないものの影響力は微々たるもので昨日と変わらぬ明日が来る程度の見解というのが今回の報告ということになり(国連の威を借りたい各種団体はいるが)しかしこういったことをきっかけに色々と考えるのは良いことだ。

冒頭リンク先の話はまさにそうで、ひとまずリンク先筆者の意見を要約すると以下のようらしい。

妄想自由だけど、形にして世に流通させるのはまた別だよ。そんなもんはせめて、裏の世界で超高額で売買するか、無償でひっそりとやり取りしてほしい。

その理由は、そういった表現まで法で肯定されていたら、怖くて、不快で、侮辱的で、女性の名誉を毀損されてると感じるから

被害者が、実在する特定の属性を持っていること」「その属性を持っている存在を、その属性を持っていない存在危害を加えること」「加害行為がその作品のメインコンテンツであり、その描写によって快楽・興奮を得ることが目的に作られている」この3つが揃った時、その作品は表現の自由の範疇を超えてしまう。ゆえにそれなりの規制はあってしかるべきということ。

中略省略は挟んでいるが概ねこうだ。特別意見という感じではなく、ごく普通感覚と言えるだろう。

しかしこのような普通感覚とされるものが本人が想像しない危険性をはらんでいることに注意したい。

その事を踏まえて、このエントリー意見していきたいと思う。

表現の自由日本において既に制限下にある。

憲法保障されている表現の自由だが、古くはチャタレイ事件わいせつ定義が成され、公共の福祉のためにならわいせつ物の規制は妥当であるとされた。つまり公共の福祉に反しないということが表現の自由大前提にある。

近年でそれを強く受けているのが松文館事件で、成人向けマンガにおける消し処理の甘さを指摘したものだが、どのような成人向け作品もいつ告訴されるかわからないしされれば有罪は免れないことを改めて認識させられたものだ。

わいせつ対象は変わる

定義のものは変わらないが社会の変化とともにわいせつ要件合致するかは変わる。チャタレイ夫人の恋人しろ悪徳の栄えしろ現在文庫化され気軽に手に入る。つまり今現在悪だとされたものが数十年先にどう判断されるかはわからないのだ。無論、今は悪だとされれば裁判にかけられれば有罪になることに変わりはない。

気持ち悪いから規制するのではない

怖くて、不快で、侮辱的で、女性の名誉を毀損されてると感じるから表現規制されるのではない。公共の福祉に反するから規制されるのであって、法的には代表的なのはわいせつ図がに当たるから違法となる。誰かが不快からという理由規制してしまうことは表現のみならずあらゆるもの違法としてしまえる危険な考えであり、この先も健全な法の精神がある限りそれは守られるだろう。

規制ではなく禁止しかない

先述したようにあらゆる成人向け作品は現在でもいくらでも禁止できる。だがそれは陵辱物に限ることではないし、また販売を特定の書店に限るなどの規制ではなく違法出版物として流通そのもの禁止することになる。いくら筆者が「全面禁止しろよ」とは言ってないとしても、法で規制しろということは即ち禁止しろということになる。

ゾーニングでの対応

現在は法ではなくその下の条例単位で成人向けとそうでない作品が分かれている。先述したように作品のジャンルではなく性的表現のものが法的に重要なのであって、陵辱も純愛もそこには関係ない。この手の話は東京都青少年健全育成条例改正や児童ポルノ法改正などで過去に各所で散々出尽くしているが、行政出版社もすでに作品のジャンルではなくもっと大きな単位での区分けがされている。コンビニで成人向け雑誌が他の雑誌とは別に置かれているのはそういう理由だ。

こっそりやれよという話は

コンビニ雑誌の表紙やスマホ広告に載せるなよという筆者の言葉には、最近コンビニにおける成人向け雑誌の表紙に女子高生が~という似たような話題があったと思う。これに関しては出版社広告代理店などが対応する問題であって難しい。スマホに関しては広告表示に関する設定やアプリを導入する自衛策があるし、コンビニ雑誌についてはコーナーが明らかに区分けされている以上、不快なら見るなというほか無い。存在自体不愉快だというのであれば、それは行き着く先はやはりそういった出版物のもの禁止するべきだという論になるだろう。なにしろ全てのコンビニや書店から撤廃され特定の小さな通販サイトしか買えないとなって筆者がそれに満足したとしても、世の中には筆者より恐らく強力で熱心な団体存在する。今回の女子差別撤廃条約委員会見解についても各種民間団体が絡んでおり、そもそも今回の見解では規制ではなく女子に対する性的暴力ゲームマンガの廃止を求めている。筆者は廃止された所で安全安心な世の中が得られるだけだろうが、それは当初のこっそりやれという目的から外れているが、筆者は何ら疑問の声を挙げないだろう。結局は自分不快ものを消し去りたいだけと言えてしまうのだ。そうではないと言うのなら、ならば筆者は禁止すると法が言い出した時に「そこまではしなくて良い」と声を上げられるだろうか?

特定の思想から直すべきか?

そりゃいろんな嗜好があるから、中には、対象を虐げたり傷つけたりしないと駄目な人もいるかもしれないけど、それって異常者か精神疾患ではないの?病院行けよ。

筆者は最初には嗜好と言いつつ特定の嗜好については健常者ではないとしている。性的嗜好というのは千差万別だがある種の思想を持っている場合は矯正するべきだ、というのは他者に対する尊厳を踏みにじる行為だ。50年前のアメリカならば白人に逆らう黒人矯正するべきだとなるし、50年前の日本なら夫に逆らう妻は矯正するべきだとなる。いずれもその時代には当たり前のことであり、しかし現代人から見ればひどく差別的だろう。だからといって他者を傷つけるという行為が50年後に許容されるとは思わないが、しかし現代でも黒人差別亭主関白を頭の中で考えることを誰が違法にできるだろうか。

特にこれは性的嗜好という、教育思想などと違い本能に関わる難しい問題だ。法では正しい性道徳という考えがあるが、これを基本にして正しい嗜好を持つように義務付けられるような世界が筆者は望ましいのだろうか。無論、そんなことになれば事態は正しい性道徳に限らず、正しい社会規範や正しい労働者など、あらゆる面で模範的で優秀たる人間性を義務付けられるのは想像に難くないが、まさか筆者に都合の悪い趣味嗜好だけ消える世の中になると考えるほど筆者は愚かではないだろう。

いずれはこうした性的嗜好も脳機能の解明によりそのプロセスが明らかになるだろうが、まだ犯してもいない罪に対し犯罪的思考を消し去ることを是とするならば、それは個々の人格倫理的かつ道徳的操作しても良いということであり、当然筆者もその対象として正しい真人間にされる覚悟はあるだろうか? 少なくともこの筆者には、他者人格一方的精神疾患と判定するという独善的思想治療する必要あり、と判断されるのではないだろうか。

筆者もまた女性から視点だけ

現実的に、女性が男性に性的虐待を加えるというのは、①腕力・体格差があるので〈無理矢理〉が成立しにくい。②女性が見ず知らずの男性をいきなり襲っても、反撃されて傷つけられる可能性が高く、現実の犯罪率から言っても一般の男性にとってリアリティが無い。③むしろやってほしい、多少痛くてもご褒美、という嗜好の男性も散見される。

まず①に関しては、近年強姦罪が男性被害者適用されないことが問題視されているように男性の女性から性的被害については筆者のような「ありえない」という考え方が男女ともに強いので泣き寝入りするケースが女性性的被害より深刻であるさら女性被害者のような支援も充実していない。②も同様だが、犯罪率という観点について指摘がある。犯罪における男女比は細かく分けるとだいぶ違うが、総じて女性が20%ほどである。無視できるほどの数字ではなく、具体的には平成26年の殺人犯967人のうち227人は女性である。これをリアリティが無いという数値とは言えないし、また最近ではデートDVに関する大阪での調査女性から暴力を受ける男性が倍以上の率であることが明らかになるなど、暴力で女性が敵わないからリアリティが無いというのは例え話の喩え話にしても筆者の知識不足である。③にも関連することだが、筆者自身陵辱系ゲームマンガに対して怖くて、不快で、侮辱的で、女性の名誉を毀損されてると感じるから規制して欲しいと語るのに、ならば男性の性的被害者に関してはとなるとリアリティの無さやあろうことか一部の男性は好むからという理由で蔑ろにしている。

このことから

他の属性に対する一方的な暴力や虐待だってもちろん良くないし

もちろんLGBT凌辱だってアウトだよ

などの言葉に一切重みを感じられない。

筆者が女性として一般的な恐怖を感じるのと同様に、また筆者は女性として男性に対する陵辱などに想像が及ばないし世の男性が実はBLゲーム表現に恐怖しているかもしれないなどという考えもない。故に男性に対し筆者は、思慮が足りないなどということは出来ず、陵辱ゲームに対する意見自身嫌悪感からの消し去りたいという個人的要求が第一であると知るべきだろう。

筆者の定義表現の自由を犯す理由にならない

被害者が、実在する特定の属性を持っていること」「その属性を持っている存在を、その属性を持っていない存在危害を加えること」「加害行為がその作品のメインコンテンツであり、その描写によって快楽・興奮を得ることが目的に作られている」

を筆者は規制されるべきものとしている。二番目でちゃっかり同性愛物を省いているのはわざとか天然かはさておき、いずれもどうとでも解釈できるものであり、極めて危険極まりない規制理由である

まず第一の

被害者が、実在する特定の属性を持っていること」

被害者という言葉について、そもそも創作表現上の被害者とはなんだろうか。作中で犯罪被害に遭う存在だとして、それを現実の法で守れというのはナンセンスな話だ。大体被害者定義はどうするのか。家が燃えたら家は被害者から作者は建造物放火罪になるのだろうか。人間だと限ってもその属性は幅広い。誰かを殺せばその人物の役職大統領から実在する特定の属性になるから規制だと出来てしまう。性別に限らず年齢も服装人種も、なにもかもが属性である以上、そもそも創作表現で一切の犯罪被害者は出せないことになる。ミステリーでも刑事物でもだ。

第二に

「その属性を持っている存在を、その属性を持っていない存在危害を加えること」

は、これこそ差別的だ。男性が男性を殺すのは良いが男性が女性を殺す表現は駄目だとか、それに属性定義が難しい。男性同士の殺人であっても片方が日本人で片方がアメリカ人なら属性を持ってないから規制対象だろうか。双子であっても服が違うから駄目だとか、どうとでも言える。

第三に

加害行為がその作品のメインコンテンツであり、その描写によって快楽・興奮を得ることが目的に作られている」

これもまたどうとでも解釈できる。大体だ、その描写によって誰が快楽・興奮を得るのかが不明だ。推測するに筆者にしてみれば病的な嗜好を持つ読者なのだろうが、表現規制より悪質な思想規制がここにある。なにしろ読者が興奮すればすべてアウトにできるわけだが、虫オスがメスを組み伏せる交尾の動画に興奮する人間がいたらそれはアウトにできるのだろうか? アウトに出来るのならこれほど馬鹿げた話はないが、出来ないというのならそれは筆者の嫌悪感に基づく趣味嗜好の篩分けを是とする危険な考え方だ。「普通の人は虫の交尾に興奮しない」を後者定義としてセーフの条件にするならば、同様に「普通の人は陵辱物に嫌悪感を抱くので興奮しない」と出来るのだが、そこを捻じ曲げてアウトにしたいならば「こういうのに興奮する人がいるから」や「これだけは例外」など法に頼らない独善的判断でなくてはならない。

恐怖は抱いている限り消えない

仮に筆者の希望通りに陵辱物といえるもの規制され目につかなくなったとして筆者は満足するだろうか? 一時的には満足するかもしれないが、まず一度自分の願いが達成された万能感と高揚感、そして正義感は覚え続けることだろう。そしてそもそも筆者は女性性的対象とする作品に目をつけるだろう。なにしろ成人向け作品そのもの性的にかつ男性向けとしてあるならば、当然そこに映る女性純愛にせよ男性にとって都合の良い女性に違いない。それを筆者は不快だと言わないでいられるだろうか、それとも女性現実味のない都合の良い存在として描かれておりそういうのを好む男性がいるのだと不快を覚えるだろうか。私はきっと次の規制対象に選ぶだろうと推測する。

そうやって限りない規制を繰り返しついに女性性的に取り扱うことも差別的に取り扱うこともない輝かしい作品ばかりになったとしよう。筆者はようやく安堵するどころか、さら不安を募らせるのではないのだろうか。なにしろ事の発端はそういった陵辱物を好む男性がいることであり、そこに恐怖や嫌悪を覚えていたのであるたかが創作表現描写されている行為にすら嫌悪していた筆者が、果たして我慢できるだろうか。

人格改造か、去勢義務化か、男性の隔離か。筆者は妄言だと笑い飛ばしたいだろうが、筆者の考えの行き着く先はこうなのだと私は言いたい。筆者がなにかに恐怖を抱き続ける限り、目に見えなくなったからといって安堵することはないし、対象を滅ぼしたとしてもまだ生き残りがいるかもしれないと恐怖し続けるだけだ。

表現の自由規制に都合の良い制限などない

程々で良い、少しで良いなどという考えは行政や国といった単位に上がった時、当初の理念とは大きく外れてさらに巨大な制限となる。最近児童ポルノ法改正で様々な規制への波及を危ぶむ声が出ていたのは、つまり個人での裁量によるあれは良いこれはダメという基準法律存在しないということだ。

最初の話になるが、女子差別撤廃条約委員会は陵辱ゲームマンガの「禁止」を求めている。これを錦の御旗として掲げ、その通りだと禁止を呼びかけることはできるし、この先にそういった団体が動くことは目に見えている。だがその禁止が成った時に、一つの創作表現が失われることに筆者は恐らく何も抱くことはない。むしろ嫌悪するものが消え去って小躍りしたくなるだろう。だが筆者の語る所の病気である嗜好の持ち主たちは悲しむだろう。そんな奴らが悲しんだ所で筆者は何も困らないが、しかし筆者が趣味嗜好とするものが何らかの形で規制を受ける時、彼らは味方することはないしむしろ仕掛け人かもしれない。

筆者は自分が悲しむ対象になるようなことは無いと思っているだろうが、表現の自由に手をかけるとはそういうことだ。たか創作物というもの負の感情根底とした規制をかけられるということは、創作物以上に影響力のある現実的存在にも同様に手をかけられるということだ。筆者が好む筆者が健全で正しいと思う存在が、誰かにとって不快で汚らわしい存在でないと言い切れるだろうか?

目を瞑ることが肝心要

自身自由でありたいと思うのならば、他者自由も許容しなければならない。それは現在のこの国において公共の福祉という最低限度の規制を受けるが、それ以上に自分自身負の感情理由とする個人的要求を、同様の理由合致した他者と共謀して排除しようという試みは慎むべきだろう。現実に犯罪を犯せば処罰される。逆に言えば犯罪を犯さないかぎり自由であり、それを無理矢理に犯罪者に仕立てあげて住み心地を良くしようなどという考えを持つならば、あなたもまた誰かに犯罪者として告発され自由を奪われることを許容しなければならない。

世の中には不快と思えるものが多くある。しかしそれをすべて排除して生きたいというのは無理のある話だし、かといってすべて許容するのも無理な話だ。

しかコンビニ雑誌の表紙が不快ならば、あなたは見ないでやり過ごすことが出来る。 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2016-02-18

文春の少年A記事を読んだ。

見出しセンセーショナルだったが、元少年A(きちんと目線入り)、少年Aの両親、少年A教育しようとした政府機関や第二の母親になろうとしたおばさん、犯罪心理学者、被害者のご両親など多方面に丁寧な取材をしているように見えた。

文春がない状態一方的少年Aけが安全地帯から意見を述べられる状態)にくらべてよっぽど健全状態に感じる。

なによりも、少年Aの凶刃から生き残った少女からコメントをとったのは衝撃的だった。

その少女事件の際の看護に感銘を受け、今では看護師をなさっているとのことだ。事件と向きあい、強い女性となっているが、いまでもドラマの殺刃シーンを観られないそうだ。明日にでも再び少年Aがやってくるのではないか、と考えてしまうという。

少年A名前を変えて、少年Aのものはこの世から消えたはずではなかったのか。

少年A名前を使って、いまだに被害者気持ち蹂躙し続ける男がいる。

個人的感情として全く許せない。

少なくとも、文春のような多方面から取材報道によって、「謎の狂人」ではなく、「ママチャリに乗ってトイレットペーパーを買いに行く無職おっさんレベルまで実像をつかむことが社会のためではなかろうか。

凶行に走った14歳少年保護されるべき存在かもしれないけれど、犯罪被害者気持ち故意蹂躙する自己顕示欲の塊(33無職)は別の存在だし、そういった悪党実名報道できないことは問題だよ。

2016-01-14

無理心中自殺殺人

私はその数年前に恐喝がどんな風に始まったのか既に知っていた。だから目の前で刃物を振り回されて脅迫され部屋の中をめちゃくちゃに荒らされても、それは私が死ななければならない理由にはならなかった。男も部屋を荒らされるまでは、死ぬことなど考えてはいなかった。めちゃくちゃに荒らされた部屋は、男を私を道連れにした死へと押しやった。その時私を無力にしたのは、恐喝相談する為に警察を呼んでほしいという私の懇願拒否し続けた男の態度だった。自分がした事は全部無駄だったのだという感覚は、数時間前に目の前で刃物を振り回されて脅されたショックと一緒になって私を無気力状態に追いやった。

女とのことは自分でなんとかする、と言いながら結局その後の何年も女に恐喝され続け、同時にその女を性欲のはけ口に使い続けた男は、初めて自分と女との関係を私に話した後に私を強姦した。惨たらしい体験。そのまま帰せば二度と私が会わなくなる事を知っていた男の身勝手さ。その後も結局「関係を持った事を親に言うぞ」という女の脅しに屈し続け、自分の見栄の為に警察に行く事ではなく死ぬ事を選んだ男を愛していた自分のみじめさ。それでも愛していたのに。


結局。信頼していた相手に身勝手理由で殺されるというのは、とても耐えきれるものではなかったのだ。その男にとっては「死ぬのを止めた」でも、私にとっては「殺されるのを止めた」にはならなかったから。恐怖は焼き鏝を当てた様に私に刻まれしまっていて、油断をするとふいに顔をのぞかせた。足元に立っていられるしっかりした地面なんてもうなかった。殺される時に感じた灰色の霧の中をどこまでも落ちてゆく様な虚無感は、二度と消えてはくれなかった。

それでも私に親がいたら、酷い目にあわされた娘を抱き寄せて泣いてくれる親がいたら、私は救われていたかもしれない。たとえ、医者が恐怖と結びついてしまって治療さえ受けられない状態になっていても。私には逃げ帰れる家などなかった。


研修医として男が働き始め、看護婦と好き勝手を始める少し前かな。「今日は具合はどうですか、って聞いている気分になる」と言われたのを覚えている。そうだよね。もうほとんど何もできないほど病んでいたのだから。目の前にいるのはいつも私を殺そうとした男で、油断をするとふいにそれはフラッシュバックした。お前が元に戻らないのが悪いと看護婦関係を持ってから男は私にはき捨てたけれど、それは消えないのだよ。殺されそうになって生き残った犯罪被害者に尋ねてみればいい。それは消えないのだ。見えないふりをしながら、顔を出さない様に騙しながら、抱えてゆくしかなかったのだ。そういう状況に私を追い込んだ男に好き勝手な嘘をつかれたくはない。


男が働いていたのはとても大きな総合病院で、実は精神科もあった。でも当然だけれど私がそこで診察を受ける事は無かった。そこにいたのは、男が私に危害を加えた事を知る立場になる人間だったから。それもやっぱり男の保身の結果だったのだと今はわかる。指輪さえもない紙切れ一枚の結婚も、男にとっては殺人未遂時効が来るまでの単なる時間稼ぎでしかなかったのかもしれないね

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