はてなキーワード: spiとは
就活が終わらない。まだ3年生だった去年の夏から始めたのに、一社も内定が取れていない。
そもそも働く気がない。働いたってどうせうまくいくわけがない。
そもそも企業が求めている人材像と自分の性格が全く一致していない。
企業が求めているのは自分みたいな根暗・不器用・コミュ障・陰キャ・向上心皆無・無能人間ではない。
適性検査やグルディス、グループワーク、面接を一度でも経験すればわかることだ。
だんだん意欲が失せてきて就活をやる気力も無くなって、でもやらなければ親がうるさいし家にいられなくなるからやらざるを得ない。
いっそのことサボってしまおうと決めてゲームしてる時でも、就活のことがずっと頭によぎって憂鬱になってくる。
結局Twitterを見てる時が一番いやなことが浮かばないまま時間を過ごせる。
こんなクソみたいなシステム考えたやつを殺したい。
カップルも子供もゼミで髪染めてくるANTも面接官も偉そうな人間も家族も23卒24卒25卒も就活アドバイザーも人事もサロンとかやってる詐欺師もさっさと消えてほしい。
全てに嫌気が差す。
なんでこんな読みにくくて中学生が書いた文章しか書けないんだろうね。
最初は自分ってこんなに無能なんだ、早く消えたいっていう考えだったのに、いつからか皆死んでほしいになってるのが怖い。
でも本当はもっと遊びたいし見たいアニメもあるのに何で自分だけこんなつらい目に合ってるのかわからない。
いつだって自分が一番かわいいから自分が一番かわいそうなだけでしかない。
他の人だって苦労してるよ、私だって大変とか言ってくる奴が嫌い。
そんなこと言ったって自分の辛さは消えないしだから何なんだっていう感じ。
あーもう本当に自分が嫌い。
自分で何とかしたいっていう気持ちとなんで誰も助けてくれないんだっていう気持ちがある。
自立できないのにプライドがバリ高いせいでこうなってるの自覚していない。
自己分析してたら昔の嫌な記憶とか恥ずかしかった記憶とか失敗した記憶が蘇ってくる。
まともにエントリーシート読まないくせに無駄に深堀りしてくる面接官が嫌い。
zoomに映っている自分が嫌い。こんなんじゃ雇われなくて当然。
多様性とか人柄重視とか言ってるのに雇うのは同じような人間なの本当にウケる。
全てが気持ち悪い、全てが建前
こんな世界はやく無くなればいい
でも働く人がいなかったら遊べないんだっけ
あー労働嫌い
約5年ほど働いた派遣先が、コロナ関係なく不景気で派遣切りを食らった。
家からも近く、社員の気質も良かったので、何回か正社員を打診されたときに受けるべきだったと後悔。
でもSPI試験と役員面接1-2回が嫌すぎるので、どうにもならない。
ただ、1,2年で辞める新卒や中途が居る中、5年問題も起こさず周りの評価もよかった派遣を
無条件で引き上げるぐらいして欲しいなと思う。
実際、契約終了が言われる前に、上長連名の「この派遣必要だから引き続き雇いたい」的な人事宛て文書が
スキャンフォルダにあったと、社員さんがコッソリ見せてくれたので評価はされていた。はず。
高卒でちゃんと就活してれば、その時はSPI試験なんてなかったんだなぁと考えるけど
働きたくなくて、専門に逃げたからこうなってる。
今まで片手で数える程度しかESを出さずしかも全部書類選考落ちしていた自分。
落ちる理由も分かっていた。
それもそのはずゲームのやりすぎで留年していて自己PRは旅行云々、ゼミにも入らず資格も皆持ってる第一種普通自動車免許。
TOEICなんて250点で書けるわけもない。自分が採用担当なら当然書類選考で弾くだろう。
それでも就職したかった。理由は正社員になりたかったから。安定が欲しかったから。
そんな中で選んだのはIT企業。選んだ理由は単純でスキルを付ければ将来30代で年収600万とか行きそうだから。
ITとは言えばプログラミングだな!って事で○○〇〇aで勉強とスキルチェックをやってDは余裕。Cもちょろっと出来るようになった。
これなら内定取って今年は勉強してB取れれば来年IT系企業に入っても大丈夫だろう!と思ってた。
そんな中見つけたのはとあるSES企業。住宅手当は無いが別に実家通いで良いし、それを抜いても福利厚生は上々。
年休も120有るし評判もクソでもホワイトでもない普通だった。そもそもSES企業は案件ガチャだから本当に配属されないと分からない。
とりあえずまず内定が欲しいという事でエントリーした。面接1回だし通ればすぐ内定だ!
説明会を聞き、ESを出し何でか通過して無事面接予約。1回だから適当に通してるんだろうと思いつつ。
面接の日が来た。その日は朝から心臓が痛いくらい緊張していた。本番にはめっぽう弱いのだ。
それでもスーツ着て電車に乗って会社の最寄り駅に着いた。着いたのは1時間前。
早く着き過ぎたと思いつつ、といって近くの店に行って時間を潰すのは微妙な時間。
どうせ40分くらいなら立って面接会場で座れば良いと思って駅でずっと立ってた。
空いた時間はうんこみたいな自己PRとか復習したり音楽を聴いて緊張を少しでも減らそうとした。それでも心臓痛いが。
そんなこんなで面接時間。5分前に着いて受付をした。通された部屋でお茶を貰いスゲーって思った。これが世に聞く最終面接で貰う飲み物か!(面接1回)
3分くらい待ってたら人が現れた。この人ネットで見た人事の人だ!!!正直知らない人が現れると思ったからびっくりした。
人事の人は適性検査やるよって言ってきた。適性検査か、今まで書類選考落ちしてきた企業も適性検査を受けてきたしどうせSPIだと思ってた。
始めてみると全然違った。計算は何とかなった。そりゃSPIで多少鍛えられたからね?
2つ目は法則を見つける問題、これが全然分からない。最初に例題が出るが例題もさっぱり分からない。どれが正解なんだ?
そして上部に命令書があって〇をやった場合×になる。これを用いて↓の問題はどうなるかとか出た。いわゆるフローチャートみたいな問題だ。
?????頭がこんがらがる。というも図形を使っており3段階目までこれがこれであれがこーなってこーなるなって感じで何とかなった。
ただ4.5段階目まで行くとどうなってるんだっけ?となる。メモも出来るがそんなことしてたら時間が消える。どうにか答えようとした。
フローチャートの問題をやってる時にこれ実務だったらどうなるんだろうかと考えた。仮に配属されてプログラミング言語で命令書通りに書けるんだろうか?
....無理だ。どう考えても完遂できる気がしない。これで怒られたらどうなるんだろう。....絶対泣くだろうし辞める思った。
現段階でpythonでFizzBuzzくらいしか出来ない自分が成長してYoutubeに転がってるようなプログラミングしてみた!まで行けるか?
暇な時間に一人でアプリを作れるか?そもそも今年中にpython完璧に出来ると思うか?....無理だ。そんな未来が想像つかない。
多分入社1週間で研修に躓いて辞職届を出してるだろう。そう思った瞬間帰りたくなってきたそして終わったら面接せずに辞退しようと思った。
そして適性検査の時間は終わった。終わったし呼ぶべきか?そう思いつつじっとしてたら人が来て移動しますと言われた。
言おうと思ったが声が出ない。そして移動して面接部屋に通された。人はおらず自分は待つらしい。
その間帰りたいと永遠と思っていた。次に人が来たら辞退しますと言おうと。
そして面接官が来て挨拶してきた。ここでも言おうとしたが出たのは挨拶。言えなかった...
その後はさんざんだった。クソみたいな自己PRを聞いてくれる面接官。旅行と聞いてそれは海外旅行?と聞いてきた。国内ですと言ったら、そう...と返してきた。
海外なんてそもそもパスポート持ってねえ...色々質問してきたが失敗例になるような返答しかしなかった。
一番の失敗は趣味。実際聞いてきたのは暇なとき何するかだったが自分の中の想定問答集にはなかった。趣味だったら科学館巡り云々答えたのに...
自分が返したのは「ゲームです」。それだけだった。言った瞬間にやっちまった感がめっちゃ出た。これは堕ちたなと。
長い長い面接は終わり2週間とかで結果を通達すると言ってきた。正直落ちた気しかしないのでその場で不合格通知を出して欲しかった。
面接会場を出て自分に暑い熱い日を浴びせてくる太陽。そのまま蒸発するまで溶かして欲しかった。だが人間はそんなにやわじゃなかった。
沈んだ気持ちで頑張って家まで辿り着き、部屋で天井を見上げた。そして目を閉じた。
世の就活生は何を考えて就活してるんだろう。自分は面接の日まではIT企業でバリバリ働くと思っていた。しかし今考えると無理だ。何も出来る気がしない。
あれから数日経ちちょっとだけ気分は回復したが前まで毎navで探していたIT企業は全く見なくなった。自分に向いてないと気付けただけ良いんだろうか。
しかし時間は動いている。どこでもとは言えないクソ野郎だが働きたい。
来週再来週に申し込んだ公務員試験が有るが就活はIT企業だ!!!と勉強してこなかったので多分落ちるだろう。民法難しいし現時点で完璧なの憲法だけだ。
公務員浪人は多分めんどくさがって放り出すだろう。果たして今年中に就職先は見つけられるだろうか...それともフリーターかニートになるのか微妙な所だ
正門良規江口のりこ 山崎育三郎 森田剛岡田健史長谷川博己中村倫也玉木宏 稲垣吾郎 松村北斗 古川雄大 成田凌高橋一生 桜田通 重岡大毅仲里依紗大沢たかお玉山鉄二 松下洸平 ディーン・フジオカ 金城武 赤楚衛二 玉森裕太 窪田正孝 菅田将暉 吉沢亮廣島秀和 綾野図 草彅:ラウール 志尊淳 中村蒼 中川大志磯村勇斗 千葉雄大 前山劇久 平野紫耀 若葉竜也 福士蒼汰 竹内涼真 八乙女光反町隆史井上芳雄 坂口健太郎仲村トオル櫻井翔北村一輝のん錦戸亮 古川雄輝 渡邊圭祐 瀧澤翼三浦宏規ムロツヨシ 染谷将太、山田裕貴 黒島結菜 竹野内豊山下智久木村達成滿盛天海祐希 柳案儀 鈴木樹 黑羽麻璃央 星野源 強森裕黄梅津瑞樹 浅野忠信 水江建太荒牧麼意 森本慎太郎 有村架 村井良大 佐藤刀ED 我也希礼音 清水尋也 相葉雅紀七海ひろき平間壮一 戸次重幸 瀬戸かずや大野拓朗 浦井健治 堤真一 柴田恭兵 佐藤流司 山崎賢人 前田公輝水野勝石原さとみ 岡田龍太郎 矢崎広大見拓士 溝口琢矢 波岡一善 板垣李光人 松坂桃李和田雅成本郷奏多 中居正広岡田将生早乙女太一 佐々木喜英 生田斗真 海宝直人 上白石頭皆福山雅治 新垣結衣 鈴木伸之 高野洸阿部サダヲ松尾鷲間宮祥太朗 平野良豊川悦司 中村七之助 堂本光一 戸田恵梨香 土屋太鳳犬飼斎丈高橋健介結木滉星 植原卓也 松下奈緒 高橋文哉中尾暢樹 岸谷五朗瀬央ゆりあ阿部顕嵐 新田真剣佑藤原大祐 内野聖陽 小栗旬 岸優太内田有紀 向井理 山本耕史 宮沢氷魚今井翼 本田礼生 小関裕太城田優 森崎ウィン 鈴木亮平 財木琢磨 北村匠海 森崎博之 崎山つばさ 吉田広大松崎祐介 井之脇海神木隆之介 高良健吾 神農直隆 岩永徹也 西島秀俊 香取慎吾 牧島輝 瀬戸康史 松下優也 村上虹郎 浅香航大 吉原光夫 平手友梨奈 町井祥真 松岡広大 田中涼星 明日海りお 金子大地 正木郁 吉田羊 山田孝之 木村文乃 染谷俊之 馬場徹 仲代達矢甲斐翔真 工藤遥 西銘駿 小芝風花 山路和弘朝田淳弥須賀京介滝澤諒 岡田准一 加藤和樹荒木宏文 霧矢大夢 上地雄輔 竹財輝之助 米原幸佑板垣瑞生 川原和久崔名觸造 砂川销莎 二宮和也 山中崇高藤工 田中彰孝 GACKT 福士認治 津田寬治 增田修一朗蔽野友因 松井勇步高岩成二井浦新,植田田丰幸 青柳尊哉 佐藤二朗 木原瑠生 掛川僚太、永山絢斗 伊藤裕一 伊礼彼方迫田孝也 猪塚健太 影山達也 鈴木勝吾 奥山かずさ 北大路欣也 唐沢寿明廣瀬智紀 沢口靖子 音尾琢真久保田秀敏 大内厚雄 永瀬廉 松本潤 藤原竜也 鈴木京香松本享恭久保田悠来南圭介 二葉要石川禅森山未來 佐藤健木津つばさ笠松将 山本一慶 木村拓哉 綾瀬はるか村上新悟長田成哉塩野瑛久 田中俊介石黒英雄 和久井映見 吉沢悠 安里勇哉 高橋光臣 前川泰之 石丸幹二 今井彌彦 石賀和輝 水田航生 山口大地 新谷ゆづみ 糸川耀士郎 岸田タツヤ 飯田洋輔 田内季宇桜木那智 藤木直人 鈴木裕樹 沖野晃司 文豪傑 吹越満 成河 宮内伊織 中川大輔 小林豊 楽駆 太田基裕 寺島進 山口祐一郎 平方元基 水石亜飛夢 梅澤勇人 田本清嵐 細田佳央太 岡村美南 桐山漣 兵頭功海 小野塚勇人 神山智洋 大森南朋 北園涼 小原唯和 片岡仁左衛門 永山瑛太 檜垣成弥 遠藤憲一 日向野祥 浜中文一 大島優子 青木瞭 愛月ひかる 横浜流星 宮川智之 石田ゆり子 富田翔 錦織一清 中尾拳也 法月康平 高杉真宙 小田春樹 飯村和也 博多華丸 松島庄汰平野宏周 望海風斗 佐藤貴史 オ川コージ渋川清彦 石川翔 猪野広樹立花裕大 真田広之 田代万里生 造本陣 渡辺大輔 岡宮来夢 萩野崇福崎那由他 濱田龍臣 室龍太 田村路 中村集人戶純菁 有澤樟太郎 渡部秀 美 加 河合健太郎 演出的《水池谷武元宮崎湧 松尤加子种田博嘉一條袋 天羽尚善 阿久津冀山赔晶吾京本大我,青柳翔 須贺贵定 极田龍平 東啓介 郷本直也 飯島直子 江田由紀浩 山崎大輝櫻井圭佑 阿部丈二 町田啓太 玉城裕規中村優一 山口祥行池上紗理依 spi俺真咲 伊万里有風間由次郎鷲尾修斗 鹿賀丈史八島諒 TAKA 雷太近藤頌利涼風真世石井陽菜 三浦涼介坂東龍汰田中哲司 横山だいすけ近藤真行田中尚輝道口瑞之宮崎秋人寺尾聰 川上洋平 橋本さとし瀬戸利樹尾上右近上野樹里 鈴木仁 中島裕翔 戸塚祥太 松田悟志 中野太賀 鈴木浩介 白濱亜嵐 須賀健太 姜暢雄 一ノ瀬竜 波瑠 新垣里沙 横山真史 稲葉友 吉高由里子 上遠野太洸 飯田基祐 池田純矢 辻本祐樹 綾切拓也 岡本圭人 前田敦子 鞘師里保 野村萬斎 栗田学武富田健太郎 横井激高橋怜也 若村麻由美 千葉瑞己 古川毅大平峻也及川光博 平牧仁林遣都 内山眞人 紅ゆずる 高崎翔太小瀧望 片岡信和 立石俊樹 早乙女友貴 「原時也西島隆弘 大倉忠義杉野遇亮オダギリジョー 北村優 織田裕二 永野芽郁風間俊介 長塚圭史 白石隼也香川照之 氏家竹内一樹 田中精浜辺美波 野田洋次郎複れい広瀬すず加藤シゲアキ 佐藤祐吾 加瀬亮栄信 伊藤淳史 井上真央白川裕二郎永田聖一朗猿渡一海生駒里奈 三津谷亮中井貴一 TEAM NACS 奥谷知弘赤澤燈笠松哲朗 大野智 藤田玲谷水力土有貴 阿部快征 谷佳樹 神宮寺勇太 飯島寛騎伊藤あさひ 長澤まさみ夢咲ねね 山本紗衣 大石吾朗 溝端淳平 案野浩孝宮野真守唐橋充 市原隼人 飯田達郎 小西遼生竜星涼太田将熙内海啓貴君嶋麻耶 真風涼帆 中川翼教 三上真史、佐野大樹 大孝二新納慎也 齋藤又力 本木雅弘 桐山照史 西村去古亭 加藤迪 齋藤信吾 草川拓弥蔽野友也 橋本汰斗 田割法明兒玉遥喚野壮高嗎政伸,中村議难小林頭作 小西成弥 猪野学 屋良朝幸 葵わかな井澤勇貴三谷怜央 長尾寧音 吉村卓也 横山涼野村周平芝清道 袴田吉彦 瀬戸啓太羽立光来多和田任益彩風咲奈 加藤健 小澤亮太 小野健斗 前原滉ジェシー 賀来賢人 宮世琉弥 田中俊介 田中晃平 杉咲花 馬場良馬東拓海 阿部寛長濱慎山科疎馬真田佑馬 一ノ瀬堀 長江崚行田中ま前川優希 矢作穂香 坂本昌行廣瀬友祐 和合真一 南出凌嘉松岡雅士遠藤雄弥佐藤祐基 工藤美桜寺坂尚呂己 水美舞斗井出卓也勇翔百瀬朔葛山信吾 大山真志柳浩太郎早霧せいな廣野凌大吉田宗洋水沢林太郎 藤原季節 藤井流星 島村幸大 武田真治 出合正幸 堂本剛 谷原章介 永田崇人 後藤大 橋本祥平 西川大貴 髙橋海人 稲森いずみ 鯨井康介 鈴木勝大 中山優馬 里中将道 大薮丘 中村勘九郎 北山宏光 月城かなと大泉洋清原果耶工藤阿須加上口耕平市川理矩西畑大吾忌越裕貴株元英彰北村線田村芽実 山田元奥平大兼市川猿之助塩崎こうせい反橋宗一郎 山田涼介朝夏まなと 三浦海里 葛地優吾 安田顕 阿瀬川 健太 木村佳乃 沢村一樹 泉澤祐希 佐伯大地 星露 田辺誠一 阪本奨悟 亀梨和也 川原瑛都中河内雅貴 松嶋菜々子 白洲過 石田隼 高橋良輔 葵陽之介 栗原英雄 小松菜奈 駒田 - 中村海人 高野八誠 赤西仁 佐々木蔵之介 仲間由紀恵 小越勇輝 上川一哉 原嘉孝 福澤侑 浅川文也 吉川愛 内藤剛志 道枝駿佑 橋本淳 KIMERU 岩佐 祐樹 鳳月杏 裕加 マエチャン 堺雅人 徳山秀典 鈴木壮麻 松田凌寺西拓人 岩井七世 井澤巧殊星元裕月 神尾楓珠 小野寺晃良 堂本翔平 佐藤信長 小南光司 小泉今日子 東山光明 松本寛也 越岡裕貴 河合龍之介 木本嶺浩 武田航平 中山陵爱 大地真央 莲佛美沙子安西慎太郎 佐野勇斗 福井晶- 高純 安達勇人安東秀大郎東山紀之 杉山真宏 小林唯 大隅勇太 -濑悠 中山咲門二葉勇辰已雄大 柚香光花總本) 目黑莲 樱井圭曼小池唯福岛海太 中村太郎 珠城口太子宮近海斗 石田直也 口貴也 岡本健一 库洋佑 前田隆太朗 屯音有星 ユースケ・サンタマリア菊池鼠磨 渡辺議 内藤大希 濱田崇裕 丘山璃己 水野美紀 上原理生 中島健人 中島拓人 坂東玉三郎 小早川俊輔深津絵里 今江大地 トータス松本 小谷嘉一 大海将一郎北翔海莉 藤ヶ谷太輔植草克秀 山崎努校條拳太朗福田悠太
アラフォーの文系。転職活動対策のため、SPI的な参考書を買って練習をしているのだが、計算問題が明らかにできなくなってしまったことに気付いた。
計算のたびに一息ついてしまう。面倒くさそうな計算になると躊躇してしまう。2桁~3桁の割り算がでると嫌になる。すっきり割り切れないと途中間違っている気がして戸惑ってしまう。暗算の速度低下、明らかな移項ミス、書き写し間違え、字が汚いなどなど…
これを1問数分で解けとか、できる気がしなくて絶望している。
もともと数学は得意では無いのだけど、それにしても学生のころはもっとがむしゃらに解けていた気がする。
そして、この手の筆記試験はうまくいった試しがない。それは俺の能力不足だと言ってしまえばそれまで何だが…
反対に文章題のようなやつは学生のころより得意になったが、それは中年皆同じだろう。
こういう計算問題が昔から得意な人はいると思うんだけど、どうやっているんだろうか。
とりあえず第一志望だけどろくろく業界研究もしてないし職種が合ってるかも分からん
あちこちにある適職診断みたいなやつやっておけば良かったなって思う どうせクリエイター向きって出そうだけど
今は内定ブルーってやつに陥ってると思う 今更新しくエントリーなんて出来ない(時期的にも気持ち的にも)けど職種にも勤務地にも自信がなくなってきている
さて就活の話
SPI系は一切対策しなかったけど試験落ちはゼロ そこまで成績が良い方でもないので職種か?
しかし性格診断は答えに困る質問たまにある 友達にどう言われるとか そんな話せんわみたいな
説明会は結構参加したけどそのままエントリー忘れてることが多すぎて実際エントリーできたの10もないと思う 愚か!
履歴書は手書き ユーキャンのボールペン字講座やってて良かったとこれほど思ったことはない 実際手書きの書類落ちはゼロ
アホなので送付状を便箋ではなくただの白い紙で送ってしまったが特に問題はなかったと思う 封筒も茶封筒で問題ないのでは
大したエピソードが捻り出せる人生でもなかったが趣味はまあまあ長いこと続けてたのでそれを書いた 微妙に希望職種と擦ってて良かった というより無理やりこういうところが活かせると思います!って近づけた
志望度が高い企業は当然早く申し込むが、すると面接慣れゼロで立ち向かう羽目になる これは罠 一次面接で通るようになったのは3回目以降(特に受け答えの内容は変化してない) この辺からあんまり緊張しなくなる
目を大きく開き口角を上げハキハキ喋る これは本当に訓練で誰でも出来る ただし数ヶ月を要することもある 昔齧ってて良かった
ジェスチャーもあるといいと言われるが元々ジェスチャー過剰なタイプだったのでむしろ手を落ち着けておくのに苦労した
相手の相槌は期待せずに質問されたら用意した答えを丸ごとぶつけること 相槌前提で話してると言いたいこと言いそびれる
「大丈夫ですか?」「はい!」ではなくはいで答えられる質問でも何かしら付け足す
逆質問が本当に困る 本当に聞きたいことは聞いてはいけないって何?
企業のホームページを死ぬほど読み、書かれていないことの粗捜し
よく言われる役員になるには~ご活躍のコツは~みたいな質問は心底興味なかったのでしなかった
実際余裕のある人はここで企業の様子を探るべきなんだろうけど前述の通り持ち駒が極端に少なかったのであまり踏み込めず
オンライン面接って本当に楽 出向かなくていいから時間も交通費もお得
その分対面マナーが疎かになってて初の対面の時は焦った でもまあ一般常識の範囲で対応して問題なし
対面の時の10分前に来社みたいなマナーどうやって時間潰せばいいんだろうな 一般道で佇む不審就活生になってしまったんだが トイレとかも困るし
圧迫っぽいのは1回だけあった クソムカついた
病名が被ることは別に気にしないが社会の中での生きづらさというのは確かに存在する。
これの嫌なところは、試験とか能力検査ではあまり引っかからない点。例えば俺はSPIとかは比較的高めにとれる。公務員試験とかの一般教養も苦手科目を集中的にやれば、地方クラスは結構突破しちゃう。クレペリンは何度もやったせいか一般人に擬態可能だった。
ただ日頃から感じているのは「極端な先送り癖」「一つのことへの強い執着、執着がなくなった際の虚脱状態」「他者とのコミュニケーションが常にどこかおかしい」「だろう癖」などがある。当然仕事はうまくいかない。人より優れている部分はどこかにあるのだろう。だけど基本的な事務作業があまり得意ではないしミスも当然多い。確認のし忘れや「だろう」で済ませてしまうことで問題になることは多々ある。相手が確認したはずだろうから〆切まで何も言われなければそのままにしてしまったり、自分がしたいことしかできなかったり。怒られてもそれは改善しない。
思えば小学生時代から挙動がおかしかった。精神年齢は常に他の人より3つは下。
小学生のとき、バイクのプラモを部活動で作っていたことがある。そういう自由な部活だった。だけど結局1年かかってもバイクは完成しなかった。説明書も読んで家でも試行錯誤していたのに。いまならわかるけど、手先が不器用と言うより根本的な作り方を理解していなかったんだろう。接着剤の使い方や部品の管理が全く出来ていなかった。単純なことに気を配れない。自分がそうだと思ったこと以外が目に入っていない。
あらゆる場面で、説明を受けているのに何も理解せずに自分勝手で場当たり的な行動をして、他の人が間違いを教えてくれていた。健康診断では胸部エックス線の撮影のやり方がわからず一人だけ別行動をしていた。郵便の仕組みを学ぶ授業では自分で勝手に手順を変えようとしていた。どの学年においても人の話を聞いて行動した記憶が薄い。常に自分がやりたいことを自分の判断で行っていた。
中学生はThe挙動不審。はからずも部長になったときは本当に酷い状態だった。周りからの信頼を無くして逃げるように部を去った。図書委員にしても他校との定例会で大いびきで寝ていたり、文化祭では異様に張り切ってしまい周りをドン引きさせていた。学年からの評価は「将来大物になりそう」だった。
常にどうしようもない人生である。人より羞恥心が薄いというか客観で自分を捉えられないせいか、他者とのコミュニケーションはいつもおかしい。大人になってもコミュニティ内でのトラブルメーカーである。正論で人を攻撃し、逆に攻撃もされる。追い出され逃げ出したコミュニティは数知れない。
そんな感じがいまも続いている。これは正直どうしようもない。一時期は薬を処方して貰っていたが大した効果はなかった。診断が間違っていたのかもわからない。
こんな推敲もへったくれもない文章書いているのは、徹夜あけの気分を紛らわすためなんだけどね。
俺はこの先、どうしたらいいんだろうか。
私は絵を描くのが好きなオタクで、小学生のときから芸術家や漫画家、イラストレーターのようなクリエイティブ職が夢だった。
が、中学生のときに入った美術部で絵が上手い同級生たちや、SNSで年下や同い年で絵が上手い子などに対して一気に劣等感を抱き、その夢は諦めることになった。
それでも絵を描くこと自体は好きだったので、どれだけ下手くそでも部活は続けたし絵を描くことをやめなかった。というか勉強も最底辺で運動も全くできない自分には絵を描くことしかなかった。
ずっと絵を描くことを続けてたおかげか、高校生のころには周りの人より下手でも自分の絵が好きになった。でも絵で食べて行くことは全く考えておらず、進路は悩んだままであった。
高校生の時に転機があった。私は美術部を続けていたので、美術部には学校から美術やデザイン関連の依頼がくることが多かった。(チラシや学校の会報の表紙や挿絵など)
その中で、イラスト系の依頼は全く採用されなかったがある時自分のデザインが採用された。しかも大きい依頼だったようで表彰もされた。初めて自分自身が評価された気持ちになった。
確かに自分を表現することより、依頼を受けて作ることのほうが自分に向いている、これを仕事にしたいと感じた私は、デザイナーを目指すことにした。
デザイナーになれるなら専門学校でも良かったが、大学は卒業しておきなさいと親から言われたので、とりあえず美大を探すことにした。
県内に美大がなかった。実家から通える範囲でないと学費を出してもらえなかったため県内で探すしかなく今の大学に入ったが、大学は自分に合った学びをできたし、全然大学選びを間違えた気は一切しなかった。
就職活動をしなければいけない学年になったため、デザイナー志望で就活を始めた。自己PRや自分の作品にはもちろん自信があったし、自信満々でエントリーした。
まだ数社しかエントリーしていなかったが4月に入った時点での現状は申し込んだ全社書類落ちだった。面接にもたどり着けていない。
コロナ禍で求人や採用枠が減っているのか….はあまり気にしていない。
デザインを学んだとはいえ美大生でないから学歴フィルターで落とされたのか、はたまた履歴書の内容の薄さで落とされたのか、作品(ポートフォリオ)がダメだったのかはわからないが………
このまま内定がもらえなかったらどうしよう?という不安しかない。諦めて一般職に就こうにも勉強ができないのでSPIで落とされるし、デザイナーになれなかった自分の想像がつかない。一般職で楽しく働ける気がしない。
スクールではRuby、Ruby on Rails、HTML、CSS、JavaScriptとか。
5社受けて、書類選考は1社だけ落ちた。
4社のうち、3社は2次面接まで。
受けたのは、自社アプリ開発のスタートアップ企業と、中堅のメーカー系SIer。SESも受けた。
SESは落とされたが、アプリ開発企業と、大手のメーカー系SIerから、技術職での内定をもらえた。
Webベースのパッケージシステムの開発、設計、客対応、提案をやる(らしい)。
ただ、開発は一部は外注しているとか。
年収見込みは、大体500万ほど(初年度は多少低くなる)。
あと面接。
苦戦するかと思ったが、案外すんなり決まった。
ツイッターとかネットのブログでプログラミングスクール卒が結構叩かれてるけど、全然、そんなことなかったぞ?笑
30代の未経験でもエンジニアは採用しているとのこと(適性検査さえ通ればOK)。
なので、これからITエンジニアを目指したい人、諦めないで、めげないで、チャレンジして欲しい。
地方私文(1敗)
浪人(2敗)
コミュ障(3敗)
クソ雑魚国家資格は持ってるけどその資格を使う職には就きたくない(4敗)
競争が苦手(5敗)
そもそもやりたいことがない(6敗)
バイトリーダーじゃない(7敗)
3月はゼミの教授の言うことに従って資格関連の業界のES出してSPI受けて面接行ったけどさぁ、資格持ってても普通に意味ねえんだわ。やっぱ"人間力"よなぁ。5社受けて全部1次面接で落ちたわ。特に大企業ってわけでもないのにな。向いてないのはわかってんだから適性検査で弾いてくれや。
ゼミの教授にもキャリセンの職員にも〇〇さんはやればできる的な扱いされるけどさぁ、二十数年生きてきたら自分では分かる通り、やってこれやねんな。
そりゃこの地域では頭良い高校卒だし資格とかTOEICスコアとかまあそこそこ持ってるしGPAも高えのは確かだけど、そんなのマジでクソほども自慢にならんし、結局F欄やし、まずやればできる子は浪人なんかしねぇし3年の3月から就活始めたりもしねぇんよな。
分かってることは自己肯定感の低さとかやる気のなさとか自分の立場を踏まえてない冷笑的なスタンスとか自分自身の人生なのになぜか客観視してしまっていることとかで、それただの怠け癖のある社会不適合者なんよなーって。これが自己分析か?
自己肯定感の低さとかやる気のなさはまあ昔からなんで変えられないわな。
小中高と同じ部活やってたけどほぼほぼベンチだったんよな。まあ実際普通に下手だったんだろうけど、監督やらコーチやら同輩から決まって言われる「お前はやればできるのにな〜」というお言葉。
やってこれやねんな。
元々の能力値が低いんだよ。
まあ部活で言えば周りの自分と同じ状況の奴は必死になって監督にゴマすって試合に出ようとしてたけど。
それが「やる」ってことなんだろうかね〜とか、まず俗に言うエンジョイ勢だから試合出なくたって良いよなぁとか考えちゃってなんもせんかったな。
練習に監督が来たときだけ動きが1.5倍になる他の部員見てキモって思ってな。
そういうお前が一番キモいって話。それも分かってる(と言いながら多分分かっていないんだろう)。
「お前はもう少し媚びを売るようにしたら人生楽になると思うよ」っていつか友人に言われたな。
まあその通りだと思う。それすらも面倒くさいからやらんのやけど。
自己肯定感のなさは成功体験のなさ由縁とか言うけど、今のところ何したって成功って感じないしよく言われるたとえみたいに、朝起きれた偉い!とはならんのよな。
部活10年続けました!バイト3年間続けてます!←続けてるだけじゃん。惰性でしょ?
年間GPA4.0でした!←でもお前勉強してないしF欄じゃん?
資格一発合格しました!←特に本気になって取り組んだわけじゃないやん。クソ楽テスト受かって何になるの?
テストとかなら結果出て5秒間くらいは嬉しいけど、その後は自分にツッこまれて「ま、こんなもんだろうな」って気持ちになってしまうんよな。みんなそうかもしれないけれど。
こういうの見ると自虐風自慢というか、自己肯定感ないって言う割に自分のことを高評価しすぎてる奴に見えるかもしれないけど、そこんところはよくわからんのよな。
とまあ、話は逸れるわ就活には関係ないわ、クソみたいな駄文書いてる暇なんてねえんだし、とにかく考えたってどうにもならんのだから早く必死になれって話なんよな。
必死になれないのはクズだから。まず必死になるってなんなん?根性論じゃなくてやり方を教えてほしいんだよな。
まあでも、そんなすぐに人に頼ろうとするクズに就職先はありませーん。
どうしたらいいんだろう?わからん。誰か教えてくれ。
『どうやったら、人の話が分かるようになるのか?』
悩むねー。分かるわ。
普通の人ならねー。大卒や一般向けだと、野矢茂樹さんの論理トレーニング。戸田山先生の論文の教室。新井紀子先生のRSTテスト。ってので、ブラッシュアップされるかもなんだろうけれど。。難しいね。
人間によって頭脳の作りが異なっているので、言語機能から攻めるよりは、図解にすると理解しやすいとかあるし。基本的な三段論法とか起承転結みたいなのも、要点を四角□で囲って、を三つか四つ並べて矢印で結んで文の繋がりを考えてみるってことだよなあ。これは、冒頭で例を出した『野矢茂樹さん「論理トレーニング」』って本にもあるので。
コンサルなんかの本での例(安宅和人さんのイシューからはじめよ)だと、雲、雨、傘っていう『雲が出てきた(状況)』ので『雨が降りそう(判断・予測)』だと思い『傘を持って出かける(実行)』って流れを理解するって言うけど。
もう、ホントこれをやれば伸びるってのは分からないので、教えて欲しいところではあるよね。。
偏差値50前後で、知識が足りないとかなら。地道にやるには、漢字検定3級の問題集、小学生向けのコグトレ本(国語・算数)からでもいいかもって思ってる。僕も、たまにやってる。僕も、中学の国語の問題やってもつづかたかったな。
就活で使うような公務員試験やSPIの問題でも、方角と距離を文章から読み取らせる文章題、あるでしょ。ああいう単純なのから始めるとイイかもね。
心理カウンセリングを受けるにも、なんか、話せないとダメ出しされるから凹むしねぇ。WAISやらは、専門の医師やカウンセラーがいるメンタルクリニックへ行けばってやってもらえるはず。
だいぶ前になるが、21卒としての就活を終えた。
意外に就活の顛末を主観で書いた記事が無いなと感じていたので、今の就活こんなんやったで、というのを記録がてら共有したい。
もちろん、量産型(地方)文系大学生とはいえサンプル数1であり、むしろ大いに偏った人間な気もするので、そんなんじゃねーよという突っ込みや質問もたくさんほしい。
この時期自分は『就活はリクルート・マイナビ等の企業群が作り上げた虚構であり、滅ぼすべき邪悪』という思想を持っており、大枠は就活終了まで変わらず過ごすことになる。(就活を理由に4年生の初恋の相手に振られたことが切っ掛けかもしれないが、元から割とこういう思想をしていた)
それでも部活の先輩から「インターンは一応行っといたほうがええで」とのお言葉をいただき、一応就活らしい行動を始めることにする。
インターンは、企業名で検索して出てきた新卒採用ページからそのまま応募するか、リクナビ・マイナビ系のサイトに飛ばされてそこから応募する、という形がほとんど。
少し調べると、都心の学生は意識高く給料が出るようなインターンに参加し半年くらい切磋琢磨しているらしい。だが、田舎の大学生にはそんなこと土台無理なので早々に諦め、部活の合宿の都合も考慮して1day~1週間程度のインターンから見繕うことにした。地方の大学に居るだけで入れなくなる差別主義企業なんてこっちから願い下げじゃボケ、とか思ってたような気がする。
この程度の短いインターンだと優遇もクソもないらしいので、とりあえず交通費・宿泊費が出て、何となく入れたら面白そうだな~という企業に適当に応募。たまたま受かった2、3社に参加することに。
インフラの裏側を探検したり、アナウンサー体験をしたり、所有する不動産のスイートルームを見学したり、どれも会社のお金で見学ツアーみたいなことをさせてもらえてたのしかった(小学生)。同時にGD(グループディスカッション)みたいなことも延々やらされたが、どれも学生からマトモな案出ると思ってなさそうな内容ばかりで、ハナから"積極的に参加してる感"だけ適当に醸し出してたらまあまあ良い評価をもらえた。就活は茶番、という八つ当たりが確信に変わりつつあった。
研究で忙しくなり、現実逃避のためポケモン・あつ森に没頭し就活せず。普通の就活生は冬インターンに参加したり、外資・コンサル・マスコミ(民放)の本選考を受けている時期(らしい)。インターンに行った1社の本選考があり、一応受けるも余裕で落ちた。一か月人と喋っていない状態で面接を受けるのはやめたほうがいい。
3月の就活解禁から一か月以上遅れ、そろそろヤバいかもと重い腰を上げる。先に就活を終え就職した高校時代の友人(現役入学、自分は浪人)にアドバイスを貰い、とにかく数を出してみることに。業界を絞らず、適当に行けたらいいなという企業を片っ端からスプレッドシートに並べ、締め切りが近い順に心を無にしてESを投げまくった。ESの内容は一応部活と研究で頑張ったこと(いわゆるガクチカ)に加え、日経とES投稿サイトを検索して出てきたウケがよさそうなワードを散りばめることで、意識高い感じの文章を生成した(よかったのかはわからない)。書類はなんだかんだ半分くらい通り、その後面接一つ進むごとに半分落ち、また面接、という作業を延々とループさせていた。
印象的だった点は2つ。コロナへの対応と、Webテストの無意味っぷり。
コロナについては、各企業の採用担当者さんたちもかなり手探りだったようで、面接中も何を基準に選べばいいのか戸惑っているような雰囲気さえあった。自分はいわゆる大企業ばかり受けていたため(?)ほぼ全てリモートでの面接となったが、明らかに会社側の通信状況が悪く途切れ途切れのまま面接が終わったり(みん就を覗いたら阿鼻叫喚だった)、逆に3次面接が対面だったのに最終面接が急にリモートに変更になったりと、真剣に就活に向き合っていた人はかなり翻弄されてつらかったんじゃないかなと感じた。
2つ目はコロナと全然関係ないが、Webテスト(SPI-Web,玉手箱,TG-Web,CAB,GABみたいなやつ)がガチでしょうもなかった。これらのテスト、端的に言うと答えが出回っていて、その答えを見ながらポチポチするだけでだいたい切り抜けられるゴミみたいな仕組みになっている。先輩秘伝のexcelシートを貰う、とかならまだ良いほうで、なんか『自称リクルート社員を名乗る人物が売る有料回答集付きnote』みたいな魑魅魍魎が平気で跋扈しており、かつその怪しい有料excelシートで普通に答えられてしまう(らしい)。一応意味があるのは試験会場があるSPIのテストセンターくらい、といった有様。自分は答えは使わなかったが、そういう現状があってもなおこれらのテストが選考に使われ、また不正できないようにテスト制作会社側(リクルートキャリア・日本SHL・ヒューマネージ…etc)が改良するわけでも無い理由は、単にやってる感を出すためのプロダクトでしかないから、もしくは単に人事が無能だから、の二択しかないのではと思っている。
そんなこんなで、最初のほうは惨憺たる有様だった面接も回数を重ねるごとに徐々にマシになっていき、6月ごろに第一志望群に入れていた数社から内定をもらった。どれも一度も対面で面接せず、本社を直接見たことすらない企業で、コロナ渦っぽい就職活動だったな~と一瞬思ったがそんなことはどうでもよく、さっさとやめたかった就活を終えることにした。
インターンのところでも書いたが、就活関連サイトの記事(ワンキャリ・就活会議・外資就活とか)では、そもそも地方にいたら到底無理な行動が平気で求められおり、学生を煽って稼ぐゴミアフィサイトはよ死ね潰れろと思っていた、が、実際就活してみるとまともな企業であればその差はある程度認識してくれていて、むしろ地方ならしゃーない的なお目こぼしを得られることのほうが多かった気がする。逆にその下駄を履かせてもらえないのにアクセスの良さも活かせなかった今年の都心の就活生は大変な思いをしたのかもしれない。
よくわからないブラックっぽい企業から無差別爆撃のようなオファーが届くだけだった。優秀な学生にはいい企業からのオファーがあるのかもしれないが、そういう学生は更に高いレベルの企業を求めて普通に選考に応募してるだろうし、気休めの内定が得られる以外の意味はなさそう。そもそもいい企業ならオファーなんてしなくてもいい学生来るやろ。
就活をやればこの就活垢を作っている人たちの動機もわかるかも、と思っていたが最後まで分からなかった。twitterなんて就職にとってノイズでしかないと思うんだけどそうでもない空間があるんだろうか(実際外銀とかコンサル目指してた人にはまあまあ意味あったらしい)。
ちなみに「NNT」でtwitterやyoutubeを検索すると路頭に迷った就活生の亡骸を閲覧できる。自分がたまたま見かけたのは、何故か公園で小声で歌いながらリクルートスーツ姿で踊っている就活生の動画。その次の面接後の動画では、観覧車の中で自分を責めながら泣いていた。なんもかんもリクルートが悪いんや……。
便利とは不便になること。と父は言った。
ふくいのデータが消失した。おそらく、数人のミスだろう。と思いつつ、
笑っている場合じゃない。と父に連絡をした。
大手電器メーカーに勤めていた父と農家の娘の母の元に長女(兄私弟)として生を受け、
底辺と言われる工業系の高校を進学、壊滅的な5教科のテストの点数と比べ、
ハードウェア理論、ソフトウェア理論、ネットワーク理論の点数が良かった。
高校在学中に午前午後ある初級シスアドは、ITパスポートと名を変え、第1回でなんとか受かった。報酬金は1万だった。
東京から地方に拠点を作りたい!という計10人ほどのWEB制作会社に地方拠点の立ち上げスタッフとして新卒で就職、2012年当時からハングアウトにて朝礼を行っていた。
地方拠点には東京からの常駐スタッフが1人、同じく立ち上げスタッフとして就職したハローワークのWEBコースを受講した10歳上の女性と3人。彼女は英語がペラペラだった。
私は、1年ほどで嫌になって退社した。
市の臨時職員や、リゾバ、派遣、日雇いをしながら、2、3年ほどフラフラしていた。
稀にアップしていたBitBucketのソースが、たまたま誰かの目に止まり、大都会東京にやってきて3年ほどだろうか。
私がGITに初めて触れた当時は、非公開リポジトリはGitHubだと有料アカウントしか作れなくて、新卒で入社した制作会社にてBitBucketを使っていた。
誰もが知っている会社、大卒の就職したい会社ランキングに、ここ数年上位に入っている会社で働いている。
年収は同年代に比べたらもらっているほうだと思う。(独身の20代女性の平均値よりは幾分か高い。)
底辺だが、24,5の女が応用情報まで取得していることを珍しがられた。肩書きと時代に救われた。
その分の働きができているかは微妙で、関わりがあるシステム管理者にそのことを話すと、工学部の大卒でも受かんない子いるのにもってんの?、論理的に考えることできんの?とか悪い意味でびっくりされる。
大手電器メーカーで勤めていた父は田舎者にしては、珍しく物好きで、Linuxが家にあった。コマンドを打っていた姿が目に焼き付いている。パソコン通信を好んでしていたのだろう。電話を使ったらいけない時間が幼稚園の頃にあった。
小学校にはいると、ADSLが自宅に引かれ、インターネット、パソコンは私の身近なものだった。いま思うと当時ではかなり珍しかったと思う。なんせ田舎だったから。
つい最近知ったのだが、電器メーカーの前にどうやらしいたけの親会社で働いていたらしい。東南アジアかどっかへの海外転勤が嫌で辞めたとさ。ちなみに同じ底辺高校出身。
ビニールハウスをうんてい代わりにし遊び、ハウス内で飼っているハチに何度刺されたか。
いちごをメインにしていたので冬になるといちごで冷蔵庫がいっぱいになり、腐らせて捨てていた。
なんて贅沢なんだ。
いちごが食べたい。
同じ両親の元で育った兄はホテルで調理師を。10年ほど前の携帯電話を使い、AndroidスマフォとiPhone違いが分からない、兄である。
3G終了するから買い換える羽目になるよ。と何度か伝えてるが終わるまで使うとのこと。
弟は、県で1番頭の良い工業高校にスポーツ推薦で入学、ちゃっかり某電力会社に高卒で入社、姉から見ると賢いなぁ。要領いいなぁと思うよ。
日本から捨てらた土地の真逆の田舎で生まれ、底辺の高校を卒業し、リゾートバイトや派遣、日雇いという訳ありな底辺にいた。
スキー場から見る雲海は綺麗だったし、雪景色は、最高だった。沖縄の海も綺麗だった。温泉は大分が良かった。
ただただ、楽しかった。
要領も頭も悪いので、見合った働きはできていない。
ネットワークスペシャリストに2回落ちてから、高度の午前免除が消え、情報処理技術者試験とさよならした。
午後より午前が辛い。
環境という名の要因はあるけれど、自分がどんな豊かさを求めるかによるんじゃないか。
日本から捨てられた土地で生まれた彼女が上京して、予備校の教科書があれば東大にいけてた。といっていたけれど、
環境を手に入れたのだから学びなおして東大に行けばよかったのに。なにいってんだ
両親が子供である私たちに今の時代に大学まで行かせてあげるお金がなくてごめん。と1度だけ謝られたことがある。
母から子供が3人居なければなんとかなったかもしれないけど。とこっそり言われた。
兄や弟は知らないが、残念ながら私は、大学へ進学出来るほどの学力、要領を持ち合わせていない。
Twitterは、年々使いづらくなり、代わりを模索し、いまマストドンに引きこもっている。
wwwは、どんな未来を模索しているんだろう。どんな変化をしていくんだろう。この瞬間を懐かしく思う頃がくるのかな。
コロナで精神病んで、この2.3週間で、自殺した同級生が3人いるこの瞬間を。
東京は、遊ぶところが多くて、買い物も楽しくて、コーヒーも美味しくて、豊かで便利だけど、不便だなぁ。
ふるさと納税どこにしようかなぁ。
おすすめあったらおしえてちょ★
この度は、私が道具を揃えてまで自殺を試みたもののなんと今まで生きてしまってる話を簡潔に書こうと思う。
最初に警告しておくことがある。この記事には人並みなことしか書いていない。あなたにとって気休めになるかもしれないし、余計に腹立たしくなったり、「綺麗事だ」と鼻で笑う記事になるかもしれない。あなたがこの記事を見て、どう思っても私には責任は取れない。それは、私があなたと同じ人間でも、あなたとわたしで人が違うからである。
実際に起きてからそれ程時が経っていないので、もちろんフェイクマシマシである。学校は県内ですらない。
まず、私は度重なる世の中の理不尽や、何をしても上手くいかない自分に絶望している。これは今でも変わらない。
なぜそんな思いをしてるかは、適当に綴っていく。興味が無い人は、何となく記号が羅列しているところまで飛ばすと良い。
やりたくないし、理解も出来ない。
筆記試験対策(SPIと呼ばれているようで、要は計算が速くなるように鍛えなければいけないもの)なんて目も当てられない。
中学も高校もバカなままギリギリラインで卒業した私には苦行以外の何物でもなかった。
実技も酷いもので、文字通り落ちこぼれのまま前期を過ごしてきた。
そんな中、担任教師が考えたチームメンバーで課題をこなし、それを発表する機会があった。
今まで学んできたことを必死に駆使し、元からのサボり癖とも懸命に付き合い、自分なりに本気を出した。
それでも失敗した。私よりもっと大変な立場の他メンバーに私の負担を追わせてしまった。
それが申し訳なくて、自分の不甲斐なさが憎くて、私は発表が終わった途端に泣いてしまった。
そして、この後のことはあまり詳しく語れないが、そんな私に追い打ちがクリーンヒットしたのだ。
読んでくださった方はありがとうございます。
読み飛ばした方もこの先を読んでくれるのですから、ありがとうございます。
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まだまだ未成年の私だが、生きてきた中で一番の絶望だったのではないかと思う。
もう全てが憎かった。教師も、親も、友人も嫌いになった。
通学路にある川に身を投げようかとか、終電まで時間を潰してそこで死のうかとか、とにかく死ぬことを考えた。
しかし、人に迷惑をかけてはいけない。元から人に気を使いすぎる性格である故、ここでも何故かそこだけは脳が働きたすかった。しかしここからの考えが愚かだった。
頑丈な縄やベルトを持って、樹海で死ぬべきである。もしくは自室で死ぬべきである。
そう思った私は、何を思ったかまずは残される人達に少しでも呪いをかけたくて、遺書のようなものを書いた。
好きな曲をランダム再生して、紙の端に「Playing:曲の名前(アーティスト)」なんて書いていた。どこまで風評被害を広めたかったのだろうか。
百均に売ってるルーズリーフに、100円以下の青インクのボールペンで「ありがとう」とか、「大好きだよ」とか「ごめんね」なんて書いたが、用紙を追加するに重ねて
「死にたくない」「でもこれでやっと皆と会わずに済む」「嫌いで嫌いで気が狂いそう」なんて呪詛に早変わりしたのだ。
本当に、書いてるうちに自分が何を思っているのかわかってくる気がするのだ。
そのまま、何も残さずに消えてしまう。
考え直す余地もなく、一直線に死を迎える。
そういう人はもう誰にも救えないのである。例えその人の母でも、好きな人でも、絶対に救えないのだ。もし救えたのなら、その人は「もう遅い」時期には達していないのである。
人間は考えることを辞めると死ぬことを躊躇わなくなるのだと、思う。
あなたが自殺を考えているということは、なにか理由があるのだと思う。
それはもうどうしようもないことかもしれないし、まだ手の打ちようがある事態かもしれない。
それを私に推し量ったり、どうにかしたりすることは出来ない。
だから私が言えることだけを伝えておく。
まず、どんな手を使ってでも1500円貯めよう。
私はダ〇ソーで万年筆を買った。ルーズリーフはもとから学校で使うために買っているものだ。
そして、家に帰ったら遺書を書こう。
まず、とにかく自分に関わった人の名前を書いて、感謝の念を伝えたり、先に死ぬことを詫びよう。
ペットでもいい、数年前に別れた恋人でも、嫌いな担任にも嘘でいいから「ありがとうございます」と書こう。
憎い家族、上辺でしか付き合ってない友人、いいように使ってくるバイト先、話を聞いてくれない担任に呪詛を吐くのだ。
「これがメディアに出た時、痛手を受けるだろうなぁ」と思いながら思いを込めてペンを持つのだ。
次第に、「なぜそんなヤツらのために自分が死ななくてはいけないのか」と考えるようになってきたら、もう少しである。
もしここでそう思えなかったら、非常に悲しいことだが私にはあなたを救えない。時間を無駄にさせてしまい申し訳ない。
「なぜ死ぬのか」を、「死にたくない」に変換出来ないだろうか。
だって、本当に何故あなたが退かなくてはいけないのか、私にはわからない。
あなたがボロボロの身体と心に鞭を打ち戦う義務があるかも私にはわからない。
本当はそんなことはないのではないだろうか。
そう思えたら、もうあとは残りの1000円で近くのコンビニやスーパーで自分の好きな飲み物や食べ物を買おう。上手くいくと、少し贅沢しても7品くらい買える。
帰ってきたら、それを飲み、食べながらもう一度遺書を見よう。
闘志のようなものが湧いてこないだろうか。湧いてこないようなら、もう1000円追加して、ガ〇トの一番高いパフェを食べて見てほしい。決して回し者ではない。
闘志が湧いてきたら、まずは休もう。
学校にしろ、会社にしろ、居なくても良いが、ベストなのはあなたの信頼出来る人と一緒に電話をかけることだ。
それをわかってくれたら、あとはその人の指示に従って適度な休息をとることであなたは救われると思う。
問題なのは、あなたの苦しさを理解できないバカでクソでゴミカスな人種である。
もうそいつらは救いようがないバカである。死ぬべきはそいつらである。
もうこうなってしまった以上、非常に癪だがあなたも同じ土俵に立つと勝負ができる。
学校や会社に遺書を送り付けたり、拠点の前にばらまいたりして、できる限り遠くへ出掛けよう。
帰る頃には大騒ぎになっているはずである。なっていなかったらもうダメだ、それも私には救えない。
長々と書いてしまったが、とにかく贅沢をして闘志を沸かし、それを糧に敵に思い知らせてやることである。
あいつらは人の命をなんだと思っているのであろうか。あなたのたったひとつの命で倒産する恐れもあるのに、何をのほほんとしているのだろうか。
あなたの苦しみをなんだと思っているのだろうか。
それを解らせてやってほしい。
私は、戦う人も戦えない人も、戦う気がない人も全て応援します。
こんな私の長ったらしい文章を最後まで読んでくれたあなたには、まだ生きてほしいと思います。
見てくれてありがとうございます。