はてなキーワード: 失言とは
すげー僕が嫌味とか皮肉のつもりで言ったことを失言だ失言だと天下のラノベ天狗様にされてる。マスコミが政治家の失言を挙げ連ねる時の手法とあんまり変わらなすぎて笑う^^ / “今日の「最近のラノベ」+その他(2015-10-14) 「東…” http://t.co/SGXFFgUdgg— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 10月 15
@69hatena よし、おじさんはてなに通報して消させるという暴挙に出ちゃうぞ!Togetter なら自分のツイートを消すことができるけど、はてなならいちいち通報しないとアレだから、消しちゃうぞ。— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 10月 15
えーっとラノベ天狗さんをはてな上で通報させていただいた。2日連続粘着されたのではてなとツイッターそれぞれに通報しておきました。こちらがブロックして関わらないようにしているにも関わらず一方的に粘着されているから大変迷惑している。— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 10月 15
しかし、あのkanoseってのはなんなんだ。普段、俺をウォッチしないくせにラノベ天狗が僕を悪く言ってる記事はブクマしてたり、本物川が僕を悪く言った記事にもブクマしたり…あいつは一体何なんだ— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 10月 15
?えーと。ちょっと何言ってんのかわからない。なぜ他人にまとめられたらいちいち運営に通報して消してもらわなければならないような発言を繰り返すのだろう。精神構造が理解不能。
発作です https://t.co/g0ECHg1bJP— 大澤めぐみ (@kinky12x08) 2015, 10月 15
この度、ツイッターアカウントを移動することにしました。今のアカウントはマンガ家さんのみフォローをして、リプライ専用とする予定です。後日皆さんのフォローを外します。過去の記録は残しておきたいので消さないでおきます。
移動することに決めた理由は、疲れたから。有名人でもない、企業アカウントでもない、呟く義務なんてない一般人なのに、なんで好きで始めたツイッターで疲れてるんだろう。とバカらしくなったからです。
もともとあやかし緋扇を好きになって始めたツイッターなので、本当は最終回を迎えたあたりで潮時かなぁ…。とは思っていたんですけど。
なんというか、読者層が低いのが気になっていました。Sho-Comi読者歴10年以上ですが、いつの間に小中学生向けになったの…。読者層が低い=ファン層が低い=フォロワー層が低い。
誤解を承知で言うと、私、年下苦手なんですよ。特に、ネチケってナニソレ美味しいの?っていう非常識な人が特に。
もちろん年下でも礼儀がしっかりしている人もいるし、年上でも非常識な人もたくさんいます。でも圧倒的に多いんですよね、やっぱり。
何でいきなりタメ口?友達じゃないんだから年上年下関係なく最初は敬語じゃないのか。とか、何でフォロバを強要されなくちゃいけないのか。とか。こういうのはスルーさせていただきました。苦手なので。
上記の内容が理解できなかったり、何偉そうなこと言ってるんだよ。と思った方はそれで結構です。
もちろん常識があって、年下でも話していて楽しい人はたくさんいました。社会人になったからこそ、学生の人たちの生活を覗けるのは楽しかったです。だからこそ、その人たち以外の常識無い人たちにイライラするのなら、いっそのことやめてしまおうと思ったんです。
つーか単純にフォロー外せばいいのでは。と言われそうですが、このマンガファンの世界は母数が少なくて、横の繋がりが強く、なかなか踏み切れなかったんですよね。つまり私が臆病だっただけなんですけど。昔相互さんだったけど私から切った子とサマフェス会場で会ってしまった時の気まずさったらない(実話)
ここからは単なる愚痴となります。ここから先は自己責任でお願いします。苦情は受け付けません。
信者が嫌いだった。気持ち悪かった。ファンは好きだけど信者は気持ち悪かった。
作品の切り絵をしたりアクセサリーを作ったりするお前はどうなんだ。と聞こえてきそうですが、あれは私の、何か作るという趣味の延長線なので。一緒じゃねーか!と思われた方、正解です。結局私も外野から見たら信者なのでしょう。しかし私は作品のファンであって作者のファンじゃではない。ツイッターというSNSは、作者と読者の距離が近くなって、読者からしたら好きな作者とお近づきになれる!というのは大変うれしいことでしょう。某イケメン事務所のアイドル(公式サイト以外のSNS一切禁止)のファンをしている私からしたら信じられないことばかりでした。
その嬉しい反面、見たくないものが見えてしまう、見てしまったのもまた事実。
ある時、作者さんがツイッターで同業者の方と会話をしていた時にリプライで「今年は増刊の番外編の原稿があった"せい"で謝恩会に行けなかった。」と呟いていたのを見た時は本当にショックでした。
私はその番外編を心の底から楽しみにしていたし、倒れそうなほどハードな課題提出を、その番外編が読める!という気持ちだけで乗り切ったのに、作者さんは心ではそんな事思っていたのかと。
それからというもの、作者さんのネガティブ発言が気になりだしたら止まらなかった。マンガ家は楽な仕事ではないと頭では分かってはいても「進行がやばい」「身体の調子が悪い」「煮詰まっている」等々。見ていて楽しいものではないですよね。愚痴などを吐き出す場も必要だとは思うけど、一応有名人の、仮にも何万人とフォロワーを抱えて公式(?)のアカウントならば、ある程度考えてからツイートすべきだと思うのは、私の頭が堅いのでしょうか。愚痴を吐きたいのなら別アカに呟いてほしい、と思う私は心が狭いんでしょうか。
最近では、先述したのと同じようにリプライで「サマフェスで2日の"時間のロス"は"痛かった"。」と呟いているのを見た時は、もう苦笑いしか出てこなかった。
この人は失言をするタイプなのだと。言葉選びが下手なのだと。リプライとは言っても不特定多数が見られる場でも平気でそういうことを言えてしまう人なのだと改めて実感しました。
だからサマフェスで読者の人と会えて嬉しい。だなんて言葉はどこまで信じていいのか分からなくなりました。口では何とでも言えるとは正にこのこと。
作品は好き。作者さんも基本は好き。でも失言するから好きじゃない(矛盾)
このままいくと作品すら嫌いになってしまいそうなので少し離れて純粋に作品を楽しもうと思いました。と言っときながら本紙買うの止めちゃったんですけどね。単行本派になります。
私は某イケメン男性アイドルたちが好きで、そっちのジャンルからツイッターを始めたので、文化の違いなのかもしれないけど、作者の呟き全てに反応し、全てにリプライをするという行為が理解できず、苦手でした。私の好きなアイドルたちはブログやツイッターなど公式サイト以外での多数発信するSNSを一切禁止されているので、もしかしたら文化が違うだけなのかもしれないと何度も思った。もしかしたらマンガファン界隈では普通なのかもしれないし、某会いに行けるアイドルファンの人も全てにリプライしているのかもしれないと。自分の中の常識が他人の常識だとは限らないと。それでも私には理解できなかったので、アカウントを移してフォローを分けようと思ったのもあります。新しいアカウントではマンガ家さんは一切フォローしなければリプライだって目に入らないから。自分勝手ですね。でも普通に会話している分には本当に楽しかったんです。
今まで散々作者さんと濁して言ってきましたが、分かる人には分かっちゃいますかね。私が好きな作者さんって数人に限られていてなおかつSNSをしている人…。となればおのずと分かっちゃいますかね。分からない人は分からないままでいてください。
サマフェスの時はあんなに楽しそうにしてたのに…。と思う方もいるかもしれませんが、先ほど言ったアレです。「口では何とでも言える。」
今までの様々な引っかかりが蓄積してこんな長々と書いていますが、根本は好きなんですよ。サマフェスは本当に楽しくて、あぁやっぱり好きだなぁ。過去の失言も私の中で無かったことに出来るかもなぁ。と思っていた矢先の「サマフェスで2日の"時間のロス"は"痛かった"。」だから、もう期待するのは止めようと思ったのです。根本は好きなんですけどね(2回目)だからそのうち何事も無かったかのようにリプを送ることでしょう。(根本は略)
以前ある人に「マンガ家と読者はある程度距離があった方がいい」と言われたことがありました。その時はピンとこなかったのですが、今思えば本当にその通りだなと。
進行がやばいだとかつらいだとか大変だとか、読者には関係ないことだし、正直そんな裏側の事情なんて見たくないと思いました。
だって本編を読んで「この時、月生産〇ページだって言ってたなー大変だったんだなー。」なんて背景はいらない情報でしょう。本編の邪魔でしょう。
考え方は人それぞれでしょう。人の価値観も人それぞれ。この文章を読んでどんな感想を持っていただいてもかまいません。批判の意見があってもかまいません。私はただ、吐き出すためにこの匿名ダイアリーを利用させていただきました。全然匿名ではないけどな。
新しいアカウントは鍵をつけてひっそり続けようと思います。勘違いしないでほしいのは、作者さんも作品も、根本は好きだということです。
当時付き合っていた人と別れた後、心の隙間を埋めてくれた作品には感謝しているし、課題提出前の追い込みの際に1日3時間睡眠で2週間を過ごした日々を支えたのは、提出したら番外編が読める、ということでした。
感謝することはたくさんあるのです。だから作者さんも作品も嫌いになってしまう前に距離感を考え直します。
こんなひねくれた奴でもいいという方は新しいアカウントを見つけたらフォローしていただけると嬉しいです。マンガのことを話すのは楽しかったです。これは心の底から。
今のアカウントはリムブロしていただいてかまいません。呟くこともほとんどなくなることでしょう。またどこかで会いましょう。それでは皆さん良いSNS活用生活を。
とある作品の二次創作小説を書いていた女の子が、心臓の病気で、その女の子の妹が姉の運営している小説ブログを知っていて、 そのブログのパスワードも知っていて、勝手にログインして病気の状態を伝えたり、幼馴染で元カレの男の子が同じくブログもパスワードも知っていて勝手にログインして、その女の子はピュアなんだから変な知識(R系)を吹き込まないでくれ。と言ったり、荒らしにあったときに第三者がIPアドレスがその女の子の家の近くだったとかで、実は友達がサイトを知っていて荒らしただとか、病気が悪化して、入院して体力が落ちて文章が打てなくなったから妹に口頭で伝えて代筆してもらって小説をアップしただとか、作曲できるけど入院してるから妹に譜面に起こしてもらって演奏してもらった、だとか。
っていうような出来事を今でも事実だと信じて疑わない信者が気持ち悪くて怖いです。
マンガの二次創作小説ブログを妹と幼馴染兼元カレとリア友に知られてて、更に妹と幼馴染にパスワードが知られててログ拾い放題とか、恥ずかしすぎて死ねるけど……???
女の子のサイトが荒らされた際に、一番の信者(笑)が「荒らすなら自分のところに来い!」と完全第三者なのにしゃしゃってたのは腹抱えて笑いました。第三者が荒らしを相手にしたらその人もある意味荒らしだと思うんですけどね。勝手にIPアドレスを調べたら女の子の家の近くだったとかで、その事実が発覚したのちに「荒らしたのは友人だった」と言い出した時は更に腹抱えて笑いました。
愛の反対は無関心だというけれど、愛があるのかと言われたら、あったのかもしれない。だって見てて面白かったから。ソレ何て名前のケータイ小説?という設定を繰り広げる女の子も、その設定をまるっと信じる信者(笑)たちも見ていて腹抱えるほど面白かったから。落ち込んだ時など大変お世話になりました(?)
なんでこのことを今更書いたかというと、ただただいまだに信じている信者(笑)が気持ち悪くて、ネット上の嘘と本当の見分けがつかない人が怖いからです。サヨナラしたかったからです。
「本当にあのケータイ小説みたいな設定をまるっと信じているんですか?」と。
4500文字書いてた。暇人か。
前から言ってるけど、ホリエモンに絡んで失言させたい・言い負かしたいバカややり取り巻きの発言に価値はないよ。堀江さんに価値がある訳じゃないが、悪意と勝ち負けだけで動いてる人にはもっと価値がない
だから、悪意と勝ち負けの塊である本物川や彼らのお友達のネトフェミ達の発言にはなんの価値もない!
あんまりまともなフェミを見たことがないからフェミ論の人が扇動してワーワー言ってる案件は「はいはい、ご察しご察し」と思う部分はある。なんだろう。仮に良くないことであっても、彼女らと一緒になってワーワー批判すると際限なく彼女らをのさばらせるから内心さんどうしても賛同すべきじゃないかな
フェミはテレビ局のセクハラ映像やタイトルがエロい番組に怒るよりも、こっちにキレた方がいいんじゃないの?これ、聞けば聞くほど「堀北が逃げも隠れもできないから泣く泣く結婚した」みたいに聞こえてしゃーない。
ただ、フェミって表面上のことにしかこだわれないバカが傾倒する思想…としてフェミをしている人が9割だから、きっと本当にフェミに抗議して欲しい、フェミが言えば説得力のあるであろう仕事はこれからもなされないんだろうなぁ…。もう諦めてるけど。
中村さんの言い方はわかりにくいけど、一応考えてることはまともっぽい。…問題はこういうめんどくさい案件にさわってしまったことか。どっちについてもいちいち噛み付きそうなアホがいる案件だけに直接のコメントは損…という印象はあるかな
会うとまとも△面と向かって人におかしい言える人がそんなにいない○…オフ会で「思ったより良い人そう」と言われたことを書く人がいるけど、みんながみんなネットの中にいる時みたいに「あいつキチガイだろ」という言い方はできないだけだと思ってる(つ∀-)
実際にパクリなのかどうかと言われるとパクリではないよね。似せたとかなんとか言われるならともかく、パクリという言い方をしちゃったことが引くに引けなくなっちゃった原因じゃない?
深夜食堂とかワカコ飯的なジャンルのものじゃん…。女くどき飯とは別物だし、パクリと言っちゃうのもちょっとなぁ…。
あんまり言いたくないけど、パクられるほど女くどき飯ってそんなにブームしたの?いや、経験豊富キャラの峰なゆかさんですらぐるなびに6回分しかネタを書いてないようなモノをそこら編の人がパクれるほど敷居の低いお題なの?もっと言うと、峰なゆかは本当にキャラ通りその手のネタを持ってるの?本人はGTOと比較してますが、タイトルとあらすじ(コンセプト)がGTOほど奇抜だったり、パクリようがないものを扱ってるかというとそれは違いますよね…。○○飯も女の子がごはん食べる系のマンガも別にありふれたテーマですし。女が飯食うマンガよりも男が飯食ってぼやくマンガのほうが最近は少ないから孤独のグルメのほうが女くどき飯よりもずっと大きな発明だと思ってる。(いや、みんなそう思ってるから商業化した時の展開が全然違ったわけで…)
そもそも論を言うと、パクリパクリと言う時と「簡単にパクれるもの」を扱ってると思われるから損だよなぁ…。参入障壁があるもの、技術が必要なものはパクられたところで勝てるし、そもそもパクること自体が難しいからね…。まして、安価版も必要になる製造業や食料ならともかく創作物の下位互換はゴミ。いやさ、うちなんて誰もやってないことをやろうとしてるのは川崎のスポット紹介ぐらいで、フリゲも時事ネタも躁うつ病体験記も全部先発・後発ともにいますよ…。ただ、その人らに勝てばいいし、パクられたとて足を引っ張られたことにこそなれど、その人はコピーなんだから負けることはないんだよなぁ。
だいたい愛着を持たれてる作品ならファンが「○○と似てる」「○○のパクリ」「○○の影響を受けている作品」「まるで○○さんみたいなことを言う」と言うんですよ。オリジナリティってそういうものだということがわからない人の発言を見るとなんかしんどい
僕もはてなブックマークでは「失言王」扱いですが、彼女もなかなかすごいようだ…面白そうだからじっくり見ていこう
この定義で行くと「貧乳好き・バカっぽいところがかわいい・一途で盲目な乙女さがかわいい・背が低い女性が棚の上のものが取れなくて背伸びするのがかわいい」辺りもロリコンに入りますなぁ…恐ろしい恐ろしい
完全に別概念ですな/今、「あなたがモテないのはあなたが(女の子から見て)気持ち悪いからです」と断言する本を選んでるんだが、気持ち悪いの基準がこんだけ論理破綻してる女性とはちょっと関わりたくないなぁ…
モテ本を読んで僕が「この本は目的を成し遂げるためには正しいけど、目的を成し遂げた先にあるのは本質論や客観性がない地獄のような世界だ」と途方に暮れてる様子をそっくりそのまま言葉にしたのが「峰なゆかさんの定義するロリコン」なんだよなぁ…。男も男で主観的な人いるが主観への依存度が違う
テレビゲームから囲碁・将棋みたいなボードゲーム、あるいはもっと広義な理数系科目全般でも良いんだけど、基本的に男のほうが数量化・客観的なルールのあるゲームが得意なんですよ。だから優れてるとは言わないけど、少なくともルールとプレイの関係がキッチリしてるからわかりやすいよね…だが、悲しいかな。人は童貞として生まれてくるし、性欲があって、メンツがあって、承認されたいから童貞をこじらせる卒業もしたくなるものなんだよ…(ただ言いたかっただけ)
だから、女性的な「(何をしたとか、スペックがどうこうよりもまずは、)キモチ悪い」が基準になってるものは理由が説明しにくいし、それがルールの基準になったら、それを攻略するための対策や傾向を見つけるのが大変なんだよね…。そこに対する恐ろしさを男で気づいてる人がどんだけいるかという話。
しかも、なゆかさんとかフェミがかった人って「女性の主観的な価値観で動いてる部分」を問題視もしなきゃ、ヘタすると主観を正当化するためのゲームとしてしか論理を使おうとしないところがあるからこわいなぁ〜って思ってるわけ。男にもそういう人はいるし、男でもそういう人なら嫌いだけどさ。
僕のフェミ嫌いはフェミを突き詰めていった時に出てくる「主観的な感情を果たすためなら言葉もジェンダーも態度も何もかもを相手を叩く道具に使っていいし、ダブルスタンダードになってもいい」と思ってる一部のクズに対する反感なんだよね…僕の人生には女性の、特にフェミが多いんよ。傾向的に。この話、おしまい。なんかズルズルと体が自分の意図しない方に引きずられていくのを感じるからやめる
範囲攻撃を範囲攻撃で返すようで恐縮なんだけど、なんで元AV女優の作家と元AV監督の作家の人気がある人達は両成敗で読者をバカだ臆病だロリコンだ全身無印・全身ユニクロだと簡単に罵り倒せるし、言葉もすごくざっくりしてるくせにドヤ顔なの?あの界隈は「俺様正しい」でできてるの?と困惑してる。はあちゅうとか古市みたいにイメージ戦略を大事にする人はライトな信者とディープな信者と媒体を分けてネタを提供するようにしてるからなぁ…。誰も彼もやなゆかさんみたくノーガードで戦えるタフガイ(?)じゃないのよ。少し前は戦わない人・ホンネを言わない人は信用できなかったけど、本当に伸びてる人はホンネを言うところをゾーニングしてるだけで言ってないわけじゃない。そういう人の方がアンチがいてもリア充っぽく見えるんだよね。まぁ、主にはあちゅうと古市のことですけどねw
嫌いな相手はなんでもkanoseか本物川界隈かフェミ界隈に入れて区別なく叩く雑な話しか出来ないのに自分ではあたまいいと思ってるのが気の毒
こんな時代だと有名人になるリスクが大きすぎて「芸能人になりたい」とか「有名人になりたい」なんて言う奴の気が知れない。
下手したらテレビでインタビューに答えただけで画像は永久にネット上に残り、SNS上で特定され、
過去に行ったことが露わにされ、有る事無い事書き込まれて人生が終了する。
売れっ子芸能人になれば給与面でネガティブ面をカバーできるのかもしれないけど、
そこまで行き着けるなんて稀だし、そうなったとしてもたった一言の失言で総叩きにあい人生が終了する。
膨大な金が稼げる売れっ子芸能人になること以外で有名になるのは、どう考えてもデメリット面が大きいと思う。
有名人になりたければ、一点の曇りもない完璧な生き方をして絶対に叩かれないようにするしかないけど、そんなの無理。
完璧なら完璧で「鼻につく」「いい人ぶってる」とか叩かれるだろうし。
したい仕事をして、その結果評価されて有名になっても、その先にあるのは見ず知らずの人に叩かれ続ける人生だ。
叩かれても無視すればいいのだろうけど、何万人という人に批判されて正常な気持ちで居られるのってさすがに難しいと思う。
女は生理があるため精神状態にムラがあり、また出産があるため長期の重労働に向かない。これは普遍的な事実であり、このことによってキャリア的な面で男女平等は原理的に難しい。
女が社会進出したければ男と同じフィールドで戦うだけの犠牲を払わなければならない。女性としての幸せを取るか、キャリアを取るか。女性は二十歳を過ぎたばかりの就職活動時からこのような人生選択を迫られる。このような現実があり、実際には男女平等が無理だなんてことは誰の目にも明らかで、みんなそう思っている。女が扱いにくいことなんて、暗黙の了解なのだ。
しかしこの暗黙の了解は暗黙にとどめておくべきという風潮がある。「女は扱いにくい」という誰もが思っていることを言うと問題になる。差別問題と同じだ。「黒人はゴリラに似てる」ってみんなが思っていても、それを口に出すと人種差別になる。事実を口に出すのはこの社会では好まれない。
※ウンコを漏らした話ではないです。
やっちまいました、お酒で記憶をスコーンと無くしちゃいました。
Xデーから数日経って、ジワジワ「覚えてないけど私、あの時絶対ひどかった」と精神的冷や汗がとんでもないことになっているので、心を整えるため投下させてください。
ネットで知り合った年上のおねいさんと「飲もう!」ということになり、夕刻一軒目に突入。
初対面プレッシャーと「うわーい楽しいなー」テンションで、ビールとワインをがぶ飲みし、正直もうそこで何を喋ったのか記憶を無くしてしまったのです。
おそらくここで時間は19時ぐらい。
「次の店行きましょう!!!!」となって、その店にどうやってたどり着いたのか、なぜその店なのかも覚えていない。
下ネタを連発したのは覚えている。
そして「帰ろう」ってなった経緯は忘れている。
お会計もどうしたのか忘れている。
帰る前に某ディスカウントショップに寄ったのは覚えている。
どうやっておねいさんと別れたのかは忘れている。
女性トイレに腰をおろして15分ぐらい寝たのは覚えているが、そのトイレにどうやって辿り着いたのかは忘れている。
コンビニで派手に転んで顔面を強打したのは覚えているが、その後電車にどう乗ったのかは忘れている。
電車に乗って、おねいさんにメールしたのは覚えているけど、自分の悪行はこの時点で忘れているからかなり脳天気な内容だった。
翌日、返信があってリメールをしたがそれに対する返信はない。
時間は戻せないし、何をやったか覚えてないし、どうしようもないけど、どうしようもないからこそ頭を抱えちゃっているわけです。
不安なのは、おねいさんに失言していないかということとお金の件。
謝りたいけど、逆の立場になったとしたらもう、今後会わない方向でFOですな。
でも絶対やらかしてはいるんだから、数日経った今の気持ちだけでもちょっとメールした方がいいんじゃないの?
いやいや、謝りたいってのは私が精神的に楽になりたいからなんじゃない?
でもそう思うのは、根底に事なかれ主義的な考えがあるから……(以下略
あーーーーーモヤモヤしっぱなし!
おねいさんとの関係にくい下がりたいのは事実なんでしょうが、それって迷惑よね……と落ち込んでいるのです。
まさか恋?ってことはないですけど、ちょっと好きな女の子にしでかしちゃった感はあるのかもしれないですな。いやぁ……困った。
もし、何かの折におねいさんにまた会うことができたら深ーーーーーーく謝って、お酒は3杯目ぐらいでやめて、飲み代は私がお支払いしたい。
というのが現在の考えなのですが、こちらから連絡を取ったほうがいいのかしら?
むむむ……
■追記
誰も読んでないかもしれないですが。
みなさんのコメントに後押しされ「南無三!」と思いつつメールをしたら「ちょっとだけ多く払っただけだよ」という大人な返信が来ました。
勇気を出して連絡してよかったです、ありがとうございます。
ちなみにスコーンみたいなウンコはしてないですが、トイレで静かにリバースし(これは覚えてた)
どうでもいいですね。
ここまで変な奴が次から次へと押し寄せてくるのは、本人のせいでもあるんだろうけれど、それ以上に「こいつは適当に扱っても良い」という変なコンセンサスが出来上がり始めてる兆候だとしか思えない。
自衛のためにも青二才は、自分が臨まぬ話題を降ってくる奴に対しては会話せずにブロックしていく、で良いと思うぞ。
現在と未来の青二才こと三沢文也さんへ - 私は流行、あなたは世間
こうやってちょっと見知った程度で知ったような口調で自分語りを初めて、その経験を相手に押し付けようとするのって何なの。善意のつもりなの?余計なお世話。ちょっと検索すれば青二才が散々ネットの振る舞いのおかしさから自己愛性人格障害だの境界性人格障害だのなんだのと言われて苦しんで、そのあとナースの手引で専門医の診断を受けて発達障害および躁うつ病だという診断をうけたことくらいわかる。長々とした記事を書く暇があったらまずちゃんと調べろ。
そういう手間を惜しんでる時点で、誠意が感じられないんだよ。
@filmstar75 専門知識もなく人格障害呼ばわりする人は僕が躁うつ病という診断結果をもらう以前からいっぱいいましたが、それはあたってません。差別的にそういった見解を振りかざされることに大変迷惑しています。— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
@tm2501 ああ、有難うございます。エントリ読まれたのですね。非常に失礼な質問をしますので、お気に障ったならブロックして下さい。「あたってません」と断言される根拠はどこにおありですか? あと確かに「人格障害」という言葉は「差別的」な響きがするので、私自身実は使いたくないのです— Filmstar(めぼし影星) (@filmstar75) 2015, 6月 21
これだけ不愉快な思いを率直に伝えてるのに迷惑だったらブロックしてくださいねと言いながらも話しかける図々しさがまず理解できない。
@tm2501 そうなんですね。私も実は境界性人格障害ではないかという疑いを抱いていて、医師や知人からは「いや発達障碍であってそのケはないよ」と言われたのですよ。ですが、自分は境界性人格障害だと考えた方が生きやすいのです。ひとつの尺度として、そんな視点も取り入れた方がいいかと……— Filmstar(めぼし影星) (@filmstar75) 2015, 6月 21
@tm2501 有難うございます。まあ、三沢さんがそれで生きていけるというのであればいいのですが(定型発達者であっても心の何処かは病んでいる、という極論も成り立ちますし)、私からしてみれば今の三沢さんはかなり苦しい立場に追い込まれているように思われたので、お節介を焼いたという……— Filmstar(めぼし影星) (@filmstar75) 2015, 6月 21
@filmstar75 多くフォロワーを抱え、人気のブログを運営するということはこうした窮地はつきものだと思ってます。もちろん、私自身の最近のマイナス思考・卑屈さが彼らに付け入る隙を与えたのは認めますが、基本的には「ネットにいれば、抱えうるトラブル」と言う認識です。— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
あまり言いたくないけど、僕が失言をしたというよりも、僕が書いたことに対して、自分と言うバイアスを掛けていいの悪いのと騒いでるだけの人が多すぎる。もしくは連綿と書き連ねたはずのものから1ツイートだけを抜き出して叩く流れがね— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
@filmstar75 本物川氏は悪く無いといった口ぶりなら私はもう話すことはありません。いかがでしょうか?— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
@filmstar75 では、今の私が聞けぬのは私が未熟ゆえと…そう仰りたいのでしょうか— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
@tm2501 @filmstar75 10;横から失礼します10;本人にも周囲にも多大な被害を与える典型的なBPDは少数派で、むしろ、診断上微妙なラインでマイルドなBPD的要素を持っている、というタイプの方が多いそうです10;いずれにしても、自覚出来るかが一番の予後改善因子だと思いますよ— Hilenn@充電期間 (@Hilenn) 2015, 6月 21
@Hilenn @filmstar75 傾向ぐらいならまだ認めないでもないですが、今回の場合、いきなり朝っぱらからネットで言及したのなんのと書いてきたと思ったら、ヤれお前は人格障害だ、ヤれ今の君にはわからない、ヤれ未来の君に語ってるですからね…怒らせる気でしてるとしか思えません— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
@filmstar75 痛みなど客観視こともできないので、言い張るだけ無意味でしょうが自分の人生があきらめと敗戦処理だと感じるほどの相当な痛い目に遭ってますけどね…。それで「君は痛い目を見てないからわからない。未熟だ」とおっしゃるわけですから人に物を話す態度ではないでしょう— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
正しいか間違ってるかの問題じゃないと僕に説教がましく炎上してるさいに行ってきたのに、炎上した後にやってきた人がこれが正しいのだ。言い方はどうでもいいんだと言う態度でやってくることにいつもいつも「あ、この人僕と同じかそれ以上に自分が見えてないんだ」と感じる次第— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
私に言わせれば、資質も論理も言い回しも全部「お前が気に食わない」というためだけにやってる人をいっぱいみかける。だから、そういったものに対する信用がないし、そういったものに騙されて私の旗色次第で「アイツは抜けたやつだった」と後出しジャンケンしたりする人がいて信用ならない(実際いた— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
@tm2501 いや「痛い目を『全く』見てない」とは言いませんよ。三沢さんの生きづらさに関しては、私も繰り返しますが発達障碍者なので共感するところも大です。応援したいとも思ってますよ。ただ、今の三沢さんの生きづらさを客観視しラクになる中に「人格障害」という目指しを組み入れては、と— Filmstar(めぼし影星) (@filmstar75) 2015, 6月 21
@Hilenn @tm2501 ああ、有難うございます。そういうものなんですね。リプライが後手に回ってしまって申し訳ありません。私の場合マイルドなのかなあ……(あくまで「私の場合」)。ネットで本当に炎上を繰り返して来た痛い過去があるので、この年齢になってもその自覚は消えないですね— Filmstar(めぼし影星) (@filmstar75) 2015, 6月 21
@filmstar75 私の母はあなたのためと言いながら、発達障害の人間が最も嫌がることを25年間繰り返し、高校時代にはもうすでに抑うつ傾向にあって精神が壊れそうだった体験をし、そこから5年、地面を這うように生きてきましたが再び病みました。それが私の答えです— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
@tm2501 私は三十三歳という、人生をやり直すには遅過ぎる年齢で「発達障碍」だと自覚しました。今でも底辺を這いずり回っています。事情通なら三沢さんに向けて申し上げていることは全て「お前が言うな」で片づけられることなんだろうと思うんです。ですのでアドヴァンテージは全然ありません— Filmstar(めぼし影星) (@filmstar75) 2015, 6月 21
医者がそういった記事を書いてる事をリンクを張った事について読まなかったのか…。この人にかぎらず、こういった書き込みが多いから「あんたら、本当にこっちが書いたものを読んでるのか?」感。 https://t.co/cNqfPA1Vx3— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
君みたいな反応をする奴がいるからこの記事は書いてから公開しようか1ヶ月ぐらい保留にしてたんだわ…。で、保留にしてた時に「1ヶ月のうちに治すだろ」と思って予約投稿設定にしてたら出たわけでして…あ、返事とかいらないからミュートにするわ https://t.co/8VzWIjjFzA— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
君のような人に悪口を書くことしかできぬような人格的なクズがネットの居心地を悪くしてるのに、クズに怯えろとクズの存在を正当化しないでいただきたい。まぁ、クズであることを貫いている点いかにもそれらしい発言だが https://t.co/6qOsIrhUwY— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
「凡人から優しさを取ったら何が残る」と述べたmebaeさんは優しい人だ。だって、僕と違って優しさが人から取り除けるプラスの何かだと考えてる。根本的にズレてる人が優しさだ、あなたのためだということの迷惑さにmebaeさんは触れてないからね。優しさなんて性質でしかないと思う人と違って— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
私は今回の体験でもっと積極的に人払いしないといけないと思ったから、ガンガン人払いしていく。話の取っ掛かりからして「これは駄目だ」と思えば、話すだけ話すけど聞かないし、私につきまとうしかない人についてはブロックかミュートにしていく。必要なことだ— 三沢文也@2級世捨て人男子 (@tm2501) 2015, 6月 21
https://t.co/RU8KLintq5 10;三沢君は「頭が悪い」し本物川氏が彼の無礼な態度に怒り「ぶん殴る」のは当然の事ではあるが、それでもその周辺の発言には実に不愉快な物、胸糞が悪くなるものが多かったのでまあ頑張れ。君の反省を求めるのも無理っぽいから前向きにやれとしか。— maximam357@三十路茄子 (@maximam357) 2015, 6月 16
実に不愉快千万だった点その1。「此れは本来彼の他者に対する礼儀の欠如や他者に対する不遜な態度、見方に関する問題である」、にもかかわらずそれを、「彼がマジョリティの逆鱗に触れてもそれを理解できない点が問題」「論者としての本物川氏と三沢君の能力の圧倒的な強弱の差」に還元する類の— maximam357@三十路茄子 (@maximam357) 2015, 6月 16
発言が散見された事は実に「不快」としか言いようが無い。詰まる所この姿勢は「三沢君の悪意無き他者への不遜な蔑視」と「何一つ変わる事の無い傲慢で不遜な姿勢・考え方」であるからだが。— maximam357@三十路茄子 (@maximam357) 2015, 6月 16
実に不愉快千万だった点その2。にも拘らず、「三沢君に制裁を加える」と言う意味において、彼をシバキ回している本物川氏御当人はさて置き、他の論者がそうした「論点の看過しがたいズレ」に対してなんら気を留めることなくむしろ「三沢君の欠損を強調する意味において追認した事」。これは実に筋が違— maximam357@三十路茄子 (@maximam357) 2015, 6月 16
う話ではないか。そうしたズレ・見方を放置する事は結果的に「彼の傲慢」自体は容認しつつ単に「彼が頭が悪く、鈍感で学習能力が低い」=劣った個体であるから叩く、という話にはならないのか。彼に「倫理的非違」を認めて批判する事は間違っては無いが「彼が弱いから叩く」のであれば醜悪だ、と言う事— maximam357@三十路茄子 (@maximam357) 2015, 6月 16
同じような不遜や傲慢を「もっと口が旨く議論が達者な人間が言ったなら」「同じようには叩かない」と言うならば、そうした姿勢は「全く評価するに値しない」どころか「下劣」以外の何物でもあるまい。— maximam357@三十路茄子 (@maximam357) 2015, 6月 16
その点非常に「不愉快でけった糞悪かった」のでとりあえず書いておく。あらゆる意味で碌でもない(嘲)— maximam357@三十路茄子 (@maximam357) 2015, 6月 16
この話題は本当にすべてがムカつく(御下品な表現)馬鹿は馬鹿でしょうがないがその反対側にもある種の同調圧力っぽい空気が在ってそれも無茶苦茶に不愉快だ。— maximam357@三十路茄子 (@maximam357) 2015, 6月 16
よくぞ言ってくれた。モヤモヤしてたけど俺もこれが言いたかった。
人によって感覚が違うから俺の見方が正しいというつもりはないが、
とにかく俺は青二才より青二才を晒しものにして楽しんでるやつらの発言の方が不愉快だ。
俺から見ると青二才はすんごいバカだ。だけど青二才はただ頭が悪いだけだ。
深く関わってないからそう思うだけかもしれないけどそんなに嫌なやつという印象は受けない。
時々頓珍漢な発言をしてたり気持ち悪い発言をしてたりなんといっても頭が悪いから
友達になってくれって言われたら断るし話しかけられ無い限りは相手にしたくないけどそこまで悪だとは思わない。
ただバカだなって思うだけだ。
ただこっちには寄ってこないでほしいな、俺の好きなものには関わらないで欲しいな、視界の外にいてほしいなと思うだけだ。
相手にしなければいい。
だけど青二才を攻撃してる奴は青二才とくらべてたちが悪い。ほんと胸糞悪い。
逐一発言をチェックして失言をしたら仲間内でRTで共有しあって嗤いものにしたり。
自分より劣った人間を晒しものにして笑いものにしようというしょうもない人間性とどす黒い魂胆が透けて見える。
青二才はただのバカなんだから相手にしなければいいのにわざわざちょっかいを出す。
青二才が馬鹿な発言をしたら、そういうことを言っちゃダメですよって一言言えばいいだけなのにいきなり死ねばいいのに、と攻撃する。
青二才がつまらないことや間違っていることを言ってるなら、それをただ指摘すればいい。
それ以上のことをやるやつは、青二才を侮って、相手を自分の好きなようにいじくって楽しみを得ようとしてる。
青二才のことを馬鹿だと思うなら、馬鹿でもちゃんと会話できるようにこっちが譲ってやるべきなのに
青二才に関わる理由がそれを諫めることでも青二才の馬鹿さを心配してのことでもなく最初からそれを笑いものにしようというものになっている。
最初からおちょくるつもりで接しておいて、それを青二才が嫌がるのは当たり前なのに、
相手が自分の思った通りに踊ってくれなかったら急に真顔になって正論で追い詰めマウンティングしようとする。
こんなのどう考えてもいじめっ子の発想だが。
青二才の頭の悪さや馬鹿さを笑うなとは言わないが、笑うなら青二才の見えないところでやれよ。
目の前でこれみよがしに馬鹿にしておいて怒るなネタだろうって押し付けるのは人間として胸糞悪いだろうが。
ただの馬鹿と、ちょっとくらい頭が良くても胸糞悪いやつだったらまだ青二才の方がマシだよ。
青二才の人格がダメってさんざん騒いでる奴いたが、まず青二才攻撃する前に自分が省みろよ。
わたしたちがマジョリティで、青二才は空気の読めない悪者だ、みたいな構図を作って攻撃するのやめろってこと。
青二才の発言に問題がなかったとは言わない。青二才は青二才はで反省しろ。
ただそれにしたって「他人に気軽にブスっていうのは失礼だからやめろ」という点に絞って青二才に抗議するだけだったら何も文句なかった。
それなのに、途中から「お前そんなんじゃ社会で孤立するぞ」とか、「頭の弱いかわいそうな人」みたいに扱って
態度とか発言以上に存在そのものを貶めて青二才が何をいっても青二才が青二才であるという点をもって見下す、みたいな態度を取るなと。
あーつまりだ。
青二才がブスを見ると安心するのは、女を容姿によって評価し、劣るものを見下してる発言だと攻撃してる割に
お前たちも青二才という社会的知性が自分より低い人間を見て安心してるんだから同じ穴のムジナじゃねえかと。
そのことに全く自覚がなく、自分たちは正しくて青二才だけが間違ってる、みたいなツラしてんじゃねえよ、ってことだ。
さらにまとめる。
青二才がお前らにとってどんなに馬鹿でクズに見えたとしても、青二才をちゃんと一人の人間として扱ってやれってこと。
クズ相手だったら自分たちもクズな振る舞いをしていいってわけじゃねえってことだ。
お前ら青二才を同じ社会的立場にいるとして扱ってなかっただろ。教化が必要な蛮族か棄民くらいのつもりで接してただろ。
そういうのをやめろって言ってんだ。初手から相手を見下してるのが見え見えってことが胸糞悪いんだよ。
今回に限って言えば、途中からはこういう無自覚な悪意(本人たちは善意と思ってそうなところが怖いが)に晒されながら
青二才は頑張った、みたいにすら感じたぞ。
発端として青二才は誰からどうみてもひどい発言をしたのにもかかわらず。
お前らは、他人の差別意識やミソジニーを攻撃するときに、自分がそれと同じかそれ以上に醜悪な振る舞いをしてないかもうちょっと考えろ。
ちゃうわ!って言いたいところだけどタイトルがそういう煽りになってるからそう思われても仕方ないな。
その上で説明すると、どっちがいいとか悪いの話はあんまり興味が無い。
そうじゃなくて、とにかく「気に入らない相手と話してる時でも、相手をちゃんと対等な人間として扱え」ってことが言いたい。
だから、青二才を擁護するつもりはない。相手がどんだけひどくて、それを指摘したところで青二才の糞ぶりは一切変わらない。
ただ、青二才は他の人がすでにボコボコに殴ってるから、バランス取るためにこういう書き方をした。
本音を言えば、どちらもひとしくぶん殴りたい。 そう思ってるよ。
アニメの声優の演技が特殊なのは分かる。プラスのイメージを持っている人もマイナスのイメージを持っている人もそれは納得だろう。
でも、その声優の代わりがキムタクのようなジャニーズとかお笑い芸人とかになるのは、どういうこと??
お金がありません!
→じゃあ有名人を使おう!
これを言えば別に問題にならない。なのに、それを隠してアニメ声優の演技は気持ち悪いと言うから反発が起きるんだろ?馬鹿か?
お金の節約のために、作品の質を落としました!お笑い芸人を使いました!って言えよ。
別にもののけ姫でのモロをやった美輪明宏みたいのが声優をやるってんなら納得するけどな。下手のほうが多かっただろ、あのアニメ。俳優でも下手だったし。
最近じゃお笑い芸人やAKBが映画の吹き替えやって、駄作にする風潮まで出来上がってしまっている。昔所ジョージのやつとかかなり揉めたろ。
つーか、ちゃんと演技上手い俳優でさえ下手くそな場合があるからな。そりゃそうだろう、発声の仕方も違うだろうしな。
なら、声優をその気持ち悪くない演技にするよう指導すればいいだろ?そんなことも出来ないのか?嘘だろ?
正直声優の演技が気持ち悪いと思ってようが、そう失言しようがどうでもいいんだよ。その代わりがなんで俳優でもない下手くそに演技させることになるんだよって話。
冒涜だぞ?映画という作品に対して、映像作品に対して演者の演技なんてどうでもいいって言ってるようなもんだぞ?
マジでクソだ。知名度優先だしな、舞台で演技を磨いてきたやつを重用することさえ無し。客寄せパンダが。クソッタレ。
追記
えーっと、twitterとかはてなとかでキムタクや所ジョージは演技下手じゃないって人がそこそこいてびっくりなんだが、名作とされる映画とか見たことないの?凄いな。凄い可哀想。舞台での俳優の演技も見たことなさそうね。幼稚園のお遊戯でも見てたら?キムタクより上手い子いると思うぞ。
つーか、下手くそな声優使えとは言ってないから。下手くそなら声優も俳優も素人も使うなよと思ってるわけ。わかる?
キムタクの演技等を悪くないと思う可哀想な人たちはまあいい。しょうがないからな。物の良さが分からない、判断できない、哀れなだけだ。
はてぶコメントのこれ「お前が推してるアイドル声優は本当に芝居が出来ているのか1度考えた方が良いと思う。」やべえよ。文章理解しないで、思い込みでコメント書いて、煽ってきたわ。発達障害の可能性があるので、医者への通院をおすすめしますわ。星が二番目に多いしな。
賛同してるのもやばいぞ。この文章に関係ないことに賛同って。アイドル声優の話なんかしてねえ!アンチなのか知らないが、とりあえず本文読んでからコメントしてくれな?文章読んでも理解できない方ならしょうがないな。
というか!キムタクの話とは関係ないけど、好きな声優は千葉繁なんだよ!最近やったアンチャーテッドってゲームで声優やってるが、良かったぜー。まあ、千葉さんだって声優の演技は特殊、大げさってのに当てはまってるけどな。
10+1 web site|アンチ・エビデンス──90年代的ストリートの終焉と柑橘系の匂い|テンプラスワン・ウェブサイト
千葉雅也のアンチ・エビデンス論について(最終版) | しんかい37(山川賢一) | note
最初のリンクを「アンチ・エビデンス論」、二つめを「アンチ・アンチ・エビデンス論」と呼ぶことにする。もちろん、この文章をアンチ・アンチ・アンチ・エビデンス論と呼ぶ必要はない。
千葉雅也の「アンチ・エビデンス論」が出たとき、個人的にはそれなりに楽しく読んだけれどその評価は別にして、まあ批判は出るところでは出るだろうなとは思っていた。と思っていたらしんかい37氏が「怪文書」なんて比喩まで出してけなし始め、氏がまとめた批判が二つめの「アンチ・アンチ・エビデンス論」。(最終版)となっているのは、この文章にはいくつかのバージョンが発表されたらしく、(完全版)を読んだつもりがまた新しいのに更新されたということのようだ。この調子で(究極版)とか(最終版・改)とか(帰ってきた完全版)とか出してみてはどうか。そんな正論はともかく、これから取り上げるのは後者の「アンチ・アンチ・エビデンス論」についての感想、とりわけその文体についての雑感である。
千葉は論考の冒頭で、些末なことや自明なことにも過剰なまでに論拠や説明責任を求める態度をエビデンシャリズムと呼び、こうした態度が現代には蔓延している、と述べました。さらに、インターネットの普及した現代では、人はさまざまな行動の痕跡をネット上に残してしまいます。そのため、人はエビデンシャリズムによる際限のないあら捜しにさらされてしまう。千葉によると、このエビデンシャリズムは、現代社会を窒息させるものなのです。
そして、その上で読者にこう問いかける――
まずこの主張、みなさんはどう思われますか。率直に言って、最近になってそんな過剰にエビデンスを求められる息苦しい社会に移行した、という気もしないのですが。
不思議なのは、ここで「そんな気がするかどうか」という「実感」についての話からこの論を始められる図太さ、というか、ふてぶてしさだ。過剰に説明責任を求める態度をエビデンシャリズムと呼び、それを批判する千葉の態度をアンチ・エビデンスと呼ぶなら、さらにそれを批判するしんかい氏の態度は、普通に連想すれば、説明責任の擁護、エビデンシャリズムの擁護となるだろう――そういう予感を持って、読者は、というか私は、読みはじめた。どのような根拠でもって(説明責任を果たして)氏が主張を正当化していくか、それが私がいちばん期待していたことだ。もちろん「アンチ・アンチ・エビデンス論」の議論の射程は鋭く、こうした「実感」に訴える論法を手厳しく批判している。この論の最後は
エビデンスを求めようとしなければ、人の思考は個人的な実感のまわりをくるくると回るだけですし、明晰さが求められないなら、言葉をつき混ぜて一貫性があるかに錯覚させるような議論がいくらでも可能になってしまいます。
という風にして終わるのだ。仮に、しんかい氏の主張が〈個人的な実感のまわりをくるくると回る〉だけに留まらないと仮定すれば、〈そんな過剰にエビデンスを求められる息苦しい社会に移行した、という気もしない〉と主張するに値するほどの、根拠が示されるはずである――そう期待して読む私は、またすぐに裏切られる。
たしかに、インターネット上の失言が多くの人に拡散され批判される、ウェブ炎上という現象は近年目立つようになって来ました。エビデンシャリズムという概念は、そうした事柄をさしてもいるらしい。
実感に則さなくても、当てはまる事例があることはすぐに認めている。いったい、しんかい氏の「実感」を裏づけする根拠は、いつになったら出てくるのだろう? (「落ち着いてください!」と隣にいた貴婦人が言う。「まだほんの初めの方の十数行を読んだばかりじゃありませんか。議論は始まったばかりです。これから先も慎重に読み進めていけば、きっと〈個人的な実感〉なんかとは無縁の、素晴らしきエビデンスとやらに出逢えるはずですよ! さあ、続きを読んでください!」)
さらに読み進めていくと、千葉の文章を引用したあと、しんかい氏はこのように述べている。
このくだりを読むと、今の企業ではどんどんマニュアル化(「機械的、事務的処理を行き渡らせることで、非定型的な判断の機会を限りなく排除」)が進んでいて、ロボットのようにふるまうだけで給料がもらえる状況になってきている、といっているように思えます。えっ、世の中そんな風になってますかね。フリーターならともかく、現在でも正社員ともなればみなさんいろいろな判断を要求されていると思いますけど。むしろ、日本では長い不況のせいで、高度な「ケース・バイ・ケースの判断」の判断を要求される仕事が、しばしばアルバイト待遇になっている気さえします。
「思えます」! 「思います」! 「気さえします」! 実感に訴える主張のオンパレード! 「フリーターならともかく」――どのような根拠でこの要素を除外したのか? 「長い不況のせいで」――いったいいつからいつまでのことなのか? こんなにも曖昧な表現で何が指し示せるというのか? 「高度な「ケース・バイ・ケースの判断」の判断を要求される仕事が、しばしばアルバイト待遇になっている」――さっき例から排除されたフリーターはこの例には含まれないのだろうか? 確かに最初の例のフリーターが、元からアルバイトなんかしていなかったのなら辻褄は通るけれど……ところで、引用されている千葉の文章は〈企業で、行政で、大学で。社会のいたるところで〉といった範囲の広いものであるのに、しんかい氏は勝手に企業だけの話にすり替えているし、しかも千葉の文章に〈給料〉という言葉はひとことも出ていない。
マニュアル化が仮に進んでいるとしても、それは効率化のためであって「個人の責任を回避」するためじゃないでしょう。企業に、各社員の責任をいちいち回避させてあげるインセンティヴなんてありませんから。
なぜ「効率化のため」という目的だけに話を限定できたのだろう? もし仮に、企業(そもそもなぜ企業だけの話になったのか? しんかい氏がそうすり替えたからの話でしかないのではないか?)が、しんかい氏の思いつきによる目的で動いているとしても、そうすれば、そもそも前段のマニュアル化が進んでいることを否定するような数々の圧倒的「実感」とはいったい何のために書かれたというのか? これらは全てただの思いつきで、論旨を整えずにただ手当たり次第に条件反射的に反発してみただけのことで、最初から根拠なんかなかったのだろうか? 〈千葉はその不明瞭な文体のせいで不評を浴びたわけですが〉と、その次の「不明瞭な文体について」の章で氏は書いているが、確かにしんかい氏の文体は千葉に比べればまったくもって明瞭ではある。場面ごとに言いたいことは分かる。ただ、自身の主張に対する根拠がほとんど書かれていなくて、全体を繋げると辻褄が合わないというだけのことだ。しかし、最初から〈言葉をつき混ぜて一貫性があるかに錯覚させるような議論〉がしたいのならともかく、アンチ・アンチ・エビデンス論としては、これは致命的なことではないのだろうか?
この後も、しんかい氏は「アンチ・エビデンス」的な、説明責任を果たさず、ただの思いつきで主張を言いっぱなしにするだけの批評を展開している。
ぼくもひどい評論ハンターとしていろいろひどい評論を読んできたわけですが、この手の文章を書く人って粘土細工作るみたいな思考回路で評論というものを考えてるんですよね。思考を論理によってつなげようとするのではなく、とにかくぐちゃぐちゃつき混ぜてれば一体になるにちがいない、という信念に導かれている。
この手の人は、どうやら混ざっている粘土の種類が多ければ多いほど強い、と錯覚している節もあって、批判されるとすぐ、もっと勉強してくださいとか文脈を読んでくださいと言い出す。見ろ!こんなに多くの粘土を混ぜているんだぞ!このすごさがわからないのは、お前が粘土の種類にくわしくないからだ!というわけ。一般社会には通じない理屈ですが、文壇やアカデミズムには粘土細工愛好家が一定数いて、ほう見事なマーブル模様ですのうと褒め称えたりするので、彼らの自信はますます高まっていくのです。
対象になる文章に「粘土細工」という比喩を与えて、その粘土細工のイメージを攻撃する。ありがちな比喩の乱用だが、このあとソーカルによって批判される「科学・数学」の乱用に比べれば、反証のしようがないために、確かに優れた方法ではある。
これなどはまだいい方で、一冊の参考文献が提示されている。そのピーター・バリーによる教科書の引用部分だけで、どうして「世界的」な思潮についてここまで断定的なことが言い切れるのかはさっぱり分からない。
バリーが述べていたように、いまや世界的に「詩的に書く自由」は認められなくなってきたわけですが、じつは、そうした変化を引き起こしたのは、一冊の本でした。二人の物理学者、アラン・ソーカルとジャン・ブリクモンの共著『知の欺瞞』。そしてこの本が刊行されたのは、九七年のことなのです。
また「世界的」なことを一冊の本だけで理解している。しんかい氏は〈千葉が、九〇年代をエビデンシャリズムからいまだ自由な時代だったと称えている〉ことと、ソーカルの影響によってポストモダニストの難解な記述スタイルに〈致命傷を与えた〉話を、そのまま繋げている。〈それを踏まえると、〇〇年代以降エビデンシャリズムが強まっていったという千葉の主張と、見事に合致します〉。……。時系列ごとに並べると、受験生に嬉しい真っ白な年表ができそうだ。これも千葉の世代論に比べると、中身をスカスカに抜いたからとはいえ(ほとんど粘土は混ざっていない)、確かに言いたいことは分かりやすい世代論ではある。そこにエビデンスがあるかはともかく。
だいたい、千葉がポストモダニスト的なよく分からない文体を使っている(これもしんかい氏の主観であり、論の後半にはある部分の引用について〈率直に言ってぼくにはほとんど意味が取れません。おそらく全人類にとってそうなのではないかという気がします〉などと豪快なことを言う。論の冒頭で〈発表直後はネットで賞賛の声に包まれました〉という例示と「批判の声」を対比させたのは何だったのか、賞賛の声を上げた人たちは最初からしんかい氏にとっての人類には含まれていなかったのだろうか?)ことと、過去に著名なポストモダニストが問題と論争を巻き起こしたことには、いったい何の関わりがあるのか? ただの連想ゲームでしかないのではないか? こうしたカテゴリーを混同した主張と、「ジャック・ラカンは、虚数と無理数を混同している」といった事実に、どのような違いがあるのだろう?
しんかい氏はなぜ、ソーカル事件と千葉雅也を結びつけて論じようと思ったのだろうか。「おそらく……」などと仮定を挙げてエビデンスのない主張をする気は今のところない。それよりも、根本的な疑問がある。「アンチ・アンチ・エビデンス論」において、しんかい氏は、アンチ・エビデンスを批判するどころか、むしろそれに則った、説明責任なんてお構いなしの自由闊達な批評をしている。それはそれでいいことじゃないかと思うし、それとは逆にエビデンシャリズムを徹底させた批評の道もあるのではないかと思う。しかし、今回のように、ある種の世代論や、ある人物をどのように評価するかなど、すでにある程度の文脈が与えられた人文学的なテーマの場合、科学や数学におけるような厳密な方法論などないし、徹底して証拠を走査することは(この私の文章のように)不毛なものになりがちなのではないだろうか。そもそも戦う土俵を間違えているんじゃないか、という疑問がある。「アンチ・アンチ・エビデンス論」において批判されている(かのように見えるが、どういう理屈でかははっきりしない)「実感の正当化」だって、たとえば何らかの世代論であれば、いくつかの本から有益そうなところを引用して、それなりに理解が深まれば、反事実的条件と現実世界の関係に関する考察などといった面倒そうなところから論を始めなくても、それで充分なのではないか、という気はする。これは純然たる思いつきである。
貴婦人はとっくに寝てしまったので無駄話を続けると、だいたい意味が分からないかどうかで評価するのなら、数学や科学やプログラミングなどの高度な専門書だって(〈一般社会には通じない理屈〉とまで表現するかはともかく)私個人にはまったく意味不明なものだし、別に大陸系哲学だけの話ではなく分析哲学の本でさえ、少し高度になるといまの私にはさっぱり分からない。意味不明なことを言っているのと意味がないのは(いわゆる「説明と理解」といった哲学的テーマになるのだろうか)まったく異なるはずだし、ここを突き詰めて考えると分析哲学的にも絶対にややこしい問題に直面すると思うのだが、しんかい氏はその辺りをどうも曖昧に片づけている気がする。
ところで、「形骸化したエビデンシャリズム」それ自体は、いつから・どの程度顕在化したかはともかく、いかにもありそうな話ではあると思っている。最近某所で話題になっている広島大学のモニタリングの話とか分かりやすいんじゃないだろうか。
「金なら出すぜ、遊びに行ってもいいぜ」
こんなこと言われてほいほいついて行ったらぼくの人間性丸出しになるジャン。ぼくが貧乏ってことにつけ込んでくるぅ〜。ぼくいかない。
しかもいたって受動態。誘う姿勢じゃない。せんと千尋のかおなしみてーなヤツだな
相手から近寄ってきた場合なんか都合悪くなった時に切り捨てたら罪悪感とか後ろめたさに襲われないためかな
いやそこまで考えてないか。ぼくのが一枚上手のゲスよ。
「今日言った◯◯の悪口、◯◯に言わないでね、俺と◯◯の仲が悪くなるから」
まず言葉に矛盾を感じるが、仕事上での愚痴など(に付け加えてほかのことも言ったが)でたしかに仕事仲間とギクシャクすると辛いのはわかる。しかし中学生でもあるまいし、ぼくがそんなに中学生に見えますか
だから僕、そいつに「◯◯さんは仕事まともにやってる“ほう”ですよ(笑)」
って言ってやりました、母上
・無視するのが一番穏便に済む
・一人目のミイラ取りがミイラになるとカオスになりやすさがグンと上がる
・まともそうな奴も半分ぐらいは一皮剥くと頭おかしい
以下は補足という名の駄文
1. 無視するのが一番穏便に済む
よく言われてるけどこれは本当にそう。
自分でやってみて分かったけど荒らしなんてのは構ってちゃんかキチガイなので相手にするだけ無駄。
小中学生の人間関係なら舐められないようにやり返さなくちゃいけない状況はあるのかも知れないけどインターネットの世界ではそういうことはするべきじゃない。
こういう奴はちゃんと痛い目見せてやろうなんて考えてものらりくらりと暇つぶしの道具にされるだけだ。
こういうのはちゃんと注意をするのが相手のためなんてのも考えない方がいい。
キチガイはいくら注意をされても相手が何を言ってるのか理解できないし、ただ構ってほしいだけの荒らしなら注意をしようという立場を選んだ相手は揚げ足の取りがいがあるいいカモだ。
その場の全員が無視してNGに放り込んでしまえば綺麗スッキリ平和な世界が戻ってくる。
あとは荒らし側の持ってる燃料が切れてしまえば自然といなくなってしまう。
大抵の荒らしは本人が持っている燃料はそんなに多くない。
せいぜい20行程度もあれば話題が尽きて話がループし始めそこに反応が一切ないと本人も馬鹿らしくなってやめてしまう。
それに無視されている時間が長いと釣り針に餌がかかるのにも疲れてその場を去ってしまう。
2. 一人目のミイラ取りがミイラになるとカオスになりやすさがグンと上がる
無視しておけばいいものをわざわざ荒らしに触れてしまう人がたまにいる。エンガチョ
これはまずい。
何がまずいかって言い争いが始まると言うのは荒らしに大量の燃料が供給されるのと同じことだからだ。
それは精神的な燃料でもあるし荒らしをする話題としての燃料でもある。
荒らしをして見ればわかるがこんなことでも反応があると嬉しい。というか反応がないと虚しい。死ぬほど虚しい。
そしてその反応に対してこっちもリアクションを起こしてそれにも反応が起こるとこれまた嬉しい。
丸めたウンコを豪速球で投げ合う世にも醜悪なキャッチボールの始まりである。
相手の返答に対してとっさにデッドボールを投げ返せばいいだけなのだから話題を引き伸ばす手間もいらない。
単に悪口を言いあうだけで見る間に薄汚れた光景が広がっていく。ビューティフォー
この時に上手くいくと相手が「この荒らしを懲らしめてやろう」という感情に支配される。
「またいつも通りの環境に戻したい」ということから意識が逸れていくのだ。
こっちが寝てる間にも「もうあんな奴が来ないようにどうにかしようぜ」とか言い出して荒らされた後の状態を維持しててくれる。
場合によっては普通の話をしてる相手にまで「お前荒らしだろ?」と突っかかるようになる。
とにかくこっちをギャフンと言わせたいばかりに必死に尻尾を掴もうとするあまり他人の尻尾に掴みかかりまくるのだ。
荒らしを懲らしめたい心が荒らしと同じことをさせるのである。肉染みの連鎖だ。復讐の狂戦士だ。
後はもうコイツと一緒になって他の奴を攻撃したりされたりを繰り返して次々とお互いを荒らしと呼び合うキチガイを増やしていけばいい。
こうしてミイラがミイラを生む楽しいアンデッドパーティーがどこまで続いて大勝利。
荒らしをやっていて驚いたのがこっちの偽物が結構出てくることだ。
こっちに恥をかかせようと余計な失言を増やしまくる奴もいるし、一緒になってスレを荒らす奴もいる。
前者の場合でも当然失言の揚げ足とりでその場は本来の話題から逸れていくし、
後者の場合はこちらの戦力が倍やそれ以上になったことと同じだ。
要するに善意でこっちの荒らしに加担する阿呆とは別のベクトルで荒らしに加担してくれるのだ。
ありがてぇありがてぇ。
場合によっては自分の偽者が揚げ足を取られ返して恥をかかされているのを遠くから笑ってみているだけでも良くなる。
楽ちんで楽しいのでこれは凄い助かる。
ありがてぇありがてぇ。
4. まともそうな奴も半分ぐらいは一皮剥くと頭おかしい
それまで普通に話せていた奴が少し場が乱れただけど言葉や理論が怪しくなってくるのだ。
少し嫌な気持ちになるだけであっという間にまともさを失ってしまう。
2chのようなIDが出てくる掲示板で荒らしをやると人間的まともさというのが安定した精神状態の間だけつけていられる社会的な仮面にすぎないのだなと改めて認識させられる。
すでに上で書いたミイラ取りがミイラって話と被るけど自治厨は本当にヤバイよ。
たとえば公園の遊具を危険だから撤去しろってのが時折話題になるじゃん?
要はその場所に新しいルールを設けようとゴリ押ししてくる上に、そのルールが意味不明で、それなのに本人は誰もがそれを正しいといつかは分かってくれるって考えてる、そんな危ない奴ら。
こいつらの凄い所は自分が問題を起こしているという認識が一切ない所。
あったとしても「必要悪」「仕方ない」という魔法の言葉で片付けてくる。
荒らしがなんとなく構って欲しいとか嫌いな奴に痛い目見てほしいからでやる行動よりもよっぽど強い力を持つ。
なぜなら後ろめたさがほっとんどないから。
精神的なリミッターが全くない暴走列車と戦えばそのコミュニティはあっという間に壊滅状態になる。
隔離するか要求を受け入れるか相手の凄まじいエネルギー量が尽きるまで耐え切るか、対処法はそれぐらい。
荒らしは半日無視すればいなくなるけどこいつらは何日も何ヶ月も住み着く。
本当にヤバイよ。
あれ目指そうとして頑張ってみたけど本物が出す凄みはやっぱ出せないですわ。
凄いよね天然。
真似してみてその凄さが改めて分かった。
感動した。
最期に
荒らしはやっぱり虚しいよ。
後には荒らした場所の連中がぶつけてきた憎悪が薄っすらとだけど心に数日残る。
これがなかなかに気持ち悪い。
当方理工系大学4年生・女。いま、卒業論文の研究執筆が追い込みの時期で、授業もないために研究室と家の往復だ。
私は在学途中に諸事情(後ろ暗いことではない)で休学したため、親しい友人は昨年の春に大学を去った。だからプライベートで仲良く遊ぶ友人もいない。
バイト先は、自営業者のところに私一人しかアルバイトに行っていないので、同世代の友人もいない。
部活動は、私が一番大切にしているコミュニティだ。でも、研究室が忙しくなったので行けなくなってしまった。
彼氏は朝から夜遅くまで毎日研究室に行っているので、かまってもらえない。でも、彼が家に帰ってくるとずっと一緒に家にいたりおしゃべりをする。彼は、私のへんな甘え方(苦しいことがあるとずっと黙っていたり、へんなギャグを言ったりすること)にとてもじょうずに対応してくれるから、ついつい甘えてしまう。
こうやって毎日彼氏とだけしゃべっていると、一般的に甘えてもいいラインはどこまでで、そもそも一般的な甘え方はどういうのだっけ?と思って、しゃべれなくなってくる。それに加えて、私はかねてから失言が多いため、失言して嫌われたらいやだな、と思うとだんだん息苦しくなって、人と話せなくなってくる。いざしゃべろう、とか行動しよう、と思うと、ささいなひっかかりーーたとえば、友人が「ばいばい」と手を降ってくれたとき、私は手を振り返さずに「おつかれ」と会釈だけで済ませてしまったりすることーーが、また私の頭を悩ませる。どうしようどうしようと。
来春からお給金をもらって働く身となるわけだけれど、こんなに些末なことを気に病んだり、周りにそれを悟られて面倒な奴だと思われたら、とても迷惑をかける。どうにか在学中にこれを直さないといけない。直したい。